雑記帳![]() 2005年春から冬、 そしてまた2008年秋からふたたび・・・ |
デジタルネイティブ
デジタルネイティブ――子供のころからインタラクティブなインターネットツールを使ってきた世代のことだそうだ。NHKスペシャル「デジタルネイティブ〜次代を変える若者たち〜」を見た。番組サイトには、デジタルネイティブ度チェックテスト20問 で、自分のデジタル度を確認できる。
⇒ デジタルネイティブ度チェックテスト20問 へ
結果は、自分のデジタル度50%。興味はあるが不安で乗り越えられない壁があるようだ。とはいっても、今のところは、その50%をフル活用して、ネットから情報を得ることが出来ていると思う。
現在の関心事は、小学校の英語教育。近々全国の小学校で5〜6年生は英語が必修となると伝えられている。近くの小学校の英語活動サポーターとして参加して5年目になる。全国の英語教育事情はどうなっているのか、ネットを通して、日々の活動の様子を知ることができる。数日前に行われた授業の教案も、その成果と反省点も見ることができる。クラス担任が英語の授業を進めて行くための情報交換や、ワークショップの開催、研修会などの先生たちのネットワークができている地域がある。それらの地域は、英語教育にインターネットを上手に利用し、体験を共有して、さらなる成果をあげることに成功しているようにみえる。私の場合、学校との連絡はFAXか電話のみで、学校は連絡にさえインターネットを使うことに消極的のように感じる。また、たまの情報は教育委員会からピラミッド型で降りて来て、それを底辺でただ受け取る、というような感じである。
今週、他県から小学校の先生方が、はるばる英語の授業参観に見えるそうだ。情報活動が活発で、魅力的な英語教育を実践していると、以前から私が個人的に注目していた地域であるので、ぜひお話を伺ってみたい。全国の英語教育がネットでつながって、活性化して行ければいいと思う。これからの英語教育には、いままでの考えをひっくり返したような、ネットを使ったアイディアにも可能性がいっぱいあると思っている。
昨日某県某小学校では、can を教える授業の最後に”can”と”Yes, we can!”連呼がたくさん聞けるObamaさんのNew Hampshireでの演説のビデオクリップ、最後の2分を視聴したそうで、英語をスキルでなく、生きた言葉として子どもたちに提供した授業だったことが、遠く離れた自宅で知ることができた。その授業のアイディアを瞬時に情報として受け取れた自分のデジタル度は、ここまでは・・・まあまあであると思う。
2008・11・11記
秋の白雲邸
源氏物語の英語レクチャーを、Stuart Varnam Atkin氏にお願いすることになり、金曜日午後、会場となる三渓園の白雲邸に下見に出かけた。白雲邸は1920年大正9年に原三渓氏が建て、20年間住居として過ごされた木造住宅で、現在は横浜市指定有形文化財に指定されており、また貸出施設としても利用されている。築後90年近く経ってはいても、手入れがよく行き届き、きれいに磨かれた窓ガラスからは、暖かい秋の西陽が射しこんで、日本家屋の持つ懐かしさと郷愁を感じた。
写真は、洋間から和室を眺めたところ。大きなクモが、邸の屋根から庭の木に立派な巣を作り、そのクモの糸が陽に照らされて輝いていたので思わず一枚。もう一枚は、白雲邸近くの記念会館にある望塔亭。いつでもお抹茶がいただける。 2008・11・8記
大船「田谷の洞窟」
ドレスデンからのお客様W氏と連日の散策。キリンビール工場と総持寺の翌日は、大船の「田谷の洞窟」に行きました。
