ポケット一杯の秘密

 

  「しおちゃん、おべんと食べよ。」

  「あ、うん。でも今日、おべんと忘れてきちゃって…。」

 栞はクラスメイトに申し訳なさそうに言う。日直だった事を忘れていて、慌てて出てきた為に

お弁当を忘れてきたからだ。

  「…栞。」

 背後から呼ぶ声に、栞は驚いて振り返る。

  「あっ、おねえちゃん…。」

 後ろに立っていたのは姉の香里であった。

  「朝、慌てて出ていったからお弁当忘れてったでしょ。それに薬も。」

 手に持っていたお弁当の包みと、薬らしき物の入った袋を差し出す香里。どちらも栞が家に

置き忘れてきた物だった。

  「あ、ありがとう!」

  「今日は私がいつも通りに出たから持って来れたけど、今度は忘れないようにするのよ。」

  「うん、気をつける。」

  「じゃね。」

 香里は栞に小さく手を振ると教室を後にする。その姿を目線で追いながら、顔を赤らめる者が

数人居るのだが勿論香里は気付いていない。

  「は〜。美坂先輩、良いなぁ…。しおちゃん、妹だなんて、やっぱり羨ましいなぁ。」

  「えっ?どうして?」

 クラスメイトの留美の言葉に、栞は驚いた顔をする。

  「知らないだろうけど、1年女子の中で美坂先輩、人気高いんだよ。料理クラブの部長だ

し、私達が声掛けてもちゃんと答えてくれるし、先輩みたいなお姉さんがいたら、って

皆言ってるよ。」

 栞はちょっと上を向き、しばし考える。

  「でも本当のお姉ちゃんを知ったら、皆驚くと思うよ。私の事、『妹じゃない』って言っ

てた時期もあったし…。」

  「えっ!なんで??」

 今度は留美が驚いた顔をしている。突然聞こえてきた大声に、そばにいたクラスメイトたちも

寄って来る。

  「それは…。」

  「それは?」

 クラスメイトたちの突っ込みに、栞はにっこりと笑ってこう答えた。

  「…それは、秘密です。」

 期待をはぐらかされた留美たちクラスメイト一同は、栞のその一言にコケてしまう。

  「ねぇ、早くおべんと食べようよ。」

 栞は皆の気持ちをそらすように、弁当を食べようと誘う。

 皆、それ以上突っ込む機会を失ってしまったので、留美たちも栞の言葉通りお弁当を食べる事

にした。

  “本当に、優しすぎる位、優しいお姉ちゃん…。

   私の為に泣いて、笑って、手術まで受けてくれたお姉ちゃん。

   やっぱり、本当の事は、皆には秘密…。”

 

 

 化学の授業で教室を移動中、栞は名雪と廊下ですれ違う。

  「あっ、名雪さん、こんにちは。」

  「あっ、栞ちゃん。身体の調子はどう?」

  「まだ走ったりはできませんけど、それもそんなに遠くないうちにできると思います。

そういえば、来週末、インターハイの予選ですよね?」

  「うん。最後の年だから、頑張らなきゃね。」

  「祐一さんと、応援に行きます。頑張って下さい。」

  「ありがとう。じゃ、またうちに遊びに来てね。お母さんも楽しみにしてるよ。」

  「はい。それじゃ。」

 栞はおじぎをする。名雪はそんな栞に手を振って、別の教室へ歩いていく。

  「はぁ…。」

 栞の横にいたクラスメイトの茜がため息をつく。

  「どうしたの?」

 栞がそんな茜を見て、声を掛ける。

  「しおちゃんが羨ましいわ。美坂先輩の妹で、しかも水瀬先輩とも知り合いだなんて…。」

  「そんな…ただ、お姉ちゃんと名雪さん、お友達だから。」

  「それだけでも十分よ。あんたのお姉さん同様、水瀬先輩も憧れの的なのよ。」

  「へぇ…そうなんだ。」

  「みんな、今年こそはインターハイ出場じゃないかって言ってるよ。だけど、先輩って

いつも私達に教えてるだけで、殆ど練習してないの。どこかで密かに練習してるらし

い、って噂もあるんだけど、未だに謎なのよ。」

 栞がまた上を向いて考える。

  「まぁ、あれが練習といえば言えなくもないけど…。」

  「なに?しおちゃん、何か知ってるの?」

  「ええと…。」

  「いいじゃない、教えてよ!」

  茜の突っ込みに、栞はにっこりと笑ってこう答えた。

  「…それは、秘密です。」

 またしても茜たちクラスメイトは、栞の一言にコケてしまう。

  「さぁ、早く行かないと授業に遅れるよ?」

 またしても栞にはぐらかされ、クラスメイトたちは釈然としない気持ちのまま教室に向かう事と

なった。

  “お寝坊さんで、毎朝走って来るから練習してるようなものだけど…。

   私と祐一さんを見ていてくれる名雪さん。

   本当の事は、やっぱり秘密…。“

 

