
| これって画期的なことかも |
| 野を越え山越え、谷越えて、バスに電車に乗り継いで、テクテク歩いて 上戸彩はやってきた…あのヒトにあの一言を告げたくて 「元気ハツラツ?」 それに対するあのヒトとは…そう、新庄クンである。 オロナミンCの今春の新CMを観て、うちのダンナは驚きの声を上げた。 あのオロナミンCが、巨人以外の野球人を用いたということについて。 確かに。巨人以外の、タレントが起用されたことはあった。大村昆ちゃんとかね。 しかし、基本的にオロナミンCといえばジャイアンツ、ジャイアンツといえば オロナミンCというのが、これまでの常識だったのではなかったろうか。 そう、長年不変のチャッチコピー「元気ハツラツ」とは、いうなれば巨人の バイタリティを称えるコトバであり、巨人の元気は日本の元気我らの元気という 熱烈なファンの、巨人よ元気ハツラツたれという願い、いや《呪》であったはずだ。 しかし、今回、オロナミンCは巨人の選手ではなく、あろうことか球界の宇宙人 新庄を選んだ。上戸彩はこの際どうでもいい。ファンの方ごめんなさいよ。 しかし、上戸彩採用には事件的インパクトがないのだ。新庄なのだ。 アンチ巨人の阪神から、いきなり大リーガーとなり、今パリーグの選手に復帰した、 球界の変り種を用いることの意味なのだ。 そして、新CM放映からほどなく、ニッポンのミスター・ベースボールにして 永遠のミスター・ジャイアンツ、長嶋は倒れた。 偶然か?偶然なのか?偶然に過ぎないのか?ホントウに? (04.03.09) |
| それが罪なのね♪ |
| 「彼は授業中何もしていませんでした」 「あの子は授業中何かするような子じゃありませんっ」 証言台に立つ級友、涙ながらに我が子の無実を訴える母…それが済んで、あくまで 罪の意識のないポヤっとした感じの被告の少年に、淡々とした裁判長の宣告。 「判決、Z会3年」 「何もしていないのにィィィィィィ…っ」 法廷劇を用いた今春のZ会のCMはいい。これまでも様々なパターンがあったけど、今回のは段違いにいい。 学習塾のCMは他にもいろいろある。 有名校にどれだけ合格したかその実績を誇るものや、わけもわからずファッショナブルに見せて、なんとなく生徒の気を惹こうというもまで様々だが、過去のZ会のCMはその全てのパターンをこなしてきたように思われる。 直前のシリーズは、学校の運動部の練習中というシチュエーションで、Z会に入会して成績が上がったとおぼしき生徒に対し「お前勉強してるだろう?」とひつこく友達が聞くというパターンだった。古きよき文武両道さ、そして現代的軽さ、そして学習塾はあくまで学校の延長ですよ〜、何も特別なことじゃありませんよ〜とカジュアルさを強調する演出。ま、正直いって格別の出来とは思わない。 しかし、今回のCMは出色だ。 最近、とみに日本人にも馴染み深くなってきた法廷劇というシチュエーションと勉強という取り合わせの意外性。ここで問われている《罪》とはなんなのか? 「彼は何もしていなかった」 この言葉が何度も繰り返される。セリフの言い方も全体に感情的にならず、大変乾いた印象で、法廷という場面に実に似合っている。そして聞くものの耳に突き刺さる。 彼は何をしなかったというのだろうか? ふつう罪に問われるとしたら、それは「何をしたか」ということだ。「俺が何をしたというんだぁ〜」とはこの手のミステリでよく叫ばれるセリフだが、今回は違う。 問われているのは「何をしなかったか」、無為ということ。 しかも、被告の少年は「僕は何もしていない」と全く自覚がない。 そう、ふつうミステリで「何もしていない」といえば無実ということで、被告の少年はそのつもりでいる。だから彼は自分が無実だと主張する。今回のCMの妙味はこの微妙なズレというかハズシというか、このポイントにこそある。このポイントを発見した制作者はライジング・ショットをものした岡ひろみの如く(笑)。 そして、ここで問われている「何か」、少年が授業中巣べきだった何かとは、要は、勉強・学習である。 