| 2012年5月20日(日) |
| 教育実習:授業参観 |
今年も教育実習の時期が到来した。教育実習を行うゼミ生が4人おり、そのうちの3人が5月・6月に出身校でお世話になる。
明日は早速、実習校の授業参観に出かけなければならない。訪問する中学校は最寄り駅からバスに30数分乗り、さらにそこから10分ほど歩いた場所にある。最寄り駅に行くには、私が住んでいる場所から2〜3時間かかる。大きな手土産を早朝の通勤ラッシュ時に持っていかなければならないのだが、それを考えただけで卒倒しそうになる。
体への負担を減らすため、今夕、その実習校の最寄り駅まで移動し、前泊することにした。明日の参観を終えて自宅に戻ってくるのは夕方だろう。ということは、仕事を持っていってホテルでやらないと。
最近、風邪が治りきらないこともあり、体調がよくない。先週木曜日に他大学での講義を終えたとき、体がふらついた。力が入りすぎていたのかもしれない。
仕事の選択と集中にもっと努めなければ、と思う。自分の体は自分でしか守れないから。 |
|
| 2012年5月13日(日) |
| 新緑の季節 |
4月1日に入学式を終え、一連のガイダンスと新入生ゼミ旅行を経て新学期の授業に突入した。今年度は、他大学での授業も担当しており、授業の準備で明け暮れている。
このページも2か月近く更新できずにいた。近況だが、ゴールデンウィーク中に風邪を引いてしまい、今も鼻声で苦しい思いをしている。風邪から立ち直ったばかりの学生によれば、「経験上、2週間は治らない」らしい。まいったなあ。
他大学での講義のほか、今年度からの新しい挑戦としては、千葉大学の大井恭子先生を研究代表者とする科研費基盤研究(B)の研究分担者となったことが挙げられる。5月5日にキックオフミーティングが開催された。これからの4年間、海外の研究協力者たちともうまく連携をとりながら着実に研究成果を積み上げていきたい。研究グループを組むことで、1人ではなかなかやりづらいことも可能になるはずだ。
来たる6月2日には、アリゾナ州立大学の Paul Kei Matsuda先生が東大駒場キャンパスで講演をして下さることにもなった。開催要領は、今週発売の『英語教育』に掲載予定である。乞うご期待! |
|
| 2012年3月19日(月) |
| 束の間の準備期間 |
昨日はダウンしてしまい、成城大学で開催されたシンポジウムに行けなかった。
何年かぶりに Michael Barlow先生にお会いし、講演を聴きたいと思っていたのだけれど、体が動かなかった。本当に残念なことをした。先月はよく動けたのに、今月はさっぱり。
入学式まで2週間を切ってしまった。卒業式が終わると、次は入学式。別れと出会いが短期間のうちに訪れてしまう。この時期が好きでないという知人がいるが、その気持ちはなんとなくわかる気がする。 |
|
| 2012年3月17日(土) |
| 卒業式 |
平成23年度の卒業式が行われた。ゼミ生18人が巣立って行った。
全学の卒業式のあと、言コミでは1人ずつ卒業証書を授与する式が執り行われた。大きめの教室を使用したので、卒業式に出席されたご父母の方々も教室に入っていただいた。
土曜日だったせいか、ゼミ生のご家族もたくさん出席され、私はゼミ生6人のご家族と挨拶をすることができた。たくさんの写真まで撮っていただき、恐縮してしまった。卒業式にご家族の方々と挨拶する機会はこれまでもあったが、こんなに多くの方々とお話できたのは初めてで、ご家族と一緒に大学を出て行く姿を見るのは感慨深かった。 |
|
| 2012年3月15日(木) |
| 高崎線 |
3時間近くかけて群馬県立女子大学に出かけて行った。新幹線を使わなかったせいか、すごく遠くに来たような感じがした。
ここまで来たのは、私がずっと以前から信頼している、私の博士研究で使用した英文ライティングデータの評価も担当してくれた先生(英語のネイティブスピーカー)がこの大学にいらっしゃるからである。
約束の午前11時から、昼食をはさんで午後3時半まで、英文ライティングの評価に関わる会合を持った。こんなに集中して、まじめに(?)取り組んだ会合は久しぶりだった。
帰りに彼、そして彼の隣りの研究室の先生に言われたことは、「何が言いたいのかわかるような、まとまりのある、きちんとした英文が書けるようにちゃんと教育してくださいね」だった。「精一杯、頑張ります!」
自宅に戻ると、3年ゼミ生からメールが届いていた。「○○という企業から内定をもらいました!」という嬉しいお知らせだった。もちろん、就職活動は続けるわけだけれど。 |
|
| 2012年3月7日(水) |
| 参加できなかった |
| 明日は入試だから、今日だけでも「言語と統計2012」に出席したかった。でも、仕事で欠席せざるを得なかった。ああ哀し。 |
|
| 2012年2月29日(水) |
| 雪女・・・Give me five! |
雪の中、午前5時に起きて泣きそうな面持ちで駒込に向かった。3年ゼミ生も、なんとパンプスで、待ち合わせの時刻より早めに改札口で待っていた。
昨日ならお天気も良く何の苦労もなく電車で移動できたのに、この日にかぎって雪が降るとは。私は、雪女であり雨女なんだなあとつくづく思った。
小学校2年生と3年生の英語のクラスを見学させていただいた。雪なんて関係ないと言わんばかりの元気な小学生は、英語の授業を楽しそうに受けていた。息つく暇もない、ノンストップの授業は「圧巻!」としか言いようがなかった。
私とゼミ生も、自然にクラスの活動の中に加わり、"Give me five."と言いながら手を合わせたりと楽しい時間を過ごすことができた。いやあ、すごかった。
外は大雪でも、教室の中は熱気でムンムンしていた。私が近くにいた生徒(2年生)に密かに英語(How
many 〜+過去形を含む英文)で質問したら、即座に英語で返答してきた。まいった! |
|
| 2012年2月27日(月) |
| もうすぐ3月 |
今月はシンポジウムに参加しつつ、ゼミ生と一緒に行動することが多かったなあ。3月は入試がまだ残っているだけでなく、卒業式や新年度の準備に追われるため、今月の残り3日も大事に過ごしたい。29日には、都内の小学校にゼミ生と一緒に訪問し、小学2年生を対象とした英語クラスを見学させてもらう。
新年度には、異文化ビジネスコミュニケーションに関わる英語スキル科目を他大学で担当する。授業の中で扱うアクティビティも考えておかないといけないので、カルロス・ゴーン氏の経営/マネジメントに関する書籍も図書館で借りて読んでいる。なかなか・・・。 |
|
| 2012年2月25日(土) |
| せっせと外出(2) |
2月19日、何年、いや何十年ぶりかに国際基督教大学の門をくぐった。ゼミ生2人とは会場で落ち合うことになっていた。T先生からご案内を受けた「シンポジウム『日本における言語喪失を考える』」に参加することが目的だった。
5時間に亘って基調講演と研究発表が行われ、終了する頃には頭の中が飽和状態に達していた。とても内容の濃いシンポジウムであった。言語喪失を考えることは言語習得を考えることでもあるので興味深い。個人的には、言語喪失の過程について質的な側面からももっと研究を進めていきたいというT先生のお話に刺激を受けた。3月上旬には、関連するワークショップが立命館大学で関連されるようだ。
今日(25日)、専修大学生田キャンパスで開催された「心理学における効果の大きさとばらつき」というテーマのシンポジウムに参加した。小田急線に乗っているときに、電車内に貼られていたポスターに目がとまり、参加を申し込んだものだ。
まず、最初に『The PHD Movie』という映画を観た。世界各地の大学で上映されているらしい。専修大学での上映は、関東圏では初めての上映ということだった。Ph.D.を目指す大学院生の悲哀と(少しの)喜びが、実際の大学院生によって演じられている(というか日常生活そのままとも言える)。英語字幕が付いているのだが、そのうち日本語字幕がついて上映されるかもしれないと事務局の人は話していた。最後の「relax」という言葉が強く印象に残った。
シンポジウムの方は、効果量に関する(私にとっては)難解な発表が多かったが、それでも理解できる部分もかなりあった。何よりも、各発表者が研究されている内容が興味深く、最後までしっかり耳を傾けることができた。慣れの問題でもあると思ったので、こうしたシンポジウムには是非とも参加し続けたい。 |
|
| 2012年2月6日(月) |
| せっせと外出(1) |
ライティング・チューターとして活動してくれた2人の言コミ4年生が、2月4日に六本木にある政策研究大学院大学で開催された「The Fourth Symposium on on Writing Centers in Asia」において、英語で30分間の口頭発表を行った。
チュータリング活動の概要を説明した後、チュータリング・セッションが実際にどのように行われているのかを2人でデモンストレーションした。彼らにとってこれが初めての学会発表ということになるわけだが、学部生なのに大したものだと思う。
ライティング・ラウンジを開設したときには、このような発表が行えるようになるとは想像もしなかったが、最も頑張った2人が卒業前にこのような形で締めくくることができたことをとても嬉しく、また誇らしく思う。
翌日の5日、お招きを受けていたので、3年ゼミ生2名と一緒に「全英連第5回全国高等学校英語スピーチコンテスト」に出席した。地方予選を勝ち抜いてきた高校生18名によるスピーチは、審査員による「発音と文法は問題なし」という講評からも想像はつくと思うが、私のゼミ生にとってかなり衝撃的であったようだ。スピーチの内容および構成に関しての講評は、まさに英文ライティングの授業で受講生に何度も強調し指導していることと同じであった。 |
|
| 2012年1月27日(金) |
| ちょっと一息 |
1月は期末試験、大学センター入試、成績評価と慌ただしく過ぎていった。
4年ゼミ生は全員が卒業論文を無事に提出し、26日に集合してもらってコメント(というかお別れメッセージに近いかも)とともに返却した。全員で顔を合わせるのは(卒業式を除いて)これが最後の機会だった。
ゼミ生達から、記念アルバムにプリザーブドフラワー、さらにスパークリングワインにペアのワイングラスまで貰った。私のスパークリングワイン好きは結構知れ渡っていたのかもしれないと思うと、少し恥ずかしい。
夜、4月から社会人として新しい生活を始める彼らに幸多かれと祈りながら、いただいたワインを楽しんだ。 |
|
| 2012年1月5日(木) |
| 明日から |
明日から授業が始まる。といってもゼミ以外はすでに授業を終了しているため、期末試験というわけ。
期末試験は全て用意して印刷も済ませてある。昨年末に苦しい思いをして作成・印刷しておいて良かった! 今年の出だしは好調!・・・と思いたい。 |
|
| 2012年1月2日(月) |
| 明けましておめでとうございます |
新しい年を迎えた。元旦の朝、「しなやかに生きたい」と思った。すぐに変えられるものではないが、今までの暮らし方を続けていれば、体も心もポキッと折れてしまう気がした。
そう決めたものの、実態は、年明けから原稿に向かっているというありさま。1月6日に提出しなければならないため、かなり焦っている。
そんなとき、ゼミ生が昨年のゼミを通して気づいたということをメールに書いてきてくれた。
「良い環境には良い空気がながれる」
このことばを心の糧にして、この新しい年を頑張って過ごしていきたいと思った。 |
|
| 2011年12月30日(金) |
| 今年のお酒 |
今年の締めくくりとして、今年初めて飲んだお酒の写真を掲載する。最後のSAKURAは、ルビー色で見た目が綺麗だったこともあるが、口当たりがよすぎて一夜で飲みきってしまった。そのままダウンして深い眠りに。
左から:ユズティーニ(香港で)、シャンパンモヒート(東京・六本木で)、スパークリングワインSAKURA(東京・自宅で)
|
|
| 2011年12月25日(日) |
| 今年も残り一週間 |
23日で年内の授業は全て終わった。今年もあと一週間で幕を閉じる。
年明けは、期末試験のオンパレードである。
今年はとにかく忙しかった。その証拠に、このサイトをなかなか更新できなかった。
いつも時間に追われている日々だった。
授業に関連する仕事を早めに終わらせる必要があるため、昨日のクリスマスイブに4科目分の期末試験を一気に作成した。今朝4時頃に終わった。う〜ん、かなり素敵なクリスマス!
今年を振り返り、タイムリーに掲載できなかった写真をアップしておく。
台湾(最初の2枚)、ベルギー(次の4枚)、香港(最後の3枚)で撮影したものである。それぞれの場所で出会いと再会があり、知人・友人が「かけがえのない財産」であることを痛感した。


 |
|
| 2011年11月1日(火) |
| 2か月ぶり |
ここに書くのは2か月ぶりである。
9月中旬にベルギーに出張し、帰国した翌日から授業が始まり、息つく間もなく走り続けている。
10月初旬に京都で開催された英語コーパス学会に1日だけ参加し、その後は高校生英作文コンテストの二次審査をし、広島に父母の会のために出かけ、他大学の先生と一緒に科研申請書類を作成し、今は急に降りかかってきた学内プロジェクトのメンバーとして動いている。大学院を受験する4年ゼミ生の指導と18名の卒論指導もなかなかのものがある。
このほかに、まだ着手できていない外部の仕事があり、かなり焦っている。こんな状況であるため、ここに何かを書き留める余裕がない。知人から「書けないならいつ頃書けるかといったことを記載すべきだ!」というお叱りまで飛んでくる。
「泣きっ面に蜂」のような生活であるが、時には嬉しく思う出来事もある。「成田先生の4年ゼミの内定率は本学で断トツなのだけど、どういう指導をしているのか」と何人かの先生方に聞かれた。内定率100%にならないと何の意味もないというのが私の本音ではあるのだけど。
さて、8月末に図書館に購入依頼を出していた写真集がやっと手元に届いた。高橋邦典氏の『「あの日」のこと』である。自分で購入してもよかったのだが、図書館に置きたいと強く思った。ページをめくっていると、「復興の狼煙」ポスタープロジェクトが頭に浮かんできた。 |
|
| 2011年9月2日(金) |
| 9月を迎えて |
12日からベルギーに出張するのだが、発表の準備がなかなか進まない。締切間近の仕事をいくつか抱えていることもあり、机に向かっていても落ち着かない。「夏休みなのだから少しは外で遊びたい」という気持ちを実現することも難しい。
ゼミ生からは、就活の相談だったり院試出願書類の準備の相談だったり、普段よりは少ないけれど相変わらず相談メールが絶え間なく届く。出張の直前には、教育実習の参観にも行かなければならない。ならば、海外出張に行くのを控えるという選択肢もあるのだけれど、そういう時こそリフレッシュの機会にもなるので、あえて予定に組み入れるようにしている。
9月に入り、季節は秋に移っていく。夏の疲れもあり、体調を崩しやすい時期に入るので十分に注意してベルギーに向かいたい。
その前に発表準備をちゃんとやらないと。
|
|
| 2011年8月28日(日) |
| 好奇心を煽るには |
オープンキャンパスの開催日である。通常の個別相談に加え、体験授業を担当した。
英語に関連した体験授業では、視聴覚教材を使って楽しく英語を学ぶ体験を提供する先生が多いような気がする。私の体験授業では、コーパスを使って語彙のふるまいを見たり、英文を並べ替えて短いパラグラフを作成してみたりする。来校した高校生が楽しいと感じるかどうかは難しいところだ。それでも、今回は、さらに思い切って「ことばの獲得」(心理言語学の内容)なんていう内容にしてみた。反応は、「いまひとつ?」だったか。一緒に来校されているご家族のほうが反応がよかったのは確か。
私は、高校までに習ったことがなく、「大学だからこそ学んでほしい」と思うことのほんの一部を紹介して高校生の好奇心を煽ることができたらと常々考えてている。効果的に煽るためには、30分間の授業の組み立てにもっと工夫が必要だな。「学び」を意識しずきてはいけない。それは結果として生まれるものだから。 |
|
| 2011年8月26日(金) |
| 寝ても覚めても |
この3日間、寝ても覚めても、28日までの宿題に追われた。
仕事の内容は訳あってここには記載できないのだけれど、久しぶりの“七転八倒”的生活となった。他の方々は、この仕事をすらすらと進めることができたのかなあ。。。(いや、絶対に無理だと思う!) |
|
| 2011年8月22日(月) |
| 実家に帰省した |
先週の木曜日から数日間、実家のある四国に帰省した。足腰がすっかり弱くなった母の姿を見ると悲しい気持ちになった。
それでも、母の話によると、通っているデイサービスセンターの職員さんたちに「プロの話し手」と言われているのだそうだ。相手に合わせて会話を巧みに繋げていくスキルは確かに高い。生まれつきなのか、それとも教員を長くやっていたから話すことが自然に上手になったのか。
私は、そんな母の娘ではあるけれど、人と話をするのはあまり得意ではない。たまに、「絶好調!」と人から言われるくらい喋るときもあるが、静かにしているほうが心地よいことは確かである。母のスキルを少しは学ばないといけないかな。
姉とも長く話ができた。姉は小学校で「書道」も教えているのだが、たとえば「心」という同じ漢字1文字が、元気な気持ちを表す「心」、ちょっと悲しい気持ちを表す「心」といった具合に、気持ちによってどんな「書」になるのかを生徒とともに体験しているのだそうだ。「生徒はいろいろな気持ちを自分なりに想定して筆を使い、書道という授業をとても楽しんでいるみたい」と姉は語った。このような見方は、私には欠けている視点だ。 |
|
| 2011年8月13日(土) |
| やっと前期が終了 |
長い、長〜い前期がやっと終了した。9日に期末試験を終了したが、一週間以内に成績評価を終えてしまわなければならないため、答案用紙に向かうこと3日。レポートの採点は、結構、厄介である。評点に対して、問い合わせを受けたら説明できなければならないため、複数回読み直して最終判断を下した。
実は、この時期、ご父母に宛てた伝言票も、担当しているゼミ生分(=36人分)作成しなければならない。ざっと1万字相当の文章を、1日で作成した。大学教員がこんなに忙しいとは、企業に勤めていた頃には想像もつかなかった。
さて、7月の主な出来事といえば、1)Dwight Atkinson 先生を大学にお招きして講演をしていただいたこと、2)5日間で、空いた時間帯をつかって3年ゼミ生18人との面談(1人30分間ということは全体で9時間も面談)を終えたこと、3)統計手法のセミナーに参加したが、目的の「因子分析」についてほとんど扱われなかったのが残念であったこと、4)ゼミ生のことで私の「母性」らしきものが顕在化して、知人に重要なことをお願いしたこと、の4つがある。4番目については詳しく書けないのだが、我ながら思い切った行動に出たものだと思う。
やっと自分の時間が持てそうな日が訪れた。でも、もう8月の半ばを迎えようとしている。
来週、実家のある四国に帰省する。今の私に必要なことは、田舎に帰り、仕事を忘れ、教員でない「個」に戻ることのような気がする。
|
|
| 2011年7月10日(日) |
| 酷暑の日々 |
梅雨明け前から酷暑の日が続いている。今日も暑い。
こうして週末に自宅にいるのは1か月ぶりだ。6月8日から12日まで、台北で開催された「第二言語ライティングシンポジウム」に参加した。8日は授業が終わってからの移動だったので、台北のホテルに到着したのは午後9時半頃だった(日本との時差は1時間)。6月12日に成田空港に戻るやいなや、その足で前橋に移動し、翌日の研究授業(教育実習をしている4年ゼミ生の研究授業)を参観した。スーツケースを持っての関東圏内の移動は予想より大変だった。
16日にも宇都宮に研究授業参観に赴き、18日は大学で父母の会。中間試験の問題作成と採点にも追われた。そうこうするうちに、翌週から喉に痛みを覚え、公開講座の前日には声が出なくなった。この日、同居している義母が入院した。それでも、翌日25日の公開講座をなんとか乗り切るしかなかった。
7月2日から3日にかけて、武蔵嵐山にある国立女性教育会館で3年ゼミ合宿をした。ゼミ生みんなで準備をしていたため、取り止めにするわけにはいかなかった。そして、現在、授業のない日に高校訪問をしている。
暑さは増すばかりだが、8月9日までの前期を支障なく終えられるのだろうか。 |
|
| 2011年5月31日(火) |
| 余裕がなくて |
1カ月以上、ここに日々の変化を書く余裕がなかった。当分、滞りそうだ。
授業が始まってから何があったろうか・・・。私にはゴールデンウィークがなかった。
・5月1日に、日本に立ち寄ったP先生と宴会をした。
・5月2日に、やっと科研費(基盤研究(C)の新規課題)の採択通知が届いた。急いで書類を作成して提出。
・1週間程度しかない期間内に論文を査読することを依頼され、泣きながら何とかやって送り返した。
・知人から依頼された推薦書を作成し、この日までに、というのに間に合うよう速達で送った。
・5月15日の日曜日をつぶし、オープンキャンパスで個別相談もやった。
・教育実習に出かける学生を指導して下さる先生方に手紙を書いた。
・今、やっている7月上旬のゼミ合宿の準備が意外に大変である。欲張りな合宿だから。
・教職課程を履修している学生5名(私のゼミ生限定)と一緒にSLA勉強会をやることになった。
そして、10日ほど前に風邪を引いて声が出なくなった。それでも授業を強行したら、さらにひどい声になった。
今、ようやく風邪が直りつつある。6月8日には台湾に向かう。その前に中間試験の問題を作成しておかなければならない。今年の春はしっちゃかめっちゃかだ。 |
|
| 2011年4月24日(日) |
| 前期の授業開始 |
いよいよ明日から前期の授業が始まる。英語科目については、どんな学生が受講するのか初回の授業までわからないためドキドキする。
教員も学生も、授業のペースが出来上がるまで押したり引いたりという日々がしばらくは続く。
何十年も教壇に立っているベテランの先生方でも、新学期の始まりはいつも緊張するのだそうだ。学期のスタート地点では、みな、一斉に神経質になっているということか。そう考えたら少し気持ちが楽になる。 |
|
| 2011年4月17日(日) |
| 入学式 |
今日、入学式が行われた。例年なら桜の花びらが舞うなかを新入生を迎え入れるのだが、この時期になると桜の木にはもう新緑の葉が混ざっている。
3月11日以降、誰もが複雑で切ない思いを抱いているに違いない。だからこそ、この4月に大学生としての第一歩を踏み出す若者達を心から歓迎し、元気なキャンパスライフを過ごせるように支援したいと思う。
言コミの教員として八年目を迎えるのだから、末広がりの躍進する年になればいいな。 |
|
| 2011年4月15日(金) |
| 春の公開講座 |
今年度の春の公開講座は、言語コミュニケーション学部の担当である。6月の土曜日(4日・11日・25日)、3人の教員が順番で講演をすることになる。
私は、6月25日に担当することになるだろう。講演のテーマを、「コーパスで知る『ことばのメカニズム』」とした。 |
|
| 2011年4月11日(月) |
| これから |
この1カ月間の私の日々を振り返り、これからどう歩みを進めていくのか考えた。
一ヶ月前に自宅で大きな揺れを経験しているから、大きい余震があるたびに1カ月前の感覚が蘇ってきて怖くなる。ベッドのそばには避難用のバッグを用意し、すぐに洋服に着替えられるように衣服も配置している。当初は、いかに早く着替えられるか練習もした。
落ち着かない毎日だったが、計画停電があったため、気持ちを強制的に書類作成モードにして早めに書類を片付けた。「やれるときにやっておかないと」という強迫観念に近い思いに駆られていたのかもしれない。
今も、正直なところ、落ち着かない。でも、やるべきことを粛々とやっていきたい。 |
|
| 2011年4月7日(木) |
| 長崎先生、ありがとうございました。 |
今日、児童文学作家の長崎源之助先生の告別式に参列させていただいた。広島から姉も出てきた。
姉と一緒に並んで座った。告別式の間、姉はずっとうつむいていた。私は、長崎先生の遺影をずっと見つめていた。
太平洋戦争を経験され、平和の大切さを数々の作品を通して伝え続けてこられた先生だった。ご自宅で「豆の木文庫」と呼ぶ私設図書館も開設されていた。
私達1人1人に手渡されたカードには、長崎先生の手書きで「あなたに出会えてよかった」というメッセージが印刷されていた。
長崎源之助先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。 |
|
| 2011年4月1日(金) |
| 新年度始動 |
新年度を迎えた。今年度前期の予定は大幅に変更された。
入学式は4月17日に行われ、新学期の授業は4月25日に始まる。ゴールデンウィークの祝日は、全て平常授業である。
おととい、大学の正門脇にある桜の木を見て、写真を撮った(携帯で撮影)。開花まであと1週間くらいだろうか。風に揺れる蕾は、少しだけ寒そうに見えたが、開花の時を待っている。
 |
|
| 2011年3月31日(木) |
| 今年度終了 |
今日で、進路指導委員会委員長の任期が終わった。「就活、どんと来い!」の最後のメッセージを発信した。約1年半、2週間に1度程度の更新ではあったが、我ながらよく続けられたなあと思う。
電車に乗っているとき、書籍を読んでいるとき、就職活動に関する新聞記事を読んでいるとき、「よし、次回のメッセージにはこれを書こう」と思うことが頻繁にあった。でも、不思議なことに、いざメッセージの原稿を書き始めると、書こうと思っていた内容とは違う話題になってしまった。(但し、最後のメッセージの内容だけは、2月から決めていた。)
昨日、「えっ、先生、委員長を辞めちゃうんですか。嫌だったんですか?」と聞かれて答えに窮した。任期というのがある。そして、それよりももっと重要だと私が感じていることがある―できるだけ多くの先生方が進路指導委員の経験をされたほうがいいのではないだろうか。 |
|
| 2011年3月28日(月) |
| 米国出張の写真 |
2月の海外出張で撮影したデジカメ写真の中からいくつかを掲載する。ファイルサイズをかなり小さくしたので見づらいかもしれない。

左から:George Mason Univ.(国際会議の会議場)、カフェテリア(ここを通り過ぎてメイン会場へ)、スミソニアン航空宇宙博物館(1階)

左から:スミソニアン航空宇宙博物館(初期のCAに求められたこと)、ワシントン記念塔、メリーランド大学(駅と大学を往復するシャトルバス乗り場)

左から:メリーランド大学(S先生が通っておられる建物)、メリーランド大学カフェテリアでの昼食(Sushi Combi)、スタンフォード大学(フーバータワーと噴水)

左から:スタンフォード大学(ブックストア)、スタンフォード大学(メインクワッド)、スタンフォード大学(ライティングセンター) |
|
| 2011年3月26日(土) |
| 授業改善に向けて |
受講生による授業評価アンケート結果を踏まえて、次期の授業をどう工夫しようかと考える教員は多いと思う。アンケート調査には自由記述欄が設けてあるが、以前と比べると記述量が激減している。それでも、短い記述の中に改善すべき事柄が見えてくる。
今週読んだ以下の書籍から幾つかヒントを貰ったような気がする。
1) 卯城祐司 (2011) 『英語で英語を読む授業』研究社
2) Joy Read et al. (2008) Writing Myths. The University of Michigan Press. |
|
| 2011年3月24日(木) |
| 希望 |
3月11日の午後、久しぶりに自宅にいた。このサイトを1か月ぶりに更新しようとした矢先に大地震が発生した。今日の午後、東北学院大学のY先生から無事のメールが届いた。
***今日からこのサイトを再開します***
このたびの東北地方太平洋沖地震で被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。一刻も早い復興をお祈り申し上げます。
余震も多発しております。どうか十分に気をつけて下さい。 |
|
| 2011年3月11日(金) |
| 自宅にて |
昨日の教授会後、川越にあるお店で来週卒業する学生と食事をした。彼女達が1年生の時にゼミを担当した。お店がそんなに混んでいなかったからいいようなものの、4時間も、お店でまったりとしてしまった。
「女子会」さながらに、話はつきなかった。1年次のゼミで巡り会う教員というのは、学生達にとって特別な意味を持つということがよくわかった。大学では口にしないが、彼女達は私のことを「なりP」と呼ぶ。Pは、役職の頭文字である。
そんな彼女達だが、18日には巣立つ。4年間はあっという間だ。 |
|
| 2011年3月9日(水) |
| Symposium on Writing Centers in Japan 2011 |
昨夜、自宅に戻り、夕飯を食べて、少しゆったりとした時間を過ごした。そんなに馬車馬みたいに走り続けられないから。そのあと、進路指導委員会の今年度の活動報告の最終版を確定し、10日に開催される教授会で配布できるようにした。午後11時からスクリプトを作成し始め、午後2時前にフィックスした。
あれこれ大変だったが、本日のシンポジウム、無事にプレゼンを終了できた。 |
|
| 2011年3月8日(火) |
| SLA読書会→大学で打ち合わせ |
お茶の水女子大学で開催されたSLA読書会に参加した。昨日、それでも論文を全部読み通すことができた。読書会の主催者であるO先生が、ご事情で急遽いらっしゃれないことになったようだが、O先生が作成されていたハンドアウトに基づいて他の方がレポーターを担当して下さった。
参加者全員で活発に討論ができたこと(O先生がいらっしゃらない分、皆で可能なかぎり有意義な勉強会にしたいという気持ちを言葉に出さなくても共有していたような気がする)が凄く嬉しかった。
読書会の後、大学に移動し、G先生と明日のプレゼンに関する最終的な打ち合わせを行った。大学を午後6時過ぎに出た。夜中にスクリプトを作成するんだな、私。 |
|
| 2011年3月6日(日) |
| LCR2011採択通知 |
9日に神田外語学院で開催される Symposium on Writing Centers in Japan 2011で使用するプレゼンスライドを今頃準備している。今回の発表では、特に新しいスライドを用意する必要はないかも、と踏んでいたのだが、土壇場になって7枚程度のスライドを作成しなければならなくなった。
真夜中、午前3時頃にひとまず完成した。発表時間がタイトなため、私の持ち時間は最大で7分だ。これはもう、英語でスクリプトを用意しておかないと時間を超過してしまいそう。でも、押し迫った他の仕事もある。
ここが決断のとき。8日にあるSLA読書会で扱う論文を途中までしか読めないが参加して夜にスクリプトを作るか、最初から読書会参加を諦めるか。結局、前者を選んだ。
そうそう、今年9月にベルギーで開催されるLCR2011でのポスター発表の採択通知が届いた。 |
|
| 2011年3月3日(木) |
| 千葉大学公開講演会 |
昨日と今日は、片道2時間かけて千葉大学に出向いた。ロンドン大学教育研究所の Richard Andrews教授による連続講演会に参加した。英国における言語教育の現状、立論(論証法)という観点からの言語的発達や指導法、ライティング能力の発達という3つのトピックで講演をされたのだが、第2言語ライティングを研究する私が参加しないわけにはいかなかった。
2日の講演会には、言コミの3年生Kくんと2年生のMさんも自ら希望して参加した。Kくんは、私の現在のゼミ生で、Mさんは来年度の私のゼミ生となる。2人とも片道2時間から3時間かけて、千葉大学のある西千葉までやってきた。偉いなあ。
★中島平三先生から新刊書『ファンダメンタル英語学演習』(ひつじ書房)をご献本いただいた。 |
|
| 2011年2月26日(土) |
| 岩田先生の講演会 |
もっと眠っていたかったが、昨年末から楽しみにしていた公開講座「言葉を操る脳の仕組み」(講師:東京女子医科大学・岩田誠氏)に出席するため、西新宿にある東京言語研究所に向かった。「我ながら根性ある!」と思った。
休憩をはさみはしたが、岩田氏によるお話とその後の1時間近くに及ぶ質疑応答はとても刺激的であった。あまりにお話が興味深く、私はひたすらメモを取り続けた。メモを取る音が周囲から聞こえてくるのも納得できるし、なぜかとても心地よかった。
昨日までの出張期間中に、山鳥重氏による新刊書『言葉と脳と心』を読んでいたので、岩田氏のお話がより身近に感じられ、人間の営む言語行動、そしてこの言語行動と複雑に関係する脳の働きに今まで以上に惹きつけられた。岩田氏のお話を何時間でも聴いていたいと思うほどであった。 |
|
| 2011年2月25日(金) |
| 帰国 |
昨日の朝、サンフランシスコ空港を発ち、今日の午後3時半過ぎに成田空港に到着した。
10日間の出張は期間としては長くないが、成田に到着したら、張り詰めていた気持ちが一瞬にして緩むのを感じた。 |
|
| 2011年2月23日(水) |
| スタンフォード大学ライティングセンター |
早めにホテルを出て、スタンフォード大学に向かった。以前にも訪れたことがあるが、何年ぶりだろうか。広い学内を散策し、ブックストアで買い物をしたり、図書館で午後2時からのミーティングの準備をしたりして過ごした。
午後2時から約1時間半、Hume Writing Centerで運営方法や学生の利用状況について話を聴いた。ライティング・チューターとして約30人の学部生・院生を抱え、細かなスケジュール調整をしておられるスタッフ(専任教員2人も関わっている)の苦労が容易に見てとれた。2組がチュータリングセッションの最中だった。セッションの邪魔にならないように、少し距離を置いたところから観察させてもらった。
素晴らしいと思ったのは、サテライトセンターを学内に数カ所設けていること、学生寮の中にもライティングのサポートをするチューターを置いていること、さらには予約ですぐにいっぱいになってしまうため Skype を使ったオンラインチュータリングも検討していることであった。 |
|
| 2011年2月22日(火) |
| サンフランシスコへ |
朝、目が覚めてカーテンを開けると、うっすらと雪が積もっていた。昨夜のうちに雨から雪に変わったらしい。サンフランシスコに向かう朝に雪とは。
フライトがキャンセルにならなければいいのだけど、と気になり、パソコンでフライト情報を確認したらキャンセルにはなっていなかった。それでも、早めに空港に向かった。午前11時のサンフランシスコ行きはキャンセルになっていたが、私が搭乗する12時半のフライトは大丈夫だった。しかし、11時の便のキャンセルが影響してか、平日なのに飛行機は満席で、体の大きな人達が狭いエコノミー席にぎっしり座っているので、圧倒された。私の座る場所はあるのかと。
サンフランシスコには予定の時刻に到着した。ホテルはスタンフォード大学まで歩いていける Cardinal Hotelにした。夕方、通りの両側の木々がライトアップされ、活気づいてきた。ゆっくりと散策し、「MIYAKE」という日本料理店でお寿司を食べた。 |
|
| 2011年2月21日(月) |
| メリーランド大学へ |
ホテルからバス、地下鉄を乗り継いで、メリーランド大学に滞在されているS先生に会いに行った。2時間強かかった。S先生は、前日に一時帰国していた名古屋から米国に戻ったばかりでお疲れだったのに、私に対応して下さった。昼食は、カフェテリアで Sushi Combi を食べた。巻物にチーズが入っていて、一瞬、私の味覚がおかしくなってしまったのかと思うほどだった。
大学院の「心理言語学」の授業にも一緒に参加させていただいた。帰りも2時間はかかるため、先生とは数時間でお別れせざるを得なかった。大学院の授業を実際に体験できたことはとても有意義だった。対象が学部生で学部レベルの内容を扱う場合には、どこまで似たような指導を行えるのかは難題であるが、来年度に担当する授業で少し挑戦してみたいと思った。 |
|
| 2011年2月20日(日) |
| スミソニアン博物館へ |
今日で会議が終了した。わずかな時間しかなかったが、George Mason Universityからバスで最寄りの地下鉄の駅に移動し(所要時間約30分)、地下鉄に乗車して
Metro Center で降り、シャトルバスを使ってスミソニアン博物館に出かけた。途中駅からシャトルバスを利用しなければならなかった理由は、博物館の最寄り駅を含む一定の区間内で地下鉄が運休していたからだ。
入場する時、持ち物検査を受けた。2時間という限られた時間だったが、この時間の中で航空宇宙博物館を思い切り堪能した。
ホテルに戻り、会議が終了したという安堵感を味わうために、ホテルのバーでカクテル'flirtini'(米国の人気ドラマ SATCに出てきたカクテル)を飲んで祝杯をあげた。 |
|
| 2011年2月19日(土) |
| 会期3日目 |
今日も朝早くから夜6時まで、研究発表を聴いた。質疑応答が活発に行われるので、発表内容について深く考えることができるのがいい。
ホテルに帰り、Y先生と一緒に隣りにあるショッピングセンターに出かけ、中華料理を食べた。最寄りの地下鉄の駅までは、会場の大学からもホテルからもタクシーで15分、バスで30分近くかかるので、とても出かける気にはなれないのである。 |
|
| 2011年2月18日(金) |
| Writing Research Across Borders II: 開催中 |
昨日から会議が始まっている。
私のプレゼンテーションは、今日の午前中に終了した。早めに発表を終えると、気持ちが楽になるので有難かった。私の発表テーマは、割り当てられたセッションのテーマとは少しずれている気がしたが(Educational Testing Serviceの方々がいらっしゃるセッションだと嬉しかったのだけど)、他の2人の発表者とともに無事に終えることに集中した。
2007年に名古屋で開催した「第2言語ライティングシンポジウム」以来、私が発表する時にはいつもT先生(Purdue
University)が発表会場に来て下さっている。今回も会場で先生がいらっしゃっているのに気がついた。とても嬉しかった。
会議初日から、朝7時過ぎに会場の George Mason University に入ってマフィンとコーヒーで朝食をとり、午後6時まで複数の会場をせわしく移動しながら発表を聴くという生活を続けている。毎日、夕方には頭が飽和状態になる。
今日の夕食は、ホテルから歩いて数分のところにあるショッピングセンターで、Y先生と一緒に和食に挑戦した。お寿司も食べたが、ネタが日本では考えられないようなものだったり、盛りつけ方がユニークだったり。全体としては、不思議な和食を味わった。お味噌汁を飲むとホッとした。 |
|
| 2011年2月15日(火) |
| ワシントンDCへ |
午前中に成田空港を発ち、現地時間の朝10時前にワシントンに到着した。旅行客が少ないため、短時間で税関を抜けられると思っていたが、この予想は見事に裏切られた。米国以外の国籍を持つ旅行客に対して開いていた8つほどのブースのうち、2つしか割り当ててくれなかった。しかも、そのうちの1つは、航空会社の乗務員を優先していた。
旅行客の中には空港関係者に文句を言い出す人が出てきた。でも、何も変わらない。それでも、午後の早いうちにホテルにチェックインできた。やれやれ。
我慢して夜まで起きて体のリズムを現地時間に合わせようと思ったが、不覚にも午後4時頃に眠りに落ちてしまった。 |
|
| 2011年2月14日(月) |
| 米国出張前日 |
プレゼンのスライドをなんとか完成させ、今日は大学で試験監督。
明日の午前中に米国に出発するため、成田空港近くに前泊することにした。
夕方から雪になった。荷物をまとめてスカイポーターで送ったりと、事前の準備はそれなりに大変だったが、前泊にして良かった。交通機関の乱れを心配しないで済むからだ。
大学を出る直前に、山崎将志さんから新刊書『残念な人の英語勉強法』(幻冬舎)が届いた。(献本、ありがとうございます!) |
|
| 2011年2月8日(火) |
| 出張準備もままならない |
2月15日から25日までアメリカに出張するのだが、研究発表の準備が全然進まない。次々とやってくる校務の締め切りに対応するのが精一杯というところ。出張の時期が悪かったのかなあ。
まあ、嘆いても仕方がない。
そうそう、3月9日には日本ライティング・センター研究会で、さらに6月には台湾のSSLWで発表することが決まった。 |
|
| 2011年2月3日(木) |
| 辻井潤一先生の最終講義(3月18日) |
東大から辻井潤一先生の最終講義の案内をいただいた。
日時:平成23年3月18日(金)午後3時より
場所:東京大学 工学部2号館 213講義室 (東京都文京区本郷7−3−1)
演題:『計算機と言葉:言語処理研究の40年をふりかえって』
文系出身の私が「自然言語処理」に強く惹かれたのは、京都大学(だったと記憶しているが)で辻井先生の情熱的なお話を聴いた時だった。
3月18日、午前中は東京国際大学の卒業式であるが、午後からの謝恩会は欠席させてもらい、最終講義に駆けつけたいと思う。 |
|
| 2011年2月2日(水) |
| インタビューを受ける |
午後5時近く学部の委員会が終わり、直ちに就職課の応接室に移動した。川越商工会議所のS氏から本学の就職支援に関するインタビューの申し出があったからだ。就職課のT部長とともに質問を受けた。
1時間強、お話しただろうか。結構な発話量になった気がするが、近隣にある他の2つの大学でのインタビューと同時掲載になるようなので、記事になるのは何文字くらいだろうか。
インタビューの内容は、川越商工会議所の会報『CLASSIC』に掲載される予定である。 |
|
| 2011年1月30日(日) |
| 試験の採点に追われる |
自宅にこもり、期末試験の採点を黙々とこなす。1つの科目の成績を出すにも、複数の評価項目があるため、評価比率に従ってエクセルで計算し、総合点を算出するという作業が必要になる。正直なところ、試験問題を作成するよりも採点して成績を出すほうが大変だと感じる。
この時期、こんなに問題数の多い試験を作成しなければよかったのにと後悔する。しかし、またすぐに忘れて、次年度も、これはどう?と言わんばかりに枚数の多い試験問題の作成にいそしむのだろう。 |
|
| 2011年1月22日(土) |
| 卒論発表会 |
午後3時から3時間を超える長丁場となったが、今年度の言コミ卒論発表会が開催された。二年前から開催している卒論発表会は、全て、SDCという言コミ学生の有志で構成される学生団体が仕切ってくれているため、教員は会場に行くだけでよい。
各ゼミの代表学生が、卒業論文の概要を英語あるいは日本語で発表し、聴衆である教員と言コミ学生からの質問を受ける。どの学生も卒業研究に真剣に向き合ったことがストレートに伝わってきた。
学生主体で開催される卒論発表会というのは、他大学でもあるのだろうか。 |
|
| 2011年1月20日(木) |
| ツールの試用とアンケート調査 |
知り合いの院生に協力してもらって作成した英文ライティング学習支援ツールを言コミの1年生と2年生に試用してもらった。
定期試験期間中は協力してもらうのは難しいと判断し、後期最後の授業と補講が行われる今週中に実施することにした。有難いことに、頼もしいキーパーソンが各学年に1名ずついたので要領よく事が運んだ。
スケジュール調整が大変だろうと予測して、2週間にわたってコンピュータ教室を予約していたが、昨日と今日でほぼ終えることができた。Sくん(2年生)とTくん(1年生)に感謝!
こういう時は、一時的に連絡のメールで忙殺されるが、電子メールの存在にあらためて感謝する(+学生の携帯メルアドを普段からよく把握している自分を褒める)。
学習支援ツールは、日本人英語学習者が間違えやすい文法的なエラーだけを取り上げて、文法事項の説明と練習問題を提供している。「説明が長すぎる」や「説明に使われている文法用語がわかりにくい」といった率直な指摘がアンケート用紙に記載されていた。文と文の論理的な繋がりを良くするための「新情報と旧情報」の説明が特に難解だったようだ。う〜ん、やっぱりそうか。 |
|
| 2011年1月14日(金) |
| 初詣 |
明治神宮に初詣に出かけた。新年の参拝客が一段落した頃で成人の日を避けると、今日となったわけである。平日ではあったが、人出は予想していたよりも多かった。
参拝をして、おみくじを引いて、願いごとを書いて所定の箱に入れた。箱の近くには絵馬が沢山掛けられていた。絵馬に書かれた「就職が決まりますように」という表現が、ついつい、目に入ってきてしまった。
そのとき、11日にあった3年ゼミで、「就活を早く終えて、大学生活最後の一年間でいろいろなことをやっておきたい」と多くのゼミ生が新年の抱負として語ったことを思い出した。大学生らしい4年間を過ごせるようにならないものか。 |
|
| 2011年1月12日(水) |
| 青春の一ページ? |
期末試験は1月末にかけて徐々に実施していくわけだが、3年ゼミを除いて、全ての授業が今日で終わった。4限目の1年ゼミの教室に行くと、黒板いっぱいにメッセージが書かれていた。色紙をもらうことはあったが、黒板にメッセージというのは初めてだ。
就職戦線が厳しく、閉塞感を強く感じている昨今の私にとって、この青春きわまりないような1年ゼミ生の行動がとても微笑ましく感じられた。幼いとは全く思えなかった。むしろ、少し救われた思いがした。
賑やかでユニークなゼミだったが、こうしてお別れの日がくると、「もっと触れあう機会をつくるべきだったかな」と反省する。 |
|
| 2011年1月8日(土) |
| 6大学面接コラボ |
本学就職課主催の就活支援行事「6大学面接コラボ」が開催された。本学を含め、6つの大学から約200名の学生が、グループ面接とグループディスカッションの模擬体験をするために集まった。
最初に私が挨拶をすることになっていたが、自宅から大学に向かう電車の中で何を話そうかと考えた。キーワードは決めていたが、どのエピソードを話すべきか、なかなか決められなかった。この話にすると時間がかかりすぎるかもしれない、この内容だとピンとこないかもしれない、といった具合に。
結局、昼食をとりながら、ノートにあれこれ書き出しながら最終決定した。
研究室を出るときに窓から外を眺めると、とても美しい富士山が見えた。 |
|
| 2011年1月4日(火) |
| 新年を迎えて |
新しい年を迎えた。今年も健康に気をつけて、自分なりに立てた目標を実現していきたい。どの内容に関しても、「マーケティング」と「イノベーション」をキーワードにして進んでいきたい。
まずは、年末から着手していた論文を仕上げた。お正月だから、昼間はお雑煮を食べたり箱根駅伝を見たりとのんびり過ごし、夜は時間を決めて少しずつ論文を書いた。
経済状況、そして大学を取り巻く状況がますます厳しくなっていくなかで、私自身はどうすべきか。
どんなことがあっても、新しい年を充実した一年にしたいと強く思う。 |
|
| 2010年12月31日(金) |
| 大晦日 |
あと数時間で新しい年を迎える。大学が休暇に入ってからもこのサイトを更新できなかったのは、レポートの採点と年明けの授業の準備、さらには期末試験と論文の作成に集中していたからである。論文は、年明け3日まではかかりそうだ。
ここ数年間の年末年始を振り返ってみると、いつも机に向かっている。人間として余裕がない感じがして嫌気がさすが、必要に迫られているため仕方がない。同居している義母と遠く離れた実家の母には心の中で詫びてばかりだ。
それでも、こうして無事に一年を終えられたことを嬉しく思う。周りの人達に支えられているからこそ前に進めることを実感している。
お世話になった多くの方々に心から感謝し、清々しい気持ちで新年を迎えたい。 |
|
| 2010年12月21日(火) |
| 今日は特別講義 |
3限目の「コーパス言語学」と4限目の「演習3(=3年ゼミ)」に神戸大学のI先生をお迎えした。お忙しい時期に川越まで来て下さった。I先生による特別講義の魅力と威力は大きく、両クラスとも空気がいつもと違っているように思えた。
受講生だけでなく私も、多くのことを学ばせていただいた。特に、「コーパス」が私達にとっていかに身近な存在であるのか、実際に使ってみればいかに興味深い言語の姿をあぶり出すことができるのかをとてもわかりやすく教えて下さった。
夕方、受講生に偶然会ったとき、「今日の講義は本当に面白かったです」と声をかけられた。 |
|
| 2010年12月19日(日) |
| 研究会の25周年記念&クリスマス会 |
津田塾大学言語文化研究所の研究会の25周年記念とクリスマス会を兼ねて、月島のレストランに集まった。和食の懐石料理(クリスマスを意識した豪華な和食懐石をとシェフにお願いしたらしい)をいただく前に、以下の写真にある記念のケーキをメンバーでいただいた。こんな大きなケーキを食べたのは初めてだ。
私は、現在はこの研究会への参加をお休みさせていただいているが、このようなお祝いの会には是非とも参加したかった。2年ぶりに大学時代の恩師にもお会いしたかった。研究会のメンバーとも久しぶりの再会を果たし、心温まるひとときだった。

いつか近いうちに研究会に復活したいと思った。 |
|
| 2010年12月16日(木) |
| 立教大学にて |
午前中に「文部科学省春期インターンシップ」に応募するゼミ生の書類を急いでチェックし、午後から立教大学で開催されている連続講演会に出席した。イルミネーションが美しいクリスマスツリーが迎えてくれた。
今週、13日から16日まで、北アリゾナ大学のWilliam Grabe教授とFredricka Stoller教授による講演が毎日行われていた。本日、Grabe教授による講演の演題は「Using Graphic Organizers to Integrate Reading and Writing Skills」で、Stoller教授による講演の演題は「Integrated Skills and Content-Based Instruction」であった。
大変に刺激的な内容で、ペアワークやグループワークもあり、あっという間に時間が過ぎてしまった。お二人から、Graphic
Organizersを用いたリーディング指導とライティング指導に関する多くの示唆をいただいた。講義を聴きながら、「早速、明日のライティングクラスで使ってみよう」と決めたほどである。
今回の講演会の情報を事前にお知らせ下さった立教大学のT先生に心よりお礼を申し上げたい。 |
|
| 2010年12月13日(月) |
| Good news! |
先月末から「駄目かもしれない」と不安を抱いていることがあった。応募条件に完全に合致していない部分があるのを指摘されても、あきらめることをせず、私の最善を尽くしたつもりだった。
今晩、ずっと待ち焦がれていた吉報が届いた。強い思いは届いた。
現2年生の女子学生が、来年の夏に約6週間、カリフォルニアかオーストラリアのいずれかの土地で研修を受ける公的な派遣生として選ばれた。Mさん、おめでとう!本当に良かったね。 |
|
| 2010年12月6日(月) |
| 師走を迎えて |
私にとって11月はあまりにハードな月だったので、師走を迎え、他の人とは逆に少し落ち着いた時間を持てるようになった。やっと嵐の日々から解放された。セミナーの前後には、来年度の3年ゼミ生を決めなければならず、留学していない2年生で私のゼミを希望した25名全員と1人15分間ずつ面談をした。スケジューリングは、20日・21日の週末にメールで全員とやりとりをして調整済みだった。したがって、空いた時間をつかって粛々と実施した。面談時には、志望理由書と成績表のコピーを提出してもらった。
結局、留学している学生を含めると37名の希望者があった。定員は18名なので、約半分の人達しかゼミ生としてとれない。面談をした25名には、1人ずつ、結果をメールで連絡した(そのようにすると面談時に約束していたので)。
今、少しだけ穏やかな日々になったわけだが、2010年の残りを大切に過ごさなくちゃね。年齢も1つ重ねたことだし。
|
|
| 2010年12月4日(土) |
| The Best of British |
5年ぶりに東京藝術大学奏楽堂に出かけた。「The Best of British」と題したクリスマスコンサートに招待されていた。
イギリスの作品ばかりを集めたコンサートだったが、これは招待指揮者のダグラス・ボストック氏の選曲によるらしい。25分間の休憩をはさみ、第1部と第2部をあわせて約2時間の楽しいひとときを過ごした。奏楽堂のパイプオルガンの荘厳さもさることながら、ボストック氏の指揮による演奏のテンポの良さと迫力に圧倒される思いがした。異次元に小旅行に出かけたような気がした。
アンコール曲が洒落ていた。「やはりイギリスといったらこの曲でしょう・・・」という前置きがあり、隣りで主人が「ビートルズだ」と小さな声で叫んでいたが、静かに流れてきたのが
"Yesterday"であった。締めくくりは、"Hey Jude"。 |
|
| 2010年11月30日(火) |
| 悩ましい |
今日、担当しているゼミの欠席者が7名もおり、愕然とした。企業説明会に参加しているのかどうかはわからない。腹立たしく思うことがあってもめったに怒らない私だが、さすがに腹に据えかねた。
他大学では、ゼミ生が無断で欠席した場合にはどのように対応しているのだろうか。もちろん、授業中にはネガティブな感情をなるべく出さないようにつとめている。しかし、「卒論構想の発表」をやっている大切な時期なのだから、欠席の連絡は事前にあってもしかるべきだろう。
やはり、言っておかねばならないと判断した。就活のために欠席する場合には、欠席届と行事の証拠となる資料の両方を提出するようにと念を押した。だが、これらの資料が提出されたからといって欠席の扱いにしないと決まっているわけではない。教員の判断による。普段の授業態度がいかに影響するか、学生も承知のことだろうが。 |
|
| 2010年11月27日(土) |
| 第2言語ライティングセミナー終了 |
無事に「第2言語ライティングセミナー」を終了した。へとへとだった。もう4日も自宅に帰っていない。
関係者を含めて約40名の参加者があった。遠く仙台や金沢、そして大分から来て下さった方々もいる。大きな教室は使用しなかったので(当日も大小2つの教室を確保し、いつでも他の教室に移動できるようにしていたが)、フレンドリーな雰囲気の中でセミナーを進めることができた。
4日ぶりに自宅に戻って休んでいると、参加して下さった方々から「お礼のメール」が届き始めた。疲労が頂点に達していながらも、「きつかったけれど、やって良かった」と思った。
本当にお忙しい日々を過ごされているのに、香港から川越まで来て下さった Icy
に深く感謝している。彼女のお話は、最初は穏やかに話されていたが、段々と力がこもってきた。第2言語ライティング研究・指導への彼女の強い信念と推進力を感じた。彼女に背中を押されるような感じを覚えた。 |
|
| 2010年11月24日(水) |
| 公開シンポジウム「大学教育と職業との接続を考える」 |
昨日、小雨が降る中を東京大学安田講堂まで出かけて行った。外出する余裕がどこにあるのかと自分に問いかけながらも、最近の日々が
overwhelming であるため、頭を他のことに開放したくて仕方がなかった。
公開シンポジウム「大学教育と職業との接続を考える―大学生の就職をめぐる諸問題と当面の打開策」には、予想以上に大勢の聴衆が詰めかけていた。広いはずの安田講堂が人いきれで蒸し暑いほどだった。
お目当ては、第2部の勝間和代氏の講演と第3部のパネルディスカッションだった。最初から難しい、というか「当面の打開策」というように「当面」などと表現しており、実は頭を抱えるしかないのが現実ではないかと思って参加した。
結論からいうと、パネルディスカッションの内容がどうこうというよりも、私自身がもっと頭を冷やすべきなのではないかと実感したことが収穫だった。少し冷静に考えてみる必要がある―そういう意味でも、現在の進路指導委員長という役割を来年3月(任期満了のはず)で終え、もっとゆとりのある立場から目の前の学生に接していきたい。
先週の金曜日に、言コミの卒業生2人が有給休暇を取得して大学に来てくれた。現在の仕事の内容を紹介してくれた後、後輩達に就職のアドバイスもしてくれた。私は、2人の話を聴きながら、不覚にも涙を流してしまった。隣りに座っていた同僚が、さりげなくティッシュを渡してくれたほどだ。彼らの成長した姿に涙したのではなく、現在の就活を経験して働いている若者にしか語れないことを言ってくれたからだ。彼らの話に優る講演会もシンポジウムもない気がした。 |
|
| 2010年11月22日(月) |
| 東アジア地域で第2言語ライティング研究に関わる組織を? |
今週末には、いよいよ第2言語ライティングセミナーを開催する。香港から来日して下さる
Icy との様々な連絡は大体終わった。昨日までに参加申込みをして下さっている方々には、最終案内をメールで送らせてもらった。意外なことに、地方から来られる院生が多い。
開催時期(学会の多い時期)、開催場所(川越)、使用言語(英語)の悪条件?が重なると、参加して下さる方々を集めるのが大変である。実感した。今までにないほどの広報活動をしたつもりである。
2年前に開催した第1回目のセミナーのことを思い出し、アリゾナ大学のP先生に近況報告も含め、久しぶりにメールした。第2言語ライティング研究・指導の研究会のような組織が必要ではないかと考えていると書いたら、「日本で第2言語ライティング研究会のような組織をつくることを考えるのもいいけど、そろそろ東アジア地域の国々の研究者が集まって学会のような組織をつくることも考えられるんじゃないの?」という返事がきた。私の目から大きなウロコが落ちた。 |
|
| 2010年11月14日(日) |
| スパークリングワイン1時間飲み放題 |
やるべき仕事が多すぎて、頭の中が爆発しかけていた。こんな時は、ひと休みしたほうがいいと思った。
だから、知人に誘われ、広尾のワインショップ「エノテカ」に出かけて行った。「スパークリングワイン1時間飲み放題」という企画をやっていたからだ。昼間からそんなに飲めないなあと思いつつも挑戦した。グラスに少しだけ入れてもらって飲むので、用意されていた10種類のスパークリングワイン(実は高価なシャンパンも含まれていた)をほとんど飲み干した。飲み比べてみると、美味しさに違いがあることがとてもよくわかる。
試飲したスパークリングワインの中から2本お土産に持ち帰ることができたので、気に入った2本を選び、宅配の手続きをした。こうして、昼間から美味しいワインに興ずる大人の女性2人というのは、きっと絵になっていただろう・・・。 |
|
| 2010年11月13日(土) |
| 年に1度の顔合わせ会 |
あれから1年が経ったことになる。午後1時に、住宅地の自治会室に20人近くが集まった。住宅地の同じ班に所属している世帯が集まってお茶会をするのである。昨年、ちょうどこの時期に、初めての顔合わせ会が行われた。そのとき、年に1度くらいは集まりましょうと決めた。
お茶とお菓子をいただきながら、自己紹介をしつつ、住宅地全体が抱える課題やちょっとした話題をなごやかな雰囲気の中で話した。気がついたら、2時間近くもお話をしていた。
住民の高齢化やペットの問題、防犯対策、地震対策といった具合に、きわめてまじめな問題を話し合ったような気がする。1年に1度の集まりでも、顔は覚えているものである。何か困ったときに助けあえるような関係でいられたらと強く思った。
|
|
| 2010年11月8日(月) |
| 来年度の演習説明資料 |
今週は、来年度の演習説明期間となっている。私は、今年に続いて来年度も3年生の演習を担当することになった。つまり、来年度は、3年生と卒論作成に追われる4年生の2学年を担当することになる。「えらいこっちゃ!」という声がどこからか聞こえてくる。
担当する演習学生の就活に頭を悩ませつつ、卒論指導を行わなくてはならない。来年度、3年演習も4年演習も18人ずつ抱えることを思うと、今のうちに体力を養っておかなければならないと自分に言い聞かせている。
各演習の説明資料は、教務課に提出した資料をもとにしてすでに冊子体で印刷されており、学生達はそれを持っている。でも、説明のためのスペースが限られているため、今週9日と10日に行う研究室での説明のために、補足資料をA4で1枚作成してみた。今までに指導した学生(卒業生)の卒論のタイトルを抜粋した表も記載した。
授業の合間をぬって行う演習説明は落ち着かない。学生に選ばれても選ばれなくても、ちょっとブルーな感じになる。 |
|
| 2010年11月4日(木) |
| 第2言語ライティングセミナー:英語での案内ページ |
もっと早く英語の開催案内を用意したかったが、なかなか手がつけられず、11月を迎えてしまった。
やっと英語版の案内ができたので、日本人以外の先生方にもセミナー情報を送れるようになった。今までいただいている問い合わせの中に、「27日は所用でどうしても参加できないので当日の内容を知る手段はないでしょうか」とか「今後、セミナー開催案内を受け取る方法はありますか」という質問が寄せられている。
前者の質問に対しては考えないといけないが、後者の質問に関しては答えづらい。私が個人的に開催しているセミナーなので、今後いつ開催できるかはわからない。研究会のような組織体が必要なんだろうな。 |
|
| 2010年11月2日(火) |
| 浜離宮恩賜庭園→お台場→観覧車 |
今日は大学はお休みであったが、どうしても行かなければならない用事ができ、午前9時過ぎにはN課に到着した。直後に電車が止まったようなので、早めに家を出てよかった。
午前10時半過ぎにLEAPで学生と合流し、池尻大橋駅を目指して大学を後にした。平日のお昼前なのに電車がすごく混んでいた。午後12時半に池尻大橋駅の近くにあるホテルのロビーでGaetanelleと待ち合わせをしていた。
4人で池尻大橋→渋谷→新橋→ホテル・コンラッド東京28階のラウンジまで一気に移動した。コンラッド東京のロビーで、知り合いのコンシェルジュAさんに会い、ラウンジから浜離宮恩賜庭園を眺めた。東京湾が見渡せて、素晴らしい眺めだった。ラウンジでジュースを飲んだ後、浜離宮に移動した。園内をゆっくりと散策した。ユビキタスガイドという端末(英語・日本語それぞれのバージョンが用意されている)が渡されていたので、歩きながら説明を快適に聞くことができた。
午後4時5分の水辺バスで浜離宮からお台場に移動した。約15分ほど、水上での快適な旅を楽しんだ。レインボーブリッジの下をくぐり、お台場に到着。お台場をあちこち見て回った後、「おなかが空いたね」ということで、しゃぶしゃぶが食べられるお店をインフォメーションで教えてもらった。Gaetanelleに「何が食べたい?」と尋ねたら、「寿司
or しゃぶしゃぶ or すき焼き」という返事が返ってきたので、しゃぶしゃぶを食べることにした。2時間かけてゆっくりと夕食をとった。
フジテレビの展望台には行けなかったが、ヴィーナスポート近くにある観覧車に乗ることにした。高所恐怖症の私は、シースルーのゴンドラだけは絶対に乗れないので、ごく普通のゴンドラにしてもらった。午後8時過ぎの東京の夜景は素晴らしかった。言葉では表現できない美しさだった。
午後9時前にりんかい線を使って渋谷に戻り、Gaetanelleを池尻大橋のホテルまで見送った後、自宅に向かった。長い1日だったが、6年ぶりにGaetanelleと会って東京を一緒に堪能できるなんて夢のようだった。学生達も彼女とたくさん話をし、楽しいひとときになったようだ。今日は、心から楽しいと思える時間を過ごせた。
|
|
| 2010年10月31日(日) |
| 週末は大忙し |
30日、台風が接近している中を昭和女子大学に出かけた。ICLE/LINDSEI ワークショップ/シンポジウムに参加するためであった。28日の木曜日には、Dr.
Gaetanelle Gilquinがベルギーから到着しているはずだった。
午前中のワークショップには台風の影響で参加できなかった方々もいたようだった。ワークショップでは、Dr.
Gaetanelle Gilquinが、数日前に正式にリリースされたばかりという「LINDSEI
Corpus」について、わかりやすく説明してくれた。午後からは、Dr. Gaetanelle
Gilquinによる講演と研究発表3件が行われ、最後は投野先生のご講演だった。ほんとうに充実した1日を過ごすことができたように思う。懇親会にも参加したので、さすがに帰りの電車の中ではぐったりした。
そして、今日は朝から午後4時半まで神保町で編集会議があった。思いがけない連絡を受け、またまた原稿の修正をしなければならなくなった。ちょっと頭が痛い。その思いがけない連絡を聴いていたとき、昨日の懇親会でK先生がおっしゃったことを思い出した。「教科書をつかって教えてもらいたいと思っているのに、教科書を教えている人が多いのよね」。何か逆説的で深い言葉だ。 |
|
| 2010年10月29日(金) |
| Mさんに会う |
10月17日に紹介した早稲田大学4年生のMさんに会った。早稲田大学キャリアセンターの入り口で待ち合わせをした。Mさんとどんなふうに連絡をとったのかは省略するが、実は17日からすでにメールのやりとりをしていた。
早稲田大学の近くの喫茶店に移動して、約1時間半、初対面にも関わらずたくさん話をした。11月9日に私の3年ゼミに来てもらうことになったので、どういう内容で進めればいいかという打ち合わせをするのが主な目的だった。
様々なイベントを企画・開催している経験からくるのか、Mさんはまるで社会人のようだった。心地よく仕事の打ち合わせをしているような感覚を覚えた。就活のノウハウなんてものを語ってもらうわけではない。
Mさんを交えて考えたいことは、就活の「意味」とでも言えようか。「最後にはこうまとめなくちゃね」のようなシナリオはなく、途中で終わった感があれば、いつかまた続きをやればいいと考えている。
その喫茶店で飲んだホット・レモネードが甘酸っぱく口の中で広がる感じも、今日の初対面にはちょうどよかった。
|
|
| 2010年10月25日(月) |
| 埼玉労働局:新卒者就職応援本部設置 |
23日がオープンキャンパスであったため、来年度からの科研費補助金の申請書類が思うように書けず、泣きそうだった。タイムリミットが近づいてきていたので焦りは最高潮に達していた。不戦敗だけは嫌なので、昨日はひたすら書類を書き続けた。今朝、午前2時頃に最後のページまで辿り着いた。
もっと眠りたかったが、今朝10時からの埼玉労働局の会議に学長代理で出席をしなければならず、早起きをしなければならなかった。ふらふらしながら「新卒者就職応援本部第1回会議」に出席した。大学関係者として行政や産業界に対して就職活動に関する要望を述べることになっていたようで、出席していた他大学の方々は手元に書類があった。おそらく、大学の就職関連部署で用意された書類を持ってきていたのだろう。私は、何も持たされてはいない。ということで、やや焦りながらも、普段から考えている3つのことを要望として率直に述べた。
会議が終わったときに、他大学の理事長さんから、「はっきり言って下さって良かった」と言われた。私が述べてもすぐに何かが変わるわけではない。それでも、言い続けなければならないと感じている。大学生と日々接しているからこそ言えることがある。
その3つのことは、ここには書かない。多分、これまでに私がこのサイトに書いてきたことから少しは読み取れるのでは?
|
|
| 2010年10月20日(水) |
| 就活キックオフ2011 |
午後から2コマ続けての授業を終え、そのあとの英語専任教員連絡会に出席した。ところが、午後6時を過ぎても終わらない。仕方なく、予定している行事に参加するために会議室を抜け出した。
午後6時半から本学の「就活キックオフ2011」を開催することになっていた。このような行事は、本学では初めての試みであろう。
まず、就職活動を終えた4年生2人(第1キャンパス代表1名と第2キャンパス代表1名)が、後輩達に就活のアドバイスと応援メッセージを述べた。とても立派な挨拶だった。続いて、進路指導委員会委員長(私)と副委員長がそれぞれ応援メッセージを述べた。
わずか30分強の行事であるにもかかわらず、約150名の3年生が会場に来ていた。会場の前の方には言コミの学生達の顔が目立った。会場の空気に影響されたのか、話す予定に入れていなかった就職課の職員さん達が「応援メッセージを自分たちも届けたい」と話しだし、1人1人、簡単ではあるが自己紹介をしてくれた。これも(開学以来?)初めてのことではなかったかしら。そばで見ていた私は、ちょっと胸が熱くなった。
最後に、「キックオフ」にちなみ、ビーチボールを蹴った(サッカーボールを使うと危険だから)。厳しい就職戦線が、就活生だけでなく周りの大学関係者にも与えているプレッシャーを感じながらも、気持ちをピンと引き締める機会になった。私は、リクルートスーツではないが、黒の新品のパンツスーツを着込み、この行事に臨ませてもらった(気合い十分!)。 |
|
| 2010年10月17日(日) |
| 行動力のある大学生 |
昨日の日経新聞に「内定なき友のために」という記事があった。9月中旬に代々木公園で開催された「就活生の本音フェス」というイベントにまつわる話が書いてあった。このイベントの実行委員会委員長である早稲田大学の4年生Mさん(男子学生)がなぜこのイベントを開催しようと思ったのかという経緯も書かれている。実行委員会のHPをのぞいてみた。Mさんに連絡をとってみたい気がした。
9月初旬には、大学生が企画した「次世代リーダー緊急会議」が日比谷公会堂で開催されている。また、言コミの4年生Aさん(女子学生)は、9月下旬に開催された「アジア開発学生会議」に参加している。
全国の大学生の数に比べれば、こうしたイベントに関わる大学生の数は少数派と言えるが、こんな若者たちを頼もしく思う。巷では「近頃の若者は・・・」とネガティブなことを並べ立てる傾向があるが、そんなことを言われる筋合いはないはず。
彼らの行動力が私に元気を与えてくれる。最近の私こそネガティブ志向になっているのでは・・・と反省した。 |
|
| 2010年10月12日(火) |
| ライティングラウンジのHP |
授業が終わった後、5限目にライティングラウンジの学生チューターをしているKさんとTさんが研究室に来てくれた。早稲田大学のライティングセンターのHPを学生チューター全員に知らせておいたのだが、「私たちもライティングラウンジのHPを作りましょうよ」という話になったのだ。シンプルなものでいいから作成してみよう・・・。
それで、まずはどんなコンテンツを掲載すればいいかと3人で話し合った。途中、私に来客があって話し合いの場から離れざるを得なかったのだが、戻って来て2人の話を聞き、それで「Go!」となった。
今回のように学生チューターの方から積極的な申し出があると、すごく嬉しい。ゼミでも同じことが言えるが、学生自身が「これをやってみたい」とか「これをもっと知りたい」と口にするようになったら、もっともっと面白い挑戦ができるんだけどなあ。 |
|
| 2010年10月9日(土) |
| 英語コーパス学会 |
今期は特に授業の準備を念入りにしており、時間に追われる生活をしているせいか、今朝も起きるのがとても辛かった。体が重くて重くて。
東大(駒場キャンパス)で開催された英語コーパス学会に参加した。学会賞の表彰があり、受賞者の金子先生の挨拶をうかがっていると、胸が熱くなった。何事も努力の積み重ねが必要で(当事者は「努力している」とは思わないのだろうが)、ちゃんとした形にするには20年間はかかるのかもしれないと思った。
研究発表の後のシンポジウムでは、久しぶりに「自然言語処理技術の現在」を知ることができて大変参考になった。東北大学のI先生と駅までの道すがらお話をさせていただいたが、私が「こうして何年かぶりに垣間見ると、自然言語処理技術は、今やっていることとは近そうで遠く、遠そうで近い分野かなあ」とつぶやいたら、ニコッとされた。その時、土砂降りの雨が降っていた。 |
|
| 2010年10月5日(火) |
| 第2言語ライティングセミナー(11月27日) |
来る11月27日(土曜日)に開催する第2言語ライティングセミナーの開催案内ページを作成した。英語版は、近日中に。
2008年3月に第1回目の第2言語ライティングセミナーを開催したので、今回のセミナーは第2回目となる。初回のセミナーでは、日本語教育の研究者・院生の方々がたくさん来場して下さったので盛況だった。120名強の参加者があった。今回は、英語での開催であるため、参加して下さる人がどのくらいになるのか、とても不安である。
今月中旬に発行される『英語教育』に開催案内を掲載していただけるように編集部には依頼してあるが、広報に力を入れなくてはならない。→第2言語ライティングセミナー開催案内(日本語版) |
|
| 2010年10月3日(日) |
| 会議:午前10時から午後4時半まで |
朝から神保町にある出版社で編集会議が開かれた。昼食休憩をはさんで午後4時半まで議論を続けた。(長い会議が嫌いな私としては、歳をとるにつれて辛抱強くなってきたと言えるのかもしれない。)
会議が終わってから久しぶりに新宿に出て、デパートで秋の洋服を見て回った。ついでに、リクルートスーツ売り場に足を運んだ。昨年の今頃も同じことをした。リクルートスーツの選び方を店員さんに聞いた。
先週、ゼミ生から、リクルートスーツの色は、黒・紺・グレーというのが定番だけれど、本当に紺やグレーのスーツでもいいのかと質問を受けた。このことも頭にあったので、店員さんにアドバイスをもらった。いろいろとお話をしているうちに、大学名を聞かれた。「川越にある東京国際大学です」と答えたら、「えっ!弟が東京国際大学にお世話になりました」と言われた。すごい偶然!
売り場に置いてあったパンフレットを十数部もらってきた(いえ、正確に書くと、ゼミ生の人数を言ったら渡してくれたのである)。5日のゼミで、みんなにあげよう。
10月1日(午後1時)に、現3年生向けの就職情報サイトがオープンした。午前中に、ゼミ生にメールで告知し、「成田の今日のひとこと:絶対に出遅れるな!」という表現で結んだ。本当は、こんなことをしたくないのだけれど。。。私の気持ちはわかってくれていると願いたい。いよいよ、2012年3月に卒業する大学生の新卒採用の幕が切って落とされた。
|
|
| 2010年9月29日(水) |
| 過酷だなあ。。。 |
今日は、4限目の授業が終わってから午後9時過ぎまで3つの会議があった。そのうちの2つの会議では議事録担当であったため、連続して3時間半、ノートパソコン上で議事内容を入力しながらの参加だった。多分、外からはそう見えないだろうけど、私は意外に辛抱強い人間なのではないだろうか。
議論をしながらの議事録作成は、企業に勤務していた頃からやっていることなので慣れているが、時間帯が悪過ぎる。夕飯をとれないので、午後9時過ぎに大学を出て自宅に戻ってからの食事となる。
自宅にたどり着いたら、もう零時少し前。体に悪いことばかりしている気がする。 |
|
| 2010年9月25日(土) |
| 長崎源之助展 |
港の見える丘公園内にある「神奈川近代文学館」で開催されている「長崎源之助展」に出かけた。8月7日から開催されていたのだが、今まで時間がとれず、終了間際の今日、やっと訪れることができた。姉から招待券をもらっていたのに、文学館の場所や開館時間を確認しているうちに、持ってくるのをすっかり忘れてしまい、文学館に到着したときに思い出した(笑)。
身内の話で恐縮だが、展示物の中には、姪(当時、小学生)が長崎先生からいただいた書簡も含まれている。姪は、この手紙がきっかけで今日まで長崎先生とおつきあいさせていただいている。姪は広島生まれの広島育ち。平和教育を受けて育った。私の父方の親戚は、広島で被爆している。
2年前にポプラ社から出版された『汽笛』の編集担当者は、姪だった。2年前の終戦記念日に開かれた朗読会は、『汽笛』の出版を記念する集まりでもあった。私も出席し、数年ぶりに長崎先生にお会いした。
これまでに出版された絵本のオリジナル原稿もいくつか展示されていた。手書きの原稿には何とも言えない深みと暖かみと産みの苦闘が感じられた。これらは、1文字ずつ原稿用紙のマス目を埋めていく字間にも漂っている。ワープロ原稿からは到底感じられないものである。
姉や姪は、今年の終戦記念日に文学館を訪れた。長崎先生が病をおして短時間だけ顔を出されたそうだ。明日で展示は終了する。以下の写真は、近代文学館の入り口と港の見える丘公園から眺めたベイブリッジである。

|
|
| 2010年9月22日(水) |
| Writing Tutors' Meeting |
短いお昼休みをつかい、ライティング・ラウンジで活動してくれる学生チューターを集めて後期初めてのミーティングを開いた。前期は、月に2回、水曜日のお昼休みにミーティングを開催したが、後期は各自の時間割がなかなか合わないため開催曜日と時間帯を考え直さなければならない。やはり、Skypeを使えればそれが一番なのだが。
本学の姉妹校である米国ウィラメット大学を卒業して帰国した4年生3人にも学生チューターに加わってもらうことにした。7名体制でチュータリングを実施していく。これはとても喜ばしいことなのだが、実は7名分の書類作成と勤務管理をしなければならず、正直なところ「しんどい!」。
科研にしても同じことが言えそうだが、書類作成をいかに効率よくやれるか、この力量はとても大切である。私がライティングの研究と指導に関心があるのは、書くことの大切さと苦労を知れば知るほど「どうしたら効果的な文章をより楽に作成できるようになるのかを知りたい、知って実践したい」からである。
|
|
| 2010年9月20日(月) |
| 後期が始まる! |
いよいよ明日から後期の授業が始まる。一般企業で働いている人々に比べればとんでもなく長い夏休みだと言われそうだが、振り返ってみると、ゆったりと過ごすことができたのは「伊豆・箱根の旅」の2日間だけだったような気がする。
シラバスを用意し、各科目の授業の流れを考えていると、「さあ、これから年末まで走らねば!」という気持ちになってくる。後期は、まだまだ続く「父母の会」、入学試験、来年度の演習決定など、前期以上に慌ただしい毎日になるのが見えている。ふぅ。
それでも、鬼のように暑かった季節は、段々と秋に移行していくだろう。少し肌寒いくらいのほうが好きだな。お洒落もできるし。
忙しいけれど、楽しみな行事も待っている。10月末に昭和女子大学で開催される「The ICLE/LINDSEI シンポジウム・ワークショップ」では、Dr. Gaetanelle Gilquinに会える。昨夜、彼女からメールが届き、個人的にも東京で一緒の時間を過ごせそうだ。11月3日には千葉大学教育学部でのシンポジウムに出席し、11月27日には「第2言語ライティングセミナー」を主催する。
さらに、今学期から開講することになった「コーパス言語学」の授業と3年生のゼミに、神戸大学のI先生にお越しいただけることになった。まるで今年の授業を締めくくって下さるかのように、12月21日と決まった。わ〜い!
|
|
| 2010年9月17日(金) |
| 伊豆・箱根の旅(2) |
昨夜は、伊豆山の宿に宿泊した。雨の滴の音を聞きながら、大浴場を1人占めすることができた。サウナもあったので、嬉しくてしかたがなかった。木曜日なので宿泊客が少なく、快適だった。
しっかりと朝食をとり、芦ノ湖に向かった。雨が上がり、晴れた!空気も清々しい。
おとといまで3年生有志と「夏のSLA勉強会」をやっていたのだが、そのメンバーから「先生、芦ノ湖の海賊船、よかったよ」という話を聞かされたばかりだったので、「私も芦ノ湖へGo!」という気になった。
海賊船に乗船する観光客が多かったため、普通の周遊船に乗り込んだ。これが大正解だった。金曜日だけの特典らしいのだが、普通席の金額で、特別席に乗り込んで景色を堪能することができた。もちろん、海賊船が湖面を進むのを眺めることもできた。青い空、もっと深い青色の湖。幸せなひととき。