 

 授業が終わって、栞は下駄箱で靴を履き替える。

  「どうする?今日は百花屋に寄っていく?」

 誰かがそう言い出す。

  「いいよ、行こうか?」

  「栞は、またアイスクリームのスペシャルセット?」

  「うん!百花屋にいくなら、そうする。」

 栞はにっこりと笑ってそう言った。スペシャルセットとは、店がほとんど栞の為に作ってくれた

メニューで、バニラ・チョコミント・ストロベリーの三色のアイスを綺麗に盛り付けてくれた物だ。

 栞がアイスクリームばかり注文するので、店の人が覚えてくれた為にできたメニューである。

  「おっ、栞、今帰りか?」

 突然呼ぶ声に、栞は後ろを振り返る。そこには、祐一がいた。

  「祐一さん! 今から、友達と一緒に百花屋へ行くんですよ。」

  「おぉ、そうか。じゃ、邪魔しちゃ悪いな。」

  「…そんな事いう祐一さん、嫌いです。」

  「あっはっは。じゃ、途中まで一緒に帰ろうか。」

  「はい!」

 商店街に向かう十字路の所まで、クラスメイトたちと祐一と一緒に帰る事になった。

  「じゃ、みんなと楽しんできなよ。」

  「来週末、名雪さん、予選ですよね。」

  「あぁ。あいつも今年が最後だからなぁ。秋子さんも最後の勇姿を撮らなきゃ、

   とか言ってデジタルカメラを買ったんだよ。一緒に来るだろ?」

 栞は祐一の言葉に微笑む。

  「はい!たぶんお姉ちゃんも一緒に行くと思います。」

  「あぁそうだ、明日うちに来るか?秋子さんが…美味しいカレーを作るって言ってたぞ。」

 祐一のちょっと意地悪な一言に、栞はぷっと口を膨らませる。

  「…そういう事言う人、嫌いですっ!」

  「嘘だよ。本当は……美味しい麻婆豆腐だ。これなら食えるだろう?」

  「辛い物は、人類の敵ですっ!!」

  「ははは…。ゴメンゴメン。もうだいぶ暖かくなったから作り納め、というわけじゃない

けどシチューを作るってさ。食べにおいでよ。秋子さんも頭数に入れて作るはずだから。」

  「…私、麻婆豆腐やカレーだったら、その場で失礼しますよ?」

  「シチューだってば。安心して良いよ。」

  「今夜お姉ちゃんと相談して、電話します。」

  「じゃ、待ってるよ。また明日な。」

 祐一はそういうと、十字路を栞達と逆の方向へ曲がっていった。

 

 

