【戦地メンタルグラフティ】
第一章:有時だよ、全員集合
「我々の職務は世界の平和と安全を維持し、社会騒乱を未然に防ぐ事であるが、時にその活動
は、社会一般でいう『非合法』である場合もある…。」
メンバーにとっては毎度聞き慣れた前口上。
しかしそれを聞く事は、日常から非日常に心を切り替える儀式でもある。
Mars-12と呼ばれるメンバーが、一般市民から戦闘員になる為の儀式…。
国家間の利害を超え、世界に災いをなそうとしている組織・団体に対抗する為、表向き民間団体
として作られたCounter Attack Terrorism、通称CAT。
しかしその裏には、国家・国軍として介入のできない組織・団体に対して活動を行う部隊がある。
その全容は未だ謎に包まれているが、時に行動グループの名前が裏の世界に流れる。
その名は、Mars-12…。
「しかしまぁ、12人もがん首揃えるってのは、よほどの大事なんだねぇ。」
ソファにどっかりと腰を下ろす千恵。いままではせいぜい3〜4人の行動だったので、ここまで大
掛かりなものは経験が無い。
「初めて顔を合わせる人もいるので、自己紹介しておきましょう。私が今回の作戦の暫定リー
ダーである、若菜です。」
清楚な服に身を包んだ女性が、自己紹介を始める。
「ほのかです。医者としてこの作戦に参加しています。」
「妙子です。大学で植物と地形の研究をしつつ、陸上自衛隊戦技研にも籍を置いています。」
「えみるです。えみりゅんって呼んでね。化学が専門だりゅん。」
「お前、まだ『りゅん』って言ってやがったのか…。」
えみるの挨拶を聞いて、千恵が頭を抱える。表情からして「その言葉はやめてくれ」と言いたげ
である。
「ぶぅ〜っ!やっぱり千恵ちゃんなんか、嫌いだりゅん!」
頬を膨らませながらムッとするえみる。以前に何かケンカでもしたようである。
「…良いかな?えっと、私、明日香。偽造と鍵開け・家屋進入が特技だから、傍から見れば泥
棒だね。」
「美由紀です。元WACですが、通信と情報処理が専門で戦闘経験はありません。」
「WACって何?」
えみるが思わず突っ込む。確かに、WACと言って通じる人はそう多くない。
「Women's Army Corps、妙子さんと同じ陸自の女性自衛官の事ですね。」
にっこりと微笑みながら、若菜が補足を入れた。
「…籍があるだけで、入隊を志願したわけではありません。」
「そうですか、失礼しました。」
即座に妙子に対し詫びを入れる若菜。妙子の表情は、“決して好きで陸自に居るわけではありま
せん”と言っているようだったからだ。
「えっと、るりかです。陸海空問わず、運転・操縦なら任せて。」
「うちは夏穂。特にこれいうのはないねんけど、強いて言えば格闘技かな。対テロの訓練で
SASにおった事もあるねん。」
「優です。銃は作れると思うけど、撃った事は無いよ。」
「作れるけど、ってどういう事?」
明日香は優に尋ねる。普通、銃が作れるなんていう奴も珍しい。
「エンジニアだからね。旋盤から溶接まで一通りできるから、道具と材料さえあれば、って
事だよ。あと趣味で、気象予報士の資格もあるよ。」
何か面白いものを見つけたときのように、明日香の目は輝いていた。
物こそ違えど、『物作り』をする人間として興味があるらしい。
「…えっと、真奈美です。大学で言語学と心理学を教えています。」
「私は千恵。やっぱり元WAC、武器一般が専門だね。」
「晶です。ピストル射撃のオリンピック候補だった、と言えば元の職業が判るかしら。」
それぞれのジャンルのスペシャリストが揃ったようである。
それだけ、危険が付きまとう話とも言えるが…。
「今回の作戦は、長野県にある某団体の研究施設の破壊とデータの消去です。」
メンバーが配った資料に目をおおよそ通した所で、若菜が話を始める。
「表向きは宗教団体ですが、裏では銃器・覚醒剤の密造、最近では化学兵器の研究も行ってい
るみたいです。」
「まるでかつてのオウム真理教みたいな話だなぁ。やってる事は彼らより数倍過激だけどさぁ。
こんなの、破防法適用でなんとかならないのか?」
頭の後で手を組みながら、千恵がそう言う。
「それができれば、我々はここに居ません。宗教団体が中東の某国を本拠地にしていて、下手
に手を出すと日本人駐在員が危険に晒される可能性があります。国としてはうかつに手出し
ができないのです。」
「そういう事か…。」
「でも、それだったらあたしの出番は無いんじゃないの?」
資料に目を通しつつ話を聞いていた晶が、若菜に尋ねた。狙撃手である自分に、建物の何を狙っ
て銃を撃てというのか、と。
「晶さんにも重要な案件があります。添付の写真を見て下さい。」
「このヒゲ面のオヤジがなにか?」
「その団体の、実質的なリーダーです。某国の大統領の側近として、の方が知られている人物
ですが。日本に密入国して研究施設に潜伏しているので、施設の破壊時に暗殺して欲しいの
です。」
「ちょ、ちょっと待って下さい!そんな、人をあっさり殺すだなんて…。」
驚いた顔で抗議をする真奈美。過去に何度か作戦に参加した事はあるが、全て隠密の破壊工作に
関わる事で人の生き死にには直接触れなかったからだ。
「某国では反政府活動に関わる組織に対し、国際条約で禁止されている化学兵器を使用して鎮
圧に当たっています。鎮圧というより虐殺ですね。
それを指揮しているのがこの男です。彼を社会から抹殺しなければ、今後更に多くの罪なき
人々が、この研究所で作られた化学兵器をテストする為に虐殺される事になります。理解し
てください。」
驚きのあまり、呆然としながらソファに座り直す真奈美。それだけ彼女には衝撃的な話だったの
だ。化学兵器による虐殺の事実、そしてその元凶が日本にあるという事に。
「当然、それだけの人物が来てるいう事は、ボディガードも?」
夏穂が話を切り出す。それほどの男が、密入国とはいえ単身で来る筈が無い。
「それなりのガードがいると思って良いでしょう。我々の身では、一撃必中でないと倒せない
でしょうね。」
若菜があっさりとそれに答える。”体格的に非力な我々では、まともに打ち合ったら敵いませんよ”
という意味を含んでいる事に気付いた夏穂は、拳をぎゅっと握った。
作戦の役割を大まかに分担すると、
妙子、えみる、美由紀、優 … 施設の破壊、データの消去
若菜、夏穂、千恵、晶 … 暗殺、作戦上の危険の排除
ほのか、明日香、るりか、真奈美 … 上記メンバーの行動サポート
という事になる。
第二章:シト、新生?
