[280] BOOK-OFFの謎 2002-10-22 (Tue)

【10月22日(火)】
▼BOOK-OFFの店内をブラブラしていて、ふと気がついたことがある。ご承知の通り、BOOK-OFFの値段設定は比較的新しめの本は定価の半額、古めの本は百円均一というのが基本的なものなのだが、あるベストセラー作家の本が単行本・新書・文庫を問わず百円均一には一冊も見あたらないのだ。たまたまその一軒だけのことなのかと思って別の店も覗いてみたが、そちらの店もまた同様。その後に俺がチェックした店は全てがそうだった。
 さて、ここで問題です。すでに30冊以上もの著作のある人気作家であるにも関わらず、BOOK-OFFの百円均一コーナーには置かれていない作家とは果たして誰なのでしょうか? 正解はCMの後で。

さぁて、皆さんが上の問題の答を考えている間にちょっくら古本屋廻りでも。
 ・・・と、とある一軒の古本屋の前に立つ。この店は俺の通勤経路沿いにあるにも関わらず、以前、この店で静かに本を物色していたらいきなり店主に「おいっ、汚い手で本を触んなよなっ!」とヒステリックに怒鳴られて以来、ほとんど覗くことのない店なのである。その時、決して俺の態度が挙動不審だったわけでもホントに手が汚れていたわけでもなく、むしろ全身から芳しい匂いさえ放っていたというのに、どうしてこの俺が−−古本屋からは「商売繁盛の福の神」とまで呼び称されることのあるこの俺が−−いきなり強突張りの親爺から怒鳴られるような羽目になったのかは未だに謎のままだ。まぁ、たいした本も置いてない古本屋なのでそうそうこまめにチェックする必要はないのだが。
 しかし、やはり久々に訪れてみるとそれなりの収穫はあるもので、いきなり春陽文庫の高木彬光の山に出くわす。その山の中からたぶん持っていないと思った(いい加減に探索本リストを作れよな(-_-;)>俺)『素浪人奉行』(春陽文庫、S58、200円)、『御用盗変化』(春陽文庫、S58、200円)、『たつまき街道』(春陽文庫、S60、計380円)、『隠密月影帖・影の巻(上)(下)』(春陽文庫、S60、計400円)の6冊を抜く。『月の巻(上)(下)』『影の巻(上)(下)』と四巻ある『隠密月影帖』は、つい先日、『月の巻』の上巻だけを手に入れて「こういうのって揃いで見つけないと後が大変なんだよなぁ」と書いたばかりだというのにいきなり残り一巻だけとなる。でもやっぱり下巻だけ探すってのはホントに至難の業なんだよなぁ(;_;)。家に帰って調べてみるとこの七冊中、ダブリは僅かに『御用盗変化』一冊のみ。今更ながら自分の記憶力の確かさに自信を深め、今後も引き続き春陽高木探索本リストは作らないことを改めて固く決意する次第である。
 まぁ、今日はこれだけの収穫でも既に大満足なのだが、さぁ皆さん、先ほどの問題の答はもう出ましたかぁ? え、まだ? じゃあその時間を利用して店内をぐるりと一周してみることにする。
 時間もたっぷりあるものだから、普段は滅多に見ることのない美術書や写真集等の大型本の棚まで眺めていると、予想外の本を見かける。中子真治『超SF映画』である。1980年に奇想天外社から出たこの本は当時の定価でも7,800円もする豪華本で、今でこそ「テキサスの石油王」と呼ばれるこの俺もその頃はまだ家の裏庭で油田を掘り当てる前の貧乏時代だったために、この本が飾られた新刊本屋のガラスに鼻をぴったり押し当ててただひたすら物欲しげに指をくわえて眺めているだけだった。・・・って、楽器屋のショーウインドウの中に飾られた真新しいトランペットを眺めているハーレムの黒人少年かいっ、この俺は(-_-;)凸!
 ということで、本自体はそう珍しいものではないのだが、古書目録に出れば安くても1万円はするこの大著を入手する機会がなかなか巡ってこなかったというわけなのだ。今だと2万円を遙かに超える値段を付けている古本屋でさえちょくちょく見かけるくらいなんである。
 どうせきっとバカ高い値付けなんだろうなぁ・・・と半ば諦念しながら、棚から本を抜いてチラリと売値を一瞥すると3万5千円。うわっ、やっぱり高いわっ! ・・・と思いながらも棚に戻しながら念のためにもう一度書かれた値段を見直してみると、金額を一桁見間違えていて何とたったの3千5百円である\(^o^)/。今日発売されたばかりのハリー・ポッターの新作ですら上下巻合わせて消費税込みで3千9百9十円もするっていうのに、たったの3千5百円〜〜〜\(^o^)/!
 もちろん、大喜びで買う。

さて、そろそろ皆さんの答は出そろいましたでしょうか? え、まだ? だったら、時間つなぎに別の古本屋で買った本のことも書こうか。
 と、『超SF映画』を安い値段で拾えたことを誰かに自慢したくて、その足で古本まゆさんに出向く。
 で、古本まゆのご主人に本日の収穫をさんざん自慢した上で(注:この手の客は古本屋にとって一番嫌われる客ですので、皆さんは決して真似をしないように)ふと本棚を見上げると、藤野幸雄監訳『世界作家事典1 ミステリ・冒険・スパイ』(日外アソシエーツ、1993)というぶ厚い本が目に留まる。新刊発売時の定価は9千8百円というこちらも高い本である。その本に古本まゆの付けた値段は6千円。それにしても、この手の高額本を新刊で買ってなおその上で古本屋にたたき売る人ってのは、いったいどんな種類の人たちなんだろ?
 ページをパラパラとめくると欧米のミステリ作家百人の作家としての評価や邦訳未訳も全て含んだ詳細な書誌データが詰まっている。たとえばカーター・ブラウンの項を見ると、1953年から1981年までの29年間に書かれた原著書の数は、(俺の数え間違いがないとすれば)邦訳のある63冊も含めてカーター・ブラウン名義の124冊+1冊(1冊は普通小説)にプラスしてカロライン・ファーという女性名義で書かれた38冊の合わせて163冊が出版されていることが分かる。そんなことが分かってどうするというような些細な問題はさておいて、中身を眺めているうちに猛烈に欲しくなってくる。6千円かぁ。欲しいけど今日は『超SF映画』なんかを買っちゃったりしたもんなぁ。今度、パチンコで勝つ時まで店に取り置きを頼んでおこうかなぁ、どうしようかなぁ、うじうじうじ・・・としばらく思い悩むが、まぁ『超SF映画』を一万円で買ったと思えばその差額で買えないこともないな・・・という浪費の悪魔の声の命じるがままに思い切って「えいやっ」とばかりに買ってしまうことにする。
しかし結果として、古本まゆを出たその足で向かったパチンコ屋であっという間に3万8千円ほど勝ってしまった(こういう切羽詰まった時の俺って、ホントに博才があるよなぁ)ので、結果としてはそんなミミっちい金の心配なんかいちいちしなくても良かったわけなのだが。どうせ黙ってても裏庭からは石油が湧いて出てくるんだしなぁ。

▼ついでに新刊で買った本についてちょっとだけ書かせて欲しい。なるほど、『ナカヨシ』『ヨイコ』と来たら次のタイトルはこれかっという岡田斗司夫・山本弘他の『メバエ』(音楽専科社)はカートゥーン、食玩、モデリング、ガンダム等、ヲタク斯界のそれぞれの権威を招いた底なし沼のように暗くて深い相変わらずのオタク鼎談ぶりが楽しい。その中でこの俺でもついていけるのはせいぜいカートゥーンくらいのものなのだが、特に海洋堂専務の話は鼎談の中でも触れられている通り「プロジェクトX」で取り上げられたっておかしくない内容である。先日読んだ小林信彦の『テレビの黄金時代』が面白かったのでついでに買ったのは田村隆『「ゲバゲバ」「みごろ!たべごろ!」「全員集合」 ぼくの書いた笑テレビ』(双葉社)は、「シャボン玉ホリデー」以降、ずっとバラエティ番組の脚本家として活躍してきた田村隆が関わった番組、タレント等とのエピソード及び交友録。『テレビの黄金時代』に較べるとさすがにこちらは今ひとつ面白くない。

さて、そろそろ最初の問題の答合わせに移ってもよろしいでしょうか?
「すでに30冊以上もの著作のある人気作家であるにも関わらず、BOOK-OFFの百円均一コーナーには置かれていない作家とは果たして誰なのでしょうか?」という質問の答は、誰あろう宮部みゆきが正解なのでした。ビックリした? それともこんなことは既にみんな知ってたことなのか? いや、俺も全国各地のBOOK-OFFをくまなく巡り歩いたわけでもないので、100%必ずそうだとも言い切れないのだが、まぁ皆さんも最寄りのBOOK-OFFで一度チェックしてみてご覧なさいな。たぶん百円均一に宮部みゆきは置いてないと思いますから。と言って、もしも宮部みゆきが百円均一コーナーに置いてあったとしてもいちいち報告して貰わなくても結構ですから。
 置いてない理由? 宮部みゆきは当代随一の人気ミステリ作家である。であるからBOOK-OFF側には、何も百円までダンピングしなくたって宮部みゆきならば定価の半額でも充分に売れるという目算がたぶんあるのであろう。これはあくまでも想像だが、おそらく「宮部みゆきは百円均一コーナーには決して置かないこと」というような注意事項がBOOK-OFFのバイト・マニュアルに記載されているに違いない。俺は気付かなかったが、他にもそういう「特別待遇」の作家っているんだろうか? もしも今、この頁をお読みの方の中でBOOK-OFFでのバイト経験のある方、そのあたりのところはどうなんですか?


[279] 毎度毎度の定例古書市 2002-10-18 (Fri)

【10月18日(金)】
▼定例古書市の初日。本日も会社帰りにフラリと覗いてみることにする。
 買ったのは、山田風太郎『元禄おさめの方』(平安書店、S50、1,500円)、ルイス・ラムーア『争いの谷』(中央公論社ペーパーバック・ウエスタン、S59、300円)、小島貞二他編『落語家面白名鑑』(かんき出版、S57、500円)の三冊。平安書店の山田風太郎って確か何か持ってたよなぁ・・・と思いながら恐る恐る買った『元禄おさめの方』だが、家に帰って調べてみると持っていたのは『売色奴刑』の方だったのでホッと一安心。これもダブリのような気がしなくもないなぁ・・・と思いながら買った『争いの谷』も家に帰って調べてみると、よしだ まさしの未所有本だったことを知り更に大きく一安心

▼古書市は早々に切り上げて新刊書店回りへと切り替える。
 買ったのは、ハーラン・コーベン『唇を閉ざせ(上・下)』(講談社文庫)、マーティン・C・スミス『ハバナ・ベイ』(講談社文庫)、ブラッド・スミス『明日なき報酬』(講談社文庫)、リタ・グリムズリー・ジョンスン『チャールズ・M・シュルツ伝 スヌーピーと生きる』(朝日文庫)、泡坂妻夫『飛奴』(徳間書店)、菊地秀行『魔人同盟・青春鬼』(祥伝社NON NOVELS)、桂米朝『桂米朝コレクション2・奇想天外』(ちくま文庫)、ロバート・J・ソウヤー『イリーガル・エイリアン』(早川SF文庫)、ディーン・R・クーンツ『ぬいぐるみ団オドキンズ』(早川書房)。
 今年の講談社文庫は頑張ってるよなぁ。こと海外翻訳ミステリ文庫に関していえば老舗の早川や創元、「このミス」常連の文春・新潮といったメンツよりもよっぽど面白い作品を出しているような気がする。『ハバナ・ベイ』と『明日なき報酬』の方は読むかどうかはちょっと分からないけど、『唇を閉ざせ』の方は何だかすっごく面白そう・・・って思うのも、これもまた帯に「ノンストップサスペンス」と書いてあるからという単純な理由からなのだが(笑)。ところでこの『ハバナ・ベイ』は591頁もある分厚い一巻ものでその定価は1,400円、で、二分冊の『唇を閉ざせ』の方は上巻292頁下巻291頁の合計583頁で、価格は上下二巻合計で1,980円・・・ってのはちょっと納得いかないんだけど。一巻もので出すのか分冊にするかの講談社の基準っていったいどんなとこにあるんだよ?
 『チャールズ・M・シュルツ伝 スヌーピーと生きる』は、もしかすると元版で持ってるかもしんない。ロバート・J・ソウヤー『イリーガル・エイリアン』は久々に面白そうなソウヤー。おそらく日本で五番目くらいに早く『さよならダイノサウルス』はすげぇ面白いと言ったこの俺なので、この勘はそう外れていないような気がする。クーンツの『ぬいぐるみ団オドキンズ』も、クーンツマニアとしては買わざるを得ない一冊である。

▼その他に買っていた古本は、高木彬光『隠密月影帖 月の巻(上)』(春陽文庫、S60、130円)、G・D・H&M・コール『百万長者の死』(創元世界推理小説全集12、S31、200円)、島田啓三『冒険ダン吉(2)』(講談社少年倶楽部文庫、S51、200円)、グレアム・グリーン『負けた者がみな貰う』(筑摩書房、S31、100円)、小林司/東山あかね編『シャーロック・ホームズを100倍楽しむ本』(ほるぷ出版、1992、100円)、友成純一『獣界魔道』(桃園文庫、S62、100円)、田中喜芳『シャーロッキアンの優雅な週末』(1998、中央公論社、1,400円)、高木彬光『黒白の囮』(読売新聞社新本格推理小説全集8、S42、76円)、ジミー・バフェット『ジョー・マーチャントはどこにいる?』(文藝春秋、1995、600円)、井上ひさし編『ブラウン神父ブック』(春秋社、S61、300円)。
 高木彬光の『隠密月影帖』は、月の巻(上)(下)、影の巻(上)(下)と四巻あるうちの一巻。こういうのって揃いで見つけないと後が大変なんだよなぁ。しかしこれで春陽の高木彬光探索行もあと残り15巻(のはず)。
 コール夫妻の『百万長者の死』は当然のことながら既に持っているものなのだが、某古本屋で店主と小一時間ほど話し込んだあげく一冊も買わずに店を出るのもさすがに悪いと思って、適当に目の前の棚に刺さっていたこの『百万長者の死』を抜いてみると値段がどこにも書かれていない。「えぇと・・・これはいくら?」と店主に尋ねてみると500円との返事。月報こそ欠けているものの函付のまぁまぁ美本である。500円ならばダブらせてもいいか。どうせこのあたりの本まで二千円とかいうトンデモナイ値段で買おうとする可哀想な(差別用語のために自主的に削除)もこの広い世の中にはいることだろうし・・・と思いながら、「じゃ、これ貰いますわ」と言って手にした本を差し出すと、店主がじっと本を見て「あっ、他の本と間違えてました。この本ならば値段が違います」と言う。やっぱりなぁ、でも500円を一銭でも越えるんなら買わねぇぞ・・・と棚に戻しかけると、店主が「その本だったら200円でいいです」との由。う〜む、いったい他の何という本と勘違いしてたんだろ?
『白黒の囮』『ジョー・マーチャントはどこにいる?』『ブラウン神父ブック』の三冊は、水害被害を受けて現在は出店でこっそりと営業中のコレコーレで購入。今はキャンペーンセール期間中なので(ところでこの店ってキャンペーンじゃない時ってあるのか?)定価の8割引という特価である。但し『ブラウン神父ブック』はおそらくダブリ。『ジョー・マーチャントはどこにいる?』のジミー・バフェットって、ROCKの世界でちょっと有名なジミー・バフェットだったんだ。今回、あとがきを読んで初めて両者が結びつきました。それにしてもこのコレコーレって、今、テレビでCMまで流しているんだよなぁ(注:もちろん名古屋地区限定)。古本屋の流すテレビCMって、BOOK-OFF以来の快挙なんではなかろうか? ちなみに星ヶ丘の店の再開時期はまだ目処が立っていない模様だそうな。

▼ビデオ視聴は何故だか今、第三次「やっぱり猫が好き」マイブームの真っ最中。俺が産まれて初めてビデオ録画したのがこの「やっぱり猫が好き」なので、そこそこ年期の入ったファンなのだ。それ以降、ビデオ録画したTVドラマって一本も無いもんな。今は「蔵出し編」と銘打たれた五巻を立て続けに借りてきて観ているところなのだが、やっぱり恩田三姉妹は面白れぇよなぁ。
 三池崇史監督の「殺し屋1」も観る。スプラッタという側面だけから観ると、わざわざ18禁にするほどのこともなかった映画。「鉄男」の塚本晋也監督が結構メインな役どころで出演しているのだが、いったいどういうことになってるんだよ、あの筋肉は(笑)?


[278] ルネ・マグリット展 2002-10-14 (Mon)

【10月14日(月)】
▼名古屋市美術館に「ルネ・マグリット展」を観に行く。「似合わねぇ〜!」などと言うことなかれ。こう見えても高校の頃までは日展・二科展まで欠かさずに出かけるという美術少年略して美少年だったのだ。いちいち略さなくてもいいか。
 当時はやはり若気の至りかシュルレアリズム関係の絵画を特に好んでおり、分からぬままにダリデルヴォーキリコ‘チャイルズ’時代の磯野貴理子などに魅力を感じていたものだった。その流れで当然、マグリットも好きな画家の一人だったのである。
 美術館に出かけるのもいったい何年ぶりのことなのか。ルネ・マグリット展がスタートして既に一ヶ月以上が過ぎたというこの時期、‘芸術の秋’にふさわしく落ち着いた雰囲気の中でゆったりと好きな絵画が鑑賞できると思いきや、館内はまだまだ芋を洗うような混雑ぶりである。展示されている絵の多くはマグリットの画集などでもよく見かけるものも多く馴染み深いものだったが、ゾロゾロと行列を作って観るのはどうにも堪忍して欲しい。特に俺の前を行くカップルの男が絵の前に立つたびに「岩が空中に浮いてるよっ!」だとか「山高帽をかぶったおじさんだよ!」など絵を観たまんまの感想をいちいち叫ぶのが実に鬱陶しい。思わずそいつの背後からオノレはさまぁ〜ずの三村かっ!とツッコミを入れたくもなるというもの。しかもそいつが連れていた女の子がちょっと俺の好みのタイプだったのでますます腹が立つ。
 翌日、連休明けの会社でマグリット展を観てきたことを話すと、職場のオヤジが一人、「自分も子供にせがまれて観てきた・・・マルグリット展」と言う。「いやぁ、マルグリットという画家の絵はなかなか面白いねぇ」
 オヤジがマルグリットと言うたびにマグリットと小さく口の中で呟く心優しき俺だったのだが、さすがに何度も繰り返されると我慢できずに「超現実派の画家としては比較的分かりやすい絵が多いですからね、マグリットは・・・」とさりげなく訂正してみるが、職場のオヤジは俺の気遣いなどまるで解さずに「がはははは、いやぁ、実にいいねぇマルグリットは!」
 ・・・何だかだんだんこちらの方が間違えてるような気分になってきたぞ(;_;)。

▼美術館帰りは書店巡回コース。
 新刊書店で買ったのは、T・ジャファーソン・パーカー『サイレント・ジョー』(早川書房)、エド・マクベイン『逃げる』(早川HPB)、R・ギャリック・スティール『コナン・ドイル殺人事件』(南雲堂)、マイケル・スレイド『髑髏島の惨劇』(文春文庫)、川田武『乱歩邸土蔵伝奇』(光文社文庫)、ミステリー文学資料館編『甦る推理雑誌(1)「ロック」傑作選』(光文社文庫)、編集部編『永遠の伝奇小説BEST1000 ジャンル別・作家別』(学研M文庫)、吉田戦車『殴るぞ(1)』(小学館)、小林信彦『テレビの黄金時代』(文藝春秋)、アンブローズ・ビアス著『筒井版 悪魔の辞典<完全補注>』(講談社)、『VOW王国デラックス!!』(宝島社)。いやぁ、買った買った、買いましたぁ。このうち買ってすぐに読んだのは吉田戦車の『殴るぞ(1)』と小林信彦の『テレビの黄金時代』。いや、他の本だって読みたいと思った本を自分なりに厳選して買ってはいるんだけどね。吉田戦車はまぁいつもの吉田戦車なのだが、小林信彦は久々に力のこもったTV同時代史。読みながら、坂本九が今生きていればすでに還暦・・・と思い至って何となく呆然自失する。そういや、水曜イレブンPMの司会がもう少しで小林信彦に決まるところだったなんて話はこれが初耳。「光子の窓」のコントでは古今亭志ん生がソ連のフルシチョフ首相を演じたなんてことも知らなかったが、よもやNHKにこのビデオテープが残ってなんかいないだろうなぁ。これはもう猛烈に観たいぞ。世の中には俺の知らないことがまだまだ少しはあるようで、『VOW王国デラックス!!』の中でもゲッツ板谷が荒俣宏は『帝都物語』の印税総額一億五千万円をたった十冊の古書を買うだけで使い果たしたなんて逸話を披露している。う〜む、豪快な話だよなぁ。

▼古本は、『角田喜久雄・高木彬光集』(講談社現代長編小説全集、S34、200円)、井上ひさし・山元護久『ひょっこりひょうたん島(1)』(ちくま文庫、1990、440円)、ジョン・ソール『惨殺の女神』(早川NV文庫、S62、100円)、フィリップ・K・ディック『ジョーンズの世界』(創元SF文庫、1990、100円)、ジェラール・ド・ヴィリエ『日本情報部対CIA』(立風まんぼうブックス、1977、100円)、土屋隆夫『天狗の面』(雄山閣出版、S36、500円)、佐野洋『寄り道したり眺めたり』(新日本出版、1994、900円)、ジャック・トレイシー『シャーロック・ホームズ事典』(パシフィカ、1978、1,250円)、ジャスティン・スコット『シップキラー』(旺文社、1980、500円)。
 ふぅ、こちらも買ったなぁ。ざまみろぉ!(誰に言うとる?)
 講談社現代長編小説全集の『角田・高木集』に収められているのは「高木家の惨劇」「黄昏の悪魔」「刺青殺人事件」の三編。ちくま文庫の『ひょっこりひょうたん島』は古本屋でもどんどん見かけなくなっているからそろそろ集めきっておかないとやばいぜ。もっとも俺の手元に何が無いのかはさっぱり不明だ。早川のモダンホラー・セレクションは新刊で出た時に全て買っているはずなのだが、このジョン・ソールだけはどうにも相性が悪いのか、邦訳が比較的多いのにも関わらず一冊も読んでいない。どれを持っていないかも定かではない。だから古本屋の棚でこの本を見かけた折りに、ひょっとすると買い逃がしてしまっているかも・・・という疑念が心に黒雲のように湧いてきてしまい仕方なく購入。万一持っていないとなると、「モダンホラー・セレクションくらいは全部揃ってないとマトモな人間とは言えないやね」と威張れないもんな。もっとも、人生の中でそんな自慢をするシーンに一度でも遭遇するかどうかは別として。そういう意味で『ジョーンズの世界』と『日本情報部対CIA』も保険買い。
 拾いものといえるのは土屋隆夫『天狗の面』か? 初版函付美本で500円は安い。小説はほとんど持っていない佐野洋もエッセイ集ともなると何故か手が出る。『寄り道したり眺めたり』は佐野洋の第二エッセイ集とのことなのだが、しかしそうなると『推理日記』の立場は? ジャック・トレイシーの『シャーロック・ホームズ事典』はBOOK-OFFでの収穫。いつもこの程度の本が拾えるとBOOK-OFFも有り難いのだが。最後のジャスティン・スコットの『シップキラー』はこの後に角川文庫にも収められているのだけど、旺文社から出た冒険小説という点がちょっと珍しいという単純な理由で購入。

 そういや、一部でカルト化しつつある(ような気がする)ジョン・ランディス監督、スチーブ・マーチン.、チェビー・チェイス、マーチン・ショート主演の「サボテン・ブラザーズ」の中古ビデオも購入。550円也。

▼ネットを通じて注文してしばらく前に届いていた慶應義塾大学推理小説同好会『推理小説論叢第四十輯 創立五十周年記念号』(トパーズプレス)のことを書くのをすっかり忘れていた。特にこの本に関しては大矢博子の「なま楽」を通じて買ってやったので、深く深く俺に感謝するように(゚-゚)b>大矢ひろこ。


[277] 本の雑誌11月号未読の王国 2002-10-11 (Fri)

【10月11日(金)】
「本の雑誌11月号」(本の雑誌社)が発売される。特集が「未読の王国」ということで、特集内にこの俺へのインタビューも掲載されているのである。古くからの未読王ファンの女性たちならばみんな知っていることなのだが、「本の雑誌」への登場は「絶好調」代表時代に続いてこれが二度目である。その時には俺の後ろ姿の写真も掲載されているので、ごく最近になって未読王ファンになったという若い女性たちは「本の雑誌」のバックナンバー(掲載がいつだったかは失念(^^;))を探すために古本屋にGO!だ。
 東京ではすでに前日から書店に並んでいるという。掲載誌はおそらく送ってきてくれることとは思うのだが、送り先を会社と指定しているために明日から三連休に入るので休み明けまで目を通すことができない。一人だけ話題に置いてけぼりを喰らうのも嫌なので会社帰りに買いに行くことにする。

 と言いつつ、最初に立ち寄ったのは古本屋。
 百円均一で西東登『蟻の木の下で』(講談社、S39、函欠)。函欠は惜しいが百円ならばねぇ。高木彬光『血どくろ組』(春陽文庫、S58、240円)、同『江戸悪魔祭(上・下)』(春陽文庫、S60、440円)も購入。家に帰って調べてみたら三冊ともダブリだった。へっへっへ、大方そんなこったろうと思ったよぉ(;_;)。
 他には泉和助『人をドッと笑わせる秘術』(日本文芸社、S41、300円)、隅井孝雄『アメリカ・TVスコープ』(リベルタ出版、1993、500円)、J・サザーランド編『作家のシルエット ――立ち話の英文学誌.』(研究社出版、1979、1,000円)、リチャード・ユネキス『追跡』(すばる書房、S49、1,500円)といったところを購入。
 この中で実物を目にして驚いたのは、何と言っても泉和助の『人をドッと笑わせる秘術』。浅草軽演劇界にあって天才ギャグマンとしてその名を知られ、内藤陳やビートたけしの師匠筋にあたる“和っちゃん先生”こと泉和助に著書があったとは知らなんだ。TVや映画にはほとんど出演しなかったため、俺自身、写真以外に実際に動いている泉和助を観た記憶がほとんどないのだが、日本のコメディを語る本ではちょくちょくその名にお目に掛かる御仁なのだ。この本の巻末に6本収められている泉和助作のコント台本が今となっては貴重か。隅井孝雄『アメリカ・TVスコープ』は1990年代前半、すでに多チャンネル時代を迎えていたアメリカのTV界事情と番組内容を綴った本。J・サザーランド編『作家のシルエット ――立ち話の英文学誌.』は英文学の巨匠たちのエピソード/逸話事典。英国ミステリ界とその周辺からはドイル、チェスタトン、コリンズ、レ・ファニュ、ノックス師、デ・ラ・メア、H・G・ウエルズといった作家が採られているが、たいして面白くないエピソードなので紹介は割愛。リチャード・ユネキス『追跡』は70年代ニューシネマ映画「ダーティ・ラリー・クレイジー・メリー」の原作本。主演がピーター・フォンダとスーザン・ジョージというところがいかにも70年代を彷彿とさせる映画だった。古書価の1,500円は高いと思えるが、このところ古本をたいして買っていなかった自分へのご褒美として買ってあげることにした。

▼その後に向かった新刊書店で買ったのは、『探偵に愛を込めて』(エスクァイアマガジンジャパン)、R・ホイットフィールド『グリーン・アイス』(小学館)、コーネル・ウールリッチ『砂糖とダイアモンド』(白亜書房コーネル・ウールリッチ傑作短編集(1))、コニー・ウィリス『航路(上・下)』(ソニー・マガジンズ)、そして件の「本の雑誌11月号」(本の雑誌社)。

▼さてその「本の雑誌11月号」なのであるが、俺のインタビューはひとまずさておいても、よしだ まさしkashiba@猟奇の鉄人ご両人の玉稿中、二人が本を買う理由として、口を揃えて「だって欲しいんだもーん」などというただひたすら野性の本能に導かれるがままの理由を挙げているのがまずおかしい。いやぁ、よもやお二人がそんなケダモノのような理由で本を買い集めているとは思いも寄りませんでした。「じゃ、そういうお前が本を買う理由は?」ともしも誰かに尋ねられたとしても、みんなに納得して貰えるようなまともな理由が考えつけないから俺は決して答える気がないけどね。

 さて、件のインタビュー記事なのだが、一通り目を通してみて驚いた。グラビア用にとわざわざサイパンまで出かけて特写してきた俺の総天然色悩殺水着写真がただの一枚たりとも掲載されていないではないか! その代わりに俺の書庫を撮影した薄ぼんやりとした写真が粒子も粗く載っているだけである。いやなに、写真に写ると意外に狭く見えるんだが、あれでも実際の広さは三十畳くらいはあるのである。しかも、あれが第七書庫だ。
 その写真を見た吉野仁さんが「孤低のつぶやき」の中で

>「本の雑誌」11月号の特集は、「未読の王様」。未読王さんの書庫の写真を見て安心する。広さは違うが散らかりようは似たようなものだ。

 と書いてくれている。特集名が若干違っている(笑)のはさておいても、多少は見栄えが良いかと思ってあれでも精一杯に整理整頓した後だったんですけどぉ(;_;)。

 それとあの写真を見た2名ほどの方から、「あの写真の床あたりに、薄ぼんやりと人の顔のような影のようなものが見えるんですが・・・」というご指摘を戴きました。おかげさまで、七年前に家の中から忽然と姿を消した祖母の行方がこれでようやく知れました。

▼しかしそうなると先日、「本の雑誌」編集部のM村嬢にグラビア用にと手渡した俺の悩殺水着写真の行方はいったいどうなってしまったのか? もしかしてM村嬢の個人用お気に入り写真コレクション秘蔵アルバムの中にでも密かにしまい込まれてしまったのだろうか? それとも定期入れの中あたりにこっそりと忍ばせておいてくれてでもいるのだろうか?
 ま、それはまだ許そう。今回のインタビューはまるっと三日三晩を掛けてぶっ通しで行われたものだったので、内容のかなりの部分が省略されている。となると、インタビュー時に「『本の雑誌』に載せるのにどうしてこんなことまで訊かれるんだろう?」と思いながら答えていた「お風呂に入った時にはまず身体のどの部分から洗います?」だとか「今、履いている下着の色は?」などといった質問は、あくまでもM村嬢の俺に対する個人的興味だけで訊いていた質問だったんだな(;_;)? えっ、そうなんだろ(;_;)?

