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吉 川 光 HZK01152@nifty.ne.jp
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平成13年(ネ)第2435号各実験等差止請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成
元年(ワ)第3621号,平成2年(ワ)第15734号,平成3年(ワ)第11786号,平成4年(ワ)
第1536号,平成4年(ワ)第5479号,平成4年(ワ)第18189号,平成5年(ワ)第11122号,
平成5年(ウ)第19506号,平成6年(ウ)第676号,平成6年(ワ)第9884号,平成6年(ワ)
第18339号,平成7年(ワ)第3521号,平成8年(ワ)第5497号,平成8年(ワ)第8591号,
平成8年(ワ)第25874号,平成11年(ワ)第15248号,平成12年(ワ)第7502号,
平成12年(ワ)第9536号,平成12年(ワ)第14862号)
判決書本文目次
主文
1
事実及び理由
1
第1 控訴の趣旨 1
第2 事案の概要等
1
1 事案の概要
1
2 「前提となる事実」「控訴人らの主張」及び「被控訴人の主張」 2
(1)原判決の訂正
2
(2)当審における当事者双方の主張
3
ア 控訴人ら
3
イ 被控訴人
13
第3 当裁判所の判断 22
1 「本訴請求に係る訴えの適法性」及び「人格権に基づく差止請求」 22
2 感染研の概況
25
(1)戸山庁舎の概況
25
(2)感染研の業務 26
3 感染研における安全対策の実情
27
(1) はじめに
27
−1−
(2) 感染研の設備状況
27
ア 戸山庁舎における設備面の安全対策
28
イ 病原体等の分類及び戸山庁舎の取扱い病原体等
28
ウ 基本的な設備 29
エ P3実験区域
34
オ RI使用施設
37
カ 実験動物管理区域
39
キ P2実験区域
40
ク 有害化学物質
41
ケ その他庁舎全体の安全性 42
(3) 感染研の運営面における安全確保体制 44
ア 病原体等の保管及びに取扱い関する安全確保 45
イ 遺伝子組換えDNA実験における安全確保 49
ウ RI等の取扱い及び管理に関する安全確保
50
エ 実験動物の取扱い及び管理に関する安全確保 54
オ P2実験室に関する安全確保
55
カ 有害化学物質の取扱い及び管理に関する安全確保 56
キ 廃棄物の取扱いに関する安全確保 56
ク 災害発生等の緊急時 58
(4) 感染研における保守点検
61
4 控訴人らが主張する危険性について
62
(1) はじめに
62
(2) 感染研の設備について
66
ア 戸山庁舎で使用される設備
66
イ 戸山庁舎の立地及び配置について 74
ウ 戸山庁舎の耐震性
85
−2−
エ 建築基準法違反
94
(3) 感染研の運用における危険性
94
ア 病原体等安全管理規程
94
イ WHO指針等違反 96
ウ 査察報告書
106
エ その他の法令違反 108
(4) 環境影響評価義務について
111
(5) 人為的ミス及び施設トラブルについて
112
ア 人為的ミスについて
112
イ 所内査察結果について
113
ウ 保有病原体について
113
エ 実験動物使用実績について
114
オ 昆虫,ダニの飼育について 114
カ 施設トラブルについて
114
5 本件差止請求について
115
別紙当事者目録
118
−3−
平成15年9月29日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 大平安則
平成13年(ネ)第2435号 各実験等差止請求控訴事件(原審・東京地方裁判所
平成元年(ワ)第3621号,平成2年(ワ)第15734号,平成3年
(ワ)第11786号,平成4年(ワ)第1536号,平成4年(ワ)第5479号,
平成4年(ワ)第18189号,平成5年(ワ)第11122号,平成5年
(ワ)第19506号,平成6年(ワ)第676号,平成6年(ワ)第9884号,
平成6年(ワ)第18339号,平成7年(ワ)第3521号,平成8年
(ワ)第5497号,平成8年(ワ)第8591号,平成8年(ワ)第25874号,
平成11年(ワ)第15248号,平成12年(ワ)第7502号,平成12年
(ワ)第9536号,平成12年(ワ)第14862号)
口頭弁論終結日 平成15年7月16日
判 決
当事者 別紙当事者目録記載のとおり
主 文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は,控訴人らの負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,国立感染症研究所をして,東京都新宿区戸山1丁目23番地所
在の厚生労働省戸山研究庁舎(戸山庁舎)において原判決別紙2病原体等目録
記載のレベル2以上の病原体等を保管,それらを使用しての実験(動物実験,
遺伝子組換え実験を含む。)並びにそれに伴う排気,排水及び排煙等の同庁舎
外への排出をしてはならない。
3 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要等
1 本件は,東京都新宿区戸山・早稲田地区(戸山地区)に居住し,又は勤務す
−l−
る控訴人らが,戸山庁舎に設置されている国立感染症研究所(感染研)におけ
る研究活動について,感染研で保管され,実験に用いられている病原体,遺伝
子組換え実験(組換えDNA実験)から生じる病原体等(病原体等)により,
生命,身体及び健康等が害されるおそれがあるとして,人格権に基づき,一定
の病原体等の保管,それらを使用しての実験並びにそれに伴う排気,排水及び
排煙等の同庁舎外への排出の差止めを求めている事案である。
なお,控訴人らは,原審において,当初感染研の戸山地区への移転の差止め
を求めていたが,後記のとおり原審係属中に,感染研が戸山地区に移転して研
究活動を始めたため,上記のとおり請求の趣旨を変更した。
原審は,控訴人らの請求をいずれも棄却したので,控訴人らが控訴した。
2 「前提となる事実」「控訴人らの主張」及び「被控訴人の主張」
次のとおり原判決を訂正し,当審における当事者双方の主張を付加するほか,
原判決「事実及び理由」第二の二ないし四記載のとおりであるから,これを引
用する。
(1) 原判決の訂正
ア 原判決16頁7行目の「別紙1当事者目録」を「本判決別紙当事者目録」
に改める。
イ 同17頁3行目の「二一日に」の次に「前身の予防衛生研究所が設立さ
れ,その後昭和27年8月30日に」を,同3,4行目の「基づき」の次
に「国立予防衛生研究所として」をそれぞれ加える。
ウ 同19頁4行目の「審査」を「検査」に,同8行目の「検定」を「検査」
にそれぞれ改める。
エ 同20頁8行目の「いた」の次に(乙5の5,弁論の全趣旨)を,同2
8頁3行目の「した。」の次に行を改め「(乙5の4・6・9,6の1・
3・6・10,弁論の全趣旨)」を,同29頁6行目の「された。」の次
に行を改め,「(乙6の1・4・5・11,弁論の全趣旨)」をそれぞれ加
−2−
える。
同29頁7行目の「(4)」から同33頁9行目の「した。」までを削る。
オ 同34頁1行目の「その専用部分」から同3行目の「増加し、」までを
削り,同6行目の「いる」の次に「(乙2,弁論の全趣旨)」を加える。
同34頁7行目「すなわち」から同36頁2行目末尾までを削る。
カ 同36頁5行目の「科学」を「化学」に,同37頁4行目の「の診断、
予防及び治療に関する」を「に関わる」に,同行目の「感染症」から同5
行目の「動物等」までを「病原体等」に,同6行目の「専門家」を「専門」
にそれぞれ改める。
同38頁4行目の「いる。」の次に行を改め「(乙76)」を加える。
キ 同95頁8行目,11行目,同99頁3行目の各「補足」を各「補捉」
に改める。
(2)当審における当事者双方の主張
ア 控訴人ら
(ア)差止請求について
@ 要件
感染研は,多数の病原体等を培養・保管し,また,実験動物を保管
して感染実験を行い,感染性廃棄物及び有毒化学物質等を生み出す巨
大な実験施設である。その研究内容及び保管物等に照らし,周辺の地
域住民に感染してその生命,身体,健康等を侵害し,同時に環境への
汚染が生ずることは否定できない。その意味で感染研は,潜在的な危
険性をそれ自体において内包する存在であり,安全管理等が不十分な
場合及び地震や火災等の非常事態が発生した場合には,その危険性が
顕在化することが予想される。他方,このような場合に侵害を受ける
のは,控訴人ら付近住民及び付近に勤務する者の生命,身体,健康等
であり,その性別,年齢を問わない。このように,ひとたび病原体等
−3−
の漏出等の事故が発生した場合には,周辺地域に回復し難い損害を与
える恐れがあることは明らかである。この意味において,病原体等の
漏出等の事故は,単なる生活妨害とは本質的に異なった重大な結果を
招来することになる。
このような本件における被侵害利益の性質,内容(人の生命,身体,
健康等),予測される侵害の規模,感染研の潜在的危険性を考えれば,
侵害発生の可能性が具体的に現実化したときには,もはや被害の発生
を阻止し得ず,事態は手遅れになっている可能性が十分に考えられる。
いうまでもなく人の生命,身体,健康等という法益は,人の生存にと
ってかけがえのない利益であり,絶対的な保護が要求されるものであ
るから,このような法益を内容とする人格権(身体的人格権)につい
ては,侵害の程度及び侵害行為の態様の如何を問わず,一律に差止請
求が認められるべきである。
したがって,被控訴人が主張するように感染研による被害の発生が
具体化,現実化していなくても,本件差止請求は認められるべきであ
る。そして,生命,身体,健康等に対する侵害の危険性が存在するこ
とによって生ずる不安感,危機感もまた,人格権の一つである平穏で
安全な生活を営む権利(平穏生活権)を侵害するものであり,この点
からも,本件差止請求は認められるべきである。
なお,被控訴人としては,戸山地区への移転に当たっては,事前に
被害発生防止のために必要な措置を執るべきであり,戸山地区に実験
のための庁舎を建築することが相当であるか否か,及びそれが付近の
環境に如何なる影響を与えるかなどにつき十分に検討した上,その検
討結果が妥当なものであるか否かについて慎重に考慮すべきであると
ころ,被控訴人は,このような検討及び考慮を加えることなく感染研
を戸山地区に移転させたものである。
−4−
また,被害発生の抽象的な可能性があれば,差止請求が認められる
べきことは,予防原則からも明らかである。ここに,予防原則とは,
生物の多様性の著しい減少又はその喪失のおそれがある場合や重大な
有害作用が発生するであろうとの合理的なおそれがある場合には,科
学的に確実な知見ないし合意が存在しないことを理由にそのおそれを
回避し又はそれを最小にするための予防措置を執ることを引き延ばす
ようなことがあってはならないとする考え方であり,これは広く認め
られた行動原理というべきものである。この原則に立つときには,危
険性の発生が現実化,具体化していなくとも,予防措置としての差止
めを認めるべきことになる。
A 立証責任
被控訴人(感染研)の研究内容(病原体の培養,感染実験及び遺伝
子組換え実験等),保管物質(病原体等,実験動物,有害化学物質及
び爆発物等)等に照らせば,感染研の施設(戸山庁舎)が病原体等を
周辺地域に漏出等させ,周辺の環境を汚染する潜在的な危険性を有し
ており,しかも,実験内容,施設及び安全管理等に関する資料は,す
べて被控訴人が保有している。被控訴人の公共機関としての説明責任
の観点をも併せて考えれば,安全性については被控訴人が立証責任を
負うべきものと解するのは当然である。
(イ) 世界保健機関(WHO)指針について
WHOは,WHO指針,改訂WHO指針(以下,両者を併せて「WH
O指針等」という。)をもって,バイオセーフティの各レベル,動物実
験施設における実験室及び実験施設の設計設備,操業を安全に確保する
観点から規制する基本的な規則として位置付けている。すなわち,WH
O指針等そのものが「基本的な規則」であるとされている。そして,こ
の「基本的な規則」とは,各国において共通して採用されなければなら
−5−
ない原則という趣旨であり,その意味においてWHO指針等は,各国で
遵守されるべき最低限の安全基準というべきものである。
また,この最低限の基準さえも満たさないということは,病原体等の
漏出等の可能性を示すものであることが明らかである。例えば,改訂W
HO指針は,建物の換気システムについて,排気の中に人の健康に有害
な物質が含まれているから,「バイオセーフティレベル3の封じ込め実
験室から出た空気が,建物内の他の区域に再還流しないような構造とし
なければならない。同じ実験室内では,空気が再調整・再還流されるの
は差し支えない。(生物学的安全キャビネットからの排気以外の)実験
室からの排気は,人のいる建物とその空気取入口から離れて拡散される
ように直接建物の外部に排出されるのでなければならない。この空気は
高性能粒子含有空気(HEPA)用フィルターを通して排出されること
が勧められる。」としており,この基準にも達していない実験施設にお
いては,病原体等の漏出等の可能性が高いといわなければならない。
さらに,WHO指針等においては,「日常的な実験作業において直面
する問題の実用的な取組を提供するものである」及び「感染性微生物を
取り扱うすべての実験室及び実験施設で遵守されるべき本質的に重要な
予防策と技術への詳細な実際的な手引き」であるとされていることに照
らして,その指針の内容は具体的であるとともに,一般的・抽象的な規
範としての性質を有するものと評価することができる。
したがって,WHO指針等に違反することは,すなわち当該実験施設
には具体的な危険性が存することを意味するものにほかならない。
(ウ) HEPAフィルターについて
エアロゾルは,霧雨のように空気の流れのまにまに漂っているのであ
って,被控訴人が主張するようにブラウン運動をしているものではない。
エアロゾルがある程度の大きさであれば,むしろ空気の流れに守られて
−6−
捕捉しにくくなり,更に大きくなれば,再び捕捉され易くなる。捕集効
率に関する試験データによれば,1μm(ミクロン。1ミリメートルの
1000分の1)前後の粒子については,捕集効率が悪くなることが確
認されている。しかるに,被控訴人は,捕集効率の良い0.3μmない
し0,5μmのエアロゾルについての性能を評価してその安全性を強調
し,他方捕集効率の悪いエアロゾルについては評価しないでこれを切り
捨てている。HEPAフィルターを使用することにより,すべてのエア
ロゾルが事実上すべて除去できるとは到底いえない。また,HEPAフ
ィルターの除去効果について,DOP粒子や微生物を使用して比較検討
した結果によれば,ファージ除去効果率は細菌の除去効果率よりも低下
する結果となっており,細菌よりも小さな粒子であるファージ及びファ
ージより小さなウイルスは通過する可能性があることが示されているの
であって,HEPAフィルターの有効性能は,未だ確認されていないと
いうべきである。なお,被控訴人は,捕集効率に関する試験データに記
載された1μm前後の粒子は,ダクト内の塵埃を測定したものであると
主張するが,仮にこの粒子が塵埃を測定したものであれば,検査の回数
を重ねる毎に減少すべきものであるところ,回を重ねる毎にこの粒径の
粒子は減少するものの,0.3ないし0.5μmの粒径の粒子もまた減
少していることに照らすと,1μm前後の粒子をもって塵埃ということ
はできない。また,被控訴人の検査結果によれば,DOP粒子を発生さ
せない通常の状態においてエアロゾルは148万7853個存在するこ
とになるから,実験室内においては目常的に大量のエアロゾルが発生し
ていることになる。これに加えて,被控訴人の検査は,P2安全キャビ
ネットについて要求される規格に従っていないし,P3レベル実験室安
全キャビネットについては,規格を遵守していない。
そして,被控訴人が行っている病原体等を用いる実験等のうち,抗原
−7−
作製に用いられる15項目14種類の病原体等については,仮に1ミリ
リットル当たり10の10乗という菌濃度の菌液を用いて,ピペットに
よる混和を行う(年間200日,1目10時間の稼働)とすれば,HE
PAフィルターからの漏出率を0.03パーセントとしても,1分間に
700ないし14個の病原体等が漏出することになる。実際に感染研が
取り扱っている病原体等はこれに限られないから,その漏出量は更に多
くなる。また,感染研が年間に取り扱う病原体等の総数量は717.8
59ミリリットルであり,これに遺伝子組換え実験で取り扱う病原体等
の量を加えると,総量として年間約720ミリリットルもの病原体等が
取り扱われていることになる。しかも,細胞感染実験及び動物感染実験
では,かなりの期間にわたって感染状態に置いていること,感染実験に
使用される動物数は年間約64万匹に及ぶこと,感染動物の体内で増殖
されること等を考えると,漏出する病原体等の数量は更に多くなること
が明らかである。
(エ)戸山庁舎の安全性について
@ 建築基準法8条1項違反について
被控訴人は,戸山庁舎につき建築基準法8条1項において建築物の所
有者等に課せられている当該建築物等を常時適法な状態に維持するよう
に努めるべき「維持保全義務」に違反している。すなわち,被控訴人は,
耐震基準に基づく耐震診断を実施しておらず,耐震基準に反する部分が
あるにもかかわらず,この改修工事をしていない上,設計図書等には安
全の不十分な箇所がある。
A 耐震上の安全性について
戸山庁舎の研究実験棟1階,2階,4階,共用厚生棟地下1階(いず
れもX方向)の保有水平耐力は,1996年「官庁施設の総合耐震基準」
(96基準)において要求されている基準に不足している。また,被控
−8−
訴人は,実験機器及びその他の主要な機器類は,転倒防止用の支持金物,
アンカーボルト,耐震ストッパー等を用いて床あるいは壁に堅固に固定
し,地震時に移動又は転倒しないようにしていると主張するが,どの程
度の耐震性が確保されているのか明らかではなく,戸山庁舎の場合は,
むしろ免震構造ないし制震構造を採るべきである。
したがって,戸山庁舎は,耐震上要求される技術水準を満たしておら
ず,地震時には,病原体等が庁舎外に漏出等する具体的な可能性がある。
B 排水処理について
動物系を除くP2排水は,実験室の流しからの排水と手洗い排水の二
系統に分かれるところ,これらのうち実験済み廃液及び濃厚洗浄水以外
の二次洗浄水及び手洗い排水は,高圧滅菌器又は消毒液による滅菌(第
一次滅菌)をしていないので,実験室から流され,そのまま地下2階の
排水処理室において薬剤の投入による中和を行い,PH監視槽でモニタ
リングし,放流水質が放流基準に達していることを確認して排水される
ことになる。この排水は,滅菌又は消毒されることなく公共下水道に放
流されのであるから,明らかにバイオハザード発生の具体的な危険性が
あることを示している。しかも,P2排水滅菌設備は,P3のそれと同
等であることが求められるところ,P2排水滅菌設備の仕様は不明であ
る上,設備管理技術の専門家によって薬液が投与されるとはいっても,
この専門家なるものは,設備管理室に詰めている外部委託による管理者
であるから,感染研研究員との意思疎通が不十分である上,保守管理に
ついても,専門業者による保守管理が実施されていることを裏付ける資
料はないのであって,この保守管理面においてもまた,体制が不十分で
あるといわざるを得ない。
排水設備については,公共下水道への放流が不能になった場合に,排
水を施設内に貯留できる構造とはなっていない。「96基準」によれば,
−9−
戸山庁舎は甲類の耐震上の安全性が要求される施設であって,このよう
な「大地震後も継続して使用される施設においては,敷地外への放流が
不可能となった場合でも,相当期間の排水機能を確保する」ことが要求
されている。ところが,戸山庁舎の動物排水処理系統(25立方メート
ル・日)の原水槽は12立方メートル,調整槽は17立方メートル,沈
殿槽は4立方メートル,消毒槽・放流槽は5立方メートルに過ぎないか
ら,公共下水道への放流が不可能になった場合の排水機能の確保がされ
ているとはいえない。また一般実験系の排水(150立方メートル・日)
についても,受入槽は120立方メートル,PH監視槽は10立方メー
トルに過ぎないから,これも上記と同様に排水機能が確保されていると
はいえない状態である。このような小規模の排水設備では,大地震に伴
って確保し得ない排水が施設外に漏出することになり,それによってバ
イオハザードが発生する危険性を内在しているというべきである。
C ドラフトチャンバーについて
感染研においては,多種類の化学物質を取り扱っており,これらの化
学物質の反応によって発生するガス及び生成化学物質が原因となって火
災や爆発事故が惹起される可能性がある。こうした火災事故等を未然に
防止するために,ドラフトチャンバー(化学物質を扱うときの安全キャ
ビネット)を使用して実験を行うのであるが,被控訴人は,その性能試
験については排気ファンの点検しか実施していない。しかも,被控訴人
は,ドラフトチャンバーが必要な性能を備えているか否かを判断するた
めの安全基準を定めておらず,この点においても安全体制に不備がある。
D 冷却塔レジオネラ菌について
感染研では,4基の冷却塔のうち,1基で10(cfu/100ml)
の細菌が検出されている。戸山庁舎の立地上,冷却塔からのエアロゾル
が風向きなどの影響を受けて,隣接する障害者施設及び一般住宅の窓や
−10−
外気取入口を通して人の健康を害する危険性があることは否定できな
い。人が直接エアロゾルを吸引するおそれのあるものについては,目標
値を10未満としなけらばならないから,上記冷却塔が周辺地域にレジ
オネラ菌をまき散らしていることは明らかである。なお,感染研におい
ては,研究の対象としてレジオネラ菌も扱っており,これが外部に漏出
して冷却水中で繁殖する危険性も否定できない。
E 放射性物質等について
i ラジオアイソトープ(RI)排気中のベータ線ガスの漏出について
平成12年11月13日,RI排気モニタは,警報設定値を超える
高濃度のベータ線ガスを測定している。高温の蒸気配管とFケーブル
は,熱影響を避けるために十分な隔離距離を設けなければならず,ま
た,それらが接触する可能性があることに備えて,蒸気配管には必ず
安全上十分な断熱被覆が施されていなければならない。ところが,感
染研がこれを怠ったために上記のような事故が発生したものである。
感染研においては,有機溶剤及び消毒用エタノールを多用しているこ
とから,ひとたび事故が発生すれば,これらに引火・爆発して火災等
を引き起こす危険性がある。
A 放射線管理区域の不具合・壁のひび割れについて
戸山庁舎の放射線管理区域の柱及び壁は,ほとんど鉄筋コンクリー
ト又はコンクリートブロック下地の上に直塗装する仕上げ工法となっ
ていることから(甲571),その表面に生じたクラックは,即躯体
自体の不具合を来すことになる。このクラックは,戸山庁舎の壁のう
ち,地下2階の廃液焼却室,ミイラ化室,ガンマ線照射室(壁全面に
細かいひびがある。),高レベルRI室,気化性RI室,培養室,実
験室,廃棄物保管室,地下1階の全室,1階から3階の各低レベルR
I室の各壁に広範囲にわたって存在しており,これらのクラックの部
−11−
位及び発生原因の如何によっては,戸山庁舎の建物自体の強度,安全
性に重大な影響を及ぼす危険性がある。それにもかかわらず,感染研
は,その発生原因を調査しておらず,単に下地処理と表面塗装のみを
行っているだけである。
B RI排気HEPAフィルターについて
RI排気HEPAフィルターについては,メーカーはその交換値を
差圧50mmAgとしているが,感染研は,60mmAgを超えても
捕集効率に影響はないとしている。しかし,その根拠は不明であり,
RI排気ガスによる危険性があることは否定できない。
C RI排水設備について
感染研の各RI排水槽には大量のヘドロ及びスラッジが沈殿してい
るにもかかわらず,その回収装置は設置されていない。定期点検時に
回収するとしても,それまでの間にヘドロ及びスラッジが流出するお
それがあり,さらに,希釈槽の溜水が減衰前の廃液を溜める貯留槽に
逆流するおそれがある。このため汚染沈殿物だけではなく,放射能濃
度の高い汚染溜水が一般排水に放流される危険性があることは否定で
きない。
v 放射線の漏出について
平成14年2月26日,感染研の地下3階の放射線管理区域内に設
置されていたガンマ線エリアモニタの全てが警報設定値を超える異常
値を測定したことから,同日には放射線が漏出したものと考えられる。
被控訴人は,エリアモニタの校正作業のためであると説明するが,エ
リアモニタの校正作業の実施日,時間とエリアモニタが異常値を測定
した日時が一致することを示す資料はなく,ガンマ線エリアモニタ試
験成績書の線源チェック欄の点検結果と同日測定された上記結果は一
致せず,エリアモニタの通常測定値の約1000倍もの50マイクロ
−12−
シートベルト/時という線源を校正に使用したとする理由が明らかで
はないから,被控訴人の上記説明には疑問がある。
F 人為的ミス及び施設トラブルについて
感染研においては,平成7年から平成13年6月までの間に,少なく
とも9件の事故が発生している。これらの事故には初歩的なミスが含ま
れており,こうした人為的なミスは防ぎようがないことを如実に示して
いる。しかも,これらの事故は報告されたもののみであって,実際には
更に多くの事故が発生しているものと推測される。
感染研の戸山庁舎の建物には,雨漏りや建具の不具合が認められるほ
か,漏電,インバーターの故障,発電機の不稼動があり,そのため物理
的封じ込めが功を奏しなくなっているほか,火災発生等の危険性もある。
なお,被控訴人は,戸山庁舎について,保守点検作業を行っているけれ
ども,人為的なミス,設備の故障,工事中又は竣工時の杜撰な管理,竣
工後の維持管理のルーズさ等を要因とした施設トラブルが毎年多発して
おり,今後このような人為的なミス等を原因として病原体等の漏出等の
事故がいつ起きても不思議ではない状況にある。
このように人為的なミス,未熟な技術及び設備の誤用が原因となって,
実験室事故及びそれによる感染が実際にも発生している。これに加えて,
設備が不備であることも考慮すると,物理的封じ込め及び生物学的封じ
込めによって,病原体等の漏出等を防止できるとするのは誤りであって
有効な方策とはいえない。
イ 被控訴人
(ア)差止請求について
被控訴人は,感染研(戸山庁舎)においてはおよそ危険性が存在しな
いと主張するものではない。被控訴人は,実験に際して危険性を零にす
ることはできないが,可能な限り零に近付けることはできるのであって,
−13−
戸山庁舎は可能な限り零に近付けるための安全性を備えていると主張し
ているのである。このことは,決して危険性を容認するものではなく,
科学的に危険性を零にすることは不可能であるということを意味するに
過ぎない。このことをバイオセーフティについてみれば,その目的は,
感染性病原体等に危険性が存在することを前提とした上で,封じ込めに
よって,実験者とその周辺者への感染の危険性を減らし又はこれをなく
するように努力することにあり,具体的には,過去の感染事故に学び,
安全性を確保するために必要な施設,設備を,安全な技術,実験操作の
手法を採用することによって,危険性を可能な限り零に近付けることを
意味する。
(イ) WHO指針等について
WHO指針等は,実体法上の規範ではないが,それを参考にすべきこ
とが予定されているものである。また,WHO指針等は,病院内の実験
室,病院と同じ敷地にある研究・教育施設を対象とするものであり,W
HO指針等の 「Safety in health−care lab
oratories(1997)」 を感染研のような研究所に適用する
ことは可能である。しかしながら,感染研の実験施設がWHO指針等に
違反するか否かは,具体的かつ正確に検討される必要がある。これにつ
いての控訴人らの主張は,いずれも科学的知見に基づいておらず,合理
的根拠に欠ける主観的な見解であって採用されるべきではない。
(ウ) HEPAフィルターについて
HEPAフィルターの捕集効率は,同フィルターの工場出荷時におい
て99.99パーセントであるところ(なお,工場出荷時の実験におい
て,下流側で粒子が捕捉されなかった場合でも,理論上全く捕集漏れが
ないという保証がないという意味で100パーセントとしないで99.