「しかしまぁ、連中遅いねぇ。」
窓の外を見ながら、腕組みをして待ち続ける千恵。えみる、明日香、美由紀、るりかの4人がま
だ集合場所であるペンションに来ていないからだ。
「千恵は、身体動かしてた方が良いみたいだしね。」
後ろで晶が微笑んでいる。カモフラージュの為に晶、真奈美、千恵、若菜の4人で弦楽四重奏の
練習をしているのだが、元来ロック好きの千恵は少しうんざりしていたのである。
「しかし、楽器経験者が4人居るのは幸いでした。これならペンションに泊まっている理由に
なりますし…。
それに、あちらの3人はまた別の理由がありますから、怪しまれずに済みます。」
若菜が調弦をしながら会話に混ざる。
ほのか、妙子、夏穂の3人は「動植物の調査」という名目でペンションに宿泊、日々周囲を歩き
つつ研究施設周辺の調査をしている。
ほのかが本来獣医であり、妙子が植物学専攻、夏穂も山歩きには慣れているので、自然の話もそ
れなりにディープなものとなる。話の内容を聞いて疑いを持つ人間などそうは居ないだろう。
「でも、向こうものんびりできるような旅じゃないんだろ? どうせ遅かれ早かれ気付かれる
はずだから、とっととやっちまわないと…。」
「でも気付いたのなら、向こうから何らかのアクションがあるはずです。我々と違って、遊ぶ
事もないでしょうし。」
千恵のはやる気持ちを制する若菜。彼らが気付いているのなら、我々の方こそこんな余裕は無い
はず、という意味を含んでの言葉だ。
ブロロォ…。
見た目こそおかしくは無いが、女性が集まるペンションには不似合いな感じのあるダッジバンと
パジェロがやってくる。ダッジバンからはるりかと明日香と優が、パジェロからは美由紀とえみる
が降りてきた。
「残念だったわね、千恵。もう少しでパッヘルベルの"Kanon-Ddur"がマスターできる所だった
のに。」
「あぁ、忙しくなりそうだからな。」
晶の微笑んだ顔に、別な意味で微笑を返す千恵。”もう少しいじめようかと思ったのに”という
晶と、”これ以上やってられるか”という千恵の対決は、ひとまずお預けとなった。
「色でごまかしてるけど、ダッジバンとはまたえらくごついのを持ってきたねぇ。」
「防弾板入れて、7人乗せて120km/h出せる車、って考えてこれにしたんだ。るりかも運転し
やすいって言ってたし。アメリカ製の車はエンジンが鋳鉄だから、少し位無茶なチューンを
しても持つしね。
パジェロは美由紀がWAC時代に使ってたって言うから、移動指揮車みたいに使おうと思って。」
腕組みをしながら車を見ている千恵と、その車の説明をする優。塗装こそ普通に見えるが、エン
ジン回りを含めてかなり改造してありそうである。
「ただ、クラッチが結構重いんだ。最近オートマばっかり運転してたから峠はきつかったよ。
まぁこれなら、後ろから追いかけられても逃げ切れると思うよ、」
るりかがそう言いながら、足をぶらぶらとさせる。男でも扱いに苦労する車なのだが、結構あっ
さりと乗りこなしているようだ。
「で、これが車検証と車庫証明書、無線の免許証。車の免許証はるりか、美由紀、千恵、夏穂
の4人で作ってあるよ。さすがに銃の登録証は本物があったから偽造できたけど、普通じゃ
無理だね。保管庫もパジェロの後ろに作ってあるよ。
念の為、ほのかの医師免許状も作っといた。最悪、どこかの病院借りて手術なんて事もある
かも知れないしね。」
足早に、明日香が免許証を4人に配る。当然、偽造品だ。
「…呆れたわ。私も職務で散々偽造したのを見たけど、これほど精巧なのは見た事がないわよ。
偽造って言われなきゃ、気が付かないわ。」
自分用の銃の登録証を見せて貰っている晶。元警察官が一発で見抜けないのだから、その精巧さ
の程が判るだろう。
「ところでえみるちゃん、医局で分けてもらって来たけど、硝酸をどう使うつもりなの?」
「…ふっふっふっ、秘密だりゅん!」
これからやる事が楽しみで仕方ないといった笑い方をするえみる。
その姿に一抹の不安を感じるほのかであった。
「…いい雲だね。やっぱり今夜がベストみたいだ。」
優が空の雲を見上げている。今は太陽が出ているが、夜半には空が雲で覆われるだろう。
『今夜がベストだ』と言ったのは、夜影に乗じて進む時に、月夜では都合が悪いからである。
第三章:作戦開始
「では、私と妙子、明日香、夏穂、美由紀、千恵、晶という7人で夜陰に乗じて侵攻、晶と妙
子は狙撃位置を確保した後固定とします。進入路を確保したら他の方が車で進入という事に
しましょう。潜入経路はどうですか?」
若菜がてきぱきと確認・指示を出していく。
「さっき最適と思うルートを割り出したから、いつでも出発可能やで。」
地図を指差しながら答える夏穂。日中に妙子と夏穂で歩いて得た情報と、地形図・航空写真を元
に美由紀が提示したルートを照らし合わせ、歩きやすくかつ最短のルートを割り出していたのだ。
「では、装備の方は?」
「武器類は全部整備済み。弾は多くないから、敵から奪う事も考えろよ。」
夜間戦闘用の装備を身につけつつ答える千恵。陸自・在日米軍からの装備提供を受けているとは
いえ、弾ばかりは十分に用意しきれないから、最悪は相手の持つ物を奪い取る事も考えねばならな
い。
「車の方も、できる限り防弾化しておいた。爆発物が来たらオシマイだけどね。パジェロには
簡易的なECMも積んであるよ。
それから、これが無線機。位置を割り出されない為、録音した音声を圧縮かけてパケットで
送るから、赤いボタンを押しながら喋って、離すと送信される。受信はここのランプが付く
から、青いボタンを押すと再生。受信した順に再生、消去していくから、注意してね。」
「えみりゅんの方も準備OKだりゅん!」
優とえみるがそう言って笑った。
「うわちゃぁ…。また特撮ショーかよ…。」
えみるの笑顔を見て、一人頭を抱える千恵だった。何か思い当たるふしがあるらしい。
「さすがにここじゃ実弾が撃てないから微調整が必要だけど、1km位だったら3発もあれば正
確に的の真ん中へ当てるわよ、」
久し振りに競技用でないピストルとライフルを握った晶だったが、ここに来る前に調整はしてき
たようである。
「では、ほのか、えみる、るりか、優、真奈美の5人は車で待機。優は常に無線を傍受、美由
紀からの連絡が入り次第移動を開始して下さい。」
若菜が一瞬、言葉を区切って腕時計に目をやる。
「時計合わせ、宜しい? フタヒト・サンマル。作戦、開始です。」
それぞれが、それぞれの道具を持って持ち場へと散っていった。
第四章:♪雪の進軍、氷を踏んで♪
目的地までを徒歩で侵攻する7人。闇にまぎれての侵攻なのだが、雲が月を完全に隠してはいな
いので暗視装置など無くても歩く事ができる。
「理由は判るけど、こんなに早くから動いて大丈夫かねぇ?」
一番後ろを歩いている千恵が、若菜に向かってそう言う。
「気象予報士の言葉を信じましょう。近寄れる所まで寄って、完全に月が隠れた所で行動開始
です。」
「真っ暗になった後じゃ、かえって動けなくなるのは判るんだけどさぁ、見つかったりしない
かねぇ?」
「これだけ木が生い茂っていれば、据え置き型の赤外線暗視装置では役に立ちません。集音マ