要約すれば、ここでは授業中で何もしない=勉強しないことは罪ということである。現実生活でそれは罪に問われるようなことではない。罪に問われるのではなく、時がくれば現実として当人の眼前に現れるようになっている。授業中に何もしないでいる、ただ席に着いているだけでは不可ないのである。授業という場で提供されている知を積極的に自分から獲得に行かねばならんのである。彼はそれを怠った、だけではない、そうするものであると考えてもいなかった。それこそが《罪》なのである!…… などとつい、大上段になってしまったけど(苦笑) 大袈裟ついでにいうと、この「何もしていない」という罪、なんだか当節の日本人はそこかしこで犯しているような気がしてならない。見て見ぬふり…イジメであるとか、放置自転車、ゴミの不法投棄…最近では虐待なんかがそうだ。岸和田の15歳の事件など、マスコミの取材に答えている「ご近所さん」たちは、自分が通報しなかったことをどう思っているのだろうか。 CMの少年はZ会三年の罰(=具体策)を受けた。が、社会に蔓延する、これらのという「無為」には一体どういう処方箋があるのだろうか? (04.02.13) |
| このイメージの元ネタは……? |
| 「武蔵」は不調だが、米倉涼子の存在感は相変わらずで この秋の新作CMでも話題を振り撒いてる。 長期政権を誇り映画まで出したハマちゃんたりのシリーズCMから がらりと変わったジョージアの男装3人娘ほどには話題になっていないようだが 私としては、カネボウのヘアケア用品「SARA」の新CMが気になる。 ちょっとポップな絵本調イラストの暗雲立ち込める荒野を背景に、 乱れ髪の3様の3人米倉が、「神様おねがーい」と助けを求めると、 「SARA」のお陰で「さらさら」「つやつや」「うるうる」の3パターンの髪質に という奴。で、雲からぱぁっと光がさして、美髪なった3人の米倉が 神様ありがとうという構図になるのだが…… (コチラにあるのは残念ながら、ごわごわ米倉の一場面) この、最後の「3人の米倉」の図、どこかで見たような気がする… そう、タロットカード大アルカナの「審判」に非常によく似た構図なのだ。 地面から覗く3人の米倉の姿も、3人の蘇った死者っぽいし。 これで天上から天使がラッパ吹いて登場したら完璧だったのだが…。 CM発案者の念頭にタロットがなかったか、どうか、 まぁ、キリスト教絵画「最後の審判」のほうかもしれない。 この絵柄の元ネタってもしかして?!と気色ばんでしまったモノとしては 昨年秋頃見たダイエットサプリのBOWSがある。 漆黒の空間を背に、ダンベルを両手にもった太っちょの女性を収めた 鏡のようなものが現れる。やがて、鏡のようなソレは粉々に…… この鏡のようなものを見た時、私と夫は異口同音に呟いた。 「……これって、《ラフノールの鏡》?」 それがなんだか分からない方はマンガ「超人ロック」をご一読を。 いや、無論、これだけの映像でとやかく決め付けることは出来ないのだが、 このCM発案者の念頭にロックがあったら、それはそれで楽しいなっと♪ (03.10.29) |
| キモい? オア ノット? |
| で、その米倉涼子のジョージア新CMである。 ネット上で「あのCMは気持ち悪い」と槍玉に上げられているのを先日知った。 その旨、うちのダンナに話すと 「俺も気持ち悪い」とのたまう。 おやおや、こんな身近なところにもキモい派がいたとは! という訳で,検証のため幾つか訊いてみた。 何がダメなの?彼女たちの男装がダメなの? 「そう、ダメ」 それは生理的なもの? 「そう、生理的に」 このヒトがこんな風に拒絶反応をするというのは珍しいことだ。 ついでにいえば、その生理的拒絶感を共有していないというのは われわれ夫婦としては滅多にないことである (多分、こういうのを無事積み重ねていけるのが、いい夫婦? うふ) 私個人は気持ち悪いというほどではない、違和感を感じはするが インパクトの強さで面白さのほうが勝っている。 