背番号のつけ方をいろいろ記述しております。
草サッカーの背番号のつけ方やゲームで作成したオリジナルチームの背番号のつけ方など
使い道はいろいろです。
ぜひ活用してみて下さい。
ボランチより後ろのポジションはヨーロッパと南米では異なる場合が多いようです。
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26 27 28 29
30 31
32
33
35
36
37
39
44
45
47
53
54
57
66
69
70
77
78
79
80
88
90
99
ルール 永久欠番 Etc
南米式 アルゼンチン式 イタリア・イングランド式 北欧式 ヨーロッパ式
バックラインいろいろ
現在は正ゴールキーパーの背番号として定着している。
1970年以前はフィールダーでも着用することがあったようだ。
あのアルディレスもフィールダーとして背番号1を身にまとったことがある。
チームが4バックなら右サイドバックの背番号でほぼ間違いないだろう。
南米では今でも旧来の背番号制が残っており、その場合は右のセンターバックの選手の場合もある。
その代表格がバレンシアのロベルト・アジャーラやビジャレアルのゴンサロ・ロドリゲスだろう。
ヨーロッパでは左サイドバック。南米では右のセンターバックとして着用することが多い。
南米でもヨーロッパ色が強いアルゼンチンのみは3は左サイドバックが着用する。
またアヤックスシステムではリベロの背番号となる。
何と言っても、この番号で有名なのは、今期も健在、イタリアの鉄人マルディーニだろう。
しかし例外もあり、インテルのシエラレオネ代表カロン,元Jリーグ柏、レアル・サラゴーサ所属のジャメーリなど
アタッカーが着用したケースもあった。
カロンは中東へ移籍後もこの番号のようなので、実はお気に入り番号になったか?
ドイツ代表バラックがカイザースラウテルンからバイヤー・レバークーゼンに移籍した当時はこの番号だった。
スペイン代表グァルディオーラも後々4が定着しているが、デビュー時はクーマンがいて定番の1ボランチの
位置ではなく、右ハーフとしてプレーしていたため、この番号を着用していた。
またまたやってしまいました。GKルパテッリ。リース中のキエーボでは10番。
04シーズンにローマへ復帰したら今度は3番だった。
彼の3番の影響なのか、キエーボのスクッリは3番をつけることになった。
ヨーロッパではボランチまたはセンターバック、南米では左のセンターバックが着用することが多い。
アルゼンチンなど一部の南米地域では旧来の方式が残っており、右サイドバックの選手が着用する場合もある。
インテルのJ・サネッテイの背番号4はその名残である。
また、サンプドーリア時代のグーリットの背番号とも知られており、
そのためアタッカーでも着用する場合がある。
例えばナイジェリア代表のカヌーやG大阪時代のムラデノビッチなどである。
グーリットの影響かどうかは不明だが、セビージャ所属のウルグアイ代表ダリオ・シルバもこの番号を好んでいる。
04−05シーズンからフルハム所属のマルブランクの場合はどうだろう。前の14の方が合っていたような感が…。
それとも単に1桁の番号が欲しかっただけなのだろうか…。
01−02シーズンにラツィオからマンチェスター・ユナイテッドへ電撃移籍した
アルゼンチン代表ベローンは
ご愛用の11はギッグスのものだったため、この番号を選択。
ヨーロッパではセンターバック、南米ではボランチが着用することが多い。
レアル・マドリーに移籍したジダンはこの番号だけど、なんかパッとしないね。
この番号で1番旬なのは、ビジャレアル所属のウルグアイ代表フォルランだろうか。
昨シーズンは余り番号のような感じだったが、昨シーズン得点王のゲンを担いでか、この番号が定着しそうだ。
その他、ガラタサライよりインテルへ移籍したエムレ・ベロゾグルも最近ではこの番号に落ち着いている。
チェコ代表ミラン・バロシュもリバプールへ入団以来、ずっとこの番号だ。
ラツィオ復帰直後のデ・ラ・ペーニャがFCバルセロナに復帰直後に着用していたときもあった。
※更に直後、マルセイユへレンタル移籍した。
インテルのスタンコビッチも05−06シーズンはこの番号で、ラツィオ時代も含めて2回目。結構お気に入りなのでは?