99パーセントとされている。),控訴人らが主張する捕集効率は感染
−14−
研における試験データを基にしているものであるが,HEPAフィルタ
ーを通ってきた粒子ではなくて,測定域内の塵埃(フィルター下流部の
ダクト部分からの塵埃)を捕捉した可能性があり,そのために若干捕集
効率の数値が低くならざるを得ないという事情がある。したがって,こ
のデータの測定数値,特に1μm以上の粒子に関する測定値が相対的に
低いことを理由として,HEPAフィルターの捕集効率が低いというこ
とはできない。
そして,感染研のP3レベル実験室の安全キャビネットに設置されて
いるHEPAフィルターについては,DOP粒子を使用しての捕集効率
が99.99パーセントであることは,その試験結果によって明らかで
ある。
また,控訴人らの主張は,その論拠が不十分であり,1μm以上の粒
子について述べているとすれば,HEPAフィルターの除去効率につい
て独自の見解を述べているに過ぎない。HEPAフィルターは,慣性,
拡散及び衝突という3つの原理によって粒子を捕集するものであるが,
1μm以下の粒子に対しては拡散原理が中心となり,粒子が大きくなる
に従って拡散しにくくなり,透過率が更に低下するのであるから,控訴
人らの主張は科学的根拠に欠けるものである。
控訴人らは,1分間に700ないし14個の病原体等がHEPAフィ
ルターから捕捉漏れによって漏出すると主張する。その計算は,感染研
において取り扱うすべての病原体等の全培養量が1年間で使用されるこ
と,病原体等のすべてにつきエアロゾル感染の可能性があること及び感
染研が行うすべての実験においてエアロゾルが,発生することを当然の前
提にしているものである。しかしながら,感染研においては,年間約7
20ミリリットルもの病原体等を使用してはいないし,上記計算の前提
とされている高濃度の病原体等液を使用することもない。例えば,病原
−15−
大腸菌,サルモネラ,赤痢菌,コレラ菌,腸炎ビブリオ,エルシニアエ
ンテロコリチカ,ビブリオミミカス,仮性結核菌,腸チフス患者分離菌,
パラチフス,サルモネラ患者分離菌については,菌濃度が1ミリリット
ル当たり10の9乗以下のものを使用しており,他の菌についても,同
様にすべて10の9乗以下のものであって,10の10乗の菌濃度のも
のを使用してはいない。また,病原体等の種類によって,ヒトに対する
感染経路が異なり,すべての病原体等がエアロゾル感染の可能性を有し
ているものではないし,生命に対する影響,予防法・治療法の有無,感
染研での取扱いの有無,病原体等のサイズ等も異なるのであって,感染
研が取り扱う病原体等のうち感染の可能性があるのは,ごく一部であり,
エアロゾル感染の可能性があるのは,化膿レンサ球菌のみであり,これ
も事前に塩酸処理しているので操作時に生菌は存在しない。病原体等の
処理に当たって,加熱処理等の方法を執っていれば,病原体等は不活化
されるから,生菌を含むエアロゾルの発生はほぼあり得ない。病原体等
の実験操作の手法によって,そのエアロゾル化率が異なり,エアロゾル
化しないか又はエアロゾル化しないに等しい実験操作の手法も存在す
る。P3実験室については,二重のHEPAフィルターを設置しており,
病原体等が感染性を保っているのは一定の期間内に過ぎず,実験室内は
殺菌しているので,日を跨いで生存することはないから,病原体等が生
きたまま外部に放出されることはない。病原体等の感染の可能性を検討
するに当たっては,エアロゾルが発生した部屋の容積で除して得られる
空気中の平均微生物濃度が考慮されるべきである。いずれにしても,控
訴人らの計算は非科学的,非現実的なものであって根拠がない。
(エ) 戸山庁舎の安全性について
@ 建築基準法違反について
戸山庁舎は,その主要な構造部が鉄骨鉄筋コンクリート造,一部鉄
−16−
筋コンクリート造であり,耐震壁を有する剛性の強い建物として設計
されている。戸山庁舎は,建築基準法に基づく「81新耐震基準」(昭
和55年政令第196号による改正後の建築基準法施行令における構
造関係規定)において要求されている耐震安全性を確保した上で,耐
震性を更に向上させることを目的として定められた「官庁施設の総合
耐震計画標準」(「87標準」)に基づいて設計されている。他方,建
設省(現・国土交通省)は,平成8年10月24日,「官庁施設の総
合耐震計画基準」(「96基準」。なお,原判決では「本件耐震基準」
と略称している。)を制定した。この基準は,「国家機関の建築物及
びその附帯施設の位置,規模及び構造に関する基準」(平成6年12
月15日建設省告示第2379号)に基づいて制定されたものである。
「87標準」及び「96基準」は,いずれも「81新耐震基準」の耐
震性能を更に上乗せするために定められたものであって,一部変更は
あるものの,全体として耐震性能,耐震安全性のレベルは概ね同等と
評価することができる。また,「96基準」は,同基準の制定以前に
設計,建設された官庁施設で,同基準の規定を満足していない可能性
のある施設については,その耐震安全性の確認のため,施設の機能,
地域的条件等を考慮して,緊急度の高い施設から優先的に耐震診断を
実施することとしている。この優先的に耐震診断を実施すべき施設と
は,「81新耐震基準」の制定以前に建設された施設及び「81新耐
震基準」の制定以後で,かつ,「87標準」の制定以前に設計,建設
された施設をいう。したがつて,戸山庁舎は,これらの優先的に耐震
診断を実施すべき施設には該当せず,耐震診断を行う必要がないので
あるから,耐震診断を経ていないことをもって法令違反となるもので
はない。
A 耐震構造について
−17−
戸山庁舎は,上記のとおり「87標準」に基づいて設計されている。
すなわち,戸山庁舎は,「87標準」にいうところの1類の施設であ
り,一般官庁施設に比べて1.2倍の構造耐力を確保することが要求
されている。戸山庁舎は,設計時において1.3倍以上の構造耐力を
確保しているから,大地震に対しても十分な安全性を備えている。
戸山庁舎について,「96基準」に基づく構造計算を実施して構造
体の耐震安全性について確認した結果,「96基準」における構造体
の耐震安全性の分類によるT類に該当し,その重要度係数は1.5と
されており,また,必要保有水平耐力(大地震時に要求される各階の
水平力に対する耐力を示す。)に対する保有水平耐力(当該建物が保
有する各階の水平力に対する耐力)の割合は,概ね基準値を上回って
いることが確認された。なお,X方向について,研究実験棟の1,2
階の保有水平耐力の割合及び共用厚生棟の地下1階の正方向加力の保
有水平耐力の割合は1.33ないし1.36であったが,このことが,
直ちに病原体等の漏出の具体的な危険性に結び付くものではないし,
また,この部分についても,上記確認の結果,「大地震後,構造体の
大きな補修をすることなく建築物を使用できることを目標とし,人命
の安全確保に加えて機能確保が図られている」とされているのである
から,病原体等の保管方法等について必要な措置を講じることにより,
その漏出等を未然に防止することが十分に可能であるということがで
きる。そこで,このための措置として,保管庫の施錠,支持金物によ
る固定及び転倒の防止等の措置を講じている。
層間変形角,すなわち,地震力によって各階に生ずる水平方向の層
間変位(水平移動量)の当該各階の高さに対する割合は,構造計算に
より耐震安全性を確認する際に必要となる条件であって,δ(生じる
層間変位)/h(階高)の式で表されるところ,「87標準」ではこれ
−18−
が1/125以下とされ,「96基準」ではこれが「1/200以下」
とされている。戸山庁舎におけるこの層間変形角は,「87標準」に
基づく構造計算においては1/125以下であり,「96基準」に基
づく構造計算においては「1/200以下」であって,いずれも基準
を満たしていることが明らかである。
B 排水設備について
i 感染研においては,一般生活排水を除く排水については,P3実
験室排水系統及びP3動物実験室排水系統,一般動物実験室排水系
統,一般実験室排水系統,RI実験室排水系統,P3RI実験室排
水系統に区分して,それぞれ排水を管理している(乙108)。
P3実験室排水系統及びP3動物実験室排水系統においては,各
実験室で高圧滅菌又は消毒滅菌した後(一次滅菌),地下2階の排
水処理室下の二重ピット内に設置した滅菌装置に自然流下によって
導き,再度滅菌処理を行った上(二次滅菌),一般動物実験室排水
系統の原水槽に合流させ,ここで薬液槽から消毒薬を注入して塩素
消毒を行い(三次滅菌),その後固液分離機,調整槽,沈殿槽及び
消毒槽(四次滅菌)を順次経由して,放流基準値を満足させた上で
公共下水道に放流する仕組みになっている。
一般動物実験室排水系統は,一般実験室とは別系統としており,
各実験室,飼育室及び処置室において高圧滅菌又は消毒滅菌した後
(一次滅菌),排水処理室下の二重ピット内に設置した原水槽に導
き,上記のとおり,放流基準値を満足させた上で公共下水道に放流
する仕組みになっている。
一般実験室の排水については,実験室排水系統とし,各実験室に
おいて高圧滅菌又は消毒滅菌した後(一次滅菌),排水処理室下の
二重ピット内に設置した受入槽まで自然流下によって導き,その後
−19−
調整槽,安定化槽及び薬液槽において酸・アルカリ薬剤を注入して
PH調整及びPH安定化を行い,薬液槽から消毒薬を注入して塩素
消毒を行ってから(二次滅菌),放流基準を満足させた上で公共下
水道に放流する仕組みになっている。
RI実験室排水系統においては,各実験室で高圧滅菌又は消毒滅
菌した後(一次滅菌),排水処理室下の二重ピット内に設置した流
入槽を経て,減衰貯留槽に導き,RI濃度を2度測定し,関係法令
で定められたRI濃度であることを確認してから希釈槽に移送し,
再度RI濃度を2度測定した上,薬液槽から消毒薬を注入して塩素
消毒を行ってから,公共下水道に放流する仕組みになっている。
P3RI実験室排水系統においては,各実験室で高圧滅菌又は消
毒滅菌した後(一次滅菌),排水処理室下の二重ピット内に設置し
た滅菌装置によって再度滅菌処理を行った上(二次滅菌),一般の
RI実験室排水系統の流入槽に合流させ,上記のとおり公共下水道
に放流する仕組みになっている。
A 滅菌について
一次滅菌は,高圧滅菌器又は消毒槽において,その取り扱った病
原体等の性質に応じた効果的な方法により行っており,一次滅菌処
理後の排水は,各実験室等の流しから排水処理設備に導入する。そ
して,高圧滅菌器による滅菌は,病原体等を含む排水を121度(2
気圧)の飽和水蒸気で15分以上加熱滅菌するものであり,これに
よって嫌気性の耐熱性萌芽以外のすべての微生物が死滅する。また,
消毒槽による滅菌は,消毒薬を含んだ液の中に浸漬させることによ
って病原体等を死滅させるものであり,感染研においては,通常次
亜塩素酸ナトリウム1000ppmの溶液に30分以上浸す塩素消
毒を行っている。次亜塩素酸ナトリウムは,広範囲の微小生物に対
−20−
して破壊・殺菌作用力をもっており,病原体等に対して有効に作用
し,その殺菌作用は強力である。感染研で扱っている多くの病原体
等について,10ppm以下の低濃度で10分以内の短時間に作用
し,90ないし100パーセント近くの死滅効果が得られている。
上記の一次滅菌によってほぼ完全な病原体等の滅菌効果が得られ
るが,更に安全性を高めるため,排水処理設備内において以下のと
おり二次ないし四次滅菌を行っている。
P3実験室排水及びP3動物実験室排水並びにP3RI実験室排
水系統においては,滅菌装置内に3つの槽が設置されており,各実
験室からの排水を第一槽にいったん溜めた後,第二槽に送り,第二
槽では,排水が一定量になると薬液槽の塩素タンクから12パーセ
ントの次亜塩素酸ナトリウムを2リットル注入し5分間置く。その
際,酸タンクから硫酸を注入し,次亜塩素酸ナトリウムが効果的に
作用するようにPH7前後に調整する。その後排水を第三槽に移送
し,12パーセントの次亜塩素酸ナトリウムを注入する。第三槽の
排水が一定量となり,次のステップに向けて排水するまでの長時間
(少なくとも12時間以上),次亜塩素酸ナトリウムと反応させて
塩素消毒を行う。第三槽からの排水に際しては中和タンクから中和
液を注入し,残留塩素を中和する。
P2実験室は,動物管理区域に所在し,一般動物実験室の排水と
して排水するところ,各実験室からの排水は原水槽において薬液槽
から次亜塩素酸ナトリウムを注入する。ここでは一次滅菌を行って
いるので,0.5ないし10ppm程度の低濃度で塩素消毒を行う。
その後調整槽及び沈殿槽を経て,消毒槽に移送するが,ここでは酸
中性次亜塩素酸カルシウムを加えて塩素消毒を行う。その後最終桝
に至るまでの間に十分な反応時間を与えた後,公共下水道に放流す
−21−
る。
(オ) 人為的ミス及び設備トラブルについて
被控訴人は,人為的なミスがおよそ発生しないと主張するものでは
ない。被控訴人としては,人為的なミスが発生し得ることを前提とし
て適切な教育を行うとともに,万一事故が発生した場合に適切に対処
することが重要であると考えている。このような立場から,戸山庁舎
の実験室内において職員が病原体等を取り扱うためには,事前にバイ
オセーフティ講習会で受講した上,試験に合格することを必要とする
など十分な措置を執っている。控訴人らが主張している事故について
は,直ちに必要な手当てを講じている。
さらに,被控訴人は,感染研の施設について,専門業者による保守
・点検を行っているほか,管理区域については,3か月点検に加えて,
日常点検も実施して安全性を確保するとともに,トラブルが発生した
場合には適切に対処している。
第3 当裁判所の判断
1 「本訴請求に係る訴えの適法性」及び「人格権に基づく差止請求」
これについては,原判決第三の一,二に説示のとおりであるから,これを
引用する。ただし,原判決252頁10行目末尾に,行を改めて以下を加え
る。
「 以上のとおり,本件において控訴人らは,一定レベル以上の病原体等(原
判決別紙2病原体等目録記載の病原体等のうち,レベル2以上のもの)の
保管の禁止,それらを使用しての実験(動物実験,遺伝子組換え実験を含
む。),それに伴う排気,排水,排煙等の戸山庁舎外への排出の禁止を求
めているものであるところ,違法な権利侵害ないし法益侵害が存するかど
うか(いわゆる受忍限度)を判断するに当たっては,基本的にはこれまで
の判例によって示されている判断基準に従うべきものであり,要するに控
−22−
訴人らが主張する侵害行為の態様と侵害の程度,被侵害利益の性質と内容,
侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討す
るほか,侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況,その間に執られ
た被害の防止に関する措置の有無及びその内容,効果等の事情をも考慮し,
これらを総合的に考察してこれを決すべきものであると解するのが相当で
ある。
本件差止請求における特有な問題は,控訴人らにおいて,感染研の施設
及びその運営そのものに周辺住民へ危害を発生させる危険性があるとし,
病原体等・遺伝子組換えDNA実験等に伴って,病原体等,遺伝子組換え
体,有害化学物質,発がん物質,放射性物質及び感染廃棄物等(これらを
「病原体等」と総称することがある。)が戸山庁舎外の周辺地域に排気,
排煙,排水,排出等され,又は漏出し(これらを「漏出等」と総称するこ
とがある。),それよって控訴人らが感染(化学災害,バイオハザード,
放射線災害等を含む。)する危険性があり,その生命,身体,健康等その
もの及びこれらから派生する平穏な生活を営む利益を侵害し,又は侵害す
る危険性が存すると主張していることにある。
上記の有害物質のうち本件で特に問題とされているのは病原体等(上記
の遺伝子組換え体以下を除く。)であるが,この病原体等とは,病原微生
物(感染性をもつウイルス核酸,又は侵害する危険性プラスミドを含む。),
寄生虫並びにこれらの産生する毒性物質,発がん性物質及びアレルゲン等
生物学的相互作用を通じて人体に危害を及ぼす要因となるものをいうとさ
れている。この病原体等は,その危険性の度合に応じてレベル1からレベ
ル4までに分類されており,病原体等のバイオセーフティレベルの分類基
準は,個体及び地域社会に対する低危険度(レベル1)のものから,個体
・地域社会に対する高い危険度(レベル4)のものまでが段階的に分類さ
れている。そのうち,レベル2ないしレベル4までの病原体等をみても,
−23−
その種類は多種多様であり,人に感染した場合の影響,予防法・治療法,
我が国での常在性,感染経路等がそれぞれ異なっている。病原体等のうち
で感染研における取扱い,保管の状況をみると,感染研においては,レベ
ル1ないしレベル3までの病原体等を取り扱い,又は保管している。感染
研の作成に係る資料(乙41)によれば,上記レベル2ないしレベル4ま
での病原体等のうちで,感染研が「取扱あり」(戸山庁舎への移転後に取
り扱ったもの),「保管」(上記移転後に取り扱っていないが,保管してい
るもの),「取扱い・保管」としているものは,概ね,レベル2がそれぞ
れ61,27,7,レベル3がそれぞれ7,3,0,レベル4がいずれも
0(レベル4は一切取扱い,保管していない。)であるとされている。病
原体等による感染の態様には,空気感染(空気中に浮遊する感染性エアロ
ゾルを吸い込んで感染するもの),飛沫感染(至近距離の咳等で唾液等が
かかって感染するもの),接触感染(皮膚傷口,粘膜等を介して感染する
もの),経口感染(汚染された水,食物等が口に入って感染するもの)が
あるとされている。
(乙41,70)
本件において控訴人らが主張している要旨は,上記のとおり,感染研(戸
山庁舎)の施設及び運営自体に存する危険性等が原因となって,戸山庁舎
から病原体等が排出,漏出等されて,それが周辺地域に居住等している控
訴人らに感染し,その生命,身体,健康等そのもの及びこれらから派生す
る平穏な生活を営む利益を侵害し又は侵害する危険性が存するというもの
であって,特に生命,身体,健康等に関しては,単なる睡眠妨害,会話・
電話による通話,テレビの聴取に対する妨害及びこれらの悪循環による精
神的苦痛等のいわゆる生活妨害の範疇にとどまる自動車騒音等による被害
とは,その被侵害利益の性質,内容が本質的に異なっており,生命,身体,
健康等という人間の生存にとってかけがえのない極めて重大な利益が対象
−24−
とされている。また,控訴人らが主張している侵害行為は,被控訴人の設
置に係る感染研(戸山庁舎)の保有する病原体等が外部周辺地域へ現に排
出,漏出等されており,ないしはその可能性があるというものであって,
ひとたび病原体等が外部に排出,漏出等されるような事態が発生すれば,
その病原体等の病原性,感染力,漏出量及び伝播の範囲等の条件如何によ
っては,最悪の場合には回復が事実上極めて困難な甚大な被害を招来する
危険性があることは何人も否定することができないであろう。したがって,
本件において差止請求が認められるか否か(受忍限度の範囲内か否か)を
判断するに当たっては,特に上記のような本件に特有な問題について十分
に配慮する必要がある。その上で,仮に上記侵害行為によって控訴人らの
生命,身体,健康等に対して現に病原体等による感染の危険性という具体
的な危険性が生じていることが明らかにされたときには,その事柄の重大
性,深刻性及び緊急性にかんがみ,上記違法性の判断枠組みのうちの他の
考慮要素は相対的に重要度が低いものとの評価を受け,当該侵害行為は違
法性を有するものとして差し止められるべきものであると解するのが相当
である。これに対して,控訴人らの生命,身体,健康等に対する具体的な
危険性が生じているとはいえず,単に抽象的,一般的な危険性が存するに
とどまるときには,上記受忍限度論の判断基準に従って受忍限度の範囲内
にあるか否かを決定すべきであると考える。」
2 感染研の概況
(1)戸山庁舎の概況
感染研の概況については,前提となる事実に証拠(乙13の1〜16,1
5の1〜60,76)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 戸山庁舎は,感染研,国立健康・栄養研究所及び国立医療・病院管理研
究所が共同で使用する地上6階地下2階建の建物(ただし,ホールは2階
にあり,駐車場及び車寄せ等は建物の2階部分と接している。)であり,
−25−
周辺地域には早稲田大学文学部,新宿区立障害者福祉センター,戸山サン
ライズ及び国立病院医療センタ−等のほか一般の住宅等が密集している。
戸山庁舎には,各種実験室が設けられているが,低RI実験室以外のR
I実験室及びP3実験室は,いずれも地下2階に集約されており,P3実
験室及び全RI実験室等は,管理区域とされている。
イ 戸山庁舎は,敷地面積1万9112平方メートル内に建築された数棟の
建物で構成され,その延べ床面積は3万1698平方メートルを有する。
戸山庁舎においては,平成10年3月末日現在において研究職300人以
上の者が,エイズ及び腎症候性出血熱等多種多数のウイルス等の研究業務
等に従事している。
(2) 感染研の業務
前記認定に証拠(乙2,76)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認
められる。
感染研は,戦後悪化していた我が国の衛生状態や多数発生した感染症に対
処するため,当時の可能な限りの科学的根拠に基づいた衛生行政を実施し,
感染症の予防,治療その他に関し厚生行政に直結する総合的な医学的研究を
行う機関として,昭和22年5月21日,当時の厚生省所管の付属機関とし
て設置されたものであり,@ 研究業務として,各種感染症の基礎的研究で
その病原体等の側からの研究,病理,予防及び治療等の研究,診断法,疫学
の研究,A 検定,検査業務として,感染症等の予防,治療及び診断に関す
る生物学的製剤の有効性,安全性等を保証するための国家検定,抗生物質医
薬品の国家検定等,B 試験製造業務として,生物学的製剤等の試験製造,
C 高度安全実験室の運営,管理業務,D 医学実験用霊長類の育成,管理
等業務,E WHO関連業務として,多数のセンターの指定を受けて,病原
体の分離・同定,疫学的調査診断,防疫指導及び情報交換等の広範にわたる
活動を行っている。なお,現在,感染研は,戸山庁舎において研究業務等を
−26−
行っているほか,つくば市に筑波医学実験用霊長類センター,武蔵村山市に
村山分室,東村山市にハンセン病研究センターを開設している。
以上のとおり,感染研は,戦後間もない時期に設置されて以来,国民が健
康で文化的な生活を営むために不可欠な,各種感染症等の研究及び生物学的
製剤の検定等の公的機関としての機能を果たしてきたものであるから,その
業務は高度に公益性を有することが明らかである。
3 感染研における安全対策の実情
(1) はじめに
控訴人らが本件において侵害行為として主張しているのは,感染研の研究
活動によってもたらされる病原体等が外部周辺地域に現に漏出等されてお
り,又は漏出等する可能性があり,そのことによる控訴人らへの感染の危険
性をいうものであると理解される。
一般に病原体等が漏出等して感染する可能性がある場合としては,病原体
等の取扱い中に不可避的に発生する病原体等を含むエアロゾルが漏出等して
感染する場合,病原体等を含む液体等によって皮膚や着衣が汚染したり,病
原体等により汚染された注射針を刺すなどによって皮膚等が汚染し,その汚
染を介して感染する場合,排水又は実験動物や昆虫等の排出によって感染す
る場合,感染研の建物が地震により崩壊,損壊して取扱い又は保管中の病原
体等が漏出等する場合等をその典型例として想定することができる。
しかしながら,以下において検討するとおり,これらの点について個別的
に検討してみても,結論としては,病原体等が戸山庁舎外の周辺地域に現に
漏出等しており,又は漏出等する可能性があり,それが控訴人らに感染して
その生命,身体,健康等を現に侵害しており,又は侵害する具体的な危険性
が生じているものとまでは認めることが困難であるといわざるを得ない。以
下,このことについて順次検討する。
(2) 感染研の設備状況
−27−
証拠(甲89,329,330,469ないし472,505,518,
520,527,537,549の1・2,乙1,2,3の2〜8,4,5
の1〜16,6の1・2,7ないし12,13の1〜33・36〜50・5
7・58・77〜89,14,15の1〜60,16ないし74[各枝番含
む],77ないし88,90,99,108,110,112ないし114,
120,121ないし123の各1・2,125,144の1,145の1
〜12,151,153,154,164,165の1・2,166ないし
169,証人北村,証人山崎,証人本庄)及び弁論の全趣旨によれば,次の
事実が認められ,この認定を左右するに足りる証拠はない。
ア 戸山庁舎においては,設備上の安全対策として,取り扱う病原体等を,
人に対する病原性の有無,感染予防又は治療方法の有無及び地域における
当該病原体等による感染症の常在の有無等に応じて4段階に分類し,その
レベルに応じた安全設備を設置している。
イ 病原体等の分類及び戸山庁舎の取扱い病原体等
感染研で取り扱う病原体等については,感染研が定めた病原体等安全管
理規程が定められており,それによれば,試験管内で通常の量を取り扱う
場合,ヒトを標準としてバイオセーフティレベルを分類しており,ウイル
ス・クラミジア等,細菌等,真菌,寄生虫に区分した上で,危険度の少な
い順からレベル1ないしレベル4までの4段階に分類している。当初はそ
のうちレベル2及びレベル3の段階については,更に a,b の亜クラスの
細分を設けていたが,平成4年に亜クラスの分類を廃止して分類し直して
おり,その後は原判決別紙2病原体等目録記載のとおりの分類となってい
る(争いがない。)。
上記病原体等安全管理規程の分類基準によれば,レベル1は,個体及び
地域社会に対する低危険度,レベル2は,個体に対する中等度危険度,地
域社会に対する軽微な危険度,レベル3は,個体に対する高い危険度・地
−28−
域社会に対する低危険度,レベル4は,個体及び地域社会に対する高い危
険度とされている。
戸山庁舎においては,上記のとおりこのうちレベル1ないしレベル3に
分類される病原体等を取り扱い,又は保管しており,レベル4に分類され
る病原体等は取り扱っていない(レベル2及びレベル3の病原体等の感染
研における取扱い,保管状況は,乙41に示されている。)。なお,この
点に関連して,控訴人らは,レベル3に分類すべきボルナ病ウイルスがレ
ベル2に分類されており,腎症侯性出血熱ウイルスの感染様式に関する被
控訴人の考え方は不十分であると主張するが,レベルの分類基準は,感染
研がその専門的知見に基づいて定めたものであり,その分類自体必ずしも
絶対的なものではなく,例外や個別協議に委ねられているものもある上,
ボルナ病ウイルスがレベル2に分類されていることが原因となって,同ウ
イルスによる感染の具体的な危険性が生じていることを認めるに足りる証
拠はないし(欧州等と同様に扱わなければならないものではない。),腎
症候性出血熱ウイルスの感染様式についても,乙第99号証に照らして被
控訴人の分類が直ちに誤りであると断定することもできず,その結果とし
て取扱いが異なることはやむを得ないことであり,それが原因となって感
染について具体的な危険性が生じていることを認めるに足りる証拠もな
い。
ウ 基本的な設備
(ア) バイオハザードの原因とエアロゾル
バイオハザードの発生原因としては,前記のとおり病原体等を含むエ
アロゾルによるものが多いが,そのほか事故の発生,動物に付着したダ
ニ等による病原体等の伝播,動物による咬傷等が挙げられる。バイオハ
ザードを未然に防止するためには,実験者や実験環境を感染性病原体等
の暴露から防ぐことが基本的に重要であり,病原体等の封じ込め(感染
−29−
性因子を,その取扱いと保管が行われる実験室環境において安全に管理
する方法)が基本であり,実験室における作業者や室内環境が病原体等
に暴露されることを防ぐこと(一次封じ込め)及び実験室外の環境が病
原体等に暴露されることを防ぐこと(二次封じ込め)からなるものであ
る。したがって,封じ込めには,施設の設計及び設備並びにその管理,
運営及び技術という両面からの対策が必要である。封じ込め目的は,実
験室での作業者及び関係ない人が病原体等に暴露され,病原体等が外部
環境に漏出等することを防止することにあり,@ 実験操作の原則,実
験技術,A 安全器具,B 施設の指針が封じ込めの三要素とされてい
る。特に,病原体等を使用して実験を行えば,エアロゾルが発生するこ
とがあり,現在の科学水準では病原体等の取扱いの熟練者にも避け得な
いところとされており,エアロゾルによるバイオハザードを防ぐには,
取り扱う病原体等を危険度に則って分類し,それに応じた的確な安全対
策を講じること,標準の微生物学的な実験技術に忠実に従った実験操作
を行うこと及び安全な設備・器具を備えること等が必要となる。そのた
めに有効な方法として,後記のとおり主に安全キャビネット及びHEP
Aフィルターが使用されている。
(甲89,114,乙23,27,証人北村,弁論の全趣旨)
(イ) 機器類
@ 安全キャビネット
安全キャビネットとは,汚染エアロゾルを作業空間に閉じ込める第
一次バリアーとして用いる作業箱のことであり,その基本構造上,ク
ラスT,U(Aタイプ,Bタイプ)及びVの三種類に分類される。
クラスTの安全キャビネットは,低度及び中等度の危険性を持つ病
原体等を取り扱い,作業空問に清浄な空気を必要としない場合に使用
する。その構造は,前面開口部と排気口を有し,前面開口部からの流
−30−
入気流が汚染エアロゾルの流出を防ぎ,後記HEPAフィルターで排
気を処理する。
クラスUの安全キャビネットは,低度及び中等度の危険性を持つ病
原体等を取り扱い,作業空間に清浄な空気を必要とする無菌作業を行
う場合に使用する。その構造は,前面開口部と排気口を有し,前面開
口部からの流入気流が汚染エアロゾルの流出を防ぎ,HEPAフィル
ターでろ過された下向層流の清浄空気が作業空間に供給される。前面
開口部では流入気流と下向層流がぶつかり,排気はHEPAフィルタ
ーで処理し,キャビネット外に放出する。このクラスのキャビネット
にはタイプAとタイプBがあり,タイプAのものは,下向層流をHE
PAフィルターでろ過してその70パーセントを再利用し,残りの3
0パーセントを排気する。タイプBのものは,ろ過後30パーセント
を再利用し,70パーセントを排気するほか,開口部から流入する気
流の速度を早くするなど密閉性を高めるための改良が施されている。
クラス皿の安全キャビネットは,高度の危険性がある病原体等を取
り扱う場合に使用するもので,その構造は給気口と排気口を有し,流
クラス皿の安全キャビネットは,高度の危険性がある病原体等を取
入空気及び排気はそれぞれHEPAフィルターで処理される密閉型の
キャビネットである。
安全キャビネットは,その機能を保持するため,後記のとおり1年
に1回,定期検査を行っているほか,後記HEPAフィルターの交換
時にも保守点検を行っている。また,HEPAフィルターの交換時,
又は必要に応じて,フィルターのホルマリン燻蒸を行っている。
(甲520,乙69,121ないし123の各1・2,151)
A HEPAフィルター
HEPAフィルターは,「剛なフレームにろ材を折り曲げて取り付
けた使い捨て形乾式フィルターでD.O.P 0.3μm粒子で99.
