誓いの剣〜前編〜

「ふぅ、今日はいい天気だなぁ」

晴れ渡る空の青、花壇の花が風にゆれる。

美由希は洗い立ての真っ白なシーツを物干しに干すと、縁側に腰かけた。

頬をなでる風は、やさしく美由希のみつあみの髪を揺らしていった。

「こ〜んな、のんびりとした気分なんて久しぶりだなぁ」

美由希は、う〜ん、と手を伸ばして、そのまま後ろに倒れこんだ。

目の前に広がる、青空と白い雲。

家の中は静かだった。

晶はサッカーへ、レンはなのはと買い物に行っている。

桃子はいつもどおり翠屋で奮戦している時間だし、恭也はフィアッセとデート中だ。

恭也は、「フィアッセの付き添いだ」と言っていたが・・・。

『もう、恭ちゃんもしょうがないな』

と美由希は恭也の顔を思い出して笑った。

那美も仕事といってどこかへ出かけているし、忍は大学のレポートで忙しいらしい。

「というわけで、今日は私、一人きりなのでした」

と美由希は誰ともなしにつぶやいてみる。

心地よい風の手が眠りを誘う。

『とりあえず・・・洗濯物も干し終わったし・・・レンたちが帰ってくるまで・・・・眠っても・・・』

重いまぶたに言い訳しながら、美由希は徐々に眠りに落ちていった。



・・・コーン・・・

・・・あれ・・・鐘の・・・音・・・・

・・・−ンコーン・・・・

・・・鐘?

・・・キーンコーン・・・・

・・・チャイム?