昼食は、玉村豊男氏のミュージアム内にある「La Terrazza Ashinoko」で ― この夏お気に入りの「バーニャカウダ」にスパークリングワイン、そしてトマト・アンチョビ・黒オリーブがメインのピザ。もう、言うことなし。 |
|
| 2010年9月16日(木) |
| 伊豆・箱根の旅(1) |
残念ながら今日は雨に降られてしまったが、1泊2日の「伊豆・箱根の旅」に出た。伊豆に直行するかわりに、行ってみたいお店があった箱根で昼食タイムとした。「箱根茶寮
椿山荘」というお店でおそばを食べた。緑がまぶしい庭園と遠くの山々をゆったりと見渡すことができた。藤田平太郎男爵の別邸で、大正7年に建てられたものだそうだ。雨が降っていたせいもあるだろうが、しっとりとした佇まいだった。
おいしいおそばをいただきながら、ふと思った。「私って、ここ何年も旅行していなかった」と。それどころじゃない毎日だった。出張で日本国内や海外に出向く機会はあったが、それは心からリラックスできるような旅ではない。このことに気がついて本当によかった。
 |
|
| 2010年9月12日(日) |
| 父母の会―長岡 |
中越地方では大雨が降り、運休を余儀なくされた電車も多かったようだ。私は、お昼前に新潟から長岡に新幹線で移動しなければならなかったが、新幹線の遅れは生じなかった。
昨日に続いて、今日は長岡で「父母の会」が開催された。新潟よりもご出席いただいている親御さんの数が多く、1組25分程度で面談を終わらせる必要があった。成績のこと、日々の生活のこと、就職のこと等、親御さんの心配事は共通している。本人に聞かせたいと思うことばかりだ。
毎年、9月から10月にかけて、全国の主要都市で「父母の会」が開催されている。時間的な制約があるため難しいかもしれないが、できるだけ多くの親御さんに出席してもらいたいなあ。
長岡を後にするとき、「久保田」と「八海山」の醸造酒を探したが、見つけられなかった。ちょっと残念! |
|
| 2010年9月11日(土) |
| 父母の会―新潟 |
昨夕、新幹線で新潟に入った。宿泊するなら「朱鷺メッセに入っているホテル日航新潟」がオススメだとゼミ生が話していたので、このホテルに宿泊した。新潟駅からちょっと遠いのが難点だが、信濃川と日本海を同時に眺めることができ、佐渡島もうっすらと見えた。
読みかけの本を持って、ロビーにあるライブラリー喫茶室(ちょっと違和感が漂う表現だが)に腰を落ち着けた。最初から決めていたわけではないが、チーズと赤ワインを注文した。そう、赤ワインが飲みたくなったのだ。
持ち込んだ本を読み終えるまで1時間ほど過ごしただろうか。私のほかには誰もお客さんがいなかったので、とても静かで心地よい時間を持つことができた。
今日は、「父母の会」でお昼過ぎには会場に出向いた。毎年のことではあるが、親御さんと直にお話をすると、教員という立場の重みをひしひしと感じずにはいられない。
|
|
| 2010年9月8日(水) |
| 第2言語ライティングセミナーに向けて |
10月中旬に発行される『英語教育』に掲載してもらえるように、第2言語ライティングセミナーの開催要領を作成し、編集部に送信した。講演をして下さる
Prof. Icy Lee からは講演のタイトルとアブストラクトを、また研究発表をして下さる鈴木眞奈美先生(法政大学)と鈴木渉先生(宮城教育大学)からは発表のタイトルをタイミングよく頂戴した。
セミナーのウェブページを早く作成しなければ・・・と思いつつ、まだ着手できていない。今月末までに、せめて日本語版の開催案内ページだけでもアップしよう。 |
|
| 2010年9月1日(水) |
| 早稲田大学キャリアセンター |
本学の早稲田キャンパスの近くにある、早稲田大学キャリアセンターにお邪魔させていただいた。夏休みに入る前にアポを取らせていただいたので、電話でお話をしてから1か月半後にやっと訪問がかなった。
予めお聞きしたい質問項目は整理できていたので、(きっと驚かれたと思うが)きわめて単刀直入に質問をさせていただいた。対応をして下さったNさんは、「ここまで話していただけるなんて」と何度も思えるくらい、丁寧に教えて下さった。
私は、進路指導委員になる前、思い返すと言コミ1期生のゼミ生にインターンシップを体験させてやりたいと思った時(2006年)から早稲田大学キャリアセンターのウェブサイトに頻繁にアクセスしている。Nさんにもお話したことだが、「追っかけ」とも言えるくらいだ。
提供していただいた情報をもとに、後期になったら早速着手してみたいことがある。そして、もう少し待って、来年度になってから新しく試してみたいこともできた。大学の規模だけを見ても大きな違いはあるが、お手本とも思える先例にならって、ベクトルを絶えず上向きに維持していきたいと思う気持ちは、共通ではないだろうか。 |
|
| 2010年8月29日(日) |
| ビジネス顕微鏡 |
たまにだが、パソコン上で radiko.jp を起動してラジオ番組を聞きながら仕事をすることがある。最近のお気に入りは、日曜日午後10時からの「DOCOMO シーソーメール」である。特に、今夜のストーリー展開には驚いた。ラジオだからいい。携帯メールのやりとりでストーリーを紡いでいく。
もうひとつ、たまたま聞いた番組があった。それは、金曜日の午後7時から放送の「伝説の人事部長」。毎回、企業の人事部の人が登場する。就活の相談をすることもできる。この番組は、車に乗っていた時にたまたま聞いたのだが、ゼミ生に教えたいと思っている。9月3日の放送には、「就職活動にのぞむ大学3年
男子学生」がゲストとなっている。
「伝説の人事部長」を車の中で聞いたとき、ゲスト(この回は人事部の人ではなかった)が話していた「ビジネス顕微鏡」の話がとても興味深かった。コミュニケーションの状況を可視化する技術で、具体的には、誰のところに有用な情報が集まり、誰がその情報を有効活用する傾向にあるのかを分析してくれるものだ。以前、ナレッジマネジメントで似たような話があったような気がするが。
社員は名札型のセンサネット端末を身に付けるだけでよく、センサネット技術によって組織のコミュニケーションが可視化される。こうして得られた情報により、職場での社員の配置まで検討されるのだろう。ということは、学びの場、そう、教室での生徒や学生の座席(学びの効果を最大限にするための?)も検討できたりするのだろうか。
|
|
| 2010年8月28日(土) |
| 千葉大学で |
午前11時半過ぎに稲毛駅改札でO先生と待ち合わせをし、タクシーで大学近くまで移動した。こんなところにレストランが?!となかなか気がつきそうにないところにある「パリ食堂」で昼食をご馳走になった。昼食後は、歩いてO先生の研究室に移動し、午後1時半からの話の準備をした。
こんな暑い日の午後に、しかも土曜日の午後にもかかわらず、10数名の院生の方々が集まって下さっていた。休憩をはさみながらも、話の花が咲き、終わったのは午後5時近くだった。実際に手を動かしてもらうような活動を準備していたのだが、パソコン教室でないため、インターネット接続が快適にいかないようだったので、演習は辞めた。画面コピーをハンドアウトに貼り付けておいて良かった。
用意したハンドアウトは、16ページにもなった。このような機会をいただけたおかげで、準備はそれなりに大変だったが、準備作業の中であらためて知り得たことが多々あり、O先生と院生の方々に心から感謝の意を表したい。 |
|
| 2010年8月26日(木) |
| K社インターンシップ |
品川駅から徒歩5分くらいのところにあるK社。ここで、8月24日から今日までの3日間、本学の学生6名がインターンシップ実習に臨んだ。最終日の午後、グループワークの成果を発表する「プレゼンテーション大会」が開催された。
他大学からは就職課の方々のみが「プレゼンテーション大会」に参加されていたが、本学からは就職課のTさんと私が参加した。そう、教員は私1人であった。
30名のインターンシップ実習生が大学に関係なく5つのグループに分けられ、「厳しい採用状況の中で、他大学との競争に勝てるような大学キャリアセンターの「空間」を提案せよ」というような趣旨の課題が与えられていた。インターンシップ実習の中で、マーケティングの基礎は教えてもらっている。が、知り合ったばかりのメンバーで、短時間に、学んだことをすぐに課題達成に活かすというグループワークはなかなか大変だったろうと想像するが、とても貴重な機会を学生に提供していただけたと感謝の気持ちでいっぱいである。
K社の快適なオープンスペースのプレゼン会場で、我々大学関係者は静かに学生達のプレゼンを見守っていたわけではない、実は。名指しで意見・コメントを求められるし、(学生自身も同じことを求められていたが)プレゼン評価シートに良い点や疑問点を記載し、評点をつけなければならなかった。
全てのプレゼンが終了した後、おしゃれな社員食堂に移動し、懇親会が行われた。最後に、プレゼンの表彰式が行われ、「やはり!」と思われたグループが1位を獲得した。そのグループには、私の3年ゼミ女子学生が入っていた。 |
|
| 2010年8月25日(水) |
| 時間割作成と教科書一式(引き継ぎ) |
夏バテではないけれど、昨日、病院に行って2つの科で診察を受けた。これで、今後、人間ドックを受診する際の検査項目を減らせるかもしれない(そのつもりで受診したわけではなかったけれど)。大学の附属病院だからかもしれないが、最近の医師は大変だなあと思う。診断をしながら、カルテにノリで超音波写真を貼り付け、次の来院予約をパソコン上で速やかに入力する。しかもこの予約入力は複数のステップから構成されているので、私もついつい各入力のステップに見入ってしまっていた。でも、診断だけに神経を集中してもらいたいと思うのは私だけだろうか。
さて、今日は午前中に来年度の時間割作成についての打ち合わせがあったので久しぶりに大学に出た。20日ぶりくらいに2時間半電車に乗って大学に着くと、倒れそうだった。
午後からは、リーディング科目コーディネータという役割(任期は二年間)を終えたので、担当していた科目全ての教科書とTM、音声CD一式を新コーディネータに渡した。内容面での引き継ぎは、8月上旬に済ませておいたが、教科書一式はまだ渡していなかったから。
それにしても、この暑さでは仕事をする意欲、というか意思が萎えてしまう。頭から冷水をかぶりたい気分。
|
|
| 2010年8月18日(水) |
| Reppen, R. (2010) Using Corpora in the Language Classroom |
今月28日に、O先生の大学院のクラスで講義をすることになっている。持ち時間は3時間もある。1時間半だと思って引き受けたのだが、勝手な思い込みだった。O先生に提出する書類を作成する時に、3時間だということがわかった。そのうちの最後の30分間は質疑応答の時間だが、残りの時間で何を話すか。
受講者に「ええっ?!もう2時間半も経ったの」と思ってもらえるようなところまで持っていくのは無理だとしても、演習の時間を設けて、実際にコンピュータを使って体験してもらうことが大切だろう。
参考とするために、Reppen, R. (2010) Using Corpora in the Language Classroom. Cambridge University Press. (ハードカバー)をアマゾンで取り寄せた。最後の索引まで含めて全体で104ページほどの書籍である。さらりと読める。ただ、8,619円はちょっと辛かった。 |
|
| 2010年8月16日(月) |
| 適材適所 |
この時期、ゼミの学生(1年生16名、3年生18名)のご父母に対して伝言票なるものを作成しなければならない。前期の成績表を送付する際に同封する、あるいは9月からの父母の会で直接ご父母に対してお見せする、演習担当教員からの「お手紙」である。1人ずつ作成するため、合計34人分の伝言票をウェブ上のシステムに入力して作成する。
他の仕事も同時進行でやりながら、2日間ほどで終えた。しばらくは、お手紙のような書類はちょっと勘弁してほしいというのが実感である。
あまりに暑く、外出する気も鈍り、頭が疲れたらDVDを観ることが多くなってきた。すでに、「第九地区」、「Eagle
Eye」、「Wanted」、「ベンジャミンバトン 数奇な人生」を観た。別に、ブラッド・ピット夫妻のファンというわけではないけれど・・・。
ここまで書いてきたことは今日の日記のタイトルとは何ら関係ないことだった。言いたいことは以下・・・。
とある教科書の作成を担当しているのだが、その原稿作成にとても時間がかかっている。半ページにも満たない文章を作成するのに4時間もかかった。そこからがまた長い。はっきり言って、この仕事に私は向いていないと思う。全く楽しくない。良い経験にはなるだろうが、適材適所という観点からすれば私は人選ミスなんだろうな。 |
|
| 2010年8月11日(水) |
| 第二言語ライティングセミナーを開催することに決めた |
大学から助成してもらっている教育特別研究の一環として、11月27日(土曜日)に本学第1キャンパスで第二言語ライティングセミナーを開催することに決めた。2008年3月に第1回目のセミナーを開催してから2年が経ってしまった。今週に入ってから考え始めたことだが、決めたらすぐに行動に移すのが私の主義だ。テーマは、「Feedback
in L2 Writing」とした。
午前中はライティングセンターに関連するセッション、午後の前半のセッションは研究発表のセッション(発表2件)、午後の後半のセッションは招待講演とした。香港の
Prof. Lee に招待講演の依頼メールを送ったら、快諾を得ることができた。開催まで3か月半しかなく、礼を失する依頼であったにもかかわらず、私との集中的な一連のやりとりも迅速に対応して下さった。あとは、Prof.
Lee の大学での手続きと航空券の予約だ。川越プリンスホテルに宿泊していただくつもりなので、成田空港と羽田空港のいずれが便利か調べてみた。答えは、羽田空港だった。
研究発表をお願いする2人についても、お願いをしたらすぐに快諾のお返事をもらい、感激した。なお、今回のセミナーの使用言語は英語となる。
あとは、W大学ライティングセンターからの返答を待つのみである。セミナー開催を決心してから2日後には段取りのほとんどの目処が立ち、胸をなでおろしている(やれるもんだなあ。。。。) 教室も、事前参加申込者の人数で変えられるように、2室を仮押さえした。
セミナーの詳細に関しては、今月末までには本ホームページ上に用意したいと考えている。皆さん、是非、ご参加を!
|
|
| 2010年8月9日(月) |
| 「インセプション」を観た |
主人に誘われて、自宅から車で30分ほどのところにあるショッピングモールで映画「インセプション」を観た。面白かったのだが、長い映画だったので、私は勝手に中だるみしてしまった。
しかし、とてもくつろぐことができた。公開されてから日が経っているためか、観客が少なく、ゆったりとした気分を味わえたからだろう(しかも空気がきれいな映画館だという宣伝が館内で流されていた)。確かに、清々しい場内だった。
ゼミ生に出したメールに映画を観たことを書いたら、今は何も話さないでほしいと釘を刺された。近々に観に行く予定らしい。ということで、ここにはこれ以上は書かない。
レギュラーサイズの塩ポップコーンを買って場内に持ち込んだのだが、えらくたくさん入っていた。理由もないのにメジャーを持っていた主人が、ポップコーンの入った紙のバケツの直径を測ったら20センチあった。ここでバケツの高さも測るべきだったのだが、そこまで考えが及ばなかった。おそらく、15センチから17センチの間くらいではないだろうか。 |
|
| 2010年8月7日(土) |
| SLA勉強会前半終了 |
今年の夏は、暑さもさることながら、やることが全て過酷である。
試験の採点に手がつけられていないのに、8月2日から6日までの5日間、毎日3時間の勉強会を実施した。教職課程を履修している3年生4名から頼まれていたので、やることにした。大関先生の『日本語を教えるための第二言語習得論入門』を第4章まで読んだあと、この内容にうまく合致する部分を英語の書籍 How Languages Are Learned (Lightbown and Spada, 2006) から選んで読んだ。学生からの要望は、第二言語習得研究に関する基礎的な知識を日本語で得てから、英語の文献を読んで専門用語と内容を「がち」で身につけたいということだったからだ。9月にも、後期が始まる直前に、勉強会を実施することになっている。そして、後期が始まってからは、まだ曜日と時間帯を決めていないが、継続してやることになろう。英語の書籍を読み終えるまで。
勉強会の準備を自宅と通勤電車のなかで行い、試験の採点と成績評価を自宅と大学で行うという泣きそうな5日間であったが、なんとかやり通すことができた。成績評価の入力は今夜23時59分59秒が締め切りだが、午前中に全て終えた。
さあ、やっと夏休みだ。あまり時間はないが、しばらくは自分のやるべきことに時間を費やそう!
流行っているらしい朝シャンをしたいな。朝からシャンパンをたしなむのである。
|
|
| 2010年7月30日(金) |
| 試験監督&3年ゼミ生面談 |
自分が担当している科目の期末試験は全て終了しているが、他の学部の他の科目の試験監督という仕事がある。受講人数の多い科目については、定期試験期間が設けられ、教員が手分けして試験監督にあたるという仕組みである。
6科目について、試験監督を担当した。空いた時間を利用して、3年ゼミ生の卒業研究に向けての面談を実施した。1人1時間。私の3年ゼミには18人の学生がいるため、18時間かかることになる。都合により、2名は面談を来週に行うことになったが、残りの学生については全て終了した。全く休む時間もなく、次から次へと1時間ずつ面談をした。
反省点は、卒論のテーマに関して考えながら(+ノートPCにリアルタイムでメモをとっていく)面談をするため、時間が経つにつれて疲れて気分が悪くなるということだ。やはり、一度に5人も続けて面談をしてはいけない。
そうは言っても、今週だけで面談をほぼ終えられてほっとしている。 |
|
| 2010年7月24日(土) |
| 合同ゼミ合宿 |
冷房があまりきかないという厳しい条件のもと、2日間の合宿を無事に終えた。合宿を終えて、「武蔵嵐山」駅でゼミ生全員を見送ると倒れそうになった。それでも、隣りのM先生と励ましあいながら、池袋まで移動し、ささやかな祝杯をあげた。
初日の夜9時から午前零時まで、談話室に35名全員が集まり、女性のキャリアプランについて私が講義をしたのち、本格的に自己分析と自己PRの演習を行った。明朝までの課題があるため、学生達が寝たのは午前2時を過ぎていただろう。もちろん、私もベッドに入ったのは午前3時だった。
二日目、朝9時に演習室に集合し、お昼まで個人面接とSPI対策を2室に分かれて実施した。午後からは、キャリア教育を担当して下さっているS先生が駆けつけて下さり、午後4時までグループ面接を実施した。
グループ面接は、みんなが見ているなかで、ランダムに選ばれた5名程度の学生がS先生から面談を受ける。その結果を、全員で討論し、改善点を共有した。さらに、第二ラウンドとして、別のメンバーがS先生からグループ面接を受けた。この内容についても全員で討論し、面談演習を終了した。
最後に、合宿の反省会をした。合宿を振り返っての感想を紙に書いて提出してもらったところで全日程を終了。
今回の合同ゼミ合宿に向けて、各ゼミのゼミ長・副ゼミ長が中心となって準備を進めてきた。特に、面接班の人たちは準備することが多かっただろうと思う。普段のゼミでは、ゼミ本来の学ぶべきことがある。そのため、こうした形で就活支援合宿を企画し、実現することになった。学生主体でこんなにやれるとは思わなかった。『成田真澄教授の「就活、どんと来い!』(7月26日発信のメッセージ)にも報告したので、是非、ご覧あれ。 |
|
| 2010年7月23日(金) |
| オープンキャンパス:体験授業 |
体験授業は、午後2時少し前からという時間帯だったせいか、参加者が少なかった。講義をする立場の私は、「楽しく学べる英語ではなくて、大学でしか学べないこと」を紹介したかったので、今回準備した内容には誇りをもち、かつ結果も大満足だった。
最初にクイズがあり、正解・不正解とは関係なく、手を挙げた人には「素敵な粗品」をあげようと週末に買って用意していたが、手が挙がらなかった。結局、手を挙げてくれたオープンキャンパス学生スタッフとオバマ大統領の就任演説(の一部)を暗誦してくれたゼミの男子学生1名に、体験授業が終わった後にプレゼントした。
個別相談を終え、午後5時発の電車に乗り、国立女性教育会館のある「武蔵嵐山」駅にゼミ生と向かった。今日の夜から明日の夕方まで、過酷な合同ゼミ合宿(就活支援合宿)が行われるのだった。 |
|
| 2010年7月22日(木) |
| 期末試験終わり |
英語関連の期末試験は、昨日までに全て終了した。明日は、オープンキャンパスで体験授業と個別相談を担当する。
期末試験を作成しながら、体験授業のパワーポイントを作成し、ゼミ合宿の準備もしてきた。知り合いから、「仕事で忙しい」という表現がこのページで目立つようになってきたと注意されたが、本当に忙しいのだから「つぶやく」くらいいいだろう。
体験授業では、米国の歴代大統領の就任演説をわずか30分間で扱うのだが、大阪大学の田畑先生にご協力いただいた。この場をお借りして、あらためてお礼を申し上げたい。 |
|
| 2010年7月13日(火) |
| 言コミ1期生と |
3年ゼミ生の中に、物流を扱う企業への就職を考えている男子学生がいる。先輩の話を聞けたらということで、言コミ1期生でこの業界に就職したHくんに連絡をとった。毎日、夜遅くまで働いているため、大学に来てもらう機会を設けるのは難しいということがわかった。
それで、仕事を早く切り上げられることが予めわかっていた今日、池袋にある居酒屋で会うことになった。3年ゼミの授業が終わったあと、研究室で片付けをし、午後5時過ぎにはゼミ生と大学を後にした。
Hくんとの語らいは、時間を忘れてしまうほど楽しかった。現在の職務の内容に充実感を覚え、職場の人間関係にも恵まれ、これからの展望もはっきりとしていた。社会人となって2年間、社会人としての経験を積み、成長した姿がそこにあった。ゼミ生も貴重な話を直に聴くことができ、就職活動に向けてモチベーションが高まったようだ。
|
|
| 2010年7月11日(日) |
| なぜこんなに仕事が多いのか |
週末になると、To Doリストを作成して週末の間にやるべき課題を確認する。それが、毎週、10〜12項目にもなることが多い。多すぎて打ちひしがれそうになるが、MUSTの項目ばかりなのでやるしかない。前期が始まった時からずっとこうだ。
今日は、神保町で午後1時から5時まで会議だった。昨夜遅くに宿題を添付ファイルで事務局に送信したが、今日の午前中は停電という連絡を受けていたので、宿題を印刷したものを持って行かなければならなかった。自宅ではB4サイズでの印刷ができないため、早めに自宅を出て、新宿南口にあるKinko'sに行って出力した。ああ、疲れた。
Kinko'sでは予想よりも早く出力が片付いたので、近くにある Afternoon Tea に入った。オレンジアイスティーを飲みながらアップルパイを食べたら、ものすごく幸せな気持ちになった。この単純きわまりない性格だからこそ、仕事に押しつぶされないでやっていけるのだろうか。オレンジアイスティーを飲みながら外を眺めていたら、海が見たくなった。
|
|
| 2010年7月3日(土) |
| SLA読書会 |
SLA読書会に出席するために、お茶の水女子大学に向かった。5月の時は最寄り駅で学生と待ち合わせをしたが、今日は会場に集合ということにした。
約2時間半ほど、今日の論文の概要を確認し、議論した。この議論の時間が楽しいとも言える。こういう場で発言している私は、学生からはどう見えるのだろう。私自身はちょっと恥ずかしい思いをしているのだが、「まあいいや」と気にしないことにした。
|
|
| 2010年6月29日(火) |
| インターンシップ希望者との面接 |
夕方から雷と雨がひどくなった。早く大学を出たいという気持ちに駆られたが、川越市インターンシップの希望者6名とコクヨマーケティング社インターンシップの希望者6名に対する面接業務が残っていた。午後6時過ぎからグループ面接を担当した。全て終了したのは、午後8時過ぎだった。
12名の希望者のうち、言コミの学生が半分を占めた。人数の多い他学部からどうしてもっと希望者が出ないのだろう。いわゆる○○ナビを通して申し込むインターンシップの倍率がきわめて高いことを考えると、飛びついてもよさそうなものなのに。
興味があっても、所定の日時までに書類を作成して提出するということが苦手なのかもしれない。それでは、就職活動もままならない。どうしたものか。 |
|
| 2010年6月25日(金) |
| 言語聴覚士K先生に来ていただいた |
4限目の「心理言語学」の授業に、言語聴覚士をされているK先生に来ていただき、失語症に関する講義をしていただいた。ここ3年くらい、ずっとK先生にお願いしている。
失語症の入門的なことは私が講義をし、失語症の実際についてはK先生に詳しくお話をしていただいている。お話を聴くたびに、言語聴覚士というお仕事の重要性が伝わってくる。K先生のさわやかで優しい話し方に接すると、患者さんと向き合っているときの姿が想像できる。
「心理言語学」は、今までの受講生から「むづい」という声を聞くことが多かった。なぜ?と思うのだが、今年から週1回の授業となり、「言語獲得」と「言語喪失」に絞って講義をすることにした。さて、授業評価になんと書かれるのだろう。 |
|
| 2010年6月22日(火) |
| 撮影隊がやってきた |
なんだかよくわからないのだが、撮影隊がやってきた。ゼミの時間、カメラ2台が教室に入り、なんだか落ち着かなかった。今日は私の後輩が就職活動に関するお話をしてくれる日だったので、後輩もばっちりカメラにおさまったことになる。
ゼミの後、私の研究室に来て20分くらい撮影が続いた。気になったので尋ねてみると、音声は入らないことがわかった。なんだ、最初からそう言ってほしかったな。
念のためということで、カメラに向かって1分間ほど就職支援に関して喋ってほしいと言われ、覚悟を決めて話した。ワンテイクで終わった。なんという番組名なのかもわからない。ただ、7月31日の午前中にBS朝日で放映されるらしいということだけがわかっている。 |
|
| 2010年6月21日(月) |
| 明日は後輩が来てくれる! |
明日の3年ゼミに後輩(日本経済新聞社勤務のKさん)が来てくれる。就活に対する意識が高くなっていなければならない時期であるにもかかわらず、ゼミ生はのんびりとした表情をしている。外からそう見えるだけなのかもしれないが、意識の高い人の顔つきはもっと引き締まっているはずだ。
Kさんからは、パワーポイントファイルがすでに送られてきている。ゼミ生よりも先にスライドを見ることができてラッキーである。明日のお話の内容が大体想像できた。すごく楽しみだ。
ところで、明日のゼミに某テレビ局の撮影隊は来るのだろうか。確認の問い合わせをしているのだが、さっぱり状況がつかめないでいる。気合いを入れてパーマをかけた私の滑稽な努力は、明日、徒労に終わるのか。 |
|
| 2010年6月19日(土) |
| Symposium on Second Language Writing 2011 |
昨日の朝、P先生からメールが届いた。来年6月初旬に開催する「第二言語ライティングシンポジウム」のウェブサイトが出来つつあるという連絡だった。一箇所のみ追加記述をお願いしたら、すぐにアップデートされた。
早速、英語コーパス学会のメーリングリストを使って配信した。続いてS研のメンバーにも情報を送った。
2007年の名古屋での開催以来、このシンポジウムは、隔年の開催が毎年の開催になった。主催者の先生方は、さぞかし多忙な日々を過ごされていることだろう。頭が下がる思いである。自分の時間を使って(ある意味、犠牲にして)まで、毎年のシンポジウムの開催に尽力される。こんな大学教員はきわめて少ないだろう。
P先生にお願いして、flyerを作成していただいた。7月3日に参加する「SLA読書会」で配布させていただくことになった。 |
|
| 2010年6月15日(火) |
| 委員会(キャリア教育) |
午後6時半から月例の進路指導委員会を開催した。今日は、各学部で実施している「キャリア教育」について報告をしていただく予定になっていたのだが、会議室のドアを開けた時、いつもより人が多いことに気がついて驚いた。驚いた瞬間は、頭の中が疑問符でいっぱいになったが、すぐに理由がわかった。「キャリア教育」という科目を実際に担当されておられる先生方がわざわざ委員会に来て下さったのである。
会議前に想定していたよりも多くの時間をつかって議論した。私は言コミの状況を報告した。言コミでは、キャリア教育に関する科目を配置しているだけでなく、学部全体として、あるいは3年生の合同ゼミで社会人や卒業生を招いてお話を聴く機会を設けていること、さらに各学期の最初と最後に学年別ガイダンスを開催して就職活動の話を盛り込んでいること、といった内容であった。
初年次教育の内容とも関連しており、早い時期から社会に目を向ける―というよりも自分の人生に向き合うという意識を持たせる―ことに教員がどう関わればよいのか、悩み多き課題である。
|
|
| 2010年6月13日(日) |
| 日本赤ちゃん学会 |
東京大学安田講堂で開催された公開シンポジウム「赤ちゃんが育つ場・赤ちゃんが育む場」(日本赤ちゃん学会第10回学術集会)に参加した。安田講堂の中に入ったのは初めてだった。一番の目的は、シンポジウムの後半に登壇される内田伸子先生のお話を聴くことだったが、最初から最後まで参加することにした。このことで、他のシンポジストのお話も聴くことができ、有意義な4時間半を過ごせた。内田先生のお話は、養育者と幼児との間の愛着関係や心理的絆の成立と言語習得に関連する内容であり、お聴きしていていると不思議なことに元気が出てきた。
また、カリフォルニア工科大学の下條先生による「おとなはどこまで赤ちゃんか?―認知発達の社会性と連続性」は刺激的であった。大人の中には赤ちゃんの頃からの来歴が存在しており、普段はそれを忘れて生活している。ところが、赤ちゃんという存在によってその感覚が呼び覚まされることがある。大人は、赤ちゃんに、ことばを学んで成立する自我や認知という薄皮を一枚かぶせただけの存在かという問いかけに考えさせられた。
最初のシンポジストである清水先生のお話から感じたことは、「就活、どんと来い!」に少しではあるが記載した。 |
|
| 2010年6月7日(月) |
| 就職情報提供サイト(2012年3月卒業予定者向け)オープン! |
6月1日に、2012年3月卒業予定者を主な対象とする就職情報提供サイトが一斉にオープンした。また、あらたな就職戦線が幕を開けた。
さて、通勤電車の中でしか読まないと決めている就活本。次の2冊をささっと読み終えた。進路指導委員長をしているが、現在のような就活を経験したことのない私にはわからないことが多いのだ。だから、読む。
(1)東田晋三 (2008) 『自分の説明書の作り方 2010』 近代科学書
(2)坂本章紀 (2009) 『これから就活を始める君たちへ』 日本経済新聞出版社
しかし、妙な話である。就職活動を控えた3年生が読むのならわかるが、教員である私が読んでいる。 Why? 就活が不安だとこぼす学生は多い。「不安に思うなら、その不安を少しでも少なくするために行動を起こしたら」と私は思うのだが、周りの同級生達も何もやっていないようだから、特に何かをするわけでもない。「なんとかなるだろう」と思い、やがて痛い目にあう。それでも、多くの学生が痛い目にあっているから、「仕方ないや」ということになるのだろう。
上の2冊の本から「なるほど!」と思った内容は、就職ガイダンス等で話してみよう。就活本ではないが、実は3冊同時に読んでいたので、もう1冊の本も紹介しておこう。原田曜平
(2010) 『近頃の若者はなぜダメなのか―携帯世代と「新村社会」』(光文社新書)である。面白かった。目の前にいる大学生の「生態」と照らし合わせながら、「そういうことか」と頷ける内容もあった。3年のゼミのテーマが「コミュニケーションを捉え直す」であるため、この書籍を紹介しながら「携帯」を媒介としたコミュニケーションについて話し合った。
|
|
| 2010年6月4日(金) |
| SLC特別講演会 |
『ニューズウィーク日本版』のT編集長をお招きして、学部主催の特別講演会を5限目に開催した。
金曜日の5限目! 4限目に授業が入っていたため、私が4限目に使用している教室に直接来ていただいた。お迎えもできず、お茶も出せず、申し訳なかった。事前にお断りしていたことだが、4限目は授業が入っている教員がほとんどであるため、ほかに方法がなかった。授業が入っていないゼミ生もおらず、対応できなかった。
4限目の授業の受講生に紹介させてもらい、授業を終わりにした(午後4時15分頃)。その後、午後4時半から6時過ぎまで、T氏による講演と質疑応答が行われた。
講演のタイトルは、「仕事で求められる英語力とコミュニケーション能力」であった。編集記者としての仕事を通してT氏が必要だと考える10のスキルを丁寧に話して下さった。なかでも、インタビューの事例を紹介しながら、インタビュー相手から本音を聞き出すコツを説明して下さったところが興味深かった。
月曜日と火曜日に朝早くからコメンテータとしてテレビに出演されているT氏。どんなに忙しくても、大学からの招聘には応じているとか。編集長は「広告塔」という役割も担っていることがよくわかる。 |
|
| 2010年5月29日(土) |
| 編集会議 |
午前10時から午後4時まで、神保町にある会議室で編集会議が開催された。頭も体も思うように働かなかった。
金曜日の朝が早く、帰宅も遅いため、土曜日の朝ほど起きるのが辛い日はないからだ。他の先生方には申し訳ないと感じつつ、それでも微動だにしない脳はどうあがいても目覚めてくれなかった。資料を見ていると、気を失いそうになった。本当に申し訳ない。こういう場合は、会議に出席しないほうが礼儀だと反省した。
そして、他の日に時間がとれないから、会議が終わった後、予約していた美容院に行った。「疲れていますね」と言われた。ここでも無口だったからだろう(普段はよく喋るのに)。
金曜日に、授業が終わったらなるべく早く大学を出られるように工夫しよう。もう、面談を入れない。
|
|
| 2010年5月28日(金) |
| 教育研究特別補助 |
今月半ばに採択された学内の教育研究特別補助金プロジェクトの第一回目の会合を行った。ライティング・ラウンジでのピア・チュータリングの可能性を探索することが目的である。
科研費と個人研究費(いずれも金額は少ないが)に、この研究補助金が加わると、出金の書類を作るときは作業に追われっぱなしである。秘書がほしい。特に、学生チューターが5人いるため、勤務記録をどのように管理するかで研究支援課の方々にずいぶんと相談させてもらった。また、教育研究補助金の金額が私の科研費の2倍なので、研究メンバーが5人いても学会出張の予定を早めに決めておかなければならない。研究費は、なくては大変に困るが、このように3種類あっても困ることになる。大型のプロジェクトをいくつも抱えている先生方はどのように予算執行を取り仕切っているのだろう。
今日の会合では、学生にライティング・ラウンジを継続的に活用してもらうことが本プロジェクトにとってキーとなるため、どのような宣伝活動をすればよいか、後期のはじめに一連のライティング・ワークショップを開催してはどうか、ということを中心に話し合った。
研究期間は今年度のみなので、このプロジェクトが終わってからのライティング・ラウンジの継続を見据えて活動しなければならない。 |
|
| 2010年5月25日(火) |
| 国立女性教育会館で合同合宿するよ |
今年は3年のゼミを担当している。6月2日には第1回就職ガイダンスが開催され、続いて夏期インターンシップへの応募の時期を迎える。就活サイクルがどんどん短くなってきているような感じがする。これでは3年生も落ち着かないだろう。
今までゼミ合宿というものを体験したことがなかったのだが、今年は思い切ってやることにした。普段のゼミでは就職活動に関する内容はほとんど扱わないため、合宿で集中的に対処しようと、ゼミ生を、(1)「自己分析」グループ、(2)「自己PR」グループ、(3)「面接対策」グループ、(4)「SPI対策」グループ、に分けた。M先生のゼミとの合同合宿だから、M先生のゼミ生も同じ4つのグループに分けられている。
まずは、自己分析の準備から始めなければならない。このグループの学生を早急に召集して話し合う必要があるが、時間の確保が難しい。
こんなに教員の側がお膳立てをする必要があるのだろうか―そんな声が聞こえてきそうだ。私にもよくわからない。 |
|
| 2010年5月21日(金) |
| まったりと過ごしたい |
大学に提出していた教育研究助成金の申請が認められた。ライティング・ラウンジで活躍してもらう学生チューターの勤務記録の方法等、早急に決めなければならないことがあり、1人で苦闘する。いつもこんな感じだなあ。そして、なぜか週末が近づくと、関係している仕事で課題が勃発する。覚悟を決めるしかないと自分に言い聞かせる日々だ。
最近の私が欲しいもの、それは「1人でまったりと過ごすひととき」である。私だって人間だから。 |
|
| 2010年5月15日(土) |
| SLA読書会(於お茶の水女子大学) |
お茶の水女子大学で開催されたSLA読書会に初めて参加させていただいた。主催者であるO先生には、5月の連休明けに出席の意向を伝えていた。東京国際大学の学生2人(学部3年生)もついてきた。私が強引に誘ったのではなく、彼らの方から「参加させてほしい」と言ってきたのである―O先生からは、どのようにしたらそのような学生を育てられるのかという質問をいただいた。
読書会で扱った以下の論文は、第二言語習得における文法形態素の獲得順序に関する研究をレビューしたものである。読書会には、第二著者である白井先生もいらっしゃった。
Luk Z. & Shirai Y. (2009) Is the acquisition order of grammatical morphemes
impervious to L1 knowledge? Evidence from the acquisition of plural -s, articles, and possessive's (Review Article). Language Learning, 59, pp. 721-754.
20人ほどが出席しており、2時間にわたって議論した。私自身は、文法形態素の獲得順序も興味深いテーマではあるが、たとえば冠詞の習得は英語の熟達度に応じてどのように推移するのかといった個別の獲得過程をもっと知りたいと思う。 |
|
| 2010年5月14日(金) |
| 赤坂サカス |
『残念な人の思考法』が3刷になった。よく売れているようだ。
その著者である山崎氏と会食をする約束をしていたので、授業が終わってから待ち合わせ場所に急いだ。TBSを横に見やりながら、和食のお店に入った。鱧のすき焼きを初めて食べた。山崎氏にとって今日は大変な1日だったということを会ってから知ったのだが、約束をキャンセルしないで(実はかなり無理をして)久しぶりの再会を実現してくれた。
大学を取り巻く環境や現代の学生気質、そしてビジネスのノウハウに関してお話をしているうちに時間が経ってしまった。向き合っている仕事の内容はずいぶんと異なるが、熱い心を持ち続けている点は同じかなと思った。
赤坂界隈を歩くと、夕方まで川越にいたことが嘘のように思えた。私は、もう東京という大都会を闊歩するタイプではなくなった気がした。 |
|
| 2010年5月8日(土) |
| 成田真澄教授の「就活、どんと来い!」 |
2限目に授業が入っていなかったので、本学法人本部のKさんに電話を入れた。
積もる話をした後に、キャリア支援プロジェクトの話題になった。プロジェクトのウェブサイトがTIUのトップページの目立たないところにあるため、このサイトに気づくのは一体誰?状態になっていると指摘された。それは、私もわかっていた。まるで自己満足としか言いようのない、約2週間に1度の割合で発信している「進路指導委員会委員長からの応援メッセージ」もあまり読まれていないだろう。
話をしているうちに一気に話が進み、Kさんを通してウェブ担当の方々にお願いして、キャリア支援プロジェクトサイトへの入口をこれまでよりも目立つ場所に移動してもらった。さらに、Kさんからは「誰がメッセージを発信しているのかわからないし、もっと目立つようにしないと駄目!」と言われた。
言コミの合い言葉である『You can do it!』に代わる表現を考えてみたが、『あなたなら大丈夫』とか『だいじょう〜ぶ、就活』なんていうのもなんだしねぇ・・・。思い切って頭の中を切り替えて、『成田の「就活、どんと来い!」』か『成田の就活塾』かしら・・・と提案したところ、『成田真澄教授の「就活、どんと来い!』に落ち着いた。
言コミの1期生から「成田先生って、高層マンションの上層階で、お風呂上がりにバスローブ着て、赤ワインを飲んでいそうな感じ」と言われたことがあり、そのイメージを大切にしてきたつもりだが、ここに来て「どんと来い!」に変身してしまった。もの悲しい。メッセージの文体とそぐわない感じもするが、そのミスマッチ的なところを良しとしよう。
それはともかくとして、この文章を読まれた方は、是非、以下にアクセスを。周りのお知り合い・学生さんに勧めていただければ嬉しい限りである。
東京国際大学ホームページはこちら。
キャリア支援プロジェクトホームページ上での『成田真澄教授の「就活、どんと来い!』はこちら。(サイトの下の方) |
|
| 2010年5月4日(火) |
| 立て続けに推理小説を |
大人になっても、いやそれだからこそゴールデンウィークだと思うと心がうきうきしてくる。
連休初日に来年2月に開催される第二言語ライティングの国際会議に英文アブストラクトを投稿し、昨年度の科研の報告書を書いた後は、まったりとした時間を過ごしている。とにかく休養したい。
15日に開催される読書会で扱う論文を読む前に、主人の部屋にあった東野圭吾氏の推理小説を読み始めたら止められなくなり、2冊立て続けに読んでしまった。『新参者』と『カッコウの卵は誰のもの』だ。後者の作品がいい。
というわけで、論文作成に明け暮れた昨年は娯楽のために読書をするということがほとんどできなかったが、久しぶりに東野氏の推理小説を堪能した。さあ、指定されている論文を読まなくちゃ。 |
|
| 2010年4月30日(金) |
| 面談:16人終了 |
今日の午後6時半で3年ゼミ生16人との面談が終わった。ふぅ。1人30分ずつだから、面談に8時間かけたことになる。
自分で言うのもなんだが、この忙しい4月に、合間をぬって16人の面談時間をよくぞ確保できたと思う。もちろん、大学に出ていて授業の入っていない時間帯はなるべく面談に充てるようにした。早く帰りたくても、どんなに疲れていても、我慢して午後6時半まで面談を入れた。こうしないと夏がやってきてしまうから。体調が悪くてキャンセルをしたゼミ生が2人いるので、この学生達は5月7日に面談をすることになっている。これで3年ゼミ生は終わり。さあ、次は1年ゼミ生との面談だ!
実は、学生1人につき30分ではあまり深いことは話せないのが難点だ。卒業研究のテーマ、進路、ゼミへの要望と3つの内容を聴くわけだが、なんというか、ゼミを選択した時点で何を卒業研究で扱いたいかをなぜ考えられていないのか。学生ばかりを責めるわけにもいかない。どうも、2年次の履修科目に卒業研究につながるような内容を含んだ科目をあまり提供できていないのではないか。
これから2年間の茨の道を想像して、連休前にぐったりとなった。
|
|
| 2010年4月24日(土) |
| 英語コーパス学会第35回大会 |
4限目の授業が終わり、研究室で慌てて片づけをした後、東京駅に急いだ。翌日の英語コーパス学会に参加するために、神戸に向かった。ホテルに到着したのは、午後10時過ぎだった。普段はほとんど見ないテレビをつけて、ぼんやりしたのち、早めに就寝した。でも、疲れているせいか、なかなか寝つけなかった。
午前中のワークショップに参加し、Sketch Engine の使い方を学んだ。後期の「コーパス言語学」で学生に使用させてみようかなとも思った。午後は、研究発表と講演に参加した。1か月前から治らない風邪のせいか、体が重い。夕方、懇親会には出席せずに東京に向かった。
来年度から英語コーパス学会は年に一度の開催になるようだし、会期も2日間になる見通しだ。学会創立20周年記念大会の計画も進められているようだ。学会も、ゆっくりではあるが、確実に変化している。 |
|
| 2010年4月22日(木) |
| 定期検診 |
もう20年くらい、年に一度の必要な検診を受けている。一年ぶりに、いつもの大学病院を訪ねた。
待合室にすわっていると様々な会話が聞こえてくる。聞き流してはいるが、たまに切なくなるようなことがある。一緒に連れてきていたお子さんから病状のことを聞かれるから、ある程度のことは答えざるをえなくなる親御さん。来週の入院が決まり、一連の手続きと手術の内容について説明を受ける患者さん。
私は、待合室ではできるだけ遠くに座るようにしているのだが、聞こえてくることは遮れない。時々、待合室から離れて、携帯を使える場所に行って大学に電話を入れたり、メモを取りながら明日の授業の準備をする。そして、思う。明日の授業のことを考えられるということ自体がありがたいことなのだと。
複数の検査をして、その結果も教えてもらうため、約3時間の時間を要した。日を変えて来院しなくてもいいようにという担当医師の計らいなので、とても有難い3時間なのである。 |
|
| 2010年4月16日(金) |
| What a surprise! |
研究室でバタバタしているうちに、3限目が過ぎ、授業のある4限目が近づいていた。研究室のドアを開けっ放しにしていた。そのとき、先月卒業したばかりのNくんが研究室のドアの前に立った。
4限目の授業前の15分間ほどだったが、Nくんから始めたばかりの仕事について聞かせてもらった。昨日まで研修で、今日がお休みということで、わざわざ大学まで顔を見せに来てくれたらしい。
「話を聴いていると、仕事がとても楽しそうで、これからが楽しみね」と私が話したら、Nくんは「ほんとうに楽しみです」と間髪を入れずに返してきた。入社してあまり日が経たないうちに辞めてしまう新卒が多いと聞く昨今、「仕事が楽しみ」と断定したNくんの将来に心からエールを贈りたいと思う。もちろん、辛いことはあるに決まっているし、それは入社してまだ日が浅いNくんにだってわかっている。
その上で、これからが楽しみだと言い切ることができるというのは、なんと素晴らしいことか。 |
|
| 2010年4月13日(火) |
| 山崎将志氏の『残念な人の思考法』 |
知り合いの山崎将志氏から新刊書『残念な人の思考法』を献本していただいたので、通勤時間を利用して読んだ。「残念な人」とは、どんな人なのか。関心のある人は、実際に本を手に取って読んでいただきたい。
私自身も「残念な人」という範疇に属しているように思われる。話が長くなりがち、、、という点で?!
同書において、「プライオリティ思考」の重要性が強調されている。やるべき事が多い我々は、常に優先順位を考えて行動しないと、どれも中途半端のままで終わってしまう。どれも重要と思われる状況に置かれることも多いが、所詮は1つを終えたら次に取りかかることしかできない。何をもって最初にすべき事と判断するか、また、相手の立場から見たときに何が最も望まれているのかということも考える必要がある。
就職試験に臨む人、転職を考えている人、生き方を模索している人等々。。。是非、ご一読あれ。
|
|
| 2010年4月10日(土) |
| 荒井先生とのお食事会 |
前学長の荒井先生を囲んでのお食事会を開催した。会場は、川越駅西口近くにあるレストラン「エルミタージュ」にした。
このレストランは、3月に卒業生と一度利用したことのあるお店だった。ラ・ボア・ラクテという結婚式場の地下にある洒落たレストランである。2時間ほど、先生を囲んで、イタリア風創作料理をいただきながら楽しいお喋りのひとときを過ごすことができた。
実は、このお食事会で「何たる偶然」と叫ばずにはいられない出来事が起きた。それは、このレストランを経営している結婚式場で、偶然にも言コミの卒業生が働いていた。颯爽とした働きぶりで、社会人二年目にしてキャリアウーマンを思わせる風格が出ていた。少しだけ話をさせてもらい、後輩達へのメッセージを頼んだ。
荒井先生の長年の労をねぎらわせていただいただけでなく、卒業生が実際に働いているところを直に目にすることができた貴重な日となった。
|
|
| 2010年4月8日(木) |
| 久しぶりに自宅に戻った |
新入生オリエンテーション旅行の前後は、大学の隣り駅のホテルに宿泊した。通勤時間が長いのと、学年別ガイダンスや1年生のセクション分け作業&発表という一連の仕事に追われていたため、体を休める時間を少しでも持てるようにホテルに泊まった。
4日ぶりに自宅に戻ってきた。久しぶりの我が家であるが、新年度の準備で追われ、お掃除が行き届かず、なんだか汚い感じがする。掃除をしなくてはと別のストレスがかかる。それでも、自宅に戻ってこれて嬉しい。地に足が付いた気がする。
明日は、大学に行かなくて済むから、休養をとりながら授業の準備にかかろう。 |
|
| 2010年4月7日(水) |
| 新入生オリエンテーション旅行 |
6日と7日、バスで新入生オリエンテーション旅行に出かけた。目的地は、例年通り、越後湯沢である。まだ雪が残っている山々を眺めていると、春の訪れを謳歌するにはまだ時間がかかりそうだなと感じる。
慌ただしいスケジュールのなか、私が担当する演習1の16名と対面した。初対面というのは緊張するものだ。新入生にとっても同じだろう。名前と顔を早く一致させなければならない。しかし、年齢を重ねるにつれて名前を覚えるのに時間がかかるようになってきたことは否めない。
新入生どうしも顔を合わせたばかりだから、静かにしている。きっと、この旅行が終わると、親しくなって賑やかになることだろう。
縁あって一緒になったゼミ生だから、今年度の最後には「このゼミで良かった!」と全員で思えるといいな。 |
|
| 2010年4月4日(日) |
| 授業開始前が一番きつい日々 |
4月2日に入学式が行われ、1605名が新1年生として入学してきた。全体での入学式後に第2部というのがあり、学生部委員会委員長と進路指導委員会委員長は、新1年生に対して挨拶をしなければならなかった。私の挨拶をちゃんと聴いてくれたかな。
入学式後も行事や会議が盛り沢山で、1日の終わりには全教員が疲れた顔をしている。新年度早々なのに疲れた顔をしていては満開の桜に申し訳ない気がするが、こればっかりは。。。
今日だけがお休みの日で(でも各種書類を作成したり非常勤の先生方に連絡したり)、明日からは怒濤の4日間が始まる。5日は学年ごとのガイダンス、6日と7日は越後湯沢に新入生オリエンテーション旅行、8日の午前中は1年生に習熟度別クラス分け発表、、、とまたまた行事が盛り沢山である。特に、7日に越後湯沢から戻ってきてから、急いで習熟度別クラス編成をしなければならないので心が安まる時がない。
今のように、授業開始前に疲労困憊にならないような工夫はできないものか。全てを簡略化するしかない? |
|
| 2010年3月31日(水) |
| 『言語コミュニケーション教育』:投稿論文完成 |
一週間前から作成していた論文を仕上げることができた。当初の予定よりも時間を要したが、これは今まで作成したことのないテーマについての論文だったからである。
2週間ほど前に卒業した4年ゼミ生の1人が、卒論提出後も実験データを収集し、小学校1年生から3年生までの150名分のデータを私のところに持ってきたため、「これは私がまとめないと・・・」と決心したのである。「心の理論」の発達を調べる実験だった。
これが、私にとって今年度最後の生産的な仕事となった。 |
|
| 2010年3月29日(月) |
| 進路指導委員会活動報告書提出 |
27日の土曜日をつかって、今年度の進路指導委員会活動報告書を作成した。今まで時間がとれず、この報告書も1日で作成するという綱渡りであった。昨日は、「言語と統計」のセミナーに終日参加した(このセミナーにどうしても参加したかったので、土曜日に踏ん張って作成したわけである)。
学長室で約1時間かけ、報告書の内容に言及しながら口頭報告を行った。その結果を受けて、一週間後に、ある委員会の席上でも活動報告をすることになった。緊張するが、一年間の活動内容をできるだけ多くの方々に知ってもらいたいと思うので、良い機会をいただけることになったと実は喜んでいる。 |
|
| 2010年3月25日(木) |
| 学位授与式 |
あいにくの雨だったが、午前中に名古屋大学へ移動し、午後2時半からの学位授与式に出席した。
長い年月を要したが、学術博士の学位を取得した。授与式で、博士の学位取得者は1人ずつスピーチをしなければならなかった。私の順番は、一番最後だった。これまでの年月を思い返すと、ことばではとても表現できない出来事や気持ちが蘇ってくる。
こうして、今日の佳き日を迎えられたのは、指導をして下さった先生方をはじめとして、家族や友人が静かに辛抱強く応援してくれたからである。深い感謝の気持ちを抱きながら、新しい目標に向かって歩み出したいと思う。 |
|
| 2010年3月20日(土) |
| 声が出なくなった |
17日の午後から喉が痛くなった。18日にできるだけの処置をし、19日になんとか卒業式に出席した。自分の4年ゼミ生を卒業させる日だから、寝込んではいられない。言コミの卒業生達は、全学の卒業式の後に、学部長から卒業証書を1人ずつ手渡され、とても嬉しそうだった。ゼミごとに、ゼミ担当教員が卒業生の名前を1人ずつ読み上げた。そして、学部長の隣りで、卒業証書をもらう姿を1人ずつ正面から見届けることができた。
そして今朝、起きたら声が出なくなった。それでも、声を振り絞るように出して、川越にあるレストランに予約を入れた。目的はまだ内緒である。レストランの人は、さぞかし聞きづらかったことだろう。 |
|
| 2010年3月18日(木) |
| ゼミ生へのメッセージ |
明日、私が卒論指導をした15名のゼミ生が卒業式を迎える。1月末にM先生のゼミと合同で卒論発表会をした際に、1人ずつ、カードにメッセージ(卒論の内容に関するコメントが主体のメッセージ)を書いて発表会資料にこっそりと忍ばせて渡したのだが、明日の卒業に向けてあらためてメッセージを書くことにした。
ゼミ生全員に同一のメッセージ(1枚)を、伊勢丹デパートの文房具売り場で悩みに悩んで選んだ用紙にカラーで印刷した。そして、別の若草色のメッセージカードに、1人ずつ、その学生のことを思いながら短い言葉を綴った。
これで本当にお別れなんだなあ、、、としみじみとした気持ちになった。 |
|
| 2010年3月15日(月) |
| ホテル訪問 |
1か月以上も前からお願いしていたAさん(外資系ホテルのアシスタントチーフコンシェルジュ)のところへ、国際関係学部のHさん(3年生)と一緒に出かけて行った。最近は、就活関連で他学部の学生と知り合い、一緒に行動することも多くなった。
Aさんは、Hさんが準備していった質問に丁寧に答えて下さった。そして、ホテルのお部屋も見せて下さった。窓から浜離宮庭園が見渡せた。レインポーブリッジも目の前にあった。高級ホテルそのもの。
Aさんとは何回かお話しているが、今日は彼の話を聴いていて、私自身のキャリアパスについて考えさせられた。これまでは、第一に達成すべき目標がはっきりしていたため、それだけを目指して努力してきた。でも、Aさんの歩んでこられたキャリアのお話を聴いていると、これから私自身が考えていかなくてはならないことが急にはっきりしてきた。意外だった。
Hさんにとってはホテル業界への就職に関して彼女なりに考えるべきこと・努力すべきことが見えたと思うが、付き添い役だった私にまで「考えなさいよ!」とボールを手渡された感じがした。
|
|
| 2010年3月14日(日) |
| Advanced Writing II |
昨日の午後は、都内で、約4時間の会議が開かれた。途中で休憩が入るが、長時間の会議はやはり疲れる。集中力が続くのは、2時間が限度かもしれない。とは言っても、地方から東京に出て来られた方々にとっては、2時間の会議では上京してきた甲斐がないかもしれない。こうなると、名古屋か京都あたりで1泊2日の合宿をして、決めたいことはひとまず決めてしまうというのがいいのかもしれない。
このHPのトップページを来年度の授業に合わせて書き換えた。週1回の授業が増えるため、新たに担当する科目が決まった。「心理言語学」が週1回の授業になるため、新たに「Advanced
Writing II」の科目を担当することになった。これに伴い、出講日を月曜日から火曜日に変更した。また、後期には、「コーパス言語学」を開講することになった。3年生の演習は、私の場合、過去に扱った内容を繰り返すことはしていないので、どんなふうに進めるべきか考案中である。
希望して担当することになった「Advanced Writing II」であるが、paragraph writing と essay writing をうまくリンクさせなければならない。教科書は学部で指定されているが、昨年12月にBiber先生からいただいた 'Real Grammar: A Corpus-Based Approach to English' の内容を、適宜、盛り込みたいと考えている。
|
|
| 2010年3月11日(木) |
| 特許報償金 |
大学教員になる直前まで勤務していた企業から特許報償金支給の連絡が封書で届いた。発明の名称は、「文書検索装置及び文書検索方法」となっている。どんな内容だったのか、全く覚えていない。権利自体は出願時に企業に譲渡しているわけだが、特許として登録されたので報償金をいただけるというのは素晴らしい。
特許出願明細書は、初めて作成した時には書き方があまりに独特であるため、目眩がするほどだった。しかし、この独特な書き方に慣れてくると、不思議なことに、得意とまでは言えないにしてもすらすら書けるようになる。
英文ライティングも似たようなものかもしれない。書くことを繰り返す、そう、書くことに慣れることがまず大事である。
それにしても、私はどんな発明をしたのだろう・・・。 |
|
| 2010年3月8日(月) |
| 新丸ビルにて |
新丸ビル7階にあるレストランで会食をした。日本経済新聞社に勤務している後輩がセッティングしてくれたものだが、肝心の後輩が仕事のために1時間遅れでやって来た。
このレストランは人気があるためか、着席して2時間(+15分?)と利用時間が決められているようだった。1時間近くも飲み物しか注文せずに後輩を待っていたら、ウエイターに食事の注文をしたほうがいいと促された。というわけで、後輩が来る前に、初対面ではないがちゃんと話したことがなかったHさんとお料理をぱくぱく食べることになった。
三人であれこれ話をするうちに、気がついたら午後11時になっていた(同じフロアにある別のお店でお酒を飲んだ)。お喋りがきりのいいところまで済んでいない気がしたが、後輩は仕事に戻らなければならないため、お開きとした。それにしても、ジャーナリズムの世界というか業界というのは、手応えのありそうな(←何も明言していないに等しい表現だが)ところだなあ。 |
|
| 2010年3月5日(金) |
| 卒業生との再会 |
10日ほど前に、言コミ第1期生のFさんから卒業以来初めてのメールが届いた。控えめに、「会いたい」と言ってきた。
大学での一連の会議を終え、予約していたフレンチレストランで待ち合わせた。卒業式以来の再会である。穏やかでチャーミングな性格は何も変わっておらず、会っていなかった2年間がほんの昨日のように思えた。何か大変な相談事があるのかなと想像していたが、そうではなかった。1年ほど前から会いたいと思っていたのだそうだ。手紙を書こうと思ったこともあるようだが、大学宛に出すのは気がひけたらしい。
就職先での仕事の内容を聞いて、安心した。いい仕事をさせてもらっている。海外との取り引きに関係するため、毎日、英語を使っているとのこと。周りには技術者が多いようで、ほんわかとした職場の雰囲気が伝わってきた。「2年間、楽しく働いてきて、これでいいのかな?」というのが彼女の自分自身への問いかけである。
あっという間にお別れの時間になってしまったが、社会人として充実した日々を過ごしている卒業生に会えて私の方が元気をもらえた気がする。
|
|
| 2010年3月3日(水) |
| ありがとうございました |
夜、S先生からのメールを読み、無事に承認が得られたことを知った。
今までの人生の中、2008年後期から先月末までが体力的にも精神的にも最も辛い期間だったが、こうして一段落すると、前だけを見て走り続けた「ピュアな」日々だったように思われる。
今日という日を境に何かが劇的に変わるというものではないが、次の目標に向かって新しい一歩を踏み出すことができる。感謝の気持ちを、今度は私が自分の学生に「指導」という形で還元していこう。自分自身も切磋琢磨しながら・・・。
|
|
| 2010年2月28日(日) |
| 脚本家 金子成人氏のお話 |
近くに住んでおられるということで、脚本家の金子成人氏による講演会が自治会室で開催された。雨は降っていたが、朝10時、自治会室に40名近くの住民が揃った。金子氏と言えば、NHK大河ドラマ「義経」の脚本家としてもよく知られている。演題は、「テレビ、映画、演劇などにおける脚本の役割」だった。
お話の中で印象的だったのは、「いい台本や脚本からはいい作品も悪い作品も生まれるが、悪い台本・脚本からはいい作品は生まれようがない」、「台本や脚本は設計図のようなもので、この土台がしっかりしていないと崩れてしまう」、「原作がある場合の脚本づくりとオリジナルの脚本づくりにはそれぞれの苦労と醍醐味がある」などだった。
また、原作をもとにして脚本を作成する場合に配慮しなければならない著作権は、私達の想像をはるかに超えたものであることもわかった。
金子氏は、作品を通して人のつながりが出来ていくことに喜びを感じ、日常のささやかな出来事の光と影、表と裏を表現することを追求しているようだ。来週、3月8日にTBSで午後9時から放送される「ガラスの牙」(脚本:金子成人氏、主演:高畑淳子さん他)を是非どうぞ。原点は「家庭」にあると。 |
|
| 2010年2月26日(金) |
| ツール開発の打ち合わせ |
午後、科研で開発するツールに関して、Nさんと打ち合わせをした。ツール全体の設計ができていない点が問題なのだが(どうしても今までちゃんと考える余裕すらなかったというのが正直なところ)、1つのモジュールについてはNさんにすでにお願いしていた。
打ち合わせをしながら、ツールの名前を決めてしまおうということになり、P2E
Tools とした。今回、開発がすでに進んでいるコンコーダンサは、P2E-KWIC と呼ぶことにした。P2E
という名称は、Paragraph to Essay (Writing)を意識した。つまり、学部学生を対象として、パラグラフライティングからエッセイライティングまでの英文ライティング学習支援ツールの提供を目指すことを表現したものである。
打ち合わせを終えた後、3月6日の午後に開催される All Staff Meeting に向けて、Advanced
Reading Courses (20 courses)の教科書とTMを袋詰めした。帰宅してやらなければならないことが待ち受けていたため、せっせと袋に詰め、担当教員名とコース名を書いて机の上に積み上げた。そして、駅まで駆けて行った。
あとは、Reading Strategies Courses (12 courses)の袋詰めだ。これは、3月3日にやろう。2月初めに教科書会社に連絡しておいたので、必要な部数はとっくに揃っている。 |
|
| 2010年2月20日(土) |
| 早稲田大学界隈 |
知人の協力を得て、千ページを超える印刷を無事に終了し、内容を確認して、早稲田大学正門前にある文房具店に急いだ。これで、あとは出来上がりを待つばかり。17日に予約はしておいたが、こういう一連の段取りは、心配性の私にとっては心的な負担が大きい。もちろん、費用の負担はさらに大きいのだが。
そうそう、今日のツイッターもどき:2011年は台湾での開催になるらしい、あのシンポジウム・・・。
|
|
| 2010年2月15日(月) |
| 教育特別研究助成書類も提出 |
期限内に終わるのかしらと泣きそうになりながら複数のことをこなしている。体も心もけっこうボロボロ状態であることは確か。
はいはい、来年度のReading Coursesのウェブシラバス、32人分を入力終了!
先手必勝の重要性を身にしみて感じた昨年だったので、1日で教育特別研究助成申請書を作成した。土曜日の夜、寝る前に、「申請書、1日で作成できるかな」と、目に南十字星を入れて呟いてみた。その呟きを主人に聞かれてしまったらしく、「何、ぶりっ子みたいな喋り方して。出来ると踏んでいるからそういう呟き方をするんだろう?」と言われた。図星!
そして、さらに重要なことを終わらせなければならなかった。15日の明け方、終了した。最近、就寝するのは朝5時頃だ。 |
|
| 2010年2月9日(火) |
| 就活フェスティバル |
昨日、今日、明日と3日間にわたる就活フェスティバル。正午から午後1時20分まで外部講師による講演で、今日は、この講義の中で在学生2名に自己PRをしてもらった。会場では、いかにもその場で偶然に指名されたかのように見えたかもしれないが、実は講師の先生と3回にわたって相談をした上での企画だった。念のために断っておくが、指名された2名の学生は、指名されることはわかっていたが、それ以上の詳細な情報は事前に得ていなかった。
夕方、自宅に届く着払いの重要な郵便物があるため、早めに大学を後にした。体がすごく疲れていた。そのため、珍しく、乗り換え駅の新宿駅構内にあるカフェに入った。珈琲を飲みながら、周りを見回すと、「うわっ、右隣も左隣も就活中の女子学生で、エントリーシートを手書きで作成している。」
なぜ、カフェで作成するのか。たまたまできた空き時間を有効利用しているのか、それともこういう環境の方がかえって書類を作成しやすいのか(そうは思えないのだが、私には)。思わず、今日の講演で得たノウハウを伝授したくなった。が、変なおばさんになってもいけないし、書類作成のペースを乱してはいけないので、心の中でエールを送った。
しかし、就活指導にどっぷり入っていくにつれて、ずっと以前に読んだ書籍のタイトル『就活の○○○ロー』という気持ちになる。例えば、エントリーシートで「1から10までの数字のうちであなたが最も好きな数字は?」なんて聞かれるという。「3」と答えて、「その理由は、数字の形が耳の形に似ているから。人の話をよく聴くことを大切にしています。」などと説明するらしい。私達、大学教員が教えていることはこんなことではない。どこか、延長線上のかなたでつながるところがあるのかもしれないが、本当に嫌な気持ちになる。そうは言っても、大学3年生はこういう採用試験を乗り越えていかなければならないのだ。変だと思わない?
*ちなみに、私は今日の講演で上の質問を受けたとき、「8」と回答した。横にすれば、「無限大」の可能性があるからなんてね。
|
|
| 2010年2月7日(日) |
| もう無理・・・ではないけど |
2月1日から6日まで大学に出ずっぱりだった。しかも、5日も6日も夜8時までめいっぱい仕事だった。こんなふうに連続して出ると、通勤時間が長くかかることに耐えられなくなってしまう。午前4時半や5時起きで夜8時までというのは無理がある。その後、2時間半かけて帰宅の途につくわけだし。
なんとか6日間を乗り切った。学生のためとはいえ、私1人で全てをやらなければならないのはやはりおかしい。「潔い人になりたい」というのが私の信条だし、心がけていることだが、あまりに潔くない人ばかりだと嫌になってしまう。
ここまで書いたことは愚痴っぽく聞こえるかもしれないが(まあ多少はそうだろうけど)、つらくても楽しんでいることは確かだ。これがなければやるわけがない。自分の価値観を他人に押しつけるつもりは毛頭ないが、大学教員のミッションとは何かということは常に考えるべきだと思う。 |
|
| 2010年2月4日(木) |
| 元上司に来てもらった |
大学教員になるまで働いていた某企業の元上司にお願いして大学まで来てもらった。池袋駅から電話をもらっていたのに、なかなか到着しない。携帯に連絡を入れたら、なんと第2キャンパスに行ってしまっていた。ということで、いったん駅まで戻り、そして第1キャンパスまで来てもらった。
就職課で打ち合わせをし、午後7時半頃に大学を出た。池袋にあるタイ料理のお店で、一緒に軽く夕食をとったが、お互いに年齢は重ねているものの中身は変わりないため、時を超えて同僚のように話がはずんだ。
先のことはわからないが、15日あたりまでに提案書を作成してもらうことになった。Iさん、よろしく! |
|
| 2010年1月25日(月) |
| 合同ゼミ:卒論発表会&宴会 |
今日の4限目は、隣りの先生のクラスと合同ゼミという形式をとり、卒論発表会を開催した。時間的な制約のため、各ゼミから3、4人を予め選出し、1人の発表時間を10分間とした。前半と後半に分け、質疑応答は、前半、後半の最後にまとめて時間をとることにした。ゼミのテーマが異なるため、違うゼミの卒論の内容を聴くのはとても面白かった。
発表をすることになっていた学生達も、パワーポイントを使って(1年生の時からパワーポイントを作って発表することには慣れているのでへっちゃら)ほぼ時間内に発表を終えた。寄せられる質問に「どう切り返すか」ということにも多少なりとも慣れているため、有意義な2時間となった。
参加学生には、両ゼミの全員の卒論テーマを記載した資料を渡した。つけ加えておくと、それぞれのゼミでほぼ全員のプレゼンテーションは済ませてあった。
午後8時(なぜこんな時刻なのかわからなかったが)に、川越駅近くの「温野菜」に集合し、ゼミ最後の宴会をした。午後9時になった時に、お花と色紙をもらった。お花は、私のイメージに合う色調にしたのだそうだ。ピンク系の洋服はほとんど着ないのだが、この日たまたま淡いピンクとグレーのストライプのカーディガンを着ていたこともお花選びに影響したのだろうか。 |
|
| 2010年1月22日(金) |
| 苦笑い |
1限目は、担当している英語リーディング科目の期末試験だった。教室の窓から美しい富士山が見えた。
私は、2004年4月から東京国際大学で教えているが、試験監督をしていて初めてもの悲しい気持ちになった。目の前で黙々と試験を受けている24名の学生を見ているうちに、「私、この学生達に何を学ばせることができたのだろう・・・。彼らの力を伸ばすことができなかったのではないだろうか」という自責の念に駆られた。
このクラスは、1年生対象のリーディングクラスなのだが、習熟度別編成クラスではトップクラスという位置づけになっている。「今まで遭遇したことのない」個性的な学生の集まりで、戸惑うことも多かった。その反面、もっともっと英語力を伸ばしてやりたいという気持ちにもなった。ところが、こうして週2回の授業を終え、試験を受けている学生達を教壇から眺めていると・・・自分の力のなさを感じたというわけだ。こんなことを感じたのは初めてだ。すぐに苦笑いしたが、気持ちは今でも引きずっている。
他の大学ではどうだか知らないが、言コミの学生は解答用紙を提出するときに「お世話になりました。ありがとうございました。」と言って教室を去っていく。 |
|
| 2010年1月17日(日) |
| Thank you, Mark. |
卒論を提出しても休ませてくれないんだなあ、、、と私のゼミ生は思っているだろう。明日のゼミでは、全員がパワーポイントで卒論の報告を短時間で発表することになっている。15人もいるため、各自に割り当てられた時間は5分である。研究結果と考察を中心に喋るようにと言ってある。こうして、卒業研究として挑戦したことを皆で共有し、その努力を讃え合いたいと思う。
そして、私は自分のやるべき事にやっと取りかかることができる。まずは、Markさんに宅急便で送るべきものを準備した。忙しいのに私のために協力してくれるMarkさん、本当にありがとう!残りもできるだけ早く送れるように頑張るからね。 |
|
| 2010年1月16日(土) |
| 初詣 |
卒論指導が終わったので、やっと初詣に出かけることができた。いざ、明治神宮へ。
いつもと違い、混み合っていた。本殿に辿りつくまで、20分くらいは並んだだろうか。お詣りをして、いつものように、祈願文を書いて提出する。文書フォーマットの分量通り、「着地もぴたり!」という感じで文章を書き終えるのは気持ちのいいことだ。下書きなしで、誤字もなく、すらすらと書けるのは特技と言えるかもしれない。そして、おみくじを引いた。これで、やっと新しい年を迎えられたという気持ちになった。
引いたおみくじが、昨年と同じだった。読んだ瞬間に、昨年と同じだということがわかった。大吉とか吉とかというようなおみくじではなく、どういうことを心がけて暮らすべきかということが書いてある。私の場合、二年続けて、「智」がテーマだった。
|
|
| 2010年1月15日(金) |
| 卒論:全員、無事に提出 |
昨日の時点で9名が卒論を教務課に提出していた。隣りのM先生から、「どうしてそんなに落ち着いていられるの?」と聞かれた。まあ、あと6名が提出すればいいわけで、私は心配していなかった。それぞれの進捗状況を把握していたからだ。卒論には私の手書きの署名が必要で、教務課に提出する前に必ず私の研究室に来なければならない。
今日は、午前中が補講、午後がセンター入試の準備のために休校となっている。「午後1時から研究室に待機しているよ」と事前に学生には連絡をしているので、「来るでしょう、きっと」という思いだった。1限目には補講をし、2限目には3名の4年生にプレゼン練習をさせた(この3名はすでに卒論を提出していた)。空いている時間は有効に使おうと決めていたので、3名には予め連絡しておいた。ちゃんと時間通りに集まってくれた。早速、時間を計りながら発表してもらった。私からの、普段より厳しいコメントに少々驚いていたようだ。
4年ゼミの最終講義は、1月25日である。この時は、隣りのM先生のゼミと合同で実施することに決めている。学部の卒論発表会とは別に、2つのゼミで卒論発表会を行うというものだ。プレゼンの練習をしたゼミ生には発表をしてもらうつもりだ。私のゼミからは4件の発表(残り1件の発表は18日に本人達と打ち合わせ)、M先生のゼミからは3件の発表になるだろう。
午後からは、研究室で待機した。そして、締切時刻までに全員が無事に提出した。 |
|
| 2010年1月13日(水) |
| 朝方眠りに落ちて |
卒論のチェックのため、寝るのが朝方という日々が続いている。2、3時間の睡眠で起き、2時間半もかけて大学に赴き、授業をやっていることに感心を通り越して、危機感でいっぱいだ。12月以来、「自分のため、学生のために風邪をひいてはいけない」と言い聞かせ、体調管理に気をつけてきた。それでも、さすがに午前5時頃にやっと布団に入れるというのは辛い。終わりが決まっている事とはいえ、ほんとうに辛い。
朝方、短い眠りについた時、夢を見る。その夢というのが、「To Doリストを作って、ちゃんと予定を立てなくちゃ大変なことになるよ」と自分に言い聞かせている夢である。
気が張っているせいか、言葉遣いが乱れているようだ。夕方、「今から、英語専任教員連絡会をやります!」と開会の挨拶をして、先生方から笑われた。「始めます!」と言うより、気合いが入りすぎ?!
|
|
| 2010年1月10日(日) |
| 新年早々から・・・ |
8日も朝から夜までめいっぱいの授業と仕事だった。自宅に戻り、主人にどんなに大変な1日だったかを報告しても、ねぎらってくれない。聞き慣れているから驚かないと言われてしまった。話せばいいというものではないということを悟った。
4年ゼミ生の卒論は、ほとんど出来ているのだが、最後の修正や英文アブストラクトの作成、卒論カードへの署名で予約がいっぱいである。さらに、卒論発表会で発表するゼミ生のスライドもチェックが必要なので、同時に進めなければならない。ひょっとすると、私からの注文が多いのかもしれないが。昨日も大学に出たが(しかも午後7時まで)、明日とあさっても、祝日と自宅にいる日、なのに大学に出なければならない。
あの仕事、辞退させてほしいと今から申し出たらどうなるだろう。お菓子と中華料理をご馳走になってしまっているから、無理だろうな。信頼を失うし・・・。私がこういうことを考えるのは極めて珍しい。それだけ、新年早々、いっぱいいっぱいの状況であるということなんだけど。
気分転換に、8日に2年ゼミ生からディズニーランド土産にもらった「あけましておめでとらございます」缶の栗きんとん味クッキーを食べよう。これ、噛んでしばらくして口の中に拡がる栗きんとん風味が「たまらんぜよ」(坂本龍馬風)。
|
|
| 2010年1月7日(木) |
| 安堵 |
ホテルでの目覚めは心地よかった。「何日ぶりにちゃんと睡眠がとれたかしら」と思ったほどだ。シャワーを浴び、ゆっくりと身繕いをして、(名古屋だから)本場のコメダ珈琲店で朝食をとった。珈琲を注文すると、トーストと玉子が無料でついてきた。朝食だからかな、お決まりの豆がついていなかった。
1時間ほど早めに目的地に到着し、最後のチェックをした。緊張し過ぎていて、逆に笑いが出てしまうほどだった。
無事に終了!その後、フィードバックをいただいていたら、予約していた新幹線の時刻が過ぎてしまったため、、40分遅れの午後6時40分発の新幹線で東京に向かった。案の定、名古屋から新横浜まで立ちっぱなしだった。しかし、これはこれで良かったのかもしれない。なぜなら、明日の授業の最後の準備が立ったままできたからだ。着席していたら、眠り込んだかもしれないから。
気がついたら、自宅に到着した午後10時まで約12時間近く、何も食べていなかった。明日は、1限目、3限目、4限目と授業だから、午前4時半起き。素晴らしい新年の始まりである。 |
|
| 2010年1月6日(水) |
| コピーをとるのに難渋した |
時間がかかってしまったが、昨夜、なんとかハンドアウトを仕上げることができた。今朝、午前10時過ぎに近くのスーパーにコピーをとりに行ったら、コピー機が途中で故障してしまった。最初は紙詰まりだったので、何とかいけるかと思ったのだが、さらにインクが出なくなってしまった。インクがなくなっているわけではないようだが、お店の人ではどうしようもないということで、使えなくなった。閑静な住宅地だから、コンビニはない。頼みの綱は、ちょっと離れたところにある本屋さんだった。
運よく、本屋さんにコピー機があった。ところが、このコピー機、なぜか30枚くらい複写するとアイドリングモードになってしまう。休まないと息切れするようだ。1分間くらい休まないと駄目みたい。焦る気持ちを抑えながら、なんとか210枚のコピーを終えて、自宅に戻り、急いで綴じた。昼食を義母に用意し、食べて、名古屋に向かった。
そして、名古屋。東京より寒いのはなぜ?(知ってはいたけれど) |
|
| 2010年1月1日(金) |
| 明けましておめでとうございます |
明けましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いいたします。
リビングで紅白歌合戦を聞きながら(観てはいない)昨年最後にやったことは、ゼミ生の卒業論文(英文)の添削だった。 |
|
| 2009年12月29日(火) |
| 今年も残りわずか |
T先生からメールが届き、写真が添付されていた。この写真は、12月7日に、T先生のご自宅で、バイバー先生とご家族の方々と一緒に撮ったものである。あの日は、急に寒くなった日だったが、一緒に過ごせたひとときの暖かさが伝わってくるような写真だった。
ほっとする時間を持つというのは大切だなあ。これとは対照的ではあるが、日常を忘れて虚構の世界にしばし浸るというのも私にとってはストレス解消となる。そういえば、この1か月の間に、「2012」と「AVATAR」(3D版)の2本の映画を観た(ひょっとすると、皆さんが思っている私のイメージに合わないと言われそうな映画かも?)。
どちらの映画も主人に誘われたものだが、最初はあまり気乗りがしなかった。しかし、観始めると、CG技術の凄さに度肝を抜かれ、特に「AVATAR」は3時間近くの上映時間だったが、時の経つのも忘れて楽しんだ。紙のバケツに入った塩ポップコーンとコーラを抱えて、ゆったりとした座席にふんぞり返る。こうして、圧倒的なCG技術や3D技術を使ったストーリー展開をポカンと観ているだけで、大分リフレッシュできたような気がする。
今年も、あと2日。過ぎゆく2009年を静かに振り返り、やってくる2010年という新しい年に私なりの「夢」を託したい。 |
|
| 2009年12月28日(月) |
| 1月8日の授業準備終了、期末試験作成終了、年賀状書きも終了 |
来年1月6日と7日に東京を離れなければならないため、8日の1限目、3限目、4限目の授業準備を済ませた。リーディングのクラスの期末試験も作成し、同じレベルを指導されている先生に送信した。年賀状は、とにかく短時間で仕上げることを目標にして、集中して片づけた(「片づける」という表現を使うと、心がこもっていないようだが、それなりに心をこめたつもりだ)。
この3日間、家事をしている時間以外は、ひたすら机に向かい続けた。自分自身の大きな課題に向き合える時間をできるだけ早く作れるように。でも、世の中、年末年始なんだけどなあ。 |
|
| 2009年12月25日(金) |
| 年内の授業終わり |
年内の授業が終わった。昨夜、なかなか眠れず、睡眠時間は2時間だった。案の定、4限目(午後3時頃)に、意識が遠のきそうになる瞬間があった。今日は嬉しいこともあった。大学を出る前に、ライティング・ラウンジのGさんからシャンパンをプレゼントされた。なぜ、私のシャンパン好きを知っているのだろう?アリゾナで喋ったかな。
振り返ってみると、今年の後期は、とにかく忙しかった。それでも、11月にアリゾナ州立大学に出張できたことは大きな収穫である。学会で発表し、同じ研究分野の研究者達と意見交換できる機会を大切にしたかった。実際、学会主催者のP先生がよくおっしゃるように、毎日のセッション後の社交の場がなんと楽しく有意義なことだったか。行って良かったと心から思う。
明日から短い休暇に入るが、実は、ゆったりとした時間を過ごすことができないことはわかっている。いつも、何かが待ち受けている。少しでものんびりした時間が持てるのは、来年の夏休みになるだろうか。 |
|
| 2009年12月24日(木) |
| 年内最後の授業準備が終わった―さあ、シャンパンだ! |
年内の授業は、明日で終わり。1限目、3限目、4限目の3コマを頑張って終えることにしよう!
授業の準備を終えた。少しは、クリスマスムードにあやかって、私の大好きなロゼのシャンパン(モエ・シャンドン)を飲むことにしよう!実は、ちゃんと冷蔵庫に冷やしてある。
今年一年は、やることが多くて、本当に大変だった。もちろん、新しい年も、楽になるとか、そんなことは皆目わからないが、楽になるはずはないだろうという気がする。とにかく目の前のことを丁寧にこなしていこうと思う。
つい先日、「先生、意外に頑固だから・・・」と、1年生に言われた。気にして、「そんなに頑固?」と聞き返したら、「うん、まあ、ちょっとだけね」と返してきた。私は、どのくらい頑固なのか。
さて、シャンパンが待っているので、、、今日はこの辺で。
|
|
| 2009年12月23日(水) |
| キックオフミーティング |
クリスマスムードが漂うなか、とある場所でキックオフミーティングが開催された。会議は、午後3時から5時までで、その後は近くの中華料理店で懇親会だった。これ以上は何も書けないのだが(口止めされているため)、これからの長丁場を思うと、ふぅ。。。と溜息が出る。
でもまあ、紹興酒も美味しかったことだし、年が明けてから本格的に始動開始! |
|
| 2009年12月20日(日) |
| 卒論指導 |
ここのところ、週末2日間は、卒論のチェックに追われている。朝から晩までチェックしている。学生から提出された数十ページに及ぶ卒論原稿に朱を入れ続けている。ボールペンのインクもなくなり、新しいボールペンになった。「もう、いやっ!」と投げ出したくもなる(これが正直な気持ち)。
しかし、指導はしなければならない。こうなると、所要時間のかかる通勤時間が、チェックのための時間になる。そういえば、先日、隣りの研究室の先生とお喋りした時に、「一番集中できるのは通勤電車の中よね」と二人で盛り上がった。
それでも、15人の私のゼミ生は、1人残らず、卒論を完成させて締切日までに教務課に提出できそうだ。でもまさか、冬休みに見てほしいとは言ってこないよね?―冬休み中は見ません!
|
|
| 2009年12月15日(火) |
| 介護認定 |
午前中、市役所の人が来られ、介護認定のための数多くの質問を義母にしていった。所要時間は1時間程度だと聞いていたのだが、結局、2時間近くかかった。質問事項を聞いていると、私は同席しないほうがいいように思える内容のものもあった。ケアマネージャーに来ていただいていたので、助かった。
これは、「要支援」から「要介護」へのレベル引き上げに該当するかどうかを審査するために行われた聴き取り調査だった。義母が通っているデイケアセンターには、義母よりもずっと元気で、しゃかしゃか歩いている「要介護」の人達が多いため、ちょっと納得がいかなかったようで、審査を受けることになったのである。
私は、介護をしながら自分の老後を垣間見ているような気になることが多い。切ない気持ちにならざるを得ないが、老後というものを目の前に見せられることにより、心の備えが少しずつ出来ているような気がする。その時が来たら、(意識がはっきりしているならば)自分は何を望み、どう暮らしたいか、きちんと選択をしたい。かたや、大学生と接してエネルギーをもらい、一方で老後を垣間見る日常生活というのも、実は悪くない。人間であることを痛切に感じる日々とでも言おうか。
|
|
| 2009年12月11日(金) |
| Biber先生をお迎えして |
あいにくの雨模様だった。3限目の授業を終えると、研究室でお茶とお菓子の用意をした。そろそろ、関係者一同がお見えになる時刻だった。あ、でも、そのうちの1人であるKさん(大変お世話になっております!)は、授業が入っていない2限目に来て下さっていた。
3時過ぎに、T先生とBiber先生、そしてO先生が集まった。ということで、私の研究室では狭すぎるため、同じフロアにある会議室に移動して、講演会までの時間を利用して、皆で最近の研究について話し合った。あっという間に時間が過ぎていった。
午後4時から6時まで、講演会を開催した。悪天候にも関わらず、遠方から来て下さった人もいた。学生にもわかるように話して下さったばかりか、最近の研究成果もお話に盛り込んで下さった。それは、文構造の複雑さを従属節という観点から測定することには問題があるということと関連している。
講演後に、隣りの駅近くにある懐石料理のお店に移動し、パキパキしたおかみさんに助けられ、お食事をいただきながら心和む時間を過ごすことができた。それにしても、おかみさんは「最高」だった。 |
|
| 2009年12月7日(月) |
| T先生のお宅で |
大学の授業(4限目)が終わり、研究室に戻って片づけをした後、最寄り駅に急いだ。鶴瀬駅の改札口でT先生とBiber先生にお会いすることになっていた。待ち合わせの時刻よりも少し早めに駅に到着したら、T先生はすでに待っておられた。
二人で電車のホームの方を見ながらBiber先生を待っていたら、思いがけない方向から登場された。早めに来て散策をされていたらしい。アリゾナに比べればどうってことのない寒さなのだろうが、今日の寒さは格別だった。
T先生のお宅に移動し、食事をご馳走になった。ご家族の方々も混じり、楽しいお喋りのひとときを過ごした。11月上旬にアリゾナ州立大学のシンポジウムでお会いした時とは違い、リラックスしてお酒を飲みながらBiber先生とお話ができ、まさに至福の時であった。11日に東京国際大学にお招きするのが待ち遠しく感じられた。
|
|
| 2009年12月6日(日) |
| Biber先生来日 |
今頃、北アリゾナ大学のDouglas Biber先生が成田空港に到着されているはずだ。英語コーパス学会のメーリングリストでは、東京外国語大学で開催される講演会の情報が配信された。
実は、12月11日(金曜日)に、東京国際大学においても以下の内容で特別講演会を開催する。参加無料なので、参加されたい方はご連絡を。講演前あるいは講演後に冬の小江戸・川越を散策するのも、ちょっとしたものですよ。
<Dr. Douglas Biberによる特別講演会開催のお知らせ>
●日時: 2009年12月11日(金曜日) 午後4時30分〜午後6時
●場所: 東京国際大学 第1キャンパス 1号館125教室
→大学までのアクセス
→第1キャンパスマップ
●講演者: Dr. Douglas Biber (Northern Arizona University)
●演題: Using corpus analysis to describe language use
I will talk about a survey of corpus analysis techniques, with case studies
from the Longman Grammar, illustrating the unreliability of intuitions
and differences between speech and writing.
●使用言語:英語
*連絡先: 成田(mnarita@tiu.ac.jp)
|
|
| 2009年12月3日(木) |
| 『言語処理学事典』 |
言語処理学会「創設15周年」を記念して、『言語処理学事典』が出版された。1冊の価格が、税込みで36,750円である。
担当した箇所はたかだか2頁(外国語教育支援)であるが、著者割引の対象者にはなっている。科研費で注文し、すでに受け取ったが、この価格で一体どのくらいの機関が購入してくれるのだろう。 |
|
| 2009年11月29日(日) |
| 論文査読終了 |
先週、面談をこなしながら『論叢』の最終原稿を用意した。なんというか、アリゾナに出張したことが、こんなにも仕事に大きな影響をもたらすとは想像していなかった。仕事に追われっぱなしだ。
そして、今日、4年ゼミ生の卒論原稿を1日中チェックしながら(ものすごく時間がかかる)、締切間近の論文査読も終えた。通勤に要する長い時間をつかって論文を読み終えてはいたが、査読結果を書いて最終評価を判断することが残っていた。
さあ、あとは中間試験の採点のみだ。誕生日である12月1日には、なんとしても美容院に行って髪を切りたい。ということは、逆算して、明日の夜は頑張って採点を半分以上は終えておこう。気がつけば、もう師走。大学正門前にイルミネーションが点灯された。

|
|
| 2009年11月28日(土) |
| 来年度の演習III:受講者決定 |
なんという一週間だったことか。昨日は、いつものようにフル活動の1日だったから、あらためて書くことはしない。
今週、来年度の演習IIIの受講希望者に対して面談を次から次へとこなしていった。結局、1人15分〜20分程度の面談を全ての希望者(TIUAに留学している学生達は除く)に対して実施した。希望者の数が、定員をかなりオーバーしていたので、個別の面談では状況を説明しておいた。
今日、TIUAに留学している学生達とTIUにいる学生達の志望理由書と成績表を見ながら、最大定員である18名を決めた。TIUにいる学生達には、1人1人、予告通り、メールで採否の連絡をさせてもらった。希望に添えなかった学生達に対して、心が痛んだ。でも、こればかりはどうしようもない・・・。 |
|
| 2009年11月23日(月) |
| TIU夏季インターンシップ事後報告会 |
世の中は3連休だったようだが、20日は入試で、本日は通常授業だった。こんな無粋な扱いをされた日に、午後5時から、TIU夏季インターンシップ事後報告会を開催した。今年の夏休みにインターンシップ体験をした6名が発表した:商学部1名(銀行)、経済学部2名(一般企業、川越市役所)、言語コミュニケーション学部1名(川越市役所)、国際関係学部1名(ホテル)、そして人間社会学部1名(川越市役所)。
それにしても、せっかく学生達がいい発表をするというのに、なぜ学生も教員も出席が芳しくないのだろうか。私としては、できるだけアナウンスをしているつもりだ。損得勘定でどうこう言うようなことではないが、はっきり言って、損をしている人が多いことは確か。
学生6名による事後報告は素晴らしかった。国際関係学部の4年生がビデオで撮影してくれたので、DVDが出来上がったら学生達に配布するとともに、来年度の演習やその他の行事で活用するつもりだ。私は、こうしてかけがえのない財産を学生から貰っている。
|
|
| 2009年11月17日(火) |
| 低学年インターンシップ希望者の選考 |
雨の中、出講日ではなかったが、大学に出た。23日に開催する夏季インターンシップ事後報告会で発表する他学部学生の指導にあたり、それが終わると、低学年インターンシップ希望者に対する面接を行う必要があったからだ。毎週のように、進路指導の仕事がある。
天候の影響か、体調が思わしくなかった。しかし、不思議なことに、他学部の学生を指導していると、元気になってきた。発表に使用するパワーポイントのスライドを見ながら発表内容を一緒に吟味していると、熱くなってきた。相談に来た学生達のスライドはよく出来ており、ほんの少しのアドバイスで十分だった。
普段の授業で接することもない他学部の教員である私のところに、きちんと相談にくるという行動に感心した。 |
|
| 2009年11月14日(土) |
| 自治会―お茶会 |
午後二時から我が住宅地内の自治会室でお茶会があった。出張から戻ってきたら、出欠の問い合わせがあり、参加ということで返事をしておいたのだ。
回覧板を回している世帯の家族が集まって2時間ほどお話をするという、ここに引っ越して来て初めての試みだった。開催の目的は、住宅地に住むご近所さん同士が顔見知りになり、いざという時に助け合えるような関係を築けるようにすること。我が家もそうしたが、夫婦揃っての出席が目立った。
とりまとめをして下さった、今年の班長さんは素晴らしい人だと思った。全員がテーブルを囲んですわり、自己紹介をした後は、周りの方々としばし歓談をした。その後、班長さんから、この街をより住みやすい街にしていくためにどんなことをしていったらいいかというような話題が提供され、意見を出し合ううちに予定の2時間が過ぎていった。高齢化が進むなか、いざという時に助け合えるのは、遠くの親戚ではなくご近所さんであることは間違いない。
|
|
| 2009年11月13日(金) |
| 疲れた・・・ |
今週は、来年度の演習の説明期間だったため、学生からの問い合わせメールへの返信と演習内容の説明のための面談に追われた。特に、TIUAに留学している学生からの問い合わせにタイムリーに返答しようとすると、時差が災いして、24時間対応のようになってしまった。「すでに配付されている演習説明資料をちゃんと読んで下さい!」とだけ返したくなるような問い合わせもあったが、ひとまずは今日で落ち着いた(TIUAでは今日が第一次希望提出の締め切り日だったようだ)。
こちら日本でも、今日は1限目・3限目・4限目の授業以外の時間は、この演習説明に追われた。昼食時間はライティング・ラウンジのミーティングだった。つまり、1日中、ほとんど喋り続けなければならなかったというわけだ。
昨夜、零時には就寝したかったのだが、急ぎの頼まれ事があって1時半頃まで布団に入れなかった(人事に関わることなので協力してあげざるを得なかった)。そして今朝は午前4時半起きだったので、すべてが終わって自宅に戻った時には倒れそうだった。 |
|
| 2009年11月9日(月) |
| 帰国 |
長い時間をかけてアリゾナ出張から戻ってきた。飛行機の中で一睡もできなかったからか、成田空港から新宿までの成田エクスプレスの中で眠り込んでしまった。新宿駅で係員さんに起こされるまで気を失っていた。ああ、恥ずかしい!
|
|
| 2009年11月7日(土) |
| シンポジウム3日目 |
3日間に亘って開催されたシンポジウムが終了した。シンポジウムが終了した後、Tricks
で post-symposium party が開催され、最後の楽しいひとときを過ごした。当初は招待者だけが集う予定だったが、そういう枠も取り払われ、シンポジウムの成功を美酒で乾杯した。
振り返ってみると、大変に有意義なシンポジウムだった。ちょっと無理をしての参加だったが、無理をした甲斐があったように思う。第二言語ライティング研究にもっともっと向き合っていきたいという気持ちを強くした。口頭発表は、業績としては論文発表にはかなわないが、研究者間の交流という面でも、自分の研究内容に対して迅速なフィードバックを得られるという面でも有益である。
こうしたシンポジウムを開催し続けているP先生に心から敬意を表したい。今日、P先生が会期中ずっと離さずにいた一眼レフカメラをほんの数分間預かったのだが、その重さに驚いた。同時に、その重さはP先生のシンポジウムへの、ひいては第二言語ライティング研究への強い意思・こだわりを表しているように思えた。P先生が撮影した写真は600枚を超える(シンポジウムのサイトからアクセス可)。
|
|
| 2009年11月6日(金) |
| シンポジウム2日目 |
いやあ、セッションチェアという任務の方が研究発表よりも緊張するとは。
(1)最初に発表する人のPCがプロジェクタと繋げられない、(2)次に発表する人達は自分のPCを持って来ていない(私に「チェアはPCを持ってきていないのか?」とまるでチェアが悪いかのように言われた)、(3)3番目に発表される著名なB先生はまだ会場に現れていない
--- 正直、すごく戸惑った。これが、セッション開始5分前の出来事。しかし、こういう時こそ冷静に問題解決をしなければならないと考え、会場に集まっている人からPCを借りることにした。PCを快く貸して下さった女性に心から感謝したい。
1つのセッションで精神的にどっと疲れた。B先生による研究発表には大勢の聴衆がつめかけ、部屋に収容できないほどだった。これはこれでセッションチェアとして緊張を強いられた。
まあ、それでも何とか無事にセッションを終えることができた。B先生の研究発表はとても興味深かった(おそらく、今回のシンポジウムでベスト1ではないか・・・)。B先生には、来月11日に東京国際大学で講演をしていただく予定になっている。そんないきさつがあったため、成田空港で購入した日本茶をお土産に差し上げた。 |
|
| 2009年11月5日(木) |
| SSLW2009―研究発表を終えた |
第二言語ライティングシンポジウムの初日だ。私の研究発表は、午前11時20分からだったので、朝からそわそわしていた。発表者は自分のPCを持ってくる必要があったので、9月に早稲田大学のH先生に科研の連携協力者ということで購入してもらったピンクのVAIOを持って行った。が、セッション会場に入ると、同じセッションで最初に発表する人から、「私のPCにPPTファイルを入れておけば、PCを交換する必要がなくなるからどう?」と言われ、お願いすることにした。
かくして緊張しながらも無事に発表を終えた。今回のシンポジウムは、5つくらいの部屋に分かれてのパラレル・セッションだったため(しかも聴衆が集まりそうなワークショップも同時並行で開催されている)、聴衆が集まらないのではないかと心配していたが、まあまあの入りだったように思う。フロアから出た質問にも答えられたので良しとしよう。以下の写真は、アリゾナ州立大学の構内、シンポジウムが開催された建物、そしてシンポジウムの受付会場である。

|
|
| 2009年11月4日(水) |
| BOAで夕食 |
今日は、研究の打ち合わせと研究発表の準備で明け暮れた。お昼に、ホテルの人に勧められたショッピングセンターに出かけてみたが、いわゆるアウトレット・モールだったため買いたい品物がなく、さっさと戻ってきた。
夕食は、昨夜予約を入れておいたBOAに3人(Mさん、O先生、私)で出かけた。食べ物のことばかり書いて恥ずかしいが、食事はその出張が思い出深いものになるかどうかにけっこう影響する。今日の昼食と夕食は以下の通り。右側がBOAで食べたラビオリで(レストランがかなり暗かったため、こんな写真しかとれなかったのだが)、見た目よりずっと美味しかった。

|
|
| 2009年11月3日(火) |
| Tricksで昼食 |
昨夜はぐっすり眠れた。朝食を済ませ、ホテルの部屋で研究発表の練習をしていると、P先生から電話がかかってきた。P先生の奥様も交えて、昼食を一緒にとりましょうというお誘いだった。すぐに話がまとまり、午前11時半にホテルのロビーで待ち合わせ、車で
Tricks というレストランに移動した。このお店は、シンポジウムの最終日の夜に、post-symposium
party で使用するのだそうだ。
テラスで4人で食べる昼食はとても美味しかった。私は、Today's Special だったキッシュを注文した。もう少し塩分が控え目だったら心から美味しいと言えたのだが・・・残念!。以下の写真は、宿泊したホテルと
Tricks で食べたキッシュである。

