カラカルパクの英雄叙事詩
 

(1)カラカルパクについて

 カラカルパク人は、主として中央アジア、ウズベキスタン共和国を構成するカラカルパクスタン共和国(首都ノキス)に住み、ウズベキスタン共和国ではウズベク人に次いで二番目に多い。彼らはウズベキスタンには、およそ41万人が住む。カラカルパク人はウズベキスタン以外にも、トゥルクメニスタン共和国、カザフスタン共和国などにも広がっている。「カラカルパク」とは字義的には「黒い帽子」の意味であるが、その詳細な由来は不明である。

 カラカルパク語は、テュルク系の言語でカザフ語やノガイ語と類似し、これらの言語とともにキプチャク語群に属する。カラカルパク語は北部方言と南部方言との二つの方言に分けられ、北部方言がカラカルパク標準語となっている。一方、南部方言はウズベク語やトルクメン語に近い特徴を有する。

 カラカルパク人は、主に羊、馬、ラクダなどを放牧する生活を送ってきたが、潅漑による農耕やアラル海などでの漁労を行うものもいた。彼らはカラウイといわれる組立て式の天幕で暮らしていた。乳製品や肉を主食とするが、小麦粉や米を利用した料理も食す。また、シェクペンやコク=コイレク、シャパンといわれる民族衣装が伝統的に利用されてきた。

 ほとんどすべてのカラカルパク人がイスラーム教スンナ派を信仰している。かれらの日常生活はイスラームに大きく規定されているが、誕生、結婚、葬儀などの儀式にイスラーム受容以前の伝統・習慣を見ることができる。たとえば、毎年3月20日ころに行われるナウルズといわれる春祭りは、イラン系の祝祭に由来する重要な年中行事のひとつである。また祖先崇拝やシャマニズム的要素も残っている。

 カラカルパクにはいくつかの下位集団が存在する。カラカルパクに伝承されるシェジレ(系譜)によると、カラカルパクは、コングラトやクプチャク、クタイ、マングト、ケネゲスなどのアルス(部族集団)からなっている。

 カラカルパクの先祖の一部はかつてノガイ=オルダを構成していた人々であると考えられている。彼らの故郷は、カラカルパクの口頭伝承によると、ヴォルガ川右岸・アストラハンとカザンとに挟まれた地域にあったという。その後、カラカルパク人はシル川下流域を中心に発展してきた。カラカルパク人は、16世紀末以降シル川下・中流域で遊牧を営んでいたカザフと次第に関係を強化し、たとえばカザフの名君タウケ=ハン(1680-1718)に臣従を誓っている。モンゴル系オイラトの遊牧国家ジュンガル(中央アジアでは「カルマク」と呼ばれた)の中央アジア侵攻が18世紀に入って厳しさを増すようになると、一部のカラカルパクがシル川を遡ってタシュケント方面へ避難したため、カラカルパクは分裂した。すなわち、シル川上流域に広がった「上部カラカルパク」とシル川下流域でカザフの小ジュズに従った「下部カラカルパク」とに二分されたのである。その後18世紀後半に、カラカルパク人はシル川支流のジャンガ川流域に移動したが、彼らはヒヴァ=ハン国の攻撃をしばしば受けた。そして彼らは1811年、ヒヴァ=ハンのムハンマド=ラヒームによって、アム川下流域に移住させられた。以後、彼らはこの地に居住するようになり、現在に至っている。


(2)口承文芸について

 カラカルパクの口承文芸には、いくつかのジャンルの分類法があるが、ここでは代表的な分類法に基づいて、どのようなジャンルがあるか、簡単に見てみたい。まず、フォークロア研究者のアユムベトフやコジュロフ、ダウカラエフらによると、カラカルパクには次のようなジャンルが存在する。

 エルテク(昔話)、ナクル(諺・慣用句)、ジュムバク、 (男女の恋愛詩)、ベトゥアシャル(花嫁披露の歌)、ジョクラウ(葬祭の歌)、トルガウ、(断食に関する歌)、ダスタン(叙事詩) 

 さらに、ダウカラエフはカラカルパクの口承文芸の様々なジャンルを叙情的ジャンルと叙事的ジャンルとの二つに分類している。

1 抒情的ジャンル

 コスク(歌)、アイトゥス、バララル=コスク(児童歌謡)、ジャングルトゥパシュ(早口言葉)、ジュムバク(なぞなぞ)、宗教的フォークロア、サルト=ジュル(生活に根付いた歌謡)、ベシク=ジュル(ゆりかごの歌)、スングス、ベタシャル、ハウジャル、 ジョクラウ(葬祭の歌)、ナクル・マカル(諺・慣用句)。

2 叙事的ジャンル

 エルテク(昔話)(動物についての昔話)、(幻想的昔話)、世間昔話、 (伝説)、エポス(叙事詩)。

(3)英雄叙事詩について

 カラカルパクの英雄叙事詩の主な作品として、「アルパムス」「コブラン」「クルククズ(40人の娘)」「マスパトシャ」「ゴルグル」「ユスフとアフメト」「エディゲ」「エル=ショラ」などが挙げられる。これらの中には、「アルパムス」や「コブラン」、「エディゲ」などカラカルパクに限らず、他のテュルク系民族に伝えられる作品もあるが、「クルククズ(40人の娘)」や「マスパトシャ」などカラカルパクのみに伝えられるとされる作品もある。