古代人の横穴住居だったものを鎌倉期から江戸時代にかけて真言密教の修行窟として掘られた洞窟だそうで、入口でろうそくに火を灯し、火が消えないように気を付けながら恐る恐る中に入りました。ちょっとした冒険気分です。ここはJR大船駅から徒歩30分くらい。行きはバスに乗りましたが、帰りは畑の中を、ゆっくりと歩いて帰りました。狭くて暗い長い洞窟より、私は外が好き。大船にはこんなに広く続く田園と、魚や鳥がたくさんいる川があるのか、とちょっと感動でした。連日の外出で疲れ気味で、駅でコーヒーでも、というみんなと別れて帰宅しました。一週間すべて予定で埋まってしまった「クレイジーウィーク」の、ど真ん中の一日でした。 2008・11・5記
時がゆっくり流れる空間で・・
鶴見にある総持寺を訪ねました。
午前中はドイツ語仲間11名と生麦にあるキリンビール工場見学をし、昼食後、電車に乗って二駅目、京急鶴見駅から徒歩で5分余りの総持寺に到着しました。2時からのお寺内部の見学(参拝)を計画していましたが、すでに2時を回っていたため、多数決で3時からの次回の見学を待たずに、境内を散策して帰るということになりました。それでもMarieと私はせっかくなので、二人だけで見学を申し込むことにしました。
受付で待っていると、若いお坊さんが私たち二人だけの案内役として来て下さり、1時間余りのお寺内部の参拝ツアーが始まりました。驚いたのは写真撮影がOKだということです。平日の午後ということもあって、お寺の中は閑散としており、誰もいない長い廊下、広々とした畳のお部屋には、美しいお庭から夕日が差し込み、大きなふすまには、見事な絵が力強く描かれ、たくさんの人に法話を聴かせるための1000畳もあるとてつもなく広いお部屋・・座禅の暗いお部屋・・と、丁寧な説明を受けながらとても贅沢なゆっくりした時が流れていきました。
26歳になる案内役の若いお坊さんは、お寺に入門された時の心細さや、当時の修行のつらさを話してくださいました。百間廊下という180mの長い廊下は、ふたつの建物の間隔をその廊下で離すことで、火事の時に延焼を防ぐ役目があるのだそうです。一日に朝と昼二回、100人の僧侶が、百間廊下を雑巾がけをし、廊下はピカピカ。蓮の花は仏教と深い関係があり、蓮の花が土の中から花を咲かせることから、人間がドロドロした泥のような状態からでも花開くことができるという教えであること、早朝4時に鈴を鳴らしながら廊下を走る「目覚まし当番」は朝2時に起きること。修行中は、テレビや新聞を見ないので世間でなにが起きているのか全然知らないということなど話してくださいました。
帰ろうと言うみんなを、強引にでも引き止めて、一緒に見学させていただけばよかったと後悔しました。鶴見近辺散策を企画した私としては、この「時がゆっくり流れる空間」を皆と共有できなかったことがとても心残りです。 11・5・2008
「りんご狩り」と「りんごの収穫」
先週に引き続き日本語教室。藤沢の長後で「りんご狩り」をしたことを話題にしました。「りんご狩り」ならニュージーランドでしたことがあるとJさんが話してくれました。私の「りんご狩り」は100g65円で、4個で621円を支払いました。自然の中で、木から直接もぐのを楽しむのが「りんご狩り」。Jさんは、木にはしごを架けて一日に3000個のりんごを摘み取るという重労働ですから、「りんごの収穫」ですね。
日本の収穫期は9月10月ですが、ニュージーランドは2月3月。木の先端にある一番おいしいりんごを自分用にとっておいて、お昼に食べる。日本のりんごもおいしいけれど、その「ランチのりんご」に勝るりんごはないのだとか。町に並ぶのはBクラスのりんごで、Aクラスのりんごは輸出される・・・肩から前に下げた大きなバスケットにりんごを入れて、500個入る大きなケースに並べ、それを6回繰り返すのが自分の一日の収穫。そんな話を日本語でいっしょうけんめい話してくれました。ちょっとしたきっかけで、思いがけず話がどんどん広がりました。