▼家に着いてみると、郵便受けに届いてました>「本の雑誌」11月号。いきなりダブリなんですけど・・・。

▼先日購入したR・A・ラファティの『地球礁』(河出書房新社)をぽつりぽつりと読み始めたところなのだが、やはりラファティはSF界でもワン&オンリーの存在。だからこそ、もしも産まれて初めてSFを読むという人が手に取ったSFがこの本だったりしたら、その人はその後の人生を通してSFってものを相当に誤解してしまうことだろうと思うな。あと、ペリー・ローダンとかのファンで「たまには違った種類のSFも読んでみよう」と思った人なんかが読むと、読み終えた瞬間に「こっ、こんなのってSFじゃないやいっ! くそぉ、読んで損したぁ! ちきゅぅしょーっ!」などと罵声を発するかもしんないね。いや、俺はこの手の話は好きなんだけどね。


[276] 定例古書市幻影の蔵サイン本ストーンズ人の道 2002-10-04 (Fri)

【10月4日(金)】
▼定例古書市の初日。仕事を早めに切り上げて古書会館へと向かう。
 「仕事を早めに切り上げて」などと書くと多少は世間体も良く聞こえるのだが、古書市の開場時間は朝10時から夕方の6時までだ。初日の古書市なんて、多忙な週末の金曜日に普通のビジネスマンがおいそれと行けるはずもない時間帯なので、その場合は必然的に仕事をサボることになる。しかし、世の中にはこれだけ堂々と仕事をサボる奴→http://www5b.biglobe.ne.jp/~pocapoca/ もいるんだから、俺なんてまだまだ可愛いものではある(-_-;)。
 百円均一では特に買いたい本は無し。二階に上がって買ったのは、石原慎太郎『汚れた夜』(新潮社、S36、500円)、古今亭志ん生『びんぼう自慢』(毎日新聞社、S39、1,000円)、サミー・デイヴィス・Jr『ミスター・ワンダフル』(文藝春秋、1996、300円)、多岐川恭『みれんな刑事』(報知新聞社、S43、200円)、パロディーギャング編『これがホントのパズルでござる』(コダマプレス、S42、200円)。
『汚れた夜』は現東京都知事の書いたハードボイルド。函付初版の美本だったのでついつい手が出る。志ん生の『びんぼう自慢』は、志ん生口演の小咄が収録されたソノシート欲しさに千円も出してしまう。ソノシートの聞けるプレーヤーなんて持ってないくせに、アホか俺は。しかし今日の一番の収穫は、パロディーギャングの『これがホントのパズルでござる』だ。パロディーギャングをご存じないという方たちにちょっと教示すると、そのメンバーは広瀬正、片岡義男、小鷹信光、水野良太郎という面々。どうだ、すごいだろう。本の内容はたいしたことないのだが、これは買っとくべき一冊でしょう。
 支払いの時に顔見知りの古書店の旦那がいたので挨拶すると、「今日の古書展は7時までやってるから良いでしょう」と言われる。ああっ、だったら会社サボることなかったな。

▼古書会館を出たその足で栄町の丸善に向かう。前日にパチンコでボロ勝ちしたので、今日はその金で新保博久・山前譲編『幻影の蔵』(東京書籍)を買うのだ。定価八阡圓也。俺が今までに一冊の新刊に支払った金額の中では、森英俊編『世界ミステリ作家辞典』の六千円が最高額だったので、易々とその記録を更新である。
 丸善には「今日、『幻影の蔵』を買いにいくぞよ」と事前に連絡を入れておいたので、俺が店に入ると下にもおかぬ歓迎ぶりである。まず応接室に通され熱い煎茶などを振る舞われた後に、頭を低く下げた店長自らが『幻影の蔵』をしずしずと目の高さに掲げての登場である。一冊八阡圓もの本を買うんだから、まぁこの程度の遇し方は当然のことであろう。この不景気な中にあって、たとえ丸善広しといえどもこれだけの大金を一冊にポンと支払う気前の良い客はなかなかいないはずだ。
 とはいえこの『幻影の蔵』、あまりにもったいなくてカバーに掛けられたビニールを破る勇気がなかなか出ません。このままでは『幻影の蔵』じゃなくて『幻影の死蔵』になっちゃうよぉ。・・・と言うと、すかさず「じゃ、保存用にもう一冊買われては如何ですか?」と勧める丸善店長。え〜い、この商売上手っ! もう少しでその気になるところだったわい。
 もののついでにアントニィ・バークリー『ウイッチフィード毒殺事件』(晶文社)も購入。
 揉み手をする店長から、「これはごく限られた上得意のお客さまだけにしかお知らせしていないのですが、とある闇ルートより仕入れました創元文庫のサイン本も来週早々には入荷いたしますので、ぜひまたその節にはご来店のほどを」と教えられる。さすがは外商部のある本屋だけのことはある。やはり一冊八阡圓もの本を買うと扱いがまるで違うもんだね。
 この日は他に綾辻行人『綾辻行人 ミステリ作家徹底解剖』(角川書店)、中島らも『心が雨漏りする日には』(青春出版社)も購入。俺、綾辻行人なんて今までに一冊も読んだことがないってのになぁ。

▼上記の後日談。
 言われるがままに翌月曜に丸善を再訪すると、目当てのエドガー・アラン・ポーの自筆サイン色紙やアガサ・クリスティのサイン入り手形(相撲取りかいっ!)こそなかったものの、創元文庫のサイン本はちゃんと売られてました。泡坂妻夫、北村薫あたりは新刊で単行本が出た時に全て揃えているので、とりあえず持っていない有栖川有栖『山伏地蔵坊の放浪』(創元文庫)を手に取る。宮部みゆきはさすがにあっという間に売り切れたようだ。
 と、そこに偶然、名古屋メンバーのいつみが通りかかる。「あらー、王様。こんなところで何をしてるの?」
 俺が本屋で、本を買うこと以外にいったい何をしろというのだ、この女は(-_-;)?
 実際、このいつみとは家が結構近いということもあり、会社帰りにスーパーなどでばったり出会うことが多いのだ。こちらが先に相手の姿を見つけた時にはすぐさま黙ってその場を立ち去るので事なきを得るのだが、今回のように相手に先に見つけられてしまった場合には、飢えた雌ライオン(いつみ)に魅入られたか弱いカモシカの子供(俺)のように、逃げるに逃げられない状態になっているのが常なのである。
 そんな折りも折り、俺がいつみと二人でいる現場を目撃して思わず息を呑む丸善のI女史なのであった。
「違います違います! そんなんじゃありませんてばっ! 誤解しないで下さいっ! ここで偶然会っただけなんですからあ!」と足下にすがりついて半狂乱状態の俺を無視して、「店長〜っ! 大変なことになってますぅ!」と店内で5万人もの万引き窃盗団を見つけたかのように店の奥に急を告げて走り去るI女史。その声を聞きつけて「ほほう・・・。これはこれは・・・」とニヤニヤと顎を撫でながら登場する店長であった。「もしもこの件を内聞にしておいて欲しければ、うちの店でもうあと三冊ほど『幻影の蔵』を買って戴くと約束して戴かなければ・・・」
 だぁかぁらぁ、違うと言うとるやろうがっ(-_-;)凸。 客を脅迫していったいどうするつもりなのか(-_-;)?
 しかたなくナンシー関『テレビ消灯時間(6) 天地無用』(文藝春秋)、日下三蔵編『鷲尾三郎名作選 文殊の罠』(河出文庫本格ミステリコレクション)あたりを買う。え〜い、だから口止め料のつもりじゃないんだってば(-_-;)。

 店長に「宮部みゆきはもう売れちゃいましたぁ?」と耳打ちすると、奥から一冊だけ残してあったサイン本『パーフェクト・ブルー』(創元文庫)を持ってきてくれる。もちろん、その場にいたいつみにも内緒だ。これが上得意様への正しいサービスというものであろう。

▼ストーンズの二枚組ベストアルバム「フォーティー・リックス」は、やはり60年代から70年代始めにかけての曲が収録された一枚目だけで充分。ストーンズのファンでもない俺が誤解を恐れずに言うが、80年代以降のストーンズのやる新しい試みって全て失敗してるんじゃないの?

▼鮎川哲也が亡くなりほぼ十日が経つ。もうそろそろ訊いてみてもいい頃合いかと思うから書くが、自分のサイトにこれみよがしに鮎川追悼の言葉を記されていたミステリサイトの皆様方は、もう鮎川哲也の墓参には行かれたのでしょうか? 亡くなってからもう十日も経っているんだから、いくら何でも当然行ったよね? 皆さん、口を揃えて「巨星墜つ」だとか「最後の探偵作家死す」などという陳腐な表現をここぞとばかりに使われて、まるで自分の身内が死んだ時よりも悲しそうに見えたんで、ついついこう訊きたくもなります。山田風太郎の時もそうだったのだけど、それまで日記に鮎川哲也の「鮎」の字さえ一度たりとも出てきたことのないようなサイトの皆様方までが一様に身も世もあらんばかりに悲嘆にくれているように見えましたが、そのような皆様方はお墓に線香の一本も手向けてくるのがせめてもの人の道だと思うのですが。


[275] 発表!【未読王選出2002年国内ミステリベストワン作品】ver2.1 2002-10-02 (Wed)

【10月2日(水)】
▼いやぁ、このところ何だか無茶苦茶に忙しいぞ。秋のPGAゴルフ・トーナメントが始まったおかげで、わずか2週間の間にゴルフの予定が4回も入っている! これがゴルフ好きのオヤジであれば泣いて喜ぶところだろうが、生憎こちらはゴルフ好きでもなけりゃ、オヤジでもない。しかもその間を縫って泊まりがけの出張まであったってのに、その出張先では古本屋の一軒も回れなかったしな。くそぉ・・・。
 というわけで、この十日間で買った古本はたった一冊だけだ。その一冊がいったい何だったのかと言えば、篠沢秀夫『学校では教えない文章術』(青春文庫、1997、100円)。どうしてまたそんな本を・・・と大方の皆さんも思うことだろう。俺だって決して買いたくて買った本じゃない。この本が大矢博子から探索を依頼されていた一冊だったので仕方なく買ったという次第である。
 もちろん大矢博子だって(たぶん)人の子である。単に俺の人の善さにつけ込むだけではなく、自分でもそれなりの努力を払ってオノレの欲しい本を探し続けていることとは思う。だがもしもそうなら・・・、俺がこの本を見つけたのが大矢博子の家から歩いてもいけるほど近いBOOK-OFFだったのはいったいどういうわけなんじゃあいっ(-_-;)!?
 はい、皆さんも声を合わせてご一緒に! いったいどういうわけなんじゃあいっ!?

▼それでも何とか時間を作って新刊だけはそれなりに買っている。
 デイヴィッド・マレル『ブラッド/孤独な反撃』(早川NV文庫)、とりみき『SF大将』(早川JA文庫)、高田文夫責任編集『笑芸人vol.8』(白夜書房)、倉阪鬼一郎『内宇宙への旅』(徳間デュアル文庫)、デニス・レヘイン『雨に祈りを』(角川文庫)、メル・オドム『トリプルX』(角川文庫)、ヘレン・マクロイ『家蠅とカナリア』(創元文庫)、霞流一『デッド・ロブスター』(角川書店)、クレイ・ハーヴェイ『灰色の非武装地帯』(扶桑社文庫)、R・A・ラファティ『地球礁』(河出書房新社)、アントニイ・バークリー『レイトン・コートの謎』(国書刊行会世界探偵小説全集36)、ベルンハルト・シュリンク『ゼルプの欺瞞』(小学館)、山本善行『古本泣き笑い日記』(青弓社)、桂米朝『上方落語 桂米朝コレクション1 四季折々』(ちくま文庫)、「HMM11月号」(早川書房)、「HSF11月号」(早川書房)。
 『古本泣き笑い日記』の山本善行氏の主たる蒐集ジャンルは国産純文学のようなのだが、それでもぽつりぽつりとサンリオSF文庫や江戸川乱歩推理文庫、角川文庫の横溝の白背などの話題が出てくるのを見つけるのが楽しい。

▼「よーし、これでもう今年の国産ベストミステリは決定だいっ!」と当日記で高野和明の『グレイヴディッガー』を褒めそやしたのはほんの一ヶ月ほど前のことなのだが、その舌の根も乾かぬうちに早くも気が変わりました。仕方ないじゃん、『グレイヴディッガー』よりもうちょっと面白いのが出ちゃったんだからぁ。それでは改めて発表しましょう。未読王の選ぶ2002年国産ミステリベストワンは・・・。

 大沢在昌『砂の狩人』(幻冬舎)だぁ!

 いやもう面白い面白い。同じ新宿を舞台にしているが、もしかすると『鮫』よりもこっちの方が面白いんじゃないか? それにしても実にうまいよなぁ大沢在昌は。いつの間にこんなに美味しい小説が書けるようになったんだろ。ストーリー展開はもとより、登場人物のキャラ、描写、会話、その全てが間然するところなく、エンタテインメントとして文句のつけようがありません。そもそもこれだけ緊迫感のある話がスポーツ新聞に連載されていたという事実がまず信じらんないよな。大沢在昌は今も一つ中日スポーツに連載している小説があるのだが、遅蒔きながらあれも今から読んでみようかなぁ。そういやこの『砂の狩人』の前編−−というか前日譚−−があることに気づき、読み終えた後であわてて『北の狩人(上・下)』(幻冬舎文庫)も買ってきた。
 それにしてもつくづく思うのだが、俺はやっぱり活劇小説が好きなんだよなぁ。てゆーか、『グレイヴディッガー』もそうだったのだが、もしかすると帯に「ノンストップ」と書かれている本にメチャ弱いだけなんではないだろか?

▼忙しい合間を縫って、M・ナイト・シャマラン監督の「サイン」を観に行く。予告編で観たミステリーサークルに関する話としか予備知識がなかったのだが、う〜む、まさかこんなコテコテの話だったとはねぇ。「シックス・センス」「アンブレイカブル」と観てきたシャマラン作品なのだが、この人ってホントに物語作りの才能ってあるの? いつも「衝撃の結末」一発ネタなんだけど、何せ開幕5分後には「シックス・センス」の結末があらかた読めてしまったこの俺だ。いちいち驚くもんかい・・・と言いながら、さすがに今回だけは、あまりのことに驚いたわい(笑)。ところどころいいシーンもあるので、次作は脚本は専門家にまかせた方がいいのではないか? クライマックスの***が***で**られるシーンには思わず呆気にとられる。こりゃまぁ、新機軸といえば新機軸なんだが・・・。ああ、ネタバラシしたいっ。ネタバラシしたいネタバラシしたいぞっ! ネタバラシしたくて、辛抱シャマランっ!(←「辛抱たまらんっ」の洒落。いや、大人げなくて申し訳ないm(_ _)m)

▼ビデオも5〜6本は観たが、記憶に残っているのは僅かに「シュレック」くらいのものか。そういやスリラー映画として名作の誉れも高いアンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督の「悪魔のような女」も観たが、いくらボワ&ナルの原作が2時間ドラマの元ネタに数限り無くなったことがあるとはいえ、びっくりするほどたいしたことがなかった。同じ監督の「恐怖の報酬」が今でも少しも古びていないことを思えば、やはり「スリラー」と「サスペンス」の差というものはこのあたりに出るのだろうか?


[274] 秋のデート 2002-09-22 (Sun)

【9月22日(日)】
▼ふっふっふ。今日はデートだ。美人編集者とデートだぁ。

 次回発売の「本の雑誌」が俺の特集をすることになり、−−いや、「俺の特集」はちょっと言い過ぎだが−−、巻頭カラーグラビアページに載せるために、この夏、わざわざサイパンで撮り下ろしてきた俺の水着写真を手渡す必要が生じたのである。いやもう自分で言うのも何だが、アイドルの殻から脱皮するために思い切って限界ギリギリショットに挑戦しましたぁ(^o^)ノ。

 ということで、「本の雑誌」浜本発行人氏より「未読王さんお一人のためだけに、わざわざ当編集部随一の独身美人編集者M村を名古屋に派遣いたしますので、煮るなり焼くなり何なりとご自由に」というメールを貰っていたわけである。太田忠司氏によれば、「作家は編集者を呼びつけられるようになれば一人前」とのことなのだが、もしかしてこの俺は早くもその領域まで足を踏み入れているのだろうか?

▼12時の待ち合わせだというのに、朝の5時半に早々と目が醒める。俺は、遠足の日の小学生かっ! いくら何でもこれは早すぎる。気持ちを鎮めるために待ち合わせ場所の星ヶ丘に行く前にひとまず古本まゆに立ち寄る。山田風太郎『太陽黒点・十三角関係』(講談社山田風太郎全集15、S47、800円)を購入。函は当然のこと、月報まで付いてこの値段は安いよね。
 そうやって時間を潰してみてもまだ待ち合わせ時間には早すぎる。そういや星ヶ丘の新刊本屋の中に「ふるほん文庫やさん」のアンテナショップが出来たって話を思い出してそちらも覗いてみることにする。行ってみると、本棚三つ分が文庫やさんの棚。ここでは山村正夫『刑事拳銃38』(春陽文庫、S54、280円)を購入するが、この本って単行本と文庫の両方を既に所有しているんだよなぁ。
 そうこうしている間にようやく待ち合わせ時間となり、M村嬢の登場とあいなる。編集部で一度、挨拶を交わした程度で今回がほとんど初対面である。
「いやぁ、私のためにわざわざ名古屋までお越し戴くなんて実に恐縮ですぅ」と腰を低くして言うと、「えっ? わざわざ・・・と言うか、名古屋に嫁いでいる姉の家に泊まりがけで遊びに来たついでに、未読王さんから写真を貰って来いと言われたので・・・」とM村嬢。いやぁ、実に率直でなおかつ素直なお人柄です。
「ところで『本の雑誌』って編集は何人いらっしゃるんですか?」と尋ねる俺。もちろん脳裏には浜本発行人の言う「当編集部随一の独身美人編集者」という言葉が幾重にも谺しているのである。
「え〜と、浜本と私、それと単行本の担当で金子がおりますが」とM村嬢。
「そうすると、女性の編集者は・・・?」と俺。
「私一人ですがそれが何か?」

 とりあえず「当編集部随一の独身美人編集者」という言葉に嘘はないようなんだが、それでも何となく損したような気がしなくもない(-_-;)。

▼早速、「未読王特集」と一緒に「本の雑誌」に情報が掲載される予定の「古本交換の店」Core colleを覗くことにする。この店は先月、ビルの配管がぶっ壊れ、何トンもの水が一気に噴出してビル中が水浸しとなり現在補修改装中なのである。当然、店内の改装が終わる迄は一時閉店状態であり、行ったところで本一冊あるわけでもない。新装開店まではまだまだ時間が掛かると思われるので、次号の「本の雑誌」の紹介文を読んであわてて駆けつけてみてもたぶん無駄足となるはずだ。
 それでも工事中の店内をパチパチとカメラで撮影するM村嬢。そんな写真を撮っても仕方ないと思えるのだが、M嬢が仕事熱心なのか、はたまた工事現場で働く筋肉質な男性労働者の写真を撮影する趣味があるのかは不明だ。

▼ちょうどお昼時でもあり、名古屋名物の味噌カツを食べに行くことにする。
「味噌カツって一度も食べたことないんですぅ」とM村嬢。「で、ホントにおいしいんですか?」
「もちろん、おいしいですよ」と速攻で答える俺。「こんなにうまいものは世の中に二つとありません」
 俺たちの横で店のウエイトレスが注文を聞くために待っているんだから、俺としてはこうとでも答えるしかないではないか。
 そう聞いて、早速、味噌カツを注文するM村嬢。俺はごく普通のヒレカツを注文する。自慢じゃないが、味噌カツなんてものは少なくともここ十年は喰ったことないもんな
「何と言っても、名古屋は味噌文化ですものねぇ」とM村嬢。「そうです」と俺。「名古屋人が味噌を掛けないで喰うものといったら、せいぜい刺身とかき氷くらいのものですから」と適当なことを教える。
「でも、名古屋といえばきしめんも有名ですよねぇ」とM村嬢。
「そうですね。伊勢湾から三河湾にかけて広がる湿地帯で広く栽培されている『キシ』という葦科の植物の茎をざっと湯がいて食べるのがきしめんの由来です」
「へぇ、そうなんだ」
「成長の早い夏場のキシが一番うまいと言われてますから、今が一年中で最も旬な時期ですね」
「はぁはぁ」
「キシの刈り取り作業も今では機械化されていますが、太平洋大戦直後まではこのあたりの若い女性のほとんどがキシ採り作業に従事していました。その歴史は古く万葉の時代まで遡るそうです。万葉集には『うらぢみる なぼ恋ふ妹の 刈るキシの ろりいたるべき 夏の夕暮れ』という歌が詠み人知らずで収録されているほどですから。この歌の場合には『うらぢみる』が『なぼ恋ふ』の枕詞なのですが」
「はぁはぁ」とメモを取るM村嬢。
 もちろん大嘘である。どうしてこういう突拍子もない嘘をつきたくなるのか、自分でもさっぱり分からない。
 しかし、M村嬢もやはりタダの人ではない。つぶらな瞳で俺を真っ直ぐに見ながら、「私、『本の雑誌』に入って茶木さんに最初に仕事を依頼した時に、大人って嘘をつく生き物なんだなぁと初めて知りましたもん」とサラリと言う女性である。もちろん茶木がつく嘘はその場しのぎの保身のためのどす黒い嘘がほとんどであり、俺の場合は汚れなき少年の心が言わせる無邪気で微笑ましい嘘なので、その性質はまったく異なるわけなのだが。

▼その後、「未読王さんが本を買うところをどうしても見てみたいですぅ」と言うM村嬢の要望に応えて鶴舞へと移動。鶴舞の古書街を散策することにする。
「これはこれは未読王様。お久しゅうございます」「今日は珍しく若い女性をお連れになってのご来臨、何かご希望に添うご本が見つかればよいのですが」などと満面に笑みを浮かべながら店から駆け出て来る古書店の主人たちの出迎えに鷹揚に会釈しつつ本を見て回る我々。民の竈は賑わっているようである。
「結局、何も買う本がありませんでしたねぇ」と言うM村嬢。「未読王さんが古本を買うところを見てみたかったのにぃ」
「いや、そうでもないよ」と言う俺の手の中には、いつのまにか魔法のように2冊の本が。
「あっ、いつのまに・・・」と驚くM村嬢。俺が古本を買う姿をそうそう簡単に素人に見せるわけにもいくまい。
「で、何を買われたんですか?」と訊くM村嬢に対して俺が見せたのは、マックス・フランクリン『刑事スタースキー&ハッチ ボスが消えた日』(三笠ノベルス、1977、100円)と同『刑事スタースキー&ハッチ マリファナデートの裏の裏』(同、1977、100円)というしょーもない2冊。こんな本を買うところを恥ずかしくて人に見せられるかいってんだ。しかし驚いたことに、M村嬢は「スタ&ハチ」という存在そのものを知らなかったのである。う〜む、そんなにも若いのか、もしくはよほどのド田舎の出身なのであろうな

▼そのまま次は栄町に移動。新刊書店をうろつくことにする。
 俺は、大沢在昌『砂の狩人(上・下)』(幻冬舎)、ジョン・A・キール『プロフェシー』(ソニー・マガジンズ・ヴィレッジプレス)、仁木悦子『子供たちの探偵簿1 朝の巻』(出版芸術社)を購入。「そういや、目黒顧問がこの本について一時間ほど熱く語っていました」とM村嬢の言う横山秀夫『半落ち』(講談社)も、そう聞いてしまっては仕方がないので購入。『プロフェッシー』は後書きを読むと、前に国書刊行会から出た『モスマンの黙示』の改訳決定版だったんだなぁ。ちぇっ、損した。
 で、M村嬢が買ったのはエドワード・ゴーリーの絵本と漫画数冊。今度はきちんと活字の多い本を買いなさいね(笑)。
 その後、喫茶店で一時間ほどおしゃべりして今日のデートは終了。こんなので楽しんで戴けたんでしょうか? いや、私は充分楽しかったんだけどね。


[273] 車上狙い面接落穂QTその他すごい 2002-09-20 (Fri)

【9月20日(金)】
▼朝、起きるとガレージに入れてあった我が愛車“轟天号”が車上狙いに遭っていた。
 ガレージと言ってもシャッターが故障した状態のまま修理せずに放ってあったので、防犯上から見れば路上駐車と一緒のこと。むしろ人の目を避けやすいという点でいえば、路上駐車の車よりも車庫内にあった方が犯行が行いやすいような気がするくらいのもんである。我が愛車は、運転席側のウインドウガラスが破られて車内が物色された形跡があり、運転席のシート上に「貴殿の所有する稀代の名ルビー『シヴァの涙』は確かに頂戴仕った。怪人二十面相」と書かれた一枚の紙が置いて・・・あるはずもなく、結局、被害と呼べるのはウインドウを割られただけであったのはせめてもの幸いか。
 警察に連絡し、警官が一名来て早速現場検証の開始。
 現場検証とはいえ、指紋の採取が主である。立ち会っている俺に「何か気づかれたことがありますか?」と尋ねる警官。
「いや、特にこれといってありませんけど・・・、犯人はおそらく十八歳から二十歳の間の二人組。一人は普段関西弁を話していて合気道の有段者、半年ほど前までアルバイトでレンタルビデオ店に勤めていたはずです。そしてもう一人は色黒で身長約175センチ、つい最近になって彼女にフラれており、家では猫を飼っていてその猫の名前は『ミーコ』・・・と、私に分かることといえばせいぜいこのくらいのことですかね
「そっ、その根拠は・・・?」
「いや、単なる勘なんですけど。あっ、それともう一点!」
「何です、それは?」
「車の中にこれほど金目のものが置いてあったというのに、犯人はそれには一切目もくれていませんよね?」
「金目のものと言ったって・・・。車の中にあるのはせいぜい古ぼけた汚い本くらいのもんじゃないですか」
「そうです。しかしこの古ぼけた汚い本の一冊一冊が、見る人が見れば貴重な宝の山なのです。そのようなお宝には一切手も触れていないことで、犯人は古本にはまるで詳しくないことが分かります。もしかして、これで犯人像がかなり絞り込めませんか?
「できませんねぇ」と警官。

▼不景気がこうも長く続くと犯罪も増えるが、来春の就職を控えた学生たちも大変だ。うちの会社でも新卒の採用に関しては、去年までは「来る者拒まず」「私は誰の挑戦でも受けるっ!」といった姿勢だったのだが、さすがに今年からきちんと試験を執り行うことになった。「試験」とはいえ単に面接だけの簡単なものなのだが、今回行ったのは来春卒業予定の男子高校生が対象。面接の前に人事から回ってきた書面は、「面接ではこういった質問はしないでくれ」という項目の一覧表である。どうやら就職差別の撤廃を目的として職安あたりが作成した資料の写しのようなのだが、どう考えてもこれがどのように就職差別につながるのか見当もつかないような内容も多い。
 ではここで問題です。次の6つの質問のうち、高校生の就職希望者に対して面接で決して尋ねてはいけない質問はどれなのでしょうか。さぁ、みんなで考えよう!

