WHOの2つの文献について(上)
ー『病原体実験施設安全対策必携』ー
バイオ安全研幹事 長島 功
WHOは1993年と1997年にバイオ施設の安全性を主題とする文献を発行した。1993年に発行された文献は『病原体実験施設安全対策必携』(第2版)で、原題は"Laboratory Biosafety Manual"である(以下、これを『必携』と略記する)。1997年発行の文献は『保健関係施設における安全性』で、原題は"Safety in Health-care Laboratories"である(以下、これを『安全性』と略記する)。今回この2つのWHOの文献の内容を紹介することにした理由は、現在係争中の2つの裁判、すなわち予研裁判と大阪高槻市のJTバイオ施設情報公開訴訟でこれらの2つの文献が書証として提出されて、これらの文献の内容をどう解釈するかが両裁判の行方を左右する重要な論争点となっているからである。
この報告の中心となるのは2つの文献の目次と抜粋である。しかし、その前に両文献の特徴と相違点に簡単に触れておくことにする。『必携』は、その題名から明らかなように、病原性微生物の実験室の内部の安全性を問題としており、その中には安全な実験作業の方法も含まれている。それに対して、『安全性』はバイオ施設の立地条件を中心的なテーマとしている。、バイオ施設の外部(地域住民と環境)にとっての安全性が問題とされている。つまり両文献はバイオ施設の内外両面にわたっての安全性を扱っているわけで、『安全性』の中で著者が『必携』を同書の姉妹編と呼んでいる所以である。
次に両文献は同じ内容を扱っている部分があるとともに、当然それぞれ異なった内容をも含んでいる。また同じ内容を取り上げても扱い方が異なる箇所もある。これは次に示される目次を見ればわかることであるが、まず両者とも「安全管理」について論じているが、『必携』の方が「安全管理」をより重視していることは「事故に対する安全対策」と「安全チェックリスト」の項目を設けていることからも分かる。他方『安全性』では「放射能に対する安全対策」と「廃棄物処理」の項目が追加されている。また「火災」を安全性にとっての脅威とみなして安全対策を詳しく規定するとともに、「研修」を重視して2番目の項目に持ってきている。
それでは次に両文献の目次と抜粋を以下に示す。
WHO『病原体実験施設完全対策必携』 (1993年、第2版) 目 次
序言
謝辞
1章 一般的原則
第1部 指針
2章 基準実験室:バイオセーフティーレベル1・2
作業規準
実験室の設計・設備
実験器具
職員の健康管理
汚染除去と廃棄
化学物質、火気、電気、放射線に対す る安全対策
3章 封じ込め実験室:バイオセーフ ティーレベル3
作業規準
実験室の設計・設備
実験器具
職員の健康管理
4章 高度封じ込め実験施設:バイオ セーフティーレベル4
実験施設の設計と設備
5章 動物実験施設
動物実験施設:バイオセーフティーレ ベル1
動物実験施設:バイオセーフティーレ ベル2
動物実験施設:バイオセーフティーレ ベル3
動物実験施設:バイオセーフティーレ ベル4
無脊椎動物
第2部 適正な微生物取り扱い技術
6章 実験室の安全な作業技術
実験室における標本の安全な取り 扱い技術
ピペット及び安全ピペッターの使い方
感染性材料の飛散防止方法
生物学的安全キャビネットの使用方法
感染性材料の摂取及びそれらと皮膚や
目との接触を避ける方法
感染性材料の注射を避ける方法
血清分離方法
遠心分離機の使い方
ホモジナイザー、シェーカー、音波破 砕器の使い方
組織粉砕器(グリフィス管またはテン ブローク粉砕器)の使い方
冷蔵庫と冷凍庫の管理と使用法
凍結乾燥した感染性材料を含むアンプ ルの開封方法
感染性材料のアンプルの保管
血液や他の体液に関する特別な注意事 項
「新型の」病原体を含むと思われる材 料に関する注意事項
7章 標本と感染性材料の安全 全な搬送
定義
書類と包装必要事項
搬送関連事故:対応と緊急安全対策
8章 事故の安全対策と緊急事態の対処法
緊急事態対策要綱
微生物実験のための一般緊急時対策
9章 消毒と滅菌
消毒薬
空間と表面の汚染除去
生物学的安全キャビネットの汚染除去
滅菌
焼却
最終処分
第3部 実験器具
10章 器具に関連したハザード
ハザードを引き起こす器具
11章 ハザード対策用器具・装置
生物学的安全キャビネット
ピペットエイド
