普通でないようで実は○○な豊田市の紹介なのだ
内容は気分次第で随時、修正・追加・削除を行います。
まず場所
愛知県の場所はわかるよね
愛知県のほぼ真ん中。名古屋の東側の西三河地区に位置する。海には面してないが、そんなにも遠くない。
東名高速なら名古屋ICから東京方面に2つ目が豊田IC(上郷SAのある所といえば判りやすいかな)。
鉄道は名古屋鉄道と愛知環状鉄道(元国鉄)の3路線が乗り入れているが、いずれを使っても名古屋駅から1時間ぐらいか。
面積は290Km2、愛知ではあの100万都市の名古屋市の次に広いそうだから、けっこうなもんだ。市のほぼ真ん中を北から南に矢作川(やはぎがわ。三河の名の由来となった3つの川の一つ)が流れ下る。この矢作川は名古屋を中心に広がる濃尾平野の東端にあたるため、川より東は山地となっている(愛知高原国定公園!)。

市中心部を南側よりのぞむ。左手方向(西)にずっと行くと名古屋だがや(クリックすると大きくなるよ→186Kbyte)
そこで名古屋方面を見てみると、平野越しに
伊吹山が遠望でき
(ふもとは関が原)、山の向こうはもう琵琶湖、そして京都につながる。
山のこちら側には名古屋や岐阜があり、戦国時代記に詳しい人にはお馴染みの舞台。
これでロケーションの感じがつかめたかな?
豊田市アウトライン
豊田市の主要産業は明治・大正の頃は養蚕だったが、生糸暴落で衰退。昭和になるとトヨタ自動車の進出で、産業は自動車にシフトし、昭和34年にはそれまでの挙母市(ころもし)から豊田市に改名。むろん豊田とはトヨタ自動車の創業者一族のことで、企業人の名が市の名前になるのはめずらしい。この頃から、町全体が企業城下町になってくる。
現在の人口は34〜35万人で、愛知では名古屋・豊橋に続き第3位。全国に28市ある中核市の一つ。工業製品出荷額は東京23区に次いで全国第2位とすさまじく、3位以下の大阪・名古屋にも大きく水をあけている。勿論その9割以上が自動車および関係製品で、市民の2人に1人が自動車関係という、なんともはやという町なのだ。
こう書くと、いかにも工場が林立し、道には車がいっぱいで、埃っぽい街のように聞こえる。事実、私「ヒロ」も十数年前に豊田に移住するまでは同様の印象を持っていたんだな。しかもこの町に対する噂が半端じゃなかった。曰く、
・全く出かけるところがない田舎だぞ(近所の豊田出身者談)
・日本で一番、車を安く買うことができる町(友人A談)
・街の車はほとんどがトヨタ車で、トヨタ以外の車はGSで給油してもらえない(友人B談)
・豊田一族のセンチュリーが交差点に差しかかると、どの信号も青になる(某自動車雑誌)

うーむ。部分的に事実もあるが、こんなに偏った印象では豊田がかわいそう。そこで本当のところはどうなのか、ちょっと紹介してみたい。(文中「トヨタ」は自動車会社、「豊田」は豊田市のこととします)
1.自動車王国編
これがトヨタ城だ

豊田市役所から南に3キロ、丘の上にそびえるトヨタ本社地区のビル群。ここがトヨタ城下町の中心。
市内だけでも、ここから南に車両と関係工場が8つ、北に部品工場が2つある。本社にはトヨタ会館というPRホールがあり(予約不要)、そこから工場見学ツアーがでている(予約必要)。
こんな豊田城もあったりする
街を走っている車は全部トヨタ車?
さすがにそんなことはない。新聞によるとトヨタ車のシェアは7割だそうだ(それでも大したもんだ)。
それを証明するために、ある日の昼休み、会社の前を走る車をカウントしてみると(Tはトヨタ車)‥‥T、T、T、T、T、T、T、T、T、T、T(エッ!続きすぎ)、T、T、M社の軽(やっと来た)、T、T、T、MZ社のトラック、D社の軽(でもD社ってトヨタ系列だよなあ)、T、T、T、T、N社、T、T、T‥‥‥‥もうやーめた。9割超えとる、どうなってんの。
写真は市内唯一のN社のディーラー。数年前に登場したときは敵本陣斬り込みということで結構話題になった。
車がないとつらいな
これは事実。公共交通機関網が発達していないので、どうしても車を使うことになり、車を使うからバスなどの公共交通機関が成長しないという悪循環。よって通勤もほとんどの人がマイカー利用。買い物も、地域に密着した商店街(繁華街)というのがないので、どうしても、ちょっと離れた郊外型ショッピングセンターを車ではしごすることになる。まるでアメリカみたい。
←1時間1本ペースのバス
そのショッピングセンターの条件
2000年12月、豊田唯一のデパートだった豊田そごうが過去帳入りしてしまった。要因はいろいろ言われているが、その一つが駐車場問題。場所が離れており、かつ買物しないと有料というものだった。100人中98人までが車利用客の豊田ではこれは致命傷。ここではちょっと大きい店は、写真のように大無料駐車場隣接が条件なのにね。
ただしそごうの名誉のために言っておくと、駐車場が離れているのは、周辺小規模店舗にもお客が流れるようにとの配慮だったそうだ。
ちなみに、そごうの跡には、老舗百貨店「松坂屋」の進出が決定(個人的にはトイザラスとか山田電機とかの方がいいのだが)。新たに駐車場を作っている気配はないので、上記問題は残るはず。そこをどうのように解決するのか、お手並み拝見!