−31−
97%以上の効率を有し,定格風量が静圧1インチ以下」であるもの
をいい,現在,グラスウール等をろ材として使用し,これをひだ状に
織り込んだフィルターであって,その周囲をろ材支持枠で箱形とし,
密封材で密封している。特にバイオハザード対策の目的で使用するH
EPAフィルターには,0.01パーセントを超える漏れのないもの
が使用される。
HEPAフィルターは,@ 気流に乗ってフィルターに接近したエ
アロゾルが自らの慣性(力が働かない限り,物体がその運動状態を持
続する性質のこと)により気流から外れてフィルターの繊維に衝突し,
捕集される慣性効果,A 気流とは関係なしに,ブラウン運動(微粒
子に液体又は気体の分子が各方向から無秩序に衝突することによって
起こる不規則な運動)をする小さなエアロゾル粒子,すなわち1μ
m以下のサブミクロン粒子が,ブラウン運動によりフィルターの繊維
に接触し,捕集される拡散効果,B 気流に乗って運動しているエア
ロゾル粒子がフィルターの繊維に触れて捕集される衝突効果の以上3
つの原理によりエアロゾル粒子を捕集するものである。
HEPAフィルターは,一定孔径以上の粒子が通過しないようにす
る膜フィルターとは捕集原理が異なるため,エアロゾル粒子の孔径の
程度が捕集効率と比例するわけではなく,その規格上,最も捕集効率
が劣る0.1μmないし0.5μmの孔径の粒子のうちの0.3μm
の孔径の粒子ですら,99.97パーセント以上の割合で捕集し,特
に,安全キャビネットに使用するHEPAフィルターには,上記粒子
を99.99パーセント以上の割合で捕集するものを用いている。
HEPAフィルターについては,その機能が十全に保持されるよう,
少なくとも1年間に1回の検査を義務付け,これを実施している。な
お,組換えDNA実験指針(乙112)では,安全キャビネット及び
−32−
HEPAフィルターの規格を定めているが,P3レベルの安全キャビ
ネットについては,設置の直後に,ア 風速・風量試験,イ HEP
Aフィルター性能試験,ウ 密閉度試験を行い,年1回以上ア及びイ
の試験を行うとされているが,安全キャビネット以外に設置されてい
る一次HEPAフィルター(P3実験室天井等)や二次HEPAフィ
ルター(排気ダクト等)については,このような定めは存在しない。
また上記指針には,安全キャビネットに関するHEPAフィルターの
「性能等」について,「HEPAフィルターの一次側に試験エアロゾ
ルを負荷して検査した時に,想定した各微小区画の透過率が0.01
パーセントを超えないこと」が要求されているが,具体的な現場試験
の方法については示されていない。したがって,感染研が,安全キャ
ビネットに設置したHEPAフィルターについてDOP粒子(0.3
μm粒子)を用いた検査をしていないとしても,それが上記指針に違
反するとはいえない(なお,感染研は,平成14年度においては,D
OPを使用して検査したところ,捕集効率が99.99パーセントで
あることが確認された。)。感染研が一次HEPAフィルター及び二
次HEPAフィルターについて検査していることは,上記指針に関わ
りなく安全のための検査を自発的に実施していることになる。そして,
感染研は,一次フィルター等について,年1回DOP粒子を用いた検
査を行い,その性能等を確認している。
(乙25,26,69,112,151)
B その他の設備
使用した器具等は,高圧蒸気滅菌器及びホルマリン等所定の消毒薬
を含んだ液の中に浸漬させて消毒している。このように一定時間高温
で滅菌(すべての微生物を死滅させること)することにより,また消
毒薬による滅菌により,病原体等を死滅させることができる(乙23)。
−33−
エ P3実験区域
ア) 戸山庁舎のP3実験区域は,バイオセーフティレベルの分類基準にお
けるレベル3(個体に対する高い危険度,地域社会に対する低危険度)
の病原体等の取扱いに適するように設計された,感染性エアロゾルの高
度の物理的封じ込め性能を有する実験室であり,病原体等集中保管室等
とともに,病原体等の安全確保に必要な区域として地下2階に集約設置
されている。
P3実験室は,そのすべてが外部から隔離された構造になっており,
クラスUの安全キャビネットによる一次バリアー,安全キャビネットを
収容する実験室の駆体による二次バリアー,さらに,サポート域と呼ば
れる内部廊下によって,実験室の全室が外部から隔離されている。P3
区域に外部から入るには,エアロック方式となっている二重ドアを通っ
て入る構造になっており,また,ドアの開閉には磁気カードが必要であ
る。
病原体等の取扱いは,実験者の安全を確保するため,一次隔離として
機能する安全キャビネット内で行っており,また,外部環境の安全を確
保するため,二次隔離として陰圧空調を備えた実験室が設置されている。
(乙13の4,53)
(イ) P3実験区域の給排気設備は,地下2階に設置された全外気型空調機
と屋上に設置された排気ファンによる独立した系統になっており,常時
排気ファンの運転を行い,給気風量を制御することによって実験室内を
陰圧に保持し,実験休止時においても,常時陰圧保障ファンを運転する
仕組みになっている。また,排気系統については,各実験室内の安全キ
ャビネットの排気口にHEPAフィルターを取り付け,各実験室ごとの
排気風道にもHEPAフィルターを取り付けて二重の捕集処理を行い,
給気系統についても,実験室の給気口に取り付けたHEPAフィルター
−34−
によって捕集処理を行っている。
(乙3の2,13の57・58,15の20)
(ウ) 排水施設については,以下のとおりである。
P3実験室排水系統及びP3動物実験室排水系統においては,各実験
室で高圧滅菌又は消毒滅菌した後(一次滅菌),地下3階の排水処理室
下の二重ピット内に設置した滅菌装置に自然流下により導き,再度滅菌
処理を行った上(二次滅菌),一般動物実験室排水系統の原水槽に合流
させ,ここで薬液槽から消毒薬を注入して塩素消毒を行い(三次滅菌),
その後固液分離器,調整槽,沈殿槽,消毒槽(四次滅菌)を順次経由し,
放流基準値を満足していることを確認して公共下水道に放流している。
P3RI実験室排水系統においては,各実験室の高圧滅菌器又は消毒
槽で高圧滅菌又は消毒滅菌した後(一次滅菌),排水処理室下の二重ピ
ット内に設置した滅菌装置にて再度滅菌処理を行った上(二次滅菌),
一般のRI実験室排水系統の流入槽に合流させ,その後減衰貯留槽,希
釈槽,薬液槽からの消毒薬注入による塩素消毒(三次滅菌)を順次経由
して,公共下水道に放流している。
高圧滅菌器における滅菌は,病原体等を含む排水を121度(2気圧)
の飽和水蒸気で15分以上加熱滅菌するものであり,これにより嫌気性
の耐熱性萌芽以外のすべての微生物が死滅する。また,消毒槽における
滅菌は,消毒薬を含んだ液の中に病原体等を浸漬させて,病原体等を死
滅させる方法である。感染研においては,通常次亜塩素酸ナトリウム1
000ppmの溶液に30分以上浸す塩素消毒を行っており,次亜塩素
酸ナトリウムは,広範囲の微小生物に対して破壊,殺菌作用力をもって
おり,病原体等に有効に作用し,その殺菌作用は強力である。これによ
り,取り扱っている多くの病原体等に対して,10ppm以下の低濃度
で10分以内の短時間に作用し,90ないし100パーセント近くの死
−35−
滅効果が得られる。
このように一次滅菌によってほぼ完全な滅菌効果が得られるが,感染研
では,さらに安全性を高めるため,排水処理設備内において二次滅菌な
いし四次滅菌を行っている。
P3実験室排水及びP3動物実験室排水並びにP3RI実験室排水系
統においては,滅菌装置内に3つの槽が設けられており,各実験室から
の排水は第一槽にいったん溜めてから第二槽に送る。第二槽では,排水
が一定量になると薬液槽の塩素タンクから12パーセントの次亜塩素酸
ナトリウム2リットルを注入し,そのまま5分間置く。その際,酸タン
クから硫酸を注入し,次亜塩素酸ナトリウムが効果的に作用するように
PH7前後に調整する。その後排水を第三槽に移送し,更に12パーセ
ントの次亜塩素酸ナトリウムを注入して,第三槽の排水が一定量となり
次のステップに向けて排水するまでの長時間(少なくとも12時間以
上),次亜塩素酸ナトリウムと反応させて塩素消毒を行う。そして,第
三槽からの排水に中和タンクからの中和液を注入し,残留塩素を中和さ
せる。
(乙13の87・89,15の51・54〜57,23,108,14
5,165の1・2,166ないし169)
(エ) 地震が発生した場合には,地震自動感知器が作動して中央監視室の監
視盤に警報表示がされる。緊急の場合は,中央監視室において廃水処理
装置からの放流の停止を行うシステムが採られている。
火災が発生した場合には,自動火災報知器が作動して防災センター,
中央監視室,バイオセーフティ管理室の監視盤に警報表示がされるとと
もに,自動火災報知器に連動して,自動的に,給気及び排気装置,廃水
処理装置も停止し,防火ダンパー(遮蔽板)が閉鎖される。
また,停電の場合には,非常灯が点灯し,非常用自家発電装置が自動
−36−
的に作動する。P3実験室の安全確保に必要な非常照明が点灯し,実験
室の安全機能の電源が確保される。
P3実験区域の給排気系統に異常が発生した場合には,実験室内外の
前後の空気圧力差を常時検知し,基準値を超えた場合は,実験室,P3
管理室及び中央監視室の監視盤に異常警報が表示され,安全キャビネッ
トの排気ファンを停止させ,遮蔽板を閉じてフィルターを交換する。そ
して陰圧保障ファンに自動的に切り替わる。P3管理室及び中央監視室
の監視盤にも異常警報が表示される。また,安全キャビネットの排気系
統に故障があった場合には,キャビネット本体に送風機の異常及び室内
差圧の異常が表示されるほか,P3管理室及び中央監視室の監視盤にも
異常警報が表示される。そして,HEPAフィルターに目詰まりが生じ
た場合には,中央監視室の監視盤に異常警報が表示され,安全キャビネ
ット及び実験室の給気及び排気ファンが自動的に停止し,ダンパー(遮
蔽板)が閉じて密閉される。なお,排水処理装置に異常が発生した場合
は,地下2階の廃水処理室及び中央監視室の監視盤に異常警報が表示さ
れ,滅菌後の最終放流を中止し,滅菌槽が一定レベルとなった場合は,
P3実験区域の給水給湯を自動的に遮断する。
(乙13の26・39・40・42・50,15の20〜60,29,
53,弁論の全趣旨)
オ RI使用施設
(ア) RIの使用は,「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する
法律」(昭和32年法律第167号,防止法)による規制の下に行って
おり,感染研のRI使用施設についても,文部科学大臣(旧科学技術庁
長官)の使用許可を受けており(同法3条1項,同9条),定期検査(同
法12条の9)及び立入検査(同法43条の2第1項)も行われている。
感染研においては,地下2階から地上4階までの各階のRI実験室を
−37−
管理区域としている。また,RIモニタ設備を設置しており,RIの貯
蔵又は廃棄物の保管等は,地下2階の管理区域内にある貯蔵室又は廃棄
物保管室で行っている。RI管理区域と他の区域は区分けしている。ま
た,RIモニタ設備を設置しており,管理区域内外の空間線量当量率,
排水放射能濃度,排気中放射能濃度の各種放射能レベルを連続的,自動
的に測定して監視している。
(甲527,549の1・2,571,乙21,39,40の各1・2,
110,弁論の全趣旨)
(イ) 地下2階を始めとするRI管理区域における排気は,各階に設置した
空調機によって直接屋上の排気ファンに独立して接続する系統となって
いる。なお,排気については,HEPAフィルターによって処理してい
る。
(甲537[枝番を含む],乙13の57,153,154)
RI実験室からの排水は,各実験室において高圧滅菌又は消毒滅菌し
た後,排水処理室下の二重ピット内に設置した流入槽を経て,減衰貯留
槽に導き,RI濃度を2度測定し,関係法令に定められた法定濃度を保
っていることを確認してから希釈槽に移し,再度RI濃度を測定した上,
薬液槽から消毒薬を注入して塩素消毒を行ってから公共下水道へ放流し
ている。P3RI実験室からの排水は,各実験室において高圧滅菌又は
消毒滅菌した後(一次滅菌),排水処理室下の二重ピット内に設置した
滅菌装置によって再度滅菌処理を行った上(二次滅菌),一般のRI実
験室排水系統の流入槽に合流させ,RI実験室からの排水と同様の処理
をして公共下水道へ放流している。なお,滅菌装置内での処理は,P3
実験室排水やP3動物実験室排水と同様である。
(ウ) 地震や火災の発生時,あるいは停電時や機械故障時等の緊急時の設備
上の仕組みは,上記P3実験区域におけると同様である。
−38−
カ 実験動物管理区域
(ア) 概要
動物実験室は,前記地下2階のP3動物実験室,1階の一部屋のほか
は地下1階の動物管理区域内にある。地下1階の動物管理区域において
は,同区域の入口から検疫室又は動物実験室に至るまでに最低4か所の
扉を通る必要がある。また,地下1階の動物実験区域では,動物検疫室
等と動物実験室とをコンクリートで区分けし,その間は廊下で隔ててい
る。
(乙13の4〜6,16,証人本庄)
(イ) 使用する機器
実験動物は無菌であって,無菌性に問題がある場合には,微生物学的
検査を経た上で導入している。動物に接する実験操作及び管理作業は,
感染動物用安全キャビネット内で行うこととされている。動物の管理は,
感染動物用安全キャビネットに備え付けてある収用ゲージで行うものと
されている。
なお,感染動物用安全キャビネットの前面開口部は,作業以外は閉鎖
されている。そして,動物実験を行う指定実験室には,外部から動物等
の侵入を防止するためねずみ返しを設置している。
動物の殺処分は,安全キャビネット内で行い,屍体は,速やかに安全
キャビネット内でACバックに入れ,密封した後処理室内のACで高圧
蒸気滅菌を行う。その後一般動物区域内屍体保管用フリーザーに一時保
管する。また,動物の屍体以外の実験室から排出される汚染物は,備え
付けの封のできる箱に入れ,箱の周囲を消毒した後,管理区から搬出し,
動物管理室でAC(オートクレイブ)による高圧蒸気滅菌をした後,搬
出する。
(乙53187,88,144の1,証人本庄,証人山崎)
−39−
(ウ) 通常時の設備状況
給排気設備については,地下2階にある全外気型空調機と屋上の排気
ファンによる独立系統となっている。また,実験室内は,常に陰圧にし
て実験室内の空気が外部に漏出することのないよう一定方向の気流を保
持している。
排気風道には,中性能フィルター,HEPAフィルター及び脱臭フィ
ルターを設置し,除菌脱臭処理を行い,屋上の排気口から大気に放出す
る。
一般動物実験室排水系統は,一般実験室とは別系統とし,各実験室,
飼育室及び処置室において高圧滅菌又は消毒滅菌した後(一次滅菌),
P3実験室排水と同様の処理をして公共下水道に放流する仕組みになっ
ている。
また,一般実験室排水は,実験室排水系統とし,各実験室において高
圧滅菌又は消毒滅菌した後(一次滅菌),排水処理室下の二重ピット内
に設置した受入槽まで自然流下によって導き,その後調整槽,安定化槽
及び薬液槽において酸・アルカリ薬剤を注入してPH調整,PH安定化
を行い,薬液槽から消毒薬を注入して塩素消毒を行ってから(二次滅菌),
放流基準を満足させた上で公共下水道に放流する仕組みになっている。
上記機器類及び廃水処理装置の各運転状況,飼育室及び処置室の圧力
差,HEPAフィルターの目詰まり等は,動物管理室と中央監視室の監
視盤により常時監視するシステムになっている。
(乙15の1・28〜30・49・57〜60,121,125)
(エ) 緊急時の設備状況
地震,火災,停電及び機械の故障等の緊急事態の発生に対処するため
の設備上の仕組みは,上記P3実験区域におけるものと同様である。
キ P2実験区域
−40−
(ア) P2実験区域は,P2実験室が設置されている区域である。
P2実験室は,レベル2の病原体等の分類基準(個体に対する中等度
危険度,地域社会に対する軽微な危険度性)に該当しており,実験者個
人へ中等度,地域社会へ軽微な危険度のバイオハザードを引き起こす危
険性はあるが,適正な実験操作手順に従えば実験室内の感染はおおむね
防ぐことができるものを取り扱うための物理的封じ込め実験室である。
P2実験室は,通常の実験室の構造になっており,P3実験室とは異な
り,特別の陰圧空調等の設備は設置されていないが,排気は,他の給気
配管とは明確に区別している。
各P2実験室からの排水(実験を終了し,手袋を外した後の手洗い水,
各種消毒液及び消毒済みの液等)は,一般動物実験室の排水として排水
するところ,原水槽において薬液槽から0.5ないし10ppm程度の
濃度の次亜塩素酸ナトリウムを注入し,塩素消毒する。さらに,固液分
離機を経て,調整槽,沈殿槽を順次経由して消毒槽に送る。ここで酸中
性次亜塩素酸カルシウムを加えて塩素消毒をした後,公共下水道に排出
する。
(イ) P2実験室においては,安全キャビネットはクラスUAタイプのもの
を使用しており,これについては上記のとおりである。また,感染研で
は,P2実験室内にもP3実験室と同様にACによる高圧蒸気滅菌を行
っている。
ク 有害化学物質
戸山庁舎で取り扱う有害化学物質については,「国立感染症研究所有害・
化学物質安全取扱要領」(乙90)により取扱要領を定めている。
上記取扱要領によれば,感染研は,化学物質委員会を設置し,同委員会
では,感染研において使用する有害化学物質による職員等に対する危害を
防止するとともに,同物質による所外環境の汚染を防止するために必要な
−41−
事項を調査,審議することとした。有害化学物質を取り扱う者は,それに
よる健康被害の予防,危険性の予防について必要な知識を有することを必
要とし,取扱いに当たっては,必要に応じてマスク,グローブ,メガネ等
を用いることとしている。また,有害化学物質を取り扱う実験室には,ド
ラフトチェンバー,安全キャビネット等を設置し,実験台にはポリエチレ
ンろ紙又はトレイを敷くことになっている。
有害化学物質は,漏出しない容器に入れた上,原則として施錠できる戸
棚等に保管し,有害物質のうち化学物質委員会が必要と認める物質につい
ては,保管量を記録することにした。
さらに,揮発性又は粉末状の有害化学物質の取扱い又はエアロゾル発生
を伴う操作において,取扱者らに危害又は環境汚染を招来するおそれのあ
る場合には,当該化学物質の捕捉が可能なフィルターを有するドラフトチ
ェンバー又はケミカルフードを使用することとしている。
ケ その他庁舎全体の安全性
(ア) 耐震性
戸山庁舎は,主要構造部が鉄骨鉄筋コンクリート造,その一部が鉄筋
コンクリート造であり,耐震壁を有する剛性の強い建物として設計して
いる。戸山庁舎の建築時の構造耐力は,通常建物以上の耐力を確保して
いる。
そして,主要な機器類は,アンカーボルト等により床や壁に固定され,
配管類は,駆体に固定されて脱落しないようにするとともに,切断する
ことがないように措置が講じられている。
また,実験研究に使用する棚,流し台,安全キャビネット等について
も,転倒防止用の振れ止め支持金具等により床や壁に固定している。
戸山庁舎の地下2階部分においては,壁を二重に設けている。
地階に設置した上水受入槽の設計用標準震度は0.6,また,5階に
−42−
設置した高置水槽の上記標準震度は1.5とされており,「96基準」
において定められた各1.5及び2.0を満たしていないが(甲518),
上記の場所に設置されている主要な機器類に対しては,上記のとおり床
等に固定され,地震時の転倒防止措置が講じられているから,「96基
準」を満たしていないとしても,地震時にこれらの機器類が破損する可
能性があるとは認められない。
(甲518,乙56,120,164)
(イ) 防火対策
戸山庁舎は,主要構造部分の壁,床,梁,屋根及び階段を鉄骨鉄筋コ
ンクリート造又は鉄筋コンクリート造等としており,建築基準法2条9
の2号(主要構造部を耐火構造とした建物で,外壁の開口部で延焼のお
それのある部分に政令で定める構造の防火戸その他の防火設備を備える
もの)に定める耐火建築物となっている。また,庁舎全体に不燃材料を
使用して不燃化を図るとともに,延焼と煙の拡散防止のために庁舎を一
定面積(1500平方メートル以内)ごとに区切って耐火構造の床,壁
又は防火戸で区画した上(防火区画),階段室,パイプスペースやエレ
ベーターシャフト等の各階を貫通している部分やボイラーのある機械室
及び電気室,P3実験区域,RI管理区域並びに実験動物管理室等につ
いても防火区画としている。P3実験室は,各部屋毎に防火区画されて
いないこと,P3管理室,RI管理室も,各部屋毎に防火区画されては
いないが(甲518),これらの各室は,いずれも「96基準」の「拠
点活動室」には該当しないから,「96基準」上はこれらの各室を防火
区画とするまでの必要性はない。また,監視室へのルートが機械室経由
となっているが(甲518),これをもって災害時における動線計画が
明確ではないと認めることはできない。
戸山庁舎においては,2階の玄関ホールの一角に防災センターを設け,
−43−
24時間体制で防災設備を監視及び操作するなどの防災活動を行ってい
る。また,警報設備として,自動火災報知器,自動火災警報器設備,ガ
ス漏れ警報設備,非常警報設備(非常ベル,放送設備等),感熱器,煙
感知器等を,消化設備として庁舎内に設置した消火器,屋内消火栓,ハ
ロゲン化物消火設備及びスプリンクラー設備を,避難設備として誘導灯,
誘導標識,避難階段を,その他,自家発電設備等も備えており,P3地
域及びRI管理区域以外の区域においては,一定面積ごとに設置した区
画内に排煙口,ガス検知器,非常用照明設備及び誘導灯設備,避雷設備
等を設け,また,蓄電池設備,停電時に72時間運転可能な自家発電設
備等を設けている。
P3実験区域及びRI区域と他の区域との出入口の扉は,電気錠で施
錠しており,その通行にはIDカードを必要とし,それらを使用する都
度,入退室日時等を記録している。
(乙13の16〜33・36〜49・77〜86,18,53,86)
(3) 感染研の運営面における安全確保体制
感染研においては,各種実験に応じた安全規程等を制定している。すなわ
ち,病原体等の保管及び取扱いについては,病原体等安全管理規程(乙70),
組換えDNA実験については,組換えDNA実験実施規則(乙81,113),
RI実験については,放射性同位元素等取扱規則(乙86),動物実験につ
いては,実験動物管理運営規程(乙87)をそれぞれ定めている。
控訴人らは,このような多数の規程等があること自体,感染研の行ってい
る業務の危険性を表していると主張する。これらの病原体等,組換えDNA
体及びRI及び実験動物は,いずれも庁舎の内部はもちろん,外部にも漏出
等するおそれがあることは否定できず,ひとたびそのような事態が発生した
場合には,極めて深刻な問題が惹起される可能性があるから,その安全な管
理及び取扱いについては,最先端の科学的知見に基づいた最大限の安全対策
−44−
が講じられなければならないことはいうまでもないことであって,そのため
に実効性のある安全管理規程等を制定して,安全体制を構築しておく必要が
あることも多言を要しないところである。しかし,このような危険性が内在
するからといって,そのことから直ちにこれらを管理し,取り扱う感染研の
研究活動が周辺地域に対して具体的な危険性を及ぼしているということには
ならないこともまた明らかである。ここで重要なことは,科学的に合理性の
ある安全管理規程等を制定し,これらを含む各種実験等における管理,取扱
いに関する安全対策を十分確立することによって,漏出等による具体的な危
険性の発生を未然に防止する体制になっているか否かである。したがって,
控訴人らの上記主張は採用することができない。
そこで,以下においては,感染研の研究活動に伴って具体的な危険性の発
生が認められるか否かを判断するための前提として,感染研における運営上
の安全確保の対策についてみるに,前記認定に証拠(甲89,114,15
6,乙1,2,3の2〜8,4,5の1〜16,6の1・2・7〜12,1
3の1〜16,14,15の1〜60,16ないし74[各枝番含む],8
1,85ないし92,110,113,121ないし144の各1・2,1
45の1〜12,146の1〜6,147の1〜7,158の1・2,証人
北村,証人山崎)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 病原体等の保管及び取扱いに関する安全確保
感染研においては,病原体等の保管及び取扱いを安全に行うことを目的
として病原体等安全管理規程(乙70)を定め,同目的を達成するために
次のような体制を執っている。
(ア) 感染研においては,病原体等の管理等に当たる者について次のように
定めている。
@ 健康管理者,安全管理者及び病原体等の取扱いに関して学識経験の
ある職員から任命された15人以内の委員から構成されるバイオセー
−45−
フティ委員会を設けており,感染研所長から,@ 安全管理に関する
理論的,技術的事項の調査及び研究に関すること,A 病原体等のレ
ベルの分類及び安全設備に関すること,B 病原体等の保管,分与及
び取扱いに関すること等についての諮問に応じて,調査審議する体制
を設けている(4,5条)。
A 感染研所長の指揮の下で,20人以内の委員により構成される病原
体等取扱安全監視委員会において,上記規程・運営規則に定める事項
の実施状況の監視,バイオセーフティ管理室及び管理区域の査察並び
に事故が発生した場合の原因調査及び事後処置の確認等の処理を行う
こととしている(4,6条)。
B バイオセーフティ管理室は,厚生労働省組織規定に定めるもののほ
か,バイオセーフティ委員会の事務に関すること,上記病原体等取扱
安全監視委員会の求めに応じて資料の提供等の協力を行うこと,年3
回以上の管理区域及び関連機器の点検,その結果の保存等の業務を処
理する(7条)。
C 感染研所長は,各指定実験室の取扱い病原体等ごとに,保管,実験
等につき同所長の承認を得た職員等のうちから,部長等の推薦する者
を危害防止主任者に指名し,その中から統括危害防止主任者を指名し,
統括危害防止主任者は,バイオセーフティ管理室長となる(8条)。
D 実験室において病原体等を取り扱う職員等は,取り扱う病原体等に
関し,その本質,人体に対する病原性,実験中に起こり得るバイオハ
ザードの範囲及び安全な取扱い方法並びに実験室の機構,使用方法及
び事故発生等の緊急時処置等について,十分な知識を有し,技術的修
練を経ており,かつ,定期の健康診断において異常が認められなかっ
た者であることが必要とされている(15条)。
(イ) また,感染研においては,病原体等を用いる実験,その保管及び管理
−46−
について,次のように定めている。
@ 感染研においては,P3実験区域が立入制限区域であることを示す
ため,出入口に国際バイオハザード標識を表示し,さらに,同区域及
びバイオセーフティレベル2実験室の出入口に,取り扱う病原体等の
名称及びレベル並びに統括危害防止主任者又は実験室管理責任者の氏
名を記載した標識を表示すべきこととしている(14条)。
A 部長等は,レベル1,2の病原体等を新たに保管しようとするとき,
又はこれらの病原体等を用いて新たに実験をしようとするときは,あ
らかじめ感染研所長に届け出をし,また,レベル3,4の病原体等の
上記保管等については,あらかじめ感染研所長に申請し,その承認を
受けなければならない。
部長等は,病原体等を受け入れるとき及び感染研以外の場所へ,又
は庁舎間で移動させるときは,レベル1,2の病原体等についてはあ
らかじめ感染研所長に届け出をし,レベル3,4の病原体等について
は,あらかじめ感染研所長に申請し,その承認を受けなければならな
