西山浄土宗

 東光寺の宗派は西山浄土宗で 本山は粟生(あお)の光明寺です。

法然上人はこの光明寺で荼毘に付されたのです。宗祖の遺骨を奉安する御本廟は四十九本の石柱で囲まれ、兜率天の四十九院の名が刻まれています。宗祖は兜率天におられるのです。

本山で一番大きい本堂には、法然上人がおまつりしてあります、阿弥陀様ではありません。阿弥陀様は別のやや小さい阿弥陀堂におまつりしてあるのです。本山は法然上人の廟所(墓所)から発展したものなのです。宗祖を慕う心のあらわれが、こういう形になったのです。なお東西本願寺,知恩院もこの形で、宗祖は本堂に、阿弥陀は別堂に まつられています。

本山については光明寺のホームページをご覧下さい

総本山光明寺

西山浄土宗の教えは、我々は阿弥陀様に救われている。この有難さに気付きなさいということです。

教義についてはこちら

知多半島には西山浄土宗の寺院が四十四あります

そのなかで、知多各寺の本寺にあたる半田市成岩の常楽寺と常滑の正住院についてお話しましょう。

約六百年まえ、岐阜金華山麓の洞窟で修行に励む達智賢了と云う修験者がありました。  この人が後に愛知郡東郷町の祐福寺の開山となります。 常楽寺を開いた空観栄覚上人は この祐福寺の弟子でした。

この法統は六角義と呼ばれています。

空観栄覚上人は文明十六年(1484)当時成岩にあった天台宗の仏性寺を改宗して、常楽寺を開かれたのです。以後五百年法統連綿、現住は第三十五世になります。

常楽寺本堂は大正十三年に全焼し、昭和十四年再建されました、間口12間奥行15間という立派なものです。(ちなみに本山光明寺本堂は18間四面です)

常楽寺については第三十四世榊原是久師の著わされた「常楽寺五百年誌」 をご覧下さい。

空観栄覚上人は、常楽寺を引退されたのち、常滑の正住院を開かれたのです。


この正住院第二十三世の専阿上人はすごい方でした。上人は熱田の生まれで、二十五歳で正住院の住職になられましたが、三十六歳で隠居し、以後夏は洛西善峰寺、冬は常滑で、ひたすら称名念仏に努められたのです。

またその間全国の阿弥陀仏ゆかりの寺を巡り、感応の顕著な霊像を選び四十八願所を定め、「西方四十八願所縁起」四巻を著わされました。 この縁起の現代語訳が白馬社から出ています。
正住院に専阿上人の作られた念仏地蔵があります。この地蔵は拝んでいるうちに阿弥陀様に変わるというすごい地蔵様です。上人は天保12年に59歳で遷化されました。


江南市の曼荼羅寺 八百津の善慧寺 熱田の正覚寺 一宮の常念寺なども西山浄土宗です。