Daily listening to Art of Carl Schuricht
シューリヒト鑑賞日記* No.001 〜 004




004* 2005.1.27

Beethoven : Symphony No.7 & Schumann : Symphony No.2
RSO Stuttgart
1952.mono. live(Beethoven) , 1959.mono(Schumann).
(hanssler classic / CD 93.141)

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ベートーヴェンの交響曲「第7」は1952年のライブ録音というわりには、音に広がりがあり、もしかすると疑似ステレオ化されているのかと思える音質。でも細部はいささかぼけぎみな感もあり無条件で良い音質だとは言いがたいところがあります。この時代としてはまあまあの音質ですが。演奏は曲全体でいうと楽章を追うに従ってだんだんと情熱が全面に出て来る演奏ですね。

第一楽章からしてライブ的な音がします。弦がやや後ろに引っ込んだように聴こえる箇所もあり、その分金管が前に出てくる感じ。曲のせいかシューリヒトにしてはいささか情熱的に響くところもあったり、同じ曲のライブであるウィーン・フィルを指揮した録音と比べると、今回の方が表現にまとまりが欠けるような気がします。もっとも、いかにもライブ的な雰囲気がする演奏なので、プラスに作用しているところもあります。第2楽章はウィーン・フィルとのライブよりも、より悲劇性が出ている気がして、個人的には気に入りました。それでも木管の奏でる旋律あたりにシューリヒト的な理知性はどこか漂っており、単に情熱一辺倒でないのが良いところ。第3楽章はアクセントが強調され、部分的に金管がひどく強調されたりティンパニも強調されるなど、シューリヒトの他盤とはいささか違う解釈という気がします。シューリヒトとしては迫力のある演奏です。わりと強弱の幅が大きいと思うし、表情的といえば表情的な演奏なのかも知れません。残念なのはフォルティッシモで音質がやや濁るというか、きれに音が鳴り切らないところでしょうか。まあ年代を考えればしょうがないところですが。フィナーレ楽章ではテンポに動きもあるし、速い部分でも決して腰が軽くならず、スポーツ的に陥らないところがクライバーなどと違うところでしょう。冒頭付近で金管の踏み外しがあったり、かなり荒れ狂ったような部分もあったりと、シューリヒトにしては情熱が生という感じでしょうか。いかにもライブっぽい激しい感じがします。シューリヒト的な理知的な部分はここではほとんど感じられないです。全曲中このフィナーレが最も情熱的な表現であり、その分音が生きてます。その点ではコーダ付近の音に濁りのあるのが残念に思います。コーダの追い込みも意志の強さを感じるし、なかなか興味深い面白い演奏でした。

シューマンの「第2」はシューリヒトのお得意の曲で、パリ音楽院とのスタジオ録音盤、海賊盤からはフランス国立管、NDRの2つ、そして今回正規で出たシュトゥットガルト盤で計4種類の演奏を聴いたことになります。だいたい解釈自体はどの演奏も同じで、各演奏でそれなりのバリエーションはあるものの、今回もいつものスタイルの中に収まっている感じです。特にNDR盤によく似た演奏ではないかという気がします。

シューマンの「第2」では個人的にポール・パレー/デトロイト響の演奏を崇拝しているので(特に第一楽章は白眉!)、実は最近シューリヒトの録音に耳を傾けることは少なくなってしまいました。だから今回は久々にシューリヒトの指揮する「第2」を聴いたという感じです。だいぶ昔にはじめてシューリヒトの指揮するこの曲を、デッカ盤(パリ音楽院)で聴いた時は、ずいぶんさっぱりとした理知的な表現だなあと思ったのですが、今聴くとまた違った印象を受けます。まあオーケストラが今回は違うのだから印象は違って当然なのですが、より直線的でテンポの速いパレー盤に馴染んでしまうと、シューリヒトは色々とテンポを微妙に変えたり、表情を付けてみたりと、実に様々な手腕を駆使してこの曲を指揮しているのが分かります。もっともそれらは表面的には何事もなかったかのように演奏されてますが。

