私が下駄箱を開けると、そこには一通の封筒が入っていました。
「なんだろ?これ」
表にも裏にも差出人を示す名前はありません。
・・・もしかして、これって・・・
「あぁ〜、雪希ちゃん」
「きゃっ!」
私が振り向くと、そこには日和ちゃんと、お兄ちゃんが立っていました。
私が口を開くより早く、
「ラブレターだねぇ、いいなぁ」
「ひ、日和ちゃん!」
と日和ちゃんはにこにこしながら言いました。
私はとっさにお兄ちゃんの顔を見ます。
お兄ちゃんは、さして興味もないような顔で、
「さっさと帰ろうぜ」
と言うと、私の脇を抜けて、昇降口から出て行きました。
「ま、まってよぉ〜、けんちゃん。雪希ちゃん、いこ」
「う、うん」
私はそう返事をしたものの、少しの間、動けませんでした
・・・お兄ちゃん、どうおもったんだろう・・・
◇◆◇◆◇◆◇
「じゃあね、けんちゃん、雪希ちゃん」
「う、うん、ばいばい、日和ちゃん」
「・・・ああ」
私たちは、いつものT字路で分かれました。
とたんに息が詰まります。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
いつもはTVの話題や、学校の話題を話し掛けてくるお兄ちゃんが今日はとても・・・
「・・・なぁ、雪希・・・」
「は、はい!」
と突然お兄ちゃんが話し掛けてきて、びっくりした私は声を裏返して返事をしてしまいました。
「いや、驚かなくても」
「ご、ごめんなさい」
「いや、あやまれても・・・」
それきり、お兄ちゃんは口を閉ざしました。
私も口を閉ざしてしまいます。
だってなんて話し掛けていいのか、わからなかったから・・・
◇◆◇◆◇◆◇
「はぁ〜〜〜」
私は洗ったお皿の雫をふき取りながら、ため息をつきました。
家に着いてからも、夕食のときも、お兄ちゃんの言うことは、
「ああ・・・」
とか
「うん・・・」
とか、片言でしかありませんでした。
・・・お兄ちゃん、手紙のことどう思ってるんだろう・・・
夕食が終わったテーブルの上に置かれた、口の開いた封筒。
ずっと前からあなたのことを見ていました。
好きです。
付き合ってください。
明日の放課後、プール脇でお待ちしています。
簡潔だけど、丁寧につづられた文字。
そして明確な意思。
なんとなくだけどもてる好感。
・・・私はこの手紙に、この人に、どう返事をしたらいいんだろう・・・
「ふぅ」
カチャリとお皿を食器棚に置いて、私はもう一度ため息をつきました。
洗い場以外の音はしません。
いつもなら居間から流れてくるTVの音が聞こえてくるか、お風呂に入っている水の音が聞こえてくるのに。
まるでこの家には私しかいないように・・・。
キィ、キィ・・・。
そのとき、床のきしむ音に私は息を呑みました。
きしむ音は洗い場の前のドアで止まり、
カチャ・・リ・・・
とドアのノブをあけようとした後、静かにもとの位置に戻しました。
お兄ちゃん・・・
「・・・雪希」
お兄ちゃんがドアの向こうで言いました。
「・・・なに?」
私が言うと、ドアの向こうで何度か息をつぐ感じがして、
「・・・風呂場・・・石鹸きれてるみたいなんだけど・・・」
と言いました。
「・・・えっと、脱衣所の上の戸棚に買い置きが・・・」
「そうか、わかった・・・」
お兄ちゃんはそういいましたが、立ち去ろうとはしません。
お兄ちゃん・・・
私はドアの前にそっと立つと、右手をぎゅっと握って、
コン、コン
とドアを軽くたたきました。
・・・・・・・・・・・・・
少しの間の後、
コン、コン
同じ拍子で、ちょっと強めの返事が返ってきました。
コン、コン・・・
コン、コン・・・
無言の会話。
お兄ちゃん、どうしたらいいの?
お兄ちゃん、どう思ってるの?
私のいっぱいの言葉を詰めた、無言の会話。
やがて、
「雪希・・・・」
とお兄ちゃんは言いました。
「・・・なに?」
「・・・いつでも助けてやるから・・・どこにいても・・・どんなときでも・・・」
「・・・うん・・・」
「だから、心配すんな。答えはどれでもいいんだ」
「・・・・・・・うん・・・・・・・」
そう言うと、お兄ちゃんはドアの前から去っていきました。
「・・・うん、ありがと・・・・・・」
私はドアに額を寄せると、つぶやくように言いました。
頬の涙を隠すように・・・
◇◆◇◆◇◆◇
「ごめんなさい」
翌日、放課後のプール脇。
私は緊張して待っていたであろう男の子を目の前に言いました。
髪の短い同級生の男の子は、苦笑じみた笑顔を浮かべると、頭をかきました。
「たぁ〜、やっぱり俺なんかじゃ駄目か〜」
同級生の男の子、氷室君は言いました。
「ち、ちがうんです。えっと、あなただから駄目なんじゃなくて」
「うん、わかってるよ」
「えっ?」
私が不思議な顔で見ると、氷室君は苦笑いを浮かべて、
「好きな人、いるんだろ」
と言いました。
「え、え?なんで?知って・・・」
「う〜ん、なんでかな?」
と氷室君はちょっといたずらっぽく笑って、
「そう!よくいうじゃん、恋する乙女は美しいってね」
と言いました。
「な〜んてね、手紙にかいたろ、君のことを見てるって?」
「は、はい・・・・」
「だから見えたんだよ、君の視線が・・・」
と氷室君はまっすぐな視線で私を見ました。
「・・・はい、大好きな人なんです。今はまだ女の子として見てもらえてないかもしれないですけど・・・」
とそこで私は息をつぎ、
「・・・でもいつかきっと、私はあの人の側にいたいんです。女の子として」
と私が言うと、氷室君は、うん、とうなずき、
「じゃ!」
と歩いていきました。
一度も振り返らずに・・・
◇◆◇◆◇◆◇
校門の前に来ると、お兄ちゃんが寄りかかって空を眺めていました。
「お兄ちゃん・・・・お待たせ」
「・・・ああ」
お兄ちゃんは私が来ると、ちょっと意外そうな、困ったような、嬉しいような顔を私に向けました。
「ふふっ」
私が笑うと、お兄ちゃんは憮然とした表情になり、
「何かおかしいか?」
と言いました。
「ううん、なんでもないよ〜」
「・・・そら、帰るぞ」
「うん!」
私はお兄ちゃんの隣に並びます。
秋のちょっと気の早い夕日が、私たちを、街を赤く染めていました。
私はお兄ちゃんの赤く染まる頬を横目で見ながら、
「私、断ったよ」
と言いました。
「そうか・・・」
「・・・うん!」
私は夕日に感謝しました。
顔の熱さを気づかれずにすむから・・・
「今日は・・・」
「うん?」
「今日は、外食にするか。久しぶりに」
「・・・うん!そうだね」
そう言ってから、私はいたずらっぽく笑い、
「お兄ちゃんのおごりでね♪」
と言いました。
私たちのあとをつける影法師達。
重なり合う二つの影は、まるで手をつないで歩く恋人同士のように見えました。