 叙事詩のあらすじは、英雄の誕生とその少年時代、英雄の妻を求める戦いと結婚、英雄の名馬の活躍、英雄の活躍と功績などのエピソードから成り立つ。

 多くの英雄叙事詩の冒頭には、バトゥル(勇士)の両親についての描写と勇士の誕生のエピソードが描かれる。「ノガイ大系」や「マナス」など英雄が代々続くものはその先祖の勇士についても語られることがある。年老いた子供のない両親から勇士が生まれるというエピソードは英雄叙事詩にしばしば見られる。聖人の庇護を受けるというモチーフも多い。勇士は幼少から非凡な能力を発揮し、多くの作品において、子供たちの中でリーダー的存在となる。

 英雄の妻のエピソードも欠かすことのできないモチーフである。勇士の妻は許嫁であったり、異国の女性であったりするが、多くの作品において、その妻を娶るために英雄は障害や苦難を克服せねばならない。勇士は、妻となるべき女性を敵から救ったり、夫を選ぶために女性が出した課題をこなしたりする。そしてその結果、勇士は結婚するが、その際の祝宴は英雄叙事詩のクライマックスの一つとなる。

 馬は、勇士にとって欠かせない存在である。その馬は駿馬で優れた名馬であり、作品によっては勇士と話をすることもある。馬は勇士を陰に陽に助力する。危機に陥った英雄を救うのは多くの場合、彼の馬である。遊牧民にとって馬は実生活においても切り離せない存在であったが、そのことは英雄叙事詩にも色濃く反映されているのである。

 ほとんどの作品において、英雄にはその片腕となる盟友が登場する。その人物は、幼なじみであったり、敵の勇士であったりするが、英雄の馬と同様に困難に直面した勇士を救い、ときに主人公の英雄以上の活躍をすることもある。敵の勇士が、主人公との戦いに敗れ、あるいは主人公の非凡さ、すぐれた能力や寛大さに心打たれ、味方になるのである。また敵の勇士は、多くの場合異教徒、つまり非ムスリムであるため、その際にムスリムに改宗するというエピソードもしばしば見られる。また、盟友はハンの娘など女性の場合もある。

 さて、英雄叙事詩の最大の山場は英雄が敵に勝利する場面である。勇士は愛馬や盟友の協力を得て、敵と戦い、そのほとんどに勝利する。クライマックスは敵のハンや最強の勇士との一騎討ちであることが多く、その様子は詳細に語られる。戦いは刀あるいは弓矢による騎馬戦であることが多い。敵に勝利したあと、英雄が故国に凱旋し、祝宴が行われる様子もしばしば描かれる。勇士の活躍によって、故国に平安がもたらされて、物語は終わるのである。

 以上のような叙事詩の特徴は、カラカルパクのみならず、他の中央ユーラシア=テュルク系民族の叙事詩にも見られるもので、とくに近隣のカザフやノガイなどとは共通点がきわめて多い。

 カラカルパク叙事詩の表現形式は、カザフなど他の中央ユーラシアのテュルク系叙事詩と類似している。基本的に韻文主体であるが、多くは韻散混合文である。韻文部分の一行は基本的に7-8音節であるが、11-12音節の形式をとるものもある。また、押韻は脚韻を踏み、効果的にリズム感を出している。

 英雄叙事詩はふつう、人々が多く集う夜に語られた。かつては女性や子供は参加を許されず、外からこれを聞いた。語り手は、自身と聴衆の調子を合わせるために、いわゆるテルマを序曲として歌う。テルマとは叙事詩やレパートリーの短い部分で、長くても150行ほどである。叙事詩のレパートリーを列挙するテルマもあり、「何を語ろうか」と聴衆に尋ねることもある。語り手は、聴衆の様子や語りの場の状況によって、逸話を選び、それらをときに詳細に、ときに大まかに語り、また即興でテキストを様々に粉飾した。聴き手はかけ声などで反応し、語り手もそれに応える。盛り上がりによっては、語りは休憩を取りながら、日の出まで続くこともあった。

 さて、カラカルパク叙事詩の採集作業を最初に行ったのは、アブベキル=ディバエフという人物である。ディバエフ(1856-1932)はオレンブルグ生まれのバシュコルト人で、オレンブルグの陸軍幼年学校卒業後、タシュケントで軍務につき、1883年に民族学資料の採集・調査を行う。彼は同時にアルパミシュやエディゲ、ショラ、ベケトなどの叙事詩を採集し、それらを1891-1907年にかけて『シルダリア州統計資料集』に発表している。

 カラカルパクの口承文芸の集大成ともいうべき作品集『カラカルパク=フォークロア作品集』が、1977年から1990年にかけて出版された。これは全20巻からなり、カラカルパク口承文芸の様々なジャンルの作品が収録されている。ここには、叙事詩や昔話、アイトゥスなどのジャンルの代表的な作品が網羅されており、カラカルパク口承文芸を体系的に知る格好の作品集である。

 ソ連崩壊による独立以後、カラカルパク口承文芸の多くの作品が公刊されるようになった。オギズ=ジュラウの語りによる「アルパムス」やエセムラト=ジュラウの語りによる「コブラン」などがその代表的な例であるが、その中には初めて刊行されたテクストもある。1995年に出版された「ショラ=バトゥル」がまさにそのような作品で、これによりそれまでその存在が知られるに過ぎなかった「ショラ=バトゥル」の「カラカルパク版」テクストが広く世に知られるようになったのである。