バイオレンス美人画家 市場大介 「迷ったら迷ったまま描く、どうでもいい」 
(hsh写)
熊本県生まれ◎東京在住
1980年代末期突如脳天に神舞い降り絵描き目覚める
1990年:処女自費出版本「三十七才落し子」発刊すぐさま「顔」発刊
1991年:「市場大介之逃げ場無し」発刊
1992年:「BADA」「指と舌(火星書房)」発刊・根本敬氏と知り合う・「BADA展(グループ)」開催
1994年:「三十七才落し子小百合篇(火星書房)」発刊
第一転換期(本作りをプロデュースしてくれる人らと知り合ったのだが、己で作らんと気が済まない、という理由にて再び孤独の道へ。伴侶キャラ美杖エズミとの出会い)
1996年:「女の心」発刊・Franceルデルニエクリのパキートから手紙貰う
1997年:「美杖エズミ」発刊・この頃より美人画家を名乗るようになる。私の描く絵は何を描いても美人画ということにする、と勝手に決める。
1998年:「へそガエル・エズミの覆面作家」発刊
1999年:「地獄」発刊
2000年:「DAISUKE ICHIBA PICTURING BEAUTY KOHAL」「90年代まぼろし」発刊
駄目駄目大ちゃんの時代(方向性分裂目標失いロクでもない作品しか残せなかった。が「きっちりしてます」はある意味傑作)
2001年:「きっちりしてます(水着出版)」発刊・「残酷ネクスト」発刊するも気に食わないので破棄
2002年:「未完の極北」発刊するも気に食わないので破棄
美杖エズミと共に原点回帰作品作り
2004年:「アナザーホワイト」発刊
2005年:「EZUM I」(France黒蜥蜴出版)発刊・Franceアルサンピエール美術館にて市場絵展示される・「へそガエル・エズミの覆面作家」再版・「豚」発刊するも印刷気に食わないので破棄
第二転換期(他の仕事を辞め、絵描き一本に絞るというキチガイざた。そして海外へ)
2006年:「市場大介美人画集下水道鯰子の生涯」発刊・渡仏、「ル モント アン レアー(PARIS)&ル
デルニエクリ(Marseille)」にて原画展示販売・デルニエクリで本&ポスター製作・帰国後すぐに、どこ行っても己の腹は何も変らん、もう海外へは
行かんぞ、と心に決める(ほんとは飛行機が嫌なだけ)
2007年:「el suicidio delamoe」(lospapelespintados出版Madrid)発刊・「犬死OK」発刊。「ICHIBADAISUKEBIJINGAKA」ルデニエクリ出版(マルセイユ)発刊。去年「もう海外へは行かんぞ、と心に決め」たものの、何の因果か再び「ル モント アン レアー(PARIS)」での市場絵展示会の為、渡仏、ルデルニエクリにてパキートとの合作「yokai bar」制作。「結婚」ルデニエクリ出版(マルセイユ)発刊。
2008年:「METHYLETHYLKETONEPEROXIDE 」(BADA出版)発刊。春、フランスTVドキュ「やくざ映画にみる日本の歴史(仮)」の挿絵20枚描く。7月東京銀座ヴァニラ画廊にて美人画展示会「菊とファミコン」開催。9月ル モント アン レアー(PARIS)にて5人のjapanアウトサイダー作家を集めた市場企画展示会「JAPARANO」開催。オランダ「BREDA PHOTO 2008」に市場写真展580枚をプロジェクターにて映す。ブリュッセルNOVAシネマ「シネマジャパン」にて美人画展示。バルセロナ ARTZ21のグループ展に参加。デルニエクリ出版よりカタログ本「JAPARANO」発刊。11月pakitoプロデュース「EXPOSITION ICHIBA DAISUKE in LYON」開催。
2009年:1月デンマーク「SMITTEKILDE ANTI SKUM」にて展示会。3月スイス「FUMETTO2009」にて市場絵&写真展示。デルニエクリ出版より「VOVO」発刊。8月東京中野タコシェ展。9月パリ「LE JAPON PARANO 2」開催。10月PARISのUnited Dead Artistsから「Grossesse Nerveuse(想像妊娠)」発刊。11月フランスLYON展の予定。
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<傷だらけの活動だよっ