第1楽章は足取りのしっかりとした演奏という印象。曲自体の構造は分りやすいし、後半でのテーマで堂々とオケに演奏させるところもGood。後半部分の、曲の持つ暗さや晦渋さを抑え胸一杯に広がる旋律は最高だし、見栄をきるような弦のフレージングもまた最高。第2楽章の解釈はいつものシューリヒトという印象で、とくにトリオ部に移行する時のアクセントと強弱の付け方はシューリヒトならではという解釈。第3楽章も暗過ぎない雰囲気と理知的なものを兼ね備えたところはシューリヒト的だと思うし、まあまあかなと。ただ曲自体がかなり暗いので、表現もここまでなのかな、そんな印象も同時持ってしまいました。第4楽章では曲想により微妙なテンポの変化(ルバートと言う方がいいのか?)があり、パレー盤の一気呵成の演奏からすると、様々な技を駆使しているのが分かります(もっとも他の楽章でも同じようなことは言える)。冒頭から覇気のある感じだし、実にしっかりとした演奏ではないでしょうか。実はパレー盤の弱点は第4楽章の後半だと個人的には考えていて、それは一気呵成では表現しつくせないシューマン独得のロマンがこの曲にはあり、そのロマンの表出が充分ではないと考えるからです。それに対してシューリヒトの場合はシューマン的なロマン的性質を充分に認識した上での演奏なので、理知的な側面から光を当てつつも、同時にロマン的要素も取り入れ、これを両立させようとする演奏です。要するにシューマンのロマン的な性質と曲の持つ古典的な側面を上手く成立させている演奏だと言えるのではないでしょうか。その結果フィナーレの後半部分はパレー盤よりも成熟した解釈となっていると思え、それは同時にシューマンの「第2」の解釈として最高、最良のものとなってしまっているというのは否定できないと思いますね。はやり演奏はかなり充実したものだったと思います。録音も当時なりにバランスがよくしっかりした音だと思います。







003* 2005.1.22

Brahms : Symphony No.2 & "Schicksalslied" op.54 & "Nanie" op.82
RSO Stuttgart
1966.stereo(Symphony No.2) , 1954.mono(Schicksalslied & Nanie)
(hanssler classic / CD 93.143)

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ブラームスの交響曲「第2」は以前アルヒフォンから出ていたものと同一の録音。もともとアルヒフォン盤でも音が良かったため、今回は音質改善というものはなく、ほぼ同一の音質という印象。音量が若干今回の方が小さいように感じたくらいのものです。すでにアルヒフォン盤を所有している場合は、改めて買い直す必要ないでしょう。演奏は相変わらずの渋い表現で一貫されており、シューリヒトとしては大柄な感じで演奏であり聴き終った後の満足感は非常あるなあと、今回も思いました。

それにしてもこの渋さは尋常でないものがあります。すごく大人の世界であり、まるで炭火ブラックコーヒーのような渋く苦い味わいというか、女子供は立ち入りこと自体を禁じられているような排他的な印象すら受けてしまいますねえ。個人的には昔のサイトでもこの演奏を誉めちぎっており、改めてこの演奏のすばらしさについて言及するのは気が引けてしまいます。ブラームスの「第2」の名盤といえばシューリヒトのウィーン盤とモントゥー/ロンドン響、それにワルター/ニューヨーク・フィルの3つといわれることが多いですよね。でも実をいうと個人的にはこのシューリヒト/シュトゥットガルトの録音が最高の名盤だと思っています。前記の有名な3つの名盤よりも上に置きたいのです。それくらい内容主義的な演奏だと考えています。でも表現があまりに渋すぎてしまい、多くの人には共感されてないようで、残念で仕方ありません。