午後4時40分から午後7時半までP先生の大学院の授業に参加した。他に、Mさん、O先生、F先生(みな、日本人)も授業に参加した。案の定、自己紹介や研究発表の概要を院生の前で話すはめになった。でも、O先生と一緒になるとは夢にも思っていなかったので、グループワークの際にO先生と内輪で盛り上がってしまった。
授業が終わった後、BOAという素敵なレストランで夕食をとろうと思って出かけたら、満席で叶わなかった。 |
|
| 2009年11月2日(月) |
| アリゾナ到着 |
サンフランシスコからの乗り継ぎ便の出発時刻が1時間程遅れたため、フェニックスに到着したのは午後4時半頃だった。ホテルに入ったのは午後5時過ぎ。サンフランシスコからは、Mさんと一緒に移動し、ホテルも同じなので気楽だったが、二人とも長旅で疲れていた。ひとまず、それぞれの部屋に落ち着くことにした。
荷物をほどいた後、シャワーを浴びた。少し疲れがとれたところで、アリゾナ州立大学のP先生に電話を入れた。授業が終わったからと言って、わざわざホテルに会いに来てくれた。1年ぶりの再会だった(オーバーなハグで喜びあった)。
そして、夕食を一緒にとろうということになり、La Vocca というレストランに移動した。あれほど疲れていたのに、会話がはずみ、3人で赤ワインを1本飲み干してしまった。
Mさんと私はほろ酔い気分でホテルに戻ったが、P先生はシンポジウムの準備があるからと言って大学に戻っていった。 |
|
| 2009年10月31日(土) |
| アリゾナ行きの準備 |
11月2日から9日までアリゾナに出張するため、学生への連絡や中間試験問題の作成、さらに進路指導委員会での課題発表会と目が回るような週だった。また、11月6日に行われる(来年度の)演習説明会には出られないため、録音メッセージを用意して担当の先生に預けなければならなかった。私の人生には、穏やかな日々というのがめったにない。
29日の午後と30日をつかって(かなーり間際!)、学会での発表スライドを急いで作成した。こんな切羽詰まった発表者はいないだろう。今日は、クリニックに行ったり、美容院に行ったり、必要な買い物のために1日があっという間に過ぎてしまった。発表練習はいつできるのだろうか。飛行機の中?(隣りの人に迷惑だろう)
3日は、アリゾナ州立大学のP先生に大学の中を案内してもらい、夕方からの大学院の授業を聴講させてもらう予定にしている。4日には学会に参加する人達で集まる企画も用意されている。
アリゾナの気温を調べると夏のような冬のような感じで、どんな洋服を用意すべきか悩んだ。結局、夏・秋・冬の全てに対応できる洋服揃えとなった。つまり、荷物のほとんどは洋服で占められた。明日、スカイポーターさんが集荷してくれる。 |
|
| 2009年10月25日(日) |
| 東京に戻りました |
近づく台風の影響で朝から風雨が激しかったため、東京までの飛行機が欠航になりはしないかと不安だった。でも、無事に飛んでくれた。天候にめぐまれない沖縄滞在であったが、「美ら海水族館」には行ってきた。以下の写真は、携帯で撮影したものだが、水族館の雰囲気が伝わるだろうか。最後の2枚は、「オキちゃん劇場」でのイルカショー。



|
|
| 2009年10月24日(土) |
| 地方AO入試+父母の会+懇親会 |
朝からすごい雨。午前9時過ぎに入試会場に入り、合流した他の先生方とひとしきりお喋りをし、午前10時から面接に臨んだ。お昼には終わり、「父母の会」が開催されるホテルへとモノレールで移動した。
進路指導委員会委員長という役割のせいか、今年の「父母の会」では、委員長からの挨拶を必ず頼まれている(事前にではなく会場でいきなり)。今回は、予想できたので、夏休みに書き始めた「My就活支援ノート」を持参していた。ぱらぱらとめくり、何を喋ろうかなと考える。少しは流用するが、やはりその場で思ったことを喋るようにしている。慣れてきたかな。
夕方からは懇親会が開催された。沖縄在住のOBの方々や「父母の会」の沖縄支部の方々からの挨拶がとても洒落ていて面白い。長い時間ではなかったが、沖縄の方々の暖かな心に触れ、本当に楽しいひとときを過ごすことができた。実際に教えている学生のご父母に直接お会いすることで、「東京に戻ったら教員として今まで以上に頑張らなくては」という気持ちになる。 |
|
| 2009年10月23日(金) |
| 沖縄に来ました |
| 明日の入試と「父母の会」を担当しなければならないため、沖縄に飛んだ。台風の影響が少しずつ出ているようだ。那覇に到着したら、案の定、雨だった。この週末は、雨と風が強くなるだろう。日曜日に東京に戻れるのかしら。月曜日の授業を休講にしたくないなあ。 |
|
| 2009年10月20日(火) |
| 麻布十番にて |
自宅に関することで、先週末から手続き等で慌ただしく過ごしている。明朝、早い時間に都心で用事を済ませる必要があるため、やむをえず白金台にあるシェラトン都ホテルに宿泊した。少しセレブな気分を味わった。宿泊客は外国の人ばかり。
夕食は、麻布十番に地下鉄で移動して、小さな串揚げ屋に入った。「ソースの2度つけ禁止」という大阪風の串揚げを出す小さなお店だったが、「麻布十番」という雰囲気が漂っており(マスコミ関係者が利用していそうな感じ)、なんとなくタモリさんに出会ってしまいそうな気がした。 |
|
| 2009年10月16日(金) |
| さすがにそれは・・・ |
アリゾナ州立大学で開催される Symposium on Second Language Writing の事務局P先生からセッション・チェアをもうひとつやってくれないかという依頼メールが届いた。なんと、私自身が発表するセッションのチェアであった。
さすがにそれは無理だ。自分の発表ですらちゃんとやれるのか緊張している時に、他の人の発表を落ち着いて聴いていられるわけがない。まして、フロアから質問が出なければセッション・チェアが質問かコメントをしなければならない。それに、「では、次は私の番です!」と言って発表を始めるというのもありうることだろうが、、、、なんか変だよね。
セッション・チェアを引き受けてくれる人って少ないのかもしれない。それはそれで納得できることではあるが。
|
|
| 2009年10月13日(火) |
| 第1回キャリア座談会を終えて |
体がくたくたの状態で迎えることになった「第1回キャリア座談会」。午後4時過ぎに、4年ゼミの教室まで講師のAさん(ホテル「コンラッド東京」のコンシェルジュAさん;11月中旬にはキャリア支援プロジェクトサイトでお名前もはっきりと掲載されます)が訪ねてきてくれた。さあ、ゼミを終え、午後5時からの「第1回キャリア座談会(ホテル編)」に向けて準備、準備。
先日の台風のせいで、「エントリーシート作成講座」がほぼ同じ時間帯に入ってしまい、私は何人の学生が集まるだろうかと朝からやや暗い気持ちでいた。開始前は学生数の集まりが芳しくなく、どうなることかと心配したが、開始時にはそれなりに大勢の学生が集まってくれた。行事を開催する側は、いつも、こうしたリスクと向き合うことになる。が、意外に「案ずるより産むが易し。」
Aさんのお話は、学生、教員、Aさん自身というそれぞれの立場で考えさせられる内容だった。ホテルでの仕事の話を聴いているのだが、いつしか自分の仕事に照らし合わせて考えてしまう。当のAさんも、私が想像するに、自身のコンシェルジュという仕事に向き合っているように思えた。学生の心をしっかりと掴めるAさんはすごい。あっという間の2時間だった。
休みなしの勤務で体はくたくたを通り越している状態だったが、Aさんのお話を聴いて考えているうちに、とても爽やかな風に吹かれているような気がしてきた。 |
|
| 2009年10月11日(日) |
| 体が。。。もたない |
世間様(こういう時はなぜか「様」を付けたくなる・・・うらやましいからか?)では3連休らしい。
なぜ、私の大学では休みが1日たりともないのか。先週の金曜日は、朝1限から5限目までフルに学生に授業と面談で拘束され、10日は留学試験、11日は大学での父母の会、12日は通常授業である。信じられない3日。全ての教員に当てはまるわけではないが、私が所属する言語コミュニケーション学部の教員はほとんど全員が3日連続勤務である。
学年暦を作成する際に、人間らしい生活という観点から暦を組めないものか。企業ですら、一応、ワークライフバランスということを考えているのだから。 |
|
| 2009年10月7日(水) |
| 依頼状とお礼状の作成に追われる日々 |
先月から依頼状とお礼状ばかり書いている気がする。かつて“企業戦士”だったとは言え、研究開発部門に所属していたためにビジネス文書(特に手紙文)を書く機会はほとんどなかった。正直、苦手だ。でも、書かざるを得ない状況に追い込まれてしまっては逃げる術もない。第一、お願いしたいことがあるわけだから。
宛先はさまざまである。外資系ホテルの人事部、東京都立神経病院の院長、H市学童保育所のリーダー等、いろいろなジャンル(これってジャンルって言うのかな?)に及んでいることもあり、心の中の思いを直球で投げるしかない。いわゆる美辞麗句が並ぶ文書を私は書けない。型にはめて書けと指示されれば書けるかもしれないが、思い(熱意)を率直に述べた文章ほど相手の心に届く表現はないと思っているので、自分の心の声のままに書いて送っている。そうすると、すぐに作成できてしまう。有難いことに、ネガティブな返答をいただいたことはない(と思う)。
手紙に先んじて電話でお願いしておかなければならない事態も生じる。すぐ後に授業を控えていたため、長引かないかと気にかけながら、昼食をとった後にH市にある学童保育所に電話を入れた。5分程度のお話ですっかり馴染んだ雰囲気が電話越しに漂い、なんと4年ゼミ生の「心の理論」に関する実験に協力してもらえることになった。すごい、すごい! |
|
| 2009年10月4日(日) |
| NHKアーカイブ:アイとアユム |
心理言語学の授業の予定を再考するために、今年7月初旬にNHKで放映された番組を再び観た。チンパンジーのアイが息子であるアユムくんをどのように生んで育てていったのか、それを松沢哲郎先生をはじめとする京都大学霊長類研究所の研究員の方々がどのように応援し、見守り、彼らの知性を研究してきたのかという記録である。
番組を観ていると、8月初旬に松沢先生が玉川大学で話された内容を思い出す。人間の赤ちゃんだけでなくチンパンジーの赤ちゃんにも「新生児微笑」が確認された映像を観ると、可愛いだけでなく不思議な気持ちになってくる。
今日、東京大学において、京都大学霊長類研究所とベネッセコーポレーションの主催で公開シンポジウムが開催されている。タイトルは、「人間とは何か―ヒトとそれ以外の霊長類の比較研究から分かること」である。時間的余裕があれば行きたかったのだが・・・・残念だ。 |
|
| 2009年10月3日(土) |
| 英語コーパス学会&リクルートスーツ売り場 |
手が離せない仕事があって、青山学院大学で開催された英語コーパス学会には後半のシンポジウムのみ参加することができた。実は、シンポジウムの会場となった教室は、私の記憶に間違いがなければ、もう何年も前のことだが、私の姪が入学式直後に参加した学部ガイダンスの時に使用した教室のような気がする。つまり、私は姪の入学式に参列し、学部ガイダンスも後ろの席でしっかりと聴かせてもらったというわけだ(笑)。
さて、シンポジウムではオンラインコーパス&コンコーダンサの紹介や活用事例についての発表がなされた。私は、BYUのCOCA (The Corpus of Contemporary American English)のヘビーユーザだと我ながら思う。論文を作成している期間の使用頻度はすさまじい。自分が書こうとしている言い回しが自然な英語表現として学術論文の中で使用されているのかどうかを用例検索して確かめているからだ。共起頻度の高い形容詞(名詞を前置修飾している)も自ずと目に飛び込んでくるので有難い。
学会が終わり、ちょっと疲れていたのだが、こういう機会でもないと新宿のデパートに立ち寄れないので、某デパートの女性用リクルートスーツ売り場に赴く。お客さんがいなかったので、思い切って店員さんに取材させてもらった。スーツを購入する際の注意点や中に着るシャツの形や色、スカートとパンツをどう使い分けるかなど。丁寧に教えて下さったので、月曜日にでも「キャリア支援プロジェクト」のウェブサイトで発信しようっと。 |
|
| 2009年9月28日(月) |
| 在学生代表3名との打ち合わせ |
10月12日に開催する「第1回キャリア座談会」において、在学生代表として登場してくれる3名の学生に研究室に来てもらった。経済学部生1名、国際関係学部生1名、言語コミュニケーション学部生1名。3名とも就職先としてホテルを考えており、1名は夏休みに埼玉県内のホテルでインターンシップを経験している。
座談会の大まかな流れと時間配分を説明し、当日の役割について話し合った。この3名の学生達には、就職課と私から個別に2週間ほど前に依頼したのだが、その場で快諾してくれた。これはこれで素晴らしいことだと思う。なぜなら、大抵の場合、学生はこういう代表的な役割を嫌がるからだ(これまでの経験でわかっている)。
今日も時間通りに集まってくれた。1時間ほどの打ち合わせで終了した。今後は、当日までメールでのやりとりで進めていく。12日の午後5時からの開催なので多数の在学生が参加してくれるかどうか不安だが、少ない参加者であっても集まった人達にとって有意義な座談会になるように心がけることが私の役目だろう。 |
|
| 2009年9月27日(日) |
| 後期の授業準備 |
夏休み中に卒論の面談ができたのは、ゼミ生の半数に対してだった。残り半分のゼミ生とは、あとで時間をとらなければならない。1人につき1時間半程度はかかるので、お互いの都合が合う日時を見つけるのは意外に難しい。
明日は4年ゼミがある日なので、後期の予定表を作成してみた。当たり前のことではあるのだが、週1回のゼミなので後期にゼミが十数回しかない。しかも、12月4日は学部内での卒論(第1版)提出の日である(1月15日が教務課に卒論を提出する日)。大学祭で大学が休校になる日も考えると、10回に満たない回数で卒論の学部内提出締切がやってくる。
あと半期で4年生とはお別れという感傷的な気分に浸る余裕もなく、卒論提出に向けて、ゼミ生も私も必死で駆け抜けるしかない。 |
|
| 2009年9月25日(金) |
| キャリア支援プロジェクト―ウェブサイト開設 |
今日は1限目から授業。授業前に、昨夜自宅で確認した「キャリア支援プロジェクト」のウェブサイト(テストサイト)を研究室のパソコンで確認したら、トップページの右フレームがずれて表示されることに気がついた。自宅のパソコンは
Vista で、研究室のパソコンは XP である。急いでYさんに連絡し、修正、開設作業へと進めてもらった。
2限目には授業が入っていなかったので、いよいよオープンすることになった。もっとコンテンツが充実してから、という選択肢もあったのだが、いったん授業に入ってしまうと落ち着いて準備をする時間がない。それで、貧弱なコンテンツながらもオープンすることにした。とにかく「シンプルなサイトにしたい」ということを業者さんに主張してきた。テクニック的に凝ったことは、あえて何もしていない。
コンテンツは、これから徐々に増やしていきたいと思う。トップページ上で、私からのメッセージ発信を定期的に行う予定だが、Twitter
で配信しても面白いのではないかとYさんから提案をいただいている。ただ、大学生が
Twitter をどれほど利用しているのか、、、ここがネックな気もする。
さて、肝心の「キャリア支援プロジェクト」のウェブサイトは、こちらです。
|
|
| 2009年9月23日(水) |
| くたくた |
明日から後期の授業が始まるため、連休中にもかかわらず言語コミュニケーション学部の学年別ガイダンスが開催された。朝10時半から午後3時までブレイクが全くないというスケジュール(というのは無理がある、絶対に)で3年生、1年生、2年生と順番に進めていった。私は、英語スキル科目のコーディネータであるため、出ずっぱり。
そして、午後3時から英語専任教員連絡会で、会議終了後直ちに学部委員会へ。朝9時過ぎから午後6時まで働き通しだった。昼食は、1年生と2年生のガイダンスの間に、おにぎりを急いで食べたという感じ。体に悪いなあ。食事は、落ち着いて、よく噛んで食べたい。
各期の授業が始まる前に教員が疲労困憊になるのは避けるべきではないか・・・と、いつも同じことを言っているような気がする。
|
|
| 2009年9月21日(月) |
| 初秋の松島海岸 |
東京に戻る前に、仙台駅から急行電車で24分かかる松島海岸に立ち寄った。日本晴れで、風も適度にあり、心地よかった。遊覧船が多く、木々も多く、うまく写真が撮れなかったが、思い出として貼りつけておこう。全て(トップページの写真も!)、携帯電話で撮影したもの。
 |
|
| 2009年9月19日(土) |
| 父母の会(仙台) |
やってきました、仙台に。先週から、「父母の会」シーズンが始まり、教職員は分担して全国の開催地に出かけている。5連休なんて関係ない。仙台での「父母の会」に来たのは何年ぶりだろうか。顔見知りのご父母が出席して下さっていたので、話もはずんだ。
このところの仕事漬けで体重が減ってきている。スタミナをつけるべく、仙台牛を堪能することにしていた。「父母の会」の前の昼食には、牛タン定食を食べた(以下の写真左)。「父母の会」の後の夕食にはステーキを食べた(以下の写真右)。ついでながら、「父母の会」でモンブランケーキを2個!食べた(ケーキが余っていたので、職員さんにどうですか?と言われ、断ることができなかったため)。故・初代学部長と米国出張した際に、「食べられる時に食べておかないと駄目ですよ」と言われたことをよく覚えているが、今回は少し食べ過ぎの感が否めない。

|
|
| 2009年9月17日(木) |
| ノートPCが届いた |
H先生から連絡を受け、早稲田大学にノートPCを受け取りに行った。「H先生の研究室がある建物が綺麗だ、綺麗だ」と感嘆の声をあげていたら、建物の中を案内してくれた。こういう環境なら、やる気満々になれるというものだ。いや、やる気というよりもゆったりとした心というべきか。
ノートPC(VAIO 10.1型Wシリーズのピンク色)は、想像していたほどピンク色が強くなく、ほっとした。ちなみに、マウスもピンク色。軽量なので持ち運びが楽である。こんなに軽いノートPCを持つのは初めてかもしれない(主人の部屋にはVAIO
Type Pという、もっと小さなPCがあるが、あれを持ったことはない)。嬉しい。
研究のお話をした後、大学近くにあるラーメン屋さんに出かけた。H先生が注文したラーメンには豚カツが入っていて、あまりのボリュームに圧倒され、私は別の定番ラーメンを注文した。ちょっと分けていただいた豚カツが予想以上に美味しく、見た目に負けないで注文すればよかったかなあ・・・と心の中で思った。新しいノートPCをいただき、美味しいラーメンを食べ、至福のひとときを過ごした。意外に単純なことで幸せな気分になれるものだ。
|
|
| 2009年9月16日(水) |
| 会議と後期セクション分け作業 |
朝9時から打ち合わせ、10時からお昼まで会議、午後2時から1年生の後期セクション分け作業と、まあ本日も盛りだくさんの仕事であった。
セクション分け作業が終わったのは午後8時半頃である。午後9時に大学を出て自宅に戻り、簡単な夕食を済ませた(この時点で午後11時半)。そして、作業結果をファイルにまとめ、教務課の職員さんに暗号化して送付したのが午前1時半。そのあと、別の仕事があって終了したのが午前3時。後期の終わりまで体がもつかなあ・・・。
|
|
| 2009年9月13日(日) |
| Open Campus 2009 |
7月に続いて2回目の体験授業を担当した(仕事が多いため、来年度は他の先生方にお願いしたいなあ)。
複数の仕事で毎日朝方までパソコンに向かう日が続いているので、体験授業で使用するスライドは一週間前に作成しておいた。今回は午前中の体験授業を担当したためか、参加者は比較的多かった。ご父母の参加者も多かったような気がする。授業で使用したスライドを印刷したものを、オープンキャンパスを手伝ってくれていた男子学生(3年生)にあげることにした。就職活動のため、来年後期に開講の「コーパス言語学」を履修できないだろうなあと話していたので、参考にと渡した。
午後3時過ぎに個別相談が終わり、研究室に戻り、16日のセクション分け作業の準備やらリーディング科目の資料のコピー・配布やらで複数の建物を巡り歩いて先生方のメッセージトレーに入れた。午後4時にゼミ生の親御さんから研究室に電話がかかってくることになっていたので待機した。約40分間、電話で話した。
隣りの先生の研究室に、今春卒業したばかりのSさんが来ていた。社会人になったSさんとしばらく話をして食事に出かけた。まだ社会人1年目であるのに重要な仕事を任され、ちょっと大変な様子だった。無理をしないで頑張ってほしいな。
|
|
| 2009年9月9日(水) |
| 第1回キャリア座談会の日程が決まった |
日付が変わった頃、アリゾナのPさんからメールがあった。第二言語ライティングシンポジウムでのセッションチェアをお願いしてもいいかという打診だった。そのセッションは、北アリゾナ大学のB先生が発表されるセッションなので、すぐに引き受けた。Pさんから依頼のメールが届いて、"Thanks!"の返信がくるまで所要時間が15分程度というところが、インターネット時代を象徴している。
さて、今夕、港区にある某高級外資系ホテルでコンシェルジュとして勤務されているAさんから快諾のメールが届いた。先週末にホテルの人事部宛に出した依頼文書が承認され、晴れて10月12日(祝日なのにTIUは通常授業の日)の夕方に来ていただけることになった。
こうして、第1回キャリア座談会の日程が確定した。シリーズで実施する予定だが、第1回目はホテル業界に迫る。仕事のシフトがうまく合えば、ホテルで働いている卒業生のIさんとYさんも駆けつけてくれる。
就活支援プロジェクトをキャリア支援プロジェクトという名称に変え、そのウェブサイトの開設を準備している。先ほど、トップページの記載内容を業者さんに送ったばかりだ。皆で創りあげていかないとなあ・・・。トップページ上では、私からのメッセージ発信を定期的に行うことを予定していて、初回と2回目のメッセージ文面をすでに用意した。 |
|
| 2009年9月8日(火) |
| 特に、海外留学を考えているあなたへ+留学中のあなたへ |
1年間の米国留学を終えて、Mさんが帰国した。お会いしたことはない。Mさんのブログを読んだ私が、1年ほど前にメールで連絡をさせていただいたのがきっかけである。1年前といえば、Mさんが米国に到着したばかりの頃だった。
Mさんの許可をいただいたので、これから海外留学を予定しているあなた、そして既に留学中のあなた、さらに日本で暮らしているあなたにMさんの米国留学経験の総括をお届けしたいと思う。しつこいようだが、海外留学を考えている人は絶対に読まないと駄目!→Mさんのブログはこちら。
私は、Mさんが綴る米国での生活をまるで私自身が体験しているような気持ちになることが多かった。Mさん、私がそんな気持ちで読んでいるとは夢にも思わなかったかな。 |
|
| 2009年9月7日(月) |
| 『どうする就職―歩きながら考える”就活法”』(根本孝著) |
Reading科目のコーディネータなので(こんなに役割が多い教員は他にはいないと思う)、関連科目をご担当いただく合計15人の先生方のウィークリー・シラバスを作成する。明日は、大学に出て最終調整と各科目について受講生の人数分のコピーをとる。合間をぬって、4年生が研究室に来るので卒論指導をやる。
書類作成ばかりをしていると頭が乾いてしまうので、途中で書籍や論文を読むことにしている。『どうする就職―歩きながら考える“就活法”』(根本孝
著)を全部読んだ。部分的に読もうと思っていたのだが、結局、全部読んでしまった。8月末に、自分用に「キャリア支援ノート」なるものをつけ始めたばかりで、この書籍から得られた重要な情報は要点にして書き留めた。
全学の進路指導委員会委員長という立場上、在学生のご父母にアドバイスをする機会が必ず訪れる。来年の入学式には、新入生とご父母の方々を前にそれぞれ別の話をしなければならないことは(毎年のことなので)決まっている。そういう行事や目の前の学生に真摯に対峙するためには、私自身の頭が潤っていなければきちんと対応できないのではないかと思っている。だから、情報収集に努め、かつ、就職活動に対する私自身の考えを整理しようとしている。ああ、そういえば、9月19日は仙台で父母の会だわ。
自分の専門分野の研究とはほど遠いことをしているようだが、最近になって気がついたことがある―関連なさそうだが、実は「つながっている」と。
|
|
| 2009年9月3日(木) |
| 新しいノートパソコン(予定) |
私は、H先生の科研の連携研究者という位置づけである。それで、プレゼンテーションのための持ち運びに便利なノートパソコン(VAIO
10.1型Wシリーズのピンク色)を購入していただけることになった。納品までに2〜3週間かかるそうだが、楽しみにしている。
早稲田大学に届いたら、取りに行かなくちゃ。これを持って、11月初旬にアリゾナ州立大学で開催される第二言語ライティングシンポジウムに参加しよう。口頭発表をする日時も決まったことだし。発表をするのは11月5日で、シンポジウムの初日である(実は北アリゾナ大学のB先生のご都合により交代してあげた)。初日に発表を終えて、リラックスした気分で過ごせるのが嬉しい。 |
|
| 2009年9月1日(火) |
| 語彙サイズテストの結果入力 |
昨年12月に学部1年生2クラスを対象に実施した語彙サイズテストの結果をまとめるべく、まだ十分に出来ていなかったデータ入力を開始した。この語彙サイズテストは、25〜30分程度の時間が必要なのだが、2つのクラスの学生は殊勝にも真面目に受けてくれた。1月の最後の授業で、各自に採点結果とTOEFLスコアとの相関を知らせた。
より詳細な分析をして、論文か研究ノートにまとめたいと考えている。240問x45人のデータなのでかなりの時間を要すると予想していたが、意外にそうでもないようだ。
仕事の合間をぬって入力と分析をしなくては。語彙サイズテストを提供して下さったM先生にも数ヶ月ぶりで連絡を入れた。さて、どんな分析結果が出るだろう。
|
|
| 2009年8月29日(土) |
| 北アリゾナ大学B先生 |
目下、北アリゾナ大学に滞在されているT先生との交信の結果、東京国際大学でのB先生による講演会の日程が確定した。コーパス言語学の著名な研究者で北アリゾナ大学に所属していらっしゃる先生と言えばすぐにわかってしまうが、正式な案内を出すまではB先生ということにさせていただく。
講演会日時:2009年12月11日(金曜日) 午後4時30分〜午後6時
開催場所:東京国際大学第1キャンパス (125教室あたりにしようかな・・・)
講演前の1時間ほどは、私の研究室でお話をさせていただく予定。ちなみに、私の4限目の授業は、5限目の講演会に参加することで授業への出席とみなす。1週間ぶりに活力が出てきた。
|
|
| 2009年8月28日(金) |
| 『思考の整理学』(外山滋比古 著) |
この一週間ほど、意気消沈モードだった。誰にも会いたくない、誰とも話したくない―この私が。でも、昼食の後、義母と1時間もお喋りをした。しかも、話しているのはほとんど私。自分ながら驚いた。少し吹っ切れた感じがしたからかもしれない。つきあわされた義母は大変だったかも。
『思考の整理学』をささっと読んだのだが、ものすごくほっとした。この書籍を読んでほっとする?と疑問に思うかもしれないが、本当に気持ちが楽になったのである。(なぜだろうと思った人は、書籍を読んでみて下さい―読んでもわからないかもしれないけど)。
一方で、就活支援プロジェクトのHP立ち上げを準備しなければならない。しんどい。←こういう発言自体、普段の私らしくない。
と言いながら、『大学生の職業意識とキャリア教育』(谷内篤博 著)の関連する箇所を読み、立教大学に連絡をして広報誌『立教』(2008年12月号)を送っていただく。昨日、大学に出る用事があったので、図書館で『どうする就職―歩きながら考える“就活法”』(根本孝
著)を借りてきた。 |
|
| 2009年8月25日(火) |
| 『遺伝子・脳・言語』(堀田凱樹・酒井邦嘉 著) |
2年のゼミ生に課題として出していた『遺伝子・脳・言語―サイエンス・カフェの愉しみ』を、課題を出した私自身が全部は読んでいなかったので、手に取った。いやあ、やっぱり面白い。学生にはやや難しかったかもしれないが、新書が読めないようでは大学生とは言えないだろう。
遺伝(子) and/or 環境の議論を、言語獲得(もちろん手話も含む)と絡めて議論が展開している。サイエンス・カフェなので、両先生と一般参加者がいるわけだ。しかし、登場している一般参加者の問題意識はかなり高いと思った。ゼミ生にはレポートを書かせているが(書き方はひどい!どうやって卒論作成ができるレベルに持っていけるのか!という悩ましい問題はあるが)、後期最初の授業では書籍のタイトル通りのことを少し議論することになろう。
玉川大学脳科学研究所のS先生から、9月12日に開催されるイベントの案内がメールで送られてきた。8月上旬にお会いした時にお話はうかがっていたが、リマインダーであった。シンポジウム「ギャンブル、経済、脳科学」―人間はなぜリスクを伴う行動を選ぶのか?― である。神経経済学・・・ふ〜む。 |
|
| 2009年8月22日(土) |
| ギアチェンジ |
この3週間の暮らしにひと区切りがついた。昨日は、名古屋駅で買ってきた「もちもちきしめん」をお昼に義母と一緒に食べたら(意外に美味しかった!)、急に体から力が抜け、腑抜け状態になった。
棚上げしておいた仕事に戻る時が来たのだが、少しずつでないと無理みたい。 |
|
| 2009年8月20日(木) |
| 頑張る |
朝6時に終わった。この2日間、寝ていない。まるで台風の目の中にいるみたいに、無心で終わるまで突っ走った2日間だった。これは努力という言葉ではなく、「頑張る」という言葉がぴったりだと思った。
「頑張るという表現は好きでない」と言う人が周りには多いのだが、今回の自分自身の経験により、普段の努力の最後の踏ん張りが「頑張る」ことなのではないかと思えた。うまく表現できないが、これはボルト選手が200メートルの最後の直線コースで見せた「歯をくいしばって走る」様子に似ているような気がする。そこに人間らしさを見たと評した人がいたが、当人にとっては他の誰かと競争しているのではなく、自分自身がどこまでやれるのかを試している。
ひとまず、この3週間の日々に終わりがきた。これまで支えて下さった方々に、ただただ感謝の気持ちでいっぱいである。
|
|
| 2009年8月7日(金) |
| 赤ちゃんラボ |
松沢先生の講演会を主催したのは、玉川大学グローバルCOEプログラムを推進している同大学脳科学研究所であった。
講演会がきっかけで、同研究所のS先生を訪ねることになった。自宅から歩いて35分で研究所に到着した。曇り空だったので歩いたのだが、それでも研究所に着いた時には汗びっしょりだった。S先生と40分ほどお話をさせていただいたが、せっかく来たのだからと「赤ちゃんラボ」を見学させてもらえることになった。イニシャルが一緒で紛らわしいが、若手S先生に1時間もかけて案内していただいた。夕方だったので実験のために来ている赤ちゃんはいなかったが、複数の部屋に分けて用意されている実験設備を丁寧に説明して下さった。心理言語学の授業で使っているビデオの中に出てくる設備と同じものがあり、ビデオのことを話すと、なんと若手S先生はビデオの中に登場していたT先生のお弟子さんだった。
結局、2時間近くも研究所にお邪魔したことになる。帰りは電車を利用したが、ホームに立っていると激しい雨が降り出した。 |
|
| 2009年8月2日(日) |
| 松沢先生の講演会 |
講演が始まる時には雨が降り出したが、多くの聴衆が集まっていた。玉川大学は緑が多く、とても素敵なキャンパスだと思う。いつ来てもそう思う。風情がある。
お話の中で最も興味深かったのは、「チンパンジーは今を生きている」ということだった。だから、人間のように時間や空間の拡がりを超えて心を届けられないし、恥じらったり恨んだり憎んだりしない―こうした感情は、期待・想像と現実の落差を認識することから生じるのではないか―チンパンジーはその落差を認識することもない?
松沢先生は、チンパンジーの親子関係と人間の親子関係を以下のように比較した。
チンパンジーの親子関係:母親が子供を育てる;叱らない子育て→見習う学習
人間の親子関係:みんなで子供「達」を育てる→うなづく、ほほえむ、ほめることを通して育てる
穏やかに話をされるのだが、研究に対する熱い思いが静かに伝わってくる。(こんな言い方は稚拙で申し訳ないが)科学者だなあと何度も思った1時間半だった。 |
|
| 2009年8月1日(土) |
| 明日は松沢先生の講演会へ |
昨夜は大学から戻るやいなや、ベッドへ直行した。そして10時間も眠り続けた。私、体がどうかなってしまったのかな。
来週はやっと動きが少なくなる週なので、休養をとりながら、やるべき課題に集中したいと思っている。
普段、通勤に使っているのが小田急線だが、6月くらいから車内のポスターで松沢哲郎先生の講演会が玉川大学で開催されるという情報を得ていた。明日の午後4時半から開催されるので聴きに出かけよう。玉川大学なら自宅から近いので、散歩がてら行ってこよう。楽しみだ。 |
|
| 2009年7月31日(金) |
| 疲労感が激しい |
大学に出ずっぱりの日が続くと、途端に体が思うように動かなくなる。今夕、大きな疲労感に襲われた。睡眠を十分にとっても疲労が解消されないので怖い。休養と栄養と適度な運動を心がけよう(思っているだけでは駄目で実践しなくては)。
試験監督を2コマやった直後に、来客があり、1時間半ほどお話をした。ここにはまだ書けない話だが、今後、順調に進んでいけばいいなと思う。目の前の仕事を丁寧にひとつずつこなしていくことが、次の新たな仕事に繋がるのだなということを実感する内容だった。今日で7月も終わり。もう8月なんだ・・・。 |
|
| 2009年7月27日(月) |
| 面談 |
大学執行部から呼び出しを受け、面談に臨んだ。予想以上に時間がかかり、1時間半近くも経過していた。終了時に、昨日買っておいた『下流志向』の文庫本を「お中元」として差し上げた。ちょっとしたサプライズになったようで、驚き半分と笑み半分で受け取って下さった。
面談では、これからの就活支援をどのようにしていくか等、胃が痛む話も盛りだくさんだった。まあ、それでも物事は考えようで、厳しい状況だからこそ皆で戦略を考えて行動に移していくという楽しみもあるではないか。
私の仕事量を気遣って下さっている人がいることもわかり、少し嬉しかった。健康だけは自分で守るしかないから、本当に気をつけなくちゃ。
|
|
| 2009年7月24日(金) |
| オープンキャンパス:体験授業 |
7月20日に英語科目の期末試験は終了した。4年ゼミ生と卒業アルバム用写真を撮影し、そのままレストラン「馬車道」へ行って前期最後のゼミというか懇談会。冬から就職活動を続けているのにまだ内定を貰えないゼミ生とお茶を飲みながら本音トークをする。昨年、あれほどまでに就活に向けての活動を取り入れたのに・・・・と思う気持ちはあったが、この不況の中で暑さにめげず頑張っている学生にエールを送り続けないと。
22日に進路指導委員会を開催し、委員の先生方に夏休みの「宿題」をお願いした。女性のリーダーにありがちな「真面目さ」ゆえの宿題と受け取られたかもしれないが、お休みの時以外に時間的余裕はないのだからお願いするしかなかった。
オープンキャンパスのシーズンを迎えた。来場者に配布する就活支援プロジェクトのチラシが出来上がってきた。急いでPPTで原稿を作成した割によく出来ているではないか!
今日、オープンキャンパスで体験授業を行った。午後の部のためか、来場者は少ない。がっかり!PPTの準備にかなりの時間をかけていることもあり、本当にがっかりした。が、落ち込んでも仕方がないので、「この続きは9月のオープンキャンパスでやるから、来てね」と満面の笑みで勧誘した。"To
be continued "作戦がどのくらい効を奏するか?! |
|
| 2009年7月19日(日) |
| 『下流志向』 |
他学部のK先生が貸して下さった『下流志向』(内田樹著 講談社)を早く読んでしまいたい。期末試験が始まり、まだ試験作成に追われている私だが、合間をぬって読もう。東京国際大学では、明日(20日)の祝日は通常通りのスケジュールで、期末試験真っ盛り。なんという学年暦なのだろう。
ところで、借りたのが単行本だったため、この形態でしか売られていないと思い込んでいた『下流志向』だが、最近、文庫本化されて書店に並んでいるという。これは主人からの情報だが、だったら買ってきてほしかった。 |
|
| 2009年7月16日(木) |
| チラシのファイル完成 |
誰も褒めてくれないので、自分で自分を絶賛する日。こんなに短期間でチラシを作成した自分を褒めても罰は当たらないと思った。ふ〜ぅ、疲れた。
建築家の安藤忠雄氏は、『仕事力―白版』(朝日文庫)の中で、「全力疾走するリーダーになれ」(p.
50)と強く語りかけている。そうだなと思いつつ、全力疾走してみたいが、抱えている荷物が多すぎる・・・。う〜ん、どうしたらいいんだろう。1つのことに集中するときは、他の荷物をいったん降ろしてしまうしかないよね。 |
|
| 2009年7月14日(火) |
| 日本経済新聞社見学 |
ロビーに投影されている映像や文字情報を見ていると東京証券取引所にいるような気分になった(ちょっとオーバー。実は行ったこともない)。
日本経済新聞社の新社屋は、旧社屋を知っている人から見れば「びっくり仰天する」ほど立派な綺麗な建物となった。後輩Kさんが案内をしてくれた。お昼は、上層階にある社員食堂を利用させてもらった。眺めがすごく良かった。窓から見える景色にうっとりしながら、Kさんよりも、同伴した男子学生よりも、私はたくさん食べた。後輩いわく、「先生〜、パワーがあり余っている感じ」。
久しぶりに訪れた大手町界隈は、自宅と川越を往復しているだけの私には「ザ・都会!」に思えた。後輩の活き活きと働く姿がまぶしく、私も負けてはいられないと自分に活を入れるものの、あまりの暑さに気持ちが萎えそうになった。 |
|
| 2009年7月12日(日) |
| オープンキャンパス用チラシ |
夏休みが近づくということは、オープンキャンパスのシーズンに突入するということだ。これは大変なことになった。
一連のオープンキャンパスで、採択された就職支援のプロジェクトについての簡単なチラシを配布したほうがよかろうということになった。7月最初のオープンキャンパスは24日だ。この2日前くらいには、5回分のオープンキャンパスで配布できるチラシが出来ていなければならない。ちなみに、24日、私は体験授業と個別相談の担当が決まっている。いろんなことを考えなければならないなあ、私。
助成金は得られても入金されるのは秋以降。しかし、時間的には、明日あさってで印刷屋さんに出すくらいの予定で進めなければならない。明日、私の授業が終わるのを待って、進路指導委員会の副委員長と就職課の部長さんが私の研究室に来てくれることになった。チラシの原案を作ってしまうつもりでいる。しかし、その場で考え始めても、、、初めての仕事だから、、、時間がかかるだろう。
そんなことを、昨夜、悶々と考えながら、パワーポイントでチラシの原案(A4サイズで両面)を作ってみた。色遣いやデザインにセンスのなさが表れているが、まあ、意見を聴いてみよう。ウェブ特設サイト構築費用のことでウェブデザイナーさんに聴かなければならないことがあったので、ついでに「チラシの原案を見てご意見をいただければ有難いのですが・・・」と頼んでみた。明日の打ち合わせまでに、意見を下さるかどうか。 |
|
| 2009年7月10日(金) |
| 右半球も左半球も全開? "Mrs. Brain" |
やることが多すぎて、私の脳は全開状態にあるとしか言いようがない。あえて分けてみるとすれば、右半球は就職支援関連の仕事(進路指導委員会の仕事と助成金プロジェクトの準備、25日の言コミ3年生に向けての就職ガイダンスのスライド作成)に使っている。
左半球は、 1) Writing Lounge での peer tutoring、2) 期末試験の作成、3)
Reading 科目のコーディネータとしての仕事(前期担当の先生方への連絡と後期担当の先生方への連絡、夏休みの課題図書の注文と学生への連絡、後期の教科書の手配)に使っている。
さらに、14日にはウ大に長期留学していて一時帰国している男子学生を連れて日本経済新聞社のKさんのところへ。何だかなあ。一番重要なことは(わかる人にしかわからないことだが)、頭の中心(脳梁)に置いているつもりだが、段取りがうまくいかずにこれがおろそかになってしまったら大変だ。 |
|
| 2009年7月7日(火) |
| 平成21年度文部科学省「大学教育・学生支援推進事業」(学生支援推進プログラム)に採択された! |
4月中旬に募集の案内が文部科学省から発表され、5月中旬に申請書を提出したプロジェクト(テーマB:就職支援の強化として提出)が採択された。3年間、助成金をいただけることになった。プロジェクト名は長いのだが、「学生の発信力を引き出す実体験型キャリア支援プロジェクト」である。
簡単に言ってしまうと、就職支援行事(大学の先輩達や社会で活躍している人々が登場)の運営に学生が直接的に関わることで「社会」や「仕事」についての意識を高め、自分の人生のスケジュールづくりを行うことを目的としている。実体験したことは、特設ウェブサイトで発信する。私も、学生への応援メッセージを定期的に発信する。特設ウェブサイトは9月中旬頃にオープンの予定(今日、ウェブデザイナーさんと打ち合わせをした)。
全学の進路指導委員会委員長である私は、実施担当者となるわけだ。何というか、巡り合わせとしか言いようがない。神様が、こういう厳しい時代にこういう厳しい役割が私にはいいだろうと与えたのだろう。
私の専門の研究と英語教育に加えて、全く素人の分野の仕事を並行して進めていかなければならない。酷だなあと思うけれど、やるしかない。まあ、実施内容の半分は、書類作成にあたってくれた就職課の部長さんに「これを入れて下さい」とかなり強く主張した内容なのだから責任がある。
奇しくも今日は七夕。願いごとをするならば、「ずっと健康でいられますように・・・」だなあ。
|
|
| 2009年7月3日(金) |
| Writing Lounge を学生に紹介 |
朝1限目から授業の日だったが、授業を少し早めに切り上げ、1年生を Writing
Lounge に連れて行った。Gさんに、Writing Lounge が何をするための場所であるのか、peer
tutors と呼ばれる先輩達がどんなヘルプをしてくれるのかを説明してもらった。私が説明するよりも、英語母語話者であり
English Lounge (Speaking Lounge) で顔馴染みのGさんが説明するほうがインパクトが大きいと思ったからだ。英語での説明だったということもあるが、学生達はGさんの説明に耳を傾けている様子だった。
「さあ、これから Writing Lounge をしっかり利用して下さいな!」と、私は心の中で叫んでいた。 |
|
| 2009年6月26日(金) |
| 後輩のKさんが来てくれた |
日本経済新聞社で英文編集デスクとして働いている、大学の後輩Kさんが私のゼミ(2年生)に来てくれた。「働くということ」についてお話してもらった後、事前にゼミ生から集めていた質問に答えてもらった。
Kさんは、まるで「バリバリ」と音が聞こえてきそうなくらいのキャリアウーマンである。私が学部生時代に所属していたゼミの後輩になるのだが、10年ほど前に恩師を通じて知り合った仲である。それ以来、何かとお願いすることばかりで、どちらが先輩なのかわからないほどだ。彼女は、猛烈に仕事が忙しいはずなのだが、いつ会ってもキラキラ輝いている。好きな仕事をしているからだとは思うが、ガッツなどという単純な言葉では済まされない何物かを持ちあわせているように思える。
夏休みに入ったら、新社屋になった日本経済新聞社にゼミ生と見学に行く予定である。 |
|
| 2009年6月24日(水) |
| 訓練終了(peer tutoring) |
5月から続けてきたライティングチューターの訓練が終わった。今日は、2人1組で
tutor-tutee のロールプレイをやった。2人のやりとり(セッション)を残りのメンバーがじっと観察しているのだから、当人達はかなり緊張しただろう。そして、コメントを出し合いながら、より良いセッションになるように皆で考えてみた。
今日で全ての訓練を終了した。来週(1日)の英語専任教員連絡会で報告をし、7月3日から
Writing Lounge での peer tutoring が始まる。いよいよだ。 |
|
| 2009年6月23日(火) |
| 名古屋は蒸し暑かった |
名古屋に日帰りで出かけた。覚悟はしていたが、名古屋はとても蒸し暑く、省エネモードで歩いているのに汗が噴き出てきた。用事を済ませてすぐに東京への帰途に就いた。
久しぶりに、名古屋駅にある高島屋デパートの地下で「天むす」を買って新幹線に乗り込んだ。そうだ、そうだ、新幹線に乗る前に、赤ワインを1杯、飲んだのだった。ふ〜うと心を和ませたい時に飲みたくなるようだ。 |
|
| 2009年6月21日(日) |
| 一応、本文だけは |
3月下旬に一応のデータ分析を終え(いったん終了とするという程度だったのだが)、それから約3か月、書くべきものを書き続けてきた、英語で。3か月という期間は短期間と言えるだろうが、私には長い長い道のりだった。
一通り、本文を書き終えた。まだまだなのだが、スタート地点に立つため、とにかくまとめてみた。いよいよこれからが勝負。しかし、少し休んでもいいでしょうか?特定の誰かに頼んでいるわけではないのだが、あえて言うなら、客観的に私を見つめている、もう一人の私に頼んでいるような気がする。少し休んだら、また動き出します! |
|
| 2009年6月19日(金) |
| 研究授業参観(2) |
今日は、都内の私立中学校へ研究授業の参観に出かけた。中学一年生のクラスで、習熟度別クラスでトップのクラスであった。もう英検準二級を取得している生徒もいるらしい。しかし、中学一年生というのは、かわいいなあ。
ちょっとしたハプニングはあったが、この研究授業も無事に終了した。終わった時に、ゼミ生のところに行って話をしていたら、ある男子生徒が「先生って誰?」と私に聞いてきた。「この○○先生を大学で教えている先生よ」と答えたら、???という顔をした。それで、「○○先生は、まだ大学生だけど、教員になる練習をするためにここに来ているの。私は、○○さんの大学での先生よ」と説明したら、「納得!」という顔をしてくれた。そして、握手を求められた。何だかよくわからない成り行きだったが、握手を交わした。
三人称単数現在を学習したところだった。ちゃんとわかったかな。授業の開始時に生徒達が起立して声をそろえて「お願いします!」と初々しく礼をする姿がとても印象的だった。その気持ちを忘れないで!―大学生になっても―
|
|
| 2009年6月18日(木) |
| SSLW 2009 採択通知 |
11月初旬にアリゾナ州立大学で開催される Symposium on Second Language Writing
2009 の事務局から口頭発表の採択通知が届いた。ものすごい数の応募だったに違いない。だって、締切3日前にアブストラクトを送信したら、受付番号が511だった。ということは、締切日にはアブストラクト投稿が殺到するだろうから、600件は超えていたのだろうか。採択倍率を知りたい。
それにしても査読者もすごい顔ぶれ。こんなシンポジウムを開催すると、来年はどういう企画にするんだろう? ちょっと心配になったりして。 |
|
| 2009年6月16日(火) |
| 研究授業参観(1) |
教育実習に出ているゼミ生の研究授業を参観しなければならない。ゼミ担当教員は、お世話になっている実習受入れ校を訪問しなければならないのだが(他の大学でも同じなのか?)、大学の授業のない日にしか出かけられない。
一時間目の授業が研究授業なので、午前8時45分までに越谷にある高校に到着していなければならなかった。午前5時半に起きた。ところが、人身事故で小田急線が午前6時過ぎから動いていなかった。これはもう研究授業ではない一般の授業を参観させていただくように予定を変更するしかないかなと思いつつも、いちかばちか、運転再開を待った。動き始めた最初の電車、つまり満員を通り越して生存も危ぶまれるような混雑状態の電車に運命を託した。午前8時に、訪問する高校に連絡を入れておいたが、研究授業には10分遅れで到着した。駅からのタクシーが問題なければ、もう少し早く着いていたのに・・・。→行き先を告げたら、タクシーの運転手は「初心者なのでカーナビを使わせてもらいます・・・あれ、入力方法がわからない・・・」と、あせあせ。 私は、「急いでいるんですけど、、、私が印刷してきた地図を見て行って下さい」とだけ言って、地図を渡し、無言になった(運転手さん!気持ちが動転していたのか、言い訳に近い言葉を連発していたけど、あれはいけない、プロの職業人なら。憤りを感じると私は無言になる)。すごいプレッシャーを与えたことだろう。
研究授業は、なんとか無事に終えることができた。指導をして下さっている先生とゼミ生、私の3人で授業の反省会をした。その後、校長室に通され、20分ほど校長先生とお話した。これは予定外というか想定外の出来事だったが、校長先生と意気投合してしまった。終わりよければ全てよしとしよう。
|
|
| 2009年6月14日(日) |
| ああ哀し |
週末にめいっぱい努力するしかない、自分のやるべき事をやっていたら午前3時になっていた。明日の授業の準備はしているが、進路指導委員会用の資料に手をつけていない。
口頭でも説明できることだが、月に一度の委員会ということもあって、資料があったほうがいい。もう眠くてしかたなかったのだが、「あなたは委員長なのよ!」という叫びが聞こえてくる。眠気と闘いながら、午前4時に資料が出来上がった。起床するまでに3時間もないんだけど・・・。ああ、哀し。
|
|
| 2009年6月7日(日) |
| 賑やかに応援すべし? |
あと2週間以内に形にしなければならない書き物があって、気は張っていても体調はボロボロである。この生活から一時的でもいいから抜け出したいと思う。4月にわかった体の変調は一向に改善しないが(むしろ疲れやすくなっている)、長いおつきあいになりそうなので、焦らないで体をいたわっていきたい。
天候が悪いことも多少は影響しているのか、このところ、「へこむ」ことが多い。隣りのM先生も同じだそうで、お互いに「精神的に元気になりたいね」と励ましあっている。二人とも、リーダー的な仕事に携わっているからかもしれない。リーダーなんて、所詮、孤独を避けて通れない役割だ。他の人の協力を真摯に求めているが、心のどこかではあきらめている感じがする。
就職の筆記試験を明日に控えている4年ゼミ生に、ゼミの連絡に加えて「静かに応援しているから頑張って」というメールを出したら、「賑やかに応援してほしいです!」と返信がきた。そうか、(短絡的な発想ではあるが)私には静か、、、へこんだ姿、、、は似合わないのだろう。賑々しく応援してあげよう! そうそう、peer
tutoring(トレーニング3回目)は、3日の5限目に実施した。 |
|
| 2009年6月5日(金) |
| 川越市インターンシップ |
川越市インターンシップの募集要項が届いたので、5限目の学部主催の行事「インターンシップ説明会」で3年生に紹介しておいた。
全学で3名しか送り出せないが、わが言コミからも多数の応募者が出てほしいと願う。
|
|
| 2009年6月3日(水) |
| 表参道―レストランにて |
午後8時に表参道のレストランで待ち合わせだった。国際関係学部4年生のHさんと一緒にえっちらおっちらと埼玉から東京の都心まで電車で移動した。
いわゆる報道関係のお仕事をしているベテランの方々と、初対面にもかかわらずお食事をしながらお話をするという機会は本当に稀有なことだと思う。あっという間に3時間が過ぎた。好奇心の強い私があれこれ質問をするので、報道関係者の1人である私の後輩が気を利かしてくれて、「Hさん、質問しなきゃ。それから、メモを必ず取るように」と言ってくれた。そうだなあ、3か月くらい前にこの会食が実現していたら、Hさんの就職活動の方法も変わっていただろうなと思う。
でも、今日の午後に設定した2時間近くの面接対策(S先生にお願いした)、そして今晩お会いできた方々とのお話は、Hさんの今後の行動や考え方を大きく変えるくらいの影響力があったのではないかと思う。
私は私で、自分の仕事に対する誇りと執着心、報道という枠の中でこれをやっていきたいというライフワークを、静かな語り口ではあっても熱い心で語って下さった方々を心から美しいと感じた。一生懸命に働いている人々は輝いている!ということだ。
|
|
| 2009年6月1日(月) |
| 卒業生が仕事帰りに |
午後6時半過ぎに、卒業生のKさん(言コミ第1期生)が私に会いにやってきた。珍しく仕事が早く終わったから来てくれたのだそうだ。昨年の暮れに大学の最寄り駅である「霞ヶ関」駅のプラットフォームで偶然出くわした時以来だ。彼女の職場の最寄り駅も「霞ヶ関」駅である。
元気に仕事をしている様子がわかり、とても嬉しかった。仕事で疲れているのにわざわざ寄り道をして訪ねてきてくれる気持ちを愛おしく感じた。1日の仕事が終わった時には、お互いに疲れており、いい顔をしていないと思うのだけど、そういうことはどうでもいいというわけだ(それでも、私は学生と会う時、特に自分のゼミの卒業生と会う時には化粧くずれもあまりないよう、自分のベストな状態でいたいとは思っている)。夕飯タイムということもあり、隣りのM先生も一緒に大学近くのレストランに行って食事を楽しんだ。卒業生の近況も少しではあるが知ることができた。
2004年に彼女に出会ってからもう5年が過ぎ、6年目を迎えている。これからもずっと繋がっていけるのかなあ。
|
|
| 2009年5月29日(金) |
| 終日対応には無理がある |
今日は朝1限目から授業。2限目に4年ゼミ生の卒論相談と教育実習相談にのり、午後からの3限目と4限目は続けて授業。そして、5限目には他学部の4年生が訪ねてきた。この4年生と話をしていたら、隣りのM先生から「長期留学生のIさんが来ていて、短い時間でもいいから研究室に来て!」と言われ、ああどうしよう・・・と悩んだ。
他学部の学生さんとの話はとても重要で、事前に予定していた面談だったので用件を終わらせるまでは隣の研究室には行けない。ちょっとペースをあげて話し合いをした。来週の水曜日の夜、この学生さんを連れていくところがある。日本経済新聞社に勤務している後輩が段取りをしてくれた会合(というより会食なのだが)に出向くのだが、その対策についてアドバイスをしていた。
その間にもなぜか電話がかかってくる。まいった。午後5時半過ぎに話し合いを終えて、隣りの研究室で待っていたIさんと話す。アメリカの大学での留学生活はとても大変であると語りながらも、彼女の成長が見てとれた。大人っぽくなったなあ・・・と思いながら耳を傾けていた。
ということで全てが終わったのが午後6時半頃。朝8時過ぎに大学に入って、休む暇もなく時間が過ぎて行ったことに気がついた。そして、ひとこと:こういう1日の過ごし方には無理がある! もうくたくただ! |
|
| 2009年5月27日(水) |
| peer tutoring (トレーニング2回目) |
昨夜、急いで課題のreadingをやり、今日の2回目のトレーニングに備えた。今日は、課題であった「Getting
Started」の章の内容に基づいて、予め用意した質問に対する各自の意見を交換しながら、peer
tutoring のセッションを始める時にどのようなことに注意する必要があるか、Writing
Loungeを初めて訪れる学生がどのような心理状態でくるのかといった内容をじっくりと討論した。
ちょうど長期留学先のウィラメット大学から一時帰国しているKさんにも参加してもらった。ウィラメット大学の
Writing Center での体験を話してもらった。
来週は、Gさんが不在の時間帯にトレーニングを実施しなければならなくなった。急遽、私が講師を務めることになった。Writing
Process と Common Errors についての勉強会になる。 |
|
| 2009年5月22日(金) |
| 新聞社見学プラン |
出身大学の後輩が勤務している日本経済新聞社の新社屋への見学ツアーを2年ゼミで計画している。後輩に問い合わせをしたところ、見学コースの設定や申込み方法に関して新聞社で検討中だそうだが、6月末くらいには見学が可能になるようだ。
7月末の定期試験が終わった頃に全員で出かけていく予定。ビジネス街である大手町界隈を歩いておくことも重要であると考える。
キャリアウーマンの後輩には、6月に1度、ゼミに来てもらうという話も同時に進めている。楽しみだ。 |
|
| 2009年5月20日(水) |
| peer tutoring (トレーニング開始) |
授業が入っていない2限目に Writing Lounge に集合し、peer tutoring のトレーニングを開始した。tutoringの模擬体験はトレーニング期間の後半に予定している。今日、みんなで討論した内容は以下の通り。Gさん(英語母語話者)が講師で、peer
tutoring 自体も英語を使用言語とするので、トレーニングも英語で行っている。来週までに
reading の課題が出た!
1) What do you think is a tutor's job?
2) What are your feelings about tutoring?
3) If you were going to be tutored for the first time, what would you like the tutor to do?
4) Do you think tutors should have all the answers to students' questions?
5) What do you think are some of the common mistakes that EFL writers make?
6) What are some characteristics of a good tutor?
|
|
| 2009年5月17日(日) |
| 発表概要をまとめる |
| 神戸で開催された先月末の学会で司会進行役を務めたが、それには、このセッションで行われた研究発表と実践報告の概要をまとめるという仕事もついてきた。昨日と今日で概要をまとめ、ファイルを事務局に送信。これでひとつ身軽になれた。 |
|
| 2009年5月15日(金) |
| 就活の?? |
昨夜、大学の職員Tさんから自宅に電話がかかってきた。「明日、文部科学省に応募書類を提出します」という連絡をもらった。提出にこぎつけることができて本当に良かった。胸を撫で下ろした。採択になるといいなあ。
今日は金曜日なので朝1限目から授業。4限目の授業が終わると、声は枯れているし、体がふらふらしている。授業に入魂しすぎなのかもしれない。午後に埼玉県の企業が20社近く大学に来てくれて面談会を開催していたこともあり、その面談会に参加した4年ゼミ生が5限目に私の研究室を訪ねてきた。今年の就職活動はやはり厳しいようで、彼女達の顔に疲れが出ていた。
彼女達は、この厳しい試練を乗り越えていかなければならない。就職活動を終えた時には精神的に大きく成長していることだろう。その日が来るまで、彼女達の静かな(騒いではいけない)応援団長であり続けたい。
4月下旬に学会で神戸に行った帰り、新神戸駅の本屋さんで購入した『就活のバカヤロー』(光文社新書)を一気に読んで納得することが多かったのだが、先生方にも是非目を通していただきたいと思った。また、文庫本『仕事力 白版』(朝日文庫)は、入手困難な状態だったが、ここぞと思った書店に電話をしたら在庫が2冊だけあったので、2冊とも購入した。『仕事力 青版』のほうを2冊購入してくれた知人がおり、一冊ずつ交換する予定だ。
|
|
| 2009年5月11日(月) |
| 空回りしてしまうのだろうか・・・ |
今年度初めての○○委員会を開催した。どの委員会でも同じことが言えるのだが、女性教員の割合が低い。というか、ほとんどいない。性別を気にするわけではないが、こういう男女比率のなかで委員長を務めるのは心理的に大変な面がある。正直、男性も同じような立場になったらどう対処するのかと思うことがある。
私は、出身大学こそ女子大だが、高校のクラスでは女子学生が4人しかおらず、また仕事では男性が圧倒的に多い職場で働いてきた。男性に囲まれるということに違和感を感じたりはしないのだが、これまでの環境と異なる点は、同じ方向を見ているかどうか、あるいは見ようとしてくれるかどうかという点だ。まあ、初めての会合だし、月に一度の会合で所属学部の違う先生達とどういうチームワークを築いていくかはこれからの課題ではあるが、(最近の体調も影響してか)重い荷を背負っている感がする。
と言いつつも、深夜2時頃まで文部科学省への応募書類(4月末に募集案内が出た「あれ」ですよ:テーマB)の案に目を通しながら、あれこれ考え、修正案をメールで関連部署に送信する自分に、自分ながら「男前」を感じずにはいられなかった(笑)。
|
|
| 2009年5月8日(金) |
| 連休だったの? |
4月29日も5月6日も祝日ではなく授業が行われたため、連休という感覚がまるでなかった。噂によると、世間では16日間の大型連休を取得できた人がいたらしい。私の今の状況からすれば、16日間もお休みがとれれば嬉しくてたまらないのだが、叶わぬことをあれこれ言っても仕方がない。
それにしても、両日とも学生の出席率が100%に近かったというのが驚きである。不満を漏らすこともなかった。(偉いなあ・・・。私は不満だらけ。)
5月に入り、緑がまぶしい季節になった。でも、気温の差が大きく、暑かったり肌寒かったりで、いまひとつ元気が出ない。ストレスを感じないようにのんびりとした気持ちでいるように心がけているが、このような気持ちでいようとすると逆にストレスが生じるみたい。
|
|
| 2009年4月29日(水) |
| Writing Lounge: キックオフミーティング |
関係者全員が空いている時間ということで、2限目に集まり、peer tutoringに向けてのキックオフミーティングを行った。今日は祝日だが、祝日であっても本学は平常授業になっているのだ。来る5月6日も然り。
さて、Gさんが用意してくれた資料をもとにして、4年生4人に対して peer tutoring
の定義や意義、方法、そして今後の訓練計画について話し合った。英語で打ち合わせをしたほうが効率的である気がしたのは私だけ?
5月第2週から、4人一緒に peer tutoring の訓練(10時間)に入る。今日は、4人とも神妙な顔をしていたが、初めて挑戦する「仕事」に不安と期待でいっぱいだろう。そもそも、peer
tutor にならないかという我々からの誘いに、「やりたい!」と手を挙げてきた4人はすごいと思う。この新しい「航海」に向けて、我々の船にためらいもなく乗り込んできた4人の勇気に拍手を送りたい。 |
|
| 2009年4月25日(土) |
| 英語コーパス学会 |
あいにくの雨だったが、午前中のワークショップは教室に入りきれないほどの盛況ぶりだった。早めに申し込んでおいてよかった。なるほどと思いながら、ワークショップの内容を楽しんだ(教えてもらう側っていいなあ)。
午後は、2室に分かれての研究発表とシンポジウムが開催された。私が司会を担当した第二室では、2件の研究発表と1件の実践報告が行われた。発表者の方々の周到な準備のおかげで、時間をオーバーすることなく終えることができた。
シンポジウムでは、いつものことながらI先生とT先生のプレゼンテーション能力に感動した。どのようなストーリーでどのように語ると、聴いている人達に大きなインパクトを与えられるのか、緻密な計算がなされているような発表だった。 |
|
| 2009年4月24日(金) |
| 神戸へ移動 |
朝から電車が止まり、1時限目の授業にぎりぎり間に合った。案の定、学生も授業に遅れてやってくる。このところ、電車が止まることが多い。こういうのも全てストレス源になる。
4限目の授業が終わるやいなや、神戸に向かった。大学の最寄り駅から出発したのは午後5時過ぎで、神戸のホテルに到着したのは午後10時半を過ぎていた。新幹線の中で、明日の英語コーパス学会で発表される3人のハンドアウトをじっくりと読み、質問が出なかった時、自分が質問するため(司会者の重要な役目?)に予習をするつもりでいた。ところが、午前4時半起きで睡眠時間が少なかったため、読み始めたらロダンの「考える人」の像のように体がかたまってしまい、そのまま深い眠りに落ちた。
格安で予約がとれた「ホテルオークラ神戸」で、予習をするはめになった。とても眺めのいいお部屋を用意してくれたので、ちょっとハイな気持ちになり、(ワインを飲みながら)ハンドアウトを読ませてもらった。 |
|
| 2009年4月16日(木) |
| ストレス過剰だそうだ |
この時期に定期検診を受けるようにしているので、病院に行った。受付をしてから検査結果を聞くまでに2時間かかった。それでも、いつもよりは混雑していなかった。特に問題はなく、また一年後に来て下さいと言われた。
ちょっと気になったのが、私をずっと担当して下さっている先生がこの一年で痩せたように思えたことだ。だからといって、理由を聞くわけにもいかない・・・。仕事に差し障りのない曜日と時間を設定して下さっているくらいだから、他の患者さんにも可能なかぎり診察が早く終わるように心配りをされているに違いないはずで、そのための気苦労のせいかも。
定期検診は問題なかったが、3月あたりから気になることがあったので専門のクリニックで診てもらった。「これは長期戦になります」と言われた。書籍で調べると「難治」と書いてある。原因は、ストレス過剰だそうだ。もちろん生命にかかわるものではなく、主人と笑い話で話せるほどなのだが・・・しかし、あんまり笑うな、ダンナ! 私は、教壇に立てなくなる日がくるのだろうか・・・と考えずにはいられないほど真面目なのだ。
でも、落ち込んではいられない。自分の体に起きた変調をうけとめて、自分で解消していくほかない。日々の生活スタイルに体がついていっていないことがわかったから、改善していかなければならない。 |
|
| 2009年4月10日(金) |
| 新刊書をいただく |
| 新刊書『慣用連語とコロケーション』(くろしお出版)をいただいてしまった。 |
|
| 2009年4月9日(木) |
| 新年度早々に疲労困憊 |
3日間連続の作業・ガイダンスに疲れ果ててしまった。
4月7日 プレースメントテストのスコアに基づいて新入生の習熟度別クラス編成作業(単純作業とはならない)。→エクセルファイルを駆使して配布資料作成へ。
4月8日 午前:新入生クラス分け発表と説明 午後:新3年生ガイダンス
4月9日 午前:新入生と新2年生の合同ガイダンス(+演習別ミーティング) 午後:新4年生ガイダンス(+演習別ミーティング
特に、今日は大変だった。午前の部と午後の部に時間的余裕が全くなく、演習別ミーティングのために予約しておいたショートケーキをお店に取りに行けないかもしれないと焦った。が、何とか買えた。そのケーキ屋さんが大学正門前にあってよかった。
|
|
| 2009年4月3日(金) |
| 新年度―桜日和 |
入学式が行われた。予定通り、新入生の前で挨拶をし、大講堂に移動して父母の方々の前でも挨拶をした。
それぞれの挨拶文は、昨日の午後に作成した。2,500字程度のものを二種類用意したのだが、研究論文と違い、こういう文書ならさくさくと書ける。夕方頃に主人に添付ファイルで送ったら、あろうことか、新入生用の文面の一部に赤で修正が入った。やはり修正案のほうが優れていた。主人は若い頃、記者から上がってくる原稿のデスクをしていたことがあるが、その経験が活かされたのかも?
新入生の前で話すのは少し緊張したが、父母の方々の前でお話するのは、、、私は変わった人間なのかもしれない、、、とても気持ちがよかった。
|
|
| 2009年3月28日(土) |
| Symposium on Second Language Writing 2009 |
SSLW2009での研究発表申込み締切は4月30日である。あと約1か月。おととい、Gさんと投稿アブストラクトの内容について相談した。アブストラクトの最後の部分をどう締めくくるかという点だけが課題だったが、何とか形になってきた。
Gさんと打ち合わせをしていて強く感じたことがある。「Gさん、覚悟ができているな。」
今までお互いに口に出すことはなかったが、"We are in the same boat."であることがわかった。始めないと何も始まらない。つまづいてもそれは失敗ではなく、また起き上がればいいだろう。
さて、Gさんが投稿するアブストラクトは出来てきた。私のは?大学での仕事とは別の大きなプレッシャーを抱えている中でどうしたものか。まだ1か月あるから、おいおい考えていくことにしよう。Gさんが打ち合わせの最後に日本語で言ってくれたことばが私の気持ちを少し楽にしてくれた。「仕方ないね、挑戦している人なら誰もがやっていることだから。」 |
|
| 2009年3月24日(火) |
| 入学式と父母総会での予定 |
大学から郵便物が届いた。内容を見て驚いた。文面を読んでわからない個所があったので大学の事務局に電話を入れると、私からの問い合わせを予想していたらしく(しかも怒って電話をかけてくると予想していた感がある)、緊張している感じが電話越しに読みとれた。
4月3日に2009年度の入学式が行われる。その入学式後に、新入生にまず進路指導委員会の委員長としての挨拶を10分間程度、その後に父母総会の会場に移動してそこで10分間程度の挨拶をしなければならないのだそうだ。4月1日に委員長就任予定なのに、すぐに挨拶か。この不況の最中、就職に関して段々と株主総会に向かう社長のような気持ちになっていくに違いない。
*就活関連の記事を見つけたら印刷またはコピーしてファイリングしていくことにした。今まで経験したことのない対応(大学としての対応)を考えていかなければならないかもしれないからだ。
やっぱり私は過酷な運命を背負っているようだ。でも楽しむくらいの気持ちで臨もう、そうでないと潰れてしまうから。
|
|
| 2009年3月22日(日) |
| いい加減、机から離れたら? |
今日もReading Strategies科目のコーディネータとしての仕事を自宅で行った。7クラス分のウィークリー・シラバスを学年歴と照らし合わせながら作成し、それぞれの担当教員(私を除いて全て非常勤の先生方)にメールで送信した。習熟度別クラス編成なので、使用する教科書がクラスで異なるため、各教科書を見ながらどこの章を扱うかの情報も入れ込まなければならない。さらに、初回の授業で配布するクラス別の単語リストも作成し、送信した。送信したファイルの内容を確認してもらい、問題がなければ、クラスごとに学生の人数分をコピーして先生方のメールボックスに入れておかなければならないのである。それでも、今回はまだ楽なほうだ。昨夏(後期の授業用)は12クラス分あった。
この作業と同時に、4月末に神戸大学で開催される英語コーパス学会で司会をするのに必要な仕事のため、関係者にメールを送信した。司会を依頼される時に前もって連絡しておいてほしかったと思う仕事であった。
1日中、自分の部屋で机に向かっていたため、夕方頃、主人に言われた:「いい加減、仕事をやめて机から離れたら」
そう言われて、「そうね、あ、ちょっと待って、教務課にメール1通出しておかないと。」
過酷な運命を背負っているのだろうか、私は。 |
|
| 2009年3月20日(金) |
| 卒業式 |
午前中はあいにくの雨模様だったが、午後からは雨が止んだ。今日の卒業式で、言コミ2期生が社会に巣立って行った。
4年生のゼミを担当していなかったので、卒業式が終わると研究室にそそくさと戻り、仕事に着手した。英語スキル科目(Reading
Strategies科目)のコーディネータなので、初回の授業で6クラス同時に使用してもらわなければならない資料を準備し、さらにWriting
Strategies科目のコーディネータの先生と新年度のクラス分けに関して作業を行った。卒業式の日に味わえるはずの「しみじみとした感じ」に浸る余裕もない。
謝恩会に顔を出したが、こちらも早めに会場を後にした。そうしたら、卒業生から「写真が撮れなかったから、月末までの間に研究室に行きたい」とメールが届いた。ごめんなさいね、学生につかまらないように会場を出てきてしまったから。 |
|
| 2009年3月15日(日) |
| 言語研究と統計2009 |
昨年に引き続き、今年も広尾にある統計数理研究所で開催された「言語研究と統計」に参加した。目の前にある有栖川公園の桜は、残念ながらまだ開花していなかった。
この会に参加するたびに、数多くのことを学んでいる。個人的に気になった点・覚えておきたい点だけを記録しておこう。
(1)コロケーション抽出に関わる研究で既存の構文解析器(parser)を使用しているが、解析の精度はどのくらい?曖昧性解消で昔から問題とされてきた「動詞+名詞句+前置詞句」はこれでひとまとまりで対象パターンとして抽出しているのか?(前置詞句が動詞に係るのか、あるいは直前の名詞に係るのかの判断は難しい)
(2)Graded Readers を英語学習者のライティング指導に繋げられるかもしれない(高見先生のご発言)。
(3)英語母語話者が書いた英文か英語学習者が書いた英文かを判別するツールで盛り上がった。→甲南大学の永田先生が開発されたツールがあるよ:母語話者/非母語話者の英文判別ツールと英語母語話者/非母語話者の特徴表現抽出ツール等。
(4)特徴表現を、語彙から品詞や構文レベルに汎化して捉えようとするアプローチが興味深い→昔、開発した英文アブストラクト支援ツールを思い出した。特徴表現抽出を行って搭載したわけではないが、目指している(「いた」と過去形かな)ところは同じかも?とふと思えた。
最後に、研究会の後に広尾にあるワインショップ「エノテカ」のお店に行くか、あるいは懇親会に行くか私が悩んでいたのを知って、懇親会のお店選びに気を遣って下さった(これは後でわかったことだけれど)関係者の方々に感謝の意を表したい。 |
|
| 2009年3月13日(金) |
| Congratulations, N-kun. |
現3年のゼミ生から嬉しい知らせが届いた。アパレル業界の有名企業から内定をゲットした!というもの。やったあ!
深刻な不況の最中にあって現3年生達の就職活動は今まで以上に大変だろうなと心配している。そんな不安を吹き飛ばしてくれるような吉報だった。実は、Nくんは、面接が進み始めた頃から結果を逐一報告してくれていた。少し間があくと、ネガティブなことをついつい考えてしまいがちだった私を許してほしい。Nくん、本当におめでとう。 |
|
| 2009年3月12日(木) |
| 落ち着かない1日 |
大学に行くと、新刊書が届いていた。知り合いのYさんによる『ロジカル・シンキングの道具箱』(日本実業出版社)という書籍であった。論理的に物事を考えるのが苦手な人、上司から「やり直し」をよく言い渡される人、ロジカル・シンキングの実践法を知りたい人にオススメだそうである。ぱらばらとページをめくってみると、面白そう。エレベータートーク?先日の藤田先生によるFD講演会でペアワークの最初にやったことって、エレベータトークではないのか。
その後、あたふたと会議に出るものの、落ち着いていられない。庶務課から研究室に台車で運び入れた「胡蝶蘭」を、会議が終わるまでに会議室脇に持って来ておく必要があった。この胡蝶蘭の梱包は、予想以上に大きく、まるでマジックショーで使われる「魔法の箱」のような大きさをしていた。この胡蝶蘭を、会議終了時に、来年は研修でご不在となるH先生に贈らせていただいた。ちょっとしたサプライズであった。
会議が終わるやいなや研究室に戻り、次の準備に取りかかる。渡すべきものを持って、急いで研究室を出た。会場は、大学近くのお寿司屋さんだった。他の先生方も時間通りに次々と集まって下さった。一同揃ったところで、今夜の主賓を待った。A先生が、それなりの理由をつけてH先生を連れてきて下さった。じゃ〜ん、H先生がふすまを開けると・・・。学生のようなノリで申し訳ないと思っていたが、サプライズ宴会を用意していた。H先生に宴会のことを前もってお伝えすると、気を遣われて来てもらえないのではないかと考えた末の企画であった。久しぶりの宴会の幹事役で、要領を得なかったと思うが、なんだかとてもほんわかした気分で楽しかった。A先生をはじめ、多くの先生方にご協力いただいて感謝、感謝!
宴会の後に、胡蝶蘭の箱をH先生のお部屋に台車で運び、梱包を解き、飾ったのだが、産地(大分産)直送の胡蝶蘭は、ただならぬ存在感を漂わせていた。 |
|
| 2009年3月10日(火) |
| Congratulations, Y-san. |
昨年4月に社会に巣立って行った女子学生。その彼女から約1年ぶりにメールが届いた。契約社員として就職したのだが、正社員への登用試験に合格したという素晴らしい知らせだった。私にわざわざメールで知らせてくれたこともすごく嬉しかった。
大学に入学した時から卒業後の進路を決めていたYさん。希望の業界が狭き門であることを承知しながら、就活はその業界一筋に頑張り続けた。現在の職場では女性が彼女しかおらず―それまで女性が配属されることのなかった部門らしい―体力的にきついと書いていたが、「今は目の前の仕事を一生懸命こなすだけで精一杯だけれど、いつか、自分がその部門に配属された理由がわかるのでしょうね」と締めくくられていた。
|
|
| 2009年3月8日(日) |
| 言語処理学事典はいつ出版されるのか |
一時流行った新書の題名のように、このごろの日記のタイトル、最近やたら長くなっているかな。
先週開催された言語処理学会全国大会には参加できなかったが、一昨年前から進められている『言語処理学事典』はいつ出版されるのだろうか。言語処理学会創設15周年記念ということだから今年度中か?
私の担当は「外国語教育支援」という小項目で2頁しかスペースがなかったが、網羅する内容を考えると、全体ではものすごい分量の事典になるんじゃないかと思う。価格は○千円レベルに設定できるのかしら。でないと、買ってくれる人(組織?)が限られてしまう。
|
|
| 2009年3月6日(金) |
| エラー記述がやっと終わった |
61名の英作文に対するエラー記述がやっと、やっと、やっと終わった。もうやりたくない!(率直な気持ち)
遅れに遅れている作業だったが、追われる時間の中できちんと記述する作業は「修行」そのものであった。他の切羽詰まった大学の仕事を短時間で片づける工夫をしながら、時間をつくってきた。しかし、どんなに頑張っても1日に6つの英作文に対してしか出来なかった。それも最初のうちは4つが精一杯だった。空いた時間を全て注いでも(本を読みたくても諦めるしかない;外出も食事の材料を買いに出るだけ;太陽を浴びることがほとんどない)。
夜中に61番目の記述が終わった。分析はこれからだが、とにかく記述は終えた。ちょっと嬉しくて、「寝たくない」という気分になった。が、明日は非常勤の先生方との顔合わせ会が開催される日。渋々、寝ることにした。 |
|
| 2009年3月3日(火) |
| FD講演会 |
法政大学の藤田哲也先生による初年次教育に関する講演会、というかワークショップが今年度の本学FD講演会として開催された。以前からずっと楽しみにしていた講演会だ。藤田先生にお会いするのは今回で3回目となる。本学にいらっしゃると知った時には実はとても驚いた。
講演会後に先生に挨拶をさせていただいた(11月末の初年次教育学会の時には簡単な挨拶しかできなかったため)。藤田先生から、「たくさんうなづいて下さってありがとうございました」と言われた。「えっ?!」と思った。私にはうなづいているという自覚がなかったからだ。講演者である藤田先生が気がつくほどの大うなづきをしていたのか。前の方に座っていたことは確かだが。
今年度、最も集中して聴いたお話は藤田先生のお話だったと思う。
|
|
| 2009年2月25日(水) |
| 「何やっているんだろう、私」と思った瞬間 |
徹夜になった。夜明けのコーヒーを飲みながら思った:何やっているんだろう、私。
大学に提出する資料を1日だけで作成する、できなければ提出を断念すると事前に決めて着手した。締切は27日だが、大学に出る日に提出したかった。しかも事情があって時間はかけられない。今まであまり真剣に考えていなかった内容を、たった1日で書きながら考える、考えながら書くということをするわけだから無茶だよね。明け方に出来上がった。提出することになったわけだ。自分のためではあるんだろうが、一番の動機は自分のためにあるわけではない。
主婦としての仕事もちゃんとやっているつもりだ。でも、やるべき事をやったら自分の部屋に閉じこもる生活―いえ閉じこもらないとダメなんです、どうしても―をずっと続けている私。こんな私と一緒に住んでいる家族はたまったものではないだろうなと実は申し訳なく思っている。態度に表れていないかもしれないけど。それでも、有難いことに、主人は通信販売「ハマルカレー」とゴルフにはまっていて私には何も期待しないで暮らしている(のではないかと思う)。
|
|
| 2009年2月18日(水) |
| 仕事多すぎ |
内容についてはここに書けないが、なぜこんなに仕事が多いのだろうか。成績を出したと思ってホッとしている間もなく、次から次へと仕事が入ってくる。年度末の処理、そして新年度の準備もあるから仕方がないと言えばそれまでだが、やった仕事が本当に活かされているのかどうかを考えると疑問である。仕組みとして出来上がっていることでも、「望ましい」ではなく「それが教員(あるいは大学)側にとっても学生側にとっても絶対に必要なものなのか」を再検討してもらいたい。
こういう既成の事柄を変えていくのに必要なエネルギーの方が格段に大きいことはわかるが・・・。 |
|
| 2009年2月14日(土) |
| Y先生、N先生 |
3月末で定年退官されるY先生(東洋大学)を送る会への案内状をいただいた。あいにく3月15日は、「言語研究と統計2009」に参加する予定にしているため、参加がかなわない。Y先生は、私が企業で働いていた時の上司であった。ここ数年お会いする機会がなかったので参加したかったが、かわりに企業時代の元同僚とメッセージを送ることにしよう。
今日、インターネットのサイト(MSN産経ニュース)で、私の心のボスであるN先生の記事を見かけた。記事によると、N先生が科長を務める学校では、小学4年生で週1時間、5、6年生で週2時間の英語の授業が行われ、6年生の学年末には2人1組で3分間ほど英語でスピーチをするそうだ。3分間のスピーチというのは、大学生(つまり大人)でも簡単なことではないのに。
たくさんの可愛い小学生に囲まれ、N先生が目を細めておられる姿が目に浮かぶ。そして、おそらく、(少ない)ご自分の時間を持たれた時、厳しい理論言語学者に戻られるのだろう。だからこそ、ずっと私の心のボスなのである。 |
|
| 2009年2月9日(月) |
| 書類提出のみで大学へ |
今日が提出締め切りの書類を昨夜遅くに作成して、提出するためだけに大学に出向いた。書類は、人によると思うが、私の場合には3時間くらいかけて出来上がるものだ。しかし、文書作成に入る前に、数点に及ぶ論文を読む時間が必要であるため、それだけ時間のかかる仕事だった。先週の土曜日に提出したかったのだが、論文読みが終わっていなかったために出来なかった。
提出してすぐに大学を出ようとしたところで、ある職員さんに遭遇した。「お疲れみたいですね」と声をかけられた。
なぜそう思われたのか。実際のところ、疲れていたことは確か。でも、それはいつものことで、、、おそらく普段は大学に着てこないロングスカートに白いブーツだったからかもしれない。なんとなく動きが緩慢な感じがしたのかも。しかも、上は白いファー付きダウンジャケット。防寒対策もばっちりモードであったから?!
|
|
| 2009年2月8日(日) |
| 春めいた陽ざしの中で |
久しぶりにMさんと二子玉川で会った。昨年3月に二人で行ったイタリアンレストランで少し長めのランチをいただいた。大変な生活をおくっているMさんだけど、そんなことを感じさせない。Mさんには強い優しさがあるみたい。
まぶしいくらいの陽ざしを浴びながらワインとピザを食した。こんなゆったりとした気持ちで休日の時間を過ごすのは久しぶりだなあと思った。しかも春の気配を感じながら。大げさかもしれないが、「人間らしい時間を過ごしている、私」とまで思ったほどだ。
和楽紅屋で買った桜カステラとバレンタインチョコをMさんのご主人に! |
|
| 2009年2月6日(金) |
| 乗り越えなければならない時―学生も私も |
3年ゼミ生の1人から、某テレビ局の書類選考をパスしたという連絡をもらった。12日に第一次面接があるらしい。
就職活動に関して、今の私はただただ静かに遠くからゼミ生を応援しているだけだ。テレビ業界の就職対策については何も知らないと言える。思い切って、大学の後輩のKさんに助言を求めた。新聞社の編集委員という多忙きわまりない生活をしているのに、Kさんから「すごい!」としか言いようのない情報が届いた。ほんとうに有難い!→ゼミ生に転送。
こんな時代の大学教員だから、、、就職支援に結びつくかもしれないと思うことを3年ゼミの前期に取り入れてやってきているが、正直なところ、何を指導すればいいのかいまだによくわからない。指導するようなことでもないだろうという気もしている。どのみち、学生が自ら直面して乗り越えていくべきことだから。それでも、「応援しているんだよ!」という気持ちを学生に届けたいと思い、迷いながら行動している。
|
|
| 2009年1月31日(土) |
| 卒論発表会 |
昨夕、名古屋から戻ってきて、疲れがとれぬまま、卒論発表会の日を迎えた。不思議なもので、東京にいない時に限って、○○委員への依頼メールが届いていたりする。しばらくは何も引き受けないようにしないといけないため、心を込めてお断りの連絡を入れる。
午前中、ういろうを食べながらWriting LoungeのGさんと打ち合わせをした。Gさんからは、「無理をしないように」という優しい言葉をかけてもらったが、可能な範囲で準備を進めることにした。
そして、午後、卒論発表会が開催された。「とても緊張した」とは言っていたが、Sさんの出来映えは素晴らしかった。発表のペースを見ながら、持ち時間の半分あたりで「もう少しゆっくり」か「もう少し早く」というメッセージを出す予定にしていた。でも、この2種類のメッセージのいずれも必要なかった。急遽、「Good!」というメッセージを紙に書いて、さりげなくSさんに見せた(少しニコッとしたような)。続いて、Sさんだけでなく、後続の発表者にも見せた。
今回の8人の口頭発表者には大きな拍手をおくりたい。ポスター発表をしてくれた4年生と卒論発表会の準備と運営に携わってくれたSDC(Student
Development Committee)のメンバーも拍手、拍手!
|
|
| 2009年1月30日(金) |
| なんとか終えた |
今日の午後、ここ1か月間、目が回るような忙しさで仕事と同時に進めてきた重要なことを終えた。毎日の生活が慌ただしいためか、自分が地面に立っていることすら実感が持てないでいる日々のなかで、「この程度なのか」と自責の念を抱きながら、やるべきことをなんとか終えた。
実は、「終えた」というのは正確な表現ではない。ひとつの区切りであって、ここからまた試練の道が始まる。 |
|
| 2009年1月29日(木) |
| 落ち着きのない試験委員 |
アルバイトをしてくれていたSさんの卒論発表の準備に協力することになった。自分のゼミ生ではないため(今年度は4年ゼミを担当していないので)少し躊躇する気持ちはあったが、Sさんの一生懸命な姿勢に心を打たれた。
Sさんは、パワーポイントのスライドが出来た頃に試験本部にいる私のところに来た。本部内に学生を入れることはできないため、教務課の人に連絡をして、少し離れたところで時間を計測しながら口頭発表のリハーサルをした。直すべき点など相談した後、30分後に再び私のところに来るように言った。本当に素直なSさんで、30分以内にスライドを修正した上でやって来た。そして、私達は本部近くで、再度、時間を計測しながらリハーサルをした。30分しかたっていないのに、かなり改善されていた。この後、私は仕事を終えて名古屋に向かう必要があったため、Sさんには金曜日の夜と本番の土曜日の朝に1回ずつ練習するように伝えた。
本部近辺にいるとは言え、出たり入ったりの試験委員で申し訳ないと思った。しかし、本来の業務に関連して何事も問題が発生しなかったというのは有難かった。
|
|
| 2009年1月26日(月) |
| Yさん、Sさん、ありがとう! |
午前中に4年生のYさんとSさんが研究室に来てくれた。ここ2、3か月、私の研究や仕事のお手伝いをしてもらっていたが、今日が最後だった。ささやかな謝礼金を払い、予め準備しておいたサンドイッチを3人で食べて全てが終了した。彼女達は3月には卒業して社会に巣立つ。ちょっぴり淋しい気もするが、それぞれが進んでいく道を応援したい。
午後からは、試験委員という業務があったので試験本部につめた。商学部でマーケティング関連の科目を教えておられるN先生に久しぶりにお会いしたので、この機会を逃すまいと私の3年ゼミ生の卒論テーマに関して相談させていただいた。ブランドに関する研究テーマなのだが、N先生からは「消費者行動論」の書籍を読むことを勧められた(内容を消化するのに2年はかかると言われたが)。こんなふうに、英語教育とは全く異なる分野の先生方とお話をすると、何だかワクワクする。 |
|
| 2009年1月17日(土) |
| センター入試 |
昨夜はホテルに宿泊し、センター入試初日の試験監督に臨んだ。朝7時に同僚のMさんと川越市駅にあるスタバで軽い朝食をとり、大学に向かった。監督要領に目を通しておく必要があったため、睡眠時間は4時間を切っていた。
朝8時20分に集合し、無事に解散になったのは午後7時過ぎであった。ゆったりとした休憩時間のない監督業務だったせいか、腰痛が再発した。しかし、試験監督の教員もさることながら、長い時間におよぶ試験のため受験生の疲労はかなりのものだろう。 |
|
| 2009年1月11日(日) |
| Best wishes to CECL Team |
昨年のクリスマスに、ルーベンカトリック大学(ベルギー)のGranger先生率いるCECL(Centre for English Corpus Linguistics) Teamから新年に向けてのメッセージを電子メールでいただいていたので、年末にグリーティングカードを郵送した。
今日、Granger先生から電子メールが届いた。このメールには、CECL Teamがクリスマスパーティを開いた時に撮影した写真が添付されてあった。新しいメンバーもいるが、ほとんどのメンバーは4年前にサマースクールに参加した時にお会いした人達である。全員が女性で、まるで女性版石原軍団のようでもある(笑)。Fanny
Meunierさん、Sylvie De Cockさん、Gaetanelle Gilquinさん、、、皆さんの声が聞こえてきそうだ。
いつか、まとまったお休みがとれる時にでも、CECL Teamの皆さんに会いに行きたいなあ。。。何かお土産になるような研究成果を携えて。 |
|
| 2009年1月9日(金) |
| 今週の授業―ヘビーだった! |
5日、小学生よりも早く、年明けの授業が始まった。いやあ、今週の授業は、定期試験の範囲まで終わらせておくという「使命」、語彙サイズテストの結果を返して説明、コメントをつけてレポートを返却、、、と、準備と実施にめまぐるしく追われた。
あと1日早くDVDが届いていたら「心理言語学」の授業で見せられたのに・・・。『Secret
of the Wild Child』というタイトルのDVDで、Genieの言語訓練にまつわるドキュメンタリー番組(今から10数年前に米国で放映されたもの)を収録したものである。リージョンコードを調整すれば、自宅のパソコンでも見ることができた。映像を通してであるが、初めてGenieに「会った」。切なさが残る、そして考えさせられることの多い内容だった。この番組のことは、お正月に読んだ『言語と思考を生む脳』(東京大学出版会)の馬塚れい子先生が執筆されている章の中で知った。番組のスクリプトは次のウェブサイトに掲載されている。→
http://www.pbs.org/wgbh/nova/transcripts/2112gchild.html |
|
| 2009年1月3日(土) |
| 新年を迎えて |
新しい年を静かに迎えた。東京では穏やかなお天気が続き、気持ちも和んだ。新しい1年を過ごすにあたり、自分自身のためのキーワードを「自愛」に決めた。健康にもっと気を遣う必要があることを昨年暮れに痛感したからだ。
今年の前半は、今までとはちょっと違う、もっと切羽詰まった挑戦をしなければならない。そのためにも「自愛」は大切な要素である。自信なんていうものは、こつこつと努力して積み上げて行かなければ持ちようがないのだから、現在の私には挑戦をやり遂げる自信はない。やっていくだけ。
私の心のボスであるN先生からの年賀状を読むと、住宅地にある最寄りのバス停から、何曜日の何時のバスに乗ればご一緒できるかがわかった。この2年お会いしていないけど、同じ住宅地に住んでいるからだ。朝6時20分発のバスなので、お会いしてお話したい気持ちはとても強いが、相談事になってしまいそうな気がする。そうではなくてgood
newsをお伝えする時にお会いするほうがいいだろう。それとも、顔を見せるだけでもいいのかな。
親戚や知り合い、友人から年賀状をもらい、元気で暮らしている様子を知り、嬉しく思った。日々の暮らしのなかでやりとりをする機会がほとんどなくても、一年に一度、weak
tiesを感じて励まされるのは素晴らしい。
|
|
| 2008年12月30日(火) |
| 今年一年を振り返って |
昨日の午後、S先生とSkypeを使って大切な相談をさせていただき、来月末までの
To Do を決めた。これで今年やるべきことは終わりかな。年賀状は3日に分けて書き、最後の束を昨夜投函した。大掃除はできなかったが、掃除はちゃんとやった(つもり)。
でも、なぜかやり残した感があり、腰の湿布を取り替えて、短い論文を読んだ。それで気持ちに新たな変化があったわけではないが、静かに大晦日を迎えようとしている。
今年一年の反省点は、仕事を引き受けすぎたことである。体がおかしくなるほど仕事をしてはいけない。健康第一である。腰の具合がもう少し良くなったら、腹筋を鍛える体操をして、心も体も元気でいられるように「自愛」しよう。
新しい年が、皆さんにとって、そして何よりも私自身、私の家族にとって素晴らしい年となるように願っています! |
|
| 2008年12月26日(金) |
| 残っている仕事 |
頁数の制限があって、『英語コーパス研究』に掲載される論文の修正に少し時間がかかってしまった。これが終わり、遅れていた論文査読に急いで着手し、2時間くらいかけて作成した査読結果を返した。
そして、11月に言コミの1年生2クラスで実施した語彙サイズテストの採点の残りをやった。全部で45人分のデータがあるのだが、1人につき240問の試験問題があるため、採点に時間がかかる。週に1度、学生アルバイトにお願いしてきたが、25人分しか終了していなかった。このペースでは、年明けの授業で返却できなくなるため、えいやと1人で採点してしまった。それにしても、我が学生達の「ボキャ貧」をどうにかしないとな。
夜中に、採点結果とTOEFLスコアとの相関分析をやっている自分がおかしくもあった。この語彙サイズテストを提供して下さった、流通科学大学のM先生に速報結果とお礼を書いたメールを午前4時近くに送信したら、その15分後くらいに先生ご自身の研究データと格闘されていたらしいM先生から返信をいただいた。クリスマスの日の深夜にデータ分析に必死に取り組んでいる人達というのはもっと大勢いるのかもしれないと思った。 |
|
| 2008年12月19日(金) |
| ジェイデン・スミス |
腰の痛みと格闘しながらも(いや、それゆえに?)、仕事をやってもやっても終わらない。大学に出た日は、1分の隙間もないくらい会議と演習3の学生との個別面談で明け暮れる。1人に1時間をかける面談は、本当に疲れる。
「もう今日は仕事したくない!」という強い感情が湧いてきて、10月頃にも襲ってきた「映画を観に行くよ、何がなんでも」モードとなってしまった。今日が封切りの「地球が静止する日」にした。ウィル・スミスの息子、ジェイデン君がなかなか大人っぽくて好きだから。腰は、湿布をした上でコルセットでがっちり固めているので何とか持つだろう。腰の痛みより今日の仕事から抜け出したいという欲求のほうが強かった。
かくして快適な座席で映画を堪能した。内容的には「言わせていただきたい」ことがあるが、まあ良しとしたい。しかし、ジェイデン君はもう映画俳優の道を着実に歩んでいるような気がする。インタビューを受けた時の喋り方も妙に距離を持たせた感じで、魅力的である。 |
|
| 2008年12月12日(金) |
| 自分との闘いから抜け出せる? |
今年の夏にゼミ生から言われた言葉をずっと引き摺ってきた。少なからずショックを受け、傷ついた心を、教員なのだからという意識で覆い隠すように演習に向かい合ってきた。「ゼミ生のほとんどは、先生のゼミでやるテーマに興味があって先生を選んだのではなく、単に先生が優しい先生だから選んだだけですよ」というような内容のことを面と向かって言われた。こういう発言を私にしたのは、それなりに深い理由があってのことなので、あまり驚かないでほしい。でも、ゼミでゼミ生に顔を合わせるたびに、どうしてもこのことが頭をよぎってしまう。その思いを払拭するように、今まで以上に気合いを入れて指導してきたつもりだ。
その学生は、今は、体調も回復し、来年からまた一緒に勉強できることが決まった。休学中ではあるが、9月から毎月1回は、私のところに来て話をしたいと言って、自宅から大学まで遠いのに顔を見せに来てくれている(休学中なのに素敵でしょ!)。不思議だなと思うと同時に、元気になり、大学に戻ることを自分でじっくりと考えて決めたことに対して私は嬉しく思っている。
この11月下旬から12月初旬にかけて、来年度の演習決定が行われた。11月初旬に演習説明会を開催し、担当する教員は1人ずつ、5分間程度のプレゼンを行うというのが恒例となっている。11月下旬に、現1年生で私の来年度の演習2を希望する学生には「演習志望理由書」を提出してもらった。この理由書を読んでいるうちに、思いがけず、この約半年間の自分との闘いに終止符を打てるような気持ちになった。今年度は1年生の科目をあまり指導していないため、私のことをよく知らない学生が多いのだが、「まだゼミでやりたいと思える内容が正直わからない。先生方の説明は、どれも面白そうに思える。でも、決められない。だから、先生方の人柄で決めることにした」とか「演習の説明の時に、初めから終わりまで笑顔で説明してくれたのは成田先生だけだった。お母さんみたいな笑顔だった」というようなことが書いてあった。言コミでの5年間にわたる演習決定で今までは読んだことのない記述だった。
私は驚いた。これまでは、それなりの理由づけをして提出した書類ばかりであったからだ。人柄というような表現を入れた理由書を読んだことがなかった。これをどう判断するのか他の先生方にお聴きしたいとも思ったが、私は「これが率直な気持ちだろう、まだ1年生なのだから」と妙に納得してしまった。それと同時に、「2年生になる前なのだから、卒論まで考えが及んでいなくても仕方ないわ。優しそうな先生だからそのゼミを希望した」というのでもいいんじゃないかと心底思った。もちろん、学問的な内容に惹かれてゼミ生になってくれるほうが格段に嬉しいには決まっているのだが、選択基準に「人柄」もありかと。
|
|
| 2008年12月8日(月) |
| 毛束真知子先生によるご講義 |
東京都立神経病院で言語聴覚士をされている毛束真知子先生をお迎えした。後期に担当している科目「心理言語学」の授業において、言語障害についてのお話をしていただいた。昨年は11月初旬にお越しいただいたが、今年は学会日程の関係でこの時期にお招きすることになった。
教科書でブローカ失語やウェルニッケ失語について学んではいるが、実際の患者さんの話しぶりを録音テープで聴くという貴重な経験を提供して下さった。学生は、「これがブローカ失語/ウェルニッケ失語の患者さんの話し方なんだ!」と納得する。頭の中に電球が入っていたとしたら、点灯する瞬間である。
毛束先生はいつも仰る―ことばは私達のかけがえのない財産である。なくしてみて初めてわかる財産かもしれない。私は患者さん達から教えていただいていることばかり―と。優しい語り口の中に秘められた強い意思を毎年感じさせて下さっているように思う。その強い意思とは、科学的に、そして真摯に言語や言語障害と対峙する姿勢とでも言えようか・・・。
|
|
| 2008年12月6日(土) |
| 激しい腰痛 |
1つ年齢を重ねてしみじみした日々を過ごしていたら、突然の腰痛に見舞われた。昨日の朝、1限目の授業に向かうため午前4時半頃に起きた時は特に痛みはなかったのだが、最寄り駅で階段を登り始めた瞬間に腰に激痛が走り、階段をゆっくりとしか進めなくなった。やっとの思いで大学に到着するも、保健室は1時限目前は開いていない。とにかく1時限目の授業をこなすしかなかった。1時限目の授業が終わってすぐに保健室に行き、湿布をしてもらい、簡易コルセットを借りた。「これで3限目と4限目の授業を乗り切ろう!」と自分に言い聞かせた。けなげとしか言いようがない。
今朝、激痛で眠ることもままならず、ベッドから起きようとしても起き上がれない。こんな時に限って、主人はゴルフコンペで不在。泣くような思いで、起き上がり、腰を温めた。なんとしても整形外科に行かなくてはと、歩けるようになるまで待った。タクシーで午後1番の診療に間に合うように医院に行き、レントゲン検査をしてもらった。背骨の一部が疲労骨折していた(スポーツ選手でもないのに、、、とお医者さんに言われた)。飲み薬、貼り薬、コルセット、そして電気治療の組み合わせで、激痛は少しずつ和らいでいった。
あさって(8日)、毛束真知子先生に講義をお願いしているため、どんなことがあっても大学に出なければならない。この強い思いだけで、立てなかった体を自分流にほぐして整形外科に駆けつけることが出来たことに驚きもした。
|
|
| 2008年11月30日(日) |
| 論文採択通知 |
複数の仕事を割と効率的に進められるほうだと思っていたのだが、今年度の後期は仕事を引き受けすぎた。反省すべきである。ここ数カ月間、大学の授業の準備を優先して終わらせては、締切に追われる仕事を片づけてきたのだが時間が足りず滞り気味である。この私が!である。しかも、新しい年度がやってくるまでは公にできない仕事だったりするので、家族や友人に話をしてストレスを解消するわけにもいかず、なんとも辛い。
そんな悶々とした気持ちでいたら、夕方、英語コーパス学会から論文採択通知が届いた。何よりのプレ誕生日プレゼントであった。
|
|
| 2008年11月29日(土) |
| 初年次教育学会(第1回年次大会)に参加 |
玉川大学で初年次教育学会の記念すべき第1回年次大会が開催された。玉川大学は、私の自宅からはとても便利なところにあり(徒歩で30分以内)、事前に参加申込みをしていた「ワークショップ」と「全体会(基調講演)」に参加した。
ワークショップは、「初年次教育で班活動を通じてゼミ発表スキルを獲得させる方法」に関するもので、藤田哲也先生(法政大学)と安永悟先生(久留米大学)が会場に集まった参加者をいきなり3人〜4人にグループ分けをした。片手にはストップウォッチ。1分とか3分といった小刻みの時間配分でのグループワークをまじめにこなした。私は、初対面の男性の先生2人とグループになり、藤田先生の指示通りにタスクをこなした。分単位の時間制限があるため、3人とも一生懸命だった。これも、終わってから振り返ってみると面白い課題だなと思った。法政大学心理学部の1年生が後期の基礎ゼミで実際に行う活動を模擬体験したわけだ。
ワークショップも山田礼子先生による基調講演も大変に興味深かったし、今後の特に1年生のゼミ運営に参考になると思った。しかし、それ以上に驚いたのは、参加者の人数が数百人を優に超えているということだった―どの大学でも1年生を対象とする導入教育に苦労しているのだ。こんなに手をかけて育てなければならない日本の大学生というのは世界でも珍奇な存在ではないのだろうか。
|
|
| 2008年11月23日(日) |
| 公開講座を終えて |
金曜日に授業を終えた後、仙台に向かった。大学を出たのは午後5時半だった。前夜の睡眠時間は、わずか3時間半だった。
22日の朝、午後からの講義を前に緊張して目が覚めた。 しかし、やるしかない。お昼には、言コミの女子学生(現4年生)のお母さんとホテル内のレストランで昼食を一緒にすることになっていた。そのお母さんは、わざわざ1時間近くも電車に乗って仙台まで来て下さった。有難い話である。手作りのクリスマスプレゼントを頂いたばかりでなく、午後からの講義にも参加して下さった。
公開講義は、幅広い年代の聴衆の方々を前に、予想していたほどには緊張せずに話をすることができた。幅広い年代の方々が対象というのは、講義の内容を考える上で結構つらいものがあった。やさしすぎはしないか、はたまたアカデミック過ぎないか、、、などと自問自答しながらスライドを作成した。
11月には、早稲田大学でのシンポジウムと今回の公開講義のために、パワーポイントだけで70枚近く作成したことになる。さすがに疲れはしたが、終わってみると清々しくもある。
雪が舞うかもしれないと予想していた仙台だが、天候に恵まれ、本当に楽しい1日を過ごすことができた。大学にお招きいただいた上に、夜は楽しくお酒を飲みながら食事をご一緒させていただいたY先生とM先生に感謝! |
|
| 2008年11月19日(水) |
| 英語の教科書見本 |
この時期、出版社からの教科書見本が頼みもしないのに多数送られてきて、ちょと辟易している。出版社の立場はよくわかるが、実は本当に困っている。電話もかかってくるし。
私の研究室がある建物は、セキュリティがしっかりしておらず、誰でも建物の中に入ってこられる。最近になって防犯ブザーがとりつけられたのだが、それよりも大学のICカードを所持していない人が自由に入ってくることができる仕組み(仕組み、か? むしろ仕組みがないわけだけど)をやめてもらいたいと思う。
申し訳ないとは思いながら、アポイントなしで(授業がつまっており自由な時間はほとんどないから余計に予約してもらわないと困る)やって来られても、私には対応する気がない。やんわりとお断りしているけれど。 |
|
| 2008年11月14日(金) |
| 演習IIの相談期間 |
来年度の演習について学生に説明を行わなくてはならない時期を迎えた。私の場合、来年度は現在の3年ゼミをそのまま持ち上がり4年ゼミへと進めるほかに、新たに2年ゼミを担当する。2年次というのは、東京国際大学アメリカ校に留学する学生が多いため、演習を担当する教員の数も他の学年の半分近くと極端に少なくなる。
これまでの経験に基づくと、2年ゼミの運営は難しいというのが実感である。大学での学びとは何かを中心に据えた1年ゼミとは違い、また3年・4年と卒論を目標に据えたゼミとも違い、何を狙いとするかという点でいつも苦労している。同学年の学生数が留学で半減してしまっているということから起こる「モチベーションの低下」という問題にも直面することが多い。
会議が多いため、説明のための時間をやりくりするのも一苦労だ。今日のように、3コマの授業が終わって一息つきたくても、他に時間がとれないから、授業終了と同時に学生対応を入れなくてはならない。授業が終わり、荷物を抱えて研究室に戻ってくると、ドアの前で学生が待ち受けているという感じだ。今日は、研究室に収容できる人数以上の学生が来ることが予定されていたので、同じフロアにある教員用会議室を(事前に予約しておいて)使わせてもらった。一週間の疲れもあるだろうからとマスカットティーを入れて学生に出し、プリントを使って簡単な説明に入るのだが、これはこれで授業と同じくらい大変である。「サービス業」であることを感じる時期でもある。 |
|
| 2008年11月5日(水) |
| 砂山ダイニングにて |
約2年ぶりに、企業時代の同僚達と飲み会を開いた。なんと、幹事は私だった。午後5時まで大学で仕事をし、急いで東横線「学芸大学前」まで移動した。宴会をどのお店で開くべきか
― とにかく美味しいワインが飲めるところがいいかも?いや、小洒落たイタリアン系か?いやあ、日本酒ひとすじの居酒屋でしょう・・・
―と自問自答しながらも最終的に選んだのは「砂山(さざん)ダイニング」である。
ずばり!サザン・オールスターズのバラードがBGMで流れている和食ダイニングのお店だ。用賀にある同系列のイタリアンレストランを気に入っていたので、その和食店を選んだというわけ。「砂山」と「サザン」の関係性はこれで納得できたと思うが、実はもうひとつ、意味があるようだ。ひとときの美味しい食事は、砂の山のようなもの
― つかのまの至福。
もう十数年以上の付き合いになるわけだが、みんな、知り合った頃と何ら変わりがない(精神的に若い!)。別れ際に、メンバーの1人が、「明日、職場でまた会っても不思議じゃない感じがする」と漏らした。ほんとうにそういう気がした。安心して、素に戻れるひとときだった。 |
|
| 2008年11月1日(土) |
| 『日本人と英語』 |
11月8日に早稲田大学で開催される言語文化教育学会では、午後の部でパネリストの1人として発言する。その準備をしている時に、斎藤兆史氏の『日本人と英語』(研究社)を最初は斜め読みしていたのだが、面白いので最初から最後まで読み通してしまった。
100年も前から「中学・高校と六年間英語を勉強するのにさっぱり使い物にならない」という不満の声があがっていたというのだから、この100年間という英語教育の歴史は同じことの繰り返しにすぎないのだろうか。たとえ、その時々に優勢となった英語教授法があり、それが試されても、「使い物になる・ならない」という観点では同じ結果しか得られていないということか。
この「使い物になる」という表現が曲者である。現在の英語教育の潮流から考えると、国際ビジネスにおいて交渉相手と英語で対等に議論できることを指すのか。国際ビジネスの現場にいる人には切迫した問題だろうが(これは企業で働いた経験を持つ私にはよくわかるが)、小・中・高・大という教育機関における外国語教育の目的は
― 冷静に考えてみると違ったところにあることは明らかだろう。 |
|
| 2008年10月29日(水) |
| 『Dolphin』(最新号)発刊 |
東京国際大学の学内広報誌『Dolphin』の最新号が出た。おととい、広報課のKさんが、私の3年ゼミの人数分、冊子を持ってきてくれた。3年ゼミの曜日ということで、タイミングよくゼミ生に配布することができた。もちろん、この冊子は、本学の学生の全家庭に郵送されるものだが、記事を見過ごしてしまう可能性もあるため、ゼミ生には直接手渡したほうがいいだろうということで持ってきてくれた。ゼミ生達は、「きゃー!」とか「ひゃー!」とか言っていた。
この冊子を、広島で小学校の教員をしている姉に送っておいたのだが、感想メールが届いた。「小学校でも大学でも育んでいきたいことはあまり変わらないのかも・・・」、「かつて小学校の教員だった母と似てきている」という内容だった。
気恥ずかしくて母には送っていなかったのだが、やっぱり送ったほうが良さそうだ。
|
|
| 2008年10月24日(金) |
| 映画―容疑者Xの献身 |
仕事であまりに疲れていたため、午後4時30分に授業を終えてすぐに大学を飛び出した。気分転換が必要だと感じたので、昨夜、「明日の夜は映画を観る!」と決めた。
夕食をとった後、午後9時過ぎから観たのは『容疑者Xの献身』だった。10月初旬に公開されていたので、観客は少なく、ゆったりとした気分で観ることができた。原作は、手元にあるものの、まだ読んでいない。
容疑者Xである石神が最後に泣くシーンが印象的だった。そのシーンの一部は、テレビの予告編でもオンエアされているようだが(映画を観た後にテレビを観ていたら遭遇した)、あの男泣きに込められている想いはなんとも表しがたい。演じている堤真一氏も、このシーンの表現には苦労したのではないだろうか。 |
|
| 2008年10月18日(土) |
| 相談事多し |
程度(というか重傷度というべきか)の差こそあれ、最近、学生からの相談事が多くなってきた。具体的な内容をここに書くわけにはいかないが、どうも教員から言われた言葉の解釈に悩むケースが多いようだ。教員に言われたことを別の教員に相談するというのも、学生相談室に行って話をするほどではないと思っているからかもしれない。でも、こういう相談事を持ち込まれると、実は困惑してしまう。
結局、教員と学生の間の信頼関係の度合というあたりに話が落ち着いてくる。教員に言われた「言葉」を文字通りに解釈してしまい、「教員がなぜその言葉を発したのか」というところまで考えが及ばないようだ。
最後にひとこと ― 相手が学生(つまり立場的には弱い)でも、言ってもよい文言とそうでない文言はやはり区別しないと。
|
|
| 2008年10月13日(月) |
| 3連休なし |
世の中は3連休を楽しんでいる様子だった(ウチのダンナを見ているとよくわかる)。でも、私の学部では、3日間とも大学に出てフォーラムの開催(11日)、オープンキャンパス(12日)、祝日に通常の授業(13日)を担当しなければならない英語教員が多かった。私も、金曜日の1限目から、間の3連休も含め、月曜日の5限目までずっと大学にいたような感覚で、疲れきっていた。他の先生に聞いてみたら、体調が悪く、火曜日に病院に行くつもりとか。私も、人間ドックを予定している。
月曜日が祝日にあたることが多く、月曜日の授業数を確保するために祝日を返上して通常の授業が行われるようになった。しかしだ。通常授業が行われることを9月から何度となく学生にリマインドしていても、欠席者が多い。こういう時の授業にかぎって、その講座の最も重要な内容を扱うことになる。仕方がないので、次回の授業でかなり時間をとって復習せざるをえず(欠席者にとっては復習ではなく新しい内容だ)、なんだか嫌になってしまう。
祝日を返上しての通常授業は、教員、学生双方にとって良いことは何もない。補講期間で調整すればいいのではないか。
|
|
| 2008年10月4日(土) |
| 英語コーパス学会に参加できず |
忙しすぎて体がついていかない。東京外国語大学で開催される「英語コーパス学会」に参加する予定だったが、断念した。どうも金曜日の3コマが体にきついようだ。昨夜も自宅に戻ると、そのままベッドに直行だし。
明日は、大学で父母の会が開催されることもあり、さんざん悩んだあげく、休養をとることにした。参加したかったのに・・・。 |
|
| 2008年9月29日(月) |
| 3年ゼミに取材班来る! |
東京国際大学の学内広報誌『Dolphin』の次号に、私の3年ゼミを取り上げたいという依頼が入試広報課から届いた。ゼミ生には事前に知らせておいたが、今日の授業に、ゼミ紹介の記事を書いて下さるライターさんが参加した。
正直に書くと、外部の人が参加するということで、私は普段よりもテンションが高かったのではないかと思う。別に意識したわけではないが、サービス精神のようなものが働いたことは確かだ。こういう時にふと考えるのは、教員というのは不思議な職業だなということである。元来、私はテンションの高い人間ではないと思う。でも、学生に教えている時はテンションが上がる。授業の時の私の言動だけで私の人間性を判断されるのは困るが、この少し虚構が混じっているかのような言動も実は私の実体の一部かもしれない・・・という気もする
― 「人生は舞台だ。男も女もその役者にすぎない」とシェイクスピアは言ったものだが。
私は、私自身が本当に思っていることしか話さないが、ゼミの後のライターさんとのインタビューでは少々喋りすぎた。でも、普段思っていることを存分に話せたことで気分がスッキリした(ライターさんには迷惑をおかけしたかもしれないですね)。
|
|
| 2008年9月26日(金) |
| 特許―文書作成支援装置 |
今日、2004年3月末まで勤務していた企業から文書が届いた。勤務していた時に出願した発明(?)が特許として登録されたことによる報償金の振り込み案内だった。
発明の名称は、「文書作成支援装置」である。昨年の11月に晴れて「特許」になったようである。単独発明なので(権利自体は企業に譲渡しているが)報償金は半年前に受け取った別の特許の時よりもかなり多い―いい企業だなあ・・・。
しかし、あの内容で特許性があるということに少なからず疑問が生じる。発明なんていうのは、そんなにたやすく思いつくものではない。企業の研究開発部門における特許出願のノルマを果たすために急いで作成した出願内容が特許になるというのは何だか申し訳ない気がする。 |
|
| 2008年9月22日(月) |
| 素晴らしいMさん、2人 |
今夜、半年ぶりにMさんと会えた。午後6時に大学を飛び出して、経堂駅まで急いだ。とても落ち着いたイタリア料理のお店に連れて行ってくれた。約3時間、ゆっくりとMさんとお話をすることができた。お料理もとても美味しかった。年内にMさんご夫婦と「コンラッド東京」で祝杯をあげることを楽しみにして頑張ろう!Mさんも大変だろうけど頑張って!
自宅に戻ると、ミネアポリスのMさんから郵便物が届いていた。Mさんが一週間ほど前に参加された「Graduate
Writing Workshop for non-native speakers of English」で配布された資料をわざわざ送って下さったのだ。一度もお会いしたことがないのに、私からの依頼を快く引き受けて下さった。この資料の内容を私自身が勉強させてもらうと同時に、我らが
Writing Lounge をより良いものにするために参考にさせていただきたいと思っている。
ミネアポリスでの留学生活を始めて1か月と少しにしかならないMさん、お忙しいなかを本当にありがとう! |
|
| 2008年9月19日(金) |
| 2限目ダウン |
夏休みに準備に明け暮れた、コーディネータとしての仕事の正念場とも言える会議、ガイダンス、1限目からの授業(後期授業の開始)と、3日間連続して力を入れなければならなかった。通勤が遠いため、3日間連続の通勤は体にこたえるようだ。というか、睡眠が少ないことのほうが影響しているかもしれない。頭を使って準備してきたので、眠れない日が続くようになった。
1限目の授業は、気合いが入っていたので大丈夫だった。が、2限目に授業がないため研究室で休んでいたら気分が悪くなった。午後からの2クラスを休講にして帰宅しようかとまで思った。しかし、後期の授業初日に休講というのは、この夏休みの苦労が水の泡になってしまうと自分に言い聞かせて何とか踏ん張った。
早く大学を出たかったが、他の人の科目のための準備作業(これがコーディネータの仕事?)があり、大学を出ることができたのは午後7時半だった。朝8時には大学に来ていたのに。 ・・・(何だか暗い内容になって申し訳ない!)
|
|
| 2008年9月14日(日) |
| 『新・温泉旅館のお気に召すまま』 |
仙台市にある劇団シェイクスピア・カンパニーによる、東北弁を活かしたシェイクスピア劇「新・温泉旅館のお気に召すまま」(原作は、言わずと知れた
AS YOU LIKE IT である)を観に行った。数日前に新聞で記事を読んだのがきっかけで、作成中の論文のメドが立ったところで、いきなり事務局に電話を入れて席を確保した。電話を入れたのは、昨日の午後だった。
この劇団を主宰しているのは、東北学院大学の下館和己教授である。原作の「アーデンの森」が、本作品では「蛙田(あでん)温泉」になった。東北弁が使用されるということで、理解できない台詞が出てくるかもしれないと心配していたが、全て理解できた。
大学2年生の冬(12月)、私は所属していた大学のシェー研(シェイクスピア研究会)で他のメンバーとともに「お気に召すまま」を上演した。女子大なので、女性だけで舞台装置も衣装もパンフレットも全てこなした(というか、「男性の力は絶対に借りてはならない!」という先輩達からのお告げがあったような気がする)。あの記念すべき「お気に召すまま」であるから、内容は熟知している。下館教授が東北弁で書き下ろした「新・温泉旅館のお気に召すまま」ではあったが、シェイクスピア劇のフレーバーがプンプンしていてすごく楽しかった。「つかこうへい」的味付けもされていたような。
これはもう、11月22日の東北学院大学での公開講座は、このお芝居の話で始まること必至。 |
|
| 2008年9月7日(日) |
| シャンパンブランチ |
この夏休み、少しの家事と多くの仕事で明け暮れた。長い休暇の後は、元の仕事のペースを取り戻すのに時間がかかってしまうという話をよく耳にするが、ずっと仕事をしていたので頭は冴えきっている。体は疲れきっている。
そんな毎日ではまずいだろう・・・ということで、恵比寿にある外資系ホテルへ出向き、思い切りシャンパンブランチを堪能した。クチコミで知る人ぞ知るブランチだが、実は、シャンパンを飲んでいるのは我々だけだった。飲みに飲んだ。もうしばらくはシャンパンを飲みたくないと思うくらい、浴びるように飲んだ(昼間だけど)。食欲が旺盛であるというわけではなかったが、気がついたら沢山食べていた。以下のお料理は、いずれも私が食べたもので、これで全てではない。満腹!

