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日向三城の一つ

門川城跡

所在地宮崎県門川町門川尾末字城屋敷
    

築城者:伊藤祐堯  築城年代:文明年間   形式:平山城
遺構:曲輪・空堀

歴史

門川城は文明年間に日向の伊藤祐堯が築城されたと言われており、塩見城、日知屋城と共に、「日向三城」と呼ばれており、豊後の大友家との戦略上の為に築城した城だ。祐堯は36歳で家督を継ぐと、一族の反勢力討伐に乗り出し、これをすべて撃破したが、日向の守護職を求め京都働きかけたが、土持家が反発、康正2年に土持家と開戦、これを滅ぼして、日向国だけではなく九州全土にその名を轟かせた伊藤家を代表する城主でも有ったが、その後は島津家と対立し、長きに渡って島津軍との戦いを強いられた伊藤家だが、最終的には島津軍に大敗し豊後の逃亡し門川城は島津家の領土となるも、豊臣秀吉の九州征伐で門川一帯は延岡領となり、元和元年に一国一条令により廃城となった。

現在

現在、門川城跡は大半が竹藪となっており、遺構を見るに非常に、歩きにくい山道を通るはめになっている。本丸跡地も藪ばかりが生えており、ここまで行くのにはかなりの苦労を強いられるでしょう。日向三城の中では遺構等は一番少ない場所です。

アクセス方法

九州自動車道:西都IC下車-10号線を延岡方面に進み-日向市内に入って、「門川町中須」の交差点を左折し-約1.5km程度進むと、右手に城跡の標識が有るので、この標識から右折し約100m程度進むと左手に城跡の案内板が有るので、そこから一帯が城跡になっています。
総時間:高速道路下車から約2時間程度。
駐車場は無し。
地図リンク

豆知識: 門川城跡は竹藪となっておりますので、夏場に行かれる方は昆虫等にも気を付けた身なりをして行かれて下さい。

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