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産業革命と原綿産業
 イギリスでは、1769年水車を利用して動かす紡績機械を発明し、機械化された紡績産業が確立しました。その技術が海外に流出しないよう堅く守られていたため、アメリカはもっとも欲しいこの機械を手に入れる事はできませんでした。
それから20年の後、イギリスの技術者サミュエル・スレーターがひそかにアメリカに渡り、数年がかりで紡績機を作り上げました。彼は紡績工場も設立し、ギンガム、シャンブレー、シーツなどが作られました。
 また、1793年にはイライ・ウィットニーがそれまでの手作業の50倍の早さで綿の種が取れる機械を発明しました。この発明は産業革命の重大な出発点となります。
 木綿が量産されると今までより安く買えるようになり、生活のために作られてきたキルトは次第にデザインが施されるようになりました。原綿生産で裕福になった南部の人々の間ではサテンやシルクを使ったキルトも作られるようになりました。
 綿の需要と供給は急速に拡大し、アメリカ南部の原綿産業はアメリカの富を築いていきます。
 現在、南部と南西部一帯に広がる綿作地帯はコットンベルトといわれ、なかでもテキサスは最大の綿産地です。
 1830年〜40年には安くなったアメリカンキャリコ(薄手の木綿地で細かいプリント模様)が全盛期を迎えます。柔らかく手軽に洗えるキャリコはキルトにも最適なものでした。