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    「少年時代」 ロバート・R・マキャモン

  浅田次郎に「蒼穹の昴」があるように、イエスに「危機」があるように、スティーヴン・キングに「イット」が
 あるように、ブルックナーに交響曲第八番があるように、クィーンに「ボヘミアン・ラプソディ」があるように、
 芸術家には一生に一度のマスターピースと呼ぶべき作品がある。

 私はマキャモンを読むのは初めてだ。しかし、恐らくこの作品が彼の畢生の作である事に間違いは無いだろう。

 

  この厳しい現実の中(消費税16%だって?)、いい大人が魔法なんて信じてては生きて行けない。
 しかし、かつてはその力を自分も持っていた事を忘れたくはないし、この様な夢の様に素敵な本を楽しめない
 ようでは寂しすぎる。

 

  物凄く乱暴な分類ではあるけど、私は「本」には2種類あると思っている。
 すぐに役に立つ本と、たたない本だ。
 前者の中には知識を深めてくれる情報があり、後者の中(全てでは無い)には人生を深めてくれる物語がある。
 この「少年時代」はもちろん後者に属する。

  さあ、コーリー少年と彼の友達、そして彼らの犬と一緒に大空を駈けよう。
 スズメバチやルシファーの襲撃にハラを抱えて笑い転げよう。
 河に棲む偉大な怪物に畏れおののくが良い。
 そして哀しく痛ましい別離に涙を流そう。

 この本の最後のページを閉じた時、きっと(ホンの少しではあるけど、)貴方の中に魔法の力が蘇っている事だろう。
 その力によって、人は優しさを噛み締める事が出来るのだと思う。

  内容としては、スティーヴン・キングの「イット」が近いと思った。どちらも負けず劣らずの名作だと思う。


    「ウォッチャーズ」 / ディーン・R・クーンツ  (注) ネタバレ有り!

  かなり前から友人に薦められていたのだが、やっと先日読み終えた。
 深い感動と共に「もっと早く読めば良かった」と少し後悔もしてしまった。

  さて、ホラー系のエンターテインメント作家、D,クーンツはこの作品で何が書きたかったのか。
 ザッと一読すると最終章(十一章)の最後の項(3)がやや蛇足に思える。
 その直前(2項)でのウォルト保安官とレミュエルの会話だけでアインシュタイン(犬)が
 生き延びた事は全ての読者に明白だし、
 そこで終わらせた方が娯楽作品としては洗練されて、より完成度が高くなっていただろう。

 作者はそれを承知で敢えて「3」を書いたのだと思う。
 とすると彼の本意はソコにあると見て間違いない。


  書かれているのは、その後のアインシュタインの家族とトラヴィス達の小さな理想郷(ユートピア)。

 クーンツは現在の閉塞状態にある人類が、犬(と言う象徴)の類いまれなる気質によって
 新しいドアを開ける可能性についての希望を語ったのだ。
 中盤にある「犬に贈る賛辞」を思い出そう。

  この利己心にみちた世界にあって、1人の人間が友となすことのできる、唯一利己心とは無縁の存在、
 けっして彼を見棄てる事のない、忘恩も裏切りも知らぬ真実の友、それは犬である。
 犬は富めるときも貧しきときも、健やかなるときも病めるときも、彼の主人に付き従う。
 ただ主人の傍にいられるならば、冬の風が吹き付け、吹雪の荒れ狂う冷たい地面の上にも、安んじて
 眠るだろう。与えるべき食物を持たぬ、その手にも口づけるだろう。この残酷な世界との対峙の中で
 生じた、主人の傷口を舐めようとするだろう。まるで王子に仕えるかの如く、彼は貧しき主人の眠りを守る。
 他の友がみな去った後も、彼はとどまる。富が消え失せ、名声が地に落ちようとも、さながら天空を旅する
 太陽のように、変わらぬ愛をたもちつづけるのだ。

  この様な「人間に欠けている人間性」を思い出そう、と言っているのではないだろうか。


  そしてもう一つ書かれているのは、アウトサイダーの最期についてのトラヴィスの考察だ。

 殺戮の為に作られたアウトサイダーだが、彼は自我を持ち、自らの醜さを自覚し、恥じる。
 その結果、憎んでいた犬を殺す事が出来ずに自らを殺してくれと願うのだ。

 純粋な「悪」の化身として産み出された化け物でさえ「善」を萌芽すると言うのに、
 神の手になる「善良」な我々人間が、どうして未だに殺し合いを止める事も出来ない程愚かなのだろう。


