【防人の詩】

 

   “探し出せ…”  ”見つけた…”

 

  「…。」

 夏の陽射しの中、舞は街中で突然に立ち止まった。

  「どうした舞、なにかあったのか?」

  「舞、どうしたの?」

 一緒に歩いていた祐一と佐祐理が、隣りを歩いていたはずの舞に振り返ってそう言う。

  「…誰かに呼ばれたような気がした。」

 辺りをじっくりと見回す舞。しかし、辺りには舞の知っている人は見つけられなかった。

  「気のせいじゃないのか?」

  「…最近、何度も同じ感じがするようになった。」

  「まさか、またあの『力』が…。」

  「…それはない。でも、似ている気もする。」

 舞はそう言って2人の所へ歩き出す。

   “ふふふ…。見つけたよ…。”

  「…!」

 再び気配を感じたその瞬間、舞は後ろを振り返った。何かに見られているような視線がそこには

あった。

  「舞、誰か居たの?」

  「…誰も居ない。でも、誰かが見ていた。」

 舞はしばらく視線を感じた方向を見続ける。しかしそこには誰もいなかった。

  「誰も居ないなら、気のせいだろう。さぁ、行こうか。」

 そう声を掛ける祐一。しかし、舞はしばらく視線を感じた方向が気になっていた。

 

   “まだ覚醒しきってはいない…”  “その前に…”

 

 ある日の夜、舞と佐祐理は暗くなりかけた路地を歩いていた。

 大学の図書室でレポートの為の調べ物をしていた佐祐理と、それに付き合っていた舞。気が付

いた頃には日が暮れかけていたのだった。

  「ごめんね舞、すっかり遅くなっちゃって。」

  「…後で見せてくれれば、それでいい。」

  「それはいいけど、他のレポートもあるでしょ?」

  「…佐祐理のを見せてもらうから、いい。」

 舞の言葉に、佐祐理は頭を抱えた。要は、佐祐理のレポートを丸写ししようという事なのだ。

  「ま〜い〜、少しは自分でやらないと、試験の時困るよ?」

  「…試験はほとんど持ち込み可だから、大丈夫。」

 どこか常識に欠けている舞だが、冷静で状況判断に長けているので、教授の試験の傾向や科目

の試験内容などは既に分析済みであった。一言でいえば「要領がいい」という所だろう。

  「…ま〜い〜。」

 またしても佐祐理は頭を抱えた。

 

 

   “もう、気が付いているんだろう?”

  「…!!」

 突然の言葉に、舞は足を止める。その言葉はまるで舞の頭に直接響いてくるかのようであった。

舞は周囲を見回すが、やはり呼び止めているようなそぶりをしている人影は無い。

  「…どうしたの?舞。」

 佐祐理はそんな舞に声を掛ける。

  「誰かが私を呼んだ。」

  「でも、誰の声も聞こえなかったよ?」

  「私だけを呼んだから、佐祐理には聞こえない。」

  「…えっ?」

 佐祐理は意味が判らず、怪訝な表情を見せる。

   “こっちへ来い。来るのに、その女が邪魔なら、消してやるぞ。”

  「…行く気は無い。おまえに会う理由も無い。」

  「舞、誰としゃべってるの?」

 舞が誰に向かって喋っているのかが判らず、佐祐理は不安になる。

   “ならば、理由を作ってやる。造作も無い事だ。”

 その瞬間、殺気が舞達を襲った。

  「…!!」

 脇にいた佐祐理を、舞はいきなり押し倒すように路地に連れ込む。

  「わ、わ、ま、舞ったら、ちょっと待って…。」

 突然の行動に、佐祐理は慌てている。

  「い、い、いきなり来られても、さ、佐祐理にも、こ、心の準備というものが…」

 佐祐理はつい顔を赤らめる。

  「…静かにして。危ないから。」

 そう語る舞の目は真剣だった。そのまなざしは、かつて夜の学校で『魔物』を相手にしていた

時の目と同じであった。

  「…。」

 その真剣さで気を取り戻した佐祐理は、無言でこくんと頷く。

  バキンッ!!!

 壁から派手な音が聞こえてくる。何かがめり込んだような音であった。

  バキンッ!! バキンッ!!