(1)愛読書は何ですか?
(2)お父さんの仕事を教えて下さい。
(3)あなたは何人兄弟ですか?
(4)あなたの生活信条を教えて下さい。
(5)あなたの血液型は何型ですか?
(6)あなたが尊敬する人を答えて下さい。

 さて、分かりましたか?
 実は、正解は(1)〜(6)までの全部なのである。全て訊いてはいけないことばっかしらしいのである。果たして血液型がいったい何型なのだと就職に際して不利になるのか、逆に尋ねてみたいような気もする。個人的には「愛読書は何ですか?」なんてのは是非訊いてみたい質問だよね。もしも「新本格のファンです」なぁんて答えた奴は全部不採用にしちゃうもんな(笑)。・・・あ、だから訊いちゃいけないのか?
 しかし、ここまで制約が多くてははっきり言ってマトモな面接にはならない。「志望動機」だとか「賞罰」「趣味特技」なんてアリキタリなことは全て履歴書に目を通せば分かるわけだし、それにだいたい何もこちとら、女子高生の就職希望者に向かって面接試験の席上で、いきなり「あんた処女? ぐへへへへ」などとセクハラ質問光線を発射しようってつもりじゃないんだ(ちなみに今の質問は上記の「訊いちゃいけないんだよ〜んリスト」には入っていなかったが)。本人の持つ能力・適性からその将来性までをも含めて、面接という短い時間の中で判断しなきゃならないのでこちらも必死なんである。
 結局、面接試験での合否のポイントを何で判断するかとなると、こんな具合になる。

「さて、A君の合否ですが」
「成績はそんなには悪くないよね。というよりもむしろ、学年ではズバ抜けた成績のようだね」
「学校は三年間、無遅刻無欠勤だし。休みの日はボランティアとして老人ホームの慰問を欠かさず続けていたらしいしね」
「三年間、生徒会長として生徒全員をまとめてきたとのことなんで、人望や統率力もありそうだ」
「所属していた野球部では、2年生の時に出場した甲子園夏の大会の優勝投手になってるしね。時速165キロの速球は、高校生の記録としては過去にないようなもののようだ」
「巨人からのドラフト一位指名を蹴って、うちの会社に応募してきたらしいよね」
「うちの会社に野球部がないのが惜しいよなぁ」
「それと、その年の夏休みに行った自由研究で作った『無公害型永久運動エンジン』が、パリで開催された世界発明大賞の最優秀賞を受賞しているそうだしね」
「でも、顔が・・・ねぇ」
「うん、顔が悪いよね」
「じゃ、不合格ということで」

 果たしてこんなんでよいのか?

▼落穂舎の古書目録は今回もなかなか充実している。何がすごいと言って、ミステリ古書の品揃えの豊富さは当然のことながらも、万単位の売値の稀覯本がキラ星の如く並ぶその目録に掲載された品揃いのほとんどが昨年の目録からきちんと入れ替わっている点がすごい。ミステリ専門古書店のもう一方の雄である芳林文庫が古書目録を発行しなくなった今、このぶ厚い目録を埋めるだけの集書能力があるのは本当にすごいもんである。
 しかしそんなすごい目録の中で俺が注文を入れたのは、僅かにゲルシュテッカー『ミシシッピーの海賊』(日本出版協同サスペンスノベル選集8、S29、1,500円)ただ一冊というのもある意味すごいというか何というか・・・。すごいというよりも、単に貧乏なだけなのかも(;_;)。

▼すごいといえば、kashiba@猟奇の鉄人の掲示板で久保書店にはまだ「ナポレオン・ソロ」の在庫が有るという情報に接して驚く。久保書店からナポ・ソロは三冊出ているのだが、古書価もしっかり付いてるこの三冊のうちの一冊がまさか未だに現役本とはねぇ。ナポレオン・ソロが人気だったのは昭和40年代だろ。その頃の本がずーっと売れ残って在庫になってるというのもある意味すごいかも。こりゃ単に「物持ちが良い」というのとは別の次元の話だよなぁ。
 たぶん持っていないはずと思い、恐る恐る久保書店に電話を入れて、「あのぉ・・・、『ナポレオン・ソロ/恐怖のサイコロ事件』ってまだ在庫はあるんですか?」と尋ねてみると、電話に出た女性がこともなげに「ありますよ。ただし『恐怖のサイコロ』ではなくて『悪魔のサイコロ』ですけどね」と即答する。いったいどれだけの点数が久保書店の在庫本として在るのかは知らないが、題名も含めてその全てをきちんと把握した上で即答した点もすごいぞ>久保書店の女子社員。嬉しくなって、QT−SFも合わせて何冊か電話で注文する。で、その結果、届いたのはこんなところだ。

 ジョン・T・フィリフェント『ナポレオン・ソロ/悪魔のサイコロ作戦』(久保書店QT-BOOKS、S44)
 ジョージ・H・スミス『第2次宇宙戦争』(久保書店QT-SF、1979)
 ジョン・W・キャンベルJr.『100万光年の死闘』(久保書店QT-SF、1980)
 エドモンド・ハミルトン『滅びの星』(久保書店QT-SF、1981)

 4冊とも全てまるで新刊かと見まごうほどピッカピカ(てゆーか、新刊なんだけど)。当然、定価販売である。しかし手元に届いた『悪魔のサイコロ作戦』の表紙カバーを見るとどう見てもこれはダブリ本のようだ。くそぉ、思わぬ情報に接して焦っちまったよなぁ。となると、俺の持っていないナポレオン・ソロは、『恐怖の逃亡作戦』なのか『秘密兵器事件』のいずれなのか・・・?

▼買った古本。
 高木彬光『隠密独眼竜』(春陽文庫、S59、200円)
 R・オームロッド『左ききの名画』(教養文庫、1993、100円)
 ジョン・ハーヴェイ『ラフ・トリートメント』(教養文庫、1992、100円)

 たぶんダブリだろうなぁ・・・と思って買った春陽の彬光は、意外なことにダブリではなかった。これで残るは16冊(たぶん)。まだまだ道は遠い。今は亡き教養文庫の2冊はもちろんダブリのはず。

▼買った新刊。
 中島らも『中島らもの特選明るい悩み相談室その2』(集英社文庫)
 臥竜恭介『荒巫女戦記ヒムカ』(徳間ノヴェルズ)

 そろそろ夢枕獏禁断症状が出始めた頃、夢枕獏の推薦文が付いていたこの『荒巫女戦記ヒムカ』を衝動買いしてしまう。臥竜恭介という作者の名前は初見だが、それもそのはず覆面作家なのであった。「覆面」という単語に俺は滅法弱くて、「覆面作家」「覆面レスラー」「覆面座談会」「覆面強盗」「覆面八百屋」など、全てツボにはまってしまう。「覆面八百屋」はまだ見たこともないけどさ。ざっと中身に目を通した限りでは「妙味のない夢枕獏」といった感じである。この臥竜恭介なる覆面作家の正体はさっぱり見当もつかないのだが、もしかすると覆面で正体を隠さないと発表したくないような出来映えだったのかもなぁ。

▼今回の日記であえて「すごい」という言葉を多用してみたのは、吉野仁氏のサイト「巧言令色吉野仁」(http://homepage2.nifty.com/yoshinojin/)中の「孤低のつぶやき」9月23日分の内容にいたく共感したからである。いや、ごく最近、おんなじようなことを某所で言ったばかりだったので(笑)。


[272] 祭りの後 2002-09-14 (Sat)

【9月14日(土)】
▼さて、名古屋古本まつりのミニオフ当日である。さすがにわざわざ「ミニ」と名付けているだけあって、参加者はオフの最少人数単位であるたった二人きりだ。これでもしもミニオフの相手が妙齢の女性であったりしたら、いっそ「デート」と呼びたいくらいのものなのであるが、相手はよりによってぽかぽかなんだもんなぁ・・・。
 鶴舞の古書会館に向かう前にまずは新刊本屋のチェック。探偵小説研究会監修『本格ミステリ・クロニクル300』(原書房)、エド・マクベイン『マネー、マネー、マネー』(早川HPB)、シェイマス・スミス『わが名はレッド』(早川HM文庫)、「GIALLO vol.9」(光文社・2002/秋号)、「本の雑誌9月号」(本の雑誌社)を華麗に乱れ買い。
 そうやってわざわざ時間を潰しても古書会館に到着したのは集合時間である午後一時の30分も前。仕方なく百円均一本を見始めて一分も経たないうちにぽかぽかが姿を見せる。俺の姿を見かけるなり、「半裸の美女たちのサンバ・カーニバルはもう終わっちゃったぁ? それともこれから?」と尋ねるぽかぽか。あんたは何年、この古本まつりに通ってるんだよ? そんなもんあるはず無いわいっ(-_-;)!
「王様は昨日、もう古書市のチェック終わってるんだよねぇ」とぽかぽか。
「そうだけど何か?」
「実は僕も今日の午前中に全部見て回っちゃった。えへへ」と頭を掻くぽかぽか。ほら、やっぱりこういう奴だ(-_-;)。
「だったら、これでオフも終了かぁ?」と俺。集合時間の30分も前に終了なんだから、これはもしかすると世界で一番開催時間の短かったオフなのかもしんないな。
 とはいえ、せっかく古本まつりまでやって来て手ぶらで帰るのも何となく胸糞が悪い。仕方なく俺は、多岐川恭原作・大野靖子脚本「エラリー・クイーンの日本傑作推理劇場 落ちる[準備稿]」(テレビ朝日&三船プロダクション制作)というテレビドラマの台本を300円で無理矢理掴む。「エラリー・クイーンの日本傑作推理劇場」って俺は一度も視たことないのだが、ホントにTVでやっていたのだろうか? やっていたとしたら、たぶん1980年代半ば頃なのだろうな? ともかく、出演者や年代を特定するデータは一切書かれていない。
 俺の手にしたその台本をチラリと見て「それは何ですかぁ?」と訊くぽかぽか。
「これは、どうやら『エラリー・クイーンの日本傑作推理劇場』ってTVシリーズの台本のようだ。もっとも中身は多岐川恭の『落ちる』のようなんだがな」と答える俺に、「えええっ? 多岐川恭ってエラリー・クイーンの別名だったんですかっ? 初めて知ったぁ!」と頓珍漢な受け答えをするぽかぽかなのであった。

▼早々に古書まつり会場を出て、古書会館近くのファミレスに移動。お互いの知っている古書店情報などを小出しにしながら相手の顔色と出方を窺う。「そういや、H文庫がそろそろ再開するはずだよなぁ」と俺。「改装オープンは9月頃だという話でしたもんね」とぽかぽか。じゃ、他にやることもないし、ダメモトでその店に行ってみるかぁ?
 俺の愛車に同乗し、途中にある古本屋に引っかかりながら(ここではコリン・フォーブス『アバランチ・エクスプレス』(早川書房、S54、100円)を購入。たぶんダブリ本)、携帯電話でH文庫に連絡を取ってみるが生憎と留守電になっている。とりあえず近況が分かっていそうな猫又文庫でH文庫の現状について情報を得てみることにする。
 猫又文庫の扉を開けて開口一番、「H文庫さんってもうそろそろ開店しているはずですよねぇ?」と尋ねると、店主が店の奥にいる人物を指さして「今、そこにいるのがH文庫のご主人」とのこと。なるほど、こりゃあ留守電になっているわけだ。
「あっ、それはそれは・・・。もう開店しました?」とそのお方に尋ねると、準備に手間取ってまだ開店はいつになるのか分からないとの返事である。店の改装自体はほぼ終わったので、どうやら売り物の本の整理の真っ最中らしい。「ともかく、やってもやってもキリがなくってねぇ」
 ここで少しでも店主に恩を売っておくことは決して損にはならない。不純な下心はミエミエではあるが、試しに「何かお手伝いできることがあったら遠慮無く言って下さい」と誘い水を向けてみる。横に立つぽかぽかを指さして「この男が主に肉体労働、でこの私は頭脳労働を担当しますので」。俺の横でぽかぽかも調子に乗って、「人殺し以外の仕事なら何でもしますから」と嬉しそうに言っている。
 H文庫の店主はしばらく考えた末、素っ気なく「じゃ、手伝いたいんだったら手伝ってもいいよ」との返事。
「それではもうしばらく経ったらお手伝いに伺います」
 そう言いながら、猫又文庫でビクター・マーケイティ『盗まれた情報局』(リーダーズ・ダイジェスト、1973、700円)とトマス・マッケイン『スポーツ・クラブ』(角川文庫、S46、400円)の2冊を購入する俺であった。「変な角川翻訳文庫」の一冊である『スポーツ・クラブ』は純然たるミステリではないが、まぁ広義のサスペンスと言って言えないこともない一冊。何たって浅倉久志の訳なのでつまらない話のはずはないのだが。

▼店主に少し遅れて改装中のH文庫に到着する。以前のこの店の売り物は店主の個人蔵書の放出が中心になっていて、古い岩波文庫などは確かにバカ安の値付けだったのだが、どちらかといえば社会科学系や歴史ものの黒っぽい単行本が多かった。しかし、今回の大改装によってどうやら文庫中心の店となるようである。見たところ「文庫の数なら名古屋一」は伊達ではあるまい。
「さーて、何から手伝いましょうか?」と口では言いながらも、目はとりあえず乱雑に棚に収まっている文庫を端から端へとチェックしていく。ところどころに少し珍しい文庫も混じってはいるが、ざっと見渡したところさして欲しいものはない。「え〜と、それじゃあ・・・」とぽかぽかを指さして、「肉体労働専門の彼には本のぎっしり詰まった書棚の移動でも、それで頭脳労働専門のこの私はご主人の値付けの相談にでも乗ることにして・・・」
「じゃ、お二人にはここの棚にある文庫を全部、裏の棚の方に運んでもらおうか」と言うご主人。いや、ですからね、そういった単純労働だったら全部こちらの男がやることになっていますから、私はご主人とコーヒーでも飲みながら21世紀の古書業界の方向性についてでも語り合おうかと・・・。
 結局、ぽかぽかと俺の二人でたっぷりと汗を流すことになる(;_;)。ひーこら言いながら、汗まみれで本を運び続ける俺たち。作業しながら店主に聞こえないようにして二人で小声で会話を交わす。
「俺たちだってこんな肉体労働を好きでやってるわけじゃないんだ。これが終わったらいったいどんなすごいお礼が待っているんだろうなぁ?」
「そうですよねぇ。終わったらせめて缶ジュースの一本くらいは飲ませて貰えますかねぇ?」と、あくまでも脳天気なぽかぽか。
「バカこけ。俺なんて軽くワンステージこなせば最低でも五百万は稼ぐ男なんだぞ。もしかして店の権利書くらいは貰えるんじゃないのか?」

 ほぼ一時間半後、ようやく本の移動が終わる。俺も他人の店の本の整理をするような時間があったら、まず自分の家の本の整理をしろよなぁ。
 俺が一服しに店の外に出て、店に戻るとぽかぽかが「王様ぁ! 店のご主人が手伝ってくれたお礼に好きな本を半額で売ってくれますって!」と嬉しそうに言う。おい、きっちり丸め込まれているじゃねーかよぉ! それって、普通のアルバイトと較べてもよっぽど悪い条件だぞ(-_-;)。
 それでも仕方なく、本棚に数冊ささったサンリオSF文庫とソノラマ海外文庫に手を伸ばそうとすると、目敏くそれを見つけたご主人が「あ、それは駄目」と言う。「そのあたりは開店した時の目玉商品にする予定だから」
 でも、そうなると俺の欲しい本なんてまったく見あたらないじゃん! 大矢博子の探索本がチラリと視線の隅をよぎるが、とりあえず見なかったことにしておく。せっかくの俺の貴重な労働の対価なのに、そんな無駄使いができるもんかよっ!

 仕方なく、さして欲しいわけでもない牧逸馬『相思馬』(新潮文庫、S14)を手に取るが値段は未記入である。ご主人に「これはいくら?」と尋ねると、「う〜ん、・・・1,000円だな」との返事。「じゃ、その半額の500円でいいわけですよね?」「いや、半額にして1,000円
 ・・・ちっとも安くないがな(;_;)。でも他に買いたい本も無いので、とりあえずその本をキープしたまま他の本を見て回るが、こういう時に限ってまったく何にも欲しい本が無い。泣く泣く駒田信二『中国好色犯罪小説集』(旺文社文庫、1986)を加えて2冊をご主人に手渡す。2冊で1,200円。はっきり言って今日は無駄働きでしたなぁ(-_-;)。

▼H文庫を出て、休憩ついでにファミレスに。
「で、H文庫であんたはいったい何を買ったんだよ?」とぽかぽかに訊く俺。
「えへへ・・・。秋元文庫の若桜木を5冊ほど」
「それは、5冊でいくらで?」
「600円払いましたが」
「それって・・・、もしかすると・・・古本屋で普通に買うよりも高いじゃん!
「そうですよねぇ。僕もそう思いましたもん。あははは」

 ・・・実に幸せな奴である(-_-;)。


[271] 祭りの前 2002-09-13 (Fri)

【9月13日(金)】
▼山田正紀の『僧正の積木唄』を読む前に元ネタの方にも目を通しておこうという若い読者が多いせいか、創元文庫のヴァン・ダイン『僧正殺人事件』も徐々に売れ始めているようだ。これを称して僧正効果という。

▼さて本日から明後日の日曜までの三日間、鶴舞の名古屋古書会館で毎年恒例の名古屋古本まつりが開催される。例年であれば、取るモノもとりあえず初日に駆けつけるのが常なのだが、今年は肝心の開催初日に仕事上でどうしても抜け出せない用事がある上に、二日目の土曜に「古本まつりミニオフ」を企画してしまったので、一人だけ初日に抜け駆けして行くわけにもいかない。それに今回の古書目録に目を通した感じでいえば、ことミステリ関係に関しては今年は例年になく不作の年のようなのである。
 とはいえミニオフと言ったところで、参加表明しているのは所詮、ぽかぽかさんとさんという古本マニアの二人であり、ミニオフがあろうがあるまいが古書まつりにはどうせ足を運ぶ連中なのである。念のためにオフの告知文の中で何があろうと抜け駆けすんなよぉ(-_-;)凸!と二人には念押しはしておいたのだが、そんな言葉をおとなしく守るような連中だとも思えない。そうこうしている間に、オフの直前になって参加者の一人である墨さんから「残念ながら土曜日のミニオフには参加できなくなりました。お二人は楽しんできて下さい」との欠席届が出される。

 ・・・怪しい。実に怪しい。この欠席届は、どう見てもこちらを油断させておいてその隙に一人だけ開催初日に抜け駆けするためのミスディレクションだとしか思えない。何故そう思うのかと言えば、俺が逆の立場ならまず間違いなくそうするからだ(゚-゚)b。もう一人のぽかぽかさんにしても、人の良いこの俺は今までに何度、煮え湯を飲まされてきたことか。今すぐ実例を挙げろと言われればすぐには思い出せないが、ともかく何度もひどい目には遭わされているはずなのである。
 そう思い始めると仕事をしていても居ても立ってもいられない。えいやっとばかりに席を立ち、鶴舞の古書会館へと駆けつける。もちろん目的は、紳士協定を破ってその場にいるはずのぽかぽか・墨の両名を現行犯で取り押さえ、グウの音も出ないほどとっちめるためである。生まれてこなければよかったと思えるような罰を加えるためである。
 息せき切って古書会館に到着して、ぐるりと会場を一周してみるが不思議なことに二人の姿は見あたらない。もしかして、この俺の思い過ごしだったのか? だとすれば二人にあらぬ疑いを掛けたことは誠に申し訳ない次第である。いかに二人の普段の言動が怪しげでこれっぱかしも信用する気にはなれないにしても、あくまでもそれはそれ、これはこれだ。俺としては素直に二人に謝りたい。
 と、心の中で目に見えぬ二人に頭を下げる拍子にふと周囲を見回すと、何故だか周りは古本の山である。そりゃそうだわなぁ、ここは古本まつりの会場なんだから。今までは二人を取り押さえることしか頭になくって、周りの古本はちっとも目に入らなかったわい。

 ということで、ここまで来たもののついでなので古本もチェックして参りましたm(_ _)m。

 しかし今回の古本まつりは、事前の予想通り、出物と呼べるものはさっぱり無し。この日は結局山下武『異象の夜に』(審美社、1970、1,500円)とホームズ・パロディものの水城嶺子『世紀末ロンドン・ラプソディ』(角川書店、H2、300円)の二冊を拾ったのみである。しかも更に悪いことには、山下武の『異象の夜に』はダブリ買いだ。
 え? 今日の「仕事上でどうしても抜け出せない用事」はどうしたって? いや、世の中、何とかなるもんです(^o^)m。

▼会社帰りに古本まつりの憂さ晴らしのように古本屋と新刊本屋をチェック。
 買った本は、古本では高木彬光『青龍の剣(上・下)』(春陽文庫、S60、100円・150円)、山下武編『橘外男ワンダーランド・ユーモア小説編』(中央書院、1995、1,250円)、新刊はティム・クラベー『洞窟』(アーティストハウス)、ディーン・クーンツ『汚辱のゲーム(上・下)』(講談社文庫)、ジョン・ウイルソン『鷹の城の亡霊』(創元文庫)、井上雅彦監修『異形コレクション・キネマ・キネマ』(光文社文庫)。
 てっきりダブリかと思った『青龍の剣』はダブってなかったぁ\(^o^)/。春陽の高木彬光はこれで残り17冊(のはず)だ。中央書院の『橘外男ワンダーランド』は、たぶんこの「ユーモア小説編」で全冊揃ったのではないかとは思うが、いちいち調べるのがめんどくさいのでこれをもって完蒐したことにしておく。こんなもんは自分さえ納得すればいいのさ。よーし、全部揃ったぞぉ\(^o^)/!>中央書院の『橘外男ワンダーランド』  


[270] 発表!【未読王選出2002年国内ミステリベストワン作品】 2002-09-07 (Sat)

【9月7日(土)】
▼そろそろ年末恒例のベストテン入り狙いの新刊が怒濤のように発売され始める時期になって参りました。そういう時期にちょっと気が早いような気もしなくもないが、【未読王選出2002年国内ミステリベストワン作品】をいきなり発表してしまいます。たぶんこれが日本で一番早い2002年度ベストワンの発表のはずだ(笑)。

 さて、ベストワン作品は高野和明『グレイヴディッガー』(講談社)。いやもう、今年は何と言ってもこれに決まりっ!