語彙を増やしながら、自分の言いたいことを相手に伝えるという繰り返し。外国語の上達の一番の方法だと思います。文型でのパターン練習よりも楽しいです。11・5・2008
服部真湖さんと・・・
11月2日(日)2008年
ドレスデンからのお客様を案内して、浅草橋久月の人形学院 「作品展」に行きました。受付に服部真湖さんが・・。お写真をお願いすると快く応じてくださり、素敵なお着物姿で一緒にカメラに納まってくださいました。すらっとした美しい方でドレスデンのW氏も大喜びでした。いい一日の始まりです。
今年の作品テーマは源氏物語。彼はドイツ語で源氏物語を読んだそうです。私は源氏物語が世に出た背景に興味を持ちましたが、物語そのものにはそれほどの興味が湧きません。いずれ読んでみたいとは思っていますが。
作品のそばにはその製作者がいて、自分の作品の前で足を止めて見入る人がいると、何気なく近づき、熱心に説明をしてくれます。私たちも第七帖 「紅葉賀」源氏18〜9歳、頭中将と青海波を舞う場面の作品の前で、お二人の方にお話を伺いました。20名近くの共同作品だそうで、お一人の方はお琴を一つ作ったそうです。物語の中の光源氏に思いをはせながら作品を作る。優雅な趣味だと思いました。
お昼は、久月のお店の方に薦められたお寿司屋さんへ。下町だからお値段以上の味とボリュームでした。お腹が一杯になったところで、浅草橋から浅草寺まで歩いて向かいました。30分位歩き駅を過ぎるとすごい人出。あちこち歩いて、本日は終了。またひとついい思い出ができました。再来年春の日本での再会を約束して、横浜駅でW氏と別れました。ドイツ語教室のみんなでドレスデンを訪ねるのはいつになることでしょうか。楽しみです。
2008/11 /3
みんなで着れば怖くない・・・?!![]()
インドのAさんが民族衣装サリーを紹介してくださいました。Tシャツかタンクトップに、ペチコートを身につけ、6m前後の美しい一枚の布をひだを取りながら上手に体に巻きつけていくだけで、とても素敵なドレスになります。
Aさんが用意してくれたたくさんのサリーに加えて、インド滞在中に買った人、プレゼントされたまま一度も着たことがなかったとサリーを持参した人がいました。それぞれ好きな色を選んで、教わりながらサリーを着てみました。インドでは仕事もサリーを着てするそうですが、動き難くはないでしょうか。とても楽しいCulture Exchangeの会でした。 2008・11・5記
えらい 人
先日の地域日本語教室でのこと。「えらい!」って言葉はどんな時に使う? 2歳の子供がおもちゃを片付けると、「えらいね、えらいね!」と奥さんが言う、と ニュージーランド出身で英語講師をしているJさん。ほかに偉い人はいるかしら、 ということで、政治家は偉い人か、という話題に。小泉さん、安部さん、福田さん、 麻生さん・・、途中で辞めた安部さん福田さんは偉くない。小泉さんはリーダーシップが あるから偉い。はたして小泉さんは偉いのか。
10月18日付け朝日新聞に『小泉改革路線は「功」「罪」どちらが大きい?』というアンケート結果が掲載された。「功」が26%「罪」が51%。「弱者にも競争を強いた」「格差を助長した」という理由である。世界の政治家は個性的でリーダーシップがあるが、日本の政治家は政党の代表者である面が強く、なかなかリーダーシップを発揮できない。その点で、力強く政策を推し進めた小泉さんを、Jさんは高く評価するそうだ。ニュージーランドの投票率は80%くらい。かたや日本は50%台がやっと。政治家に「功」「罪」の評価を下す資格があるのか、こちらも反省しなければならないと思った。
今回の世界経済危機。その中で問題山積の日本を守って、安心して生活できる政策を打ち出しそれを実行できる政治家が偉い。人類の未来まで視野に入れた政治ができる人が偉い。もちろん、おもちゃを片付けるJさんのお子さんもえらい!