 更に2回、派手な音が聞こえてくる。しかし、狭い路地の壁にそれだけの音を立てるには、直

接壁を金属の棒で叩く位しかなかった。

 何がぶつかっているのかは舞と佐祐理には判らない。しかしそれが自分達に向かっている物で

あることを、舞は感じ取っていた。

  『…威嚇か。恐らく次がチャンス、これを逃したら確実に来る。』

 舞は佐祐理に目で合図を送る。“私が立ち上がったら、一緒に立ち上がれ”と。

 佐祐理は判ったらしく、頷いて目線を大通りの方に向ける。

 それを見て、今度は舞の方が頷いた。

  ヒュッ…

 何かが飛ぶ音が聞こえた。その瞬間、舞が立ち上がる。

 それと時を同じくして、佐祐理も立ち上がる。そんな佐祐理の手を、舞はしっかりと握る。

  バキンッ!!  バキンッ!!

 舞と佐祐理が駆け出した直後、さっきまで居た辺りの壁から音が聞こえた。

 そこには、何か鉄砲の弾のような物が当たった痕ができていた。

  「舞、あれは何なの!!」

 佐祐理が走りながら絶叫する。

  「…何者かは判らない。けど、私に会いに来た。」

 舞も走りながら、佐祐理にそう答える。

  「会いにって、あれが人に会う時の挨拶とでも言うの?」

 佐祐理は再び絶叫した。

 舞の頭に、再び声が聞こえてくる。

   “逃げた所で、どうなるものでもあるまい?”

  「用があるのは私だけだろう?」

   “ならば、私の元へ来い。来なければ、来るようにするだけだ。”

 その声が消えると共に、殺気も消えていた。

 舞は走るのを止め、再び辺りを見回す。

  「はぁ、はぁ…。舞、大丈夫?」

  「佐祐理…。」

 舞は、佐祐理にどう言って良いか判らず、そのまま黙ってしまった。

 己の持つ力によって再び他人が傷つく事に、舞は再び哀しみを感じていた。

 

   “やつらも気付くぞ…” “もう接触した…”

 

  「…祐一。今日は、佐祐理と一緒に帰ってほしい。」

 翌日、大学の芝生で昼食を取りながら、舞は祐一にそう言った。

  「もしかして、昨日の事が原因か?お前はどうする?」

祐一にとってみれば、佐祐理よりもむしろ舞の方が心配である。しかし舞は相変わらずの態度

であった。

  「…。傷つくのは、私一人で良い。」

  「ま〜い〜、そういう性格、直さないとそのうち本当に死んじゃうよ?」

 佐祐理の心配の種がまた増えたようだ。何かキッカケがあれば泣き出しそうな表情をしている。

  「…このまま黙っていたら、私よりも先に、祐一や佐祐理が死ぬかもしれない。」

  「えっ?」

 舞の真剣な言葉に、佐祐理は黙らざるを得なかった。

  「…舞、『私一人』って事は、狙われているのが自分一人だって気付いてるのか?」

 祐一の一言で、舞の顔色が変わる。図星をつかれた時の顔だ。

  「やっぱりそうか。 …無茶はするなよ。」

 そう言って、祐一は舞の頭をなでた。舞は少しだけ顔を赤らめる。

  「しかし、高校の時と違って、刀は持ち歩けないぞ。どうする?」

  「…こんなのを見つけた。少しは役に立ちそう。」

 そう言って、舞はポケットから短い棒を取り出す。伸縮する、護身用の特殊警棒だ。

  「まぁ、あまり街中で振りまわすなよ。警察に見つかると厄介だ。」

  「…たぶん、街中では襲ってこないと思う。」

  「なぜそう言い切れる?」

  「…もしそうなら、今ここでも襲ってくるはず。」

 舞はそう言って辺りを見まわす。大学の敷地内とは言え、辺りは静かで人影もまばらだ。

  「なるほど、その通りだ。」

 祐一は思わず納得してしまった。しかしその直後、なんとも言えない恐怖を感じた。

  “あくまで狙いは舞一人。しかし、何が目的なんだ?”