|
|
| 2008年9月4日(木) |
| 書くことの意味 |
なぜ私はここにこうやって言葉を連ねているのだろう・・・と考えるようになった。人数は少ないだろうが、ここに私が書いたことを読んでいる人達がいることはわかっているし、その人達を意識して書いていることも事実だ。でも、時おり、「継続して書かなければならないんじゃないか」という義務感に襲われることがある。そういう時は、ちょっと苦痛を感じる。そして、何のために、誰のために私は書いているのかという問いが始まる。
私は、読者を意識してはいるが、自分の足跡を残すような感じで日々の出来事や思いを書き留めている。何年か経って読み返してみると、「へえ、あの時、そんなことを考えていたんだ!」と驚くこともあるだろう。それも楽しいかもしれない。
大学教員になる前から書いているので、もう6年半も書き続けている(ここに書いた3年半分以外は現在、オフラインにしている)ことになる。そろそろちょっと休憩しようかなとも思っている。書きたい時に書くのがいいだろう。(と書いて、翌日からもう書き始める人も多いだろうね。) |
|
| 2008年8月30日(土) |
| 未来へのキーワード: HOPE |
宮川先生によるチョムスキー氏へのインタビュー番組を観た。「未来への提言」という番組だった。
約10年ほど前にMIT構内で会った(短時間だけど話もした!)時のチョムスキー氏は、授業の直後だったせいか、割と疲れて見えたし、華奢な感じがした。でも、番組に登場した彼は逞しかった。
番組のなかで宮川先生が、そして数多くの視聴者が思わず笑ったに違いないこと、それは―チョムスキー氏にとって苦手な科目が1つだけあり、それはなんと「英文法」だったことだ。
宮川先生が番組の最後に「民主主義の未来を切り拓くキーワードを書いて下さい」と言って紙を渡したら、チョムスキー氏は「HOPE」と書いた。このことば、そして彼の教育観―教育とは空の容器を水で満たすようなものではなく、むしろ花が自分なりに成長するのを支援するものだ―は、番組終了後も私の心の中にずっと響いている。
|
|
| 2008年8月29日(金) |
| Good Story |
広島の姉からテレビ番組(ニュース)とラジオ番組を記録したDVDとCDが送られてきた。絵本『汽笛』の出版に関連して姪の由香が登場したニュース番組2本(そのうちの1本は7月下旬に高校野球のために放送が中止になった番組)と8月6日の朝に放送されたラジオ番組が収録されていた。何回、再生したことだろう。涙腺が弱いせいか、何度聴いても同じところで涙が出てしまう。
ラジオ番組でアナウンサー(上柳昌彦氏)が語ってくれた内容に感動した。自分の身内が関係している話に感動するというのは恥ずかしいが、由香と長崎氏の16年間の文通に思いを馳せた。
感想を由香にメールで知らせたら、「ありがとう!今から動いて、来年には映像化を目指します!」と強い言葉が返ってきた。自分がやりたいと思ったことを実現する意欲というか気力に関して、私は我ながら相当なエネルギーを持っていると自負していたが、気がつくと由香はとっくに私を超えてしまっている。どう「動く」んだろう?
姪は、キャリアウーマンなんていう言葉や雰囲気とはかけ離れた一般的な若い女性に見えるのだが、普通ではないのかもしれない。そのうち、私は巷で人気のある『祖母ログ』にあやかって、「叔母です!」で始まる『叔母ログ』で活躍させてもらおうか。
|
|
| 2008年8月21日(木) |
| かなり困った |
用事で都心に向かうため、自宅近くのバス停に行き、バスを待っていた。数分後、見知らぬおばさんが、これまた見知らぬおばあさんを連れてバス停にやって来た。「このおばあさん、バスを乗り間違えたらしいの。申し訳ないけど、駅までバスで連れていってほしいのよ」と言われた。私は、駅行きのバスを待っていたので了解した。が、ここからが厄介だった。
おばあさんは、バスで使用するシルバーパスがないと騒ぎだし、「誰かが盗んだんだ」と主張する。まだ立ち去っていなかったおばさんが、「そんなことないわよ。あなた、パスをさっき鞄に入れていたわよ」 。しばし鞄の中を探していたおばあさん曰く、「あ、あった!」(私の心の中:どうして「盗まれた」なんて被害妄想的な考えを抱くんだろう?)
バスがなかなか来ない。そのうち、おばあさんは、「バス、遅いわねぇ。誰か、車で乗せて行ってくれないかしら・・・」「運転手さ〜ん、駅まで乗せてって〜」と道路の真ん中に飛びださんばかりに、大きな声でトラックに呼びかけ始めた。(「わぁ、勘弁してよ」と私は青くなる。)「道路の真ん中に出たら危ないでしょ。見知らぬ人の車に乗るほうがもっと危ないですよ」と(自分でもびっくりするくらい)厳しく注意した。
バスが来た。先にバスに乗せて後からステップを上がると、おばあさんが運転手さんに向かって、「運転手さん、この人の運賃、私のシルバーパスで払うから」。「えっ?!」―運転手さんの唖然とした顔。私は、「気にしないで下さい、払いますから。それより、おばあさん、危ないですから早く椅子に座って」。結構ピシッと言ってしまったのか、おばあさんは「はい」とおとなしく座ってくれた。私は、隣に座った。ここから駅に到着するまでの15分間、おばあさんは1人で喋る、喋る。私が何もリアクションしなかったからか、「ごめんなさいね、うるさくて」(はい、その通り!)。
駅に着いて、おばあさんの目的地まで行くバスの停留所まで連れていこうとすると、「もう嫌になっちゃった。バスに乗らない」と言い出した。説得して目的地行きのバスに乗せた。おばあさんは、バスを間違えて精神的にパニック状態になっていたのだろう。それはとてもよくわかるが、私は疲れ果てた。私のほうこそ、都心に行くのを止めたくなった。「もう嫌になっちゃった。都心に行かない」と声に出して言いたかった。 |
|
| 2008年8月18日(月) |
| 家庭内Skype? |
この夏、自宅にあるパソコンの1台を Vista に替えた。替えたい気持ちが強いわけではなかったが、
Vista で作成したファイルが学生から送られてくると、読めないことが最近は多くなってきたため、1台は
Vista でも致し方ないと覚悟を決めた。
ついでに、新しいパソコンでも Skype を使えるように設定した。これで家庭内で
Skype を使って話すことができるようになった。顔を合わせたくない(?)時、相手のいる部屋まで行くのが面倒な時に利用できる。何も
Skype を使わずとも、少し大きな声で呼びかければいいだけのことではあるが、まあ、ご愛嬌ということで。
|
|
| 2008年8月15日(金) |
| 『汽笛』―朗読初演 |
終戦記念日の今日、横浜市旭区民文化センター「サンハート」で朗読会が開催された。この朗読会は、俳優・声優の阿部寿美子さんが、「よこはま文庫の会」(会長は長崎源之助先生)とともに20年以上にわたって子供達に平和を伝える活動として開催されてきたものだ。今回は、6月に出版された『汽笛』が、フルートとチェロの演奏とともに阿部寿美子さんによって初めて語られた。
この朗読会に出席するために、広島から姉と姪の奈緒(由香の妹)が上京してきた。姉と奈緒、私、主人、そして由香の5人で二俣川まで出かけて行った。開演後すぐに、『壁の絵』(長崎源之助著)の朗読が行われた。そして、長崎先生によるお話があった。2年前にお亡くなりになられた長崎先生のお知り合いのことを静かに語られた。広島で被爆し、毎年の定期検査に怯えながらも無事に40年間が過ぎ、もう大丈夫だろうと思っていた矢先に発病したのだそうだ。長崎先生の「原爆は怖いですね・・・」という抑えた静かな口調が心にずしんと響いた。
阿部寿美子さん(故関弘子先生と同じで俳優座の1期生)が『汽笛』をどんなふうに語るのか―会場に赴く前にあれこれ想像していたが、実際の語りは抑えた口調の中に厳しさ、暖かさ、優しさが混じっているようだった。時々、関先生の顔と重なった。
朗読会の最後に、NHKが撮影に来ていたことを知った。夕方の首都圏ニュースで放送されるとか。あいにく、姉達は新横浜駅から新幹線で広島に向かうため、ニュースが放送される頃は首都圏を離れており、携帯のワンセグでも見られない。それで、主人と私は姉達を見送った後、駅ビルで夕食をとり、首都圏ニュースをワンセグで見た。阿部さんの朗読も紹介されていた。
それにしても、由香には060(= 60歳を超える)の知り合いが多く、驚いた。 |
|
| 2008年8月11日(月) |
| 北島選手の涙 |
今朝、11時過ぎにテレビをつけたら、北京オリンピックの競泳の模様が放送されていた。そして、北島康介選手が見事に金メダルを獲得するシーンを見た。すごい!
インタビューのマイクを向けられた時、タオルで顔を覆いながら涙を拭おうとしている姿がとても印象的だった。「金メダルを獲る!」とあれだけ豪語していたので、彼が涙を流すとは予想もしていなかった。それだけに、あの涙が何を物語っているのか―ここに書くまでもないだろう。
北島選手のさわやかな笑顔とキラキラした眼を支えている「心」・「精神」に脱帽してやまない。 |
|
| 2008年8月9日(土) |
| カフェトスカ |
今夕、8月1日からパンパシフィック横浜ベイホテル東急でインターンシップ実習をさせてもらっているIくんの陣中見舞いに行った。
このホテルでインターンシップ実習ができるようになったのは、実は高級外資系ホテルのコンシェルジュをしているAさんの尽力に負うところが大きい。そのAさんと一緒に、実習先の「カフェトスカ」を訪問することにしていた。
Aさんからは、ホテルにとって8月は超多忙な時期なので仕事が終わる時刻が読めないと連絡をもらっていた。ランドマークタワービルの中のスタバで、論文を読みながらAさんの到着を待った。Aさんが到着したのは午後8時過ぎだった。それから、二人して「カフェトスカ」に顔を出した。Iくんは、額に汗をかきながら働いていた。Iくんに、小さな声で、「仕事は大変?」と聞いたら、「大変です」という率直な答えが返ってきた。本人には悪いが、「よっしゃ〜!」と思った。そうでないと困る!
「カフェトスカ」では、インルームダイニングマネージャのHさん(実習生Iくんの直属の上司にあたる)に挨拶をさせていただいたのだが、逆にビールと食事をご馳走になってしまい、恐縮することしきり。Hさんは、Aさんの元上司だそうだ。
早番で午前3時に起き、汐留にあるホテルで午後7時過ぎまで働き、その後急いで横浜まで駆けつけてきてくれたAさんには、いくら感謝しても感謝しきれない。
|
|
| 2008年8月6日(水) |
| 元気をいただきました |
アメリカから一時帰国されていたご一家(Pさん、Aさん、Kちゃん)にお会いすることができた。お忙しい日程のなかで、私のために時間を見つけて下さって有難かった。町田にある沖縄料理のお店に入った。ゴーヤが上品な味に調理されていて、私にはちょうど良かったが、ひょっとすると沖縄県人には物足りない味になっているかもしれない。
Pさんと書くと、どんな名前の日本人?と思われるだろうが・・・プーさん?ペーさん?・・・まあ、ご想像にお任せする。短い時間であったけれど、エネルギーをいただいた気がする。飲み過ぎて、自分が喋ったことを覚えていないところもあるのだが、Pさんご一家なら許していただける?と思いたい。
来年の秋にアメリカでお目にかかれるのを楽しみにして仕事に励もう!
|
|
| 2008年8月4日(月) |
| 暑すぎる |
午後の最も暑い時間帯に、市ヶ谷で会議があった。JR市ヶ谷駅で降りて歩き始めると、大気がゆらゆらしているように感じた。暑さで体がフラフラしていただけなのかもしれない。会議が開催される建物に向かってとぼとぼ歩きながら、ちょっと先に見える法政大学のボワソナードタワーを眺める。立派なタワーだなあ。。。と。
約2時間の会議が終了し、建物の外に出てみると、少ししのぎやすくなっていた。ほっと一息ついたものの、汗を拭きつつ、家路に向かう。夏休みが存在する理由をあらためて納得した1日だった。 |
|
| 2008年8月2日(土) |
| 関弘子先生―さようなら |
インターネット上のニュースで「関弘子先生とお別れの会」が7月30日に青山で開かれたことを知った。わかっていれば、足を運ばせていただいたのに・・・。悔やまれてならない。
短い期間だったが、関先生の朗読教室に通ったことがあった。もう十年以上も前のことになる。当時、横浜の朝日カルチャーセンターで、週1回開催されていた朗読教室。教室に通い始めてすぐに、「場違いなところに来てしまった」と感じた私だった。それは、他の受講生の方々が、朗読のベテランばかりだったからだ。授業中の関先生は、ものすごく怖かった。カルチャーセンターでの授業とは思えなかった。修行に近かった。朗読の順番が回ってきそうになるたびに、逃げ出したくなった。発声や息継ぎも、怒られてばかりいた。
関先生が朗読される源氏物語はすごかった。関先生の朗読を聴かせていただくたびに、自分でも驚くほど鳥肌が立ったものだ。その場の空気も張り詰めていた。
でも、授業の後の関先生は優しかった。横浜ルミネのレストラン街で、受講生何人かで夕食を共にすることがあった。授業では怒られてばかりで居場所がなかった私だが、なぜかいつも夕食の場で関先生の隣りにちゃっかり座っていたような気がする。その時に取り組まれていた源氏物語全巻の朗読の録音作業がいかに大変であるかを話して下さった・・・大好きなタバコを吸いながら。
カルチャーセンターのコースの終わりに、受講生全員で松谷みよ子著 『私のアンネ=フランク』の朗読発表会を開催した。音楽・効果の全てを関先生が準備して下さった。その時の打ち上げの写真が私の手元にある。関先生は、タバコを吸いながら笑っておられる。
私が今までに受けた「授業」と呼ばれるものの中で、最も厳しかった授業―それは、関先生の授業だった。
|
|
| 2008年7月30日(水) |
| 早稲田大学のライティングセンター |
早稲田大学正門近くにある「カフェ125」で、後輩だけれど先輩になりそうな(→わかる人にはわかる表現)Mさんと楽しいお喋りのひとときを持った。そのあと、同大学国際教養学部にあるライティングセンターを訪問した。
チューターさん達による前期最後のミーティングに参加させていただいたばかりでなく、ディレクターの佐渡島先生からも貴重なお話をたくさん聴かせていただいた。このライティングセンターは、国際教養学部が開設された2004年から運営されている。
言コミ(の開設年も2004年)では、国際教養学部の開設年と同じ2004年から
English Lounge および LEAP という2つの学習支援プログラムを遂行してきた。そして、この4月から
Writing Lounge の試行を開始した。よちよち歩きの Writing Lounge ゆえに、早稲田大学のライティングセンターの方々にお話を聴き、今後どのような運営を目指すべきかを考えてみたかった。
チューターの方々(ほとんどが同学部の大学院生)の、チューターとしての仕事をする際の心の葛藤が手にとるように理解できた。ライティングの教師が日々経験する心の葛藤と同じようなものだったからだ。このような、本来ならば関係者のみで行われる性質の会合に、よそ者の私達を快く受け入れて下さり、貴重なお話まで聴かせて下さったセンター全員の方々に深謝したい。 |
|
| 2008年7月26日(土) |
| オープンキャンパス |
朝早くから大学へ。例年7月に開催されるオープンキャンパス2日目に向かうためである。
私の担当は、来校した高校生(+ご家族)との個別相談と体験授業であった。昨年あたりから体験授業の時間が45分から30分に短縮されたため、心情的には楽になったような気がしているが、やってみると時間が短すぎる。パワーポイントは、一週間前に作成しておいたが、やはり全てのスライドを使うことはできなかった。今回の体験授業は(も?!)、超ハイテンション状態で終始した。なにしろ、卒業生(言コミ1期生)が2人、体験授業に参加してくれたからだ。これこそ、最高のサプライズであった。
職員の方々が笑いながら話していた。「卒業生がオープンキャンパスに来て、体験授業にまで参加するなんて、うちでは前代未聞だ」と。これって、私の人徳か?
|
|
| 2008年7月25日(金) |
| 名古屋日帰り |
今週は、物理的にも移動が多く、かなりバテ気味である。今日は、名古屋に日帰りで出かけた。
新幹線の中は快適なはずだったが・・・・隣りの席の女性が携帯電話の充電に使っているコードが私の足元にあり、気になって仕方がなかった。私の足元に電源があったからだ。こうなるんだったら通路側の席を予約しておけばよかった。私だったら、「ご迷惑をおかけしてすみません」と頭を下げてから、電源を使わせてもらうだろう(いや、そこまでして電源を自分のために使おうとは思わないだろう。自宅で十分に充電してくればいいことだから)。
「こんなことをしたら、他の人はどんな気持ちを抱くだろうか」―こんな当たり前のことを考えられる人間が少なくなってきているのだろうか。
ところで、名古屋だが、東京よりずっと暑く感じられた。干上がってしまいそうだった。お土産は、名古屋限定の金缶に入った海老せんべい「ゆかり」にした。 |
|
| 2008年7月24日(木) |
| パンパシフィック横浜ベイホテル東急 |
午前中、3年生の男子学生Iくんを連れてパンパシフィック横浜ベイホテル東急を訪問した。この結果、夏期インターンシップ実習生として受け入れてもらえることが決定した。実習は、8月1日から開始されることになった。
人事部の方との面談を終え、2人で急いで昼食をとった。そして、私は、みなとみらいの碧い海と空に囲まれた空間から、電車を乗り継いで川越まで移動した。3年ゼミ生との卒論に関する面談開始時刻にかろうじて間に合った。午後2時に講師室でテレビのスイッチを入れると、なんと高校野球茨城県大会決勝戦のため予定した番組は中止になっていた。長崎氏と由香が登場する番組は観られなかった。とても残念だった。
さて、Iくんは、8月1日から15日まで、同ホテルの中にある地中海料理「カフェトスカ」で実習を受ける。勤務形態は、シフト制になるだろうな。このカフェは朝・昼・夜と終日営業しているから。シフトが決まったら連絡をもらうことになっている。実習期間中に、一度、「カフェトスカ」に行きますぞ!
8月1日はすぐにやってくるため、急いで「インターンシップ事前報告会」と「マナー研修」の段取りを行った。関係する先生方の協力を得て、両方とも7月28日の午後に実施できることになった。Iくん、頑張れ!
|
|
| 2008年7月22日(火) |
| あさって午後2時5分〜(NHK総合)―長崎源之助氏と由香 |
広島から四国の実家に帰省している姉から電話があった。長崎源之助氏と姪の由香(6月22日の書き込み↓を見て下さい)が24日にNHKの番組に出演する!という連絡だった。
いつ登場するのかわからないが、「お元気ですか日本列島」という番組の中で10分間くらい出るらしい。この番組は、午後2時5分から午後2時55分まで放送されている。さっそく、録画予約をしなくちゃ。
私は、24日の午前中、横浜みなとみらいにあるホテルの人事部に出かける。学生を連れて夏期インターンシップ受け入れの挨拶をしてこなければならない。この用事が終わるやいなや、川越にある大学に戻る。研究室に到着するのは、きっと午後2時くらいだろう。講師室にあるテレビ(だったような。。。)を借りて、リアルタイムでも観てみたいな、この番組。 |
|
| 2008年7月19日(土) |
| お気に入りの店 |
買い物に出たついでに、用賀にあるお気に入りのレストランに立ち寄った。お店に入るのは数ヶ月ぶりだろう。
このレストランでは、サザンオールスターズの曲がBGMとして静かに流れている。耳をよく傾けないと桑田佳祐の声だと気がつかないかもしれないほどの音量である。美味しい食事とお喋りを楽しませてあげるためには、そのくらいの音量がいいと店長が考えてのことだろう。
飲んだのは、もちろん、スパークリングワインだ。1本、飲み干して上機嫌になった。
このレストランの名前、実は「サザン」というのである。 |
|
| 2008年7月15日(火) |
| digital natives vs digital immigrants |
『日経コンピュータ』(6月1日号)に、「世界のCIOが耳を傾けた「デジタル・ネイティブ座談会」」という記事があった。「デジタル・ネイティブ」という言葉に興味を惹かれ、この記事を読んだ。
記事によれば、「デジタル・ネイティブ」という言葉は米国ガートナー社の造語で、「物心ついたときにはすでに携帯電話やパソコンを使うことが当たり前だった、主として26歳以下の若者を指す」らしい(同誌
p. 34)。そして、我々のように成人してから前述の機器の使用を学んだ世代は、ガートナー社によれば「デジタル・イミグラント」と呼ばれる。
要は、「デジタル・ネイティブ」が主流になっていくことを想定して次世代の情報システムを模索する必要がある(から座談会に世界のCIOが集まった)だろうということだ。座談会の進行役が、「デジタル・ネイティブ」の代表として登壇する3人の若者(全員が米国の超一流大学の卒業生か在校生)に、座談会の本番中は携帯電話の電源をオフにするように言ったら、「何で?その必要はない」と拒否されたそうだ(同誌
p. 35)。。
「デジタル・イミグラント」の1人である私は、こうした「デジタル・ネイティブ」についていけない!と思った。ついて行く気もないが。根本的に価値観に違いがある。こうした記事を読むにつけ、情報の保護や共有が人間が人間らしく生きることとどう関わっていくのだろうかと考え込んでしまう。そもそも「人間らしく生きること」の意味が、デジタルのネイティブとイミグラントで違うのだろう。 |
|
| 2008年7月14日(月) |
| 先輩と後輩の絆 |
一週間前の七夕の日、私が担当する3年生のゼミに、就職活動を終えた3人の4年生に来てもらった。最初の30分間ほど通常のゼミの内容をいつも通りこなし、残りの約1時間は4年生から就活体験談を聴き、アドバイスをもらうために費やした。この3人には、あらかじめ3つほど大きな質問を出しておいた。当日は、私が進行役をつとめ、座談会のような雰囲気で「先輩と後輩の繋がり」ができた。
3人のうち男子学生は1人。彼からは、この春卒業した言コミ1期生から彼自身が譲り受けた就活本をもらった。「もう自分には不要になったので、皆さんで利用して、さらに後輩へと繋げていってほしい」と言われた。
残りの女子学生2人は、今日、就活に使用した書類(エントリーシートや自己PR文)を持ってきてくれた。後輩達の参考になればと。そして、大変に申し訳なかったのだが、この2人に私の3年ゼミ生のインターンシップ応募用の自己PR文と課題作文を見てもらった。私は、1年生の単語テスト(再テスト)の世話をしなければならなかったので、この2人にお願いした。やや離れたところから、2人が後輩のために親身になってアドバイスをしている姿を眺めていると、「先輩と後輩の絆」はいいものだなあと強く感じた。 |
|
| 2008年7月9日(水) |
| 東北学院大学公開講座の日程決まる |
以前から依頼されていた東北学院大学の公開講座の日程が決まった。秋は、学会開催のシーズンでもあるため、空いている土曜日が少なく、事務局の先生にご面倒をおかけしてしまった。
タイトルをあれこれ考えたが、「英文ライティング上達の秘訣―英語らしさとは?」と決めた。もちろん、コーパスの話も入れるつもりである。
そうそう、最近、私の2年生の演習で、小学館コーパスネットワークのトライアルサービスを利用した。トライアルなので、British
National Corpus の一部しか利用できないが、それでも共起検索を活用し、単語のふるまいについてクラス全体で討論することができてよかった。ただし、トライアルは、1人1回で、有効期間が1週間なので、計画を立てて利用する必要はある。
公開講座まであと4か月ある・・・・と思ってのんびりしていたら、すぐに当日がやってくる(ことは何度も経験済み)。何事も計画的に進めなければ。
|
|
| 2008年7月5日(土) |
| 『フラガール』 |
今週の水曜日、我が家では全員の体に発疹ができ、大変なかゆみに襲われた。全身にポツポツとできた発疹がかゆくてかゆくて仕方ない。悲惨・・・
こんなことでは仕事に身が入らない、半袖もスカートも着ることができない。今日、私は皮膚科に行って、飲み薬と塗り薬をもらってきた。お医者さんから「毛虫にやられましたね。庭に椿か山茶花の木がありませんか?」と言われた時には、ショックだった。「えっ! 毛虫ですか?!」 病院から戻ってきて、玄関近くにある椿の木をじっくりと眺めると、いた!いた!いた!毛虫と目が合ってしまった。帰りがけに買ってきたスプレーをシューと一吹き。
薬でかゆみは軽減されたが、被害にあった自分の体をしげしげと見るにつけ、情けなくなってきた。へこんだ気持ちを盛り上げるために、映画『フラガール』のDVDを観た。あの、蒼井優さんの素晴らしいハワイアンダンスは、まさに猛特訓の成果だなと思った。私も、かゆみに落ち込んでいる場合ではない!と立ち直った。 |
|
| 2008年7月1日(火) |
| 科研報告書の送付 |
悶々として作成してきた科研報告書の冊子ができているので、授業時間の合間をみて郵送しようと思っている。これまでの3年間を振り返ると、「たいした成果に至っていないが、よくまあ、ここまで来たものだ」と自分自身の肩を撫でてみたくもなる。
私の大学では、郵便物を発送するのに、自分で切手の値段を確認し、電話交換手として働いておられる女性に申告して切手を貰い、封筒に貼って発送用のカゴに入れる。カゴに入れたら、切手台帳に何円の切手を何枚使ったかを記入しなければならない。こういう一連の作業は、実は、授業時間の合間には時間が足りなくてできない。あまりに非効率的なこのプロセスを何とか改善してもらいたいと思っている。だからなのか、郵送手続きをする教員がすごく少ない。経費削減に効果的な方法なのだろうか? |
|
| 2008年6月29日(日) |
| シンポジウム「大学教育を考える」 |
梅雨らしく昨日から雨が降り続いていた。以前にウェブで申し込み、聴講券をゲットしていたシンポジウム「大学教育を考える〜初年次教育を学士力にいかにつなげるか」に出かけて行った。外部から依頼されている7月4日締め切りの仕事のメドが立ったら出かけようと決めていたのだが、自分でもどうしても行きたかったのだろう、睡眠不足でいつの間にか寝入っていた午前3時過ぎにガバッと起き上がり家を出る直前までその仕事をしていたら、そう、メドが立ったのだ。
大江戸線「築地市場」駅を出たところにある浜離宮朝日ホールで午後1時から開催された。いい席に座りたかったので、午後12時過ぎには会場に着いていた。ウェブには300人ご招待と記載されていたが、もっと多くの参加者がいたように思う。ほとんどが大学教員だ。
真ん中の前から2列目に座り(1列目は登壇者の席だった)、初年次教育の実践例をメモをとりながら聴き入った。でも、メモを取るよりもずっと耳を傾けていたかったお話があった―法政大学文学部心理学科の藤田哲也先生のお話である。これは、私が説明するよりも、藤田先生による初年次教育モデル授業のページにアクセスしていただくのがいいだろう。4時間近くに及ぶシンポジウムで疲れはしたものの、考えさせられることの多い充実した内容だった。なお、本シンポジウムに関しては、7月7日の朝日新聞に掲載されるとのこと。 |
|
| 2008年6月27日(金) |
| 涙腺弱し |
締め切り間際の仕事が多すぎてちょっと息苦しかったため、全て棚上げして気分転換したくなった。ということで、「ALWAYS
続・三丁目の夕日」のDVDを観ることにした。
私の琴線に触れるセリフが多かったのか、、、涙が出るわ出るわで大変なことになった。公開された時に映画館に行かなくてよかったと思う。気を遣うことなく、映画に没頭できたせいか、流した涙で目がすっかり腫れ上がってしまった。
舞台は昭和33年である。人が人らしく、お節介であろうとなかろうと、温かな親子関係、恋愛、友情、近所づきあいが存在していた。この映画を観た昨年のゼミ生が、「あんなほのぼのとした時代に生まれて育ちたかった」と呟いたことを思い出した。「昭和30年代行き列車」というのがあれば、何だか味気ない現代に生きる若者に往復切符をプレゼントしたいものだ。
|
|
| 2008年6月22日(日) |
| 本日の朝刊社会面(35面)―『汽笛』 |
朝、広島の姉から電話が入った。何かと思いきや、今日の朝日新聞(東京と名古屋地区に限定されているらしい)の朝刊社会面(35面)に姪の由香と児童文学作家の長崎源之助氏の記事が大きくトップに載っているという知らせだった。
由香が長崎氏にお願いをし、戦争体験に基づいた絵本の執筆が実現することになったということは聞いていたが、とうとう刊行されたというわけだ。広島生まれ広島育ちの姪は、小学校の時から平和学習を受けていた。東京の大学に通うようになった時、大学の同級生が小さい頃に平和学習を受けていないということを知って驚いたと話してくれたこともある。
新刊の絵本のタイトルは、『汽笛』(ポプラ社)である。長崎氏が児童文学作家としての人生の中で最も書きたいと思っていた実体験のお話だそうだ。思いがけないいきさつがあるようだが、山田洋次監督が絵本の帯に載せる文章を書いて由香のところに送ってきてくれたという話にもちょっと驚いた。 |
|
| 2008年6月20日(金) |
| 投野先生による講義と講演会 |
ご多忙な投野由紀夫先生に川越までお越しいただくのは胸が痛んだが、お願いをしたら快く来て下さった。
3限目の私のゼミで「英語らしさ」について講義をしていただき、5限目には「コーパス分析からわかる英語語彙指導・語彙学習のポイント」という内容でご講演をお願いした。とても贅沢な午後となった。特に、5限目のご講演は、学生にもわかりやすく、密度の濃いお話をして下さった。教員の私の頭がパンパンに膨れあがる思いがするほど、数多くのことを学ばせていただいた。
学んだことを今後の研究や英語教育のなかでどのように活かすか―我々が挑戦していく課題は多い。
|
|
| 2008年6月18日(水) |
| パネルディスカッション「企業における女性のキャリアの築き方」は大成功! |
お茶の水女子大学でパネルディスカッションが開催される日がやってきた。私は、朝から気合いを入れた。授業は3限目からだったので、朝9時に行きつけの美容院に入った。Yさんが「どういう髪型にしたいの?」と聞いてきた。「う〜ん、キャリアウーマン系かな」と答えたら、笑って「わかりました」と言って、すさまじい速さで髪を束ねていった。ヘアピン10本程度で数十分で終了した。
私自身は、できあがっていく髪型を見ながら「これ、キャリアウーマン系かなあ、、、」と思っていた。だからと言って代案が思い浮かぶわけでもなかったので、全てお任せした。大学に到着した時、すれ違った職員さんが私だとわからなかった。ゼミの男子学生と運悪く遭遇してしまったが、じっと私を見て「先生、、、ですよね?」と聞いてきた。
ともあれ、授業が終わった後、司会進行のイメージトレーニングを自分なりにして、会場へ向かった。予想をはるかに上回り、110名もの参加者があった。事前参加申込者の名簿には、検索エンジンで超有名なG社の人事部という記載が。ひぇっ?!
パネリストの方々がとにかく素晴らしかった。今までの企業人生を率直に語ってくれた。これだけは、直にしか聴けない話だ。進行役を務めながら、たくさんのエネルギーをもらったような気がする。働く環境は違うけれど、私なりの新しい目標もできた。
ほんとうに110名もの参加者が来場したということは、会場後方から撮影した下の写真からもわかるでしょ。

|
|
| 2008年6月17日(火) |
| コーヒー大福とあんず大福 |
今日は出講日ではなかったが、正午過ぎに研究室で印刷会社の人と会う予定になっていた。先週末に副都心線が開通したことにより電車の時刻表が変わっていることをすっかり忘れていた。11時30分発だと思い込んでいた急行が、実は11時20分発になっていた。次の急行は11時36分発という表示。電車は6分しか違わないのだが、約束の時刻にどうしても遅れてしまう。(暢気に駅構内でスイートポテトを買い込んでいたのがまずかった!)
急いで講師室に電話を入れて、印刷会社の人の対応を頼んだ。研究室に着いてほどなくすると、大学外で時間をつぶしていたらしい印刷会社のKさんが訪れた。なんと、コーヒー大福とあんず大福をお土産にいただいてしまった。この大福がそれはそれは美味しかった。私が買ってきた「つぶつぶラズベリー入り紫芋」もなかなかの味だったが、大福の勝利だった。
科研報告書の印刷の件で無理なお願いを聞いてもらっているのに、大福までいただき、何かまた印刷をお願いできることがあればなあ、、、と思った昼下がりであった。
|
|
| 2008年6月10日(火) |
| 冷やし中華 |
今年初めての冷やし中華を食べた。例年より早い梅雨入りで、雨がしとしと降ったり、激しく降ったりの毎日であるが、今日のように気持ちのいいお天気だと冷たい麺が食べたくなる。
最近、同僚と一緒にはまっているのがエビ炒飯である。私達2人は、大学を出るのが遅い。長い会議があったり、夕方からの委員会参加だったりで、エビ炒飯を食べるのは午後10時頃である。遅い時間の食事は体に良くないことはわかっているが、池袋駅に到着するのがこれくらいの時刻なのだ。この時間でも営業している、メトロポリタンプラザの中のタイ料理店に入るのが習慣になってしまった。これが何度食べても飽きない。これしか注文しないので、ある時は、注文することすら忘れてしまっていた。30分くらい経って「お料理が出てくるのが珍しく遅いわねえ」と話しているうちに、注文し忘れていたことに気がついた。
食べ物ではないが、春からはまっているものに、ロクシタンのシャンプーとリンスがある。先月、美容院に行った時に、「あれ、髪質が良くなった?」と質問されたくらいだから、ハーブのヘアケア製品はやっぱりいいのかな。
|
|
| 2008年6月6日(金) |
| ハイテンションな1日 |
今日のような1日は珍しくないのだが、やはり22時間寝ずに活動していたというのは驚異的。以下、今日の記録だ。
・午前4時50分に起床。
・午前8時に大学到着。金曜日なので3コマ連続の授業。各授業で必要な資料のコピーをとり、(研究室に戻る時間がないため)授業ごとに手荷物をまとめる。
・資料が入った袋、ラジカセ、ノートパソコン、出席をとるためのICリーダーを持って教室に向かう。1限目、2限目と授業を終了。
・昼食をとりながらT先生と重要な打ち合わせを行う。
・3限目の2年ゼミで不機嫌になる。必修科目への出席率の悪い学生のリストを見て、小爆発?!「何のために大学に入ってきたの?」
・4限目、T先生と重要な打ち合わせの続きを行う。終了。
・5限目、3年ゼミ生2名と面談。T先生に、1人に45分かけて面談していると話したら驚いていた。今日で14人との面談終了!
・午後6時30分からの就職ガイダンスに出席。講師の先生、ものすごいテンションだった。(前から4列目で聴いた。メモを取りながら、心の中も忙しかった。→「教員で参加しているのは私くらい。学生と間違えられて質問されたらどうしよう?」「見りゃわかるでしょう」「いや、スーツは着てるけれど、インナーはフリルだから・・・暗いし、学生に見られてしまうかもしれないわ。」)
・就職ガイダンス後、研究室に戻り、資料の整理と月曜日の授業準備を少々。
・まだ仕事をしていた同僚と大学を出る。午後9時半頃の電車に乗り、池袋駅に着いた後、メトロポリタンプラザで「エビ炒飯」を食べる。ああ、おいしい!
・午前零時頃にやっと自宅に着いた。家族と少し話をして、パソコンに向かう。週末は、やるべきことがあるため、授業の準備をできるだけやっておきたかった。でも、午前2時30分頃に、うつらうつらしてキーボードの上で手がすべる、すべる。寝ることにした。
もちろん、こんな生活は嫌だ。就職ガイダンスを担当された講師の方だけでなく、私も今日はハイテンションでないと過ごせなかった。さて、なぜ就職ガイダンスに出席したのか。進路指導委員だからではない。第1の目的は情報収集である(得た情報は何かで利用する)。第2の目的は、これが私の考える、物理的ではなく精神的に学生と寄り添う方法のひとつだからである。
|
|
| 2008年6月2日(月) |
| Oさん、ありがとう! |
「来週から教育実習が始まるから」と、4年生のOさんが今日、私の3年ゼミのクラスに来てくれた。就職活動の前に外部で体験したという、ライフストーリーシートを用いる自己分析の方法をゼミ生に教えてくれ、用意してきたライフストーリーシートを使って授業中にやれるところまでやった。さらに、会社を知る方法について、パワーポイントを使ってコツを伝授してくれた。まるでキャリア教育の講師のようだった。
Oさんの話し方、そして3年生への接し方をゼミ生に混じって聴いていた。学生には身近な上級生からの助言が最も心に届きやすいのではないだろうか。来年は、私のゼミ生が、Oさんのように下級生にアドバイスをしてくれるといいなあ。 |
|
| 2008年6月1日(日) |
| 今日から6月 |
今日は快晴。布団を干すのに最適なお天気である。今、ベランダに干している布団を横目で見やりながら、これを書いている。
今日、新宿でインターンシップ・カンファレンスというイベントが開催されている。先ほど、3年ゼミ生から「中に入るのに2時間近く待たされ、会場は混雑していて、出展企業の人の声が聞こえないほどです」というメールが届いた。ある程度、予想はしていたが、2時間も待たされるのは大変だなあと思う。事務局は、予想して手を打っていなかったのかしら、、、それとも、予想をはるかに超える集客となってしまっているのか。
「ディズニーランドより混んでいる」というメールが、つい先ほど、別のゼミ生から届いた。現場からの実況中継だ。
お天気がよくて良かった。昨日のような雨の中で2時間も待たされたら風邪をひきかねないし、大切な中間試験の時期に体調を崩しかねない。新しい月が始まり、これから梅雨を迎えることになるが、心は「快晴で爽快」の状態でギラギラした夏に向けて進んでいきたいものである。 |
|
| 2008年5月31日(土) |
| 「心の理論」 |
「仕事、仕事の海」で溺れそうな気持ちになったので、全て棚上げし、気分をリセットするために講演会に参加した。もちろん、聴きたい内容だから参加したというのが本当のところだが。あいにくの雨に加え、木曜日の夜からあまり寝ていないこともあってちょっと辛かったが、講演の内容を楽しみにして出かけた。
千駄ヶ谷駅の改札口で、同僚のK先生と3年ゼミ生Mさんと午前9時15分に待ち合わせをしていた。Mさんは、私が9時ちょっと過ぎに駅に着いたら、もう改札口で待っていた(感心!感心!)。
今日の講演会は、私の出身大学の先輩達が企画したもので、京都大学から子安増生先生をお招きしていた。演題は、「メタファー理解と「心の理論」の発達」であった。私の3年ゼミで使用している教科書でも「心の理論」について少しだけ扱われており、私もゼミ生もワクワクしていた。
子安先生は、パワーポイントを使って、大変わかりやすく説明して下さった。あっという間の1時間半だった。「心の理論」と関連して、メタファーよりもアイロニーの理解が難しいという実験結果も報告され、質疑応答の時間に少し討論した。一緒に参加したゼミ生のMさんからも「とても興味深い内容でした」という感想をもらった。帰りに2人で、新宿小田急デパートのマンハッタンヒルズレストラン街にある「清月堂」(改装されてシックな雰囲気になっていた)でランチをとった。
雨で少し肌寒かったが、興味深い講演を聴いた後にランチを食べながら一息ついた昼下がりであった。
|
|
| 2008年5月28日(水) |
| 段ボール1箱 |
| 今日、自宅に段ボール1箱が宅急便で送られてきた。全て資料である。はあ。。。 今はこれだけしか言えない。 |
|
| 2008年5月26日(月) |
| 自己分析と企業研究 |
3年ゼミ生に、自己分析と企業研究の課題を少しずつ出し始めた。無論、出したくて出しているわけではない。大学の教員として、現在の就職活動の時期がどうにかならないかと強く思っている。私が大学生だった頃のように、4年生の秋からの就活で、どこが問題なのだろう?
もっと彼らに学ばせたい。貴重なゼミの時間を就活関連に使いたくない。でも、学生達は就活に対する不安を訴えかけてくる。最大30分間という制限を設けて、少しずつ自己分析と企業研究を扱うことにした。現在、私のゼミ生は、2人1組で希望の業界について調査しており、今日はまず1組目の発表があった。よく調べており、頭が下がる思いがしたが、ゼミでこうした内容を扱うことへの教員としての「罪悪感」がつきまとう。
学生は、自主的に調べながら進路について悶々とし、その苦悶を通して自分の人生を考えていく必要がある。教員の側からの働きかけはどこまでにとどめるべきか。進路指導委員ではあるが、私はゼミで自分の考えと矛盾したことをやっていることに苦い思いをし続けている。 |
|
| 2008年5月23日(金) |
| 4年前の春までいた場所 |
6月18日に開催されるWie主催のパネルディスカッションに向けて、事前に相談しておくことがあり、4年前の3月末まで勤務していた元職場を訪ねた。金曜日はいつも朝4時半起きで、1限目から3限目まで続けて授業がある。今日はそれに加え、授業終了後に3年のゼミ生と面談をした。研究室を出る頃には、頭はすでに飽和状態で、体も結構疲れていた。
午後6時に元職場に到着した。ビルに入り、乗り慣れたエレベータを使って7階に向かう。その間の時間はきわめて短いが、何とも言えない気持ちに襲われた。それは、4年という歳月がもたらした距離感かもしれない。
受付でHさんを待っていると、偶然、同期のOくんに遭遇した。何年経とうが(何歳になろうが)、同期の男性には「くん」づけがしっくりくる。すごく気恥ずかしかった。そして、Hさんとの打ち合わせに使用した応接室は、勤務していた頃によく使用していた部屋でもあった。
当時のビッグボスは関連会社の取締役会長になり、この職場にはもういらっしゃらない。親しくしていた仲間も、勤務場所が変わっていたりで、わずか4年間なのに長い時間が経過したみたいだ。でも、こうして元の職場に来られる用件があることの幸せも感じた。
|
|
| 2008年5月19日(月) |
| 共感覚 |
非常に短期間ではあるが、ウィラメット大学からマーク・スチュアート先生が東京国際大学に滞在されている。今日の私の3年ゼミにおいて、30分間という短時間でミニ講義をお願いした。他学部のY先生の1年ゼミ生も合流し、30人以上が1つの教室に集まった。
簡単にウィラメット大学と東京国際大学アメリカ校との関係に触れたあと、スチュアート先生の研究テーマである「比喩の理解」と「共感覚」について紹介して下さった。「共感覚」とは、例えば、ある文字をみると対応する色が見える感覚が同時に起きる現象である。私のゼミで3週間ほど前に扱った「サヴァン症候群」で、共感覚も持ち合わせている人の例が出てきた。共に感ずる感覚は、色に限定されるわけではない。
先生のミニ講義が終わったあと、ゼミ生の1人がやってきた。「今まで何とも思っていなかったのだけど、私も文字を見ると色の感覚が同時に起きるので共感覚を持ち合わせていることになるんですね」と。20人に1人から2万人に1人といった具合に、発生率は幅があるようで、不思議だ。スチュアート先生のウィラメット大学での授業「心理学」の受講生の中にも共感覚を持つ学生がいるそうで、私のゼミ(全員で16名)にも1人はいる。 |
|
| 2008年5月17日(土) |
| 番組ロケ |
久しぶりに行った歯医者さんの帰り、夜間のため照明装置で明るく照らされている一画が目に入った。番組ロケに違いない。その場所を通って駐車場に向かう必要があるため、近くを歩いていたら、筧利夫さんが仁王立ちしているのに気づいた。スーツ姿でしっかりと前方を見据えている。これから居酒屋に入ろうとする場面だろうか。通りすぎてから、交通整理をしている気の優しそうな女性に、「何の番組ですか?」と尋ねたら、「まだ決まっていません」という返答だった。そんなはずはないだろう。
気になって仕方がないわけではなかったが、深夜、筧さんのブログを探してみると、「今日でドラマ撮影終了」と書いてある。筧さんと言えば、劇団第三舞台出身であることがすぐに思い出される。第三舞台に所属していた頃に、よくお芝居を観に行ったものだ。ダンスが猛烈に上手い。体がよく動く。声の出し方も特徴的でとても良い。今日のロケで前方を強面で見据えていたのは、本番前の精神統一モードなのかもしれない。 |
|
| 2008年5月16日(金) |
| 嫌な大人じゃない |
授業後、研究室近くの講師室でコピーをとっていたら、4年生の女子学生が浮かぬ顔をしてやってきた。「なりちゃん、内定もらったけど、ちっとも嬉しくない!悩み事があるから」と訴えてきた。とりあえずコピーをやめ、「人間はねぇ、何歳になっても悩みはつきものよ」と話しながら、研究室に連れて行って話を聴いた。(この4年生が1年次の時から教えていることもあり、他の学生がいない場合にのみ、私のことを「なりちゃん」と呼ぶ。この善し悪しはともかくとして話を進める。)
彼女が抱えている悩みはよくわかった。私なりのアドバイスを提供した。研究室を出ていく時に私のほうに振り返って言った、「なりちゃんは、嫌な大人じゃないところがいい!」
ほぅ、嫌な大人とはどのような大人なのだろうか。今日の相談内容から想像すると、「頭ごなしに物事を決めつけてしまう大人」か。いずれにしても、「嫌な大人じゃない」と言われたことを真摯に受けとめておこう。
|
|
| 2008年5月14日(水) |
| リトアニアからの贈りもの |
4月末、読んでみたいと思った論文のコピーを取り寄せようと、その論文が掲載されているジャーナルをインターネットで探してみた。しかし、ジャーナルも出版社も見つけられなかった。最後の手段は、その論文をジャーナル
Assessing Writing で紹介していたUteさんに問い合わせてみることだった。Uteさんは、2004年にGranger先生のところで開催されたサマーセミナーで一緒に勉強した仲間だ。
しかし、インターネットで検索していたら著者のメルアドがわかってしまった。うぅっ、どうしよう、、、と少し思い悩んだが、直接問い合わせてみることにした。すぐに返信が届いた。メールによると、その論文の電子ファイルがコンピュータを交換したときになくなってしまったらしく(まだ捜索中とも書いてあった)、出版社に問い合わせをしたら、これまたコンピュータの入れ替えに伴って消失してしまったということだった。ということで、ハードコピーを郵送してくれることになった。
5月10日が過ぎてもハードコピーが届かない。ひょっとすると、リトアニアから日本に郵便物が届くのに日数がすごくかかるのかもしれないなと考えていた。
今日、メールで、論文のpdfファイルが送られてきた。どうやら、見つかったようだ。こんな不躾な私からの依頼に親切に対応していただいて、とても嬉しかった。論文を読了して、お礼のメールを出した。リトアニアの英語学習者(大学生)が産出した英文の首尾一貫性(coherence)を研究されている、リトアニアのVilnius大学のNida
Burneikaite先生、ありがとうございました!
|
|
| 2008年5月11日(日) |
| 難しかったかなあ... |
3年生のゼミでは、毎週、レポーターを決めて教科書や参考文献を読み進めている。A4判で2枚以内のハンドアウトを準備してもらっているが、ゼミの2、3日前になるとハンドアウトのファイルが電子メールで私に送信されてくる。レポーターとして初回の担当時のみ、そのファイルを私がチェックして修正や加筆のアドバイスをしている。これはこれで、結構な時間がかかる。
皆、一応、所定の分量におさまるようにまとめているが、全体を俯瞰してまとめているというよりも、教科書に記載されている順番に従って要点を抜き出している感じだ。ちゃんと理解できているのかな?ハンドアウトの最後に、担当個所の難易度と自分の意見・感想を簡単に書いてもらっているが、異口同音に「一度読んだだけでは内容がわからず、何度も読んでいるうちに少しずつ分かってきた」と記載している。この、少しずつわかってきた感が重要なんだけど。
明日は、理化学研究所脳科学総合研究センター編『脳研究の最前線 上』の第4章を一気に終わらせるのだが、集まったハンドアウトファイルを見るかぎり、かなり難しかったようだ。 |
|
| 2008年5月10日(土) |
| 同期の桜? |
今日の夜、K先生の退職をお祝いする会が表参道のレストランで開催された。でも、私は家の都合で出席することができなかった。天気は、あいにくの雨だったが、きっと温かでなごやかなお食事会になっているだろうなあ、、、と想像するだけで十分だった。
法政大学の大学院の授業でお世話になったK先生。当時(現在でもそうかな?)、他の大学の大学院生でも法政大学大学院の授業を受講することができた。その頃一緒に勉強した人々は、今や、第2言語習得研究や英語教育の分野で著名人となっている。私は、他の大学の修士課程を修了して企業の研究員になったので、このときの同期(?)の人々に比べると大学教員としての経歴が格段に短い。
大学を退官されたK先生はどのような日々を過ごされていらっしゃるのだろうか。私が大学教員になるとわかった時、K先生はおっしゃった、「一生懸命、教えなさい。教育だけは、絶対に手を抜いてはいかんよ」と。私、守れているかな? |
|
| 2008年5月4日(日) |
| ホテルのバーで |
世の中、連休ムードが漂っているというのに、時間的余裕が全くなく、ひたすらデータの分析をしている。ついに、WordSmithツール(Version
5)を購入してしまった。手続きもインストールもいたって簡単であった。PDFのマニュアルが300頁近くもあってギョッとしたが、マニュアルを読まなくても意外に簡単に使えてしまうことがわかった。
こんな毎日を過ごしている自分へのご褒美にと、横浜のみなとみらいにあるホテルのバーに飲みに出かけた。実は、このホテルの人事部宛の手紙を書いたばかりだったので、「じゃあ、実際にホテルへ足を運んでみよう!」と思い立ったわけである。
カクテルを2杯飲み、ほろよい気分でホテルを出て、「あれ、駅はどちらの方向かしら?」と頭を左右に振る。すかさず、ホテルの人が出てきて「大丈夫ですか?」と尋ねてきた。ホテルを出入りする人がよく見えるのか、あるいは私の仕草がいかにもお上りさん的だったのか、未だによくわからないが、、、、さすがである。それにしても、夏期インターンシップを受け入れてくれるかなあ。。。 |
|
| 2008年4月30日(水) |
| 自分の軸 |
今日の授業終了後、4年生の女子学生2人が私の研究室を訪ねてきた。先週の土曜日にメールが入り、「就職の内定を得たのでお礼の挨拶をしたい」という連絡を受けていた。礼儀正しく、几帳面な学生達である。だから、早々と内定を獲得できたのだと思う。
就職活動に向けてどんなことを考えて実践してきたのかを教えてもらった。2人の話には唸るしかなかった。これが本来の大学生の姿であると言ってしまえばそれでお終いだが、(自分の学部の学生だからとひいき目に見てしまう部分を差し引いても)私には2人がとても素晴らしく思えた。「内定がなかなかもらえず、就職活動を続けている同級生に対して感じることは?」と尋ねてみると、「たくさんの企業を次から次へと応募しているが、一番大切な『自分の軸』ができていないように思う。その軸ができていれば、準備すべきことや『戦略』がもっと見えてくるんじゃないかと思う。」
実際、この2人は2社程度しか受けていなかった。そして、2社から内定を獲得した。 |
|
| 2008年4月29日(火) |
| 夕暮れ時にワイン ― 赤坂サカス |
ちょっとした用事があって東京ミッドタウンに出向いたついでに、赤坂サカスまで足を運び、ぶらぶらと歩いてみた。連休の始まりで混雑を予想していたが、、、がらがらだった。それでも、バーの店先には外国人客がお喋りに興じながら、楽しそうに「大人のお酒」を楽しんでいた。
ちょっと洒落たワインバーに入り、まずシャンパンを飲み、「東京は何だか、いいねぇ!」と田舎魂が抜けない私はしみじみ思ってしまう。もう1杯くらい飲んで帰ろうとワインリストを眺めると、30cc、
90cc、そしてボトルの値段が書かれている。どのワインも高い。赤坂「タカッす!」と言いたいくらいの値段がついている。
東京の空気、お店の雰囲気、過ぎゆく4月のひとときを、「苺アイス」という愛称の赤ワインとともに飲み干した。フランスのブルゴーニュ産、品種はピノノワール。「ジュブレ・シャンベルタン・クロ・ブリュール」という赤ワインであった。 |
|
| 2008年4月27日(日) |
| 『自然言語処理』特集号:CFP |
言語処理学会の論文誌『自然言語処理』で、教育・学習を支援する言語処理に関する特集号を組むことになった。この特集号では、教育・学習と言語処理を結びつけるテーマを広く募集する。ただし、自然言語処理を中心とするものに限定する。投稿締め切りは、2008年8月31日である。
次のウェブページに応募要領が記載されているので参考にしていただきたい。→特集号:「教育・学習を支援する言語処理」
|
|
| 2008年4月25日(金) |
| 『Campus Scope』春号がやっと届いた |
例年なら教務課の前の机の上に積み上げられていてもおかしくない大学生新聞『Campus Scope』なのだが、今年はまだ届かないでいた。それが今日、やっと大学に来た。教務課の職員さんが、お昼休みにわざわざ私のところに持ってきてくれた。
現在はロサンゼルスに語学留学している2年生(女子学生Tさん)が、春休み期間中に取材して書いた記事が名前入りで掲載されている。5頁の左側にある囲み記事で、タイトルは、「キャンドルナイト―灯りが広げるエコの輪」である。
『Campus Scope』(21号)は、全国の大学などで19万部配布されているとのこと。他の大学でも、キャンパス内のどこかに並べられているはず。ご覧あれ。 |
|
| 2008年4月24日(木) |
| IEEE Japan Council WIE (Women in Engineering) |
深夜に、企業時代の同僚からメールが入った。明日は1限目から授業なので早めに就寝しようと思っていたのだが、そのメールを読んだら眠れなくなった。とりあえず、簡単な返信をしておいた。明日中にちゃんとしたお返事を差し上げるということで。
6月18日(水曜日)に、IEEE Japan Council WIE (Women in Engineering)が主催するイベントで司会をしてもらえないかという打診であった。ホームページにはまだその情報は記載されていないが、着々と準備は進んでいるようだ。この組織は、日本の女性技術者・研究者のレベルアップに貢献する活動を積極的に実施している。
司会役をきちんとこなせるのかどうか、自信は全くないけれど、大学で進路指導委員を担当している私にとって参考になるお話を聴かせていただく機会になるかもしれないと前向きに考えた。進路指導委員は、企業への入口の部分に関係しているのだから、そのあとのキャリアアップを模索しておられる女性技術者のお話は聴いておいたほうがいいとも思った。
|
|
| 2008年4月22日(火) |
| カルテがない! |
本当は年末に定期検診を受けるはずだったが、、、4か月遅れとなってしまった。もちろん予約を入れていたが、いつもと違い、待ち時間が異常に長い。ゴールデンウィークの前だから混雑しているのかもしれないと思っていると、聞こえてしまった。看護婦さ〜ん、成田さんのカルテがないですよ〜。どうしたんですか〜?と叫んでいるお医者さんの声。
診察室に呼ばれ、医師から「なぜかカルテが見当たらず、申し訳ありません。責任を持って見つけますから」と説明された。「別の日に来院しましょうか」と私は申し出た。「いや、せっかくの来院だし、貴重な時間だから必要な検査を済ませて結果も見ましょう」と言ってくれた。全てが終了した時には夕暮れ時だった。後日、これまでのカルテと照合し、連絡を下さることになった。
長時間待ったことになるが、私はそれほど長いとは感じていなかった。たまたまであるが、明日の授業で配付するプリントの内容を考えたり(教科書は全て持参していた)、インターンシップのことで横浜方面のホテルに電話を入れたり(ホテル側から時刻を指定されていた)とすごく忙しくしていたからだ。しかし、カルテは重要な個人情報だ。紛失なんてことはないでしょうねぇ。。。 |
|
| 2008年4月20日(日) |
| 就活本を読む前に |
急いでやるべき課題を前にして、またしても逃避行動に走ってしまった。この週末に一気読みをした本がある。『大学生のためのキャリア講義―就活本を読む前に―』(山本直人著)である。キャリアに対する著者の考え方をどのように受け入れるかは読者によって異なるだろうが、私にはとても読みやすくて良い本だと思った。
月曜日(14日)に、第1回目の演習III(3年生を対象とするゼミ)の授業があった。初回の授業では、ガイダンスとレポーターの分担を決めることが主たる内容であった。が、授業中に、「3年生になったばかりだけど、やがてやってくる就活に対して不安を感じている人はどのくらいいる?」と尋ねたら、ほとんどの学生が手を挙げた。3年生になったばかりなのに。そりゃあ、全く意識していないというのも逆に心配だが、こんなに早くから「不安」を感じているということ自体に驚いた。大学生活の後半に入ったばかりだというのに。
ゴールデンウィーク明けに、3年ゼミ生とは個別面談を予定している。「不安」を取り除いていく最初のステップとして、連休の間にやってきてもらいたいことを考えている。今日、一気読みした書籍には、そのヒントが満載だった。
|
|
| 2008年4月19日(土) |
| 講演会「卒業論文評価におけるラッシュ・アナリシス」 |
ほんの1時間程度の講演会ではあったが、小雨の中を英検ビルまで出かけて行った。講師は、お茶の水女子大学のシェイファー先生だった。ラッシュ・アナリシスについて概念的な紹介をされた後、この手法を用いたシェイファー先生の研究内容について話して下さった。
ラッシュ・アナリシス手法についてよく理解できたわけではないが(必要性があって実際に使用しないと駄目だろう...)、研究結果をお聴きして面白いなと思うことは多々あった。たとえば、一般化することはできないが、シェイファー先生による研究では、言語学を専門とする教員のほうが文学(英文学かな?)を専門とする教員よりも英語で作成された卒業論文に対して厳しい採点をする傾向にあった。シェイファー先生ご自身は、採点の厳しさにおいて両者の中間に位置していたそうだ。
質疑応答の時間が少なかったのが残念な点であるが、あとでメールで質問しても構わない感じだった。自宅に戻ってきてから、お礼の言葉とともに質問を送っておいた。
|
|
| 2008年4月11日(金) |
| 授業開始と科研費交付内定 |
今日から前期の授業が始まった。初日、1時限目から3時限目までの連続講義だったが、すでに体力を使い果たした感がある。
私の人生がそういう時期にさしかかっているのかもしれないのだが、ここにきて外部から仕事の依頼が連続して届く。先延ばしさせてもらいたい気持ちが強いのだが、正直、判断に迷う。ひとつ、9日に届いた仕事の依頼を受けるべきかどうか、これは経験豊富な学部長に相談して決めた。
授業が終わり、研究室で熱いお茶を飲みながら一息つき、メールボックスから取り出してきた郵便物や学内資料に目を通していたら、「平成20年度科学研究費補助金交付内定一覧」があった。交付内定をいただいたようだ。昨年11月、大学祭の合間に4年ゼミ生を集めて指導するかたわら何とか間に合わせた申請書だったが、あきらめずに申請してよかった。
|
|
| 2008年4月9日(水) |
| 逃げ場のない状況 |
各学年の新年度ガイダンスを実施しているが、合間をぬってTIUA(東京国際大学アメリカ校)での留学を終えて戻ってきた新3年生が研究室に顔を見せてくれる。皆、留学中にTOEFLスコアが格段に上がっている。そして、口を揃えて言うことは、昨年度は断念したけれど今年度は長期留学に応募する、と。応募条件のTOEFLスコアまであと少しの学生が多いが、私はTOEFLの勉強のほかにアカデミックライティングの授業を聴講でもいいから履修するように奨めている。言コミでは、週2コマの授業が多く、いずれかに他の科目の授業が入っていて、履修できない場合が多い。「たとえ1コマでもいいから聴講させてもらったほうがいい!」と言うと、学生は、一様に、「聴講ってどういうことですか?」と尋ねる。教えると、「へぇ。。。そういうことができるんですね。担当の先生にお願いしてみます」という答えが戻ってくる。
この機会を利用して、TIUAで英語力が伸びた一番の要因は何か?と聞いてみた。「う〜〜ん、逃げ場のない状況ですかね。英語の環境で学ぶしかないんですよ。学ぶしか。それに、周りで同級生が深夜遅くまで泣きながら勉強し、ボランティア活動も積極的にやっている姿を見たら、やって当たり前という気になりますよ」と。
真顔でこう返答してくる学生達に、ただただ感動するしかない私だった。
|
|
| 2008年4月7日(月) |
| 風神雷神図ミニ屏風 |
昨年度の1年生のゼミで指導したTさんは、現在、ロサンゼルスで暮らしている。3月24日に日本を発った。来年1月末まで語学留学の予定である。日本を離れる少し前に、二人で新宿の東急ハンズでホームステイ先に持っていくお土産を選んだ。
ホームステイ先のご家族の1人が、昨年、日本文化を学ぶために東京国際大学に短期滞在し、私が担当する1年生対象のリーディングクラスに特別参加してもらったこともあり、私もTさんのお土産探しに協力したわけである。さらに、私からのお土産も買って、Tさんに託した。
Tさんからメールが届き、私が贈ったささやかな品物の1つをホストファミリーのお父さんが机の上に飾って下さっていることがわかった。その品物とは、風神雷神図ミニ屏風である。ハリウッドの映画監督であるお父さんが、この屏風からインスピレーションを得て名作映画を世の中に・・・と期待してやまない。
|
|
| 2008年4月5日(土) |
| 健やかであり続けたい |
おととい、会議中に同僚の具合が悪くなった。保健室でしばらく休んでいると回復したが、車でご自宅まで送っていった。無理をして働かれていたんだなと思うと、とても悲しかった。新年度が始まったばかりだというのに。
私は、大学に出た日は通勤に時間がかかることもあって、帰宅が午前様近くになってしまうことが多い。それから食事をとることもある。今日の出来事で私はいくつか決心した:1)効率的な会議運営を皆で目指すこと、2)夕食はふさわしい時間に食べること、3)近々に人間ドックを受診すること、4)体がつらい時には同僚に正直に話すこと。
|
|
| 2008年4月2日(水) |
| 春の夢:印税と特許使用料で暮らせたら... |
第1キャンパス正門近くの桜が満開である。いよいよ新年度に突入した。桜の木のトンネルをくぐり抜けながら、これからの日々を想った。
自宅に戻ったら、4年前まで在籍していた企業から書状が届いていた。何だろう?と不思議に思い、開封してみると、昨年6月に登録になった特許の報奨金を貰えるとのことだ。いい企業だなあ。在職中に同僚と提出した特許出願書が晴れて特許として登録されたわけだ。出願してから特許として成立するには実は7年はかかる(以前の制度では)。報奨金は数千円レベルの金額である(えっ、そんな少ない金額なのか!と衝撃を受ける人もいるかもしれない)。でも、その特許明細書に私の名前が元同僚4名の名前とともに刻まれていることがなんだかとても嬉しい。ちなみに、その特許とは、グループウェアにおける対話支援方法に関する内容を扱ったものだ(確か)。
私の夢−書籍の印税と特許使用料で左うちわで暮らすこと、ドバイあたりで...。 夢は夢だからこそいいのかもしれないけれど。
|
|
| 2008年3月28日(金) |
| 原稿作成・査読終了・オープンキャンパス |
今日、来年度の入試に向けてのオープンキャンパスが開催された。個別相談を担当していたので、1号館1階ラウンジに設けられた会場で高校生の登場を待つ。
このオープンキャンパスの仕事が入っていたため、昨夜のうちに、執筆中だった原稿をとにかく完成させ、手違いで遅れてしまっていた査読も終了させた。すっきりした気持ちで高校生に向き合いたかった。
この時期だと来場者が少ないのではないかと予想していたが、そうではなかった。夏に開催する時と同じくらいの学生数と面談した。高校での英語の勉強方法を質問し、その回答に耳を傾けていた時に「気に入った!」と私が思わず叫ぶシーンがあった。すると、面談相手の女子学生は体をビクッとさせて驚いた。同伴していた母親も同じように驚いた。−そんなに驚くことなのか?!
私と面談した全ての高校生は、「3年生の間に英検2級に合格してしまいましょう!」とはっぱをかけられた。意図的に強い印象を残すつもりなど毛頭ないが、教員が明るくてポジティブなエネルギーを発していなければ「ここに来てみたいッ!」とは思わないのではないか。
|
|
| 2008年3月26日(水) |
| 原稿作成準備 |
今、呑気に日記を書いている場合ではないのだが・・・。
執筆する分量はきわめて少ないのだけれど、原稿執筆の準備を進めている。もっと早くに着手したかったが、目の前にぶらさがっている仕事を片付けているうちに、気がついたら目の前にこの仕事が立ちふさがっていた。
原稿の取りまとめをして下さっている先生に、28日までに原稿を送信しなければならない。28日は、オープンキャンパスの日である。ということは、明日中(28日の早朝を含めて)に仕上げるということだ。そんなせっぱ詰まった時に、まだ、資料の取り寄せをしている。先週、資料を郵送してもらえそうな知り合いに依頼のメールを出したら、「今、アムステルダム!24日に研究所に出勤してからになるけど間に合うか?」という返事をもらった。うぅっ?!と思いつつも、結局、送ってもらった。先ほど、関西から速達で届いた。主人には、仕事の帰りに二子玉川の紀伊国屋書店で買ってきてほしい書籍を先ほど電話で頼んだ。書店には手配済み。
人騒がせな私を許容してくれる方々に感謝の気持ちを込めて、この文章を書いている。「迷惑をかけてすみません。」
|
|
| 2008年3月24日(月) |
| 反省:1月に確認しておけばよかった |
論文の査読にまだ時間がかかりますか?というメールをもらって衝撃を受けた。「えっ、論文自体を受け取っていないのだけど・・・。」
1月上旬から中旬にかけて、論文査読の依頼を受け、承諾した。その時に、論文の受け取り方法と査読要領の確認をすれば今回の行き違いを避けることができたのだろう。反省することしきりである。メールでの簡単なやりとりにより、私は論文のコピーが郵便物として送られてくると勝手に思い込み、またそれがいつ頃になるのかについては特に気に留めなかった。
査読のための論文は、私自身がウェブサイトにアクセスして取得することになっていたようだ。その情報を記載した電子メールを事務局では私宛に送信したことになっているようなのだが、私は受け取っていなかった(と思う)。1月中旬に送受信したメールを確認しても、見当たらなかった。
この騒ぎが一連のメールで落ち着き、論文を取得するための情報を送ってもらった。今、着手している仕事が終わったら急いで査読をして結果を伝えることにした。
|
|
| 2008年3月21日(金) |
| 言語処理学会ワークショップ |
今週は、溜まっていた仕事を片付けるのに四苦八苦している。昨夜、今日が締切の後期授業評価結果に対するフィードバックを作成して事務掛に送信した後、ワークショップの担当セッションの発表内容(予稿集)に急いで目を通した。事前に確認をしておく必要があるからだ。
ワークショップは、朝9時から夕方6時半まで開催された。長時間に亘る行事に耐え抜くためには、体力が必要であることを痛感した。その点、私はまだ大丈夫のようだ。しかし、今後は筋トレも必要になってくるだろう(誇張ではなく!)。プログラム委員は会場の前の方に座って待機したのだが、やや寒いのが辛かった。それでも、昨年の大会で進行役を担当した会場での凍えるような寒さに比べるとそれほど苦にはならなかった。
ワークショップでの発表に限ったことではないが、昨年の(あるいはもっと以前の)研究発表を発展させた内容もあれば、「うん?言語処理との関連性は?」と思わず予稿集をめくってみる内容のものもある。それでも、年次大会が終わるとまもなく新年度がやってくるという年度の節目を、言語処理に関するさまざまな研究発表を聴くことで迎えるというのもいいものだ。
|
|
| 2008年3月19日(水) |
| 卒業式 |
言語コミュニケーション学部1期生を社会に送り出す日がやってきた。私が初めて卒業生を出す、特別な日である。
通っている美容院の担当者Yさんから、「成田さんが朝早く来られるならやってあげましょう」と言われ、髪をセットしてもらった。卒業生と同じような髪型をするわけではなく(当たり前!)、少しだけパーティ仕様にするだけのことだ。Yさんが持っている小さな髪飾りもお借りした。
卒業式が終わったあと、教室に学生に来てもらうようにしていた。きれいに着飾ったゼミ生を前にして、私からの感謝と激励の気持ちを伝えた。1人1人を想いながら書いた「贈る言葉」と手作りの卒業論文リストを渡した。ゼミ生には、1人ずつ今後の抱負を語ってもらった。泣いてしまう学生も多かった。私は、心の中ではウルウルしながらも、1人ずつ携帯電話のカメラで写真を撮ることでその気持ちを外部に押し出していた。同僚のK先生が教室にやってきて、「成田ゼミでは授業をしているという話を聞いたの。」
気がついたら2時間近く、ゼミ生と一緒にいた。謝恩会が開催される川越プリンスホテルに移動するまでの間、研究室に1人でいた。放心状態に近い感じだった。これが卒業生を送り出すことなのかな、、、とかすかに感じながら。

|
|
| 2008年3月16日(日) |
| セミナー終了! |
昨日、第2言語ライティングセミナーが無事に終了した。120名強の方々がセミナーに参加して下さった。心よりお礼を申し上げたい。会場が手狭であったことを申し訳なく思うが、最後まで多数の方々に同席していただいた喜びは大きい。ご多忙な年度末に協力して下さった講師の先生方にも深く感謝申し上げたい。特に、アリゾナ州立大学から駆けつけて下さった Paul Kei Matsuda先生には何とお礼を申し上げたらよいのか、言葉が見つからない。
セミナーが終了した今、参加してくださった方々からメールが届くようになった。「次回のセミナーを心待ちにしています」というお言葉まで頂戴している。
季節は春へ、春へと向かっている。年度末に貴重な体験ができたことを糧にして、新しい春を迎えるなか、私自身の研究活動に精進していきたいと強く思っている。
|
|
| 2008年3月11日(火) |
| アルバイト学生と打ち合わせ |
早稲田サテライトに荷物を送り出したあと、15日にアルバイトをお願いしている1年生と3年生の女子学生に研究室に来てもらった。担当表を渡して説明し、質問に答えた。さらに、資料の印刷、B4サイズの配布資料数点の二つ折り作業を全員で黙々と進めた。
こんなふうに協力を惜しまない学生がいてくれて本当にありがたい。当日、よろしくね。
|
|
| 2008年3月7日(金) |
| セミナー会場の準備 |
15日に開催するセミナーへの事前申込者が100名を超えてしまったため、会場の机と椅子を増やすべく、早稲田サテライトに向かった。パネルディスカッションに向けての設営も同時に行った。設営には、早稲田サテライトの職員さんをはじめ、他学部のK先生もご好意で手伝って下さった。約2時間かかった。パソコンとプロジェクタの接続も試しておいた。
もう一度、14日に会場に赴く予定にしているが、普段全く使用していないキャンパスの教室を使用するため、大変な苦労を味わっている。資料を事前に宅急便で送る必要もあり、抜けがないように送付物リストを作成し、準備ができた物から完了マークを入れている。海外旅行に出発する前に、ガイドブックに記載の携帯物チェックリストで確認する作業と似ているなと思いながら。
|
|
| 2008年3月2日(日) |
| 参加申込者が100名近くになってきた・・・ |
どうしよう?! 3月15日に開催する「第2言語ライティングセミナー」への事前参加申込者の数が100名近くになってきた。年度末の多忙な時期にどれほどの人が参加してくれるだろうかと不安に思っていたのだが、今度は参加者が多くなりすぎるのではないかという不安に変わった。こういう事態を「嬉しい悲鳴」と人は呼ぶのだろうが、会場の大きさを考えると、、、ぎりぎりだなあ。150名を収容できるが、そういう机と椅子の配置にすると窮屈に感じるだろう。
言語処理学会年次大会のワークショップも、予想していた事前参加申込者数をはるかに上回る人が申し込んできたために、急遽、会場を変更することになった。大会実行委員長から「どうしましょう?参加希望者の数が会場の座席の数とほぼ一緒です」という知らせを受け、プログラム委員で相談をすることになった。もちろん、電子メールでの相談だったが、大会実行委員長からの知らせを受けて1時間後には結論が出ていた。工学系のプログラム委員が多い(=常にコンピュータに向かっている?)こともあるだろうが、きわめて速やかなメールでの議論がとても清々しかった。これが仕事のやり方ですよ。ワークショップのタイトルは、「教育・学習を支援する言語処理」である。「セッション4:語彙・コロケーション」の座長をするので、皆さん、こちらにも是非ご参加を! |
|
| 2008年2月29日(金) |
| バイク |
バイクの修理が完了したらしく、主人が今日そそくさと取りに行ってきた。250ccのビッグスクーターという種類のもので、色は何と黄色!カタログを見て即座にこの色に決めたんだとか。主人が販売店の担当者に「普通の人なら考えもしない色なのかなあ」と聞いたら、担当者は顔の前で手を力一杯振りながら「そんなことないですよ」というジェスチャーをしたそうだ。しかし、主人は、担当者のちょっとした表情の変化を見逃さなかった。そして、心の中で思った。「やっぱり、そうか、、、」。
このバイク、主人が2月1日に出かけようとし、少しの間、交差点から5mほど離れた道路脇に停めておいたら、その信号のない交差点で自家用車とタクシーが出会い頭の衝突事故を起こした。ぶつけられたタクシーが主人のバイクの方に向かってきて大破。朝から警察官に呼ばれ、買ってまだ2か月半しかたっていない新車並のバイクのあわれな姿と対面させられた主人は泣いて(?)自宅に戻ってきた。「初めて停めた場所なのに、なんて不運なんだ。オーマイガッ!(私にはこう聞こえた)」。
主人はまったくの被害者だったため、保険面で煩わしい手間もなく、修理費用が相手から全額補償された(ン十万円とか)。修理後、4週間ぶりに元気な姿(↓)を見せてくれたというわけだ。
|
|
| 2008年2月27日(水) |
| 日本に戻る |
サンタバーバラのホテルをチェックアウトし、ホテルのシャトルバスで空港に向かおうとした。ところが、ホテルのフロントには1人しか社員がいないらしく、シャトルバスを運転できないと言われ、タクシーで行くことになった。「そのかわりに」と、フロントの人から8ドル手渡され、「タクシー代に」と言われた。ホテルの人からお金をもらってタクシーに乗るなんてことは初めての経験、複雑な気持ちがした(子供扱いされたようなそんな感じ)。で、空港に向かった。
私の実家のある四国の最寄り駅よりも小さいと思われるサンタバーバラ空港を後にし、サンフランシスコ→成田へと帰路についた。機内で赤ワインを注文したら、「アルコールを飲める年齢になっているのか?」とCAに聞かれた。体調がいい時には笑ってすませるが、この質問にはムカッときた。冗談で聞いていることはわかっているが、日本の航空会社のCAならこんなことは言わないだろうね。アメリカらしくていいんだけどさ。 |
|
| 2008年2月25日(月) |
| サンタバーバラのダウンタウン |
日本に戻る前にサンタバーバラのダウンタウンを見ておきたかった。ホテルからバスで40分以上かかると言われた。タクシーならお金はかかるが、時間は半分に短縮されるだろう。ここで考えた。昼間であっても、女性が1人で20分もタクシーに乗ることはやはり避けたほうがいいだろうと。公共の交通手段を使っていくことにした。ホテルの前に101が走っており、そこを横切るとバス停があった。バスに乗り込み、運転手に「Paseo
Nuevo」に近いバス停で降ろしてほしいと頼んでおいた。
Paseo Nuevoは、たくさんのお店が集まっているモールのようなところである。以下の写真(左端)は、このショッピング街への入口である。昼食をどこで食べようかなとお店のディレクトリをじっくり眺めていると、日本料理のお店を見つけた。2軒あったが(帰りのバスで隣りに座った女性から聞いたところによると3軒目もあるらしい)、そのうちのお洒落なほうに入った。約11ドルのスペシャルランチ(真ん中の写真)。多分、このお店の経営者は新潟県出身なのだろう。地ビールのエチゴビールが置かれていた。あいにく、経営者は不在だったが。昼食後は、この近辺(ステートストリート:右端の写真)をかなり歩き回った。「Wine Cask」というお店に入り、店主にお奨めのワインを30分間くらいかけて聞きまくり、これぞと決めてピノ・ノアールのワイン2本を買った。
 |
|
| 2008年2月24日(日) |
| 国際会議終了 |
あっという間に3日間の国際会議が終了した。ライティングの研究が、これほどまでに広く深く多面的に行われているとは想像していなかった。体調は全くすぐれなかったが、大変に有意義な3日間を過ごすことができた。
夜は、ホテルで「熱冷まシート」を額に貼り、アカデミー賞の授賞式をリアルタイムで観ながら、東野圭吾の『悪意』を一気読みした。アメリカに来てまで、けいごりん?な私に苦笑いするしかなかった。この作品のストーリー展開には唸るものがあった。読者は、冒頭部分を読んで誰が犯人か確信を持つだろう。が、それが読み進むうちに大どんでん返しとなる。ちなみに、昨夜読んだ本は、『日本を滅ぼす教育論議』(岡本薫著)であった。無意識のうちに私も陥っているかもしれない日本人特有の考え方に衝撃を受けた。
|
|
| 2008年2月22日(金) |
| 国際会議初日 |
朝、8時半にカリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)の会議場に入った。ずらりと並んだコーヒーやオレンジジュース、ミネラルウォーターのサーバー。日本人の私には見ただけで満腹になるマフィンやパウンドケーキの山(一切れでも食べきれないことがわかっていたので食べることはなかった)。
35か国、700人の参加者が集まった。すごいね。招待講演の後は、パラレルセッションで、構内の建物を移動しながら研究発表に聴き入った。以下の写真は大学構内で撮影した。左端は大学の近くにある湾、真ん中は学生センター、そして右端は招待講演が開催されたメイン会場である。
|
|
| 2008年2月21日(木) |
| サンタバーバラ到着 |
はあ、、、風邪が治らない。珍しく薬を服用して、1分でも早く風邪が治るように努力しているのだが、一向に改善の気配がしない。それでも、サンタバーバラには行かなければならない。21日、午後5時50分発の飛行機でロサンゼルス→サンタバーバラへ向かった。
成田から8時間半でロサンゼルスに着いた。サンタバーバラ行きの飛行機が出るまでに3時間もある。税関でかなり時間をとられたが(眼鏡をとって顔写真の撮影と両手の人差し指の指紋採取のため)、国内線乗り場へと移動。途中で、ボランティアというタグをつけた男性から声をかけられた。日本語にすると、「大丈夫、心配することはない。予定している国内線が出るまでにかなり時間があるから。このエスカレーターに乗って上の階に移動し、シャトルバスで第7ターミナルに移動し、、、」と早口でまくし立てる。
私は、彼の喋り方に圧倒されながらも、「不安そうな表情をしているのかしら私は?すごい、まるでエディ・マーフィに話しかけられているみたい。顔も似ているし。映画の1シーンのよう。こうして緊張をほぐすために話しかけてくれているのかもしれないけれど、本当にボランティアなのか、つい疑ってしまうなあ」と心の中で思っていた。
予想通り、これで大丈夫?と思うような造りの飛行機でサンタバーバラに向かった。50分ほどで到着した。この時、サンタバーバラは午後3時近くだった。空港からタクシーで5分ほどでホテルへ。ホテルの名前は、Pacifica
Suites。実は、2つ部屋があって、リビングルームとベッドルーム。それぞれの部屋にはテレビが備え付けてあった。

|
|
| 2008年2月19日(火) |
| 早稲田サテライトの下見 |
週末に風邪をひいてしまい、体調が悪い。鼻水が出て、薬のせいか口の中がからからになる。でも、セミナーのお手伝いをしてくれる学生との約束もあり、その学生と一緒に早稲田サテライトに出かけた。こういう時は、ノートPCがとても重く感じる。投げ出したいくらい。
早稲田サテライトのOさんに事前にお願いしていたので、会場でのAV設備の使用法について丁寧に教えていただいた。それでも、正直なところ、本番で大丈夫かなあ、、、という不安は大きい。それで、アメリカ出張から戻ってきたら、再度、下見をすることに決めた。セミナー当日は土曜日であるが、AV設備のことがわかる職員さんに出勤していただけるようお願いした(急にお願いしたわけではなく、先週から人的ネットワークを活かしてそのような方向に話を持っていったのである、実は)。
同行した学生から干し柿をもらった。福島からお母さんが上京していたらしく、お母さんからのお土産だそうだ。学生から貰い物をすることが多い教員だな、私は。 |
|
| 2008年2月15日(金) |
| 『言語』と『英語教育』で確認 |
大学の図書館で、大修館書店から発行されている『言語』と『英語教育』の最新号をめくった。向後千春先生の「書くことから拓ける世界」というタイトルの記事を興味深く読ませていただいた−書くためには考えることが必要であり、考えたといっても書かなければ真剣に考えたとは言えないということがわかった。社会は、考える能力を大学生に期待しているので、私の授業では書くことを最終的な課題としている。書くことによってのみ、真剣に考える活動が達成される−(『言語』2008年3月号.
p. 51)。
3月15日に開催する「第2言語ライティングセミナー」の案内が、『言語』にも『英語教育』にも掲載されていた。ほっ!
|
|
| 2008年2月8日(金) |
| グループディスカッションセミナー |
外部の業者に依頼し、言コミ独自の就活支援行事として「グループディスカッションセミナー」を開催した。参加した3年生は22名。休憩時間を含め、3時間半余りの集中講座だった。終始、同僚のM先生と私は、講師はどんな指導をするのか、学生はどんなグループワークをするのか、ずっと見学させてもらった。なるほどね!という感想をまず一言。
今日の「本番」まで、約2か月ほど、外部業者さんとメールでやりとりをした。セミナーの進め方の詳細は、当日まで「ひ・み・つ」と言われていたので、講座の狙いと段取りについて相談してきた。一度は、研究室に来ていただいて打ち合わせをした。そういう経緯があったためか、セミナーが終わって私の研究室でM先生も交えてお話&反省会をした時に、バレンタインチョコをいただいた(?)。
この反省会が盛り上がり、気がつくと2時間にもなっていた。盛り上がりやすい4人(=似た者どうし?)だったのかもしれない。
|
|
| 2008年2月5日(火) |
| 手紙でお別れ |
ここ3か月ほど行く機会がなくなっているデパートのHさんから手紙が届いた。新しく入荷した洋服の案内にちょっとしたメッセージが添えられている封書を受け取ることはあったが、今日受け取った封書は開けないうちからふと予感がした。
Hさんは昨年10月に結婚されたのだが、12月中旬に体調を崩され、仕事ができなくなったのだそうだ。最近になって体調は回復したものの、仕事を続けることを断念し、退職することになったいきさつが丁寧に書かれていた。退職することを私に直接会って報告することができないため、わざわざ長い手紙を送ってきて下さったのだ。Hさんに最後にお会いしたのは、昨年の10月30日(この日はHさんが新婚旅行から戻ってきて職場復帰されてまもない頃だったのでよく覚えている)だった。
(自分のことで恐縮だが)Hさんは、私のことを次のように書いて下さった、「いつも笑顔・元気・温かい真心を頂いていました。」
笑顔・元気・温かい真心・・・これが私のキーワードだとしたら、ずっとこうあり続けなければならないなあ。私自身は、自分のことをあえて3つのキーワードで表現するとしたら、「明るい・朗らか・前向き」かなあ。4番目に「ずっこけ」が並びそうではあるが。
もちろん、今年中には新しい家族が増える(そう、妊娠したらしいのだ!)Hさんに、返事を書くつもりだ。お店の人に出して転送してもらえばいいよね。。 |
|
| 2008年2月4日(月) |
| 成績を出さねば |
2007年度後期の成績を早く提出しなければならないのだが、他の仕事に追われ、評価作業が遅々としている。この時期になると、あれこれ違う課題を出さなければ評価がもっと簡単に行えたのに、、、と呟いてしまう。本末転倒である。
ここに日記を書いている場合ではない・・・まあ、おそらく誰しもが忙しい時ほど逃避行動に走る。 |
|
| 2008年2月2日(土) |
| 『「手紙屋」〜僕の就職活動を変えた十通の手紙〜』 |
1年生のゼミ生に対して、冬休みの課題図書の1つに指定していたのが書籍『「手紙屋」〜僕の就職活動を変えた十通の手紙〜』(喜多川泰著)である。この書籍を、今頃になってようやく読むことができた。一気に読んでしまった。
学生に薦めておきながら自分が読んでいないというのはどうも、、、という気持ちがしていたし、それよりもまず書名に惹かれた。就職活動を控えた学生には特に響く内容であるかもしれないが、学生だけでなく社会人も読んでみるといいと思う。書いてある内容について何も伝えていないのだが、2年生の女子学生に少しだけ話をしたら、遠慮がちに「貸してほしい」と連絡してきた。図書館にはまだ入っていない。
そういえば、2日ほど前に3年生の女子学生から本を借りた。私が後期に担当した科目「心理言語学」を受講していた学生だが、レポート課題と関連して読んだ本がとても興味深かったということで持ってきてくれた。『ぼくには数字が風景に見える』(ダニエル・タメット著、古屋美登里訳)という本である。単語や物事に対して、特定の色、質、質感、形、動き等が連想される「共感覚」という現象について説明されているようだ。
学生から本を借りるのは何だかとても嬉しい。今まで学生に貸すことはあったが、学生から借りるのは初めての体験だ。
|
|
| 2008年1月30日(水) |
| 観光&ホテル業界に迫る |
人間業とは思えない段取りで、今日の午後に「進路を考える・就職活動を支援するセミナー」を開催することになった。言コミ3年生が、午後4時半からTOEIC試験を受けることになっていたため、その前の時間帯を利用することにした。この種のセミナーは、来年度からシリーズ化するのかなあ。。。進路指導委員の私次第なのだろうか。やってみればわかるが、準備に沢山の時間も気も遣う仕事であり、終わるとどっと疲れが出る。
今回は、「観光・ホテル業界に迫る」と題して、某有名旅行会社の執行役員S氏と外資系ホテルのコンシェルジュA氏にお越しいただいた。両氏とも、熱いハートを持った方々だと思った。教員が学生にうまく伝えきれないことを、ピシッと的確に、しかも学生の目線に立って「熱く」語っておられる姿を見ていて、学生達も何年か経ったらこんなふうに後輩達に話に来てくれたらなあと考えていた。
定期試験の最終日ということもあって、宣伝に宣伝を重ねた結果、今までで最多の参加者がやってきた。将来、ホテルのベルボーイになりたいと豪語している1年生の男子学生もちゃんとセミナーに出席していた。来週から東京国際大学アメリカ校に留学するが、戻ってきてから相談させていただくことができるようにと個人的にA氏を紹介しておいた。A氏から名刺をもらった男子学生は、嬉しそうな顔をし、お礼を言って会場を後にした。 |
|
| 2008年1月25日(金) |
| なんという1日 |
朝1限目から定期試験のため、久しぶりに午前4時半起きだった。1時限目の試験監督をしている最中から何だか目がしょぼしょぼする。引き続いて2限目も試験監督だ。
昼食をとり、会議に出て、午後4時からはキャンパス・スコープの編集メンバーになった1年生のTさんと打ち合わせ。その30分後には、就職関係の外部委託業者さんとの打ち合わせに入り、午後6時には別の会議へ。
こんなスケジュールだと、頭から湯気が出ているのではないかと、、、、研究室のロッカーに取り付けてある鏡で確かめると、、、髪の毛が逆立っているように見えた(笑)。 |
|
| 2008年1月23日(水) |
| ひたすらメッセージ書き |
昨年10月に、言コミ3年生向けの就職活動支援行事を実施した。その時、18名の4年生が協力してくれた。業界ごとにコーナーを作り、訪ねてきた3年生からの質問に答えてもらうという仕組みをとった。
無事に行事が終わり、ささやか過ぎるほどのお礼をその時にした。でも、実はまだ考えていることがあった。3年生の相談にのっている様子を撮影した各人の写真2枚と手書きのお礼メッセージを渡すということであった。それが、やっと準備できる状態になった。しかし、彼らに手渡せるチャンスは、全学年を対象として実施するTOEFL試験(26日)の直後しかない。急ぐ必要があった。
パソコンでの文書作成に慣れているためか、手書きで1人1人に向けてメッセージを書くのは結構骨が折れた。心を込めて書いたせいか、4時間近くもかかった。特に、教えたことのない学生に対しては、お礼を書くのは簡単だが、個人的なことを書き添える部分がどうも難しかった。
3年生の相談にのる様子を、会場内を走り回りながら撮影してくれた同僚のM先生にも心からお礼を申し上げたい。写真2枚を入れるカードを見つけてきてくれたのもM先生だった。「私達のような大学教員は日本中を探してもいないわ、絶対に!」と思っても構わないんじゃないかと思う日々である。そして、彼らの親御さんにも写真とお礼のメッセージを2月上旬には郵送する予定である。
|
|
| 2008年1月16日(水) |
| 仕事の管理 |
3月末までにやるべき仕事のリストアップとスケジュール管理をそろそろやっておかないととんでもないことになりそうだ。外部からの仕事の依頼が多くなってきた。ワークショップのプログラム委員や論文査読を依頼されるのだが、言語処理関連が多い。分量は多くないが、事典の一部も書かなければならない。これも言語処理関連である。
私の研究課題は、あくまでも第二言語ライティングである。3月15日(土曜日)に東京国際大学早稲田サテライトで私が主催するセミナーを開催することにした。なんか、こういう気合いというか実行力だけは誰にも負けない気がする。あとは、内容次第だ。近々に開催案内を出したいと思っている。 |
|
| 2008年1月15日(火) |
| 津田塾大学へ |
私にやっとお正月がやってきた。おめでとうございます!と自分に語りかけた。これから定期試験もあるため、十分な休養をとった。昨日は、明治神宮に初詣に出かけた。多すぎると言われそうなくらい、たくさんの願い事をしてきた。
そして、今日、4年ゼミ生Kさんと、津田塾大学で開催された講演会に出かけて行った。字幕翻訳家の太田直子さんによる講演会だった。私は、約1年ほど前、太田さんの著書『字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ』を読了した時、映画が好きなKさんの卒論テーマには字幕翻訳がいいのではないかと考え、Kさんに話してみた。その当時、Kさんは卒論のテーマを何にしようか悩んでいたので、私からのアドバイスが嬉しかったようだ。そう、太田さんの著書がきっかけで、私達は卒論作成に向けて歩みを始めたのだった。
講演が終わった時に、Kさんと一緒に太田さんに話しかけた。卒論の経緯も話した。微笑んでおられた。名刺をいただいてしまった(講演をやっていただくためにいつでも東京国際大学に招くことができる? でも、1秒4文字の字幕翻訳の仕事に集中させてあげたい気持ちのほうが強い)。
今朝、津田塾大学は千駄ヶ谷キャンパス開設の記者会見を行った。津田塾大学にとって新しい時代の幕開けでもある。 |
|
| 2008年1月11日(金) |
| 最後の1年ゼミ&卒論提出 |
昨夜、まだ6名の卒論最終チェックが残っていた。講師室のパソコンが使用できる状態にあって助かった。4台のパソコンを使用し、1人ずつ最終チェックをこなしていくも、全て終了したのは午後11時だった。このことを予想し、しかも、今日は朝1限目から3コマ連続の授業もあったので、昨夜からホテルに宿泊した。しかし、授業の準備と4名分の英文アブストラクトの修正、それともうひとつ重要な仕事があったため、ホテルに宿泊しながらも寝たのは今日の午前6時20分で、40分後には起きなければならなかった。ふぅ。。。 体がもたない。
そんなこんなで大変な日々だったが、無事に卒論を提出できた! みな、頑張った! ついでに、私はもっと頑張った!
でも、2限目の授業から具合が悪くなった。そのため、「3時限目は早めに終わらせてもらうかもしれない。最後の授業なのに申し訳ない」と1年のゼミ生に正直に話したら、「先生、気にしないでいいから。それに・・・先生の頬、こけてるよ」と慰められた。まるで、親のようなセリフだった。それでも、最後の授業ということもあってか、いろいろと喋り始めたら、最後まで持ちこたえた。そして、チャイムが鳴り、教室から出ようとしたら・・・「先生、ちょっと待って!」・・・お花と色紙をプレゼントされた。
自宅の玄関まわりは、まるで花壇だ。
|
|
| 2008年1月9日(水) |
| 最後の4年ゼミ |
7日から授業が始まった。6日の夜もそうだったが、昨夜も卒論原稿のチェックで徹夜となった。そのまま授業に行かなければならなかった。2限目は、4年ゼミの最後の授業だった。学生に予告した通り、私は教室には行かず、研究室で学生への対応をした。学生は、いつもの教室で卒論作成を続け、頃合いをみて、順番に研究室にやって来た。
チャイムが鳴る頃、私の研究室にゼミのメンバーが全員顔を揃えてやって来た。何事かなと思ったら・・・「有難うございました」というメッセージとともにお花をプレゼントされた。卒論提出をあさってに控え、精神的に一番余裕のない時に、素敵なお花をプレゼントしてくれた。学生の気持ちがとても嬉しかった。「先生、泣かないの?」と聞かれた(私が涙もろいことはゼミ生は知っている)。
「卒論を提出し終わるまではね」と言った。カードには、「成ちゃんへ」と書いてあった。そうか、私は、「成ちゃん」だったのか、彼らの間では。学生に貰った生花とプリザーブドフラワーは以下の通り。生花は、自宅の玄関に飾ってある。
|
|
| 2008年1月1日(火) |
| 明けましておめでとうございます |
新しい年を迎えました。今年もよろしくお願いいたします。
元旦の夜に、いきなり、「卒論が進みません。留年するかもしれません」というメールを受け取った。この4年間でどんな知らせが届いても驚かなくなってしまった私は、「大丈夫だってば」と激励のメールを出す。こちらは、年末から(いや、11月末以来)ずっと卒論原稿をチェックしている。チェックが終わったら郵便局に速達を出しに行くという生活を繰り返している。睡眠があまりとれないでいる。
私のお正月は、1月11日の卒論提出が終わってからやって来る。この経験を今後のために忘れないでおこうと思う。忘れるわけないか。 |
|
| 2007年12月30日(日) |
| 今年もお世話になりました |
2007年も今日と明日で終わりである。今年も忙しかった、本当に。有難いことに、大きな病気はしなかった。それでも体力の衰えを通勤時間の長さのなかに痛感するようになった。「しんどい!」の一言に尽きる。
研究業績に関しては、今年、いくつかの口頭発表を行ったが、論文ではないことが反省点である。授業に追われ、卒論指導に追われ、学部の仕事に追われ・・・どうやって時間を見つけるのかが勝負だなあ、やはり。
9月中旬に名古屋で開催することができた「第二言語ライティングシンポジウム」については、これを出発点としてこれからの自己研鑽につなげていきたいと思う。
2004年4月に言コミの教員となり、これまでの間、ひたすら走り続けてきた感がある。新春3月には、言コミの第一期生が社会に巣立つ。言コミの最初の4年間の歴史が終わり、新しい歴史が始まる。私もこれまでの教員生活を振り返り、より志を高くして、新しい歴史を創っていきたいと思う。
皆様、来年もよろしくお願いいたします。