かなりマイナーだが、ミカエル・ラウドルップのヴィッセル神戸時代の番号でもあった。
ヨーロッパではセンターバック,ボランチ、南米では左サイドバックが着用することが多い。
特にイタリアはリベロが6を着用することが多い。
南米でもヨーロッパ色が強いアルゼンチンのみは6はリベロの番号となる。
世界最高のリベロと呼ばれたバレージの背番号として有名。
フランス代表ジョルカエフは当時の所属PSGで可変番号式ながら6を付けたことから、以降、代表,クラブとも、
この6番が定着するようになる。
トルコ代表アリフもクラブ,代表共にアタッカーながらこの6を好む。
またフランス代表アンリが一時期ユベントスに在籍したときはこの番号だった。
Jリーグでは入団以来、ずっと2番を着け続けてきた浦和の山田暢久が04シーズンより急に6番に鞍替えした。
これは単に後輩の坪井に番号を譲っただけなのか、それとも偉大なる先輩、ブッフバルト,ペトロビッチにあやかりたかったのか。謎だ…。
万国共通、右MFまたは右ウイングの番号である。
アルゼンチンだけは例外で、左のセカンドストライカーが着用する傾向があるようだ。
近年はポジションを問わず、背番号10に次ぐエースナンバーの印象が強い。
現にレアル・マドリー,マンチェスター・ユナイテッドは背番号10ではなく、7がエース番号である。
リバプールもそうだとか。
最も先人にそれぞれブトラゲーニョ,ボビー・ロブソン,カントナといった名プレーヤーが着用していたせいもあるが・・・。
ラウール,ベッカム,シェフチェンコはわざわざ10番から7番に付け替えたほどである。
リバプールの場合はケビン・キーガン,マクマナマンらで、最近は11を希望すると思われていた左ウインガーのキューエルが
先に7番を着けていたシュミチェルの番号をわざわざ強奪したりしている。
ごく最近ではマンUでベッカムの移籍で空白になった7番をポルトガル代表クリスティアーノ・ロナウドが継承して話題に。
他にもフィーゴ,クロアチア代表のラパイッチ,ラーション,中田英寿や名波浩などチームのキープレーヤーとなっている場合が多い。
2002W杯ではイタリア代表デル・ピエロがトッティと背番号10がバッティングしたため、この番号を着用したが、
イタリアではトップの選手が7番をつける慣習がないため、少し浮いていた感があった。
あまり知られていないが、実はあのジダンもボルドー時代は10番ではなく、7番を好んで着用していたようだ。
ジダンの後を引き継いだ、かつてパルマでヒデとしのぎを削ったミクーも同じく7番を好んだ。
その他、ロシア代表DFオノプコ,94W杯予選の日本代表井原正巳が着用する場合があった。
最も井原は愛用の4番が当時の日本代表DF堀池とバッティングしたせいもあったが。
万国共通、ボランチの背番号だったのだが、ここ最近は10,7に次ぐエース番号になりつつある。
浦和レッズ入団初期とフェイエノールト時代の小野伸二,インテルのダビド・ピサーロ,
チェルシーのランパード,リバプールのジェラード,
当たりが有名か。
あと、鹿島の小笠原,ビジャレアルのリケルメはクラブ,代表共にこの番号だ。
ドゥサイーはDFながらこの背番号を着用しているが、これはミラン時代ボランチを勤めていた頃の背番号が定着したようだ。
過去のアタッカーではストイチコフ,ミヤトビッチ,ユーゴ代表時のサビチェビッチなど。
もっともサビチェビッチの場合は、ピクシーに10を取られ致し方なしなのだが・・・。
最近では、ブルガリア代表のエースベルバトフが代表時にストイチコフの8番を着用することがあったが、
後に同じくレフティーのボイノフが引き継ぐようになった。
Jリーグでは、C大阪の森島寛晃,浦和の三都主アレサンドロが清水時代からこの番号を好むようだ。
最近売り出し中の大宮の小林大吾もこの番号だ。
万国共通、ほとんどがエースストライカーの背番号である。
FWを目指す選手なら誰でも憧れの背番号だろう。
かつてバティストゥータがフィオレンティーナからローマへ移籍した時は、既にモンテッラが着用していた9番を巡って
人悶着あった。結局バティストゥータは18で妥協したようだが。それだけストライカーがこだわる番号のようだ。
しかし不思議なこともあり、94W杯のブラジルはロマーリオもベベートもそれぞれ11と7を好んだため、
珍しく背番号9も10も存在しない2トップとなった。
普通はどちらかは必ずといっていいほど存在するものなのだが・・・。
ちなみに背番号9はこれまた珍しいことに左MFのジーニョの手に渡った。
また北欧では少し違っていて、MFの中心的選手が着用する場合が多い。
近年ではスウェーデン代表のリュンクベリ,テルン,ノルウェー代表のバッケなど。
トップ下ならトルコ代表のハミト・アルティントップもそうだ。
長い放浪生活の末にたどり着いたエスパニョールにたどり着いた、かつてのバルサのホープ、デ・ラ・ペーニャはこの番号が定着している。
基本的にはトップ下の選手の背番号、そしてエースナンバーである。
ポジションは変われど、チームのキープレーヤーが着用することには何ら変わりない。
南米、東欧ではトップ下の背番号、それ以外の国はポストタイプではないセカンドストライカーが着用することが多い。
しかし例外もあり、弱小のクラブを見ると意外とどうでもいいようなプレーヤーが着用していることもある。
その中でも変わっているのは、元キエーボ・ベローナのルパテッリ。
なんと彼はフィールダーではなく、ゴールキーパーである。その後、彼が退団し10番が空席となり、同じくキエーボのダンナが着用した。
そういう意味では左サイドMFや左サイドバックを務める韓国代表、イ・ヨンピョも変わっている。
万国共通、MF・FWの違いはあるが左の選手が着用することが多い。
リベロながらミハイロビッチは背番号11を着用しているが、
若い頃は左サイドのMFを勤めていたため、その背番号が定着していたようだ。
スウェーデン代表ラーションは7番に執着する割には、代表レベルでは98W杯予選以降はこの11が定着している。
またアルゼンチン代表ベローンはトップ下の選手ながら代表ではこの11を着用しているが、
彼はサイドのMFだったこともある。それ以外にも先に代表に定着したオルテガの影響もあるのだが・・・。
少数だが、純粋なストライカーが着用する場合もある。
それがパルマ所属のイタリア代表ジラルディーノ,ACミラン所属のアルゼンチン代表クレスポ,デンマーク代表におけるサンドである。
ジラルディーノは9番が似合いそうだが、ミランでもこの番号を選択。クレスポはリーベル時代,パルマ入団当初と同じ番号なので、意外と違和感はない。
日本国内ではカズこと三浦知良の背番号としてあまりにも有名。
かつての日本代表FW城彰二は当時横浜Mでわざわざ9番から11番へ鞍替えするほどのカズ崇拝者である。
基本的にはサブGKの番号である。
しかしスペインだけは例外で別のポジションの選手が着用する場合が多い。
スペインだとセルジが有名。GKじゃないとFWが多めか?
