ラスベガス 情報サイト“ベガスカフェ”管理人 ロクデナ氏の紹介です。
職業 ラスベガスウォッチャー (兼 サラリーマン) 投資収入+副業収入>サラリーマン年収 を目指しております。 <米国>非農業雇用部門雇用者数とは? <米国>ISM製造業景気指数とは? 米国雇用統計とは? <米国>住宅着工件数とは? 電子部品・デバイスの出荷・在庫バランスとは? <米国>失業保険申請者件数とは? <米国>住宅販売件数とは? <米国>消費者信頼感指数とは?
11年続けてきたラスベガスへの旅。2007年度は、ギブアップ宣言です。 ロクデナ氏がダディになることが判りましてベガス訪問の中止を決断しました(いや〜、なかなか決断できませんでしたけど・・・)おなかの大きな妻をおいて・・・黙って・・・いくことも少しは考えたけど、ばれたら・・・半殺しにされるので7/25記。 2006年11月25日-12月1日 2003年3月中旬 トレジャーアイランドとMGMグランドに宿泊。クォーターマニアとエルビスとメガバックスを中心にプレイ、夢見る生活を追ってベガスへ望んだが、夢ははかなく消えました。帰国直前、3月22日エクスカリバーにてカリフォルニアの20代の男がメガバックスでヒットしたとのこと、なんとその額、45億円!!。うらやましいですね〜。今回はブラックジャックもルーレットも手を出さす望んだベガスであったのに・・・・。当たって、ボスの頭たたいて、早く会社辞めたいよ。 2002年10月末 今年2回目のベガスで,JW.MARRIOTTとMIRAGEに計6泊。ロサンジェルスから入国しレンタカーにてベガス入り。はじめの2日間くらいは,なぜ,また俺達はベガスにきているのだろう?と自問自答しているほど,リラックスしながらもかんがえました。他に旅行するところあるだろう?と思いながら,ベガスに来てやっぱりよかったかな?と感じ始めたのは・・・ストリップのホテル(ミラージュ)に移動してからです。今回はほんとうにのんびりしたかったので誰にも拘束されず自分達だけの時間を楽しみました。 2002年4月〜5月 いや、自分でも結婚式をベガスで挙げるとはおもってもみませんでした。祝福してくれたみなさん、ありがとう!この11回目のベガスの旅行は、ベガスで宿泊して、カリフォルニアのサンディエゴにも立ち寄り、そして、またベガスに舞い戻るという楽しいものでした。12泊14日のアメリカの旅でBELLAGIO, VENETIAN, CEASERS PALACE とCASIO 3大ホテルに宿泊。新婚旅行兼ねてるからね、そう思えば、安いもんだ。ベガスのホテル代は・・・。サンディエゴ時代に一緒に働いていた、スミティー氏とも再会ができてよかった。女好きのスミティー。今回は、でかい黒人女性がいっしょでした。でかいって、縦にも横にもでかかったな・・・。 プールでくつろいだり、ショッピングしたりショーを観たり、これまでのベガス滞在で一番ゆっくりとした時間を過ごせました。 2001年3月 記念すべき、10回目のラスベガス訪問。この時は、現在の嫁さんになる女性と・・・6泊でアラジンとべラジオへ各3泊、宿泊。彼女にとっては初ベガス。俺と出会わなかったらベガスとは一生縁がなかっただろう彼女、俺と自由が丘で出会って以来、運命が変わってしまったようだ。 ところで、アラジンは初めての宿泊でした。べラジオとアラジンの格差を実感した旅行となったね〜。レンタカーは借りず、バスとタクシーと徒歩でベガスを徘徊してきました。 ショーにあまり関心がなかった私も、ランスバートンのショーを観てから、少しはショーも楽しもうという姿勢に変わり、今回は、べラジオのショー“O”を観てきました。また、マンダレイベイのシャークリーフ(水族館)も入館してきました。シャークリーフよ、金返せっ! 2000年7月 当時付き合っていた彼女を引き連れて旅行。ラスベガスへ直行しました。第9回目の宿泊先は7泊、マンダレイベイホテル。きんきら色したホテルが1999年ごろから私の目に入るようになった。すかん、あのきんきらした色!好きになれん!こんなホテル泊まるかっ!でもね、夏だったこともあり、プール中心の1箇所滞在でリラックスできるホテルを探した結果、マンダレイベイとなってしまったんです。いまでは、お気に入りのホテルの一つですよ。また、このときは車もなく、移動はバスとタクシーを使い、また違っラスベガスを発見したね。7泊のラスベガス旅行は初めてでした。シーザースパレスでアントニオ猪木氏がルーレットをプレイしていました。ベット(賭ける)するたびに、“ダァッー”って言ってた(うそ)。また、マンダレイベイでは、プロバスケットボール選手、シャック(ORシャーク)という2M30CMほどもある大男に遭遇。 2000年2月 ロス→サンディエゴ→ティファナ→ラスベガス→ロスとまたまた、ドライブ旅行です。男4人旅。第8回目のベガス旅行は、5泊。ニューヨークニューヨークとパリスに宿泊。ランスバートンのマジックショーを観賞。久しぶりのマジックショーに感動や。マジックショーとかあまり見たことない人は、観る価値ありやね。男同士の旅行っていいもんじゃん!大変たのしい旅行となりました。 1999年8月 当時付き合っていた彼女を引き連れて旅行。ロス→サンディエゴ→ティファナ→ラスベガス→ロスとまた、ドライブ旅行。第7回目のベガス旅行は、4泊、ベネチアンへ宿泊。