イクの反応も無かったので、サーチライトで照らせる範囲までは大丈夫ですよ。」
ほのか、妙子、夏穂が歩き回っていたのは、そういった探知機が仕掛けられてないかを確認する
為でもあったのだ。敵が動かないという事は、3人に気付かなかったという事を意味する。
「山の中を無理して造成した建物ですから、鉄条網の外はすぐに林です。いくら上からサーチ
ライトで照らしたって、木陰の物は見えません。地盤の固い所を選んではいるようですが、
その下がすぐ火山灰の堆積層なので、あまり大きな機械は置けないと思いますよ。
用水確保の為川のそばを選んだみたいですが、我々にとってはそこを車で通って良いですよ
と言っているようなものです。 …さぁ、この辺から一旦登ります。」
木の葉を見たりしながら歩いていた妙子が、全員に向かって登坂を指示した。
「本当に目的地に進んでるのか?」
千恵は妙子の指示に疑い深げだ。
「植物の生え方が変わってきています。川が近いからです。」
「…素直に川の脇を通っていけば良いんじゃねぇか?」
「川岸は大木が生えないので、敵に発見されやすくなります。歩きやすい所は危険な所でもあ
ります。それに、4WD車では通れても人が歩くのには適さない地形がありました。無駄な
体力は使いたくないので迂回しています。」
的確な所を突いている妙子の言葉に、千恵は返す言葉が無かった。
「それに、航空写真と等高線でおおよその地形が頭に入っていますから、迷う事はありません。
これは私の特技でもあるんですが…。」
今度は美由紀だ。
「地形ったって、これといった目印も無いのにか?」
「3DのCGを作るように、航空写真と等高線を重ね合わせて頭の中に立体的な絵を描くんです。
これは私が絵を趣味にしているからできる事ですけどね。」
「はぁ…。まるでコンピュータだね。」
納得したような納得しないような顔をしながら、千恵は再び黙々と歩き始めた。
「…あれですね。直線距離であと5キロという所でしょうか。」
丘を登りきった若菜が前方の灯りを指差す。それほど高くはないが、敷地の四隅に櫓が作られて
いて、サーチライトが周囲の林を照らしている。
「どれどれ…。おいおい、櫓からライフルが見えるぜ。ここはホントに日本かよ。
建物は…工場っぽいのが3、宿舎らしいのが2。入り口の脇のはガードハウス兼司令部って
所だな。発電所らしいのが2箇所ある。手前のは工場の1棟と宿舎に供給、奥のは工場2棟
に供給してる。」
千恵が双眼鏡で覗き込みながら、建物の形状から何に使われているのかを類推する。さすがにマ
シンガンという事は無いが、櫓にいる連中をどうにかしない限りは作戦に支障が出そうである。
「たぶん、手前の発電所が研究所へ、もう一方が銃と麻薬の製造工場へ、でしょう。
大事な研究をする以上、停電は許されませんからね。」
「同じ電源から宿舎にも供給しているのはどういう事?」
「逃げるものが居ないか、監視する為でしょう。」
千恵の情報から建物の役割を類推する美由紀。
「では、妙子と晶は狙撃に向いた地点を探して下さい。見つけたら無線で連絡を。
我々はこのまま前進し、突入地点を探します。」
「了解。」
妙子と晶が先に行動を開始する。
”WよりYへ。目標を確認、これより移動します。AKとTは位置を確保中。
北西の河岸へ移動し、夜灯りが消えたら一気に遡ってください。以上”
ザッ…。
ピー。
”YよりWへ 河岸へ移動・待機します。ノイズ・熱共になし。
でも足元には気をつけて。 以上。”
優との無線交信を行う若菜。ノイズ・熱というのはレーダーや熱源感知機という意味だ。しかし
”足元に注意”という優の言葉に一瞬顔がこわばる。
「では、対人地雷やブービートラップに注意しつつ、前進です。」
想像はしていた事だが、改めて若菜に言われた事で他の4人の顔が引き締まる。
そう。相手にもまた、戦争のプロが居るのだ。
第五章:Town & Country
妙子と晶の2人は先に移動し、狙撃地点を確保・固定する事にした。
「2人だけだと、なんとなく不気味なものね。」
「…不安ですか?」
「街で育ったからね。人の行動は大体読めるけど、動物の行動は判らないわ。」
「私は逆です。動物や植物の息遣いは判るけど、人が何を考えているのか、時々判らなくなり
ます。」
「…案外、良いコンビになるかもね。あたしたち。」
晶がそう言って笑った。妙子も微笑む。
サーチライトがかすめるギリギリの所で2人は立ち止まる。
「あの木なんかどうです?」
妙子がサーチライトの灯りに浮かぶ木を指差す。比較的上の方で幹が3つに分かれていて、足場
にするには都合が良さそうだ。前の方にも木があって、うまく光を遮っている。
「でも、あたし木登りなんてした事無いわよ。」
「じゃ、待ってて下さい。上からロープを垂らしますから。」
と言うと、妙子は目的の木に近いやや細めの木にロープを巻き付けると、それを足掛かりにして
一番低い位置の枝に登った。そこから枝を足掛かりにして一気に木に登り、目標となる木に飛び移
る。
「はー…。」
晶はその姿をただ呆然と見ていた。あまりに手際が良かったからだ。
「晶、その一番下に結び付けたロープを解いて放り投げてくれる?」
「あぁ、はいはい。」
妙子に言われるままにロープを解こうとする晶。かなりきつめに縛ってあったが、なんとか解く
事ができた。それを木の上の妙子めがけて放り投げる。
「よっ、と…。」
妙子はそれを受け取ると、背中に背負った装備からもう一本ロープを取り出し2本を結ぶ。
「じゃ、ロープを下ろすから、輪を身体に通して腰の辺りで苦しくない程度に引き絞って。
ロープを掴みながら木を駆け上って頂戴。」
「…落ちたりしないでしょうね。」
「晶が見た目以上に太ってたりしなければね。」
つまり、晶位ならば木の上で持ちこたえられるという事だろう。
「…はっ!」
昔訓練でやらされた、ロープを伝って壁を登る要領で一気に木を登る晶。
「…ここから狙える?」
木に登ったばかりの晶に、妙子は目標を指差した。
「あぁ…。 ちょっと待って。」
背中に背負っていたライフルを組み立てる晶。銃身と銃床が分離できるタイプのライフルだ。
スコープも赤外線暗視装置が付いた物である。
「まぁまぁね。少しでも顔を出してくれれば、狙えるわよ。一番遠い所で2kmって所かしら。
まずは段着調整用に、サーチライトを狙うわよ。」
それを聞いた妙子は、若菜に位置確保を連絡する。
”TAよりWへ。確保完了、指示あるまで待機します。”
ザッ…。
ピー。
”WよりTAへ。現在なお移動中。指示あるまで待機。以上。”
若菜からの返信だ。
「このまま待機だって。カロリーメイトでも食べる?」
「そうね。虫が寄ってこなきゃいいけど。それにしても、よくあんなに素早く木登りができる
わね。」
「叔父が林業をやっていて、手伝ったりしながら見様見真似で覚えたの。木の上に住む野鳥の
巣を調べたりする為にも覚えなきゃいけなかったし。でも晶が登ってくるのも早かったよ。」
「警察での訓練にあったのよ、ロープ伝って壁を登るのが。上手くいくとは思ってなかったけ
どね。」
「ふふっ、確かに私たち、いいコンビになれるかもしれないね。」
木の上で、束の間の休息を取る妙子と晶であった。
第六章:ATTACK!
