節季の猫句

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■2002年5月30日開設■
二十四節季ごとに馨歩が詠みました猫句を載せています

●立春 2006年2月4日

め じ ろ 来 る 猫 目 を み は る 朝 の 窓


 気候や生き物の姿の移ろいに鈍感になった人間が感じとらないうちに、季節は確実に春に移り変わって行きます。いつまでも寒い寒いと厚手のコートの中で身を縮ませていても、ふと気付けば寒さがじんわり弛んできていました。
 おりしもそんな頃、窓を開けると当家の目の前の広大な庭(大家さんの地所)の、梅の木の枝先をさっと横切る小鳥の影。雀よりも一回り二回り小さな姿、素早い動きに、「もしや」と思ってじっと目を凝らせば、やはりメジロです。
 暖かい地方、照葉樹林のあるような場所では留鳥なので、関東地方でも伊豆のあたりでは年中姿を見かけるようですが、長らく都区部在住の私のイメージの中では、春になり、花々がほころぶとその蜜を求めて人里にやって来る鳥。「梅に鶯」と言いますが、きれいな薄緑色で目につくのは実はメジロ。ウグイスは地味な薄茶色なのです。我が家の窓からメジロを見つけると「春も近い」と嬉しくなるのですが、なるほど、今年のメジロ初見日は1月30日。立春を数日後に控えた朝でした。
 すばしこい動きのメジロは、バードウォッチャーの猫にとって、魅力的な観察対象なのでしょう。見つけた途端に目が真っ黒になって、興奮を隠しきれません。

 ところで、大先達、蕪村にも小鳥が来るのを喜んだ句があります。秋の句で、ここで「来る」のは渡り鳥のことだそうですが、「めじろ来る」は、この句を念頭に作った本歌取りのつもりもありまして。当方の駄句と同じ文中に載せるのは気が引けるのですが。

小 鳥 来 る 音 う れ し さ よ 板 び さ し

 これを「小鳥来る音のうれしさ」などと詠まず、「音うれしさよ」とするところがさすがです。蕪村のこういう生き生きした言語センスやリズム感が好きだなあ。

  
これがメジロ          photographs by Hideo Tani        で、これがウグイス    photographs by Hideo Tani

ね、それぞれ意外な色でしたでしょう。これらの美しい写真は「鳥遍路写真館」さんから頂きました。
今回、鳥画像を載せようと探してみましたが、質量ともにこちらが傑出していました。日本のみならず、世界の野鳥2069種が、美しい写真で展示されてます。皆様もぜひご鑑賞を。

小寒 2005年1月5日

 居 続 け の 通 い 猫 あ り 寒 の う ち


 今年の新企画として、二十四節季ごとに猫俳句を詠み、表紙に掲載することにしました。駄句ですが、どうぞお付き合い下さいまし。
 さて、初回は1月5日の「小寒」。
 この日が寒の入りで、立春までが寒中となりますが、今年はここ数年にない厳冬で、寒さもひとしお。寒さで、外に出るのが億劫になるのは、猫も人も変わりないようです。
 毛布にくるまっているのは、当家の通い猫「ヘディ猫」。日によって、来たり来なかったり、数日姿を見せないこともある気まぐれな彼女が、寒さのせいでしょうか、このたびは随分と長い居続け。
 保護色のような毛布にくるまって眠っていると、居ることも忘れるほど部屋になじんでいます。
●大寒 2005年1月20日

 猫 歩 く 肉 球 ひ や り 雪 の 上


 二十四節季に則れば、「小寒」、「大寒」に先立ち、冬至の前に「小雪」、「大雪」が訪れます。雪が降って、寒さが厳しくなる、という順番ですが、近年の東京あたりの気候ですと、それはなかなか実現しません。12月はもとより、1月、2月にも雪が降らず、この冬は降らないまま終わるのかと思っていると、3月に入って降る、などという年も何度もありました。
 とはいえ、寒さも緩み、日も長くなった頃の雪は、ちょっと興ざめな感じで、雪が降るのなら、やはり真冬が似合います。その意味で、今年の東京で、大寒の翌日に雪が降ったのは、私には季節感を満喫させてくれる出来事でした。