フランス代表アンリも代表ではこの番号を好む。
アンリいわく、代表の12はファン・バステンで、クラブの14番はクライフなんだとか。
時代を遡るとファン・バステンがEURO88を制したときの背番号でもある。
ファン・バステンの影響なのか、代表レベルではオランダ代表のマカーイ,スペイン代表のF・トーレス,
チェコ代表のロクベンツらもこの番号を好むようだ。
ドルトムント時代のエベルトンも入団以来、この番号だ。
あとはサポーターズとしてあえて使用しないケースも多々あるようだ。
イエス・キリストの命日と同じ番号ということで、この番号を嫌う選手は少なくない。
しかしドイツでは名プレーヤーの背番号で、ゲルト・ミューラー,ルディ・フェラー、
現在ではバイエルン所属ミヒャエル・バラックの背番号として知られる。
イタリア代表のネスタもこの番号が定番となっている。
ローマ所属ルーマニア代表のキブもネスタに憧れたか、04−05シーズンより、以前の4から突然この13へ変更したが、
いい結果は出ていない。
故障により引退してしまったが、クロアチア代表のスタニッチも代表,パルマ時代とかなりこの番号に入れ込んでいたようだった。
またJリーグの神戸では、かつて永島昭浩が着用していたこともあり、エースナンバーとなっている。
現在ではその意思を播戸竜二が引き継いでいる。
身近ではディナモ(当時はクロアチア)・ザグレブ時代のカズの背番号でもあったね。
柳沢敦はクラブでも代表でこの背番号だけど、一皮向けられないのはもしやこの背番号のせいでは・・・。
スペインではサブGKの背番号として定着している。
イタリアでは元々この番号はボランチの背番号で、そのせいか02−03シーズンにペルージャに移籍してきた
バローニオは1+3という背番号にした。しかし結果はスタメンに定着できず、リースに出されてしまった。
たいがいの国では平凡な背番号だが、オランダではヨハン・クライフの背番号として、10番並みの価値がある。
ファイエノールトへ移籍した小野伸二もクライフのような活躍を期待されて、この番号を与えられた。
しかし、当のオランダ人はクライフがメディアでいろいろ批判するので彼を嫌い、そしてこの背番号を嫌うケースもあるようだ。
それでも、最近はアヤックス所属のスナイダーが代表ではこの番号を好む。日本代表の三都主アレサンドロもそうだ
ポーランド代表スモラレクもクラブではこの番号だ。
その他ではアルゼンチン代表シメオーネはクラブ,代表ともにボランチの8番よりこの14番を好む。
スイス代表のフォーゲルも代表,クラブではPSV,ミランとこの番号を好んでいる。
レアル・マドリーの生え抜きグティもこの14番一筋だ。
レアル・ソシエダからリバプールへ移籍したシャビ・アロンソはヒーピアの4番を奪い取るわけにはいかなかったため、この14番に落ち着いている。
その後、代表でもこの番号が定着するようになる。
フランス代表のアンリはアーセナルでは代表の12番ではなく、この14番だ。
バイエルン所属ペルー代表のクラウディオ・ピサーロもこの番号を好む。
前述の通り14は一般的にクライフの14番だが、もう1つ14番が重視されている国があった。それがイタリアだ。
82W杯の優勝メンバーのタルデッリである。
優勝を決め付けるゴールを決めたのが彼で、そのためかイタリア国内のボランチで彼を崇拝するものは少なくない。
インテル時代のディ・ビアージョなどが例である。
イタリア人ではないが、タルデッリが在籍していたユーベでもプレーしたデシャンもこの番号だったが、この偉大な先人の影響がなくはないだろう。