妙子と晶が位置を確保した位置から更に移動し、敷地の側面に回る若菜達。
「…たぶん降ってくるで。雨の匂いがする。」
夏穂が誰とはなしにそうつぶやく。
「我々にとっては好都合ですね。足音も消せるし、相手が化学兵器を使おうとしても雨で流さ
れるから、威力は相当落ちます。」
「しかし、あまり長く待つと体力の消耗が激しくなるぞ。兵隊だけじゃないからな、こっちは。」
若菜の言葉に千恵が応じる。確かに、明日香と妙子は軍人としての訓練は受けていない。
「…では、雨が降り出したら作戦開始です。」
”WよりYとTAへ。雨に濡れても、を店内に流します。”
ザッ…。
ピー。
”YよりWへ。配置換え、準備済みです。以上。”
ピー。
”TAよりW、Yへ。灯りを消したら、頭の上に気をつけて。以上。”
それぞれが無線で連絡を取り合う。妙子が言いたいのは、「建物の上から狙う連中に注意して」
という意味だ。
ポツッ、ポツッ、ポツッ…。
ザー・・・・・。
若菜と明日香が側面の研究棟そばに、千恵と夏穂、美由紀が晶達のいる木の反対側に陣取って
タイミングを窺う。
「やっぱり針金だけじゃなかったか…。」
千恵が敷地を囲んでいる鉄条網を見て顔をしかめる。どうやら電流が流れているようだ。
手にしていたY字型の木の枝を鉄条網に引っ掛け、人がくぐれるだけのスペースを空けた上で地
面に突き刺す。
「美由紀、あんた匍匐前進は?」
「まぁなんとか…。」
「夏穂は?」
「あんたには負けん、と言うとこか、一応。」
しれっという夏穂をみて、千恵がニヤリと笑う。
「じゃ、夏穂が先に入って、美由紀を引っ張る。あたしは美由紀を押し出しつつ前に出る。
どう?」
「ええよ。」
「じゃ、決まりだ。」
再び身を伏せて機会を窺う3人である。
一方、若菜と明日香。
「あぁ、やっぱり電流流れてるね。素人な工作だけど。」
「どうしますか?」
「ちょっと待ってて。切るから。」
そう言うと、明日香はバッグパックからワニ口クリップの付いたケーブル2本と少々丈夫そうな
ニッパーを取り出す。
「おっと、一応念の為。」
明日香は更にゴムらしき物で出来た手袋をはめ、3本ある鉄条網の下側2本、木にくくりつけて
ある辺りにワニ口クリップを挟んでいく。案の定、クリップを挟む時火花が飛び散った。
「…大丈夫ですか?」
「電気ってのは、流れる所が確保されてれば安全なの。流れを遮ったりするから感
電するのね。」
パチン、パチン…。
2本が接触しないようにプラスチック製の棒を挟んでから、クリップの内側の鉄条網を切り落と
していく。あっという間に人一人潜れる分の隙間が確保された。
明日香は更にクリップの所にビニールテープを巻き、外れないよう固定する。
「切断で進入を感知する場合もあるけど、こんな素人工作じゃそこまでやってないから、これ
で大丈夫だよ。」
「本当に、泥棒みたいな入り方ですね。」
若菜が思わず微笑んだ。
パリン! パリン!
その瞬間、立て続けに研究棟側にある櫓の2つのサーチライトが消える。
パリン!
続いて晶達に一番近い櫓のサーチライトが消えた。
「弾着、やや右ね。でもこれで調整終了。」
晶が弾着位置を確認しながらライトを正確に消していく。
パリン!
最後のサーチライトが消え、辺りは一気に暗闇と化した。
その隙を逃さず、鉄条網の中に一気に進入する5人。千恵達は匍匐前進、若菜達は切った鉄条網
の所から中腰でという、好対照なスタイルだ。
「さぁ、おっぱじめようぜ!」
千恵がむくっと顔を上げ、胸元につけていた手榴弾のピンを外すと発電所に向けて放り投げる。
ドォォォン!
発電所の壁が一気に崩れ、中の発電機が剥き出しになる。
「もう一丁!」
ドォォォン!
千恵が投げ込んだ手榴弾で、発電機は破壊された。
やがて、けたたましいサイレンの音と共に正面の詰め所から銃を持った兵隊が飛び出てくる。
しかし、千恵達の居場所を正確に把握しているわけではなさそうだ。一直線に発電所に向かって
くる。
周囲に注意しながらも詰め所に忍び寄る千恵達。中にはまだ何人か兵隊が残っているようだ。
”3人か…。”
千恵が夏穂に位置を指示する。千恵の足元で待機しろということである。
建物に張り付いた千恵は、タイミングを見計らって扉を開ける。
「ん?誰だ?」
中にいた兵隊が急に扉が開いたのに気付き歩いてくる。
カツン、カツン…。
千恵が建物の中に石を投げ込んだ。
兵隊はそれに気を取られ、一瞬後ろを向いて身を屈める。
「ふんっ!」
胸元のアーミーナイフを抜き、一気に男の背中へ突き立てる千恵。
その隙を突いて、夏穂が建物の中に走り込む。
「はあああっ!」
一人に打突を食らわせて倒し、もう一人には蹴りから肘打ちと見事なコンビネーションを見せる。
あっという間に2人は中にいた全員を倒した。
「美由紀、ゲートを開けて! ついでに外部との連絡を遮断!」
「…あ、はいっ!」
一瞬の出来事に反応できなかった美由紀だが、千恵の掛け声で我にかえる。
ガラガラガラ…。
正面のゲートが開き出した。
サーチライト、発電所の破壊に加え、正面ゲートが開いた事で兵隊がパニックに陥る。
バン! バン!
しかし、櫓の上にいた兵士が気を取り直し、わずかな明かりを頼りに千恵達に射撃を加えた。
パシュッ!
