購書日記


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いきなりお引っ越し
Date: 2005-05-06 (Fri)
 すみません。6月の名古屋オフも迫ってきたようなので、そろそろ世間にもオープンにすることと致しますが、実は「未読王購書日記」を今、世間で流行のBlogに引っ越し致しました。日本でもBlog人口がすでに200万人を超えたそうですが、ちょうど200万人目がこの私でした。

http://midokuoh.cocolog-nifty.com/

↑ ここです。

 次回、名古屋オフは6月4日(怒!)の予定。つーことで次回オフ幹事のぽかぽかさん、よろしくね。うふ。

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「このミス」秘聞
Date: 2004-11-06 (Sat)
【11月6日(土)】
▼思うところあって久しぶりに今年は「このミス」アンケートに参加することにした。「参加」といえば聞こえもいいが、はっきり言えば闇の茶木ルートを使って無理矢理に選出者の中に割り込ませてもらったわけなのだが。何せこの未読王購書日記を中断したことによって比較的読書の時間が取れたこともあり、今年は普段の年にも増して本が読めたもんな。今年一年間を通じて内外のミステリの新刊を少なくとも15冊くらいは読んでるんじゃないかな? これならば堂々と胸を張って年間ベスト・ミステリを選出できる資格があるよな、うんうん。
 ということで、チャッチャッと選出した結果を編集部に送ってから数日、夜半にわが家の電話が鳴った。受話器を取ると宝島編集部からである。
「もしもし、何度かお電話したんですけど、なかなかつかまらなくて」と「このミス」の編集担当者。このところ仕事がなかなか忙しく、家に帰るのが遅くなっていたのである。
「あ、それはすみませんでしたね。ところで、どんなご用件で?」と俺。
「いえ、未読王さんが海外編で選んで戴いた中で5位に二作品入っていますが、同じ順位に二作を選ぶわけにはいかないんでどれか一つに絞ってもらえないでしょうか?」
 とのことだったのだが、自分ではすでにいったい何を選んだのかすっかり忘れてしまってる。「え〜と、何でしたっけか、それは?」
「作者は同じなんですが、え〜と、スティーヴン・キングの『第四解剖室』と『幸運の25セント硬貨』です」
「あぁ、それはですねぇ」と俺。「その二冊はアメリカでは一冊の短編集として出版されたのですが、日本では出版社の都合でたまたま分冊で出ただけなんですよ。ですから一冊として挙げたのですけど」
「あぁ、そうなんスか……」
 なるほどと納得して、普通ならこれで一件落着のはずである。しかし事態はそれでは収まらなかった。

▼「ですけどね、一般のミステリファンはそれだと混乱しちゃうんじゃないかと思うんですよね」と編集担当。「ここは何とか一冊に絞って戴けないものかと……」
「と言われても、二つに分けた短編集のうちでどちらが良いかなんて言われてもなぁ。それって上下巻に分かれた長編小説の上巻下巻のうちでどちらか片っぽを選べというようなもんでしょ」と俺。だよなぁ?
「でも、そこを何とか……」
「う〜ん、困ったよなぁ」
 困る理由は、二冊を読み終えて、あぁ面白かった……と思ったものの、今となっては『第四解剖室』と『幸運の25セント硬貨』のどちらにどんな短編が収められていたのか、すっかり忘れてしまっているからなのだった。
「だったら申し訳ありませんが、別の作品を選んで戴くというわけにはいきませんでしょうか?」と編集者。この俺もだんだんそうした方がいいような気がしてきた。二つに割った饅頭でどっちの方が美味しかったですか?……みたいな質問にはなかなか答えづらいもんな。
「分かりました。じゃ、明日か明後日には必ずご返答を」と俺。
 普通ならこれで一件落着しないはずがないのだが。

▼「でっ、でも、そっ、それじゃあ遅いんですぅ〜!」と編集者はいきなりの半泣き声である。「締め切りがっ……、締め切りがもう目の前に迫ってるんですぅ!」
「あ、そうなんですか」と俺。「じゃ、いつまでに選べばいいんですか?」
「あと5分の間に何とかっ! じゃないと、未読王さんのせいで今年の『このミス』は出ないことになってしまいますぅ!
 ふっふふふ、それもまた一興……と心の内で思ったが、もちろんそんなことは口には出せない。時計を見ると深夜12時まであと5分といったところである。
「はっ、早く選んでくださぁい!」と電話口で叫ぶ編集者。「ほら、もう残り4分になったぁ! このままでは日本中のミステリファンが来年一年の生きる指針を失ってしまいますぅ!」
 それにしても、ミステリファンの皆さんがボーッと過ごしている裏では、こんなにも切羽詰まったギリギリの綱渡り的状況が生じていたなんて夢にも思わなかったでしょ?
「はっ、早く選んでくださぁい! あと3分しかありませんっ! 作品名と作者名だけでいいですからっ!」

▼人間、このような危機的状況に追い込まれた時に、普段であれば思いも寄らぬような力を発揮するタイプと、パニックに陥って何にも考えられなくなるタイプに分けられる。生憎、俺は後者だ。
「あのあのあの、えとえとえと、あはははは、あれあれあれ、えと、男が主人公で、ほら、あれあれ、あれなんかどうかな?」と作者も題名も何一つ思い浮かばない。このミスはベスト6を選ぶ流儀だが、今年、果たして俺は全部で6冊も海外ミステリを読んでたのか……という疑念すら湧いてくる始末である。いや、今はそんな疑念にかまっている余裕すらない。しかし頭の中は依然として真っ白のままである。
 その時、かろうじて思いついたのは、今、ちょうど読んでいる本である。というか、それしか思いつかない。電話の向こうの編集担当はすでに秒単位でカウントダウンを始めている。まだ100頁ほど読みかけたところなのだが……、ええぃ、ままよっ!
「えとえと、あのその、それじゃ『ストリート・ボーイズ』にします」と俺。
「そっ、その作者は?」と編集担当。
「ロレンゾ・カルカテラ。新潮文庫で出たばっかりのやつです」
「わっ、分かりましたっ! ホーレンソウ・カステラですね?」
「ちょっと落ち着いてください。ロレンゾ・カルカテラです。えと、これで何とか間に合います?」
「たっ、たぶん大丈夫です! 間に合います。いやぁ、本当に有り難うございました!」と編集者。「電話を切る前に一言だけ言わせてください。未読王さん、あなたのおかげで来年も全国のミステリファンはきっと路頭に迷わずに済みます。じゃ、チャオッ!」
 ということで、これでようやく一件落着……のはずだった。

▼いかに切羽詰まった状況だったとはいえ、日本国中のミステリファンが首を長くして待つ「このミス」に読みかけの本を投票したというのは、さすがの俺も良心が痛む。ということで大あわてで『ストリート・ボーイズ』を読み終えた。
 ふっふっふっ、さすがに俺の勘はまだまだ衰えちゃいなかったな。読み終えてみるとこれがもう血湧き肉躍る大傑作だったのだ。これならば5位どころか2位くらいにしても良かったくらいのもんだ。ストーリーはこうである。

 時は第二次世界大戦末期。敗色濃いイタリアではすでに独裁者ムッソリーニも権力の座から追われ、全土で連合軍対独軍の激しい戦闘が行われていた。連合軍に奪還されることを恐れ、独軍は戦火に追われてすでにほとんどの住民が逃げ出したナポリの街を徹底的に破壊し尽くすことを決意し、歴戦の機甲師団をナポリに送り込んだ。しかし、愛する街を守るためにナチス機甲師団に対して敢然と立ち上がった者たちがいた。それは、戦争で家族や家を失った300人のイタリア人戦争孤児たちだった。

 どうです? すっごく面白そうでしょう? しかもこれが何と史実を基にした小説だというんだからもう堪んないよなぁ。実際に戦時下のナポリでは戦争孤児たちがナチスに対して昂然とレジスタンスを決行したらしい。イタリアっていえば日独伊枢軸国の中ではもっとも最初に白旗を掲げ、何となく細いパンツを掃いて日がな一日カンツォーネを歌いながらワインを飲んで女の尻を追いかけ回しているようなイメージがあったのだが(ひどい?)、いやぁ、なかなかたいしたもんだわ。イタリア人を見直しました。
 ともあれ、この小説なら文句なしだ。いやぁ、よかったよかった。

 と、普通ならばこれで終わるはずなのだが……。

▼『ストリート・ボーイズ』を読み終え、満足の溜め息を吐きながらいつもの癖で何の気なしに奥付けを見てみたら……、が〜〜〜ん! 何と発行日が2004年11月1日だ! ご存じの通り、「このミス」の選定対象となる作品は、前年の11月1日から当年の10月末日までの一年間に発行されたものに限られる。……つーことは。

 うわっ、選定対象外じゃないの、これはっ! 100%フライングではないか……。

 だってさぁ、10月の終わりには書店にちゃんと並んでたんだぜ、この本……というような言い訳も今はすでに虚しい。しかし賢明な読者の皆様は、今年の「このミス」発行の舞台裏でこのような緊迫した状況があったことをご賢察戴き、なにとぞご寛恕賜りたいものである。だって、俺のせいでもしかしたら出版されなかったかもしれないんだぜ、今年の「このミス」は。 だからこの程度の些細なミスは見逃してくれよぉ。「この程度のミス」、略して「このミス」。とほほ。

▼さーて、ということで2006年版の「このミス」で『ストリート・ボーイズ』をもう一度選んでもいいもんでしょうか、この私は?