美由希はまぶたを開ける。

さっきまで日にあたっていた縁側は今はすっかり日陰になっていた。

キーンコーン、キーンコーン

「おい、だれかいないのか」

高くもなく、低くもない男性の声。

変声期の男の子のような声が、玄関の方で聞こえた。

「あっ!はいはい」

ぼんやりとした頭を美由希は振り払って、慌てて飛び起きて、庭のほうから玄関に出た。

「・・・はい、なんでしょう?」

美由希は玄関の前に立つ人影を見た。

ジーパンにジージャン姿の若い男。

いや、男の子というべきか。

美由希と同じくらいの背の男の子が、ぼろぼろの竹刀袋を手に立っていた。

「・・・・・・・」

男の子はぼさぼさの髪から覗く瞳を、美由希に向けた。

『・・・何?・・・・』

その瞬間、美由希の肩が揺れた。

男の子と目が合った瞬間、美由希はそらしたいと思ったのだ。

なぜだかわからない。

ただ射すくめるような男の子の目を見ていられない、そう思った。

「・・・うちに、何か用事ですか?」

美由希はそらせたい目を我慢するため、言葉を続けた。

「・・・ここは高町って家だろ」

「はい、そうですけど?」

「高町恭也っていう男はいるか?」

男の子は言った。眼光が鋭さを増した気がした。

「きょ・・・兄は、出掛けてますが?」

「・・・いつ帰る?」

と男の子は言った。

美由希は腕にはめられた時計を見る。帰るといっていた時間まではあと1時間ほどだった。

「あと1時間ほどで帰りますけど、兄にどういったご用件でしょう?」

美由希が言うと、

「手合わせだ・・・待たせてもらおう」

と言って、玄関の脇の壁に寄りかかり、入り口を見ながら腕組みをした。

『手合わせって・・・・仕合ってこと?じゃあ、道場破り!?」

「あ、あの、うちはそういうのやってないんですけど」

「そういうのっていうのは何だ?」

男の子は瞳を美由希に向けた。

「手合わせとか」

「ふん、剣士が戦うのにルールがあるか」

と失笑した。

「とにかく、うちではやってませんから!」

「うるさい!女はひっこんでろ!」

と怒鳴った。

「女って・・・・私だって御神流の剣士です!」

「なに?」

美由希が負けずに怒鳴り返すと、男の子は初めて顔全体を向けて、美由希を見た。

驚いたように目を見開いている。

そして、

「そうか、邪魔したな」

といって寄りかかっていた壁を離れ、外へ歩いていった。

美由希が、ほっ、と息を告ぐと、

「女にできる剣術に用はない」

と男の子が言うのが聞こえた。

『な!』

「ちょっと!待ちなさい!」

美由希が敷居を出て行こうとする男の子の背に向けて怒鳴った。

「なんだ」

男の子が振り向いて言う。

「それ、どういう意味!」

「それってのは?」

「女にできる剣術に用はないって!!!」

と美由希が言うと、男の子は口をゆがませ、

「言葉どおりだ。女にもできるような剣術は、俺は求めていない。そう言ったんだ」

と言った。

今までの恭也との修行の日々をすべて否定する言葉。

美由希にはそれは絶対に許せない。

「取り消して!」

「なにを?」

「今の言葉!取り消して!」

「・・・・くく」

美由希がつかみかからんばかりの勢いで言っても、男の子は馬鹿にしたような笑いを止めなかった。

「なにがおかしいの!」

「ふっ、おれは取り消すつもりもないし、間違ったことを言ってるとも思わない。

女にできるような剣術は必要ない」

美由希の怒りは頂点に達した。

「じゃあ、勝負しよう!」

「なに?」

「恭ちゃんのかわりに、あたしが勝負する。御神流を代表して!」

「あんた、本気か?」

男の子は言った。

「ほんきよ!あたしが勝ったら今の発言を取り消して!」

男の子は少し思案げなにマユをよせたが、やがて、

「いいだろう、その勘違いを直してやるよ」

と言った。

「じゃあ、ついて来て」

美由希は男の子を道場に連れて行った。



「・・・勝負形式は・・・」

「そんなの必要ない」

美由希がTシャツにジャージ、そして小太刀の木刀を用意しつつ言うのを、男の子は妨げた。

「どちらかが戦闘不能になるまでだ」

「・・・いいわ」

美由希はめがねをはずしながら言った。

美由希は男の子の手に握られている木刀を見る。

男の子が持っていた竹刀袋から出てきたものだ。

小太刀というには長すぎるし、太刀と言うには短すぎる、奇妙な木刀だった。

男の子は両手でそれを振っていた。

やがて二人は向かい合う。

格子窓から差し込む日の光が、二人の姿を照らした。

ジャージ姿で小太刀を両翼に構える美由希と、正眼に木刀を構えるジーパン姿の男の子。

外から鳥のさえずりすら美由希には届いていなかった。

『この子、できる』

構えから出る威圧感、そして自らを剣士と名乗った。

ただの剣道家ではないだろう。

思えば目が合ったときにそらしたいと思ったのも、この威圧感だったのだろう。

それほど、年下と思われる男の子から発せられる威圧感はすごかった。

『隙が・・・ない』

「・・・御神流、高町美由希・・・」

何とか隙を見出そうとする意識が、自然と言葉を発する。

「・・・相馬一眼流、相馬戒人・・・」

戒人がそういった瞬間、威圧感が緩んだ。

『いける!』

美由希がそう思った瞬間、戒人の姿が膨らんだ。

「えっ」

風を切る音、足に響く衝撃。

・・・近づいてる!

直線的に近づいた戒人の動きが、美由希にしてみれば戒人が突然膨らんだように見えたのだ。

正眼に構えられていたはずの木刀は・・・ない!

・・・上!

木刀はすでに射程内で上段から打ち下ろされている。

「くっ」

美由希は慌てて小太刀を額でクロスさせ、上段からの攻撃に備えた。

ガン!

間一髪で上段からの打ち下ろしに間に合う。が、腕への衝撃は抑えきれない。

「っっ」

衝撃が両手をしびれさせる。美由希は距離をとるためにバックステップした。

「ふんっ」

しかし戒人は、美由希が下がった2歩の距離をたった1歩で縮めてくる。

落ちおろした剣を返し、足を刈りにくる。美由希はとっさに横にとんだ。

ついさっきまで足の会った場所を、風をうならせて剣が通った。

すぐさま体勢を立て直し、

「てぇりゃぁぁぁ」

左右からの2連撃。しかし戒人は1撃目を半歩後ろに避けて、2撃目を軽々と受け止めた。

しかし、それこそ美由希のねらい。

半身回転させ、避けられた1撃目を再び振るう!

ドゴッ!

