自分のPVを放送禁止にしたのは何故だ!〜ビリー・スクワイアの誤算〜


 アーティストは少なからず自分特有の”色”を持っていますよね。特に一時代を築いたようなアーティストは確固たるオリジナリティを持ってリスナーにアピールしそれが受け入れられブレイクすることが多いようです。しかし、アーティストとてひとの子。他の強烈な個性を持つ人物と出会った場合、自分のイメージを大きく変えてしまうほど多大な影響を受けることもしばしばあることでしょう。
 ビリー・スクワイアはボストン出身のソロ・アーティスト。通常のロックというよりも、既存のロックスタイルに機械的な音空間を巧みに取り入れたアルバムをリリースしつづけ、確固たる地位を築いたアーティストであります。
 そんな彼の音楽性は(管理人の勝手な感想ですが)壮大なアレンジで聴かせる部分も大きく、それがPVにも非常にマッチし易いことからPV栄えする楽曲も多かったように思われます。PVが本格的に市民権を得だしたのは80年代でした。彼も例外なくPVを作成し、MTV等でヘビー・ローテーションを獲得しヒットに結びつけるパターンがありました。
 今でも”ビリー・スクワイアといえばコレ!”とエイティーズ・ファンの記憶に植え付けられているヒット曲があります。そう、84年にアメリカで15位まで上がったロック・チューン「ロック・ミー・トゥナイト」です。オープニングの指パッチン(笑)からプロデュースしたジム・スタインマンの仕事がそのままの(笑)壮大に拡がるスクワイア・ロック全開でカッコいいことこのうえないロック・チューンですよね。


   ←収録アルバム『SIGNS・OF・LIFE』。奇跡のCD化!


 ・・・が、この曲のPVがなんと放送禁止騒動に巻き込まれた、ってご存知ですか?それが、なんとビリー・スクワイア本人がPVの出来を気に入らず放送禁止指示を出した、なんて信じられない話があるんですが・・「ロック・ミー・トゥナイト」は彼の一番ヒットを記録した代表作です。そのはずである曲のPVをいとも簡単に放送禁止の手段をとる、なんてありえるんでしょうか?

 管理人の記憶が正しければ本当だったはずです。彼自身がPVの出来栄えを見て「ん?!こりゃ誤解を招くぞ!いかんいかん!」ってなことでそのような手段をとったらしいんです。しかもそれが、”自分で進んで演ったパフォーマンスがやっぱり自分に合わなかったから”という理由みたいなんですよね。あのPVを観たことがあるひとは思い出して下さい。ビリーがひとりパフォーマンスをして歌ってるいるだけの奇抜な演出なんかないごく普通のビデオですよね。そのなにが彼の神経を逆なでしたかというと、「勘違いされそうだから」、なんだそうです。
 ・・勘違いとは?! あのビデオの中で彼は、モンローウォークチックに(笑)歩き、飛び跳ね、しまいには着ていたTシャツをハルク・ホーガンなみに・・・というよりも悩ましげチックに破り棄てるというパファーマンスを披露しており、それがどうも「勘違いされる」と思ったらしいんですよね。なるほど、言われてみれば確かになんとなく乙女チックな印象も受ける出来ですわな。(笑)
 でもそれって、ビリーさん、あなたが良かれと思って演ったパフォーマンスなんじゃないんですか?!って余計なツッコミもしたくなるんですが、(笑)とにかくそんな背景があり、ちょっとした騒動になったのを覚えてます。




youtubeで視聴出来ます。(笑)
「ロック・ミー・トゥナイト/ビリー・スクワイア」PV。
http://www.youtube.com/watch?v=fR0j7sModCI




 さて、ここからが毎度勝手な検証をするこのコーナー。今回の検証はここからが本番です。では、何故彼はこのような彼曰く”一歩間違えたら勘違い”されるようなPVを作成なんかしたんでしょうか?って思うのが管理人のような呑気なリスナーの考えるとこです。(笑)で、私が勝手に推理したことなんですが、あれはかの有名なアーティストの影響によって知らず知らずのうちに彼を洗脳してしまっていたのではないか、と。さてそのアーティストとは・・・。

 ずばり、クイーンのフレディ・マーキュリーだと思うんですよ!ビリー・スクワイアとフレディの交流はクイーンのアメリカでの前座をビリー・スクワイアが担当したり、82年『エモーション・イン・モーション』でフレディがゲスト参加したり、86年『イナフ・イズ・イナフ』からの1stシングル「ラヴ・イズ・ザ・ヒーロー」では誰でもフレディだ!と判る強烈なバック・コーラスで参加したり、(・・・っていうか、アルバム・ヴァージョンではオープニングで本気で歌ってるし(笑))と、かなり親睦を深めていた仲でありました。




 そうこうしている間になんとなくフレディに触発されていった、なんて考えすぎでしょうか?フレディ・マーキュリー。かれは天性のカリスマでした。スターでした。ライヴでの圧倒的なカリスマ性は他に類を見ないほどの強烈な個性の固まりでした。




 そのフレディを間近で接触していけば誰でも強い影響を受けるのではないでしょうか。ビリー・スクワイアも知らずにフレディというモンスターに自然と触発されるようになったのでは?現に彼の作品は私の勝手な感想ですが”リトル・クイーン”といってもいいくらい影響が垣間見れたものでした。ですからPVを作成する時、”なんとなく”フレディチックなパフォーマンスをしてしまった。それが、出来上がりをみたら”思っていたものと違っていた。””ちょっと勘違いされそうなPVに仕上がってしまった。おかしいな〜ぁ。””やっぱり俺にはできないな。”ってなことでの放送禁止指令だったのではないでしょうか。やはりフレディ以外があのようなパフォーマンスをしたら”勘違い”されますよね。(笑)
 フレディの”あの”パフォーマンスは彼にしか出せないものだし、彼にしか合わないものだったように思われます。これも管理人の勝手な感想ですが、特にそれを強く感じるのは彼が亡くなったあと、様々なイベントにクイーン(主にブライアン・メイとロジャー・テイラーですが)が参加するときに観られるパフォーマンスで、様々なヴォーカリストがフレディの代役としてクイーンナンバーを熱唱しますが、未だかつてフレディを彷彿させるアーティストを観たことがありません。「サムバディ・トゥ・ラヴ」をクイーンとリリースしたジョージ・マイケルをもってしてもです。それだけフレディは偉大な存在だったんでしょう。ビリー・スクワイアも少しはそんな気がしたのかもしれませんね・・・。



===ちなみに===
 「ラヴ・イズ・ザ・ヒーロー」の邦盤シングルのキャッチコピーは「ワイルド&エモーショナル、そしてクール&クレイジー!SEXYな男の汗がたまらない、これがBilly’s Rockだ!!」だって。こらこら勘違いするってば。(笑)


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