「ぐはぁっ!」
ドサッ。
その射撃もすぐに止んでいった。晶がその兵隊達を狙撃しているからだ。
「サーチライトが誰に消されたのか、全然気付いてないわね。」
晶がそう独り言を言いながらライフルを構える。ライフルには既に赤外線暗視装置つきの照準器
がセットされていた。
弾の飛んできた方向に向けて銃を打ち返す兵隊達だが、それも晶にとっては良い的にしかならな
い。
「しかし、変ね…。ターゲットが何処からも逃げ出そうとしないなんて…。」
暗視装置で周囲を見回しながら、幹部らしき連中の動きが無い事に不安を感じる晶であった。
第七章:SHADOW KILL
「おっと、開いたよ。大した仕掛けはしてないね。」
明日香が研究棟の扉を開ける。明日香の予想に反して、大掛かりな保安システムは導入していな
いようだ。
「この建物だけ、反応が無いのが気に掛かります。進入には気をつけて。」
若菜が明日香をたしなめる。
カタッ…。
慎重に扉を開けて中を窺う2人。
「どうやら誰も居ないみたいだね。」
明日香がそう言って中に入ろうとした瞬間…
ヒュッ…。
「うわっ!!」
明日香が後ろに倒れ込む。
「ほう…。俺の一撃を寸前でかわすとは、ただのネズミじゃなさそうだ。」
部屋の中に殺気を感じ、身構える若菜。
「早くそいつを手当てしないと、失血死するぜ。手応えはあった。」
明日香が倒れこんだ所を一瞬見やる若菜。確かに、明日香の動きは無い。
部屋の中から聞こえるのは男の声。しかし、声がどこから聞こえるのかは特定できない。
「その気配の消し方、忍の者ですね。」
「ほう…。お前もただのネズミではなさそうだ。」
若菜は明日香を気遣いながらも腰に差したアーミーナイフを抜く。
「そんな物で、俺に立ち向かえると思っているのか…。」
「やってみなければ、判らないでしょう。」
ヒュッ…。
カキン! カキン!!
シュッ、シュッ!!
カキン! ゴッ!
「うっ!!」
かわし切ったと思った若菜。しかし、敵は飛んできた物の陰になるように、時間差をつけてもう
一発放っていた。いわゆる「影刃」と呼ばれる方法だ。
「ふっ、その程度か…。」
しかし、手傷を負いながらも、若菜はふっと笑みをもらした。
「まさか、これほどの使い手がまだ闇の世界に居たとは、思っていませんでした。
しかし、その影刃の使い方で、どこの流派の者か判りました。黒羽の体術使いですね。」
「…。 次で最後だ。 3度目は、無い。」
キンッ…。
若菜は突然、手にしていたアーミーナイフを床に放り投げた。
「…何の真似だ。」
「これでは戦いにくいので…。」
「面白い事になりそうだ。」
ヒュッ…。
ガキッ!!!!
「ぬぅっ!」
若菜の目前に、男が立っている。黒塗りの小刀を振り下ろしているが、若菜がそれを止めていた。
若菜が手にしているのは、やはり同様の黒塗りの小刀である。
唯一違うのは、その長さだ。
男が持っている刀の3分の2位の長さしかない。
「よく止めた…。 二刀流… しかも… 正統か…。 」
「我らは等しく闇…。 決して表に出てはいけない、闇の一族…。」
バタッ…。
男はゆっくりと崩れ落ちる。
若菜は、背中に差していた二本の刀を抜き、一本で敵の刃を止めつつもう一本で肋骨の隙間から
心臓を一突きにしていたのだ。
「明日香!大丈夫ですか?」
若菜が慌てて明日香の所に駆け寄る。
「…あぁ、ちょっと血が出てるけど、歩けるよ。」
確かに胸元には派手な切り口が見えるが、出血は殆ど見られない。
「あの男、確かに手応えがあったと…。」
「あぁ、これを切られたんだよ。」
そう言って胸元に入れていた布袋を取り出す明日香。なにやら黒い粉がこぼれている。
「強行突破する時に使う火薬だよ。前に、女性の乳房の下が心臓の位置になるって聞いたから、
プロテクター代わりに仕込んでるんだ。」
「あぁ、良かった…。」
ホッと胸をなでおろす若菜。
「ふふっ、さっきの一瞬、気絶したフリして見てたけど、その時と今とじゃえらい違いだね、
若菜って。」
戦いの真っ最中だが、二人は思わず顔を見合わせて微笑んだ。
第八章:It’s show time!
一方、屋外で戦っている千恵と夏穂。
人数こそ決して多くないとはいえ、やはり2人だけでは多勢に無勢だ。
いくら晶の援護があるといっても、晶にも弾数に限度がある。徐々に押されつつあった。
「こりゃまずいぞ…。大丈夫か、夏穂!」
扉を挟んで反対側で銃を構える夏穂。しかし夏穂の構える銃も残弾が少ないようだ。
「そろそろ、白旗の用意しとこか?」
「アホ!こんな時によく冗談がいえるな!」
ブロロォ…。
「車が来ます! あの音は我々のパジェロです!」
窓の外を見ていた美由紀がそう叫ぶ。
「美由紀、無線で連絡! ガードハウス占拠中だから壊すなって言え!」
「我々、無線機は持ってないんですよ!」
美由紀の言う通りだった。確かに、無線機は若菜が持っていて、散開時には持ってきていない。
「夏穂、入り口から遠くに逃げろ! 下手すると爆弾で吹き飛ばされるぞ!」
「なんでや? うちら以外には、誰も手榴弾なんて装備しとらんやんけ。」
「いるんだよ! 一人、アホな爆弾魔が! とにかく逃げろ!」
ドーーーーン!
いきなり、辺りを大音響が包む。
何かが爆発したような音だ。
「あの野郎、やっぱり加減って物を知らねぇ!」
ドーーーーン!!! ドーーーーーン!!!