街は車だらけ?

豊田の世帯当たりの自動車保有台数は1.6台。全国平均は1.1だから確かに多いほうだが、他所の市町でもこれくらいならザラ。実感として、通勤時間帯以外は道に車があふれているという印象はない。豊田の場合は台数よりも、「どこに行くにも車を使う(しかない)」度合いが極端なのだ(ミニバイクや歩行者をあまり見かけない)。それが訪れる人の目に車だらけと映るのだろう。
トヨタカレンダー
これはトヨタ社員の勤務カレンダーで、どの企業も同様のものがあるはずである(特徴は盆・正月・GWの長期連休は長いが、祝祭日は全て出勤)。ところが、この一企業のカレンダーが豊田市内の商店営業日から信号機、果ては親子写生大会の日程までを牛耳っているのだ。(信号がセンチュリーが走ると青に変わるのは極端としても、カレンダーや時間帯により、かなりの配慮がなされているのは事実)。体育の日に豊田方面にドライブにきて、通勤渋滞にはまったり、レストランが休みだったりしても、けっして怒ってはいけないのであ〜る。
2.農業・窒業・自然編
これは意外、緑が多く農業が盛ん
先に大きな工場の数を紹介したが、田んぼの真ん中にポツッ、ポツッとある感じで、工業地帯という印象からはほど遠い。小さな工場が建て込んでいる地区もあるが、それほど多くない。むしろ幅をきかせているのは広い農地の方で、柿園や茶畑などもよく見かける。シンビジュウム(おっ!これは日本一だって)とかデラウエアの栽培も有名。
豊田での農業は小規模に見られがちだが、これはべらぼうに大きい工業製品出荷額と比較した結果。そう考えると農業出荷額2%というのは花マル並みの成績では。(酪)農産物出荷額は愛知県5位。梨、桃にいたっては1位。市内の店頭には地元の牛乳や新米、新酒が並ぶとなれば、あなどりがたい貫禄である。
あまり有名ではないんですが‥‥
豊田の街から少し山の方へいくと、所どころ山が削られた場所に行き合う。これは自動車に並んで豊田が日本に誇る窒業材料の採掘場である(実際ほこりっぽい→シャレです、寒くてすいません)。これらは品質・量とも日本有数。木節粘土にいたっては世界品質を産出している。冬場になれば田んぼの底から粘土を取るのもこの辺りの風物詩だけど、知らない人が多いなあ。
時折、矢作川の透明度を20年以上前から毎日測っている中学校の話題がマスコミにより紹介されるが、これは雨が降るとこれらの泥が川に流れ出し茶色に濁るという背景。いいこともあれば、そうでないこともあるということか。
ここが明治用水の出発点
愛知の3大用水の一つ「明治用水」の取水口が豊田の矢作川にある。その名も水源町。通水開始は明治13年だから120年は活躍していることになる(発案者は西尾の酒造業・都築弥厚。測量開始は文政9年。その後多くの人々が私財を投げ打って完成)。これにより豊田より下流の7市の水不足が解消。恩恵は現在も変わるところがなく、その功績は計り知れない。
ここ水源取水地は護岸用に植樹された1000本のソメイヨシノが見事で、桜の名所として有名。また用水沿いには「豊田安城自転車道」が整備されており、沿道はのんびりした風景が続いている。170年の昔、農民の苦境を救うため立ち上がった人達に想いをはせ、散策してみては
山が近くて嬉しい
市の東側にそびえるのは六所山(右、611m)と豊田最高峰の炮烙山(左、683m)。ここから静岡・長野に向かってどんどん山容が濃くなる。名古屋方面より山人間たちが、夏はキャンプ道具、冬はスキーを車に載せて山奥を目指すが、豊田はかなり便利な位置にあるといえる(「ヒロ」は会社を4時に上がり、その日の6時には長野のキャンプ場にいたことがある)。
北側には猿投山(629m)が町を見守るように鎮座。この北西山麓が2005年万博会場の一つである「海上の森」(自然共生ゾーンだったかな)。また猿投山頂上には東海自然歩道が通っており、瀬戸市の岩屋堂に抜けることができる。猿投(さなげ)という変な名前は、その昔、景行天皇がペットの猿を投げ捨てた山に由来する(名前は由緒があるが、ペットを捨てたらいけませんな)。
