あびスカkyusyu.net

悲劇のキリスタン大名

宇土城跡

所在地熊本県宇土市古城町
         

築城者:小西行長   築城年代:1589年   形式:平山城
遺構:石垣・堀

歴史

宇土城は天正16年に小西行長が宇土古城に入城し、翌年に古城の東の地に築城したのが始まりです。肥後国北部には加藤清正がいたため行長と清正は良きライバル関係でもあった。
 
そして、宇土城は1589年に完成し、又の名を『鶴の城』とも言われ宇土市を城下町として栄えた。だが、関ヶ原の戦いで行長は西軍方に付き敗退、これにより加藤清正が宇土城を攻撃するが行長の弟・長元が篭城して抵抗するが、だが行長が処刑されると城を開城した。
 
その後、島原の乱の際に宇土城は、幕府の命令で廃城となった。(行長がキリスタンだったためこの地方にはキリスタンが多数存在していたためだと言われている。)
 
以後宇土地方は熊本城に入城した細川家によって明治時代まで統治された。

現在

宇土上跡地には現在石垣と堀を残すのみとなっていますが、城の手前に墓地があり、とても城跡の場所だとは最初思えませんでした。
本丸跡地は現在、公園化されており、隅に小西行長の銅像が建っています。横に宇土高校があり、そちら側の石垣と堀が一番のポイントでしょう。

島原の乱で徹底的に取り潰されたと言われている通りほぼ、跡形も無くなってました。

アクセス方法

最寄りのJR:宇土駅から徒歩20分程度
九州自動車道:熊本IC-熊本市内から国道3号線を宇土市方面に行き「松原」の交差点から宇土高校方面に進む。
総時間:高速道路下車から約45分程度。
城跡周りに無料駐車場有。

豆知識: 宇土城跡から東に行った所に宇土古城があり、更に近場には、轟水源があるので、そちらにも足を運んでみると良いでしょう。

TOP Aviskお城一覧へ