ことによると、面白がってるのは、女だけだろうか……。 で、ダンナにいわせると、あのCMの何が問題って「寛げない」ことらしい。 忙しないというか、落ち着かないというか、とにかく寛げないと。 これは確かにいえる。そして、これは確かに問題だ。 少なくとも、ニッポンの缶コーヒーがジャパニーズ・サラリーマンのくつろぎ タイムを演出する道具であるとすれば、これは致命的な瑕といえよう。 私自身、米倉ら男装3人娘のあのCMを見るたび、何か違和感を覚えていた。 インパクトはあるし、米倉のスーツにつつまれた肢体はステキだとも思ったが しかし、何か違うと……。 そう、ニホンにおいて、コーヒーはたとえ缶コーヒーといえども 茶同様なのである。一服いれるための道具なのである。 淹れかたに雲泥の差があるとしても、期待される効果は同じだ。 くつろぎを生み出すための暮らしの小道具なのである。 だとすれば、この違和感は、致命的だ。 確かにインパクトはある。一見面白いのは事実。 だが、不協和音ばかりの前衛音楽ではけっして寛げないのと同様、 違和感ではヒトは寛げない。 俗に女三人でかしましいというが、かしましさは騒々しさであり、 この場合、居心地の悪さに通じる。 この居心地の悪さをものともせず寛げるとしたら、それはやはり 石橋蓮司がカリカチュアしてみせる老練なサラリーマン世代ぐらいだろう。 そして、ニホンのサラリーマン諸君は感じているのだろうか いかに男装しようとも、彼女らはオレらにはなりえない……と。 思うに、このCM、缶コーヒーの存在意義、ニホンの暮らしにおける 飲み物の意義を、根本的に心得ないヒトが作って供しているとしか思えない。 さて、このCMでジョージアの売上やいかに? (03.10.29) |
| 元気な男の子は何処に行った……? |
| 昔ハムのCMに「腕白でもいい、逞しく育って欲しい」というコピーで有名な 奴があった。最近、この言葉をしみじみと思い出す。というのも、昨今、 CMの中で元気のいいのは男の子ではなくなってしまったように思うのだ。 粉石鹸の「エリエール」のCMがある。もうかなりの期間オンエアされている あれをご存知だろう。何処のお寺か知らないが(何故か、限られた映像から 私は神社ではなく寺院だと思うのであるが)、縁側を靴下で軽快に走り回り、 廊下をズズーと滑ってみせる少女たち。いやはや、元気なものだと感心していた。 最近のオンエアでは、画面下に小さく「これは演出です。公共ではマナーを守って」 とかなんとか注意書きが出てきたところを見ると真似する子どもも多いのか? それはともかく、あのCM,子どもが元気にヤンチャをやって、それで汚すという 腕白な映像で、その腕白をやってのける子役に、少女が選ばれたというのが 私にはなんとも、おぉ、と思われてならないのである。 おぉ、と思うには、二つの理由がある。 @女の子が元気になったものよのぉ! というのと、 A男の子はどうしたんだ…? というものだ。 それで、冒頭の「腕白でもいい、逞しく育って欲しい」が思い起こされるのである。 あの、テレビ史上に残る名CMは、まだ世間でそれほど一般的でなかった アウトドア的シチュエーションを背景に、文字通り逞しい父親と、まだあどけなさが 残る愛らしい少年とが、焚き火の火を囲むという、なんとも詩情溢れる光景を 描いたものだった。それだけで、なんとも完成された、立派な父子の像であり、 そこに、その父の述懐のような塩梅で流れるナレーションの科白がグッと 胸に染み入ったのである。あれは、あらゆる意味で、理想像だったのだろう。 父親の失墜というものは、ひとまずここでは触れない。恐らく、あのハムの 時代から、父親の権威というものは揺らいでいたのじゃないかと思うからだが、 私が今ここで問題にしたいのは、CMにおける息子、少年たちの質的変化だ。 