ホモジナイザーと音波破砕器
使い捨てトランスファーループ
(白金耳)
マイクロインシネレーター
第4部 化学物質、火気、電気の安全 な取り扱い
12章 ハザードを引き起こす化学物質
化学物質の保管
化学物質の毒性
爆発性化学物質
圧縮ガスと液化ガス
13章 実験室の火災
14章 電気によるハザード
第5部 安全管理の組織体制と安全管 理講習
15章 安全管理者及び安全管理委員会
バイオセーフティー管理者
バイオセーフティー委員会
一般安全管理組織体制
16章 補助職員の安全規準
機器および建物の保守・点検作業
実験施設職員による清掃作業
17章 研修プログラム
基本コース:標準実験法
課程1(基本課程): 適正な微生物取り 扱い技術
課程2:安全な実験室環境
課程3:補助職員用
課程4:安全管理職員用
課程5:危険度3あるいは4の微生物 を取り扱う専門職用
第6部 安全チェックリスト
18章 安全チェックリスト
実験室建物
保管施設
衛生施設および職員用施設
暖気と換気
照明
付帯設備
保安
火災防止
可燃性液体の保管
電気系ハザード
圧縮ガス及び液化ガス
個人防衛
職員の健康と安全
実験室備品
感染性材料
化学物質及び放射性物質
文献
付録1 各国の指針と作業規準
2 スタッフの予防接種
3 微生物学的安全性:
トレーニング情報
WHO『病原体実験施設安全対策必携』(1993年、第2版)からの抜粋
(1)「序言」
@「安全対策がまだ確立されていないかまたは十分に確立されていない国で安全対策の策定を進めている人々にとっては貴重な情報が数多く本書には含まれている。」
A「微生物実験室の職員に対し適切な安全教育と訓練を実施することは極めて重要である。研究者等が安全教育で学んだ知識を実際の実験技術に役立てることが大切であり、たとえ特殊な安全キャビネット、安全設備、安全器具等を用いたとしても、研究者等の実践なくしては安全性を確保することは困難である。安全装置の設計、設置、保守、操作については正しい理解が必要である。正しい理解がないままに安全装置を使用すると誤解や不注意のために危険性が増大する結果となる。作業中は適切な管理と監視とともに、警戒、自主点検が必要とされる。」
(2)「1章 一般原則」
@「表1.感染性微生物の危険度分類基準
危険群1(個体及び地域社会に対する危険度が皆無か非常に低い)
危険群2(個体に対する中程度の危険度、地域社会に対する低い危険度)
危険群3(個体に対する高い危険度、地域社会に対する低い危険度)
危険群4(個体及び地域社会に対する高い危険度)」
A「各国は、以下の事項に基づいて国内に存在する微生物に関する危険度分類を作成しなければならない。
―微生物の病原性
―微生物の伝播様式と感受性宿主域。これらは、その地域の免疫レベル、宿主の人口密度と移動度、媒介動物の存否、環境衛生レベル等の影響を受ける。
―効果的な予防措置が実施できるか否か。具体的な予防接種とは:ワクチンまたは抗血清の投与、衛生学的改善(例:食品衛生、上下水衛生)、衛生動物、媒介節足動物の駆除、感染の可能性のある動物あるいは動物製剤の持ち込みの規制が考えられる。
―有効な措置が実施可能か否か。具体的な治療方法は、受動免疫、曝露後のワクチン接種、抗生物質や化学療法剤の投与等であるが、抵抗株の出現の可能性についても考慮する必要がある。 各国で、分類基準を詳細に策定するにあたっては、微生物が取り扱われる地理的区域に広く存在する諸条件をも考慮する必要がある。特定の病原体の取り扱いあるいは輸入に関しては各国政府が規制を行っており、診断を目的とした場合を除き、これらの病原体の取り扱いあるいは輸入が禁止されている国もある。」
B「遺伝子工学技術で作成された微生物の取り扱いに関しては、このマニュアルでは特に言及されていない。これらの微生物はそれらのレシピエント(組み替え遺伝子を導入される生物)とドナー(組み替え遺伝子を提供する生物)のそれぞれが該当する危険度に分類され、それに相応するバイオセーフティーレベルで取り扱われる。また、遺伝子工学技術で作成された微生物の取り扱いのための各国の様々な規準や指針ならびに様々な国際的な規準や指針は本書の『付録1』に収録されている。」
(3)「2章 基準実験室−バイオセーフティーレベル1・2」
