昭和8年刊行の新四国霊験記の一節です
名古屋市にて有力なる家庭に育ち、何不自由なくその日を送り為すことを知らざる一人の壮年あり、偶々亡国の遊びと称する麻雀熱に浮かされ遂に悪戯に深入りして資産を傾けんとするに至る。
両親之を聞くや大に驚き諫言するも聞き入れざるにより、東春日井郡高蔵寺村の婿をはじめ親戚等に依頼して諫言するも更に効無く、益々麻雀の友たる四人組の誘惑に依り散財嵩む有様なるにより両親の歎き一方ならず。
母親は遂に意を決し亀崎町東光寺に到り和尚に乞いて曰く、一週間大師の御前に御籠りがしたいから許されたい、そして断食をして麻雀を思い止まる様に祈願したいと云う。
和尚曰く貴下が可愛い我子の為に祈願せらるヽは、この上もなき愛情の発露にして美点であるが断食するせぬに拘わらず、大師は感応し給うこと明らかである、我等と同じ食物を差し上げるから一日に一食宛召し上がられ、夜も夜具をお貸しするから十時後は寝に就かれよ、大師の御精神は無理して迄も祈願せよとは仰せにはならぬ、精神さえ篭もれば必ず感応しましますは申すまでもなしと諭したるに、母親も之を聞き入れ一週間般若心経を熱読して帰宅したるに、
驚くべし今まで麻雀狂の息子は忽ち一変して眼のさめたる如く麻雀を思い止めて省みず、家業を勉み家運挽回に努めて効を顕すに至りたるより、両親の喜び實に此上もなきに至る。
御礼参りして和尚に語り共に大師の霊験を感謝したりという。
和尚が断食を許さずして一日一食を為さしめ、夜具を与えて十時以後寝に就かしめたるは、母親の衰弱を防ぎたる適当の処置なりとす。
因みに以前娘が祈願して御利益を受けたのが結縁なりと。
その他半田方面は勿論のこと、東西加茂郡及び高浜方面より一日の往復に適して参詣するもの頗る多し。
東光寺に奉安の年弘法、三体弘法は霊験顕著なりとして其名高し。