い(12条)。
B 病原体等を感染研以外へ移動させる場合,又は感染研以外から受け
入れる場合は,万国郵便条約施行規則2401条に規定する容器及び
包装を用いた方法によらなければならない(13条)。
C 部長等は,所轄実験室をバイオセーフティレベル2実験室として使
用するときは,あらかじめ実験室管理責任者を指名し,感染研所長に
届け出るとともに,その使用を終了するときも同所長へ届け出なけれ
ばならない(10条)。
D 病原体等(これらに汚染されたと思われる物も含む。)は,レベル
1,2については,当該病原体等に最も有効な消毒滅菌方法に従い処
置し,レベル3,4については,あらかじめ受けた承認に係る消毒滅
−47−
菌方法に従い処置しなければならない(16条)。
(ウ) 管理区域の保守点検等については,次のように定めている。
@ 病原体等取扱安全監視委員会は,定期及び臨時にバイオセーフティ
管理室及び管理区域を査察し,その記録を保存する(6条1項5号)。
A バイオセーフティ管理室は,年に3回以上管理区域及び関連機器を
点検して,その記録を保存し,運営規則に定める事項の実施状況を定
期に点検して,その記録を保存する(7条3号,4号)。
B @及びAの関係資料については,10年間保存し,感染研所長はこ
れを公開する(21条)。
(エ) 感染研においては,研究者や職員等に対し,次のような教育訓練を実
施し,その健康を管理することとしいる。
@ 感染研所長は,バイオセーフティ委員会に主催を委嘱して,職員等
を対象にした病原体等の安全管理に必要な知識,技術を高めるための
講習会を年に1回以上開催する(20条)。
A 感染研所長は,職員等の健康管理につき年に2回定期の健康診断を
実施し,取り扱う特定の病原体等に対する抗体価測定等,取り扱う病
原体等により発症するおそれのある症候の臨床的診断,取り扱う病原
体等による自覚症状等の検査を行う(22条)。さらに,感染研所長
は,必要と認めた場合には職員等に対して臨時の健康診断を受けさせ
ることができる(23条)。
B 上記健康診断の結果,必要な事項について職員等ごとに記録を作成
し,職員等の離職又は退所後10年間,これを保存する(24条)。
感染研所長は,職員等の健康管理の一助とするために,その血清を採
取し,保存する(26条)。
C 感染研所長は,指定実験室において病原体等を取り扱う職員等に対
して,氏名,性別,生年月日,現住所及び電話番号並びに所属部及び
−48−
取り扱う病原体等の名称を記載した安全管理カードを交付し,職員等
にその常時携帯を義務付けている(28条)。
(オ) 上記病原体等安全管理規程は,次の場合を「事故」として取り扱うも
のとしている(17条)。
@ 外傷等により,レベル2から4までの病原体等が職員等の体内に入
った可能性がある場合
A 実験室内の安全設備機能に重大な欠陥が発見された場合
B 上記レベルの病原体等により実験室内が広範に汚染された場合
C 職員等の健康診断の結果,上記レベルの病原体等による異常が認め
られた場合
D 27条3項(病気等の届出等)の報告があった場合
イ 遺伝子組換えDNA実験における安全確保
(ア) はじめに
感染研における組換えDNA実験は,組換えDNA実験指針及び大学
等における組換えDNA実験指針(実験指針)に基づいて制定された実
施規則(乙81,乙113)により行っている。
(イ) 感染研においては,安全確保のために組換えDNA実験安全委員会を
組織し,感染研所長が,組換えDNA研究者,それ以外の自然科学者等
の中から委員を任命又は委嘱する。感染研所長の諮問に応じて,同人に
対し,実験計画の実験指針に対する適合性,実験に係る教育・訓練及び
健康管理,事故発生の際に必要な措置及び改善策等必要な事項について
調査審議し,これらの事項について答申する(4条)。
感染研所長は,組換えDNA実験安全主任者を任命し,同人は,感染
研所長を補佐し,実験が実験指針及び内部規則を遵守しているかどうか
確認し,実験責任者等に対し指導助言を行う。そして,同安全主任者は,
安全委員会と十分連絡を取り,必要な事項について同委員会に報告する
−49−
ものとされている(5条)。
また,指定実験室(レベル3以上の実験施設)には,指定実験室毎に,
実験指針及び内部規則を熟知するとともに指定実験室の安全確保のため
の知識と技術に習熟した者を指定実験室主任者1名として任命してい
る。そして,実験計画ごとに,実験指針及び内部規則に従ってバイオハ
ザードの発生を防止するための知識及び技術に習熟した者を実験責任者
として任命している。前者は指定実験室において,実験が実験指針及び
内部規則に従って適正に遂行されていることを確認するとともに,実験
責任者及び実験従事者に対して指導・助言を行う。後者は個々の実験計
画の遂行について,実験計画の立案及び実施に際し,安全主任者と緊密
な連絡のもとに実験全体の適切な管理監督に当たり,また,実験につい
てその計画を感染研所長に提出し,その承認を受けるなどの手続を行う
(7条)。
教育訓練及び健康管理については,前記とほぼ同じである。
ウ RI等の取扱い及び管理に関する安全確保
(ア) RIの使用については,防止法により施設の設置基準も含めて規制さ
れている。
戸山庁舎のRI使用施設は,設置時に防止法に基づく文部科学省の承
認を受け,その後も3年以内に一度行われる定期検査にも合格している。
また,感染研においては,放射線管理状況報告書を文部科学省に提出し,
RIの保管状況等を報告している(防止法42条1項,同法施行規則3
9条3項)。
感染研は,RI及びRIによって汚染されたものの取扱い及び管理等
に関する事項について,放射線障害予防規定(乙85)を定め,文部科
学省に提出している(防止法21条)。さらに,上記予防規定を実施す
るため,放射性同位元素等取扱規則(乙86)を定めている。
−50−
(乙40の1・2,110)
(イ) 感染研においては,上記予防規定及び放射性同位元素等取扱規則(併
せて以下「予防規定等」という。)により,次のとおりRI等の使用に
つき安全管理体制及び組織を定めている。
@ 放射線取扱主任者(防止法34条以下)
感染研所長は,放射線障害発生の防止につき,総括的な監督を行わ
せるため,防止法に規定する放射線取扱主任者の資格を有する者の中
から,放射線取扱主任者及びその代理者を選任する(予防規定9条)。
放射線取扱主任者及び代理者は,放射線障害の発生防止にかかわる監
督に関し, i 予防規定等の制定及び改廃への参画, A 放射線障害
防止上重要な計画作成への参画, B 法令に基づく申請,届出及び報
告の審査, C 立入検査等の立会い, D 異常及び事故の原因調査へ
の参画, E 所長に対する意見の具申, F 使用状況等及び施設,帳
簿及び書類等の監査, G 関係者への助言,勧告及び指示, H 放射
能委員会の開催の要求, x その他放射線障害防止に関して必要な事
項をその業務としている(同10条,11条)。
A 感染研においては,放射線障害防止について必要な事項を企画審議
するために,副所長,総務部長,放射能管理室長,放射線取扱主任者
等により構成される放射能委員会を設置し,所内の各階の使用施設毎
に,担当部の放射能委員をもって使用施設責任者とするとともに,別
に使用施設担当部ごとに使用場所を定めた各部担当者を置く。使用施
設責任者は,使用施設の管理業務を総括し,各部担当者と協力してR
I等の業務に従事する者に対し,RI等の取扱いについて適切な指示
を与え,また,各部担当者は,放射線取扱主任者が放射線障害防止の
ために行う指示等を業務従事者に遵守するように徹底させる。RI等
の業務に従事する者は,教育訓練及び健康診断を受けた上で登録しな
−51−
ければならない(同12条ないし14条,16条)。
(ウ) 感染研所長は,放射線障害の防止のため,放射線障害のおそれのある
場所をRI管理区域として指定する。RI管理区域に立ち入る者は,所
定の手続に従うよう定めており,特に密封していないRIを使用する非
密封RI管理区域においては,厳しい手続を定めている(同18条ない
し22条,上記取扱規則)。
(エ) RI施設の管理に当たり,放射能委員(施設責任者)及び各部担当者
は,定期的にRI施設の巡視,点検を行い,その結果,異常があれば,
その内容を放射線取扱主任者に報告し,修理等の必要な措置を講じる。
また,その所管する設備,施設について,修理,改造及び除染等を行う
ときは,放射線取扱主任者と協議の上,実験計画を作成し,感染研所長
の承認を受けて実行する(同20条ないし22条)。
(オ) 非密封RIを使用する者は,放射能委員(施設責任者)及び各部担当
者の管理の下に予防規定に定める事項を遵守し,その使用に当たっては,
あらかじめ登録申請書に使用に関わる計画を記入し,放射線取扱主任者
の承認を受ける。また,放射線照射装置を使用する者は,施設責任者の
管理の下に予防規定に定める事項を遵守しなければならない(23条,
24条)。
RIは,所定の容器に入れて所定の貯蔵室又は貯蔵箱に貯蔵するが,
その際,貯蔵室又は貯蔵箱にその能力を超えて貯蔵してはならず,特に
非密封RIを貯蔵室又は貯蔵箱に保管する場合には,容器の転倒及び破
損等を考慮し,吸収材や受け皿を使用するなど,貯蔵室又は貯蔵箱内に
汚染が拡大しないような措置を講じることとしている(25条)。
RI管理区域内においてRI等を運搬するときは,危険物との混載禁
止,転倒及び転落等の防止,汚染の拡大防止等安全上必要な措置を講じ
る(26条)。
−52−
非密封RIの放射性廃棄物は,施設責任者の指示により,その形状(固
体,液体,気体)により別々に処理する。密封RIの放射性廃棄物は,
廃棄業者等に引き渡して処理を依頼する。放射性廃棄物を焼却する場合
は,各部担当者の管理の下で,使用者が運転マニュアルに従い,専用焼
却炉を用いて行うが,その際焼却処理できる核種並びにそれらによる有
機廃液及び放射性有機廃液の上限濃度は,予防規定で定めている(28
条)。
(カ) 放射線取扱主任者,施設責任者及び各部担当者は,安全管理に係る放
射線測定機器等を常に保守し,放射線障害のおそれのある場所について
放射線の量及びRIによる汚染の状況を測定,記録し,取扱いの前後に
密封RIを装備した機器の使用施設,RI管理区域の境界及び感染研の
境界につき放射線量の測定を行う。さらに,放射線取扱主任者及び施設
責任者は,RI管理区域への立入者に対して測定用具(フィルムバッチ)
を着用させ,個人の被曝線量当量の測定を行い,その結果を記録保存す
る(29条ないし31条)。
(キ) 放射能室長及び放射線取扱主任者は,RI管理区域に立ち入る者等に
対し,放射線障害の発生を防止するために必要な教育及び訓練を実施す
る(32条)。
放射線取扱主任者は,RI等を使用する業務の従事者に対し,健康診
断を実施する(防止法23条)ほか,RIを誤って摂取した場合等には
遅滞なく健康診断を実施する。感染研所長は,業務従事者が放射線障害
を受け又は受けたおそれのある場合には,放射線取扱主任者の意見を聞
き,必要な措置を講じる(33条,34条)。
(ク) 放射線取扱主任者は,放射能委員会及び各部担当者に指示して,RI
の使用,保管,運搬,廃棄,教育及び点検等に関する記録を帳簿に記載
し,保管する(36条)。
−53−
RI等の盗難又は所在不明が発生したり,RIが異常に漏出したりし
ていることを発見した者は,直ちに関係者に通報する。その場合,感染
研所長は,その旨を直ちに,その状況及び措置を10日以内に文部科学
大臣(旧科学技術庁長官)に報告することとされている(38条)。
エ 実験動物の取扱い及び管理に関する安全確保
(ア) 実験動物の取扱い及び管理に関する安全確保については,国立感染症
研究所実験動物管理運営規程(乙87)及び戸山庁舎実験動物管理区利
用方法(乙88)を定めている。
(イ) 感染研においては,実験動物管理運営委員会を設置し,実験動物及び
実験施設の適正な管理運営をするため,実験動物の施設及び設備に関す
る事項等について調査審議する(上記管理運営規程6条,7条)。また,
動物実験施設ごとに,実験動物管理者を置いている(5条)。
動物実験施設を利用するためには,動物実験施設の管理者が行う利用
講習会を受講し,受講者名簿に登録をされる必要がある(同12条等,
上記管理区利用方法)。なお,感染実験を行う場合には,バイオセーフ
ティ委員会主催のバイオセーフティ講習会も受講する必要がある。
(ウ) そして,実験動物管理区域内で動物実験を行うときは,動物実験委員
会に対し,動物実験計画書を提出し,審査を受け許可を受ける必要があ
る。
職員等が動物実験施設の運営に重大な支障を生ぜしめた場合,感染研
所長は同利用者の登録を取り消し,その施設の利用を停止させ,講習会
の再受講を命ずることなどができる(22条)。
(エ) 実験動物は飼育室番号・実験申請者・動物種・系統名を単位として管
理されており,動物実験施設において飼育管理されている実験動物は,
原則として当該施設から搬出することはできない。また動物が入荷した
場合には納品書に記載されている動物数と一致していることを確認し,
−54−
また,動物輸送箱に残存動物がいないことを確認することになっている。
実験動物の実験処置を施したり,解剖したりする場合は飼育室に隣接
する処置室で行うが,その移動にはケージあるいは所定の容器で行い,
移動時に他を汚染することがないように,また,病原体等で汚染されて
いるエアロゾルの発生する作業を行う場合は安全キャビネット内で行う
ものとされている。そして,終了後は利用した器具・機材は清掃・消毒
することとされている。
(乙87)
(オ) 非感染実験区及び検疫区における動物の屍体は,ポリエチレンの袋に
入れ,70パーセントアルコールを噴霧して外側を消毒した後,屍体保
管室の冷凍庫に入れ,感染実験室のマウス等は,ACで高圧滅菌処理し
た後,非感染実験区の動物の屍体と同様に冷凍庫に入れることにしてい
る。そして,非感染性可燃廃棄物は,所定のゴミ箱に入れ,感染性及び
不燃性の廃棄物は,廃棄物取扱規程に従い処理される。
オ P2実験室に関する安全確保
(ア) P2実験室での安全確保は,BSL2実験室安全操作指針(乙89)
に基づいて行っている。
(イ) 感染研の各部長及びセンター長等は,P2実験室の管理運営を行い,
実験室管理責任者を指名する。実験室管理責任者は,当該実験室の実験
設備,安全装置及び運営について安全管理を行う。
病原体等を用いた作業中においては,実験室への関係者以外の立入り
を制限し,また,P2実験室の出入口にはバイオハザードマークを表示
する。P2実験室を使用するためには,バイオセーフティ講習会の講習
を受講しなければならない。
P2実験室においては,感染性材料は安全キャビネット内で取り扱う。
また,実験終了後は感染性材料等の廃棄物は,実験室に備えてあるAC
−55−
にて高圧蒸気滅菌を行うこととされている。なお,実験室管理責任者は,
保管庫ごとに保管管理責任者を決め,バイオハザードマークを表示し,
保管されている病原体等及び保管責任者の名前及び緊急連絡用電話番号
を表示する。
カ 有害化学物質の取扱い及び管理に関する安全確保
(ア) 感染研においては,有害化学物質の取扱い,保管及び貯蔵等は,国立
感染症研究所有害化学物質安全取扱要領(乙90)に従って行っている。
(イ) 感染研においては,感染研において使用する有害化学物質による職員
等に対する危害の防止及び同物質による所外環境の汚染を防止するため
に必要な事項を調査審議し,その結果を感染研所長に報告する組織とし
て,職員で構成する化学物質委員会を設置している(上記取扱要領3)。
有害化享物質の取扱いをする者(取扱者)は,使用する有害化学物質
による健康障害の予防,危険性の予防について必要な知識を有すること
とし,有害化学物質を取り扱う際には人体への暴露を防止のために,必
要に応じてマスク,グローブ,眼鏡,前掛等を用いる。有害化学物資を
実験動物に投与する際には,あらかじめ投与検体,投与法,容器の洗浄
方法及び実験終了動物の廃棄方法等を記した実験計画書を化学物質委員
会に提出しなければならない。使用済みの器具等は,有害化学物資を無
害化,又は十分回収してから洗浄し,その廃棄物は,感染研の廃棄物取
扱規程(乙91)に則って廃棄する。有害化学物質は,飛散,漏出,侵
出するおそれのない容器に収容し,それを施錠可能な戸棚等に保管する
のが通常であり,有害化学物質のうち化学物質委員会が必要と認める物
質については,その保管量を記録する。また,取扱者には所定の健康診
断を受けさせることとされている。
キ 廃棄物の取扱いに関する安全確保
(ア) 廃棄物の処理については,廃棄物の処理及び清掃に関する法律,下水
−56−
道法,組換えDNA実験指針及び感染研が定めた廃棄物取扱規程(乙9
1),「実験室廃棄物の処理について」(乙92)により行っている。
ここに「廃棄物」とは,ごみ,粗大ごみ,燃えがら,汚泥,ふん尿,
廃油,廃酸,廃アルカリ,廃試薬及び動物の屍体その他の汚物又は不要
物であって,固形状又は液状のもの(放射性物質及びこれによって汚染
されるものを除く。)をいい,「感染性廃棄物」とは,感染症を生ずる
おそれのある廃棄物のうち, i 血液,血漬,血漿,体液,血液製剤,
A 解剖等により排出される臓器組織等の病理廃棄物, B 血液等が付
着した注射針,メス,試験管,シャーレ,ガラスくず等の鋭利なもの,
C 病原微生物を使用した試験器具,培地,動物の屍体及びその一部,
v その他血液等が付着したガーゼ,脱脂綿等をいうものと定められて
いる(上記規程2条)。
(イ) 廃棄物の処理及び管理を適正円滑に行うため,感染研所長の任命する
職員により構成される廃棄物処理委員会を設置し,廃棄物処理に関して
必要な事項を審議する。また,廃棄物処理を適正に行わせるために各部
等に廃棄物管理責任者を置き,廃棄物管理責任者は,部内の廃棄物の処
理が適正に行われているか把握し,感染性廃棄物の処理に関する記録を
作成し,感染研所長に報告する(4条,5条,7条)。
(ウ) 感染研においては,感染性廃棄物を当該各部で速やかに消毒滅菌処理
し,その後,それを専門の廃棄物処理業者に引き渡して処理を委託し,
また,感染症を生ずるおそれのある病原体等を用いる実験に使用した動
物の屍体は,必ず高圧滅菌処理した後,冷凍庫で保管し,専門の廃棄物
処理業者に引き渡して処理を委託している。非感染性廃棄物については,
各研究室で収集し,滅菌した後,ラベルを貼付したビニール袋等に入れ
て廃棄物置場に保存し,専門の廃棄物処理業者に処理を委託している。
(乙57,141ないし144の各1・2,158の1・2)
−57−
ク 災害発生等の緊急時
(ア) 緊急時における,病原体等,組換えDNA実験,RI等,実験動物及
び有害化学物質の各取扱いに関する安全確保については,指定実験室安
全操作指針(乙53)及び病原体等安全管理規程(乙7O)等により,
次のとおり定めている。
(イ) 地震時の対処は,次のとおりである。
@ 中規模以上の地震が発生した場合には,地震自動感知器が作動して
中央監視室の監視盤に警報表示し,中央監視室が庁舎全体の油及びガ
スを遮断し,排水処理装置の放流を遮断する。また,感知器に連動し
てボイラーの電源を自動的に遮断する。その上で,実験者は,直ちに
実験を中止し,必要に応じ次のような処置を執る。
i 病原体等を密閉容器に封入する。
A RIは,直ちに二重構造の容器に封入する。
B 実験室諸設備は,正常確認まで使用しない。
A 実験者は,大規模地震警戒宣言が発せられたときには,直ちに実験
を中止し,器具等の固定状況等を点検し,二次災害を防止するととも
に,次のような処置を執る。
i 病原体等及び汚染物は,2パーセントの次亜塩素酸ソーダの高濃
度消毒薬槽に投入殺菌し,又は高圧滅菌器に密閉し,実験室を閉鎖
して電源を切り退出する。
A RIは,直ちに二重構造の容器に封入し,貯蔵庫に格納する。
B 警戒宣言の解除まで実験を行わず,破損の有無を差圧計で計測し,
実験室諸設備の正常確認まで使用しない。
(ウ) 火災発生時の対処は,次のとおりである。
火災が発生した場合には,自動火災報知器が作動して,防災センター,
中央監視室及びバイオセーフティ管理室の監視盤に警報表示し,報知器
−58−
に連動して給気及び排気装置並びに排水及び排気装置が自動的に廃止
し,廃水処理装置の放流及び防火ダンパーの扉閉を自動的に行い,その
上で,ク(イ)A のi及びAの処置を行う。さらに,病原体等を取り扱う実
験室内をハロン消化器を用いて消火するとともに,消防署等に連絡し,
また,庁舎内の他区域に火災が発生した場合には,直ちに実験を中止し,
病原体等を密閉容器に封入し,非常事態解除まで実験を行わないことに
している。
(エ) 停電時の対処は,次のとおりである。
停電の場合には,非常灯が点灯し,非常用自家発電装置が自動的に作
動し,指定実験室の安全機能の電源を確保する。実験者は,直ちに実験
を中止し,病原体等を密閉容器に封入し,RIを直ちに二重構造の容器
に封入する。そして,停電復旧後も,実験室の諸設備が正常に戻ったこ
とを確認するまでそれを使用しない。
(オ) 機械故障時の対処は,次のとおりである。
安全キャビネットの排気系統又は実験室の給排気系統に故障が生じた
場合,あるいはHEPAフィルターに目詰まりが生じた場合等には,送
風機,差圧計,室内差圧又は微差圧計で異常の表示がされ,警報装置が
作動する。この場合,実験者は,直ちに実験を中止し,病原体等を密閉
容器に封入し,安全キャビネット内に消毒薬を噴霧して,その前面開口
部を閉鎖するとともに,必要に応じて実験衣を脱ぎ,手足等をアルコー
ル等で消毒した上で退出する。また,RIについては,直ちに二重構造
の容器に封入して貯蔵庫に格納する。事故復旧後も,実験室の諸設備の
正常を確認するまでは使用しないこととしている。
(カ) 実験操作上の事故発生時の対処は,次のとおりである。
@ 実験室内で外傷その他によりレベル2ないし4の病原体等が職員等
の体内に入った可能性がある場合,実験室内で安全設備の重大な欠陥
−59−
が発見された場合,レベル2ないし4までの病原体等により実験室内
が広範に汚染された場合又は職員等が健康診断の結果,レベル2ない
し4までの病原体等による異常が認められた場合等には,直ちに実験
操作指針に基づき必要な措置を執ると同時に,部長,バイオセーフテ
ィ管理室長等にこれを通報しなければならない。
通報を受けたバイオセーフティ管理室長は,直ちにこれを感染研所
長に報告し,速やかに所要の応急措置を講じる。また,感染研所長は,
必要があると認めたときは汚染区域を設定し、その一定期間の使用禁
止及び適切な事後処理を講じることを命じ,その場合,事故の内容,
汚染区域及び事後措置の内容等を職員に周知させる。
A 病原体等又はRIにより実験室内が汚染された場合,バイオセーフ
ティ管理室は,事故状況等を各実験室に連絡し,状況により中央監視
室が当該実験室の給排気を緊急停止させる。そして,実験者は,直ち
に実験を中止し,RIを二重構造の容器に封入して貯蔵庫に格納する。
また,病原体等により汚染された場合には,必要に応じてヘパマス
クを装着し,インターホーン等で危害防止主任者及びバイオセーフテ
ィ管理室等に通報の上,吸湿性消毒用タオルをかぶせて周辺に消毒薬
を噴霧し,静置後拭き取りその周辺を含めさらに消毒薬を噴霧する。
実験衣を脱いで手足等をアルコール等で消毒して退出する。必要に応
じてホルムアルデヒドを発生させて退出し,24時間静置した後,ア
ンモニアで中和し,活性炭フィルターで処理希釈廃棄する。退出後,
遮蔽盤を閉じて実験室を密閉状態にする。そして,汚染の除去を確認
するまでこれを使用しない。
さらに,RIによる汚染の場合には,放射線取扱主任者及びRI管
理室等に通報し,病原体等を密閉容器に封入し,サーベーメーター等
で汚染源等の有無を確認して除去し,汚染の除去が確認できるまで実
−60−
験室を使用しない。
(キ) 緊急対策本部の設置とその役割
感染研所長は,地震又は火災等による災害が発生し,病原体等の安全
管理に関し,安全管理規程等によることができないと認めたときは,直
ちに感染研所長,副所長及びバイオセーフティ管理室長等で構成する緊
急対策本部を設置する。緊急対策本部は,病原体等の逸出の防止対策等
の必要な措置について指揮又は処理する(病原体等安全管理規程18,
19条)。
緊急対策本部が設置されるまでの間は,バイオセーフティ管理室長又
は部長等が緊急事態に即応した所要の措置を講じるとともに,速やかに
緊急事態の内容及び範囲並びに緊急時措置の内容等を感染研所長に報告
しなければならない(18条2項)。
緊急対策本部は,病原体等に関する安全性が確認され,緊急事態が解
消したときに解散する(19条4項)。
(4) 感染研における保守点検
ア 感染研においては,専門業者との間で,P3実験室空調設備点検整備工
事,P3施設安全キャビネット点検及びHEPAフィルター交換工事,P
3細胞系動物系実験室ホルマリン薫蒸消毒作業,P3排水滅菌処理装置分
解点検作業,P3細胞系動物系フィルター交換工事,高圧蒸気滅菌装置性
能検査整備,放射能実験室等清掃及び測定業務,低温冷蔵室設備保守,空
調設備用自動制御装置保守,排水処理設備保守,ねずみ・昆虫等駆除及び
調査,室内空気環境測定業務,上下水道水質測定業務,電気設備や空調調
和設備等の点検,整備等の総合管理業務,放射線実験施設排水設備及びモ
ニタリングシステム保守,受変電設備監視システム保守,自家発電機設備
保守,蓄電池設備保守,消防用設備保守,出入管理システム保守,一般廃
棄物収集運搬処理,産業廃棄物収集運搬処理,特別管理産業廃棄物(感染
−61−
性廃棄物)収集運搬及び処理,実験動物等収集運搬及び焼却処理等の業務
を委託し,保守点検を確保している(乙121ないし144の1・2)。
イ さらに,感染研においては,P3実験室,RI管理区域及び実験動物管
理区域の日常点検を行い,安全性を確認している(乙145の1〜12,
146の1〜6,147の1〜7)。
4 控訴人らが主張する危険性について
(1) はじめに
ア 本訴において控訴人らが主張する侵害行為は,被控訴人の設置に係る感
染研(戸山庁舎)の保有する病原体等の外部周辺地域への排出,漏出等な
いしはその可能性をいうものであることは上記のとおりである。確かに,
感染研が戸山庁舎で行っている病原体等に係る実験等の研究活動に照らし
て,ひとたび病原体等が何らかの原因によって外部に排出,漏出等される
ような事態が発生すれば,回復は事実上極めて困難であって,最悪の場合
には甚大な被害を招来する危険性があることは否定し得ないところである
から,本件において病原体等の排出,漏出等によって控訴人ら周辺地域の
住民等に感染し,その生命,身体,健康等を侵害する具体的な危険性が存
在するか否かを判断するに当たっては,特に病原体等による感染の危険性
という点に留意しなければならないことは上記のとおりである。この点を
踏まえた上で,これまでみてきた感染研,戸山庁舎における基本的な安全
設備,P3・RI・P2等の安全施設,病原体等の取扱い・管理,組換え
DNA実験・RI・実験動物・P2・有害化学物質等の取扱い・管理,災
害発生時の緊急対策等によれば,安全確保のために必要と思料される諸設
備,従業者教育及び管理体制等が整備確保されているものと評価すること
ができるのであり,感染研の行う病原体等を保管,使用するなどの過程に
おいて,病原体等が外部に排出,漏出等されて,控訴人らの生命,身体,
健康等を侵害する具体的な危険性があるものとは認め難いところである。
−62−
なお,控訴人らは,差止請求について,本件における被侵害利益の性質,
内容,予測される侵害の規模,感染研の潜在的危険性を考えれば,侵害発
生の可能性が現実化したときは,被害の発生を阻止することは不可能であ
るから,侵害の程度及び侵害行為の態様の如何を問わず,一律に差止請求