WEB日記というもの 付)しばし休憩宣言
Date: 2003-09-12 (Fri)
【9月12日(金)】
大矢ひろこの隠し日記で、大矢ひろこが漱石の「我が輩は猫である」の中にロバート・バーの「放心家組合」が出てくるのを見つけたと、あたかも鬼の首でも取ったかのように騒ぎ立てているので、これは一言注意してやらねばと思い電話してみる。

「未読王だ」
「何だ? 大矢だ。やんのかこらぁ!
「漱石の『猫』に『放心家組合』が出てくるなんてのは、ミステリファンにとっては常識だぞ常識。」
「えっ、そうなんだ? せっかく自力で見つけた世紀の大発見だと思ったんだけどなぁ。ちっ、常識だったんだ・・・」
「常識も常識。ミステリファンにとってはエラリィ・クイーンが二人組だというのと同じくらい常識だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「どっ、どうした? まっ、まさか・・・、エラリィ・クイーンが二人組だということまで知らなかったんでは・・・?
「はは・・・、あはははは、ははは・・・。まっ、まさかぁ。いくらこの私が「常識とはかけ離れたところで生きている女」と人から呼ばれていたって、さすがにそのくらいのことは知ってるわよぉ。エラリィとクイーンの二人組でしょ? 横山エラリィと西川クイーン
「漫才師か、そいつらは!」

 しかしその後、大矢ひろこの日記によればkashiba@猟奇の鉄人氏までが放心家組合 in 漱石「猫」を知らなかったとの由。ほんとなのかよ、おい? 記憶を辿れば俺がこの件を知ったのは故瀬戸川猛資氏の『夢想の研究』であったと記憶する。ご承知の通り、この本は我々ミステリと映画のファンにとっては、従来の視点とはまったく異なる地点から新たにミステリや映画の娯しみ方を教えてくれたと言っても過言でない名著である。更に遡れば、この本に収められたそれぞれのエッセーが連載されていた当時の「ミステリマガジン」で読んだのがおそらく最初だ。これが「家の光」だとか「明るい農村」なんて雑誌に載っていたというんならばいざ知らず、海外ミステリ雑誌の雄である「ミステリマガジン」に載ってたんなら、ミステリ・ファンやマニアにとってそれを「常識」と呼んでどこが悪いんだ、こら(笑)。ま、大矢ひろこの日記でも、「未読王が知ってるくらいだから、きっと近所の池に住んでるミズスマシでも知ってる程度のことなのだろう」と、それすらも知らなかった自分がミズスマシ以下の存在と暗に自ら卑下していることもあるので、今日はこのくらいで勘弁しといてやるけどさー。ミズスマシ以下(って最近、ミズスマシなんて見かけることはまるでないが、そんなのがまだいっぱいいるという大矢ひろこの近所ってのはいったい・・・?)の大矢ひろこは仕方がないとしても、kashiba氏ほどの鉄人になれば単に忘れているだけだと思うがなぁ。

▼買った新刊。エドワード・L・ビーチ『深く静かに潜行せよ』(柏艪舎)、片山まさゆき『牌賊オカルティ(6)』(竹書房)、ボストン・テラン『死者を侮るなかれ』(文春文庫)、M・A・コリンズ『黒衣のダリア』(文春文庫)、トマス・H・クック『テイクン(下)』(竹書房文庫)、リイ・ブラケット『非情の裁き』(扶桑社文庫)、猿田悠『恐い話怖い話』(文芸社)、黒田硫黄『映画に毛が三本!』(講談社)、小林泰三『目を擦る女』(早川文庫JA)、マイクル・コナリー『チェイシング・リリー』(早川書房)、ジョン・コナリー『死せるものすべてに(上・下)』(講談社文庫)、マイケル・ギルバート『スモールボーン氏は不在』(小学館)、五條瑛『ヨリックの饗宴』(文藝春秋)、ミステリー文学資料館編『「エロティック・ミステリー」傑作選』(光文社文庫甦る推理雑誌8)、桂米朝・筒井康隆『対談 笑いの世界』(朝日選書)、山上たつひこ『ベスト・オブ・がきデカ』(宝島社)、「ミステリーズ! vol.2」(東京創元社)、「ミステリ・マガジン2003/10月号」(早川書房)、『SFマガジン 2003/10月号』(早川書房)、「本の雑誌 2003/10月号」(本の雑誌社)。

 う〜む、面白そうな本がまたまた目白押しである。潜水艦アクションものとしての古典である『深く静かに潜行せよ』はこれが初の完訳とのことだが、ロバート・ワイズ監督作品の映画すら観ていない当方としては、帯の惹句で初めて太平洋戦線下の日米の戦いが舞台だったと初めて知った次第。文春文庫の2冊も必読だろうし、マイクル・コナリーの『チェイシング・リリー』も、ベストテン候補の一角として早川がおそらくこの時期にぶつけてきたんだろうしなぁ。「おっ、またまたマイケル・コナリーの新刊がっ!」と思って間違えて買ったジョン・コナリーの『死せるものすべてに』も(間違って買った割には)かなり面白そうである。各所で「今年前半の収穫」と言われる『捕虜収容所の死』でミニ・ブレイクしたマイケル・ギルバートの『スモールボーン氏は不在』もギルバートの再評価がこの一作でほとんど決まるんだろうなぁ。巻末解説を担当した加瀬義雄という方は知らないが、非常に過不足の無い良い解説だと思う。ただし帯の「MWA・CWA両賞受賞!」というキャッチコピーはちょっと詐欺っぽいよな。別にこの『スモールボーン氏は不在』が両賞を得たわけではなく、どちらの賞もマイケル・ギルバート本人のミステリへの長年の功績に対する功労賞的に貰ったものなんだもん。ともあれ、日本では不遇の作家であったM・ギルバートに再び陽が当たるのは実に結構なことなのだが、だからと言って『ひらけ胡麻!』だとか『空高く』をいちいち復刊して貰わなくても結構だかんな、おいっ(-_-;)凸! しかし、これだけ目白押しの面白そうな本の中でも、何と言ってもその筆頭に来るのはリイ・ブラケットの『非情の裁き』だろう。未訳の海外名作の発掘に忙しい本格推理関係に較べて、同じミステリの範疇でも未訳古典長編の掘り起こしの点でまだまだ立ち遅れているのがハードボイルド、クライム、サスペンス、冒険小説といった本格以外のジャンルである。以前からSF畑ではそれなりに著名なリイ・ブラケットがどうしてハワード・ホークスの「三つ数えろ」や「ロング・グッドバイ」などのチャンドラー原作脚本を担当したのか不思議でならなかったのだが、この『非情の裁き』を読めばおそらくその謎も解けるだろう。前々から女性作家の書くハードボイルドに傑作無し!とも思っていたのだが、その盲信もこの作品で覆るかもしれんなぁ。ともあれ、それくらい期待できるというものだ。訳者が浅倉久志というのも好印象だよね。五條瑛の『ヨリックの饗宴』は文藝春秋社から初めて上梓する長編ということもあって作者自身もおそらく相当力の入った作品になっているのではなかろうか? この五條瑛もそろそろ本格的にブレイクしても良さそうなのだが・・・。光文社文庫の’甦る推理雑誌’シリーズも8巻目となる『「エロティック・ミステリー」傑作選』で残すところいよいよ『「別冊宝石」傑作選』と『「宝石」傑作選』の2冊となったが、この『「エロティック・ミステリー」傑作選』で終わってももういいや(笑)。ともあれ、古本屋で見かけてもなかなか買う気のしなかった「エロティック・ミステリー」誌をこういう形でまとめてもらうのは実に有り難い。桂米朝・筒井康隆『対談 笑いの世界』は、確かに今、この時点で「笑い」をテーマに昔の上方演芸を中心に語らせるとしたらこの二人くらいしか既に現存してないもんなぁ。コメディ全般となると、あとはせいぜい山藤章二と小林信彦、森卓也、高田文夫くらいのもんか? いや、高田文夫は五月蠅すぎるからやっぱりいいや(笑)。ちょっと気になったのは、対談の進行係(朝日新聞の記者)が「(筒井先生は若手俳優として)昔、新聞紙上で『西の筒井康隆、東の仲谷昇』と称されたくらいの」などと言っているのだが、これは確か「東の仲代達矢」ではなかったか? 細かいことだが、筒井康隆本人もあえて訂正していないので一言。読み終わってもう少し上方落語に触れていたくて、ちくま文庫の旧刊桂枝雀『桂枝雀のらくご指南−枝雀と61人の仲間』もついでに買ってきてしまった。山上たつひこ『ベスト・オブ・がきデカ』は作者本人による自選傑作集。思えば、俺の人格形成に多大な影響を与えたのがこの『がきデカ』とそれに先んずる『喜劇・新思想体系』の両シリーズだったもんなぁ。それが人格形成にどんな影響を与えたかは別にして。「がきデカ」連載初期の頃、すでに充分な大人だった菊地秀行氏が我々のたまり場としていた喫茶店にフラリと立ち寄っては、最新号に載っているこまわり君と父ちゃんの会話を嬉しそうな顔で暗唱していたのが何故だか強烈に記憶に残っている。この『ベスト・オブ・がきデカ』にはやはり『がきデカ』から人格形成に多大な影響を受けたと思われる喜国雅彦氏の手になる「がきデカ2003」もオマケに付いているが、どうせならせめて16頁くらいは描いて欲しかったよなぁ・・・と思うのはあまりにも欲張りか? 巻末の作者インタビューの中で、二度と再びマンガの筆を執ることはないと思っていた山上たつひこが、今、大人版「がきデカ」をコツコツと執筆中と語っているのが嬉しい驚きであった。