← 今年最後に、イラストを。名古屋でのシンポジウムの私?(似てないよねェ・・・)
|
|
| 2007年12月27日(木) |
| 新百合ヶ丘で乾杯! |
しばし、卒論チェックから「年賀状を書く」モードに切り替えることにした。最終的に出す枚数の4分の1ほどだけど約40枚書き上げ、家の掃除をし、時計を見たらもう午後5時近く。外出の用意をして、新百合ヶ丘駅の近くにあるホテル「モリノ」のラウンジへ向かった。
9月に名古屋で開催した「第二言語ライティングシンポジウム」の仲間であるMさんとKさんと私の3人、女性だけの忘年会を開催した。気がついたら、3人で5時間も喋り続けていた。それでもまだ物足りなかった。とはいえ、ちょっと飲み過ぎたかも。Kさんとは以前からの知り合いだったが、Mさんとは今回のシンポジウムがご縁で親しくさせていただいている。
同じ研究分野で、しかも(強いわけではないが)お酒--特にシャンパン--が好きという仲間に出会えて本当に嬉しい。来年2月には、Mさんと一緒に米国サンタバーバラで開催される会議に出かけることになった。ああ、楽しみ! |
|
| 2007年12月25日(火) |
| クリスマスだというのに |
12月の最初から、卒論原稿(の一部)をチェックし続けているため、睡眠時間が不足している。通勤時間もフルに活用している。なりふりなんか構わずに、赤のボールペンで原稿に朱を入れる。通勤時間にこれほどまでに集中できるとは思いも寄らなかった。自分で言うのもなんだが、ものすごい集中力だ。
私は、性格が災いしてか、チェックがかなり細かい。原稿が真っ赤になる。あまりに赤いと学生も嫌になるだろうから、最近は青でチェックを入れ始めた。
12月中旬に完成原稿を提出するように夏から言い続けているにもかかわらず、半分程度しかできていない学生ばかりだ。私は、結構、頭にきているのだが、ひたすら怒りを抑えて「こうしたら?ああしたら?」とアドバイスしている。
今日と明日は、ゼミ生を2つのグループに分けて研究室に呼び出している。22日から冬期休暇に入っているが、それどころではない。年末年始にアルバイトを入れている学生もおり、「アルバイトなんかしている場合じゃないわよ。信じられない!」ときっぱり言い放っている。結局、お正月に予定していた実家への帰省もできなくなった。 |
|
| 2007年12月21日(金) |
| 現代GPフォーラム |
現代GP「『小江戸川越』国際都市化支援プロジェクト」の成果報告会が夕方から開催された。
English Project Workshopという授業の成果や川越ガイド学生ボランティアの活動成果を、2年生・3年生・4年生が順番に発表した。それぞれの発表を聴いていると、学年を重ねるにつれて成長している姿がよくわかり、涙腺が弱い私はやっぱりウルウルしてしまった。休憩時間に、顔を直しに化粧室に行ったほどだ。
こういう機会につくづく思うことがある。教員がやれることはたかが知れている。学生達の背中を押すだけである。あとは、学生自身が試行錯誤しながら活動し、気がついたら「成長している」。そして、その姿に教員は拍手を送り、心で涙ぐむ。 |
|
| 2007年12月16日(日) |
| 六本木ヒルズ |
昨日、六本木ヒルズのプレミアム・スクリーンに招待されていたので、卒論原稿を会場まで持ち込みながら「I
am legend」を観た。14日に封切られたばかりの作品だった。さすがプレミアム・スクリーン---座席の間にあるサイドテーブルは広く、ワインを飲みながら優雅に映画を鑑賞することができる。
映画が始まる寸前まで学生の卒論原稿(の一部)をチェックし(そうしないと間に合わないのである、17名もいるので)、同時に、バケツ一杯ほどもあるポップコーンを食べる。アメリカ映画を観るのにコーラとポップコーンは欠かせない。こういう定番が私は好きだ。
ウィル・スミスという俳優は好きだが、映画そのものは・・・う〜ん、切なさだけが残った。
クリスマスの頃には、卒論の原稿チェックに追われることがすでにわかっているため、今夜は前倒しで、東京の夜景、特に東京タワーを眺めながら、プレクリスマスディナーとしゃれた。3年前の今頃、言コミの先生方3人とこのレストランを訪れた。あの時、東京タワーには「2004」という数字が点滅していた。あれから3年か。 |
|
| 2007年12月13日(木) |
| キャンスコ |
明日の授業の準備を済ませ、午後5時半に池袋駅で学生2名と待ち合わせた。丸の内線を利用して「大手町」まで移動した。
キャンパス・スコープは略してキャンスコと呼ばれている。編集担当と広告担当の2つに分かれて活動している。午後6時過ぎには学生達が集まり始め、読売新聞社の会議室でミーティングを始めた。全部で30名近くはいただろうか。お土産に持っていった「リーフパイ」と「チョコレート」の数が十分かな?と一瞬思ったほどだった。
学生の代表者をつとめている東京女子大学2年生のSさんが私達に活動内容について紹介してくれた。とても感じのいい学生だった。Sさんの説明が終わった後、私が連れてきた学生2名を、1人ずつ別のグループに入れて下さり、他のメンバーとの打ち合わせを経験させてくれた。さすがに、私は学生の打ち合わせの中に入ることができないので、討論の様子をじっくりと観察していた。
キャンパス・スコープ春号の発行に向けて、各自が持ち寄った企画を発表しあい、情報を共有していた。思わず耳を傾けたくなるような話題を提供する学生もいた。自分が関心を持った会社や時事を熱く語る学生達の姿が印象的だった。
最後に、ちゃっかり、Sさんのメルアドを教えてもらった。→Sさん、ありがとうございました。 |
|
| 2007年12月11日(火) |
| キャンパス・スコープ |
年内最後の思わぬ出来事は、あさって13日に、読売新聞社『キャンパス・スコープ』事務局の編集会議に参加することである。『キャンパス・スコープ』というのは、読売新聞社のバックアップを得て大学生が作成している新聞のことである。東京国際大学では、教務課の前にある机の上に高く積み上げられている。10月末頃に秋号が出ていたので、私の1年生のゼミの人数分を教務課前の机の上から取り、ゼミで配った。『キャンパス・スコープ』の編集部では、来春に出す春号の編集委員を新たに募集していた。1年ゼミ生に「どうよ?!」と奨めるが、誰も行動を起こさない。全く、もう!
そんな折、来年度の2年生の演習決定期間にやってきた1年生2人(残念ながら現在の私の1年ゼミ生ではない)とさまざまな話をしているうちに、『キャンパス・スコープ』のことが話題になった。編集メンバーになることに興味があると言う。でも、実は、メンバー募集期間がとっくに過ぎてしまっていた。
う〜ん、仕方ない!学生に事務局に連絡を入れさせるのがベストだが、もたもたしてはいられない。私が事務局に問い合わせメールを出した。すぐに連絡があり、メールでのやりとりを重ねているうちに、あさっての編集委員会を見学させてもらうことになった。
編集委員会といっても、現役大学生が運営している委員会のため、大学教員である私が見学をしてもいいかどうかを先週の委員会で議題にしてもらった。その結果、OKが出た。かくして、上記の2人と一緒に読売新聞社に出かけることになった。
学生主体の委員会なので、余計なことは一切喋らないようにしなくては。早めに退出し、あとは2人の学生に任せることにしよう。 |
|
| 2007年12月9日(日) |
| Women of the year 2007 |
今年、あなたが最も感銘を受けた女性は誰ですか?
今年、私が素晴らしい女性であると感銘を受けた人は2人いる。偶然にも、2人とも、Kさんである。1人は言語聴覚士のKさん。もう1人は、今日初めてお会いし、その仕事に対する誇りに感服したコンシェルジュKさん。
昨日、今日と2日続けて、4年ゼミ生と外資系ホテルに赴いた。こちらの熱意が伝わったのか、2つのホテルが私達のインタビューに対応して下さった。このこと自体にすでに感動を覚えていたが、それにもまして今日のインタビューは格別だった。自分の仕事に対する情熱と信念に裏打ちされ、仕事を誇らしく思っておられるKさんの姿は輝いていた。言葉遣いも美しいが、アナウンサー修業をしたような美しさ(あるいは流暢さ)とは違い、考え方・生き方が溌剌としているがゆえに言葉までもが自然に美しくなっているように思えた。
私が言コミの教員になってから4年近い歳月が過ぎた。今日のインタビューで、私は忘れかけていたものを呼び覚まされた思いがした。私は、自分の仕事に誇りを持っているのか。もちろん、Yesである。でも、Kさんに会わなかったら、それが小さくまとまったままで終わっていたかもしれない。職種は異なっていても、まっすぐな気持ちでお互いに仕事をしていきましょう、Kさん。
|
|
| 2007年12月8日(土) |
| My クリスマスツリー |
やっとやっと来年度の2年生、および3年生のゼミ生が決まった。2年のゼミへの受講希望者がかなり多かったので、5時間にわたる面接を実施して最終受講者を決めさせてもらった。毎年、この時期は、胃が痛くなる。「今回は残念でした」と言いたくないのだが、受講生の人数が多すぎると、結局、学生のためにならない。この一週間あまり(誕生日は除く)、自宅でも暗い表情の日々が続いていた。
何とかこの苦しい行事も終わった。そんな矢先、卒論の書き出しの部分を見てほしいと4年ゼミ生が研究室に来た。私が原稿をチェックしている間に、ゼミ生に恒例のクリスマスツリーを組み立ててもらった。林檎とリボンのツリー(窓際に置いた)の写真と先日ソニープラザで買ったちょっと変わったツリー(テーブルの上に置いた)の写真を以下に掲載しておく。
|
|
| 2007年12月1日(土) |
| 「上機嫌・・・意味もなく」Tシャツ |
今日は、私の誕生日だ。シャンパンを浴びるほど飲むことを予定していたが、その前に行くべきところがあった。それは、野村證券が主催する「資産活用フェア」である。活用できるほどの資産があるわけないから、フェアに出ることはせず、申し込みをしておいた齋藤孝先生(明治大学)の講演会「人間関係を作るコミュニケーション力」に参加した。聴衆は、千人くらいだったろうか。
午後1時から約1時間半あまり、とても楽しい内容だった。齋藤先生の趣味は「ハイテンション」という記事をどこかで読んだ覚えがあるが、まさにそれを感じさせるお話のテンポとテンションだった。コミュニケーションにおけるキーワードは、「目を見る」、「微笑む」、「頷く」、「相槌を打つ」であると力説され、それぞれのキーワードをこれでもかと言わんばかりに説明された。最後に、黒いTシャツを見せて下さった。前側に白い文字で「上機嫌」、後ろ側に白い文字で「意味もなく」と書かれているだけのシンプルなTシャツ。もちろん、市販されているわけではない。このTシャツを着て街を歩くこともあるのかもしれない。前側の「上機嫌」という文字を目にして「えっ?!」と思った人が、振り返って見ると、「意味もなく」という文字が目に入るというわけ。なかなか。そして、聴衆全員で、『弁天娘女男白浪五人男』の一節を声に出して読んだ。→これ、来年度の3年ゼミで使わせてもらいます!
そんなこんなで、私も上機嫌になり、元全日空ホテルのシャンパンバーに行き、○○回目の誕生日をシャンパンを浴びるほど飲んで祝った。Tシャツを着用しなくても、十分に上機嫌になれる自分が愛おしくもあった。
|
|
| 2007年11月28日(水) |
| お寿司屋さんの事情 |
久しぶりに大学正門前にあるお寿司屋さんに出向いた。午後9時をとっくに過ぎていた。大学に出た日は、いつもこんな時間になる。
10月12日に玄田先生が来て下さった時、注文していたはずのお寿司が届かなかったというハプニングがあった。その時にお店にクレームをつけることはしなかった。何か事情があったのだろうと。それでも、心のどこかに少しの不信感が芽生えたことは確かだった。たまたまお店に行く機会がないままに時間が経った。
あまりに空腹だったので同僚とお店に入ると、「先生がいらっしゃるのをずっと待っていました。もう、この予約票を捨ててもいいですよね」と小さな紙切れを見せてくれた。10月に私が電話でお願いした注文が書かれていた。お店のご主人も奥さんも、私が再びお店に足を運んだことで安心したようだった。
事の顛末はこうだ。10月12日、お寿司屋さんのご主人が運転する車に接触事故が起き、警察の事情聴取があってお店に早く帰ることができなかったのだそうだ。私の注文の事が気になりながらも、なす術がなかったのだそうだ。
うわぁ、あれから1か月半もの間、ずっと私のことを気にされていたのだ。もっと早くに立ち寄ってあげればよかった。あるいは、電話をすべきであった。この長い期間、目の前にある大学の教員のことを気遣い続けた心理的負担を想像すると、とても申し訳なかった。 |
|
| 2007年11月25日(日) |
| 休養・・・ホテルから電話 |
昨夜はぐっすりと眠った。朝起きて、ゆったりとしたペースで時間を過ごしていると、またまた思いがけない電話がかかってきた。今度は、昨日受けた電話とは異なるホテルからだった。
この数日間、5つのホテルに連絡をさせていただき、対応の良さと丁寧さに脱帽している。果たして、忙しい業務の合間をぬって、短時間のインタビューを受けて下さるのか。最終的な返答が出るまでに、まだまだ時間を要する。
私のゼミ生は、今、ホテルの接客方針を調査している。その上で質問内容を練り上げなくてはならない。この経験が私のゼミ生の将来にプラスの影響を与えてくれると信じ、私は彼女の調査報告を待っている。
|
|
| 2007年11月24日(土) |
| ホテルから電話→学会からすでに帰る人達とすれ違う→最善を尽くしたつもり! |
午後2時頃に自宅を出ようとした矢先に、某ホテルから電話がかかってきた。木曜日に電話をかけたホテルの1つである。うわぁ、バスの時間に遅れそう・・・と思いながらも、落ち着いて対応した。ちょっと嬉しいお知らせだった。
小田急線の「参宮橋」で降りて、学会会場に向かう。午後3時半過ぎ。あれっ、学会のバッグを持った参加者(全てと言っていいくらいの人が外国人)が「参宮橋」の駅に向かっている。つまり、私とは逆方向である。付近にあるファーストフードのお店は、同じバッグを持った外国人客で混み合っている。そうよね、午後5時20分からの発表を聴く人って限られるわよねぇ・・・と自分に言い聞かせた。
会場に着いて、受付を済ませ、発表する教室を視察した。30人くらい収容できる、こじんまりした部屋だった。プロジェクターと接続コードが準備されていることを確認し、発表者のために設けられた別室に向かった。そこで、共同研究者のカレイラさんと打ち合わせをした。
ところで、何の会議か。JALT2007である。参加者の大多数が外国人のように思えた。数えてみたら、午後5時20分からの研究発表は、28の教室を使ったパラレルセッションだった。この時間だけが多いわけではなく、早い時間も同様のパラレルセッション。凄すぎる!
発表は無事に終わった。私としては最善を尽くした感があった。自分でいうのもなんだが、爽やかな気持ちだった。いくつか質問も受けた。発表終了直後には、「資料がほしいんですけど」と寄ってきてくれた人が3人もいた。→お名刺を頂戴しておきました。 |
|
| 2007年11月24日(土) |
| 午前4時:発表資料が完成 |
夕方5時20分からの研究発表のスライド原稿がやっと出来上がった。時計をみたら、時刻は午前4時。睡眠をとり、起きてから少し練習をしようと思って床に就いた。
実は、発表の準備を開始したのは、おととい木曜日の夜だった。しかも、木曜日の夜は、まだデータ分析をしていた。
準備したくてもその前にやるべき事があまりに多かったために、このような事態となってしまった。それでも、私は意外と平気だった。それは、9月の名古屋でのシンポジウムの時に、これ以上はもう耐えきれないと思うほどの「どん底」状態を経験したからだ。あの時は、スライドが約1週間前にできていながらも、シンポジウムの開催準備を優先させなければならなかったため、発表準備の時間を確保できない苦しさを毎日毎日味わっていた。あの「どん底」を経験したからこそ、今回は何とかやれるだろうと踏んでいた。(もちろん、こういう準備の仕方はまずいことはわかっている。)
|
|
| 2007年11月22日(木) |
| 私だって電話をするのは苦手 |
ホテルにおける接客で、お客様によって(特に日本人であるか外国人であるかによって)使用する言葉のフォーマリティをどのように使い分けているのか−これを卒論のテーマにしている学生が私のゼミにいる。もちろん、言葉だけで接客するわけではないから、非言語の要素も考慮に入れる必要はある。
今朝、私はコーヒーを飲みながら電話をかけるべきかどうか悶々としていた。学生に電話をかけさせるわけにもいかないだろう。希望のホテルを学生から聞き、意を決して5つのホテルに電話を入れた。文書を作成してお願いをするほうがいいに決まっている。が、時間がない。
かくして苦手な電話を次から次へとかけた。相手がホテルの方々だと思うと、最大限に丁寧に話そうと努力するのだが、普段の言葉遣いと違いすぎるため、舌を噛みそうになった。ホテルの方々からは素晴らしい対応を受けた。そして、電話を重ねるにつれて、非常に重要なことがわかってきた(ここには書かない)。
さて、私達はホテルの方々にインタビューできるのだろうか。 |
|
| 2007年11月18日(日) |
| 佐賀の女性(ひと) |
バスの時刻を間違えてしまった。私が住んでいる住宅地から(普段使っている小田急線とは違う)東急田園都市線の「青葉台駅」までのバスは、1時間に1本もないくらいの不便さである。平日のダイヤを念頭にバス停に向かってしまった。そのことに気がついたのは、やはり時刻を間違えてバス停に来ていた人達がいたからだ。そのうちの1人の女性は、佐賀県から来ている女性だった。
次のバスが来るまで1時間半以上もある。それで、相談して途中まで行くバスに乗り、そこで乗り換えをして青葉台に向かうことにした。こうして、佐賀県出身の女性と道中を共にすることになった。初対面なのに、ずいぶんといろいろなことを話した。いきなり、「今日はフィギュアスケートの放送があるのかしら?あっ、唐突に変なことを聞いてごめんなさい」と言われた時、すかさず「真央ちゃんですね、昨日はSPで1位でしたよね。多分、今夜もフリー演技の放送があるのでは」と切り返した時には、我ながら得意満面な表情だったかも。
青葉台駅には、予定より1時間近く遅れて到着した。佐賀県から来られた女性(ひと)と、短い時間ではあったがお話できて良かったと思う。ふと、教員をしているから、こうして、どうということもなく話せるのかしらと思った。 |
|
| 2007年11月16日(金) |
| 学生への思い入れ |
最近、周囲の比較的親しい人達から言われることがある。それは、「あなた、ストレスがもの凄く溜まっているみたい」という言葉である。自分では意識していなかった(それだけ、救われているのか)。
今日、1年生対象の演習で、一部の学生の私語が気になり、かなりきつく「叱った」。もちろん、後味のいいものではないが、学生達は唖然として私を見ていた。私がそういう態度に出るとは思ってもみなかったようだ。叱った後は、すぐに授業に戻ったけれど。
今日の出来事を同僚に話したら、「叱れるくらい、学生に対する思い入れが強いのね。私は、叱れない」と言われた。私は学生に対する思い入れが強すぎるのだろうか・・・。
昨夜たまたま観たテレビの一場面を思い出した−頭からのことばでなくて、心からのことばが大切なんだよ。でも、そうは言っても難しいものがある。
私は、一教員と大学生という「距離」(そう、保つべき距離)を自分なりに理解しているつもりだが、まだまだ未熟な教員のようだ。少しだけだが涙した。そんな日があってもいいかもしれない。
|
|
| 2007年11月15日(木) |
| Fさんからのドイツ土産 |
昨年9月に結婚式を挙げ、そのままドイツに留学してしまったFさんが日本に戻ってきた。Fさんから宅急便が届き、何かと思って開けてみたら、ドイツの格調高い木工製品だった。有難う!
フンボルト財団の奨学金に応募する時に、英語能力の判定が必要で、知り合いのM先生を紹介してあげたのだが、そのお礼も兼ねてのドイツからのお土産だった。大したこともしていないのに・・・・である。
荷物の中にカードが入っていて、近いうちに1年前の披露宴で顔を合わせた仲間達が集まる機会を持ちたいというようなメッセージが書かれていた。う〜ん、なんかとても楽しみである。ウィークタイズではないが、大学とは関係しない昔の同僚達と会ってお喋りができるのは宝物のような気がしてならない。 |
|
| 2007年11月14日(水) |
| 『自然言語処理』が出版されました |
昨年から準備を重ねてきた教科書『IT Text 自然言語処理』が10月下旬にオーム社から出版された。思い返すと、ずいぶん短期間での出版だった。
出版された書籍を手にした時が至福の時である−やったあ! 原稿の執筆に追われた日々と苦悩が消滅してしまう瞬間でもある。
自然言語処理に関係している文系の先生が少ないため、普段お世話になっている先生方のみに贈らせていただく手配をした。先生方のお手元に届くのにどのくらいの時間がかかるのかわからないが、笑納していただければ幸いである。
|
|
| 2007年11月12日(月) |
| K先生による講義 |
「心理言語学」の初回の授業の時、受講生の1人が要望を出した。その要望とは、この科目で言語障害を扱う予定になっているため、言語聴覚士をされている先生に講義をお願いしたいという内容だった。2年前、知り合いのNさんに来ていただいたことがあったが、できれば違う人からお話を聴きたいという気持ちが私の中でも強かったので、受講生のこの要望に応え、面識はなかったのだが、K先生にお願いすることにした。
急な依頼であったにもかかわらず、K先生は快く講義を引き受けて下さった。そして今日、ご多忙な中を来て下さり、とても密度の濃い講義をして下さった。短い時間だったが、K先生と個人的にもお話をすることができ、今年で一番充実した日となった。
K先生を紹介して下さった、心のボスである中島先生に深く感謝申し上げたい。
|
|
| 2007年11月7日(水) |
| 演習説明会 |
今日の授業が終わった後、午後5時半から午後7時まで、来年度の演習2(2年生のゼミ)と演習3(3年生のゼミ)の説明会が開催された。私は、来年度は両学年ともに演習を担当するため、この時間帯はずっと同じ教室に詰めていた。
演習で何を扱うことにするのか、この季節がくるたびに頭を悩ませる。本音は、英語の論文を読めるくらいのゼミであってほしいが、とてもそういうことにはならない。今回は、2年生に対しては「発見の興奮−英語らしさとは」とし、3年生に対しては「ことば学20話−日本人はなぜ日本語が話せるのか」というタイトルにした。後者は、タイトルから明らかなように、今井邦彦先生の著書を教科書として使用させていただく。前者は、(タイトルは私の心のボスである中島先生の著書に影響を受けたが、)特定の教科書を使用しない。但し、コーパスの紹介と使用を目論んでいる。
どういう学生が希望してくるのか全く検討がつかないが、集まるべくして集まるのだろう、きっと。学生の間では優しい教員という噂も流れているようだが、実はとても厳しいのが私である。 |
|
| 2007年11月2日(金) |
| I've survived! |
怒濤の9月・10月を何とか無事に過ごすことができた。週末に休めないという1か月は辛くて大変だった。それでも体調管理に気をつけていたせいか、風邪をひくこともなく乗り切ることができた。
昨日まで仕事に追われていたので、今日は気分転換も兼ねてデジタルパーマと呼ばれるものを体験しに行った。今までのパーマだと2時間半で十分に終えられたのだが、デジタルパーマにすると4時間かかった。熱い?パーマだった。
この4時間の間にいろいろなことをゆったりと考えた−美容師さんが話しかけてきたが、適当に相槌を打ちながら自分の思考を優先した。何を考えたかをここに書くつもりはないが、頭の中が綿菓子のようにふわっとしていた。昨夜遅く、ついつい読みふけってしまった『6時間後に君は死ぬ』(高野和明著)のストーリーを思い出していた。ちょっとびっくりするようなタイトルだが、運命は自分で切り開くものではないかということをほんわかと考えさせられる書籍であった。
|
|
| 2007年10月31日(水) |
| 集中ゼミ |
大学祭の休暇が始まった初日、4年ゼミ生を集めた。後期が始まった時にすでに相談済みだったのだが、午前10時(普段のゼミの開始時刻よりも早い!)から午後5時まで卒論対策ゼミを実施した。各自1台のコンピュータが使用できるように、語学ラボの教室を予約しておいた。皮肉なのは、普段のゼミよりも出席率が高いことであった。
昼食は、正門前のインド・ネパール料理店で600円の特別ランチを食べた。先週の金曜日に私が交渉しに行って、ベジタブルカレー+ナン+サラダ+ラッシーで600円にしてもらった。そして、全員分の半額を私が負担する。学生にとって昼食代600円は高すぎるからだ。
17名のゼミ生のうち2名は今日の集中ゼミにどうしても出席できなかったのだが、残り15名の学生の卒論相談に次から次へと応えるのは結構骨が折れた。本当に大変だった。教員が柔軟でないと対処できない気がした。もちろん、体力も必要である。研究テーマが1人1人異なるからだ。あっという間に夕方になってしまった。1日ってこんなに短いのかと実感。
今日の集中ゼミの代わりに、4回分のゼミを休講にしたいところだがそうはいかない。こういう指導は奨められたものではないが、ここまでしなければ卒業論文の作成が実感として湧いてこないのが、今どきの学生である。 |
|
| 2007年10月27日(土) |
| 今月の山場 |
台風の影響で強い雨と風という天候になってしまったが、予定通り、第5回英語教育改革フォーラムを開催した。ふぅ〜、休みのない週末が続いている。今月最後の行事で、これを無事に終えたら少しは休めると誰もがずっと思ってきた。
遠く富山からフォーラムのために来て下さった木村先生にはお礼の言葉が見当たらないほどである。他の講師の先生方もご多忙ななかを来て下さり、感謝の気持ちでいっぱいである。数多くのことを学ばせていただいた。
フォーラム後に懇親会に出席したが、午後6時前には失礼させていただいた。すごく疲れていたからだ。 |
|
| 2007年10月20日(土) |
| 沖縄〜夏の終わり |
昨日、1時限目から3時限目までの連続3コマの授業を終え、ほっとする暇もなく1人の学生との面談を済ませ、急いで羽田空港に向かった。最終便で沖縄へ。午後10時半過ぎに那覇に到着した。「暑い!」 東京との気温の差に驚いた。那覇は28℃だった。
空港からモノレールに乗り、15分ほどで「牧志」駅に到着した。国際通りを7、8分歩いて、宿泊先のホテルに到着した。午後11時30分になろうとしていた。さすがにこの時間だと国際通りは閑散としており、「この時間は1人では歩かないほうがいいな」というのが正直な感想だった(当たり前か)。国際通りを歩いていると、泡盛専門店という看板のお店が目立った。ちょっとわくわくしながら、明日(実は今日)はどのお店で試飲をしようか・・・。
今日の午前中は入試、午後からは父母の会、そのあとに父母の会の懇親会が開催された。懇親会も仕事のうちなので、1日中お仕事というわけだ。懇親会は、東京国際大学のOBの方々が開催して下さるイベントで、全ての参加者(大学から来ている教員・職員も含めて)が予告なしに短いスピーチを求められた。私の番が回ってきた時には、OBの1人が持って来て下さった泡盛(30度)を少し飲んでいたので、緊張していたとは思うのだが、気がついたらペラペラ喋っていた。他学部の先生は東京との気温差で風邪をひかれ苦しそうに咳き込んでいらっしゃったのに、私はというと、体は疲れていたけれど「絶好調!」って感じ。
明日は午後の飛行機で東京へ。東京に戻ったら翌日の授業の準備が待っている。
|
|
| 2007年10月12日(金) |
| 学生達に「恋する?」瞬間−Part 2 |
午前中の2コマ連続の授業を終え、大学の最寄り駅「霞ヶ関」に玄田先生をお迎えに走った。玄田先生とは5年ぶりの再会だった。改札口で先生の姿を探している時、ちょっとドキドキした。一緒に研究室に戻ろうとした時、「先生、お寿司が届かないんですよ!」と事務の人に言われ、慌てた。一昨日、大学正門前にあるお寿司屋さんに注文してあったのに・・・そのお店が忘れてしまったようだ。こんなのあり?!とショックだった。それでも気をとりなおし、玄田先生と大学近くのおそば屋さんに駆け込んだ。
私の演習Iの学生達はなんて自然体なんだろう。玄田先生をお迎えしてのゼミはなごやかに過ぎて行った。「合コンをしたほうがいいよ」というお話から今日のゼミは始まった。玄田先生ご自身が「柔らかい」からかもしれない。学生達はいつもと同じ調子で話す。よそ行きモードにはならない。そして、玄田先生のお話は学生達の心にしっかりと刻まれたようだ−玄田先生と過ごした授業の感想文を読めばこれは明らかだった。
玄田先生、お忙しいなかをわざわざ川越までお越しいただき、ありがとうございました。
そして、玄田先生をお見送りしてから急いで準備をした「3年生向け就活支援行事」も無事に終了した。協力してくれた4年生は18名にものぼり、1人1人が目を輝かせながら自分の就活体験談を語り、3年生からの質問に対しても丁寧に答えてくれた。彼らが相談にのっている様子をしっかりとデジカメにおさめた。後日、写真をいれたお礼のカードを1人ずつ渡すことにしている(彼らはこのことを今は知らない)。同じ写真と教員からの感謝のメッセージがご家族にも届けられるだろう。 |
|
| 2007年10月9日(火) |
| 学生達に「恋する?」瞬間 |
言コミの先生方は、10月はほとんど休みがない。先日の3連休も他人事だった。体力がないともたないな。
月曜日(8日)の授業が終わり、「昨日も大学で仕事だったから疲れたなあ・・・」と思いながら、LEAPにいた。そうしたら、とても微笑ましい光景を目にすることになった。私が担当している英語クラスの学生達が、つたない英語ではあるけれど、アメリカから日本語を勉強するためにやってきている学生達(つまりアメリカ人)に話しかけていたのだ。しかも、クラスで学習したばかりの英語表現(覚えておくといいよ、この表現!と教えておいたその表現)を前から知っていたような顔つきで使っていた。
クラスではなかなか英語を喋ろうとしない学生達が、私の目の前で同世代のアメリカ人達には英語で話しかけている。こんな機会がもっとたくさんあれば、彼らは英語をどんどん使うことになるだろう。私なんて必要ないかも・・・なんて思った。
英語でコミュニケーションしようとまじめな顔で話している、自分のクラスの学生達(男子学生も女子学生も)にちょっぴり恋をした私だった。「あなたたち、カッコイイわよ」って。 |
|
| 2007年10月5日(金) |
| 3年生向け就活支援行事 |
来週の金曜日(12日)5限目に、言コミ3年生向け就活支援行事「言コミ1期生に就活体験を聞く会〜就職内定を勝ち取る秘訣?!〜」を開催する。夏休み前から構想を練っていたが、シンポジウム開催で手一杯だったため、実際の準備は9月22日に盛岡に出張した時から開始した(間に合うのかなぁ・・・と思いながら)。盛岡での「父母の会」の合間をぬって、4年生の演習担当の先生方に、協力を依頼したいと考えている学生のメルアドをメールで問い合わせ、その情報が届いたら即座に学生に連絡を入れた。
有難いことに、16名の4年生が協力してくれることになった。この行事では、まず就職課の方に「就活に向けての心構え」を簡単に話してもらう。次に、4年生の男子学生1名と女子学生1名が代表して総括的な話とアドバイスを1人15分程度でしてもらう。その後、教室(結構大きな教室を使用する)の後方に業種別にコーナーを設け、3年生は興味のある業種コーナーに出向いて自由に質問を投げかける。いろいろな業種を巡回できるようにしてある。協力してくれる4年生には、開催内容と当日の段取りを記載した文書をすでに配付してある。
しかし、来週の金曜日、私は目が回るような忙しさとなる。1限目と2限目の授業が連続であり、2限目終了と同時に最寄り駅の「霞ヶ関」駅に走り、3限目の私の演習1(1年生対象のゼミ)に来て下さることになった玄田有史先生をお迎えする。研究室で玄田先生と昼食を急いで済ませ、3限目には玄田先生を囲んで「しゃべり場」を実施する。その後、玄田先生をお見送りし、5限目の就活支援行事の準備と実施という1日となる。大変な1日になりそうなので、演習1で学生につけてもらう名札も、就活支援行事で4年生につけてもらう名札もすでに作成してある。但し、演習1が終了したら、急いで名札ケースから名札を取り出し、4年生の名札と交換しなければならない。1人で全部きりもりをするということはこういう事なのだ。「頑張ってるな、私!」と叫びたい。 |
|
| 2007年9月28日(金) |
| 2回目の校正終了 |
教科書『自然言語処理』の2回目の校正が終わった。9月上旬のシンポジウム開催準備で大わらわの時に1回目の校正作業があった。人から「性格が細かい!」と言われたことはないが、校正作業を終えてみると、「うわぁ、神経質で細かそうな著者・・・」と思われても仕方がないような修正依頼ばかり。我ながら、ちょっと驚く。
2回目の校正は、名古屋から戻ってきた日の夜に校正原稿が自宅に届くように出版社に前もって依頼していた。かくして、東京に戻ってきてからも仕事に追われる日々であった。
今は、校正作業が全て終了し、出版を待つのみとなった。思い返してみると、執筆担当者が初めての会合を開催したのは昨年の11月。1年以内に出版まで辿り着いたわけだ。全体のまとめ役をしていただいたばかりでなく、全ての原稿を査読及び校閲までもしていただいた湘南工科大学の天野真家先生に深く感謝申し上げたい。 |
|
| 2007年9月24日(月) |
| 第二言語ライティングシンポジウムを無事に終えました! |
約1か月ぶりの書き込みだ。この1か月間、ほんとうに忙しかった。体力の限界を感じることもあった。それでも、無事に第二言語ライティングシンポジウムを終えることができた。今は、安堵の気持ちでいっぱいである。長い期間、何も文句を言わずに名古屋に滞在させてくれたばかりでなく、シンポジウムの成功までも願ってくれた義母と主人に心から感謝の気持ちを表したい。約1か月の間の我が家の変化と仕事を簡単に振り返っておこう。
<我が家1>
庭にウッドデッキを設置した。業者が丸2日と半日かけ、密度が高く非常に堅くて重い材質のイペ材という材木で作り上げた。「30年は持ちますよ」ということらしいが、ホントかいな。しかし、業者はあの猛暑の中、大変な作業だったと思う。私たちも残暑が厳しかったため、ウッドデッキで気持ちよくお茶を飲んだのはまだ1度だけ。満月を観ながら、月見団子を食べることを近々叶えたい。
<我が家2>
町田市からの依頼で実験用の生ゴミ処理機がやってきた。まるでペットを飼うように、毎日、こまめに生ゴミの重さを計っては餌のように与えている。20日以上稼働して、6キロ以上の生ゴミを投入しているが、処理機の中身はあまり増えていない。実験終了後は無償で提供されるようだ。しかし、毎日、深夜5時間も処理機が動いているのは変な感じだ。
<第二言語ライティングシンポジウム>
開催間際に、すでに体力の限界を感じ始めていた私だった。これが限界なのかということを生まれて初めて感じたように思う。先月から猛烈に忙しかった。いろいろな人に気を遣い、気をもむことも多かった。ひたすら前へ前へという気持ちを持ち続けてきた。でも、無事にシンポジウムを終えることができた。300人を超える参加者が集うとは、シンポジウムを企画した時には夢にも思わなかった。有意義で充実した3日間を過ごすことができた。そして、ものすごく楽しかった。以下の方々に心から感謝の気持ちを表したい。言葉では言い尽くせない思い・・・を受け取っていただきたい。
・Paul Kei Matsuda先生(アリゾナ州立大学)
・Tony Silva先生(パデュー大学)
・佐々木みゆき先生(名古屋学院大学)
・田中真理先生(名古屋外国語大学)
・馬場今日子先生(金城学院大学)
・お手伝いしてくれた大学院生の皆さん(堀江さん、中平さん、林くん、羹さん、中ノ瀬さん、太田さん、佐藤さん)
そして、研究発表に際してご指導並びに多大な励ましを下さった杉浦正利先生(名古屋大学)、ご多忙ななかをコロキアムでお話をして下さった投野由起夫先生(東京外国語大学)、金子朝子先生(昭和女子大学)、ジョン・ミルトン先生(香港科学技術大學)にも心からお礼を申し上げたい。
2007年9月15日から17日までの3日間を私は一生忘れることはないだろう。
|
|
| 2007年8月26日(日) |
| 新しいメガネを作ろう |
今のメガネはもう何年も前に作ったものなので、視力が低下したようで、このところちょっと見えにくい時がある。作り変えることにした。
メガネフレームの最近のトレンドは、かなり細めである。(それほどでもないとはいえ)私の目の大きさからすると、下手をすると、メガネフレームから目がはみだして見えるかもしれない。これでは、漫画だ。フレーム選びには細心の注意を払わなければならない。
学生時代はずっとコンタクトレンズを使用していたが、目が充血しやすいのでやめてしまった。夏にメガネをかけるのはそれだけで暑さが増すように思われて嫌なのだが、近眼だから仕方ない。ひょっとして、そろそろ老眼も加わっていたりして・・・。
|
|
| 2007年8月25日(土) |
| Open Campus |
やって来ました、夏のオープンキャンパス! 昨夜、考え事をしていたら眠れなくなり、ほとんど寝ていない状態で第2キャンパスへ向かう。
今回は個別相談が担当であった。4回に分けての模擬授業や在校生とのフリートークもあり、個別相談会場にやって来る高校生の数には波があったが、それでも私はずっと喋り続けているような気がした。午前11時くらいから開始して午後2時過ぎには、声が枯れてきた。「これくらいで声が枯れるとは、しかも授業をしているわけではなく、テーブルを挟んで対話をしているだけなのに。気合いが入りすぎているのかもしれない。教員としてまだまだ修行が足りないな」と思った。
相談が終わって別れるときには、「じゃあ、来年の4月にお会いしましょう。試験、頑張って下さいね。待ってますよ」と声をかけてしまう。意図的ではなく、そうことばが出てきてしまうのだが、、、言い過ぎだろうか。
荷物を持って帰りかけた初々しい高校生が、私の最後のことばに「にこっ」と笑顔を返してくれる。この笑顔がほんとうにいい笑顔なのだ。 |
|
| 2007年8月22日(水) |
| 深夜に「がばっ」 |
名古屋のホテルに旅行代理店を通じて宿泊予約を試みたがうまくいかないという連絡が入った。ミルトン先生からである。代わりに私がホテルに予約を入れた。この件でメールをやりとりしていたら、「(もう)ジョンと呼んでほしい」と連絡がきた。(もう)というのは、メールの文面から私が読み取ったニュアンスである。
香港/名古屋間のフライト情報も受け取った。14日到着で18日出発−うんうんと頷きながら確認したところまではよかった。
深夜(午前2時頃)、ベッドに入ってうとうとしかけた時、「メールの文面にOCTという記載があったような・・・。えっ、10月?!」。がばっと飛び起きて、パソコンの電源を入れた。やっぱり、OCTとなっている。「最初から9月と伝えてあるよね、私」と思いながら、急いでジョンにメールを送った。ありがたいことに、すぐに返事がきた。「Thanks」の後ろに感嘆符が5つくらい付いていた。旅行会社が間違えたらしい。「自分で手配するよ」という連絡だった。深夜に冷や汗をかいた。でも、よかった、事前にフライト情報を送ってもらって。 |
|
| 2007年8月20日(月) |
| 久しぶりに研究室へ |
暑さのピークを過ぎた夕方、久しぶりに研究室を訪れた。自宅から大学まで片道2時間半もかかると、できれば出て行きたくない。久しぶりに長時間電車に乗ってみると、やっぱり疲れる。急いで用事を済ませたが、それでも大学を出たのは午後8時頃。
しばらく大学に出ないと一番困るのが郵便物である。出なかった2週間ほどの間に郵便物がどさっとたまっている。論文の抜き刷りを送って下さっていた先生には、お礼を申し上げるのがすっかり遅くなってしまった。ごめんなさい。 |
|
| 2007年8月19日(日) |
| 書いて書いて書いて・・・終わり! |
1年生と4年生のゼミ生合計34人のご父母の方々への伝言票を作成した。1人につき400字以内で、大学の授業への出席状況や授業態度などを記述する。予想していたよりも時間がかかった。本当に時間がかかった。伝言票の書き方や書く内容に教員の個性が出るだろうな。私の場合、ご父母宛てに書いているうちに学生の名前が出てきて、夏休み中と後期に向けてお願いしたいことを呼びかけるような書き方になってしまう。
伝言票を作成したら、今度は前期の授業評価アンケート結果に対するフィードバックを4科目について記述した。全体で1200字以内という制限があるが、1200字近く書かせてもらった。
結局、すべてを合わせると14000字強の分量になるわけだから、10枚程度のレポートを作成したことになる。こうして、お盆休みは書いて書いて書いて・・・の日々だった。 |
|
| 2007年8月17日(金) |
| TARIKI(他力) |
深夜、お風呂上がりに何気なくテレビをつけたら、「五木寛之 21世紀・仏教への旅(5)
日本・アメリカ」という番組の再放送が流れていた。最初はぼんやりと眺めていたのだが、そのうちちゃんと姿勢を正して最後まで真剣に観た。2時間近くある番組だった。
五木氏が終戦をどこで迎え、終戦後をどのように生きてこられたのか、初めて知った。彼の仏教への傾倒、それが『他力』という作品を産み、その英訳版が出版されて数か月後に9・11の惨事が起こった事も知った。あの惨事から数年後、この番組のために五木氏はアメリカを旅し、英訳本『TARIKI』の読者である仏教学者や元格闘家、元外科医、禅僧らと対話をする。
元外科医のアメリカ人との考え方の違いが最も印象的だった。元外科医は、人が生きていく上で最も大切なのは結局のところ「自力」であるという考え方に近いように思えた。これに対して、五木氏は、「他力」を知り、決して流されるわけではないがその「他力」という大きな掌の上で生きていくことの安らぎを説いているように思えた。これは、自分は生かされているという感覚に近いのではないだろうか。
|
|
| 2007年8月15日(水) |
| 待つこと |
昨夜、久しぶりに姉と長電話した。出版社に勤務する姪が、小学生の時に知り合った童話作家のN先生がこれから執筆する予定の本の編集担当になった経緯を聞いた。姉も姪も、そして私も、今年のお正月に「老齢の身ゆえに疲れることが多くなったので今年の年賀状で年賀状を出すことを終えることにします」というお便りをもらっていた。正直、悲しかった。
姪は、6月に、勤務先の社長の奨めでN先生に出版の企画を申し出る手紙を送っていたのだが、返事が届かないので「手紙を出すべきではなかったのではないか」と悩んだらしい。7月になって、姪の誕生日に、いつものようにN先生からバースデーカードが届いた。カードには、本の出版のことには何も触れていなかった。そして、その次の日、N先生からお手紙が届いた。姪から手紙を受け取った時には「実は嬉しかった」らしい。しかし、ご自分の体調を考えた時に仕事を引き受けるべきかどうかずっと悩まれていたのだそうだ。N先生の最終決断は、「書きたいことがあります」だった。
待つ時間は、長いが必要な時間なのだろう。待ってもらっている時間に、待っている時間に、お互いに相手を想って悩む。悩んだあとの結果は、それがどんな内容でも清々しいものなのだろう。
|
|
| 2007年8月13日(月) |
| 姉からのメール |
昨日の夕方、姉から久しぶりにメールが届いた。「今、四国に向かって帰省中。そう、車の中。お盆休みに四国に戻れないの?」という連絡だった。「〜〜、○○、△△の理由で、この夏は無理」という返事を出した。
今晩、四国に電話を入れることにしていたら、姉からメールが届いた。「今、母を連れて小豆島にいるから」と。昨日のメールには何も書いていなかったのだけど。メールの最後に、「明日の夜、秋川さんが南中で生で歌を歌うから聴いて」と書いてあった。南中とは、姉も私も通学した愛媛県西条市立南中学校のことである。ひょっとして、母も姉の家族も明日の夜は南中に行くの?
秋川さんは、もちろん、愛媛県西条市の出身である。西条市のホームページに初めてアクセスしてみたら、あった、あった。明日(14日)の夜、NHK「夏うた2007」(19時30分〜20時42分)だ。←秋川さんも南中学校の出身であることがわかった。
|
|
| 2007年8月12日(日) |
| 第二言語ライティングシンポジウム:当日登録の情報掲載 |
来月15日から17日まで名古屋学院大学で開催する「第二言語ライティングシンポジウム」の当日登録の方法は、このページを参照されたい。3日間参加していただくと食事に関してもメリットが大きいが、どうしても1日しか参加できないという人もおられるだろう。
特に、3日間の参加費を捻出するのが難しいと悩んでおられた方々(学生の皆さん)、是非、上のサイトにアクセスして検討していただきたい(会場でお目にかかれることを楽しみにしております!)。 |
|
| 2007年8月10日(金) |
| 間一髪 |
午前中、名古屋大学大学院で2つの国際会議の報告会が開催された。石田さんと私は、バーミンガム大学で開催された
Corpus Linguistics 2007 の報告を担当した。イギリスから戻って10日にしかならないのに、この学会に参加したのがずいぶん前の出来事のように思われた。
報告会の後は、メンバー全員でフランス料理のレストランに移動して会話を楽しみながらフレンチを堪能した。残念ながら、暑さのせいなのか、あまり食欲がなかった。でも、不思議なことに、皆とお喋りをしていたら全部食べることができた。
食事会の後にS先生と少し相談をしていたら、「まずい、もう大学を出ないと新幹線に乗り遅れる!」という時刻になっていた。名古屋大学から名古屋駅まで45分で行けるだろうか。重い荷物を持っていたので、迅速な行動ができない。焦った、焦った。
名古屋駅の新幹線ホームに汗びっしょりになりながら倒れるように到着した時に、乗車すべき新幹線が滑り込んできた。ぎりぎりセーフ!
教訓:名古屋大学構内から名古屋駅新幹線ホームまで地下鉄を使って移動する場合には1時間の所要時間を見ておいたほうがいい。 |
|
| 2007年8月8日(水) |
| Champagne Bar in Nagoya |
第二言語ライティングシンポジウムの事務局関係者が集まってゆったりとしたランチをいただいた。お店は、名古屋学院大学の近くにあるレストラン「白鳥物語」である。スローフードを存分に楽しんだあとに、打ち合わせを行った。来月のシンポジウム開催に向けて準備しなければならない事が多くて不安ではあるが、目標に向かって少しずつ積み上げていくプロセスを共体験できることが嬉しい。
開催場所である名古屋学院大学白鳥学舎の中に入り、開催中の外国語教育メディア学会(LET)第47回全国研究大会にも参加して、多くの参考情報を得ることができたのは収穫だった。
夕方には、3人で連れ立って、栄にあるシャンパン・バーに行ってシャンパンで乾杯した。シャンパン好きの私は、シャンパンが飲めるだけでご機嫌モードになってしまう。もう楽しくて仕方がない。
しかし、これから名古屋を訪れた時は、知らず知らずのうちに足がこのバーに向いてしまうのではないか、心配だ。 |
|
| 2007年8月7日(火) |
| さあ、名古屋だ |
午後1時過ぎに名古屋に到着した。来月15日から名古屋学院大学で開催する私達の「第二言語ライティングシンポジウム」の準備をするためである。
昨夜、締切間近の仕事を片づけていたら、午前3時になっていた。そのあと、入浴と旅支度。寝不足のまま新横浜から新幹線に乗車したら名古屋までぐっすり眠ってしまった。この睡眠が心地よく、ホテルにチェックインして荷物を整理したら、元気がもりもりと湧いてきた。
|
|
| 2007年8月5日(日) |
| 麻布十番ビール(赤) |
用事があったので、めったに行かない麻布十番に出向いた。趣のある「福島屋」(おでん屋さん)に入り、メニューに記載されていた「麻布十番地ビール(赤)」というのを注文してみた。このお店ともう1軒、地元のとんかつ屋さんでしか飲めない地ビールだそうだ。販売も、帰りに自宅用に買うために入った酒屋さん、入山商店でのみ。しかも販促は何もしていない。知る人ぞ知る地ビールっていうところか。
(赤)と(白)があるようだ。私が飲んだ(赤)は、麦芽と赤ワイン醸造用ブドウ果汁を使用したフルーティなビールである。ベルギービールに似て非なるものだと思った。女性に好まれるビールかもしれないが、機会があったら是非お試しあれ。
|
|
| 2007年8月4日(土) |
| のんちゃんの歓送会 |
2日間自宅にこもっていたが、今日はのんちゃんの歓送会をすることにしていたので池袋駅まで出て行った。のんちゃんは、言コミの3年生である。今月下旬にスウェーデンのベクショー大学に向かう。奨学金を得て、1年間の留学に出発する。
短期間ではあったけれど、私の仕事のお手伝いをしてもらっていた。私の研究室で、仕事の合間にお茶をしながらいろいろなお話をした。今や、お互いの性格が結構なところまでわかってしまったような気さえする。隣りのM先生のゼミ生ということもあり、今日の歓送ランチは3人で東武デパートのレストラン街にあるイタリア料理のお店で楽しいひとときを過ごした。私が出張に出ていた期間中の大学での出来事を聞いたあと、私の成田空港でのアクシデントを聞いてもらったが、なぜだろう、、、本当になぜだろう、、、私が真剣に説明すればするほど二人からは笑いしかとれない。−まあ、いいか。
のんちゃんとお別れして、M先生と一緒に新宿南口の紀伊国屋書店へ向かった。私が探している書籍をM先生も一緒になって探してくれたので効率的に探し出すことができた。書店に2時間近くいたのではないだろうか。二人とも書籍のまとめ買いをして、なんだかとても満足した。同僚と書店であれこれ喋りながら書籍を吟味した時間がとても楽しかった。
書籍は月曜日に大学に届くように手配した。さて、そろそろ始動開始。日本の夏に負けてはいられない。
|
|
| 2007年8月3日(金) |
| 採点に追われる |
現実は厳しい。たまっていた自宅の掃除と洗濯を済ませたら、定期試験の採点に追われる。やってもやっても終わらない。
自分でも意外な気がしたが、海外出張の疲れが大きい。近くのスーパーに買い物に出る以外は、外に出て行く活力がどうしても湧いてこない。出張前には、今日、大学に出て採点結果と追試験の問題を提出する予定にしていたのに、来週月曜日に延ばしてもらった。そもそも、イギリスと日本との気温の差が大きすぎる。イギリスの気温は20度前後で、夜はヒーターを入れることもあったくらいだ。それに比べて、日本のこの暑さ。日本の夏に負けそう。 |
|
| 2007年8月1日(水) |
| 帰国 |
| 長旅を終えて、無事に日本に戻ってきた。やっと梅雨明けだそうだ。熱っ! |
|
| 2007年7月30日(月) |
| Corpus Linguistics 2007終了 |
午前中、無事に研究発表を終えた。時間もぴったり。どんな質問を受けるのか身構えていたところ(会場にいた日本人にあとで聞いてみたが、石田さんも私も非常に緊張した顔つきをしていたそうだ)、指標の数値を算出するときに文書長のノーマライズをしたのかどうか、線形
vs 非線形の判別分析に関する質問、別の指標を考えてみたらどうかというアドバイス、といった統計手法に関連する質問ばかりだった。発表が終了した時に、アドバイスを下さった研究者のところに駆け寄り、差し支えなければと前置きをして連絡先を聞いた。ルーバンカトリック大学に在籍しておられる統計学者であることがわかった。もちろん、Granger先生もGaetanelleさんもご存じだそうだ。世界は意外に狭い。
午後3時過ぎに3日間に亘る学会が終了した。次の会議は、2年後にリバプール大学で開催される。2年後か、、、それまでにどのくらい進歩しているかな、私。
今日中に日本への帰国の途につく先生が多く、祭りの後の一抹の淋しさも手伝ってか、少しセンチメンタルな気分になったが、気をとりなおしてお別れの挨拶をしてSchackleton
Hallへ一旦戻った。ノートPCを置き、ジーンズに履き替えて、再びバーミンガム大学に向かった。緑が多くて人間に優しい雰囲気を持つ構内をゆっくりと散策する時間さえ持てなかったので、会議が終了した今、ゆっくりと味わいたい気分だったからだ。この3日間、Schackleton
Hallから大学まで急ぎ足で移動していたが、この時は豊かな自然を楽しみながらゆっくりと歩いた。
ふと気がついたら、 Susan Hunston先生が手に何かを抱えて前の方から歩いて来られた。何をなさっているんだろうと思ったら、大学とShackleton
Hallを結ぶ道筋のところどころに取り付けてあった会議会場への案内図をご自分で回収されていたのである。挨拶をして、「お手伝いしましょうか」と申し出たら、「もうほとんど終わったので大丈夫」と優しい笑顔を投げかけて下さった。学生のボランティアスタッフは何をしているの、主催者のHunston先生にこんなことをさせて、、、と思ったが、ひょっとすると案内図を取り付けたのもHunston先生なのかもしれないと思った。お手伝いの学生はボランティアスタッフで、回収作業があること自体を知らされていないのかもしれないと思った。
私は、Hunston先生のような研究者、大学教員を目指したいと思う−静かにやるべきことをやり、学生を厳しく指導されると同時に自分にも厳しい、そして何よりも人間的に暖かい。
|
|
| 2007年7月29日(日) |
| The Band of English |
学会2日目。こんなに真面目に学会に参加したことは今までにない。朝9時から夕方6時半まで、教室を移動しながら次々と研究発表を聴いた。昼食の後には、ポスターセッションがあった。ポスター発表をされていた阿部先生と中條先生に、それぞれの研究内容を紹介していただいた。私も自分の研究をもっと優先して大切にしなければとあらためて感じた。
30分ほどでポスターセッション会場から口頭発表の会場に移動した。残りの時間をつかって、私達の明日の発表のリハーサルを実際の会場でやってみることにしていた。他の人達がポスター会場にいる間に、石田さんと私は密かにリハーサルを行うという裏技である。リハーサルに要した時間は、20分を少し切るくらいだった。二人で相談し、今後の研究課題については、予定を少しだけ変更して、各項目を簡単に読み上げることにした。発表のリハーサルを密かに会場でやるなんて、いかにも日本人かなあ。。。なんて思ったりしていた。
2日目の夜は、Shackleton Hallでディナーだった。テーブルに着席してのディナーだった。阿部先生、中條先生と同じテーブルでおいしく食事をいただいていたら、隣りのテーブルから中村先生が声をかけて下さった。赤ワインで乾杯した時に、中村先生が「バーミンガム大学で日本人研究者がコーパス関連の研究発表をするようになるなんて感慨深いものがあるなあ。。。」とお話された。コーパス言語学の歴史とともに歩まれてこられた先生だからこそ、時の流れとコーパス言語学を志す日本人研究者の増加をしみじみと感じておられたのだろう。実際のところ、バーミンガム大学大学院でコーパス関連の研究をしている日本人留学生も多い。
ディナーのあとは、バーミンガム大学の先生達によるバンド演奏があった。バンドの名前は、The
Band of Englishだった。バーミンガム大学で開発された(そして現在も収録語数がどんどん増え続けている)大規模コーパスの名前は
The Bank of English。これにちなんだ名前なわけだ。2時間近くも演奏を続けられる、そのレパートリーの多さに驚嘆した。音楽にあわせてダンスを踊る人達も増えた。「成田さんも踊ったら?!」とそそのかされそうになったが、私はダンスは苦手だ。やれと言われたらやる根性はまだ持ち合わせているが、そこまでの決断は求められていないと思った。しかしだ、ヨーロッパの学会では懇親会の時にダンスを踊ることが少なくないことは今までの経験で知り得ていたことだった。
日本に戻ったら、社交ダンスでも習ってみようかなとも思った。フォークダンスなら踊れるんだけどね。
|
|
| 2007年7月28日(土) |
| 3年ぶりの再会 |
今朝はKさんの研究発表があった。ひとつ前の発表者の時に目的の会場に移動しておいた。そこで、英語コーパス学会の会長をされておられる中村先生にお会いした。4月末に開催された春のコーパス学会の懇親会で先生に予告させていただいていたが、バーミンガム大学でこうして本当にお目にかかると「感激」のひとことに尽きる。先生の隣りに座らせていただいて、しばしKさんの登場を待った。
Kさんは奥さんと一緒に現れた。そういえば、昨夜、ご自分の発表を奥さんにも見てもらいたいと話していた。二人は、私の座席から少し距離があったので声をかけられず、小さく手を振って微笑みかけた。その二人の隣りにいたのは、なんとGaetanelleさん。ベルギーのルーバンカトリック大学においてGranger先生のもとで研究をされている。そう、ICLE
(International Corpus of Learner English)プロジェクトの本拠地で。
Kさんの発表が終わった。バーミンガム大学大学院で研究している内容がよくわかった。熱のこもったプレゼンだった。パチパチ!Kさんの発表後は、Gaetanelleさんとひとしきりお喋りをした。2004年9月にGranger先生がサマースクールを開催した時にお世話になって以来、約3年ぶりの再会である。たかだか5分間のブレイク(会場移動のために設けられている時間)しかないのだが、積もるお話をした。なんと、関西の大学から今年10月に招聘されているのだそうだ。そのスケジュール次第であるが、滞在期間中に東京、そして東京国際大学までお招きすることを申し出た。せめて、言コミのSELC研究会で講演をお願いしたいな。
Kさんは、今夜の飛行機で日本に向かう。なんて忙しいんだろう。7月30日の朝から九州大学で夏期集中講座を担当しているためだ。私よりも先に日本に帰ってしまう。奥さんも30日に名古屋に向けて帰るそうで、私も含めて慌ただしい仲間達である。
|
|
| 2007年7月27日(金) |
| レストランで停電 |
26日夜、フランクフルト空港に隣接するシェラトンホテルに宿泊する。「成田を出発する前の出来事にこだわっていては駄目だ。気持ちを切り替えないと・・・」と強く自分に言い聞かせ、ホテルのバーで1人でシャンパンを飲む。
27日の朝、フランクフルトからバーミンガムに向かう。ここで、また少しショックな事が。搭乗する飛行機を見て驚いた。飛行機なのに、車輪がうちの自動車のものよりもヤワに見える。しかも、60人乗り。ドイツからイギリスに向かうのに、この飛行機で大丈夫なのだろうか・・・何だか悩みの尽きない出張旅行だこと!
お昼過ぎにバーミンガム空港に無事に到着した。Kさんが空港まで迎えに来てくれているはずだった。スーツケースを受け取り、税関を抜けると、空港内の喫茶店でKさんはお茶を飲んでいた。「こんにちは!」と声をかけると、「長旅で疲れた顔をして登場するかと思ったら颯爽と登場しましたね、若い!」と声をかけられた。これには、静かにニンマリ。
宿泊先であるバーミンガム大学内のShakleton Hallに連れて行ってもらってチェックインした。このあと、Kさんは(私もKさんも参加する)国際会議のボランティアスタッフをしているため、バーミンガム大学に向かった。私は、荷物の整理をして、1時間後くらいに会場へ出向いた。Shackleton
Hallから会場まで歩いて20分以上かかった。遠〜い!毎日、往復で40分歩くことになるわけだ。ふぅ。登録を済ませ、会場でうろうろしていると、MichaelさんとUteさんにお会いした。夕方に予定されているワインレセプションに出席するのかどうかを聞かれたので、「暗くならないうちにShackleton
Hallに戻りたいので出ない」と答えたら、二人に爆笑された。「ここでは夜の9時まで明るいよ」−−それは確かだった。
午後7時に、Kさんが奥さんと一緒に車でShackleton Hallに迎えに来てくれた。お奨めのレストランに行くためである。15分ほどで洒落たレストラン(パブと言ったほうがいいような感じ)に着いて、まずはシャンティ(ビールをジンジャーエールで割ったもの)を飲んだ。美味しい。さて、そろそろ食事を注文しようかというモードになった時、「プチッ」。めったにない事だと言われたが、レストランが停電したのである。「料理を作れないので今日はこれでおしまい」と相成った。
気をとりなおして、3人でパキスタン料理のお店に移動した。おかげで、Baltiを堪能することができた。
|
|
| 2007年7月26日(木) |
| これから出発しようという時に・・・ |
午前9時30分頃に成田空港駅に到着した。この数分後にアクシデントが起きた。空港に入るためのエスカレータに乗ると、私の前に乗っていた女性が転倒してきた。その勢いで私はスーツケースごと飛ばされた。一瞬の出来事で何が何だかよく覚えていない。気がつくと、自分の前に置いてあったスーツケースはなく、私自身はエスカレータ上に仰向けに転倒していた。起き上がろうとしても、両足が上に向いており、腰の重みでエスカレータの下方にどんどん落ちていく。ノートPCの入った手提げ鞄は、なぜかエスカレータの段の上に、何事もなかったかのようにちょこんと立っていた。
「これはまずい」と思った時に、誰かがスーツケースを私の側に持ってきてくれた。お礼を言った時に、「そうだ、体の向きを変えれば起き上がれる」と判断し、そのようにして立ち上がることができた。頭を打撲した記憶はない。両足に痛みが走ったが、けがはしていなかった。ただ、体を点検してみると、両腕に大きな青あざが出来つつあった。
渡航前にこのような出来事に遭遇して、本当にショックだった。でも、大事に至らなかったのは不幸中の幸いである。
私は、出国すべきかどうか悩んだ。そして、意を決してフランクフルトに向かった。そのかわり、海外傷害保険の契約内容を熟読した。成田空港内でのこのような出来事が原因で、海外に出てから病院にかかった場合、保険の対象になるのだろうか。
|
|
| 2007年7月25日(水) |
| バーミンガムへ |
明日、フランクフルト経由でバーミンガムに向かう。Corpus Linguistics 2007に参加する(研究発表は30日朝)。イギリスの交通機関は洪水の影響が出ているようだ。傘を持って行かなくちゃ。
8月1日の午後に日本に戻るまで、諸々の事は忘れさせて貰おう。まず、向こうで風邪を治してくるよ?!
|
|
| 2007年7月24日(火) |
| 夏風邪 |
風邪をひいた。いつものように喉が最初に攻撃される。1年前にも夏風邪に襲われ、声が出なくなった。前期の授業が終わると精神的にほっとして無防備になるのか、風邪をひいてしまう。
昨日(23日)で私が前期に担当した科目については定期試験を終了した。午後7時30分に4年ゼミ生との面談を終えた。そして、帰宅してそのままベッドに倒れ込んだ。今日と明日は出張準備で自宅にいるが、ひたすらベッドで寝ている。熱を追い出さなければならず、体力をつけるために味が感じられなくても食物を摂る。ああ、大変。
26日にはフランクフルト経由でイギリスに出発。フランクフルトでは空港内にあるゴージャスなホテルに宿泊する予定である。この日くらい贅沢をしよう。実は、そのホテルのコンシェルジェで情報収集を行うというミッションもある。 |
|
| 2007年7月20日(金) |
| 面談(就活把握&卒論指導) |
先週から時間のやりくりをして16名の4年ゼミ生と面談を実施しているが、1人につき約1時間がかかる。就職活動の現状把握と卒論指導を目的とする面談だ。正直、これだけの時間を授業や会議の合間をぬって作り出すことと1人ずつ卒論のアウトラインを指導することは大変な仕事である。絵本からモバイルサイトまで卒論のテーマは多岐にわたる。
卒論に向けての学生の歩みは、まさにかたつむりだ。せっかちな私だから、お尻を叩くこと甚だしい。その甲斐あってか、ゼミ生2名が23日に1年生からデータ収集を行う。協力してくれる学生を7月初旬に資料を配付して募集したが、今年の1年生はなかなか協力を申し出てくれない。協力者はわずか3名か?という暗澹たる気持ちを抱きつつも、少しずつ協力者が私にメールをくれ、結局、18名が、「英語学概論」の定期試験終了後、指定した教室に集合してくれる。心からサンキュー!である。
|
|
| 2007年7月17日(火) |
| 体に気をつけて頑張ります |
先週末に悲報が届いた。直接お話をすることはできなかったが、とても大切なメッセージを個人的にいただいた。
「体に気をつけて、本の出版に向けて頑張って下さい」という暖かな言葉をこれからの励みにしていくつもりだ。その書籍は、今秋、オーム社から出版される。
|
|
| 2007年7月13日(金) |
| Tea Party |
今日の演習1で前期の授業が終了した。午後2時40分に授業を終え、午後3時にレストラン「馬車道」に集合した。短時間ではあるが、「来られる人はぜひどうぞ」というティーパーティを開いた。ケーキセット(プチケーキ3個+ソフトドリンク飲み放題)を、お喋りしながら楽しんだ。
演習とはいっても週に1度の授業だから、こんな機会でも持たなければ1人1人とゆっくり話す時間がない。面白いのは、敬遠するかなと予想していた男子学生こそが早々にティーパーティへの参加を申し込んでくれたことだ。
午後4時30分からは4年ゼミ生との面談を予定していたため、ほんとうにあっという間のプチパーティであったが、来週からの定期試験の前にほっとするひとときを持てて幸せだと思ったのは教員の私だけなのかな? |
|
| 2007年7月10日(火) |
| 卒論応援メッセージ |
先週と今週の4年ゼミでは、卒論のアウトライン(実はアウトラインのアウトラインという感じか)を1人ずつ発表してもらっている。当たり前だが、私のところに相談にくる学生はゆっくりではあるが着実に卒業研究を進めている。
発表を聴く側にはシートを配布し、各構想に対する建設的な意見やコメントを書くという指示を出している。加えて、「応援メッセージ」なる欄を設けてみた。
先週のゼミで発表した人達に対するコメントシートを読んでみると、なかなか優れたアドバイスをしていることに気がついた。そして、面白いのが「応援メッセージ」に書いてある内容だ。1人1人の個性が滲み出ている。皆、どことなく暖かい。ありきたりの「頑張ろう」メッセージは少ない。今の大学生にもちゃんとした「心の襞」があるようだ。
コメントシートのコピーを全員分とったので、明日のゼミで配布しよう。 |
|
| 2007年7月9日(月) |
| インターンシッププログラム |
6月中旬に急遽やることになった進路指導委員だが、数日後にいきなりインターンシッププログラムへの学部としての取り組みについて資料を作成・提出するようにという仕事が飛び込んできた。言コミでは、国内インターンシップと海外インターンシップを科目として提供している(=単位化している)。急いで、2004年の学部開設以来の履修データを関係部署から取り寄せると同時に、ガイドブックの該当部分を急いで読み、少し深みを与えるために自分なりの考察をし、全体として体裁が整うようにレポートを作成し、締切時刻5分前に提出した。
今日、23日の委員会に向けた資料同封の封筒が届き、中を見て苦笑した。インターンシッププログラムの取り組みは言コミだけということで、私が作成したレポートのコピー1部と会議用資料が入っていた。そう、それだけ。他学部の委員の先生方は、私のレポートを23日までに読まなければならない。ちょっと申し訳ないような気もするが。。。
|
|
| 2007年7月7日(土) |
| あしたをつかめ−DVDを観る |
土曜日の夜、NHK教育テレビで「あしたをつかめ−平成若者仕事図鑑」という番組が放映されている。いろいろな仕事が紹介されていて、とても興味深い。この番組のことを、実はつい最近まで知らなかった。玄田先生の『14歳からの仕事道』の中で少し紹介されていたので、早速調べてみたというわけ。
この番組は、2004年に少なくとも2回の特集番組を放映していることがわかり、その時の映像があるのかどうかをNHKに問い合わせた。返事が届くのにしばらく時間がかかったが、丁寧な連絡をもらった。ある出版社から刊行されたムック「働くってなにがいいんですか!?」(2005年10月に出版)に付属しているDVDに映像が納められていることがわかった。でも、出版社には在庫がなかった。
残念だなと思いつつ、大学の図書館で検索してみたら、なんと見つかった。そそくさと借りて、DVDを観た。
「今の若者、案外、いいじゃない!」と思った。
「仕事はこうしてつかめ」を2回、「幸せなサラリーマンになる方法」を1回観た。最初のほうを1年生に、後のほうを3年生に観てもらいたいと思った。私の感覚が的外れなものでないかどうか、夏休みに同僚のT先生に観ていただけるようお願いし、OKの返事をいただいた(良かった!)。 |
|
| 2007年7月3日(火) |
| JALT conference |
11月下旬に東京で開催されるJALT2007の事務局から、口頭発表の採択通知が届いた。査読者のコメントにはまさに「御意!」という感じで頷いた。発表までには4か月近くあるものの、9月の「第二言語ライティングシンポジウム」の開催準備や自らの研究発表もあり、JALT2007での発表内容の再検討は9月下旬以降となる見込み。日々、頭のどこかで意識しながらも、本格的に力を入れるのはその頃になるだろう。
5月以来、過労のために病院にお世話になりながら仕事を続けているが、ダウンしてしまわないようにペース配分を考えないといけないなと痛感している今日この頃である。 |
|
| 2007年7月1日(日) |
| 失語症の分類 |
筑波大学東京キャンパスで開催された第15回言語障害臨床学術研究会のプレセミナーと特別講演に参加した。
プレセミナーは昨日の午後3時から午後6時15分まで2部構成で行われた。定員制だったので快適な人数で受講することができた。前半は「基礎的統計技法の実際―平均と分散の検定」について、後半は「多変量解析の実際―多重回帰分析と因子分析」についてのセミナーだった。講師の先生方の個性が発揮され、とても興味深い内容だった。教室の前の方に座っていたことも影響してか(他の参加者が質問をあまりしないということもあり)、しっかりと質問させていただいた。
今日は、「失語症状の分析―古典的分類と認知神経心理学」と題した特別講演を聴いた。失語症の分類については知っているが、今回のお話は、先行文献に報告されているデータを統計的手法を用いて分析し、「従来の古典的分類が妥当であるのか、また分類するということ自体の意義は?」といった観点から分析を試みておられる点が非常に面白かった。さすがに105枚のスライドを時間内に見せていただくことは不可能だったが、講師の先生の意気込みがひしひしと伝わってきて圧倒される思いがした。
アンケートには、公開しても支障のないスライドのみを各々の参加者にアクセス制限及び期間制限付きで公開して下さるように依頼したが、きっと難しいだろうなあ。 |
|
| 2007年6月28日(木) |
| CALP '07 |
今年9月の RANLP (Recent Advances in Natural Language Processing)に併設して開催されるCALP (Computer-Aided Language Processing) '07の論文査読委員を依頼されていたのだが、論文募集期間が終了したようで、査読依頼が届いた。最近は、論文査読や他の会議運営のために、ウェブ上で操作できるシステムが使われるようだ。ユーザIDとパスワードが発行され、システムにアクセスすると、査読用の論文ファイル(PDF)をダウンロードできる仕組みになっている。
査読結果もシステムに入力することになる。 数年前に、国際会議のプログラム委員会のお手伝いをした際にもウェブで使用できるシステムを使用した。但し、その時には前年度の会議において開発されたシステムをそのまま移植し、必要な改良を加えた。改良にはそれなりの労力がかかり、システムを公開する前のテストにも時間をかけた。
数年を経た今、どの会議でも希望すれば使えるシステムがあるようだ。電子メールに添付して論文査読を依頼し、所定のフォームに記入して返信するなんていう行為はもう時代遅れか。 |
|
| 2007年6月24日(日) |
| 『14歳からの仕事道』 |
玄田先生のこの書籍を1年生に奨めている。実は、言コミの先生方にもお奨めしたいと思っている。
私には、お忙しい方々に連絡を入れるかどうかを最終的に決める際に、自分なりに設定している閾値がある。そして、玄田先生に連絡をさせていただいた。お忙しい日々を過ごされていることはブログで十分に存じ上げているので、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも。そうしたら、すぐに返信を下さった。
後期にお目にかかれそうだ。先生との出会いは、もう数年前に遡る。その後のご活躍は新聞やブログでおわかりの通り。先生に初めてお会いした時、私は企業研究員だった。今の私は、これから社会に出ていく学生のそばで暮らしている。後期にお会いした時にどんなお話ができるかしら。
|
|
| 2007年6月22日(金) |
| 同僚も疲れている |
午後6時過ぎに、4年ゼミ生2人が研究室にやってきた。卒論の相談をして、その後で久しぶりに一緒に食事に行くことにしていたからだ。都心に出るのは大変なので、川越駅近くのカプリチョーザでパスタを食べることにした。
研究室を出る時に、まだ残っていた同僚に声をかけ、一緒に出かけることになった。食事の時に、赤ワインを1杯だけ注文した。疲れている時にワインを飲むのは危険かなと思いつつ、一週間の仕事が終わった安堵感に浸るために1杯だけ飲んだ。
しばらくお喋りをしていたが、同僚の気分が悪くなった。お店の人にたのんで少し休ませてもらった。30分くらい休んでいたら良くなったので何とか東武東上線に乗り、池袋駅まで一緒に移動した。私もお酒は強くないのだが、ワイン1杯で調子をくずした同僚に、「M先生、ほんとうに疲れているんだなあ」と。M先生は私よりも格段に若いが、私達は大学に出た日は帰宅が決まって遅い。会議が多いことが原因の1つでもある。通勤時間も同じように長くかかる。大学に出ない日も、当然ながら、仕事は山のようにある。この時期は高校訪問などの外出も多い。
最近の私は、授業の準備や採点、他の仕事を片付けて寝るのが午前3時くらいになってきている。年齢に関係なく、休養をとる時にはしっかりとらないとダウンしてしまうなと肝に銘じた。 |
|
| 2007年6月19日(火) |
| 無人島プロジェクト |
体調を崩された先生に代わり、5つ目の委員を担当せざるをえなくなった。5つ目は進路指導である。先週の水曜日に交代し、急いで就職課で夏休み前までの就職支援行事予定を確認し、MLで先生方に流した。
昨夜は、午後6時20分から1時間半、1年生向けキャリアガイダンスが実施された。希望者を対象にして実施する行事だが、先週後半にゼミ生にアナウンスしたくらいだから誰も出ないだろうと想像しつつ、進路指導委員として私は出てみることにした。委員としてというよりも、ガイダンスに出ればノウハウを得ることができるだろうというポジティブ・シンキングで。
言コミから1年生が5名出席していた。5人のうち4人が私のゼミ生で、しかも男子学生が3人もいた。ガイダンスは午後8時近くに終了した。「先生、出席して良かったです。ありがとうございました」と1年生に言われた。グループワークをした5人が仲むつまじくお喋りをするようになった姿に驚いた。「無人島プロジェクト」というコミュニケーションゲームをやったのだが、それをやることで、グループ内の団結、というよりもコミュニケーション力が格段に上がったということだ。
遅くなったので、おなかもペコペコだった。私と1年生5人で近くのファミリーレストラン『馬車道』に行き、遅めの夕食をとった。短い時間だったが、お喋りもできた。男子学生が「こういう少人数で食事をして話をするのもいいですね」と別れ際に言った。
|
|
| 2007年6月18日(月) |
| ストリートダンス発表会 |
私の1年ゼミ生がストリートダンスを習っており、通っているダンス・アカデミーのダンス発表会があるというので、飯能市民会館まで出かけて行った。ジーンズに履き替えて、差し入れを持って。
休憩を入れて2時間40分余り。ジャンルごとにメンバーが交代し、あれよあれよという具合に様々なダンスが披露された。まだまだ幼い子供も大人並みにストリートダンスを踊る。「可愛くセクシー!」の一言に尽きる。会場も家族連れが多く、「ストリートダンス」という言葉からイメージする客層とは異なっており、正直驚いた。私のゼミ生(男子学生)のダンスは予想した通り上手だったが、個人技ではなくグループでのダンスなので全体的な出来映えを観ることになる。
ゼミ生や大勢のキッズによるストリートダンスを観ながら、ストリートダンスに詳しくもない私がダンスを好きな理由は何だろうと考えた。そして思い当たった。私は、「表現」にこだわりがあるんだろうなと。ライティングに関心があるように、体をつかった「表現」に興味があるのだろう。体をつかった「表現」からは、より多くのエネルギーが直に伝わってくる。 |
|
| 2007年6月14日(木) |
| 長い1日 |
朝からの雨。小田急線が大幅に遅れていたので、早めに自宅を出て群馬に向かった。緊急連絡が大学から私の自宅の電話やメールに届けられたのだが、それはすでに自宅を出た後であった。私は携帯電話を持ってはいるが、普段はほとんど使用しない。
4時間かけて到着した群馬の高校に入る直前に、携帯電話の電源がOFFになっているかどうかを確かめるために開けてみたら、留守番電話が入っていた。虫の知らせか、すぐに再生してみなければと思い、留守電を聞いた。
今日は教育実習生(私のゼミ生)の研究授業が予定されていたのだが、体調をくずしてお休みをもらっていた。体調はかなり悪いとのことだった。対応してくださった教務主任の先生に深くお詫びをし、大学に連絡を入れ、再び数時間をかけて東京に戻ってきた。
夜、自宅に戻り、ご家族に連絡を入れると病院で点滴を受け、快方に向かっているとのお話だったので安堵した。長い長い1日だった。今週は大学に出ない日は教育実習校への最後の挨拶回りで、私の疲労も大きかった。 |
|
| 2007年6月10日(日) |
| 新丸ビル |
噂には聞いていた新丸の内ビルディング。2日前にも近くに用事があったので立ち寄ったが、金曜日の夜9時だというのに、サラリーマンと外国人で建物の中は溢れかえり、どのレストランにも待ち行列が出来ていた。
今日、八重洲ブックセンターに行ったついでに新丸ビルに立ち寄った。先日とは違い、スーツ姿の人々はおらず、観光客でごった返していた。レストランはいずれも予約で満席という表示を出しており、少し前の東京ミッドタウンを彷彿とさせる。
いやあ、東京という都市は凄いとしか言いようがない。建物の造りは素敵なのだが、人が多すぎることでせっかくの好印象が薄れてしまう。私のゼミ生が、「人が多すぎて、走り回っているような都心で働きたくはない」とよくこぼすが、20代前半の若者でさえもそう感じるのだから、年輩の身では近づかないほうが良さそうだ。
と書いておきながら、ショップを巡り、気に入ったネックレスを嬉しそうにゲットした私だった。 |
|
| 2007年6月9日(土) |
| Jazz |
Lexusの展示場で開催するジャズコンサートへの招待を受けていたので、山のような仕事があることは考えないことにし、そそくさと出かけて行った。久しぶりにジャズの生演奏を聴くことができた。スタンダードな曲はほとんど演奏されず、車とかスピードを連想させるような曲でかためてあった。
約1時間の演奏を堪能した。強いてあげれば、キーボードの音が大きすぎたというのが難点か。昔は、ジャズ喫茶が流行り、大学生が物憂げに曲に聴き入る姿をよく目にしたものだ。本当に憂いを抱いていたのかどうかは定かでないが、少なくとも現代の大学生とは違う次元の悩みを抱えていたことは確かだろう。 |
|
| 2007年6月7日(木) |
| 言語障害臨床学術研究会 |
第15回言語障害臨床学術研究会の開催通知が届いた。10年ほど前に北里大学で研究会が開催された時に出席して以来、毎年、研究会の案内が届いている。私の専門分野ではないので、研究会に参加させていただくことは稀にしかないが、今年は開催場所が東京で、プレセミナーの内容に興味があるので参加することに決めた。
プレセミナーの内容は、「基礎的統計手法の実際とエビデンス」(仮題)と「多変量解析と質的研究の実際」(仮題)である。そして、研究会では、2005年に心理言語学の授業にお招きして話をしていただいたN先生にお会いできそう。 |
|
| 2007年6月6日(水) |
| だから人生は面白い |
4年生のゼミの授業が終わった時、1人の女子学生が近づいてきた。何かと思ったら、2枚の名刺を見せながら、「昨夜、アルバイト先でお客さんから声をかけられ、そのお客さんの会社への就職を考えてみたらどうか、と言われた」のこと。理由は、彼女の接客態度をとても気に入ったからなのだそうだ。アルバイト先は、知名度の高いお寿司屋さんである。
彼女にはその会社がピンとこなかったようだ。私は、彼女の話を聞きながら名刺を見た。「すごいじゃない!」と思わず声が出てしまった。某新聞社である。最終的にどうなるのかわからないが、これは進めるべき話だと判断した。彼女とその会社の縁を感じた。 |
|
| 2007年6月5日(火) |
| 若者ことば−やっぱりわかりません |
今、英語学概論の授業で形態論の章を終えようとしている。語形成のプロセスの中で、短縮や混成を扱うのだが、日本語での多様な例も見ておきたいと思い、「若者ことば」(意味もつけて)をリストアップしてきてほしいと学生に言っておいた。14人の学生がそのリストを提出してくれた。アルバイトのSさん(学部3年生)に頼んで、重複があっても全て入力してもらった。集中作業で2時間近くもかかったようだ。
それを明日の授業に備え、授業の意図に従って並べ替え、配布資料とすべく原稿を作成中。短縮や混成に近い方法で出来たと思われる語句は結構多いというのが実感である。しかし、全く想像できないものもある。意味を書いてくれていない表現は、インターネットで調べ、「若者ことば評論家」もどきになる。このリスト、我が心のボスであるN先生に送ってあげたい。 |
|
| 2007年6月3日(日) |
| NATSUが来て、HARUが行く |
久しぶりに佐野元春の「約束の橋」を聴いたら、何だか元気になってきた。そうしたら、NATSUがアリゾナ大学での1年間の留学生活を終えて帰国した。メールをもらったが、英語で書いてあった。だから、私からの返信も英語で書いた。
NATSUは、私がこの3年間と少しの期間で出会った学生の中で最もガッツのある学生だと思っている。昔風に言うと、ハングリー精神に満ちている女子学生だ。1年生の前期から「留学する!」と決め、大学からの奨学金を得るために必死で頑張り、秋には奨学金を貰っての留学が決まり、2年生の夏にアリゾナに向けて出発した。NATSUの仲のいい学生と私の4人で歓送会を開いたのは昨年の7月。あれから約1年が経った。今度の金曜日に大学でNATSUと会う。
そして、歓送会にいたNATSUの友人HARUが、8月にはスウェーデンのベクショー大学に留学する。もちろん、大学からの奨学金を得ての留学だ。留学する・しないに関係なく、私は自分の夢に向かって走り続ける人が好きだ。
|
|
| 2007年6月1日(金) |
| denim |
6年ぶりに竹内まりやのアルバム「Denim」が発売された。人生をデニムにたとえ、年月の経過とともにその風合いが増してくることを全12曲に込めたアルバムである。
この12曲の中に、「どうしてそんなに生き急ぐの?」というような歌詞で始まる曲があり、初めて聴いたときから「そうだよねぇ」と共感せずにはいられなかった。めまぐるしい日々の中で、ふと立ち止まって自分の生き方を振り返ることは必要だ。
約1年前、最寄り駅近くにあるスターバックスでM先生に初めてお会いした。あれからもう1年である。その時が起点となり、そこからどれだけ成長したのかと振り返るたびに自分にがっかりしている。ある意味で生き急いでいる生活を送っているような気がするものの、自分の目標に対しては「very
slow」だ−バランスが悪いね。 |
|
| 2007年5月29日(火) |
| 脱稿 |
体調は少し良くなってきているようだ。授業の準備以外は休養をとりたいところだが、世の中そうはいかない場合が多い。
教科書「自然言語処理」の原稿の最終調整が行われており、私の担当箇所の修正を早く終える必要があった。とりまとめの先生からいただいた修正要望は多くはなかったが、いざ作業を始めるととても時間がかかる。
大学の中間試験の準備と重なったため、睡眠時間を削る以外に締切を守る術がない。体調維持装置のようなものが欲しいと思ったが、最低限の睡眠を確保するということを念頭に置いて、集中することにつとめた。
今日、修正した原稿をとりまとめの先生にお送りし、OKをいただいた。ほっ!という音が出そうなくらい安堵した。
この教科書は、今年9月(つまり約4か月後)には大学で使用が開始される。今後、校正作業等、必要な作業が目白押しである。それでも、教科書が出来上がるのを待つ楽しみは格別である。 |
|
| 2007年5月24日(木) |
| 実習校(高校)へ赴く |
朝早くに自宅を出て群馬県にある教育実習校へ向かう。教務主任の先生と実習担当の先生にお会いするのが午前10時30分に設定されていた。大宮駅から高崎駅まで新幹線を利用したが、驚いたことに座席がとれないのである。車両の通路にも人が立ち、まるで帰省ラッシュを思わせる混雑ぶり。大きな誤算だった。高崎駅からは上信電鉄を利用して馬庭駅に。長い旅となった。
お会いした先生方となごやかにお話をさせていただいた。特に、実習担当の先生からは実習に際してのアドバイスをいただき、同行した学生もメモを取り続けていた。教務主任の先生は授業のため途中で退席された。話が終わり、お別れする時に、横浜ランドマークタワー内のお店で購入していた「プリザーブドフラワー」をお渡しした。とても喜んで下さった。長い旅路で、しかも満員電車に揺られる区間も多かったので紙袋がくしゃくしゃとはならないまでも少しくたびれてしまっていたが、ここまで持って来てよかったと思った。
教育実習期間は2週間。6月14日(木)が研究授業の日となる。午後2時30分からの授業ということなので、授業参観のために再び訪問させていただくことになる。私の学生は、みっちり鍛えられるだろうな。
|
|
| 2007年5月22日(火) |
| 通院中 |
体調のことはここにあまり書いてこなかったが、どうも赤信号が点灯したようで、通院中である。同僚の1人が連休が明けてから1週間経った頃に入院して衝撃を受けたばかりなのに、この私も通院の身になるとは。
中間試験の時期も近づいている。授業を休講することはなく、やるべき課題はクリアしている。ただ、疲れがたまっていることだけはよくわかる。通勤時間がせめて半分になればずいぶん楽になるだろうな...と、今は考えても仕方のないことを思いめぐらす。
不思議なのは、学生に会って話をしていると、体調のことはすっかり忘れてしまうということだ。 |
|
| 2007年5月19日(土) |
| プリザーブドフラワー |
用事があって、横浜ランドマークタワービル内を歩いていたら、偶然にもプリザーブドフラワーのお店を見つけた。店内を見回り、実際の生花にはない色のバラを見ていると不思議な気がしてきた。
私は、2004年の3月に、それまで十数年間勤務していた職場を離れる時、同僚からプリザーブドフラワーを貰った。あれからすでに3年以上になるが、風合いを保ったまま、私の研究室で目を楽しませてくれている。優しく見守ってくれていると同時に、「頑張りなさいよ」と勇気づけられているような気がする。
貰った時には、こういう保存の仕方のお花があることを知らなかった。それ以来、フラワーショップを通るたびに気にするようになった。今は、香りつきのプリザーブドフラワー(=フレグランスフラワーと呼ばれるとか)さえ販売されている。
でも、生花の魅力は絶対的だと思うな。 |
|
| 2007年5月17日(木) |
| 実習校(中学校)へ赴く |
お昼頃の激しい雷雨に戸惑いながらも、お天気の回復を祈っていた。運良く、出発する頃には晴れ上がった。4年ゼミ生の1人が、今月28日から中学校で教育実習に入るため、指導して下さる先生のところへ学生とともに挨拶に伺った。電車で移動中、新宿駅構内で「あっ、いいな!」と思うプリザーブドフラワーを見つけた。埼京線の出発時刻まで9分しかなかったが、お店の人に頼んで包装を急いでもらった。
大学から持たされている品物もあるので少し躊躇はしたが、私の個人的でささやかな気持ちということで、そのプリザーブドフラワーを持って行った。学校の正門を入ると、生徒さん達から「こんにちは!」と、とても気持ちのいい挨拶を受けた。
指導して下さるY先生とのお話が終わり、廊下を歩いていたら、他の学年の英語担当の先生方にも次から次へとお会いし、Y先生も「すごい偶然が続きますね」と微笑んでおられた。簡単ではあったが、その先生方にも挨拶ができたので、私のゼミ生も少し気が楽になったかもしれない。 |
|
| 2007年5月16日(水) |
| 蜜柑 |
「宅急便が3個届いているので取りに来てほしい」というメモが私のメールボックスに貼ってあった。このうちの2個は書籍だということはわかっていたのだが、はて最後の1個は何だろうか...不思議に思いながら庶務課に行くと、蜜柑(10キロの箱)が届いていた。びっくり。
昨年のゼミで担当していた学生のご家族から送られてきた蜜柑だった。地元で取れた「セミノール」という蜜柑だそうで、とてもジューシー。蜜柑箱に同封されていたお手紙には、「食べ方」までイラストで書いて下さっていた。
ビタミンCたっぷりの蜜柑をいただいて、これからの梅雨そして暑さを乗り切っていかなくては。他の先生方にもお裾分けしてあげたが、あまりに沢山いただいて恐縮してしまった。 |
|
| 2007年5月11日(金) |
| 鮮度 |
今日の演習1でビデオを観ていたら、学生の1人が電子辞書で何やら調べている。それは、「鮮度」の意味だった。えっ、鮮度の意味を知らないの?と思ったが、小声で補足説明をしてあげた。
授業が終わり、研究室に戻り、紅茶でも入れて一息入れようと思っていたら、、、不意の来客があった。同僚の紹介で訪ねて来られたのだが、振り返るとそのお客様にちょっと言い過ぎたかなと反省している。でも、対応の仕方がもっとプロらしくあってほしいなと思えたものだから。そのお客様が、最後に、かなり躊躇しながら私に言った。「すごく失礼なことを申すようで恐縮ですが、先生は、、、なんていうか、、、とてもフレッシュですね。」 私は、心の中で、「当たり前よ、それが私のモットーなんだもの」と呟いていた。
鮮度にまつわる1日だった。
|
|
| 2007年5月8日(火) |
| 教育実習:実習校への挨拶 |
教育実習のシーズンが始まった。言コミ4年生の中で教育実習に行く学生の数は結構多い。出身校に帰って実習を行う学生が多く、北は岩手、南は沖縄まで全国にまたがる。私が担当するゼミ生の中にも5月下旬から実習に入る学生達がいる。彼らの実習地域は関東圏なので、4月の会議で言われたように、ゼミ担当教員は実習受入れ校に連絡をとり訪問する必要がある。
訪問日が決定したら、教員は大学の事務局に連絡を入れなければならない。そこで、事務局に連絡を入れると、担当者から言われた:先生、教育実習期間中に訪問することが多いのですが、もう行かれるのですか?実習の日程を間違えていませんか?
私は、「実習前に訪問します。」ときっぱり答えた。学生が行う研究授業の時に、私に授業が入っていたら行けない可能性も考えてのことである。また、実習中に何かあった場合に、指導して下さる先生が私に連絡をとりやすくしておきたいという気持ちも働いている。
確かに、受入れて下さる中学校と高校の教務主任の先生に「わざわざ来て下さるなんてご丁寧に、、、」と電話で言われた。そこが大事な点だと私は思う。実習をする学生も「先生と一緒に挨拶に行きます」と快い返事をくれた。指導して下さる先生のご都合のいい時に伺い、事前に挨拶をすることで、実習生のことを気にかけざるをえないなあと思われることはあっても、すごく困ることはないだろう。
5月24日の朝には、下仁田まで行く。おそらく自宅から3時間くらいかかる小旅行となるだろう。帰りに下仁田ネギを買ってこよう。
|
|
| 2007年5月6日(日) |
| モネ展→Tokyo Midtown |
連休最終日の夕方なら人出が少ないだろうと予測して、国立新美術館で開催中の「MONET
大回顧展モネ」に出かけた。午後8時まで開館していたので、遅めに入り、ゆっくりと鑑賞することができた。モネの作品をこれだけ集められたのは快挙だと思うし、晩年にいたるまでの作品を通時的に観ることができて良かったと思うが、やっぱりパリのマルモッタン美術館での印象のほうが強い。あの、静かな公園を歩いて到着した美術館でのモネの作品は忘れられない。
国立新美術館を出て、Tokyo Midtownで夕食をとることにした。以前に一度訪れた時に目をつけていたスペイン料理のお店に入ろうと思ったら、前回同様に「本日は予約のお客様で満席です。またの機会にご利用下さい。」という案内が出ていた。予約を入れるための電話番号を聞こうと思って、通り過ぎようとしたウェイターさんに声をかけた。ところが、私の口から最初に出たことばは、「満席なのですよね?...絶対に駄目なのですよね?」だった。そうしたら、「ちょっと待って下さい」と言ってお店の奥深くに入って行った。しばらくして戻ってきて、「大丈夫ですよ、どうぞ」とテーブルに案内された。世の中、案外こんなものかもしれないな。
