わたしが手相家になったきっかけは、2000年にオープンしたHPで手相マンガを載せた事だ。
それを見た主婦の友社の編集さんが本を書かないかと誘ってくれ、まずは手相マンガ本の著者として手相家デビュー。
その後、その編集さんの口ききでタレントの山咲トオルさんの手相をみて、じゃあ手相鑑定もやろうかという事でHPの読者さんを対象にはじめた。

鑑定場所として選んだ下北沢の占いルームに在籍した1年間の間に、週刊誌に『良く当たる占い師』特集に写真つきで紹介され、京セラで占いセミナーを開き、なんとあのケミストリーも鑑定した。
去年は読売日本テレビ文化センターで手相講師もはじめ、『夢をかなえる手相の本』の巻頭企画で華道家の假矢崎さんの鑑定までしちゃったんだから、5年前までシロウト同然の手相家にはこれはもうラッキーを通り越して夢のような話である。

しかし、占いにまったく興味のない超現実派のわたしが手相に嵌ったそもそものきっかけは、20年以上前にあのボン・ジョヴィの手相をみた事だったのだ。
当時すでにイラストレーターをやっていたわたしは、某音楽雑誌にイラストを描いていた。
その雑誌の企画で来日中のミュージシャンの手相をみるというのがあって、いつもはプロの手相家がみているそのコーナーのピンチヒッターとして、わたしがやる事になったのだ。
もちろんわたしは手相家ではなかったのだが、忘年会で遊びでみんなの手相をみた事を編集長が覚えていたのだ。
売れていたミュージシャンも何人かみたが、その中で新人のボン・ジョヴィの手相がシロウトのわたしでもわかるぐらいダントツにすごかったのだ。
記憶力の悪いわたしはどんな手相だったのかはもう覚えていないが、後で友人に聞いたら「太陽線」がすごかったと言っていたらしい。
なるほど、太陽線は確かに華やかな成功運をあらわす線である。
とにかく、いくらファーストアルバムから売れて来日していたとはいえ、浮き沈みの激しいショービジネスの世界にいたボン・ジョヴィも、「あなたはきっとビッグスターになる!」と言われてよほど嬉しかったのだと思う。
取材が始まった時には思いっきり疲れて不機嫌そうだったのに、終わりにはわたしの手の甲にキスまでしてくれたのだ!!!
若い美青年のミュージシャンに(彼は今でも美しいけど)そんな行為をされたわたしが(わたしだって当時は乙女?だった)完全に硬直してしまったのは言う間でも無い。

その後彼があれよあれよという間にビッグスターになったのをみて、逆に「手相って当たるんだぁ〜」とすっかりわたしは手相に嵌ってしまったわけだ。
この際、手相をそれほど信じてもいなかった頃にそこまで強気に「ビッグスターになる!」と断言したわたしのいい加減さは、「きっと直感も働いていた」ということで深く追求しないで欲しい。
ボン・ジョヴィの手相をみた事は、ただの『めったにできないおもしろい体験』だったのだが、手相家になった今にして考えれば、あれは偶然なんかではなく現在のための必然だったのではないかとしみじみ思ってしまう。
占いにまるで興味のなかった超のつくほどの現実派のわたしが、手相家になったきっかけはボン・ジョヴィなのである。
 
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