 処女作であり乱歩賞受賞作の『13階段』だって読むどころかまだ買ってすらいないってのに、何気に気になって購入してみたこの『グレイヴディッガー』なのだが、結構重厚な雰囲気の作品なのかという本屋で手にした時の予想が良い方向に外れて、いやぁ、冒頭から結末まで飛ばす飛ばす。まさにジェットローラーコースター・ノヴェルの名に恥じない飛ばしっぷりである。主人公が醜男の小悪党というところもいいしなぁ。もちろん、この作品に対して「警察の捜査がこれほどまでにズバリズバリと的を射抜いていくはずがない」だとか「偶然に頼り過ぎ」といった批判をすることは容易いが、まぁ息継ぎなしでこれだけ面白いんだからいいじゃん。そういう細かいことを言うような奴は、おじさん、大嫌いだ。
 ついでに国外作品のベストワン候補は、今のところロバート・クレイス『破壊天使』(講談社文庫)なのだが、最近、このおじさんってば何を読んでも面白いと思える精神状態にあるので、あんまり信用はならんのだが。

▼ジョン・カーペンターが約4年ぶりにメガホンを取ったという「ゴースト・オブ・マーズ」を観る。東京での上映方式がどうだったのかは知らないが、名古屋では「アメージング・カルト映画祭」というイベントの一環として僅か一週間限りの期間限定上映である。ともあれ、火星を舞台にした血まみれSF・ゾンビ・ウエスタンというからには、この俺が観ないわけにはいかんじゃないか。
 上映館は普段は芸術映画専門でやっているミニシアターで、その種の映画をまず観ることのない俺は、当然入るのは初めて。中に入ってみると、配給会社の試写室程度の大きさのスクリーンと80席くらいの観客席があるホントに小さな映画館である。それともう一つ、映画館の中がヤケにクサい。いったい何がこんなに臭うのかと周囲を見回してみると、わざわざこの手のホラーSF映画を観に足を運んできた映画オタク達の放つ体臭でクサいのであった。あわてて自分の身体も嗅いでみるが、俺の放っている匂いはいつものように芳しい薔薇の花束の馥郁たる香りなので一安心する。
 さて、映画の方なのだが、鑑賞後の感想は、全く無いっ!
 というのも、映画が始まると同時に猛烈な睡魔が襲ってきて、上映時間約90分のこの映画のうち88分くらいグッスリと熟睡してしまったからなのだった。こりゃあビデオになった時にでももう一度じっくり見直さないといけないな。

▼このところビデオは山のように観ているが、いちいち題名を挙げるのもめんどくさい。その中で何となく印象に残っているのは「ジーパーズ・クリーパーズ」「メメント」「ブラディ・ヴァンパイア」「ファイナル・ファンタジー」「アメリカン・ナイトメア」、あたり。逆に外したなぁと思ったのは、ヴァン・ダム主演の「レプリカント」「ブレス・ザ・チャイルド」「ヴァンパイア・ハンター」「ヤマカシ」、船木誠勝主演の「シャドー・フューリー」あたりか。コッポラプロデュースの「ジーパーズ・クリーパーズ」はスティーヴン・キングの短編が原作と言ってもおかしくない話。「メメント」はまぁアイデア賞か。吸血鬼と黒人の刑事コンビが活躍する「ブラディ・ヴァンパイア」は吸血鬼ものの定石をあえて外した面白さで。何かと評判の悪いスクウェアの「ファイナル・ファンタジー」も主演(?)の女の子の可愛さ色っぽさで俺的にはOK。「アメリカン・ナイトメア」は70年代から80年代のホラー映画を支えてきたロメロ、クローネンバーグ、トム・フーパー、サヴィーニ、ジョン・ランディス、そして「ゴースト・オブ・マーズ」のジョン・カーペンターといった監督たちへのインタビュー。ホラー映画ばかりそれほど熱心に観てきた記憶もないのだが、映画の中に出てくるそれぞれの監督の代表作のほとんど全てに見覚えがあるってのはいったいどういうわけなのか。
 そういった中でやっぱり面白かったのは「ロック・ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」のTV版である「ロック、ストック&スパゲッティ・ソース」「ロック、ストック&ワン・ビッグ・ブロック」の2本。先にスペシャル版の「ロック・ストック&フォー・ストールン・フーヴズ」は観ていたのだが、今まで置いてあるのを見過ごしていた「スパゲッティ・ソース」と「ワン・ビッグ・ブロック」が近所のビデオ屋にあることに気づいたのであわてて借りてくる。先の2本とビデオケースの装丁がそっくりだったので今まで気が付かなかったのだが、それにしてもこの長いタイトルをよくぞ憶えられたもんだと感心するでしょ(笑)?
 日本では「勧善懲悪」がやっぱり好まれるせいなのか、この種の犯罪コメディってのはどうしても根付かないよねぇ。「私立探偵濱マイク」がどれほど面白いのかまるで観ていないので分からないのだが、お馴染みの4人組が欲に駆られたあげくとんでもないトラブルに巻き込まれ、それでも偶然が重なって運良く窮地を脱するというワンパターンなストーリー展開ながらも、暗黒街のボスのマイアミ・バイスとスリー・フィートのコンビを始めとした登場人物たちのキャラクターとよく練られた脚本と映像の面白さで、いやぁ、見せる見せる。それにしても中に出てくる外国人差別ネタは英国のお家芸みたいなもんではあっても、画面の中で四文字言葉や放送禁止用語がバンバン飛び交っているような気がするのだが、アメリカに較べたらイギリスの放送コードは緩いのだろうか?

▼おっと、映画やビデオの話に夢中になって、買った本を書くのを忘れるとこだった。
 新刊は矢野誠一『落語長屋の四季の味』(文春文庫)、ゲッツ板谷『タイ怪人紀行』(角川文庫)、戸梶圭太『トカジャンゴ』(角川書店)、「新映画秘宝vol.5 シネマスペクタル」(大洋図書)。古本は、結城信孝監修『ミステリーをX倍楽しむ本』(PHP、1985、700円)、ダン・タイン『ベトナムのスパイX−30』(新興出版社、1983、100円)、ガイア・セルヴァディオ『メリンダ』(早川ノヴェルス、S44、200円)。おそらくノンフィクションだろうと思いながら手に取った『ベトナムのスパイX−30』はベトナム産のスパイ小説であった。冒険小説・SF・スリラー・ファンタジー・ユーモア・犯罪小説・ポルノ等の要素を兼ね備えているという呼び文句の『メリンダ』はあいにくダブリ。でも200円だしねぇ。


[269] 茶木、ふるさとへ帰る 2002-09-04 (Wed)

【9月4日(水)】
茶木則雄が本屋に復職した(但し「深夜プラスワン」に非ず)という噂が耳に入ってきて、早速、電話でその真偽を確認してみることにする。もともとの茶木の売り文句は「書評もできる本屋さん」だったはずなので、奴が本屋に戻ることは俺としては全面的に賛成である。じゃないと単に「書評があんまり得意じゃない書評家」のポジションのままでいることになっちまうからなぁ。それにしても何となく「零落」だとか「落潮」だとか「凋落」だとか「落魄」だとか「衰微」だとか「逼塞」などといった難しげな単語が自然に頭に思い浮かぶ今はもう秋、誰もいない海。とはいえ、こいつの場合はドン底からようやく社会の底辺近くまで這い上がってきた男だから、その分落差も少ないはずなんだがな。

未読「おーい、食い詰めたあげく、また本屋で働き始めたそうだな?」
茶木「おっ、えらく情報が早いなぁ! そうそう。家の近所の本屋さんで働くことになりました」
未読「俺が昔『地獄耳のジョニー』と呼ばれていたことを忘れちゃいまい。で、時給はナンボや?」
茶木「670円。通勤費込みですけど
未読「そっ、そりゃまた、えらく安いなぁ」
茶木「でも一年間、無遅刻無欠勤で真面目に働いたら、680円に値上げしてくれると約束してくれてますもん」
未読「そっ、そうかぁ・・・(;_;)。まぁ、それまでコツコツ頑張れ(;_;)」
茶木「俺のような書評家に対して、風俗突撃取材とかの仕事の需要がもう少しあればよかったんですが、今は景気も悪いしなかなか世の中厳しいっすからねぇ」
未読「世の中が厳しくなくったって、書評家にはなかなかそんな仕事は回って来ないわなぁ」
茶木「でも久しぶりにこうやって身体を動かして働いていると、実に食事がうまいんですわ。健康にも良さそうだし、これでこれからアルバイトで副収入が多少なりとも入ってくるようになれば家計もそれなりに安定しますしね」
未読「まぁ、そうだよな。本業の原稿書きの方も、本屋のバイトで色々とネタも拾えるかもしれないしな」
茶木「やだなぁ。原稿書きの方ですよぉ、バイトは。あはは」

 何ともはや、気持ちの切り替えの素早い奴・・・(-_-;)

▼買った本。新刊。

鴨志田譲・西原理恵子『煮え煮えアジア パー伝』(講談社)
山田風太郎『戦中派焼け跡日記』(小学館)
中島らも『中島らもの特選明るい悩み相談室(1)』(集英社文庫)
ジェイムス・リー・バーク『燃える天使』(角川文庫)
高橋克彦『ホラー・コネクション』(角川文庫)

 うーむ、こうして見るとたいした本は買ってない。それにしても、亡くなった後も何やかやとまだまだネタが尽きないなぁ、山田風太郎の新刊は。この『戦中派焼け跡日記』は昭和21年一年間の日記なのだが、もしかして昭和22年、23年・・・とこのまま出し続けるつもりじゃないんだろうなぁ。高橋克彦の『ホラー・コネクション』は新刊とは言えない落ち穂拾い。都筑道夫との対談が読みたくて買いました。

▼買った本。古本。

多岐川恭『兵隊・青春・女』(七曜社、1962、500円)
横田順彌『百年前の二十世紀』(筑摩書房ちくまプリマーブックス、1994、400円)
ジョン・レオ『ロシア人はいかにして野球を発明したか』(白水社、1991、100円)

 多岐川恭の『兵隊・青春・女』は、バラエティ・ブックとでもいうのであろうか、随筆、コント、ノンフィクションの三本立て。『ロシア人はいかにして野球を発明したか』はユーモアエッセーのようである。


[268] 勝負師 2002-08-31 (Sat)

【8月31日(土)】
▼金曜日、この夏でたった一日限りの夏期休暇を取って定例古書市へ。
 しかし購入本はたった一冊、乱歩の『妖怪博士』(光文社少年探偵団全集(3)、300円)一冊のみだ。これだって別に買いたくて買ったわけではない。単にわざわざ古書市まで来て何にも買わずに俺の夏が終わってしまうのが嫌なだけだったんだよぉ(;_;)! とはいえ、函付きの美本で300円ならそれなりにお買い得である。函だって実にしっかりしている。どのくらいしっかりしているかといえば、家に帰ってから函から本を抜こうとしてもどうしても抜けなかったくらいしっかりしている。力任せに抜こうとしたら勢い余って本の背の部分を破いてしまったほどだ。本を函から抜けないおかげで書誌データは不明なのだが、手持ちの資料でチェックするとどうやら1961年版のようである。ちなみに俺が最初に接した少年探偵団は、大抵の人と同じくポプラ社版なのだが。

▼翌土曜日、古本まゆさんに立ち寄ると、それなりに珍しいところが入荷していた。
 その中から、甲賀三郎『蟇屋敷の殺人』(湊書房甲賀三郎全集(9)、S22、500円)、正木不如丘『血の告白』(リンゴ書院、S21、2,000円)と安いところを買ってお茶を濁して帰ろうとすると、「こんなものも入りましたよ」と見せられたのが守友恒の『幻想殺人事件』(自由出版、S22)である。ああっ、この本ってば持ってないんだよなぁ! 値段を確認すると8,000円。相場よりもちょっと安い気もするし買って買えない値段でもないのだが、古本一冊に8.000円も出すとなるとやっぱりちょっと度胸が要る。「まぁ、次にパチンコでボロ勝ちした時にでも買おうかなぁ、はは、ははは・・・」と力無く笑いながらそっと棚へと戻す。ああ、まるで楽器店のショーウインドに顔をひっつけて、欲しいトランペットを見つめている黒人少年みたいだぞ(;_;)。
 しかし、店を出る時の俺の涼しげで澄んだ瞳のその中に、勝負師としての静かな闘志と熱い炎が密かに宿っていたことに気づいた者が誰かいただろうか?
 店を出たその足で真っ直ぐ向かったのは近くのパチンコ屋である。軽く肩の凝りをほぐしながらパチンコ屋の喧噪渦巻く中に足を踏み入れて、適当な台の前へと座る。ゆっくりとハンドルを握ってバネの遊び具合を確認し、そして・・・。
 小一時間が経った時には、1万2千円負けてましたぁ\(;_;)/! こんなことだったら、8千円で『幻想殺人事件』を買っとけよぉ(;_;)!

「もっ、もうあと三千円だけ・・・」と賭け事特有のドロ沼にズブズブと落ち込んでいく俺。球はみるみるうちに減っていく。しかし、古本の神は常に俺の味方である。残り球もほんの僅かになったところで、ようやく待望の確変突入! そのまま連チャンを続けて、終わってみたら何と5万8千2百円の大勝利ぃ〜\(^o^)/! そんなにうまいこといくもんか・・・と思われる方も中にはいるかもしれないが、全て事実だ。ここぞという時に勝つのが本物の勝負師なんである。

 その金を握って、再び閉店時間間際の古本まゆへと走る。「もっ、もっ、もしかして売れてませんよねぇ!」
 これが陳腐なドラマだと、「あっ、タッチの差で、今、扉のところですれ違ったお客さんが買って行かれましたぁ!」ということになるのだが、現実はそれほどまでには劇的ではない。首尾良く『幻想殺人事件』を手に入れた次第。しかも、俺の努力と熱意に感じ入るところがあったのか、千円マケてもらったし\(^o^)/。

▼他に買っていた古本。
 スティーヴン・キング『グリーン・マイル(愛蔵版)』(新潮社、2000、1,000円)
 ポール・アンダースン『地球人よ、警戒せよ!』(創元SF文庫、1971、200円)
 A&B・ストルガツキイ『みにくい白鳥』(群像社、1989、1,000円)

 『グリーン・マイル』の愛蔵版は、いつか古本屋で見かけたら買ってやろうと思っていた一冊。『アトランティスの涙』の単行本も結局、そうなっちゃったな。群像社の「ストルガツキイの世界」はほんの2〜3年前まで出版社に在庫があったと聞いたが・・・と思って、今、これを書きながらインターネットで群像社のホームページで確認してみたら、第一巻の『世界終末十億年前』を除いて全て現役本のようだ。買値が定価より若干安い値段だったからまぁいいか。

▼ついでに新刊。
 山田正紀『僧正の積木唄』(文藝春秋社)
 スティーヴン・キング『トム・ゴードンに恋した少女』(新潮社)

 鳴り物入りでスタートした文藝春秋の「本格ミステリマスターズ」だが、本格ものとは縁のない俺がとりあえず買うのは山田正紀のみ。スティーヴン・キングの『トム・ゴードンに恋した少女』は、キングにしては小品といった趣の長編で珍しく一日で読み終えてしまったのだが、家族三人でハイキングに出かけた9歳の少女がハイキング道からちょっと脇道に逸れたおかげで山の中で迷子になるというだけのお話が、キングの手に掛かるとこれほどまでに面白い話になるんだよなぁ。ちなみに題名になっているトム・ゴードンは、ボストン・レッドソックスに在籍し(現在はシカゴ・カブス所属)、97年には48セーブを挙げた実在の名リリーフ投手。この実在の人物がどう物語に絡んでくるかは読んでみてのお楽しみ。

▼映画館で「ウインドトーカーズ」。ジョン・ウー監督作品だったのでそれなりに期待はしたのだが、ひたすら爆風で人が飛びまくるだけの映画であった。それにしても当時のサイパン島に、ホントにあんなコテコテの日本人村があったのだろうか?


[267] ライヴ・フロム・ニューヨーク・シティ 1967 2002-08-29 (Thu)

【8月29日(木)】
▼新作のCD関係の情報には極めて疎い。そもそも俺の音楽的趣味嗜好の範囲は1970年代初頭の段階で止まっている上に、最近買った数少ないCDといえば概ね落語関係のものばかりである。そういや、たまにCD屋に立ち寄る毎に一巻ずつチマチマと買い揃えていた「高田文夫VS立川藤志楼」全八巻がようやく手元に全巻集まった。さすがにコント作家だけにクスグリには従来の噺にはない変化球的趣向のものが多くて楽しめるが、「落語」として聴くにはやはり旦那芸であることは否めない。較べるのも大人げないが、続けざまに志ん朝などを聴いてしまうと、当然のことながらもやはりプロ野球と高校野球以上の差があると感じてしまう。もっとも志ん朝と較べたらどんな現役落語家でもそうなってしまうのだが。そんな中でも第2巻に収録されている「お直し」などは、プロの噺家でもなかなか出せない味があってなかなかの佳品。
 そんなわけで、今日も栄に寄ったついでに適当に落語のCDでも選ぶつもりでCD屋を覗くと、実に意外なCDが出ていて嬉しい驚きを味わう。サイモン&ガーファンクルの「ライヴ・フロム・ニューヨーク・シティ 1967 」である。1967年のライヴツアーを収録したアルバムだが、1967年と言え、彼らの三枚目のアルバムである「パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム」が発表された翌年、映画「卒業」のまさに前年のツアーライブである。フェイバリット・ミュージシャンがサイモン&ガーファンクルであるこの俺にとっては、まさかそんな音源が35年も過ぎた今になってオフィシャル盤としていきなりCD化されるとは夢にも思ってなかったものであり事前の情報も一切頭に入っていなかったので、店頭で目にした時には思わず跳び上がった。家に帰る途中、早速、カーステレオで聴いてみると、ポール・サイモンの生ギター一本を伴奏に歌う二人のハーモニーはまさに絶妙な出来であり、録音状態も当時としては極めて素晴らしい。いやぁ、よくぞ出してくれました。サイモンとガーファンクルに関しては、マクガバン支援コンサートライブを収めた「Come Home America(McGovern Benefit Concert)」なんて録音状況劣悪のブートレッグも持っているが、素晴らしいのはアルバム「明日に架ける橋」が発表される直前、1969年の全米ツアーを収録した「Live in Ohio, USA,1969」である。もちろんこれもまた海賊版なのだが、それにしては録音状態も比較的良い上に、何と言っても素晴らしいのは「次は今、製作中のアルバムに入れる予定の曲です」と紹介した後に歌い出される「明日に架ける橋」。もちろん、聴衆の誰もが初めて耳にする曲である。そしてアート・ガーファンクルが歌い終わり一瞬の間があった後に起きる聴衆の吐息と鳴りやまぬ拍手は、まさにたった今名曲が生まれたその瞬間に立ち会ったような感動さえ覚える。
 それにしても、じっくり聴くとそのハーモニーもさることながら、ポール・サイモンのギターはつくづくうまいよなぁ。

▼先日、地下鉄で店長に邂逅した時の罪滅ぼしで丸善にも立ち寄る。ここで買ったのは五條瑛『熱氷』(講談社)一冊のみ。レジにいた顔見知りのI内女史に挨拶するとわざわざ店長を呼び出し、コーヒーを奢ってもらう。それにしても最近の俺って、古本屋や新刊書店のどの店に行っても奢ってもらってばかりいるよなぁ。これで飯まで奢って貰えれば、文句の付けようもないのだが(って、無理か?)。
 丸善を出たその足で鶴舞の古書店街に向かう。ここに来るのも半年ぶりくらいであろうか? 名古屋で古本蒐めを趣味としていながら、この鶴舞に来るのが半年に一度というのも極端だが、ともかくこの鶴舞では手を伸ばしたくなる本にほとんど行き当たらないんだから仕方がない。
 しかし、やって来てみるもんである。三百円均一の店頭棚をぶらぶらとひやかしていると古そうな洋書が何冊か転がっているのに目が留まる。Wm LE QUEUX『The TEMPTRESS』(WARD,LOCK&Co、1919)。「ウム・レ・クゥエゥクスかぁ。誰だよそりゃあ。聞いたことねぇよなぁ」と思いながら通り過ぎようとするとすると、天啓のように脳裏にひらめくものがある。あっ、もしかするとル・キューか、こいつはっ! へぇ、こんなスペルだとは知らなかったな。「エルキュール・ポワロ」を「ハーキュリーズ・ポイロット」と読んで以来の驚きである。ル・キューといえば茶道の創始者にして秀吉に切腹を命じられたことで有名な(それは利休)オッペンハイムとともに英国スパイ冒険小説の祖ともいうべき作家であると同時に著書が二百冊を超える多作家でもあり、日本でいったいどれだけの数の邦訳が出ているのか今更誰も調べたくないほど昔の作家だ。この『The TEMPTRESS』という作品も邦訳があるのか無いのか、また邦訳があったとしたらそのタイトルはいったい何なのかなんてことは一切不明である。
 この本と一緒に並んでいたのがGUY BOOTHBYの『FAREWELL,NIKOLA』(WARD,LOCK&Co、1901)。これはどうやら『魔法医師ニコラ』の続編のようだ。もう一冊、BARONESS ORCZY『The SCARLET PIMPERNEL』(HODDER AND STOUGHTON、1926)。おおっ、これはたぶん「紅はこべ」だよな。もしかするとこれが初版本だったらすごいことだよなぁ・・・と思いながら(欲に駆られて)買うことにする。家に帰ってから調べてみると、もちろん世の中はそんなに甘いわけもなく、『紅はこべ』の初版本刊行年は1905年、グリーニングという名の出版社から上梓されたとのことだった。ちぇっ。
 それにしても、この名古屋でこういった戦前の古い探偵小説の洋書が出てくるなんてすごいよなぁ。もしかして、井上良夫あたりの蔵書が流れ流れてきたのだろうか?

▼その他に買ってた古本。
 田中貢太郎『日本怪談全集2』(桃源社、S49、400円)
 東海次郎『殺すのはいやだ』(民生書院、S21、1,000円)
 金子登『怪異こばなし集』(高文社、1975、700円)
 ハーマン・ローチャー『黒い変身』(角川海外ベストセラーズ、S46、1,000円)
 R・ムーア&M・マクリン『フレンチ・コネクション2』(早川ノヴェルス、S50、400円)

 東海次郎の『殺すのはいやだ』はダブリ。それにしてもこの本ってよく見かけるよなぁ。金子登の『怪異こばなし集』は珍しいオカルト・ジョーク集。困ったことに怖くもおかしくもないのだが。ハーマン・ローチャーは『おもいでの夏』(「Summer of '42」)の作者なのだが、こちらはガラリとうって変わって、ある朝、目が醒めたらいきなり黒人になっていた白人青年を主人公とした奇想小説。でも、これって確か角川文庫に収められたよなぁ?

▼新刊はそれなりに。
 山田正紀『渋谷一夜物語』(集英社)
 ジュールズ・デンビー『ストーン・ベイビー』(早川ポケミス)
 ジョイス・リアドン編『ローズレッド エレン・リンバウアーの日記』(早川NV文庫)
 エリザベス・フェラーズ『その死者の名は』(創元文庫)
 常光徹『学校の怪談 口承文芸の研究1』(角川ソフィア文庫)
 町山智浩『<映画の見方>がわかる本』(洋泉社)
 野口文雄『手塚治虫の奇妙な資料』(実業之日本社)
 片山まさゆき『最弱!ルーズドッグス』(講談社)
 田中圭一『神罰』(イーストプレス)
 ほりのぶゆき『メカ怪獣人生』(小学館)
 「スキャンダル大戦争(2)」(鹿砦社)
 「HSF10月号」(早川書房)
 「HMM10月号」(早川書房)

 新刊が出ればどうせ有無を言わさず買う山田正紀なのだが、大森望氏の手による帯の惹句「世界は山田正紀で出来ている」には思わず泣けたよなぁ。この手のコピーとしては抜群の出来である。町山智浩の『<映画の見方>がわかる本』は対象となっている作品のほとんど全てが七〇年代の名作であり、こちらとしては上映時に封切館でリアルタイムで観ているものばかりなのでとっつきやすい。野口文雄『手塚治虫の奇妙な資料』は手塚マンガの雑誌初出と単行本化に際しての改作部分を比較考察した労作。労作ではあるが、ところどころの文体がいかにも古めかしいのには辟易する。その手塚キャラのパロディに挑戦したのが田中圭一の『神罰』。今までにありそうで無かった手塚マンガキャラを使ったパロディ集なのだが、アトムやヒゲオヤジ、ヒョウタンツギなどの著名キャラではなく、どこかで見たような名もない手塚キャラを担ぎ出してきた着眼点と洒落っ気は評価できるのだが、中身は今ひとつピンとこない。作者は『ドクター秩父山』の人らしいがあれにもピンと来なかったので、良い悪いは別としてどうやら俺とは面白いと感じるポイントが少々異なるようだ。鹿砦社の「スキャンダル大戦争(2)」を買った理由は、俺が高校生当時に「二大読みたくてもどうやっても読めなかった作品」であった大江健三郎の『セヴンティーン第二部 政治少年死す』と深沢七郎の『風流夢譚』が一挙に掲載されていたからである。

▼ロードショー初日に「オースチン・パワーズ ゴールドメンバー」を観る。
 観客は結構笑っていたが、ホントにどれだけ(この映画のギャグのポイントが)分かっていたのか。オースチン・パワーズ三部作を順番に観た感じでいえば、やっぱり出色だったのは第一作目。回を重ねるごとに(日本人には)面白くなくなってきたよなぁ。さすがにケビン・スペイシーには驚いたが(笑)。


[266] ホラー小説における「リアリティ」とは? 2002-08-22 (Thu)

【8月22日(木)】
▼珍しく錦で接待。名古屋の錦とは、東京で言えば銀座、大阪で言えば梅田のような、夜ともなればネオンの青い灯赤い灯が点るクラブ街である。
 終電前に無事に接待も終えたので地下鉄で帰ることとする。駅のプラットフォームで電車の到着を待ちながら本を拾い読みしていると、こういう局面で会っては一番いけない人に出会ってしまう。誰あろう丸善の店長である。咄嗟に手にした紙袋を背中に隠すが、店長に目敏く見られてしまう。「ふっふふふ、見ましたよぉ」
 間の悪いことに、その時俺が手にしていた紙袋は丸善栄店の真向かいに位置する栄ブックセラーズのそれであったのだ。接待場所に向かう前に少しだけ時間の余裕があったので、ちょっと立ち寄ってみたのである。少しも悪気はないのである。何故その時、丸善には行かずライヴァル店の栄ブックセラーズに入ったのかといえば、信号を渡る時間が惜しかったのである。ちなみにその時に買っていたのは、水野雅士『手塚治虫とコナン・ドイル』(青弓社)と小林泰三『海を見る人』(早川SFシリーズJコレクション)の2冊だ。『手塚治虫とコナン・ドイル』は、時代もジャンルも異なる洋の東西の二人の巨匠の共通点を探るというかなり強引な本。ま、二人とも嫌いじゃないんでいいんだけどね。

よしだ まさしの掲示板に「加門七海の『怪談徒然草』は面白かったよぉ」と書き込んだら、よしだ まさし本人から日記と掲示板の双方で反論(?)レスがついた。別にこちらから読んでみてくれと頼んだわけでもないのだが、どうやら俺の巧みな誘いに易々と乗って読んでしまったらしい。こういうことがあるからこそ、俺は人に薦められた本なんかそうは簡単に読まないんだよ(笑)。しかし、俺ほど世の中を達観できていないよしだ まさしはついつい読んでしまい、その鬱憤を理不尽にもこの俺にぶつけてきているようである。
 言われっぱなしでは悔しいので、よしだ まさしの掲示板に死体写真でも貼り付けてやろうかとも思ったがその知識も技術もないので、この場でよしだ まさしへの反論も兼ねて自分の考えを述べておくことにする。どうせちょうど日記のネタも無いことだし(笑)。
 その前に、よしだ まさしがその日記で述べた論点を下記に黄文字で引用しておこう。

 うーん、王様はこういうのが怖いわけ? なんだかさあ、ここまでいっちゃうと怖いというより、リアリティがなくってねえ。「三角屋敷をめぐる話」も、いくらなんでもここまで派手な話になってしまうと、とても本当のことと思えないんだよなあ。だってさあ、友人が住んだ家が意図的に呪われるように作られた建物で、霊能力者の知人に相談すると、その建物で何者かが呪術的な何かを育てているっていうんだよ。しかも、そのことを知って以来、その何者かの霊的な脅迫が繰り返されるようになったっていうんだもの。それが本当のことかどうかは知らないけれど、でも、それって世間一般の基準からすると「リアリティがない」ってことにならない? 少なくとも僕には受け入れがたい。本当のこととは思えない。
 読んで怖いのは、もう少し「いかにもありそうな話」なんだよな。ほんのささいな出来事の方が怖いんですよ。