▼買った古本。ジム・トンプスン『内なる殺人者』(河出書房新社、2001、100円)、司城志朗『そして犯人もいなくなった』(立風ノベルス、1988、100円)、ネヴァダ・バー『山猫』(福武ミステリーペーパーバックス、1994、100円)、バーナード・コーンウェル『ロセンデール家の嵐』(早川書房、1991、100円)、バーナード・コーンウェル『嵐の絆』(早川書房、1993、100円)、アリステア・マクリーン『金門橋』(早川ノヴェルズ、S53、100円)。
 いやぁ、古本はしょうもないものばかり買っていて実に申し訳ない。しかもこの中でダブリじゃないと確信して言えるのは、司城志朗『そして犯人もいなくなった』一冊だけだしなぁ。『内なる殺人者』は、この版で持っていなくてもこれより先に出た文庫版では間違いなく持っていることだし。

▼ついでに、買った中古ビデオ。「素晴らしきキネマ野郎」(550円)、「突破口」(550円)。「素晴らしきキネマ野郎」はハリウッド無声喜劇へのオマージュを捧げたドイツ製のTVコメディドラマのような気がする。何せまるで内容を知らない上にまだ未見なので何ともコメントのしようがない。「突破口」は、脂の乗りきった当時のドン・シーゲルが大傑作「ダーティハリー」の次に監督したアクション。公開されたのは1973年とのことなので、30年ぶりに目にすることになる。「ダーティハリー」の陰に隠れて比較的目立たない一作だが、主演のウォルター・マッソーに加えて「ダーティハリー」で狂気の殺人鬼「さそり座の男」を演じたアンディ・ロビンソン、「ウォーキング・トール」で悪人たちをバットでぶっ叩いてたジョー・ドン・ベイカーといった一癖も二癖もある役者が揃った、良い意味でのB級アクションという趣きの隠れた傑作。それにしてもアンディ・ロビンソンは「ダーティハリー」とこの映画の二本でしか目にした記憶が無いよなぁ。他に何かに出てたっけか?

▼観たビデオは簡潔に書く。「K19」(☆☆☆★)「モンク(2)(3)(4)」(☆☆☆★)「ジェイ&サイレント・ボブ 帝国への逆襲」(★)「保険調査員フランク25」(☆)「トランスポーター」(☆☆☆★)「フレイルティ 妄執」(☆☆★)
「K19」は旧ソ連版「プロジェクトx」という趣き。これはこの映画に関してどこでも必ず言われていることだが、監督したのが女性だという点にはやはり驚く。つまり、それほど男性的な映画なのだ。第一巻目を観て惚れ込んだ「モンク」の第二巻、三巻、四巻を続けて観る。第一巻目がスペシャル版であったのに対して二巻目以降はTVレギュラー化したもので巻ごとに二〜三話を収録してある。推理ドラマとして観れば謎もトリックもその解明の仕方もユルユルなのだが、やはりモンクのキャラクターの秀逸さに掛かったドラマであり、たとえば第二巻の精神病院を舞台にしたものだとか第四巻のサンフランシスコを襲った地震のショックで宇宙語しか喋れなくなったモンクといったような、モンク自身の精神病質がストーリーと直接関連する内容になればなるほど面白くなる。それにしてもこれはやっぱり日本では作れない種類のドラマだな。期待して観た「ジェイ&サイレント・ボブ 帝国への逆襲」は空恐ろしくなるほどのカス映画だった。アメリカ人ってのは未だに「FUCK」という単語が出てくるだけで笑えるんだろうか? ベン・アフレック、マット・デイモン、クリス・ロックにマーク・ハミル&キャリー・フィッシャーといった豪華競演陣がちょっと虚しい。「保険調査員フランク25」は伝統的なコメディなのだが、単にそれだけの映画。主演のデイヴ・シェリダンはジム・キャリー風のいい男なのだが、ジム・キャリーほどぶっ壊れたコメディ演技ができない点があまりにも弱いね。製作兼脚本をリュック・ベッソンが担当した「トランスポーター」は、ホントはリュック・ベッソンが監督もやったんだろ・・・と思えるほどにベッソン色が濃い。アクションものとしてはまずまずの出来である。スティーブン・キングが「こんな結末見たことない!」と驚いたというビル・パクストン監督兼主演の「フレイルティ 妄執」はホラーとサイコホラーの中間に位置する内容。まぁ、おそらくキングもおベンチャラで驚いてみせただけなんであろうが、それほどぶっ魂消るような結末でもないしね。

▼帯に“WEB日記の金字塔”と惹句のある唐沢俊一『裏モノ日記』(アスペクト)を面白く読んだ。いやぁ、やはり日記は自分で書いているよりも人の日記を読んでいる方がよっぽど面白いや。
 そう言いながらも、この未読王購書日記も誰にも気づかれないままに、この九月で早くも4年目に突入してしまった。
 日記というものは、本来、自分自身のためにのみ書かれるべき性質なのだが、WEB上で公開されている全ての日記は、基本的には他人の目に触れることを前提として書かれているはずである。であるならば本来の「日記」の意味とは異なり、いわば「作品」としての性質を兼ね備えているものであるべきだ。世の中には日々、星の数ほどのWEB日記が新たに誕生してくるが、意外にもその寿命は短い。一度、誰かがWEB日記の平均寿命(継続日数)を調査してみれば面白いと思う。一年以上継続的に続けられているWEB日記は、せいぜいほんの数パーセント程度といったところではないだろうか? 日記はある意味「三日坊主」の代名詞みたいな存在なのだが、WEB日記でホントに三日で終わってしまった例も何度か実見しているくらいだからなぁ。
 インターネットで日記を長く続けられるコツは、やはりその「読者」の存在だろう。そう言うこの俺だって、この購書日記に女子高生の読者がこんなにも大勢いるともしも知らなけりゃ、とっくの昔に書くのを止めていたかもしれないもんな。読者をまったく意識していなくて、しかもなおWEB日記を一年以上も続けているという方がもしもいるとしたら、その人はよほど偏執的かつ執念深い性格を持った人間で、ついでに言えば血液型は間違いなくA型で幼児期に性的虐待を受けていた可能性があるはずだ。そして、読者が付くかどうかは、やはりその日記が読むに足るほど面白いかどうかに掛かっている。