 祐一はそうつぶやきながら考えていた。

 

  “近くに奴が居る…危険…”  “接触する前に…”

 

 その夜、祐一は佐祐理を家まで送ると、舞の住むアパートへと向かった。

  「あいつの事だ、もう既にどこで会うか決めてるはずだ…。」

 そう言いながらアパートへの路地へ出た所、舞らしき人の後姿を見つけた祐一は、そのまま後

を付ける。やはりその姿は、祐一が予想したくなかった、舞の姿であった。

 しかも手には、あの日以来封印され取り出す事の無かった、刀が握られている。

  「この方角は…。あそこへ行くのか?」

 足は自然になじんだ方向へと向かう。

 そう、その方向は、かつて舞、佐祐理、そして祐一も通った高校の方角であった。

 

 人目につきにくい校舎裏の空き地に向かうと、そこには少年が一人立っていた。

  「そんなものを持ってきて、どうなる。」

 少年は舞の姿を一瞥しながら問いかける。しかし、少年から発せられている声はしわがれた、

子供の持つような声ではなかった。目も虚ろで、まともな状態とは思えない。

  「…あったら困るのか?」

  「肉体のある者は、困るだろうがな。」

 少年はふふんと笑った。対照的に、舞は表情をまったく変えていない。

  「私に、これ以上構うな。私は何もする気は無い。」

  「それはできない。我々の『声』が聞こえる者には、どちらかを選んでもらう。

   我らと共に来るか、それとも…死だ。」

  「何者か判らない者と、行動を一緒にはできない。」

  「お前らの仲間は、我々を『幻魔』と呼んでいるようだが、名前などはどうでも良い。

ただ、我々と同じ物を信じ、一緒に来れば良いのだ。」

  「…幻魔?」

  「我々の、主の事だ。」

 少年は舞に向かって手をかざす。

 舞の頭の中に、イメージが広がった。

 

        一切の破壊、消滅、死…

        闇、無への帰結…

        自分という存在の消滅…。

 

  「なぜこれを…。」

  「お前は、一度はこれを願った。違うか?」

 確かに舞は、以前、自分という存在の消滅を願って、自ら自刃した。そうしなければ、自分の

力が愛する者を傷つけ、再び辛い別れを呼ぶ事になったからだ。

  「なまじ『力』があるが故に、罵られ、蔑まれ、自分だけでなく、自分を愛する者すら

も周囲から酷い扱いを受けた。そして、その『力』が自分を愛してくれた者すらも消

し去ろうとした事で、お前は自らに絶望した。違うのか?」

 舞は図星をつかれて一瞬あ然とする。しかし、すぐに気を取り戻して少年を見据えた。

  「…でも、今は違う。」

  「しかし、その『力』がお前にある限りいつか再び同じ事が起きる。それがお前にもた

らされた、結末なのだ。」

  「…もう、同じ事は起さない。誰も失ったりはしない。」

  「お前はもう知っているはずだ。いつかは皆自分の周りから消えていく事を。愛する者

ですらも、いつかは消えていく。なぜそこから目をそらす?」

  「目をそらしてなどいない。 …一緒に生きているのだ。同じ時間を、一緒に。」

 舞は刀を鞘から抜いた。

  「無駄だといったはずだぞ。」

  「無駄かどうか、やってみなければわからない。」

 舞はぐっと踏み込むと、少年を横に薙いだ。

 しかし、手応えはまったく感じられなかった。

  「無駄だと言ったのに…。ならば、一足先に死んでもらおうか。後ろにいる、おまえの

恋人とやらに。」

 少年は…舞の頭上にいた。

  「えっ…?」

  ヒュッ…  ヒュッ…。

 舞は殺気を感じ、刀を振り回す。

  カキン! カキン!!

 腕にかなりの衝撃が伝わる。当たれば死ぬまでには至らずとも大怪我は間違いない位の衝

撃であった。

  「げふっ!!!」

 後ろから人の声がしたのに気付き、舞は声のした方向に振り向く。

 そこには、もんどりうって倒れる祐一の姿があった。口から血を吹いているのが見える。

  「祐一!!」

 舞の顔色が変わる。なぜ祐一がここにいるのかが判らない、という表情だ。

  「どうやら、お前の事が気になって追いかけてきたらしいな。

   昼間、お前がその男に言った通り、傷つくのは一人だけで良かったのになぁ。」

  「…!!」

 行動を全て見透かされていた事、その上で関係のない祐一を巻き込んだ事に、舞は怒りを感じ

ていた。

  「どうだ、もっと怒りをあらわにしてみろ。それが我らの望む姿だ。怒りは破壊の衝動

を生み、全てを巻き込んで無へと還って行く…。一切の破壊、無への帰結。それが我

らの主の望みだ。何もかもが無くなれば、苦しむ事も無い。 どうだ…。」

 少年は再び笑った。まるで人間全てをあざ笑うかのように。

 

