出会いは偶然だった・・・
ううん、それは出会いなんてものじゃなかった
ただ私が一方的に彼を見つめていただけ・・・
最後の試合・・・
彼のフリースローがゴールにはじかれて試合が終わった後・・・
彼は黙々とフリースローの練習を繰り返していた
馬鹿みたい・・・もう試合は終わったんだよ
・・・終わっちゃたんだよ
そう何度も心の中で言い続けた
でも声に出していえなかった
フリースローの練習を続ける彼の姿
私は目を離すことができなくなっていた
淡い思いを胸に落としながら
☆☆☆
「おい、高井!なにぼけーとしてんだよ!」
そういわれて私ははっと視線を上げた
Piaキャロットの男性ウェイトレス制服であるタキシードをきた明彦が立っていた
中学の時からの私の想い人
「別にぼーとなんかしてないわよ」
私はちょっとどきどきしながら答えた
やだな、なんで昔のこと思い出してるときに話し掛けるのよ、意識しちゃうじゃない
「いや、ぼーとしてたね、おれがせっかくこうして差し入れのドリンクをだな・・・」
「あっ、も〜らい」
私は明彦の手からアイスコーヒーを奪い取ってストローに口をつけた
「あ、おまえそれは俺の分!」
「え〜、今、差し入れっていったじゃない」
「おまえのはこっちのオレンジだ!だいたいおれがいつもアイスコーヒーを飲むの知ってるだろう?」
もちろん、わざとだ
「それじゃあ・・・ふふっ」
私はいたずらっぽく笑って、明彦の顔を下から覗き込んだ
「な、なんだよ」
「一緒にのもっか?ストロー2本挿して?」
とたんに明彦の顔が赤くなる
「ば、馬鹿言うなよ!誰がおまえなんかと・・・」
「ええ、冗談よ」
「なにぃ〜」
「本気にしちゃって、かわいい♪明彦ちゃん♪」
「おまえなぁ」
「ふふっ、ごめんね、冗談、冗談」
私がおどけた調子で言う
彼がしょうがねぇなぁという顔で笑う
ここには私の求めて物がある
大好きな場所、大好きな人、大好きな人と笑い合える私・・・
・・・・でも
でもこれは私じゃない
これは私の振りをしている私
ほんとの私はあなたを遠くから見つめているだけ
声すらかけることのできない、臆病者
私はここにいるために自分を演じている
明るくて、軽口を言い合えて、友達としてバイト仲間として彼と付き合っていける私を・・・
本当は「好きです」の一言がいえない私を隠して
本当の私は弱いから・・・
あなたに何もいえないから・・・
だからあなたから4号店のヘルプの話を聞かされたとき、もう一人の私は言ってしまった
「ガンバってきなさい」
なんて・・・心にもないことを・・・・
いってほしくない、あなたがいってしまったら私は何のためにこのお店でバイトしてるのかわからなくなる
何年も同じ学校にいて・・・
でも話し掛ける勇気がもてなくて・・・
あなたがこのPiaキャロットでバイトしてるって知ったとき、私、初めて勇気を振り絞った
あなたのそばにいたい・・・
ただの友達でもいいから・・・そう願って・・・
「同じ学校だったんだね」
なんて前におどけていったりしたけれど、もうずっと前から知ってたんだよ
私の勇気はもうそこまで・・・
後は友達として付き合っていくしかなかった
でもそれもあなたがそばにいてくれなきゃ、意味がないじゃない
ほんとはいってほしかった・・・
「ここに残る」って
私のために残るっていってほしかった・・・
「どうした?高井?ま〜ただんまりだぞ」
明彦が私の顔を覗き込んでいる
「う〜ん、こういうやり取りも、明彦がヘルプにいっちゃったらもうできないんだなって思うと・・・」
・・・さびしい・・・
「高井・・・」
「せいせいするわね、お仕事に集中できそう!」
「おまえなぁ、少しは寂しがれっつーの!」
「うふふっ」
・・・いかないで、私、あなたがいないと・・・
・・・どうにかなっちゃいそうだよ
☆☆☆
「じゃあいってくるよ」
そういって明彦は列車に乗り込んだ
「新しい彼女ができたら紹介してやるよ」
なんて・・・もうそんなこと言われたら・・・不安でしょうがないじゃない・・・
ヘルプ期間、8月、1ヶ月の我慢だって自分に言い聞かせてるのに
結局、あなたは最後まで残るっていってくれなかった
駅まで見送って、寮までついていこうかなんて言って、それとなく別れたくないって伝えたのに・・・
「この夏が最後だったのに・・・弱虫・・・いくじなし・・・」
あなたの列車を見送りながらつぶやいた
「残る」っていってくれないあなたへ・・・
そして「残って」っていえなかった自分へ・・・
大嫌いな自分へ・・・
☆☆☆
「高井先輩〜」
「え、なぁに?」
Piaキャロットの日常、午後2時を過ぎたあたりからランチタイムを終えて、お客さんもまばらになってくる
私がテーブルの上のお皿を片付けていると、新しく彼の代わりに入った新人のウェイトレスが言った
「木ノ下マネージャーが呼んでますよ〜」
「こら、フロアで大きな声を出さない!」
「あう、ごめんなさ〜い」
彼女が留美さんに怒られているのを聞きつつ、私はすばやくお皿を回収し、留美さんの近くへいった
「さとみさんが?どういう用でしょう?」
「う〜ん、ちょっと私もわからないなぁ、義姉さんに直接きいて」
留美さんは首を傾げつつ、フロアは私がやっておくからと言った
フロアを後にし、事務所のドアの前に立つとドアをノックした
「さとみさん?」
「ああ、さやかちゃん?いいわよ、はいって」
「失礼します」
さとみさんは事務机の上のパソコンから目を離すと、
「ごめんなさい、仕事中に呼び出して」
といって立ち上がった
「ああ、さとみさん。いいですよ、そのままで」
「そう、ごめんなさい、ちょっとだけ動きづらくって」
さとみさんはそういうと少しだけ目立ってきたお腹をさすりながら、脇にある来賓用のソファに腰を下ろした
私も向かいのソファに腰をおろす
「それで?どういうご用件でしょう?」
「うん、それがね、4号店のことなんだけど・・・」
「えっ」
私は顔がこわばった
彼に何かあったんだろうか?