 3年前に俺がインターネットでこの「未読王購書日記」を書き始めるにあたって心がけたのは次の4点。「身辺雑記は極力書かない」「読んだ本の感想は書かない」「最低、何か一つはネタを入れる」「買った古本の値段を記す」である。

 このうち、試してみれば分かると思うが、日記で「身辺雑記は極力書かない」というシバリを設けることは実はしごく難しい。そもそも身辺雑記を記すことこそが日記本来の役割だもんな。無論、この俺にしてみれば「本を買う」こと自体がすでにごく日常的な「身辺雑記」になってしまうわけなのだが、書き始める段階でその点だけに特化すれば「読者」はそこそこの興味を持ってくれるはず・・・という計算が働いたのもまた事実。まぁ、そのあたりはインターネット以前に、Niftyの某PATIOで3年ほど書き続けていた日記の継続なので、すでに慣れているといえばそれなりに書き慣れていたわけなのだが。
 ともあれ、他人のWEB日記を読んでいても、その人が普段何を飲み喰いし誰と会いどこへ行って何を考え何をしようが俺にはほとんど興味が起きない。唯一、興味が湧くとすればその書き方だ。事実のみを淡々と記されても困るし、かと言ってわけの分からない思想信条をその中で吐露されてもさらに一層困るだけである。もしも事実のみをありのままに記す「日記」という形態に拘るならば、どんな大文豪だろうが「○月○日 晴れ。朝、起きて歯を磨いて朝飯食べてやることが無いのでボーッとしてたら一日が過ぎて、晩飯にうどん喰って寝ちゃいましたー」という一日があったってちっともおかしくない。果たして文豪がこんな日記を書くかどうかは別にして・・・だが。相手が文豪や有名人、アイドルといった存在ならばそれでも読者は付くだろうが、一介の市井人ともなればやはりその中身で勝負するしかないわけである。だったら、とことん創りこんだような日記の方が俺自身の好みなわけだ。「日記もまた作品である」という概念に立てば、要は日記としてのテーマを何に選び、それをどう書くかが問題だ。たとえそれが育児日記であろうがアサガオ観察日記であろうが、書き方次第で必ず面白くなるはずだし、北朝鮮に現在潜入中の内閣調査室の秘密情報部員の日記などという事実だけ記してもそれなりに面白くなりそうな日記であっても、書き方によっては3日読んだら嫌になるという日記もあろう。と言って、そんな日記をWEBに書かないでくださいよ、北朝鮮在住の内閣調査室の秘密情報部員の皆さんは。ヘタすると正体がバレて捕まっちゃいますからね。

▼ということで、この「未読王購書日記」もこの9月でついに10万ヒットを記録した。いやなに、たいしたことはない。どうせこの10万ヒットのうちの少なくとも3万5千くらいはたぶんこの俺自身で踏んだもんなんだから。
 ところがこのところ、仕事が完全にテンパってきていてこの日記に費やす時間が取れそうにもない。そういやもう一つ、この購書日記を始めるにあたって心に決めていたのが、「会社の執務時間中にしか書かない」だったことだしな(笑)。これでも帰宅した後や休日にチマチマと日記を書くほど心貧しい生活はしていないつもりなんである。ということでこの10万ヒットを期にしばらくこの「未読王購書日記」を休憩することとした。当面、年内を休養に当てるつもりだが、これとてどうなるかは分からない。「日記を書く」という行為はあくまで習慣性なものなので中断もこれまた同様に習慣化しかねないし、その時の気分次第では再開が早まるかもしれない。ことに16歳から24歳までの独身女性たちからの熱烈な再開コールが殺到すれば更にその時期が早まることだって充分考えられるわけである。えっと、もしかしてこれって催促? 念のために言っておくが、前記の条件に適しないような相手からの再開コールは、むしろ意地でも再開したくなくなる可能性だって充分秘めているわけだ。いやぁ、ヘソ曲がりなんだからぁ、このおじさんったらば。
 当オフの連絡用その他の目的で掲示板はこのまま残しておくようにいるか@大家に頼むつもりである。せいぜいご活用願いたい。そうだなぁ、年末の忘年オフに先ほどの条件に見合う若い女性が少なくとも5名以上参加した場合には復帰を早めることとしようかな(笑)。
 それでは皆さん、しばしの間、ご機嫌よう。


記録−−それは破られるためにあるのだが・・・
Date: 2003-08-29 (Fri)
【8月29日(金)】
人は一日の間にどれだけたくさんの本を買うことができるのだろうか?
 夏休みの宿題の自由研究にこんなテーマを思いついて実行しようとしたら親からの猛烈な反対を受けて実現が叶わなかったために、仕方なく「フェルマーの最終定理の論理的解明」などという比較的ありふれた自由研究テーマで文部大臣賞を貰ったのが、確か小学4年生の時だ。本来ならばノーベル数学賞の候補くらいになってもおかしくなかったのだが、候補者に必要とされる身長制限にその時点で未だ達していなかったために残念ながら涙を呑んだ次第だ。しかもノーベル賞には数学賞なんて無いしな。
 以来、夏が訪れるたびに今年こそはこのテーマに挑戦しようと思いながらも、ついつい忙しさに気が紛れてしまい気がつけばいつの間にか今はもう秋、誰もいない海〜♪・・・というような歳月を繰り返してきたのだが、今年は違うぞ今年は。ということで本日、夏休みを急遽取ってこの課題に挑戦することにした。偶然にも今日は定例古書市の初日。相手にとって不足はないわ。
 とはいえ、むやみやたらにどんな本でも買えばいいというわけではない。本屋の棚の端から端までを指さして「ここからここまでの本、全部くださぁい!」なんて日露戦役直後の戦争成金みたいな買い方も出来るはずがない。そんなYAHOO! オークションにちょっと珍しい本が出たからといって、わけも分からずどんどん値段を吊り上げていく莫迦みたいな買い方をしてたまるもんか。
 とりあえず、俺の中には買うべき本に対する確固とした基準はあるのだ。ただ、その基準をそうは簡単にみんなに教えるわけにはいかないんだがね。それに、たとえ教えたとしても決して理解して貰えないだろうし。

