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神馬が由来の山城

馬ヶ岳城跡

所在地福岡県京都郡犀川花熊
築城者:源経基 築城年代:天慶五年 形式:山城
遺構:曲輪・土塁・堀切

歴史

馬ヶ岳城大宰大弐として九州に下ってきた源経基が築城した城で、「愛宕将軍神が神馬に乗って現れた」夢を見てこの地を探したので馬ヶ岳と名付けられたと言われている。
 築城後は橘公頼の子:筑前守昌頼を豊前守護として居城させ七代まで栄え続いた。だが、仁平元年に源為朝が豊後より侵攻して馬ヶ岳城を落城させて城主:頼行は自害して果てた。
 建武年間頃にはこの城を多くの隣接する勢力者達が争っていたが、貞和年間に親王の臣:新田上野介義基が馬ヶ岳に入城して三世代まで新田家の居城となり、南朝の九州における拠点となった。
 その後も争いが絶えなかったが、天正十五年に豊臣秀吉の九州征伐の際に当城に立ち寄り宿舎とし、九州平定後は豊前国は秀吉の参謀、名軍師:黒田孝高の領土となり、中津城築城までこの城を拠点とした。
 慶長五年には関ヶ原の功績により黒田氏が筑前に移封されると、細川忠興の居城となるも元和元年の一国一条令により、廃城となった。


現在
現在馬ヶ岳城跡は馬ヶ岳の山頂付近に曲輪・土塁等を残している、山頂までは途中から本丸跡(西山)二の丸跡(東山)に分かれており、本丸跡地には新田義基公の石碑が建っている。二の丸跡地は展望台?となっており、堀切や土塁等が確認できる、国指定にされている山城跡なのだが、余り見所が無いかもしれない。

アクセス方法
九州自動車道:福岡IC下車-201号線を田川市方面に進み、田川市を越え京都郡みやこ町に入ると、58号線に入り行橋方面に進み、「天生田橋北」の交差点を右折して、34号線に入り15分程度進むと、馬ヶ岳への標識が有るのでそちら側に進むと二児神社に到着する。
二児神社の無料駐車を利用する。

総時間:高速自動車道下車から須賀神社まで約1時間30分程度

地図リンク

豆知識: 山頂までの登山道は結構急斜面になっています、お気を付けて登られて下さい。

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