 ここで気になるのは「リアリティ」という言葉だ。
 キングの『呪われた町』を初めて読んだ日以来、ジャンルとしてはモダンホラーがもっとも面白いと思い続けているこの俺なのだが、ホラーそれ自体に求めるものは単に「怖い」ではなくて「おもしろ怖い」なのである。それが証拠に、怪奇小説の傑作を集めた創元推理文庫の『怪奇小説傑作選』あたりを読んでも、俺にはちっとも面白くない。このあたりが純正ホラー小説ファンとはまるで異なるスタンスなのだろうが、単に退屈なだけなのである。それよりはキングやクーンツやマキャモンの方が比較にならないほど面白い。「小説」と『怪談徒然草』のような「怪奇実話」の違いはあっても、それは同様。
 自分にとってその「面白さ」が奈辺にあるのかと考えてみると、それは「怪奇」の「怪」の部分じゃなくて、むしろ「奇」の部分にあるような気がする。
 もともとホラー小説(怪奇実話も含む)を面白がるためには、その「怪奇」の部分を支える妖しげなる題材−−たとえば幽霊や妖怪、吸血鬼や怪物、呪いや超能力など−−を全て「あるもの」としてまず受け入れるのが最低限の前提である。これは、SFを読む際に「宇宙人なんているわけないよなぁ」と思いながら読めば面白いはずがないのと同じことだ。
 では、そういったモロモロの超自然的な題材に「リアリティ」があるのかといえば、それはもちろん無い。「いや、俺は幽霊を何度も見たこともあるから、その実在は疑ったこともないよ」という人も確かにいようが、じゃ、それが空飛ぶ円盤ならば? 天狗では? 逃げても逃げても追いかけてくる遺伝子操作で作られた怪物なら? それとも身長80メートル体重2万トンのトカゲの怪獣だったらどうする? 「リアリティ」の点からいえば、どうせどこかで「現実」と「非現実」の線引きを個人的な感性に従ってせざるを得ないのだ。つーか、(常識で考えれば)どっちにせよそんなもんは実在しないのである。しかし、実在しないにもかかわらず(あるいは実在しないからこそ)、少なくともその小説に接している間はそのようなモロモロが実在することを前提として人は物語を楽しんでいるのである。よしだ まさしの言葉をそのまま借りれば、「世間一般の基準からすると『リアリティがない』ってことにならない?」は、それが仮に幽霊であろうがタイムマシンだろうがホグワーツ魔法学校で学ぶ眼鏡を掛けた魔法使いの少年だろうが、はたまた現代の東京を舞台にした陰陽師対風水師の闇の戦いであろうが、(少なくとも「世間一般の基準」でいえば)同様にリアリティなぞ無いわけだ。話の前提を否定したとたん、それを楽しめなくなることは必定である。
 もちろん、よしだ まさしの言う「リアリティ」とは、ホラー小説(或いは実話)の題材やテーマそれ自体のリアリティを指しているのではなく、おそらくは「題材を『物語』として成り立たせ読者を納得させるに足る最低限のリアリティ」を指しているのであろう。それはたとえば、推理小説でいえば「密室殺人の必然性」であるとか「作中で描かれる警察機構の正確さ」というような(いかにも佐野洋あたりの好みそうな)議論によく似ている。「名探偵がそんなに都合良く連続殺人の現場に居合わせてたまるもんかい!」というような例のアレである。あるいは「名探偵なんて商売がホントにこの日本で成り立つんかいっ!」みたいな。もちろんそれが読者を充分に納得させるほどにうまく書き込まれていることに超したことはないのだが、まぁそんな些細なことは気にしなくても、ミステリーはミステリーとして充分に楽しめるのだ。
 スティーヴン・キングの小説の特徴の一つに、ホラーを支える題材の周辺によく知られた実在の商品名やTV番組、あるいは嘘っぽくない心理描写や情景描写を重層的に積み重ねることによって、作品に「リアリティ」を付与する手法を多用するのはよく知られているところである。キング以降のモダンホラー作家でこの影響を受けなかった者はおそらく一人としていないと言ってもいいだろう。しかし、これはあくまでもキング一人の作風であって、それだけの書き込み量が必ずしもホラー小説としての出来不出来には比例しない。おっと、今日の俺の日記は何だか大学の文学部の卒論みたいになってるなぁ(笑)?
 ともあれ、小説としての体をなしていないようなものは別として、ホラーやSF(あるいはミステリ)にホントにリアリティは必要か?が今日の俺の日記のテーマ。俺自身は「無くったっていいじゃん」の立場である。つーか、俺が好む小説の大半は、真面目な人が読んだら「そんなん、あるわけないじゃ〜ん」の一言で済ませられるようなものが多いもんな。

 それと、よしだ まさしは『怪談徒然草』を読むにあたって、「怪奇実話」の「実話」の部分にこだわり過ぎていたのかもしれんな。これがもしも夢枕獏の書いた伝奇ホラー小説として読んだとしたら、リアリティうんぬんなんて言葉は少なくとも出てこなかったのではないか?
「いかにもありそうな話が怖いんだよ」とよしだ まさしは言うが、こと怪奇実話に関しては俺はまったく逆の立場。
『新耳袋』以降、『あやかし通信』『文藝百物語』『怖い本』『百物語 実録怪談集』から直近の『怪を訊く日々』に至るまでのニューウエーブ的怪奇譚を好んで読んできたが、怪奇実話としてホントに怖いのは「わけの分からない話」の方なんだよな。「なんでそこで幽霊がいきなり逆立ちしながら出てくるんだよぉ?! わけ分かんねぇよぉ!」みたいなやつ。因縁やら由来やらの「理にかなう」部分が透けて見える話は、たいして怖くない。これがもしも「小説」として読むと、たぶんこういったブっトンだ類いのものは物語として破綻し過ぎていて×なんだろうが、怪奇実話では人の想像力の限界から二・三歩踏み外してしまっている部分にこそかえって「リアリティ」があるように感じて怖いのである。そういう意味で怪奇実話の傑作を挙げるとすれば、『新耳袋』ならばやはり「丘の牧場」の話。これまた実にわけが分からない怖さがある話である。今回の「三角屋敷」にしても、何の目的でそんな建物を造ったのかという「動機」部分がさっぱり分からない点が俺としては一番怖かったのだが。

▼買った本は相変わらず少ない。
 新刊は、スティーブ・オリヴァー『探偵はいつも憂鬱』(早川HM文庫)、加門七海『うわさの神仏 其の二』(集英社文庫)、ラーメンズ『ラーメンズつくるひと 凸』(太田出版)、北野勇作『イカ星人』(徳間デュアル文庫)の4冊。本屋で本を物色してたら、俺の横でいかにも頭の悪そうなカップルが本を指さして、「おいおい、見ろよぉ。『イカ星人』だってさぁ。ぷっ」と笑っていたが、そういう意味ではインパクトがあるタイトルだよなぁ。北野勇作には初めて接するのだが、ちょっと読み始めて思ったんだが、これってまさに「独り言SF」だよな。
 古本は、B・S・バリンジャー『歯と爪』(創元推理文庫、1977)、アール・ハムナー二世『スペンサーの山』(角川文庫、S43)、高木彬光『青銅の顔の女』(桃源社、S53)、オリヴァー・クロフォード『処刑ゲーム』(ごま書房、S53)、山田風太郎『御用侠』(小学館文庫、2000、300円)、マイケル・バー=ゾウハー『影の兄弟(上・下)』(早川書房、1995、各100円)、コンスタンティン・フィップス『シャークに気をつけろ!』(早川NV文庫、S62、50円)、高木彬光『振袖剣光録』(春陽文庫、S58、220円)のみ。
 『歯と爪』以降の4冊は、例の古本物々交換の「コレ・コーレ」で。4冊で500円也だ。今更のようにして『歯と爪』を買った理由は、結末袋とじが未開封本だったからである。それにしてもさすがにこの店もそろそろ荒らし尽くしたかなぁ(笑)。山田風太郎の『御用侠』は文庫化された時に当然買っているはずなのだが、確信が無いための保険買い。『影の兄弟』もおそらく新刊で買っているはずなのだが、何となく自信がない。コンスタンティン・フィップスの『シャークに気をつけろ!』は裏表紙の内容紹介を読むとユーモアスパイ小説らしいので買ってはみたが、これだって持っているかもしんないもんな
 春陽の『振袖剣光録』を見つけて、「おっ、これで残るはあと18冊かぁ」と喜んだのもつかの間、家に帰って調べてみたらダブリ本だったぁ。バカバカバカ。いったい何のために、先日、探求本リストを作ったんだよぉ(;_;)?


[265] 47−31=? 2002-08-16 (Fri)

【8月16日(金)】
▼世間はお盆期間中だというのに、勤勉な俺は会社。
 とはいえ会社にいても仕事がらみの電話一本すら掛かってこないので、かねてより懸案事項だった春陽文庫の高木彬光の時代伝奇ものの探求本リスト作成に精を出す。
 調べてみたところ、春陽文庫に収められた全四十七冊中、この六月に「春陽文庫の高木彬光の時代伝奇を全て蒐めるぞぉ」と決意して以来、二ヶ月半で買った冊数が全部で三十一冊。それじゃ残りは十六冊かといえば、世の中そんなに単純な計算ではいかなくて、買い集めてきた三十一冊中、ダブリ買いしていたのが四冊、それと「月の巻(上・下)」「影の巻(上・下)」の四冊が出ている『隠密月影帖』のうち自分の持っている一冊がいったいどれだか分からないというアクシデントに見舞われたせいで、結局、全冊制覇まで残りは二十一冊である。まだまだ道は遠くて険しい。

▼お盆休み期間中ということで、新刊書店に新刊の入荷はなく古本屋も休みをとっている店も多い。そんな時にこそ頼りになるのがインターネットだ。街の新刊書店ではなかなか見かけない新刊を買うことができるのもネットの大きな利点の一つ。吉野仁さんのサイトで知って以来探していた田口俊樹『ミステリ翻訳入門』(アルク)もそのようにして買った一冊なのだが、そうやって探しているついでに今までその存在をまったく知らなかったような本に出会うこともある。で、その『ミステリ翻訳入門』と一緒にネット経由で手元に届いた本が七井武彦『クリスティにチャレンジ!』(文芸社)。今年の六月頃に出た本らしいのだが、クリスティの全長編一編一編に対して「あらすじ」「読みどころ」「動機」に「アリバイ」「凶器」と「推理のヒント」に至るまで事細かに教えてくれるという実に親切な本である。どうせここまで書くんならいっそのこと誰が犯人なのかも教えてくれればいいのに・・・と思ったら、それぞれの章の終わりにちゃんと犯人の名前を自分で書きこむスペースだけ空けてあるのも何とも心憎い気配りだと思いました。いや、冗談抜きで。
 しかし、世の中にはまだまだ知らない本がこっそりと世に出ているもんだよなぁ。皆さんはDBジャパンという出版社から『翻訳ミステリー小説登場人物索引 (上) 』『日本のミステリー小説登場人物索引 アンソロジー篇 』という二冊の本が上梓されていることをご存じでしたか? 価格はそれぞれ28,000円20,000円だ。欲しいなぁ。この2冊さえ手元にあればすっげぇ知ったかぶりが出来そうだもんなぁ。俺は、もしもサマージャンボ宝くじの一等が当たっていたら買うことにしようっと。

▼ということで買った本は少ない。新刊では。
 ロバート・クレイス『破壊天使(上・下)』(講談社文庫)
 浜田文人『雀ボーイ』(文藝春秋社)
 いしいひさいち『となりの山田くん(3)』(創元文庫)
 「創元推理21 2002夏号」(東京創元社)
 「本の雑誌9月号」(本の雑誌社)

 くらいのもの。『雀ボーイ』は若き日の小島武夫の無頼ぶりを描いた小説。女にだらしなくギャンブルに狂い、人に自慢できるものといえば己の麻雀の強さのみであった若き日の小島武夫は決して友達にはしたくないタイプなのだが、しかしそれでもなお魅力的である。この手の小説にしては、闘牌シーンがあっけないほどに少ない。

▼古本もこんなもんだ。
 押川春浪『海底軍艦(全)』(桃源社、S51)
 E・ラスキン『アンクル・サムの遺産』(あかね書房、1981)
 J・ハウスホールド『影の監視者』(筑摩書房世界ロマン文庫14、S53新装版)
 ヴァン・ヴォクト『時間と空間のかなたに』(創元SF文庫、1970)
 H・G・ウェルズ『透明人間』(角川文庫、S42)
 砂川しげひさ『テンプラ・ギャング』(奇想天外文庫、S51)
 日野康一『小説 酔拳』(秋田書店、100円)
 陳舜臣『凍った波紋』(毎日新聞社、S45、200円)
 児玉数夫『西部劇紳士録』(明治書院、S50、2,000円)
 高木彬光『雪姫絵図(上・下)』(春陽文庫、S61、各200円)
 手塚治虫『ロストワールド 私家版(1)(2)』(講談社手塚治虫漫画全集360・361、1994、各300円)

 『海底軍艦』以下の6冊は例の「古本交換」の古本屋で拾う。値段は6冊合わせて1,300円くらいのもんだったかなぁ。桃源社版の『海底軍艦』は残念ながらカバ欠。E・ラスキンの『アンクル・サムの遺産』は、アメリカで出版された児童書中、もっとも優れた作品に対して贈られるニューベリー賞の1971年度の受賞作ということなのだが、あとがきだけ読むと何だか堂々とした本格ミステリのようである。J・ハウスホールドの『影の監視者』は、近々、創元文庫で『追われる男』が改訳復刊されることに対する恨み買い
 児玉数夫の『西部劇紳士録』は実在・架空のウエスタン登場人物兼俳優録。主にB・C級ウエスタンの出演俳優の名前を知りたい人向きの本であるが、今のご時世ではそんな奴はなかなかいないよなぁ。春陽の高木彬光はこれで残り十九冊。手塚治虫の『ロストワールド私家版』は、手塚治虫中学生時代の習作。こういうモノを本にした講談社もエラいが、戦中戦後の混乱期を経て中学時代の習作をちゃんと保管していた手塚治虫も実にエラいもんである。

▼ビデオでウディ・アレン主演作を2本。「ヴァージン・ハンド」「おいしい生活」である。どちらもウディ・アレンの従来の役どころ−−インテリの都会人−−とはちょっと異なり、「ヴァージン・ハンド」ではテキサスの肉屋、「おいしい生活」では泥棒と無教養な人物を演じているところが珍しい。どちらが良かったかといえば、自身監督した「おいしい生活」の方だが、往年の輝きはないな。
 それにしても最近、ウディ・アレンはどうかしちゃったのか? この一つ前に観たウディ・アレンの出演映画は「CIAの男」というとんでもない駄目映画だったし、あれだけ毛嫌いしていたアカデミー賞授賞式にも今年は顔を出したって噂ではないか。金に困っているのかなぁ?


[264] 夏の定例古書市&その他に買った本 2002-08-09 (Fri)

【8月9日(金)】
▼昼休み、会社を抜け出して開催初日の定例古書市に。
 相変わらず買いたい本とてたいして見あたらないが、それでも佐野洋『一本の鉛』(東都書房、S34、300円)、山田風太郎『甲賀忍法帖』(光文社、S34、2,000円)、梁取三義『がま太郎行状記』(東京信友社、S35、300円)、ジョン・ラング『毒蛇商人』(早川ノヴェルス、S46、300円)、秋田実『大阪笑話史』(編集工房ノア、1984、500円)、桜川忠七『たいこ持ち 幇間五十年の一代記』(かのう書店、1990、750円)の六冊を購入。いや、何やかやと文句言いながらも買ってますが。
 風太郎の『甲賀忍法帖』元版初版で2,000円という値段は果たして高いのか安いのか。でも、風太郎忍法帖の輝かしき第一作ということだけでも持っていたいよなぁ。『淫神邪教事件』で知られる梁取三義の『がま太郎行状記』は、大蝦蟇を操る忍者自来也が繰り広げる奇々怪々な忍術絵巻・・・というような話では全然なく、単にガマに似ているので付いたあだ名が「がま太郎」というマセた少年が主人公の艶笑譚。こんな本、何で買うかね。この日はダブリの『毒蛇商人』も買ったので、これで後は都筑道夫の「なめくじ長屋」か志ん生の「なめくじ艦隊」でも買えば三すくみ状態になるとこだったな。

▼他に買ってた古本は、ピエール・ボワロー/トーマ・ナルスジャック『大密室』(晶文社、1988、800円)、国枝史郎『剣侠受難・生死卍巴』(番町書房カラー版日本伝奇名作全集、S45、1,000円)の二冊だけ。老父がギックリ腰で入院したりするもんだから、このところは古本屋にもなかなか立ち寄れない状態だ。番町書房のカラー版日本伝奇名作全集は漫画専門の某古本屋が小島剛夕の描く口絵目当てに熱心に探していると聞き、ついつい購入。『大密室』は、買いたい本もないので自棄糞ダブリ買い。

▼その代わりと言っては何だが、新刊を買いまくる日々。
 エドガー・パングボーン『デイヴィー 荒野の旅』(扶桑社)、テレル・ランクフォード『惨殺の月夜』(扶桑社文庫)、マキシム・ジャグボヴスキー『キスしたいのはおまえだけ』(扶桑社文庫)、ケント・ブレイスウェイト『ワンダーランドで人が死ぬ』(扶桑社文庫)、マックス・アラン・コリンズ『ウィンドトーカーズ』(新潮文庫)、加門七海『怪談徒然草』(メディア・ファクトリー)、福澤徹三『怪を訊く日々』(メディア・ファクトリー)、平谷美樹『百物語 実録怪談集』(ハルキホラー文庫)、加門七海『うわさの神仏』(集英社文庫)、東雅夫『ホラー小説時評1990-2001』(双葉社)、日下三蔵編『島久平名作選 5−1=4』(河出文庫本格ミステリコレクション5)、同『鮎川哲也名作選 冷凍人間』(同4)、高野和明『グレイヴディッガー』(講談社)戸梶圭太『トカジノフ』(角川書店)、霞流一『首断ち六地蔵』(カッパノベルス)、爆笑問題『爆笑問題の日本史原論グレート』(幻冬舎)、マルティン・アノンスハウザー『病んだハイエナの胃のなかで』(水声社)、スティーブ・キャネル『マフィアをはめろ!』(小学館)、「SF-Japan vol.5」(徳間書店)。

 エドガー・パングボーンとはまたえらく懐かしいところを引っ張り出してきたもんだよなぁ。海外ミステリについては古典が翻訳される機会もかなり増えてきた昨今なのだが、こと海外SFに関しては多少なりとも古い作品が紹介されることはほとんど無い。しかし本当にSFがSFらしかった1950年代から70年代にかけて書かれた未訳の傑作も(たぶん)まだまだ山のようにあると思われる。各社ともにこの手の未訳SFの発掘にはもっともっと力を入れてもらいたいものだ。
 今月の扶桑社文庫のラインナップは全てアタリではないだろうか。裏表紙の内容紹介だけでも実に面白そうな作品が並ぶ。個人的にはノワール+ホラー風味の『惨殺の月夜』に期待だな。
 ホラーでは「怪談双書」と銘打たれて発刊された加門七海の『怪談徒然草』と福澤徹三の『怪を訊く日々』の二作の怪奇実話集がともに暑気払いになかなかに良ござんした。どちらがより怖いかと言えば、筆者の聞き書きによる『怪を訊く日々』に対して四日にわたって自らの体験した怪奇譚を語り尽くす趣向の『怪談徒然草』の方が格段に怖い。やっぱり「怪談」というものは「談」の世界に属するものなんだよなぁ・・・とつくづく思う。本書の編集者とホラー評論家の東雅夫を相手に加門七海はいやもう語る語る。あまりの怖さに相手が座り小便して馬鹿になってもまだ語る。終いにはあまりの怖さに近くの土蔵に命からがら逃げ込んだ二人に向かって土蔵の天窓から中の二人に向かって怪談を語り込んだというからもの凄いやね。いや、落語「寝床」の大家じゃないんだからそんなことはしないが。特に最後にまとめられた「恐怖の三角屋敷」の話はちょっとものすごい。これは怪奇実話の古典となる話だと思うな。加門七海の本は今回初めて読んだのだが、本書を読み終えたその足であわてて同著者の『神仏のうわさ』も買ってきてしまいましたよ。平谷美樹の『百物語 実録怪談集』も同じく「体験派」の一冊。
 『怪談徒然草』で聴き役となっていた東雅夫が「SFマガジン」誌上で続けているホラー小説時評をまとめた『ホラー小説時評1990-2001』も出た。スティーブン・キングの『呪われた村』が日本で翻訳されて以来、「今、もっとも面白い小説ジャンルはホラーだ」と言い続けている俺なのだが、ここ十年でこれほどまでにたくさんのホラー小説が出ているとは。出版社の記載が無いなどの不親切な部分を除くと、恰好のホラー小説読書案内となっている。
 日下三蔵の編による河出文庫の「本格ミステリコレクション」も順調に巻を重ねて、いよいよ島久平の登場である。しかしまぁよくも出したよなぁ、島久平を(笑)。これでまた、久保書店から出たワケの分からんお色気ミステリにまで大枚はたくような輩が出てくるんだろうなぁ、きっと。やでやで(溜息)。ところで、河出文庫の「本格ミステリコレクション」にしてもちくま文庫の「怪奇探偵小説名作選」にしても、そろそろ自分が何を持っていて何を持っていないのか把握できなくなりつつあるんだけど・・・。そんな奴って俺だけ? おかげでたぶん持っているはずの『鮎川哲也名作選』をダブリ買いしてしまいましたがな(;_;)m。
 乱歩賞受賞作の『13階段』は持ってすらいないってのに、「週刊現代」の今野敏の書評に背中を押されてついつい買った高野和明の『グレイヴディッガー』。何となく「日本のトマス・ハリス」か「日本のジェフリー・ディーヴァー」っぽい感じがするのだがどうか? いや、あくまでも本を手にした感触だけで言ってるんですけどね。
 戸梶圭太も霞流一も今までほとんどの本を買ってるってのに、まだ一冊も読んでない俺。でも、そういう作家は多いから別に気Vョー」の10万円コースでゲーム開始早々に開口一番、「じゃあ、まずオリエンタルカレー五個下さいっ!」と言うみたいな買い方じゃないのか(-_-;)?
 それでもなお、あくまでも自分の欲望と本能の赴くままに六千数百円分の古本を求めて店内を駆け回る大矢博子(おい、足の痛みはどうした(-_-;)?)は放っておいて、のんびりと自分の欲しい本を探す俺。昨夜は女性店員たちに目を奪われてまともに本を見なかった俺なのだが、今日は大矢博子という中和剤を先に目にしているせいか、心静かに本をチェックできる。すると、いきなりロス・トーマス『強盗心理学』(立風書房、1976)を発見。立風から出たロス・トーマスの中では一番見つけやすいブツだとはいえ、腐っても立風のロス・トーマスである。もちろん即ゲット。
 しかしそれ以降はなかなか欲しい本とて無い。やむを得ず、こんな時でもないとなかなか揃える気にならない角川文庫のマイ・シューヴァル&ペール・ヴァールーのマルティン・ベックシリーズのうち、間違いなく持っている『笑う警官』と『バルコニーの男』の2冊を除外した残りを全て浚えることにする。『消えた消防車』(S48)『ロゼアンナ』(S50)『蒸発した男』(S52)『サボイ・ホテルの殺人』(S57)『唾棄すべき男』(S57)『警官殺し』(S58)『密室』(S58)『テロリスト』(S58)だ。
 もう一冊、飯干晃一『仁義なき戦い・死闘編』(角川文庫、S55)も加えてレジに差し出すと、「お買いあげの場合には選んだ本の定価が全部で****円ですので普段なら定価の三割のお値段なんですけど、今日は特別キャンペーン中なので二割でよろしいです。で、そこから端数を四捨五入して、本日は新規会員登録をして戴きましたので更にルート3を掛けて、出た答えをxの四乗で因数分解して・・・」というような複雑怪奇な計算の末、計算機からパッと顔を上げて「全部で千円です!」 。いやぁ、実にうまい買い方をするもんだな、この俺も。
 その後、洋書コーナーに移動して、読めもしないぺーパーバックの棚の前で、その場にいた女性店員に「ははぁ、このお方ってすっごいインテリなんだわ、きっと」と思わせるのに充分な時間をじっくりと費やした上でもう一度大矢博子の元に戻ると、大矢博子はすでに半狂乱の状態である。
「どうした? まだ選べないのか?」と尋ねると、目を真っ赤に血走らせた大矢博子は「どっ、どうしてもあと68円分の本が見つからないのよっ! ぜぇぜぇぜぇ」との返事。
 ・・・あるかいっ、そんな本(-_-;)!

▼それでもなおも68円にたっぷりと未練を残す大矢博子を無理矢理引きずりレジへと向かわせる。
 と、昨日お会いしたこの店の専務が目敏く俺を見つけて「あ、またお来し戴いたんですね」と瞳を輝かせる。「どうです? 今日もコーヒーでも一杯・・・?」
 さすがに連日にわたってご馳走になるわけにもいかず遠慮しようとした矢先、「あぁ、暑いわねぇ。暑い暑い。この店ってクーラーの効きが良くないんじゃないの?」とこれみよがしに口にする大矢博子。「あっ、お連れの方ですか? ほらほら、アイスコーヒーを二つ、急いで出前してもらって」と横にいた女性店員に申しつける専務。すみませんねぇ、余分な出費をおかけしてしまって。
 ちなみにこれに味を占めた大矢博子はこの翌日もコーヒーをタダ飲みしようと企んで、共犯の黒田研二と二人でこの店に訪れたそうなのだが、その時には二人の風体を怪しんだ店員が警察に素早く通報したおかげで、幸い未遂に終わったらしい。やはり黒田研二と俺では、自然に醸し出される人間の風格が違うということか。
コーヒーをご馳走になりその場を離れようとする俺たちに、女店員が「いいですわねぇ、お二人揃って本がご趣味で」などいうトンデモ発言をかます。その言葉を聞き貧血状態になった俺を尻目に、ポッと顔を赤らめる大矢博子。赤らめるんじゃないわい(-_-;)! その瞬間、喜びのあまり粉瘤の一つや二つは爆発させていたに違いない。俺に「良かったわぁ、これが一日ずれてたらくろけんと夫婦だと間違えられてたかもしれないし」と言う。くろけんはともあれ、この俺の立場は・・・(;_;)?

▼その後、二階の売り場へと移動して、手塚治虫『新宝島』(講談社手塚治虫漫画全集281、1984)、同『手塚治虫シナリオ集』(同別巻4、1996)、同『手塚治虫エッセイ集』(同別巻5、1996)の三冊を購入。全部百円。

▼暑さに負けて家路を急ぐ途中、「今日はダブルスタンプデー〜♪」という大矢博子の指示で、いつものドラッグストアへ。俺と大矢博子が会う日は何でいつも「ダブルスタンプデー」なんだよ、この店は(-_-;)?