▼ということで、朝一で定例古書市の開場を待つ列に並ぶ。もしもあなたが古書市初日の開場を待つ行列に一度も並んだことがないと言うのならば、ぜひ一度並んでみることをお薦めしたい。ここには「人生の縮図」があるのだ。休みの多い8月とはいえど平日の朝十時に古本市初日の開場を待つ行列に並んでいるような連中は、どう贔屓目に見ても特殊な人生を送ってきた人達に違いない。ちょうど俺の目の前には、手には手提げの紙袋、髪型はハゲなのに何故か長髪、その格好はと見ればちょっと黄ばんだTシャツに薄汚れたジーンズ(というよりはGパン)姿で「人からオタクと呼ばれ続けて今年でちょうど二十五年目になりましたぁ!」というオーラを全身から発しているかのような小太りの中年オヤジが意味もなく虚空を睨んでおり、後ろを振り返れば儂の半径2m以内に近寄ってきた奴らはこの杖で叩ッ殺してくれるわ!というような顔をした爺さんたちが並んでいて、もしも俺に絵心が有ればそのままスケッチして出来た絵を自宅の応接間の壁に飾っておきたくなるような風情の人物ばかりである。
 やがてシャッターが開き、ぞろぞろと入場開始。
 今日の目的はとりあえず数を買うということなので、まずは均一台からチェックに入る。百円均一の単行本の中から筒井康隆『新宿祭 筒井康隆初期作品集』(立風書房、1978)、ケン・フォレット/ルネ・モイ・モーリス『黄金の6人』(サンケイ出版、S60)の二冊を拾う。筒井の『新宿祭』は、今手にしているこの本を入れればたぶん家に四冊か五冊はある勘定になる。『黄金の6人』はケン・フォレットが出世作『針の目』と平行して書いていたという金庫破りノンフィクション。続いて三冊百円の文庫本の中から、J・G・バラード『溺れた巨人』(創元SF文庫、1971)、J・バーナード『スクリーン・デビュー あの名優・名監督の最初の映画』(講談社α文庫、1995)、ラビ・M・トケイヤー『ユダヤ・ジョーク集』(講談社α文庫、1994)の三冊。バラードの『溺れた巨人』は帳尻あわせのダブリ本となるのだが、三冊百円均一台の中からきっちり三冊買うというのも実に久々の経験である。普段だったら荷物にもなるしどうせダブリだと思ってせいぜい一冊か二冊で止めておくもんな。
 二階の本会場には案の定たいした本は無いが、そんなことはとっくに計算済みだ。それでも何とか、原健太郎『東京喜劇 アチャラカの歴史』(NTT出版、1994、1,200円)、南伸坊『ごはんつぶがついてます』(晶文社、1998、300円)、南伸坊『対岸の家事』(日本経済新聞社、1998、300円)、加島祥造編『ユーモア名句&ジョーク』(講談社、S61、500円)と、どうでもいいような4冊を拾う。学生時代、ある出版社でバイトをしていた時、資料を借りに水道橋にあったガロの編集部に使いに行かされて、扉を開けるといきなり目の前に南伸坊のオニギリ顔があってびっくりしたことを思い出した。いや、それだけの話なんだけどね。

▼古書会館を出てそのまま鶴舞の古書街へ足を向ける。定例古書市の開かれる古書会館まで来ることはあっても、その近くの鶴舞古書街を訪れることは年にせいぜい二度か三度だ。別に出入り禁止になっているわけではないぞ。滅多に足を向けない最も大きな理由は欲しい本がまるで無いからである。それにせいぜい六〜七軒しか古本屋が並んでないくせに、エラソーに「古書街」なんて名前付けんなよな。
 などと文句を垂れながら、それでも五冊二百円の均一文庫棚の中からハモンド・イネス『メリー・ディア号の遭難』(早川NV文庫、S47)、同『海底のUボート基地』(早川NV文庫、S49)、同『北海の星』(早川NV文庫、S54)、レイ・カミングス『宇宙の果てを超えて』(早川SF文庫、S45)、フランク・ハーバー『ドサディ実験星』(創元SF文庫、1979)の五冊を拾い上げる。おそらくは『宇宙の果てを超えて』以外はほとんどダブリのはずだ。それにしても三冊百円で三冊買うことすら滅多にない男が、五冊二百円の均一本を相手にきっちり五冊買うような日がよもや訪れようとは・・・!
 鶴舞に来るたびにチラリと顔を出しては情報交換して帰る古本屋で今日も少しの間お喋り。店主は比較的歳が若いにも関わらず、インターネットに進出する気はさらさら無いようだ。喋りながらひょいと横を見ると早川ノヴェルスが30冊ほど並んでいたので、その中から持っていないような気がしたマイク・ルート『スコルピオ』(早川ノヴェルス、S48、400円)、リチャード・コンドン『果てしなき無限の鏡』(早川ノヴェルス、S42、400円)、ジョン・ガードナー『シンジケート』(早川ノヴェルス、S48、400円)、クライブ・イグルトン『ドラブル』(早川ノヴェルス、S50)を選び出す。だけど、家に帰ってみたら実は4冊とも持っていたことが分かるのだが。
 鶴舞から上前津に向けて数軒点在する古本屋を虱潰しに当たりながら、高橋宣勝『イギリスに伝わる怖い話 英国幽霊怪奇譚』(大和書房、2000、900円)、南條範夫『慾と慾と慾 南條範夫推理小説選集』(青樹社、S41、1,000円)、リチャード・ドイル『ロンドン大洪水』(サンリオ、1982、1,000円)、宇野信夫『昔も今も笑いのタネ本』(旺文社文庫、1985、500円)と拾って歩く。ディザスター小説の『ロンドン大洪水』の作者リチャード・ドイルはアーサー・コナン・ドイルの孫だか曾孫だかという人物なのだが、サー・ドイルの衣鉢を継ぐことなくこういったパニック小説ばかり書いているので親戚一同の鼻つまみ者となっている(かどうかまでは知らないが)

▼そのまま、栄に出て繁華街の大型新刊書店を回る。この二日ほど新刊書店を覗いていなかったので、やっぱり買いたい本が色々と出ているな。唐沢俊一『裏モノ日記』(アスペクト)、深堀骨『アマチャ・ズルチャ 柴刈天神前風土記』(早川書房SFシリーズJコレクション)、トマス・H・クック『テイクン(上)』(竹書房文庫)、マーカス・ウィン『特別追撃任務』(早川NV文庫)、外山滋比古『ユーモアのレッスン』(中公新書)、ロバート・R・マキャモン『魔女は夜ささやく(上・下)』(文藝春秋)、水野雅士『シャーロック・ホームズと99人の賢者』(青弓社)、サイモン・カーニック『殺す警官』(新潮文庫)、ホイットリー・ストリーバー『薔薇の渇き』(新潮文庫)といったあたりをムサボり買う。
 『アマチャ・ズルチャ』の深堀骨という人は、もしもこれが本名だったりしたらものすごい親だよなぁ。区役所の戸籍係はこんな名前でも出生届を受け付けてくれるのだろうか? 収録短編は書き下ろしの一編を除いて全て「ミステリマガジン」か「SFマガジン」に掲載されたもののようだが、深堀骨という名前にはまるで記憶がない。昔だったら「ミステリマガジン」の目次あたりで知らない名前をチラリと目にしただけで、まるでスポンジに染みこむように名前その他の情報が記憶に焼き付いたものだが、最近は仮にその小説を読んだとしても内容はおろか作者名もタイトルも記憶からどんどん抜け落ちてしまうから困ったものだ。いや、最近は買うだけ買った「ミステリマガジン」や「SFマガジン」の目次にすら目を通していないという可能性もあるのだが。
 吉野仁氏のサイト「巧言令色吉野仁」で作者がトマス・H・クックだと気づかされた『テイクン(上)』もあわてて買う。竹書房もそれをまるで売り物にしていないのはどうかと思うが。
 外山滋比古『ユーモアのレッスン』にあったバーナード・ショーの冗句。ある人が「金曜日に結婚すると不幸になると言われていますが本当でしょうか?」と問うと、バーナード・ショー答えて曰く「もちろんです。どうして金曜日だけが例外なんてことがあるでしょうか」
 久々のマキャモン。この『魔女は夜ささやく』は質量ともに今年の「このミス」ベストテン入りの有力候補だろう。ウホウホ言いながら買ったのはいいが、いざレジで金を支払う段になって何か計算が間違ってるんじゃないかと思えるほど高かったけど。ホイットリー・ストリーバーの『薔薇の渇き』は、お懐かしや、デビッド・ボウイが吸血鬼に扮した映画「ハンガー」の原作本とのこと。
 それにしても、シャーロッキアンの皆さん方にとっては「ホームズ譚の中に聖武天皇の名前が出てくる」なんてのはホンの常識でしたっけ? 俺なんてまったく忘れてたけど。これは、水野雅士『シャーロック・ホームズと99人の賢者』をパラパラと飛ばし読みしていてあっと驚いたトリヴィア。でも、せいぜい58へぇくらいのものか?
 CDショップでAORの二枚組ベスト盤「Melodies−The Best of AOR」と、同じくジャズのベスト盤「MOJO」も購入。「Melodies」の方はボズ・スキャッグス、ボビー・コールドウェル、ドナルド・フェイゲン、J・D・サウザー、クリストファー・クロス、ドナルド・フェイゲン、ToTo、マイケル・フランクス、ドゥービー・ブラザーズ、ルパート・ホームズ、ポール・デイヴィス・・・と、70〜80年代のAOR界の大御所たちが総結集したようなベスト盤で、このCD一枚と車さえあれば、夏の夕刻、このCDをBGMに女の子を乗せて二人で海辺に沈む夕陽でも見に行ったら、その日のうちにまず落とせないわけがないというような必勝アイテムである。ただし車は最低でもポルシェね。「MOJO」はおそらく「Masters Of Jazz Omunibus」の頭文字を取ったものと思うが、ジャズの名演名曲が44曲も入ってたった千円ぽっきりという値段の安さに釣られて購入。