が認められるべきであると主張する。確かに,本件においては,生命,身
体,健康等という人間の生存にとってかけがえのない極めて重大な利益が
対象とされており,かつ,控訴人ら主張の侵害行為が感染研の保有する病
原体等の漏出等ないしその可能性をいうものであって,病原体等が外部に
漏出等する事態が生ずれば,最悪の場合には極めて甚大な被害が生ずる危
険性があることは否定することができない。したがって,差止請求が認め
られるか否かの判断に当たっては,このような特殊の事情を十分配慮する
必要があることは当然であるとしても,それ故に上記差止請求の基本的な
判断枠組みを,控訴人ら主張のように変更すべきものとは考えられない。
控訴人らの主張に従えば,生命,身体,健康等を侵害する可能性が一般的,
抽象的に存在すれば,それ自体によって当然に差止請求を認めることにな
り,他の諸事情を総合考慮した上で受忍限度の存否を判断する余地はない
ことになる。しかし,差止請求においては,既に述べたとおり被侵害利益
と侵害行為の態様,その企図する法益との比較衡量等によって受忍限度の
範囲内か否かを判断すべきものである。また,控訴人らは,立証責任は被
控訴人にあると主張するが,具体的な危険性の存在は,差止請求の要件と
解されるから,採用することができない。
そこで,以下において,控訴人らが主張する点について順次検討するこ
ととする。
控訴人らは,バイオハザードには,(ア)病原体等の漏出等につき的確な
検出方法がなく,(イ)病原体等が増殖するため,被害が伝染拡大し易い傾
向にあり,(ウ)感染しても,すぐに発病せず,潜伏した状態であることも
−63−
多く(不顕性),(エ)組換えDNA実験により生み出された未知のもの等
からの被害を受ける可能性がある上,そうしたものには対処法を発見する
ことが遅れ,処置ができない可能性があり,未知の病原体等によって被害
が発生した場合,被害との因果関係が明確でないといった特徴があるとし
て,感染研の研究活動にはバイオハザード発生の危険性があると主張し,
また,予防原則の原理からして,科学的に確実な知見や合意が存在しない
ことを理由に予防措置を執ることを引き延ばしてはならないと主張する。
イ 病原体等は,感染微生物,寄生虫及びその産生する毒性物質,発がん性
物質,アレルゲン等の生物学的相互作用を通じて危害を及ぼすものであっ
て,個体及び地域社会に及ぼす危険度は,その病原性,治療法,予防法,
伝播可能性等よって異なっており,バイオセーフティレベルの分類基準に
よればレベル1から4までに区分されており,極めて多種多様なものが包
含されている。しかも,病原体等が現に漏出等しているか否かを正確に確
認することは,現代の最先端の科学技術をもってしても極めて困難である
と考えられる上,病原体等の中には,病原性,伝播性が強いものもあり,
仮に感染しても,一定期間発病しない病気もあるし,今日においても未確
認の病原体等がなお存在することも考えられる。また,組換えDNA実験
については,未解明の分野であるだけに課題も多い。感染研作成に係る「病
原体等が人に感染した場合の生命に対する影響」(乙41)によっても,
各病原体等によって,生命・身体・健康等への影響,予防・治療法,常在
性,感染経路(空気感染,飛沫感染,経口感染)はそれぞれ異なっており,
漏出等及び感染の予防が非常に難しい問題であることを窺わせるものであ
る。それだけに,被控訴人,とりわけ感染研においては,病原体等が漏出
等しないよう,現代の最新の科学的知見に基づく安全管理体制の構築とそ
の見直し作業が強く求められている。そして,適正,円滑に安全管理業務
を遂行するためには,その実情を地域住民を始めとする国民一般に広く情
−64−
報公開等して,その理解と協力を得ることが最も重要であると考えられる。
控訴人らの上記主張は,このような意味において重みのある指摘であり,
傾聴に値するものである。
しかしながら,控訴人らの主張する点については,感染研における安全
管理体制が適正,円滑に行われる限り解決することが可能であって,いず
れも行政施策の問題であるということができる。これに対して,本件差止
請求は,司法上の救済を求めているものであるから,法律上差止請求が認
められるための要件は何かについて検討しなければならない。
本件差止請求が肯定されるためには,上記のとおり控訴人らの受忍の限
度を超えていることが必要であるところ,病原体等が現に外部の周辺地域
に排出,漏出等されており,あるいはその可能性があり,それによって周
辺地域に居住等している控訴人らに感染してその生命,身体,健康等を侵
害する具体的な危険性が発生している場合には,受忍限度を判断する上で
の公共性等の他の要素の比重が相対的に低くなり,受忍限度を超えるもの
と判断すると解するのが相当である。バイオハザードに控訴人ら主張のよ
うな性質,特徴等があるとしても,それはその一般的,抽象的危険性を指
摘するものではあっても,そのこと自体から直ちに控訴人らに対する危険
性が現実化しているとすることはできないから,そのことのみによっては
本件差止請求を肯定することはできないのであり,控訴人ら主張の予防原
則は行政施策としては尊重すべきであるとしても,本件差止請求の成否を
判断する際の原則になるものではない。上記検討のとおり,病原体等はそ
れ自体において危険性を有するものであるが,問題はその被害発生をいか
に防止するかにかかっているものであるところ,感染研における研究活動
等によって,病原体等が排出,漏出等されており、あるいはその可能性が
あり,それによって控訴人らの生命,身体,健康等を侵害する具体的な危
険性があると認めることはできないといわざるを得ないのである。
−65−
控訴人らは,バイオテクノロジーの危険を繰り返し主張し,この分野の
研究過程の一つとして行われてきている組換えDNA実験により生み出さ
れるものについての危険を強調し,専門家もその旨を指摘しているとして,
それに沿う証拠を提出している(甲459中の本庄重男「バイオテクノロ
ジーがもたらす負の影響」,原審原告芝田等)。これらは,いずれも組換
えDNA食晶等のバイオテクノロジーにより生み出されるものの危険性を
訴えているものである。組換えDNA実験が最先端の科学技術に属し未知
の分野が多々あるとしても,人類の生命,食糧,環境等に関わる重要な基
礎的技術の一つとして今世紀における高度の有用性は世界的に承認されて
いるところである。感染研においては,その安全対策は,組換えDNA実
験指針,大学等の研究機関等における組換えDNA実験指針,組換えDN
A実験実施規則に則って行っていることは上記のとおりである。したがっ
て,組換えDNA実験が上記指針等に従って適正に行われている限り,そ
れによって直ちに控訴人らの生命,身体,健康等に具体的な危険性をもた
らすとまでは認められない。
ウ 上記認定を踏まえて,感染研の研究活動等に伴い,控訴人らの主張する
病原体等の排出,漏出等ないしはその可能性があるか否か,また,その結
果として,感染研の研究活動等により控訴人らの生命,身体,健康等が侵
害される具体的な危険性があると認められるか否かについて,更に個別に
検討を加えることとする。
(2) 感染研の設備について
ア 戸山庁舎で使用される設備
(ア) HEPAフィルターについて
@ 控訴人らは,被控訴人がHEPAフィルターによって病原体等を9
9.97パーセント以上(安全キャビネットに使用されるものでは9
9.99パーセント以上)除去することができるとしていることに疑
−66−
問があるとし,仮にそのとおりの除去効果があるとしても,実験に用
いられる病原体等の個数は無限大に近いから,その99.999パー
セントを捕捉できても,結局,無限大に近い数の病原体等が漏出等す
ることになるから,HEPAフィルターを通過した排気等であるとし
てもなお危険であると主張する。
しかしながら,まず,P3実験室においては,HEPAフィルター
を実験室の吸気口,安全キャビネット・実験室天井の各排気口に設置
し,さらにダクトにも設置しており,排気は,安全キャビネットの排
気用HEPAフィルターを経てダクト内に流れるものと,各実験室天
井のHEPAフィルターを経てダクト内に流れるものがあり,それら
が合流してダクト内のHEPAフィルターで更に捕集処理された上
で,屋上排気口から放出される仕組みになっている(乙15の20)。
ちなみに,改訂WHO指針では,実験室からの排気は,高性能粒子含
有空気(HEPA)用フィルターを通して排出することが望ましい,
HEPAフィルターを通して排出されるクラスT又はクラスUの安全
キャビネットからの排気は,直接又は建物のシステムを通して外に排
出しなければならない,この場合は,安全キャビネット又は建物の排
気システムの空気バランスが狂うことのないように連結して排気しな
ければならないと定めており(乙47),戸山庁舎の上記捕集処理は,
この改訂WHO指針よりも優れているということができる。HEPA
フィルターは,間隙の多い繊維層からなっており,慣性・拡散効果等
の複数の捕集原理を利用して,HEPAフィルター内の個々の繊維で
粒子を捕捉する。気流に乗って接近してきたエアロゾルが,その慣性
によって気流から外れ,繊維に衝突して捕捉され,この場合は粒径が
大きいほど捕集効率が高くなる。また,小さい粒径のエアロゾルはブ
ラウン運動によって高濃度から低濃度に向かって拡散する性質があ
−67−
り,HEPAフィルターの繊維表面付近の粒子濃度が零になることか
ら,これによって繊維に接触して捕捉され,この場合は粒径が小さい
ほど捕集効率が高くなるとされる。捕捉しにくい大きさの粒子(0.
3μm)でも99.97パーセント(安全キャビネットに設置したH
EPAフィルターについては99.99パーセント)以上捕捉し得る
高い性能を有しており,ほぼ完全な捕集が期待できるものと評価して
差し支えないから,それよりも大きい粒子の捕集効率がそれよりも低
率になることは考えられない。
証拠(乙151,153,154)によれば,平成14年11月,
P3実験室の安全キャビネットに設置しているHEPAフィルターに
つき,DOP粒子を使用して行った検査結果によれば,99.99パ
ーセントの捕集効果を有していること,一次HEPAフィルターにつ
いてされた検査結果は,いずれの測定地点における捕集効率が99.
97パーセントを超えていたこと,また,二次HEPAフィルターに
ついても,平成12年度,14年度の検査結果は,いずれも捕集効率
が99.99パーセント以上であったことが認められる。
これに,感染研における病原体等,組換えDNA実験,有害化学物
質及び廃棄物等に関する取扱い及び安全キャビネットの定期検査,H
EPAフィルター性能試験等の安全管理対策の運用状況に照らせば,
控訴人らが主張するように高度の性能を有するHEPAフィルターを
使用しても(特に,P3実験室には,実験室天井部分ないし安全キャ
ビネットの一次HEPAフィルターとダクト部分の二次HEPAフィ
ルターが二重に設置されている。),なお病原体等が実際に排出,漏
出等し,又はその可能性があるものと認めることは困難であり,した
がって,漏出等によって控訴人らが感染する具体的な危険性があると
は認められない。他に控訴人らの主張を裏付けるに足りる証拠はない。
−68−
控訴人らは,エアロゾルは空気の流れのまにまに漂っているのであ
って,空気の流れに守られて捕捉しにくくなり,更に大きくなれば再
び捕捉され易くなる,被控訴人は,捕捉効率の良い0.3μmない
し0.5μmのエアロゾルについての性能を評価し,捕集効率の悪い
部分については評価しないで切り捨てている,HEPAフィルターの
使用によりすべてのエアロゾルが事実上除去できるとはいえない,H
EPAフィルターは,細菌より小さな粒子のファージは通過し,ファ
ージより小さなウイルスは通過する可能性があり,HEPAフィルタ
ーの有効性能は確認されていないなどと主張する。
乙第153号証の「平成12年度国立感染症研究所・バイオセーフ
ティ施設フィルター交換作業報告書」の,実験室(4)の測定位置18及
び19の一次HEPAフィルターに関する資料によれば,1μm前後
の粒子の捕集効率が悪くなること,検査測定を3回行っているところ,
残留塵埃粒子を誘因したのであれば,測定毎にフィルターを通過した
気体が優勢となり,残留塵埃粒子は次第に減少してしかるべきである
と考えられるが,検査結果によると,残留粒子は0.3ないし0.5
μm粒子の増加とともに増加する傾向にあることが認められる。
しかしながら,控訴人らが主張する,エアロゾルは空気の流れのま
にまに漂っているのであって,空気の流れに守られて捕捉しにくくな
り,更に多くなれば捕捉され易くなるという点については,上記のエ
アロゾルに関する捕集原理(慣性,衝突,拡散の三原理によって粒子
が捕捉されるもの)とは異なる独自の見解である上,HEPAフィル
ターについては,従来から最も捕集しにくいとされている粒径は0.
1μm前後あるいは0.08μm(乙25,69)と考えられてい
ることに照らしても,上記控訴人らの主張は,合理的な根拠に基づか
ないものといわざるを得ない。また,控訴人らが指摘する検査結果は,
−69−
他の測定位置,例えば実験室(1)の測定位置3や実験室(6)の測定位置2
3については,控訴人らの主張とは異なる傾向を示しており(乙15
3),平成13年度の現場実験結果における実験室(3)の測定位置13
のデータによれば,粒径0.8μmあたりの粒径の捕捉効率が低く
なるところがあると推定されており,必ずしも粒径が一定していない。
平成14年11月の現場試験の前までは,パーティクルカウンターに
接続するフレキシブルチューブを,ダクトに設置された防火ダンパー
用の点検口からHEPAフィルターの下流約1メートル付近まで差し
込んで測定しており,フレキシブルチューブの先端がHEPAフィル
ターの下流側約1メートル付近に来るように調整して測定していた。
しかし,より正確なデータを収集するため,平成14年11月の現場
試験においては,HEPAフィルターの設置箇所にDOP検査用の測
定口を設置し,HEPAフィルターの下流側約10センチメートルの
位置で測定する方法に改めた。その結果,平成12年度の現場試験結
果に比較して,全体的に粒子の捕捉数が減少しており(乙154),
ここで採用されている測定方法は,測定口付近の空間における空気中
の粒子を測定するものであって,この空間における空気のすべてがH
EPAフィルターを通過した空気ではなく,ダクト内の塵埃を零にす
ることはできない(乙155)。これらのことからすると,従前の現
場試験において顕出された0.5μmを超える粒子は,HEPAフ
ィルター下流側のダクト部分から吸引した塵埃である可能性を否定す
ることができない。控訴人らは,実験室(6)の測定位置23においては,
3回の測定でいずれの粒径も正比例に近い形で減少していることか
ら,これらの粒子は,フィルターを通ったものであり,ダクト部分で
吸引した塵埃ではないと主張するが,この主張は,ダクト内の塵埃が
一定量であることを前提にするところ,このような前提が成立すると
−70−
認めるに足りる証拠はなく,また,この結果のみをもってそのように
判断することはできない。以上に照らすと,上記の試験結果は,エア
ロゾルに関する控訴人らの主張を裏付けるものと評価することはでき
ない。
控訴人らは,HEPAフィルターからの漏出率が0.03パーセン
トであるとしても,1分間に700ないし14個の病原体等が漏出し,
実際に感染研が取り扱っている病原体等の漏出量は更に多くなり,病
原体等の総数量は年間約720ミリリットルに達し,これに細胞感染
実験,動物感染実験による感染動物体内での増殖等を考えると,漏出
する病原体等の数値は更に多くなると主張する。
しかしながら,控訴人らの主張は,その前提として感染研において
取り扱う病原体等の全培養量が1年問で使用され,病原体等のすべて
がエアロゾル感染の可能性を有し,かつ,すべての実験でエアロゾル
が必ず発生するものと措定しているものであるところ,感染研におい
て年間約720ミリリットルもの病原体等を使用していることを認め
るに足る証拠はなく,控訴人らが前提としている高濃度の病原体等が
含まれる液を使用していることを認めるに足りる証拠もない。感染研
が実験に使用する病原体等は,その保管しているものの一部であり,
菌濃度が1ミリリットル当たり10の10乗という高濃度の病原体等
液を使用していると認めるに足りる証拠もない。。各病原体等によっ
てヒトに対する病原性の程度,感染経路等が異なり,また,すべての
病原体等がエアロゾル感染の可能性を有するものではない。感染研が
扱う病原体等のうちエアロゾル感染の可能性があるのは,化膿レンサ
球菌のみであり,これは事前に塩酸処理されるから,実験時には生菌
は存在しない(乙41,94)。しかも,病原体等はその性質に応じ
て,所定の段階で一定時間の加熱滅菌処理等の化学的処置を施すこと
−7l−
によって完全に死滅,不活化させており,それによって生菌を含むエ
アロゾルはほぼ存在しなくなると考えられる。さらに,エアロゾル化
率(取り扱った微生物のうち,何個がエアロゾル化して空気中に液出
するかを示す率)についてみると,代表的な実験操作である,超音波
処理,ブレンダー,液滴を落とす,ピペットによる混和,遠心器ロー
ターの汚染,Vortex ミキサー,浮遊液を入れた瓶を振とうする,
凍結乾燥アンプルを折る,乾燥した試料を別の試験管に移す,試験管
の綿栓を外す,白金耳を火炎に挿入するといった方法を比較すると,
エアロゾル化率はそれぞれの方法によって異なり,特に Vortex
ミキサーの場合にはエアロゾル化率は零となっているし,発生しない
に等しい実験操作方法も存在するのである。そして,現在は,病原体
等の操作には,ピペットは使用しておらず,容ねじ(スクリューキャ
ップ)付きのサンプリングチューブを使ってミキサーにかけて攪拌し
ている( Vortex ミキサーによる方法)から,エアロゾル化率は
零か極めて低いことになる(甲186)。しかも,エアロゾル粒子の
うち感染性がある粒径は一定の大きさに限られており,感染するには
一定以上の量が必要であって微量では感染しないとされており,病原
体の個数のみから感染性が定まるものではないのである(乙23,7
8)。その上,P3実験室については,上記のとおり二重のHEPA
フィルターを設置し,病原体等が感染性を保っているのは一定の期間
内に限られており,また,実験室内は滅菌処理しているほか,上記の
とおりの安全管理を行っているのである。
このようにみてくると,感染研戸山庁舎において病原体等が外部の
周辺地域に現に排出,漏出等しており,又はその可能性があり,それ
によって控訴人らに感染する具体的な危険性があると認めることは困
難であって,控訴人らの主張は漠然たる抽象的な危険性をいうものに
−72−
過ぎず,科学的根拠を欠くものであるといわざるを得ない。病原体等
が外部に排出,漏出等する可能性があることを科学的には完全に否定
することができないとしても,その漏出等の数量は僅かであり,それ
が更に紫外線によって不活化されること等を考慮すると,漏出等した
病原体等によって控訴人らが感染する具体的な危険性があるとまでは
いうことができない。
したがって,控訴人らの上記主張は採用することができない。
A 控訴人らは,HEPAフィルターには欠陥品が多く,同フィルター
の使用により十分な性能を有しなくなる,規格に従った検査をしてい
ない,規格を遵守していないなどにより病原体等が漏出等する可能性
があると主張し,検査済みのHEPAフィルターでも多数の欠陥があ
るとする報告書(甲330)を提出している。
しかしながら,上記のとおり,感染研では,HEPAフィルターの
設置時及びその後の定期又は臨時の検査の都度,HEPAフィルター
について検査をして常に性能の保持を図っている。上記のとおりDO
P粒子を使用した検査結果(平成14年度の安全キャビネットについ
ては乙151,その他については乙154)によっても,その性能が
保持されていることが認められ,他にHEPAフィルターの性能に欠
陥があることから病原体等が漏出等したり,その可能性があると認め
るに足りる証拠はないから,控訴人らの上記主張は採用することがで
きない。
(イ) 滅菌処理装置
控訴人らは,ACやホルマリン消毒等によっても,病原体等が完全に
死滅するわけではないから,病原体等が漏出等する可能性があると主張
する。
しかしながら,上記のとおり,高圧蒸気滅菌器において決められた温
−73−
度で決められた時間滅菌処置し,ホルマリンで消毒すれば,通常病原体
等は死滅し,病原体等が漏出等することはないということができるので
あって,このような滅菌処置及び消毒処置をもってしても,なお病原体
等が漏出等する可能性があることを裏付けるに足りる証拠はないから,
同主張は採用することができない。
なお,控訴人らは,決められた温度で決められた時間滅菌しない場合
には,病原体等が完全には死滅していないおそれがあり,そのような可
能性があり得ることからすると,病原体等が漏出等する可能性があると
も主張し,決められた滅菌・消毒方法を誤るなどした場合に危険性が生
ずることを指摘するが,上記のとおりの方法によりレベルに応じて滅菌
・消毒を行うことが戸山庁舎指定実験室安全操作指針,病原体等安全管
理規程等において明確に決められて,またそのための教育もされている
ことに照らすと,病原体等が漏出等する危険性はないものということが
できる。
イ 戸山庁舎の立地及び配置について
(ア) 控訴人らは,@ 感染研戸山庁舎において危険度の最も高いP3実験
区域からの排気につき,高さ20メートルの位置にある戸山庁舎6階の
2か所の排気口から毎時3640立方メートルのP3RI系統の排気を
排出しており,特に南側の排気口については,障害者福祉センター敷地
の境界から約30センチメートルの至近距離から排出し,また,南側の
2台の排風機からは毎時6万3220立方メートル又は毎時2万604
0立方メートルのRI区域及び動物実験室系統からの排気を排出し,さ
らに,火災時にP3実験区域に隣接する廊下を含む区域から出る煙を南
側の排出口から排出している,A 感染研は,災害時の避難場所に指定
されている障害者福祉センター及び早稲田大学等に隣接しているとこ
ろ,二次災害防止に必要な空地及び緩衝地帯として有効な距離が確保さ
−74−
れていない,B 動物実験施設が他の研究施設と分離されておらず,動
物防疫上問題があると主張する。
しかしながら,上記のとおり,戸山庁舎からの排気については,HE
PAフィルターで病原体等をほぼ完全に除去した後,庁舎外へ排出する
構造になっており,高い安全対策が講じられているのであり,HEPA
フィルターによっても,なお病原体等を完全には除去できない可能性が
あるとしても,そのことにより控訴人らの生命,身体,健康等を侵害す
る具体的な危険性を生ずるものとはいえず,他に感染研の排気から漏出
等した病原体等によって控訴人らの生命,身体,健康等が侵害される具
体的な危険性が存在するものと認めるに足りる証拠はない。
戸山庁舎が障害者福祉センター及び早稲田大学と近接しており,動物
実験施設が他施設と分離されていないとしても,上記のとおり排気中に
排出される病原体等が原因となって控訴人らが感染する具体的な危険性
があるとは認められないのであるから,控訴人ら主張の上記のような立
地環境,施設構造等によって直ちに病原体等感染の具体的な危険性があ
るということはできない
したがって,控訴人らの排気に関する主張は採用することができない。
(イ) 平面計画及び立面計画
@ 控訴人らは,戸山庁舎においては動物,病原体及びRI等の実験研
究区域への搬入動線が廃棄物の搬出動線と交錯しており,これは,清
浄なものの動線,汚染物の動線が交差しないように設計計画を立案し
なければならないという原則に反するものであり,また,動物実験室
(地下1階)及びP3動物実験室(地下2階)は,清浄廊下と汚染廊
下の区別,動物等の出入りの動線の区別がされておらず,危険である
と主張する。
しかしながら,控訴人らが主張するとおりの構造であるとしても,
−75−
それは施設の動線配置上の問題点を指摘するものであって,それだけ
では戸山庁舎から病原体等が漏出等して,そのために控訴人らが病原
体等に感染する具体的な危険性があることを裏付けるものとはいえな
い。上記のとおり戸山庁舎では,廃棄物等は滅菌処理後,専門の処理
業者に委ねて処分しており,また,受入れについても,上記の手続を
踏むこととしているのであるから,それでもなお,病原体等が漏出等
し,又はその可能性があり,そのために控訴人らに具体的危険性が生
じていると認めるに足りる証拠はない。
したがって,控訴人らの上記主張は採用することができない。
A 控訴人らは,戸山庁舎のP3管理室及びRI管理室が専用の防火区
画とされておらず,そのために火災発生時に活動拠点ないし活動支援
室になり得ないし,また,P3実験区域,P3動物実験区域及びRI
実験区域が室毎に防火区画されていないこと等から,地下2階は火災
時に病原体等が漏出等する可能性があると主張する。
しかしながら,上記指摘は,各管理室専用の防火区域について問題
点を述べるものであるが,上記のとおり,戸山庁舎が耐火・防火設備
を有し,P3実験室及びRI実験区域は,全体として防火区画とされ
ており(各実験室を防火区画としないことが「96基準」に反しない
ことは,上記のとおりである。),また,火災等緊急時の行動手順等
についても,規程等により詳細かつ具体的に定められている。そうで
あるとすれば,実験室ないし実験区域が室毎に防火区画とされていな
いとしても,それが原因となって病原体等が漏出等する可能性がある
ということはできず,控訴人らの主張は採用することができない。
控訴人らは,感染研においては,火災や爆発事故を防止するために
ドラフトチャンバーを設置しているものの,その安全基準を定めてい
ないばかりか,その性能についても排気ファンの点検をしていないと
−76−
主張する。
しかしながら,控訴人ら指摘のとおり安全基準が定められていない
などの問題があるとしても,それは運用に係る事柄であって,そのこ
とを原因として病原体等が漏出等し,あるいは漏出等する可能性があ
るということはできない。
(ウ) 空調,換気及び排煙設備
@ 控訴人らは,戸山庁舎においては,P3実験室内が狭く,安全キャ
ビネットが密に配置され,給排気口及び安全キャビネットが近接して
いることから,封じ込めの前提である安全キャビネットの前面開口部
の気流の均衡が崩れる可能性があると主張する。
しかしながら,控訴人らが主張するように感染研におい七安全キャ
ビネットが密に設置されており,そのために気流の均衡が崩れること
を裏付けるに足りる証拠はない上,安全キャビネットは,前面開口部
と排気口を有し,前面開口部から流入する気流が汚染されたエアロゾ
ルの流出を防止し,HEPAフィルターによってろ過された層流の清
浄な空気が実験室内に供給されるシステムになっているから,仮に,
P3実験室内の安全キャビネットから病原体等が漏出等する可能性が
あるとしても,P3実験室自体が厳密に封じ込められていることから
すれば,漏出等した病原体等が更に実験室外にまで漏出等し,それが
原因となって控訴人らが感染する具体的な危険性があると零では認め
られないから,控訴人らの主張は採用することができない。
A 控訴人らは,P2実験室内の空気についてはHEPAフィルターが
設置されておらず,停電等で安全キャビネットが停止した場合,病原
体等が漏出する可能性がある,P3実験施設上部のISS内には,P
3系統ではない地下1階の検疫動物室とつながっている管が貫通して
いることから,ISS内での災害が他系統に広がる可能性があると主
−77−
張する。
しかしながら、P2実験室内においては,安全キャビネットを使用
しており,仮に実験室に病原体等が漏出等しても,直ちにそれが実験