  「…な、なんだ、これは…。」

 祐一が身体に当たった物を手に取る。

 それは親指大の小石だった。しかし、少年はそれを投げるそぶりさえ見せなかった。

 実際、投げてはいなかった。強力な『力』で飛ばしているのだ。

  「…祐一。」

 舞があとずさりしながら祐一のそばに寄る。しかし、その意識が遠くなりつつある事は、振り

向かなくとも感じ取れた。

  「さぁ、次はお前の番だ。せっかく間合いが詰まっていたのに、自らそれを捨てるとは…。」

 舞の顔色が変わる。このような飛び道具を使う敵に対しては、間合いを詰めてそれを使えなく

するのが定石だからだ。それを悟られないように細心の注意を払ってきたつもりだったが、あっ

さりと看破されてしまった事に、舞は驚いていた。

  「もう一度問う。我らと共に来るか、それとも死か。」

 少年が顔をひきつらせて笑う。完全に舞を見下しているかのようだった。

  「…死も、服従も無い!!」

 舞はそう言うと、間合いを一気に詰めていく。

  ヒュッ…  キンッ!!! ゴスッ…。

  「げふっ!!!」

 舞が血を吐きながら前のめりに倒れ込む。察知した物を全て叩き落した…はずだったが、胸と

腹に直撃を食らってしまったのである。

  「うっ…。」

 警棒を杖のようにして、舞が立ちあがった。

  「ほう?まだ立ちあがれるだけの力があったのか。」

 少年の顔がほころぶ。舞を倒すのを、まるでゲームでもするかのように楽しんでいた。

  「なぜ、一思いにトドメを刺さない。それとも、刺せないのか…。」

 舞の突然の言葉に、少年の顔が歪む。

  「なんだと?」

  「攻撃の仕方が同じなら、誰もがそう思う。」

  「ならば、そうしてやろうか。」

  「…もう、同じ手は通用しない。」

  「くっ!!」

 少年がその手を舞に向けてかざそうとした時、周囲を圧倒的な気が取り囲んだ。

  「なんだ、これは!」

 舞は、地面に刺した刀を支えにして立ち、気を集中させていた。

 それにより、舞が持っていた『力』が一気に高まっていったのである。

  「ばかな!まだ、覚醒はしていないはず!!」

 

  バリッ! バリバリッ!!

 何かの割れる音が辺りに響いた。

  「ふうっ!!!」

 舞の気合いと共に、何かが少年に向かって飛んで行く。

  「うわああああっ!!!」

  ザシュッ! ザシュザシュッ!!!!

 飛んで行ったのは、無数のガラスの破片であった。舞は学校の窓ガラスを割り、それを少年に

目掛けて飛ばしたのだ。

  どさっ。

 少年は地面に叩き付けられる。

 しかし、そこに叩き付けられた物は、人間の姿をしていなかった。

  「グオオオオオ……。」

 それは、低い唸り声を上げている。窓ガラスの破片のおかげで、まるでハリネズミのような姿

であった。舞は地面に突き刺した刀を抜くと、ハリネズミのようなそれに近づく。

  「二度と、その姿を見せるな。」

 舞の持っていた刀が、青白い光を放った。

  ズシャッ…。

  「グオォォォォォォ!!!!!!!!!」

 それは、断末魔の叫びをあげた。

 シュウシュウという音と共に黒い塊へと変化し、やがて動かなくなる。

 

  「祐一!!」

 舞は祐一の元へと歩み寄った。しかし、傷のおかげで刀を杖代わりにしなければ歩く事すらも

ままならないほどであった。

  「…舞。終わったのか?」

  「どうしてここに…。佐祐理と一緒だったはず…。」

  「お前を一人、放っておけないよ。俺達、どんな時でも一緒にいようって決めたじゃない

か。」

 舞は祐一を抱きしめると、涙を目に浮かべた。

  「だからって、祐一が傷つく事はない…。私だけが傷つけば良い事…。」

  「今も言ったじゃないか。俺達は、どんな時も一緒だって。笑う時も、泣く時も、傷つく

時も一緒だ。」

  「…祐一の、バカ。」

  「ああ、俺は大馬鹿野郎だ。でも、舞のためなら、俺は空だって飛んでやる。」

  「祐一…。」

 舞は、声をあげて泣いた。

 

