キプチャク(クプシャク)





 中央ユーラシアのテュルク系のエスニック集団の名称。現地音に準じてクプチャク、クプシャクともいわれる。

 キプチャクは、11世紀以降、黒海北岸の草原地帯に居住し、ロシアにしばしば侵攻したことで知られる。かれらは当時、ロシアではポロヴェツ、ヨーロッパではクマンと呼ばれていた。キプチャクは、14世紀ころにはヴォルガ河中流域からシル河下流域にかけて広がっていたが、その後の中央アジアの歴史において少なからぬ役割を果たした。かれらは、15世紀に中央アジアで隆盛となった、アブルハイル=ハンを中心とする遊牧ウズベクの核をなしていた。アブルハイル=ハンの死後、キプチャクの名称を継承した諸集団のうち、一部はシャイバニ朝の勢力下に、一部はカザフの勢力に加わり、また一部はノガイ=オルダを構成した。

 カザン=ハン国やクルム=ハン国においては、カラチと呼ばれる政治的有力者に、キプチャク出身者が代々就いていた。また、ジュンガルによる中央アジア侵攻によって、1720年代以降フェルガナ地方へ避難したキプチャクの一集団は、この地で独自の勢力を形成し、その後コーカンド=ハン国において大きな政治勢力を保つにいたった。キプチャク出身の著名な人物としてはトルキスタン自治政府の首班であったムスタファ=チョカイなどが挙げられる。

 現在、キプチャクの名称を冠した集団は、ルー、ウルーあるいはウルグなどといわれる亜民族集団として、カザフ・ウズベク・クルグズ・トゥルクメン・ノガイ・バシュコルトなど多くの民族の一部を構成し、中央ユーラシア各地に存在している。具体例をいくつかあげると、ウズベクのキプチャクの多くはウズベキスタン共和国のヒヴァやフェルガナ地方に住むが、サマルカンドやカッタクルガンにも存在する。カザフのクプシャクは主にカザフスタン共和国のコスタナイ州やトルガイ州、カラガンダ州などに、またクルグズのクプチャクはクルグズスタン南部、アンディジャン付近のカラスウやオズグンなどに居住している。これらの集団はそれぞれ同様の名称を冠しているものの、実質的に異なる集団であり、現在これらの集団同士には共有する帰属意識はないと言ってよいだろう。

 なお、中央ユーラシア=テュルク系諸民族の代表的な英雄叙事詩『コブランドゥ=バトゥル』の主人公コブランドゥはキプチャク出身であり、「キプチャクの英雄」としてよく知られている。

『世界民族事典』(弘文堂、2000年)所収


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