あのハムのCMに登場した少年の、愛らしいがしかし瞳のきらきらした、いかにも いずれ逞しくなるだろう風情、あれは現在のCMで見出せるであろうか? 例えば、松嶋菜々子の奇矯な振る舞いが際立つペットボトル日本茶の CMに登場した制服姿の少年、あの彼に「いずれは逞しくなるだろう」可能性を あなたは感じ取れるであろうか?例えば和茶の夏バージョンのCMに登場した 年上の人にポッとなる少年、あれはとても美しい思春期の風景を叙情たっぷりに 見せてくれて個人的に気に入っているのだけど、やはり美しすぎる。 昨今、少年たちの姿が見受けられるCMは、やはりゲーム関係が一番 多いように思う。しかし、そこでみる少年の姿は、なんとも大人しい。 ワザが巧くなったとか、夏休みにはプレステ2を買うんだとか、 なんか、せせこましい小さな枠組みで、小さく小さくほくそえんでるだけって 感じは、なんとかならんのか? それに比べて、「エリエール」の少女たち…元気ハツラツとはまさにこのこと と顔を輝かして、動き回り、足裏を見て「うひょー」と顔全体で驚いている彼女たち 、人によっては、はしたない、とか、女の子なのに、とか顔をしかめるかもしれない。 だが、彼女たちは元気がいいではないか、非常に元気がいいではないか。 やはり、今の世の中、女の子が元気ということなのか。 しかし、これでいいのか、ニッポン男児! 私は時代錯誤なのだろうか…。 (03.07.29) 個人的にプリケーの「おれのケータイ貸したるー!」少年が気に入っている。 |
| カバンの中身はなんだったのだ……? |
| この秋から、缶コーヒーの「BOSS」のCMが新しくなった。 あの浜崎あゆみがドカチン仕事、そしてトヨエツがホースでグルグル巻きになった消防士、という設定で、それぞれナット・キング・コールの「L―O―V―E」を元にした 歌を歌うというものだが、 これで気になったのが、永瀬と布袋による前シリーズのオチである。彼らが取り合っていたカバン…あの中身はなんだったのか?また、永瀬が口にしていた“部長”とはどんな人物だったのか? も一つついでにいえば、シリーズの最後に、銀色になった永瀬からカバンを託された稲垣吾郎メンバーの登場は、よーするに、不祥事で、バリスタを首になった稲垣に上海でなごんでもらおうという慰労みたいなものだったのだろうか…… (02.09.04) |
| 2002年W杯の「波及効果」はこれだけ? |
| 近頃、容貌魁偉な男が出演するたこ焼きやのCMがオンエアされるようになった。 その、つるっぱげでギョロ目の外人にどことなく見覚えがあったのと、その異様な顔つきの外人が、相好を崩して♪ほんわかふんわか…♪と日本語のCMソングを歌わされている落差に、不覚にも強く印象に残ってしまったのだが…… さて、この人物一体誰であったか。私の疑問に、またもダンナが答えてくれた。 「サッカーの審判の人でしょ」 おお、そうだ。日本=トルコ戦などで主審を務めた(普通だったらここで決勝戦の主審というんだろうなぁ…)あの人か! 詳細が気になってネットで調べてみると、ツルツル頭の彼、ピエルルイジ・コリーナ氏に、冷凍たこ焼き屋八ちゃん堂がほれ込み、彼のもつ「厳しさ厳しさと優しさと、その向こうにある感動が企業理念に通ずる」ということで起用したんだそうな…冷凍たこ焼きやさんの企業理念とはそういうものであったのか。それにしても、国際的に著名な審判ともあろう人が何もたこ焼きのCMで♪ほんわかふんわか♪歌わされて挙句たこ焼きをほおばらなくてもいいだろうに……とトホホな気分になったが、それはあくまでコリーナさん側から観た話。 聞けば、このCM、九州エリアでしかオンエアされてないとのこと。それもそのはず、この八ちゃん堂なる冷凍たこ焼きやが福岡の会社だから。こんなローカルな会社がコリーナ氏を口説き落としてCMに使ったか!となるとおお、大したものじゃ、という気分になってしまう自分が、ちと情けない。 しかし、八ちゃん堂、自社のHPでも、一切、コリーナ氏の起用について触れていない。