トゥルクメン



 中央アジアの主要民族のひとつ。自称・他称ともにトゥルクメン。その大部分が、トルクメニスタン共和国に居住するが、同国の他にもカザフスタン共和国やクルグズ共和国、タジキスタン共和国など中央アジアの諸共和国にも分布している。トルクメニスタン共和国のトゥルクメン(トルクメン)人はおよそ325万人(1997年)。

 トゥルクメン人の母語はトゥルクメン語である。トゥルクメン語はテュルク系オグズグループに属し、トルコ語やアゼルバイジャン語などと類似しているといわれる。トゥルクメン語には様々な方言があるが、それらはテケ、ヨムート、ギョクレンなどトゥルクメン人を構成する下位集団の言語に基づいている。現在、トルクメニスタン共和国の国家語とされているトゥルクメン標準語は同民族の下位集団であるテケの方言を基にしている。

 トゥルクメン人には、トゥルクメン語でティーレ・ターイパといわれるいくつかの下位集団がある。それらの主要な集団の名称および分布地域、都市名は以下のとおりである。テケ(トルクメニスタン南部、アシュガバート、メルヴなど)、エルサル(トルクメニスタン東部、ケルキ、サヤト)、ヨムート(トルクメニスタン西部および北部、ガザンジュク、イランルなど)、サルク(トルクメニスタン南東部、ムルガプ河流域タグタバザル、ムルガプなど)、サルル(トルクメニスタン東部、チャルジェヴ、ムルガプなど)、ギョクレン(トルクメニスタン南部、ガルガラ、イランルなど)、チョヴドゥル(トルクメニスタン北部、アム河下流域、ダシュホヴズなど)。

 かつてイランに移住していたテュルク系遊牧民はトルコマンと呼ばれ、11世紀以降、西アジア各地に興隆した。17世紀のヒヴァ=ハン国のハン、アブルガージー=バハディルハンが「トゥルクメンの系譜」にオグズ(トルコマンの旧称)のハンの系譜を記したように、トゥルクメン人は彼らを自らの先祖と考えていたが、現在のトゥルクメン人の民族形成においてトルコマンがどのような役割を果たしたかを説明することは困難である。

 現在の中央アジアの主要民族であるトゥルクメン人の民族形成の歴史は15世紀にまで遡ることができるといわれ、かつてオヴガン、アラプ、グルラル、グラマ、タトゥなどという名称で知られた様々な集団が現在のトゥルクメン民族の起源であると考えられている。かれらは、15-16世紀にはカスピ海東岸の広大な地域に居住していたが、しばしばその居住地を移動していた。たとえば、18世紀初頭、マングスタウ周辺に居住していたトゥルクメン人はヒヴァ=ハン国の圧政によって、北カフカス、スタヴロポリ周辺に移り、マヌィチャ川やクマ川の流域に住み着いた。 トゥルクメン人の起源をなす諸集団は、集団同士の争いや外部勢力との衝突により、現在のトゥルクメン人のような統一された集団を形成することはなく、長い間不安定な状態が続いていた。

 かれらは、遊牧あるいは遊牧とともに潅漑を利用した農業を行う半遊牧を生業としていた。1869年にロシアがカスピ海東岸に到達し、クラスノヴォツク要塞を建造すると、かれらとロシアとの軍事衝突が激しさを増すようになった。1880年にはテケを中心としたトゥルクメンのギョクテペ要塞を熾烈な戦闘の末にロシアが攻略し、以後トゥルクメンはロシアの支配下に置かれることとなった。1924年にトゥルクメン人の最初の国家であるトルクメン=ソビエト社会主義共和国が形成された。このことによってトゥルクメンの民族形成が完成されたといえるが、ソビエト時代以降も政治・経済をはじめとする様々な分野で下位集団の伝統的習慣が強く残っていることが指摘されている。 

 トゥルクメン人はイスラーム教のスンナ派を信仰している。とくにスーフィズムといわれるイスラーム神秘主義が発達し、その重要な担い手である聖者にたいする崇拝が盛んである。このような聖者崇拝は、イスラーム以前の土着の信仰と結び付き、発達してきた。聖者の墓所や廟は聖者崇拝の中心であり、現在でも数多くの人々がこのような聖廟を参拝している。

 またトゥルクメン人は、尚武の気質が高い一方で、客人に対するもてなしが手厚いことで古くからよく知られている。

 トゥルクメン人には豊富な口承文芸の伝統があり、「ゴルクトゥ=アタ」や「ギョログル」、「ユスフとアフマド」などの叙事詩作品は、彼らの生活様式や歴史、習俗や世界観を伝える文化遺産として知られている。トゥルクメンには、ドゥタールという二弦の撥弦楽器を伴奏しながら詩を語るバグシュといわれる詩人が数多くいた。その中でも、プラグの筆名で知られる、18世紀の著名な詩人マグトゥムクルは博愛を説く数々の作品を残し、現在においてもトゥルクメン人の生んだ偉人として高く評価されている。

 また、遊牧の伝統の残るトゥルクメン人にとって、馬は現在においても切り離せない存在である。とくに、トゥルクメンで固有に産するアハルテケ馬は優れた駿馬としてトゥルクメン人のシンボルであり、トルクメニスタン共和国の国章の中心に描かれている。

『世界民族事典』(弘文堂、2000年)所収

 

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