歴史
福岡城は関ヶ原の功により豊前より入邦した黒田長政が入国後7年の歳月を費やして築城した城で、名前も元来福岡は福崎と言われていたが長政が黒田家ゆかりの地にちなんで福岡と改名した。
城は史跡指定宝地面積458092平方mで石垣積の名人と謳われた重臣・野口一成の指示によって5m〜15mにも及ぶ雄大な石垣となっていて、福岡の繁栄を支えてきたが、長政の死後、黒田家はお家騒動などが起こり、輝きを失ってしまうのだが、それでも12代藩主長知の明治時代まで福岡を動く事はなかった。福岡城は九州随一の規模を誇る巨城で、内城と外城に別れており内城だけでも約8万坪ある巨大な城になっている。
現在
現在の福岡城跡は舞鶴公園内に整備されていますが市内中心部に位置している割には、あまり知名度は低く近場にある平和台陸上競技場や大濠公園などの方に足を運ばれる方が大半です、主に遊歩道として親しまれています。
大天守からは福岡市内が一望出来、この場所が福岡発展の発祥の地と言う感じになれます。、もしも福岡城に天守閣が建っていれば日本を代表する城だったと思います。
石垣自体を見回っていくと流石、黒田官兵衛、長政が築城した城だけあって見所満載です。
毎年11月に「おおほりまつり」がNHK福岡放送局を会場に行われ、黒田二十五騎行列や稚児行列等が出てきます。