そこんとこも好感度UPかしら。 →八ちゃん堂のホームページ http://www.hatchando.co.jp/index02.htm などと思っていたら、次は、日本代表のMF戸田和幸が「どん兵衛」のCMで、優香に詰め寄られていた。 ううむ、そういえば、W杯のあと、サッカー関係者がCMに起用されるのって少ないような……。恐らく、もっとも起用したいのは、日本では稲本だろうし、外国勢ではカーンとか、ベッカム様なんじゃないかと思うんだけど、彼らは、そうそう動かないってことだろうなぁ(でも、ベッカムあたりは、今後、ブランドものか何かに起用されないとも限らないわな)。それにしても、あれだけ事前に盛り上がったW杯なのに、過ぎてしまえばこの程度の余波しかないってのは、なんだかなぁ。 (02.09.04) |
| 甥が消えたら息子が… |
| 2002年春頃からであったろうか。新アリナミンAのCFが新しくなり、CFキャラクターも変わったのを意識するようになった。 スペインの伝統的な力自慢競技に、挑戦する日本男児……なんだか「ウルルン滞在記」みたいなネタだなと思ったのが注目のきっかけだったろうか。CFキャラの男に見覚えがなく、そこがいっそう、新人芸能人(特に男の)登竜門的な「ウルルン」を連想させたのかもしれない。 しかし、そのうち、この見覚えのない男を、ほぼ毎朝見ていることに気が付いた。彼こそは、NHK2002年上半期の朝ドラ「さくら」の“桂木せんせい”こと小澤征悦であったのだ。小澤…そう、彼は世界のオザワの実の息子でもある。 敢えて「オザワの息子でもある」という言い方をするのには訳がある。この小澤征悦、余りオザワの息子であることが問題になっていないような気がするのだ。むしろ、当節珍しい男臭さ溢れる当人の魅力と、地のままなんじゃないかと思わせる桂木という役の印象によってお茶の間のハートを掴み、その後、勝手にお茶の間人が オザワの息子であると知って「ええ?!」と驚くという感じなのだ。 別に当人も隠していたわけではないらしい、しかし、著名人の息子なのに、ここまで「○○の息子でござい」という売り方をしないのも珍しい、そりゃそうだ、指揮者と役者なんだから畑が違いすぎるという向きもあろうが、例えば、小泉孝太郎あたりと比べてみると、売り方、人気のありようの違いが非常によく判る。一時ほどの話題性はなくなったあの孝太郎は、最初から小泉孝太郎としてお茶の間の私たちの耳目を集めただろうか、いや、あれはあくまで父親・小泉純一郎の話題の余波であって、孝太郎本人のキャラが立っていたとはいいがたい。ブレイクまで4年かかった小澤征悦と、デビュー時にいきなり注目された孝太郎……ここにも両者の違いがある。 その点、この小澤征悦、明らかに「オザワの息子」としてではなく、桂木センセとして、本人が鮮やかに認知されたというべきであろう。それを受けてか、夏あたりから新アリナミンAも、新しいバージョンが放映され始めた。やはり、彼への注目が高まっているということなのだろうか。 彼が世界のオザワの息子であると聞いて、意外な気がする要因は、余り父親と似ていないからだろうか。強いて類似点を挙げれば、エラが張った顎から耳にかけてのライン、ぐらいで、目鼻立ちはさほど似ていないように思える。 むしろ、似ていると思うのは、ポップスの世界で名を成した甥のオザケンの方だ。そういえば、あの甥っこ、最近、新作を出したようだけど、顔を見なくなった。 しかし、武田薬品や、彼の事務所は、このブレイクをどこまで予期してたのか。「さくら」放映とほぼ同時に流され始めたこのCM、ある程度は相乗効果を狙っていたと思うのだが……そして、オザワの息子は、果たしてセイジを「オザワのオヤジ」と言わせるようになるだろうか。期待しよう (02.08.05) |
| いつのまにかNHKからACに |
