
第二話 (3)追憶 この歌をどなたかご記憶ありませんか? ♪ 何だか寂しくなっちゃって 港の見える丘にきた 真っ赤な夕日が燃えながら 水平線のかなたから お〜い・お〜い・お〜い 私の幸せは何処に行ってしまったの この歌は、私の女性感に少なからぬ影響を与えてきました。声は織井茂子又は菊地章子系です。心の絶唱がほとばしる演歌です。女の情念、彷徨う心、センチメンタリズムを痛いほど子供心で受け止めました。古い記憶なので歌詞やメロディーに若干の間違いがあるかもしれません。 自分の子供時代を追憶する事は懐かしく楽しく、その後の自分の人生に啓蒙的ですらあるように思えます。しかし今日、現代人は“情報の氾濫”と言われるほどの刺激から、心の放浪を続けます。そして金欲、異性関係などの禁断の味に痺れて、挫折や転落の主人公となってしまう事もあります。「人は環境に影響される動物」である事は解るけれど・・・。 子供時代、町中(まちなか)の家は内風呂を持つ事はめずらしく、銭湯に通うか夏は内庭や台所のたたきで盥に座って行水をしていた時代です。小学生の中学年(三・四年生)頃ともなると、湯上りにはたかれる“天花粉”が厭でならなかった。あれは、おしめを取り替えたあとの赤ちゃんのお尻に必要なのです。男の子にはみっともない事この上もありません。 私の育ったのは花街(かがい)の中、芸者置屋・検番、料亭などが近くに在りました。芸者さんの、お仕事に向かう前の姿を頻繁に見ました。 夕刻前、友達と鬼ごっこやチャンバラごっこなどしていると、芸妓が湯桶を抱いて銭湯の一番風呂から帰って来ます。置屋の玄関先、晒で胸元を締め湯文字を腰に巻いた姿で、櫛で髪を梳き、乾かしています。和毛(にこげ)もまだ生えきっていないはずの少女も髪の毛は腰のあたりまで伸びています。それを見て男子も女子も子供たちが寄って来ます。 玄関脇の部屋はまだ半玉でミドルティーンのお姉さん達が身支度をする部屋だった。少女から芸者姿に変わっていくのを、開け放たれた窓の元に首から上を出して、みんなで眺めるのです。芸妓同士がお互いで手の届かない項(うなじ)や後肩に白粉などを塗っているのを、おゥ!などと感心して見惚れていました。 また、検番の二階で踊りのお稽古をしている時の、お囃しの声が耳に入って来ます。 「あれわいさぁ」 「や〜れこのせ〜」 僧侶の経を合唱するのは腹にズンと来ますが、芸者さんたちの赤い声、黄色い声は、心臓にキュンと来ます。同年代の女子に無い“おんなの華”が艶歌や姿態や香る声となって私の肌に密着していた時代は、七・八歳から少年期の終わり十五歳頃までだったと思います。 恋する人もいない恋から恋を知る 三竿 |
随筆川柳『鬼ッ子のつぶやき』は何時の日か著者が単行本等に改めて
著すことを目的とした、文芸著作物です ?