入り口付近での爆発に続き、入り口に近い櫓2つが大音響と共に崩れ落ちる。
「あっはっはーーーっ! それいけーっ!」
パジェロの天井を開けて大笑いしているのは、えみるだった。
肩には手製のバズーカ砲のような物を担いでいる。しかし一発打ったら使い捨てらしく、打ち終
わった物を外へ放り投げていた。
「あの笑い声…。」
「そう。えみるだよ。あいつと昔一緒に仕事した時、爆発物の調合を間違えてあたし達まで瓦
礫の下敷きにする所だったんだ。
その時あたしらがつけたあだ名が、“皆殺しのえみる”だよ。」
「ははぁ…。それで作戦会議の時、嫌っとったわけやな。」
「とにかくあいつの行く所、どっかで爆発の煙が上がるんだ。今回もほのかに硝酸の調達頼ん
でたろ。たぶんニトロ作ってたんだよ、ありゃ。」
「あは、あははっ…。」
千恵の説明に、乾いた笑いで応える夏穂。
「あれ、多分下水用の塩ビ管にアルミパイプか何か入れてるだけですね。
発射と爆発までに時間がある所を見ると、弾自体は時限信管でしょう。総制作費は一本一万
円以下って所じゃないでしょうか。」
後ろで覗いている美由紀が、妙に冷静に分析する。
「なんや、えらい安いバズーカ砲やな。ゲリラにあないなモン作られたらシャレにならんで。」
「それ以前に、普通あんなモン怖くて撃てねーよ。美由紀もそんなに冷静に分析してるんじゃ
ねーよ。」
そう言いつつ、呆れた顔の千恵であった。
第九章:女の肉弾戦
えみるの手製バズーカ砲のおかげで外に居た多くの兵隊は倒れ、ほぼ敷地内を若菜達が占拠する
事となった。
「えっへん! やっぱりえみりゅん、凄いんだりゅん!!」
ルーフから身を乗り出し、胸をはるえみる。
「あぁ、確かに凄いよ、お前は。」
それに対し呆れ顔の千恵。えみるがガードハウスにも丁寧に一発打ち込んだおかげで、千恵、夏
穂、美由紀の3人は危うく倒れてきた壁の下敷きになる所であった。その為全身が煤けている。
「若菜は?」
運転手席から出てきたのは、るりかではなく優だった。
「あれ?優、ほのかがこいつを転がしてるんじゃなかったのか?」
「来る途中、無線を傍受したんだ。主犯格の奴は、今ここに居ないよ。どこかに行ってて、車
でここに帰ってくる途中みたいだ。だから車で追いかけられるよう、るりかにダッジバンを
取りに行かせた。山道を走ってくるから、まだ当分来ないけどね。
晶と妙子にも、ここに来るように無線で連絡しておいた。」
「それで警備もそれほど厳重じゃなかったってわけだ…。」
「その方がこっちも好都合だったってわけだけどね。」
車の中から真奈美とほのかが降りてくる。
「じゃ、優と真奈美とほのかはあたし達に付いてきて。研究棟の破壊の前に、証拠になるよう
な書類を押さえなきゃいけないから。ほれ、えみる、行くぞ! そのぶら下げてる…
お前、なんて物ぶら下げてやがる!」
思わず千恵は頭を抱える。
えみるが首からぶら下げていた物…それは、生理用ナプキンを紐で繋いだ物だった。
「漏れない、ずれない、安心の製品なんだりゅん!」
「…おおかた、それにニトロ染み込ませてるんだろ。」
「あったりー! 千恵ちゃん、冴えてるぅ!」
その言葉に、ほのかと真奈美がギョッとした顔をする。
ニトログリセリン。ダイナマイトに使用されている爆薬。化学の知識さえあれば簡単に調合でき
る物だが、それゆえに主材料となる硝酸は、医師免許状でもないと手に入らない。
それゆえに、えみるはほのかに入手を依頼していたのだ。
「そんな物を目の前にしながら、一緒に車に乗ってきたのね…。」
ほのかの腰がくだける。
無理も無い。ダイナマイトを目の前でぶらぶらさせて車に乗っていたのだ。
「ほのかはいますか?」
そんな所に、若菜の声が聞こえてきた。
「若菜! ここにいますよ。」
「明日香が怪我をしました。処置をお願いします。」
一応、布で切り口を縛ってはいるものの、所詮応急処置でしかない。
「では、車の中で手当てをします。明日香さん、こちらへ。」
「ほんじゃ美由紀、車を移動させていつでも動けるようにしておいてくれ。ほのかは中で明
日香の応急処置。若菜、宿舎の方は?」
まずは千恵が現場を取りしきることにする。
「外側からロックされていて、窓を割らない限りは外に出られないようです。
昼夜の労働で疲労しているらしく、暴れ出てくる心配は今の所なさそうですね。
では、研究棟と銃・麻薬の製造施設の破壊に向かいましょう。」
若菜、千恵、夏穂に真奈美と優、えみるが加わり、研究棟の方へ向かう。
そして美由紀がガードハウス脇の正面から見えない所に車を停め、中でほのかが明日香の応急処
置をする事となった。
「研究棟の方は既に確保しているので、優、真奈美、えみるは証拠となる書類を拾ったら爆発
物を仕掛けてから合流してください。念の為、千恵は建物の外で監視を。私と夏穂はまず手
前の武器製造工場から制圧に掛かります。」
「了解。」
若菜の指示で、2手に分かれる
「どうやって中に入るん?なんやえらいごついシステムが付いてるで。」
扉のロックシステムを見て、夏穂がそう言う。どうやらカードキーになっているようだ。
銃でもなければ壊せそうに無い。
「先程倒した敵から、これを拾っておきました。」
若菜が胸元のポケットからカードキーらしき物を取り出す。
「はぁ…。ぬかりなし、てなわけやね。」
まずは銃器製造工場へと入る。
しかし、ここには誰も潜んではいなかった。
「どうやら、ここは深夜稼動させていないようですね。」
「まぁ、手間が省けて良かった。次いこか。」
入り口にある配電盤を壊して扉を開けっ放しにしたのち、麻薬製造工場へ入ろうとする若菜と夏
穂。
「…機械は動いているようやね。」
「人の気配もかすかにします。注意してください。」
若菜は慎重にカードキーで扉を開け、中に進入していく。
ビュワッ…。
「はあっ!」
ガツッ!!!
「だいぶ派手にやってくれたみたいだけど、この辺でお遊びは終わりにさせてもらうよ。」
「なんや、こんな所に隠れとったんかいな。」
早速敵と一撃を交し合った夏穂。女性ながら、相当の拳法使いのようである。
「夏穂!」
「若菜、こいつはウチにまかせとき。どうやら中国拳法…截拳道みたいやな。」
「ほほう…。一撃で見切るとは、なかなかだね。」
そう言うが早いか、敵は瞬間的に床に伏せ、そこから足を縦横無尽に繰り出してくる。
「カポエイラまで…。 こりゃおもろい。 はっ!!!」
ブン! ヒュッ! ブン!! バッ!! ビシッ!!
夏穂は立ったまま、その足技を次々と受け止め、流していく。夏穂もまた相当の腕だ。
「せいっ!!」
敵は再び身を起こすと、打突と足技のコンビネーションを繰り出してきた。
さすがに狭い場所では戦いにくい。そう判断したのか、夏穂は外へ飛び出した。
「この状況でわざわざ隠れる所のない外に飛び出すとは…甘いですね。」
「言うたら悪いけど、あんたの技、全部見切れてるで。」
「はっ…。笑止!」
ブン! ヒュッ! ビシッ!!
パシッ! シュッ! ビシッ!!
「なにっ!!」
夏穂は全ての攻撃を見切り、見事に受け流している。
「せやから言うてるやんか、全部見切れてる、て。」
「何を言うか!」
「見た目の派手さに気を取られて、あんたの拳は全然極めてへん。中途半端や。
拳ちゅうもんは、一つ極めてから、次を学ぶんや。 せいっ!」
夏穂が踏み込みから一気に技を繰り出す。中国拳法に極真空手の要素を加えた独自のスタイルだ。
ブン! ヒュッ! ドッ!! ビシッ!! ゴキッ!!