   もしも我々が神の造りたもうべきものをこの手で作り出せるまでになったのなら、
  つぎには神の正義と慈悲を行う事を知らねばならない。

 遺伝子工学、クローン技術の発展はめざましい。まさに神の領域に踏み込もうとしている我々だが、
 その力を正しく使う為に、自らの心も向上させなくてはいけない。

 人は少しずつでも、変わるべきだ。


   「第五の山」 / パウロ・コエーリョ

  殆ど旧約聖書のサイドストーリーの様な小説。
 日々の生活に疲れ、悩める我々に希望や生きる意義を諭してくれる。 読み手次第ではあるけど。

  「天は自ら助く者を助く」 に則った考えが全編に貫かれており好感を持った。
 優しさ、慰め、そして愛は無条件に誰からか与えられるモノ?

 主人公エリヤは神に仕えながらも、その神と対等に闘う事を学ぶ。
 それは友人や恋人でも同じ事。 
 何でもハイハイと与えてくれたり、耳に気持ち良い事しか言わない人は、
 貴方と真剣にぶつかっていないのだ。

 神、自分の人生、そして愛する人とは、一生を通じて闘い続けるものである、とこの本は語る。


    「フリッカー、あるいは映画の魔」 / セオドア・ローザック

  何とも面妖なタイトルだが、内容は更に奇っ怪。 これはもう『奇書』と呼んで良いのではないか。

 題名が示す通り、この本は映画ファン(その度合いが強ければ強い程、)に対して、その魔力を
 最大限に発揮する。 しかしまあ、特に映画の知識が無くても充分に楽しめると思うが。

  とにかくもうムチャクチャな小説ではあるが、語られる事が全て「本当の事、、、?」と思わせる
 程に現実と虚構が入り乱れる。 
 しかし、ここは一つ作品に身を任せて受け入れてしまうのが得策だろう。
 何故なら、一秒間に24コマが流れる映画のフィルムの間に「何か」が潜んでいる事は
 疑いようの無い事実なのだから。

  どんな本でも言える事だが、特にこの奇想天外なミステリーは、雑学を沢山詰め込んだ人に
 とって全編、宝箱の様に美味しいネタに満ち溢れている。

 だって、ホラー映画 / オーソン・ウェルズ / 中世キリスト教の最大の異端カタリ派 / テンプル騎士団 /
 指繰り絵本 / サブリミナル効果 / ゾーエトロープ、etc,etc,etc......

  こんなのが結びついて一つの小説になるなんて、考えられる?

 

  著者の映画や芸術に対する物の考え方が良く判る部分があり、興味深い。
 少し引用してみよう。

 ・ フィルムなり芸術のメディアが私達の奥深い無意識の心理メカニズムを揺り動かすパワーを
  持つとしたら、それは間違っているし許されるべきではない。
  芸術は識別力を備えた精神を通じてわれわれの生活に入ってくるべきで、そうでなければ
  麻薬と変わらない。

 ・ ハリウッドは泥棒みたいな資本主義者どもに牛耳られながら、シネマという稀有な芸術を
   ムーヴィーと言う大衆の芸術に変えちまった。

 ・ 映画には常にその観客が求めている真実があるが、それには距離を置いた方がよい。
   自分自身について教えられる真実と同様、心の弱さに負けないで距離を保ち、ガラス器に
   封じ込めて臨床医の様に観察すべきだ。

   「酔っぱらう」と言う意味では芸術も酒も麻薬も変わらない。

 

  個人的には、つい先日映画「コリン・マッケンジー」「シャドウ・オブ・ヴァンパイア」等を見た事が
 この本を、より愉しむ為の助けとなった。

  ちなみに1999年度の『このミステリーがすごい!』(宝島社)の海外部門best,1だった。
 かなりのヴォリュームだけど、文庫化されてかなりお求め易くなった。 トライしてみない?凄いよ。