 そんな折、読者の「さえ」様からのメールにこんな言葉がありました。
「私は雪の上を歩くサバちゃんが、数歩ごとにブルルッと後ろ足を震わせて冷たい雪に濡れた感触を払おうとする姿がおかしくて、かわいくて、よくにんまりしました」
 まさにそんな様子を詠んだのが、上記の句です。その光景の画像は残念ながらないので、代わりに「雪猫」を添えてみました。

●雨水 2006年2月19日

猫 の 毛 も 潤 し て 降 り 春 の 雨

 立春を過ぎ、ふと気付けば随分日が長くなり、ぐっと暖かな日もある今日この頃。夕方の天気予報で「今日の最高気温は3月下旬なみ」と言っていたりして、道理で猫がずっと出たきりだ、と彼らが陽気の変化に敏感なことに改めて感心します。

 そんな、冬から春への変わり目に、巡って来るのが「雨水」。
 この時期の雨は、木枯らしに吹かれて乾燥しきった大地を潤すよう。その潤いが草木の芽吹きを促すと思えば、雨粒は冷たくても春の兆しを感じます。

 雨が降って、外出していた猫も戻りました。彼らはたくみに、雨の降りかからない「猫の道」をたどって来ますから、雨の中を帰ってきても毛並みが濡れそぼっているようなことはありませんが、毛の表面はほんのり湿っています。
 嫌がられるのを知りつつ、一応タオルで拭くのは、そのままベッドカバーに乗られると困るから。その後は、ブラッシングをするのにちょうど良いタイミングです。毛並みが湿り気を帯びて、静電気が収まるので、ぱちっとして猫が驚く心配がないから。
 春が来れば、冬毛の換毛ももうじきです。



●啓蟄 2006年3月6日

  春 が 来 て 
     蜥 蜴 蛇 蜘 蛛
           猫 み や げ
 日差しが明るく、日が長くなり、日一日と地面が暖まってくる時期、冬ごもりをしていた虫がその地面から這い出して来るのが「啓蟄」のころ。「啓」は「ひらく」という意味で、「蟄」は虫などが土中にひそみ、こもっていること。ものの本によれば、「陽気地中にうごき、ちぢまる虫、穴をひらき出ればなり」と説明されている。

 でも今年の冬は寒かったから、虫たちが活動し始めるのは、実際にはもう少し後のことになるかなと思っていたら、いやいや、それがそうでもなく。
 今週初めの5日のこと、私はフキノトウやノビルを採りに田の畦の斜面におりていた。背中に当る日差しは暖かく、ホトケノザやイヌノフグリなどの可憐な花が一面に咲き、農家の庭先の梅や沈丁花からはいい香りが漂い、そんな中で酒の肴の材料を手に入れられるなんて最高だな、と、心地よく若菜摘みを楽しんでいたら、背後から、かすかに「コロロ、コロロ」と聞こえる鳴き声、そして、目の前をひらひらと飛ぶ黄色い姿。私にとって今年初めて聞く蛙の声で、今年初めて見る蝶である。
 暦を知るはずのない生き物の活動と、二十四節季の説明がぴたりと合っているのは、古人の経験知の的確さを物語っているようで感服である。

 そんな季節、猫のいるご家庭では、ちょっと憂鬱を感じている方もおいでかもしれない。
 なぜなら、虫や生き物の活発が活動になると、それを狙う猫たちの狩猟活動も活発になるから。そしてその狩猟の成果を、彼らは飼い主に「お土産」として持ち帰るからだ。
 当家の飼い猫の「ち」も結構なハンターで、様々なお土産を持ってきた。
 今回の句は虫偏の漢字ばかり続いてわかりにくいが、音にすれば「とかげ、へび、くも」で、「ち」が実際にお土産として持ち帰らなかったのは「へび」だけである。

 そういえばこれも、ものの本で読んだのだが、「ねこ」というのは「ねずみ」を捕るからという俗説から、「へび」を捕るのは「へこ」、「とかげ」をとるのは「とこ」という俗称もあったそうな。その伝で言えば「ち」は、とかげが大好きだったから、「お前はまたとかげ捕ってきて。本当に“とこ”だねえ」というふうに使うのだろうか。

 啓蟄には、ベランダの鉢の土からも冬ごもりの虫が出てくるのだろうか。ともあれ、そこに乗った「ち」は自分の体で鉢の地面がいっぱいいっぱいで、その下の虫を捕るなどという動作は、非常にしにくそうだったけれども