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西部開拓時代とキルティングビー
 独立戦争で勝利を勝ち取ったアメリカでは1840年頃から、新しい土地を求め東部から西へと人々が移動を始めます。家財一式を幌馬車に積んでの西部開拓の旅です。何ヶ月も旅を続ける間キルトは寝具や敷物、カーテンなどに使われていました。この頃色々なパターンが生み出されます。テキサスに移り住んだ人々の苦労から「テキサスの涙」、その他「荷馬車のわだち」「カンサスへの岩道」などがあります。
 新しい土地では厳しい現実がまちうけていましたが、人々は助け合い、家を建て、町を作り、教会や学校も出来ました。
 助け合って共同作業する事をミツバチのように忙しく働くハニービーからとって「ビー」と言います。当時、その家のベッドの大きさと素晴らしいベッド掛けは豊かさを象徴するものでもありました。その大作に取り組むため「キルティング・ビー」が生まれたのです。
 キルト作りには家族全員が参加し、ほとんどの家庭で行われました。男性も針の糸通し、布を切る仕事を手伝いました。
 このような「キルティング・ビー」は1850年から1875年までは最も盛んに行われたということです。
 またキルティングだけではなく、ろうそく作り、とうもろこしの皮むき、羊の毛刈りなど共同作業の必要な時に開かれました。