▼その後また、市内の古本屋を何軒か回った末に買っていたのは、「ヒッチコックマガジン 1960/9月号」(宝石社、1960、500円)と洋雑誌の「ASIMOV'S SF ADVENTURE Magazine 1979秋号」(Davis Publications, Inc、1979、300円)の古雑誌二冊。「日本版AHMM」はもう何を持っているやらいないやらさっぱり分からなくなった雑誌。特集は当時のヒッチコックマガジンお馴染みの「GUN特集」である。1960年といえば安保紛争の年だが、そのような世情穏やかではない時世にこのような不穏な特集をやっていたというのも今から考えるとすごい話だ。「ASIMOV'S SF ADVENTURE」は300円という安さだったのでつい購入。1979年といえば「スターウォーズ」の第一作と第二作の公開される狭間の年で、SFが最も盛り上がってた頃だよなぁ。掲載作にはジョン・ブラナー、バリー・B・ロングイヤー、デビッド・ジェロルドといったあたりのSFプロパー作家たちの名前が並ぶ。このあたりの比較的新し目の洋SF雑誌の古書価格については全く知識を持たなかったので家に帰ってからインターネットでアメリカの古書サイトをいくつか検索してみたら、何だよぉ、全然たいしたことないんでやんの。高くてもせいぜい一冊10〜15$といったところか。

 ということで、本日の購入本は古本(古雑誌含む)24冊+新刊10冊の合計34冊。支払合計金額は想像もしたくないが、幸いにして本屋廻りの後で立ち寄ったパチンコ屋で3万円ほど稼いだので、財布の中身はそうは減ってはいないはずだ。
 しかしこの程度では、一日の間に何冊買えるかの世界記録更新にはまだまだほど遠いもんだな。ちなみに本の転売目的や全集・叢書やシリーズ本のまとめ買いではなく、純粋な本の購入だけで一日の間で買った本の冊数の世界記録としては、1983年秋にイタリアのジュゼッペ・トロカデーロ氏が記録した946冊という記録が未だに破られていないのである。←28へぇ。


談志のマクラ
Date: 2003-08-28 (Thu)
【8月28日(木)】
▼近所のレンタルビデオ屋はたまに変わったビデオを店に並べていて、今はそのうちの「立川談志 古典落語特選」全五巻(竹書房刊)をポツリポツリと借りてきては視聴しているところだ。こうやって改めて談志の噺をじっくりと聴いてみると、落語に向ける談志の愛情はやはり並大抵な深さでないことに気づく。自分でも本当に楽しみながら落語を演じているのが観客にもじんわりと伝わってくるのである。今回聴いた談志の噺には、別の噺のフレーズや登場人物が筋に関係なくいきなり登場してくるといった落語通にしか分からないクスグリが結構使われているのだが、これは−−弟子の藤志楼の噺が多少は影響しているにしても−−やはり落語に対する談志の愛情の深さから来ているものだと好意的に評価しておこう。立川流の一門会で録られた高座がほとんどなので談志も比較的気楽な雰囲気で語っており、噺のマクラで繰り広げられる談志一流の雑談もなかなかにいい味を出している。落語のマクラといえば普通は小咄から入るが、談志の場合はむしろ雑談。そしてそのマクラの部分がまた結構長いのだ。
 昔、山下洋輔や坂田明、タモリらが始めた密室芸の一つに「アドリブ落語」(と言ったっけか?)という隠し芸があったそうで、これは落語の中に出てくる名フレーズを次から次へと即興で繋げていくというものなのだが、それを知ってか知らずか、第二巻に収められた「つるつる」のマクラでこれとまったく同じ芸を談志が披露している。素人芸でも相当面白そうなのに、いみじくも落語のプロである談志が演じているってんだから、これはもう面白くならないはずがない。他の巻では談志が好きな映画についてマクラで語っており、「生きるべきか死ぬべきか」「マダムと泥棒」「ワンダとダイヤと優しい奴ら」といったあたりの名前を挙げているのが喜劇映画ファンの一人としてはやはり嬉しい。ルビッチ監督の「生きるべきか死ぬべきか」はメル・ブルックスが再映画化したものでしか観てないので、この機会に観てみようかな。
 喜劇映画といえば、表紙がジェット・リーとチャン・ツィイーだったのでついつい手に取ってしまった「日経エンターテインメント!増刊MOVIE DX」に「アメリカ映画協会の選んだ名作喜劇映画ベスト10」が載っていた。十位までに挙げられた作品のタイトルを並べると、第一位の「お熱いのがお好き?」「トッツィー」「博士の不思議な愛情」「アニー・ホール」「我輩はカモである」「ブレージングサドル」「マッシュ」「或る夜の出来事」「卒業」「フライング・ハイ」と、「ホントにこんなもので笑えたの??」と思えるようなものまでが混じっているのが不思議と言えば不思議。「笑えるコメディ」を基準にもしも俺が選び直すとしたら「ヤング・フランケンシュタイン」「チャップリンの独裁者」「おかしなおかしな大追跡」「ギャラクシー・クエスト」あたりは黙って入れちゃうけどな。「日経エンタテインメント!」では9月号が「ミステリー特集」だとさ。特集名を「ミステリーで当てて億万長者になる方法」と題して、中身は「日米ミステリー作家の長者番付」「印税・原作料の仕組み」「新人賞の傾向と対策」etc.と、さすがは日経の出している雑誌だけあって金が絡んだ話ばかりなのがいっそ清々しいくらいのものである(笑)。ちなみに国内ミステリ作家の年収ベスト3の西村京太郎、宮部みゆき、内田康夫に対して、海外はスティーヴン・キング、トム・クランシー、ディーン・クーンツだとのこと。そしてそのキングの年収は60億円とのことなので、ケタがちょっと外れてるよなぁ。ベスト10に入ってる日本作家10人の年収を全部合計したとしても、とてもそこまでいかないぞ。言い換えるとスティーヴン・キングの年収は黒田研二150万人分ということになる。これはキングがすごいと言っていいのか、ある意味くろけんがすごいと言えばよいのか・・・。
 金儲けで思い出したが、ついこの前古本で買ったパトリシア・モイーズの『猫と話しませんか?』(晶文社、1979)を家でパラパラとめくっていたら、頁の間にマッサラな五百円札が挟まっていた。岩倉具視が肖像画になってるやつだ。BOOK-OFFで百円で買った本なので都合400円の儲けということになる。たかが400円と思うかも知れないが、その五百円札には何やらわけの分からぬ記号が描かれており、調べてみるとこれがどうやら徳川埋蔵金の隠し場所を記した秘密の地図のようなのだった。今年の夏休みはもう無理なので来年の夏あたりにちょっくら掘り出しにいってみるとしようかなぁ。古本では他に映画「USAブルース」の原作本のハロルド・ロビンス『死の天使』(恒文社、S40、100円)一冊しか買ってないな・・・と思ったらもう一冊、パトリック・パリンダー『SF・稼働する白昼夢』(勁草書房、1985、1,200円)も「こんな本、持ってねぇはずがねぇんだ」と思いながら買っていたことを思い出した。
 新刊? 新刊はさして面白そうなのはないよねぇ。このところで買ったのは、夢枕獏『摩多羅神の贄』(あんず堂)、アンドリュー・クラヴァン『妻という名の見知らぬ女』(角川文庫)、スティーブン・ブース『黒い犬』(創元推理文庫)、片山まさゆき『運王(1)』(講談社)といったあたりくらいのものか。あんず堂って夢枕獏個人の持っている出版社なのかと思っていたが、どうやらそうではないみたいだな。この9月からちくま文庫で志ん朝の落語がシリーズで文庫化されるそうなんで、これはちょっと楽しみだが。
 映画の話にまた戻ると、観てきたよぉ「パイレーツ・オブ・カリビアン」(☆☆☆)を。土曜の夜のレイトショーで他の映画を観るつもりで出かけたら、どれもこれも超満員。で、仕方なく空いている映画を探したら、結局、空いてる席があるのはこの「パイレーツ・オブ・カリビアン」一本しか無かったという次第。そういうわけでまるで期待せずに観たのだが、意外にも見所のある映画でした。常に酔っているかのようなジョニー・デップの軽妙な演技と、死霊と化した骸骨海賊たちのCGの精緻さがその見所だ。おじさんなんて、こういう映画を観ながら、もしもハリーハウゼンあたりに「このCG技術を好き勝手に使ってもいいよ」と言ってあげられていたらいったいどれほど喜んだことか・・・と夢想してついつい涙ぐんでしまうんですがね。それとまぁ、海賊役によくもこれだけ汚い顔の役者を集めてきたもんだ(笑)。単にILMのCG技術や特殊効果の高度さだけじゃなく、こういう変な顔の役者を集めてこられるのがハリウッド資本のさすがにすごいところなのだと俺は思う。それにしても不思議だったのは、俺の隣の席で観ていた小学一年生くらいの男の子。まだ字幕も満足に読めないような年頃なのに、どう見ても一人で観に来ているようなのだ。どうなってんだろ、あれは。放任教育か?
 お笑いだと、今更ながらだけどドランクドラゴンがなかなかいいねぇ。特に太った方。小汚ねぇんだよなこれが(笑)。この前、ビデオ「ドランクドラゴン〜カンフー〜」を観たんだけど、最初のアイドルオタクネタが特にいい。体型活かしてるるしな(笑)。「はねるのトびら」のビデオで2ちゃんねる用語をバリバリに使うオタク役をやってたのも彼だっけか?
 そういや、日本推理作家協会賞受賞作家の斉藤純盛岡市長選に立候補の結果はどうなったんだ? もう選挙終わってるんだろ? 当選して欲しいよなぁ。あの石原慎太郎だって『夜を探がせ』のようなミステリ作品を書いているんだから、当選した暁には二人で推理作家兼地方自治体の長として新政党でも作れないものか?