室外にまで漏出等するとはいえない。また,ISSは,実験室とは関
係のない日常の点検修理のための空間に過ぎないから,P3施設から
の排気とは関係がなく,ISSの排気から病原体等が漏出等するとは
考え難いし,上記のとおり,P3区域からの排気は,HEPAフィル
ターを通ることにより,仮に病原体等が含まれていたとしても,捕集
した上で排出するのであるから,控訴人らの主張するような具体的な
危険性があるとは認められない。
B 控訴人らは,戸山庁舎においては,P3区域には排煙とともに病原
体等が漏出等する可能性があるたやに排煙設備を設置していないの
に,P2施設等には排煙窓を設置しているため,P2施設からは病原
体等が漏出等して控訴人らに感染する具体的な危険性があると主張す
る。
しかしながら,火災時には上記のとおり定められた処置を執ること
になっており,それによって病原体等が漏出等する可能性は低く,控
訴人らに感染する具体的な危険性があるとは認められないから,控訴
人らの主張は採用することができない。
(エ) 衛生設備
控訴人らは,戸山庁舎地下2階に設置されている受水槽及び同屋上に
設置されている高架水槽の設計用水平震度が0.6であり,本件耐震基
準(1.5)を満たしておらず,そのため大地震が発生した場合には,
水槽が破損するなどの危険性があり,また,地下2階の排水管は水損を
嫌う電気室及び監視室を通っているので,水損によりこれらの設備が損
傷する危険性があると主張する。
−78−
しかしながら,控訴人らの指摘は,水槽が破損するおそれがあるとい
うものに過ぎず,それによっていかなる危険性が現出するかについて明
らかにしているものではない。戸山庁舎の設備については,上記のとお
りすべて耐震構造が施されている上,仮に,受水槽及び高架水糟が破損
したとしても,それだけで病原体等が漏出等し,それが原因となって控
訴人らが感染する具体的な危険性があるとはいえないし,また,電気室
及び監視室を排水管が通っているとしても,そのことから病原体等が漏
出等し,それが原因となって控訴人らが感染する具体的な危険性がある
と認めることもできない。したがって,控訴人らの主張は採用すること
ができない。
(オ) 排水処理設備
@ 控訴人らは,動物系を除くP2実験室の排水は,一次滅菌を行わず,
そのまま地下2階排水処理室において薬剤投入による中和を行い,排
水する仕組みになっているのであるから,この排水は滅菌又は消毒し
ないまま,公共下水道に放流していることになり,病原体等が漏出等
する可能性があると主張する。
しかしながら,上記のとおり,P2実験室からの排水(実験を終了
し,手袋を外した後の手洗い水,各種消毒液及び消毒済みの液等)は,
一般動物実験室の排水として排水されるところ,原水槽において薬液
槽から0.5ないし10ppm程度の濃度の次亜塩素酸ナトリウムが
注入され,塩素消毒され,さらに調整槽,沈殿槽を経て消毒槽に送ら
れ,ここで酸中性次亜塩素酸カルシウムが加えられて塩素消毒をした
後公共下水道に排出される仕組みになっているから,滅菌処理が施さ
れており,病原体等が実際に漏出等したり,漏出等する可能性は極め
て少なく,それが原因となって控訴人らに感染する具体的な危険性が
あるということはできない。
−79−
A 控訴人らは,不測の事態が起きた場合の排水処理についての備えが
不十分であり,例えばP3区域の排水については,排水滅菌処理槽で
は予備は一槽しかなく,公共下水道が損壊した場合等には,各室から
の排水を流せなくなる,あるいは動物排水処理系統の槽の容量は,公
共下水道への放流が不可能になった場合の対応がされているとはいえ
ないなどと主張する。
控訴人らの主張は,上記のような事態が起きた場合でも通常時と同
様に排水が行われることを前提にしていると解されるが,上記のよう
な事態の下では,異なる処理が行われることは上記のとおりであって,
主張の前提を欠くものである上,排水処理上の問題が原因となって病
原体等が漏出等したり,その可能性があり,それにより控訴人らに感
染する具体的な危険性があると認めることはできない。
(カ) 電気設備
控訴人らは,「96基準」によれば,大地震後において,設備機能を
確保するため,商用電力の途絶対策に配慮することとし,途絶対策とし
て自家発電設備を設置する場合の容量,連続運転可能時間及び燃料備蓄
量については甲類及び乙類の分類に応じて決定すると定めているとこ
ろ,ここにいう甲類に分類された施設においてその確保すべき自家発電
設備の全負荷における連続運転可能時間及び燃料備蓄量は,前者が大地
震後に商用電源の復旧に要する時間とし,その想定が困難な場合は1週
間程度とし,後者が上記復旧に要する時間又は燃料の補給に要する時間
のうち,短い方とし,その想定が困難な場合は72時間程度とされてい
るのであるが,戸山庁舎においては72時間しか確保されていないので
不足している上,冷却水の容量からすれば,この72時間すら確保でき
ない可能性が高く,その結果として,病原体等が漏出等する可能性があ
ると主張する。
−80−
確かに,甲類に分類された施設につき自家発電設備を設置する場合の
容量,連続運転可能時間及び燃料備蓄量について,控訴人らが指摘する
よう解説(「官庁施設の総合耐震計画基準及び同解説」甲5O5)が
存在するが,研究機関である戸山庁舎が直ちに上記分類に該当するか否
か明らかではないが,いずれにしても大地震が発生した場合の電力確保
に関する目標であって,現在の設備がそれに適合しないからといって,
直ちに「96基準」に違反し,研究機関としての安全管理機能が損なわ
れているということにはならないし,当然のことながら,それによって
病原体等が漏出等したり,又はその可能性があり,それが原因となって
控訴人らに感染する具体的な危険性があるということはできないから,
控訴人らの主張は理由がない。
(キ) RIの管理
@ 控訴人らは,RIモニターが,警報設定値を超える高い濃度のベー
タ線ガスを測定したことから(甲527),蒸気配管とFケーブルに
配管上のミスがあり,引火・爆発事故の可能性があると主張する。
しかしながら,そのような測定結果から、直ちに控訴人らの主張のよ
うな引火・爆発等事故が発生する可能性があることを認めるに足りる
証拠はなく,ケーブル配管上の問題が原因となって控訴人らに感染す
る具体的な危険性があるということもできないから,控訴人らの主張
は理由がない。
A 控訴人らは,戸山庁舎の管理区域の壁にはクラック,ひび割れが見
られるところ,これらは建物の強度及び安全性に重大な影響を与える
ものであると主張する。
しかしながら,仮に控訴人ら主張のとおり管理区域にクラック及び
ひび割れがあるとしても,それが建物そのものの強度及び安全性に影
響を及ぼす程度の状況に至っており,地震災害等に対して必要な耐震
−81−
性能が確保されていないことを認めるに足わる証拠はない。したがっ
て控訴人らの主張は理由がない。
B 控訴人らは,RI排気HEPAフィルターについて,メーカーは交
換値を差圧50mmAgとしているところ,被控訴人が60mmAg
を超えても捕集効率に影響がないと述べていることからすると,RI
排気ガスが漏出している可能性があると主張する。
しかしながら,フィルターのメーカーが設定した交換値を超える数
値が直ちに危険であるということはできず,設置されたフィルターの
損耗の程度を日常的に観察して専門的な見地から合理的に判断するほ
かはないのであって,被控訴人主張の交換値が正当な数値ではなく危
険であることを認めるに足りる証拠はない。したがって控訴人らの主
張は理由がない。
C 控訴人らは,RI排水設備の排水槽には大量のヘドロ,スラッジが
流出する恐れがあり,また,希釈槽の溜水が逆流するおそれがあると
主張する。
しかしながら,ヘドロ等は保守点検時に清掃することが予定されて
いるのであり,(乙130の1・2),その点検時までの間に流出する
可能性があることを認めるに足りる証拠はなく,また,希釈槽の溜水
が逆流するおそれがあることを認めるに足りる証拠もない。したがっ
て,控訴人らの主張は理由がない。
D 控訴人らは,平成14年2月26日に放射線が漏出したと主張する
が,実際に放射線が漏出したことを認めるに足りる証拠はない。
(ク) 非常時のP3実験施設の安全性
@ 控訴人らは,停電時には,P3実験室及び同室内の安全キャビネッ
トの排気ファンが稼働しない上,非常用発電器で稼働す陰圧保障フ
ァンも,常時稼働しているファンに比べて能力が10分の1以下と低
−82−
いので,安全キャビネットの前面開口部の封じ込めに必要な風速を確
保できないおそれがあると主張する。
しかしながら,上記のとおり,停電時には,非常用自家発電装置が
自動的に稼働して,P3実験室等の指定実験室の安全機能の電源が確
保される一方,職員は,直ちに実験を中止して,病原体等を密閉容器
に封入し,停電復旧後は,諸設備の正常が確認されるまで使用しない
取扱いになっている。したがって停電時には実験はされないから,実
験時に必要な常時稼働するファンと同様の能力のファンを備える必要
は認め難い上,非常用自家発電装置によってファンが稼働するから,
安全キャビネットの排気ファンの稼働確保に支障はない。したがって,
排気ファン等の性能不足が原因となって病原体等が漏出等し,それに
よって控訴人らが感染する具体的な危険性があるということはできな
い。
A 控訴人らは,火災時には,i 空調機,給排気ファンは自動火災報
知設備との連動により停止し,A 多種多量の危険物及び可燃物があ
るため,バーナー等も扱う庁舎内では,躯体に囲まれた空間内の可燃
物が燃えて煙が出る可能性が高いのに,戸山庁舎には排煙装置やスプ
リンクラー等が設置されていない,B P3管理室等は,独立の防火
区画とされておらず,火災時の活動拠点ないし活動支援室とはなり得
ないと主張する。
しかしながら,上記認定のとおり,火災発生時には,自動火災警報
器が作動して防災センター,中央監視室等の監視盤に表示され,給排
気装置及び排水処理装置の稼働が自動的に停止するとともに,職員は,
直ちに実験を中止し,病原体等を高濃度消毒薬槽に投入して殺菌し又
は高圧滅菌器に密閉して実験室を閉鎖するなどの措置が講じられてい
る。したがって,火災時に排気,排水,排煙等によって病原体等が漏
−83−
出等して控訴人らに感染する具体的な危険性があるということはでき
ない。
B 控訴人らは,給排気系に異常が感知され,陰圧保障ファンに切り替
わる時点で既に物理的封じ込めが消滅されたのと同様の状態になると
主張する。
しかしながら,上記のとおり,災害(地震,火災,停電,機械の故
障,実験操作上の事故)が発生した場合,P3実験室等の指定実験室
における装置の稼働対応及び職員の執るべき緊急措置については,必
要な体制が整備されており,職員は,直ちに実験を中止し,病原体等
を密閉容器に封入するなどの措置を執ることになっているから,物理
的封じ込めが機能しない状態(控訴人の主張が具体的にどのような
危険状態を指すのか必ずしも判然としない。)になることを裏付ける
に足りる証拠はない。
C 控訴人らは,地震時には,@ ないし B のすべての事態が起こり得る
上に,建築構造体等の耐震性にも問題があると主張する。
しかしながら,@ないしBの主張が理由のないことは既に述べたと
おりであり,戸山庁舎及び設備の耐震性については,後記のとおり具
体的な危険性は認められないから,控訴人らの同主張は理由がない。
D 控訴人らは,安全キャビネットについても,大地震時に構造的に変
形又は破損をもたらさないことの確認がされておらず,規格も大地震
時に起こり得る力が想定されていないとして,汚染空気が安全キャビ
ネット内から漏出等する可能性があると主張する。
しかしながら,安全キャビネットは,安定度試験(転倒試験・ねじ
れ試験,作業台のひずみ試験,傾き実験)を経ていることからすると
(乙69),それ自体ある程度の強度を有するものと考えられる。控
−84−
訴人らの主張は,大地震時において安全キャビネットが破損する可能
性を指摘するに止まり,具体的な根拠を示して病原体等が漏出等する
可能性があることを主張するものではないのであって,そのような可
能性をもって,控訴人らが病原体等に感染する具体的な危険性がある
ということはできなしい。
ウ 戸山庁舎の耐震性
(ア)控訴人らは,戸山庁舎が,「87標準」を受けて平成8年に策定さ
れた「96基準」を満たしておらず,建築物として危険であると主張
する。
しかしながら,仮に「96基準」に合致していない部分があるとして
も,同基準に合致しないとする構造が,いかなる内容,程度において合
致しておらず,それによってどのような影響を及ぼすのかが明らかにさ
れない限り,戸山庁舎から病原体等が漏出等し,あるいは漏出等する可
能性があり,その結果控訴人らが感染する具体的な危険性があると認め
ることはできない。戸山庁舎においては,上記のとおり大地震等の災害
発生に備えた対策が講じられているのであるから,控訴人らにおいては,
それにもかかわらず,戸山庁舎における感染研の研究活動に伴って病原
体等が漏出等して感染する具体的な危険性があることを個別的に立証す
る必要があるものと解するのが相当である。
(イ)そこで,以下において,控訴人らが耐震基準違反として指摘する具体
的な事実によって,病原体等が漏出等し,あるいは漏出等する可能性が
あり,そのために控訴人らが感染する具体的な危険性があると認められ
るか否かについて検討することとする。
@ 控訴人らは,戸山庁舎の設計時に基準とされた「87標準」とその
後に策定された「96基準」を比較すると,「96基準」では,その
−85−
規制が、次の@ないし Cのとおり強化されているところ,戸山庁舎に
ついては,「96基準」の策定後,庁舎の耐震性の調査及びこれに基
づく耐震性の強化を講じていないから「96基準」を満たしておら
ず,そのために病原体等が漏出する具体的な危険性があると主張す
る。
@ 戸山庁舎は,「96基準」においては,建築構造体I類,すなわ
ち,構造体について,大地震動後,構造体の補修をすることなく建
築物を使用できることを目標とし,人命の安全確保に加えて十分な
機能確保が図られるものに該当する(第4章),「87標準」にお
いては,重要度係数(建築物に加わる地震力の大きさを表す係数)
を1.2としていたが,「96基準」においては,保有水平耐力の割
増しを1.5とした。
A 「87標準」においては,層間変形角(各層の層間変異をその層
の高さで除した価)を125分の1以下としていたが,「96基準」
に,おいては,200分の1以下とした。
B 戸山庁舎は.「96基準」においては,大地震動に対する建築非
構造部材の耐震安全性の分類をA類とする施設,すなわち、大地震
動後,災害応急対策活動を円滑に行う上,又は危険物の管理の上で,
支障となる建築非構造部材の損傷,移動等が発生しないことを目標
とし,人命の安全確保に加えて十分な機能確保が図られるものに該
当する(第4章4.3)。「87標準」においても,「人命の安全確
保」を果たすために一定の設計用標準水平展度を必要としていたが,
「96基準」においては,上記の目標を達成するため,必要とする
設計用標準水平震度をより厳しくしている。
C 戸山庁舎は,「96基準上においては,建築設備の耐震安全性の
分類を甲類とする建築設備,すなわち,大地震動後の人命の安全確
−86−
保及び二次災害の防止が図られているとともに,大きな補修をする
ことなく,必要な設備機能を相当期間継続でさることを目標とする
ものに該当する(第4章4.1)。「87標準」においては,安全
確保及び二次災害の防止程度の耐震性を目標としていたが,「96
基準」により,より強度の耐震性を要求されることとなった。
このように,官庁施設の総合耐震計画標準は,「87標準」から「9
6基準」に変更されているが, i については,「87標準」の重要度
係数が「防災拠点となる施設等について災害時に必要な機能,活動の
程度に応じ必要とされる安全性を確保するため,構造耐震指標に乗ず
るべき安全係数」(乙34)であるのに対し,「96基準」の重要度
計数は,「建築物に要求される機能及びそれが位置する地域的条件に
応じて,大地震動により建築物に生じる変形を抑制するとともに,強
度を向上させるための係数」である(甲471)から,両者は異なる
概念であり,それを捨象して単純に各数値を比較して耐震性を論ずる
ことはできないし,「96基準」で用いられた保有水平耐力とは,架
構の一部,又は全体が地震力により崩壊メカニズムを形成した状態での
柱,耐力壁及び筋交いが負担する水平せん断力の和として求められる
数値であり(甲471),「87標準」における重要度係数とは概念
を異にするものであって,これを単純に比較して論ずることはできな
い。 A については,層間変形角は,「87標準言では1/125以下
とされ(乙34),「96基準」では1/200以下とされている(甲
471)ところ,戸山庁舎における層間変形角は,{87標準」に基
づく構造計算によれば1/125以下であり(甲561,562),「9
6基準」に基づく構造計算によれば1/200以下であって,いずれ
も基準を満たしている(乙28,120)。 B 及び C については,人
命等の安全確保の見地から建築非構造部材及び建築設備に関する基準
−87−
を規定したものであり,「96基準」が,「87標準」と比較して飛躍
的に強化されているということもできないし,「87標準」の耐震性
に問題があると断定することもできない。なお,「96基準」の制定
以前に設計,建設された官庁施設で,同基準を満たしていない可能性
のある施設については,施設の機能等を考慮して耐震診断を実施し,
その結果目標に達していない施設については,優先的に改修等の措置
を講ずることとしている(第6章)。
控訴人らは、戸山庁舎の研究実験棟1階,2階,4階,共用厚生棟
地F1階(いずれもX方向)の保有水平耐力は,「96基準」で要求
されている基準に不足しており,このように基準を満たしていない場
合には,地震のときに病原体等が漏出等する可能性があり,控訴人ら
に感染する具体的な危険性があると解すべきであると主張する。
しかしながら,X方向について,研究実験棟の1,2階の保有水平
耐力の割合及び共用厚生棟の地下1階の正方向加カの保有水平耐力の
割合は,1.33ないし1.36であったが(乙120),このこと
が,直ちに病原体等の漏出等の可能性を意味し,そのことによって控
訴人らが感染する具体的な危険性を生じるということはできない。ま
た,この部分についても,大地震動後,構造体の大きな補修をするこ
となく建築物を使用できることを目標とし,人命の安全確保に加えて
機能確保が図られているのであるから,病原体等の保管方法等につい
て必要な措置を講じることにより,その漏出等を防ぐことが十分に可
能であるし,そのために保管庫の施錠,支持金物による固定,転倒の
防止等の措置が講じられている(乙164,なお,控訴人らは,これ
らの措置による効果がいかなる程度のものであるか不明であると主張
するが,いずれもP3実験室においては,その床,壁等にベルトやボ
ルトで固定されていることからすると,これらの措置によって転倒防
−88−
止の効果は十分にあるものということができる。)。以上に照らすと,
上記の部分についで「96基準」に満たないところがあるとしても,
控訴人らが主張するような感染の具体的な危険性があるものというこ
とはできない。
A 控訴人らは,過去の災害記録又は事前の地盤調整等を基に,地震,
津波による災害危険度の判定を行うことが重要であるとされていると
ころ,戸山庁舎では,災害危険度の判定は行われていないから危険で
あると主張する。
しかしながら,戸山庁舎において,設計時に耐震設計をしており,
耐震安全性は確保されていると考えられるが,それでもなお,地震,
津波等の災害に見舞われた場合,耐震力の不足が原因となって病原体
等が外部に漏出等する可能性があることについては,これを認めるに
足りる証拠はなく,控訴人らの主張は理由がない。
B 控訴人らは,「96基準」においては,災害応急対策活動に必要な
施設等の敷地は,災害応急対策活動等を考慮した広さ及び形状とし,
その配置は,災害応急対策活動時等に十分機能するよう計画するもの
とされているところ,戸山庁舎の敷地は狭小であるし,災害応急対策
活動に必要な施設及び避難所となるために要求される十分な緩衝地帯
等を設けていないので危険であると主張する。
しかしながら,戸山庁舎の専用部分及び共用部分の延床面積は約3
万1700平方メートル,建物敷地面積は約6400平方メートル(敷
地全体の面積は1万9112平方メートル,乙10,76)であり,
災害応急対策活動等に必要な敷地及び配置が確保されているものと考
えられる。上記控訴人らの主張は,漠然としたものであり,具体的に
いかなる根拠で敷地が狭小であり,配置に問題があるとするのか,ま
た,どのような理由で災害応急対策活動等に支障が生じ,その結果,
−89−
控訴人らに危険性が生じるとするめか明らかではないし,その裏付け
となる証拠も提出されていないから,控訴人らの上記主張は理由がな
い。
C 控訴人らは,戸山庁舎が災害応急対策活動に必要な施設であるにも
かかわらず,水,食料及び電気等を確保し,備蓄する室等がなく,ま
た,浸水に対する配慮もされていないなどと主張する。
しかしながら,後記のとおり,実験施設から病原体等が漏出等する
ことなどがないようにするため,必要な水及び電気等を備えているか
ら,災害応急対策活動に際してもこれを活用することはできるし,専
ら応急対策活動専用の水等を備蓄していないからといって,そのこと
が原因となって病原体等が漏出等し,控訴人らに感染する具体的な危
険性があると認めることはできず,控訴人らの上記主張は理由がない。
D 控訴人らは、大地震発生後においても機能する必要がある設備,機
器及び配管等は,水損被害を受け難い場所に設置すべきであるのに,
戸山庁舎では,機械室,電気室,P3実験施設及びRI室等が地下2
階にあり,また,電気室の隣室には,耐震性の不足する受水槽が設置
されていて水損事故の可能性があり危険であるなどと主張する。
しかしながら,機械室等が地下2階にあることが,その設置場所,
方法について大地震発生後の対処として定めているところに違背して
いるということはできないし,また,上記認定のとおり,戸山庁舎に
おいては,不測の災害発隼に備えている。控訴人らが指摘する受水槽
が「96基準」の設計用標準震度を満たしていないとしても,上記の
とおり主要機器については転倒防止の措置が執られ耐震性を強化して
いるのであり,受水槽が破損したとしても,受水槽の水が隣室の電気
室に流入し,水損事故を起こす可能性があることを示す証拠もないの
であって,控訴人らの上記主張は理由がない。
−90−
E 控訴人らは,大地震の発生に備えて,発電気室の換気は機械換気に
頼らず,自然給排気ができるように配慮すべきであるところ,戸山庁
舎では,機械換気方式が執られており,また,相当期問分の飲料用水
や雑用水を確保し,水源について多様化を図り,必要な場合には給水
系統の配管を二系統化したり,また,飲料水系統への対処として、地
震後5日以上の貯留期問を想定する場合等には,滅菌装置を設置する
などの対応を執るべきであるのに,このような措置は執られていない
から,これによって病原体等が漏出等する可能性があると主張する。
しかしながら,発電気室の給排気方法について,戸山庁舎において
は,これを機械的に行うことで陰圧を保ち,その滅菌等を行っている
ところ,これは,むしろ白然給排気の場合よりも病原体等の漏出防止
に有用といえるから,上記主張は根拠がないし,相当期間の飲料用水
及び雑用水の確保等は,災害時の一般的な給水及び排水の問題であっ
て,病原体等の漏出防止対策とは関係のない事柄であり,他に控訴人
らの主張する病原体等が漏出等する可能性を認めるに足りる証拠はな
いから,控訴人らの上記主張は理由がない。
F 控訴人らは,戸山庁舎のような甲類の施設の給水系統では,重要機
器について耐震設計を行うこと,受水槽,高置水槽又は必要な吸水管
分岐部には,地震感知により作用する緊急給水遮断弁等を設置するこ
とが必要であるが,戸山庁舎では,このような設備を設置していない
し,また,水槽の耐震性が不足していると主張する。
しかしながら,上記のとおり,受水槽及び高置水槽が「96基準」
の設計用標準震度を満たしていないとしても,主要機器については,
転倒防止のための措置が執られている。また,「96基準」は,官庁
施設のすべてに適用されるものであり,甲類の建築設備を備える建築
設備の耐震性の目標は,大地震後の人命の安全確保及び二次災害の防
−91−
止が図られるとともに,大きな補修をすることなく,必要な設備機能
を相当期問継続できることにある。控訴人らの指摘する部分は,給水
系統について,信頼性が高く,早期復旧が容易なシステムとするとし
ている箇所である。これらの内容に照らせば、同基準の目標を満たし
ていないとしても,それが原因となって病原体等が漏出等する可能性
があるとの結論に結び付けるのは、合理的な根拠のある見解とは認め
難く,控訴人らの上記主張は理由がない。
G 控訴人らは,「96基準」においては,排水管を重要室等の室内及
びその天井等を通さないとしているのに,戸山庁舎においては,地下
2階の監視室及び電気室内に排水管が敷設されているから危険である
と主張する。
しかしながら,この点も他の主張と同様に控訴人らの主張は,戸山
庁舎の「96基準」の適合性に関して指摘しているに過ぎず,それに
よって生ずる具体的な危険性及びその危険性発生の機序等が明らかに
されていないし,上記認定判断したとおり,各室については,水損発
生のおそれは認め難く,監視室及び電気室内に排水管が敷設されてい
ることによって病原体等が漏出等する可能性があると認めるに足りる
証拠もないから,控訴人らの上記主張は理由がない。
H 控訴人らは、「96基準」においては,危険物を貯蔵使用する施設
については,法規上必要な防災機能に加え,火災や浸水等の二次災害
が発生しても危険物に影響の及ぶことを防止し,収納容器や使用設備
が転倒や落下等の被害を受けないようにするなどの多重の安全措置を
付加する必要があるが,戸山庁舎においては、かかる措置が執られて
おらず,現状ではP3施設の火災によっても,病原体等の漏出等の可
能性があると主張する。
しかしながら、上記のとおり,病原体等、RI及び有害化学物質等
−92−
の危険物の保管及び使用については、厳しく管理しており,また,火
災等の災害が起きた場合の対策も定めているほか,主要機器について
は,転倒防止の措置を講じており、仮に危険物が容器から漏れるよう
な事態が発生したとしても,安全性を確保できるように物理的封じ込
め施設を設置しているのであるから,このような体制でもなお,控訴
人らの主張するような病原体等の漏出等の可能性があると認めるに足
りる証拠はなく,控訴人らの上記主張は理由がない。
I 控訴人らは,「96基胸によれば,同基準制定以前に設計,建設
された官庁施設についても,その耐震安全性確認のため,施設の機能,
社会的影響度,地域的条件等を考慮して,緊急度の高い施設から優先
的に耐震診断を実施すること,また,その診断の結果,耐震安全性が
目標に達しないと判断された場合は,緊急性の高い施設から優先的に
改修等の措置を講じることとされているところ,戸山庁舎は、「96
基準」を明らかに満たしていないのに耐震診断を実施していない上,
何ら改修等の措置を講じていないと主張する。
しかしながら,戸山庁舎は,「87標準」に基づいて設計,建設さ
れた官庁施設であるところ,「96基準」に基づいて構造計算を行い,
構造体の耐震安全性について確認した結果,「96基準」における構
造体の耐震安全性の分類によるT類(大地震後,構造体の補修をする
ことなく建築物を使用できることを目標とし,人命の安全確保に加え
て十分な機能確保が図られるもの)に該当し,その重要度計数は1.