すごっ!このホテル・・・が感想。オープンして間もないころだった。もう、イタリアは行かんでええわ。 べラージオコレクションで、セリヌディオンがお買い物してました。すごく、ほそっ!すらっとした人でした。外国人歌手を2〜3メートルの近さで見たのは初めて・・・でも、そんなに興奮しなかった、今思えばもっとじっくりセリーヌを見ておけばよかった・・・。俺はなんで、このときのシーンをカメラでとっておらんかったんだ!?てすごく後悔。また、新しいホテル、パリスが姿をあらわし、エッフェル塔も建設中。これで、フランス行かないで済んだわ・・・。 1999年3月 第6回目のラスベガスは、傍から見たら羨ましがられそうな私、だって日本人女性3名をつれてベガス渡航だから・・・。でも、実際よかったな〜(想像にお任せします)。念願の?べラージオに4泊宿泊。ゴージャスなホテルにかなり驚きを感じ、それ以来、べラージオのファンです。噴水ショーも目の前で見ると、噴水のザッボッ〜ンって吹き上がる音、なんと迫力があることか。ベガスをあとにロスに戻りながらフリーウエーをドライブしていたと時、どうしてもベガスを離れていっていろことが悲しく感じて、Uターンして戻ったときもこのとき。そして、最後はもう1日、バッファロービルズへ宿泊した。おかげで、朝はロス発成田行きに乗り遅れるところであった。 1998年8月 当時付き合っていた彼女を引き連れて旅行。ロス→サンディエゴ→ティファナ→ラスベガス→ロス と10日間ドライブ旅行。5回目のラスベガスには、4泊、マルディ グラス インへ宿泊。このときは、10日間の旅行になっちゃったので2流ホテルでした。ブラックジャックとルーレットを中心に楽しむ。べラジオの建設はほぼ完了していたけど、まだオープンしていないころ。 オープンしたのは、確か、10月であった記憶がある。 1998年2月 4回目のラスベガス。会社のサンディエゴオフィスの女の子、Lisa(日本人とアメリカ人のハーフ)姉妹とシーザースパレス、ミニスイートに宿泊。いや〜、女性二人連れて?いや、女性二人に連れられて?ベガス。まあ、どっちにしても、最高や!ここに来る前に、彼女たちからブラックジャックを徹底的に教わったんだよね。俺のBJ師匠は実は、日本人とハーフのアメリカ人の女の子だったんだ。(Lisaは、子供のころ日本に住んでいたとき、王監督ともCMにでたこともあるモデル経験者でもあるんです!)ルーレット、ブラックジャックのルールをマスターし、スロットマシン以外のゲームをはじめて覚えた。ホテルの建設ラッシュをまざまざと見せつけられラスベガスの街に魅力をおぼえはじめたのもこのころ。 1997年8月 3度目のラスベガス。予約なしでMGMホテルへいって、泊めてよっ・・・てたのんだら、予算以上の金額を提示され断念。エクスカリバーへ2泊。 日本から来た親友の則竹氏カップル(いまは、結婚しました)をつれていったんです。ニューヨークニューヨークの自由の女神をみて、ちょっとびっくり。なんでお前がここにいるねんっ?お前、NYにいるんちゃーうん?って感じ。まあえっか。当分、NYは、行かんで済むね。それと、べラ-ジオ建設中の真っ只中。このときになぜか思ったんどす。はよ〜このホテルに泊まってみたい!って。ニューヨークニューヨークのマンハッタンエキスプレスに乗ったのもこのときがはじめてで、最初にくる落下がかなり怖かったことを鮮明に覚えていんだよな〜。 1996年2月 第2回目ラスベガス訪問。7年前のベガスに対するイメージはそのまま持っていた。どーせ、面白くないぜっ!週末暇だから・・・。この時は仕事の関係でサンディエゴに住んでました。ボスに誘われて週末を利用、2泊3日。ボスの運転でサンディエゴからラスベガスまで、およそ5時間。楽チンだったね〜。トラベルロッジというモーテルへ宿泊(米国では有名な全国チェーンのモーテルです)。ニューヨークニュ−ヨークが建設はじまったころでしたよ。まだ、このときは、NY−NYの自由の女神像は、べガスにはなかったようなあったような?もちろん、べラ-ジオ、パリス、マンダレイベイなど姿形もない時期。このころに一般市民に手が届き、画質が良いデジカメがあったらなって思いました。シーザースパレスでは、パレスタワーが完成しようとしていたころです。テーブルゲームなどはルールはぜんぜんわからんっ!、スロットマシン中心に遊んでいました。 1989年3月 ロサンジェルス→サンフランシスコ→ラスベガス→ニューヨーク→ハワイの厳しい日程で旅行をする。男3人旅(女性もいたらもっと楽しかったのに・・・。)このときのラスベガスの感想は、カジノの内容もよく知らず、中途半端にスロットだけで遊んで負けて!えっ!しんじらんね〜っ!もうぜったいこんなところ、こね〜!っ。単なる旅行のルートに通り過ぎた街に過ぎなかった。(その十数年後、ベガスにハマッタ自分がいてラスベガス情報サイトを自分で製作しているとは・・・・。)ホテル リビエラに 3泊。 印象に残ったもの−エメラルドに輝くシーザースパレスホテル、フラミンゴヒルトン入り口、サーカスサーカスくらい。あ〜つまらん!つまらんっ!カジノしかない街、ベガスになんか2度とくるか!って思った旅行だったんです。
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