 ・・・というような感じで、客なんか分かろうが分かるまいが、自分の興味のあることを独り言のように思うがままに喋っていくのが、談志流のマクラなのでありました。ま、いつもの俺の日記と同じっちゃ同じなんだけどさ。


Good News! Bad News!
Date: 2003-08-22 (Fri)
【8月22日(金)】
▼拝啓 喜国雅彦

 拙著『未読王購書日記』発刊の折りには、ご多忙中にも関わらずわざわざ当地までお越し願い我々のオフに参加して戴いた上に、手土産代わりに色々と貴重な本まで頂戴するという過分な栄誉に浴し、我が生涯最良の一日を楽しく過ごさせて戴きました。その節は本当に有り難うございました。その後、お変わりはございませんでしょうか。
 さて、早いものであれからもう半年近くが過ぎようとしておりますが、あの日、喜国様のご厚意に対する心ばかりのお礼の気持ちとして当方からも何か古本をお送りするという約束を私が致しておりましたことを今もまだ喜国様はご記憶でしょうか。それとももうお忘れでしょうか? もしもお忘れのようでしたら、こちらにとってはそれはそれで都合が良いのですが。
 ミステリの古本コレクターとはいえ、喜国様と私とでは自ずから蒐集範囲が異なります。詳しく言えば、喜国様は戦前の国産探偵小説−−それもひとたび古書店で購おうとすれば、売価を聞いて目の玉が三尺は飛び出ようかというような貴重な稀覯本が主体で、この私は古本屋の均一棚に転がっているわけの分からぬゴミのような海外ミステリがコレクションの中心です。世の中、「下を見たらキリがない」と申しますが、買い値の点で言えば私の下にはせいぜいよしだ まさしが居るくらいのヘッポコ収集家でございます。そんなヘッポコ収集家が喜国様に贈らせて戴く本を選ぶにあたっては相当に頭を悩ませることになりました。結局、邪道ではありますが、ポケミスの中ではレア本として知られるシオドア・マシスンの『悪魔とベン・フランクリン』をお贈りすることと決めて、以前、喜国様にはその旨をメールさせて戴きました。たまたまこの私はこの本を三冊所有していることを機会あるごとに至るところで公言し、更には「実は俺も三冊持ってるぞぉ!」と名乗り出る者が一人もいないのを良いことに、現在「日本で唯一『悪魔とベン・フランクリン』を三冊所有する男」としてギネスブックに申請中だということは喜国様もよくご存知のことと思います。そのうちの一冊を進呈しようというわけですから、私の感謝の気持ちが喜国様にも多少なりとも通じようかと思った次第でございます。
 で、メールをお送りすると同時に、早速、我が家の書庫で『悪魔とベン・フランクリン』の探索に取り掛かったわけであります。三冊もあるんだから見つかるのも時間の問題・・・と思ったら、あに図らんや、それがまるで見つからないのであります。もっともその時には、書庫の入り口からせいぜい一メートルほど奥に進んだところで、周辺に積まれた本の表層雪崩に巻き込まれ、これ以上奥地に進むためには時間と装備の点で準備不足と観念し、這々の体でその地点から引き返したのでありますが。
 その後準備に準備を重ね、ようやく今回、第二次『悪魔とベン・フランクリン』捜索隊の編成を終え、ほぼ半年ぶりに秘境と呼ばれる我が書庫へと勇躍、我々は向かったのであります。隊員たちが固唾を呑んで見守る中、六ヶ月ぶりに開かれる我が家の書庫の重い扉。その奥に我々を待ち受ける幾多の困難や危険を思うと改めて身も引き締まる思いでありました。
 探索行は我々の想像を遙かに超えて実に過酷なものとなりました。まず最初に我々を悩ませたのはその「蒸し暑さ」です。書庫だけに窓一つ無い密閉された空間の中で、真夏特有の濃縮されたうだるような熱気と湿気がその中で渦巻いてるのですから、その苦しさといえば到底言葉には尽くせません。目の前に立ちはだかる地獄の猛暑に対して我々に出来ることと言えば、せいぜい5分おきに冷房の効いたリビングルームに飛び込み冷えたビールを飲んで小休止を取るくらいのことしかありませんでした。
 その次に我々の行く手を阻んだのは、奇妙な「虫」の群れです。さすがに「秘境」と言われる地だけあって、人智を超えた不可思議な生き物が世の中にはまだまだ棲息しているのです。おそらく本につく紙魚の一種なのでしょうが、過酷な自然の中で長い歳月を掛けて突然変異を繰り返していったのでしょう。こ奴らは単に本の繊維質を食用にするに飽きたらず、どうやら肉食化の方向に進化の過程を辿っていったようなのです。その「虫」たちが我々が一歩足を進めるごとにぞわぞわぞわぞわと足元から足を伝って身体に這い上がってくるのです。我々がガイド役として雇ったインディオの少年などは、我々がほんのちょっと目を離した一瞬の隙に白骨化しておりました。その間、時間にすればせいぜい数分くらいのものだったでしょう。これにも我々の出来る対処の方法といったら、足を這い回る感触を感じたら直ちに全身に熱いシャワーを浴びて、ついでに風呂上がりに冷えたコーヒー牛乳を一気飲みするくらいが関の山だったでしょうか。このままではもはや引き返すしかないというところまで追い詰められたのですが、しかし最後には「バルサンを焚く」という原始的な方法で何とかこの虫たちを駆逐することができました。人間の英知が見事、自然に打ち勝ったのです。
 このようにして数多の艱難辛苦を切り抜けながら、しかしそんな厳しく先の見えない探検行の中でも一服の清涼剤のような出来事も数多くありました。そこかしこにうず高く積まれた本の山をちょっと崩してみるだけでも、見たこともない本が次から次へと現れてくるのです。
「隊長! こんなところにこんな本が!」
「おおおっ! いつの間に買ってあったんだ、こんな本!」
「隊長、ここにもこんな本が!」
「うおおおっ! これは長年、古本屋で探し続けている本じゃないかっ! まっ、まさかこんな身近なところに転がっていたとは!」
「幸せの青い鳥はずっと自分のお家にいたんだね、ミチル」
「そうね、チルチル」と、微笑みながらミチルは言いました。
 って、こんな連中、いつの間に捜索隊に紛れ込んでいたんだよっ!
 その後、我々は更に奥地へと足を踏み入れて行きました。そして現地人の間で「嘆きの谷」と呼ばれている奥深い地点まで進んだところで、喜んで下さい喜国さん、ついに我々は探し求めていた『悪魔とベン・フランクリン』を発見することができたのです! 苦労はようやく報われました。何人もの貴重な犠牲者を出しながら、長くつらかった探索行はこうして終わりを告げ、これで喜国様にお約束の本をようやくお送りすることができると、我々一同はホッと胸をなで下ろした次第です。