5とされ,必要保有水平耐力に対する保有水平耐力の割合は慨ね基準
値を上回っていることが明らかになった。そうすると,「96基準」
に基づいて戸山庁舎の耐震診断をしていなかったこと,改修工事がさ
れていないことは,耐震安全性の観点からは何ら問題がない上,耐震
診断等がされていないことが原因となって病原体等が漏出等し,控訴
−93−
人らに感染する具体的な危険性があると認められるわけではないか
ら,控訴人らの上記主張は理由がない。
(ウ) 上記のとおりであり、戸山庁舎の耐震安全性,「96基準」との適合
性等に関する控訴人らの主張は,いずれも理由がないというべきである。
エ 建築基準法違反
控訴人らは,戸山庁舎の所在地は,建築時には第二種住居専用地域であ
ったから,近隣の居住環境を害するおそれのある用途が主である研究施設
は建築できない地域であったところ,戸山庁舎は,その研究内容,利用形
態,事務所施設の規模等からして,上記研究施設に該当し,また,同地域
は,現在では第一種中高層居住専用地城となり,より建築用途が制限され
ていることからも,戸山庁舎は,上記地域規制に係る用途に反しており,
建築基準法に違反する建築物であると主張する。
しかしながら,戸山庁舎は,建築基準法に基づく建築確認を得るととも
に,官庁施設の総合耐震計面基準に則って建設されたものであり,関係法
令,規則等に違反する施設ではない。仮に控訴人らの主張によっても,そ
れが原因となって具体的にいかなる経緯によりに病原体等が漏出等し,又
は漏出等する可能性があるとするのかについては,何ら明らかにされてい
ない以上,それだけでは控訴人らに感染する具体的な危険性があるという
ことはできないから,控訴人らの上記主張は理由がない。
(3) 感染研の運用における危険性
ア 病原体等安全管理規程
(ア) 控訴人らは,戸山庁舎における研究活動については,周辺地城の環境
に対する安全対策が皆無である上,感染研は,病原体等安全管理規程が
求めている詳細な安全操作指針等を定めておらず,同規程を遵守してい
ないから,病原体等が漏出等する可能性があると主張する。
しかしながら,上記のとおり,戸山庁舎に封じ込め設備を設置し,同
−94−
設備に対する安全性の点検を行っているほか,病原体等安全管理規程及
びそれに基づいて制定した各称実験指針等に従って運用する体制が執ら
れている。したがって,これを前提として安全管理システムの機能及び
それによって生ずる病原体等の漏出等の具体的な危険性を論ずベきであ
るところ,控訴人らが主張するところは,病原体等が漏出等するおそれ
があるという漠然とした不安をいうものであって,病原体等安全管理規
程等に対するいかなる不備,欠陥によって病原体等が漏出等する可能性
があるかについて的確な主張を展開しているものではないし、証拠を検
討しても,病原体等が漏出等する可能性があり,それが原因となって控
訴人らが感染する具体的な危険性があるとは認められない。また,メデ
ィカル・コンタクトカードの携行が義務付けられていないなど病原体等
安全管理規程等が守られていないとの点についても,それだけで病原体
等が漏出等する可能性があるということはできない。
さらに,控訴人らは、停電時,火災時には,通常の実験終了手順を踏
むことができないと思われるので,汚染された空気が安全キャビネット
内から漏出する危険性があるし,通常時には二重に照合チェックした上
で解除される電気錠を備えるP3及びRI管理区域でも,停電時には,
通常時と同様に同設備が作用するとはいえないし,火災時には,予防衣
の着脱,手洗い及び履き物の交換等の初歩的な事項を行う余裕のないま
まに避難するなどによって病原体等が漏出等する可能性があるなどと主
張する。
しかしながら、停電,火災,地震等の災害が発生した場合に備えて,
緊急対策が講じられていることは上記のとおりであり,それらが遵守さ
れる限り病原体等が漏出等するおそれはないと考えられる。控訴人らの
指摘は,漏出等の抽象的な可能性があるというに過ぎず,科学的な根拠
を伴わないものであり,それによって病原体等が漏出等して,控訴人ら
−95−
が感染する具体的な危険性があるという結論を導き出すことはできな
い。
(イ)人為的ミスについて
控訴人らは,人間は必ずミスを犯すものであり,仮に実験者が熟練し
ていて15年に1度しかミスを犯さないとしても,病原体等を扱う職員
が100人いれば,ミスのない年は1000年に1年しかないことにな
るから危険であるなどとも主張する。
しかしながら,これも具体的に根拠を示した上での指摘ではなく,計
算に基づく論旨として述べているものであって,仮にこの見解に従って
みたところで,ミスの内容,程度等は多種多様であって,このような漠
然とした概念を前提に,病原体等が漏出等して控訴人らが感染する具体
的な危険性があると認めることはできない。控訴人らの上記主張は,具
体的な危険性ではなく,一般的抽象的な危険性をいうに等しく,これを
是認することになれば,100パーセントの安全性を立証し,100パ
ーセントの違法性の不存在を立証することを被控訴人に求める結果とな
り,不法行為法の理論としても採用することはできない。
イ WHO指針等違反
(ア)控訴人らは,WHO指針等がバイオセーフティに関する一般的な指針
として策定され,その後もWHO及び世界各国において規制が厳しくな
っていること等からすれば,WHO指針等が法的な拘束力を有し,それ
に違反すれば,本件差止請求の違法性を基礎付けることになるところ,
戸山庁舎においては,WHO指針等に違反している点が多々あることか
ら,感染研の運営に当たる被控訴人の違法性が認められると主張する。
しかしながら,改訂WHO指針(乙47,64,65)は,微生物実
験室において,感染性微生物あるいはこれを含む研究・検査材料を取り
扱う職員の安全性を確保すること等を目的として、必要と考えられるす
−96−
べての事項について指針を示したものであり,その項日は,感染微生物
の危険度分類基準,危険度に応じた実験操作手順,実験室の設計・設備
基準,実験室職員の健康管理、汚染の除去・廃棄,実験動物施設,生物
学的安全キャビネットの使用方法,試料・感染材料の取扱い,事故・緊
急時の安全対策要綱,消毒・滅菌,実験器具の使用法,バイオハザード
対策(安全キャビネット,ピペッター等),化学物質・火気・電気の取
扱い,組織体制・講習,安全チェックリスト等広範に及んでいる。WH
O指針では,生物学的安全性を始め,その他の危険性,物理化学的危険
性,放射線被曝の危険性に言及していたが,改訂WHO指針では,さら
に,火気・電動装置・有害化学物質の危険性と安全措置方法に関する最
新の技術的情報を提供するものとしている。そして,各国における特定
の病原体及び実験操作の基準が異なり,実験施設等,教育水準等につい
て相違があることを前提とした上で,これらの情報が将来の安全基準の
策定や既存の安全墓津の改訂に役立つことを期待している。こうした指
針の意義,趣旨は,各項目について示された記述の随所に表れている。
このようにみてくると,WHO指針等は,各国におけるバイオセーフテ
ィ対策が異なっていることを前提とした上で,各国においてWHOが提
供する最新情報に基づいて新たな安全基準を策定することを期待してい
ることが明らかであり,WHO指針等は,そのための情報提供として作
成されたものであると考えられる。したがって,WHO指針等は,各国
において最大限尊重され遵守されるべきものではあるが,それ自体法的
な拘束力を有するものであるとはいえない。しかし,その指針における
高度の知見及び世界各国における汎用性等にかんがみ,その重要性には
何ら変わりはなく,本件においても差止請求の判断に当たって考慮すべ
き要素であると考えられる。
(イ) そこで,以下において控訴人らがWHO指針等の違反として主張する
−97−
事実の有無及びこれらの事実によって病原体等が漏出等して控訴人らが
感染する具体的な危険性の有無について検討する。
@ 控訴人らは,WHO指針等で求められている実験作業を安全に行う
ための十分な空間が戸山庁舎には存在しないと主張する。
しかしながら,空間不足の問題点と病原体等の漏出等との関係が主
張されておらず,それによってどのような経過を辿っていかなる具体
的な危険性が発生するというのか明らかではなく,それだけでは具体
的な危険性を認めることはできない。
A 控訴人らは,WHO指針等では,施設の壁,天井及び床は消毒薬等
の化学物質や滅菌剤に耐性のあるものでなければならないのに,戸山
庁舎の天井及び壁には消毒液等の液体が浸透する石膏ボードを使用し
ていると主張する。
しかしながら,仮に石膏ボードには消毒剤等が浸透しやすいとして
も,それによりどのようにして,どの程度病原体等が漏出等する可能
性があるのかを判断することは困難であり、他にその発生を具体的に
裏付けるに足りる証拠はないから,控訴人らの主張は理由がない。
B 控訴人らは,WHO指針等では,実験室内に塵がたまらないように
できる限り水平面を避けるべきであるとされているのに,戸山庁舎の
P2実験案内の窓側にはコンクリート製の水平な出っ張り部分が存在
すると主張する。
しかしながら、このような出っ張りがあることは証拠上明らかでな
い上,WHO指針等は実験室内の清潔さを保つために設けられたもの
であって,水平面部分を設けることが許されないとしているわけでは
なく,出っ張り部分の存在によって病原体等が漏出等する可能性を裏
付けるに足りる証拠はないので、控訴人らの主張は理由がない。
C 控訴人らは,WHO指針等では,P2実験室の扉を閉めるように求
−98−
めているのに,戸山庁舎では,扉の下に隙間があり,危険であると主
張する。
しかしながら,密閉されていないことは認められるにしても(証人
山崎),そのことによって、どのような具体的な危険性が発生するの
かも定かではなく,同主張は理由がない。
D 控訴人らは,WHO指針等では,緊急シャワーや目の洗浄器の設置
を求めているのに,戸山庁舎では,これを設置していないと主張する。
しかしながら、WHO指針等は化学物質の汚染に対する対策である
上,戸山庁舎では,必要に応じて目を洗うなどの運用による感染防止
策を執っており(証人北村,証人山崎),他に同指摘との関係で漏出
等の可能性を裏付けるに足りる証拠はないので,控訴人らの主張は理
由がない。
E 控訴人らは,WHO指針等では,救急室を身近なところに設置する
ことを求めているところ,戸山庁舎では,1階に医務室があるに過ぎ
ないと主張する。
しかしながら,戸山庁舎は,地上6階地下2階建の建物であり,1
階に医務室があるから(乙13の6),同指針等に反しているとはい
えず,これらの指針等は救急体制上の配慮に基づくものであって,医
務室の位置関係から直ちに病原体等の漏出等の可能性があることを結
論付けることはできないから,控訴人らの主張は理由がない。
F 控訴人らは,WHO指針等では,実験室の扉に国際バイオハザート
標識を掲示することを求めているところ,戸山庁舎では,これを掲示
していないと主張する。
しかしながら,上記のとおり,戸山庁舎では,指定実験室及びBS
L2実験室において取り扱う病原体等の名称及びレべル等を記載した
標識を定めて表示することとしている上(病原体等安全管理規程14
−99−
条2項),同表示がないことによって病原体等が漏出等する可能性に
結び付くわけではないから,控訴人らの主張は理由がない。
G 控訴人らは,WHO指針等では,実験室内で発生した汚染材料及び
標本類等は,滅菌後色の付いたコード付きプラスチック袋に納めるよ
うに要求しているところ,戸山庁舎では,このような措置を執ってい
ないと主張する。
しかしながら,戸山庁舎では,滅菌した材料等については,袋につ
めた後滅菌確認テープを付けていること(乙57)からすると,WH
O指針に反しているともいえず,また上記のとおり,戸山庁舎では,
汚染された材料や標本等について,その場で高圧蒸気滅菌し,密閉容
器に封入して処理しており,控訴人らが指摘することによって病原体
等が漏出等する可能性があるものと認めることはできない。
H 控訴人らは,WHO指針等では,野生ネズミ等の動物及び昆虫等の
侵入を防止すること,節足動物対策として冷却施設を用意すべきこと,
媒介動物発見時に当局へ報告を義務付けているが,かかる措置はいず
れも執られていないと主張する。
しかしながら,上記のとおり,実験室及び実験動物等が保管されて
いる場所に至るには,多数のドアを通過しなければならず,侵入等は
できない構造になっており,それとは別途に野生動物等が出入りして
病原体等が外部に搬出等する事態を想定して,そのことを理由に病原
体等が漏出等して控訴人らに感染する具体的な危険性があるというこ
とはできない。
I 控訴人らは,WHO指針等では,実験室内で事故を起こしたり,感
染材料に接触し,又は接触した可能性がある者に対し,監督者へ直ち
に報告し,その記録を保存することを要求しているのに,戸山庁舎で
は,P2レベルではこのような報告及び記録を義務付けていないと主
−100−
張する。
しかしながら,戸山庁舎では,レべル2の病原体等についても通報
を義務付け,直ちに応急措置を講じ,職員等に対して事故の内容,汚
染区域及び事後措置の内容等を周知することとしている上(病原体等
安全管理規程17条),控訴人らが指摘する報告等がされなかったと
しても,それによって病原体等が漏出等する可能性があるということ
はできないから,控訴人らの主張は理由がない。
J 控訴人らは,WHO指針等では,実験動物施設で動物に咬まれ,負
傷したときにけがの程度を問わずにすべて報告することを求めている
のに,戸山庁舎では,現場の判断に任されているに過ぎないと主張す
る。
しかし,実験には病原体等による感染のおそれのない動物しか用い
ないのであるから,戸山庁舎ではそのような動物のみが搬入されて保
管され,しかも庁舎内では動物の逃走等ができない構造になっている。
実験後の動物,実験器具等の処理の際にも,滅菌処理を行い,実験操
作中に事故が起きた場合等体内に病原体等が入ったおそれがある場合
には,部長,バイオセーフティ管理室長等に通報することを定めてお
り,通報を受けた部長,バイオセーフティ管理室長等は,感染研所長
にそれを報告し,応急措置を講じることとしているから,控訴人らの
主張は理由がない。
K 控訴人らは,WHO指針等では,職員の家族が診察を受けている医
師の最新の名簿の管理及び診断を受けた職員について病気に関する適
切な記録の保管を求めているが,戸山庁舎では,このような措置をと
っていないと主張する。
しかしながら,これは職員等の病気に関する管理体制に係る事項で
あって,仮にこのような措置を執っていないとしても,それにより病
−101−
原体等が漏出等して控訴人らに感染する具体的な危険性が生じるわけ
ではないから,控訴人らの主張は理由がない。
L 控訴人らは,WHO指針等では,メディカル・コンタクトカードを
研究者に交付し,携帯させることを義務付けているが,戸山庁舎では,
P3実験室を利用する研究者に対してだけ安全管理カードを交付する
に過ぎない上,安全管理カードには必要的記載事項が不足していると
主張する。
しかしながら,これも職員の安全管理体制の在り方に係る事項であ
り,メディカル・コンタクトカードを研究者に交付し,携帯させてい
ないことが直ちに病原体等が漏出等して控訴人らへ感染することにつ
いての具体的な危険性に結び付くものではないから,控訴人らの主張
は理由がない。
M 控訴人らは,WHO指針等では,P3実験室での実験は二人で行う
ことを要求しているのに,戸山庁舎では,ぺスト菌,狂犬病ウイルス
及びリケッチアについては一人で実験していると主張する。
しかしながら,同主張を裏付けるに足りる証拠はなく,証拠(乙5
4,証人北村)によれば,基本的には実験は二人で行い,モニターで
も監視しているし,仮に一人で実験をすることがあったとしても,上
記認定のとおりの設備及び運用に照らし,病原体等が漏出等して控訴
人らに感染する具体的危険性があるとはいえず,控訴人らの主張は環
由がない。
N 控訴人らは,WHO指針等では,P3動物実験室で防毒マスクを着
用することを要求しているのに,戸山庁舎では,手術用マスクを着用
させるに過ぎず,病原体等を含む埃等が実験者の粘膜に沈着するおそ
れがあると主張する。
しかしながら,そのために粘膜に沈着して病原体等が漏出等する具
−102−
体的な危険性があるとの証拠はなく,控訴人らの主張は理由がない。
O 控訴人らは,戸山庁舎の実験動物施設では,WHO指針等で求めら
れているレベル2クラスの実験動物施設の扉でのバイオハザード警告
標識を掲示していないと主張する。
しかしながら,現在では,掲示が実施されている上(乙54),仮
に実施していなくても,これにより病原体等の漏出等の可能性がある
ということはできず,控訴人らの主張は理由がない。
P 控訴人らは,WHO指針等では,実験に必要な検査材料を受け取る
ための特別な部屋又は区域を指定しなければならないとしているの
に,戸山庁舎では,そのような部屋ないし区域は存在しないと主張す
る。
しかしながら,検査材料については,責任者が包装した状態のもの
を受け取り,そのまま物理的封じ込めをした部屋に運び,そこで梱包
を解いてこれを取り出すことになっているから(証人北村),控訴人
ら主張の部屋等が存在しないことから,病原体等が漏出等して控訴人
らに感染する具体的な危険性があるということはできず,控訴人らの
主張は理由がない。控訴人らは,試験管等から試験材料を取り出すと
きには,そのような特別の部屋を使用していないと主張するが,上記
のような処置をしていることによってWHO指針等の趣旨を実質的に
達成してしているといえるから,控訴人らの指摘は当たらない。
Q 控訴人らは,WHO指針等では,人のよく通る通路にはガードレー
ル等を設置し,実験者同士が接触するなどするのを避けるようにしな
ければならないとしているのに,戸山庁舎では,そうした設備を設置
していないと主張する。
しかしながら,実験者の接触を回避する方策としてこのようなガー
ドレール等を設置していないことによって,直ちに病原体等が漏出等
−103−
する可能性があるということはできず,控訴人らの主張は理由がない。
R 控訴人らは,WHO指針等では,大量の可燃性液体の保管施設は主
要建物から離れて設置しなければならないとされているのに,戸山庁
舎では,実験棟の地下のP3実験室の下に重油が保管されていると主
張する。
しかしながら,可燃性液体が主張の場所に保管されているとの証拠
はない上,仮にそのような場所に保管されているとしても,万一火災
が起こった場合の処理体制等については,上記のとおり定めているの
であり,それにもかかわらず,病原体等が漏出等して控訴人らが感染
する具体的な危険性があることを認めるに足りる証拠はないから,控
訴人らの主張は理由がない。
S 控訴人らは,WHO指針等では,実験室内の一つのコンセントで一
つの実験器具を使うことを義務付けているところ,戸山庁舎のP2実
験室では一つのコンセントで複数の配線を引いている(いわゆるタコ
足配線)と主張する。
しかしながら,仮にこのような状態があったとしてもこのことから
病原体等が漏出等する可能性があるとはいえず,控訴人らの主張は理
由がない。
21 控訴人らは,WHO指針等では,実験の安全訓練が行われているこ
とを確認しなければならないのに,戸山庁舎のバイオセーフティ管理
室では,確認作業としての試験を実施していないと主張する。
しかしながら,上記のとおり,病原体等安全管理規程等により,各
実験を行うに当たり,取扱いのための講習会に出るなどの受講を必要
とし,現にこれを実施しており,仮に確認するための試験を実施して
いなかったとしても,そのことから直ちに病原体等が漏出等して控訴
人らに感染する具体的な危険性があるとはいえないから,控訴人らの
−104−
主張は理由がない。
S 控訴人らは,WHO指針等では,焼却炉は再燃焼回路(アフターバ
ーナー)及び除煙設備を取り付けた特殊なものを設置しなければなら
ないのに,戸山庁舎では,かかる設備を設置しておらず,ダイオキシ
ンや臭いが排出される危険性があると主張する。
しかしながら,ダイオキシンの排出についてはこれを裏付けるに足
りる証拠はなく,また,臭いについては,消毒薬の臭いについて付近
住民から苦情があったことが認められるが(乙46の1・2),上記
のとおり,感染性の物質については滅菌処理を施した上,専門の処理
業者に処分を委ねており,病原体等が漏出等して控訴人らに感染する
具体的な危険性があるとはいえず,控訴人らの主張は理由がない。
S 控訴人らは,WHO指針等では,動物実験に使った動物の屍体を自
前の焼却炉で焼却することを求めているのに,戸山庁舎では,実施し
ていないと主張する。
しかしながら,上記のとおり,戸山庁舎では,感染実験に用いた動
物や器具については,高圧滅菌処理した上,専門処理業者に処分を依
頼し,また,感染実験に用いない動物の場合,専門の処理業者に引き
渡して処分を依頼しており,自前の焼却炉で処分していないというこ
とだけでは,病原体等が漏出等して控訴人らに感染する具体的な危険
性があるということはできず,控訴人らの主張は理由がない。
S 控訴人らは,WHO指針等では,自治体及び消防局と協議し,「緊
急対策計画」を作成することを要求しているのに,戸山庁舎では,か
かる協議も計画作成も行っていない上,「厚生省戸山研究庁舎共同防
火管理協議事項」(乙18)は新宿区と協議の上作成されたものでは
ないと主張する。
しかしながら,これは自治体等との安全対策の連携の在り方に関す
−105−
る事項であって,仮に控訴人ら主張のとおりであるとしても,それに
より直ちに病原体等が漏出等する可能性があるとはいえず,控訴人ら
の主張は理由がない。
また,控訴人らは,戸山庁舎では,WHO指針等で作成すべきもの
としている,救急時の周辺住民の避難に対する措置,疫学的調査に関
する文書,感染者及び被曝者を受け入れて臨床処置等ができる施設の
リスト,感染者及び被曝者の輸送方法の文書,免疫血清やワクチン等
の供給等のリストが作成されていないと主張する。
しかしながら,これらは周辺地域住民への安全対策,避難対策等に
関する情報提供に係る事項であって,これらの文書等の作成等が当然
に義務付けられているものでない上,仮にこれらの文書等が作成され
ていないとしても,それにより病原体等が漏出等する可能性があると
いうことはできないから,控訴人らの主張は理由がない。
(ウ) 以上のとおり,WHO指針等の違反に関する控訴人らの主張について
は,その違反の事実が認められないか,あるいは仮に控訴人ら主張のよ
うな事実があるとしても,それが原因となって病原体等が外部に漏出等
し,又はその可能性があり,それによって控訴人らが感染する具体的な
危険性の存在について立証されたものと認めることは困難であるといわ
ざるを得ない。
ウ 査察報告書
控訴人らは,コリンズ・ケネディ報告書(甲342,343)によれば,
@ 感染研では,欧州で危険度3と分類されている病原体等を特別の安全
対策を不要とする危険度2に分類し, A 実験室等が狭く,乱雑である上,
WHO指針等に違反する多数の欠陥箇所と杜撰な管理体制のため,危険な
実験条件下で実験を行っており,さらに,B 屋上の空調冷却装置が微生
物で汚染されていることから,周辺でレジオネラ菌が発生するおそれがあ
−106−
り,また,排気も危険であるなどとされており,感染研はその立地と業務
により公衆の健康と安全にとって危険であるから,住民がいない土地に再
移転するように結論付けられているとして,感染研の危険性を主張する。
しかしながら,WHO指針等は,各国におけるバイオセーフティ対策が
異なっていることを前提とした上で,各国においてWHOが提供する最新
情報に基づいて新たな安全基準を策定することを期待しているところ,改
訂WHO指針が,その一般原則において,感染性微生物の危険度分類とし
て明示している内容は,概ね感染研が定めた病原体等安全管理規程の分類
基準と一致するものであり,同指針を尊重する内容になっている。
危険度の分類が欧州と日本とで差異があるとしても,感染研の安全基準
は,正当なものであり,それ自体不合理なものということはできない。こ
の点に関連して,控訴人らは,危険度3(P3)に分類すべきボルナ病ウ
イルスが危険度2(P2)に分類されていること,腎症候性出血熱ウイル
スの感染様式に関する感染研の考え方が不十分であると主張する。しかし,
欧州と同一の分類基準に従って扱うのでなければ,分類基準として不当で
あると結論付けるのは,科学的議論ではない。上記安全基準によれば,レ
ベル2は,ヒトあるいは動物に病原性を有するが,実験室職員,地域社会,
家畜,環境等に対し,重大な災害とならないもの,実験室内で暴露される
と重篤な感染症を起こす可能性はあるが,有効な治療法,予防法があり,
伝播の可能性は低いものとされている。ボルナ病ウイルスがこれに該当し
ないことを認めるに足りる証拠はない。
また,腎症候性出血熱ウイルスの感染様式については,控訴人ら主張の
とおり専門家の間においても考え方に違いがあるから,直ちに控訴人らの
主張が誤りであると断定することもできない。
また,屋上の空調システムのための冷却装置4基のうち1基から10C
FU/100mlのレジオネラ菌が検出されたことが認められるが(乙1
−107−
63),10の2乗以下のため問題がないとされている上,レジオネラ菌
は,空調冷却装置の不衛生な管理によって発生するものであって,戸山庁
舎の業務や取り扱っている病原体等によって発生したものとも認められな
いから,いずれにしてもこのレジオネラ菌が検出されたことをもって,病
原体等の漏出等による控訴人らへの感染の具体的な危険性があるとは認め
られない。
さらに,コリンズ・ケネディ報告書には,数多くのWHO指針等違反が
指摘されているとの点については,同報告書を検討すれば明らかなとおり,
同報告者らがWHO指針等違反とするものは,同人らの推測及び危険発生
の可能性を述べたものに過ぎず,これらの報告書を根拠にして,病原体等
が漏出等する可能性があり,漏出等によって控訴人らが感染する具体的な
危険性があると認めることはできない。
エ その他の法令違反
控訴人らは,次の(ア)ないし(ウ)のとおり法令違反の主張をするが,いずれ
も病原体等が漏出等して控訴人らが感染する具体的な危険性があることを
認めるには足りないというべきである。
(ア) 控訴人らは,大気汚染防止法18条の21は,事業者は,事業活動に
伴う有害大気汚染物質の大気中への排出又は飛散の状況を把握するとと
もに,当該排出又は飛散を抑制するために必要な措置を講ずるようにし
なければならないと定めているのに,戸山庁舎では,排気の排出状況や