  「…さて、劇はそろそろ終わりにしようか。」

 突然の声に、舞は振り返る。

 そこには、さっき倒した筈の少年が、再び立っていた。

  「なぜだ…。」

  「さっきおまえが倒したのは、私の半身だ。もともと我々は2つで1つの身体を共用して

いたが、この世界では別れていた方が便利なようなのでな。」

  「くっ…。」

  「我々に従う気がない以上、消えてもらう。どうせ間もなく何もかもが消えるのだ。心配

するな。」

 少年は舞に向かって手をかざした。

  「祐一…。」

 舞は咄嗟に祐一の身体をかばう。

  「…あらあら。祐一さん、舞さん、大丈夫ですか?」

  「ん?」

 少年が一瞬、声のした方を向く。

 舞もその方向に向くと…そこには、秋子がいた。

 

  「危険です。逃げて。」

 舞は精一杯の声で秋子に言う。

  「でも、2人ともその様子では…。」

 秋子はその場の雰囲気など全く気にする様子も無く舞達に近づいて来る。

  「ふん…。死の恐怖も知らぬ愚か者が…。」

  ヒュッ… ヒュッ…

  ピシッ!!!!

  「…な!!!」

 少年は驚きの声をあげる。秋子の周りを一瞬稲妻のようなものが取り囲んだかと思うと、秋子に

向けて飛ばした小石がすべてその手前で粉々に砕け散ったからであった。

  「その程度の『力』では、何の役にも立ちませんよ。」

 秋子はいつものように頬に手を当て、にっこりと微笑んだ。

  「これは、どうやら小手先だけでは済まないようだ。」

 そういうと、少年の身体の周りに炎のようなものがゆらめき出す。

  「消えろ!!」

 その炎のようなものが秋子に襲いかかる。

  バチンッ!!!!!

 しかし、秋子の周りに球形の火花が飛び散ったかと思うと、その炎のようなものはあっという間

に消し去られてしまった。

  「そんな馬鹿な!!」

 少年は再び驚きの声を上げる。

  「相手がどの程度の『力』を持っているか読めないようでは、仕方がありませんね。

では…。」

 秋子が目を閉じ、何かに集中するかのような仕草をする。

 その刹那、秋子の身体を、青白い光が包み込んでいた。

 

  「うわぁぁぁぁ!! レベルが上がって…どこまで上がるんだ!!!」

 少年は完全にうろたえている。

  「…戻りなさい。あなた方の望む、無へと。」

 秋子の身体から、少年が発した物と似たような、炎のようなものが飛び出てくる。大きく違うの

は、その炎のようなものの色だ。少年のものはやや赤に近い白であったが、秋子のそれは青白く、

まるで星の光のようであった。

  「グォォォォォォ…。」

 少年が一瞬苦悶の表情を浮かべたが、その表情も青白い炎であっという間に消え、光が消えた後

には黒くなった塊だけが残っていた。

  「秋子さん、あなたは…」

  「今は何も喋らない方が良いですよ。まずは祐一さんの応急処置から始めましょう。」

 傷つきながらも必死にこらえていた舞をゆっくりと座らせ、秋子は倒れていた祐一のそばに寄っ

た。

  「はっ…。」

 祐一が痛む所を押さえていた手に、秋子はそっと手を添え、気を集中する。

 一瞬、手が青白く光ったかと思うと、祐一の顔から苦悶の表情が少しずつ消えて行く。

  「これで動かしても大丈夫です。」

  「秋子さん、あなたは一体…。それに、どうしてここに舞と祐一がいる事が?」

  「…その答えは、あとでします。」

 背後から再び、何者かの気配がする。

  「お久しぶりですね。もう10年近くなるかしら。」

 その気配に、秋子は振り向きもしない。

  「我々には、年という概念はないのでねぇ。しかし、『力』はまったく衰えていない

   ようですな。」

 舞はその声に恐怖していた。声だけでも禍々しい雰囲気が伝わってくるからだ。

  「舞さん、祐一さんをお願いしますね。」

  「…でも、相手は…。」

 秋子を止めようと、舞は必死に力を入れる。しかし、既に舞の身体も限界に来ていたようだっ

た。

  「私だけなら、なんとかなるでしょう。」

 秋子はそう言って笑った。

  “まさか、私達の為に、死ぬ気じゃ…。”

