盆猫 「吉凶」
          老爺柿
          黄瀬戸釉足付切立正方
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     吉 凶                                                 2002.12.5

 黒猫は不吉という説、はたまた縁起が良いという説、両方がある。この際断定してしまうが、吉も凶も猫自身にはない。対する人間の振舞が吉凶を決めるのだ。
 中世ヨーロッパでは、狂信的な人々から魔女の使いとして狩られ、仕返しにペストを蔓延させた。翻って日本では「驪猫」と呼ばれて天皇に献上されるなど大切にされ、そのお礼に、ペストはもとよりあらゆる災厄から私たちを守ってくれる「魔除け厄除けの黒招き猫」(白いほうは福を招く)になってくれた。めでたしめでたし――とは、多分に猫の肩を持つ私のたわごとであるが。
 ところで、近代日本画の巨匠、菱田春草は猫を多く描き、「黒き猫」「柿に猫」など黒猫の作品もある。特に「黒き猫」は名作の誉れ高いが、耳が寝て、斜めになった柏の幹にしがみついている様子は緊張しているようで、猫たわけの私には心配に見える。一方の「柿に猫」は、木が柿になり、猫が木の幹でなく地面にいる以外は、構図はほぼ同じ。成猫になりきらないきゃしゃな姿はかろやかで、ちょっととぼけた表情。柿の幹にお尻を向けているのはスプレーでもした後なのか…などと、ユーモラスに感じられる。
 しかしながら、近藤啓太郎はこの絵を「若死した春草の悲哀を痛切に物語っているような気がしてならない」と見た。
「『柿に猫』の猫は、何やら画面からそのまますうっと消えて行ってしまいそうに思える。病魔に冒され、もはや幽明境をさまよっている春草が、画面の猫の姿に化しているように思われる」(「大観と春草の描いた猫」より)
 下から右斜め上に伸びて画面の外に消えている柿の幹も、私などには絶妙な構成に見えるが、被験者に木を描かせて心理分析をする「バウムテスト」的な解釈などすれば、幹が途中までしか画面に入っていないのがあまり健全ではない、と評価されそうであるし。見方次第で随分印象が変わるものである。
 ともあれ、柿と黒猫の色の取り合わせは、さすが画家の審美眼に適っただけあって、ぴたりと似合う。春草が背景を染めた淡い金茶に似るように、盆器には黄瀬戸釉をかけてみた。
 でも、盆栽の大きさに合わせた極小の黒猫は作るのが難しく、ちょっと失敗。本来の優雅で愛らしい雰囲気は出ていないので、ぜひ春草の絵をご覧になられんことを。