▼さて、昨夜の日記では書くのを忘れていた最近買った古本。
 仁木悦子『夏の終わる日』(毎日新聞社、S50、200円)
 仁木悦子『聖い夜の中で』(立風書房、1987、650円)
 手塚治虫『手塚治虫小説集』(講談社手塚治虫漫画全集384、1984、400円)
 手塚治虫『火の鳥 少女クラブ版』(同200、1980、200円)
 高木彬光『御用盗変化』(春陽文庫、S58、270円)
 高木彬光『妖説地獄谷(上・下)』(春陽文庫、S58、2冊で480円)
 高木彬光『怪傑修羅王』(春陽文庫、S59、280円)
 高木彬光『まぼろし姫』(春陽文庫、S60、280円)
 高木彬光『江戸の夜叉王』(春陽文庫、S60、100円)
 木原浩勝+中山市朗『怖い日曜日 赤の使者編』(メディアファクトリー、2000、250円)
 林家彦六『噺家の手帖』(一声社、1982、1,000円)
 バロン吉元『映画悪党伝』(双葉社、S55、500円)
 『世界SF全集24 ゴール、グルモワ、ストルガツキー兄弟』(早川書房、1970、600円)

 仁木悦子にしても手塚全集にしても春陽文庫の高木彬光にしても一軒の店でまとめて買ったわけではなく、時を同じくしてそれぞれ異なる別の古本屋で見つけてしまうんだから古本買いというものも実に不思議なものだ。春陽の高木彬光はそろそろきちんと探索本リストを作った方がいいかもしんない。もう既に何冊かダブってしまっているおそれもあるもんな。『怖い日曜日 赤の使者編』は2年ほど前の日曜昼にTVで放映されていたジャニーズJr主演の『新耳袋』のドラマ化に合わせて再編集された傑作選らしい。「赤の使者編」というからには、これ以外にももう一冊くらいあるんだろうなぁ、きっと。


[261] 古本の交換屋さん(前) 2002-07-27 (Sut)

【7月27日(土)】
▼珍しく休日出勤したその足で定例古書市を覗いてみるが、買いたい本は皆無。今回の古書市には創元推理文庫の古いところが出品されるとの情報を事前に得てはいたのだが、どうやらめぼしいところは初日に抜かれてしまっているようだ。もっとも創元でホントに欲しいところはあと一冊だけなんだけどね。結局、古書市に来た記念にミッシェル・ルブラン『殺人四重奏』(創元推理文庫、1961、200円)一冊だけを買うことにする。もちろんダブリ。修学旅行先で旅の記念にワケの分からないペナントを買う中学生のようなもんですわな。
 これだけじゃ納得いかねぇ!!・・・と、それから先は古本屋廻りに切り替える。
 二〜三軒回ったところで、欲しくもない大矢博子探索依頼本が俺の高感度古本探索アンテナに引っかかってくる。都筑道夫『都筑道夫ひとり雑誌第2号』『同 第3号』『同 増刊号』(角川文庫、S58)の三冊である。これで俺の手元に溜まった大矢博子探索依頼本は合計5冊となった。交差点の曲がり角で出会い頭に大矢博子を轢いた時にでもすぐに渡せるように、常に愛車のダッシュボードの中に入れてあるのだがはっきり言えば邪魔で仕方がない。この店ではとりあえず、自分用としてリチャード・ドイル『ロンドン大洪水』(サンリオ、1982、1,000円)、ナターリヤ・ソコローワ『怪獣17P』(大光社ソビエトSF選集1、1967、1,500円)、松村喜雄『ふたりの乱歩』(コスミックインターナショナル、1994、400円)の三冊を購入。この中で嬉しいのはやはりリチャード・ドイルの『ロンドン大洪水』。この『ロンドン大洪水』の作者のリチャード・ドイルってコナン・ドイルの孫だと知ってる人ってのは世の中に果たして何人いるのかなぁ? 少なくとも俺とこの本を売った古本屋の主人の二人は知ってたけどなぁ。大光社ソビエトSF選集の『怪獣17P』があんまり嬉しくないのは、この本がカバー装丁本じゃないことと、おそらくはダブリ本だという二つの事実から来ている。

▼この店で、星ヶ丘にちょっと変わった古本屋がオープンしたことを耳にする。店主の説明では何がどう変わっているのかはよく判らないのだが、とりあえず場所の見当だけ付けてその店へと向かってみることにする。
 着いたところは星ヶ丘の一等地。交差点近くのビルにその店はあった。店はそのビルの一階、二階、四階の3フロア。一階には和書と洋書、二階には漫画と趣味本、四階は稀覯本とアンティーク家具という店の構成である。
 う〜む、古本屋としては確かに変わっている。いや、何が変わっていると言うと・・・、女性店員がみんな可愛いのだ! 俺も古本屋通いは結構長いが、古本屋といえばほとんどが爺いの巣窟。最近でこそBOOK-OFF系の店も増え、店で働くアルバイトの女性店員も多くなってきたが、その手の店の女の子も元気だけは良いのだが、可愛いというタイプの女の子にはなかなかお目に掛からなかったのだが、この店には鄙にもマレな品の良さそうなお嬢さんタイプの女性店員たちが・・・。
 
 ・・・いや、そういうことではなくって。

 この店の何がどう変わっているのかと言えば、「本の交換」を主体とした古本屋である点だ。ちょうどその場にいたその店の専務という男性に詳しく話を伺う。その専務という方も古本屋の主人というよりもイタリアンレストランのオーナーといった雰囲気である。
 要は、家にある要らない本をこの店に持って行きさえすれば、その本の定価の一割がポイントとなり、そのポイントに応じて店に置いてある古本と交換できるというシステム。もともと某大学の米国人教授のペーパーバック蔵書をベースとして、読みたい人の手元に安く良い本を供給するためにこのような店をオープンしたということである。
 横で二人の会話を聞いていた可愛い女性店員が俺にニコリと微笑みかけながら、「それでお客さま、今日はご不要な本はご持参されてこられましたか?」と尋ねる。もちろん、持って来ているはずもない。今、この瞬間、俺の手元にある要らない本と言えば、大矢博子に渡す予定の5冊の文庫があるだけだ。一瞬、頭の中で大矢博子とこの店の可憐な女子店員を秤に掛けるが、秤に掛ければ当然体重差で大矢博子の方に秤が傾くのが物理の法則である。仕方なく、「今日は一冊も持ってきていません」と小声で呟く。
 専務によれば、慈善事業でもボランティアでもなく、あくまでもビジネスとして始めた「商売」とのことなのだが、従来の古本業界の感覚から言えばとても成立するはずもないシステムである。だって、店にあるほとんどの本の値段が定価の2〜3割の売値なんだぜ。しかも初めて店に来た俺のような客に、わざわざ隣の喫茶店に注文してくれた出前のアイスコーヒーまで出してくれるんだぜ。俺ぁ今まで数多くの古本屋に足を踏み入れて来たんだが、その店でお茶やコーヒーをご馳走になったことはあったにしても、わざわざ余所から出前のコーヒーを取ってまで接待してもらったのは生まれて初めての経験。いくらその店の何人かの女店員が俺に一目惚れしたからとはいえ、たかが一介の客にそこまでのサービスを施しても良いのだろうか?
 それに、世の中にいるのは「善意の客」ばかりではない。誰とは言わんが、珍しい本を少しでも安く買おうと鵜の目鷹の目で古本屋を回っているハイエナのような古本マニアも世の中には存在しているのである。そんな連中にしてみればこのような店は絶好の狩り場。なにせこの店にいる誰もが古本に関する知識はほとんど皆無のようなのである。店の女の子に「古本の中には定価よりも高く売れる本だってあるんですよ」と教えてあげると、「へぇ、そうなんですかぁ?」と目を丸くして驚いているくらいなんである。俺の目には、この店の人たちが黒澤明の「七人の侍」の中で野武士の集団に襲われる村人たちのように映ったとしても仕方あるまい。俺が守ってやらなくて誰が守るっ?!

▼しかも「今ならオープン記念で、持参した本の定価通りで本を交換して戴けます」と専務が言う。だっ、大丈夫なのか、そんなことして? それじゃ家賃や人件費はおろか、光熱費すら出ないんじゃないか?
 実際、古本屋としてこんなやり方が成り立つのだろうか? 一度、俺もその本の交換システムなるものを試してみたかったのだが、生憎、俺の蔵書はいざとなれば定価以上の古書価が付く本ばかりである。そんな本をこの店で交換に供するのは、あまりにももったいなさすぎる。
 そこでふと思いついたのが、大矢博子の存在である。うんうん、あれならモルモットにするのに最適だ。どうせいつかは本を渡すために会わなきゃならないんだし、それなら嫌なことは早めに済ませた方が良い。本を持参した折りに、もしも専務から「バ〜カ、あれは嘘だよ〜ん。そんなことあるわけないじゃ〜ん」と言われたとしても、恥をかくのは所詮大矢博子である。こちらに実害の及ぶ心配もない。
 早速、携帯で大矢博子に連絡を取ると、間髪を入れずにOKとの返事。どうやらこの店のことは夕方の地方ニュースで放送されて知っていたようである。
 ということで、この話は翌日に続く。

▼あ、この日、この店で買った本だけでも書いとこっと。
 ヴァン・ヴォクト『未来世界の子供たち』(創元SF文庫、1977、100円)
 E・R・バローズ『石器時代から来た男』(創元SF文庫、1977、70円)
 Dilys Winn『Murder Ink』(Workman、1977、1,500円)

 この中で拾いものは、やはりDilys Winnの『Murder Ink』でしょう。集英社から出た『ミステリー雑学読本』の元本であるこの本、洋書ハードカバーでこの値段が安いのか高いのかはさっぱり判らぬが、新規開店の店に初めて足を踏み入れてアイスコーヒーの出前まで取ってもらった上で支払金額が170円ぽっきりというのはいくら何でも悪い気がして購入。ちなみに洋書の場合は定価通りの売値(この『Murder Ink』の場合はもとの定価が14ドル95セント)のようだ。

▼ついでに新刊も。
 P・D・ジェイムズ『神学校の死』(早川ポケミス)
 大槻ケンヂ『猫を背負って町を出ろ!』(角川文庫)
 山本やよい『わたしのボスはわたし』(廣済堂出版)
 ベルンハルト・シュリンク『ゼルプの裁き』(小学館)
 西原理恵子『サイバラ茸2』(講談社)
 若竹七海・小山正『英国ミステリ道中ひざくりげ』(光文社)
 竹本浩三『オモロイやつら』(文春新書)
 グラディス・ミッチェル『ソルトマーシュの殺人』(国書刊行会世界探偵小説全集28)
 「HMM9月号」(早川書房)
 「HSF9月号」(早川書房)

 『わたしのボスはわたし』の山本やよいは、サラ・パレツキーの翻訳者として知られるお方。『オモロイやつら』の竹本浩三は吉本新喜劇の座付き演出家を長く務めた人。戦後、昭和30年代前半まで専属で吉本に所属していた芸人は花菱アチャコただ一人であったなんて話はこの本を読んで初めて知った事実。


[260] 丸栄の定例古書市 2002-07-22 (Mon)

【7月22日(月)】
▼丸栄の定例古書市が先週の木曜日から始まった。早速、開催初日の昼に覗きに行く。名古屋では数少ないデパート古書市なのだが、この古書市でホントに欲しい本に巡り会ったことは過去に二度しかない。それがどんな本だったのかは既に記憶の彼方なのだが
 会場内をぶらぶらと散策していて最初に目に留まったのは、グレアム・グリーン『掟なき道』(創土社、S46)。帯に「限定1000部」と書いてある。古本者は「限定」という単語にむやみと弱いんだよなぁ。高けりゃ買わないが、値段を見ると500円。中身はメキシコ紀行文のようなのだが、グレアム・グリーンといえばミステリと全く関係ない作家でもない。函帯ともに揃っているし、景気づけに買っとくことにする。ちなみに俺の買った本の限定番号は276だった。
 続いて見つけたのは、ピエール・ブール『報道写真家』(早川ノヴェルズ、S44、800円)。ピエール・ブールと聞いて『戦場に架ける橋』を思い出すか『猿の惑星』を思い出すかによって、その人の教養度が判るな。ちなみにこの俺が思い出すのは『カナシマ博士の月の庭園』なのだが。『ジャングルの耳』を見つけたので、これでもう邦訳されたピエール・ブールは全て蒐めきったと思っていたのだが、意外やこの『報道写真家』は持っていないような気がする。もちろん、そんな気がするだけで実際には持っているはずなのだが、不安に駆られてついつい買ってしまう。その近くにあった紀田順一郎編『謎の物語』(ちくまプリマーブックス51、1991、400円)も衝動買い。どうやら中学生くらいの読者層を対象とするリドル・ストーリーを集めたアンソロジーである。とはいえ紀田順一郎が編者ということもありさすがに作品選択はなかなかのもので、ストックトンの「女か虎か」やモフェットの「謎のカード」、小泉八雲「茶碗のなか」のような超有名作を除くと、、「穴のあいた記憶」(ぺロウン)、「なにかが起こった」(ブッツァーティ)、「ヒギンボタム氏の災難」(ホーソン)、「新月」(木々高太郎)、「青頭巾」(上田秋成)、「なぞ」(デ・ラ・メア)、「チョコレット」、(稲垣足穂)「おもちゃ」(ジェイコブス)と実に渋い選択。
 アリステア・マクリーン原案のジョン・デニス『人質の塔』(早川ノヴェルズ、S56、300円)もダブリ覚悟で購入。
 せっかく平日の昼に古書市を訪れたというのにこれだけの収穫では何となく不完全燃焼でもあり、自分が所有している本よりも状態の良かった坂口安吾・高木彬光『樹のごときもの歩く』(東京創元社、S33、2,000円)をえいやっばかりにとダブリ買いしてしまう。

▼ということで、丸栄古書市報告は終わり。

 ・・・となれば良いのだが、週の明けた月曜に念のためにもう一度覗きに行く。いや、ろくなものなぞもう残っていないことは重々分かっているのだが、前回の定例古書市のような例もあるからなぁ。未練がましいと言わば言え。
 もちろん欲しい本などあるはずが無い。結局、買ったのは『ゴール、グルモア、ストルガツキー兄弟集』(早川書房世界SF全集、1970、600円)一冊のみ。

▼その他に買った古本。
 石沢英太郎『少数派』(講談社、S62、三冊250円)
 久保田二郎『そして天使は歌う』(冬樹社、S56、三冊250円)
 リチャード・N・パタースン『ラスコの死角』(早川書房、S56、三冊250円)
 ヘイズ・ジェイコブズ『ノンフィクションの書き方』(講談社、S59、100円)
 都筑道夫『キリオン・スレイの復活と死』(角川文庫、S52、100円)
 北野佐久子『アガサ・クリスティーの食卓』(婦人画報社、1998、300円)
 ハモンド・イネス『報復の海』(パシフィカ海洋冒険小説シリーズ、1978、100円)
 ジョン・フラートン『瓦礫の都市』(早川書房、1999、100円)

 この中で嬉しいのは、ヘイズ・ジェイコブズ『ノンフィクションの書き方』だな。講談社から新書サイズで出た『・・・の書き方』シリーズはこれで全部揃ったのではなかろうか? 『キリオン・スレイの復活と死』は大矢博子探索依頼本。ま、何やかやと言っても週に一冊ペースでは見つけているのだが、自分でも何故だか分からぬがどうも必死で探す気にならない。これがもし17歳の可愛い女子高生からの依頼であったりしたら、とうの昔に全冊見つけていることとは思うのだがなぁ。え〜と、婦人画報社の『アガサ・クリスティーの食卓』って別の版元から似たようなタイトルの本が出てなかったっけ? もしも出ていないようだったらこの本も自動的にダブリということになる。

▼新刊は。

 ディヴィッド・チャクルースキー『詩神たちの館』(早川書房)
 大川豊『お笑いテロリスト大川総裁がゆく!』(新潮OH!文庫)
 いしいひさいち『現代思想の遭難者たち』(講談社)
 嵐山光三郎『活字の人さらい』(ちくま文庫)

 大川豊は大川興業総裁の大川豊。『金なら返せん!』の人ね。それにしても、大川豊ごときにオピニオンリーダーになって貰わんでも・・・。嵐山光三郎の『活字の人さらい』は帯の「冒険読書小説」という惹句に魅かれて購入。

▼中古ビデオ。
 「サブウェイパニック」(380円)、「愛の狩人」(380円)、「海底王キートン」(380円)、「キートンのセブン・チャンス」(380円)、「その男凶暴につき レプスキー絶体絶命」(100円)。

 DVDに押されてなのか、中古ビデオも安くなりましたなぁ。ハドリィ・チェイス原作の「その男凶暴につき レプスキー絶体絶命」なんて百円ですぜ、百円。「サブウェイパニック」はリメイクもされてるようだが、こちらはウォルター・マッソー、ロバート・ショー主演の70年代版。知る人ぞ知るサスペンス映画の傑作である。マイク・ニコルズが「卒業」「キャッチ22」に続いて撮った「愛の狩人」も同じく70年代映画。思えば、この頃が一番映画を観ていた時代だよなぁ。キートンの「セブン・チャンス」だって、確かこの頃に劇場で観たもんな。 


[259] 俺に聴けぇぇ! 2002-07-14 (Sun)

【7月14日(日)】
▼BOOK-OFFの棚の前で文庫の背表紙を眺めていると、俺の横に女子高生とその母親の二人連れが立つ。で、聞くともなしに二人の会話が自然と耳に入ってくる。
 娘が母親に「今度はシャーロック・ホームズを読もうと思うの」と言っている。「で、お母さん、ホームズの作者って誰だっけ?」
「ええと・・・、誰だっけ。お母さん、忘れちゃったわ」

 あああああ、そんなことだったら俺に訊けええええ! あんたたちは知らないだろうが、今、二人の横に立っている男はたぶん名古屋市内でミステリについて三番目くらいに詳しい男なんだぞぉぉぉ!

「いいわ、ヨシエに訊いてみるから」と娘。携帯を取り出して「ねぇねぇヨシリ〜ン。シャーロック・ホームズの作者って誰だっけ? えっ? コナン・ドイル? あっそうなの。ふ〜ん。どもありがとねーん」
 ちぇっ、俺だってコナン・ドイルだって分かってたのによぉ(;_;)。
「お母さん、コナン・ドイルだって」と娘。「でも、どこにあるんだろ?」
「こんなにたくさん本があったら、どこにあるのか分からないわよねぇ。探偵小説なんてやめて、時代小説にでもしたら? 日本史の勉強にもなるし」と母親は素っ気ない返事。「それとももう一回ヨシエちゃんに電話して、どこの出版社から出ているか訊いてみたらどう?」
「えーっ、そんなの、みっともないじゃん」と娘。「いいよぉ、自分で探してみるからぁ」
 ・・・と言いながらも、膨大な文庫本を目の前にして女子高生はただ呆然とその場に立ちつくすのみである。

 あああああああああ、この俺に訊いてくれえええええええ! ホームズを文庫本で探そうと思うんなら、創元推理文庫や早川HM文庫でも出てるけど、BOOK-OFFに一番ありそうなのは新潮文庫。ちなみに俺は中学生の頃に岩波文庫で読んだけどなぁ。これが角川文庫だとタイトルが「シャアロック・ホウムズ」になってるんだぜ。もしも鮎川信夫の訳した講談社文庫あたりで探そうとすると、これには結構根性が必要だ。とりあえず入門編でいいんなら集英社文庫の「傑作選」を探す手もあるけどな。
 ほぉら、これくらいのことだったらいつでも教えられるんだい。ほらほら、訊いてみてくれよぉ。何なら俺が今までに身につけた古今東西のミステリに関する知識を全て受け継いでくれてもいいんだぜ、女子高生?

 つぶらな瞳で本の背表紙に視線を彷徨わせる女子高生だが、本のあまりの多さにどこから探してよいのかすら分からない風情。その時、少女の目の前にある一冊の本をスッと指さす一本の指。その指さすところには新潮文庫の『シャーロック・ホームズの冒険』があった。はっと思って振り返った少女の視線の先には、マントを翻して立ち去ろうとする一人の紳士の後ろ姿だけしか捕らえることが出来なかった。この先何年も、初めてシャーロック・ホームズを読んだあの夏の日の懐かしい思い出とともに、少女の脳裏には常にその紳士の面影が浮かぶのであった。人はそれを「初恋」とでも呼ぶのであろうか。呼ばないってば。それと、どうでもいいけど夏場にマントは暑苦しくないか、おい?

▼買った古本。
 ハリー・クレッシング『今夜ロズのパーティにでかけるの?』(早川ノヴェルズ、S54、1,000円)、アーチー・オーボラー『悪魔の館』(角川文庫、1971、1,000円)、ディクスン・カー『死時計』(創元推理文庫、1960、800円)、岩崎正吾『横溝正史殺人事件 あるいは悪魔の子守歌』(山梨ふるさと文庫、1987、300円)、ダニエル・キイス『アルジャーノン、チャーリー、そして私』(早川書房、2000、400円)、水見稜『食卓に愛を』(早川JA文庫、1988、130円)、押川春浪『海島冒険奇譚 海底軍艦』(ほるぷ出版明治37年文武堂版名著復刻日本児童文学館(4)、不明、400円)、高木彬光『素浪人屋敷』(春陽文庫、S58、150円)、高木彬光『隠密月影抄』(春陽文庫、S46、200円)、山村正夫『遙かなる死の匂い』(春陽文庫、S62、100円)、A・ベリャーエフ『世界SF全集(8)ドウエル博士の首 無への跳躍』(早川書房、1969、400円)、星野之宣『エル・アラメインの神殿』(メディアファクトリMF文庫、H12、200円)、縄田一男編『競作黒門町伝七捕物帳』(光文社文庫、1992、230円)、鮎川哲也『殺人歌劇<第一章>』(青樹社BIG BOOKS、1990、300円)、

 ハリー・クレッシング以下『死時計』までの三冊は猫又文庫でのお買い物。ぽかぽかさんのサイトでも紹介されているが、最近この店に創元の白帯が大量入荷した。めぼしいところはあっと言う間に売れた(なにせヘレン・マクロイの『殺す者殺される者』でさえ3,000円だったそうなんだもんなぁ)とのことで、あくまでも落ち穂拾い。俺の持っていた『死時計』は帯欠だったのでこの機会に買い直す。ハリー・クレッシングは『料理人』のクレッシングだ。『料理人』以外にこんな本が出てることはまったく知らなかったよなぁ。というよりもハリー・クレッシングが女流作家だったということもこの本のあとがきを読んで初めて知った次第だ。もっともこの本自体はミステリというよりも普通小説なんだが。アーチー・オーボラーの『悪魔の館』は持っているような気もしたがついつい勢い買いしてしまった一冊。「大法螺」なんて名前の作家の本を買い漏らしていたりしたら嫌じゃん。岩崎正吾『横溝正史殺人事件 あるいは悪魔の子守歌』も先日ぽかぽかさんのサイトで紹介されていて、「へー、創元で文庫化される前はこんなタイトルだったんだぁ」と思った本なのだが、あっという間に見つかってしまう(^o^)m。「山梨ふるさと文庫」という出版社のネーミングが「山形さくらんぼテレビ」だとか「関西さわやか銀行」のように、なかなかイケてると思うがどうだ? しかしこの本、「文庫」と言う名前とは異なり版型は新書なのだが。縄田一男編『競作黒門町伝七捕物帳』に収録されている作家は、横溝、彬光、島田、樹一郎、元三、鼓堂、邦枝と時代作家・推理作家が入り乱れて多彩。黒門町の伝七は陣出達郎だけが書いてたわけではないんだなぁ。

▼買った新刊。
 風間賢二『ホラー小説大全(増補版)』(角川ホラー文庫)、朝日新聞文芸編集部編『まるごと宮部みゆき』(朝日新聞社)、宇佐和通『あなたの隣の怖い噂』(GAKKEN)、カーティス・ピープルズ『人類はなぜUFOに遭遇するのか』(文春文庫)、サム・ルウェソン『ナヴァロンの雷鳴』(早川NV文庫)、マーティン・ミラー『ミルクから逃げろ!』(青山出版社)、ロバート・B・パーカー『笑う未亡人』(早川書房)、「本の雑誌 8月号」(本の雑誌社)。

 宇佐和通『あなたの隣の怖い噂』は都市伝説の解説書。『ナヴァロンの雷鳴』は「アリステア・マクリーン公認」と帯に書いてあるけど、どうやって公認したんだよ、マクリーンはとっくに死んでるってのに? マーティン・ミラーの『ミルクから逃げろ!』は、新刊書店で見かけた時、すぐに買わずにいてそれ以来見かけなくなってしまい後悔していた本。ようやく見つかったわい。

「スターウォーズ エピソード2 クローンの襲撃」を観る。また色々と難癖をつける奴も出てくるかとは思うが、俺自身は映画の出来に大満足。そもそも「スターウォーズ」にストーリーを求めてどうするのか。SFファンならば「絵」さえ観られればそれだけでもう充分だろっての。それにしてもタトゥイーンのルークの生家のたたずまいは実に実に懐かしかったよなぁ。あの風景を目にしただけでも胸がジーンとしたぜ。


[258] 七夕のタナボタ 2002-07-07 (Sun)

【7月7日(日)】
▼今日は定例古書市の最終日。今更、最終日に行ったって美味しいものなど残っているはずも無いのだが、行ってみないことにはこればっかりは分からない。「買ってみないことには絶対に当たらない」と言いながら宝くじを買うのと同じ心境ですな。

▼古書市自体に拾いものが出来る可能性が低いので、途中の古本屋に寄り道して、三好徹『遠い旅珍しい果実』(講談社、1980、500円)、金田一だん平『落語家見習い残酷物語』(晩聲社、1990、750円)、相羽秋夫『現代上方落語人録』(弘文出版、S56、800円)、手塚治虫『鉄腕アトム 別巻』(講談社手塚治虫漫画全集251、S51、200円)を保険買い。三好徹の『遠い旅珍しい果実』は著者初のエッセー集とのことだが、そういや三好徹のエッセー集ってあんまり記憶にないな。金田一だん平の『落語家見習い残酷物語』は、三遊亭圓窓、林家正蔵と二人の噺家に弟子入りして二度ともしくじった著者のかっての師匠と落語界に対するまさしく怨嗟と私怨の書。しかしこの著者、もともと噺家になる資質に欠けていたんではないのか? あまりにも身勝手な甘えと論理のすり替えに読んでいてだんだん腹が立ってくる。とはいえ、噺家の世界を舞台にしているだけに変な逸話も多く、たとえば酒乱で知られた故川柳川柳のこんな実話。

 酒の好きな川柳川柳、酔っぱらい運転の末に警官に停車を命じられると、酔った勢いで警官に対して暴言を吐く。同乗していた噺家仲間が取りなすつもりで「まぁまぁお巡りさん、堪忍してやって下さい。あくまでも酒の上の振る舞いなんですから」と中に入って更に怒られた。

 この川柳川柳という噺家は古典落語一筋の三遊亭圓生門下としては異端の噺家で、ソンブレロをかぶりギターを抱えて「マラゲニ〜ヤ〜」と歌いながら高座に登場していたその姿を記憶しているオールドファンも多かろう。そういった芸風のためか或いは酒癖のせいか、師匠の圓生にも嫌われて師匠自らに真打ち昇進の目を潰され、落語協会脱会騒動の中で圓生一門とは袂を分かち協会に残った噺家である。

▼新刊書店では次の本を購入。
 ジェラルド・カーシュ『壜の中の手記』(晶文社ミステリ)、ハッカージャパン編集部編編『2ちゃんねる中毒』(白夜書房)、池上冬樹『ヒーローたちの荒野』(本の雑誌社)、小森収『はじめて話すけど・・・』(フリースタイル)、澤田隆治『笑いをつくる 上方芸能笑いの放送史』(NHKブックス)。
 おっと、出版予告されてまだ間がないというのにいきなり出ましたなぁ、ジェラルド・カーシュが。俺にしてみれば、こうやってジェラルド・カーシュの名前が人口に膾炙されていくことは誠に結構なことである。だって今まで誰もジェラルド・カーシュのことなんて知りもしなかったんだもん。その点、この俺なんてジェラルド・カーシュのことを考えない日は、この二十年間、一日たりとも無かったぞ(←ちょっと大げさ)。ともあれ、ジェラルド・カーシュの名前を出しても誰も知らなかった昨日までは、大陸書房の『オカルト物語』を持っていると言ったって「何それ?」っと感じでちっとも威張れやしなかったもんな。小森収の『はじめて話すけど・・・』はインタビュー集なのだが、各務三郎、石上三登志等、一般受けしない人選が俺のような者にはかえって魅力的である(笑)。

▼さて古書市会場の名古屋古書会館に到着するが、一階の百円均一にも二階の本会場にも案の定、買いたい本は見あたらない。最終日、それももうそろそろ会場の店じまいに取りかかろうとする時間にやって来たって拾いものなんかあるはずないよなぁ・・・とすごすごと帰ろうとしたところで、一冊の本が目に飛び込んでる。ふっふふふ、古本の神様はまだまだ俺のことを見捨てていなかったぁ!