@「いかなる臨床検査室または病院の研究所も受け取った標本に関して完全な管理を行っていないため、作業職員は時として予期せず、より高い危険群の生物に曝露される可能性がある。バイオセーフティーの計画と方針を立てるにあたっては、このような可能性もよく考慮する必要がある。」
A「化学物質、火気、電気、放射線に対する安全対策
化学災害、火災・電気事故、放射線事故により、間接的に、病原性微生物の封じ込め方式が破壊されることがありうる。したがって微生物実験室においては、これらの分野の安全基準を高水準に保つことが絶対必要である。
これらの事項についての法令や規程は、通常、国または地方の所管当局が定めるが、必要ならばこれらの機関の助言を求めるべきである。化学災害、火災、電気事故に関しては、本指針第4部で検討されている。第6部に示されている安全チェックリストを利用して、これらの危険に関する実験室の現場の予備評価をするとよい。」
(4)「3章 封じ込め実験室−バイオセーフティー3」
@「このレベルの実験室(バイオセーフティーレベル3の封じ込め実験室−訳注)は、国またはその他の適切な保健当局に登録されるかまたはリストに記載されていなければならない。」
A「実験室の設計・設備基準
11.建物の排気システムは、封じ込め実験室−バイオセーフティーレベル3からの排気が建物内の別の区域に再還流しないような構造とする。実験室内で、空気が再調整、再還流されることは差し支えない。(生物学的安全キャビネットからの排気以外の)実験室からの排気は直接建物の外部に排出し、人のいる建物とその空気取り入れ口から遠く離れるように拡散しなければならない。」
(5)「4章 高度封じ込め実験施設―バイオセーフティーレベル4」
@「高度封じ込め実験施設の建設と運営に先立ち、すでに同様の実験施設の運営経験のある研究機関と十分に相談することが必要である。高度封じ込め実験施設−バイオセーフティーレベル4の運営は、国あるいは適当な保健当局の管理下に行われなければならない。」
A「高度封じ込め実験施設の設計及び諸設備
高度封じ込め実験室での作業は複雑なので、詳細な作業手引を作成し、試験的にトレーニングを行っておく。さらに緊急時の対策要綱を確立しておく必要がある。同要綱の作成にあたり国および地方の保健当局との緊密な協力関係を確立しておく必要がある。他の非常事態用機関すなわち消防署、警察署、救急病院との連係も組み込んでおかなくてはならない。」
(6)「5章 動物実験施設」
@「動物の飼育舎は独立の、離れた単位施設でなければならない。実験室施設に隣接する場合は設計上、一般実験室とは隔離された状態を確保し、その必要が生じた場合には除染及び殺菌を心掛ける。」
A「動物実験施設−バイオセーフティーレベル4
この施設での作業は、通常、高度封じ込め実験室―バイオセーフティーレベル4における作業と連結しており、国の法律及び地方自治体の条例を調和させて両者に適用しなければならない。」
(7)「6章 実験室の安全な作業技術
大半の実験室事故とこれに関連した感染は人為的ミス、未熟な技術、器具の誤用により起こっている。」
(8)「7章 標本と感染性材料の安全な搬送」
@「いくつかの国際機関−国連危険物輸送専門委員会、万国郵便同盟(UPU)、国連民間航空機関(ICAO)、国際航空輸送協会(IATA)は搬送にかかわる者や一般公衆への安全を確かにすると同時に感染性物質の安全で迅速な搬送を容易にするためのガイドラインと手順を策定した。このシステムが効果的に働くためには、それを用いるすべての者がこれを理解していなくてはならない。」
A「●感染性物質とは動物またはヒトに病気を起こすことが知られているか、または相当の理由の下に信じられている細菌、ウイルス、リケッチャ、寄生虫、カビ、遺伝子組み換え生物,雑種または変異体を含む、生きた微生物を有する物質である。」
B「認可されたワクチンのあるものは世界のある地区においてのみ生物災害となろう。これらの地区の担当当局はこれらのワクチンを感染性物質としての基準に従うよう求めるか別の制約を課してよい。」
C「搬送関連事故:対応と緊急安全対策
搬送中に感染性物質を含む包装が損傷を受けるか漏出し、その他の事故が起きていると思われるときは、運搬者は荷物の送り主、受取先及び公衆衛生当局へ連絡する。」
(9)「8章 事故の安全対策および緊急事態への対処法」
@「感染性微生物を取り扱うすべての実験室は、取り扱っている生物の災害に対応した安全予防対策を設けなくてはならない