2008/10/28
2008年10月26日(日)
2005年に作ったブログを3年間放っておいた。その間、ドイツ語ブログにはまり、ドイツ語記事を翻訳したり、記事の感想を、つたない短いドイツ語で書き残してみたりしていたが、久しぶりに日本語のブログを読んでみて思った。母語は自由に考えを残すことができるすごい言葉だ!と。ドイツ語勉強ブログでは、いつも言葉足らずで、表現できないつらさ、こう書きたいんだけれど、どんな言葉を使えばいいんだろうか・・と常に不自由なストレスを感じていた。やっぱり日本語。自由に思いを伝えるにはこれが一番。3年も埃をかぶっていたブログを、「雑記帳 そしてまた2008年秋からふたたび・・・」と題してリフォームし、出来ればまた続けてみたい。
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横浜トリエンナーレ2005
寒波の襲う数日前の12月14日(水)、mc/ykさんのご招待でトリエンナーレに行って来た。15万人来場との横断幕にもかかわらず、平日のせいか、中はとても閑散としていた。参加型の芸術祭トリエンナーレ。横浜港の倉庫の中というロケーションが味わい深い雰囲気作りに一役かっていたように思う。19日の最終日には延べ19万人が訪れたと新聞にあった。
2005年12月14日記
紅葉と高校生・・・
秦野郊外までバスに乗った。車内に女子高生が6〜7人。イギリス、デンマーク、ニュージーランド、オランダからの連れのために、席を詰めてもらった。「せっかくだから英語の勉強をしてみては?」と声をかけると、「えっと・・・どこ行くの?ってなんて言うんだっけ・・・」「Where 、are 、you・・・・・・・????」などと明るい声が返って来た。15分ほどのなごやかで楽しい交流があった後、思いついて英語の教科書を見せてもらうことにした。彼女らが学校でどんなに難しい英文を読んでいるのか知ってもらいたかったからである。連れはパラパラとページをめくりながら、こんなに英語をならっていてスムーズに英語が口をついて出てこないのは何故なんだろうというように首を振っていた。「なにか日本語を教えて・・・」と請われ、とっさに「超むかつく〜〜〜〜〜〜〜っ!!」と答えたのには苦笑した。明るくて楽しい高校3年生。受験がんばってネ。
There was a group of schoolgirls (16-17 years old) in the bus who started to talk to us. They showed us their English textbooks and we were all surprised at how difficult the texts were.
同乗したオランダ人から感想いただきました。
2005年12月1日記
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紅葉と蕎麦打ちと・・・
秋晴れが続く。紅葉も今が見頃、11月も残すところあと一日となった。秦野市郊外のお蕎麦屋さんで蕎麦打ち体験をした。祖母がよく蕎麦を打ってくれたのを思い出しながら、打ちたての蕎麦を楽しんだ。あさってからはもう12月。あっという間の1年だ。
2005年11月29日記
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戦争回避の方策
劇団四季「異国の丘」を観た。和平工作の失敗と戦争の泥沼化、ついには終戦後のシベリア抑留へと主人公の運命が翻弄されていく。演出家浅利慶太氏の思いは『戦争回避の方策は絶対無かったのか。』また、『・・・あの戦争の開戦、遂行に関わった人々は、結果として日本国民にもたらされる可能性のある「悲惨」について考えたのだろうか?』と問う。『例えどんな崇高な目的があったとしても、戦争は民衆の、国民の凄まじい犠牲を伴って戦われるということである。戦争は長く続く悲劇を生む。だから戦争を決断する立場となった人は、このことを深く心に刻まなければならない。政治家だけではない。それを支える人、あるいは世論に影響をもたらす人までふくめて、責任を問われる』と主張し、戦後60年に戦争の深い傷を語り継ぎ哀悼と挽歌を奏でる「昭和の歴史3部作」を上演するに至った。
捕虜という言葉でなくシベリアに拉致され抑留されたという表現、当時の政府の外交の失敗と無策などをしっかりと話に盛り込み、メッセージのはっきりしたすばらしいミュージカルだった。国を動かす人に国民の運命が委ねられる恐さを感じた。
⇒ 異国の丘サイトへ
2005年11月24日記
