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手相の「不変の定義」と「環境に左右される定説」
あのレオナルド・ダ・ヴィンチが、戦場で死んだ兵士の生命線を見てまわって皆が短いわけではないからという理由で手相は信じられないと考えていた、という話を昔何かで読んだ事がある。 「生命線が短ければ短命である」という説に反するというつもりだろうが、しかしあれは生命線の長さに関する定義とは違う。 「生命線の長さは病気やケガに対する抵抗力の強さをあらわす」が「不変の定義」である。 つまり同じような環境にいる場合、抵抗力のある生命線の長い人のほうが抵抗力のない生命線の短い人より生き延びる確率が高いので、結果的に「生命線の長い人は長寿である」という説になるのである。 しかし、医療が発達していない時代や地域ならその説も成り立ち易いが、現在の日本においては抵抗力の強さ=寿命の長さとはいえない。むしろ、強靱な体力を持っていても無謀な行動や不摂生な生活をしている人のほうがよっぽど寿命を縮める可能性は強い。 また、戦争や災害や大事故などに巻き込まれた場合は、 死ぬ確率は体力の有る無しにはあまり関係ないだろう。 このように、手相には時代や地域という環境に左右されない「不変の定義」と環境に左右される「定説」がある。 他にわかりやすい例を出すと、結婚線についてだ。 結婚線があると結婚すると考えられがちだが、それは「定説」である。 手相は紀元前の昔からずっと研究され続けているが、結婚は時代や地域によって現在の日本の結婚の形とは大きく違っていたはずだ。一夫多妻だったり、通い婚だったり…。 結婚線の不変の定義は「人生の伴りょを得る運がある」つまりパートナー運があるということをあらわし、そういう時期に相手と結びつき易いので、結果的に結婚をすることが多いというわけだ。 当然、パートナー的な存在ならば不倫や同棲もありである。 もうひとつ、これはマスカケ相の人の話だが、昔わたしが読んだ多くの手相の本で「マスカケの女性は家庭運が悪い」と書いてあって、わたしも初期の頃に書いた解説文にはそのように書いていた。 しかし、これもわたしなりに勉強して今は「環境に左右される定説」と考えている。 つまりマスカケ相は女性でも社会に出てバリバリと働く傾向があるから、昔の日本に置いては夫よりも甲斐性のある奥さんは家庭を破たんし易いという環境があったせいなのだ。 今の日本なら、できる妻は家庭も仕事もうまくやっていける。社会の環境も女性に対してそのような差別はしなくなりつつある(昔にくらべれば)。 で、マスカケ相の女性の結婚率も離婚率も他のタイプの女性達となんら変わりはなくなったわけである。 |
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