このCDで聴き物なのは初出の合唱曲2つが収録されていることでしょう。僕もこの2つの曲目当てでこのCDを買ったのでした。まず音質は交響曲「第2」ほど音質はよくないものの、充分に鑑賞に耐える質のものでバランスも良いです。シューリヒトが合唱を扱っている録音というのは、考えてみるとあまりないんですよね。ベートーヴェンの「第9」やマーラーの交響曲などが主なところで、あとはヴェルディの「レクイエム」の古い録音とか、シューマンの「マンフレッド」全曲盤などが思い浮かぶくらいです。今回の「運命の歌.op54」、「悲歌.op.82」という2つの合唱曲はいずれも基調の渋い落ちついた雰囲気の演奏で、心静かに音楽を聴くことのできるものです。全体的に安心して聴けるところがあり、合唱の扱いも上手いものの、やはり木管やヴァイオリンの小味なニュアンスを引き出す手腕はさすがシューリヒトだと思わせところがありました。このシューマンの2つの合唱曲はあまり有名な曲ではないし、僕も内容をよく知らないため、シューリヒトの演奏解釈については細部まで書くことはできません。それでも演奏の質自体はかなり高度なことが分かるもので、シューリヒトの芸術を知るためには貴重な録音と思いました。

なお、今回の交響曲「第2」と下記ベートーヴェンの「コリオラン」がアルヒフォン盤と音質が変らなかったので、すでにアルヒフォン盤で入手しているブラームスの「ドイツ・レクイエム」は購入を見送りました。







002* 2005.1.20

Beethoven : Symphony No.9 & "Coriolan"Overture
RSO Stuttgart
mono. Live;1961(Symphony No.9) & 1952, (Coriolan)
(hanssler classic / CD 93.142)

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ヘンスラーからファン待望のシューリヒト・シリーズが出ました。僕が最初に買ったのがこのベートーヴェンの「第9」です。

「第9」について書く前にカップリングの「コリオラン序曲」について。この「コリオラン」は以前アルヒフォンからリリースされていた録音(「エロイカ」とのカップリング)と同一のものです。音質もアルヒフォン盤と同じ程度で差異は感じないです。演奏はやっぱり最高でしょう。渋い表現を基本としながら、そこに精神的な響き、厳しい眼光など、どの箇所を取ってもたいへんすばらしい演奏。個人的にはフルトヴェングラー指揮の「コリオラン」よりも上位にある演奏ではないかと考えています。それくらい芸術性の高い演奏ではないでしょうか。この演奏の真価がわからなければシューリヒトの芸術の真価もまたわからないのではないでしょうか。

「第9」については音質に問題があるように思います。演奏自体の解釈は全集盤と根本の部分は変らないように思えたものの、聴いた印象はまた違うものがあります。第一楽章からしてテンポの速い響きの軽いサウンドで、高音域ばかりがスピーカーから飛び出してくる感じでしょうか。どうゆう訳か音に厚みがなく、特に弦に厚みないの音で、違和感を若干感じたりします。中低音部分は少し引っ込んだような印象でしょうかね。迫力がなく深刻な感じもなく、その分聴きやすいことは聴きやすいものの、物足りなさを覚えるのは事実でしょう。またスケールも小さく、もしかしたら小編成のオケで演奏しているのかも知れないと思うくらいです。

次のスケルツォはテンポ設定自体は平均的。ここでも音に厚みがなく迫力もあまりない、という演奏。マイクの位置が悪いのか、スケルツォの前半部分でティンパニ(ソロを打つ部分)だけがやけに浮いて聴こえたりします。管楽器が一生懸命演奏している箇所もあるのですが、それが音として伝わってこないあたりはちょっと残念。トリオ部はシューリヒト的な速めのテンポで流して行く感じ。ホルンの吹かせ方はスタジオの全集盤と同様の解釈です。演奏自体はライブっぽいものの、ここでも第一楽章同様の物足りなさがあり、「第9」を聴く上ではやや不満ぎみです。

アダージョも速めのテンポ設定で、軽い響きという印象ですが、曲の性質からして全2つの楽章のように違和感はあまり感じない演奏です。後半部分など特に軽やかな印象があるし、往年のドイツの名指揮者の演奏というイメージからは遠いという感じです。コーダ付近でのヴァイオリンの弱音部分が普通よりもやや強よめだったりして、繊細さという点ではどうなのか?