危険群3または4の微生物を扱ったり保管する施設(基準実験室−バイオセーフティーレベル2、封じ込め実験室−バイオセーフティーーレベル3、高度封じ込め実験施設−バイオセーフティーレベル4)では必ず各項の緊急事態を想定し、それに対する対策要綱を文章化して作成しておかなくてはならない。これらの病原体は地域社会に災害を及ぼす可能性もあるから、要綱作成に当たっては、地域の保健当局も関与していなくてはならない。」
A「緊急事態対策要綱
要綱を作成するにあたっては、次の各項目が取り入れられている必要がある:
―危険に曝されている職員と住民の範囲の確定」
B「火事、洪水と自然災害
消防や他の行政関係者が緊急時対策の作成に参加していなくてはならない。これらの関係者には、事前にどの部屋に感染の可能性のある材料があるかを知らせておく。」
(10)「9章 消毒と滅菌」
@「焼却
多くの焼却炉は、特に燃焼室が一つのものは役に立たず、感染性材料、動物の死体、プラスチックの処理には満足のいくものではない。このような材料は完全には壊されず煙突からの流出物が微生物や毒性のある化学薬品や煙で環境を汚染する可能性がある。」
A「最終処分
実験室および医療廃棄物の処分はいろいろな国の規制を受け、WHOはこの問題に勧告を出した(39、43)。
39:スウェス・MJ,ヒューズマンズ・JW 『危険な廃棄物の管理:政策指針 と安全対策規準』(コペンハーゲン、WHOヨーロッパ支局、1983)
43:『病院から出る廃棄物の管理』(WHOの会議の報告書、コペンハーゲン、 WHOのヨーロッパ地方支局、1985)
(11)「11章 ハザード対策用器具、装置」
「HEPAフィルター
安全キャビネットに適したHEPAフィルターは、国の基準を満たさなければならない。理想的には微粒子十万個を通した場合、3個以上を通してはならない。」
(12)「13章 実験室の火災」
「安全管理職員と地元の火災予防機関との緊密な協力が不可欠である。化学物質によるハザードとは別に、火災による病原体の散布の可能性に関しても考慮する必要がある。これにより、「燃えるに任せる」か否かの方針(すなわち、消化するのと火災が広がりのを食い止めるのとどちらが最善かといった考慮など)が、決定される。 地元の火災予防機関の協力の下、防火、火災時の行動、消火器の使用のトレーニングを実験室職員に対して行うこと望ましい。」
(13)「15章 安全管理者および安全管理委員会」
@「安全管理状況は外部の独立した顧問あるいは専門家によって定期的に監査されることを望ましい。」
A「バイオセーフティー管理者
安全政策及び計画が実験室内で確実に実践されていることを確認するには、可能な限りバイオセーフティー管理者を置かなければならない。管理者は、研究所あるいは研究施設長に代わって、それらの職務を実践する。」
B「バイオセーフティー委員会
委員会の人数と構成人員は、研究機関の規模・性格、行われている作業の内容、作業単位または区域の配置により決定される。健康と安全に関して国の法律による規制のある国においては、その構成はそれに従って決定される。」
C「バイオセーフティー委員会は、他に他部門における安全管理の専門家(例えば放射能予防、工業安全、防災等)も委員として迎えてよく、また場合により他の関連する分野あるいは自治体や国の規制機関の独立の専門家から助言を求める必要も生じるかもしれない。」
D「一般安全管理組織体制
安全管理組織の規模や構成には、個々の研究機関の要請、また場合によっては国の規制の内容によって決められるであろう。―中略― 大きな生物医学研究所においては、個々の研究所の研究計画の特別な面について専門に安全管理を行うバイオセーフティー委員会が必要であろう。」
(14)「16章 補助職員の安全規則」
「多くの研究室を持つ大規模な研究所の補助職員は、106−107ページに示すような研修(研修プログラム、課程2:安全な実験室環境―訳注)を受けるべきである。」
(15)「17章 研修プログラム」
@「課程2:安全な実験室環境
討議しようとして用意すべきものは、バイオセーフティーに関与する国の指針、および研究所設計、建設に関与する規則である。」
A「課程4:安全管理職員用
内容
6.異常行動とその結果としてのハザードを引き起こす可能性のある職員の問題。」
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