    「華氏451度」 / レイ・ブラッドベリ

  美しい。 文章が優しく、美しい。

 1953年に書かれた時点で「近未来」であった舞台背景は21世紀を迎えた今となっては、
 もう「過去」のモノとなりつつある。

 TVと言う強力なマス・メディアにより、大衆が画一的な価値観を植え付けられる。
 物事を「咀嚼」する事を忘れ、ズルズルと(チューブで流し込まれる様に)
 「無思考の刺激・快楽」に溺れていく。

 この様な時代に於いては、「自分が何者で、何の為に生きているのか」
 「今の『幸せ』は、果たして本物なのか」等と言う『考え』を惹起する書物は邪魔者でしか無い。

 そんな全体主義や、知に対する検閲に対する怒りの書ではあるが、この作品に通底する穏やかな
 叙情に心打たれる。

 全編を通して情景は「夜」を想起させる。 そのしめやかな暗がりの悲劇の中、
 仄かな希望も残されている。
 優しく、そして美しい表現だと思う。 古き良き時代、と言うヤツなのかもしれない。

 

  本当の「楽しさ」は決して楽に手に入るモノでは無いのではないだろうか。
 ゲームを例にとってみよう。

 かつて、殆ど「記号」だったインベーダーゲームや初代ファミコンのドラクエの画像で、どれほど
 私達は熱中しただろう。そこには「記号」をみて、「敵のモンスター」等を頭の中で「想像」する
 作業/愉しみがあった。
 それが現在のプレステ等の映画と見まがう程の映像表現。
 ソレはソレで素晴らしいが、遊びの中の想像力が育つ事はない。

 TVを見てみよう。
 何故、出演者のセリフに合わせて字幕が出るのだ。
 「ココが面白いんですよ」と言う合図を受けて、視聴者は笑うのだ。 実に不気味だ。
 そして視聴者はドンドン自分の判断で取捨選択する事、考える事を忘れていく。

 

  チャット、ICQ等で散々「(笑)」マークを多用する私が、
 このHPで絶対に使わない理由はここにある。
 


    「マークスの山」 / 高村薫

  これは本当に「凄い」小説です。
 ある書評で「日本のミステリーの最高峰」と書かれていましたが、素直に納得できました。

  何が凄いって、書いた高村女史が凄すぎる!
 整髪料と脂汗でギトギトの「男の世界」をここまで描ききるアナタって何者???って感じでした。

  紛いなりにも私はココで文章を操ってはいますが、この高村女史の圧倒的な頭脳の前には
 ただひれ伏すばかりです。

  中盤を読んでいる時など「結末なんかどうでも良い」とまで思う程に、今読んでいる文章そのものに
 感銘を受け続けていました。

  読めば『ホンモノの凄さ』と言うのが実感される事でしょう。


    「クリスマスに少女は還る」(Judas Child)/ キャロル・オコンネル 

  小さな田舎町で起きた少女誘拐事件。犯人探しと少女の捜索。

  典型的なサスペンス物ですが、飽きる事無くとても新鮮に読めました。
 実に巧妙に真犯人を最後の最後まで隠しているので「先が読めない」上にちょっとしたトリックも
 あり、読者を幻惑させるのです。(外国TV「ツインピークス」を見た人なら怖さ倍増!?)

  文体は(高村薫女史ホドでは無いにせよ)非常に冷静透徹、「醒めて」います。
 しかしそれ故に時折、行間から「迸る熱い感情」がより一層我々の胸を打ちます。
 特に2組の母親の会話(「泣いてみなさいよ」)や、警察署の前の群衆のエピソード(「Please」)等は
 感動的です。

  (特に女性の)心理描写も細かく、作者自身の影をも散見できます。
 想像するに、作者はアリ・クレイの様な傷を心に持ち、マーシャ・ハブルの様に強い「鉄の女」であり
 ながらも、実はベッカ・グリーンの様な「おふくろ」に憧れている。
 当然、アーニー・パイル捜査官を恋人に持ち、「ロクデナシめっ!」と舌を打ちながらも愛している

  ストーリーとは何の関係もない所で(も)楽しんでいる私って。。。
 しかしそうやって見て行くと、一読して主人公と思っていた「あの人」は、ただの「Goodness」の象徴で
 あり、本当の主人公は。。。。

  男の私にとってもこんなに面白かったのだから、女性にとっては更に感情移入もし易く、共感も持てて
 楽しめるのではないかな?と思います。
  結構、長編(620p程)ですが、サクサク読めるので割りと気楽にお薦め出来ます。