 さて、ここまでが「良い知らせ」です。続いて「悪い知らせ」。

 これほど苦労して探し出した『悪魔とベン・フランクリン』なのですが、何と来月のポケミス復刊フェアで復刊されちまうようなんですぅ(;_;)! 早川書房の馬鹿野郎ぉぉぉぉぉ(;_;)!
 ということで、とりあえず今月中に『悪魔とベン・フランクリン』を喜国様宛にお送りしてもよろしいかどうか至急ご返答賜りたく、誠に勝手ながらよろしくお願い申し上げる次第です。
 末筆ながら益々のご健筆をお祈り申し上げております。お盆を過ぎて急に暑さが増して参りました。急な気温の変化は体調を崩す元にもなりかねません。益々ご自愛下さいますように。敬具。未読王拝

追伸]名古屋にご同行されました奥様の国樹由香様にも、この私めが「今でもまだ君のことを愛してるんだ」と言っていたとぜひお伝え下さいますようにm(_ _)m。


お盆はパイソンで
Date: 2003-08-20 (Wedi)
【8月20日(水)】
▼必要があってクリスティの『十二の刺傷』(柳香書院世界探偵名作全集2、S10、5,000円)を買ってくる。残念ながらカバ欠なのだが、今回だけはこの本の中身に用があるのだから致し方ない。カバ欠のクリスティに5,000円とはまた思い切った買い物をしたものだが、どうして急にこの本が必要になったかの理由は「本の雑誌」11月号にその顛末を書いておいたので、興味のある方は10月初旬に発売されるその号をお待ち戴きたい。・・・って、いきなりの宣伝かい(笑)! 今はただ「本の雑誌」の原稿料で果たしてこの5,000円が回収できるかどうかが、この俺の唯一の関心事だ。

▼こちらは特に必要があったわけではないのだが、P・G・ウッドハウスのことをちょっと調べてみるつもりで、念のために大矢博子の「なま楽」で現在流通しているP・G・ウッドハウスの本を検索してみると、いやぁ、驚いたよねぇ、21世紀のこの世の中で何とまだ二冊も取り次ぎの流通ルートに乗っている本があることが分かった。しかもその二冊ともに俺の持っていない本なのだ。『ウッドハウス短編集』(研究社)と『ウッドハウス短編集』(北星社)という二冊である。ネットで新刊を買うのは俺の本分とするところではないのだが背に腹は替えられない。早速、「なま楽」経由で注文を入れてみることにした。
 で、届いた二冊は・・・。どちらも学生向けの英文リーダー用テキストなんだよこの野郎! つまり全文英語なのだ。くそっ、これじゃ読めやしねぇじゃねぇかよっ! もしかしてこれって新手のネット詐欺商法なんでは・・・(-_-;)? まぁ、届いてみたら『カナダ直輸入丸太材で造るログハウス』なんて本じゃなかっただけまだマシなのだが、人の良いこの俺は人生であと何度、大矢博子に騙されたら許してもらえるんだろか(-_-;)?
 参考までにそれぞれの収録作を書いておくと、研究社の方は「Jeeves And Kid Clementina」「Indian Summer of an Uncle」「The Ordeal of Young Tuppy」の三編、北星社の方は「The Man Upstairs」「The Man,the Maid,and the Miasma」「The Good Angel」「Sir Agravaine」の四編だ。P・G・ウッドハウスで英語を勉強したい人は是非・・・って、今時、どれだけいるのかそんな奴ぁ、あ〜ん?

▼お盆を挟んで新刊購入の日々。買ったのはサラ・パレツキー他『探偵稼業はやめられない−−女探偵 vs男探偵』(光文社文庫)、梶尾真治『黄泉びと知らず』(新潮文庫)、アンドリュー・ヴァクス『グッド・パンジイ』(早川HM文庫)、ベルンハルト・シュリンク『ゴルディオスの結び目』(小学館)、ロブ・ライアン『硝煙のトランザム』(文春文庫)、デヴィッド・モーガン『モンティ・パイソン・スピークス!』(イースト・プレス)、いしいひさいち『ののちゃんのとなり』(創元文庫)、ピーター・デイヴィッド『ハルク』(角川文庫)、スティーヴン・キャネル『追われる警官』(小学館文庫)、ローレンス・トリート『被害者のV』(早川HPB)、ルース・レンデル『心地良い眺め』(早川HPB)、と学会『愛のトンデモ本』(扶桑社)、「本の雑誌2003/9月号」(本の雑誌社)なんてところ。
 この中で嬉しかったのは、警察小説の元祖として待望久しかった『被害者のV』はさておき、何と言っても『モンティ・パイソン・スピークス!』だよなぁ。こんなマニアックな本を発売した版元のイースト・プレスの英断をまずは褒めたいと思う。89年に逝去したグレアム・チャップマンを除くパイソンズの全メンバーや当時の関係者に対する丹念なインタビューは、個々のスケッチが出来上がる迄のいきさつや噂されていたケンブリッジVSオックスフォード卒のメンバー間の確執に留まらず、個々のメンバーに対する歯に衣着せぬ悪口陰口に至るまで余すところなくさらけ出されていて時の経つのを忘れるほどに面白い。思わず一気読みしてしまいました。しかもこの本を読みながら、手元にあった「ライフ・オブ・ブライアン」「ミーニング・オブ・ライフ」のビデオや「モンティ・パイソン・イン・アスペン」のDVD(つい最近までDVDプレイヤーを持っていなかったこの俺が、こんなソフトをいつの間に買ってたんだ?)を観たりしていたんだから、このお盆期間中はモンティ・パイソン一色で過ごしてしまったことになる。それから数日経った今でも頭の中には死んだオウムや女装趣味の森林警備員、スパムや上流階級のバカたちが駆け巡ってる。そういや「フォルティ・タワーズ」の中でジョン・クリーズのシリーウォークがまた見られるなんて、今回初めて知ったよなぁ・・・なぁんて、モンティ・パイソンを知らないような可哀想な奴らには分からないもの想いにふけるのはそろそろこのあたりで止めておこう。
 古本はルパート・トムソン『ソフト』(角川書店、2000、100円)一冊のみ。もしかしたらこれもダブリかもしれんな。

▼チャン・イーモウ監督の「HERO 英雄」(☆☆☆☆★)を観る。いやぁ、大傑作。限りなく雄大で美しい映像、素晴らしいまでの体技とそれを更に一段と引き立たせる特殊撮影、そして戦うチャン・ツィイーは言葉に尽くせぬほど美しい。映画にこれ以上、いったい何を望もうか。ストーリーなんてもはやどうでもいい。ともかくアクションをここまで鮮やかに、そしてある意味で思索的にさえ見せた映画はかって存在しない。このところハリウッド製のCGカンフーに毒されていたジェット・リーは久々にいい仕事をしましたねぇ。ドニー・イェン、トニー・レオン、マギー・チャン等、この映画のメインを張るそれぞれの俳優たちにとってもおそらく生涯最高の役どころだろう。5年前にも、そしておそらく5年後にも決して出来ない映画。2003年の今だからこそ出来た映画である。だからこそ必見なのだ。
 それにしても、今年はホントに封切り映画の当たり年である。映画だってあくまでも「旬のもの」だ。もしも「マトリックス2」の後で「マトリックス」を初めて観たりしてしまったら、CGのデキが何となくチャチいよなぁと思ってしまったりするように、映画には観るべきタイミングというものがあるのだ。まぁ、ビデオになってから観ればいいや・・・なぁんて思ってる奴は、「あたし、京極夏彦先生の超ファンなんだけどぉ、先生の作品は文庫になってから買うことにしてまぁす!」なんて言ってる連中と同じだぜ、いやホントの話が。




未読王購書日記/本の雑誌社/本体価格1800円


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