 舞の目にはいつの間にか涙が浮かんでいた。しかし秋子はその涙に背を向ける。

  「さて、場所を変えて、決着をつける事にしましょうか、カフー。」

 秋子は目の前にいた、黒服の男にそう言う。黒のスーツ上下に黒の帽子、顔は見えないが眼鏡

だけが無気味に光っているその男を、秋子は“カフー”と呼んだ。

 身体から再び炎のようなものが飛び出てくる。吹き出すといった表現の方が正しいかも知れな

い。それぐらいに激しいものだった。

  「おいおい、俺達を忘れちまっちゃ困るぜ?」

 不意に空から声が聞こえてくる。秋子はその声に思わず微笑んだ。

  「…久し振りですね、ソニー。」

 背後に人の気配を感じる舞。しかし、秋子はその気配に振り返りもしない。

  「それ、2人いくぜ、タオ!」

 そんな声が聞こえたかと思うと、舞は身体がふっと浮かぶ感覚を感じた。

   “…この感覚は、何!?”

 気がつくと、舞は空中にいた。まるで透明な風船の中にいるように、ふわりと浮いていた。

  「キャッチしたよ、ソニー!」

 舞が声のした方向を向くと、そこには女性が自分達を包み込むように手を広げていた。

  「…おやおや、3人も揃ったのでは私の分が悪い。今日の所は退散させて貰いますよ。」

 カフーの眼鏡がキラリと光ると、姿がすうっと消えていく。

  「待ちなさい!!」

 秋子がそれを見て間合いを詰めていく。しかし、カフーの姿は空気にでもなったかのように消え

ていった。

  「しょうがねぇじゃん、秋子ねえちゃんよぉ。」

  「そうね。今はあの2人を助ける方が先だと思うわ。」

 秋子の脇に、黒人の青年と中国人らしい女性が降り立つ。

  「ありがとう、ソニー、タオ。2人が来てくれて助かったわ。」

 そう言った秋子の顔に笑顔が戻る。黒人の方がソニー、女性の方がタオというらしい。

  「丈がまた心配するからね。もう肉親を亡くすのは耐えられないらしいから。」

  「その丈は?」

  「ルナ姫と一緒にカナダに行ってる。また一人『見つかった』みたい。」

  「そう…。さて、あの2人を手当しないとね。」

 秋子はそう言うと、空に浮いている2人を見上げた。

 2人はゆっくりと地上に向かって降りてくる。本当に、風船にでも包まれているかのように、

ゆっくりと…。

 

  「秋子さん、私はこれからどうすれば…。」

 病院のベンチで舞と秋子の2人が話をしている。祐一ほどではなかったが、舞も入院しなけれ

ばならないほどの深手を負っていた。そしてなにより、祐一を、そして己の身すらも守れなかっ

た事にショックを受けていた。

  「…残念ながら、あなたには選択肢はありません。『力を持つ者』である自分を受け入れ、

我々が『幻魔』と呼んでいる、あのカフーのような連中と戦うしか道はありません。もし

逃げたとしても、あの少年がやって来たように、いつかはまた同じ事が起きるでしょう。」

 秋子は舞に諭すようにそう告げる。

  「また、舞さんにはもう一つの選択肢が待っています。それは、祐一さんと別れてソニーや

タオ、そして私の従兄になる丈と一緒にあの連中と戦う『光の戦士』として生きるのか、

それとも私のように誰かを守り続けて生きるか、という物です。これは『力を持つ者』と

しての運命です。ちょっと手を出して下さい。」

 秋子が自分の手を舞の方に差し出す。掌を自分の手に重ねろという事のようだ。

  「…はい。」

 舞は秋子の差し出した掌に自分の掌を重ねる。

 その瞬間、舞の意識の中に、あの少年が見せた物と似たイメージが入り込んでくる。

 

 

  幾つもの星の消滅、生命体の死。

  光を司る意識体、「フロイ」の存在と、闇を司る意識体、「幻魔」の存在。

  今まで何度も繰り返されてきた闘い。

  地球上でも行われた、「光の戦士」と「幻魔一族」の闘いの歴史。

  そして、秋子が辿ってきた闘いの歴史…。

 

 

 舞はそのイメージに戸惑った。今までの自分の世界と、スケールが違いすぎるからだ。

  「でも、秋子さん、私は…。」

  「あなたの『力』はまだ覚醒していません。持っている能力の5%も使っていないのです。

だからこそ、連中はあなたが目覚める前にその芽を摘もうとしたのですよ。」

  「私には、まだ私の知らない『力』が…。」

  「そう言う事です。」

 突然に現実と運命というやつを突き付けられてしまい、舞は困惑しきっていた。

 自分の存在が、そして自分の『力』が再び他人に重荷になってしまう事、それがなにより一番大

きかった。

 しかも、せっかく手に入れた祐一や佐祐理との楽しい生活が、あっさりと崩壊してしまった事に、

舞は落胆の色を隠せなかった。

 

  「でも、舞さんは『光の戦士』には向いてないかもしれないわね」

 そんな舞を見透かすかのように、突然、秋子がそう言った。

  「…なぜ、そう思うのですか?」

  「あの時、祐一さんを庇って、死ぬつもりだったんでしょう?