サウジアラビア代表もこの番号はエースナンバーとして称えられているようだ。
最近は一般的にゲームメーカーがつける場合が多いようだ。
ラツィオのフィオーレ,フルハムのマルブランク(後に4へ変更),横浜Mの奥大介,柏の大野敏隆らがそうだ。
まず、フランス代表テュラムの代表用の背番号が思い浮かぶ。ちなみクラブでは21が定着している。
02−03シーズンにブレイクしたレアル・ソシエダ所属トルコ代表ニハト・カフベチ,チェルシーのドログバ,ACミランの
スーパーサブ、デンマーク代表のトマソンの番号としても有名。特にトマソンは代表でも15を着ける場合もある。
アーセナル期待の若手、セスク・ファブレガスもこの番号だ。
EURO2004得点王チェコ代表ミラン・バロシュも代表ではクラブの5ではなく、この15が定着している。
日本国内では、名古屋グランパスエイト全盛期を支えたスーパーサブ森山泰行の背番号としても有名で、先日、地域リーグで現役復帰した時もこの番号を着用していた。
最近では、磐田の福西崇史が日本代表のときの番号として定着。
一部の国ではGKの背番号として扱われるが、1番有名なのは、マンUのロイ・キーンだろうか。代表では6番だが。
デンマーク代表グラベセンもクラブレベルでは、エバートン,レアルとこの番号が定着している。
フランス代表バルテズなぜか1番より16番を好む。
最近ではJリーグでブレイクした「だいこく様」ことG大阪の大黒将志の番号として有名か。
ユベントスのイタリア代表カモラネージもこの番号を好む。
ベネチアから帰国当時の名波浩や03−04シーズンにパルマからボローニャへレンタル移籍した中田英寿もこの番号を着用した。
共に1+6=7というのは考えすぎだろうか。
と思っていたら、ボルトンでもこの番号だ。かなりこの説は濃いだろう。
かつてはイタリア代表MFディ・マッテオがこの番号を好んだ。
セリエAが固定番号制の頃はサブのFWの番号として定着していた。
そういうこともあってか、ACミラン全盛期のスーパーサブ,決勝点の男マッサーロの番号としても有名。
イタリアといえば、往年の名ウイング、ブルーノ・コンティも代表ではこの番号だった。
コンティ繋がりというか、ローマのデ・ロッシは元々4番を着用していたが、ユース時代の恩師のコンティの勧めで、16番へ鞍替えしている。
イタリア代表カンナバーロのパルマ時代の背番号として知られる。
最近は彼のように小柄なストッパーがまねて、この番号を着用するケースがあるようだ。
柏の土屋(神戸→柏)は神戸時代に背番号を4からいきなりこの17へ変更したので、ほぼ間違いないと見てよいだろう。
フランス代表プティ,クロアチア代表のクラスニッチもこの番号を好む。クラブ・代表共にこの番号である。
フランス代表トレゼゲ,イングランド代表ジェラードも所属クラブではこの番号を着用する。
※ジェラードは04−05シーズンより8へ変更。
ローマのトンマージも入団以来、ずっとこの番号だ。
リーズ時代のアラン・スミスもずっとこの番号を付けていた。
※後にマンUへ移籍。
少々マイナーだが、アルバニア代表のターレも代表,クラブ共にこの番号だ。
Jリーグでは、広島の服部公太はずっとこの番号が定着している。
2003コンフェデレーション杯の準決勝コロンビア戦で急逝したカメルーン代表フォエもこの番号を好んでいた。
また近年の日本代表では秋田,宮本と名DFが受け継いで来ているようだ。
C大阪からマジョルカへ移籍した大久保嘉人もこの番号。
オランダのヘラクレスへ入団した平山相太もこの番号だが、もしかして、国見高校の先輩である大久保を意識しているのか?