排出された排気の流れを調査しておらず,同法に違反していると主張す
る。
しかしながら,そもそも感染研が同法にいう事業者に当たるものか疑
問がある上,本件においては,同法に違反しているかどうかが重要なの
ではなく,それによって感染の具体的な危険性が認められるかどうかが
問題であるところ,上記のとおり,本件において,病原体等が漏出等す
−108−
る可能性があり,それによって控訴人らが感染する具体的な危険性があ
ることを認めることはできない。上記規定は汚染物質の排出等の状況調
査ないしその抑制措置に関するものであって,仮に戸山庁舎において控
訴人らが主張するような調査等がされていないとしても,このことが本
件差止請求を基礎付けるに足りる違法事由となるものではない。
(イ) 控訴人らは,条理上,特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管
理の改善の促進に関する法律が感染研に適用されるところ,感染研は,
同法4条の管理状況に関して国民の理解を深めるように努めるべき義務
並びに同法5条の排出量及び移動量を把握すべき義務に反していると主
張する。
しかしながら,仮に同法が感染研に適用されるとしても,特定化学物
質の排出量等把握等に関する規定であって,それに違反しているとして
も,それによって病原体等が漏出等する可能性があり,控訴人らが感染
する具体的な危険性があるとは認められないから,控訴人らの上記指摘
も本件差止請求の理由となるものではない。
(ウ) 控訴人らは,動物の愛護及び管理に関する法律に基づいて策定されて
いる実験動物の飼養及び保管等に関する基準によれば,管理者等には,
実験動物が保管場所から脱出しないように必要な措置を講じるべき義
務,実験動物が脱出した場合の措置についてあらかじめ対策を講じ,事
故の防止に努めるべき義務及び地震,火災等の非常災害時に執るべき緊
急措置を定めるとともに,災害発生時に実験動物を保護し,事故防止に
努めるべき義務等があるのに,戸山庁舎からは実験動物が逃げ出してお
り,また,新宿区議会からの申入れにもかかわらず実験動物が逃走した
場合の措置等を明らかにしておらず,同法に違反しているなどと主張す
る。
しかしながら,戸山庁舎の動物の逃走防止等に関する管理体制が上記
−109−
法律に違反しているというだけでは,本件における違法性を裏付けるこ
とにはならないので,個別的にこの点が病原体等の漏出等による控訴人
らへの感染の具体的な危険性に結び付くか否かについて検討する。
まず,平成5年7月23日に敷地でラット1匹が死んでいるのを見た
との点については,原審原告芝田進午の供述しかない上,同ラットが戸
山庁舎の扱う実験動物であったことも明らかでなく,同ラットの死骸の
事実を認めることはでき.ない。また,同年11月に産業廃棄物置場の中
でマウスが見つかったとの点については,被控訴人もこの事実を認めて
いるが,同マウスは,動物実験区域に持ち込まれる前のものであって,
動物実験区域から実験動物が逃走した場合には当たらず,これが直ちに
病原体等の漏出等の可能性に結び付くとはいえない。上記のとおり,戸
山庁舎に持ち込まれる実験動物は無菌のものであり,その管理も動物を
容器に収容して動物が逃げ出せないような管理体制を執っているから,
動物等の逃走によって病原体等が漏出等して控訴人らが感染する具体的
な危険性があるとは認められない。さらに,平成7年に戸山庁舎の隣に
ある障害者福祉センターの通用門をハムスター状の小動物が走って外に
逃げるのを見たという点については,その裏付けは原審原告芝田進午の
供述しかない上,仮に同供述がその記憶に沿うものであるとしても,同
供述には裏付けの証拠がなく,原審原告芝田進午が見たものがハムスタ
ーであり,戸山庁舎から逃走したものであるということを認めるに足り
るものでもない(なお,安全キャビネットの外側前面に「このマウスは
逃げ易いから十分注意せよ。特にキャビネット外に逃がさないように」
との張り紙があるとしても,そのことから過去にマウスがキャビネット
から逃げ出したことを示すものということはできず,このような記載が
あることをもって管理体制が不十分であるということもできない。)。
したがって,控訴人らの上記主張によっても,病原体等の漏出等の可
−110−
能性,控訴人らへの感染の具体的な危険性を認めることはできない。
(4) 環境影響評価義務について
ア 控訴人らは,感染研が品川庁舎を現在地の新宿区戸山地区に移転するに
当たって,感染研の施設及びその研究活動がもたらす環境影響評価を行わ
なかったことが条理上の義務に違反すると主張する。
しかしながら,環境影響評価手続は,土地の形状の変更,工作物の新設
等の事業を行う事業者が事業を実施するに当たり,環境影響評価の結果を
その事業に係る環境の保全のための措置その他のその事業の内容に関する
決定に反映させるための措置を執ること等により,環境保全について適正
な配慮がなされることを確保し,現在及び将来の国民の健康で文化的な生
活の確保に資することを目的とするものであり(1条),被控訴人が庁舎
移転に際して環境影響評価をしなければならない法律上の義務を定めた規
定はない。また,控訴人らが主張するようにアメリカ,ドイツ及びEC等
でそうした評価を行っているとしても,そのことから感染研に対しても同
じ義務を認めることの理由にはならないし,神奈川県が環境影響評価を義
務付けている環境影響評価条例を採用したとの点も,同県が1地方自治体
として独自に定めた条例にとどまり,そのことから感染研には法的義務が
あるとすることはできない。
イ 仮に,上記の点を措くとしても,本件訴訟において問題とすべきものは,
現在,戸山庁舎から病原体等が漏出等し,あるいはその可能性があり,そ
のために周辺地域に居住等している控訴人らの生命,身体,健康等の人格
権が現に侵害され又は侵害される具体的な危険性が存在するかどうかであ
り,環境影響評価義務に違反しているか否かは,その侵害事実等の判断を
行うに当たって考慮すべき一要素として位置付けられるものである。
このような観点から判断したとしても,これまで繰り返し認定,判断し
てきたとおり,本件訴訟において,病原体等が漏出等して控訴人らに感染
−111−
する具体的な危険性があるものと認めることはできないのであるから,仮
に被控訴人が条理上環境影響評価義務を負っており,かつ,その手続を尽
くしていないとしても,本件で控訴人らのいう感染研の研究活動に係る違
法性の主張を裏付けることにはならず,控訴人らの主張は理由がない。
(5) 人為的ミス及び施設トラブルについて
控訴人らは,戸山庁舎では人為的ミスが起きていて防ぎようがなく,多く
の施設トラブルが発生していることから,病原体等の漏出等の可能性は高い
と主張する。
しかしながら,戸山庁舎においては,人為的ミスや施設トラブルが発生し
ないように,安全教育等による事故防止対策が執られており,万一事故が発
生した場合の緊急対策等も講じられているから,控訴人らの主張は理由がな
い。
ア 人為的ミスについて
控訴人らは,戸山庁舎では,平成11年1月25日,P2実験室におい
て,注射針による針刺し事故,同年9月18日,P2実験室において,ウ
ィルス液が針から噴射し,実験者の右の裸眼に入る事故,平成12年9月
28日,P3実験室において,注射針を廃棄する際に誤って左手中指に注
射針を刺した事故が発生しており,いずれも初歩的なミスであり,これら
の事故の発生は防ぎようがないことを示しており,氷山の一角というべき
であると主張する。
控訴人ら指摘の事故のほか,塩素入りの洗剤容器(ポリタンク)の破損
による洗剤の漏出,点検中の作業員の操作ミスによる臨時停電,排水処理
設備塩素タンクヘの給水蛇口の閉め忘れによる漏水ブレーカ等の焼損,点
検中の作業員の操作ミスによる防火ダンパーの閉め,機器点検後のダンパ
ーの復旧し忘れ,誤った排煙口ボタンの操作といったトラブルが発生して
いる(弁論の全趣旨)。こうした事故は,本来発生してはならないが,す
−112−
べての事故発生を完璧に防止することは,実験操作等が人の営みである以
上,極めて困難であるといわざるを得ない。問題は,事故の内容,原因及
び影響等であって,上記の事故は,いずれも比較的軽微で初歩的なミスで
あり,回復が容易で,その影響も施設外に波及したものではなく小さかっ
たということができる。これらは原因を究明し,再発防止を徹底すること
で対処すべきものである。控訴人ら指摘の事故が発生した際には,控訴人
らも認めるように直ちに近隣の病院や施設の療養所において抗生物質等の
投与がされ,その後健康観察が行われており,二次感染は発生していない。
控訴人らは,これらの事故は氷山の一角であると主張するが,これを認め
るに足りる証拠はない。
イ 所内査察結果について
控訴人らは,病原体等安全取扱監視委員会は,平成13年度において,
所内査察を行った結果,病原体等取扱者に定期健康診断の未受診者がいる
こと,液体窒素の容器等について耐震固定がされていないこと,緊急時の
消毒薬は病原体を扱う近くに置くこと,緊急時の高濃度薬液を薬液槽の近
くに置くこと,不用な物品は撤去して片づけておくこと,不用な機器の処
分を検討することを改善事項として指摘しており,これらの事項は,いず
れも病原体等の漏出等につながると主張する。
しかしながら,これらの指摘事項は,病原体等の安全管理体制の基本的
な不備,欠陥を示しているものではなく,安全管理規程等の完全な履行,
日常の絶えざる点検・保守等の重要性を意味するものであって,それは警
鐘として受け止めなければならないが,これをもって感染研における健康
管理及び施設管理自体に不備,欠陥があるとまではいうことができない。
ウ 保有病原体について
控訴人らは,戸山庁舎において保有している病原体等のリストが簡単で
あって,保管方法,保管場所及び保管量も記載されていないことから,バ
−113−
イオハザードが発生したとき,あるいはその疑いがあるとき,事故の解析
や対策が不十分になると主張するが,このような事実があるとしても,そ
れによって事故の解析及び対策が不十分となるとはいえず,控訴人らの主
張は理由がない。
エ 実験動物使用実績について
控訴人らは,P3実験室が過密状態にあり,研究者が安易にP2レベル
で実験していると主張するが,このような事実を認めるに足りる証拠はな
い。
オ 昆虫,ダニの飼育について
控訴人らは,戸山庁舎では,多数の昆虫等を飼育しているが,これらの
昆虫等が脱出している可能性があると主張するが,このような事実を認め
るに足りる証拠はない。
カ 施設トラブルについて
控訴人らは,過負荷及び漏電によるブレーカーダウン,空調機や排風機
のファン,ポンプのインバーター故障,塩素漏れによる異臭の発生,作業
中のミスによる停電等の発生,管理棟の漏電,分電盤の容量不足,電源の
配線過誤,ファンコイルユニットへの電源及び配線が施工されていないこ
と,RI系統ダクト等系統区分が明記されていないこと,地絡事故,低電
圧室とCVCF室との密閉が不十分であること,ウォーターハンマー(蒸
気と環水が管内を同一方向に流れるときに蒸気速度が制限速度を超えると
凝縮水の流れを妨げて管壁を叩き,振動し,衝撃音を出す現象)の発生,
防煙(炎)防火ダンパーが閉じられたこと等の不備,過誤があると主張す
る。
これらの事故,故障,不具合,設備不良等があるとしても(被控訴人は,
コンセントのアース線の接続ミス,機器トラブルによって過負荷,漏電が
相当数起こりブレーカーダウンした事故を認めている。),感染研では,
−114−
そのことによって病原体等が漏出等したり,その可能性があり,そのため
に控訴人らが感染する具体的な危険性があるということはできない。なお,
控訴人らは,そのほか冷却塔の薬液濃度が低下していること,害虫駆除の
ため側溝に殺虫剤を散布したこと,排液処理設備受入槽に貝が発生したこ
と等をもって,戸山庁舎における日常的な衛生管理体制に疑問を呈してい
るが,仮にそのような事実があったとしても,そのことから直ちに,病原
体等が漏出等し,控訴人らに感染する具体的な危険性があるということは
できない。
控訴人らは,その他るる主張するが,上記認定判断に照らして採用するこ
とができない。
5 本件差止請求について
本件において控訴人らが主張しているところは,感染研(戸山庁舎)が取り
扱い,又は保管している病原体等が,戸山庁舎の設備・機器等の欠陥・不備,
安全確保のための運営管理体制の不備等の様々な原因によって,庁舎外の周辺
地域に排出,漏出等しており,又は排出,漏出等するおそれがあり,それが控
訴人らに感染して,その生命,身体,健康等及びこれらから派生する平穏な生
活を営む利益を侵害し,又は侵害する危険性が存するというものであるところ,
上記において,感染研が取り扱い,又は保管している病原体等,基本的な設備
機器,P3・P2・RI・実験動物等に係る施設・区域,有害化学物質の取扱
い,P3・P2・RI・組換えDNA実験・有害化学物質・廃棄物等について
の運営面における安全確保体制,地震等災害発生時の緊急体制,さらに,戸山
庁舎の耐震性,建築基準法その他の法令・WHO指針等との関係等について検
討してきた。それによれば,控訴人らが主張するような設備・機器等の欠陥や
安全管理体制の不備等は特段認められず,また,それが原因となって病原体等
が周辺地域に排出,漏出等し,又はそのおそれがあり,それによって控訴人ら
が感染する具体的な危険性があるとまでは認められず,単に抽象的,一般的な
−115−
危険性が存するにとどまるものであるという結論に達したものである。
しかし,このように抽象的,一般的な危険性にとどまるものであるとしても,
繰り返し述べているように,ひとたび病原体等が外部に漏出等するような事態
が発生すれば,最悪の場合には回復が事実上極めて困難な甚大な被害が惹起さ
れる危険性があるから,感染研においては,病原体等の漏出等による感染の具
体的な危険性が絶対に発生しないように,あらゆる万全の施策を講じてこれを
未然に防止しなければならず,平素からこれを確実に実践するように努めるべ
きことはいうまでもない。
当裁判所としては,このような観点から,感染研に対し,諸設備・機器の厳
格な点検実施,最新の設備・機器の設置・更新,徹底した安全管理体制の構築
及び適宜の見直し等,安全確保のための諸施策の遵守と実践を改めて強く要請
するものである。
以上を前提とした上で,感染研が担っている各種の医学的研究,国家検定,
国家検査,WHO関係業務等の広範かつ高度に専門的な衛生行政の公共性及び
公益性,並びに,これまでにみてきた受忍限度の判断基準に関連する諸事情を
総合的に考察すれば,控訴人らに対する上記の危険性は,なお受忍限度の範囲
内にあり,したがって,本件差止請求は認めることができないといわざるを得
ない。なお,控訴人らは,上記控訴人らの当審における主張として掲げた点以
外にも,るる主張しているが,いずれも上記認定,判断を左右するものではな
い。
6 よって,控訴人らの請求は理由がないから,いずれも棄却すべきものとした
原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,いずれも棄却することとし
て,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第11民事部
−116−
裁判長裁判官 大藤 敏
裁判官 高野 芳久
裁判官 遠山 廣直
−117−
別紙 当 事 者 目 録
東京都新宿区戸山1−2−8
控 訴 人 須 賀 長 市
東京都新宿区戸山1−16−13
同 仙 葉 喜 美
子
東京都東村山市萩山4−7−11
手塚勝己こと
同 手 塚 勝 巳
東京都新宿区戸山1−6−9
同 福 山 公 美
子
東京都新宿区戸山1−10−26
同 本 江 慶 子
東京都新宿区戸山1−13−11
同 山 根 悦 郎
東京都新宿区戸山2−6−109
同 井 口 要
東京都新宿区戸山2−11−512
同 石 井 克 明
東京都新宿区戸山2−27−1211
同 浦 岡 勉
東京都新宿区戸山2−11−413
同 遠 藤 光 雄
東京都新宿区戸山2−17−110
同 河 原 田 安 啓
東京都新宿区戸山2−3−509
同 小 幡 亨
−118−
東京都新宿区戸山2−14−211
同 滝 ノ 上 薫
東京都新宿区西早稲田3−7−15
同 小 西 湧
子
東京都中野区白鷺1−12−7−303
同 古 井 戸 秀 夫
東京都新宿区西早稲田2−8−7
同 堀 江 泰 信
東京都新宿区南榎町38−104
同 嘉 藤 道 雄
埼玉県入間郡越生町大字越生624−19
同 河 地 修
東京都新宿区若松町36−8
同 猪 又 正
男
東京都新宿区若松町10−17 矢口コーポ206号
同 内 海 弘
東京都新宿区大久保1−13−6
同 田 代 博
教
東京都新宿区若松町10−1
同 山 本 鉱 二
郎
東京都小平市仲町95−17
同 上 地 洋
子
東京都新宿区大久保2−1−8−901
同 若 松 紀
子
東京都新宿区喜久井町38
同 菊 池 明
−119−
東京都新宿区喜久井町25
同 武 藤 徹
東京都新宿区喜久井町29
同 藤 田 和
己
東京都新宿区馬場下町42
同 長 谷 川 万
寿 弥
東京都新宿区早稲田町77
同 堀 内 由
美 子
東京都新宿区早稲田南町36−1−205
同 高 橋 光
昭
東京都新宿区中落合3−12−8
同 小 黒 昌
一
埼玉県吉川市木売1−9−4 クレオメデス701号
同 伊 東 一
郎
東京都新宿区新宿6−13−10−202
同 天 方 宏
純
東京都新宿区戸山1−1−7 下薗荘B
同 腰 塚 雄
寿
東京都新宿区矢来町25
同 林 世 志
江
東京都東大和市向原3−890−6
同 尾 崎 利
一
東京都新宿区若松町8−3
同 鈴 木 武
仁
東京都新宿区若松町11−1−503
同 大 山 と も
子
−120−
東京都新宿区原町3−65
同 武 信 満
喜 夫
東京都新宿区早稲田鶴巻町540
同 中 村 菊
枝
東京都町田市鶴川5−1−17−405
同 安 在 邦
夫
東京都武蔵野市吉祥寺北町3−7−25
同 井 桁 貞
義
横浜市青葉区青葉台1−20−5
同 稲 畑 耕
一 郎
東京都三鷹市井口3−14−25
同 井 内 敏
夫
東京都中野区鷲宮6−17−1
同 岩 本 憲
児
埼玉県川越市伊勢原町1−25−22
同 梅 本 洋
東京都狛江市岩戸北4−8−4
同 大 久 保 進
東京都国分寺市東元町3−4−1
同 大 内 宏 一
東京都目黒区東山2−9−17
同 大 橋 一
章
東京都小平市花小金井6−137−34−603
同 岡 崎 由
美
埼玉県狭山市水野791−46
同 北 村
實
−121−
東京都八王子市松が谷54−4−102
同 小 林 茂
東京都東久留米市前沢5−24−19−504
同 杉 本 達
夫
横浜市港北区菊名4−13−21
同 坂 田 正
顕
千葉県習志野市谷津5−24−3
同 佐 藤 慶 幸
東京都東久留米市柳窪4−7−39
同 佐 藤 眞 理
人
埼玉県所沢市松が丘2−13−11
同 高 野 雅
之
東京都世田谷区松原2−13−6
同 竹 本 幹 夫
東京都杉並区阿佐谷南3−21−14
同 丹 尾 安
典
東京都八王子市打越町1110−1−602
同 林 睦
實
東京都三鷹市井の頭3−8−12
同 松 浦 友 久
東京都杉並区宮前3−4−14
同 丸 野 稔
車京都練馬区羽沢2−29−3
同 源 貴
志
東京都立川市高松町1−15−11
同 猪 股 正 廣
−122−
東京都新宿区喜久井町14−208
同 滝 波 秀
子
東京都新宿区戸山2−10−911
同 渡 辺 登
東京都新宿区戸山2−3−808
同 柴 崎 喜
作
東京都新宿区戸山2−6−411
同 松 下 勝
見
東京都新宿区戸山2−27−403
同 瀬 谷 い
と
東京都新宿区原町3−52
同 天 野 新
一 郎
東京都八王子市元本郷町2−5−10−307
同 佐 々 木 豊
東京都新宿区戸山2−34−1205
同 長 谷 川 弘
基
東京都新宿区戸山2−33−622
同 中 山 英
太 郎
東京都新宿区早稲田南町19
同 中 川 作 一
東京都新宿区原町2−63
同 久 古 教 保
東京都新宿区早稲田南町55
同 今 成 元 昭
東京都新宿区戸山1−18−6
同 芝 田 貞
子
−123−
東京都新宿区戸山2−11−1202
同 高 橋 正
志
東京都新宿区戸山2−18−508
同 大 倉 義 胤
東京都新宿区戸山2−27−512
同 矢 沢 正
春
東京都新宿区若松町18−4−304
同 平 山 孝
子
大分県日田市源栄田5600
同 川 合 綾 子
東京都新宿区戸山2−15−506
同 渡 辺 一
利
東京都新宿区弁天町59 甲斐アパート1−3
同 甲 田 富
士 夫
東京都新宿区弁天町60
同 甲 斐 滋
子
東京都新宿区早稲田南町36−1−303
同 神 田 ふ く
東京都新宿区原町2−54−8
同 谷 口 妙
子
東京都新宿区戸山2−27−706
同 狭 間 壮
東京都新宿区西落合1−11−18
同 山 本 隆
造
東京都江東区南砂4−12−10−214
同 渡 辺 允
−124−
東京都品川区上大崎2−11−1
同 中 込 清
神奈川県座間市相模が丘2−42−26
同 落 合 正 行
大阪府堺市西野91−6
同 井 村 身
恒
東京都新宿区戸山1−16−16 コープ戸山台310
同 近 藤 奈
津 子
東京都新宿区北新宿2−8−4 北新ビル303
同 井 元 義 夫
東京都文京区弥生1−2−9
同 吉 仲 京
子
東京都豊島区上池袋4−10−8 ソネット上池袋503
同 田 頭 盛
生
東京都杉並区堀ノ内2−19−18
同 高 橋 友 也
東京都杉並区阿佐谷北5−35−8
同 長 野 芳
明
東京都中野区上鷺宮2−22−25
同 清 水 俊
久
東京都渋谷区千駄ヶ谷1−24−12
同 橋 本 進
東京都小平市小川東町1821−41
同 森 圭 司
東京都清瀬市梅園2−7−2
同 村 奈 範
通
−125−
東京都東久留米市中央町1−9−2
同 鈴 木 輝
美
東京都東久留米市浅間町1−2−4
同 西 村 幸 吉
東京都東村山市富士見町5−4−58−4−503
同 宇 治 眞
澄
東京都八王子市元八王子町3−2750−74
同 吉 田 傑
俊
横浜市旭区東希望が丘163−8
同 田 代 博
横浜市旭区二俣川1−70−2
同 橋 倉 真
人
横浜市港南区上大岡東1−19−1−412
同 古 茂 田 宏
横浜市泉区下飯田町693−2
同 金 子 信
夫
横浜市保土ヶ谷区境木本町67−2−B307
同 枝 松 正
行
横浜市青葉区奈良町2822−2
同 村 越 洋
子
横浜市西区平沼1−21−26
同 野 口 勝
川崎市中原区木月伊勢町2158
同 岡 田 卓
己
神奈川県藤沢市渡内2−14−11
同 福 原 徹
−126−
神奈川県藤沢市本鵠沼3−3−32
同 岡 本 礼
子
神奈川県藤沢市藤が岡1−4−12−106
同 丸 山 博
美
神奈川県秦野市北矢名666−231
同 村 上 静 男
神奈川県足柄上郡山北町山北1773
同 三 谷 満
千葉市中央区仁戸名町282−19
同 長 島 功
千葉市緑区大椎町1251−150
同 川 崎 利
男
千葉市稲毛区園生町1015−4−102
同 西 塚 ひ
ろ 子
千葉県船橋市二子町622−1−107
同 須 賀 久
夫
千葉県柏市東3−2−49
同 橘 英
實
千葉県柏市豊四季643−25
同 嶋 田 誠
同所
同 嶋 田 美
佐 子
千葉県松戸市上本郷364−3 アクティ北松戸2−802
同 荒 井 美
智 子
埼玉県草加市栄町3−6−8−106
同 佐 藤 進
−127−
埼玉県川口市道合493−1
同 臼 田 篤
伸
埼玉県川口市上青木2−7−22 シャトレヤマノA−105
同 渡 辺 素 子
さいたま市見沼区大和田町2−1517
同 井 田 哲 夫
埼玉県川越市山田898−16
同 鈴 木
賦
埼玉県熊谷市万平町1−65−1
同 神 田 順 司
茨城県取手市井野4417−1
同 西 村 一
郎
岐阜県大垣市中川町1−16 グリンハイツ和田206号
同 河 合 恒
生
神戸市西区春日台1−18−2
同 藤 崎 崇
明
東京都大田区久が原4−27−14
同 青 木 悦
子
東京都大田区池上3−17−4
同 梅 澤 佐
和 子
東京都中野区沼袋2−40−12−802
同 大 平 晶
子
千葉県市川市妙典5−1−21−1014
同 佐 藤 和
夫
埼玉県加須市睦町2−7−35
同 村 山 道 子
−128−
埼玉県加須市北小浜563
同 村 山 良
子
東京都練馬区光が丘6−1−2−1003
同 大 日 方 純
夫
東京都中野区鷺宮6−31−5 睦荘203号
同 寺 島 民 人
東京都練馬区石神井台6−18−21−402
同 貝 澤 哉
東京都文京区本駒込1−24−17
同 西 村 正 雄
東京都中野区沼袋2−40−12−802
同 大 平
昭
東京都国分寺市東元町2−6−13
同 小 柳 穂 澄
東京都国分寺市日吉町1−40−38
同 細 川 正
子
東京都新宿区西新宿3−15−5−321
同 小 川 実 子
さいたま市浦和区北浦和5−9−5
同 吉 成 博
東京都多摩市連光寺1−34−3
同 八 木 宏
子
東京都西東京市東町1−10−25
同 富 永 さ
と る
川崎市多摩区西生田3−2−8−101
同 大 石 雅
彦
−129−
神奈川県藤沢市鵠沼橘1−12−9 サンフォーレ鵠沼
同 逸 見 千
鶴 子
神奈川県鎌倉市極楽寺2−17−15
同 高 橋 敏 夫
千葉県松戸市西馬橋2−17−10
同 相 賀 税 子
同所
同 相 賀 良
久
千葉県柏市篠籠田1421−22
同 林 弥
樹
埼玉県新座市新堀1−5−11
同 堀 内 正
規
埼玉県志木市柏町1−20−47 コスモ志木ロイヤルフォルム111
同 芝 田 智 恵
美
埼玉県所沢市中新井1−806−18
同 羽 田 野 新
平
控訴人全員訴訟代理人弁護士 島 田 修 一
同 野 澤 裕 昭
同 中 野 麻 美
同 白 川 博 清
同 金 井 克 仁
同 水 口 洋 介
控訴人全員訴訟復代理人弁護士 中 田 直 人
東京都千代田区霞が関1−1−1
被 控 訴 人 国
代 表 者 法 務 大 臣 野 沢 太 三
−130−
指 定 代 理 人 本 田 利 美
同 岩 波 徳 子
同 滝 口 知 也
同 川 島 公 治
同 山 口 浩 史
同 小 黒 賢 一
同 五十嵐 進
同 宮 治 武 美
同 鈴 木 剛
同 古 賀 大 輔
同 迫 井 正 深
同 三 村 国 雄
同 松 浪 紀
同 須納瀬 正幸
同 持 田 久 澄
同 山 内 久
同 菅 谷 正 幸
同 矢 作 弘
同 岡 部 信 彦
同 宮 村 達 男
同 杉 山 和 良
これは正本である。
平成15年9月29日
東京高等裁判所第11民事部
裁判所書記官 大平 安則
−131−