「ぐっ」

しかし反対に美由希の方が吹き飛ばされた。

『蹴り!』

戒人は回転中の隙ができた美由希のわき腹にけりを入れてきたのだ。

とっさに美由希は後ろへ飛んだ。半瞬せず

ガン!!!

と美由希のいた場所に、剣が突き刺さる。蹴りを入れたと同時に戒人が追っていたのだ。

「くっ」

美由希は慌てて後ずさり小太刀を構える。

「・・・・・・・」

「はぁはぁはぁ・・・」

戒人は悠然と剣を正眼に構えた。

たったあれだけの戦いに美由希は息を切らした。

『・・・強い!』

想像以上の使い手だった。それこそ恭也クラスの・・・

『攻撃しなくちゃ駄目だ』

「いやぁぁぁぁぁぁ」

美由希が上下左右から連撃を打つ。戒人は時には避けて時には受け止めた。

ガンガンガン!

木と木がぶつかり合う音が、道場に鳴り響く。

キュキュキュ!

床を蹴る音が、道場を振動させる。

「ふうふうふう・・・」

「・・・・・・・・・」

わずかな打ち合いの間に、美由希は汗だくになり、小太刀を握り締める手から汗のしずくが滴り落ちていた。

戒人は正眼に剣を構えたまま、じっとしている。

「それがあんたの弱点だ」

「はぁはぁはぁ、なに」

戒人は一筋も視線を外さず言った。

「小太刀はリーチが短い、だからより深く相手の懐にもぐりこまなければならない。

だから早い動きでかく乱する。だからより運動量が多くなり、スタミナも浪費しやすい。

自分より各上の相手ならなおさらな。女の体力で多くは望めない」

「・・・・修行してる!」

「息を切らして、いきがるなぁ!」

戒人は正眼からの3連突きを放つ。

「くっ」

1撃目は喉に。2撃目は右肩に。3撃目は左肩に。

1撃、2撃ははじいたものの、3撃目ははじききれずに左肩に食らう。

突き通すような痛みが美由希を貫いた。

「真剣なら今ので、左肩は負傷だ」

戒人は言った。

美由希は小太刀を構えながら、隙をうかがった。

左右から、上下から打ち込んでも隙を生じさせることはできない。

小太刀の間合いで戦うことができない。

『どうすれば・・・・』

そのとき美由希の頭に浮かんだ、御神の技・・・。

『そうだ!』

飛び込めないなら、長距離からしとめればいい。

相手は美由希が飛び込めなければ攻撃できないと思っている。そして動きは直線的。

これほどあの技にふさわしい場面はない。

御神流、最速、最長の射程を誇り、母が得意とした技。

「・・・御神流には飛び針や糸の技術があるはずだ。なぜそれを使わない?」

「・・・あんたなんか剣だけで十分!」

「・・・なるほど」

戒人は失笑した。

「あんたの弱点、もうひとつ見つけたよ」

言うと同時に戒人の足が直線で美由希に向かう。

「あんたは実戦を知らな過ぎる!!!」

戒人の姿が膨らむ。美由希はすばやく大きく剣を引き、そして、

「御神流奥義!」

全身の筋力使って、剣を打ち出した。

「射抜!!!」

「な!」

戒人の間合いまであと半歩。しかし美由希の剣はその半歩を踏ませない。

「っ!」

伸びてくる美由希の剣先を眼前で体をひねって交わす戒人。

『かわされた!いや、まだぁぁぁ』

しかさらに伸びてくる美由希の剣は、戒人の左肩を貫くように打つ。

「ぐがぁ」

戒人の足が宙に浮き、体が後ろへ倒れこむ。戒人は衝撃を後ろへ受け流すように、そのまま勢いよく2後転して肩ひざをついた。

美由希の腕には、打ち込んだ衝撃がしびれるように残っている。

戒人は左肩を抑えながら、美由希をにらんでいた。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・どう?真剣なら、これで、五分と五分、ね」