サブのFWが着用するケースが多い。
しかし、この背番号をトレードマークとしたプレーヤーがいた。
それがかつてドイツ代表として活躍したユルゲン・クリンスマンだ。
地区予選では9番を着用していても、本番には必ずこの18番を着用していた。
そしてあと1人、インテル時代のイバン・サモラーノだ。
97−98シーズン、チームにロナウドが加入し彼は泣く泣く背番号9をロナウドに譲った。
しかし背番号9に未練タラタラだったようで、そこで彼は1+8=9ということで18を新しい背番号とした。
そしてここに世界で初めて1と8の間に+が入った足し算背番号が誕生した。
またR・バッジョのACミラン時代の背番号だった。
最もこれは新入りの彼がサビチェビッチに遠慮したこともあったが・・・。
しかしながらあのバッジョが唯一10番以外を着用したことで、ある意味貴重である。
日本人では、日本代表時の小野伸二の番号だろうか。これは故障がちで代表を離れる事が多い事が原因か。
その他ではマンUのポール・スコールズ,インテルのキーリ・ゴンサーレス,リバプールのリーセが好む。
ポルトガル代表の名手パウロ・ソウザの代表デビュー時の番号で、クラブでもドルトムント,インテルでこの番号を選んだ。
最近では韓国代表の安貞桓(アン・ジョンファン)やユベントスのザンブロッタの番号として有名。
デンマーク代表ロンメダールも所属のPSV→チャールトンではこの番号を好む。
また90W杯で得点王を獲得したときのスキラッチの背番号でもある。
その他、アタッカーが着用するケースが多い。
アルゼンチン代表クレスポは代表では、偉大なる先人バティストゥータが代表引退するまでは、この番号が定着していた。
しかしこの2人が同時に所属したことのあるインテル・ミラノではそっくりそのまま背番号が入れ替わるという
珍しい現象が起きた。最もバティはローマより後からレンタル移籍してきたのだが・・・。
例外としてはアルゼンチン代表のサムエルだろう。ローマ,レアルとこの番号だ。
また今まで5→29→11→5→19とコロコロ背番号を変えてきたACミランのコスタクルタの最後の背番号になる公算が強い。
※04−05シーズンより、定番の5へ復帰。
基本的にアタッカーが多い。
インテルのレコーバ。彼は10番よりもこの20番を好むようだ。
96−97シーズン、ウディネーゼでブレイクしたオリバー・ビアホフ,FCバルセロナのデーコ,バイエルン所属のサリハミジッチ,
FCバルセローナ,マジョルカで活躍するナダール,元イタリア代表のエンリコ・キエーザの背番号とも知られる。
ラツィオのリベラーニもペルージャ時代からこの番号が定着している。
元スウェーデン代表、アンデルレヒト所属のゼッターベリもオリンピアコス時代からこの番号だ。
キャリアの晩年をバレンシアで過ごしたフランス代表アングロマも最後はこの番号一筋だった。
シュトゥットガルト所属のクロアチア代表ソルドも入団以来、ずっとこの番号だ。
ヨーロッパではデポル一筋のドナト・ダ・シルバもその1人である。
ユーベのタッキナルディも長年この番号で過ごした。(94シーズン入団、03シーズンより3)
意外とあっさりディ・バイオに20番を譲ってしまったため、あまり愛着はなかったのか・・・。
ディ・バイオはパルマ時代のキエーザの20番を引き継いだのがそのまま定着したものだと思われる。
しかし今シーズン移籍したバレンシアでは、既にミスタの番号として定着していたため、11を選択することになる。
ボルトン移籍に失敗して帰国したC大阪の西澤明訓も以降、この番号が定着している。
サンプドーリアからメッシーナへ移籍した柳沢敦はいつもの13は空いていなかったので、今シーズンはこの番号を着用している。
時代を遡ると黄金のカルテットを粉砕したパオロ・ロッシの背番号として有名。
かなりマニアックだがフィーゴの代表デビューの背番号でもあった。EURO96にもこの番号で出場した。
スペイン代表ルイス・エンリケの背番号として知られる。
ちなみに94年W杯からずっと継続中。所属のバルセローナでも同じ番号である。
後に>スポルティング・ヒホンの後輩で、現バレンシア所属のビージャが代表でこの番号を好むようになる。
フランス代表テュラムも代表では15を着用するも、
クラブではパルマ・ユベントスともにこの21を着用する。
最近1番有名なのはバレンシア所属のアイマールだろう。
個人的にはチームメートのアングーロがさっさと10番を譲ってくれるといいのだが・・・。
ACミランのピルロも有名な1人。
そしてデポルの司令塔バレロンもこの番号だ。彼の場合はフランがいなくなれば自然にこの番号が転がり込んでくるだろう。
と思っていたら、意外とそうでもないようで・・・。
スペインのジダンと呼ばれているというのがオチか・・・
他にはジダンのユベントス時代の背番号でもあった。
そのためかフランス代表の同僚でもあり親友でもあるデュガリーにもこの番号が定着していたようだ。
やはり基本的にアタッカーが多め。
バイエルンFWツィックラー,ラツィオのFWシモーネ・インザーギも移籍以来ずっとこの番号だ。
チェコ代表ウィファルシもHSV,フィオレンティーナとかなりのこだわりようだ。
ポルトガル代表ヌーノ・ゴメスも9番よりも21番の頻度が高い。
現在はサンパウロFCからACミランへ鳴り物入りで入団したカカーの番号が1番有名だろう。
行く行くはルイ・コスタの10番を引き継ぐことになるだろうが。
その次がチェルシーのストライカー、グジョンセンか。
ウディネーゼ,パルマを経てドルトムントへ移籍したブラジル代表アモローゾなども知られる。
※現マラガ所属だが、またしても退団濃厚。
ローマのペリッツォーリはGKながら珍しくこの番号を好む。
02−03シーズン、リーズ・ユナイテッドよりトッテナム・ホットスパーズへ移籍したロビー・キーンの背番号でもあった。
※シェリンガム退団後は10番へ変更。
その他、98W杯のアルゼンチン代表サネッティ。なぜか愛用の4番ではなく、この番号だった。
そして02W杯のホアキン・サンチェス。彼にとっては苦々しい思い出となったが・・・。
多少マイナーだが、ラツィオのオッドも入団以来、ずっとこの番号である。
密かに人気番号。それはサッカー界でもバスケットは大人気で、マイケル・ジョーダンの背番号だからだ。
具体例をあげるとミラン時代の元イタリア代表マルコ・シモーネやラツィオ時代のアルゼンチン代表ベローンか。
でもそうやって見るとプレイボーイの番号?