「ぐはあっ!!」
敵は一気に吹き飛ばされる。
「まぁ、流れ者が使うにしてはええ拳やったで。こっから先は、截拳道か、カポエイラか、
どっちでもええけど、一本極めてからやね。」
夏穂は戦った相手に礼を尽くしながら、そう言った。
完全に、夏穂の圧勝である。
第十章:悪魔の飽食
工場までも制圧し、破壊の為の準備に取り掛かる若菜達。
「若菜!爆発物のセット完了したぞ!」
「こちらも準備完了しました。」
若菜と夏穂は宿舎の中にいた作業者(『選ばれし者』と信者内で言われているそうだ)を全員屋
外に連れ出し、ガムテープで後手に拘束していた。
「真奈美、これ何語だか判る?」
優が真奈美に押収した書類を見せる。明らかに日本語・英語ではない言語だ。
「ええと…基本言語はタイ語、数字の表現にはロシア語を使っていますね。これではそう簡
単には読めないと思います。
『1週間前、“西洋カラシ”を10グラム、“アーモンド”を15グラム、日本で買った缶
詰のセットに入れて送った。貧しい者達にアッラーの加護があらん事を。“イペリット”
は設備が整ってからになる。』って書いてありますね。」
それを聞いた優と千恵の表情が曇る。
「たぶん西洋カラシは“マスタードガス”、アーモンドは“青酸ガス”の事。どっちもそうい
う匂いがするって話だよ。その匂いを嗅いだ者は皆死んでいるけどね。イペリットっての
は湾岸戦争でも使われたけど、皮膚を爛れさせるガスの事だよ。全部製造が禁止されてる
化学兵器だ。」
「いずれにしてもマスタードとアーモンド、共に発送済みってわけか。何が『アッラーの加
護』だ、ちくしょう!」
千恵が身近にあった石を蹴飛ばした。
そんな中、真奈美は更に別の書類に目を通す。
「こっちはドイツ語で、医療記録……ほのか、お願いします。私は口に出したくもありませ
ん。」
手に持った資料から目をそむける真奈美。よほどひどい事でも書いているかのようだ。
「……。これは、悪魔の所業です。」
ほのかも、その書類を見て吐き捨てるように言った。
「…もしかして、人体実験ですか?」
脇で話を聞いていた若菜の目が鋭くなる。
「蒸留水に、人工的に何を混ぜれば何日間生きられるかの実験データです。
通常、蒸留水だけでは人間も2週間程度しか生きられません。しかし戦場で安全な水を得る
のは困難です。そこで、蒸留水に何を人工的に混ぜたら長期間生きられるようになるかとい
う事を実験したのです、彼らは。動物はもとより、人間まで使って。」
「その話、聞いた事あるよ。確か旧陸軍の731部隊が実験でやってたはずだ。昔の満州で、中
国人を使ってね。」
千恵の顔も険しいものになる。
関東軍防疫給水部第731部隊。別の名を、石井部隊。
医学博士でもある石井陸軍中将の指揮下、“マルタ(丸太)”と呼ばれた中国人やロシア人捕虜を
相手に様々な人体実験を行い、化学兵器・生物兵器の研究開発を行ったと言われている。
東京裁判で多くの部隊関係者に軍事裁判免責が認められたが、それは研究データを米軍に渡す事
で取引をしたからだとも噂され、未だに多くの真相が闇に閉ざされたままである。
「化学兵器、麻薬の製造に人体実験か…。『宗教無き学問は賢き悪魔を産む』って言うけど、
今じゃ宗教が悪魔を産んでるってわけだ。」
皮肉交じりにそう言い放つ優であった。
「…あぁ間に合った。若菜、ターゲットがここに居ないって、本当?」
林の方から入ってきたのは、晶と妙子だ。
「…無事でしたか。これでるりかが来れば全員揃いますね。どうやらターゲットは大使館に
一度行って戻ってくる所のようです。」
「…さすがにそこまでは情報がキャッチできなかったってわけね。」
「まずは初期の目的を達成しました。増援が着たりしないうちに撤収しましょう。」
「なんか、私だけ楽しちゃったみたいね。」
そう言って千恵たちの方を見る晶であった。まったく無傷の晶と妙子に対し、千恵と夏穂、美
由紀は全身煤だらけ、若菜と明日香は手傷を負って包帯を巻いているからだ。
最終章:あんたの勝ち
ヴロロロロロォ…。
そんな所に、入り口から相当のスピードで入ってくる車がある。
るりかの運転するダッジバンだ。
「これで全員揃いましたね。」
若菜が慌てて降りてくるるりかを見て微笑む。
「…あれ? もう終わっちゃったの?」
「えぇ、初期の目的は達成しました。ターゲットの暗殺ができなかったのが悔やまれますが…。」
「来る途中で車が見えたから、てっきり増援がきたかと思ったんだけど?」
「こっちには来ませんでしたね。 もしかしたら、そのまま逃げたかも。
…ではここから撤収します! 各自、車に乗って!」
若菜の号令で、全員が車に乗り込んだ。
ダッジバンにはるりか、千恵が助手席、後ろに優、明日香、妙子、晶、えみるが乗り込んだ。
パジェロには美由紀、若菜が助手席、真奈美とほのか、夏穂というメンバーである。
「ほんじゃ、スイッチオン!」
えみるが嬉々としてリモコンのスイッチを入れる。
「それ、るりかぶっ飛ばせ! 下手すると、爆発に巻き込まれるぞ!」
「ぶぅ〜っ! 千恵ちゃん、なんて事言うんだりゅん!」
「こっちはさっき、お前のおかげで壁に潰されそうになったんだぞ!」
「ふん、だ!」
狭い車の中で、千恵とえみるがケンカを始めるが、るりかが一気に山道を走り始めたので口喧嘩
などしている間は無い。下手に喋ると舌を噛みそうな勢いである。
しばしの静寂の後…
ズドォーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!!
大音響と共に、明けかけた夜空に黒い雲が立ち上っていく。
「うわちゃぁ…。また今回も、派手にやりやがったな…。」
「大成功だりゅん!」
頭を抱える千恵と、ガッツポーズで喜ぶえみる。まったく、好対照な2人であった。
そんな所へ、
ガン!ガン!ガン!ガン!
車の後ろに何かが当たるような音がする。
「なにっ!」
千恵が後ろを振り向くと、車のヘッドライトが見えた。
そのライトに、窓から身を乗り出して銃らしきものを抱えている者の姿が浮かび上がる。
「るりか、逃げろ! 車は後ろだ!待ち伏せてやがった!!
サブマシンガンか何か持ってやがる。近づいたら不利だ、逃げろ!」
千恵はそうるりかに叫ぶと同時に、無線機を取って若菜に敵の襲来を告げる。
“CよりW、ターゲットは後ろにいる!
サブマシンガンで撃ってきやがった!全速で逃げるぞ!”
ザッ…。
ピー…。
“WよりC、Rへ。前方にも一台居ます。反撃困難のため、先に国道まで抜けます。
ご無事で。”
「ご無事で、か…。あっさり言ってくれるぜ。」
今度は正面からライトが見える。当然、銃らしき物を構えた連中の姿も。
「皆、シートベルト良い?ぶつけてふっ飛ばすよ!」
るりかの号令で、皆が衝撃に備える姿勢をとる。
バックミラーでそれを確認したるりかが、一気に加速してヘッドライトの方へ突っ込んで行く。
ガンガンガンガン!!
正面からサブマシンガンの弾が当たる音が響く。しかし防弾処理をしている為貫通する事は無い。
「うりゃあっ!!」
グワッシャーン!!