3.昔からアクティブな地域だった編
これも意外、歴史のある町

ここ三河は尾張、美濃とともに国取り物語の舞台になった地。矢作川の水運により三州街道(三河→信州の街道)の要所だったり、松平一族(徳川家の始祖)が出たところで、家康の初陣・車坂の戦いも豊田の地である。上左の有名な扇子を持つ信長像は市内の長興寺所蔵。上右の広重は前述の矢作川をちょっと下るとある、若き秀吉が蜂須賀小六と出会った橋である(現在の国道1号。場所は豊田の隣の岡崎市ですが)。
江戸期になると、三河は徳川家のお膝元ということもあってか、藩ではなく地域単位で治められていた。豊田地域も結構複雑で、小名・内藤家(1万4千石)、尾張藩家老・渡邊家(1万2千石)、天領・勘八地区が主なところ。ちなみに矢作川の下流には、忠臣蔵の吉良上野介の領地だった吉良町とかがある(吉良公はかなりの名君だったようで、地元での人気はバツグン)。
もっともっと昔の豊田
ずーと縄文あたりまで時代を遡っても、ここには村がいくつか集まっていたようだ(写真は梅坪遺跡。他にも市内のあちらこちらに遺跡あり)。酒呑ジュリンナ遺跡は全国的に有名。その頃から豊田は矢作川等の恩恵により、結構暮らしやすく、人々の交流があった土地だったみたい。
また、あの鑑定団の中島誠之助氏が、瀬戸の古陶の話をするときに必ず言及する「さなげ」とは、前述の猿投山南西地区のこと。そこには中世(鎌倉時代)の窯跡が数多く遺されている(豊田は瀬戸の南隣)。有名な瀬戸物のルーツは豊田だったのだ。
4.現在のくらし編
お祭りがあって嬉しい
豊田には夏と秋に大きなお祭りがある。夏は「おいでんまつり」でカーニバル調、秋は「挙母まつり」で山車がでる伝統の祭りだ。
おいでんカーニバルは、四国の「阿波踊り&よさこい鳴子踊り」を知る私には今ひとつだが、フィナーレの花火大会がすごい(どこかのHPで日本の花火10撰に選ばれていた)。江戸時代、徳川家は当時最高の軍事機密だった火薬の扱いを、三河に限定したため、この地方に花火の技術が残ったというわけだ。
おもしろいのは各花火にスポンサーがつき、打ち上げ前に場内に紹介アナウンスしてもらえること。もちろん個人でもOKなので、一発DOKANとやりたい人はどうぞ(と思って、値段を問い合わせるとその場でDOKAAANとなるそうな)。
のんびりと矢作川筏下り大会

例年5月の第2日曜は矢作川筏下り大会の日。100以上の手作り筏が約5kmを1〜2時間かけて流れてくる。参加筏はチューブ浮輪利用絶対不沈型から、発泡スチロールベタベタ崩壊寸前随時補修必要型まで見ていて飽きない。参加者の構成もさまざまで、町の青年団やスカウト関係、職場(定員オーバー)、親子2人、ペット付きとなんでもあり。なんせ人が歩くよりゆっくり流れるので、参加者とギャラリーとの会話が弾むなど、暖かい日差しの中、なんとも悠長ほんわかな大会なのだ。主催は矢作川研究所という所で、簡単に言うと川と生態系を守る活動を行い、市民に親しめる川にしようという意義があるらしい。大会は10年以上の開催実績、しかも参加者のマナーが大変良いので評判が高く、自然に市の行事として定着したという、地味だけどちょっと嬉しくなる大会なのだ。
みそカツとの遭遇
これは豊田独自ではなく愛知の名物らしいのだが、あまりに衝撃的だったので取り上げたい。カツにソースがかかっているのは普通だが、そのソースがなんと味噌なのだ。かくしてカツ+味噌=みそカツの完成となる。味噌とはいっても八丁味噌を甘辛くソース化したものなので、なんとかなる(?)のだが「なにもそこまでェ〜」と言いたくなる。
他には有名な「五平餅」とか「味噌煮込みうどん」とかが、味噌帝国の側面を固めているのだ(噂によると「みそカステラ」というものまであるそうな)←もしどこかで見つけても、試してみようなんて絶対思わないので報告しないように(笑)
外国の人が多い
これだけの産業があれば、これは必然。日系ブラジルの人たちや、トヨタの海外工場からの実習生など、たくさんの外国の人が生活(市の広報誌はポルトガル語併記)。よってこれらの人たちとヒッポとの交流も盛ん。ちなみに日本人は独身男性が多いのが特徴(それがどうした)。