03−04シーズンからはマンチェスター・ユナイテッドからレアル・マドリーへ電撃移籍した
デビッド・ベッカムが
着用することになり話題に。
かつては当時FCバルセロナのホープだったイバン・デ・ラ・ペーニャの番号として有名だった。
同じくスペインでは、アトレティコ時代から継続しているビジャレアル所属のホセ・マリも有名だ。
代表レベルでは2002年W杯からは登録選手が従来の22人から第3GK用に1人追加され、23人になったため、
これからは第3GKの背番号として定着していくのではないだろうか?
既にチェルシーのクディチーニはこの番号がお気に入りのようだ。
また、アルゼンチン代表がマラドーナの10番をたたえて永久欠番を申請し、FIFAに却下されたが、
それでも親善試合ではやはり10番を使用していない。
近年マラドーナの10番を着用していたオルテーガもこの23番を着用することが多いようだ。
その他はアーセナルのキャンベル,インテルのマテラッツィ,バイエルン・Mのハーグリーブス,パルマのブレッシアーノ,
サンプドリアのディアーナ,ACミランのアンブロジーニ,リバプールのキャラガー,磐田の福西崇史など。
メジャー所ではイタリア代表デル・ベッキオやラツィオのコウトの番号か。
レアルの中盤を支え続けたフランス代表マケレレの番号でもある。
ブンデスリーガ、シャルケ04ベルギー代表ビルモッツもこの番号が定番だった。
グルジア代表ショタ・アルベラーゼもアヤックス,レンジャースとこの番号を好んだ。
また長らくパルマに在籍し、背番号8が定番だったディノ・バッジョが1995−1996シーズンに一度だけ
ストイチコフに「8」を譲ったときの番号。ちなみに24は自分の誕生日だとか。
最近ではバイエルン所属パラグアイ代表ロケ・サンタクルースの番号として有名。
その他ではラツィオ所属のポルトガル代表フェルナンド・コウト当たりか。
また11番が定番として知られるカズがブラジルから帰国し、読売クラブへ移籍したときの背番号である。
カルラス・プジョールもバルサのトップ昇格直後はこの番号だった。
実はファンタジスタがお好き?
元イタリア代表ゾーラがチェルシー移籍以降この番号を着用し続けている。
南アフリカの司令塔フォーチュンもマンU移籍以来ずっとこの番号だ。
レバークーゼン所属ドイツ代表シュナイダーも長年この番号を好む。
また中村俊輔が横浜M入団時の背番号でもある。とか言っていたら、05−06シーズンより所属するセルティックでこの番号を選択。
しかし、これはどちらかというと、同ポジションの先輩、スロバキア代表のモラフチク(J市原でもプレー)の影響の方が大きいか。
15歳でJリーグデビューした森本貴幸も1年目はこの番号だった。清水所属の市川大祐もデビュー以来、この番号が定着している。
典型的なファンタジスタではないが、アーセナルのカヌーも入団以来ずっとこの番号である。
ポジションは異なるが、バイエルン所属のリンケ,インテル所属アルメイダ,レバークーゼン所属シュナイダーもこの番号を好む。
フランス代表ロテンに至っては、モナコ→PSGとかなりの入れ込みようだ。
ここ最近で有名なのはデビュー以来、この番号が定着しているチェルシーのキャプテン、ジョン・テリーだろう。
オランダ代表ダービッツも96−97シーズンにミランからユベントスへ電撃移籍して以来、着用している。
※その後、バルセロナ→インテルと移籍。
またイングランド代表ジョー・コールのウエスト・ハム時代の背番号でもある。
ドイツ代表のダイスラーやファイエノールトからマンCに移籍したボスフェルトもクラブでは、この番号を着用する。
最近ではレバークーゼンのオリバー・ノイビルやアタランタからサンプドーリアへ移籍した
クリスティアーノ・ドーニなどが着用している。
ノイビルは移籍したボルシアMGでもこの番号なので、間違いなくこの番号に愛着はあるだろう。
密かにミランの古株セルジーニョも愛用者の1人である。
主にブロビンチアで活躍したダリオ・ウブネルもブレッシャ,ピアチェンツァ,ペルージャとこの番号にこだわる1人だ。
フランス代表DFシルベストルもマンUではこの番号が定着している。
デビュー当時のローマのデ・ロッシ,HSVのベテランゲームメーカーのカルドーソもこの番号だった。
人気番号になりつつある?