| 何時頃からだったろうか、NHKで「パパイヤ鈴木がファンキーな歌と踊りにのせてペットボトルの捨て方を説く」というようなCMを流しだしたのは…。 おや、NHKも味な映像を流すものだな、と思っていたのだが、最近、そのCMが、民放でも流されるようになった。 AC、公共広告機構のCMとして、である。 なんとな〜く、この発展の仕方が気に入らない。CMとして出色の出来だと思うだけに、まるでNHKから取り上げて、ACが自分の手柄にしてるみたいに思えてならんのである。一体どういう経緯があったものか…私の考えすぎであって欲しいのだが。 パパイヤ鈴木を起用した映像として、非常に面白く、彼のファンとして気に入っているだけに、ACのやり口がなんだか気に入らないのだ。 (02.08.05) |
| ウマ年CMはこれだけかい |
| ヒロスエは、すでに存在そのもがキワモノということになってしまったのだろうか。 その行状は、一頃ワイドショーネタになったのに比べると沈静化したようだが、やはり、一度定着した見方・評判というものは、なかなか変わらないということか。 とはいえ…一時、かなりの数のCMをつとめた彼女が、まさかケンタウロスの格好をして、ソース焼きそばを食って「…ウマ」と呟くことになろうとは…。 しかも、世間で「あのヒロスエがウマに!」と話題になるわけでもなく…。 哀しい。 それなのに、バージョンが幾つか作られているところが、なんともやるせなくてさらに哀しい…。 それでいいのか、広告主……といっても、馬耳東風なのかな。 (02.08.05) |
| こんな時間にダブが |
| 先日、仮面ライダーの新シリーズを見ていて旦那が呟いた。 「こんな時間帯なのに、ダブのCMやってるんだね」 「龍騎」のAパートとBパートの間、テレ朝、日曜の子供向け番組に時間帯である。他のCMは、子供向け雑誌、キャラクターグッズ系の玩具である。なるほど、例のモイスチュア洗顔料ダブのCMが現れるには唐突の観がある。だが、これは、この時間帯、ダブの購買層に相当する女性たちが見ている筈だ、という判断がある。そして、実際、平成仮面ライダーの人気を支えているのは、小さな子供たちや、また、大きなお友達といわれるオタクだけではない。この平成ライダーの主役を務めるイケメンの俳優に入れ揚げる若いお母さんたちなのである。平成仮面ライダーの成功には、幅広い年齢層の視聴者を捕まえたことがいえるが、いや、まさか、ダブの購買層とも重なる女性が捕まるとはお釈迦さまでも想像できなかったろう。 この幅広い視聴者層を得て、この他にはシチューのCMがある。火曜日だけでなく案外、日曜の夕飯はシチューが多い…のかもしれない。そして、このCM傾向はライダーの前番組「ガオレンジャー」にはなくて、その後の「おじゃ魔女ドレミ」には継続されている。確かに私もドレミは見るがガオは見ない。となると、やはりガオは低年齢層のものなのか。 ふと気になって、他のアニメ番組のCMにも気を付けてみたが、ダブが現れるというような傾向は今の所ない。むしろ、アニメ番組の時間帯ではゲーム関連のCMが多いように思う。これまた、微妙に購買層が異なると考えられているのであろうか? |
| “新学期”向けCMあれこれ |
| CMに“新学期”シーズンが到来した(笑) 2002年、まだ1月だというのに、CMでは、春の入学・進学シーズンなのだ。 テレ朝、日曜の子供向け番組に時間帯に、ジャポニカ学習帳のCMが帰って来た。昨年、まだ「アギト」などが放送開始されて間もない頃は、毎週のようにジャンケンをした仲だったジャポニカ王子…いつのまにかいなくなってしまい、内心寂しく思っていたのだ。今期はあの爺ヤのほかに女の子がいる。妹か、それともGFか?おお王子! 何時の間に女をこさえたのだっ(←バカ) また、その少し前の時間帯、小学館の雑誌「小学一年生」のCMを見て大爆笑。幾らなんでも新一年生の女の子に、ゾウの世話係をさせんでもよかろう。いくら小象といえどもデカすぎる。しかし、あの女の子の「…ゾウはやめます」という言い方が可愛いので許す。ああいうヘンさはラブリ〜さに通じる。いいコを連れてきたものだ。いい年して萌えてしまいそう。 |
