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いったい人はなぜ恋をするのだろうか。
恋に理由なんかない? しかし、心理学ではそれで終わりにするわけにはいかない。 ユングによると、人は表面の意識に出て来ない願望や意識を満たそうとして、恋をするのだという。 深層心理の中にある異性の理想像に近い相手を求めるのだそうだ。 たとえば、母親を理想としている男は、母親に似たタイプの女に恋する…のだそうだ。 そうなのか…? 動物行動学の先生に言わせると、人は建て前は「見かけよりも中身が大切」と言いながら本音は「どうせ付き合うなら見かけがいいほうがいい」と考えているという。 なぜなら人間も動物の一種で、動物はより見かけのいい個体を常に生殖相手に選ぶからだという。 遺伝子が「より美しい個体と生殖しろ。そうすれば生まれてきた美しい子供はより有利に繁殖できるから、結果的により多くの子孫を残せる」と命令するのだ。 「だけど、人間にはモラルがあるのだから動物とは違うぞ〜」と反論したいところだが、その先生に言わせるとその(モラルという)『意識』も、遺伝子の設計によって作られている脳で生み出されているのだから、遺伝子の命令には逆らえないと言うのだ(なるほど)。 もちろん美男美女は競争率も高いから、いくら望んでも必ずしも結ばれるわけではなくて、そうじゃない人は『それなりの』相手と結ばれるわけである。 つまり、結論はこうだ。 人は感情で恋愛すると思っているが、実は『徹底的に利己的な遺伝子』に「自分の遺伝子の複製を少しでも多くこの世に残そう」と操られているのだという。 えええ〜〜本当にそうなの?う〜〜〜ん、なんか納得がいかないなぁ。 脳科学の先生によると、「恋に落ちる時に人間の脳にはドーパミン(いわゆる脳内麻薬)が流れる」らしい。 しかし、このドーパミンはチョコ好きがチョコを見ても流れるらしいから、『好み』のものに反応している程度かも? ドーパミンは人間の脳にだけ特別に多く分泌される神経伝達物質で、快感はドーパミンがA-10神経(快感を感じる神経)を刺激興奮させることでより感じるという。 人間はドーパミンを分泌させようとしていろいろな行動を起こす。 すべての行動の原動力なのである。 だが、『好み』の相手を見てドーパミンが出ても恋に落ちるわけではない。 『恋に落ちる』ためには、『恋の媚薬的ホルモン』が出なくてならないらしい。 それがノルアドレナリンやPEA(フェニール・エチル・アミン)で、特にPEAが重要なのだそうだ。 このPEAは緊張した時でなければ分泌されない。 TVで好みのタイプを見てもワクワクする程度だが、相手が目の前に現れれば緊張してPEAが分泌されるので恋に落ちるのだ。 恋に落ちたからPEAが出るのではなく、PEAが出たから目の前にいる相手に恋に落ちるのである。 信じられない話だが、これは『吊り橋実験』でも証明されている。 ゆらゆら揺れている吊り橋の上で出会った男女は、怖いという緊張のせいでPEAが分泌されているので、恋に落ちる確率が高い。 『恋』はときめいている状態、つまり精神が不安定で緊張している時(PEAが出ている時)に成り立ち、『愛』は精神が安定し安心や信頼を感じている時(PEAが出ていない時)に成り立つ。 結婚や同棲で常にいっしょにいると緊張がなくなりPEAの分泌が減って、ときめきが無くなっていくのは当然の事なのだ。 しかし、2人の関係が愛に変わっていれば問題はないのだ。 別の相手と同じような(PEAが分泌されるような)状況が起きて相手にときめきを感じてしまっても、実際に浮気に走るかどうかは結局は本人の理性しだいである。 …するとこういう事になる。 まず、好みの相手を見てドーパミンが分泌されヨダレが出る。 次にその相手と接近するなどの緊張によってPEAが分泌され完全に恋に落ちる。 こっちの説明の方が、恋愛は『利己的遺伝子』の命令説(説なのか?)より納得がいくかも。 しかし、…なんだ。 わたしは夜な夜なドーパミンの分泌を求めて、好みの男優の出ている映画のビデオを観ているわけだ(そうだったのか…)。 |