ここ最近はアーセナルのコロ・トゥーレが1番有名か。
あとドイツ代表ラメロウはレバークーゼン移籍以来、この番号にこだわっているようだ。
浦和レッズでプロデビュー当時の小野伸二の背番号。ちなみに最初の一年だけ。
インテルからユベントスへ移籍したカンナバーロは愛用の17がトレゼゲに取られていたため、この番号を選択した。
ローマやブレッシャに在籍した元FCバルセローナのグァルディオーラはこの番号を選択し、本人は知らないと思うが、
実はこの番号、キャプテン翼の大空翼のFCバルセローナでの背番号でもある。何たる偶然。
奥大介がドゥンガが磐田を退団するまで着用していた番号。
候補の7〜10の空き番号が全くなかったためだろう。
当時はさすがに名波(7番),ドゥンガ(8番),中山(9番),藤田(10番)を押しのける訳にはいかなかった。
リーズに1年だけ在籍していたリオ・ファーディナンドが着用していた時期もあった。
ここ最近では、日本代表鈴木孝行の番号が有名だろう。
フィオレンティーナのトーニ,インテルのマルティンスも有名。
また呂比須ワグナーが日本代表デビューしたときの番号。その後、平塚から名古屋へ移籍したときもこの番号を選んだ。
高原のボカ時代の背番号でもあった。
ローマのマンシーニは右サイドながら2とはゆかりのない、この番号を選んだ。
チェルシー時代のデンマーク代表のウイング、グレンキアもこの番号が定着していた。
※04−05シーズン途中にアトレティコ・マドリーへ移籍。
オランダ代表スタムが所属のラツィオ,ACミランとこの番号を好む。
最近はバイエルン所属のシュバインシュタイガーの番号として有名か。
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ギリシャ代表のデラスも所属のローマでは、この番号を好むようだ。
※後に移籍。
元々は98−99シーズン直前ギリギリにアトレティコ・マドリーからラツィオに移籍してきた
ビエリが余り番号という感じで着用したのだが、1年後に移籍したインテルでも引き続きこの背番号を着用している。
05−06シーズンから所属するミランでもこの番号に決定した。
ブンデスリーガ、ブレーメン所属のアイウトンもこの番号を好んだ1人。
※後に移籍
最近では、ASモナコのジベ,ACミランからフィオレンティーナへ移籍したブロッキがこの番号で息が長いか。
そしてこの背番号をつける偉大なストライカーになりつつなる男がいる。
それがボカ・ジュニオルスからジュビロ磐田に復帰した高原直泰だ。
磐田からハンブルグ移籍後もこの番号を愛用している。
Jリーガーだと、東京Vの小林慶行もこの番号にこだわっているようだ。
実はこの番号、本家は98−99シーズン直前にインテルへの移籍が流れて、最大登録番号を与えられたローマ所属のフランス代表カンデラが元祖だったりする。
その他ではニューカッスル・ユナイテッドのフランス代表ロベール,インテルからブレッシャへ移籍したディ・ビアージョ,
ミランからジェノアの移籍が破算になり、ユベントスへ入団したアッビアーティなど曲者や訳あり移籍な方が多いね。
ヴィッセル神戸時代のイルハン・マンシズもこの番号だった。しかし、てんで貢献度ゼロだったが…。
ガラタサライからインテルへ移籍してきたトルコ代表エムレ・ベロゾグルの入団時の番号だった。
スコットランドリーグ、セルティック所属のスウェーデン代表ミャルビーが好む。
また、2001〜2002の2年間、ガンバ大阪宮本が着用していた番号。
イングランド・プレミアリーグ、ウエストハムへの移籍は流れたものの、
いずれは出て行ってしまうので、あえて本来の背番号5を着用せずにいたが、結局オファーはなし。
2003年からは元の背番号5に戻った。
最近ではレッジーナの中村俊輔のチームメイトというより10番を奪われたコッツァの背番号として有名。
またレバークーゼン所属のアルゼンチン代表プラセンテの番号としても有名。
かってJリーグ京都に在籍し、ガラタサライでUEFAカップを獲得したカポネもこの番号だった。
リーズからミドルスブラへ移籍したオーストラリア代表ビドゥカがこの番号を着用している。
短絡的に、3+6=9というオチか。
その後、ACミランからASモナコへ移籍したクリスティアン・ビエリもこの番号だ。
ドイツのホープ、1FCケルンのポドルスキはデビュー時はこの番号だった。
フィンランドの英雄リトマネンが憧れのリバプールに在籍していたときの番号(00−01シーズン途中から)。
しかしケガの影響もあって活躍できず、翌02−03シーズンにはアヤックスへ復帰した。
マンC時代のフランス代表のアネルカの番号として定着していた。由来は不明。
後に移籍したフェネルバフチェでも、この番号を選択している。
ペルージャの若手ボランチ、ガッティがこの番号を着用している。西洋人なら4番は死に番で嫌いそうなものだが・・・。
イマイチブレイクできないのもこの番号のせいなのでは?