第4楽章の冒頭の速い部分はシューリヒトの解釈そのものでしょう。低音弦のレシタティーヴはよく音が取れているのですが、テンポが速いわりにはあまり激しいという印象を感じないのは僕だけでしょうか?低音弦から奏される歓喜の主題はやや独特な節回しを感じたものの、管が参加してくる部分は抑制されている感じ。バリトンの独唱はまあまあか。他のソリストが参加してくる辺りはかなりテンポが速く、高揚感はあるものの、やや安定感を損なっているような印象も。行進曲風のテノール独唱から二重フーガまでは自然な音の流れで、テンポは平均的か。後半部分での合唱の扱いは上手いものの、やや人数が少ないのでは?という印象もあり。コーダ近くでのソリストの声はよく伸びており、なかなか好印象。終結部分は気合いの入った演奏であるものの、音の厚みに欠けるところにやや不満も残すのは事実でしょう。そんな訳で、全体としては録音のバランスの悪いところもあって、スタジオの全集を超えるものではなく、どちらかというと、シューリヒトの熱烈なファン向きのCDというべきでしょう。







001* 2004.11.28

Mozart: Piano Concerto. No.9 &19


先日、HMVのサイトを見ていたら、新しくシューリヒトの録音がシリーズでいくつも発売(ヘンスラーCarl Schuricht Collection)されるという告知があり、これはすごい企画だなあと感嘆しました。最近はAltusというレーベルからも、シューリヒト/ウィーン・フィルのコンビによるCDがシリーズで4枚出るようになったりして、随分たくさんのCDが発売されるようになったものです。シューリヒトのCDが新たにこれだけの数が出て来るというのは、それだけファンの層も拡大したということなのでしょうか。

最近ではネット上でシューリヒトのCDについて何か書く人も出てきました。10年前など、僕の知り合いのクラシック・ファンでもあまりシューリヒトを聴いていないという感じで、それを思うと、少なくともここ10年でかなり状況は変ってきているだろうという気はします。

僕がHPを作りだした時期(3、4年くらい前だろうか)はまだネット上にシューリヒトの情報は少なかったし、シューリヒトのCDを取り上げている場合は、ほぼ決ってブルックナー(EMIの有名なスタジオ録音)でした。(もっとも今でもブルックナーばかりですが)全体的にシューリヒトの録音内容については、情報は少なかったので僕は自分の手持ちのCDの感想をHPで書きはじめたりしました。

僕が3、4年前にHPを最初に作ったきっかけはシューリヒトのCDの感想を書いてみたい、というのが主な理由だったので、シューリヒトについては特別な思い入れがあります。なので、HPを作り続けている以上は(途中断絶ばかりしているが)やはりシューリヒトのCDについて、ちょっとした感想くらいは書きたいなぁ、という思いがあり、今回、こうやって細々と地味に、そしてひっそりとシューリヒトのCDについて書いたものをネット上で公開することにしました。日々鑑賞する中で思ったことを書いていくことにします。

書いてある内容は、かなり主観的なもので、客観性を保証するものではありません(というか保証のしようがない)。その点は考慮に入れた上で、読んで下さい(もっともこれは「Music Note」も全部そうなんですが)。

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今回発売されるヘンスラーのシリーズがどの程度の音質や内容をほこるのか、今のところ分からないわけですが、今回のCD発売の情報を知って、以前にヘンスラーからリマスターで出たシューリヒトのCDを聴き返してみたくなりました。ワーグナーの管弦楽集とモーツァルトのピアノ協奏曲の2枚がありますが、ここではモーツァルトのピアノ協奏曲を聴き返してみました。



Mozart: Piano Concerto. No.9 &19
Clara Haskil (piano), RSO Stuttgart. 1952 & 1956. mono

hanssler CLASSIC
CD 93.079

ITM CLASSICS
950021

ヘンスラーのは左のジャケット、右のはITM CLASSICSのジャケットです。両方とも同じ演奏のCDで、ITM CLASSICSの方が古いCDになります。ITMのCDが最初にリリースされた時にすぐに購入しました。もう10年くらい前になると思います。それ以来時々取り出してはこのCDを聴いてきたわけですが、僕が気に入っているのは「19番」の方です。それも特に好きなのがフィナーレ楽章。この部分だけはくり返し、しつこいほどに聴いてきたという感じです。