前を塞ぐ車を強引に跳ね飛ばして、山のでこぼこ道を凄まじい勢いで下った。
しかし、るりかの運転はWRCのラリーカーも真っ青な程豪快かつ正確なものである。
「千恵!無線で美由紀に国道までの道を、ラリー式で答えろって言って!」
正面を見据えたままのるりかが、千恵に向かってそう叫ぶ。
「ラリー式?」
「そう! 急いで!」
“CよりW経由でMへ。Rから要望。国道までの道をラリー式で連絡。”
ザッ…。
すぐに反応は返ってこない。
「まだなの!」
「まだだ!」
ピー…。
“WよりC、Rへ。先の二股をL、そこから国道までBL、ER、AL、EL、BR、AR、
EL、BR、二股をER、AL、十字路をLです。“
「千恵!今のをしっかり覚えて!Lが左、Rが右、Eがイージー、Bがバッド、A
はアブソリュート、カーブの深さよ!」
「判った!」
千恵は無線機に入った声をもう一度再生し、方向を確認する。
「二股、どっち!」
るりかがそう叫ぶ。
「左! その先カーブ左バッド! 右イージー! 左アブソリュート! 左イージー!
右バッド! 右アブソリュート!」
千恵が暗い目前を注視しながら方向を指示していく。
時折後方から銃の発射音が聞こえるが、るりかの運転が一歩先を行っているのでなかなか当たら
ない。どうにか国道までたどり着く事ができた。
後ろから2台、若干速度は劣るが追いかけてくる。直線で離してカーブで詰められるといった具
合だ。一台はダッジバンで跳ね飛ばしたので側面がへこんでいるが、それでもほぼ等速で詰めてく
る。
「ねぇ晶ちゃん、このスピードで、後ろ向いて街灯狙えって言ったら、当たる?」
突然、後ろの車を見ていたえみるが晶に向かってそう言った。
「たぶんね。左右に振られさえしなければ、やってできない事は無いと思うけど。」
「ふっふっふっ。 反撃するんだりゅん!」
えみるが不敵な笑みを漏らす。
「反撃ってお前、まだ何か持ってるのか?」
千恵が後ろを振り返る。
「秘密兵器があるりゅん! ねぇるりかちゃん、トンネルが見えたら教えてね。」
「トンネル?」
「そう。そこで晶ちゃんに、ランプを狙って貰うの。」
「照明なんか消して、どうする気だ?」
「へっへっへー。」
何やら紙袋を取り出すえみる。
「これでやっつけるんだりゅん!」
取り出したのは、小麦粉の袋だった。
「えみる! トンネル見えたわよ!」
「じゃ、晶ちゃん、ルーフ開けて、後ろ向きに構えて。
さーて、頑張ってね、小麦粉さんたち。」
えみると晶が天井のルーフから顔を出す。
そしてえみるは、トンネル内で小麦粉を後ろに向けて撒き始めた。まるで煙幕でも張るように。
結局、手に持っていた6袋、丁寧に全部撒いた。
「まさか、煙幕で運転惑わそうなんて安直な事じゃ無いだろうな?」
千恵が心配そうに後ろを見ている。
そして、車がトンネルを抜けた瞬間、えみるが叫ぶ。
「晶ちゃん、どれでもいいからランプ撃って、すぐよけて!」
バンッ… バンッ… バンッ…。
弾は道路側面の蛍光灯2つに当たり、ランプが砕けた。
そして次の瞬間、
ズドォーーーーーーーーン!!!!!!!!!
トンネルから爆風が吹き荒れる。その爆風は一瞬、相当重いはずのダッジバンをも動かした。
「な…。どういう事?」
ただ数発撃っただけなのに、これだけの大爆発を引き起こした事で、晶は目を丸くする。
「やったーー! またしても大成功りゅん!!」
一方、再びガッツポーズのえみる。
「…お前、今度は何をやった! なんで小麦粉であんなに大爆発するんだ!」
「なるほど、炭塵爆発か。考えたね。」
興奮しきっている千恵と対照的にクールな優。何が起こったのか、もう判ったようだ。
「炭塵爆発?」
「そう。ほぼ密閉した空間に、粒子の細かい粉を飛ばして火をつけると大爆発を起こすんだ。
よく炭鉱で爆発事故があるでしょ? あれは石炭そのものに引火してるんじゃなくて、坑道
内に飛び散った石炭の粉に引火してるんだよ。
原因はいまでも良く判らないけど、とにかく粒子の細かい粉であれば、なんでも引火して大
爆発を起こすんだ。」
「そのとーり! さすが優ちゃん、物知りだりゅん!」
ピー…。
“WよりC、Rへ。状況を知らせて。”
“CよりWへ。えみるがやらかした。たぶん、追いかけてきた車、2台とも吹っ飛んでるはず。
確認の必要ありと認めるが、どうか?“
ザッ…。
ピー…。
“WよりC、Rへ。確認の為、警戒しつつ接近します。”
その凄まじい爆発のため、敵の乗った車は2台共見るも無残な姿であった。
トンネル内も一部内壁が剥がれ落ちていた。注意しないと、車に直撃しそうな物もある。
勿論、中に乗っていた人間は全員即死だ。
「ターゲットの死亡を確認。これで作戦完了です。」
若菜が車の中の死体から、晶に狙撃を依頼していたターゲットの姿を確認した。
晶が直接狙撃したわけではないが、結果的に晶の射撃の腕前で、という事になる。
「お前なぁ、後ろに車が来てないから良かったけど、来てたら大問題だぞ…。」
「だって、こんな所でこんな朝早くからあのスピードについて来る一般車なんて、いるわけ
無いりゅん。」
「そんなところまで計算して…。 お前が味方でよかったよ。死んだ理由が小麦粉だなんて、
あたしゃまっぴらごめんだ。」
「ぶぅ〜っ!! やっぱり、千恵ちゃんなんか嫌いだりゅん!!」
互いにそっぽを向く千恵とえみる。傍から見ると、『喧嘩するほど仲が良い』というようだが、
本人達にそれを言おうとする者は誰もいない。
「夜が明けてきましたね…。
マルヨン・フタハチ。作戦完了。撤収します。」
若菜が、メンバー全員に作戦完了を告げる。
全員の体を、朝日が包み込もうとしていた。
そう、彼女達12人が、MARS-12…。
12人の戦いの女神、MARS-12…。
今日もまた、どこかで彼女達は戦っている。
「我々の職務は世界の平和と安全を維持し、社会騒乱を未然に防ぐ事であるが、時にその活動
は、社会一般でいう『非合法』である場合もある…。」
再び、一般市民から戦闘員になる為の儀式と共に…。
【END】
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
若菜が真理子・ローズバンク、千恵がヘルガで晶がデラ、えみるがリンですかね。
新谷マンガには相当影響受けたんで、いつかはやろうと思ってたネタです。
時期が時期なんで、やんわりヤバイかも知れないですな。
これは結構気に入ってるんで、誰かにマンガにして貰いたいなぁとか、思ったり、思わなかったり。