 飛鳥高『死を運ぶトラック』(和同出版社、S34)

 函付美本がこんな時までまだ残ってるんだ、どうせバカ高い値段なんだろうな・・・と思いながら値付けを確認すると1,500円。充分に許容範囲の値段である。恥ずかしながら飛鳥高の著作の中では比較的見つけやすいはずのこの『死を運ぶトラック』、実は俺は今まで持っていなかったのである。どこの誰でも持っているはずのこの『死を運ぶトラック』を・・・。ああ、恥ずかしいったらありゃしない。ってんで喜んで買う。
 それにしてもぽかぽかさんはもうこの古書市をチェック済みのはず。もしかして見落としたのか? あるいは既に手元に5冊くらいダブらせているのか? でもこの値段ならば、俺だったらたとえ5冊ダブらせていようとも買うけどな(^o^)m。いやぁ、棚ボタ棚ボタ。

▼ビデオでは「ラッシュ・アワー2」。いくら悪役を演じているとはいえ、この映画の中のチャン・ツィイーちゃんに全然魅力が無いことに驚く。

▼まだ数日しか経っていないってのに大矢博子の探索依頼本である中村明『作家の文体』(ちくま学芸文庫)をもう一冊見つける。しかも最初に買ったのよりも安い値段で。もしかしてどこにでも転がっているような本をこの俺に探させようとしているんじゃないだろうなぁ(-_-;)? 何となく嫌な予感がするが、俺って単に大矢博子のお買い物の代わりをさせられてるだけなんじゃないのか(-_-;)凸?


[257] 最近、目録抽選に当たる理由 2002-07-04 (Thu)

【7月4日(木)】
▼二軒の古本屋から古書目録で注文した本が届く。

J・S・フレッチャー『戦慄の都』(治誠社出版部、S20、2,800円)
アルフレッド・マシャール『爆弾』(黒白書房、S11、3,500円)
カミ『名探偵オルメス』(大白書房、S17、3,000円)
高原弘吉『サスペンデッド・ゲーム』(読売新聞社、S39、1,000円)

 最後の高原弘吉だけはどう考えてみても注文した記憶がないのだが、手元に届いてしまったものは仕方がない。送り返すのもしのびないので黙って指定の金額を古本屋の口座に振り込む。大白書房版の『オルメス』は何となく持っているような気もしなくもないが、もしかしたら今まで目録注文を繰り返していたのに抽選に外れ続けていた本なのかもしれない。それにしてもマシャールの『爆弾』の美本が3,500円は安いよなぁ。

 ということで最近は古書目録で注文した本の当選確率が滅法良い。思うにこれは、今まで古書目録に注文を入れていた古書マニアたちの多くがインターネットへと移行していったからではなかろうか? もちろん費用と手間の掛かる古書目録を廃止してインターネットに進出していった古本屋の数も多いが、これはどちらかといえばパソコンに抵抗感の無い若い店主の経営する新興古本屋。いわゆる老舗といわれる古本屋の多くは、まだまだ旧態依然とした「古書目録」という販売手段を捨て切れていない。つまりこれは、目録を出す古本屋の数はさして減っていないのに、競争相手だけがどんどんと減っているという状況なのではないだろうか。うふふふふ、俺にとっては誠に望ましい状況である。

▼目録でゲットした古本とは逆に、足で稼いだ古本の方はこのところまったく引きが悪い。
 コリン・グリーンランド『聖なる山の夜明け』(創元推理文庫、1991、100円)、バリントン・J・ベイリー『カエアンの聖衣』(早川SF文庫、1983、50円)、ピーター・ボーエン『コヨーテの風』(早川HM文庫、1996、100円)、フィリップ・ケリガン『サバイバルの島』(早川NV文庫、1989、100円)、文藝春秋編『異説黒澤明』(文春文庫ビジュアル版、1994、250円)、奥田継夫『世界映画ライブラリー(1)子ども』(国民文庫、1991、100円)、馬場啓一『ルーズベルトの密使』(実業之日本社、1995、200円)、R・S・メンチン『奇妙な遺言100』(ちくま文庫、1993、100円)、高木彬光『蛇性の女』(春陽文庫、1988、100円)と目ぼしいものは一冊も無し。『カエアンの聖衣』はもちろんダブリだが、果たしてダブらせるだけの価値はあったのか? 馬場啓一『ルーズベルトの密使』は先日、ダン・シモンズの『諜報指揮官ヘミングウェイ』を買ったのでその関連で購入してみた。ダン・シモンズのヘミングウェイはキューバを舞台に諜報活動に勤しんでいたが、こちらのヘミングウェイはルーズヴェルト大統領の密使として1941年、日米開戦直前の中国は重慶へと潜入する。文豪もまったく忙しいことである。
 ちなみに大矢博子に哀願されて仕方なく探している探求本もようやく2冊目を見つける。俺が探し当てたのがいったいどんな本だったのかと言えば、中村明『作家の文体』(ちくま学芸文庫)という普段の俺ならばたとえ目の前に転がっていようが視界にすら入らないような本なのだった。ちなみに最初に見つけた本は何かと言うと、そちらは関川夏央『海峡を越えたホームラン』(双葉文庫)だ。もちろん、どちらもミステリとはまるで関係のない本である。自分の蒐集範囲とは全く異なる本を探し求めるという無償の行為に関して、もしも心ある人ならば俺の苦労も少しは分かってもらえるものと思う。俺にしてみたら、角川文庫の都筑道夫だってむしろ元版の方がよっぽど見つけやすいわい。ぶつぶつぶつ。

▼と、ぶつぶつ言っていても仕方ないので、今日も仕事帰りに古本の買い出し。
 名古屋近郊某市にあるL書房という古本屋が、実は現在休業中のF古書店の姉妹店だと聞きつけてそちらに向かうことにする。F古書店の実弟さんがやっている店と聞いたので「姉妹店」ではなく「兄弟店」か。F古書店は現在、店を閉めて古書展への出品と目録販売しか行っていないが、店主が古書マニアのなれの果てなので初めて店に足を踏み入れた時には、その黒っぽい品揃えに驚いたものだ。L書房という名には記憶がないのでたぶん初めて行く店なのだろう。あの店の兄弟店ならばかなり期待できるはず。初めて覗く古本屋を訪れる時って、どうしてこうも胸が高鳴るんだろ? 車での所要時間は約45分だ。
 途中見かけた新古書店でヴィム・ヴェンダース監督の「ハメット」(950円)などを買いながら、目当てのその店へと向かう。
 しかし着いてみれば、前に一度来たことのある店だった(-_-;)。店の品揃えは古マンガがほとんど。いくら価値のある古マンガでもさして興味のない俺にとってはゴミ同然である。せっかく訪れた記念にと南條範夫『刺殺』(旺文社文庫、1985、100円)を購入。こうして読みもしない旺文社文庫の南條範夫だけが俺の手元に何冊も溜まっていくんだよなぁ(-_-;)。

▼古マンガといえば、マンガ専門の古本屋ってホントすげぇよなぁ。この前も某マンガ専門古書店でブラブラと時間を潰していたら、店主と客の電話の応対が聞こえてくる。どうやら欲しいマンガがその店にあるかどうかの問い合わせの電話らしい。すると店主が、「あ、それは今、うちの店にはありませんが、●●●さんにだったらあるはずです」と一発回答。余所の店の在庫まできっちり把握してるんだもんなぁ。感心感心。

▼新刊は、筒井康隆『笑犬楼の知恵 筒井康隆トークエッセー』(金の星社)、菊地秀行『エイリアン黒死帝国(上)』(ソノラマ文庫)、片山まさゆき『スーパーヅガンアダルト』(竹書房)、宝島編集部編『VOW14』(宝島社)。
 片山まさゆきの『スーパーヅガン』が十数年ぶりにアダルトバージョンとなって帰ってきた。ツカンポの花も十数年ぶりに咲いたわけだ。片山まさゆきの麻雀マンガは麻雀にトチ狂って人生の路頭に迷いかけたことのある者だけが本当の面白さが分かるのである。それ以外の人は実にお気の毒である。

▼遅まきながらもレンタル・ビデオでコーエン兄弟の「オー・ブラザー!」を視聴。1930年代の南部アメリカを舞台にしてホメロスの「オデッセイ」の換骨奪胎というストーリーがまず泣かせる。無精髭を生やした主演のジョージ・クルーニーはまるで三船敏郎のような雰囲気だが、実は見かけほど強くない。刑務所に入っている間に離婚されてしまった妻の見るからに弱そうなフィアンセに一撃されるくらいである。ジョン・グッドマンにも一発でノバされてしまうしな。コーエン兄弟の作としては平均点以下とみるが、それを考えずに観ればまぁ及第点か。
 その他、三谷幸喜の「みんなのいえ」 も観るが、こちらは三谷作品と思って観れば腹がたつ。ストレートな筋書きの喜劇を狙ったのだろうが、できればもう少しヒネって欲しかったよなぁ。


[256] 生着替え大会オフレポ 2002-06-29 (Sut)

【6月29日(土)】
▼さて先週の日曜に、半泣き状態の大矢博子から古本屋での探索を哀願された十冊ほどの文庫本なのだが、依頼を受けた翌日にフラリと飛び込んだBOOK-OFFでいきなり一冊見つけたという話は先の日記に書いた通りである。まったく、赤子の手をひねるような容易さにこちらの方が呆気にとられたくらいのものであった。しかもリストに書かれた探索本の書名を一目見た途端に、この程度のブツならばあの店に行けばまぁ間違いなく置いてあるはず・・・と俺の脳裏に一瞬にして思い浮かんだ古本屋が三軒ほどある。その店をわざわざ回るまでもなく、いきなり飛び込んだBOOK-OFFであっさりと掘り出してしまうってんだから、残りを見つけるなんてことは俺にしてみたらまず楽勝と言ってもいい。実に朝飯前レベルの物足らない探索本である。
 ということでそれから一週間が過ぎたわけだが、その後の探索結果も当然、皆さんは知りたいことでしょう。それでは発表致しましょう。一週間の探索の結果、見つけたのは・・・。

 最初の日に見つけた一冊だけぇ\(^o^)/!

 え〜と、ちょっと言い訳を言わせて貰えば、まず「ここならばまず置いてありそう」と見当を付けた三軒の古本屋のうち、この一週間の間にたった一軒だけしか立ち寄らなかったことが今回の敗因の一つだな。立ち寄らなかった理由は、その店まで行くのが単にめんどくさかったからだ。だって、たかが大矢博子の依頼だし。で、立ち寄った一軒では、「あ、つい先ほどまではあったのですが、お客さんの来る1時間前に売れてしまいましたぁ」という古本屋お馴染みの言い訳を聞くことになる。
 もちろん、それでただ手をこまねいているような俺ではない。「古本探しのプロ」の名に賭けても、たいした本でもない探索本がたった一冊しか見つけられないといったような噂を立てられたくはない。特に相手が何を言い触らすか分からない大矢博子の場合にはな。この間、手当たり次第、目に付いたBOOK-OFFにも立ち寄りました。しかし、店に入る直前まで憶えていた「大矢博子の探索本を探す」という目的が、一歩その店に足を踏み入れた途端にきれいさっぱり脳裏から消え去り自分の欲しい本を探すことについつい熱中し、本来の目的を再び思い出すのは、いつも店を出て車で5分ほど走ったあたりなのであった。もちろん常に前向きな生き方をしているこの俺だ。わざわざそこで今出てきたばかりのBOOK-OFFにUターンするような真似はしない。だって、たかが大矢博子の依頼なんだし。
 その代わり、この探索行の間に自分の欲しい本は山ほど見つけたよなぁ。常に私利私欲に走りがちな大矢博子も、俺がこの間に人類の共有財産としていったいどんな本を見つけてきたかを聞けば多少は気も休まることだろうて。

 J・B・プリーストリー『夜の訪問者』(三笠書房、1952、2,000円)、西尾忠久・内山正『メグレ警視の料理』(東京書籍、1992、600円)、エドモンド・ハミルトン『宇宙艦隊の奇襲』(久保書店QT-SF、1991、800円)、ミオドラグ・ブラトーヴイッチ『冷血の地』(集英社、1981、1,800円)、大場惑『お客さまはエイリアン』(実業之日本社JOY NOVELS、1993、100円)、今村荘三『笑う大阪人』(東方出版、1998、750円)、光瀬龍『SFマガジン版 派遣軍帰る』(早川書房、S57、100円)、宮本幹也『大豪記』(講談社ロマンブックス、S31、200円)、橋本勝『映画の名画座259本だて イラスト・ロードショー』(教養文庫、1990、100円)、高木彬光『刺青の女』(春陽文庫、1999、100円)、高木彬光『白鬼屋敷』(春陽文庫、S59、200円)、高木彬光『江戸悪魔祭(上・下)』(春陽文庫、S60、各200円)、フランシス・キング『フローズン・ミュージック』(福武書店、1991、100円)、司悠司『超過激読書宣言』(青弓社、1991、100円)、新人物往来社編『歴史ショートショート劇場』(新人物往来社、1991、100円)、角田喜久雄『怪異雛人形』(講談社文庫大衆文学館、1995、400円)、ドン・パスマン『幻視者』(早川書房、2000、100円)、パトリック・オブライエン『闘う帆船ソフィー』(パシフィカ海洋冒険小説シリーズ9、1979、100円)、マーガレット・トルーマン『ホワイトハウス殺人事件』(早川書房、S55、100円)、結城昌治『真夜中の男』(講談社文庫、S56、100円)。

 わーははははははは、買った買ったぁ、買ってやったわい。これだけ買えば大矢博子の探索本を探すなんて些細なことはきれいさっぱり失念しても仕方ないよな、うん。ダブリ本だっておそらく宮本幹也『大豪記』、マーガレット・トルーマン『ホワイトハウス殺人事件』、結城昌治『真夜中の男』の3冊しかないはずだし、俺にしてはまず上出来の部類である。この成果には大矢博子も共に喜んでくれることと思う。
 J・B・プリーストリーの『夜の訪問者』は戯曲。帯の惹句に「招かれざる夜の訪客の明快な推理と論理が偽善者の仮面を痛烈に剥ぎとってゆくスリルとサスペンスにみちた息をつかせぬ名戯曲!」と書いてあるから、たぶん推理劇なんだろう。ミオドラグ・ブラトーヴイッチの『冷血の地』は吸血鬼もののようだ。キングの『呪われた村』と同時期に集英社から出版されている作品なので、まず傑作に間違いないはずだ。高木彬光の春陽文庫時代伝奇ものも順調に集まり始めている。しかしそれでもなお、まだ高木彬光の春陽文庫欠本リストを作って持ち歩こうとする気すらない俺なのであった。

▼その大矢博子から「次の土曜は空いてる?」との連絡が入る。要件は何かと尋ねると、大矢博子が新石器時代からイケイケ時代にかけて着用していたボディコンやらミニスカートやら特攻服やらの大放出大会をその日に行うとのことなのだ。相次ぐ内乱で家や衣服を失ったアフリカ某国の難民に義捐物資として送ったところ、「さすがにこれはちょっと・・・」と言われて送り返されてきたという曰く因縁付きのシロモノである。
「悪いな。次の土曜は俺、接待ゴルフの予定が入ってるんだ」
「あ、そうなんだ。せっかく三重女子連合の女の子たちも多数参加の予定なんだけど・・・」と大矢博子。「で、王様に着替えなんかもちょっと手伝って貰えればと・・・」
「行く行くっ! 何を差し置いても行くっ! 」
「他にはいつみねこかおかおも参加する予定なんだけど・・・」
「あ、やっぱりゴルフが終わってから行くことにする」

 ということで、ゴルフを終えたその足で急遽、生着替え大会会場に駆けつけることとなる。そのような場で俺のような無骨な男にできることなんてごく限られているだろうが、せっかくのお誘いなので、頼まれれば三重女子連合の女の子たちの背中のファスナーの一つも上げてやろうじゃないか。ブラのホックの一つも嵌めてやろうじゃないか。

▼生着替え大会会場は、大矢博子の友人のYURIさん宅。八事で宇宙人がトラックに乗っている現場を見たことでその筋には有名なYURIさんである。俺も八事では二回ほど宇宙人(グレイタイプ)を見たことがあるので、とても他人とは思えないのである。
 俺が到着すると同時にぞろぞろとYURIさん宅から出てきたのは、大矢博子、かおかお、いつみねこ、それに三重女子連合構成員のcoinメイもんどやまの四人組である。かおかおの子供二人(小学校三年男児・幼稚園年長組女児)も参加している。ちぇっ、男性は俺一人じゃなかったのかよ。
「ぜぃぜぃぜぃ・・・、なっ、生着替え大会はっ?」と俺。
「たった今、終わりました」とシレッとした顔で言う大矢博子。「もう、みんな、ものすごかったわよぉ、脱ぎっぷりが良くて」
「ボクなんてねぇ、みんなのおっぱい触らせてもらっちゃったぁ。えへへへ」とかおかおの息子(小学三年生)。おっ、おのれという奴はぁぁぁぁ(-_-;)! ちょっと若いからって、俺よりモテてんじゃねぇぞっ(-_-;)凸! 他のみんなはまったく気が付いてなかっただろうが、そう言って笑った時のかおかおの息子(小学三年生)のニヤついた表情は、すっかり中年スケベオヤジ丸出しのそれでしたもん。俺にだけ聞こえるような小声で「いやぁ、辛抱たまんねぇっすよぉ。えっへへへ、眼福眼福」なんて言ってたもんな。

▼YURIさん宅を出て、藤ケ丘の喫茶店へと向かう。
 大矢博子の日記によれば、ここで俺がかおかおの娘(幼稚園年長組)に向かって「可愛いねえ、おじさんとこに泊まりに来ないかい? 20年くらい」と言ったということになっているが、もちろんこれは大矢博子流の創作である。口が裂けてもこの俺がそんなことを言うはずありませんがな。正確を期して言えば、俺が実際に口にしたのは「可愛いねえ、お兄さんとこに泊まりに来ないかい? 20年くらい」だ。言葉は正確に伝えて貰いたいものである。
 その後、大矢博子のご主人も合流し、パスタ屋で晩飯を食って解散。
 結局、この俺は何のために呼ばれたのかと大矢博子に訊くと、「運転手に決まってんじゃん、若林」。
 だぁかぁらぁ、若林って呼ぶなって(-_-;)凸!

▼新刊は、都築政明『黒澤明と「天国と地獄」』(朝日ソノラマ)、太田忠司『レンテン・ローズ』(富士見ミステリー文庫)、西原理恵子『サイバラ茸』(講談社)、浅草キッド『浅草キッドのお笑いアサヒ芸能人』(徳間書店)、ロバート・オーエン・バトラー『奇妙な新聞記事』(扶桑社)、マイクル・ウェルシュ『もうひとつの「カサブランカ」』(扶桑社)、千街晶之『怪奇幻想ミステリ150選』(原書房)、ダン・シモンズ『諜報指揮官ヘミングウェイ(上・下)』(扶桑社文庫)、コリン・ベイトマン『ジャックと離婚』(創元コンテンポラリ)、アンドリュー・クラヴァン『愛しのクレメンタイン』(創元コンテンポラリ)、「ミステリマガジン8月号」(早川書房)、「SFマガジン8月号」(早川書房)、「笑芸人 vol.7」(白夜書房)、

 誰かに黒澤明のベスト3を挙げろと言われたら、ありきたりながらも「七人の侍」「用心棒」そして「天国と地獄」ということになってしまうのだが、都築政明の『黒澤明と「天国と地獄」』は、サスペンス映画の秀作である「天国と地獄」の製作過程を余すところなく伝えた快著。黒澤の仕事ぶりは、本編にも引けを取らないサスペンスである。
 そういや偶然、今回は映画と関連する本が多いが、マイクル・ウェルシュの『もうひとつの「カサブランカ」』は、あの「カサブランカ」の後日談。ダン・シモンズの『諜報指揮官ヘミングウェイ』にもパパ・ヘミングウェイを主人公にしてJ・F・ケネディなどに混じって当時の映画スターたちがキラ星のごとく登場してくるようだしな。コリン・ベイトマンの『ジャックと離婚』は、先にビデオで観た「ディヴォーシング・ジャック」の原作本なのであった。で、アンドリュー・クラヴァンの『愛しのクレメンタイン』は、もちろん「荒野の決闘」の後日談・・・ということではないのがちょっと面白い(笑)。


[255] 若林・・・? 2002-06-24 (Mon)

【6月24日(月)】
▼目録注文していた本が二軒の古本屋から届く。
 山田風太郎『妖異金瓶梅』(講談社ロマンブックス、S30、1,500円)
 朝山蜻一『白昼艶夢』(あまとりあ社、S31、1,000円)
 『渡辺啓助集』(東方社新編現代日本文学全集46、S33、1,800円)

 ここしばらく古書目録で注文を入れたくなるような古本にまるで行き当たらなかったのだが、千円の『白昼艶夢』に少々心が動いてダメモトで申し込んでみたら、これが見事に大当たり。他の2冊はまぁ「行きがけの駄賃」ということですな。それにしても風太郎の『妖異金瓶梅』は、単行本、文庫、全集、新書といったいどれほどの数の異種本が出ているのだろうか。手元にこれで6冊や7冊の別バージョン本が揃っているような気がするのだが。
 それにしても、今回は申し込んだ本が全部当たったような気がする。全国各地で開かれる夏のデパート古書市も間近いし、この勢いを逃しちゃいけないとばかりに、10日ほど前に届いていた北陸の某古本屋の目録に掲載されていたお手頃価格のレア本(浪速書房版の『Xに対する挑戦状』がたったの千円だとかさー)にも押っ取り刀で注文を入れてみるが、こっちはたぶんもう遅いんだろうなぁ。

▼ここまでで買ってた新刊は、駆け足で紹介。
 太田忠司『紅の悲劇』(祥伝社NON NOVELS)、菊地秀行『青春鬼』(祥伝社NON NOVELS)、鯨統一郎『文章魔界道』(祥伝社400円文庫)、日下三蔵編『橘外男集』(ちくま文庫怪奇探偵小説名作集5)、木原浩勝・中山市郎『新耳袋<第七夜>』(メディアファクトリー)、ダニエル・クライン『キル・ミー・テンダー』(集英社文庫)、ロバート・オコナー『バッファロー・ソルジャー』(早川NV文庫)、樋口明雄『武装酒場』(角川春樹事務所ハルキノベルス)、いしいひさいち『となりの山田くん(1)』(創元文庫)、同『となりの山田くん(2)』(創元文庫)、いしかわじゅん『秘密の手帖』(角川書店)、「映画秘宝」編集部編『70年代映画・懐かし地獄』(洋泉社)、高橋輝次『古本が古本を呼ぶ』(青弓社)、D・E・ウエストレイク&オットー・ペンズラー編『アメリカミステリ傑作選2002』(DHC)、ギャビン・ライアル『誇り高き男たち』(早川書房)、金聖鐘他『コリアン・ミステリ 韓国推理小説傑作選』(バベル・プレス)、フランシス・アイルズ『被告の女性に関しては』(晶文社)、エド・マクベイン『犬嫌い』(早川HPB)、「ジャーロNo.8」(光文社)。

 一巻で九十九話の怪奇譚を収めた『新耳袋』もついに第七夜まで来た。以前に比べるとネタが少々小粒になってきたのが気がかりなのだが、中ダルミなのかな? 次巻に期待。ダニエル・クラインの『キル・ミー・テンダー』は探偵役がエルヴィス・プレスリーだというのが新機軸。日本で言えば『名探偵美空ひばりの冒険』だとか『名探偵石原裕次郎の帰還』といった趣きですな。いしかわじゅんの『秘密の手帖』は、知り合いの作家・漫画家・著名人との交友録というか人物記というか。以前からそう思っているんだけど、いしかわじゅんって見た目や個性がシティボーイズの大竹まこととイメージがダブるんだよなぁ。大竹まことは双子らしいが、ホントは三つ子なんじゃないのかと思えるほどである。高橋輝次の『古本は古本を呼ぶ』にはミステリ関係の古書はまるで取り上げられていないんだけど、これはもう本のタイトルだけで「買い」の一冊でしょう。『被告の女性に関しては』で新たに海外ミステリのジャンルに進出してきた晶文社ミステリ。刊行予定にはアントニイ・バークリーあたりの古典ミステリが多いようなのだが、個人的には“異色作家”のジェラルド・カーシュに期待だ。

▼この前日、少々頼み事があり近所の喫茶店で大矢博子と会う。「頼み事」といってもまったくたいしたことではなく、例えて言えばせいぜい目の前のテーブルにある醤油をこちらに回してくれ程度のことなので、普通の人相手ならば頼み事をした/されたという認識すらないような一件なのだが、そこはそれ、相手は中年主婦の皮をかぶった悪徳暴力金融業者みたいなものなのだから、大矢博子がどんな交換条件を出してくるのやら、こちらとしてもまるで気を抜くことができないのである。ここで皆さんにも一つ、街角や夜の山道で不幸にして大矢博子と遭遇した際の心構えを忠告しておくが、面と向かっている間は決して相手の目から視線を外さないことが肝要だ。一瞬でも隙を作ればどこから飛びかかって来るか分からない相手なのである。
 用件を伝えると、それまで黙って目を閉じたまま聞き入っていた大矢博子が最初に言った言葉が、「そうね・・・。じゃ、まずひざまづいて足をお舐め」。
 おっ、おのれと言う奴はぁぁぁぁ(-_-;)凸!

