カルムィク-ハリムグ=タンガチ共和国


 ロシア連邦を構成する共和国のひとつ。カスピ海沿岸低地の西部に位置する。国名の「ハリムグ=タンガチ」はカルムィク語で「カルムィク人民」を意味する。首都はエルストゥ(「砂地の」の意。人口およそ9万5千人)。同国の総面積は7万5900km2。13の行政地域からなる。カルムィク人(46%)、ロシア人(37%)、ダルギン人(4%)、チェチェン人(3%)などの民族から構成されている。

 同国の主要民族であるカルムィク人はモンゴル=オイラトのトルグート部の後裔である。トルグート部は1630年頃、現在のジュンガル草原からこの地に移り住み、ヴォルガ河流域でカルムィク=ハン国を形成した。かれらは、1771年にジュンガル高原へ帰還を試みたが、ヴォルガ河右岸に居住していた人々は、ヴォルガ河が凍結していなかったために渡河できず、この地に留まった。「カルムィク」という名称は、このような歴史的事件を背景に、テュルク系の「カルマク(残る、留まる)」という言葉から生じたという説がある。

 同国の領域は、1920年11月に成立したカルムィク自治州に基づく。同州は1935年10月にカルムィク=ソヴィエト社会主義自治共和国に改編された。第二次世界大戦時、カルムィク人はナチス=ドイツに協力した敵対民族と見なされ、中央アジアやシベリアに強制移住させられたため、1943年から1957年まで同自治共和国は廃止され、スタヴロポリ州に編入された。スターリン批判以降、同自治共和国の復活にともない、カルムィク人が帰還を果たした。同自治共和国はソ連崩壊によって主権宣言を行い、現在の国名に改称された。

 カルムィク語は、モンゴル・オイラト系の言葉で、カルムィク=ハリムグ・タンガチ共和国の公用語。トルグートとドゥルベトの二つの方言があるが、標準語はトルグート方言に基づいている。かつては独自の文字であるモンゴル文字を改良したトド文字を使っていたが、現在はキリル文字を使用している。

 カルムィク人は、他のモンゴル系民族と同様にチベット仏教徒を信仰している。ソ連邦崩壊以降のモンゴル文化復興の動きにともない、チベット仏教の信仰が盛んになっている。

 近年、カルムィク人は他のモンゴル系民族との交流を深めており、とくに同じオイラト系民族である新疆ウイグル自治区のトルグートとは密接な文化交流が進みつつある。

『世界民族事典』(弘文堂、2000年)所収


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