そしてもう1人パッとしなかった男が・・・。それがトッテナムに在籍経験のある戸田和幸だ。
※翌年はフロイントの4番を引き継いだが、あえなく契約解除されてしまった。
ポルトガルのホープ、ウーゴ・ビアーナがニューカッスル時代に着用したが、さしたるインパクトは残せず。
レバークーゼン所属ブルガリア代表のベルバトフが入団以来この番号を着用している。
※キルシュテン,ブルダリッチ移籍後は9番へ変更。
インテルよりラツィオへ復帰したポルトガル代表セルジオ・コンセイソンが着用したが、構想外のためあえなく退団。
イバン・サモラーノの足し算背番号第2弾として、2000−2001シーズンにインテルに加入した
トルコ代表ハカン・シュクールが着用したが、活躍はイマイチだった。所詮は2番煎じだったか。
トルコのガラタサライ所属のハカン・ユンサルがこの番号を好む。
彼を始めガラタサライの選手は特に個性的な背番号を好むようだ。
キエーボからユベントスへ移籍したイタリア代表レグロッターリエの番号。なぜ66なのかは不明。
今シーズン、マルセイユからバイエルンへトンボ帰りしたフランス代表リザラズがこの番号を選択した。
多分、自分の年齢と合わせたのだろう。
過去には01−02シーズンにミランにリースで復帰したマルコ・シモーネがやはり自分と生まれ年ということで、
この番号を選択したようだ。
フィオレンティーナ破産によりインテルに加入したイタリア代表トルドにより正GKの座を追われ、
ラツィオに移籍した元イタリア代表ペルッツィの背番号。
1をあえて選択しなかったのは元正GKのマルケジャーニに敬意を表してとのことだとか。
多分生まれ年の70年を取ったことが濃厚。
その辺はパルマ時代のエムボマも同様か。
イタリア代表ココがこの番号を好む。
また2001−2002シーズンにユベントスに加入したイタリア代表ブッフォンが88から結局この番号に落ち着いた。
ACミランのGKアッビアーティもこの番号だ。
ラッキーセブンということもあって、77年生まれの選手がこの番号を好むことも多い。
ボローニャからのリース復帰直後の当時インテル所属のベーントラが着用していた。多分78年生まれだからと思われる。
やはり7まじり79年生まれの02−03シーズンブレイクのウディネーゼFWイアキンタが着用した。
みんな7はラッキー7でお好き?
ASローマの正GKペリッツォーリが80年生まれということで着用していた時期があった。
2001−2002シーズンにユベントスに加入したイタリア代表ブッフォンが最初にこの番号を選んでいろいろ物議をかました。
インテルからラツィオへ入団した直後のイタリア代表ペルッツィが先輩のマルケジャーニに気を使い、この番号を着用していた。
ポルトガル代表ビトール・バイアのFCポルトでの背番号。
かつては95−96シーズンに当時のユベントスのエース、ビアッリがセンターフォワード2人分の活躍をしたい
ということで希望したが、この当時はまだ登録人数以上の番号を着用できなかったため、却下されてしまった。
しかし現在では、リボルノ所属04−05シーズン得点王のルカレッリの番号として定着している。
1〜99の数字。0は禁止。これはいつの時代でも変わらなかった。
クラブレベルで本格的に固定番号制が始まったのは1995−1996シーズンからで、
当時は選手登録数以上の番号は認められなかったが、99−00シーズンからは1〜99の範囲内であれば
好きな番号が着用できるようになった。
1995−1996シーズンに登録番号制が始まって以来、今のところACミランのバレージの6と
ナポリのマラドーナの10である。
マラドーナのケースは彼がチームから去り引退後だったので異例のことだった。
更にアルゼンチン代表の10番を永久欠番にしようという動きもあったが、こちらは却下された。
03年のコンフェデレーションカップ中に急逝したカメルーン代表フォエも、直前まで在籍していたマンチェスター・シティと
フランスリーグ、ランスで永久欠番になる模様。
またJリーグはなぜか永久欠番を認めない方針のようだ。
ピクシーが初の永久欠番と信じていただけに残念だった。
1995−1996シーズンに登録番号制が始まった当時は、ビッグクラブではレギュラークラスのプレーヤが>先に選び、
残りは抽選で決めていた。>弱小クラブ等はかなりいいかげんで正GKは1、エースは10であとはDFからアルファベット順に
着用するという形式を取るところもあった。
ちなみに98年までのイタリア代表のW杯本戦の背番号の着用方法がこれに近いものだった。
90年W杯のバレージが6ではなく2、94年W杯のマルディーニが3ではなく5だったのはこのためだ。
実は90年までのアルゼンチンもこのルールだった。
個人が選ぶ場合、特にこだわりがなければ自分の誕生日や恋人の誕生日を選ぶことが多かったようだ。
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