| 今のCMの女王って誰… |
| 2001年後半から、私は現在の『CMの女王』が誰なのか、分らなくなっている。 一頃言われた藤原紀香は、いつしか単独で登場しなくなった。いつも誰か別の女性と組んでいたのが印象的であった。例えば航空チケットの奴しかり、写メールの奴しかり。最近の化粧品の奴も、なんと香取慎吾クンと一緒のご登場。で、このシリーズ、最近の第二作目を見ると慎吾クンはそのままで女性のほうがチェンジしているところを見るとメインは慎吾クンなのか。まぁ、男がカリスマメイキャップアーティストみたいに化粧品CFに登場することなんてなかったので、なかなかあのCFは気に入ってるのであるが……しかし、最近の藤原嬢、日韓親善大使に抜擢されたりして。、、すでにCMなどどうでもよくなっているのかもしれない… で、『CMの女王』である。単独で登場する率からいくと、浜崎あゆみか、それとも、いつしかネオ70年代風のファッションであちこちで見かけるようになったヒトミか。え?松島菜々子だろうって? JRAがキムタクから彼女に代わって全く精彩を欠いたことをどう評するのだ。ま・優香やヒロスエでないことだけは確かだ。 『CMの女王』が不在であるというのはどういうことなんだろう。一時、キョンキョンがその座についていたときは、彼女がキャラクターを務めれば必ずその商品は売れる、というような世評があったような気がするのだが(私の記憶違いかも)、今、日本に、このタレントを用いれば必ず業績が上向くなんていう奇跡みたいな人物はいるのだろうか。考えてみれば、そんな都合のよい存在がいたことのほうが奇跡みたいに思える。今の方がフツウなのか、それとも不況の中、もはやそんな奇跡は望めないということか。 単純に『CMの女王』というものを、タレントの好感度、いわば世間の受けということで考えることもできるだろう。その場合……やはり、今は、いっせーのせで世間が右に習えするような、満場一致の好感度女性など存在しないということか。それはそれでようやく事態がフツウになったような気もする……。さてこのニッポン、景気が復活するのが先か、それとも『CMの女王』が復活するのが先だろうか。 いや……しかし、今はむしろ、上述した香取慎吾やその他のSMAPメンバー、『BOSS』の永瀬・布袋、『au』の浅野のように、男性タレントのCMの方が印象深い時代なのかも……。 |
| mobitって? |
| 2001年いつのまにか盛んにTVで放映されていた謎のCMである。 まず、人物が二人。竹中直人と桃井かおりが、戦国時代か安土桃山風の装束に身を包み、何故かクルマに乗って町を流しており『mobit』なるものを探している。この二人が何者なのか分らず、更にいえば、時代錯誤の二人が何故現代の日本の町を闊歩しているのかもよく分らない。しかも肝心の『mobit』がなんなのか。も……分らない尽くし。 一応、与えられた手がかりから想像することはできる。ひょっとしたら、この二人、秀吉とねねではないのか……、しかし、これはかつての大河ドラマ『秀吉』の印象が強いせいで、竹中の時代がかった扮装といえば秀吉というだけの発想である。で、男が秀吉なら、女はその女房・ねねだろう、というこれまた単純な連想だ。また、『mobit』なるものについても、消費者金融かローンであろうかと、なんとな〜く、これまたなんとな〜く想像。 で、その後みた別のバージョンでは、時代がかった二人とともに、元気よくサラリーマンやOLさんも登場。何故?何故、時代めいた人間と現代人が、こうも安直に一緒に一つのCMに収まるのか。でこのCMで売り出したい『商品』はなんなのか、さっぱりだ。結局、私はネットを検索した。それによれば、この『mobit』は三和銀行のローンであることが分ったのだが、そのうち、三和銀行は他行と合併してUSJ銀行とやらに。やはりコンセプトの分らない商品を扱ってる業者は、成り行きも危ういということか。 そういえば、コンセプトはよく分らないけれど印象的なのにユニクロがあった。廉価な衣服の宣伝に意外な人選を行うということで、一時は随分と世間の耳目を集めたものだけど、最近、新作も出てこない。またフリース路線も市場で飽和を向かえてしまい、いっときの勢いを失ってしまっている。『mobit』の二の舞にならなければいいけれど、どうだろう? |