ヘンスラー盤が出た時に、もしかしてかなり音質改善があるのではないかと期待したのですが、若干聴きやすくなっている程度で、大きな変化はなかったのが残念だったのを覚えています。今聴き返してみて、敢えて言えばITM CLASSICS盤の方若干聴き疲れるような感じがあり、またほんの若干ですがヘンスラーよりも音が直接的に出てくるような感じがありました。

9番「ジュノーム」の演奏は、実は個人的にはあまり聴いていません。自分の手持ちのCDの中ではグルダ/ベームのコンビによるステレオ録音のCD(オルフェオ)が録音、演奏、共に優れており、このハスキル/シューリヒトよりも上なのではないかと思っています。だから「ジュノーム」を聴く時はもっぱらグルダ盤を聴いており、このハスキル盤はあまり聴いていないのです。もっとも全体のバランスとか、基盤がしっかりした演奏なので安心して聴けるし、平均的なレベルからすれば高いレベルの演奏だと思うのですが、個人的にはモノラル録音ということで音色や雰囲気がちゃんと伝わってこないもどかしさを感じる方が強いです。モーツァルト的な悦楽感が消えてしまっているというべきか。グルダ盤の方がモーツァルト的な悦楽感が充分にあって、やはり「ジュノーム」を聴くなら個人的にグルダになってしまう。

やはりこのCDの聴きものは「19番」の方でしょう。この演奏は僕にとって「19番」の故郷であり基準であるわけで、特にフィナーレ楽章がそうです。ハスキルはこの「19番」を得意にしているらしく、他にも録音が残されています。僕の持っているのは、フランスのターラから出たフリッチャイとの共演盤とやはりフランス物と思えるCDでシルヴェストリと共演したライブ盤です。これらの録音を聴くとハスキルの演奏はどれも優れており、その演奏は甲乙つけがたいものがあります。敢えて言えば音質が最も落ちるのが、このシューリヒトとの共演盤であり、そしてフィナーレが最も優れているのもシューリヒトとの共演盤だと思ってます。第1楽章と第2楽章については、シューリヒト以外の他の2盤もすばらしい出来なので、ほぼ同格の評価ではないかと思います。でもフィナーレ楽章については、どうしてもシューリヒトとの共演盤が明らかに優れていると思いました。

まずフィナーレ楽章のテンポ設定。これは実に調度良い感じに速く、決して速過ぎないし、音楽が崩れるわけでもない、絶妙なバランスの上に成立している。一般的にはかなり速い方かも知れませんが、適度の緊張感と生命力とが一体化していて、不自然さは皆無だし、いや、むしろ見事なまでに音楽の性質と合致しています。それはハスキルのピアノにも当てはまるし、シューリヒトの指揮にも当てはまってしまう。ピアノと指揮が何か一つのものからコントロールされているのではないかと思えるくらいに、両者がぴったりとしています。ハスキルの他盤と比較するとこの点で比較を絶している。ハスキルとシューリヒトは本当に相性が良いんだなあと思わせるもの充分です。例えば極端に言えばこれはハスキルの弾くカデンツァにも言えてしまうのではないか?オケが止まってピアノ独奏に入っても、ハスキルは非常に生き生きとしています。音楽の土台をシューリヒトに支えられて、正に水を得た魚のように振舞ってます。

このフィナーレ全体でハスキルのリズム感、表情、節回し、アクセントの妙など、その全てがツボにハマっており、モーツァルトの本質を体験できるという至福感でいっぱいになります。もちろんシューリヒトの指揮も素晴らしい。ちょっとした小味なニュアンスから、弦の扱いまでその全てがツボにハマっています。全体をキビキビとした感じで支えていくわけですが、その中でモーツァルトの言いたいことが見事に音にされ、それが実にスムーズに、さり気なく流れていくのでした。ピアノと指揮が一体化し、両者が出たり引っ込んだりする部分の何という絶妙さなんだろう。もうこれを聴いてしまうと他の演奏が聴けなくなるくらいです。ハスキルの他盤でもそうだと思うくらい。今回改めてこの演奏を聴き返してみて、「音楽に生きる」という言葉がこの演奏ほど似合うものはないと感じました。今回発売されるヘンスラーのシリーズに期待します。




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