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ブログの活用法
10月にドイッチェベレDeutsche Welleの記事を毎日少しづつ訳そうとブログを始めた。ブログにはカレンダーがあり、記事を書いた日にはアンダーラインなどのチェックが入る。これが意外と励みになる。今月は鎌倉散策をした9日と、朝から忙しくてへとへとになった11日のみが無印になってしまったが、今のところ順調に進んでいる。また、記事を選んだり、画像を探したりする作業が楽しい。記事の内容が理解できない時は関連事項を検索して、背景を調べたりすることもあり、思いがけない勉強ができる。一日こんなことをして時間を潰して何になるのかと自問する。でも、面白いのだから1年はやってみたいと思っている。
⇒ 勉強用ブログはこちら
2005年11月22日記
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異国の丘
劇団四季の「異国の丘」
戦後60年の節目として今回、「昭和の歴史三部作」シリーズの「ミュージカル李香蘭」「南十字星」と合わせて連続上演される。主人公九重秀隆。悲劇の恋を経て、日中に平和を願い、その生命を賭け、最後は遠くシベリアの地に散る。その生涯が、ニューヨーク、東京、上海、シベリアを舞台に壮大なスケールで展開していくという話題作。23日の観劇を楽しみにしている。
2005年11月21日記
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陶芸祭で買った花瓶に千両を・・・
11月初旬、三渓園で陶芸祭があった。陶芸教室に通う方々の作品が販売されており、湯のみと花瓶などを購入した。美しいブルーと素朴な形がとても気に入っている。鳥に千両の赤い実を食べられてしまう前にと、今日初めてその花瓶を使ってみた。
11月18日記2005
『日本再生のヒント』竹澤利器雄&『ビッグバンと英語』寺澤芳男
共に、グローバル時代に立ち向かう日本社会再生のヒントを教育を絡めて述べている。竹澤氏は戦後の日本は出来るだけ差をつけない教育を行って来たが、これでは社会の活力は失われる、そのため、同質化した集団を脱し、もっと差をつけ、個性を尊重する社会、個性を存分に発揮できる社会を作ろうと説く。また寺澤氏の著書の主タイトルは『日本人英語でも恥ずかしくない』副題『ビッグバンと英語』であり、「事態はさらにとてつもないスピードで進んでいる。もはや、英語が出来なくて困るのはリーダーだけではない。・・略・・グローバル・スタンダードの高波は襲ってくるのである。」と英語や英語的思考を背景とするルールを理解しなければならないのがビッグバン時代であると説き、新しい時代の英語の必要性を指摘している。
事態は国際理解、国際交流というレベルをとうに超え、日本の存亡をかけた必死の教育、英語教育の必要性を感じさせる2冊であった。小学校からの英語教育必要論はこんな危機感に裏づけされているように思う。
11月記2005
国際的視点から歴史を振り返ること![]()
ドイツ語の文章を毎日少しずつコツコツと翻訳しながら一朝一夕には出来ない外国語の勉強を続けていこうと、「一朝一夕」というタイトルのブログを作っている。ドイッチェ・ヴェレDetutsche Welleには様々な分野の記事があって、毎日選ぶのが楽しい。その中に第二次世界大戦を国際的な視点から検証するというページを見つけ、一つ二つ訳してみた。1945年5月8日が日本にとって大変意味のある日であったという記述があった。その日の意味を考える視点を持つことが即ち、世界的視点から歴史を学ぶということなのかもしれない。今後もこういった記事をコツコツと読みながらいままで持っていた歴史観を少しずつ変えていくのはいい勉強になるだろう。語学の勉強をしながら異国の言葉で異国の考えを学ぶことができる。視野を広げるには語学は必須である。
11月15日記2005
意見の一致
小学校で英語教育が始まる。モデル校で研究授業があり、近隣の小中学校の先生や教育関係の方々が参観にみえた。試行錯誤の中で1年と数ヶ月を経て、サポーターとして授業を補佐しながら迎えたこの日、ようやく自分の中で、小学校で英語教育をする意義を確かめることが出来たように思う。研究授業を目前にして行った担任の先生との打ち合わせの中で、小学生にとっての英語教育で一番大切なことは、コツコツと積み上げて行く英語の基礎ではなく、また単語力でもない、人とふれあいながら心を開いて、相手に何か伝えようという心を鍛えることではないか、という結論で一致した。その点で少しずつ成果も見えて来たようで、英語の授業が人への関心や何かを伝える楽しさをみつけられるきっかけになれば素晴らしいことだと思う。これまで英語教育の目指すところに明確な合意を見つける事が出来ないでいたが、研究授業までの過程で自分にとって大きな収穫があったと感じた。