| アイフルのお姉さん |
| 個人的意見だが、アイフルの『ご利用ですか〜』お姉さんのファンだ。 初めのコンセプトは日立風の『一生懸命働いているアイフル従業員』を映すというものだった。そして彼女はその一人に過ぎなかった。しかし、回が進むに連れて、他の従業員役は姿を消し、『ご利用ですか〜』のセリフとともに彼女が中心となった。やはり決め手は、彼女の爽やかな笑顔であろう。今時、よくまぁ見つけてきたなぁと製作陣を誉めてやりたくなるような人選。ああいう清楚な娘さんなんて今の日本じゃ絶滅危惧種じゃあないのか。(だけに、ああいう人の素顔だけは拝みたくない、などとオヤジめいたことをつい思ってしまうワタクシ) 彼女のお陰で、消費者金融のCMが各社明確になってきた。相変わらず女性ダンサーが群舞する武富士。レイク・エンジェルこそ撤退したもの相変わらずコミカル路線のレイク(この謎めいた新バージョンはお茶の間の話題を呼んだ)、「安心は死んだ」と相変わらず空耳してしまうシンワ。その中で、唯一アイフルに追随するのは名前もよく似たアコムである。利用者にあくまで親しげに振る舞おうとする態度は、しかしアイフルのお姉さんに比べ、何か諂いのようなものを感じてしまう。それが二番煎じというものか。 |
| 旨茶のビジュアルコンセプトって一体 |
| 2001年春の新商品の中で最も話題だったのは、日本茶のペットボトル飲料である。日本茶のあの香りを失わぬ商品化についに成功ということで、業界的にもイチオシだったらしい。まぁ、確かに飲んでみてこれまでの缶飲料よりスッキリしているのでお茶好きの私も抵抗感を感じつつ行楽のお供にしたりしているのだが、その商品の旨さと比較して、妙なCMを展開したのが、アサヒの『旨茶』であった。 先ず当初は、『渋滞に巻き込まれてしまったカップル。彼女のナビが下手だからと彼氏が思わず本音を漏らすと、機嫌を損ねた彼女が下車、すぐ近くのコンビニで旨茶を仕入れ、それで気分もリフレッシュ。彼女は車に戻る』というものだった。日本茶のスッキリ感を表現するためとはいえ、ありがちな状況設定で新味がない。これだけなら並みレベルのCMとして記憶に止められることもなかったかもしれない。 このCMを私にとって印象深いものにしているのは、こんなつまらない設定で、わざわざ実写とアニメで2バージョンも作られたからである。しかも、アニメ版製作はどこかと思えば、あのジブリで、『ほーほけきょ となりの山田くん』で披露された水墨画か水彩画のような例の技法を活かしたものであった。ある意味、贅沢なお金の使い方とはいえる。 しかし、印象的とはとてもいえないCFなのである。ジブリが製作していて、業界的にはともかく、巷でのウケが良かったとはとてもいえない。結局、このCMシリーズ、迷走をはじめる。このまま実写・アニメの2バージョンでいくのかと思いきや、金がかかりすぎるからか(恐らくかけた金に見合った反響もなかったからか)ジブリの路線はコレ一本きりで姿を消し、その後、内藤剛志を起用した『会議リフレッシュ編(?)』が登場し、その後、女性タレントを起用した、どこにでもあるような、ありきたりのCFに落ち着いた。 同業他社の商品が、明確にイメージキャラクターともいうべきタレントを固定し、安定した展開をしているのに対し、この旨茶にはそれもない。日本茶ではなく、ウーロン茶であるが、キリン『聞茶』の井上揚水氏がバッチリ巷に浸透したのとエラい違いである。しかし、『♪渋いのから旨いのへ♪』っていう、例の歌のフレーズだけは妙に印象に残っているんだけどね。 |