 それからの大矢博子のつけ上がり方はすごかった。
「それじゃまず、今日一日はあたしの運転手でもして貰おうかしら。まずは手近なBOOK-OFFを二・三軒回って、近くの冷凍食品専門スーパーでお買い物して・・・。その時にはあたしの手に買った物を持たせるような不調法な真似は間違ってもしないでよ。ああそうそう、今日はあたしの行きつけの○○薬局のスタンプ倍増プレゼントデーだから、そこにも寄ってもらってっと・・・。あんたもその店で何か買いたいものがあったら、その分のスタンプは当然あたしが貰うわよ。それから、今日一日はあたしのことを奥様と呼ぶのを忘れないで。特に、人前ではね。そいでもって今日一日はあんたのことを『若林』と呼ばせてもらうわよ。何かお抱え運転手っぽい名前でしょ? ああ、そうそう。これ、あたしが三十数年、ずっと探し続けている古本のリスト。ま、そうは簡単には見つかるとは思えないけど、今週中には耳を揃えて持ってらっしゃい。まぁ、今日のところはこのくらいで勘弁しといてあげるわ。分かった、若林?」
 な、なんだよ、その「今日のところは」ってのは(-_-;)? それにだいたい、若林って誰なんだよ(-_-;)?

▼ということで、仕方なく大矢博子のお買い物に付き合って、BOOK-OFFでついでに俺の欲しい本も見繕う。早見裕司『夏の鬼その他の鬼』(エニックス、2001、250円)、田中貢太郎『怪奇・伝奇時代小説選集(3)』(春陽文庫、1999、250円)、志村有弘編『怪奇・伝奇時代小説選集(4)』(春陽文庫、2000、250円)、高木彬光『風来浪人(上・下)』(春陽文庫、S61、各200円)、と中古ビデオの「死の接吻」(550円)を購入。「死の接吻」は、アイラ・レヴィン原作の方ではなくって、ビクター・マチュア、リチャード・ウィドマーク主演で、街のチンピラに扮したウィドマークが車椅子の婆さんに楽しそうに暴力をふるうシーンで有名なノワール系映画である。
 それはそれとして、本棚を前にして「今度、軽井沢の別荘に行った時に白樺の林を背にして読む本でも買おうと思ってるのよ、若林」「この本って面白いかしら。どう思う、若林?」といちいち周りの客に聞こえるような声で言うんじゃねぇよ(-_-;)>大矢博子。それにだいたい、軽井沢に別荘のあるようなブルジョア階級はBOOK-OFFで百円均一のセコハン本なぞ買わないものなんだよっ(-_-;)。

▼それはそうと、大矢博子から手渡された探求本リストなのだが、これがまぁ俺のような古本探しのプロの目から見れば笑止千万なシロモノ。全部で十冊あまりの探求本はミステリ系とそれ以外がほぼ半数の割合なのだが、そのほとんどが文庫本である。ミステリ系では都筑道夫の角川文庫がほとんどなのだが、もともと昭和40年代以降に出版された文庫本なんてものは、文庫初出の作品でもない限り今日のご飯は何とか食べられても、明日のご飯が食べられるかどうかは明日になってみないと分からないというような貧しい暮らしをしている人たちのための読み物だと心得ている俺としては、今更真面目に探す気にもならないものばかりなのだ。レア度で言えば都筑道夫の『蜃気楼博士』(ソノラマ文庫)が一番高いような気がするが、これだって家の中を丹念に探せしてみればおそらく二・三冊は転がっているだろうしな。ただ、わが家の中を探すよりも古本屋を回った方がまだしも楽だしたぶん早く見つかる・・・ってところが問題なんだよなぁ。
 とはいえ、大矢博子が三十数年間、おのれの人生のほぼ二分の一近くを費やして探し続けていたという本なのだ。普段はほとんど気にもしてないあたりなので、さすがの俺でもそうは簡単には見つからないかもしれいなぁ・・・と思いながら、会社帰りに近くのBOOK-OFFに立ち寄ると、いきなりそのリスト中の一冊を見つける(笑)。
 この調子なら、もしかすると全部探し出すのに一週間も必要ないかもしんないな。


[254] 黒田研二サイン会オフレポ 2002-06-15 (Sut)

【6月15日(土)】
▼さぁ、今日は待ちに待った黒田研二サイン会オフ当日である。あ、正確に言えば、待ちに待ってたのは別に黒田研二サイン会でもその後に行われたオフでもありません。俺が待ち望んでいたのは、二十代前半の女の子たちとこの俺だけで密かに行われる「黒田研二サイン会プレオフ」なのであった。
 集合地点に向かう前に、高ぶる気持ちを鎮める目的でBOOK-OFFに立ち寄り、田山力哉『伴淳三郎 道化の涙』(教養文庫、1988、350円)、久保田二郎『最後の二十五セントまで』(冬樹社、S55、100円)、ウォーレン・アドラー『我々は大統領を人質にしている』(サンケイ文庫、S62、100円)、高木彬光『長脇差大名』(春陽文庫、1998、100円)の四冊を購入。よし、これで気持ちも少しは落ち着いたぞ。しかも春陽文庫の『長脇差大名』は、いつもの切り絵細工の表紙イラストじゃないのでおそらく持っていないはず。ダブリもおそらく『最後の二十五セントまで』だけなので、これはなかなか幸先良いわい。

▼さて、愛しの未読王様に一目お会いしたいと恋い焦がれて日本各地から馳せ参じてきたのは、通称「三重女子連合」の4人の女の子。「三重女子連合」とはいえ、名張のcoinとむ、神戸のメイ、東京のもんどと、三重県在住はそのうちの半分である。この4人の女の子たちの中で初対面でないのはcoin一人。そのcoinがおずおずと俺の元に近づいてきて、「あのー・・・、もしかすると未読王さんですよね?」といきなり尋ねる。顔を合わせるのがこれで三回目なんだから、いい加減に人の顔を憶えろよなぁ(-_-;)凸。偶然にも同い年のこの4人、同い年とは言ってもそれぞれに違うもので、中学生かと見間違うばかりのとむ、ちょっと大人のお姉さんといった雰囲気のもんど、健康的なメイ、そして三回目ともなるとそろそろ見飽きてきたcoinとそれぞれに個性的である。
 待ち合わせ場所に無事に集まったところで、“櫃まぶしの名店”と言われるH莱軒へと向かう。今では名古屋名物と言われることの多いこの「櫃まぶし」なんて食い物は、いったいいつ頃から世に出回り始めたのか? 名古屋生まれでニューヨーク育ちの俺が初めてこの存在を知ったのは、大学を卒業した後になってからだぞ。だいたい鰻なんてぇものは、こんなせせこましい食べ方をしたって美味くも何ともないやい。男なら蒲焼きでガブリといけガブリと。
 しかし、若い女の子4人と食べれば、何でも美味しいものである(^^)。文句も言わず、櫃まぶしにつき合うことにする。
 H莱軒に着いてしばらく経つとあきらも参上。このあきらは、黒田研二サイン会までつき合って夜のオフには出ないという、本日の採るべき行動としてはもっとも賢明な道を選んだ男である。
「櫃まぶしって、今までに食べたことある?」と尋ねる俺。全員が首を横に振る。「この櫃まぶしには、食べ方の作法があるんだぜ」
 へー?! と、驚きの声をあげる女の子4人+あきら。
「まず一杯目は、普通に茶碗にシャモジ一杯分食べる」と俺。手帳を取り出してメモを取り始める5人である。
「二杯目は、右手だけを使って食べる。名古屋では左手は不浄な手と言われているから、食事中には決して使ってはならないのだ」
 黙ったままメモをとり続ける5人。いやもう、こんなに簡単に人の言うことを信じるような連中だとは思わなかったよ(笑)。

▼櫃まぶしを食べ終わり、熱田神宮へと向かう。参道に群がる鳩の群れを見ていきなり悲鳴をあげて逃げまどうcoin。どうやら鳥類が苦手らしい。しかしcoinのつんざくような悲鳴を耳にして、横にいた三歳くらいの子供がいきなりひきつけを起こしていたぞ。
 熱田神宮のご本宮にお参りした後は、宮内にある喫茶店で「『名張毒葡萄酒事件』の真犯人は、実はうちのお爺ちゃんのような気がする」というcoinの衝撃的な告白などを訊きながらお茶。
 境内に戻ると、放し飼いの鶏を見てまた悲鳴をあげて逃げまどうcoin。ご神鳥なんだぞ、あの鶏は。神様の遣わしたご神鳥にむかってあんな悲鳴をあげられたら、神様だってさぞや気分が悪かろう。せっかく俺がご本宮の前で心より祈願した「世界平和の実現」も、これで全部水の泡じゃあい!
 その後、境内に放し飼いされたヘビクイドリやダチョウ、ドードー鳥などを見かけては、いちいち涙と鼻水で顔をドロドロにしながら逃げまどうcoin。えーい、うるさいっちゅーの。
 ほんとはこのまま、女の子4人を引き連れて名古屋港水族館だとか明治村だとか名古屋城だとかトヨタ自動車工場の車体組み立てラインの見学に回りたかったのだけど、そうもいかない事情もある。
 そう、黒田研二のサイン会だ。
 仕方なく俺の愛車に女の子4人を詰め込んで、サイン会会場となる栄の丸善へと向かう。

▼サイン会の始まる少し前に丸善へと着いた我々5人。俺は、この時間を利用してそそくさと新刊の買い出し。フレッド・ヴァルガス『死者を起こせ』(創元文庫)、本堂淳一郎『命知らず 筑豊どまぐれやくざ一代』(幻冬舎アウトロー文庫)、ジャン・バーク『骨(上)(下)』(講談社文庫)、ドナルド・E・ウエストレイク『骨まで盗んで』(早川HM文庫)、「本の雑誌 7月号」(本の雑誌社)と買い進める。これで黒田研二が今日、丸善に与えるであろう損害を多少なりとも穴埋めできれば良いのだが・・・。
 レジに本を抱えて持っていくと、ちょうどその隣で「あのぉ・・・、黒田研二さんのサイン会の整理券ってここで貰えるんですか?」と尋ねているお客と遭遇する。
 「え? 誰ですか、それは?」と答える女店員(笑)。
 二人のやり取りを見かねて思わず横から、「そんなもん、間違っても要りませんから」とつい口を出してしまう俺なのであった。

▼いよいよ、サイン会の始まりである。黒田研二のサイン会会場である丸善二階の男子トイレ脇(もうちょっといい場所は無かったのか?)に徐々に参集する人々。集まった人々はほとんどが友人関係と黒田研二の親族関係者のように見える。それではまずご親族の方から順にご焼香を・・・と、思わず言いかけたわい。
 この場で大矢博子のご主人と初めて顔を合わす。噂に違わずスポーツマンらしい見るからに精悍そうなご主人である。そのご主人に対して初対面の挨拶で、思わず知らず「毎日、ご苦労様です」と声を掛けてしまったのはもしかすると失礼だったか? しかし両の目に大粒の涙を溜めて、黙ったまま俺の手をしっかりと握る大矢博子のご主人。いや、分かります。ええ、分かりますとも。
 太田忠司さんを始め、オフのメンバーも次々に集まりだす。せいぜい5分もあれば終わるだろうと考えていた黒田研二のサイン会が意外に長引いたのは、偏に相手が女性だと見ると、サインするのに異様に長い時間を掛ける黒田研二のせいなのであった。サインが終わると女性客の一人一人に作者の方から握手を求めていたが、普通は逆だろっての(-_-;)。
 ようやく列が途切れてきたので、俺もあわてて黒田研二『ふたり探偵』(カッパノベルス)と『笑殺魔』(講談社ノベルス)の二冊を買って列へと並ぶ。順番が回ってきたが、いやぁ、相手が男となると黒田研二のサインに掛ける時間もメッチャ早いわ。もっともこれは、買い求めた二冊ともにサインを入れようとした黒田研二の手から、「頼むからやめてくれよぉ!」と言いながら無理矢理一冊を奪い返したせいもあるのだが。

 サイン会が終わって、オフの集合時間までまだ時間があったので、喫茶店でダベることにする。その場である種のマニア向けだとも言える「黒田研二が大矢博子に貰ったボディコンを着用した写真」が回覧される。見たまんまを言えば、「新弟子試験を受けるために、南の島からたった今成田空港に到着しましたぁ」という雰囲気。黒田研二は、次作の著者写真には是非これを使うと息巻いていたが、止めはしない。作家生命を喪いたければ好きにしてくれという感じである。

▼オフは、俺の人望もあって二十数名という大人数のオフとなる。これで今日が運悪く黒田研二のサイン会と重なっていなければ、オフへの参加希望者は間違いなく五十名を超えてたな。
 参加人数も多くなったので、二つのテーブルに分かれることになる。いつもは「喫煙組」ということで有無を言わさず大矢博子の近くに座らされる俺なのだが、今回は素早く女の子たちの多いテーブルを確保。もちろん黒田研二も抜け目なくこちら側のテーブルに座席を確保して、胸の前で小さくガッツポーズ。
 運悪くその黒田研二の隣に座ったのが、「三重女子連合」の中の(嫁入り前なので特に名を秘すが)一人。たまたま昼の間に「酔っぱらうと脱ぎだす癖がある」という情報を耳にしていたこの俺が、黒田研二に「念のために注意しとくけどこの子は酔っぱらうと服を脱ぎ出す癖があるらしいから、絶対に飲ませたりしたら駄目だよ」とわざわざ注意したのがかえって裏目に出て、さぁ、そこからは完璧にセクハラ親父化した黒田研二なのであった。
「ほ〜らほらほら、さぁさぁさぁさぁ遠慮しないで。お酒強いんでしょ。ググッと一気に。ほ〜らほらほら、お次の番だよ、ググッとね。ちゃかぽこちゃかぽこ。ほ〜ら、一気にね〜!」
 あ〜、うるさくてしょうがないわい(-_-;)>黒田研二。
 しまいには、「ほ〜ら、この部屋って暑いでしょ? 今からもっともっと暑くなってくるからね〜。ほ〜らほらほら、あなたはだんだん服を脱ぎたい気分にな〜る」と、催眠術まで掛け始めた黒田研二。しかし、黒田研二にも大きな誤算があったのである。それは、この特に名を秘す某女がアルコールに無茶苦茶強かったのである。ビールを大ジョッキに16杯呑ませて、結局、脱いだのは薄手のカーデガン一枚だけなのであった。ちぇっ。いや、俺が「ちぇっ」と言う必要はないのだが。
 反対に、いい気になって飲んでいた黒田研二の方が先に酔っぱらう始末。こいつの裸体など見たくもないが、肉体的じゃなくて精神的に素っ裸になった黒田研二は、「俺は****(←新本格系の推理作家の名前)が心の底から大嫌いだぁ!」などとあらぬことを叫び続けるのであった。やっぱり俺の目の黒いうちは、何があってもこんな奴に推理作家協会賞を取らせるわけにはいかんな(-_-;)。

▼オフの終わり近くに、今回の幹事であったかおかおから「王様ってホントに女好きになったねぇ」としみじみと言われるが、決してそんなことはありません。今も昔も私の態度はあくまでも首尾一貫しています。ただ、今までの名古屋オフでは、「女の子」と呼べるような生き物の姿を見かけることがほとんどなかったじゃねぇかよぉ(;_;)! はい、その点だけが違うんですね(゚-゚)b。
 いやまぁ、それにしても昼と夜で天国と地獄を一度に味わった一日であった。どちらが天国でどちらが地獄だったのかは、皆さんに判断して戴きたいのだが。


[253] 弔辞、ナンシー関に 2002-06-13 (Thi)

【6月13日(木)】
▼「ナンシー関急逝」の報を知ったのは、今朝の早朝である。前夜、俺にしては珍しく11時頃に寝てしまったためか朝の6時に目が醒めて、まだ朦朧とした状態のままTVをつけた瞬間に目に飛び込んできたニュースだった。呆然とした。
 会社、休んじまおうか・・・と一瞬思ったほどにショックだった。
 以前、この日記に「現在の日本で名文家を選べと言われたら、男性では関川夏央、女性ではナンシー関」と書いたことを憶えている人はいるだろうか? これは冗談でも何でもなく、真剣にそう思っている。
 彼女ほど、世の中の嘘や欺瞞、偽善や建前やオタメゴカシなどを短い筆致で的確に指摘できる者はいない。それが芸能界の小ネタであろうが政界のスキャンダルであろうが、世の人々が心のどこかで「何となく、変」と感じていた事象について、ナンシー関特有の視点と切り口で「どこがどのように変なのか」を明確にしてくれた者はいなかった。正しい意味での社会批評家であったと思う。
 ナンシー関はTV批評がその主たる仕事ではあったが、ケシゴム版画も含めてあくまでも「活字」側に立つ人だった。今のワールドカップの報道(という名前を借りた挙国一致体制への誘導)を観るまでもなく、ディスプレイの向こう側に透けて見える胡散臭さに対してものすごく敏感なアンテナを有していた。
 鉱夫はカナリアの籠を持って鉱山に入るという。彼女は(見かけからは想像もつかないが)、21世紀の世の中で警世の鳴き声をあげるカナリアだったのである。これから我々は、ナンシー関というカナリアのいない世界を生きていかなければならないのだ。我々が亡くしたものは実に大きい。

▼買った古本。
 海渡英祐『次郎長開化事件簿』(実業之日本社、S60、500円)
 ご存じ清水港の次郎長親分が名探偵ぶりを発揮する推理連作集。とはいえ現役バリバリの頃の泣く子も黙る清水の次郎長ではなく、明治維新後の次郎長翁が主人公である。手下の大政も登場。
 戸板康二『いえの藝』(文藝春秋新社、S38、800円)
 本のタイトルからてっきり芸談集だとばかり思いこんでいたこの『いえの藝』なのだが、実はノンシリーズの推理短編集なのであった。買おうかどうしようかと迷っていたところ、古本屋の店主から「1,000円のところを800円にまける」と言われて、あっさり陥落。
 赤羽隆夫『シャーロック・ホームズに学ぶ景気探偵術』(東洋経済新報社、S58、100円)
 ホームズ関連本にも色々あるが、過去に目にした中で一番突拍子がないものが『シャーロック・ホームズの腰痛の研究』。世紀の名探偵が懇切丁寧に腰痛の治し方を教えてくれます。で、この『シャーロック・ホームズに学ぶ景気探偵術』は、突拍子なさでは二番目か? 著者の赤羽隆夫氏は日本シャーロック・ホームズ協会にも籍を置く歴としたシャーロッキアンなのだが、何を思ってかシャーロック・ホームズの推理手法を使って景気予測することを思いついた。中身は読んでないからまるで分からないのだが、たぶん「トンデモ本」の一種なんだろうなぁ。この本の出版された昭和58年の段階でバブルの高騰とその後の崩壊、それに続く大不況を予想していたとしたら、シャーロック・ホームズもまんざらではないのだが。


[252] WCPよりも古本市 2002-06-08 (Sut)

【6月8日(土)】
▼あー、嫌だ嫌だ。何が嫌だと言って、何もかもワールドカップ一色の今の日本の風潮が嫌だ。サッカーというスポーツ自体は特に嫌いなわけではないのだが、サッカー一色に日本を染め上げてしまったマスコミ偏向報道と、その報道にまんまと乗せられてどこからか一気に湧いて出た「サポーター」と称する連中がどうもなぁ・・・。「サッカーファンに非ずんば人にあらず」に近い今の状況って、いわゆる「ファッショ」の一種じゃないのか? 「個人情報保護法案」やら「有事法制関連法案」など何やらキナ臭いニオイが漂ってくる昨今、そのBGMとして聞こえてくるのは、サボーターたちの声高に叫ぶ「ニッポン! ニッポン!」という歓声である。サポーターならサポーターらしく、目立たないようにパンツの下の大事なところを守ってなさいって。
 それにしても、プロ野球も不甲斐ないぞ。たかがワールドカップくらいで試合を休みやがって。この程度のことで公式戦を何日も休むんだったら、松井をオリンピックに派遣したっていいだろうに>ナベツネ巨人。

 と、悪態を吐きながらも、話題の「少林サッカー」を観て来ましたぁ。前半がちょっともたつくよな・・・と思ったら、今、日本で公開されているのは香港で大ヒットしたために元のバージョンに20分も継ぎ足したロング・バージョンのようなのであった。でも、ひとたび試合になった途端に息も継げぬ面白さ。それにしても、この日本でも決して作れなかった映画じゃないよな、これは。まさに「アイデアの勝利」である。
 でも、もしかして、あれでようやく同点になっただけじゃないの・・・(^^;)?>「少林サッカー」のラスト。

▼古本とはまるで関係なさそうなひょんなところでBOOK-OFF新規開店のニュースを耳にして、おっとり刀で駆けつける。
 オープン初日には間に合わなかったため、たいした出物はない。百円均一でJ・M・ジンメル『白い逃亡者』(祥伝社NON NOVELS、S50)、フィリップ・フィンチ『f2f』(早川書房、1996)、マイク・ルピカ『スタジアムは君を忘れない』(東京書籍アメリカコラムニスト全集5、1992)を拾ったのみ。
 後日、その近くの古本屋で話を聞くと、やはり初日にはそれなりの出物があったらしい。その「出物」が何なのかはさっぱり不明だが、そういう話を聞くと何となくものすごい大損でも喰らってしまったような気がするんだよなぁ。ちぇっ。

▼さて定例古本市である。初日の金曜には行けるはずもなく、今回もまた開催二日目の土曜日にひやかしてみる。一階の百円均一で田中潤司の『おもしろ推理パズル』(日本文芸社、H4、100円)。パズル本はともあれ、田中潤司の海外ミステリ紹介文を一冊にまとめてくれる奇特な出版社はどこかにないものか?
 二階に上がって、J・シェーファー『シェーン』(早川ポケットブック、S38、300円)、夢枕獏編『岩村賢治詩集・蒼黒いけもの』(朝日ソノラマ、1987、700円)、「群盗荒野を裂く」(950円)。『シェーン』はNV文庫では持っているが、元版では所有してないはず。夢枕獏編の『蒼黒いけもの』も、文庫では持っているが単行本では未所有。こんなのばっかしやな。マカロニ・ウエスタンの隠れた傑作と言われる「群盗荒野を裂く」は、ちょっとした拾いものか?
 で、古書市はこれで終了。実にあっさりとしたもんです。

▼古書市会場を抜けた足で、古本屋を二〜三軒ハシゴする。猫又文庫に寄ってウイリアム・コツウィンクル『スーパーマン3 電子の要塞』(近代映画社、1983、700円)、『怪獣大戦争』(出版芸術社怪獣小説全集2、H5、1,000円)、藤井青銅『笑う20世紀』(実業之日本社JOY NOVELS、1994、100円)。店主にも「いよいよ変な本を買い始めましたねぇ(笑)?」と笑われた『スーパーマン3 電子の要塞』は、作者が『バドティーズ大先生』や『ET』のウイリアム・コツウィンクルだと初めて知ったが故である。出版芸術社の怪獣小説全集である『怪獣大戦争』はたぶん一巻目の『怪獣総進撃』だけ持ってるはず。黒沼健「ラドンの誕生」、吉田誠「大怪獣モスラ」、小林晋一郎「ゴジラvsビオランテ」の三編が収録されているが、珍しいのはやっぱり中村真一郎・福永武彦、堀田善衛合作版ではない「大怪獣モスラ」でしょう。
 その後に立ち寄った古本屋でぼんやりと棚を眺めていて、思いがけないものに遭遇する。そ、それは・・・。

 塔晶夫『虚無への供物』(講談社、S39、2,000円)!
 どうだ、驚いたかぁ?

 本を手に取り、店の主人に向かって思わず「こっ、こっ、こっ、これは・・・?」。
「はいはいはいはい、それは中井英夫が若い頃に使ってたペンネームですわな」とご主人。そっ、そんなことを訊いているんじゃないやいっ!
「こっ、こっ、これ、ください!」。

 帯・カバ付きの完本ならば少なくとも5万円はするという塔晶夫版『虚無への供物』が、なんでたったの2,000円かと言えば、もちろんそれなりの理由はあるのである。
 その理由とは・・・。

 帯はもちろんのこと、カバーも無い裸本だったからですな(゚-゚)b。

 それでも「腐っても鯛」、この本が塔晶夫版『虚無への供物』であることには間違いない。裸本の古書相場を表す言葉に「カバ・函八倍、帯三倍、赤子泣いてもムレさすな」という諺もあるくらいだ。嘘だけど。完本が5万円だとしたら、裸本でも少なくとも5千円が相場だろう。喜んで買うことにする。
 今回、ゲットしたのは初版だったのだが、店主と話していててっきり初版しかないと思い込んでいたこの塔晶夫版『虚無』に実は再版があったことを初めて知った俺であった。だったら、いつの日にかカバ付き帯付きだってきっと見つかることだろうて。
 それにしても古書市帰りに立ち寄った古本屋でそこそこの本が見つけるってのが、完全にジンクスになっちゃったようである。

▼新刊は、小林宏明『ミステリーが語る銃の世界 小林宏明のGUN講座』(エクスナレッジ)、菊地秀行『幽剣抄 追跡者』(角川書店)、メアリー・ロバーツ・ラインハート『黄色の間』(早川HPB)、『横溝正史自伝的随筆集』(角川書店)、高村薫『晴子情歌(上・下)』(新潮社)、ピーター・ラヴゼイ『降霊会の怪事件』(早川HM文庫)、殊能将之『樒/榁』(講談社ノベルズ)、ラムゼイ・キャンベル『無名恐怖』(角川書店)。ラムゼイ・キャンベルとはまた珍しいところを・・・。

▼ビデオでは、鈴木清順監督「ピストル・オペラ」、キューバ・グッディング主演の「チル・ファクター」、レネ・ゼルウィガー主演の「ブリジッド・ジョーンズの日記」
 鈴木清順が十年ぶりにメガフォンを取った「ピストル・オペラ」は、何だか寺山修司か唐十郎の撮った映画みたい(笑)。鈴木清順の演出や画面作りはあんまり「老いた」という感じはしないのだが、「無理してる」という感じはちょっとしたなぁ。
 キューバ・グッディング主演の「チル・ファクター」はたいして金の掛かってないアクションもの。だったらせめて脚本くらいには金を掛ければ良いものの、ストーリーもアラを探し始めたらキリがないって感じである。それにしても最近、キューバ・グッディングはよく見かけるよなぁ。
 さーて、「ナース・ベティ」でちょっと惚れてしまったレニー・ゼルウィガー主演の「ブリジッド・ジョーンズの日記」をようやく観たぞ。う〜ん、相変わらず可愛いぞ>レニー・ゼルウィガー。私生活の奔放さがまるで嘘みたいな可愛さである。この手の映画は久々に観たが、さすがにハリウッドの作るロマンチック・コメディは手慣れたもんである。
 上司役の二枚目ヒュー・グラントに口説かれるレニー・ゼルウィガーを見ていて、思わず「こらこらぁ、そんな奴に騙されるなよぉ! そいつは実生活では路上駐車した車の中で売春婦相手に・・・!」と叫ぶ俺。ほ〜ら、やっぱり騙されてやんの。
 さて最後に、この映画のラスト・シーン近くでレニー・ゼルウィガーが呟く台詞を皆さんに紹介して、今日はおしまいにしておこう。

「日記なんて、誰のものでもいい加減なもんだわ」(「ブリジッド・ジョーンズの日記」より)

 この「購書日記」もまた然りである。