  ちなみに去年のベストセラーでした。

  


 

  「ガダラの豚」 / 中島らも

  中島らもを知ってますか?
  関東では、余り知られてないかもしれませんが、関西では圧倒的な知名度を誇り、
 赤ちゃんは「ママ」「パパ」の次に「らも、らも」という言葉を発するらしいです。 嘘ですが。

  この汚らしいオッサンはエッセイが、(その容貌からは想像できないロマンチックな恋愛論などで)
 泣かせるのですが、 この珍しい長編がとても面白かったです。

  あやしい新興宗教(オウムの事件の前に書かれたのです!)や超能力、超常現象、オカルト、ホラー
 等が、ごっちゃになって出てくるのですが、前半は一つ一つ非常に慎重に描かれています、ストイック
 と言っても良いでしょう。

  しかし、第三部に入ると突然に大爆発! おいおい、何でもアリかぁっ?って位に暴走しまくって
 大笑いです。

  文庫本で全3巻の大作なのですが、優しく、面白く書かれているので、あっという間に読めてしまう
 と思います。

  それでも、「らも」が初めてでちょっと不安、という方には、やはり各エッセー集「超老伝〜カポエラ
 をする老人」
を是非! 「超老伝」は、今まで読んだ全ての小説の中で一番「ゲラゲラ」笑った逸品
 です(電車の中で困った。。。)。


   「虚航船団」/筒井康隆

  私は筒井氏の大ファンで、かなりの数を読んでいるので、どれにしようか迷うのですがとりあえず、
 割と最近読んだこの本を紹介しましょう。

  とにかく、これは筒井氏がやりたい放題し尽くしたって感じでしょうか。
 題材はまぁ普遍的なSF物と言って構わないと思うのですが、その表現方法が、「俺はオレだぁっ!」
 っと突き進んでます。

  私は割とストーリーを単純に享楽する「エンターテインメント亡者」タイプなので、正直、
 「キツイなぁ、、、」と思う部分も多かったです。
  特に「世の中の馬鹿」に対する怒り等は、エッセー等で耳タコ状態で読んでいたモノなので、
 何もココでやらなくても、、、と思ったのも事実です。

  話しは少しズレるのですが、例えば「エヴァンゲリオン」や、筒井氏のいくつかの作品が消費者から
 のフィードバック(や、その想定)無しに制作されたら、現在のプロポーションとは全然異なるモノと
 なっただろうと思うのですが、あなたどうですか?

  しかし、そう思う自分を振り返る作業を見越して筒井氏が書いてるのだ、と気づいて初めてこの本の
 重層的構造の一端が見えた様な気がします。

  まったく、、、いやらしい人だよ、、、(^^;)

  他には、やはり独創的なアイディア(パソコン通信等によるフィードバック)と怒りの本
 「朝のガスパール」、人間なんてララ〜ラ〜♪の「霊長類、南へ」等がオススメです。
  モチロン、短編の面白さは言うまでもありません。(中には全く判らないモノもありますが)


    「蒼穹の昴」/浅田次郎  

  やっぱり、ここ何年の中では、コレでしょう。

 ハッキリ言って日本語が読めるすべての人に読んで欲しいとさえ思います。

 ちょうど映画「ラストエンペラー」の時代の物語ですので、コレを読み終えてから、もう一度「ラスト・・・」
 を見ると、より映画への理解も深まるコトでしょう。

  ごく、おおまかに言ってしまうと、どんな人間でも、真っ直ぐに力強く、自分の道を突き進めば
 「空の星」(運命)さえも動かし得る、と言うモノです。

 上下二巻の大作ですが、どこを開いても、溢れるばかりの人間への愛情に満ちています。

  私事で恐縮ですが、この本を誕生日のプレゼントに頂いたのですが、その頃色んな
 人間関係に悩んだり、そもそも「生きる」と言うこと自体に自信がなくなりそうになっていたバカな
 私がいました。

  この本を読んで、スグ何がどうなったという訳では有りませんが、
 こういうモノをプレゼントしてくれる様な素敵な(最高の)友人の助けもあり、
 少し吹っ切れるキッカケとなったのは事実です。

 まあ、とやかく言わなくても、とにかく面白い本です。本を読む、「活字を目で拾い上げていく行為」
 そのものが快感になる、、、そんな本です。