トルティージャがすごく美味しかった!
|
|
| 2007年5月4日(金) |
| 2006年度の最後の報告書 |
連休明けに提出予定の報告書があと1つ。もうすでに、2つも書き上げているのだけど、最後の1つが残っていた。そこまでして書く必要があるのかと他の人にたずねられたら、どう答えるだろうか。「形に残したいので、、、」というところか。
「報告書作成にかける時間を、重要性がもっと高い課題の遂行に費やすべきではないか」という内なる声と闘いながら、書くことによるメリットを創出しなければと考える。2006年度後期のライティング授業の実践報告書だが、ライティング指導とライティング能力の評価という面で考えることは多かった。でも、以前にもこの日誌で書いたことだが、研究の観点からするとあまりにも
limitation が多い内容なのだ。こうして悶々としながらも、報告書を一通り書き終えた。もう1つのクラスを担当していたC先生に原稿を送信し、コメント待ちの状態に移った。
さあ、「ゴールデンな」週にすべく、残りの休日を極上のものにしよう! |
|
| 2007年5月1日(火) |
| 休息日 |
4月はあまりに忙しく、奈良から東京に戻ってきた時、どっと疲れが出た。学会発表が終わった安堵感もあるのだろう。何もしたくない!と感じた。ということで、今日は自宅でまったりとした休日を過ごした。実は、とびきりの朗報が4年ゼミ生から届いたこともあり、ふぅ〜っと気を抜きたくなったのである。
某大手銀行から就職の内々定が出たという知らせだった。このことを主人に知らせようとしたら、涙声になってしまった。そんな自分にかなり驚いた。 |
|
| 2007年4月29日(日) |
| 東大寺と唐招提寺 |
近鉄奈良駅近くの商店街を散策している時、とても大きな「三笠山」を見つけた。どら焼と言ったほうがわかりやすいかもしれない。直径が25センチくらいの円形をしており、その中に餡がたっぷりとおさまっている。8人くらいで切り分けるといいかも。お土産に買って帰りたかったが、連休明けまで日持ちしないので、、、、苦肉の策として大学に配送してもらうことにした。これで、5月7日の夕方には、研究室が近い先生方と学生とで大判の「三笠山」を食すことになる。食べ物の誘惑に勝てないのが私の泣きどころである。
学会が終わったので、東京に帰る前に東大寺と唐招提寺を訪れることにした。ホテルから東大寺まで徒歩で約30分ほど歩いた。子どもの頃に観た大仏は、今、自分の目の前に座っている大仏よりもっと大きかった。東大寺から唐招提寺まで、いったん近鉄奈良駅に出て、電車を使った。残念なことに、唐招提寺の金堂は解体・修理工事中だったが、それでも境内の趣などから鑑真和上が過ごした日々を想像することができた。昨日の学会後の懇親会で、ずっと以前に機械翻訳技術WGで一緒に活動していたMさんに会い、「明日、唐招提寺に行くのよ」と話したら、Mさんいわく「唐招提寺のことなら何でも聞いて。卒論のテーマだったから」。そんな話をしながらふと思った。私が、奈良のような町で生まれていたとしたら、英文学科ではなく史学科に進んだだろうなと。 |
|
| 2007年4月28日(土) |
| 英語コーパス学会(同志社大学京田辺キャンパスにて) |
近鉄奈良駅から新田辺駅まで急行電車で約20分の距離だった。学会の開催校である同志社大学京田辺キャンパスまでは、新田辺駅からバスに乗って10分ほどで到着した。広くて快適なキャンパスを目の前にして、羨ましさが込み上げてくる。でも、まあいいか、中身こそ大切!と気を取り直すことにした。
午後からの研究発表は、2つの教室に分かれてのパラレルセッションだったが、大体同数の参加者に分かれていたそうだ。準備に大わらわだった私達の研究発表は無事に終了した。もう少し質問が出てほしかったというのが正直な感想だが、顔見知りの人達に聞いてみたら、「内容的に質問が出にくいかも。。。」と。個人的には、2つのテーマで書いてくれたそれぞれの作文を読んでみて、質的な側面から気がつくことはないか調べてみたいなあと。でも、自分自身の研究を進める必要があるので(最近の猛反省点である)、正直、時間のやりくりが難しい。 |
|
| 2007年4月27日(金) |
| 「紅茶の楽しみ」 |
今日の演習1は、先週の授業後に担当教員全員で打ち合わせた通り、T先生のお話を中心に進められた。「大学での学び方」に関する短い講義を聴いて学生はノートを取り、そのあとにノートの取り方について説明した。そして、今日のとっておきのお話「紅茶の楽しみ」をT先生からお聴きし、学生はノート代わりのB4サイズの大きな紙にメモを取り、質問を書き入れた。授業終了時に、この大きなメモ用紙をクラスごとに回収した。
「紅茶の楽しみ」のお話を聴いていると、実際に紅茶を飲みたくなった。このことをT先生のお話が終わった時にポロリと呟くと、側にいた学生も「先生、私も!」。こんなふうに感じさせるなんて、さすがT先生である。
授業後、研究室に戻り、ほんとうに紅茶を一杯飲んだ。そのあと、やおら重い荷物を担ぎ、川越から本日の最終目的地である奈良へと大急ぎで向かった。長い1日だ。 |
|
| 2007年4月24日(火) |
| JAECS and JALT2007 |
学生に「英語で日記をつけてみるといいよ」と奨めてきたことは多い。しかし、いざそれを実行する学生はきわめて少なかった。先週の演習1で、さりげなく「英語で日記をつけてみる」ことを紹介したら、今週になって個人的にメールが飛び込んでくる。「書いてみたいので、日記のつけ方に関するアドバイスを下さい」と。
研究室に来てもらうが、大抵は、1人で堂々とやってくる。前年度までの学生の場合は、そういった内容で初めて私の研究室に来る時は、友達を誘って来ることが多かった。今年の1年生は面白いなと思う。
さて、今週金曜日には、演習1の授業が終了したら奈良に向かう。翌日、同志社大学(京田辺キャンパス)で英語コーパス学会が開催されるからだ。今、その発表準備を関係者で進めているところだ。それと並行して、11月に開催される
JALT2007 への投稿を準備している。こちらは、昨年後期のライティング授業について、隣りのクラスを担当されたC先生と共著で発表を目論んでいるものだが、投稿するかどうかをかなり悩んだ。あまりにも研究上の
limitation が多いからだ。いつも私からの英文ライティング評価を快く引き受けてくれている、そして今回も評価をしてくれた、群馬県立女子大学のF先生(英語母語話者)に相談し、投稿することに決めた。今週金曜日が投稿締切なので、今、最後のあがきをしている。 |
|
| 2007年4月20日(金) |
| 演習1:第1回目の授業 |
オリエンテーション旅行で顔を合わせて以来、2週間ぶりに演習1の学生達の前に立った。それぞれが「なつかしいねぇ」と言い合っている姿が面白かった。演習単位で英語の授業を履修しているわけではないため、週に1度の演習クラスでしか会えない人もいるのだろう。
オリエンテーション旅行の演習別ミーティングでは、学生の顔と名前、そしてニックネームが合致せず、かなり苦労した。でも、驚いたことに、2週間という時間を経てみると、全員の名前をすでに覚えていた。その間に全員で顔を合わせることは一度もなかったにもかかわらずだ。ニックネームは流動的でもあるだろうから、適度に記憶というところか。別に、単語カードのように名前を書いた紙を用意して覚えたわけでもない。
これは何なのだろう? この年齢なので記憶力は下がる一方なのだが。
|
|
| 2007年4月19日(木) |
| SSRD at Willamette University |
TIUA(東京国際大学アメリカ校)に留学している学生から、近況を知らせるメールと写真が送られてきた。すごいよ、すごい!
2年生4名(そのうち3名が言コミの学生)が、ウィラメット大学の学生と一緒に、現地時間の4月18日の午後にSSRD (Student Scholarship Recognition Day) でプレゼンテーションをしたという報告だった。発表のタイトルは、"Knowledge
is the Preface to Peace: Student Perspectives on the TIUA/WU Relationship"
である。リンクしてあるページに概要が記載されている。発表準備は大変だったようだが、発表直後に撮影した記念写真を添えて様子を知らせてきた。
メールの文面を読むと、教員の方が元気づけられる。「TIUA生としてSSRD初参加!1つ歴史をつくりましたよ!ここでは、自分達で新しいことを始められる環境にあります。不安な反面、凄く楽しみでやりがいを感じます。皆で、今までやってないことをやりたいと提案しています。」
|
|
| 2007年4月16日(月) |
| 怒濤の1時間 |
人数制限のある科目については事前登録を受け付けた後、何らかの方法で人数調整を行う。残念なことに、ウェブ登録システムに支障が出たため、言コミ1年生の必修科目2つについて、専任教員で手分けして午前中のクラスに赴き、1年生全員に履修希望(優先順位をつけて)を紙に書いてもらい、その結果をお昼休みに持ち寄った。それからが怒濤の1時間であった。3時限目に授業のない先生で学生の希望にできるだけ応えられるように調整しながら振り分けを行った。その結果は、3時限目の授業終了時に各学生に配布された。何しろ、明日からそれらの科目の授業は開始されるのだ。
私は、午前中2限目が「英語学概論」の初回の授業であった。この科目は選択必修なので、前期に一応割り当てられている1年生2クラス分の学生全員が履修するとは限らない。そうすると、この科目を履修しない(当該クラスの)学生を早急に見つけて希望をとる必要があった。
結果はどうだったか。有難い(?)ことに、留学生1名を除く全員が授業に参加していた。これで、留学生を除いて、先の2つの必修科目に対する曜日・時限の希望がとれる。はっきり言って、気分的には、自分の授業どころではなかった。そういう気分的な揺らぎを見せないように授業を進めたつもりだが、果たして?
|
|
| 2007年4月14日(土) |
| 名古屋日帰り |
昨年に続いてまたまたびっくり。2つの植木鉢に、それぞれピンクと白のシクラメンが咲き始めた。昨年は片方の鉢だけ、そう白いシクラメンだけが咲いたのに、今年はピンクの方も咲いた。咲く時期がずれている!ずれているから心配でもある。毎朝、2つの鉢の様子を眺めるのが最近の日課である。
入学式以来、この10日間はとても疲れた。昨日、大学を出る時には自分の疲労感に驚いたほどである。16日からの本格的な授業に向かい合っていけるのか、少し心配である。
今日、研究打ち合わせのため、名古屋に日帰りで出かけた。2週間後には同志社大学で英語コーパス学会が開催され、私達のチームも口頭発表を行う。それが終了すれば、今から楽しみにしているゴールデンウィーク。それまで、忙しい日々を楽しむことにするかな。
|
|
| 2007年4月13日(金) |
| 同期レディース会 |
同期は入社20年が過ぎた。中断していた時期もあったが、R社の同期入社の女性達は、年に1回集まってお喋りをするレディース会を開催している。昨年は3月開催で、私は入試業務があったため出席できなかった。
そのことも考慮してくれたらしい。今年は5月に開催しましょうという連絡が入った。同期の女性は全部で30人ほど。数百人いる大卒新入社員のうちの10%くらい?だったろうか。この30人のうち、今でもR社で勤務しているのは10人くらいかな。
東松山の研修所に2週間も宿泊して行われた新人研修。夜は、女性だけで誰かの部屋に集まり、いろいろな話をしたものだ。私のゼミ生も、1年後は、そんななつかしくて一生心に残る「社会人1年生」になるわけだ。 |
|
| 2007年4月11日(水) |
| 「青春」 hand in hand |
ここに記載する内容を読んだ人は、「大学生に何やらせるの?」と思うかもしれない。(読み飛ばしてください。)
午後から新4年生のガイダンスが行われた。採用試験で大学に来られない学生を除くと、私のゼミでは12名が集まった。ゼミ別ミーティングの時間には、1人1人に近況報告をしてもらい、私の方からは今年度の心構え、特に卒論作成のことを簡単に話した。そして、最後に短い「青春」タイムを用意していた。笑ってやらないかも、、、という思いはあったが、やがて各自がやり始めた。それは、「ゼミのメンバー1人1人と握手しながら、今年1年のことを想い、お互いにことばを交わして下さい。全員と話すこと」というものだった。相手に楽しそうに語りかけていた姿が印象的だった。最後は、全員で輪になって手を繋ぎ、「卒業まで頑張ろう!」と堅く握手して終わり。お互いに照れくさそうな顔をしていたが、まんざらでもない顔つきだった、と私は思う。
この「青春」hand in hand をゼミ生がどう感じたのか、聞く勇気はなかった。が、採用面接のためにゼミ別ミーティングに参加できなかった女子学生に話したら、「私もやりたかった!」だった。
20人以下のゼミといっても、学生間のコミュニケーションはなかなか難しい。気の合う仲間以外の人達とのコミュニケーションをもっととらせなければと感じていた。
先週の新入生オリエンテーション旅行でゲームをするコーナーがあった。その時にゼミ対抗でスキンシップゲームというのをやった。初めて会ったゼミメンバーと教員が、隣りどうしではなく「複雑に」手を繋ぎ、手を繋いだまま1つの大きな円になるようにほどいていくというゲーム。 (私のチームが優勝し、各自が256MBのUSBメモリを貰った。) この時の、学生と、しかも初対面の新入生と手を繋ぎ合った時の感触がとても新鮮だった。 |
|
| 2007年4月8日(日) |
| 背筋を伸ばして |
新入生オリエンテーション旅行から戻ってきた。疲労感がすごい。でも、積もる仕事は私を休ませてくれない。
情報処理教育委員会のアンケート回答結果の改訂版をエクセルで作成して委員長に送信した後、言コミの言語コミュニケーション教育研究会(SELC)の研究誌『言語コミュニケーション教育』(第2号)用の原稿2件を作成した。1件目は、2005年7月から2006年12月までの研究会としての活動報告で、2件目は2006年度後期に担当した科目「心理言語学」の授業実践報告である。いろいろな課題を抱えている授業であるが、何はともあれ、形に残しておきたいというのが私のモットーである。
そして、そろそろ3件目の作成に着手しなければならない。これは、2006年度後期に担当したWriting
Strategies Iの授業実践報告であるが、どちらかというと研究論文に近い。これは同じ(英語力の)レベルを教えておられたK先生との共著となる。新年度の授業の準備もしなければならないのに、まだ前年度のものを引きずっている。
さて、私が担当する演習1の学生(つまり新入生)で、体調不良でオリエンテーション旅行に参加できなかった男子学生がいる。今夜、彼の自宅に電話を入れたところ、お父さんがまず電話に出られた。先日の父母の会に出席されていたことがわかった。「成田」と名乗った時点で、「成田真澄先生ですね。心理言語学を教えておられ、企業で研究員をされておられた経歴から情報処理の委員もされておられるんですよね。言語コミュニケーション学部の先生方の教育に対する姿勢に感銘を受けました。子どもをお願いいたします。」と言われ、恐縮すると同時に、これからの日々を思った。背筋を伸ばして活き活きと学生に接して行こう! |
|
| 2007年4月6日(金) |
| 新入生オリエンテーション旅行 |
私が担当する演習1に所属する学生がわかった。昨夜、大急ぎで、オリエンテーション旅行で行う活動のためのプリントを作成した。まずは、同じ演習に所属するメンバーがお互いを知り、仲良くなるきっかけ作りが必要である。作成したプリントのタイトルは、『成田ゼミの...初対面だけど「ずばり言うわよ」』にした。ペアになって、相手の「すごい」面をインタビューを通して見つけ、箇条書きにする。そして、発表を行う。
プリントを作成して寝たのは午前2時過ぎ。午前9時には大学にいなければならないため、午前4時30分には起きなければならなかった。睡眠不足。通勤時間が短ければと強く思うのが、この新年度の最初の日々である。
今年の新入生オリエンテーション旅行で行う全体活動は、学部2年生以上の学生数名が主体となって考えたものである。今までの、教員による長い説明を辞め、新入生どうしが名前を覚え、教員との親密度を増す企画が盛りだくさんの旅行となった。宿泊先である越後湯沢に移動するバスの中でも、上級生が進行役となり、新入生1人1人に質問を投げかけ、ニックネームをつけて名札を作成して渡していた。教員は、演習(ゼミ)の学生の名前とニックネームの両方を覚えなければならないのだが、これを1日で達成するのは難しかった。演習別ミーティングの際に、名前とニックネームが頭の中でぐるぐる回り続けた。案の定、夜、熱が出た。
ビューティ、なっぱ、ジョーダン、助さん、、、なんていうニックネームを覚えつつ、顔と名前を正確に覚えるなんて、とびきりの若さがなければ無理じゃないか?ふぅ。。。 |
|
| 2007年4月4日(水) |
| 入学式 |
2007年度の入学式は滞りなく終了した。その後、夕方まで予定がびっしり。教員の顔合わせ会のあと、入学式に出席されたご父母の方々を教室にお招きし、言コミでは1年生の演習(ゼミ)を担当する教員が自己紹介を行うのが慣習となっている。
私は、1年生の演習を担当することになっているため、緊張しながらも自己紹介をした。昨夜観たNHKの番組のことに触れた。私の話に頷いてくれるご父母がいて、少し安堵した。我田引水のようで恐縮だが、父母の会の時にいつも思うことは、「言コミって、最高の学部。ユニークな教員ばかりだが、学生に対する思いはどの大学のどの学部にも優っているに違いない!」ということ。
父母の会のあとは、2つの会議。入学式当日に、ここまで会議を行う学部も珍しいのではないか。長い1日が終わる頃、新入生と同じく、教員もへとへと状態であった。 |
|
| 2007年4月3日(火) |
| 仕事の流儀 |
入学式を明日に控え、目が腫れるから前夜に涙してはいけないのに、不覚にも泣いてしまった。NHKの番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」を観て、涙がこぼれた。中学教師・鹿嶋真弓先生にまつわるストーリーだった。
「人の中で人は育つ」「つながりが人を支える」−何度となく聞いたことばだが、この番組を観てその意味するところの重さをあらためて考えさせられた。鹿嶋先生が教育者として必要だと考える「情熱→技→現在進行形」の図式を番組を通して投げかけられると、私に欠けているものが何だかとてもよくわかった。道は遠い。
目が腫れる心配は残ったが、爽やかな風が私の心を吹き抜けていったように感じた。
|
|
| 2007年4月1日(日) |
| 千鳥ヶ淵:桜満開 |
桜満開の千鳥ヶ淵に出かけた。夜桜を観るのに行列が出来ている。「歩道の入り口まで30分はかかります」と言われて躊躇したが、せっかくここまで出かけてきたのだからと思い直して行列に並んだ。実際には30分もかからず入り口に進み、そのあとは自分達のペースで桜のトンネルの中をゆっくりと進んだ。桜があまりに綺麗で、身も心もぞくっとした。春爛漫の宵であった。
見事な桜を満喫したのに乾杯しないわけにはいかない、と帰りに Tokyo Midtown
に立ち寄った。すでに午後8時を過ぎていたが、まるで昼間のような活気だった。Okawari.jp
というお店で注文したのは、もちろん、シャンパン。止まり木に座ってシャンパンを飲みつつ、楽しそうに話しながら歩いている人々を窓ガラス越しに見ながら、「東京ってすごい都市だな」と今更のように思った。
Tokyo Midtownは、お洒落で小粋なスポットである。そんなふうに形容してしまうと、六本木ヒルズや丸の内ビルディングと大差ないように思われるかもしれないが、全く趣が異なる。一度行ってみることをお奨めする。 |
|
| 2007年3月30日(金) |
| 予定は事前に知らせてほしかった |
これも今週初めに飛び込んできた依頼であった。前もって予定を知らせておいてほしかった。もし、私が東京にいなかったなら、絶対にできなかった仕事だ。
同僚のI先生も関わっておられ、28日に相談した際には、「このような予定で出来るわけがないですよね。予定を変更してもらいましょうか、、、。」 でも、公の審査を受けるものだから、できるだけのことはやるしかないのではと思い直し、28日と29日の深夜、眠い目をこすりながら、100頁近く英文ライティング指導用教科書の原稿をチェックした。修正箇所を書き込んだものを昨年11月に出版社に提出してしまっていたので、最初から最後まで記憶をたよりに(記憶は不確かだった)目を通した。
今後のこともあるので、出版社には少し厳しいことを言わせてもらおう。大切なモノづくりなのだから。
(O社のNさん、ごめんなさい。こんな日々を送っていて御社の原稿チェックに時間がかかってしまっております。) |
|
| 2007年3月29日(木) |
| 触れる地球 |
今週初め、大学の後輩からメールをもらった。思いがけないお誘いだった。私は、抱えている仕事が多く、しかも今日の午後は大学病院で検診を受けることになっていたため、どうしたものかと返信するのを躊躇していた。が、可愛い後輩の「成田先輩!」という呼びかけメールに屈してしまった。メールに記載されていたイベントに参加することにしたが、そのためには中村敦夫氏が執筆された推理小説『ゴミを喰う男』を少しでも読んでおいたほうがいいだろうと思い、書店で購入した。
そのイベントとは、大手町カフェで開催されたトークイベント「スロー・スモール・シンプル社会を目指して〜日本にもある「不都合な真実〜」であった。まず最初に中村敦夫氏によるお話があり、休憩をはさんで中村氏と竹村真一氏(京都造形芸術大学教授で、竹村健一氏の息子さん)の対談が行われた。仏教経済学や自然経済についてのお話がとても興味深かった。「参加者からの質問を受けつけます」と進行役の女性が質問を促すが、案の定、シ〜ン。私は前から二列目という両氏にかなり近い場所に座っていた。ついつい主催者側の立場で考えてしまう私。「せっかく両氏がお話をしてくれたのに盛り上げないと申し訳ない!」と心の声。
何を質問しようかと考えていたら、私の隣りに座っていた男性が手を挙げた。偉い!そのあと、私が質問をした。うまく説明できたとは思えない質問だったが、竹村氏の回答は見事だった。私の質問の意図を完璧に汲み取っていた。私の質問に対して竹村氏が最後におっしゃったのは「情報のブロードバンド化が起きたように、経済のブロードバンド化も必要ですね。」
経済のブロードバンド化とは何を意味するのか?
大手町カフェには、竹村氏による「触れる地球」が置いてある。インターネットを通して得られる気流の情報を球体(地球)の表面にリアルタイムで映し出す。球体自身も刻々と変化している。これは必見の、いや、必触の素晴らしい地球である。
トークイベントが終わると、中村敦夫氏のサイン会もあった。大学病院で検査を待っている間に急いで読んだが、それでも半分までしか読めていなかった。サインをもらう際、「すみません、半分までしか読めていません。この時点で犯人の見当がまだつきません」と中村氏にお話したら、「そうでしょう。半分まで読んで犯人がわかったという報告はまだ受けていませんね」と微笑みを返してくれた。優しい眼差しだった。
新聞社に勤める私の後輩は、明言を避けたが、どうやらこのイベントを企画した側のようだ。ただ者ではない。 |
|
| 2007年3月28日(水) |
| 残念! |
大学で仕事をしていなければ会えたのに、、、私が尊敬してやまない、心の親分N先生と。そして、とても素敵な友人、B子さんとも。お二人は大学で偶然に再会したらしく、私達が住む住宅地に戻ってきてお食事をされたそうだ。(あのお店でかなあ?)
そう、私達3人は同じ住宅地に住んでいる大学教員である。しかも、専門分野がそれほど違わない。B子さんは福岡にある大学の専任教員なので、めったに会うことができない。N先生からお誘いの電話をいただいた時、私は自宅にはおらず(大学で働いていた)、連絡がとれなかった。
ああ、本当に残念!残念! 次の機会を楽しみに待つしかない。それまでに、教員として親分に一歩でも近づけるように、そしてB子さんの良き先輩になれるよう、気持ちを引き締めて過ごそう。 |
|
| 2007年3月27日(火) |
| 上司顔? |
4月から3年生になる女子学生2人に今日と明日の二日間アルバイトをお願いしている。この2人は、先週末まで文部科学省でインターンシップ研修を受けていた。久しぶりに会ったのだけれど、挨拶もそこそこにインターンシップ体験の報告をしてもらった。研修先で多くの方々にお世話になったようだ。お礼状を出すようにと奨めると、意外そうな顔をした。どうしてだろう?口に出して教えるべきことでもなかろうに、、、と、少し情けなくなる。
2人の学生がそれぞれにPCを使うと、私は机上で紙とペンを持って行う仕事しかできなくなる。やはり、アルバイトは1人ずつお願いするほうがよさそうだ。でも、休憩タイムにお茶を飲みながら3人で話しているととても和やかな気分になる。
自宅に戻り、ゆったりとしたところで、2週間前に購入したがまだ読んでいなかった雑誌『日経EW』を開けてみる。『日経WOMAN』の編集長だった知り合いが、今月12日に発売された『日経EW』の編集長になった。EWとは、Elegant
& Executive Womanを指す。私なら、Energetic Women の頭文字にするかな。創刊号の内容を見ると、予想していたものと近かった。テーラーメイドスーツの情報も然り。最もインパクトのある記事は、「上司顔になるアイメイク」だった。上司顔とはどんな顔? |
|
| 2007年3月25日(日) |
| そろそろ新年度の準備へ |
気がつけば、はや3月も下旬。新年度はそこまで来ている。ああ、大変。
新年度は言コミにとっては完成年度。来春には初めての卒業生を社会に送り出す。卒論指導を担当するゼミ学生は、今年度からの持ち上がりで16名もいる。後期試験期間中に、卒論の仮テーマを確認するために、1人ずつ面談をしたが、前途は多難である。特に、就活の最盛期が4月から5月にかけてなので、学生の頭の中では卒論はまだまだ先のことという認識だろう。
16名の卒論を指導しながら、1年生のゼミも持たなければならない。20名近くはいるだろう。さらに、Reading/Writing
Strategies Iを前期に担当しないかわりに、Listening/Speaking Strategies I
のステップアップクラスを担当する。科目の種類が増えるので、新年度はこの4年間で最も大変な1年になるだろう。体力つけなきゃ。 |
|
| 2007年3月23日(金) |
| 京都から東京へ |
本日のワークショップをもって言語処理学会年次大会は終了した。これでやっと東京に帰ることができる。京都の市内観光は皆無であったが、仕事なのだから致し方ない。
NICTの方々とお茶をした時に教えてもらったお菓子があるので、これをお土産に買って帰ろうと思い、京都駅伊勢丹に立ち寄る。和菓子の老舗で売られているこのお菓子は、『つばらつばら』。「つばらつばら」とは、万葉の言葉で「しみじみと、心ゆくままに、あれこれと」という意味だそうだ。 |
|
| 2007年3月22日(木) |
| Corpus Linguistics 2007 |
ホテルでメールのチェックをしたら、朗報が届いていた。今年7月末に英バーミンガム大学で開催されるCorpus
Linguistics 2007での研究発表が採択された。この研究は、名古屋大学大学院国際開発研究科(S先生の研究室)で進められているものだ。研究チームの1人が、採択通知を見て、「いよいよNICE
Corpusの世界デビューですね。」 その通り!
来月下旬には英語コーパス学会での研究発表、7月1日までに上記国際会議の原稿提出、さらに7月27日から30日まで本会議。ほんとうに、始終忙しい。新年度の授業をこなしながらの発表準備となる。そして、英国から戻ってきたら、第2言語ライティングシンポジウム(9月15日〜17日)の準備(=>運営と研究発表)が待ち受けている。
|
|
| 2007年3月21日(水) |
| テーマセッション:教育を支援する言語学・言語処理 |
昨日、数年ぶりにMさんに再会した。Mさんに初めてお会いしたのは、英国のWolverhamptonであった。そう、Prof.
Mitkovの研究室でお会いしたのである。当時、Mさんは大学院生だった。つまり、Constantinとも顔馴染みである。Constantinから久し振りにメールを受け取ったことを話すと、お喋りにも花が咲いた。Mさんは、現在、通訳・翻訳を手がけているだけでなく、機械翻訳システムの訳文品質の改善に関係した仕事もされているようだ(→言語処理学会で発表)。
さて、今朝一番のセッションはテーマセッション。座長なので、7人の発表者の研究内容は予稿集で確認し(フロアから質問が出ない場合の対策として私からの質問も用意しておいた)、総括討論する時間が十分にあればこういうことを問題提起しようかとメモ書きしておいた。それぞれにとても興味深い研究発表であったが、もう少し研究を進めてから発表して欲しかったと正直思うものもあった。やはり、どこが新しいチャレンジであるのかを具体的に示せることが重要だ。
日本に戻られてまだ日の浅いCH先生からはニュージーランドのお土産をいただいたり、以前からその研究内容が気になっていた法政大学院生のKさんにはコレスポンデンス分析について教えていただいたり、早稲田大学のH先生と兵庫教育大学のN先生には今後の研究のことでお話をさせていただいたり、と有意義きわまりない1日だった。
|
|
| 2007年3月19日(月) |
| 言語処理学会始まる! |
言語処理学会の初日は、終日、チュートリアルであった。私は、チュートリアル運営の担当者の1人だったので、朝早めに会場入りした。チュートリアルは、2つのテーマセッションがパラレルで走るという構成になっていた。ふと気がつくと、講師の方々にお水の用意がされていなかったので、実行委員(開催校)の先生にペットボトルを買える自動販売機がどこにあるか尋ねたところ、先生も明確にはご存じなかった。こういう場合は、アルバイトの学生さんに聞くのが一番。そして、9本のペットボトルを入手して、開催会場に戻ってきた。私ってこういう役回りになりやすいのかなあ、、、と苦笑しながらも、細かな配慮は他の段取りで忙しいだけに抜け落ちてしまいやすいことをあらためて確認できてよかったと思う。
終日、会場につめていたが、寒さで体が震えていた。暖房は入っていたが、一向に暖かくならず、参加者も司会者もコートを着用していた。あまりに寒かったため、講演の内容に集中するのが難しかった。
ホテルに戻り、水曜日にテーマセッションの座長をするため、7人の発表者の研究内容を予稿集で読み始めた。が、体の震えが止まらない。「これは、まずい。体調を崩してしまうと他のプログラム委員に迷惑をかけてしまう。」 熱いシャワーを浴びて、早めに就寝した。 |
|
| 2007年3月18日(日) |
| Sakura 2 |
17日の午後に名古屋大学で研究打ち合わせをした。別れ際にS先生とSさんから
Sakura Tea の詰め合わせをいただいてしまった。(お心遣い、ありがとうございました。) これからの京都滞在が長いので、とても嬉しかった。
今朝、京都に移動。寒い!冬のコートを持ってきたのは正解だった。ホテルは駅から徒歩10分程度。京都駅伊勢丹でティーストレーナーを買って、ホテルにチェックイン。明日からの言語処理学会は、龍谷大学瀬田学舎で開催される。午後から会場へ琵琶湖線とバスを使って出かけてみた。構内は静かで、すでに「言語処理学会」の看板、会場案内の看板が立てられていた。準備OK。
夜は、大学の情報処理教育委員会が3月に実施したアンケート調査の回答を地味にエクセル表に入力しつつ、初回しか観たことがなかった「華麗なる一族」の最終回を観て「こういう結末なのね」と納得していた。しかし、アンケート調査結果を京都まで持ってきている私は仕事の鬼か。
|
|
| 2007年3月16日(金) |
| 23日まで出張します |
| 17日に名古屋大学を訪問し、18日から23日まで言語処理学会年次大会のため京都に出張する。大学の仕事、原稿書きの仕事、その他の仕事、これら全てを京都まで持っていく所存である。ああ、仕事人生。 |
|
| 2007年3月15日(木) |
| Tanzanian Tea |
今日、会議終了後に研究室で仕事をしていたら、カナダ出身のM先生が訪ねてこられた。タンザニアの紅茶とお菓子をいただいてしまった。約1か月ほど、タンザニアの児童擁護施設で働いている叔父さん夫婦のお手伝いをしてきたそうだ。
タンザニアの紅茶を飲みながら、タンザニアの人々の生活について教えてもらった。写真も見せてもらった。青く澄み切った空。素晴らしい自然。でも、人々は貧しく、かわいい幼児がマラリアに苦しんでいる。平均寿命は極めて短い。
M先生とお話をしていると、人間が生きるということについて考えさせられることが多い。3年前の夏、チベット旅行から戻って来られた時にも、現地の人々の息づかいが聞こえてくるような写真を見せてくれた。
わずかではあるが、人間の幸せとは何かということをまじめに語り合えたひとときだった。 |
|
| 2007年3月14日(水) |
| 誇りに思う学生達 |
今年2月初旬に東京国際大学アメリカ校(TIUA)に留学した学生達(現1年生)の1人から便りが届いた。4月に入学してくる言コミ新入生に先輩として何かできないだろうかという相談メールだった。素晴らしいことだと思った。
現地での留学生活を始めてまだ1か月余り。泣きそうになりながら山のような宿題をこなし、隣接するウィラメット大学の学生達といろいろな活動に参加し、さらにボランティア活動も行うという日々を送っているのに、「新入生に何かしてやれないか」と考えてくれる学生を私は誇らしく思う。
私のゼミにもTIUAに留学していた学生がいる。彼女は、留学して間もない頃に、ウィラメット大学の新入生(当然ながら英語母語話者がほとんど)にガイダンスをするという仕事に応募し、やり遂げた経験を持つ。準備のために夜遅くまで会議があり、会議終了後に疲れた体を引きずりながら寮に帰る道すがら、「自ら希望したこととはいえ、こんなに大変な思いをするなんて」と1人で大泣きすることが度々あったそうだ。
今まで経験したことのない沢山の課題をやり遂げて日本に戻ってきた時、私達の学生は英語力だけでなく人間力が格段に大きくなっている。 |
|
| 2007年3月13日(火) |
| 打ち上げは琵琶湖ホテル |
言語処理学会年次大会のプログラム委員会と大会実行委員会の打ち上げパーティ会場が琵琶湖ホテルに決まった。プログラム委員長からメールが入ったが、委員長自らが宴会会場で会費の集金をされるという連絡だった。
年次大会を来週に控え、プログラム委員長は大変な忙しさだった。「集金なんてプログラム委員長にさせられない!」と心の声がして、次の瞬間に「当日の集金は、私がやります」とメールを送信していた。今年1月、プログラム委員会の会議が大学の授業日時に重なった時、私だけが委員会に出席できなかった。そのことをずっと申し訳なく思っていたので、ほんの少しは償いができるかしら。 |
|
| 2007年3月11日(日) |
| やること多すぎ |
| 3月は予定していた仕事で手一杯のはずだったが、追加の仕事が入ってくる。昨日は土曜日にも関わらず、朝10時から午後5時まで大学で会議の連続だった。学部の完成年度以降は、会議の数が減ることを祈るばかり。 |
|
| 2007年3月8日(木) |
| スタートライン |
水曜日の夜に、視聴率の高い番組が放送されている。授業がある時期は帰宅が遅いので決して観ることはできなかったが、ここ最近、必ず観ている。先日、学生が、「マーケティングとか販売とか、職種が今ひとつよくわからなくて、、、」と研究室に相談に来た。まいったなと思いつつ、「水曜日の『○○○の○○』を観ている?」と聞いたら、「もちろん!」という返答が返ってきた。じゃあ、「この間の放送で出てきたでしょ、ハケン弁当。あれは、、、、」と具体例を出して説明する。学生は、嬉しそうに聞いていた。
昨日、新4年生のガイダンスの日が決まったので、ゼミ生全員に電子メールを出した。メールを出す前に、アルバイトの学生(現2年生)に「就職活動の状況を知りたいのだけど、露骨に聞いても大丈夫かなあ」と聞いたら、「先生、微妙かも」という返答。表現を和らげてメッセージを書いた。すぐに、1人の女子学生から返事がきた。「今から最終面接で、ドキドキしています。」 面接前にメールを出せる気力に驚いた。うまくいきますように、、、と祈るばかり。
ゼミ生には、しつこいくらい話をしてきた。就職先を決めることがゴールではなく、それがスタートなのだと。溌剌としたスタートを切りたいと思わない?短いけれど、それぞれに生きてきた20年余りの人生のひとつの結果、そして新たな人生のスタートライン。
昨夜の番組でも、似たようなことが語られていた。「あなたはまだスタートラインに立ったばかりなのよ。」 目下、就職活動中の大学3年生が番組を観ていたとしたら、少し勇気をもらえたかもしれない。
|
|
| 2007年3月7日(水) |
| せっぱ詰まった表情? |
今日も学生に仕事を手伝ってもらった。ティーブレイクは、大学に来る途中、新宿で買った桜餅。でも、ありきたりの桜餅ではない。気品あふれる桜餅だった。午後から会議が予定されている3人の先生方にもお裾分けしてあげようと思い、取り分けていたら会議開始時刻になってしまっていた。慌てて、そのうちの1人の先生のところに行って、「会議はもう始まりますか?」と尋ねたら、「いや、開始時刻が延びてね。どうしたんですか、何かあったんですか?」と聞かれた。一呼吸置いて、「桜餅を、、、」と話し始めたら、どっきりカメラに遭遇したかのように、笑いながら脱力されていた。
せっぱ詰まった顔をしていたのだろうか、私は。 桜餅のことで。 恥ずかしかった。 が、すぐに気を取り直して桜餅を取りに自分の研究室に戻った。
|
|
| 2007年3月6日(火) |
| Sakura |
フランスに本店を持つ有名な紅茶屋さんが新宿にある。お店の前を通りかかった時、ショーウィンドウに飾られた
Sakura というお茶に目がとまり、値段を確かめないで買ってしまった。うっ、3千円近い価格だった。
今日は、研究室で学生に仕事を手伝ってもらったので、学生と関係者で Sakura
を飲んだ。桜の香りがずっと漂い、まるで春のお茶席のようだった。使用したカップを洗っても、Sakura
の残り香がする。これって、すごくない? |
|
| 2007年3月3日(土) |
| Wolverhampton |
イングランド中央部に Wolverhampton という町がある。そこにある University
of Wolverhampton で自然言語処理を研究している Constantin から約2年ぶりに電子メールが届いた。今年9月にブルガリアで開催される国際会議に
workshop proposal を出したいのだけど、論文査読メンバーとして名前を入れていいかどうかという問い合わせだった。ワークショップの内容は、自然言語処理を利用した言語教育支援である。
先月、原稿を書いている時に、"Oxford Handbook of Computational Linguistics"
に目を通しながら、この書籍の監修者である Dr. Ruslan Mitkov のことを懐かしいなあと思ったのだが、その
Dr. Mitkov のお弟子さんからメールが届いたわけだ。
数年前に私はWolverhamptonを訪れ、Prof. Mitkov の研究室に少しだけ滞在した。東欧出身の研究者が多く、出身国の言語をほんの少し教えてもらったというとても楽しい思い出がある。私好みのお洒落なカフェが1軒あり、そこで皆でお茶をした。
いつかルーマニアに帰るだろうなと話していた Constantin は、Wolverhampton
で今も頑張っている。
|
|
| 2007年2月28日(水) |
| シャンパンで乾杯! |
私の担当部分を脱稿し、出版社に届けた。第1版という位置づけなので、今後、修正作業はどうしても必要となる。が、ともかくも締切を守ることができたので安堵した。
こういう時こそ、自分で自分を祝う「シャンパン」が一番。ということで、出版社からの帰り道、新宿のデパートに立ち寄った。改装工事をした洋酒売り場はすごいことになっていた。
あんなに沢山の種類のシャンパンを見たのは初めてだ。端から端まで1本ずつ試飲したいと思った。一瞬ではあるが、シャンパン・ソムリエの資格をとろうかと思った。それも悪くないな。ところで、自分用の1本を選ぶのにとても時間がかかってしまった。今まで飲んだことがなく、また、今まで買ったことのあるどれよりも高価(今日は特別な日だから)なロゼのシャンパン(中瓶)を選んだ。3,500円。
シャンパンがこれ見よがしに陳列された長い棚の前で、私は幸福に満ちた表情をしていたと思う。3月1日付で、某新聞社の英字新聞部にめでたく異動が決まった大学の後輩のために、同じブランドのシャンパン(大瓶)を買った。いつ、届けに行こうかなあ。。。
|
|
| 2007年2月25日(日) |
| 『字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ』 |
ここ数日間、就寝前の楽しみはこの本を読むことだった。といっても、寝るのが午前4時半くらいなので、本を開けて「さあ、今日のお楽しみはこれから」と読み始めるも、すぐに眠気がおそってきて数分で終わり。
今朝6時頃、ベッドの中で読み終えた。声に出して笑いたい箇所は最初の部分に特に多かったが、明け方に声に出すわけにもいかず、ひたすら我慢した。著者(太田直子さん)のお人柄が文章からなんとはなしに伝わってくる。
字幕翻訳を仕事にしている方々の大変さがとてもよくわかった。まず、何よりも体力がないとこれはどうにもならない。数秒という短時間に字幕翻訳者としてのプライドと命を吹き込む作業だ。1年半くらい前になるだろうか、戸田奈津子氏の講演に参加した時にも、「まだSayuriのフィルムが到着していないのに、来週には日米同時公開なのよ。あと2、3日で仕上げて試写会よ」という話を聴いて私は腰を抜かしそうになった。よくそんな生活に耐えられるなあ、、、と。
私のゼミに、映画が大好きで外国映画の配給会社に就職したいと思っている女子学生がいる。卒論でも字幕翻訳を扱う予定である。彼女は、字幕翻訳を目指しているわけではないが、配給会社への就職は難しいようだ。その彼女に、この本を貸してあげよう。
|
|
| 2007年2月24日(土) |
| あ〜あ暗い−でも光チラリ☆ |
2月末が締切の原稿を書いているが、一向に進まない。暗いトンネルの中に入っている。そんな時、今週の火曜日、とりまとめのA先生から「みなさん、進捗はいかがですか?私は、99%終了しました。ラストスパート、頑張って下さい」というメールが入った。
が〜ん。A先生が担当する分量は何十ページもあるため、「A先生だけはきっと締切後も執筆を続けられるだろう。だから、締切といっても少し余裕があるかも」と勝手に思いこんでいたのだ。そのA先生が仕上げてしまっている。このメールを受け取った他の方々は、落ち込むと同時に焦りの極地に至ったことだろう。私もだ。
「何がなんでも締切を厳守せねばならぬ」と、まるで武士になったように覚悟を決めたのだった。
それから数日が経ち、少し目処が立ってきた。そう、暗いトンネルの中を光がチラリと見え隠れする出口に向かって近づいている。この私のSOS状況の中で手を差し伸べてくれたI先生、ありがとうございます。大学の図書館に取り寄せ依頼をしていた書籍を、なんと私の代わりに受け取って新宿まで持って来て下さった。ほんの少しのお喋りタイムだったが、ラム酒入りのミルクティはとても美味しかった。あと少し、頑張ろう! |
|
| 2007年2月21日(水) |
| お疲れさま |
春の英語コーパス学会での研究発表に向けて、プログラムに記載するための要旨を昨日までに事務局に提出しなければならなかった。全体からすると私の担当部分は申し訳ないくらいに少ない。でも、発表のためだけでなく、自分のために3月もかたつむりの歩みになるだろうが継続して調査しますよ。
限られた時間の中でデータ整備と統計分析をして下さったS先生とSさんに感謝!名古屋の方角に足を向けて眠れない。
ところで、平均単語長が長くなるほど意味的に曖昧性の少ない語彙を使用していることになるだろうか。 |
|
| 2007年2月13日(火) |
| 英語研究と統計2007 |
今ドイツに留学しているFさんの日本での勤務先、統計数理研究所に足を踏み入れる機会を得た。「英語研究と統計2007」という公開セミナーに参加した。朝から夕方6時まで、次々と研究発表がなされた。「コレスポンデンス分析の概要」と「コレスポンデンス分析を用いた言語研究の事例」を知ることが目的だった。う〜ん、セミナーに参加したものの、コレスポンデンス分析手法についてはまだよくわからない。この手法を用いた複数の研究発表は興味深い内容だったが、細かい内容までは理解不足だろう。
ところで、統計数理研究所は、私が勝手に抱いていたイメージとはずいぶん違っていた。場所は南麻布。で、知り合いのFさんはポルシェに乗って通勤している。これだけを聞くと、たとえばグーグルキャンパス(米国のグーグル本社はこう呼ばれているらしい)のような建物を想像していた。実際は、旧帝大に代表されるような、伝統が擦り込まれたような年代物の建物だった。東北大学、東京大学、名古屋大学、京都大学を初めて訪れた時に抱いた印象と同じと言ったらいいかも。
あまりの衝撃でFさんにメールを出したい気持ちになったが、在外研究の邪魔をしたくなかったので思いとどまった。 |
|
| 2007年2月12日(月) |
| writing topics |
4月28日に同志社大学(京田辺キャンパス)で開催される英語コーパス学会において、3人の連名で研究発表することになった。名古屋大学で構築中の英語母語話者及び英語学習者の英文エッセイコーパスを用いて、ライティングトピックが英文エッセイに及ぼす影響を分析している。
ライティングトピックのdiscourse modeやsubject matterの違いがライティングの評価や成績にどのような影響を及ぼすのか−この関連の先行文献を集めているが、意外に少ない。今回の発表で我々が扱おうとしている内容は、ひょっとすると初めての試みかもしれない。
論文コピーの取り寄せは図書館に依頼しているが、今回のように一挙に十数件をお願いするのは少し気がひけた。が、こんな時は、普段からの人間関係づくりが功を奏するようだ。日頃から顔を売っておくことが肝心。私の場合、いつもKさんが対応してくれているが、今回もKさんが迅速に処理をしてくれた。おかげで1週間で全て入手することができた。1万円近い費用はかかったけれど。 |
|
| 2007年2月11日(日) |
| 書籍の置き場所 |
自宅にある私の部屋は書籍と書類の山で悲惨な状態にある。大学の研究室に書籍を移したほうがいいのかもしれないが、必要性の高い書籍は自宅に置いておかないと動きがとれない。そんな書籍は2冊ずつ購入して、自宅と研究室に1冊ずつ置くという解決法が考えられるが、それほどの余裕はない。
そこで、今日、今のところあまり必要としない書籍を車で研究室に運ぶことにした。運び終えて自宅に戻り、しげしげと部屋を眺めてみた。「何ら変わり映えがしない」と主人に指摘された。「必要としない」と断言できる書籍が多くはなかったというのもあるけれど、少し虚しい気がした。
一方、大学の研究室の本棚は空きスペースでいっぱい。大学が自宅から近いところにあれば、このアンバランスな状態を少しは回避できるのだが。
|
|
| 2007年2月9日(金) |
| 言語処理学会−3月21日は朝一番から |
来月開催の言語処理学会(第13回年次大会)の準備が着々と進められている。全てのセッションの座長も決定した。
私の担当は、3月21日午前9時から正午までのテーマセッションである。セッション名は、「教育を支援する言語学・言語処理」である。3時間のセッションで7つの発表が予定されている。正直、ブレイクなしで3時間のセッションは長いなあ。1発表につき25分を厳守しないととんでもないことになる。
発表予定者には顔馴染みの人が多いのでセッション運営にはあまり不安を感じていないが、タイムキーピングを最優先としながらもフロアから質問が出ない場合と質問が多すぎる場合の対処を考えておこう。 |
|
| 2007年2月7日(水) |
| メールの宛先には気をつけよう |
学生の携帯にメールを出すことが多くなってきたが、送信可能な場合もあれば送信不可で戻ってくる場合もある。受信側の設定を変えてもらうと送信可能になることもある。私はパソコンからメールを送信している。
ニュージーランドにセメスター留学していたゼミ学生が帰ってきた。帰国の挨拶をメールでもらった。が、受信側の設定を変えてもらっても私からは彼女の携帯にどうしてもメールを送信できない。それで、そのゼミ学生と仲のよい学生に私からのメッセージを中継してもらうことにした。大切な用件だったから。ところが、中継先の学生が書いた、相手へのメッセージが私に送られてきた。ちょっと微笑ましい文面になって。私のことを「成田先生」ではなくて「成チャン」と書いてあった。→成チャンからの伝言です...というような感じ。
中継先の学生も送信した瞬間に「しまった!」と思ったようで、すぐに連絡がきた。私は私で「この程度の表現でああ良かった」と思った。
|
|
| 2007年2月6日(火) |
| 採点終了 |
| 2日かけて定期試験を採点し、成績報告書を作成した。この2日間、ほとんど休みをとることもなく採点と評価に追われた。さあ、次の仕事に移れる!、、、と思ったら、ウェブシラバス入力依頼が大学から届いた。 |
|
| 2007年2月4日(日) |
| 『使命と魂のリミット』 |
やるべきことが沢山ある時にこそ、やるべきことと関係のない本を読んでみたくなるもの。翌日は早起きしなければならないと決まっていると、夜遅くまで仕事を続けられないし、主観的な判断が含まれる採点は一気にやらないとまずいので着手できない。
こんな時こそ早く寝ればよいものを、誘惑に負けて『使命と魂のリミット』(東野圭吾)を読んでしまう。主人公である夕紀の最後の台詞にぐっとくる読者も多いだろう。でも、私はその台詞よりも、看護師の望が穣治に向けて言う一連の台詞に泣けた。
近いうちにドラマ化されるのではないかと思わせるような作品だ。想像ついでにキャスティングの一部を考えてみた。今までのドラマに影響されていることは確かだけれど。
研修医 氷室夕紀: 松嶋菜々子
西園教授: 児玉清
夕紀の母: 白川由美
指導医 元宮: 江口洋介
エンジニア 穣治: 速水もこみち
看護師 望:私が後期に担当した科目「Writing Strategies I」のクラスにいた女子学生Yさん・・・なぜかYさんがぴったりに思える。
読みながら、教員の使命とは何かを考えずにはいられなかった。 |
|
| 2007年2月2日(金) |
| 名古屋へ |
2月の1か月間は、山にでも籠もって1人きりになりたい。しかし、これは叶わない夢である。O社の編集担当者からは定期的にプッシュの連絡が入る。原稿締切日は今月末であるが、今回の仕事だけは締切厳守だなあ、、、と辛くなる。同じメールを受け取っておられる先生方も私と同じ気持ちだろうと想像する。そう思わせるメールを書けるというのも驚きに値する。早くその仕事に取りかかる必要があるのだが、定期試験の採点はこれからで、今週末は連続入試で、そして「あの」レビューも待ち受けている。
そして、もうひとつ、4月末に開催される英語コーパス学会での発表に向けての研究がある。これから月末までは絶対に東京を離れられないので(というか、極力、自宅で仕事に集中したいので)、今日しかない!と思い立って名古屋大学に打ち合わせに行ってきた。雪をかぶった美しい富士山が新幹線から見えた。背筋がしゃんとする思いがした。
雪の予想が出ていたので完全武装の恰好で出かけたら、雪は降らず、ちょっと恥ずかしいファッションとなった。まあ、いいか。でも、名古屋は東京より格段に寒いと感じた。
約2時間ほど打ち合わせをして名古屋大学を後にした。新幹線に乗り込む前に、いつものように、名古屋駅構内のデパートで天むすを買った。今回は、さらに名古屋コーチンを使った「炊き込みご飯の素」というのも買ってみた。次回は「みそ煮込みうどん」を買おう。
|
|
| 2007年1月31日(水) |
| 面接講座 |
今週は(木・金を除いて)大学に毎日出ている。そして、週末の土曜日と日曜日も一般入試が行われる。
今日は年末にS先生(キャリア・カウンセラー)に急遽お願いして引き受けていただいた面接講座の日だ。午前中は受講生全員を対象としてS先生による講義が行われた。午後からは、特訓して下さる複数の講師の先生方がS先生に合流され、複数の教室に分かれて模擬面接やグループ討論が行われた。3年生のゼミ担当教員3名が午前中の講義に参加した。就職支援行事と聞くと気合いが入らないわけがない私は、ノートPCを持ち込み、講義を受けながら要点を次々に入力していく。「なるほどね」と頷きながら。
夕方、約束通り、面接講座を受講したゼミ生の何人かが研究室にやってきた。そのあと、レストラン『馬車道』に皆で食事に行くことにしていた。レストランでは、午後の「特訓」の様子を聴いた。参加して良かったという意見が大半だった。これから経験するであろう就職面接への最初の一歩を踏み出せたような気がすると聞かされたので、私の好みのスパゲッティがより一層おいしく感じられた。
|
|
| 2007年1月28日(日) |
| Berrick Hall |
Gariからの電話で目が覚めた。何事かと思ったら、横浜市山手にある洋館ベーリック・ホールで開催されるイベント「シェイクスピアを遊ぶ」へのお誘いだった。東京シェイクスピアカンパニーによる朗読とリュート演奏−飲み物付き−が2月3日(土)の夕方に開催されるらしい。
横浜市ではこうした洋館を利用したイベントを定期的に開催しているようだ。大学時代の通称シェイ研(シェイクスピア研究会)の仲間であったGariとBun、そして私(クラブの伝統で部員にはニックネームがつけられたが、私のニックネームは秘密)の3人で行くことにした。彼女達に会うのは3年ぶりだ。Gariが「何だかわからないけど、料金は2千円で飲み物付きと新聞に書いてあったのよ」と言ったので、私は「ワインだわ、それ」と即座に答えたら、笑われてしまった。が、私には赤ワイン以外に考えられない。
2月3日の午前中には入試があり、午後からは学生2人との面談を予定しているが、午後6時30分までには横浜に着けるだろう。イベントもさることながら、久し振りにGariとBunに会えるのも楽しみ。 |
|
| 2007年1月27日(土) |
| SSLW in Japanに投稿完了 |
そんな過酷とも言える昨日から今日にかけての仕事であったが、ちょっとわくわくすることもあった。9月に名古屋学院大学で開催する「第2言語ライティングシンポジウム」へのプロポーザルを投稿した。午前3時過ぎに投稿完了。うふっ。
そういえば、おととい、英語教育ニュース(エイゴタウン・ドット・コム株式会社が提供)に上記シンポジウムの開催案内を投稿しておいた。同社のメルマガで、さらに多くの人が開催案内を目にすることだろう。うふっ。
|
|
| 2007年1月26日(金) |
| 長すぎる1日 |
授業は終了したが定期試験実施のため、午前4時半起き。大抵、睡眠時間は4時間にも満たない。授業期間中は、あと何回でこの朝早い生活を終えられるのか、指折り数えている。この季節だと、自宅を出る時にはまだ真っ暗である。電車に乗っていると、新宿近くになって空が白々としてくる。は〜あと溜息が出る。
今日の1日は長かった。徹夜というのも最近は体が持たないのでしなくなったが、今日は気がついたら24時間活動していた。自分の担当科目の試験監督は問題なく終了したが、午後からの仕事で思わぬ難題が発生し、夕方まで走り回っていた。事情聴取もした。自宅に戻り、今日の午後に起きたことの報告や今後の対応を相談するメール、留学先から届いた学生からの深刻な泣きのメールへの返信やらで、気がついたら午前4時を過ぎていた。この時点で初めて「あっ、24時間起きて活動していたんだ」と気がついた。気の重いメールを次の日に持ち越すのが嫌いなだけとも言えるが、、、朝起きて気の重いメールに時間を使いたくないのである。
新年度の始まりまで、あと何回4時半起きしなければならないか、ついつい数えてしまう私だった。
|
|
| 2007年1月23日(火) |
| Body Butter |
乾燥しがちな冬の肌に欠かせないのがボディーバター。肌に潤いを与えてくれるだけでなく、その甘美な香りでちょっとしたストレス解消にもなる。お風呂上がりに無心で塗るわずかな時間が好きだったりする。
夏は使用しないのでほとんど減らないが、このところの毎日の使用で一年前に購入した
mango butter が残り少なくなってきた。買い物に出かけたついでに、今度はパッションフルーツのものを買ってきた。ストロベリーが一番人気だと店員さんは話していたけれど、私の好みはもう少し大人の香りがするもの。そう、大人の香り。 |
|
| 2007年1月21日(日) |
| NHKスペシャル:グーグル革命の衝撃 |
年明けから楽しみにしていた番組だった。午後8時40分頃に、お節介な話だが、急に思いついてゼミ生に番組のことをメールで知らせた。もちろん、参考情報としての送信だ。数分後に、携帯ビジネスを手がけている女子学生から返信があった(実は、少なくとも彼女からは反応があるのではないかと期待していた)。
番組を観ていると何だか怖くなってきた。検索機能を頻繁に使いながら仕事や趣味をこなし、一昔前には想像もしなかったような便利な生活を満喫している。しかし、その一方で、自分が入力した情報がどんどん蓄積され、もはや自分でコントロールできない世界を創り出している。そして、やがてその情報で自分の生活がコントロールされるようになるのではないかと不安になる。
ターゲット広告という話が出てきた。つい2,3年前に何人かで考えたアイデアと似ていた。このアイデアを科研申請したが採択されなかった。アイデアは我々の方が先行していたのだろうが、その当時は技術の実現可能性や有用性を汲み取ってもらえなかったのだろう。もちろん、申請書の書き方にも難はあったのだろうが。
|
|
| 2007年1月20日(土) |
| Corpus Linguistics 2007 |
今年7月末にバーミンガムで開催される会議が Corpus Linguistics 2007 である。研究発表の申し込みは今日まで。研究代表者のS先生から投稿完了のお知らせを夕方頃に受け取った。受付番号が216となっていた。えっ、216件も?!
今、準備を進めている今年度の言語処理学会年次大会では投稿件数が300件近く。セッション分けやら座長決めやらで、プログラム委員は大変な思いをしたばかりである。パラレルセッションは、聞きたい発表が重なるとどちらかを諦めざるをえなくなるので、私はあまり好きではない。
はてさて、Corpus Linguistics 2007では何件が採択されるのだろうか。 |
|
| 2007年1月19日(金) |
| 行列のできる研究室 |
これは、残念ながら私の研究室ではない。他学部のK先生の研究室のことである。
今日は、仕事で朝早くから1号館1階に待機しなければならなかった。K先生もそうだった。K先生は、しばらく別の場所で打ち合わせをしていた。そして、私の隣りの席についたのは午前11時頃だったろうか。
K先生の研究室は、私の研究室とは通路をはさんで反対側にある。演習決定の季節になると志望学生が面談待ちで長い行列をつくることは同じフロアを使用している教員なら誰でも知っている。
先週、後期最後の授業が終わった時、K先生は4年ゼミ生からのプレゼントを手に持って図書館4階に戻ってこられた。その場にたまたま居合わせた私。プレゼントにはK先生とゼミ生全員の名前の刺繍が施されていた。「学生の気持ちにこたえてあげるために、謝恩会で着てあげて下さいよ」と思わず言ってしまった。K先生は、恥ずかしそうに微笑んでいた。
という具合に多少なりともお話をする機会がこれまでもあったので、隣りの席にいらしてからは私の方から声をかけさせていただいた。個人的なお話を含めて、こんなに話していただいてもいいものかと思うほどにたくさんの情報をいただいた。「私、聞き上手になったのかも」と感じたほどだ。
その仕事が終わり、午後3時からは自分のゼミ生との面談を開始した。男子学生との面談では、K先生から教えていただいたことを早速伝達することができた。男子学生は感動していた。
|
|
| 2007年1月17日(水) |
| ファシリテーション |
私が企業戦士だった頃、ナレマネ(=ナレッジマネジメント)について教えていただくことが多かった山崎将志さんから書籍出版の連絡をいただいた。当時、山崎さんは某外資系コンサルタント会社の辣腕コンサルタントだった。その後起業し、今は社長として奮闘の日々。新刊書のタイトルは『ファシリテーション』である。「読んでみて、箸にも棒にもかからないと思ったら返送して下さい」とメールに書いてあったので読んでみようと思う(→こんな態度ですみません、山崎さん)。
山崎さんのブログを眺めていてふと目にとまったのが、『一言で言うと、「会議を議事録を作成する場」として位置づけ、会議の決定事項をオンラインで個々人のToDoに落とし込み、プロジェクト等のToDo管理をする、というツール。(私の解釈)』という1月13日の書き込み。こういうツールがβ版だけれど出ているらしい。
会議をしてアクションアイテムを確認しても、重要度がやや下がると忘れてしまったりするのが人の常。管理されることを嫌う人からは疎まれるツールかもしれないが。ところで、「管理される」という意識を持つ人はサラリーマン人口のうちどのくらいいるのだろうか。管理職を除いて全員?
|
|
| 2007年1月16日(火) |
| 言語聴覚士 |
心理言語学の最後の授業が終わった時、1人の女子学生がやってきた。「言語聴覚士に関心があります。来年社会人になってから夜間に勉強できるような学校はあるでしょうか?」という質問を受けた。後で返事をするからということで別れた。彼女がこれを口に出した理由は痛いほどわかる。つい最近までこういう専門職があるとは知らなかったのだし。
その女子学生に自分で調べさせるのがベストだとは思ったが、、、自宅に戻ってから私は日本言語聴覚士協会のウェブサイトで調べてみた。関東地区には夜間に学べる学校が2つある。が、授業が午後5時半や午後6時開始だったりする。新社会人になったばかりでこの時刻に学校に行くというのは極めて困難だろう。言語聴覚士を本当に志したいのなら、学部を卒業して指定養成校に入り、2年間勉強したほうがいいということになる。
言語聴覚士の仕事をしている知り合いにも聞いてみた。今週末に連絡をくれることになっている。
|
|
| 2007年1月15日(月) |
| やれることはやる |
後期授業の最終日である。明日からは定期試験が始まる。
4限目にWriting Strategies Iの最後の授業があった。先週金曜日の授業で「My New Year's Resolutions」と題したパラグラフを提出してもらっていたので、返却しなければ、、、学生が作成したパラグラフに私からのフィードバックを反映させ、1枚の紙に大きな字で、あたかもお洒落な賞状のような体裁にし、カラー印刷して1人ずつ返した。一番前の席に座っていた真面目な男子学生が「先生、大変なのにそこまでやるの?」と声をかけてきた。
「やれることはやる!」というのがとっさに出てきた私の返事だった。 |
|
| 2007年1月13日(土) |
| 失語症入門のスライド |
昨日の心理言語学では、「言語と脳」を扱った。そして、15日の最後の授業では「言語障害−失語症」を扱う。昨年度はパワーポイントのスライドを作成しなかったが、今年は両テーマともスライドを用意して説明することにした。その理由は、前半の課題で言語障害に関する書籍を読んで報告した学生が多く、それなら教員の私も気合いを入れなければと思ったからだ。こうした書籍を学生が選んだのは、現在の脳ブーム(脳科学ブームと書くことには私は抵抗を感じる)の影響もあるかもしれない。
昨年度の授業では、私の講義に加えて、言語聴覚士をされている知り合いに講演をお願いした。今年は、学生による課題発表を授業日程に組み込んだため講師を招く時間がとれず、私の講義のみとなった。それだけに気合い十分のスライドができた。
|
|
| 2007年1月10日(水) |
| Anita (University of Vaasa, Finland) |
Anitaにはいつも驚かされてばかり。昨年末に久し振りに電子メールが届いたと思ったら、その内容が「今、フィンランドから大阪に向かっているから」だった。そして、京都で年越し。もうすぐ元旦を迎えようとする時刻に、京都からメールが届いた。「今から平安神宮に初詣に行くから。知恩院にも行く!」と。日本通にもほどがある!
Anitaは、フィンランドにあるVaasa大学でコミュニケーション学を教えている教員。彼女と初めてメールでやりとりしたのはもう15年以上も前。Vaasa大学で開催される会議で私は研究発表する予定だった。Anitaは会議主催者だった。初めてフィンランドを訪れる私のことを気遣い、フィンランドの空港まで迎えに行くからとまで言ってくれた人だった。しかし、渡航寸前に湾岸戦争が勃発し、会社から海外出張禁止命令が出た。そして、フィンランドに行くことはできなかった。フィンランド語を2か月勉強していたのに。それから数年後、ウィーンで開催された国際会議で初めてAnitaに会った。「やっと会えましたね」という初対面だった。
Anitaとご主人は、これまで3回ほど日本に来たことがある。私よりも日本の各地を旅行している。そして、いつも旅先から驚かせてくれる。「喜多方ラーメン最高!今、自転車で福島県を探索中!」というようなメールが来るのである。
今日、都合があえば私の研究室に来てくれる。午後6時から会議だけれど、その前に川越を案内できるかも。 |
|
| 2007年1月8日(月) |
| Conrad Tokyo |
理由あって、汐留にある外資系ホテル Conrad Tokyo に1泊滞在した。外資系の雰囲気で満ち溢れていた。フロントの人々も、単なる印象に過ぎないのだが、「中途採用で即戦力」な感じがした。空間を贅沢にお洒落に使っていた。こういう「ゆとり」が仕事に疲れた人々の心をしばし慰めてくれるのかもしれない。
宿泊した部屋からは浜離宮や東京湾の見事な眺めを満喫することができた。マルガリータを飲みながら、東京湾に沈む夕日を見ていた。最近の好みは新橋あたりから品川に続くウオーターフロントにある。
すごく現実的な話になるが、、、これだから私はセレブ感覚を疑似体験することもできないのだわ、、、私のゼミ生でホテルに就職希望の学生がいるのでここに連れてきたいと思った。国内及び外資系のホテル(特に御三家+新御三家)巡りをして気がついたことをメモ書きするようにと昨夏に指示を出しているが、普通の大学生にはこのホテルはちょっと敷居が高いかもしれない。その代わりに、私がゼミ生に報告してあげよう。ここはヒルトン系のホテルだが新御三家には入っていない新しいホテル。最近の高級外資系ホテル日本攻勢の動きに合わせて上陸した。今年中には真打ちとも言えるリッツカールトン(すでに大阪にはあるようだが)とペニンシュラが東京進出を果たす。ホテル就職希望の学生にとってはなかなか刺激的な動向に満ち溢れた業界だ。
フロントで1月7日付の読売新聞(朝刊)をお願いした。P社に勤務する姪が考え、手配した広告が掲載されているはずだから〜7つの力〜。
|
|
| 2007年1月6日(土) |
| 科研報告書及び研究業績リスト提出 |
美味しいうどんを食べて四国から東京に戻ってきた。そう、添削に出していた科研報告書の結果が私を待っていた。早速、添削結果に目を通し、添削者が誤解している箇所を再修正し、参考文献リストを追加した。そして、研究代表者から昨日依頼がきていた研究業績リストに情報を追加して送信。
ああ、やっと終わった。年末年始の休暇を最高にしてくれた報告書であった。 |
|
| 2007年1月5日(金) |
| 母を知る |
姉が広島に一足先に帰って行ったので、母と二人きりになった。久しぶりに母と沢山お喋りをすることができた。そのお蔭で、母の若かりし頃のことを聞き出せた。
身内のことを書くのは気がひけるが、、、私は母は最初から「道徳」が専門の小学校教員だと思っていた。ところが、本当は「算数」だったのだそうだ。それが、赴任した小学校の校長先生から奨められて「道徳」の世界へ。退職する頃には性教育のプロになっていた。私は、小学生の頃、母から「この授業にこの音楽は合うと思う?」とよく聴かれた。音楽はいいのだが、「やさしい心」を育むための授業計画を話す母を私は不信げに眺めていた記憶がある(そういうことって教えるものなの?)。
母は研究授業をよく引き受けていた。話によると、どの机とどの机の間をどのタイミングで歩き、誰を指し、板書のどこに何を書くかを何度も1人で事前に練習したのだそうだ。これは、今まで知らなかった。そんな母からすれば、姉も私も教員とは呼べないだろう。
ふと思った、私はマザコン?!
|
|
| 2007年1月3日(水) |
| 四国で初詣 |
昨日、私も1年半ぶりに四国に帰省した。確かに、駅に秋川さんを祝福する立派な垂れ幕が掛かっていた。
姪がもう東京に戻らなければならないというので、幼い時から行きつけの神社に親族一同で初詣に出かけた。人口の少ない田舎だから、3日ともなると人出も多くなく、ゆっくりとお参りをすることができた。田舎の風景や田舎の人々の動きは、東京に暮らしているとスローモーションのように見える。そして、逆に東京での普段の生活が不自然に思えてきた。 |
|
| 2007年1月1日(月) |
| 明けましておめでとうございます |
明けましておめでとうございます。
これからの1年が素晴らしい1年となりますように...。 |
|
| 2006年12月31日(日) |
| 秋川さんという後輩 |
1日で150通の年賀状を手書きしたら、腱鞘炎になりかけた。31日の午後4時に終了。
しかし、児童文学書で有名なP社に勤務する姪は、なんと400通書いたのだそうだ。P社では社長から「年賀状の宛先は必ず手書きすること」という業務命令が下ったとのこと。今どき...と思う人が多いかもしれないが、私はこの社長の意図がよく理解できる。だから、私も今まで手書きを通してきた。手書きでも出したいと思う人だけに出せばいいのではないかとも思う。
夕方、姉から携帯メールが届いた。大晦日の夕方に何事かと思ったら、「紅白歌合戦に出場する秋川雅史さんは私達の後輩だということがわかったから、歌を聴いてみて」という連絡だった。姉が四国の実家に帰省したら、駅に「秋川雅史さん、紅白歌合戦初出場おめでとう!」という立派な垂れ幕が掛かっていたそうだ。姉は、高校生のとき、この秋川さんのお父さんに合唱部で指導を受けたらしい。姉が合唱部に入っていたなんて、、、私は知らなかった。年齢が離れていたから、大学入学で広島に出て行った姉のことをあまり知らないのかもしれない。
こういう連絡が入ると、気になって聴かずにはいられない。「千の風にのって」という曲に込められた想いも知った。
|
|
| 2006年12月30日(土) |
| 報告書完成 |
12月30日午前3時、参考文献を除き、研究報告書を書き上げた。依頼された通り、約10頁の原稿が出来上がった。早速、添削依頼メールを書き、ファイルを添付して送信した。あとは参考文献リストのみ。「終わったあ」と両手をあげるにはあと少しかかるが、終わったも同然。気分爽快。(でも、こんな年末はもう経験したくない。)
さあ、これでやっと年賀状に着手できますわ。猪突猛進。
|
|
| 2006年12月28日(木) |
| ロボットにはなれない−ひきこもり生活 |
人間はロボットにはなれない。機械のように感情を持たず淡々と一定の速度で仕事を進める、といったことはスーパーマンでも無理?そう思いつつも、やるべきことは目の前にある。お天気が回復し、昨日からようやく報告書作成に着手した。そして、添削を予約していたK社のNさんに連絡を入れ、明朝までには仕上がらないので添削をキャンセルさせてもらった。Nさんから提案をいただいた。「差し出がましいようですが、1月5日に英文原稿をいただいて9日に返却するという予定では間に合わないのですか?」
う〜ん。全ての原稿のフォーマットをチェックし、頁数を付与して9日に印刷所に手渡す予定になっている先輩の顔が浮かぶ。「そうすると先輩に迷惑がかかるので諦めます」と私。
現時点(28日夜)で半分くらい書き上げている。書きっぱなしの英語で提出という案もあるが、、、こんな時こそ、、、英語de日記のNさんに連絡を入れた。休日・祝日関係なく添削を引き受けてくれるというので、お願いすることにした。30日の朝に電子メールで原稿送信ということで段取りが整った。1単語10円→高い? 安い?
このひきこもり生活から早く脱したい。大掃除もしていない、年末の買い物もしていない、そして年賀状も書いていない。こんな年末は、1994年の年末から1995年の年始にかけて『単訳マン』の辞書を作成した時以来だ。とはいえ、明日の午後は美容院に行きます! |
|
| 2006年12月26日(火) |
| 爆弾低気圧 |
風邪が一向になおらない。先輩の科研の報告書をあさっての朝までに書き上げなければならないのだが、鼻も喉も相変わらずの状態なので書く元気がない。
そして、「爆弾低気圧」という今まで聞いたこともないものの影響で、大雨が降り続いている。天候も体力も最悪!って感じ。あさってまでに書けないとなるとどうしようかなあ... 結局、今日は何も考えないことにした。明日、英語でのライティングモードにすんなり入れるように、雨音を聞きながらベッドの中で参考文献に目を通した。 |
|
| 2006年12月25日(月) |
| 年内最後の授業 |
まさにクリスマス当日が年内最後の授業の日になるとは。欠席した学生も多かった。年明けの授業再開の日を1日早めてもいいから、クリスマスは避けたほうがいいだろう。英語ネイティブの先生方の中には、今日の授業を休講にし、授業再開の週の土曜日を補講日に設定した人も多かったようだ。土曜日に1限目から4限目まで補講というのも、これはこれで大変だろう。
授業を終え、LEAPに年末の挨拶に行った。1階でエレベーターを待っていたら、3年生の女子学生2人に出くわした。そのうちの1人はゼミ生。もう1人は1年生の前期に英語スキル科目を教えた学生だが、それ以降は教えたことがない。エレベーターに乗ろうとした時、この学生から不意に声をかけられた。
学生:「来年早々に先生の研究室に伺ってもよろしいでしょうか?」
私:「いつでも welcome よ!」 (就職の相談だろう...)
研究室に向かう途中、図書館1階で2年生の女子学生から声をかけられた。昨年の前期に英語スキル科目を教えた学生だ。
学生:「先生、なんで来年は3年生のゼミを持たないんですか?仕方ないから、後期に先生の心理言語学をとりますね。」
私:「来年は4年生と新1年生のゼミが担当なのよ。後期の授業で会おうね!」
それぞれにニコッと笑みを交わしながら別れた。学生との触れ合いは決して楽しいことばかりではないが、こうしたちょっとした会話で元気がもらえたりする。来年も良い年にしたいと思った。
|
|
| 2006年12月23日(土) |
| 祝日に補講... |
祝日の午前中に2コマ(=3時間)の補講なんて、学生にとって最悪の日程だろう。父母の会の移動による休講と台湾での国際会議出席による休講という2回の授業を補うべく、2コマ続けて実施させてもらった。後期の最初の授業で補講日を決めたので学生も覚悟はできていただろうが、それでもクリスマス間近の補講なんて無粋としか言いようがないだろう。
心理言語学の授業で、学生10人のプレゼンが予定されていた。午前9時30分に集合という連絡をしていたが、30分の時点で5人しか来ていなかった。学生の1人が「先生、これだけしか来ないかもしれませんよ。祝日ですから」と声をかけてきた。「学生があまり来ないのでは」という可能性を思い、慰めようとして発した言葉かもしれない。「そうねぇ...」と言いつつも、私は平然としていた。
結局、体調を崩している学生1人を除き、残りの受講生全員が出席した。予定していた10人の発表を聴き、話し合うことができた。1人の発表時間は多くはなかったが、プレゼン後に話し合う時間を確保したかったので、終了したのは午後1時近かった。もちろん、途中で長めの休憩を入れたけれど。休憩時間に大学正門前にあるケーキ屋さんに行き、注文してあった全受講生分のショートケーキ23個を受け取った。前もって作り置きしている感のあるクリスマスケーキとは違い、柔らかくて新鮮だった。
無粋な補講日。しかも過酷とは言えないまでもプレッシャーのかかるプレゼン。受講生のみなさん、ご協力ありがとうございました。
|
|
| 2006年12月22日(金) |
| プチ・タイムカプセル? |
風邪がなかなか治らず、困っている。午前中の2コマが連続しており、比較的大きな声を出さなければならないのでお昼頃にはいつも声が嗄れている。3限目にゼミ生2人と面談をし、4限目に心理言語学の授業。今日から学生によるプレゼンが続く。今日は6人が担当してくれた。「素晴らしい!」と絶賛に値するプレゼンもあった。初日の6人がそれぞれに良い発表をすると、他の学生にはプレッシャーになるようだ。授業終了後に図書館に立ち寄ると、受講生の1人が書籍を借りていた。「明日の発表のために、もう一度借りたいと思って...」と照れくさそうに私に微笑みかけてきた。
研究室に戻ると、隣りの先生から「カード、ありがとう!」と声をかけられた。7月下旬に仕事で函館に行った際に、函館ベイエリアにある郵便局から出したクリスマスカードが無事に宛先に届いたことがわかった。この郵便局では、クリスマスにカードを届けてくれるサービスを受けつけていたのだ。暑いなか、隣りにあるクリスマスショップでカードを購入し、5か月後のことを思いながらメッセージを書き、クリスマス用切手を購入して、郵便局に預けた。あの暑かった日から約5か月が過ぎた...。 |
|
| 2006年12月21日(木) |
| クリスマスメッセージ |
今月初めに台湾で開催された会議で学生スタッフとして活躍してくれたダニエル君からクリスマスメッセージが届いた。そういえば会議終了後にも直ぐに写真を送ってきてくれた。雪は降っていないけれど、台湾でも気温が下がり、「もぉ〜凍えそうだ」とか。
そして、メッセージにはとてもインパクトのある写真が添付されていた。クリスマスなので赤と緑を効果的に使った写真だが、そのコントラストと構図があまりに大胆不敵で、「まいりました!」とお辞儀してしまうほどだ。 |
|
| 2006年12月19日(火) |
| 風邪 |
| 日曜日から喉が痛み始めたので、風邪薬を服用し始めた。しかし、どうも効果がないようだ。喉から鼻へ、鼻から咳へと、状況が悪化している。年内の授業はあと1週間なのだから、なんとか体を持たせなくてはと自分に言い聞かせる。微熱があるが、体温計で測定するのは止めた。数値に負けそうな気がするから。 |
|
| 2006年12月17日(日) |
| ベートーベンは生きていたら236歳 |
ベートーベンは1770年12月生まれ。チョムスキーもS先生も私も同じ12月生まれ。知り合いのIさん(またイニシャルがI、でもこれまでに登場してきた方々とは違う)もそうだ。同じ12月生まれということで、一緒にお祝いさせていただくことにしよう。
昨夜、東京藝術大学奏楽堂で開催された「LEXUSコンサート---ハッピーバースデイ・ベートーベン」に招待された。初めて奏楽堂の中に入った。約2時間半に及ぶコンサートは、時間を忘れるほど楽しく刺激的であった。特に、東京藝術大学の教員と学生で編成された、この日だけのための特別オーケストラによる演奏は日本最高の音楽のひとつと言えるだろう。教員と学生がひとつの作品を創り出せるなんて素晴らしいことだ。
ベートーベンが、今生きていたとしたら、236歳を迎えることになる。指揮者の小林研一郎氏が演奏の合間にベートーベンにまつわる興味深いお話をして下さった。ベートーベンを尊敬してやまないことがひしひしと伝わってきた。
最後は、交響曲第九番第四楽章。東京藝術大学声楽科有志合唱団メンバーによる大合唱。2006年はもうすぐ終わろうとしている。そして、新しい年がやってくる。選りすぐりのオーケストラによる演奏と合唱を聴きながら、私は思った「来年は原点回帰だ」と。
|
|
| 2006年12月16日(土) |
| 英語で書く−ライティング教育の可能性− |
そんなに時間がかからないはずなのに、東京国際大学に行くのと同じくらいの時間がかかってしまった。自宅を出たのは午前10時30分、津田塾大学に到着したのは午後1時。運転を見合わせている路線と電車の遅延、国分寺駅から西武線への乗り継ぎに時間がかかったという複数の要因が裏目に出たようだ。フォーラムは午後1時開始。全力疾走でAVセンターに駆けつけた。
フォーラム会場に入る際に「おやっ?」と思った。事前に郵送しておいたチラシが受付のテーブルに置かれていないのである。Prof.
Ulla Connorによる講演が始まりそうだったので、何も言わず、会場に入った。講演を聴いていて、これが理由ではと思うことがあった。なんと、講演の最後の部分で、Prof.
Connorが在籍しておられるインディアナ大学で来年6月に開催されるライティング関連の会議についてお知らせがあったのだ。残念なことに、その開催案内(チラシ)は用意されていなかった。そういう状況で、私達のシンポジウムのチラシを参加者に配布することは難しいだろう...これが私の推測である。
講演が終わり、5分間の休憩時間があった。この時間を利用して受付に行き、担当の方々にお詫びとお礼を申し上げるとともに配布されなかったチラシを回収しようと思った。受付に行くと、なんとアンケート回収箱が置かれたテーブルの上に、私達のチラシが置かれていた。2か所に分けて、しかも目にとまりやすいように配置して下さっていた。「ご自由にお持ち下さい」という案内文もつけて。
受付で名前を名乗り、お礼を申し上げると、「成田先生ですか。こういう感じで置いておけばいいですか」と、どこからともなく教務課長さんが現れて、声をかけて下さった。この件で、担当の先生方と少しもめたのではないかと予想するが、そんなことは何もおっしゃらなかった。担当の先生方も教務課の方々も、フォーラムの最初ではなく、休憩時間やフォーラム終了後であればと考えて下さったのだろう。この細やかな配慮に感動した。
Prof. Ulla Connorの講演は、インディアナ大学に設置されているWriting Centerの趣旨と活動内容の紹介、そしてご自分がEFL
writerとして歩んで来られた歴史についてであった。お生まれがフィンランドだから、英語でのライティングにどんなに苦しんだかということを、つまりEFL
writersと同じ経験をされているということを熱く語って下さった。私はWriting
Centerの話を聞くたびにいつも強く思う。いつか自分で企画して設置してみたいと。でも、Prof.
Connorがおっしゃっていたように、設置する/しないは実は重要な問題ではなく、いかに学生にライティングの練習をさせるかだ。 |
|
| 2006年12月14日(木) |
| すすらないで下さい、ソフトクリームですから。 |
以前にゼミで課題に出していたキャッチコピーの判定を下す時が来た。そばソフトクリームの画像(ソフトクリームの背後には「そばソフトクリーム」と書かれた旗がたなびいている写真)に対してキャッチコピーを考えるという課題であった。今日のゼミの時間に、提出されたキャッチコピーの一覧を配布し、投票を行った。各自、優れていると思うもの上位3つ選んでもらった。この判定結果を集計し、第1位が決まった。→「すすらないで下さい、ソフトクリームですから」
このそばソフトクリームは信州で販売されているらしい。しかも、長野県出身の学生に聞いたところ、みそソフトクリームというのもあってかなりのインパクトだと言う。これを食べるにはかなりの勇気が必要か。
ちなみに、「ミルクティー」「靴箱」「チャレンジ」の3つのキーワードを含む三題噺については、興味を持ってくれた2年生のゼミでも投票してもらっている最中なので、最終結果がわかるのは来週だ。 |
|
| 2006年12月12日(火) |
| Tsuda Today |
久しぶりに届いた同窓会便りとTsuda Todayをじっくりと読んでみた。私の出身大学である津田塾大学では数々の新しい取り組みがなされており、私の競争心に少し火がついた。知らなかった、今週土曜日に英文ライティングに関するフォーラムが開催されるとは。Prof.
Ulla Connorによる講演もあるとのこと。
事前に参加の申し込みをする必要はなかったが、来夏の私達のシンポジウムの開催案内(チラシ)を受付のテーブルに置いていただくことは可能かどうかの問い合わせをした。すると、すぐにOKの返事をいただいた。あまりに早い判断なので少し不安に思うところはあった。その理由は、フォーラムの企画をされたであろう先生からのお返事ではなかったからだ。
|
|
| 2006年12月10日(日) |
| クリスマスイルミネーション |
私の住む住宅地でも、クリスマスイルミネーションの季節を迎えている。当地に引っ越してきた時には、工夫を凝らした絢爛豪華なイルミネーションに驚いたものだった。テレビでも取り上げられたためか、車で見学に来る人達でごった返すという事態になり、自治会で問題になったことがあった。最近では、あちこちで派手なイルミネーションが行われているためか、静かな12月を過ごせるようになった。それでも、自治会の規則としてイルミネーションの消灯時刻を決めている。そして、それが守られている。
最近、嬉しいニュースがあった。住宅地の回覧板によると、当地が、国主催の「住まいのまちなみコンクール」で、第1位の国土交通大臣賞を受賞したとのこと。いい町だ! |
|
| 2006年12月9日(土) |
| 人格を尊重 |
1年3か月ぶりにBさんと新宿ルミネエストのレストラン「アルポルト」で待ち合わせをした。いつもよりも電車が混んでおり、雨も降っていたので、新宿に出るまでがちょっと大変だった。2人で語り合うこと、なんと4時間。お店の人に悪いなあと思いつつも、お店がそれほどは混んでいなかったので、心の中で「ごめんなさい」と思いながらお喋りを楽しませてもらった。Bさんとのお喋りの中で、大村はまさんの『教えるということ』が話題になり、特に「生徒や学生の人格を尊重することの大切さ」について話した。
Bさんと別れて大学に向かった。午後6時から3者面談を予定していた。東武東上線の中で、面談に来る学生のことを想った。Bさんとお話したことを振り返りながら、これからの面談にどのように臨めばいいか考え続けた。TIUAに留学する学生の壮行会が開かれていたため構内は比較的明るく、雨模様の中を大学に辿り着いた私はその明るさに少しほっとした。
3人で約2時間話し合って解を出した。この解が正解かどうかはわからない。でも正解だったと思える日が来ると信じたい。
|
|
| 2006年12月8日(金) |
| 青森林檎 |
今朝1限目の教室から2限目の教室に移動中、3年生の女子学生にばったり出会った。彼女に言わせるとタイミングがとても良かったようで、青森の実家から送ってきたという林檎をもらった。その林檎を手に持ったまま、エレベータに乗った。エレベータの中にいた学生達から「先生、その林檎、どうしたの?」と聞かれた。
「3年生にもらったの。昨年ももらったけど、この青森林檎は美味しいのよね」と呟いたら、「先生、長野林檎の方が美味しいですよ」と1人の学生が言った。「そんなことないよ、青森林檎の方が美味しいよ」と他の学生が言い返した。これ以上、エレベータの中で林檎談義をするわけにはいかないので、「まあまあ...」と。
その青森林檎を食べた。昨年と同じで、蜜が入っていてとても美味しかった。学生の気持ちも蜜に混じっていた。
|
|
| 2006年12月7日(木) |
| ちょっと...困った |
津田塾大学出身の先輩達と進めてきた科研がもうすぐ終了する。本来ならば年度末に向けて報告書を執筆すれば十分なのだが、研究分担者の1人が在外研究に出てしまったため分担者からはずさなければならず、そのために1月中に報告書を出版する必要があるのだそうだ。緊急連絡だった。しかも、なぜか、英語で作成して欲しいとのこと。締切が12月31日で、印刷所には1月9日に出したいとのこと。いやあ、これにはまいった!
超想定外!
12月25日まで授業がある私。論文ではなく報告書ではあるが、英文原稿ならやはりネイティブチェックを受けたい。企業に所属していた頃からお願いしてきた英文添削会社に連絡を入れ、相談したところ、今年の営業最終日である28日朝に入稿なら年明け最初の営業日である1月5日に結果を納品できると言ってくれた。これしかない。つまり、26日と27日で原稿を作成して28日朝に添削会社に入稿。
正直、25日を過ぎたら休養をとりたいと思っていた。走り続けることは無理なんだけどな。
|
|
| 2006年12月6日(水) |
| 中学・高校レベルの英語学習 |
「自然言語処理」の教科書を一緒に作成しているI先生(またイニシャルがIです、湘南にある某大学の先生)からメールをいただいた。内容は、先日の全体会議でBNC(British
National Corpus)のことが少し話題になったことと関連した質問。
この大学の学部生が中学・高校レベルの英語を復習したいと思っているようで、BNCを検索することでそういうことができるかどうか、もっと正確に書くと、BNCのデータがこの目的に合致しているかどうかという問い合わせだった。BNCのお試し検索ができるウェブサイトとBNCに含まれている文章のジャンルを知らせてあげた。
中学・高校レベルの英語学習という条件には合致しないだろう。ただ、文構造の確認くらいはできるだろう。私の大学では多読用教材として
Graded Readers を学生に奨めているが、これらを電子化したコーパスがあれば英語学習という点では使えるような気がする。
|
|
| 2006年12月5日(火) |
| ウィズダム英和辞典(第2版) |
知り合いのIさん(偶然にも私の知り合いにはIさんが多いので恐縮だけれど)から、『ウィズダム英和辞典(第2版)』を献本でいただいた。三省堂コーパスを使った辞書で、問題の単語がどのような単語と共起しやすいかといった情報が辞書の中に記載されていて面白い。
11月に開催された学習者コーパスシンポジウムでも『ロングマン英和辞典』を桐原書店の方々から頂戴したばかりである。思い返してみると、海外でコーパスを利用した辞書編纂・辞書改訂で記念すべき年は1995年だった。あれから10年が過ぎ、もはやコーパスを利用しない辞書編纂は考えられないほどだ。
このような時代にあって、大学でのコンピュータ環境がいまひとつで、企業に所属していた時ほどデータ処理にコンピュータを駆使できていないことを反省することしきりである。
|
|
| 2006年12月4日(月) |
| くたくた |
時差は1時間しかないので時差ボケに悩まされることはなかったが、翌日の授業2コマは辛かった。帰りの飛行機の中で授業準備をしたが、完全には出来ていなかった。2つ目の授業は、お昼休みに集中して最後の準備に励まざるをえなかった。
今日は授業が終わったらすぐに大学を出て帰ろうかなと思っていたら、、、思いがけず3年ゼミ生が研究室にやってきた。これが予想もしていなかった相談で、教員である私もかなり辛かった。私は心理カウンセラーではなく、英語教員である。学生が抱える悩みに(それが学業と直接関係しない場合に)教員がどのくらい、そしてどのように関わればよいのか、よくわからない。カウンセラーにお任せすべきであるとは思っているが、学生の心の暗い部分(それは学生の親さえ知らないことが多いような気がする)に触れた時のやるせなさは結構こたえる。
|
|
| 2006年12月3日(日) |
| 故宮博物院はリニューアル中 |
もう日本に帰る日がやってきた。朝8時40分に地下鉄の圓山駅で知り合いと待ち合わせをした。昨日、地下鉄を経験していたのでホテルのある最寄り駅から圓山駅までどのくらいの時間がかかるかわかっていたので遅刻することなく会えた。
現在まだリニューアル中の故宮博物院まで車で連れて行ってくれた。見学が可能な部分もあるのだが、リニューアル後にじっくり時間をかけて観に来たいと思ったので、外から眺め、写真を撮った。お土産を何も買っていなかったので、見学はまだなのだけど、、、と自分に言い聞かせながらお土産を買った。3つのクラスの学生達用と同僚に向けて。
その後、「タピオカ入りのミルクティを飲んできてとゼミ生に言われてきたので時間があれば茶芸館に行きたい」と正直に話したら、お洒落なお店に連れて行ってくれた。学生に言われた通り、タピオカ入りの温かいミルクティを飲んだ。美味しい!お茶を飲みながら(+お茶と一緒に出てきた大根餅とアップルパイのようなパイも頬張りながら)、1時間くらいお喋りをした。
そして、車で空港に移動し、お別れした。「また近いうちに来るからね」と。 |
|
| 2006年12月2日(土) |
| 火鍋 |
