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発言集
| 昨年(2004)7月 上海行 (SARS騒ぎの翌年) |
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195/200 MHA01355 梧庵 上海行2004年7月 @
( 2) 04/07/21 01:31 コメント数:2
久しぶりの上海。この連休を利用して短期間でしたが、
大陸の現代中国漢方(中医学)の情報収集に往復5時間の
空の旅をしてきました。
昨年は例のSARS騒ぎで、当然、行けませんでした。
所で、このSARS流行の時に、上海に踏みとどまり、周りの駐在関係の日本人の
世話をした、強者、N女史という知り合いがいます。
彼女の口添えで、F君という、現在、上海で活躍中の若手漢方家(向こうでは
若手中医医家)に会うことが今回の上海行の目的の一つでした。
くだんのNさん、御尊父が生化学、薬学の世界では有名な方です。
その関係か、電通やら、色々、有名な会社・事業所を、転々として
現在、漢方のT社の本社に落ち着いている、いわゆるキャリアウーマンです。
昨年、3月に上海駐在がきまり、赴任と同時にSARS騒ぎとなり、
嘗て知ったる、上海なので、周りの土地に不慣れな日本人のため
マスクの調達やら生活必需品の買い出しなど、獅子奮迅の活躍で
あった様子。男性陣の方が、結構、早め、長めに日本に舞い戻ってしまったとか。
(ご本人も、健康管理のため短期間は東京に戻ったりもしたようですが)
さて、F君の話によりますと、昨年度はSARSのお陰で、清熱解毒系の生薬が
払底して、各大学病院で、一般の、従来の患者さんに行っていた漢方
処方に非常に困った様子です。白朮、黄耆類も不足したとも。
上海での死亡者数について、それとなく問い質したのですが、
実態は不明の様でした。
別の筋からの話ですが、感染者や、疑いのある者に対しての管理は、
非常に厳格に行われたようです。また、上海市の内外を移動する者に
対しての処置は、厳しく執り行われたようです。
『封城』!!昔から、伝染病が起きたときに行われる大陸での方法です。
この夏は、まったくSARSについて心配しなくてすむ状態です。
ところで、このSARS騒ぎのお陰で、手を洗う習慣が普及したと聞きます。
ごあん
196/200 MHA01355 梧庵 上海行2004年7月 A
( 2) 04/07/23 07:06 195へのコメント コメント数:1
南京東路 そぞろ歩き。
久しぶりに、歩いた南京東路。大理石のような白い敷石をしきつめて、
車を進入禁止にしているので非常に快適に歩けます。その雑踏の中を、
小さな玩具のような観光電車が走っています。電気駆動なのでしょうか、
電線も線路もないところをゆっくり駆け抜けていきます。
乗客数は10から20人ばかりの様子でした。
第一医薬店で外用薬を求めたのですが、隣でやりとりをみていた
ご婦人が、別の店を教えてくれ、蔡同徳堂なる店で購入できました。
雰囲気のある薬店でした。(南京東路450)
ところで、ここに来るのは地元の人に言わせると、お上りさんだけとか。
「よしのや」の盛況ぶりが目につきました。
近くの洒落たピザ屋に負けない位賑わっていました。
メニュー、双宝飯なるファーストフードが美味しかった。
豚肉と牛肉をおなじ器の左右にもったものです。これなど
日本でも人気がでるのではないかと思いましたが。牛肉が
??。ちなみに単品で20RMB(レートが1万円=740RMB)。
20:00に知り合いと落ち合い、預園裏手の紹興酒の店を
目指してのですが、夜の8時には閉店となっていました。
花園飯店の通りを南に2km下がったところ、
瑞金賓館の裏手の西洋人バーで、コップ無くして供されたビールを、
ちなみに私はコロナを、ラッパ飲みをしながら、
小1時間歓談して、上海での友人交流など用件をすべて済ませました。
ごあん
197/200 MHA01355 梧庵 上海行2004年7月 B
( 2) 04/07/23 19:50 196へのコメント
3泊4日の滞在中と帰国の飛行機内での時間を利用して、辛淑玉の『鬼哭啾啾』、も
と初代国連大使加瀬俊一の『あの時昭和が変わった』を読了す。前者は在日の方の戦後
の政治的・社会的な状況、また北韓から中国に脱北した人たちの窮状を理解するために
参考になりますが、啾啾に嗷騒を付けてもらいたい読後感でした。後者は昭和史に興味
のある方にはなかなか読ませる内容です。ちなみに、加瀬俊一氏は今年5月101歳の
天寿をまっとうされたとのことです。
現地の上海書城(福州路465)で、漢方・中医学関係の書籍、約20kg購入。
いつもは郵便でおくるのですが、今回は飛行場に持参し、積荷にして成田空港まで、持
ち帰り、あとは宅急便に託しました。
ごあん
198/200 MHA01355 梧庵 上海行2004年7月 余聞
( 2) 04/07/27 16:23 195へのコメント
上海中医薬大学を卒業後、現地に残り、医師として仕事をしている
日本人青年がいるようです。公式には、例え、上海の中医薬大学の卒業生で
あろうと、外国人に対して、中国人相手の病院で、研修医師として
医師業務を行うこと許可されていない筈です。医療現場の管理者の裁量で、
チャンスを得て上海、現地で医療に励んでいるようです。
ちなみに、医師1年生は、月1000元くらいの給料とのことです。
この収入では、上海では外人としては最低生活に甘んじざるを得ないでしょう!!
GOANN
(以前に、イタリア人で上海中医を卒業した後、地元病院に雇われて、
青い眼の中医医師として、地元メディアにも騒がれたひとがいますが、
すぐに公安関係の干渉が入り、仕事場から外された話など聞いています)
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