| 所在地佐賀県三養基郡基山町小倉 |
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| 築城者:天智天皇 |
築城年代:665年 |
形式:朝鮮式山城 |
| 遺構:土塁 |
| 基肄城跡は663年に朝鮮半島の新羅が猛威を振るい劣勢に追い詰められた百済が日本に救援を頼みましたが、援軍の日本軍諸共、新羅に滅ぼされました、 その一報を聞いた大和朝廷は新羅軍の日本侵攻に備えとして、朝鮮から亡命してきた百済兵の指導により基肄城、大野城、長門城を築城したが、結局新羅軍が日本に攻め込んでくる事は無く約200年後に廃城となってしまった。 |
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| 現在、基肄城跡には遺構らしきものはほとんど無く、基山山頂に石稗と歴史版,、土塁等を残していますが、筑紫野市からの交通手段や原田方面から東北門を通って基山山頂までの自然遊歩道、草スキーを楽しむ家族連れでにぎわいを見せています。 |
長崎自動車道:鳥栖IC−鳥栖有料道路宮浦IC−300号線(基山山頂)
総時間:高速道路下車から約45分
山頂付近の草スキー場の無料駐車場を使用
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| 豆知識: |
基肄城跡は基山(405m)の山頂に有り、日頃は家族連れの方々で賑わう場所になっています。 |
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