2日間に亘って開催された国際会議が終了した。あっという間だった。さまざまな立場から第二言語ライティングの研究と教育に情熱をもってのぞんでおられる方々とお会いし、お話をさせていただく機会を持つことができ、ほんとうに有意義な2日間だった。
さて、日本に戻って学生に台湾滞在をどのように報告するか、、、初日の台北市内のレストラン界隈と淡江大學の近辺しか歩いていない私は、会議終了後に、地下鉄に乗って台北市内まで移動し、少し散策してみようと決めた。淡江大學から最寄りの地下鉄の駅まではバスが出ているが、たまたま一緒になった会議参加者に促されて歩いて駅まで移動した。ふぅ、結構、距離があった。
そして、電車に乗ること約30分、台北市のメインターミナルに到着した。駅から外に出た途端に日本のお店がたくさん目に飛び込んできた。その多さに驚いた。夕食には火鍋(いわゆる「しゃぶしゃぶ」)を食べたいと思ったので、地元の人に教えてもらい、三越デパートの地下1階にあるお店で食べた。同行していた会議参加者が火鍋の食べ方がわからないらしく、いきなり野菜を生で食べ始めた。「おいおい(とはさすがに口に出して言わないまでも)、違いますよ、その食べ方は」とばかりに、食べ方を伝授する。
かくして台北の中心を歩いて満喫したあと、再び地下鉄に乗ってホテルに戻った。その土地を自分の足で歩いて珍しいものを見ないと旅をした気分にはならないものね。
|
|
| 2006年12月1日(金) |
| 誕生日&研究発表 |
ドタバタ?の研究発表を終え、国際会議の主催者である淡江大學の先生や学生スタッフの方々と一緒に夕食をいただいた。昼食時にいただくお弁当もさることながら、台湾でいただく料理はとても美味しい。食事が美味しいかどうかは、会議の満足度にも影響するとついつい思ってしまう。
英文学科長が車でホテルまで送って下さった。フロントで鍵をもらうと、FAXが届いていますよと紙を受け取る。Iさんからのメッセージだった。「お誕生日、おめでとうございます! 今夜、仕事で会いに行けず、ごめんなさい」
Iさんが私の誕生日を覚えていて下さっているとは夢にも思わなかった。そして、とても素敵なネックレスとブレスレットをプレゼントされた。私は、最高の誕生日を、そして決して忘れることのない誕生日を、台北で迎えることができた。
|
|
| 2006年11月30日(木) |
| 2年ぶりに再会 |
日本を離れる間際、成田空港の搭乗口近くにあるカフェで少しの時間を過ごした。店内には珈琲を飲んでいるお客さんが多かったが、私はワイングラスを片手にガラス越しに見える滑走路や飛行機を眺めていた。慌ただしかった準備の日々から解放され、ほんのひとときだがほっとする時間を持つことができた。
そして、現地時間の午後5時過ぎに台北国際空港に到着した。知り合いのIさんが空港まで迎えに来てくれた。2年ぶりに会った彼女は、2年前に会ったときよりもさらに素敵な女性になっていた。車で台北市内に移動し、台湾ならではのお店というレストランで夕食をとった。店頭に実物の料理が並べてあり、食べたいものをあらかじめ指定してからお店に入るというシステム。美味しそうなお料理が所狭しと並べてあり、選ぶのが大変だった。積もりに積もったお喋りをしながらお料理をいただいたので、気がついたら午後9時を過ぎていた。お店を出て、車でホテルまで連れて行ってくれた。「こんなにしていただいては申し訳ない」という気持ちを述べたが、「台湾ではこれが当たり前だし、お世話をしたいからやっているのだから、気にしないで!」と言われた。
かくして午後10時近くにホテル入りをした。何か緊急の時に連絡ができるようにと、Iさんから携帯電話を渡された。普段は教員をしている私だが、面倒をかける学生になったような気がした。でも、彼女の心遣いがとても嬉しかった。 |
|
| 2006年11月29日(水) |
| 渡航前日 |
| 台湾行きを明日に控え、授業終了後、やっておかなければならない仕事を片づけるため学内を走り回る。午後3時頃に大学を出ることができた。そして、自宅に戻り、発表で使用するスライドの残りを作成し、旅行の支度を始めた。午前1時頃、ようやく渡航の準備が整った。大丈夫かな、忘れ物をしていないかしら。。。 |
|
| 2006年11月27日(月) |
| あなたが尊敬する社会人はどんな人ですか? |
午後6時から3年ゼミ生2人との面談が入っていたため、4限目が終了してから1時間半ほど時間があいた。そこで、就職支援行事が行われている会場をのぞきに行った。会場の片隅で聞けばよいものを、性格がわざわいして「かぶりつき」で参加してしまう、教員なのに。
ある食品メーカーの人事担当者が来られ、学部3年生(女子学生4人)を相手に模擬面接をしてくれた。約200人の学生がいる前で模擬面接に臨んでくれた4人の女子学生は立派である。もちろん、事前打ち合わせなどはなく、一体どんな質問がその面接官から投げかけられるのか知るよしもなかった。4人は、時に立派に、時に困り果てて回答をしていた。
模擬面接の後、面接官からコメントやアドバイスが話された。私は、ひたすらメモをとり続けていた。そして、帰宅後、国際会議での研究発表で使用するスライドがまだ出来上がっていないのに、、、メモをもとに我がゼミ生に(水曜日に)配布する資料を作成した。今回の内容だけは知らせておきたいと思ったからだ。それにしても、この性格、なんとかならないものか。
|
|
| 2006年11月25日(土) |
| ああ、綱渡り |
来週1日に行う研究発表のスライドが1枚も出来ていない。授業の準備に追われる毎日だからだ。企業で働いていた頃のほうが発表準備が楽に行えたなあと感じる今日この頃だ。
今日の午前中と午後をつかって月曜日の授業の準備を終えた。いよいよ発表用のスライド作成に着手というところで夕食の時刻がせまってくる。こんなとき、ふと思う、「次に生まれてくるときは男性がいいなあ」と。
さらに辛いことに、中間試験の採点を明日中にやってしまわなければならない。 |
|
| 2006年11月21日(火) |
| 執筆者全体会議 |
先ほど、教科書の出版社となるオーム社での会合を終えて戻ってきた。午後6時半から2時間強の打ち合わせとなった。その会合で使用する資料を午前中急いで作成した。このところ複数の仕事がどっと押し寄せているので対応するのに四苦八苦している。
私と共同執筆者が担当する章の内容に関して少しもめた。それは統計処理をどのくらい詳しく書くかということである。教科書を使用する教員が使いづらい内容になってしまってはいけないということで議論がなされた。
なんとか新刊本の全体構成の確認がとれ、今後の予定をつめた。2月末までに執筆完了ということになった。多忙な日々は続く...。 |
|
| 2006年11月19日(日) |
| 学習者コーパスシンポジウム |
昨日、今日と2日間、昭和女子大学に出かけた。学習者コーパスに関するシンポジウムに参加するためである。参加者の数が意外に少なかったのは残念でならないが、参考になる発表を聞くことができたし、まだ発売されていないロングマン英和辞典のサンプルもいただき、とても得したような気がする。
2日目最後のProf. Rod Ellisの講演が印象的で、お話された内容の一部を明日の心理言語学の授業で紹介しようと思った。そして、朝尾先生のお話の一部も心理言語学の授業で紹介することにした。今、心理言語学では「発話のメカニズム」について扱っており、朝尾先生のデータ(日本人英語学習者も発話した英語の自己訂正をするという内容)を教科書に書いてあることの反証として述べたいと思う。
私達の発表も無事に終えることができた。準備に多大な協力をして下さった名古屋大学大学院国際開発研究科杉浦正利研究室の院生のみなさんに深く感謝している。口頭発表だけでなく、論文としてまとめ、より多くの研究者に知ってもらいたい内容だと思っている。 |
|
| 2006年11月14日(火) |
| 教科書改訂プロジェクト会議+中間試験の作成 |
出講日ではないが大学に出る。このところずっとこういう状況である。午後1時から3時まで例の高校英語ライティング教科書の検討を3人で行った。会議終了後に、I先生は結果を持って出版社に出かけていった。
午後4時半にはゼミ生との面談を予定していた。それまでの1時間半の時間を有効に使うため、集中して中間試験を作成した。半分くらいは出来上がった。こうして、綱渡りのような日々が続く。
でも、ゼミ生3人とのグループ面談はとても良かった。就活に向けて、私の目の前でそれぞれの強みをお互いに話し合ってもらった。友達の強みを的確に言い合えるものなのだなあと感心した。基本的には3人でやりとりをさせ、私は時々、「ちょっと、今のその言葉、すごくいい!メモして!」と絡むだけにした。 |
|
| 2006年11月14日(火) |
| 午前3時に論文完成 |
月曜日の授業が終わり、できるだけ早く帰宅しようと思った。帰り支度をし、LEAPに立ち寄って必要な連絡をして「さあ、帰ろう!」とした時に、「先生〜!」と複数の学生が寄ってくる。簡単な質問やお喋りにはささっと対応し、ちょっと長くかかりそうな「案件」に関しては、今度ということにさせてもらった。「今日だけはこれで帰らせて。明日の朝までに論文を仕上げなければならないから」と正直に話すと、「そりゃあ大変だ。早く帰ったほうがいいよ」と解放してくれた。
こんなやりとりを書くと、どういう学部なのだろうと不思議に思われるかもしれない。教員と学生の距離が近いことは確かだ。その学部にいる教員が学生を褒めるのは親のようで何だか気恥ずかしいけれど、、、学生が構内で教員に出会ったときに、逃げも隠れもせず(授業への出席状況が芳しくなくても)、明るい笑顔で挨拶をしてくるということ、それは言コミではもう当たり前になっているけど、実は素晴らしいことではないかと思っている。そんな学生ばかりだ。
大学から最寄駅に向かう途中、「成田先生、お疲れさまです!」と暗がりの中で声をかけられた。自転車で通り過ぎたし、何よりも暗いため誰なのかわからない。私もこの性格だから「暗くて誰かわからないけど、ありがとう」と言ったら、「1年生の○○です。さようなら」と返してきた。この一言で、徹夜になるかもしれない今夜の作業に向かう元気が出てきた。 |
|
| 2006年11月10日(金) |
| 10代? |
髪を切ってから教室を移動する際に通る場所を変えている。学生にとやかく言われるのを避けるため。しかし、広くはない構内だから、どうしても会ってしまう。「先生、髪切ったんですね。10代みたいで。。。」 「えっ、10代?学生にとって身近な年代はやはり10代なのか」と思ったりもする。(単に大げさにからかわれているだけという見方が妥当だろうが)
偶然に会うのをもっと遅らせたかった男子学生(1年生)にばったり会ってしまった。前期の授業でこの男子学生を教えたのだが、2コマ連続の授業の休憩時間に度々言われたことがある。「先生、原宿あたりの美容院に行って、もっとイケテル髪型にしたらどうですか」と。失礼な!
その男子学生に、「先生、髪切ったんですね!ところで、先生、留学の相談にのってほしいんですけどメールで連絡させていただきます。すごくdeepな留学相談になるのでよろしくお願いします」と言われた。そうか、髪型はもうどうでもいいわけね、、、と心の中で呟きながら、deepな留学相談て一体どういう内容なのだろうかと考えた。 |
|
| 2006年11月8日(水) |
| 連休中には仕上がらなかった |
残念ながら論文は連休中に仕上がらなかった。作成が終了していないのは、Introduction、結論の後半、参考文献一覧、付録といった部分である。今日から大学祭後の授業が開始されたため、時間のやりくりが思うようにならない。
5千語を超える分量となるため、早めに添削依頼の予告、つまり添削会社への予約をした。これで、14日の朝一番には必ず送信しなければならないという最後の締切が設定された。今週末には入試もある。授業の準備(しかも中間試験の問題作成もある)と論文作成のための時間をどのように配分するか、追いつめられた状況にある。 |
|
| 2006年11月4日(土) |
| 久しぶりにコメダ珈琲店−小倉トースト |
大学祭で休講のこの数日間に論文を1つ書き上げなければならないのだが、なかなか筆が進まない。全体構想が十分に練れていないからだろう(反省)。しかし、いつも思う。書くという作業は辛いものだと。そして、できあがった瞬間に「楽しかった」に変わる。
気分転換を図ろうと、久しぶりにコメダ珈琲店に出かけた。以前から食べてみたいと思っていた小倉トーストを注文した。抑えた甘さのアンコで、バターとの相性も良かった。甘いものを食べると、脳がほっとする、、、ような気がする。
さあ、泣いてもわめいても論文は必ず仕上げなければならない。人は、プレッシャーの中で生産的になれるのだろう。 |
|
| 2006年11月3日(金) |
| やっと執筆者全体会議へ |
共同執筆者との調整に時間を要したためにとりまとめの先生にご迷惑をおかけしたが、ようやく執筆者全体会議の開催に向けて状況が好転した。工学部の学部2・3年生、そして文系(言語学系)の学部3・4年生と大学院生も対象として、「自然言語処理」に関する教科書を作ろうという話が進んでいる。
担当は「コーパスと統計処理」(仮題)であるが、統計処理は今や自然言語処理のどの要素技術にも不可欠なものとなっており、今回の教科書でどのような位置づけで取り扱えばよいのか、他の章との関係をどのようにするかで共同執筆者と議論を重ねていた。この点は執筆者全体会議でも検討課題となろう。
何事も step by step だなあと感じる今日この頃。仕事量が多くてパニックぎみであるが、今が人生の盛繁期なのかもしれない。 |
|
| 2006年11月2日(木) |
| 髪をばっさり切る |
何か特別なことがあったわけではない。「髪を短くするなら秋」という美容師さんのアドバイスに影響されて、髪をばっさり切った。冬に向かうのに髪を切るのは不思議と思われるかもしれないが、「春から伸ばし始めて夏にはある程度の長さを保つのがベスト」というのが美容師さんの意見。
髪が短いと時間を節約できる。シャンプー後に髪を乾かす時間が極端に短くなる。出勤前に髪を整える時間も短くて済む。
そして、これから少しずつ伸ばしていく(逆説的なアプローチ)。 |
|
| 2006年11月1日(水) |
| 言語処理学会もよろしく |
| 本日、来年3月に開催される言語処理学会のホームページが公開された。大会プログラム委員会の情報も見てね。 |
|
| 2006年10月31日(火) |
| 7.5時間 |
午後1時から8時半まで7.5時間をかけて、I先生とライティング指導用教科書(対象は高校生)の改訂内容を検討した。教科書の1ページ目から索引にいたるまで議論した。途中でティーブレイクを入れつつも(東武デパートで買ってきたバームクーヘンがとても美味しかった)、この機会を逃すといつ時間がとれるかわからないため、とにかく全体をチェックする必要があった。
終了した時に疲労感に襲われたが、ともかくも全体をチェックできたことに安堵した。出版社に渡すため、教科書への書き込みと付箋紙でいっぱいになった。出版社の人が驚かなければいいが...。 |
|
| 2006年10月30日(月) |
| Halloween Award |
今日のReading/Writing Strategies Iの授業は時間との闘いだった。授業の前半は、Readingの教科書を扱った。そして、後半はグループごとに作成した英文パラグラフの紹介と評価に追われた。時間通りに終える必要があるため、学生までも時間を気にしながらの活動となった。私が勝手に決めた"Halloween
Award"の獲得を目指して、教室は熱気でムンムン。
"Halloween Award"は、各学生による評価点の合計が最も高かったグループに贈呈された。当初、私も評価をする予定だったが、一連の運営をするだけで手一杯となったため採点には加われなかった。もちろん、どのチームの英文パラグラフが最も優れたものであるかはわかっていた。
英語力はまだまだの学生達だが、どれが優れたパラグラフなのかを判断する力を持っている。このことは、彼らの英語力を今後もどんどん伸ばしていけることを意味しているのではないだろうか。
かくして、"Halloween Award"は受賞すべきグループに渡った。大学祭の休暇を間近に控えた月曜日の午後、英文パラグラフで一気に盛り上がり、授業終了と同時にぱっと解散。授業は授業だが、粋な午後のひとときではなかったか。
|
|
| 2006年10月29日(日) |
| 10月ももう終わり |
気がつくと、今月ももう少しで終わり。ということは、今年もあと2か月。ふぅ。。。
今朝、庭を見ると、なんと青々とした葉っぱの鉢植えが目に飛び込んできた。春と夏を経、中身は枯れたようになって土だけしか見えなかった植木鉢だったのに。そう、シクラメンの葉が勢いよく出てきている。何も世話をしていなかったのに、その生命力には驚かされる。
白い花が咲くなら、今年2回目の開花となる。もう一方の鉢の花の色は、、、覚えていない。花に申し訳ないが、咲くまで想像しながら待っていることにしよう。
|
|
| 2006年10月27日(金) |
| Paragraph Writing - Describing a place |
Reading/Writing Strategies Iのクラスでグループ課題を出した。グループで英文ライティングをしてくるという課題はこれまでほとんど出したことがなかったのだが、「大学祭の休暇に入る前にコンペティションをやる!」と言い放った。課題は、私が旅行代理店からごっそり集めてきた旅行パンフレットの中から吟味して切り抜いた写真(例えば、ワイキキビーチやニュージーランドの羊の群れ等)について、
1) to use space order と 2) to use specific details という条件を満たして100
words程度のパラグラフを書いてくるという課題である。まずは、この程度の分量にしたほうが書きやすいだろうと判断した。
今日が提出締切日だった。「月曜日まで提出を待って下さい」と多くのグループから懇願されるだろうと予想していたのだが、全く違った。課題を出した時に欠席していた人達で作ったグループだけが月曜日に提出するという結果に。
月曜日(30日)の授業で各グループに発表してもらう。私は、各発表にちょっとしたコメントを提供する。学生には評価シートを配り、採点してもらう。そして、全員の評価シートを集め、最優秀グループを選出する。最優秀グループには「素敵な粗品」が手渡される。ハロウィンということで。
提出されたパラグラフには難点が目立つけれど、それでも学生達の息吹きが感じられる。読んでいて楽しい。
実は、学生全員に「粗品」−学生にとっては負荷かな−を用意している。ハロウィンということで。A5判の小さなノートである。そのノートには1日1文でも3文でも1ページでもいいから「イラスト付き英語日記」をつけてもらいたいと思っている。もちろん、成績には関係ない。
|
|
| 2006年10月25日(水) |
| 言語処理学会年次大会 |
今年度の言語処理学会年次大会は龍谷大学(瀬田学舎)で開催される。10月2日にプログラム委員会の第1回ミーティングが開かれて以来、担当別にかなりの速度で準備が進められている。話し合いとその結果を受けての行動がとてもスピーディだ。実際、第1回ミーティングの翌日からのメールの「束」に驚いた。
それぞれの職場でもこんなふうに仕事が早いのか−そう思うと、私は襟を正さずにはいられない。もうひとつ、委員の方々とチームを組んで大会開催に向けて働けることをとても嬉しく思う。
しばらく言語処理から離れていたために研究動向に疎くなっていたことは否めないが、あたふたしながらも追いつきたい。CFPの公開準備も整いつつある。 |
|
| 2006年10月23日(月) |
| 台湾への出張に向けて |
研究発表のため、11月末に台湾を訪れることにしている。淡江大學でL2ライティングのシンポジウムが開催される。
授業のない木曜日に出発し、金曜日の授業を休講にさせてもらい(補講日はクリスマス直前の土曜日に。後期の授業開始日に学生には既に連絡しているが、クリスマス前というのはどう考えても嫌われそう)、日曜日の夜に戻り、月曜日は2限目から授業。シンポジウムは12月1日(金曜日)と2日(土曜日)。今年度の後期はこういうパターンでの出張と授業が多く、かなりしんどい。
会場の淡江大學は「淡水」というとても綺麗な町にあるようだ。もう少し台北よりにホテルを予約しようかとも思ったが、結局、シンポジウムの事務局から推薦してもらったホテルの1つに決めた。ホテルは決まったものの、肝心の発表内容はこれからが勝負だ。不安でいっぱいだが、発表の日が誕生日というのも何かの縁であろうから、大切にしよう。
|
|
| 2006年10月20日(金) |
| STRENGTH(強み) |
5限目、3年生を対象にした就職支援行事の一環として、各自の強みに関する調査結果について報告がなされた。キャリアカウンセラーをお招きし、調査結果の見方や就職活動に関するアドバイスを話していただいた。
自分のことなのに、、、全員参加とならないのが私には全く理解できない。今どきの学生だからと片づけることは容易だが、逆に可愛そうな気がしてくる。自分に向かって差し伸べられる手に気がつかないまま、のほほんと毎日を過ごしているように思えてならない。「やる時はやります!」と言われても、普段から準備が出来ていなくて何ができようか。
最近、演習の時間にも割と苦言を呈することが多い。私から苦言が出なくなったらもう手遅れだろう。。。これが「愛情表現」だとわかるようになるにはまだまだ時間がかかるのだろうか。 |
|
| 2006年10月19日(木) |
| local beer in Yorkshire |
半年に1回程度の割合でリーズ大学のトニー(翻訳研究センター所長)からメールが届く。今回のメールは、「いつ、リーズに来るんだい?
local beer in Yorkshire をいつ飲ませてあげられるのかなあ」と。
「行けるものなら行きたいわよ。それが出来ないから辛いのよね」というのが私の本心。今回のメールでビールの話が登場しているのには理由がある。
トニーに初めて会ったのはもう何年前のことだろうか。思い出せないくらいだ。昨年9月に、トニーはリーズ大学の仕事で東京に来ていた。その仕事の関係で、新宿のお洒落なイタリアンカフェで言コミの同僚も交えて打ち合わせをした。次の約束までまだ時間があると言うので、「じゃあ、ベルギービールのお店に行きましょうか?」と誘った。私のお気に入りのベルギービールのお店に3人で出かけ、たくさん飲んだ。約束の時間に遅れそうになるくらい。
約1年が過ぎて、あのときのビールを思い出したのかもしれない。local beer
in Yorkshire....どんな味がするんだろう? |
|
| 2006年10月18日(水) |
| 映画の1シーンのように... |
演習の授業が終わり、研究室に戻るため図書館のエレベーターに乗った。4階でエレベーターの扉が開いた。すると、そこにリンダ先生が立っていた。お互いに「おおっ!」と驚きの声をあげた。ハグしながらとっさに私の口から出たことばは"What
a surprise!"であった。
そこに同僚が通りかかり、ひとしきり、テンションの高い会話が続いた。リンダ先生は、東京国際大学アメリカ校に隣接するウィラメット大学の教授で、専門は社会学である。昨年5月から6月にかけて、ウィラメット大学の先生方による集中講義で来日されて以来の再会だ。昨年はほとんど時間がとれず、夕食を一緒にとることができたのが一度だけ。来年、再び集中講義で来日されるとのこと。「来年は、もう少し一緒に過ごせる時間を持ちたいですね」と話してお別れした。
状況は少し違うが、メグ・ライアンとトム・ハンクス主演の映画「巡り会えたら」(原題は'Sleepless
in Seattle')のシーンを思い出させる再会だった。
|
|
| 2006年10月16日(月) |
| 教科書改訂プロジェクトチーム始動 |
高校のライティング指導用教科書の改訂作業を3人で進めている。「進めている」と書いたが、本格的な作業は実はこれから。今日の午後、授業の合間をぬって3人で会議を開き、今後の予定を話し合った。改訂前の教科書に全員がすでに目を通し、気になった箇所にそれぞれがコメントをつけているというのが現時点での状況。
ひとまず、日本人であるI先生と私で、お互いに授業が入っていない10月31日の午後に集中作業を行うことになった(研究室ではない場所でやらないと学生が来てしまうな)。この日に終わらない可能性が大きいけれど。第1ページ目から全てのコメントを2人で話し合い、統合する。一方、英語母語話者のO先生には、少しの期間日本を離れるため、都合のいい時に追加のエッセイ文を作成してもらうことになった。
たくさんの時間を要するものの、こういった共同作業というのも悪くない。 |
|
| 2006年10月14日(土) |
| コロケーションの自動抽出 |
午前中、コロケーションの科研を進めるために、名古屋大学大学院の演習室で打ち合わせ。今回は、自然言語処理の分野で活躍されている先生をお招きし、特に統計的尺度を用いて3単語以上から構成される定型的表現をコーパスから自動抽出する方法について教えていただいた。中川裕志先生のサイトで公開されているキーワード自動抽出ツールも紹介していただいた。
午後からDr. Michael Barlowによる公開講演会が開催された。Dr. Barlowがご自身で開発されたツール"Collocate"の出力結果を見るのは初めてだった。このツールでのコロケーション抽出は、まずコーパスからbigramで2単語連続のコロケーションを自動抽出し、その単語ペアの直後にさらに単語が連続生起してより大きなコロケーションを作り上げているかどうかを相互情報量や他のコスト算出法を用いて判断するという仕掛けになっているように思われた。講演会の後の懇親会ではDr.
Barlowとお話する機会がなかったが、火曜日に名古屋から東京に戻る前にお話しているし、いつでもメールでやりとりできるし、12月まで名古屋大学に滞在されるのだから大丈夫。
昨夜の熱冷ましシートのおかげで発熱もせず、なんとか乗り切れた1日だった。
|
|
| 2006年10月13日(金) |
| 再び、名古屋へ |
1時間目から授業があるので4時半起き。夕方には名古屋に移動するため、その荷物も持って早朝の電車に揺られながら大学に向かう。3コマの授業を終えたところで、2年生の女子学生が訪ねてきた。「相談したいことがあるので会って下さい」と先週から依頼されていたのだが、やっと時間をとることができた。自分の気持ちを率直に話してくれるので、彼女の気持ちが手にとるようにわかった。悩んでいる彼女は、1年前に授業を担当した頃より大人になっていた。
午後6時過ぎに大学を出て東京駅に向かった。名古屋駅近くにあるホテルには午後9時頃にチェックイン。朝からくしゃみばかりで、鼻声の私。風邪をひいたかしら。熱はまだ出ていないようだったが、明日の打ち合わせを考えてホテル近くの薬局で熱冷ましシートを買って冷蔵庫へ。シャワーを浴び、念のために熱冷ましシートを貼って就寝。なんか、必死な感じ。 |
|
| 2006年10月11日(水) |
| 自分に渇! |
オフィスアワーの時間に、2年生の女子学生が訪ねてきた。ある授業のために作成した英文原稿に目を通してほしいとのこと。元にした日本語原稿も持ってきていた。それらを眺めて、「文章を書く前にアウトラインを作成したの?」と尋ねたら、"No."という返答だった。そして、アウトラインを作成するところからやり直してもらった。
一通り終わって少し雑談をした。その中で、私は、週末の疲れが残っていたせいもあるのか、ちょっと弱気な発言をしてしまった。すると、学生から返ってきた言葉はこうだった。「先生は学生に対する思い入れが強すぎるのかもしれない。たまには、放っておいて少し距離を置いて学生を眺めてみると、学生が何を考え行動しているのかがもっとわかるようになるかもしれないですよ。」
これにはまいった。どちらが教員だかわからない(笑)。先月、津田塾大学の学生生活課にインタビューに行ったときに課長さんとお話したことを思い出した−仕事を通してつくづく思うことは、教え育てる「教育」ではなくて共に育っていく「共育」の現場ですね。
|
|
| 2006年10月9日(月) |
| Viva Nagoya |
今、トヨタ自動車を中心に経済が絶好調の名古屋が熱い! 私達、シンポジウム関係者の心はもっと熱い!
今日の午後は金山探索である。来年のSecond Language Writing シンポジウム開催を目指し、探索隊の任務は、(1) 参加者に紹介するホテルの下見とホテルの人との打ち合わせ、そして
(2) 開催校である名古屋学院大学(来春にこの地に校舎移転)に実際に足を運び確認をすることであった。
国際会議と言えば、大学3年生の時に原子核構造に関する国際会議でアルバイトをしたのが初めての経験。大学院生の時はアルバイト先の東大海洋研究所で暖水塊に関する国際会議のお手伝い。企業に勤務していた時はデータベース関係の国際会議ER2001のプログラム委員会のお手伝い。不思議なことに、どの国際会議のことも昨日のことのようによく覚えている。
来年9月の会議が成功するように、そしてこれを機に日本でアジアで世界中でSecond
Language Writingの研究と研究者間の交流がさらに活発になることを願っている。
|
|
| 2006年10月8日(日) |
| 父母の会→名古屋へ |
午後3時過ぎにゼミ学生のご両親との面談を終えた。大学での面談は教員の研究室で実施するため、教員は面談が始まる前に研究室の掃除や飲み物の準備に追われる。そんな姿を見ていると、「ああ、今年も大学での父母の会がやってきたなあ」と思う。
荷物を抱え、川越から東京駅に向かう。そして名古屋へ。いつもは名古屋駅近くのホテルに宿泊するのだが、今回は栄にある少しだけお洒落なホテルにした。栄の駅からホテルに向かう途中、外国の人とあまりにたくさん遭遇するのでなぜだろうと不思議に思っていたが、鈴鹿で最後のF1日本GPが開催されたことによるらしい。 |
|
| 2006年10月7日(土) |
| Lexus試乗 |
話題のLexus LS460に試乗した。うちの車もそれなりに大きいが、それよりもずいぶん大きくて立派である。高速道路を走行してもスピードを感じさせないドッシリと安定した走り。試乗から戻ったディーラーの展示場では、(スチュワーデスのような)自動車ショー用の衣装を着た、ショー専門と思われる女性説明員が「皆様、これより〜〜」とちょっと違和感のある説明をしてくれた。聞いているのが私達夫婦2人だけなので、聞く側もなんだか気恥ずかしい。専門用語が次から次へと出てくる。ショーに来るような若い男性にはいいかもしれないが、一般家庭の奥様には小難しすぎはしないか。
10分後、私達の後に来た夫婦にも同じ説明を始めた。それを側で聞きながら、コメント好きの私は、私達の担当者に言ってしまった。「この説明には違和感を覚えてしまいます。ショーではいいかもしれませんが、一般の人々向けには平易なことばでわかりやすく説明したほうがいいのではないか」と。担当者から「勉強になりました」と言われたが、本当に納得してくれたのかなあ。
さて、この高級車。買うか買わざるべきか、これは大問題だ。 |
|
| 2006年10月6日(金) |
| しゃべり場終了 |
1日中、雨の金曜日となった。「しゃべり場」を開催した。参加した学生の心に響いただろうか、私達のメッセージは。
雨の中を2人の講師が来てくれた。大学の後輩と姪。それぞれの立場から3年生に向けて貴重な就職体験を語ってくれた。体験談の後の参加者全員による「しゃべり場」では、3年生からさまざまな質問が出た。講師の方々だけでなく、元企業人である私も口を出さずにはいられなかった。
「しゃべり場」が終わった時、オブザーバーとして参加して下さっていたカリスマ・キャリアプランナーであるS先生から声をかけていただいた。「先生が学生の前でお話する姿を初めて見せてもらいましたが、熱い先生なんですね。授業もこんなふうにされているんだろうなと想像しました。先生の熱い思いは学生に伝わったと思いますよ。」 |
|
| 2006年10月4日(水) |
| パワーポッター、健在なり |
昨夜、午前2時過ぎまでかけてアンケート結果を文書にまとめ、「しゃべり場」の講師の方々に送信した。この時刻まで頭をつかっていると、なかなか寝つけない。睡眠不足。
今日は夜に委員会が開催されるため、研究室で自由につかえる3時間程度が勝負だった。昨夜のアンケート結果の概要をパワーポイントで作成した。明日は出講日ではないが、それこそ授業の準備があるため、資料作りに時間が割り当てられるかどうか甚だ不安だった。この時間しかないと覚悟を決めて取り組んだ。
2時間強でなんとか形にすることができた。「パワーポッター、健在なり」と言えようか。→自慢のように聞こえるかもしれないが、そうではない。余裕を持って作成することをお奨めしたい。 |
|
| 2006年10月2日(月) |
| 体力の限界を知る |
昨日中に東京まで戻りたかったが、航空券が取れなかった。今朝一番の飛行機で東京に戻り、川越に移動し、授業を行った。そして、授業が終了したらすぐに、学会のプログラム委員会に出席するため東大に向かった。朝5時に起きて自宅に戻ってきたのが午後9時半。長〜い一日だった。
正直、これが体力の限界だなと思った。授業に向かうとき、いつものエネルギーが湧いてこないことに驚いた。授業中は夢中なので忘れていたが、授業が終わるとぐったりとなった。はあ。。とため息をつきながら、東大に向かい、委員会に参加した。体調管理も仕事のうちだから、今日の行動は「いかがなものか」と言えよう。 |
|
| 2006年10月1日(日) |
| 父母の会 |
昨夜も今日の午前中も、9月22日に実施したアンケートのデータをひたすらパソコンに入力した。正午前に急いで着替え、父母の会が開催されるホテルに向かった。総会が始まる前に1組のご父母と面談を開始したが、30分たっても終わらなかったので、「総会後に総括をしましょう」と言って中断。総会では、教職員だけでなくご父母の自己紹介もあり、くつろいだ雰囲気だった。
1組につき約45分程度の面談となった。他の学部の面談は終了していたが、私が最後のご父母を見送ったのは午後4時に近かった。「成田先生の面談は丁寧だから、、、」と事務局に言われてしまったが、普通に話しているだけだと自分では思っている。あるお母さんが「娘がTIUAに留学して英語力が伸び、ボランティア活動も精力的にこなしており、嬉しいかぎりです」と涙を流して話してくれた。こんな話を聞くと私も嬉しくなる。心の中では「お母さん、泣くのはまだ早いですよ。もっともっと伸びますよ」と呟きながらも、家族からこんなに応援してもらえるなんて素晴らしいなあと遠くオレゴンにいる学生を想った。
父母の会が終わり、ストリート系ダンスコンテストの決勝戦が行われている札幌駅構内に駆けつけると、Yu-kiちゃんがいた。予選は通過したが、決勝戦では入賞しなかった。でも、これから先が楽しみ。Yu-kiちゃん、頑張れ!
|
|
| 2006年9月30日(土) |
| 札幌−小樽 |
札幌で開催される父母の会のために飛行機で移動。午後に札幌市内に到着し、ガイドブックを頼りに地下鉄を利用して目的のラーメン屋さんに赴く。しかし、残念ながら、目当ての味噌ラーメンは麺に難があり期待はずれだった。
気をとりなおして大通りに移動し、雪印パーラーに入る。「ロイヤルスペシャル」を食べてほっと一息。隣りのテーブルでは、女子学生2人が4千円近くもするジャンボパフェを平らげていた。
ゆっくりと散策し、札幌駅に着くと、構内でストリート系ダンスコンテストの北海道予選が開催されていた。チームでの出場が目立つなか、小学生の女の子が1人で笑顔を絶やさずに数分間も踊り続ける姿がかわいらしかった。ぎこちなさはあるものの、見ていて楽しくなるダンスだった。予選は通過するだろう。 審査員のコメントに頻繁に使用される表現が面白かった−あなたの世界観を表現できたか?−ジャンボパフェといい、小学生のストリート系ダンサーといい、北海道の子供というか学生は元気がいいね!
そして---夕方だったが、意を決して電車で小樽へ。小樽駅から運河まで歩き、さらに歩いて北一硝子店に到着。閉店時刻がせまっていたけれど、6日の「しゃべり場」に来て下さる講師の方々にお土産を買って配送手続きを済ませることができた。冬の小樽には何度か訪れたことがあるが、秋の小樽は初めて。雪がないと何だか小樽じゃないような気がした。でも、静かなひとときだった。 |
|
| 2006年9月28日(木) |
| ハワイに行きたい |
久しぶりの美容院で、私を担当してくれているYさんがハワイでの結婚式と新婚旅行の写真を見せてくれた。カットが終わった時点から写真を見せてもらったが、全部で500枚の大写真集である。
幸せそうな新郎新婦。嬉しそうな両家の方々。Yさんの髪とお化粧を担当した、Yさんの後輩のIさんの満面の笑顔。それを一段と盛り立てるような、ハワイの青い空と海、まぶしい緑の木々。
500枚の写真を見ていたら、私もまたハワイに行きたくなった。「私、もっと精神的にゆとりを持たなくちゃね。」
10月1日に札幌で父母の会がある。30日に札幌に入るが、1日の東京行きの飛行機がとれなかった。つまり、2日(月曜日)の朝一番の飛行機で東京に戻り、そのまま大学に移動し、授業を行う。そして、授業が終わったら、学会のプログラム委員会出席のため東大に向かう。。。。やっぱり、ゆとりがないわ、この生活。
|
|
| 2006年9月25日(月) |
| 後期授業開始 |
| 今日から後期の授業が始まった。学生はどことなくウキウキしているようだったが、教員はどことなく疲れているように見えた。 |
|
| 2006年9月23日(土) |
| first bite |
東銀座にあるお洒落なカフェで結婚披露パーティが開かれた。銀座に出るのは久しぶりだし、お洒落なカフェなんて大学に移ってからあまり縁がないような気がする。カフェ、しかもお洒落というキーワードに弱い私は、この日をどんなに待ち望んだことか。まあ、それはともかくとして、企業に勤務していた頃の同僚達と同じテーブルということで、仕事の話やプライベートな話で盛り上がり、新郎新婦への集中度が著しく低かったような気がする。Fさん、ごめんなさい。
10月からドイツに留学するFさん。素敵な奥様といつまでもお幸せに。1年後に東京に戻ってきたら、私達の仲間に声をかけて結婚1周年お祝いパーティをやろうね、(元同僚の)皆様! |
|
| 2006年9月22日(金) |
| 「しゃべり場」アンケート |
暦の上では「長い夏休みね」と多くの人に言われそうだが、教員の私にとっては短く感じられた夏休みもいよいよ終わり。
今日は、言コミの全学年が揃った。学年ごとに時間を区切って後期履修説明会を行った。3年生はTOEICの試験を終えてからの履修説明会となった。疲れたことだろう。それでも(申し訳ないとは思いつつ)10月6日の「しゃべり場」に向けてのアンケートを実施させてもらった。時間がないから。アンケートの質問項目をどのようなものにすればよいのか数日間悩んだが、「しゃべり場」で前向きな議論ができるように考えた。私は就活支援のプロでもなんでもないから、本当はとても不安である。「しゃべり場」には台本もない。
「しゃべり場」の当日は、就職課の方々やキャリアカウンセラーのS先生にもオブザーバーとして参加して下さるようにお願いした。 |
|
| 2006年9月19日(火) |
| 後輩の院生達がまぶしい |
今日は朝から夜まで津田塾大学で過ごした。N先生の還暦のお祝いパーティで知り合った後輩からお誘いを受けたので午前中は彼女と真面目なお喋り。せっかくだからと言われ、彼女の3限目の授業(大学院前期課程)で先輩として挨拶。次のアポイントまで10分しかなかったので、パワー全開で喋る、喋る!
それが終わり、学生生活課の課長さんの元へ。津田塾大学における就職支援内容についてインタビューをさせていただいた。二人して喋る、喋る!
午後3時に、秋学期から言コミで教えてくれることになった後輩に会い、授業の段取りの説明と相談。これが2時間。そのあと、図書館に直行。あっという間に1日が過ぎ去った。慌ただしかったが、充実感が残った。 |
|
| 2006年9月16日(土) |
| 実感!年齢には勝てないね |
この一週間は疲れた。夏バテではないと思いたいが、どうも認めざるを得ない。10日の還暦祝賀パーティからずっと自宅を出ずっぱりで、しかも気が抜けない用事でもあったためか、昨夜家に戻ってきた時の疲労感は大きかった。
それが尾を引いて、今日は活力が出ない。文字を書いていても力が入らない。やっぱり年齢には勝てないのかも。 |
|
| 2006年9月14日(木) |
| NLP−科研合同シンポジウム |
自然言語処理の分野で進行中の3つの科研プロジェクトが合同でシンポジウムを開催した。「語彙資源の深化とNLP新時代」と題したシンポジウムで、それぞれの科研でどのような研究がなされているのかを興味深く知ることができた。
独立して進められているプロジェクトが合同シンポジウムという形態で集まると、その分野における主だった研究の構図が捉えられるだけでなく、共通の課題も見えてくる。考え方の違いを容赦なくぶつけられる「度量の大きさ」も感じられた。
それぞれの研究代表者の熱い思いが伝わってくるシンポジウムだった。
|
|
| 2006年9月13日(水) |
| シロノワール−週に2回 |
最近、自宅から車で10分程度のところに、あの有名なコメダ珈琲店が開店した。朝は、珈琲を注文すると、トーストと玉子が無料でついてくるそうだ。今週初めにお店に出かけた。何を注文しようかとメニューを見た。そして、真っ先に目に飛び込んできた品物に決めた。そう、それは「シロノワール」(リンク先の写真はミニタイプ)。クロワッサンのような生地のパン(温かい)にソフトクリームが乗っかっている。やや躊躇するも食べてみると、これがなかなか美味しい。
昨日、三重で知り合いが連れて行ってくれたのが、これまたコメダ珈琲店。同行していた学生が「シロノワール」を食べたいと話したので注文した。1週間に2回も「シロノワール」を食することになるとは思いもよらなかった。
私の自宅は、神奈川県が目と鼻の先に見える東京都にあるが(目の前が横浜市)、今、神奈川県にこの珈琲店が続々と開店しているようだ。週末の朝は行列ができるほどの人気らしい。なお、珈琲についてくるものはトーストと玉子ともうひとつ、お豆さん。 |
|
| 2006年9月12日(火) |
| 鈴鹿墨と伊賀組紐 |
昨日から三重県に来ている。縁あって、三重を代表する伝統工芸品、「鈴鹿墨」と「伊賀組紐」を見せていただいた。お会いした伊藤さんは鈴鹿墨を唯一製造している組合の代表であり伝統工芸士。中内さんは三重県組紐共同組合の理事長。
いずれも経済産業大臣指定の伝統工芸品であるが、後継者問題に直面している。さらに、手作りの伝統工芸であるがゆえにコストが高くなり、安い労働力で生産される外国製のものと販売面で負けてしまうことに苦しんでいる。また、斬新なアイデアを取り入れると、伝統工芸の枠からはみ出してしまうというジレンマ。
日本国内における伝統工芸品の数は200を超えるらしい。おそらく、どの伝統工芸品も同じような悩みを抱えているに違いない。
|
|
| 2006年9月10日(日) |
| 還暦のお祝いパーティ |
N先生の還暦祝賀パーティに出席した。とても心温まるパーティだった。1回目の60年間が過ぎたので、2回目のサイクルを全うしていただきたいという声が多かった。そう、N先生にしてまだ折り返し地点を過ぎたばかり。
会場では、数年ぶりにお目にかかった先生が何人もいらっしゃった。私は、学生の頃に戻ったような気がした。出版社の方々ともお話をする機会を得たので、言語学・英語学関連の書籍のことが話題になった。
今年から初等科長をされておられるN先生。大学教員であることよりも遙かに肩に背負う荷が多いだろう。でも、そこはN先生、確固たる信念をお持ちになり、小学生との日々を楽しまれているご様子。私にとって親分的存在であるN先生には2回目のサイクルも3回目のサイクルも颯爽と走り続けていただきたい。 |
|
| 2006年9月7日(木) |
| Re: 「3つ」のヒント |
玄田先生のブログで「3つのヒント」(9月2日)と題した記事を読み、引き込まれてしまった。そうか、玄田先生もそういう経験をされたのかと。玄田先生が大学講師になりたての頃を綴った様子は、私の現在の姿と重なる。私も悩みに悩んでいる。自宅のリビングに座る余裕もなく、のべつまくなし授業の準備をしても、授業終了後に「今日こそいい授業ができた!」と心から思えたことはまだ一度もない。
よく考える。学生にとって「いい先生」とはどんな先生なのか。「高校にいてほしかった先生です」とか「うちらのことをよく考えてくれている先生です」(←そりゃ、「四六時中考えてるもの」と紙に向かって返答したりもするが)と授業評価に書かれたりするが、これがいいのか悪いのか私にはよくわからない。何かが違うと感じている。
「学生の顔を見ながら、その日の授業でメインに取り上げる内容を3つ、あるいはそれ以下にする」という大石先生の何気ないことばは玄田先生だけでなく私の心にも響いた。
知人が私によく言うのは、「耐性の涵養が必要!」 玄田先生は、「大学教育で本当に大切なのは、わからないということへのタフネスを身につけることに精力を注ぐこと」だと考えている。
|
|
| 2006年9月5日(火) |
| CALLシステム |
2つの企業によるCALLシステムの説明とデモンストレーションがあった。会議のため、最初の企業の説明会には出られなかった。2つ目の企業の説明会に参加したが、、、疲れた。
使えると便利な機能はたくさんあるのだが、教材作成ツールの説明を聞いているだけで気が遠くなってしまった。そこまで時間をかけて教材を作る気はさらさらない!というのが本音。短時間で使いきってしまう(再利用はできるが)教材を何時間もかけて作成することはできない。市販の教材を使用すると、いまひとつピンとこなかったりする。
いろいろな大学での導入事例がパンフレットに記載されているが、本当に使いこなせている事例はどのくらいなのだろうか。しかも、教員への負担が極力少ないという事例。
しかし、システムの購入検討の前に、「使用目的を明確にしておくこと」−もっと言うとCALLシステムでなければならないのか、ということを議論しておくべきである。
|
|
| 2006年9月2日(土) |
| 行動の伴うコミュニケーション能力 |
津田塾大学・東京女子大学・日本女子大学という3つの女子大学が合同で主催した「−次世代に贈るシンポジウム−あのプロジェクトを実現させた女性たち」に参加した。自宅で論文を読んでいたい気もしたが、どことなく血が騒ぎ、論文を持って会場まで出かけていった。
パネリストの方々のお話はとても興味深かったが、とりわけ鎌田氏のお話には共感することが多かった。時間に追われている社長職であるためか、時間配分に無駄というものが全くない。また、聴衆に伝えたいキーポイントを予め整理してきていることもよくわかった。学問・仕事をしていく上で大切なことを、(1)行動の伴うコミュニケーション能力、(2)自分の視点を持つ、という2つにまとめてくれた。
私は、学生を鎌田氏の会社に送りこみたいと思った。採用情報を検索してみたがHPには見あたらなかった。JR東日本に就職してから希望によって配属ということになるのか。。。 (あれこれ考えていないで、直接、会社に問い合わせてみよう!) |
|
| 2006年8月31日(木) |
| なりたいのはあなた |
来たる10月6日の「しゃべり場」に向けて、外部講師と事前打ち合わせをした。姪とは1年ぶりの再会である。仕事が忙しいということは聞いていたが、会うなり「痩せたんじゃない?」と声をかけてしまった。忙しいけれど仕事を楽しんでいることは知っている。ストレスもないと公言する。『えんぴつで徒然草』の新聞広告の入稿で待ち合わせの時刻に遅れ、あたふたと駆け込んできた。
もう1人の講師である後輩も、翌日に安倍氏の自民党総裁選への出馬声明が予想されたため、記者の取材の段取りを30分でこなして駆けつけてくれた。でも1時間の遅れ。後輩は自らを「女性の形をした男性」だとおっしゃるが、大変に申し訳ないことだけれども、彼女の話を聞いていると納得してしまう。パワーがみなぎっている。
「しゃべり場」では全員による話し合いの時間を十分に確保したい。そのため、姪と後輩による経験談は1人15分間とさせてもらった。今後の予定は、3年生が集結する9月22日の後期履修説明会でアンケートを実施し、就活に対する不安や質問を書いてもらい、その集計結果を今日の打ち合わせメンバーでまずは共有することだ。
姪と後輩はすでに面識がある。姪が大学生の頃にやっていた『なりたいのはあなた』というラジオ番組に登場してもらったことがあるからだ。 |
|
| 2006年8月30日(水) |
| Thank you, Mark. |
科研で収集した英文データの品質評価を知り合いにお願いしていたところ、今夕、その結果が返送されてきた。8月10日に英文データと評価シートを郵送したので、わずか3週間足らずで結果をもらったことになる。マーク、有難う!
マークには頭が下がりっぱなしだ。日本人大学生が作成した英文の評価は、いつも2人の英語母語話者(かつ日本の大学で英語を教えている教員)にお願いしていた。しかも、"ESL
Composition Profile"を用いての評価である。ところが、今までマークとともにお願いしていたマーサが米国の大学に移ってしまった。ということで、マークが新しい評価者を探してくれ、しかも評価法のトレーニングまでしてくれた。
マークからの電子メールによると、今回新しく協力して下さった方は"ESL
Composition Profile"をとても気に入り、後期に担当するライティングの授業で使用したいと熱く語っているそうだ。何よりだ。
マークには一度しか会ったことがないのだが、彼が住んでいる群馬の方角に私は足を向けて寝ることができない。
|
|
| 2006年8月29日(火) |
| プログラム委員 |
私が加入している学会の年次大会のプログラム委員を依頼された。年次大会は毎年3月中旬に開催されるが、招待講演者の選定、ワークショップやチュートリアルで扱う内容と割り振り、年明けの研究発表受付から採否通知、セッション分け等々、数多くの仕事がある。大会終了後には発表賞の選考もある。
高校の英語検定教科書の改訂作業で忙しい時期と重なりそうだが、年齢的にも社会貢献をすべきであることはわかっているので引き受けることにした。
この学会では、言語学関連(文系)の発表を奨励しているが、投稿数はあまり多くない。今や、学会や研究会は数多くあり、特にこの学会で発表する必要性はないのかもしれない。加えて、どうしても工学系中心の学会というイメージがぬぐえないでいる。このあたりの打開策を練るためにも私のような「文系」委員が必要なのかもしれない。
|
|
| 2006年8月28日(月) |
| 採れたての野菜 |
今日の午後、科研のアルバイトを3年生(1名)にお願いした。思いがけず、採れたての野菜をいただいてしまった。彼女の家の庭の一部で野菜を育てているそうだ。新鮮なトマト、なす、ししとう、ピーマン、そして極めつけは黒スイカ!
採れたての野菜の味は格別だ。トマトなんて、もうなんと表現したらよいか。食卓に出して家族の様子をうかがっていると、皆、いつもの野菜とは違うと言い出す。自分の庭で採れた、こんなに美味しい野菜を毎日食べている彼女が羨ましいくらいだ。
「黒スイカは、2・3日置いてから食べて下さい」と言われたので、楽しみに待っている。気になって、ついついスイカを触ってしまう自分に苦笑い。 |
|
| 2006年8月27日(日) |
| 夢の中で |
2日間、気合いを入れてオープンキャンパスに臨んだせいか、自宅に戻った時には疲れ果て、すぐさま眠ってしまった。朝方、夢を見た。それは、居酒屋ふうのお店で、なんと松本幸四郎さんとお話をしている夢だった。もう1人、誰かがいた。市川染五郎?
夢の中では意気投合していて、「大切なのは、まさにそれなんですよ」と意見の一致をみていた。ところが、目が覚めたら、「それ」が何なのかどうしても思い出せない。
気になって仕方がないが、どうしようもない。いつかまた同じ夢を見ることを期待して、今夜は眠ろう。 |
|
| 2006年8月26日(土) |
| オープンキャンパス:個別相談 |
今日の担当は、個別相談だった。今年度から入試の方法に少し変更が加わったこともあり、早めに第2キャンパスに向かい、入試広報課の人にお願いして事前説明を受けておいた。また、昨日の個別相談でどんな質問が多かったのかということもたずねておいた。地方から相談に来られる方々もいらっしゃるのだから、教員の立場からしっかりと的確な説明をして差し上げるべきだと私は思っている。キャンパスに向かう途中、一度だけ話したことのある他学部の3年生(男子学生)と一緒になり、お喋りをしながら歩いた。
入試広報課の人と話が終わり、相談を受ける机に座り、個別相談が始まるまでの時間をつかって論文でも読んでいようかなと思っていたら、その男子学生がやってきて、「入試の変更点、わかりましたか?何でも聞いて下さい。僕は大体わかりますから」。「この学生、何者?!」と思わず心の中で呟いた。H君と呼ぶことにする。
H君は、マーケティングを専攻しており、オープンキャンパスでは「在学生とのお話コーナー」でアルバイトをしている。その理由は、大学入試に関して高校生のニーズを知りたいからだそうだ。ゼミの先生と高校訪問に出かけ、その場でも高校生のニーズや高校教師に提供してあげる必要のある情報は何かを調べているとのこと。他学部ながら、私のゼミに是非ともほしい人材ではある。そう話したらH君は笑っていた。
次から次へと相談者への対応で、トイレに行く余裕もないくらいの忙しさだった。個別相談が終了した時、H君がやってきて、「お疲れさまでした。今日の言コミ、人出が多くて良かったですね」。私のゼミに本当にほしい人材なのだ。
|
|
| 2006年8月25日(金) |
| オープンキャンパス:模擬授業 |
今日はオープンキャンパスの初日。私は模擬授業をやらなければならなかった。6月の「学びフェア」と同じ内容にすれば改めて準備することはほとんどないのだが、同じ内容はやりたくなかったのでパワーポイントでこつこつとスライド作り。いざ、作り始めると(誰だって同じだと思うのだが)段々と気合いが入ってくる。スライドの枚数は多くはないが、それでもかなりの時間がかかった。これだけ気合いが入ってくると、気合いのある学生に集まってもらいたいと勝手なことを期待するようになる。私の模擬授業は、「模擬授業−−−一期一会」というタイトルにしてもらいたいとも思うようになる。
父母同席の上で模擬授業をするのは(また今回は同じ学部の先生が二人も見学している)、正直、やりづらい。今日の模擬授業への参加者は30人〜35人の間ではなかったかと思う。ワークシートを配布して課題に取り組んでもらう時間をつくっているが、まさかご父母に答えてもらうわけにいかず、机の間を歩きながら(積極的に手を挙げてくれる学生が少ないため)、学生の答えを紹介する。6月の学びフェアの時に、頭がワークシートの上にかぶさるように下を向きじっと見つめていた人がいたので、「わかりづらいところがありますか。一緒にやってみましょうか」と声をかけたら、なんとお父さんだったという失敗をしたので、今回は気をつけた(そのお父さんは「すみません、書かなくていいと思い、何もしていませんでした。ちゃんとやります」と声をかけてくれた)。
模擬授業の後、英語に関する質問を受けた。学生からではなく、お父さんからの質問だった。私は、お父さんと縁があるのか。
|
|
| 2006年8月24日(木) |
| ムッ!としたけど、BGM♪〜 |
「TOEFLによく出るボキャブラリーを勉強したいけれど、自分に甘えてしまわないように、日を決めて大学に来て、私の研究室で補習をしたい」という殊勝な申し出が1年生からあったので、自宅と大学との移動の時間がもったいないなあと思いつつ、引き受けていた。
今日は、夏休みに入って2回目の集合日であった。今日までの範囲を確認して昨夜3時間かけて練習問題を作成したのに、学生達はちゃんと勉強していなかった。お盆休みで実家に帰ったため、しなければと思いながらもついつい遊んでしまったと正直に話してくれた。まあ、私が大学1年生だったとしたら同じ状況かも。。。と思いつつも、かなりムッとした。(顔に出たと思う。)
それでもせっかく集まったのだから、練習問題の1つに取り組んでもらうことにした。成績が悪かったらどうしようと思ったのか、練習問題に取りかかると研究室がシーンとなり、空気が重くなった。「なんか暗くない、この雰囲気。試験じゃないんだし、リラックスしてやろうよ。BGMをかけるわね」と、私は声を弾ませて音楽をかけた。
おそらく学生は学生で申し訳ないと思っていたのだろう。練習問題を終えた時に、学生の1人が言った。「先生、ごめんなさい。片道2時間以上もかけて大学に来てもらっているのに」。
|
|
| 2006年8月21日(月) |
| 美容院で『富士丸な日々』 |
久しぶりに行きつけの美容院に行って、髪を切った。いつも、ほとんど注文をつけることなく、8年以上もずっと髪を切ってもらっているYさんにお任せしている。今回は、さらに輪をかけたお任せモードで、髪を切っている(+パーマをかけている)間、すっかり自分の読書に没頭してしまった。というのは、ネット販売しかしていない『富士丸な日々』をYさんが貸してくれたからだ。
この書籍は、犬のブログランキング1位の『富士丸な日々』が書籍になったものだ。Yさん自身も自分が飼っている2匹の犬の生活模様をブログで公開している。
読み始めたら面白くてやめられず、声に出して笑いたい箇所もいくつかあったけれど我慢した。そのかわり、後ろから見ていたら、私の肩が小刻みに動いていた瞬間を目撃できたであろう。
犬を飼いたいと思ってはいるが、家族の許可がでない。規則正しく散歩に連れていけるのか、今までに看取った犬がいるからその時のことを考えたら嫌だと言われる。仕方がないので、「富士丸な日々」、及び、はてなダイアリーのマスコット犬を扱った「しなもん日記」のブログを時々読んで、まるで犬を飼っているかのような気分を味わっている。
|
|
| 2006年8月20日(日) |
| Prof. Sinclairによる講演 |
Prof. Sinclairによる講演会が日本大学文理学部のホールで開催された。約2時間に亘る講演と質疑応答であった。
講演は、コーパス言語学の歴史を簡単に振り返り、corpus-based linguistics
(NLPの立場)とcorpus-driven linguistics (Prof. Sinclairの立場)の違いを説明し、そして最近のツールを2つ丁寧に紹介してくれた。これらのツールは、Hong
Kong Polytechnic Universityで開発された「ConcGrams」とProf. Sinclair自身が開発に携わった「PhraseBox」である。後者は、スコットランドの中学校で使用されるツールだそうだ。
ツールの使い勝手や応用可能性は自分で実際に動かしてみないと判断しづらいが、特に後者のツールを中学生がどのように使いこなせるのか、ツール開発の本来の目的であるwritten
lietracyの向上にどう貢献しうるのか、実際の使用を通して教えてもらいたいことが沢山ある。
|
|
| 2006年8月19日(土) |
| 夏祭り |
昨日、住宅地を走るバスの中で漏れ聞こえた会話:
Aさん(女性):あら〜、お久しぶり。ねえねえ、知ってる?明日の夏祭りで○○さん達がサンバを踊るんですって。
Bさん(男性):それは知らなかったな。○○さんにそういう特技があったとは。サンバ特有の衣装を着て踊るんですか?
Aさん(女性):そこまでは知らないんですけどね。午後6時頃が出番らしいですよ。
Bさん(男性):そりゃあ、見に行かなくちゃね。
今年の夏祭りは一段と盛り上がりそうだ。そういえば、(小学校が建てられるはずだった)グラウンドにはすでに櫓が建っている。通常、踊りはその櫓を取り囲む形で披露される。毎年、盆踊りが中心であるが、回覧板によると今年は年配も小学生も「ソーラン節」がメインになっていたと記憶している。それに、サンバが加わる!
そして、今日が夏祭りの本番だった。朝から子ども達が御神輿をかついで住宅地を練り歩いた。いつもより小規模な祭りになるというお知らせであったが、規模が問題ではなく、住宅地としての夏祭りを心のふるさとのようにこれからもずっと大切に出来るかどうかだ。締めくくりは花火である。数は少ないが、立派な花火が何本も続いた。一住宅地に過ぎないのに、このような大きな花火を住民が楽しめることに感激もした。
|
|
| 2006年8月18日(金) |
| 残暑見舞い−デザート三昧 |
学生に誘われて、ホテルのデザートバイキングに出かけた(でも、このホテルにしようと探してきたのは私だった)。
ヒルトン東京の1階にあるラウンジで、「サマーデザートフェア」を体験した。ここを選んだ理由は、提供されるデザートの種類が豊富であること、そして時間制限がないことである。他のホテルでは、価格はさすがにもっとお手頃になるが、1時間半という時間制限がついていることが多い。
予想以上に人が多く、都会だなあとあらためて感じ入った。ケーキにワッフル、アイスクリームと好きなだけ満喫したら、今度は、、、焼きそば、焼売、炒飯にチャレンジする(こうした軽食類までもが用意されているのであった)。さあ、あなたならどういう順番で思いっきり食べるか。あと、忘れてはいけないのが、直径約80cmのジャンボタルト「フルーツガーデン」だ。このフルーツ盛り沢山の巨大タルトは1日2台限定ということだが、今日の経験により、客の数が多くても1台すら食べきることができないということがわかった。
私達は、このラウンジで3時間を過ごした。このところ、それぞれがいっぱいいっぱいの生活を送っていたようなので、こんな非日常的な午後もいいかも。 |
|
| 2006年8月16日(水) |
| 希望学(2) |
東大社会科学研究所の「希望学プロジェクト」は面白い。この斬新とも思えるプロジェクトの昨年度の調査報告が『希望学』(中公新書)に掲載されている。Webベースのアンケート調査のためか、回収率の高さにまずは驚かされる。そして、アンケート結果の分析から次のようなことが見えてくる。
「働くことと希望との間に密接な関係が存在している」(p. 37)
「希望がなければ失望もできない」(p. 75)
「挫折は決して悪いことではない」(p. 75)
「人生のなかで挫折したことのある人のほうが現在も希望を持つ傾向にある」(p.
77)
さらに、希望学プロジェクトのサイトに掲載されている宮田祐子氏のエッセイを読み、目の前に就活を控えている学生を持つ教員として考えさせられた。
|
|
| 2006年8月14日(月) |
| お節介 それとも うざっ! |
今日から、ゼミ生2人がホテルでのインターン実習を開始する。実習日誌の提出のことで知らせておくことがあり、夕方、メールを入れた。朝の停電の影響で集合時刻に間に合ったかどうかも気になっていた。
返信によると、無事に第1日目をこなしたとのこと。但し、慣れないパンプスを履いて動き回らなければならないのが大変らしい。
1日中立って仕事をしているだろうから、足の疲れを癒してくれるようなスプレーや靴擦れ対策にバンドエイドを買って持って行っておいた方がいいかも、と連絡を入れる。こうなると、もうお節介というか、学生にとっては うざっ! かもしれない。 |
|
| 2006年8月13日(日) |
| 九つ井 |
タウン誌を眺めていたら、「九つ井」を発見。もう何年前になるだろうか(十数年前?)。
私は大学教員になる前は企業の研究員だったわけだが、その研究員として就職した時、新人研修がグループに分かれて行われた。私はBグループだった。同じBグループとなった他の女性3人とBグループレディース会を結成して、配属先は違っても1年に1回は集まって素敵なお店で贅沢な食事をしようということになった。持ち回りでお店を探したが、Akiちゃんが当番だった時に連れていってくれたのが大船の先にある「九つ井」だった。店の裏手にある小山(まさに山!というのが第一印象)のそこかしこに小さな離れがいくつかあり、そこでいろり焼きを食べた。静かな離れでおいしいお料理を食べてとても幸せだったので、四国から両親が上京してきた際に連れて行ったこともある。そのお店の支店が、自宅から車で30分以内のところにあることを初めて知った。
お盆でお客さんも少ないだろうと予想して出かけていったが、離れは意外に混んでいた。いろりを囲んでお肉や野菜をゆっくりと焼きながら食事をとると、普段の慌ただしい生活がまるで遠くの世界のことのように思える。お値段は結構高かった・・・(涙)
ところでレディース会、私が当番で町田のイタリアンレストランで開催したのは何年前だろう。次の当番は誰だっけ?
|
|
| 2006年8月12日(土) |
| 白い朝顔 |
夕方になると、朝顔の鉢に水やりをする。デイケアセンターで母が何カ月か前に種蒔きをし7月に自宅に持ってきたものが見事に育っている。
種を蒔いた時、花の色は知らされなかったのだそうだ。7月になると、朝、それはそれはみずみずしい花が咲くようになった。色は白。白い朝顔を見たのは生まれて初めてのような気がする。一点の曇りもない真っ白な花で気高さが漂っている。デイケアセンターに来ている他の人から頼まれたそうだ。種を下さいって。
昼の間にしおれてしまうが、翌朝には別なところに大きな白い花が咲く。今日の夕刊(日本経済新聞)によると、朝顔は平安朝頃に薬用の下剤として中国から渡来したものらしい。花が観賞されるようになったのはずっとずっと後のことらしい。毎朝、リビングから外に目をやると、その白い朝顔から「私は今日も凛としているわよ。あなたも頑張るのよ」と激励されているような気になる。 |
|
| 2006年8月10日(木) |
| 危ない! |
夕方、住宅地内にある郵便局に書留郵便を送るために出かけた。途中にある交差点で信号待ちをし、前の信号が青になったので横断歩道を渡りかけた。ちょうどその時、少し距離はあったものの私の右側に車が急停車した。もし、その車のスピードが速かったら、私は車に飛ばされていただろう。目の前の信号は確かに青だ。
そのとき、交差点近くで工事が行われていた。道路の半分が工事でふさがれているため、工事関係者が信号を見ながら(だと思うのだが)走ってくる車の整理をしている。車が急停車した時に、工事関係者が運転手を注意した。車の整理をしていたはずの人がなぜ今頃注意を??
そして、郵便局からの帰りに、同じ交差点で信号待ちをしていたら、青から赤に信号が変わっているのに車が1台走り去って行った。一体、どうなっているの、この交差点は?
交差点脇には交番もあるというのに。バスに乗るためにも、スーパーに行くためにも、郵便局に行くためにも通らなければならない交差点。ああ、危なかった!
|
|
| 2006年8月9日(水) |
| 『妹たちへ』 |
「就活前!しゃべり場〜この秋あなたは・・・」の開催日が決まった。就職支援行事が入っていないか等の確認をし、10月6日(金)の5限目に決定。教室もばっちり予約完了。
しゃべり場とするための学生ファシリテータも選出完了。2人とも快く引き受けてくれた。外部から来ていただく講師2名との打ち合わせ日も決定し、私が現在考えている開催案をメールで連絡しておいた。
今、手元に『妹たちへ』(日本経済新聞社)という書籍がある。雑誌『日経ウーマン』に連載中の「妹たちへ」が1冊の本になったものだ。4部構成となっており、仕事の合間にちらちらと目を通している。いわゆるキャリアウーマンと誰しもが認めるであろう女性たちが、1人1人、自分の20代・30代の頃を振り返り、これから社会に出て行く、あるいはすでに社会の中で悩んでいる若き女性たち(=妹たち)にエールを送っている。まだ第1部を読んだだけであるが、小宮悦子氏や安藤優子氏の軽妙ながら誠実な語り口に共感を覚えた。
「20代はどうしたらいいか本当にわからなかった」と誰もが語っている。私は、「しっかりしなさい!」と自分の学生に言いたくなることがあるが、これは酷なことなのかもしれない。この私こそ、妹たちに何が語れるのだろう。
|
|
| 2006年8月7日(月) |
| 留学へ |
今日、米国へ学生(現3年生)1人が旅立った。これまで使用していた携帯のメルアドの代わりに、留学先の大学のアカウントを使って下さいという連絡とともに。彼は、これから2年間、その大学の学部で勉強する。そして、2年後にその大学の卒業証書を手にして私達の学部に戻ってくる。そして、半年後に東京国際大学も卒業する。
あさって9日には、また1人(現2年生)、米国へ1年間の留学に旅立つ。留学先の大学の学部に入って1年間勉強をする。「ジャーナリズムを勉強するけれど、自分が本当にやりたいことは何なのかをじっくり考えてきます。」と彼女はメールをくれた。そして、20日には私のゼミ生1名(現3年生)が米国へ2年間の長期留学に旅立つ。今夜は内輪で歓送会をした。
この3人は、いずれも大学から奨学金を得て留学する学生達だ。規定のTOEFLスコアに達するまで奮闘していた日々が今となってはなつかしい。1年後、2年後に成長した姿を見せてほしい。
送り出す私の方が実は感傷的になっていることを彼らは知らない。 |
|
| 2006年8月1日(火) |
| What a surprising day! |
何通もの嬉しい知らせが届いた1日だった。
7月22日に実施したTOEFLの成績が大学に届いたらしい。学生は所定の窓口に行けば成績票を受け取ることができる。お昼過ぎ、複数の女子学生(これまた全員が1年生)から、「4月上旬に受験した時の成績よりずいぶん上がりました。ありがとうございました。夏休みも後期もこの調子で頑張ります!」」という、私までもがわくわくするような連絡が入った。窓口で成績票を配布するのが今日からで、その日に成績票を取りに行く姿勢がそもそも優れている。70点も上がった学生がいて、もうすぐオーストラリアに短期留学するところ。絵文字を使わなくても、電子メールの文面は踊っていた。
もうひとつ、10月からフンボルト財団からの奨学生としてドイツに留学する、元同僚のFさん。ドイツに旅立つ直前に結婚するという朗報が届いた。銀座のレストランで行う披露パーティに招待された。振り返ってみると、Fさんが大学4年生だった頃から知っている。それこそインターンシップで研修に来たのだが、優秀なのでそのまま研究員として採用された。あのFさんがいよいよ結婚。ドイツでの研究生活と新婚生活を存分に楽しんできてもらいたい。 |
|
| 2006年7月29日(土) |
| 「就活前!しゃべり場〜この秋、あなたは・・・」 |
夏休みが終われば、現3年生はいよいよ就職活動を始めることになる。就職ガイダンスや適性試験などをすでに実施しているが、さぞかし不安だろう。
今日、出身大学の同窓会便りを読んでいて、目にとまった記事がある。それは、津田塾大学・日本女子大学・東京女子大学の3つの女子大学が合同で企画したシンポジウムの案内である。「−次世代に贈るシンポジウム−あのプロジェクトを実現させた女性たち〜3女子大学出身の若手プロフェッショナルが語る〜」と題したシンポジウムだ。なかなか魅力的な企画である。
これに劣らないくらい刺激的なものにしたいと考えている企画を私は学部に提案したばかりだった。言コミの3年生を対象にした行事で、ずばり「就活前!しゃべり場〜この秋、あなたは・・・」である。・・・の部分にはあえて言葉を入れない。それは就職活動をやっていくうちに1人1人の学生が感じる、あるいは後で振り返ったときに思うセリフになるはずだから。
日本経済新聞社に勤務する大学時代の後輩と、『かいけつゾロリ』等の児童書で知られるポプラ社に勤務する姪に登場してもらう方向で話を進めている。この二人は以前からお互いに面識がある。自信は全くないが、私が案内役を担当する。そして、男子学生1名、女子学生1名を「しゃべり場」のファシリテータとして選出したいと思っている。10月初旬に実施するが、はてさて?! |
|
| 2006年7月28日(金) |
| 函館(2) |
「言語理解とコミュニケーション研究会」と専門委員会は、公立はこだて未来大学で開催された。函館駅からキャンパスまでバスで40分程度かかる。う〜ん、遠いなあ。1時間に1本か2本しかバスが運行していない。全く運行していない時間帯もある。学生は大学の近くに住まないと通学は無理だろう。
ガラス張りの校舎にガラス張りの教室。広々としており、近代的なキャンパスである。ガラス越しに見える教室も、コンピュータ機器の設備がかなり整っている。
専門委員会は和やかな雰囲気で進められた。委員長も委員も顔なじみの人が多い。委員長は、十数年前に当時の電子協で一緒のワーキンググループに所属していた人だ。1年に1回程度しか会わないけれど、お互いに十数年前から知っているというのは驚異的だ。
久しぶりに工学系の研究会と専門委員会に参加して、とてもリフレッシュされた。毎日走り回っていた最近の日々から解き放たれた函館出張に感謝することしきり。 |
|
| 2006年7月27日(木) |
| 函館(1) |
電子情報通信学会「言語理解とコミュニケーション研究会」の専門委員をしているが、今まで専門委員会に出席することができたのは1回のみである。授業や入試のために出席できないでいた。今回は定期試験期間が終わろうとしている時期であったため、2年ぶりに参加することができる。
羽田から函館に飛ぶ。函館空港から函館駅まではバスで20分程度。駅近くのホテルに宿泊する。駅の近くを散策していて気づいたことは、数年前に訪れた時よりも街としての賑わいが薄れていることだ。ホテルの人に尋ねると、現在は五稜郭付近が賑わっているそうだ。
夕方、駅から歩いて15分くらいで赤レンガ倉庫に到着する。観光客は少なかったが、それだけに快適ともいえるレストランで函館の地ビールと海鮮料理に大満足。7月21日以来、睡眠不足で出ずっぱりの生活が続いたせいか、ホテルに戻るやいなやベッドに直行。
|
|
| 2006年7月25日(火) |
| インターンシップ:お詫びと依頼 |
ここ1か月半、心を痛めてきたことがあった。同僚の先生方にも相談させていただいていたが、最近では「心配しすぎ。もっと気持ちを楽にもったほうがいい」とまで言われるようになっていた。でも、つらい結論を出さなければならなかった。
午前中、健康上の理由のため学生がインターンシップ研修を受けられなくなったことのお詫びに出向いた。優しい言葉をかけていただき、かえって恐縮してしまった。「研修取り止めということではなく、元気になったら機会がありますよ」とまで言って下さった。知り合いのS氏には、私の目が潤んでいたのを悟られたに違いない。
午後、気持ちを切りかえて、○○ホテル人事部をゼミ学生2名を連れて訪問した。8月中旬からのインターンシップ研修の説明を受けるためである。他の学校からもインターン研修予定者が来ていた。
ここで大失敗。インターンシップということで気持ちが緩んでいたことは否めない。人事部の方から「当ホテルの客室総数は?当ホテルのレストランの名前は?」と質問され、他から来ていた学生も含め誰も答えられなかった。私は「抜かった!」と思わず心の中で叫んだ。私とても後者の質問にしか答えられない。
説明を受けた後、大学に戻り、明日・あさってと予定されているインターンシップ事前発表会で発表するゼミ生を研究室に集め、発表内容のアドバイス。5月の連休明けからかなりのエネルギーを費やして開拓したインターンシップ受入先。すでに議員インターンシップを実施している学生が1人いるが、他のインターンシップに関しては、いよいよそれぞれの現場に赴こうとしている。
国会議員インターンシップ、○○ホテルインターンシップ、○○市役所まちづくり課。数名ではあるけれど、私の3年ゼミ生にとってはチャレンジングな夏休みとなる。
|
|
| 2006年7月24日(月) |
| 学年色 |
前期に私が担当している科目の定期試験は今日に集中している。2限目と3限目が試験。
3限目は週に3コマも顔をつきあわせていたクラスの試験だったためか、試験終了のチャイムが鳴っても数名の学生が教室に残って話しかけてくる。こういうことは、学部開設3年目にして初めての経験である。残っているのが男子学生ばかりというのも面白い現象。後期のクラス分けのことに話題が集中する。
長話をするわけにはいかないので適当なところで皆で教室を出てエレベーターに向かうと、なんと2人の男子学生が私達を待ち受けていた。「先生、今回の試験、やばいっす。。。」と心配そうな顔で話しかけてくる。「そう言われても困るっす」と返答したい気持ちをぐっと抑えて、「大丈夫よ、きっと」と笑顔で励ます。
そういえば、このクラスの男子学生は私によく話しかけてきた。何人もの学生が一斉に違う内容で話しかけてくるので(ひょっとするとわざと?)、「1人ずつにして」と指示を出したものだ。女子学生はどうだったか?話しかけてくるより電子メールで頻繁に連絡してきた。これは、クラス色というより学年色だろうか。「英語学概論」のクラスでも男子学生が授業の後に残って話しかけてくることが多かったからだ。
|
|
| 2006年7月23日(日) |
| いたばしボローニャ子ども絵本館 |
私のゼミ生のなかに、「絵本」について卒業研究で扱いたいと思っている学生がいる。外国の絵本と日本の絵本の違いや絵本が子どもや大人にもたらす効果に関心があるらしい。まだまだ漠然としているが、夏休みに絵本に関する文献を読むことにしているようだ。
インターネットで検索して、「いたばしボローニャ子ども絵本館」を知った。世界の絵本が数多く展示されており、毎月1回、「世界の絵本おはなし会」が開催されている。今月は、フランスの絵本を紹介してくれることになっていた。
この情報をゼミ学生に事前に知らせておいたが、1人で絵本館を訪ねるかどうか。。。。(親バカと言われそうだが)甚だ不安だった。それで、私も一緒に絵本館に行くことにした。
「いたばしボローニャ子ども絵本館」は、元は小学校だった建物を利用して開館している。アラビア語で書かれた『アラジンの魔法のランプ』が入口近くに展示されており、この絵本を見て子ども達は何を想うのかしら。。。と、ふと立ち止まって思いを巡らす。そして、昔は子ども達で賑わったであろう教室を使って、ボランティアの方々による「世界の絵本おはなし会」が開催された。
1時間という短い時間ではあるが、ボランティアの方々による絵本や紙芝居の語りはとても魅力的だった。このような絵本館が身近にあると、子ども達は通いつめることになるのかな。
|
|
| 2006年7月22日(土) |
| 試験監督 |
TOEFLの試験監督は疲れる。定期試験期間中であるが、土曜日に言コミの全学生を招集して受験させる。この成績が1・2年生の後期のクラス分けに影響する。この成績だけでクラス分けをするわけではないが、半年間にどのくらい英語力が向上したのかを測定する機会でもある。
試験に立ち会うことは予定されていたが、主監督であることは実施30分前の昼休みに知った。午前中の会議が長引き、昼食をとる時間もなく試験監督に向かう。大げさかもしれないが、試験の流れのイメージトレーニングを即座に行う。監督業務の何が大変かというと、実は試験中の細々とした指示ではなく、試験後に問題冊子と解答用紙を収集した時に発生する確認作業とレポートの作成である。
試験の後は、学年ごとに分かれて後期に向けてのガイダンス。定期試験期間中の土曜日にTOEFLを受験させられる学生も大変だろうが、試験を実施・監督し、ガイダンスも行う教員も大変である。
|
|
| 2006年7月21日(金) |
| 情報交換会−カレッタ汐留にて |
私はどうも自分から積極的に名刺を差し出して初対面の人々と親しくなるのが苦手なようだ。明確な目的があり、相手が誰であるかが事前にわかっている場合には何も憶することなく接することができるのだが、そういった前準備・前情報がない場合には途端に内向的になってしまう。そうなりはしないかという予想もしていたのだが、ものの30分間でその場にいることのぎこちなさを感じてしまった。
誘って下さったS先生には申し訳ないので、その場に最後までいて周りの人々とお話をした。学生の就職活動に向けて人脈を拡げておく必要もあるかなと思って参加した情報交換会。S先生の人脈には目を見張るものがあった。いろいろなバックグラウンドを持っておられる方々とのお話は面白い面もあったが、つくづく思った。私の場合には、普段の仕事や生活のなかで必然的に接するようになった方々と時間をかけて関係を築いていくほうが心地よいと。
お洒落なスポット−カレッタ汐留。でも、明日は朝から会議で午後はTOEFLの実施が予定されているため、お洒落空間を探索する余裕もなく帰宅の途に。朝の会議の資料も作成しなければならない。(この余裕のなさ!)
|
|
| 2006年7月18日(火) |
| Beef or chicken? Both! |
2年半ぶりに以前の職場を訪れた。受付周辺や応接室へのアクセスが変わっていた。扉が多く、迷路のような感じもした。
案内された応接室で元上司を待っている間、室内を眺めながら「応接室だけれど会議でよく使ったなあ、この部屋」としみじみとする。かつて社員として頻繁に利用した部屋に「外部からの客」として足を踏み入れる気持ちは言葉ではうまく表現できない。2年半前に私はここを去ったのだということを再認識した。
打ち合わせの後、会社の近くにある小さなイタリア料理のお店で元同僚達と夕食をともにした。そのお店は何も変わっておらず、ほっとする空間だった。今回はあまりお酒を飲まないようにと語り合いつつも、気がついたらワイン3本が空いていた。元同僚達が合流するまで、元上司と私はスパークリングワインを飲んでいた。私のシャンパン好きを覚えてくれていたのか、あるいはたまたまなのか、(このお店にはシャンパンは置いていないので)「最初はスパークリングワインで乾杯だよね!」と即座に注文してくれた。
ワインとお料理を堪能しながら、次に注文するお肉料理について話し合っていた時、飛行機の中で聞かれる表題の有名なフレーズに関し元同僚の1人が言った、「両方がいい!」「知り合いの運動選手は、飛行機で移動する時に機内で聞かれたら両方!って答えるそうよ。頻繁には使えないらしいけど」
|
|
| 2006年7月16日(日) |
| 教養は一生もの |
土曜日の夜。眠れないのでテレビをつけたら、東大駒場の大講堂で、爆笑問題の二人が熱く語っていた。再放送番組のようだったが、内容が面白く、番組の最後まで(午前3時まで)観てしまった。200名を優に超える新入生と教養学部の先生方を前にして、『真の教養人とは』と題してのシンポジウムだった。
爆笑問題の太田氏が熱弁をふるう。もちろん、笑いもとる。「鋭いな!」と思わずにはいられない発言も多々あり、すっかり目が覚めてしまった。司会の小林先生が持っておられる雰囲気も心地よかった。その小林先生が太田氏との応酬のなかで「教養は一生ものだから」とさりげなく言い切った。おそらく聴き取れなかった視聴者もいるのではないかと思うほどさりげない話し方だったが、それでいて力強さがあった。
このシンポジウムに参加されていた教養学部の先生方が口を揃えて話された。「研究は楽しい!」と。
|
|
| 2006年7月14日(金) |
| Tea Party |
今日から定期試験期間に突入。1年生は全員、2限目に英語の試験があった。今日はこの1科目のみ試験という学生も多かったに違いない。
そして、私が担当したクラスの学生のうち参加できる人のみ、午後3時に大学近くのレストラン「馬車道」に集合した。中間試験が終わった頃に、前期の授業も折り返し地点を過ぎたから「ティーパーティ」でもしようかと話には出ていたものの、私も学生も時間に追われ、結局、定期試験初日の午後に実現できた。22名中16名も集まったので、昼下がりのお客さんが少なくなった時間帯とは言え、ずいぶんと賑やかな集団だったに違いない。ソフトドリンクバー(飲み放題)とケーキバー(プチケーキ3個まで)で盛り上がった1時間半。
大学1年生という若さ、明るさ、活気、エネルギーを感じながら、彼らが新入生として入ってきてからの3か月間をしみじみと思い返す。ゼミ以外でこうしたパーティを開くのは他の大学ではあまり見られないことかもしれない。
|
|
| 2006年7月12日(水) |
| 前期の担当授業終了 |
全学的には明日で前期の授業が全て終了するが、私の担当授業は今日で終わった。体調をくずしていたこともあり、3限目終了のチャイムが鳴った時には「最後までできた」「無事に終了した」という二つの気持ちが混じり合った。
最後の科目は「英語学概論」だった。週に2回の授業で、2回目の時に「目からウロコ」用紙を出席票を兼ねて配布し、その週の授業内容を振り返って記載してもらった。「目からウロコ」は押しつけがましいかなとも思いつつ、それでも2回の授業を振り返ってもらう時間を設けたかった。そして、受講生が記入してくれた内容に見られた共通点とバリエーションはとても興味深く、来年度の授業に繋げられるのではないかと考えている。
最終回の授業でも、普段と変わりなく「目からウロコ」の内容を記載してくれた受講生が多かったのだが、「一学期間、有難うございました」や「もっと英語学概論を勉強したかった→ウロコ3000枚」という記述もあり、こちらこそお礼を言いたい気持ちになった。
「目からウロコ」のランキング結果と学生からの授業評価を参考にして、近い将来、言コミオリジナルの教科書を作成したいと思っている。後期に「英語学概論」を担当されるお二人の先生方ともアイデアを出し合って。
|
|
| 2006年7月8日(土) |
| 還暦のお祝い |
昨日は七夕。願いごとは?
N先生の還暦をお祝いする会の案内状を受け取った。N先生が還暦を迎えることは以前から知っていたが、そのお祝いの席にお招きをいただけるとは思っていなかった。私の自宅から歩いて3分くらい、走れば45秒くらいのところに住んでいらっしゃる、私が尊敬してやまない先生のお一人である。
こんな表現を使うと怒られそうだが・・・N先生は私にとって親分のような存在であると同時に、教育という仕事に対する熱意では今一番手強いライバル的存在である。いつか、本当に縁があるとしたら、一緒に働かせていただきたいとも思っている。
今年1月にお会いしてからはお目にかかっていないが、今夏も集中講義でお忙しいに違いない。体調を早く元通りにして、私も本来の自分らしく活動しよう。
|
|
| 2006年7月6日(木) |
| びっくり薬局 |
実は、夏風邪をこじらせているだけではなく、もうひとつ辛い症状と苦闘していた。これはまずいと、インターネットでクリニックを探して両方を診てもらえるところを見つけて出かけた。定期検診で利用している大学病院に出かけるには時間がかかりすぎるし、そこまでの体力もなかった。
一通りの診断を終え、予想通りの結果となった。風邪の方は声帯炎だと言われた。「喋らないように」というアドバイスだったが、教員だから喋らないわけにはいかない。両方の病気に効き目があるようにと抗生物質が処方された。
奨められた薬局に処方箋を持って行った。処方箋を手渡すと、その薬局の経営者らしき女性から「あら、○○クリニックの患者さんね。ちょうど良かったわ。このコンサートのチケットを差し上げますから是非出かけてみて。あの○○先生のトロンボーンの演奏はそれはそれは素晴らしいのよ。自由席だから会場にはお早めに」と立て板に水のごとく。その勢いというか調子に割り込む余地もなく、コンサートチケット(招待券)が私の手の中に。薬剤師より営業に向いている女性だなと心の中で呟きながらも、彼女の勢いになすすべもなく負けてしまった自分がおかしかった。体力がない時は致し方ないか。。。
でも、何か言わないと気がすまないというか、言いなりでは虚しすぎると感じたので、出にくい声で言った。「じゃあ、あと1人、家族の分もいただいていいですか」。..。。 |
|
| 2006年7月5日(水) |
| 声が出なくなった |
3日の月曜日も調子は良くなかったが、それでも授業ができた。(金曜日より悪化しているというコメントが学生からあったが。)
そして、ほとんど声が出なくなった。学生に本当に申し訳なかったが、絞り出すようにして授業をした。健康体で授業にのぞむことがいかに大切であるかを思い知らされた。電話もかけられず、文字情報だけで用事を済ました。 |
|
| 2006年7月1日(土) |
| 人でごった返す都心 |
自宅で休養したかったが、どうしても出なければならない会議のため、お昼に大学に向かう。昨夜はたっぷり睡眠をとった。その代わりに、会議用の宿題ができておらず、電車の中で考えるはめに。池袋駅からは座れるだろうから、そこから30分間が正念場となる。
今日から7月。新宿駅に着いて驚いた。何たる人混み。異常を通り越した人の数。それでなくても暑い日なのに、人混みを見ただけで暑さが何倍にもなる。(私もそのうちの1人には違いないのだが)
今日から夏のバーゲンが始まったからだろうか。確かに、デパートの大きな紙袋を持った人が足早に歩いている。今、体が弱っている私には、そのエネルギーがまぶしくもあり、うっとおしくもあった。
新宿から池袋に移動し、新たな人波に遭遇しつつも電車に乗り込み、座席を確保。あと30分で宿題を終わらせよう! |
|
| 2006年6月30日(金) |
| 這うようにして出講 |
3年目にして初めての休講か?! 昨夜、熱がどんどん上がり、眠れず、「これは休講にするしかない」と唸りながら朝を迎える。1限目から授業がある日は午前4時半起き。ほとんど眠れなかったが、気になって起き上がる。フラフラしながら、「あの資料を配付しないと。。。授業評価アンケートもしないと。。。」と自分に言い聞かせ、大学に出た。こんなとき、片道2時間余りの通勤はあまりにも辛い。研究室に到着したら、椅子に倒れ込んだ。
2コマ連続の授業を何とか終えた。学生からは「休講にして休みなさい」と連呼されるも、「嫌だ」と突っぱねる。「我ながら根性ある!」と思った。あとは、2年生と約束している面談のみ。3限目が終わったら訪ねてくるという約束だったのに、「少し、遅れます」とメールが届くものの午後3時30分になっても来ない。
かくして、3年目の休講はなかった。そんなことよりも、早く元気になりたい。
|
|
| 2006年6月25日(日) |
| 学びフェア−無事終了 |
どうせ担当するなら、模擬授業は午前中にさせてもらいたいと思った。人の動きはある程度読めていたが、昼食後の授業に参加する高校生は少ない。昨夏のオープンキャンパスの時も午後からの模擬授業を担当したが、やはり参加者は多くなかった。
とは言っても、午後の部を担当する教員も必要である。もし、午前中に(同じ学部で)複数の授業を同時開催したら、参加者はどういった授業を好むのだろうか。英語母語話者による授業に集中するのだろうか。きっと、そうだろう。
今年も8月末に実施されるオープンキャンパスで模擬授業を担当することになっている。学びフェアと同じ内容はやらないと決めた。 |
|
| 2006年6月24日(土) |
| 微熱 |
明日は「学びフェア」で模擬授業をしなければならないのに昨日から微熱が続いている。実は、喉も痛くて声が出にくくなっている。教員になってから健康管理には気をつけてきたはずなのに情けない。月曜日の授業の準備もしておかなければならないことを考えると気ばかりが焦る。
3年のゼミ生2人、1年生3人に授業アシスタントをたのんでいる以上、明日は向日葵を思わせるような明るさと元気さで顔を出さなくてはね。大学を訪ねてきてくれる高校生を笑顔で迎えないとね。
こう自分に言い聞かせながら、、、今夜は早めに就寝しよう。
|
|
| 2006年6月23日(金) |
| 人生学概論? なるほどね! |
英文ライティングの授業で、'a good wife'や'a good husband'はそれぞれどんな事をしてくれる人かを書く練習問題があった。なかなか面白い回答が返ってきた。こういう練習問題をすると、「じゃあ、先生の考えは?」と問われることが多い。
そこから結婚についての話にまで展開していった。後で振り返ると恥ずかしくなることもあるが、私は真面目に答えることにしている。学生に話をすることで、自分の考えに逆に驚かされることもある。そして、さらに驚くことがある。それは、こういう話をすると学生の視線が一斉に自分に向けられ、神妙な顔で聴くということ。
授業が終わる時、学生の1人が呟いた。「大学で『人生学概論』という講義はないものでしょうか。50単位分の講義!」
|
|
| 2006年6月17日(土) |
| 推して知るべし |
ゼミの学生に言おうと思ったことがある。それは、会社説明会で企業の方々が使われる表現をしっかりとメモするようにということだ。仮に、「我が社では女の子が活躍していて、〜〜課の課長は弱冠○○歳の女性です」という話を聴いたとしよう。女子学生はどう思うのだろうか。この会社は女性の活用が進んでいそうだから職場として選ぶにはいいかもと思うかもしれない。
しかし、上の例の場合、「性別や年齢に関係なく働きがいのある職場」と言うだけで十分だ。職場で女性社員を実際に「女の子」と呼んでいる、あるいは無意識のうちに「女の子」扱いしている可能性がないか。自分の職場になるかもしれない企業なのだから客観的に観察・分析する眼を持つ必要がある。 |
|
| 2006年6月15日(木) |
| さらに1,000部重版 |
大修館書店から、既刊書『第二言語習得研究の現在−これからの外国語教育への視点』を第3刷として1,000部重版するという連絡を受け取った。刊行部のMさんとは「時間ができたらお食事でも」とお互いに話しつつも、なかなか時間がとれない。
最終の編集作業に追われていたのは二年前だが、今となってはなつかしい思い出だ。雨の音を聞きながら、久しぶりに担当章を読み返すことにしよう。
|
|
| 2006年6月14日(水) |
| 隙あらば勉強したい |
まいったな。タイトルのことばは、ある1年生が出席票の欄外に書いたメッセージだった。