  「…いいな〜。どうしてしおちゃんって、いい所ヒトリジメなんだろう。」

 百花屋で、留美が半分空になったイチゴサンデーをつつきながら、ため息まじりにつぶやく。

  「えっ?どうして?」

  「美坂先輩はお姉さんだから仕方ないとして、水瀬先輩に相沢先輩、2人と知り合いで、

相沢先輩は恋人でもあって…。」

  「こ、恋人だなんて、そんな…。好きではあるけど、恋人だなんて…。」

 栞は突然の『恋人』という言葉に顔を赤らめる。

  「おっ、赤くなった赤くなった。でも、やっぱりそう見えるよ。回りもそう見えるから黙

って見てるけど、相沢先輩を好きだって子、結構多いんだからね。」

  「えっ?そうなの?」

  「直接アタックして、振られた子もいるらしいし…。なんで相沢先輩がしおちゃんを選ん

だのか、疑問な所もあるんだけどさぁ。」

  「うん…。祐一さんには感謝してる。祐一さんがいなければ、私、たぶん今ここにいない

と思うし…。」

  「そういえば、しおちゃんって、病気で一年休学してたんだよね。もしかして、その間に

相沢先輩と何かあったとか?」

 留美はずばっと核心に触れてくる。回りにいる他のクラスメイトも興味津々だ。

  「うん、まぁ、色々あった…。」

  「言いなさいよ、何があったのか!」

 周囲が一気に盛り上がる。16,7位の少女ならば、クラスメイトの恋愛話で盛り上がらない訳が

無い。

  「誕生日まで生きていられないだろうと聞いて、だったらその前に死のうと思って、刃物

を買ったの。その帰り、私にぶつかってきたのが、祐一さんと、あゆさんっていう女性

だった…。」

  「なんか、昔の少女漫画みたいな話ね。それで?」

  「で、二人の姿を見てたら、死のうと考えた自分がバカらしくなったの。私も生きてさえ

いれば、こんな事ができるんだ、と思って…。それから、祐一さんに会いたくなって、

昼休みに学校に来てみたの。そうしたら、祐一さんが私を見つけてくれて…。」

 栞はややうつむき加減で、皆に話し始める。回りも静かに栞の話を聞く。

  「それで、明日死ぬかもしれないと判っても、栞の事が好きだって祐一さんは言ってくれ

たの。だから、私は治療がどんなに苦しくても、耐えられたの。」

  「相沢先輩も、栞も、本気なのね。これじゃ、誰もかなわないわ。」

  「それに、祐一さんとは…。」

 それまで静かに聞いていた回りの連中が、栞の一言でかっと目を見開く。

  「えっ?祐一さんとは?」

 栞はまだうつむいたままだ。

  「何よ?何があったのよ?」

  「あれは…」

  「あれ?もったいぶらないで教えなさいよ!」

 留美が、そして回りの連中が激しく突っ込む。

 栞は顔をあげた。

  「あれは…やっぱり、秘密です。」

栞は顔を上げると、またしてもにっこり笑ってそう答えた。

  「あっ、アイスクリームが溶けちゃう!早く食べないと…。」

 栞はそう言ってみんなの気をそらそうとする。

  「…しおちゃん、隠してないで、全部吐き出しちゃいなさい。」

 留美が声のトーンを落として栞に詰め寄る。刑事物の取り調べのようだ。しかし栞はいつもの

ように口元に手を当ててしばらく考えてから、答える。

  「…たいした物じゃありませんよ?」

  「もう、なんでもいいから、隠してる物全部出しなさい!」

  「…皆さんには、たぶん無用のものだと思いますけど。」

  「問答無用!」

 しかたなさそうに、栞がポケットに手を入れ、なにかを取り出す。

  「…これが解熱剤、これが造血剤で、こっちの色付きのが各種ビタミン剤、それからこれ

が抗生物質。」

  「………うぐぅ。」

 クラスメイト達は一気に腰砕けとなった。

  「まだあるんですよ。薬で胃を悪くするから、胃薬も。もし胃の調子とか悪かったら言っ

て下さいね。」

 もうどうでもいいや、という顔で、留美が栞のアイスクリームを指差す。

  「…しおちゃん、アイス溶けるわよ。」

  「あっ!!」

 そう言われ、栞はアイスクリームを再び食べ始める。

  『この薬と、お姉ちゃん、名雪さん、そして祐一さんの秘密でポケットは一杯。

   でも、もうすぐこの薬もいらなくなるから、そうしたら、祐一さんとの思い出を詰める

の…。でも、すぐ一杯になっちゃうかな?

   思い出が入り切らなくなってこぼれた時、祐一さんにもう一度「好き」って言わなきゃ…。』

 

 半分溶けかけたバニラアイスクリームを口に持っていくと、栞はまた笑った。

 

 ♪ 秘密    内緒にしてね    ポケットの中 

    こぼれちゃいそうなの…  (ナイショナイショ)  ♪

 

 

 【END】

 

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 タイトル及び最後に引用した歌詞が出てくる「ポケット一杯の秘密」というのは、

アグネス・チャンが唄っていた曲です。松本隆が作詩、バックの演奏がキャラメル

ママ…といって「ほぅ?」と言った方、あんたマニアだね(^^;

 栞がいつもポケット一杯に薬を持っていた事にも引っ掛けてます。

 

 栞が回復して学校に出てきて、それから…という事で書いています。

 だから、名雪は「今年が最後」なわけです。

 栞のクラスメイト…あははーっ☆(^^;;

 

 

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