   戦士は、死んではダメなのよ。必ず勝って、生きて戻る、そんな気持ちを持たないとダメな

の。わたしも丈にそう言われた。だから判るの。」

 舞には言葉がなかった。秋子の言う通りだったからだ。

  「それもまた人生というものね。どれ位掛かるか判らないけど、頑張りましょう。」

  「…えっ?」

  「その人の持つ『力』を引き出すのは、私の役目です。それに、祐一さんは私の家にいますか

ら、好きな時にいつでもおいでなさい。」

 秋子はいつものように頬に手を当て、ふふっと笑った。

  「…秋子さん。」

 舞もそれにつられるかのように微笑んだ。

 

 

  「じゃ、いつものように円になるように座って下さい。」

 いつしか、舞は水瀬家に下宿するようになっていた。元々身の回りの荷物の少ない舞であったし、

部屋も空いていたので問題はなかった。最近はそこに佐祐理が泊まりで遊びに来る事も多い。

  「じゃ、目を閉じて、呼吸を合わせて…。」

 元々努力家であった舞は、非常に早い期間で呼吸法をマスターし、すぐに瞑想状態に入れるほど

までになっていた。

  “祐一…。”

 舞が祐一を思う気持ちが、それを可能にしていた。

 既に舞はその能力を引き出しつつあった。本当の能力が覚醒する日も近い。

 名雪も興味半分でそこにいたが、相変わらずの早寝なので起きているのか寝ているのかわからな

かった。

  「…秋子さん。」

 普通の状態に戻った舞が秋子に尋ねる。

  「はい、なんでしょう?」

  「名雪さんが一緒なのは、なぜなんでしょう?いつも途中で寝てしまうのに…。」

  「…私の娘ですから。」

 秋子はいつも通りに手を頬に当ててにっこりと笑った。

  「娘さんだから、ですか?」

 舞は少しだけぶすっとした顔をする。真剣な舞の目の前で、アットホームな家族の姿が展開され

ようとしていたからだ。

  「…暴走したら大変な事になるので、少しずつ『力』を引き出してるんです。

   本人がこんなお寝坊さんでよかったですよ。」

 秋子はあっさりと言い放ったが、舞はその言葉の意味を理解できた。

  「どんな力があるんですか?」

  「今は、聞かない方が身の為かもしれませんよ。」

  「それだけ、強い力だと…。」

 舞には秋子の言葉がまだ信じきれなかった。なにしろ、目の前にいるのは無防備に寝ている20

歳前の女性だからだ。

  「…吸い込むように、あらゆる『力』を封じてしまうんです。

   だから、『幻魔』たちもこの子には簡単に手を出してきません。『力』が無くなれば、肉

体の力の強い方が勝ちますから。彼らの精神的な力は強大ですが、肉体的な力は、我々

の方が勝っているといえる程度のものです。」

  「…なるほど。」

  「とても、そんな力を持っているようには見えないんですけどね。」

 秋子が微笑む。舞もそれにつられるように微笑む。

 名雪だけが、「くー。」という寝息を立てて寝ていた。

 

 

 さほど時を経ずして、舞の覚醒の日は訪れた。

  「もう私が教える事もありませんね。」

 秋子が舞の姿を見て微笑む。

  「秋子さん、ありがとうございました。」

 舞は秋子に深々と礼をする。

  「聞くまでもない事ですが、最後ですから聞いておきます。

   『光の戦士』として生きるのか、それとも誰かを守って生きる道を選ぶか…。」

  「…たとえ何があっても、祐一の側にいます。それが私の答えです。」

  「…了承。」

 秋子は既に答えを確信していたが、その言葉を聞いて再び微笑んだ。

 

 

 己を、そして祐一を守る事、それが舞の望んだ道であった…。

 今、そしてこれから、たとえどんな事があったとしても…。

 

 【END】

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

一つ前に戻る