2005年11月14日記
あすなろ御膳
ドイツからのゲストを迎え鎌倉散策を企画した。鎌倉在住者が一押しの竹林「報国寺」、枯山水の庭を持つ「浄妙寺」・・・食事は岐れ道にある、キッチンカフェ「あすなろ」さんに「あすなろ御膳」を予約させていただいた。静寂と澄みきった大気、秋晴れの輝く光の中で、どのお寺でもすばらしい雰囲気を楽しむことができた。が、なんと言っても「あすなろ」さんのあたたかいおもてなしは一番の思い出になった。朱塗りの二段重ねのお弁当箱の中には、ご主人が心を込めて調理した30種類もの食材がぎっしり。けんちん汁も上品なお味で、栄養面でも美しさでも完璧である。「あすなろ御膳」は、鎌倉の、また日本の、優雅で素敵な食の思い出となって残ったと確信している。幹事役として鼻高々の一日となった。
2005年11月10日記
So siegt man, ohne zu kaempfen
人に振りまわされずに生きる13の法則 ―新・自己中心主義のすすめ― So siegt man, ohne zu kaempfen-Die 13 Strategien gegen die Aggression im Alltag Josef Kirschner
ドイツのベストセラー作家の日本語訳。健全なるエゴイズムを身につけよう!という内容。人の思惑にあわせてすべての物事を判断し、行動してはいないだろうか。本当の闘いは自分との闘いである。もはや他人の意見に左右されることなく、自分の考えをしっかり持ち、他人との無意味な対決を避ける人こそ人生で完璧な勝利を得ると主張する。それが健全なエゴイズムというものだろうか。自己が確立したドイツ人社会でこの本が読まれるということは、日本ほどではないにしろ、自分の気持ちをおさえて周りに合わせようという人々もたくさんいるということなのか。時折この「健全なエゴイズム」を思い出して、自分の本当の気持ちに忠実に行動することがあってもいいかと思った。
『わが遍歴の山河』東山魁夷著 新潮社
早春 ドイツ プレーン湖東山魁夷 (1908ー1999)
ドイツ関係略年譜:1933東京美術学校研究科修了後ドイツ留学 :1934ベルリン大学哲学科美術史学部9月 帰国: 1976ドイツ連邦共和国より、功労大十字勲章: 1984ドイツ連邦共和国プール・ル・メリット学術・芸術院外国人会員
大戦前夜のドイツ留学を柱に終戦までの東山魁夷青年時代の旅
ドイツ年![]()
Guten Tag! 今年はドイツ年。みなとみらい線の車両の中は、ドイツ関係の広告がいっぱい! 2005.4.5撮影
今年もあと二ヶ月。早いものです。11月5日記
和太鼓♪![]()
太鼓は1400年の歴史を持つ。しかし和太鼓として演奏されるようになったのは1950年代に入ってからだという。今や和太鼓は、日本の音として世界に知られるようになった。2005年4月、YCACの体育館で日本の音、和太鼓を楽しんだ。 ⇒Wadaiko Page
April 2005
あーすフェスタかながわ![]()
「みんなで育てる多文化共生」をテーマに、神奈川の外国籍県民、NGO、ボランティアが創り上げるフェスティバル「あーすフェスタ」が地球市民プラザで開催された。会議室で行われた多国籍の「しゃべり場」では歴史認識の違いや相互理解の難しさにまで話が及んだ。外では美味しい民族料理のお店がずらりと並ぶ「世界屋台村」が盛況で、にぎやかな日曜日となった。 2005年5月記
2005/3
『子どもの英語いま,こんなふうに』東後勝明著読後感想
小学校で英語を必修とすべきか否か議論されており、東京都でも小学校に英語教育をすでに導入した区が3年目を迎えようとしている。
数年後には、その成果をもとにして、全国規模で小学生に英語を教えるかどうかの結論が出されるという。 この本はそうした動きを踏まえて、どのような内容でどの程度の英語を小学生に教えたらいいのかを具体的に示している。授業の方法、内容もさることながら、一番大切なのは、小学生という年齢の特徴や、発達段階に合った語学学習を意識して行うべきであるという助言である。助言に従えば有意義な英語教育がスタートできるであろう。
小学校英語教育をすでに実践している全国の先生方の、様々な取り組みが報告されている。キーワードは「自分が学んだようには教えるな」である。そういう意味で新分野であり、魅力的な分野でもある。実際にサポーターとして活動をしており、その教案と成果をまとめたページを作成した。2005年3月記