約50人が受講しているその講義科目で、彼は学期の初めから前の方に座り、熱心に話を聴いていることは教壇からも明らかに見てとれた。その彼が、謝罪のメッセージを出席票に書いていた。部活とアルバイト、そして道場通いで1週間の全てが埋まっているそうだ。そんな時間のない生活の中で、英語力をアップするために自分でメニューを決めて自習しているらしい。
今日の私の講義中に内職をしてしまったことを告白し、謝罪していた。「隙あらば勉強したい」という気持ちでいっぱいの毎日で、ついつい内職してしまったらしい。つまり、今日の授業で、私は「隙」を与えてしまったということだ。
「隙あらば勉強したい」などと漏らす学生にはこれまで出会ったことがなかった。授業終了後、やけに出席票を出すのが遅いなと思っていたら、、、出席票を受け取った時、ショックと感動が交錯した瞬間だった。
|
|
| 2006年6月11日(日) |
| 人の痛みがわかること |
今朝、外部のS先生から「1人で頑張りすぎないようにして下さいネ」という暖かいメッセージをいただいた。
自分がいかに忙しいか、自分がいかに大変な状況にあるか、といったことを主張する人が多いのに驚かされる。そういうことは本当に必要な時以外には言わないほうがましだ。「恰好をつけて」と言われるかもしれないが、前向きに生きた方がいい。
誰しもが忙しく暮らしている現代にあって、常々思うことは、もっと大変な目に遭っているであろう他人の痛みをわかってあげる人が本当に少なくなっていることだ。
S先生は、1年に330日を超えて働かれている女性。日本中を飛び回っている。そんなお忙しい先生から暖かい言葉をいただくと、自分の器がまだまだ小さいことを思い知らされる。
語らないことがいかに多くのことを語っているか−そんなこともちょっと考えてみては。
|
|
| 2006年6月10日(土) |
| MPMeister |
2004年3月まで勤務していた企業の元同僚から「MPMeisterフォーラム2006」の開催案内を受け取った。MPMeisterは、PowerPointスライドを使ってプレゼンテーションをすると、終了後すぐにウェブで発信できるコンテンツを作成してくれるソフトである。
私が勤務していた時にすでに開発されていたが、その後の機能改良と機能追加を経てパワーアップしたようだ。フォーラムが開催される日は、実は前期授業の最後の日で、午後3時までは大学を出られない。それから東京ドームホテルに駆けつけて、お客様事例と懇親会に参加というところか。その時に、2年ぶりで國井所長にお目にかかれるだろうか。
今考えていることが全てうまく運んだとしたら、来年の夏に東京国際大学で L2
Writing and Technology と題した国際シンポジウムを開催できるかもしれない。その時に、MPMeisterの協力を得られたら。。。と。 |
|
| 2006年6月5日(月) |
| Backstreet Boys |
1年生に "My Favorite 〜" でパラグラフを書いてくることを宿題にしたら、〜の部分には米国人俳優、スポーツ選手を挙げた2、3名以外は全て歌手だった。音楽を聴くのが好きと普段から言っているので予想はしていたが、作家をあげる者が誰もいないのは正直寂しい。これが、今の若者?
どういうところが好きなのか。貧しい幼少時代から今の人気を得るまで必死に努力してきた過程、歌詞に共感を覚える、落ち込んだときに元気づけてくれる等々。
しかし、彼らが聴く音楽は結構いい。ゴールデンウィークの直前に3年のゼミ生と食事会をしたが、食事会のあとにカラオケに連れていかれた。その時、男子学生が英語で歌ったBackstreet
Boysの曲がとても印象的だった。なんといっても歌詞の英語がわかりやすい。かくして、私は、ベストアルバムを買い、聞き惚れている−
I Want It That Way − As Long As You Love Me − ...
学生から提出されたパラグラフには、「すごくいいから先生も Linkin Park を聴くといいですよ」と英語で書かれていた。「フィードバックを書くために、このグループのことをWebで調べたわよ」と話したら、「えっ、わざわざ調べてくれたんですか!」とニコッとして驚いていた。教員たるもの、そこまではやりますよ。
|
|
| 2006年6月3日(土) |
| 自己発見ノートに想う |
私のゼミ(3年生)では、月末に「自己発見ノート」を集める。「大学3年になってまで、そういうのはないんじゃない?」と思う人もいるかもしれない。
普段の生活のなかで感じたこと・考えたことを、書きたい時に書けばいいということにしている。提出してもらったノートには私が感想やコメントを書き入れて返却する。
私は、企業に勤務していた時、職場における「パワーポッタートップ5」(「パワーポイント使い」をハリーポッターにひっかけて言ったもの)の中には入っていたのではないかと思っている。何も原稿がない状態からパワーポイントを使って資料を作らせたら、速さでトップ5入り?
どうしても企画部のベテランには負けてしまうが、研究員としてはかなり頑張っていた方ではないかと思う。その名残か、自己発見ノートへのコメント書きは、かなりのスピードで一気に書き込む。ノート1頁分くらいになるものも多い。
それよりも何よりも、こうしたノートを読むことでわかることは、学生が今どんなことを考え、どんな悩みを持っているのかということだ。意外な一面を垣間見ることも多い。自己表現力もできてくる、少しずつ。
週に1回のゼミでは難しい、ちょっとした心の交流もノートを通して実現できる。
|
|
| 2006年6月2日(金) |
| 学びフェア2006 |
6月25日(日曜日)に第1キャンパスで学びフェアが開催される。事前通知もなく「模擬授業を担当する教員として資料を提出して下さい」と連絡を受けた時は驚いたが、担当することが決まった以上は「やることはやる!」に尽きる。
言コミからは3人の教員が模擬授業を担当する。文章に首尾一貫性が求められるのと同様に、3つの模擬授業にも一貫したスローガンが欲しかった。他の2人の先生方と相談してスローガンを決めた−学ぶ英語から活かす英語へ−。言コミだけのワークシートも作成した。費用を抑えるために、ワードで作成した文書を両面印刷し、二つ折りにする。各模擬授業の内容を紹介しているが、大切にしたいのは各授業に参加した高校生に授業を通して考えてもらうことだ。そのために、質問を用意し、「あなたの考え」を書いてもらう欄を設けた。
私の模擬授業はCALL教室で実施する。授業の最後にコンコーダンスツールの紹介を行うことを考えていたが、先日、補助をしてくれるゼミ学生と相談した結果、「コンコーダンスツールの面白みを短時間でわかってもらうのは無理がある、それよりも授業で使用している「サッと英作」を体験してもらう方が効果的である」という結論にいたった。
担当教員の似顔絵つきの授業内容は、東京国際大学のホームページからアクセスできる。ちなみに、私の授業は「日本語も英語も自分のことばで」というタイトルである。
|
|
| 2006年6月1日(木) |
| プチ不調 |
大学の後輩で、議員インターンシップでお世話になっているKさんの妹さんがNHK教育テレビで放送の『おしゃれ工房』に登場した。Kさんもさることながら、妹さんもパワー全開。
妹さんは医師で、大学の研究機関で医局長として勤務されている。番組では、「健康美人」を目指せ!と題して、ストレスの多い普段の生活で感じるプチ不調をそのままにしておくと危険であることが強調された。また、不調を改善するための方法も紹介してくれた。
誰もがプチ不調に悩んでいるのではないだろうか。体が悲鳴をあげている兆候としてのプチ不調。侮ってはいけない。
|
|
| 2006年6月1日(木) |
| 議員インターンシップ |
恥ずかしながら初めて国会議事堂の中に入った。衆議院議員会館から議事堂に向かう地下の通路を歩いていたら、「この声には聞き覚えが。。。」と思ったら田中真紀子議員が立ち話をしていた。議事堂の中を案内していただいていたら、ある委員会が終了したらしく、小沢一郎党首が会場から出ていらした。
このたび、私のゼミ生1人が国会議員の議員事務所で秘書インターンシップを体験させていただくことになった。衆議院議員会館に足を踏み入れるのも初めてのことで、挨拶に連れて行った学生同様に私も緊張した。
国会が閉会すると議員会館は一挙に人が減り、閑散とするらしい。初めて経験することばかりのインターンになるだろうが、最後まで頑張ってほしいと思う。しかし、ここまでたどり着くまで大変だった、この一ヶ月。
|
|
| 2006年5月31日(水) |
| Prof. Matsudaによる講義・講演会 |
朝8時に最寄り駅のホームで待ち合わせをしてから夜の10時半まで、Prof. Matsudaにお世話になってしまった。
午前中のゼミでの講義、午後の「英語学概論」での講義、そして夕方からの講演会。これだけのスケジュールをこなして下さった。長い1日であったに違いない。
学生や同僚の教員に講義を聴いてもらいたいという気持ちもさることながら、「1日で吸収できることはできるだけ多く吸収したい」というのが私の最大のモチベーションだった。今頃、Matsuda先生はお疲れで熟睡されていることだろう。
10月に中京大学で開催される国際会議で再会させていただきたいと思っている。 |
|
| 2006年5月27日(土) |
| 慣れからくる錯覚よ |
久しぶりに観たテレビで松本幸四郎の話に聞き入ってしまった。「ラ・マンチャの男」を演じ、「勧進帳」の弁慶を演じる松本幸四郎は魅力的な人だ。
歌舞伎で月に25日同じ役を演じていると段々とうまくなっているのではないかと思った時があるそうだ。その時、女形の先輩に「違うわよ、下手になっていっているのよ、本当は。うまくなっていると思うのは慣れからくる錯覚よ」と言われ、ハッとしたそうだ。この逸話を聞いて、私もハッとした。
何事も奢ってはいけない。謙虚であり続けることがさらなる成長に繋がる。
さらに、松本幸四郎は言う、「素晴らしい歌というのは、歌手の声がいいとか声量があるということではなく、聴いている人が歌いたくなるような歌。素晴らしい踊りというのは、踊る人の上手さではなく、見ている人が踊りたくなるような踊り。」
2年前からの私の問い、それは「素晴らしい授業というのは?」
|
|
| 2006年5月24日(水) |
| 女性専用車 |
もっと早く利用すれば良かった。2週間ほど前から女性専用車両を利用するようになった。
私が通勤に使っているのは小田急線だが、いつ乗車しても混雑していることで有名だ。朝6時過ぎに乗車しても混んでいる。小田原から来るからか。
満員を通り越して命の危険を感じることもある。それで、女性専用車両を利用することを考えた。今までは、ホームの端まで移動するのが面倒で乗り換えに都合のよい車両に乗車するようにしていたのだが、次の電車が来るまでに少し時間があった日に試しに女性専用車に乗車してみた。混雑していることに変わりはないのだが、それでもどことなく安堵感が漂う。
一度体験して以来、ホームの端まで移動する時間がある時は女性専用車両を利用している。ある日、女子高校生が「わあ、本当に女性しか乗っていない!」と感動の声をあげた。その時、「同感!」と私も心の中でつぶやいた。 |
|
| 2006年5月20日(土) |
| 希望学 |
米国の社会学者マーク・グラノヴェッターによる論文『The Strength of Weak
Ties』をいつか授業で輪講したいと思っている。4月に演習の授業で少しだけ紹介はした。今から4年ほど前に、東京大学社会科学研究所の玄田先生から「weak
ties」に関してお話を伺って以来、ずっとこの仮説について考えている。
実際のところ、日々の暮らしの中で、「weak ties」の力を思い知る機会は多い。今、その力を最高に感じているといってもいいだろう。具体的なことは、後日、報告させていただくとして。。。久しぶりに玄田先生のホームページにアクセスしてみた。
『希望学』(中公新書ラクレ)の編著者としての実績が記載されていた。20代から40代の男女900人に、希望についてのアンケートを実施し、その分析結果が同書で報告されているとのこと。
希望とは何か。東大社研の希望学プロジェクトのサイトで、今年2月に『アエラ』に玄田先生が寄稿した記事に関する情報を得た。ご一読あれ。
|
|
| 2006年5月14日(日) |
| 実現力 |
夕食の時にあれこれ話して、行動力・実行力の上に「実現力」が求められることで意見の一致をみた。
実行しても当初のもくろみを実現できないこともある。いかに実現するか。情熱や戦略だけで実現できるものなのか。
|
|
| 2006年5月13日(土) |
| 行動力・実行力 |
最近の我が家の話題は、行動力と実行力の違いは何かということである。
「私には行動力があります!」あるいは「私には実行力があります!」と自己PRをするとしたら、あなたはどちらを選ぶだろうか。もちろん、「私には行動力も実行力もあります!」と強く主張することもできる(→このほうが自然な表現にも思えるが、その2つの違いは何ですか?と逆襲されることも覚悟の上で主張する必要がある)。
おそらく、実行力よりも行動力のある人の方が多いのではないだろうか。あまり深く考えずに行動を起こすことはできるが、何かを実行するとなるとそれなりの準備が必要である。そして実行するには行動力が必要となる。
大学3年生ともなると、インターンシップの経験は今年の夏休みまでと限定されるだろう。今、ゼミのメンバーの背中を押している。そして、私自身は教員としてインターン先の開拓を「実行」している。
|
|
| 2006年5月11日(木) |
| 書評 |
今日、『英語教育』の最新号(6月号)を受け取った。3月末に依頼されて書いた「書評」をあらためて読み返してみる。
私が前期に担当している「英語学概論」では、英語のambiguous sentenceの例を調べてくることをゴールデンウィーク中の宿題に出していた。インターネットで調べてもよいし、大学にいる英語母語話者にインタビューをしてもよいという条件を与えていた。受講生の1人がイングリッシュ・ラウンジにいるジョン(英語母語話者)にインタビューをしたところ、"Mary gave the present to John."と "Mary gave John the present." とでは意味的に違いがあることを教えてくれたのだそうだ。
担当教員の意図は1つの英文に複数の意味解釈が可能な例文を見つけてくることだった。が、上記のような例を持ってきてくれると嬉しくなって補足説明をした。この内容は、書評を書いた『スタンダード英文法』にも記載されているため、同書を受講生に紹介した。
「英語学概論」の受講生はこの4月に入学したばかりの1年生だが、『スタンダード英文法』を買いたいと授業後に私に駆け寄ってきた学生がいる。
|
|
| 2006年5月5日(金) |
| シクラメンが咲いた! |
2004年12月。その時にリーディング/ライティングを教えていた1年生の男子学生達から白いシクラメンの鉢植えをもらった。少し照れくさいけれど、私への誕生日プレゼントだった。そのシクラメンは、12月から3月まで白い花を次々と咲かせ続けた。
しかし、昨年の冬は花が咲かなかった。
今朝、気がついた、白い花がたくさん咲いている。えっ、この時期にシクラメン?!不思議には思ったが、それよりも感動のほうが大きい。土の中で1年余りの間静かに蓄えていたエネルギーを、この時とばかりに発散させたのだろうか。白い楚々とした花だけに、その抑えた生命力を感じずにはいられない。この抑えた生命力こそ、今の私に必要なものであると思った。
今は3年生になっている男子学生達に今朝の感動をメールで知らせた。
|
|
| 2006年5月2日(火) |
| あなたならどう対処する? |
3月初旬に人間ドックを受けたにもかかわらず、その結果が届かない。通常は、受診して3週間以内に結果が郵送されてくる。そこで、先週、クリニックに電話を入れて確認してみた。電話に出た人は、3月20日に郵送したという記録が残っていますが。。。と言葉を濁す。ひとつだけ念を押して郵送してもらうことにした−今回の人間ドックでは、私と同姓同名(漢字も一緒)の人がいたので、くれぐれもその人のデータと間違わないようにということだ−。
今日、結果を受け取った。その資料の中に、見慣れないカードが入っていた。今までの検査データが記録されたカードで、携帯することで緊急時に医師がそのカードのデータを見ることができるようにという意図で作成されたものらしい。ところが、である。私が受け取ったカードに記載されているのは別の人の名前である。クリニックに電話を入れると、「申し訳ありません。返送用の封筒を送らせていただきます。お客様のカードも同封しておきます。」
もし、私の名前が記載されたカードが送られてきていたとしても、「同じ日に受診した同姓同名の人のデータとは違い、私のデータである」という保証はカードの内容にアクセスしないかぎりわからない。アクセスして、もし私のデータでなかったとしたら、私は他人の個人情報を見てしまうことになる。
そもそも、このようなカードを作成することは聞かされていない。人間ドックを受診したときに承諾を得る手続きが必要ではなかったか。そして、普通郵便でこの種のカードを郵送するとは。患者さんを間違えて手術してしまったというニュースを聞いたことがあるが、今回の経験で「そうしたことは起こりうるかもしれない」と強く思った。もし、自分のデータだと思っていたが実は同姓同名の別人のデータが格納されたカードを私が携帯していて病院に担ぎ込まれたとしたら、カードの内容だけを見て違う血液型の輸血をされることにもなりかねない。 |
|
| 2006年4月30日(日) |
| 3年目のトンネル |
これまでの2年間は、新しい学部で教員という新しい仕事に就いたということで余裕もなく日々を暮らしてきたのかもしれない。3年目に入り、少し落ち着いて物事が見えるようになったためか、精神的にトンネルに入り込んでしまった感がある。学生の言葉を借りれば、「へこんでいる」状態とでも言えようか。
私にしては珍しい状態とも言えるが、明かりが見えてくるまで自分なりに考えながら進んでいくしかないようだ。同僚から「まじめすぎるから」と最近言われたけれど、これがマイペースだから仕方がない。
しかし、教員である以上、笑顔と元気な声を絶やすわけにはいかない。辛いですねぇ。
|
|
| 2006年4月23日(日) |
| Looking forward to meeting with Prof. Matsuda |
Matsuda先生は、いつ睡眠をとっておられるのだろう?TIUでの講演の内容を確定するために電子メールでやりとりしているが、「えっ?!」と思わずにはいられない時刻に返信を受け取る。どうも夜型の先生であるらしいことはわかってきたが、それでも米国の現地時間を確認せずにはいられない。
5月31日にお願いする講演の内容が決まり、ウェブ上の情報を更新した。乞うご期待! |
|
| 2006年4月21日(金) |
| オレゴンからの便り |
2月初旬、言コミ学生数十名(現2年生)がオレゴンに旅立った。再会できるのは10か月後である。そのうちの1人が私宛の手紙を成田空港まで見送りに来た同級生に預けたそうだ。このことを知ったのは旅立って1か月が過ぎた頃だった。かといって、手紙を届けてもらうだけのために大学に呼び出すわけにもいかない。
その手紙は2か月後の4月上旬に私の手元に届いた。Yさん、心温まる手紙、ありがとう。
オレゴンでの留学生活を始めて2か月。最近、時間が経つのが早くて焦ってしまうという電子メールももらった。それでも、とても元気で楽しく暮らしているようだ。留学生活を思う存分楽しんでもらいたい。10か月後の彼女の姿をあれこれ想像するのも楽しい。 |
|
| 2006年4月20日(木) |
| カラスとの闘い |
私が住んでいる市が決定したことだが、昨年の10月から、燃えるゴミは有料の専用袋に入れ、自宅前に出すようになった。幸運にもこれまでカラスにゴミを狙われて悲惨な状態になることはなかった。ところが、最近、カラスに狙われるようになった。ということを、恥ずかしいことに、郵便受けに入っていた近所の人のメモで知った。
ごく最近のことらしい。なぜ気がつかなかったのか。それは、夜、自宅に戻ってきても、門扉の周辺はいつも通りの状態だったからだ。義理の母は、歩行が困難なため外に出られない。つまり、カラスの被害に遭った時、近所の人が掃除をしてくれていたらしい。メモにはそんなことは何も書いていなかった。メモを下さった方も誰だかわからない。
今週の月曜日、母がインターフォン越しに「ゴミがカラスに狙われ、悲惨な状態です。後で片づけに来ますから」と誰かに言われたそうだ。母が何とか頑張って門扉のところまで出ていくと、すでにゴミは片づいていたそうだ。少しだけ後片づけをしていると、若い女性がやってきて、「お足が悪いのに出て来られたのですか。幼稚園に子供を預けてきてから掃除をしようと思ったのに、もう片づいてしまいましたね」と声をかけられたそうだ。つまり、もう1人、名前もわからない近所の人が掃除をしてくれたということになる。この住宅地の民度の高さたるや、驚くべきことだなぁ。
恥ずかしい事件である。いくら最近のこととはいえ、知らない間に掃除をして下さった方々になんてお礼を言ったらよいのか。今朝は対策を施してゴミ袋を出した。今日は私の勝ちだった。 |
|
| 2006年4月15日(土) |
| 郵便局のような研究室 |
昨日の私の研究室は、まるで郵便局。教科書の献本数冊、新刊本の献本2冊、『英語コーパス研究』の別刷50部、英語de日記のNさんからの小包が一挙に到着。そして授業用の印刷物の山。
お昼過ぎに授業が終わって午後1時から学生への対応で、それが全て終了したのが午後7時頃。そのあと、郵便局のままではいられないので片づけをして来週の授業で使うプリントを印刷し、大学を出たのが午後10時前。帰宅は零時。朝4時半起きだったので、辛い辛い。献本のお礼のメールを書いた後、食事もとらず就寝。眠気には勝てなかった。
さて、いただいた献本を紹介しておこう。富山先生も村野井先生もいいお仕事をされている。見習わなくてはとあらためて思う。私達、大学教員は教育者であり、研究者であり、そして組織人でなければならない。最後の「組織人であること」を忘れてはならない。
富山真知子(編) 『ICUの英語教育』 研究社
村野井仁(著) 『第二言語習得研究から見た効果的な英語学習法・指導法』 大修館書店
|
|
| 2006年4月13日(木) |
| Congratulations! (2) |
ちょうど一年前、奨学金に応募するために「英語母語話者に自分の英語力を評価してもらいたい」と依頼のあった知人から嬉しい便り。フンボルト財団の奨学金を見事にゲットし、今年10月からドイツに1年間留学することが決まったそうだ。
彼は、研究者としての道を着実に歩んでいる。企業に勤務していた時の元同僚(現在は国立研究所勤務)なのだが、いつも私のずっとずっと先を足取り軽く歩んでいるように思われる。専門分野は全く違うけどね。
彼の英語力を評価してくれた言コミのM先生、ありがとう! |
|
| 2006年4月9日(日) |
| Congratulations! |
越後湯沢に行っている間に留守番電話に同じ人から2回メッセージが残っていた。髪を切りに出かけた時に立ち寄ることの多いデパートのOさんからだった。「どうしても直接お伝えしたいことがあります。」
留守電の内容を聞いてとっさに「退職かな?」と思った。今朝、電話を入れるとやはり退職の挨拶だった。彼女とは2004年6月に初めて会った。来週から大学生になるそうだ。おめでとう!
「2年間の勤務で本当に成長させてもらいました」と振り返る彼女の声は、生き生きとしていた。
オリエンテーション旅行から戻ってきたばかりの私だが、この数日間、「成長」ということばと「成長した」若い人達に触れる機会が多かった。このさわやかな経験を、自分自身のエネルギーに換えていこう。いよいよ来週からは授業だ。
|
|
| 2006年4月8日(土) |
| そんなだったら、卒業式の時にどうするの! |
1泊2日の新入生オリエンテーション旅行。場所はいつもと同じ越後湯沢。雪が残っており、本格的な春の到来と言えるようになるには時間がかかりそうだった。
初日の夜に、旅行に同行してもらった2年生・3年生合計10名に、学生生活・英語の勉強の仕方・留学・インターンシップについて各自の体験に基づいて話をしてもらった。会場はホテルの大宴会場で、教員は適当な場所に散らばった。元学科長と私は、部屋の一番後ろに並んで座った。上級生の1人1人が後輩達に素晴らしいメッセージを贈ってくれた。
元学科長と私は涙を抑えることができなかった。彼らが1年生の時にどんなだったかを知っているからこそ、親バカと言われようが、出てくる涙は止まらない。元学科長も私と同じことを思ったに違いない−−教員が育てたのではない。学生達は自分で育っていっている。
一番後ろの席にいたので、周辺にいた教員以外にはわからなかったと思うが、教員の1人から「そんなだったら、卒業式の時にどうするの!」と囁かれた。
|
|
| 2006年4月4日(火) |
| 新入生登場 |
言語コミュニケーション学部第3期生を迎え入れた。
昨夏のオープンキャンパスで会った顔もちらほら。いよいよ新年度の始まりである。 |
|
| 2006年4月1日(土) |
| 桜満開−メモリアルベンチ |
東京国際大学の桜は満開。
2004年12月に急逝された田辺洋二先生とロバート・ワイマント先生を追悼するメモリアルベンチ記念式典が開催された。両先生の奥様方にもご参加いただいた。式典は第1キャンパスの噴水のそばで行われ、その後2つのメモリアルベンチは図書館前に並べられた。それぞれのベンチには、お二人の先生方が生前話されていたことばが英国から取り寄せた真鍮のプレートに刻まれている。
故ロバート・ワイマント先生のプレートには、"Follow your dreams."
故田辺洋二先生のプレートには、"You can do it!"
隣り合った2つのベンチ、左のベンチから右のベンチにプレートを読み進めると、上の2つの表現が繋がる。そう、言語コミュニケーション学部の学生に対する「応援歌」である。そして、教員にも語りかけている。
今日、4月1日は田辺先生のお誕生日であった。
|
|
| 2006年3月30日(木) |
| Mezzotint |
「メゾチント」とは版画技法を表す専門用語である。今月初め、NHK教育テレビ「新日曜美術館」で長谷川潔展が扱われた時に紹介された技法なのだが、思わずテレビ画面に釘付けになるほどの魅力を放っていた。
調べてみると、この技法は17世紀半ば頃に登場。写真の発明以降はあまり用いられなかったようだが、20世紀になって再び注目されるようになった。先の番組では、長谷川潔の代表作が紹介され、その吸い込まれるような気品溢れる黒に感動を覚えた。
今月、私が最も気になったのがこの「メゾチント」であり、俗っぽい表現と言われるかもしれないが、長谷川潔の作品にすっかり恋してしまった。
|
|
| 2006年3月27日(月) |
| 気になる前頭前野 |
NHK教育テレビの番組「脳を鍛える」が終了した。この2月と3月、合計8回の番組であったが、刺激的な内容だった。後期の「心理言語学」と演習の受講生に第1回目の放送が始まる前に情報提供しておいたが、果たして何人の学生がこの番組に興味を持っただろうか。
この番組を観るようになってから脳の前頭前野が気になって仕方がない。何か作業をしている時に、手を休めてふと考える。「今、私の前頭前野はどのくらい活性化していたのだろうか」と。
母は介護保険制度の適用を受けてデイ・サービスに通っている。デイ・サービスの日は同世代の人達だけでなく、若いスタッフや介護実習にひっきりなしに訪れる大学生と接している。会話が溢れている。私が自宅にいる日は、たくさん話すように心がけている。むしろ、私の多弁にうんざりしているかもしれない(笑)。お喋りをする、しかも親しい人と会話をする時の方が前頭前野がより活性化するらしい。
前頭前野を活性化することは、認知症の方々の学習療法としても取り入れられている。講師の川島隆太先生の研究者としてのスタンスもわかった。こういった番組には珍しいことのようだが、「言語と脳」を扱った時の視聴率は高かった。英語を学習するのに日本語の古典を学ぶことがひょっとすると効果をもたらすかもしれない−という川島先生ならではの仮説も飛び出した。
|
|
| 2006年3月24日(金) |
| 『納得の構造』 |
1週間ほど前に開催された研究会で、L1/L2ライティングの研究で著名な小林ひろ江先生のお話をうかがった。お名前は学術誌を通して存じ上げていたが、先生ご自身による講演を少人数でシェアできたのは幸運だった。お話のタイトルは、「L1-L2ライティング間における転移の双向性─修辞的特徴を中心に」であった。先生ご自身によるいくつかの研究課題とその結果について報告されたが、1時間強の持ち時間では足りなかった。学生がこれまでに受けてきたL1/L2ライティング教育の内容がその後のL1/L2ライティング能力の変容にいかに影響を与えうるかをあらためて考えさせられた。
いただいたハンドアウトに記載されていた参考文献をさっそく購入した。『納得の構造』(渡辺雅子著、東洋館出版社)である。副題は、「日米初等教育に見る思考表現のスタイル」である。アメリカの作文指導、日本の作文指導、日米の子どもたちは同じ4コマ漫画をどう説明するか。
前書きの部分を読み始めたときには少し読みづらいと感じたが、読み続けるとその内容に引き込まれてしまう。まだ読み始めたばかりだが、これはお奨めしたい書籍である。
|
|
| 2006年3月20日(月) |
| 理科系に行こう! |
今日の朝日新聞の夕刊に、理工系現場で働く女性の姿を紹介するDVDが作られているという記事が出ていた。「国際女性技術者・科学者ネットワーク(INWES)」の日本事務局が作成している。このDVDは、4月2日に、日本IBM箱崎事業所で女子中高生に公開され、DVDに出演している女性達と実際に話す機会も用意されるらしい。
私は、高校時代は理科系に進学するクラスに所属していた。物理や化学が苦手であるにも関わらず、理系進学を周りから当然のように期待されていた。奥手なのか、自分でも自分のことがよくわからなかった。もし、その時代に、文系でもいい、理系でもいい、自分の将来像を少しでもイメージできるような、実際に働いている人の現場を紹介してくれるようなビデオを見せてもらうことがあったなら、どちらに進んだだろう?
働く現場は活気に満ちているはず。生き生きした大人の女性を見て、そして実際に話をして、自分が考えている進路の手応えを感じてほしい。今どきの中学生・高校生が羨ましくもある。
|
|
| 2006年3月19日(日) |
| 好きな人に会えた時の顔つき |
朝5時に起きてドタバタ。午前9時半までに京都駅に到着していなければならない。
京都駅から徒歩5分ほどで、英語教育セミナー会場である「キャンパスプラザ京都」に着いた。昨夜は睡眠時間が少なかったので途中で意識を失ったりしないだろうかと心配していたが、眠くなるどころか聴き耳を立てて勉強させてもらった。中学・高校の英語教員が圧倒的多数を占めていたが、気にしないで参加させてもらったのは正解だった。
隣りに座っていた男性の高校教員とペアワークをする場面があったが、「関西弁のセミナーはわかりづらいですか?」と質問された。このような質問を受けるということは、、、、私は一体どんな顔つきで話を聴いていたのだろうか。ムスッとしていた記憶は全くないのだけれど、「何とはなしに異文化の薫りがする」という気持ちをもった瞬間があったような気がする。
しかし、ペアをつくった時に、「お互いに好きな人に会えて嬉しいという表情で挨拶しあって下さい」という指示が講師の先生から出された時には、ちょっとまいった。私、どんな顔つきをしたんだろう?
|
|
| 2006年3月18日(土) |
| 先輩がいない学部1期生 |
2年前に開設された、我が言語コミュニケーション学部には4年生はいない。それでも、他学部の4年生が勢揃いした卒業式に出る。
嬉しいことがあった。2005年後期に担当した「心理言語学」の授業に聴講生として来てくれていた国際関係学部の女子学生が成績優秀賞を受賞した。壇上に上がる彼女の晴れ姿を眺めていると、わずか数ヶ月の授業ではあったが、彼女にまつわる様々なシーンが思い出された。
2年後には、いよいよ学部1期生を社会に送り出す。この大学、この学部に入学して本当に良かったと思いながら巣立ってくれるだろうか。先輩がいない1期生だからこそ、暖かいまなざしで(もちろん、時には厳しいまなざしで)応援し続けたいと思う。
|
|
| 2006年3月16日(木) |
| 授業評価を携帯メールで? |
今年の言語処理学会年次大会は、慶応大学(日吉校舎)で開催されている。「教育応用」というセッションで、めいっぱい発表を聴いた。8つの発表の中で最も興味深かったのは、「学習者レスポンスの分析による思考過程の変容の解明と授業改善」である。
大学では学生に対して授業評価アンケートを実施しているが、この発表では紙のアンケートではなく携帯メールで授業の感想を送ってもらい、その文面を言語分析(形態素解析)して授業の課題を発見し改善に結びつけるという斬新な試みを紹介していた。当該の授業での成績が良かった学生とそうでなかった学生との間で、メールの文面から読みとれる意欲や意識、学習内容の理解度における差違を分析している。しかし、言語処理をすれば簡単に結果が出るものではなく、アンケートの自由記述を機械処理する場合と同様の課題に直面。
学生からメールで寄せられた感想の例を見るにつけ、大学生ほとんどみな同じ!
|
|
| 2006年3月11日(土) |
| 心豊かに生きる子どもの育成−ある小学校での取り組み |
2月14日に最寄りの駅で「○○小学校研究発表会はこちらへ」という看板を持っている人を見かけて「おやっ?」と思ったのだが、うちの住宅地自治会の回覧板を見て納得した。この小学校では、地域の人材を活用し、家庭や地域社会との連携による開かれた道徳教育の充実を研究課題として掲げ、「道徳の時間」の指導を工夫することによって心豊かな子どもを育てようとしている。「道徳の時間」には、心に響く指導法の工夫、資料選択・提示の工夫、体験を生かした指導の工夫を実践している。
児童の実態として、素直で明るく、感性が豊かである一方、表現力や協調性に欠けていることが取り上げられ、「自分を大切にし、明るく前向きで、思いやりがあり、生命を大切にし、助け合う子どもに育ってほしい」と、教員や保護者のみならず地域の人々も願っている。
これらの願いは、こんな大学生であってほしいという大学教員の願いとあまり変わりがないのではないか。愕然とする。に |
|
| 2006年3月6日(月) |
| けいはんな |
3月5日から6日にかけて、けいはんな(京阪奈)に出張した。
短時間で(独)情報通信研究機構の知り合いを訪れ、英語の語彙力測定ツールと語彙学習ツールについて話し合い、その後は京都大学-NTTCS研共同研究ユニット平成17年度成果報告会に出席した。いわゆる言語工学系の研究発表を聴くのは2年ぶりだったが、2年前の感覚を取り戻すのに苦労しなかったので安堵した。また、「年に1度は、こうした研究発表を聴く必要があるな」と思った。Contrastive
Rhetoricsではないけれど、工学分野の研究課題の進め方を聴いていると直線的だなと思える。
語彙力判定ツールと語彙学習ツールについては、主に Paul Meara氏から紹介されたものを試用してみた。6月にMeara氏が来日する。その時までに深谷科研で開発するツールについてつめておかねば。 |
|
| 2006年3月1日(水) |
| 『スタンダード英文法』 |
中島平三先生から新刊本『スタンダード英文法』(大修館書店)をいただいた。1月中旬にお目にかかる機会があった時に、この書籍の内容についてうかがっていたので、首を長くして待っていた。
書籍の表紙だけでなく、各章の初めに登場するカンガルーのイラスト。カンガルーの頭、胴体、手足、おなかの袋、しっぽ。これらを文の構造と対応させるとどうなるか。「ああ、なるほどね」。すぐにわかるよね?
そして、同じ3月1日に、『言語コミュ二ーション教育』創刊号を発行できた。少し時間がかかりそうだが、学部の新ホームページが出来たら、創刊号の各原稿をPDFファイルで公開する予定。 |
|
| 2006年2月26日(日) |
| 「七転八倒的生活」から「朱夏の日々」へ |
今まで「七転八倒的生活」として綴ってきたこのページだが、3月から「朱夏の日々」に変更する。
|
|
| 2006年2月25日(土) |
| 広告コーパスプロジェクト |
教授会が正午過ぎに終わるやいなや、大学を飛び出した。早稲田大学に午後2時までに到着する必要があった。4月からの演習IIIの学生2名と高田馬場駅のホームで待ち合わせをしていた。
早稲田大学の広告コーパスプロジェクト講演会に学生を連れて行った。電通の三浦氏による講演で、とても面白く刺激的だった。日米の広告比較について言及されたが、現在は広告媒体の種類が増えているため、媒体別に厳密に比較する必要があるのではないかというのが私の正直な感想である。そして、早稲田大学で進めている広告コーパスの構築は非常に野心的な試みだと思った。検討すべき事柄が山のようにあるからだ。画像情報の扱い、広告文の文字のフォントや大きさ、その使用位置、色使い等、どういった情報をどのような形態で蓄積するのか、事前に決めておかなければならない。著作権の扱いは?
広告の場合、文字情報だけでは情報が少なすぎる。私の演習IIIの学生の中には、クリエイティブライティングの日米比較を卒業研究のテーマに選ぶ者が出てくるかもしれない。広告コーパスを構築する難しさを思うと、雑誌の広告ページを地道に収集しておくことが案外とても役に立つかもしれないとふと思った。
|
|
| 2006年2月24日(金) |
| Waseda Symposium on Teaching and Research in Academic Writing |
私が抱いている夢のひとつは、Purdue UniversityのOWLのようなライティングセンターを大学で開設することである。先を越されてしまったかなと思えるようなシンポジウムが早稲田大学で開催された。
2日間にわたるシンポジウムであったが、仕事の関係で初日の午後しか参加することができなかった。会場で、何たる偶然か、元同僚に久しぶりに出くわした。彼の専門は統計学であるが、現在、日本語の小論文自動採点システムの研究開発に従事している。ちょうど(投野先生による)講演が終了した後でのコーヒーブレイクだったので、投野先生に彼を紹介した。異なる分野で働いていても、それぞれが持つ知識と技術を持ち寄れば斬新な研究に発展するかもしれないと思ったからだ。
早稲田大学の構想と活動を参考にさせていただきながら、私は私の夢を追求していきたいと思う。
|
|
| 2006年2月21日(火) |
| ワイン4本飲み干した? |
私にはものすごく大切な人々がいる。今夜は2年ぶりにワインバーに集合した。茗荷谷駅から竹早テニスコートに向かって歩く。
Tipsy's Wine Barで美味しいワインと食事で語り合うこと3時間半。お店を出たのは23時過ぎだった。あまりにも時間が早く過ぎた。まだまだ話したいことがあった。大切な人々だから、2年というブランクはあっという間に埋まる。もちろん職場が違うから、この2年間に彼らがどんな毎日を過ごしたのかはわからない。でも、お喋りを始めて数分で精神的にそっと寄り添うような感覚を味わった。
大学教員になる前に、彼らと一緒に何年も働く機会が持てたことは私の財産だ。
|
|
| 2006年2月14日(火) |
| SELCジャーナル創刊号の原稿が整った! |
やっと、朝方まで作業を続ける日々にさよならできる!2004年5月に設立した言語コミュニケーション教育研究会の研究会誌『言語コミュニケーション教育』の創刊号の原稿一式が整った。諸般の事情により、完全原稿を印刷会社に渡す必要があるのだ。
個々の原稿のフォーマットチェックは年末年始の休暇期間中に行った。その結果を年明けに各執筆者にお渡しし、チェックしていただいて1月下旬に戻してもらい、最終調整を私1人で行った。表紙から編集後記まで、論文の始まりは奇数ページになるように注意しながら、全体を通してのページ番号を青鉛筆で書き入れた。青鉛筆は印刷会社からの指示だ。
複数の人で作業を分担した方が効率的なのか。。。私の感覚では、最後の段階では1人が全てをやってしまった方が効率的、かつ正確なのではないかと。正確さという点で疑問に思うかもしれないが、かなり神経を使ってやる作業だからこそ複数の人が集まったら気が散りそうで怖い。
全部で115ページ強の創刊号になる。今日、印刷会社に原稿を渡す。今月中には創刊号一式が納品されるだろう。言語コミュニケーション教育研究会の初代運営委員長だった故田辺洋二先生に捧げたい。(田辺先生、やっと創刊号を発行できます!) |
|
| 2006年2月12日(日) |
| Prof. Matsuda |
数年前から参加してみたいと思っているシンポジウムがある。それは、Symposium on Second Language Writing である。二年に一度、大抵はPurdue Universityで開催されている。今年が開催年で、有り難いことに科研費もとれているので参加できるかなと期待に胸を膨らませていたら、開催日がなんと6月8日〜10日であることがわかった。ショック!
いくら補講をするにしても、やはり授業を休講にして海外に出ることは私にはできない。ちょうど、このシンポジウムの組織委員会のメンバーであるProf.
Paul Kei Matsudaの論文を夜中に読み終えたばかりでやや興奮気味であったためか、彼に電子メールを送った。ある提案を盛り込んだメールだった。
今日、Prof. Matsudaから返信が届いた。まだ確定ではないらしいが5月頃に日本に来られるかもしれないということだ。そして、10月には中京大学で開催される第12回世界国際英語学会に。どちらの機会になるかわからないが、メールに書いた「ある提案」に関連してお話させていただけたら嬉しい。楽しみ!大学まで来て下さる余裕があれば、演習IIIでお話をしていただけるかも。。。なんだかワクワクしてきた。
|
|
| 2006年2月9日(木) |
| 『働く過剰』 |
玄田有史先生の著作『働く過剰』を読み始めた。まだ4分の1くらいしか読めていないが、「なぜこんなに職場の状況をご存じなのだろう?」という驚きにも似た疑問が次々と湧いてくる。それだけ調査をしているのだということに尽きるのかもしれないが、まるで世の中のサラリーマンと一緒に働いているかのような印象を受ける。
思い返せば、玄田先生に初めてお目にかかったのは、2002年9月24日に日本労働研究機構で開催された「意欲と能力のある女性が活躍できる職場づくりに向けて」というフォーラムだった。いわゆるパネルディスカッションの進行役をされていたのが玄田先生。その時、私は、「この人だ!」と思った。そして、同年12月に、当時私が勤務していた組織で開催したフォーラムに招待講演者としてお越しいただいた。
4月から3年生になる学生と向き合う日が近づいているが、卒業後の彼らの進路にどう寄り添ってアドバイスをしていけるのか。現在の若者を取り巻く就労環境を、雑音に惑わされないように、学生と一緒に見極めていきたいと思う。大げさだと言われるかもしれないが、これからの大学教員は学生の「人生の応援団長」でなくてはならないと思う。
|
|
| 2006年2月6日(月) |
| 八景島シーパラダイス&中華街 |
演習IIの学生数名と「八景島シーパラダイス&夕食は中華街ツアー」に出かけた。身も凍える寒い日だった。こんな寒い日、しかも月曜日にシーパラダイスを訪れる人というのは、、、予想していたよりは多くて安心した。
圧巻は「海の動物たちのショー」である。あんなにイルカやアシカを訓練できるということに驚嘆した。本当にすごい!シンクロやウォーターボーイズどころではないと思う。体が寒さで膠着してしまいそうになりながらも、500円も出して買ったフライドポテトをほおばりながら感嘆の声をあげる。動物たちのエネルギーに突き動かされるような気さえした。
夕食は『重慶茶楼』で、期間限定の「熱烈歓迎コース」を賞味した。学生には高すぎる金額なので補助をさせてもらったが、近くに住んでいるからと言ってわざわざお店に来て下さったI先生にも補助していただき、暖かくてほっとするような夕食になった。
ゼミ生にとっては長い1日だったろうと思うが、十分に楽しめたかな?中華街を後にする頃には雪が降り始めた。大学教員になって初めて自分のゼミ生とこうして日帰りツアーを経験した。全員で撮ったプリクラ(「学生の中に違和感なく溶け込んでいる私」と勝手に解釈しているが)は、貴重なお土産だ。
|
|
| 2006年2月5日(日) |
| 社会人としての基礎力って? |
今日の朝日新聞と日本経済新聞を読んでいて、「最近の若者に希薄とされる職業観」や「社会人としての基礎力不足」といった指摘が気になった。例えば、社会人としての基礎力って何だろう?
協調性、行動力、コミュニケーション能力、責任感、マナー。。。。の類を企業は列挙している。すでに社会に出て働いている人達、もっというとバリバリと音が聞こえそうなくらい活躍している社会人に、これらの「基礎力」は完璧なまでに備わっているのだろうか。若者に対する要望が高すぎはしないか?
「企業は即戦力となる新人を求めてなんかいないよ、実際は」と、知人に言われたことがある。思い返せば、私もそうだった。企業に入ってから、段階に見合った教育を受け、日々の実践−うまくいくこともあれば失敗することもある−を経て育つ。
社会全体がもっと大らかになってもいいような気がする。但し、私は学生に望みたいことがある。それは、相対的に物事をとらえる努力をしてほしいということだ。コミュニケーションには相手(他者)が存在する。自己表現力を高めることは必要だが、それと同時に、相手の立場に立って考える習慣を身につけてほしい。これは、協調性やマナーにもつながる。
言語コミュニケーション学部の1期生は、4月からいよいよ3年生。春には就活に向けてのキックオフを行う。あまりプレッシャーを感じないで、のびのびと社会に目を向けていってほしい。だって、人生は予想以上に面白いものだから。
|
|
| 2006年1月30日(月) |
| 大丈夫?元気? |
先週は体力的にも精神的にも疲れ果てた。土曜日の夜に帰宅した時は、エネルギーがゼロだった。それが今日になっても尾を引いている。力が湧いてこない。
夕方、買い物に出て自宅近くまで戻ってきた時、「今晩は」と声をかけられたが最初は気がつかなかった。暗いせいもあって誰だかよくわからなかった。よく見ると隣りの奥さんだったが、私の顔をのぞき込むようにして「大丈夫?元気?」と声をかけて下さった。
その時、私はうつむいて考え事をしながら歩いていた。来年度の英語の授業のセクション分けに関して考えていたのだが、隣りの奥さんは「介護に疲れて大変なのでは?」と思ったに違いない。わざわざ顔をのぞき込んで心配そうに私の肩にさわるはずないもの。介護疲れがないわけではないが、声をかけられた時にはセクション担当の先生をどのように割り振ると負荷が少なくなるかということをあれこれと考えていた。真剣に。でも、優しく声をかけていただいて嬉しかった。
考え事をするタイミングというか場をわきまえることも大切かな−そんな事をコントロールできるのかどうかわからないが。夕方、ちょうど『はじめて考えるときのように』(野矢茂樹著)を読み終えたばかりだった。
|
|
| 2006年1月24日(火) |
| 他の人と同じような過ごし方はつまらない |
定期試験中にもかかわらず、4月から私が担当する演習IIIの受講学生が集まってくれた。長い春休み期間中にお願いしたいことがあったためだ。配布資料を準備している時、「そんなに要望があったら、僕のような怠け者の学生は嫌気がさすかも」と、主人から釘を刺された。そう言われて、たじろぎ、でも気を取り直し、それでも項目を1つだけ減らした。
春休みなのだから、学生はアルバイトや遊びに時間とエネルギーをたっぷり費やすだろう。それはそれでもちろんOK。ただ、4月からの3年生としての学生生活を軽やかに踏み出してもらいたいと思うゆえに、その準備をお願いした。
何をお願いしたか、そしてその成果は、、、3か月後にこの場で。乞うご期待!
|
|
| 2006年1月18日(水) |
| 完全数、友愛数、√ |
通勤電車の中で『博士の愛した数式』(小川洋子著)を一気に読んだ。映画の宣伝がテレビで放映されているが、私がこの本を読んでみたいと思ったのは書名の中の「数式」ということばに惹かれたからだ。どんな数式だろうか、それは私でも知っている数式なのだろうか。
完全数、友愛数、√、フェルマーの最終定理、オイラーの公式、、、高校で数学IIIまでは勉強したが、教えてもらったことのない内容が出てくる。でも、この小説のストーリーとうまく馴染んでいて興味深い。大学時代に数学を履修しておけばよかったかなと今更ながらに後悔する。美しい世界に触れることができたかもしれないのに。
|
|
| 2006年1月4日(水) |
| 何たる偶然 |
「何たる偶然」 これは、竹内一郎著『人は見た目が9割』(新潮新書)の中で紹介されていたゲームである。相性のつくり方というセクションで説明されている(同書pp.
160-161)。演劇において、役者さんどうしの関係づくりに竹内氏が使っているゲームだそうだ。お互いに質問しながら、2人の共通点を10個見つけるゲームで、共通点が見つかると2人同時に「何たる偶然!」と叫ぶ。
10個の共通点を見つけるのは結構大変ではないかと想像するが、竹内氏によると数分で見つかるそうだ。そうすると、そのあとの演技の稽古がうまくいく。
大学の新入生オリエンテーション旅行で使えそうなゲームである。
|
|
| 2006年1月1日(日) |
| 平和な日々を |
新しい年を迎えた。午前零時にワインで乾杯した後、読みかけの藤田先生の「動物のコミュニケーション」(出典:『言語の事典』)に目を通して就寝した。新年の抱負はないのか?と聞かれそうだが、それは自分の心の中にしまっておきたい。
年賀状を下さった方々のそれぞれの生活を文面から想像するのは楽しい。年に1度のつながりの人もいるが、こうして元旦には必ずその人のことを想う。
長い間お目にかかっていない長崎先生(児童文学作家)からの年賀状に書かれていた言葉がずしんと響いた。
「平和な日々をお送り下さい。」
|
|
| 2005年12月28日(水) |
| 今年ももうすぐ終わり。。。 |
誰しもがつぶやいていることだが、あっという間に1年が過ぎ去ろうとしている。
私にとっては生活習慣ががらりと変わった年だった。義理の母は介護を必要としており、この家に住むようになってから母を含めて家族全員が試行錯誤で暮らしてきたように思う。ケア・マネージャが月に1度訪れて私達(本来は母と話すことが役目なのだろうが、私がいないと2人の会話がはずまないので私がモデレータをつとめている)に状況を聞いてくる。先日、そのケア・マネージャから言われた。「お母さんはここに来られた当初よりもずいぶん明るくなられましたねぇ。」
週に1回あるいは2回通っているデイ・サービスセンターにも慣れ、そこでの仲間の存在も母を明るくさせてくれているのかもしれない。実は、母はここに来てからあまり日が経たないうちに通信講座を受講し始めた。申し訳ないとは思いつつも、何かチャレンジをしてもらった方がいいと思い、パッチワークの講座を申し込んだ。本来なら1年半くらいかかる講座だが、開始して半年余りで終えようとしている。
次に薦めてみたいものがある。それは、英会話の勉強。80歳からの第二言語習得プロセスを研究してみようというのではない。母が、当時の社会的な制約で習えなかった外国語というものを、どんなに基礎的なことでも知ってもらいたいという気持ちからだ。最後のパッチワーク作品に取り組んでいる現時点ではまだ何も話をしていないのだけど。。。。チャレンジング過ぎるお誘いだろうか? |
|
| 2005年12月26日(月) |
| まいったな−レポートの書き方 |
世間でも話題になっていることだが、インターネット検索して見つけた情報に少し手を入れただけでレポートとして提出する人がいるようだ。少数ではあるが、まだコピー&ペースト派がいる。普段の授業であれほど指導していることなのに。
「レポートの作成」の目的・意義そのものがわかっていないようだ。今日、大学の図書館の中を歩いていたら、展示コーナーに陳列されている書籍群が目に飛び込んできた。『レポート・論文の書き方入門』、『やさしい文章術−レポート・論文の書き方』、『大学生のためのレポート・論文術』、『論文の教室−レポートから卒論まで』等々。
1月の定期試験終了までに演習IIIの受講生に一度集まってもらう予定にしているが、これらの書籍を紹介して、春休み中にどれか一冊読んでみることを薦めようかな。 |
|
| 2005年12月21日(水) |
| 何年ぶり? |
今年1月末に書籍『第二言語習得研究の現在−これからの外国語教育への視点−』の出版記念会で一度会いはしたものの、その場ではあまり話ができなかった。そして、今日、その知人M先生がわざわざ仙台から講演に来てくれた。
ゆっくりお話ができたのは何年ぶりだろう?お互いに20代の頃を知っているので「先生」と呼ぶのは気恥ずかしくて必要性を感じた時しか使えない。
学部の英語教員と学生が集まってくれた。やはり彼のお話は面白くて刺激的だった。そして、少しショックを受けた。「いかん、余計なことにトラップされずに、集中して切磋琢磨せねば」と思わず心に誓ったほどだった。
20年前、大学院の修士時代にたまたま一緒のクラスになって勉強をしていた仲間が、それぞれ立派な教育者・研究者として活躍している。20年前に思いを馳せて微笑むも、これからのそれぞれの道がどんなふうになっていくのか楽しみでもある。
Mさん、今日は遠くから来てくれてありがとう!
|
|
| 2005年12月5日(月) |
| 演習IIIの受講生決定 |
11月9日に現2年生全員を集めて、来年度からの演習IIIに関する説明会を実施した。その後、11月の3週目が説明期間、4週目が第1希望のエントリ期間、そして11月最後の週が面談をした上で最終決定。卒論を考慮に入れた演習選択のため、学生の側も2年間は同じ演習に所属することになる。
卒論でどんなことを扱いたいのか、それを今の時点で考えている学生はほとんどいないだろう。2年間、同じ先生の指導を受けるとなるとそれなりに考える、あるいは覚悟することも多いようだ。
教員の側も、自分の演習を第1希望としてエントリした学生の数が定員をオーバーすると、心を痛めながら選考する。
毎年、この演習選択の時期は全員が落ち着かない。何かもっとじっくりと演習を選択できる仕掛けはできないものだろうか。
私の演習IIIの受講学生は、今日、研究室前に発表した。これを受けて、学生は演習決定のサインをもらいにやってくる。サインと引き替えに、資料とノートを1部ずつ配布した。資料にはお願いしたいことが書いてある。ノートは「自己発見ノート」という位置づけにしてある。定期試験終了後に一度集まってもらうことにしている。その場で、「自己発見ノート」の使い方をきちんと説明しないと。
ちなみに、私の演習IIIのテーマは、何人かの方々に相談させていただいたが、最終的には自分が最もやりたい内容とした。それは、「ライティングに迫る〜ライティング能力とは何か〜」である。受講生は1人もいないかもしれない、、、と心配していたが、定員オーバーのため選考させてもらった。
|
|
| 2005年11月26日(土) |
| 字幕の中に人生 |
講演会の語り手は、もちろん、戸田奈津子さんだった。1時間半があっという間に過ぎた。
戸田さんは、私の大学の大先輩である。映画一筋の人生と言えるが、これがまた茨の道でもあった。今でこそ、トム・クルーズをはじめとするハリウッドスターと笑顔で話をされているが、大学を卒業して字幕翻訳と言える仕事をもらうまでに20年かかったそうである。20年後に仕事がもらえるとわかっていれば辛抱できないこともないだろうが(それでも20年は長すぎる)、何の保証もない年月。20年待ったのだから、それだけ長く字幕翻訳の世界に君臨してほしいと思う。ただ、字幕翻訳という業界は扉のない厚い壁で覆われた世界だとおっしゃっていたが、後に続く人材をよろしく!とたのみたい。
この講演会の内容については、私の演習IIのクラスで熱く報告させてもらった。また、たまたま見つけた学習院大学生によるブログにも、この日の講演のことがやはり熱く報告されていた。
ずいぶんと気温が下がってきた今日この頃だが、現役大学生も教員も熱いひとときを過ごした週末だった。
|
|
| 2005年11月13日(日) |
| 1カ月を振り返ると... |
下のタイトルにあるように「9月はせっぱつまった日々」だったが、この1カ月は何とも表現のしようがない毎日であった。この調子で年末まで進んでいくのだろう。それはともかくとして、1カ月を振り返ってみよう。
●演習IIの受講生との個人面談: 後期はセメスター留学をしている学生が5人いるため、受講生の数は11人。今年、2年生と接触をする時間が少ないことが前期から気になっていたため、1人45分間の個人面談を設定。木曜日と金曜日の5限目に集中して実施したが、この時間のやりくりが学生にとっても教員である私にとっても大変だった。でも、こうした個人的な触れあいはやはり必要だと思った。
●英語コーパス学会での口頭発表: 発表で使用するパワーポイントファイルをぎりぎりで事務局に送付。授業がつまっていたために練習する時間がとれないままに本番。質疑応答の時間が短くなってしまったことが反省点。久しぶりの口頭発表で、かなりハイテンションだったかもしれない。それでも、「思い切り喋らせてもらいました」と(反省しつつも)気分はすっきり!
●英語母語話者による英文エッセイのデータ収集: お願いした英語母語話者の人達から返信メールが来ない。約束の時刻になっても集合場所に現れず、大きな教室にせいぜい2、3人。虚しいったらありゃしない。その分、協力してくれた人達が神様のように思える。でも、諦めずに協力者を1人でも多く見つけよう。
●英語教育改革フォーラムの開催: 自分で言うのも何だが、いいフォーラムだったと思う。パネルディスカッションはとても有意義な内容になった。悲しいのは、参加者が少なかったこと。風邪気味でフラフラしていたが、1日、なんとか持ちこたえた。(そこまで頑張る自分が愛おしくもあった。)
●学習者コーパスのシンポジウムに参加: 約1年ぶりに Prof. Granger に再会。ものすごい存在感である。私が滞在したのは関西セミナーハウスだったが、昼間はシンポジウム、夜は大学の仕事をお部屋でコツコツ。結局、京都観光は出来ずじまいで、お部屋の窓からながめた紅葉がせめてもの秋風情。
●英語コーパス学会誌への投稿論文: 採択通知をもらった。査読して下さった方々のコメントを参考にして、加筆修正しなくちゃ。来年1月9日までに事務局に送付要。
●東京国際大学『論叢』への投稿原稿(研究ノートとして): 無理をして書く必要はないのだが、他の先生方も頑張っておられるので短いながらも研究ノートを書いて投稿することを決めた。口頭発表申し込み用の概要(A4で4枚)を含めると今年は6編か。 |
|
| 2005年10月4日(火) |
| 英語教育改革フォーラム |
来る10月29日(土)に本学で開催する第3回英語教育改革フォーラムの案内が大学のホームページに掲載された。
昨年は7月上旬に開催したが、今年は時期をずらした。とは言っても、入試や他の行事が続いているために、この29日にしか開催できないという制約があった。第3回目のテーマは、ずばり、「英語が使える学生を育てよう!」。
少ない期間での宣伝活動になるが、できるだけ多くの方々に参加してもらいたいと思う。学生にもアナウンスをしなくては。 |
|
| 2005年9月24日(土) |
| せっぱつまった日々 |
この3週間は、体力の限界を感じる日々だった。ほんとうに忙しかった。そして、もうすぐ後期の授業が始まる。振り返ってみよう。
9月5日の週: 6日と7日に名古屋大学に出かけて科研の打ち合わせ。東京に戻り、国際交流課とJSP担当の先生方と連絡。9日と10日は部分的にJACET全国大会に参加。「総合講座」の講義予定表を完成させる。講師の先生方への連絡を済ませる。第3回英語教育改革フォーラムのチラシ作成の準備を始める。招待講演の先生方に連絡。SELCジャーナルの創刊号に向けての準備。(どうして私には自分の担当授業と担当委員以外の仕事がこんなに多いんでしょう?)
9月12日の週: 英語コーパス学会に投稿する論文作成。これがなかなか進まない。時間だけが過ぎて行く悲しさ。目標にしていた17日までに書き終わらなかった。
9月19日の週: 18日に郡山で「父母の会」。夕方、仙台に移動。19日は仙台で「父母の会」。この日は、ホテルで徹夜で論文作成。20日の朝6時35分発の新幹線で東京に戻る。自宅に戻り、シャワーを浴びて2時間の仮眠。午後から論文に再び着手。参考文献を除く部分を午後11時頃終了。21日の朝5時半起き。大学で午前中は録音作業。午後からは会議の連続。夕飯もなしで午後8時に終了。その後、資料の整理をして大学を午後10時前に出て自宅に戻ったのは午前零時過ぎ。睡眠もままならず早朝に起床して、午前中は1年生の後期履修ガイダンス、午後は2年生の後期履修ガイダンス。その後は、会議。23日は第2キャンパスでキャンパス見学会。自宅に戻るやいなやベッドに倒れ込んでしまった。10時間、ひたすら眠り続けた。
この年齢で徹夜は避けたほうがいいということがよくわかった。でも、それ以外に方法がないとなると致し方ない。 |
|
| 2005年9月3日(土) |
| 季節の変わり目 |
季節の変わり目が近づくと、必ずといっていいほど歯のトラブルが起きる。虫歯ではなくて、歯茎が腫れて熱っぽくなる。
先日、アメリカから日本に6年ぶりで帰国した後輩とそのお子さんに会ったのだけれど、会って話している間は特に問題がなかった。後輩と別れて、最寄の図書館に行ってからが最悪だった。本を読もうとしても鈍痛がして集中力なし。せっかく自分の座席を確保できたのに、、、そそくさと帰宅して、患部を冷やす。
まだまだ残暑が厳しくて秋の気配は少しも感じられないのに、体の方が一足先に秋に向かって始動しているということか。
夏期休暇をつかってやらなければと思っていたことがなかなか進んでいない。あ〜あ。いかん、ポジティブシンキングでいかねばと自分に渇を入れる。SELCジャーナル用の原稿がひとつ書き終わったのだから、これを励みにして前にダッシュ、ダッシュ(古くさい表現かな?)。 |
|
| 2005年8月28日(日) |
| 文献レビュー:150件 |
2001年7月から参加した文献レビュー。どうやら、私が書き込んだレビューの件数が150件に達したようだ。4年もかかってしまった。
とはいえ、件数を増やすために参加しているのではなく、自分の足跡というか、何を読み・知り・考えたかを記録に残すという自分史のような感じがする。不思議なことに、民間企業に勤務していた頃の方が読める論文の数が多かった。残業が多くても週末に勤務することがあっても、仕事が終わればそれで一区切りがつくという点が今の生活と違うのだろう。
このために買っていたわけではないが、ロゼのシャンパンを1本、飲み干してしまった。いつの頃からか、シャンパンが好きになってしまい、何か記念すべき事があると開けるのはシャンパン。自分自身に乾杯しているナルシスト?!
文献レビューの仕組みを提供して下さった杉浦先生に感謝の気持ちを込めて、乾杯! |
|
| 2005年8月27日(土) |
| 予想以上に時間がかかるなあ |
昨年、言語コミュニケーション学部の新設に伴って設立した「言語コミュニケーション教育研究会(SELC)」だが、SELCジャーナルの創刊号を出版する時期になってきた。学部には『論叢』も用意されているため、2つのジャーナルの棲み分けが難しい。それぞれに研究論文を投稿するというような快挙はなかなか出来るものではない。
SELCジャーナル創刊号の内容は、言語コミュニケーション学部の授業実践報告が主体となる。全ての科目に関する授業実践報告を収録することはできないので、必修科目を中心に、担当の先生方にお願いをする。私は、SELCの運営副委員長ということもあり、率先して書かなければならない。演習IIの前期の授業報告と昨年度の英語教育改革フォーラムの報告という2つの報告書を書く予定にしているが、前者から書き始めたところなかなか思うように進まない。誤算だ。
昨年度の英語教育改革フォーラムの報告書を作成するためには、ビデオを観て確認することが多数ある。ビデオを通して故田辺洋二先生にお目にかかることになる。心が痛む。
田辺先生から「SELCを任せっきりでごめんなさいね」と声をかけていただいた記憶が蘇るたびに、私は自分に言い聞かせている。「ジャーナルの創刊号をちゃんと出さなくちゃ」と。 |
|
| 2005年8月18日(木) |
connectors友の会
|
学習者コーパスの大御所 Prof. Granger に聞きたいことがあって緊張しながらも連絡をとった。1年前のサマースクールでお世話になったからこそ連絡できるというわけ。あいにく、私が問い合わせた内容のもの(学習者コーパスを用いた英語接続語句の使用に関する調査結果)は口頭発表しただけで、論文にまとめる時間はなかったということだった。道理で、ウェブで調べてもわからなかったわけだ。それはともかくとして、11月に京都で再会できますね!と明言してしまったので、都合がつくだろうかと漠然と考えていたワークショップに参加することにした。
10月下旬に開催される英語コーパス学会で口頭発表を予定しているが、査読者のコメントに引用されていた論文(イタリア人のunpublished
MA dissertation)をどうやって入手すればいいのか悩んでいた。ヒューストンに戻っているMichaelに「どうしたものか」と連絡をとったら、「本人に電子ファイルを送ってもらうようにお願いするのがベストだ。でも、その本人のメールアドレスを突き止めるのが大変だよね」という返信。でも、さすが検索エンジン。ひょっとしてこの人ではないかというメールアドレスを見つけた。しかし、確証がない。だって、ウェブページの管理者のメールアドレスだもの。論文提出先のトリノ大学のHPにアクセスするものの、イタリア語で書かれているため、時間のかかる連想ゲームのような状態。えいやっ!と確証のないそのアドレスにメールを出した。数時間後にその人から返信が届いた。「確かに、その論文の著者は私よ。日本からメールが届くなんて、とても素敵なサプライズだわ!今、大学を離れているので送信できないけど、今月末には大学に戻るから送信できると思うわ」と、ノリノリの雰囲気漂うお返事。Michaelに知らせたら、「やったね」と言われた。この論文、イタリア人英語学習者が作成した小論文における接続語句の使用に関するものだ。
非常に短絡的、かつ日本人ぽい発想だが、「connectors(接続語句)友の会」を作ってみてもいいかなと思い始めた。 |
|
| 2005年8月16日(火) |
| 教養と文化の薫り |
今日の日本経済新聞第一面に、「戦後60年−−−どこに向かいますか−−−文化・教養薫る国造りを」と題したコラム記事が掲載されていた。この「文化・教養薫る国」というフレーズがとても気になり、記事を読んだ。
今、日本にいて、文化や教養の薫りを感じるようなことがどのくらいあるだろうか。自分の場合、日々の追われるような生活の中で、そうしたことを感じる余裕すらない。精神的に貧弱になってきている。
でも、思い直そう。この記事に書かれていたように、世界の人々が「日本」という国名を聞いただけでほっとくつろいでくれるような国になっていってほしい。真の豊かさをどこに追い求めるかだ。
|
|
| 2005年8月14日(日) |
| 夏休みの過ごし方 |
夏休みに入ってから、近況をメールで知らせてくれる学生がいる。花火大会の写真まで送ってきてくれる。「先生には癒しが足りない」と書いて、故郷の宮古島の写真を送ってきてくれた学生もいる。これらを私は嬉しく受け取っている。そして、すぐに返信を出す。
夏休み、それぞれの過ごし方をしているようだ。さすがに、英語に関する質問を受けることはない。むしろ、プライベートな相談事が多いとも言える。先生との距離感という観点からすると、私が大学生だった頃とは雲泥の差がある。大学の先生は、もちろん高校の先生ではないし、親でもなければ友人でもない。彼らにとって、大学の先生とはどのような存在なのか。 |
|
| 2005年8月11日(木) |
| みちのく「父母の会」 |
今年の「父母の会」担当は、郡山と仙台である。仙台出身の学生が比較的多いこともあって、私の学部からは2名の教員が赴く。昨年の鹿児島は初めての経験ということもあって緊張したが、今年は少しリラックスしてご父母の方々と面談ができるのではないかと思う。
仙台には会いたい人達がいる。でも、「父母の会」は9月中旬の連休に開催されるので、みんな出かけてしまっているかもしれない。まあ、それならそれで仕方ないけれど、沢田先生には30分でもいいからお会いしたいなあ。 |
|
| 2005年8月9日(火) |
| お父さん役とお母さん役 |
あと2週間もすると、私のゼミの学生数名が海外の大学にセメスター留学する。アメリカ、カナダ、あるいはオーストラリア。「ようやく携帯電話を購入しました。もうすぐ出発です。」というメールを送ってきてくれた学生がいる。このセメスター留学を実現させるのにそんなに長い道のりがあったわけではないが、「いよいよだね。」としみじみとした思いに駆られる。
この春、半年近くのセメスター留学に送り出すことに関して、心配症の私は慎重になった。他の先生に相談したら、「母親は心配し、父親は多少冒険でも思い切って送り出す。そのあたりのバランスをどうとるかでしょう。」と言ってくれた。この場合の「母親」は私で、「父親」は相談にのってくれた先生のことを指す。大学の留学相談でも、お父さん役とお母さん役は必要なキャストなのかもしれない。 |
|
| 2005年8月6日(土) |
| 文部科学省の現代GPに採択される! |
| 『「小江戸」川越国際都市化支援プロジェクト』が平成17年度「現代GP」(文部科学省大学支援事業)に採択された。これからが大変になりそう。 |
|
| 2005年8月5日(金) |
| 統計の講習会 |
深谷科研で統計処理に関する勉強会を実施することになり、猛暑のなかを遠く名古屋から木下先生にお越しいただいた。
午前10時30分から午後6時30分まで、途中の昼食休憩が1時間半ではあったものの、もっともっと時間があればと思えるほど沢山のことを学ばせていただいた。統計の勉強会がこんなにも楽しいとは。少人数で木下先生のお話を独占してしまったことが申し訳ないという気持ちでいっぱいになった。
貴重なお時間をいただけたことを心から感謝すると同時に、歩みが鈍いかもしれないけれど大いに自己の研鑽に努めなければと思う。
|
|
| 2005年7月30日(土) |
| キャンパス見学会で模擬授業 |
昨年12月に大学近辺の高校で模擬授業を依頼されたときは、持ち時間が2時間弱だった。「英語の構造を読む」と題して、英文の構造を分析し、木構造を作成してもらうという授業内容とした。しかし、今回はキャンパス見学会ということで、持ち時間が45分しかない。
「英語で書いてみよう!」という新しい内容で授業を行うことにした。いわゆるパラグラフライティングの基礎を教えるのが狙い。今まで使用したことのない第2キャンパスのCALL教室での授業であったため、事前に広報課にお願いをすることが多かった。(キャンパス間の移動バスのことまで依頼して申し訳ないとは思ったが)
当日、私のゼミ生2人にアシスタントをお願いし、なんとか駆け足で授業を終えることができた。授業で使用したスライド(PPTファイル)のコピーを欲しいという高校生が4人いたので、住所を書いてもらった。あとで、「キャンパス見学会に来てくれてThank
You!」カードをつけて郵送するつもりだ。遠く福島県から来てくれた人もいる。ここまでやれば、関西のR大学と張り合えるくらい(?)のCS活動と言えるだろうか。 |
|
| 2005年7月23日(土) |
| 鈴木先生、再び |
鈴木先生、再登場。キャリアデザインに関するお話を、今度は、教員向けにお願いした。
いつものように、吸い込まれるようなお話だった。お話の後、先生方から次々に質問が投げかけられた。私も質問させていただいた。「現在の就職戦線を学生があまりに知らなさすぎるので、どのタイミングでバシッと指摘すればいいのか。学生の夢に水を差すようで。。。」これに対する鈴木先生からのアドバイスに耳を傾けていると、私の考え方はネガティブなのかなあと思うようになった。
しかし、考え方がネガティブというのではなく、学生への助言の仕方をポジティブに行えばいいということに気がついた。自分にとっては短所と思えることもプラス思考で捉え直すと違って見えてくるということと似ている。
講義のあと、私の研究室で鈴木先生とお話していると、大きな地震が起きた。すぐさま、研究室のドアを開けたが、他の先生方も研究室のドアを開けて廊下に出てこられ、「この揺れはすごい」と騒いでいた。 |
|
| 2005年7月8日(金) |
| 前期R/W授業の最終回はビックリ |
今日で前期のReading/Writing Strategies Iの授業が終わった。セメスター制をとっていることもあり、前期だけで36回の授業。後期は別の先生にバトンタッチする。
教室を出る前に、1人の学生から「ちょっと」と言われてその場に残ると、「贈る言葉」を学生の側からもらってしまった。そして、最後には1人1人のメッセージが綴られた色紙をもらった。その色紙は研究室ではなく、自宅の自分の部屋に大切に保管してある。
大学でこのような経験をするとは夢にも思っていなかった。正直、嬉しかった。授業を終えた安堵感とともに、この学生達と一緒に過ごした時間がなつかしくなってきた。思いがけないプレゼントをもらった、忘れられない夏。
|
|
| 2005年7月4日(月) |
| 「お友達になりたいと思いました」 |
さすが、鈴木先生!お忙しいスケジュールの中を頼み込んで大学に来ていただいたのは大正解だった。もう、「さすが!」と唸るしかない。
講演が終了したときに学生(1年生)に感想をたずねたら、「お友達になりたいと思いました」という返答。あとで電子メールを出すつもりだとも話していた。夜、私はお礼のメールを送った。
今朝早く、鈴木先生から返信をいただいた。出張から戻られたら、たくさんのメールが届いていたということだ。学生だけでなく教員からも届いていたそうだ。日本を駆け回る鈴木先生は、移動の新幹線の中で1人1人に返信をされるのだろう。講演の最後に紹介して下さった「人生を豊かにする4つの要素」−−−(1)働く、(2)学ぶ、(3)遊ぶ、(4)愛する(人間関係を築いていくこと)−−−が忘れられない。忙しいときは、文字通り心を失った状態になりがちだが、1年に336日間も働いていらっしゃる鈴木先生は、多忙だからこそこの「愛する」ことをとても大切にされているのだろう。
鈴木先生から「応援してます」と励まされている私。人生をもっと豊かにしていきたい。
|
|
| 2005年6月25日(土) |
| 学会発表申し込み |
英語コーパス学会の秋期大会での発表申し込みをできるかどうか不安だったが、締切日の今日、無事に投稿することができた。杉浦先生からコメントをいただき、土曜日だというのに午前中から夕方にかけて大幅な手直しをして送信!送信ボタンを押すと、スカッとした。
ついでというわけではないが、同学会のジャーナル投稿の事前申し込みもしてしまった。こうして自分にプレッシャーをかけながら生きていく癖がついてしまった。もちろん、いつもいつも達成できるわけではないのだけれど、近い将来のマイルストーンを設定するのは悪くない。
|
|
| 2005年6月12日(日) |
| 隣りの芝生は青い? |
隣りの家のご主人の研究室の学生さんが集まって庭でバーベキューをしていた。若々しい笑い声が聞こえてくる。理科系の先生なので、学部の3・4年生と大学院生が来ているに違いない。隣りの家に芝生が植わっているわけではないが、ちょっと羨ましい。
私も、いつか自分の学生を自宅に呼んでパーティを開きたいと思う。が、そのためには次の条件をクリアする必要がある。(1)学生が20歳になること、(2)大学が自宅からもっと近くにあること(今は電車で片道2時間半だもの。学生だって来られない。)、(3)私の研究領域に関心のある学生を持てること。学問の話をしないと面白くないもの。。。。ね。 |
|
| 2005年6月11日(土) |
| デイサービス |
義理の母が通うためのデイサービスセンターを2つ見学した。最初のセンターでは、川端康成の『伊豆の踊子』の一節を音読していた。さすがに要約を求める課題ではないが、文字を読み上げることで頭の老化を防ぐ一助とするようだ。2つ目のセンターでは、麻雀をしている老紳士達がいるかと思えば、ボランティアの人々が中心となり輪になってゲームをしている人々がいた。皆、もちろん介護が必要な人々であるが、こうした社交の場、社会性を維持する場に来ることで精神的に生き生きとしていられるようだ。
自分の老後の一幕を見る思いもしたが、介護保険制度というのはなかなかよくできていると思わざるをえなかった。2つのデイサービスセンターのどちらを選択するかという決断は母の意思によるのだが、結果は私達夫婦が予想した通りだった。やっぱり、看護師さんが常駐していて、開放感に満ちた部屋の作り、隣りは公民館、という活気に満ちたセンターを選んでくれた。 |
|
| 2005年6月8日(水) |
| 重版1000部 |
大修館書店から連絡があり、昨年12月に出版した『第二言語習得研究の現在−これからの外国語教育への視点−』の重版が決まったとのこと。この種の書籍で、出版から半年で重版が決まるのはお祝いすべきことのようだ。
それにしても、出版からもう半年も経ったということのほうが信じられない。まさに、時は矢のように進む。今、知りたいのは、この本をどんな人が手にとり、読んでどのような感想を持ったのかということだ。 |
|
| 2005年6月5日(日) |
| コメント癖 |
義理の母と同居するようになって1週間が経った。この1週間は目まぐるしくてとても疲れた。大学では中間テストを実施し、自宅では介護支援センターの人が2回もやってきて今後の介護プランについて打ち合わせを行った。ケアマネージャという存在も初めて知った。そして、今日、介護ベッドが取り付けられた。
市から配布されている「介護のしおり」がとてもわかりやすく書かれているのに感動した。ケアマネージャの位置づけもよくわかった。介護保険制度の下で、ケアマネージャという第三者が母のアドバイザーとして入ることにより、私達家族のQOL(Quality
of Life)を少しでも良くしていく試みが始まる。
このケアマネージャと打ち合わせをしていると、ついついコメントしてしまう自分に気がついた。コメント癖だ。もう少し謙虚にならないとね。 |
|
| 2005年6月1日(水) |
| 教員の背中 |
水曜日の5限目は授業のある学生が多く、後藤先生の講演会に何人来てくれるか心配だった。案の定、決して多くはなかったけれども、1年生が積極的に参加してくれて胸をなでおろした。1限目の「英語学概論」の終わりにアナウンスをしておいたのが効を奏したようだ。後藤先生のお話は、韓国・台湾・日本における小学校英語教育の現状に関する内容であったが、授業風景の録画も見せて下さり、今後の日本の小学校における英語教育を考えるのに大変に参考になった。
講演後の懇親会には学生も参加してもらった。1年生の1人がこんな感想をもらした。「この学部の先生達と一緒に講演を聴くことができてよかった。特に、先生達が質問をしている姿に感動した。私ももっと勉強していつか質問が出来るようになりたい。」
普段の授業で見せる姿とは少し異なる「教員の背中」を、こうした形で見せる(意図して見せるわけではないが)のも教育的効果があるんだなあ。 |
|
| 2005年5月26日(木) |
| 白い紫陽花とひまわり |
病院で半年に1回の検診を終えた帰り道、花屋で白い紫陽花を見つけた。白い色をした紫陽花を見たのはこれが初めてだ。花屋のご主人に「どうやって咲かせるのでしょう?」とたずねたら、「さあ。。。」という返事。小学生の時にやった光合成の実験をふと思い出したが、まさか陽に当てないわけにはいかないだろう。
花屋でいろいろな花をながめていたら心がなごんできて、花の威力はすごいなあと感心した。癒しというよりも励まされた感じ。好みの色でアレンジされた花束を買おうと思ったが、悩んだあげく、「白い小花と小さいけれど元気のいいひまわり」が束ねられた花にした。自宅に戻り、さっそくダイニングテープルの上に飾った。 |
|
| 2005年5月23日(月) |
| 真の社会人は謙虚? |
先週から今週にかけて、今年度後期に開講する科目に関して、講師の依頼を10人以上にわたって電子メールで送信している。1人につき平均2.5回のやりとりが必要になるので、約25通のメールを出していることになる(1人ずつ文面が違うので、最後には疲れて気持ちが悪くなってきた)。
メールを出させていただいた方々は、全員、一両日中に早々と返信を下さった。このスピーディな仕事感覚を久しぶりに経験して、とても気持ちがよかった。しかも、依頼を受けて下さるという返事だけでなく、「こういった内容でいいでしょうか?」とか「あと半年近くあるので、その間にしっかりと準備いたします」と書いてくれている。頭が下がる思いだ。
速やかなメールの交信と、こちらからお願いした「仕事」に対する謙虚で情熱的な姿勢に大いに刺激を受けている。私も頑張らねば!
|
|
| 2005年5月15日(日) |
| 取り越し苦労 |
SELCの今年度最初の会合を計画しなければならず、焦っていた。有難いことに、神田外語大学の先生の紹介で、ペンシルバニア大学の後藤先生に「東アジアにおける小学校英語教育」と題してお話をしていただけることになった。後藤先生のスケジュールもタイトなのでご都合があうかどうか心配していたが、快く引き受けて下さり、とても感謝している。
後藤先生のスケジュールとあわない場合には、普段の授業で頭を悩ませている「語彙の指導法」に関して討論する場を設定しようかと代案を考えていた。副委員長である悲しさというのか、その場合に備えて論文を急いで読んだ。SSLAに最近掲載された論文であるが、実験方法と実験結果に関してわからない箇所があったので著者(日本在住なので)に問い合わせた。その結果、実験結果の数値に関しては、印刷ミスであることがわかった。この印刷ミスには正直驚いた。理解に苦しむのは自分の能力不足なのか?と思う必要はないらしい。
この論文を扱うのはいつの会合になるかわからないが、こういうのを取り越し苦労というのかな。でも、論文を読めたことはプラスだ。
|
|
| 2005年5月12日(木) |
| King Lear |
| 5月28日に津田塾大学特別教室で「King Lear」の公演がある。International Theatre Company Londonによる公演だ。大学時代の友人Gariと学生の希望者を含め、7人分をまとめて申し込んだ。Gariの記憶によると、私達は4年生の時に後輩達による公演「リア王」にチョイ役で出たとのこと。私には全く記憶がない。4年生になると部活はもう卒業なので、出たがりの私達はチョイ役でいいからと出させてもらったらしい。男性役?それとも女性役?私達がこよなく愛した「シェイクスピア研究会(略してシェー研)」は、もう存在しない。 |
|
| 2005年5月4日(水) |
| 国際版画美術館 |
町田駅から徒歩15分くらいで町田市立国際版画美術館に着く。元同僚のMさんと一緒に「マルチプルショー」を観に行った。5月のさわやかな風に吹かれながら歩くのはとても気持ちがよかった。面白い作品に出会えた。私が特に気に入ったのは、ジャスパー・ジョーンズという作家の作品で、タイトルは『パン』。鉛の板の上にスライスした一切れの食パン(もちろん本物のパンではない!)を貼り付けたもの。この作品を74個も制作したらしい。Mさんは、パンの手彩色の仕上がりにやや不満を感じていたようだけど。ところで、私たちが観たのは何番目の作品なのだろうか。
そうそう、アブストラクトに関連する作品もあった。黒い紙の上に、単語 abstract
の定義が英語で書かれていたと思う。それだけ。私って、アブストラクトに縁があるのかなあ。 |
|
| 2005年5月3日(火) |
| BibLing |
先月の初めからずっと気になっていたBibLingの担当を済ませた。自分が担当する学術論文誌の最新号に収録されている論文アブストラクトを簡単にまとめてメーリングリストに送信するのが仕事。ところが、ささっと出来ると思い込んでいたのが大間違い。アブストラクトを読んでも内容がよく理解できない。3編の論文のうち、1編は必要な情報を論文から適宜見つけてまとめられたのだが、残りの2編の論文は全部読んでしまった。全部読むと、アブストラクトに書いてある内容がやっとうなづける。なるほどねって。メーリングリストに送信したら、義務を果たした安堵感で気持ちが楽になった。
このBibLing、まだまだ担当者を募集中。ちなみに、企業の研究員がボランティアでやっているabs_clubもあります(メンバーに誘われていたけれど加入できなくてすみませんでした)。
|
|
| 2005年4月29日(金) |
| 米沢先生の私塾に入りたい |
今週、朝日新聞でも日本経済新聞でも物理学者「米沢富美子先生」(慶応義塾大学名誉教授)の記事が目立った。米沢先生は、研究業績はもちろんのこと、日本物理学会の会長をつとめた女性ということでも有名だ。「何があってもめげない性格である。不都合なことがあっても、よいシナリオをイメージすれば元気が出て展望が開けるという」(出典:日本経済新聞4月28日夕刊第7面)。記事を読むと、私には楽観的というよりも強靱としか思えない性格が見えてくる。どちらかというと私も楽観的な性格だと思っていたが、同じ表現を使っても質が全く違うなと感じた。
いつか直面するであろうとぼんやりと考えていた「介護問題」が、我が家にいきなり舞い降りてきた。もちろん、誰も悪くない。でも、企業で働いていた時の活動経験が、この問題を客観的に捉えることに役立ったことは否めない。例えば、企業には介護休暇が設けられているが、これは介護をするための休暇ではなく、どのようにしたら介護を受ける人、そしてその家族が元の状態に近い形で生活をしていけるのか、その体制を整えるための期間であることを学んだ。こんな小さな経験でも、その時に考えたという経験が、自分の身にこの問題が生じたときに冷静に受け止められるようにしてくれたのだろう。
話を米沢先生に戻すと、現在は自宅で慶応大学博士課程の大学院生や米沢研出身者を集めて、次の研究テーマを発掘するための議論をしているそうだ。今のところ、物理学の分野の人に限られているようだが、将来は異なる分野の人にも開かれた塾にしたいとのこと。そうなったときには、さっそく米沢塾に入れてもらおう! |
|
| 2005年4月23日(土) |
| けやき並木の下で |
お天気が良かったので自宅周辺を散歩する。けやきの並木道は新緑がまぶしい。この通りに交差する通りでは八重桜が満開だ。心地よい風に吹かれ、足取りも軽い。
来週後半にはゴールデンウィークに入る。遠く親元を離れて住んでいる学生達もそれぞれの故郷に戻るのかな。新しい生活に戸惑いながらも少し慣れてきた新入生達、しばし、休養をとってきて欲しい。でも、宿題は忘れずに!
|
 |
|
| 2005年4月22日(金) |
| えっ!26,000円! |
朝倉書店から郵便物が届いた。何だろうと思って開けてみると、もうすぐ出版される(といっても今は再校正中だけれど)『言語の事典』の宣伝用パンフレットが同封されていた。全部で760頁、執筆者は総勢37人。価格は、なんと26,000円(本体価格)。
この価格では著者割引がきくとしても知り合いの先生方に謹呈できない。事典だから、図書館に入れていただけると有難いですね。それにしても、価格を知って腰を抜かすところだった。 |
|
| 2005年4月21日(木) |
| 時間が買えたら |
「時間を買いたい」という杉浦先生のことばに大きくうなづく。
誰もが思うことかもしれない、時間が買えたらと。でも、私たち人間は、限られた時間の中でやりたいこと、やらなければならないことを片づけていくしかない。偉業を成し遂げる人は、いったいどのような時間の使い方をしているのだろう?いや、どのようにして時間をつくりだしているのだろう?
科研費が採択された。初めての申請で採択された喜びは大きいが、これからが大変。研究分担者となっている他の2つの科研と並行して、自分自身のプロジェクトを進めていくことになる。「時間よ、とまれ」とは言わないまでも、「時間よ、かたつむりのような歩みで進んでね」と、シェイクスピアの『お気に召すまま』に出てきたセリフと逆のことを願う。
|
|
| 2005年4月17日(日) |
| 朝倉さん(その2) |
全体の半分強の校正が終わった。再校正なのにとても時間がかかる。新たに説明を入れなければならない箇所もあり、いわゆる再校正とは趣が異なる。
それにしても中島先生には頭が下がりっぱなしである。初稿→第2稿→初校の全てに目を通され、コメントを書き入れて下さった。初校にも目を通されているとは予想外だった。昨年の初校の際に時間をかけて校正して良かった。
書籍全体で30人は超えるであろう執筆者の原稿のひとつひとつを、しかも校正も含めて入念に読まれる姿勢を見習いたいと思う。これこそが「プロフェッショナル」である。 |
|
| 2005年4月16日(土) |
| ウ大英語特別講座 |
来月中旬からウ大の先生方による英語特別講座がスタートする。昨年の夏に、来日して下さる先生方と打ち合わせをしたのだけれど、あれからもう8か月。その先生方ともうすぐ大学で会える。→ウ大特別講座
開講される曜日と時間帯は、普通の社会人にとっては参加しづらい時間帯であろう。そんな厳しい制約を乗り越えてどのくらいの人が受講してくれるだろうか。バブル崩壊の直前だった頃、企業人であった私は、(今から思うと不思議な気がするが)会社の負担で翻訳・通訳のクラスに通わせてもらった。週に2回。機械翻訳システムのアルゴリズム開発に役に立つであろうというもくろみで受講したような気がするが、思えばなんと恵まれていたことか! |
|
| 2005年4月14日(木) |
| ドイツ留学 |
またまた久しぶりに知り合いから電子メールが届いた。最近、なぜか頼みごとをされることが多くなった。
若手の数理統計学者である彼は、フンボルト財団の奨学金によりドイツ留学を計画しているようだ。そのために、英語の4つのスキルのそれぞれについてどのくらいの能力があるかを英語母語話者(+大学で英語を教えている先生)に判断してもらう必要があるとのことだ。証明書が必要というわけ。
言コミだと「あの先生」になりますね。頼まなければ。それにしてもリーディングとライティングの能力判定をどうするか。
|
|
| 2005年4月9日(土) |
| Gari |
ガリから1年ぶりに電子メールが届いた。お子さんが中学生になったから、少しずつ仕事をしようかなというような内容だった。
子どもに本を読み聞かせることに関心があるらしい。雑誌の編集者としてバリバリ仕事をしていた経験と本の読み聞かせを結びつけられるような仕事は何だろう?ガリに教えてもらった雑誌に、『日経Kids+』というのがある。特集記事が「子どもと読みたい100冊の本」だ。
このような雑誌をヒントに、ガリはきっと何かを始めるに違いない。
|
|
| 2005年4月8日(金) |
| 成長 |
1泊2日で越後湯沢に新入生オリエンテーション旅行に出かけた。4月というのに、たくさんの雪が残っていた。
数名の2年生が同行してくれたが、新入生にとっては教員よりも身近な存在であるため、聞きたい質問を盛んに投げかけていた。傍らで2年生の対応を見ていてハッとした。てきぱきと新入生にアドバイスをしている。
この1年のあいだに、彼らは確実に成長していた。 |
|
| 2005年4月5日(火) |
| コミュニケーション能力 |
雨の入学式ではあったが、正門近くにある桜の花を見て、新しい出発をしみじみと感じた人も多かっただろう。
入学式に来られた父母の方々に就職に関する話をした。私はこんなクイズを出題した。「今、企業が新卒採用者(大卒文系)に求める能力のトップ3は何だと思われますか?
第2位と第3位をお教えします。第2位は熱意、第3位はバイタリティです。では、第1位は何だと思われますか?」
回答:厚生労働省、及びDISCO社の調査結果によると、第1位はコミュニケーション能力
(文系、理系を問わず)
|
|
| 2005年4月3日(日) |
| 朝倉さん |
明日はいよいよ入学式。新入生を迎えるための準備と2年生へのガイダンス準備に追われている。多忙をきわめている時に、朝倉書店から再校正の依頼がきた。昨年6月に初校を終えてから何ヶ月ぶりだろうか。
インターネットのサイトを数多く紹介しているため、これらのサイトがリンク切れになっていないかを全てチェックしなければならないのが最も厄介な作業である。2週間を目処に返却して下さいと手紙に書いてあったが、実のところ、どのくらい待ってくれるかな。
★朝倉書店『言語の事典』
|
|
| 2005年3月31日(木) |
| 思った時に思ったことを書いていく |
|
明日から新年度。4日には新入生を迎える。どんな1年にしようか。。。。
昨年12月1日に学生からもらったシクラメンの花が、花の数は少なくなったが、4か月経った今でも凛として咲いている。 私も、常に、「凛として」いたいと思う。
教育日誌でもなく、研究メモでもなく、毎日の生活の中で触れたこと・考えたことを記録に残していきたい。
|
|
|