戒人はひざまずいた状態から美由希をにらみつけていたが、立ち上がると左手を力抜いて片手で剣を構えた。

「はぁはぁはぁ・・・な、なに?」

「・・・あんたの言うとおりだ・・・」

「?」

「実戦に油断や、やり直しはない。ただ、相手を全力で倒すのみだ」

正眼に構えていた剣先が床に下がる。美由希はいぶかしげに戒人を見た。

「俺の剣は・・・負けない!」

その瞬間、美由希の背に悪寒が走った。

空気が変わった。剣を下げて美由希を見つめる戒人。小太刀を構える美由希。

その構図は、数瞬前と変わらない。

だが美由希の危険信号は先ほどとは比べ物にならないほどあがっている。

『殺気が・・・ない?』

先ほどまでは感じられていた威圧感、殺気。そんな気配が目の前の相手からは一切消えている。先ほどとは別人のように。

かといって目の前の人間から何も感じないというとそうではない。

美由希の額に汗が浮かぶ、息が乱れる。

『あの・・・目だ』

美由希は思った。

先ほどまで覇気に満ちた瞳は、今はガラスのようにうつろに美由希を見つめていた。

その瞳に美由希は息苦しさを感じているのだ。

『ちがう・・・』

あの瞳に見つめられると胸が苦しくなる、目をそらしたくなる。

『・・・怖い・・・』

うつろな瞳で見つめる目の前の少年に、美由希は剣を打ちかわしたときにも感じなかった恐怖を感じた。

『怖い、怖い、怖い・・・・』

美由希の思考をまるで警告メッセージのように恐怖が支配する。

『やだ、逃げたい。ここから今すぐ。私はあれにはか・・・』

美由希の思考を中断するように、戒人が動いた。

美由希に向かってまっすぐ、歩いてくる。

「えっ」

スピードもなく、小細工もなく、ただまっすぐに歩いてくる。

『・・いやだ、こないで!こないでよ!』

美由希の足が下がりかけたが、何とか踏みとどまる。

戒人はもう半歩で美由希の射程に入る。

「う、うわあぁぁぁぁ」

美由希は歩いてくる戒人の額に向けて右手の小太刀を思いっきり振り下ろした。が、

「な!」

戒人の姿がその瞬間、消える。

『どこに!』

その姿は影となって現れる。

『下!』

戒人は美由希の右手をかいくぐるように、左手の下手にもぐりこんでいた。

すでに戒人の右手は振り上げられている。

美由希は左の小太刀で慌てて防御するが、

「くぅ!」

左肩に走る激痛に踏ん張りがきかない。左の小太刀はあっさりとはじかれ、そして、

美由希の左の脇の下に切り込まれた。

ゴキッ!!!

体の中を衝撃がかけめくり、あばらから耳へ届くいやな音。

『うわぁ、折れたかな』

妙にスローモーションな思考に身を任せ、美由希の体は宙を舞い、

ガン!!!

道場の壁に叩きつけられた。

「美由希!!!」

誰かの声が、薄れていく美由希の耳に届く。

『あれ?恭ちゃん、・・・帰ったんだ・・・』

それきり美由希の意識は、闇の中へ消えた。


誓いの剣・前編 完



こらこらこら、連載ものはいかんと何度思ったらやめるかなぁ(笑)
ども〜YAMAです
連載ものです、前編です、さぁ、いまから続きの心配をしなければなりません(笑)
というわけで、「誓いの剣」前編をお送りしましたがいかがだったでしょうか?
これは先に出ました「とらいあんぐるハート3 フィアッセ・美由希編」の小説の中で、
「美由希、影薄〜(笑)」と思ってしまったので作成してみました。
とりあえず今回は先の2本がべた甘なものだっただけに、甘い要素は抜かしてみました
展開はあいかわらずべたべたなんですけどね(苦笑)
さらに今回は初の戦闘シーンを入れてみたりもして、ちょびっとこれまでのSSとは違ったものになってます
一応、月姫SSにも戦闘があるけどぜんぜんシリアスじゃないし〜(笑)
とりあえず中編、後編とあと2本の予定でおりますが、月姫SSの例もあるように連載物は長続きしてないので
もし仮に気に入ったという方がいらっしゃいましたら、気長にまってやってください(笑)
では常套文句を!
できたららくがき帳にいろいろな文句(笑)、感想などを書き込んでくれると作者もきっとやる気になるでしょう!
それでは♪

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