へそのない街
これが豊田の悩みらしい。確かに市民がそぞろ歩くような繁華街はなく、一番賑やかなはずの駅前も34万都市とは思えないほど寂しい。そこで市は前述の「そごう」を誘致したり、文化施設を作ったりして、市民が足を向けるような「街の体裁」を整えるのに躍起になっている。
左手前から豊田スタジアム(サッカー場、300億円←これでも数十億の足がでたそうな)、豊田大橋(片側1車線ペデストリアンデッキ付き、100億円)、参合館(図書館、コンサートホール、能楽堂、220億円)。手前の畑はリクリエーション公園になる予定。どうせ大金をつぎ込むのなら、明治用水の様に100年後も作ってよかったと言われる施設であってほしいものだ。
他所には美術館も新設(建屋だけで120億円。クリムトの「プリマフェージュの肖像」(19億円)があるのだ)。
では市民はどこに行くのか〜鞍ヶ池公園
市内で日常的に市民が集う場所の筆頭といえば、ありなんかのデパートでもスタジアムでもなく、豊田の東部にある鞍ヶ池公園である。その名の由来となった池は、江戸期からある農業用ため池で、背景の雑木林の影を映してなかなか風格がある。丘陵を活かした典型的な郊外型公園で、ボート(有料)、芝生広場、池の周りの遊歩道、展望台、多少の遊具(有料)、ミニ動物園、ミニ植物園、ミニ牧場と規模を欲張らない「のんびり路線」が受けてか、休日ともなれば家族連れやカップルで賑わう。街の中心地では数まばらな市民ではあるが、この様な公園にはちゃんと出没しているのである。
YAWARAちゃん
豊田で有名人といえば、「宇井かおり」と「いしかわじゅん」といったところか(知らない人は検索エンジンで調べるよろし)。スポーツならハンマー投げの「室伏広治選手」。ちょっとだけ豊田関係ならYAWARAちゃん、トヨタの社員だって。これを隣の若いやつに聞いたところ、「エッ、知らなかったんですか〜。ボクと同期入社ですよー。背がすごくちっちゃいですよ。」だそうだ。
5.これからの豊田
第2東名がやってくる
現在事業中の第2東名。静岡辺りでは現東名より北側(山側)を通っているが、愛知県内で南側に入れ替わり名古屋市の南側を抜ける。そのクロスポイントが豊田にある(豊田ジャンクション)。しかも東海環状自動車道もそこから接続するため、一大流通ジャンクションができるはず。きっと便利にはなるんだろうが‥‥。
豊田ジャンクション
上郷SAの東京側隣に建設中
手前から奥が第2東名で、左から右が現東名だが、十文字ジャンクションなので規模が大きく、現東名は隠れてほとんど見えない。
クレヨンが走る
ITS実験都市に選ばれた豊田。その中を今、ちっちゃくてかわいい2人乗り電気自動車e−comが走っている(市販はしてないがトヨタ初の軽自動車だ。欲しいィ〜)。これにより自動車の共同利用とITSによる交通制御を試行しているのだ。このシステムをクレヨンといい、通勤や買い物程度なら、かなり効果が期待できる。試行だけで終わってほしくないものだ。
e−comは私の知る限り、カラーバリエーションが赤、青、緑の3色だと思うが、並んでパークしていると本当にクレヨンみたいでおもしろい(写真を載せたいが、台数が少なくって撮影チャンスがなかなかね。最近、黄色とオレンジのバリエーションも発見!)。
とどのつまり豊田市って何?
元来、豊田は10万人規模の地方都市。そこに大きな産業が入って人口が急増したため、街の規模がそれに追いつかず、奇妙な状態となっている。市もお金があるので色々手を尽くすのだが、ちょっと空回り気味。 だけど企業城下町なんて日本中にたくさんあるわけで、それぞれの街には似たような傾向(カラー)があるもの。自動車はだれしも関心を持つ商品ゆえいろいろ言われるだけで、それを忘れさえすれば、のんびりした普通の豊田が見えてくると思うのだが‥‥
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