トルクメニスタン


 中央アジア南西部に位置する共和国。国境は、南部でアフガニスタン(744 km)やイラン(992 km)と、北部および北東部でウズベキスタン共和国(1,621 km)と、また北西部でカザフスタン共和国(379 km)と接しており、西部は1768kmにわたってカスピ海に臨む。

 同国は沙漠地帯と緑地地域からなるが、国土の8割はカラクム沙漠が占める。都市や村落は、キョペト山脈の裾野やムルガブ川流域やアム川下中流域の緑地地域に集中している。同国の領土には古くから文明が栄え、それらの遺跡であるニサやアナウなどは世界的にもよく知られている。

 同国の首都はアシュガバード(54万4700人)。アシュガバードとは「愛の町」の意味である。同国は、アハル、バルカン、ダシュハウズ、レバプ、マリの5つのヴェラヤトとよばれる行政地区に分かれている。

 同国の領域は、トルクメン=ソヴィエト社会主義共和国のそれに基づいている。トルクメン=ソヴィエト社会主義共和国は、1924年に成立し、翌1925年5月にソ連邦に加盟した。ソ連邦が解体したのち、1991年10月27日にトルクメニスタン共和国として独立宣言を行った。日本とは1992年4月に国交を樹立しているが、日本は1998年現在、同国に大使館を開設してはいない。

 1992年5月18日にトルクメニスタン共和国新憲法が採択された。同国憲法第一条には「トルクメニスタンは民主的、法治的、世俗的国家であり、国家の統治は大統領が共和制のもとに行う」と定められている。1992年6月には大統領選挙が実施され、サパルムラト=アタエヴィッチ=ニヤゾフ前大統領が再選する。1994年1月15日に、他の中央アジア諸国に先掛けて 大統領の任期延長を問う国民投票が行われ、ニヤゾフ大統領の2002年までの任期延長が99.99%の支持率で是認された。トルクメニスタンの国家元首でもあるニヤゾフ大統領はトゥルクメン=バシュ(「トゥルクメンの棟梁・頭目」の意味)と呼ばれ、非常に強力な権限をもっている。国中の至るところに彼の肖像やスローガンが溢れていることからもわかるように、同国は中央アジア諸国でもっとも個人崇拝の傾向が強く、その権威主義体制の功罪が指摘されている。

 同国には、ハルク=マスラハトゥ(上院)とメジリース(下院)からなる二院制の議会があり、国民の18歳以上の男女に選挙権が与えられている。またトルクメニスタン共和国の内閣は、大統領によって任命される。

 同国は、総人口の7割以上を占めるトゥルクメン人のほか、ロシア人(7%)ウズベク人(9%)カザフ人(2%)、ウクライナ人、アルメニア人、アゼルバイジャン人などからなる。同国では民族的対立に起因する問題は現在のところとくに見られないが、独立以降、様々な分野でトゥルクメン人の優越性が強まりつつある。

 トルクメニスタンの国家語はテュルク系のトゥルクメン語で、総人口の大部分によってこの言語が使われている。またロシア語も総人口の半数近くが理解するといわれる。識字率はおよそ98%。トゥルクメン語の表記には、1940年からロシア文字を改良したアルファベットを使ってきたが、独立後、1994年からラテン文字を改良した新アルファベット(30字)が導入された。しかし、新アルファベットは現在のところ教科書や町中での表示に使われる程度で、書籍・新聞などにおけるラテン文字化は未だ十分には進んでいない。

 トルクメニスタンでは、トゥルクメン人をはじめ、ウズベク人、カザフ人など国民の大部分がイスラーム教・スンナ派を信仰している。彼らのあいだではイスラーム聖廟への参拝など聖者崇拝も盛んに行われている。同国では独立以降、イスラームに対する関心が高まっているが、同国では政教分離および世俗政策が施されており、イスラームの政治的影響力は少ない。また、ロシア人やウクライナ人など非ムスリム民族のあいだではロシア正教会が信仰されている。

 広大な沙漠地帯をもつトルクメニスタン共和国では、灌漑によるオアシス地域での農業および牧草地や沙漠での遊牧による牧畜が行われている。アム河を利用した灌漑農地で収穫される農産物の多くは綿花で、綿花栽培はこの国の主要な輸出品目のひとつである。同国の就業者のおよそ44%が農業に、およそ20%が生産業・建設業に従事している。

 またトルクメニスタンは天然ガス、石油、石炭など地下資源にたいへん恵まれた国としても知られている。現在、イランやトルコを経由するガスパイプラインによるヨーロッパへのガス輸出計画が進められるなど、これらの地下資源を輸出品目の柱にした経済発展を目指している。同国のおもな貿易相手国は、旧ソ連諸国のほかにトルコや東欧諸国である。同国は、豊かな天然資源をめぐり、アゼルバイジャンとの間でカスピ海の領有海問題を抱えている。なお同国では現在、1993年11月に導入された独自通貨マナトが流通している。

 

 『世界民族事典』(弘文堂、2000年)所収

 




  中央アジア南西部に位置する共和国。アフガニスタンやイラン、ウズベキスタン、カザフスタンに囲まれ、カスピ海東部に位置する。正式名称はトゥルクメニスタン Turkmenistanで、「トルクメンの国」を意味する。首都はアシュガバード(「愛の町」の意)。

 国土の8割をカラクム沙漠が占める。この地には古くから文明が栄え、アナウやニサなどの遺跡は世界的にもよく知られている。トルクメン人が人口の7割以上を占めるが、ロシア人、ウズベク人、カザフ人、ウクライナ人なども住む。

 1880年以降、ロシアの支配下に置かれるようになった。1924年にトルクメン=ソビエト社会主義共和国が形成され、翌25年にはソ連邦に加盟。ソ連邦解体後の1991年10月27日にトルクメニスタン共和国として独立宣言を行う。1995年に国連にて「永世中立国」として承認されるなど、他の中央アジア諸国とくらべて独自の政策を行っている。トルクメン=バシュ(「トルクメンの頭目」の意)と呼ばれるニヤゾフ現大統領はきわめて強力な権限をもっており、個人崇拝の傾向が強い。灌漑を利用した農業が中心的な産業で、綿花がその主要作物である。同時に天然ガスや石油、石炭などの地下資源に恵まれ、これらの地下資源を主要な輸出品目とした経済発展を図っている。

 1896年に福島安正少佐が現トルクメニスタン領を訪ねた最初の日本人であると考えられる。近年、日本人も、主に観光を目的としてこの地を訪ねるようになったが、その数は多いとはいえない。日本とは独立後の1992年4月に国交を樹立したが、2000年現在、日本は同国に大使館を開設してはおらず、在ロシア日本国大使館が同国を管轄している。

 『対日関係を知る事典』(平凡社、2001年)所収


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