いや、なにか失敗でもして・・・
それとも・・・
「・・・つづけていい?」
さとみさんがやさしい口調で言った
私はわれにかえる
「あ、え、はい・・・」
「4号店のヘルプの件、覚えてるでしょう?」
「・・・はい、神無月くんがヘルプでいった件ですよね・・・」
私は胸が高鳴った
彼の名前を呼ぶだけで、こんなに胸が・・・
「それでね、4号店で話し合った結果、もう少し経験者がほしいって言うことになったらしいの」
「はい・・・」
「で、もう1人ぐらいヘルプできないかって、さっきオーナーの所に連絡がはいったわ」
「そうなんですか?」
さとみさんは机の上のポッドから急須にお茶を注ぐと、茶碗にお茶を注いで私と自分の前に置いた
「あ、ありがございます」
「でね・・・」
さとみさんは口からお茶を離して、私を見た
「さやかちゃん、4号店にヘルプに行く気、ない?」
「えっ!わ、私がですか?」
「ほら、ちゃんともたないとあぶないわよ」
「あっ・・・と」
私が慌ててお茶を持つのを見てさとみさんが笑った
お茶の波打つ表面が少しづつ収まるのを見つめながら私は言った
「あの・・・」
「うん?なぁに?」
私は深く深呼吸をしていった
「どうして、私・・・なんでしょうか?」
さとみさんは静かにお茶をテーブルの上において、
「そうねぇ、別に経験者という意味では留美ちゃんでもよかったわ。当然、あなたに断られたら留美ちゃんにも持ちかけてみるつもりよ」
「べつにまだ・・・」
私が言いかけるとさとみさんは静かに私の口に人差し指を置いて、にこっと微笑みかけた
「でもね、留美ちゃんはやっぱり本店に置いておきたいわ、マネージャーとして。それにオーナーもうるさいし」
そういってさとみさんは片目をつぶる
「・・・でもあなたに最初に話を持ちかけたのは、ちゃんと理由があったから」
「・・・理由・・・ですか?」
「そう・・・その理由は・・・あなたが一番わかってるはずよね?」
「えっ・・・」
「目の置き場がないっていうのかなぁ、彼がいなくなってからのあなたの視線はどこに向いているのかしら?まるで迷子の子猫よ?」
「・・・そんなこと・・・」
「ない?」
私は黙り込んでしまった
「・・・恋愛って、光の見えないトンネルだとおもうな」
「えっ?」
「真っ暗で、何も見えない、相手も、自分も、何も見えない。そんな暗闇の中にいたらもちろん不安よね」
「・・・・」
「それでも時々見える出口の光を信じて進むしかない。それがたとえ遠くても、間違っていても、進むしかできないの。だって立ち止まってしまったら、いつまでも暗闇に閉じ込められたままですもの」
「・・・・・・・・・」
「出口を信じて、それを目指す気持ちがあれば・・・いずれ外に出られる。暗闇のなかでじっとしてても相手にはみえないぞ」
「・・・・・・・・・」
「相手の気持ちは見えないかもしれない、でも、自分の気持ちは信じられるでしょう?あなたが一番大切にしている光、それを目指せばきっと外にでられるわ」
「・・・・さとみ、さん」
「さぁ、どうかしら?ヘルプの件、考えてくれる?」
さとみさんは笑っていった
「さとみさんって・・・・」
「うん、なに?」
「つよいんですね」
「そんなことないわ、自分に正直なだけ。・・・わがままっていうのかなぁ」
「自分に?」
「そう」
そういってさとみさんはいたずらっぽく笑って、
「だってこんなにいい女なんだから、わがままの一つぐらい許されるのよ」
「ふふっ、さとみさんってば」
「ふふふ」
午後の日差しが差し込む事務所に二人の笑い声が響きあった
もうそのとき、私の心は決まっていた
もう一度だけ、勇気を、出してみよう
☆☆☆
「6番線、急行美崎海岸行きは7時ちょうどの発車になります、ご乗車になってお待ちください」
「あっと、もうこんな時間か・・・」
私は脇の旅行バックを抱えると、風になびく髪を麦藁帽子で抑えた
ポニテだった髪をおろしたのは、あなたに変わった私を見てほしかったから
弱虫だった自分を無くしたかったから
「さぁ、行こう!Piaキャロット4号店へ!」
そしてあなたの元へ
そして私の夏の物語は、潮騒が聞こえる街へ続いていく・・・