<ダンサー・イン・ザ・ダークに思う、の巻U>
人は何かに溺れていないと生きて行けないのかもしれない。
仕事に、映画に、音楽に、酒に、クスリに、(愛情が伴わなくとも)セックスに、スノボーに、
HPの更新に、旅に、etc.etc.etc........
自らの存在意義をそれらの『趣味』の中に見いだしてこそ、とも言えるし、また
そうやって『わき見』をしていないと、人生や死を直視する重みに耐えられないのかもしれない。
一番幸せな死に方とは何だろう。
それは、愛に溺れて正気を失った状態でこの世を去る事ではないだろうか。
(例え、その愛が偽りのモノであっても構わない、本人がそれに溺れていられるのであれば。)
ダンサー・イン・ザ・ダークのセルマは苦しい環境の中、自ら望んで子供を持ち、
自ら望んで愛する子供の為に死ぬ。
彼女は生を全うしたと言える。 満足ではないか。
「生きている」と言う事はモチロンそれ自体が素晴らしい事だが、
「如何に生きる」と言う事がそれよりも遙かに重要なのだと思う。
そして、映画とは絶えず『極限まで生きられた生』なのである。
(6/28記)