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この多良間島紹介は、多良間島に関心をお持ちいただくため、また関心を持った方が島を訪問するにあたって事前に入手しておくと便利だと思われる基礎知識をご紹介することを目的として作成しています。この多良間島紹介のサイトの内容は、印刷して自由に活用でき、また他の方法での活用も自由です。
〔もくじ〕
2006年12月24日、おきなわ県民カレッジ自主企画講座が中央公民館で行われました。講師は照喜名朝一さん(国指定重要無形文化財琉球古典音楽保持者、いわゆる人間国宝)で、三線を始めるきっかけの話や三線の演奏をしました。
2006年12月8日、宮古島市のホテル共和で、「たらまピンダシンポジウム」が午後1時30分から開催されます。翌9日にはあたらす市広場前でたらまピンダ祭りが開かれます。
2006年12月1日、保育園で「第28回おゆうぎ会」が行われました。
2006年11月30日、夜7時から中央公民館2階で『えんどうの花』という映画が上映されました。大人1000円、子ども500円の入場料でした。
2006年11月30日、『宮古毎日新聞』が多良間産ノニジュースについて次のような記事を掲載しました。「多良間産ノニ栽培研究会(美里泰秀会長)はこのほど、多良間産ノニ(ヤエヤマアオキ)を100%使用したノニジュースを商品化した。東京のわしたショップでもすでに販売され、県内や島内における販路も確保。昨年ノニジュース商品化のため生産農家から約3トンのノニを、加工および品質管理を行ううるま市の海邦商事に出荷。同商事が900ml入り900本を製造し、販売元が東京や沖縄、島内で流通させている。この商品化は、県産業振興公社が支援する2006年度地域資源発掘支援事業の協力を得て実施されている。同研究会は、ノニによる島興しを目指しノニ栽培および生産技術の向上と品種改良増殖を図ることを目的に、今年8月1日に発足しました。会員は22人です」。
2006年11月28日、多良間山羊生産組合(諸見里朝仁会長)は、うるま市のはごろも牧場から生後約6〜7か月の子ヤギ23頭を購入・入荷しました。入荷されたヤギは乳用、肉用として繁殖されます。入荷したヤギは、ザーネン種、ヌビアン種、トッケンブルク種、アルパイン種の4種で、乳が多く出ることが特徴の乳用ヤギです。ヤギ乳のヨーグルトやチーズなどの乳製品の生産を進めるため、雌20頭、雄3頭を導入したものです
2006年11月28日、マッツーでした。旧暦10月8日にあたります。
2006年11月26日、第9回たらま島一周マラソン大会が行われました。スタートは村役場前、ゴールは小学校グラウンドでした。Aコース23.3km、Bコース10km、Cコース5km、Dコース3km、Eコースウォーキングの5コースでした。A〜Dコースでは、エントリー229名、参加205名(Aコース54人、Bコース24人、Cコース65人、Dコース62人)、リタイア9名でした。気温28.5℃とマラソンには厳しい条件でした。午後5時から「ふれあいパーティー」が村中央公民館で開かれました。参加費は、一般3000円、小・中学生1000円で、食事・保険・記念Tシャツ・ふれあいパーティー会費込みでした。
2006年11月15日、「たらまピンダ島興し事業」の山羊試作品現地研修会開講式が、沖縄本島南風原町の土地改良会館で行われ、多良間村山羊生産組合の諸見里朝仁会長をはじめ組合員が参加しました。組合員らは22日まで、中城村でヤギを生産するはごろも牧場で飼育、搾乳、ヤギ乳を使ったチーズやヨーグルトなどの加工方法について実習などを受けました。
2006年11月20日、ウガンプトキでした。
2006年11月11日、第40回宮古地区童話・お話・意見発表大会(主催・宮古地区PTA連合会)が行われ、小学生43人、中学生35人が熱弁を振るいました。多良間中学校3年の糸数憲吾君が中学校男子の部で最優秀賞を受賞しました。「夢への扉」の演題で最優秀賞に輝いた糸数君は「最優秀を受賞してとてもうれしい。ニートが増える現状と自分の夢とを結び付けて発表できた。練習通りにできた」と満足げでした。最優秀賞の6人(中学校男女、小学校低学年男女、小学校高学年男女)は12月8日に国頭郡で開催される県大会に出場します。
2006年11月12日、多良間村青年駅伝大会が行われました。各区対抗で走者は7人です。1区間は1kmないし4kmです。中学生の部は土原が、一般の部は嶺間が優勝しました。
2006年11月5日午後、宮古島市平良のカママ嶺公園多目的広場で「第5回クイチャーフェスティバル2006−揃(する)いどぅ美(かぎ)さ−」が開催されました。伝統・創作クイチャーの各部門合わせて27団体約1400人が出演しました。多良間からも、多良間村文化協会が参加しました。
2006年11月3日、多良間村村民運動会が小学校グラウンドで行われました。土原区が優勝しました。
2006年10月は、少雨でした。多良間では、1日に1ミリ、4日に1ミリの降雨があっただけでした。宮古島気象台(平良8.5ミリ。平年値174.2ミリ)では、10月としては1937年の観測開始以来最少の降雨でした。
2006年10月30日、九月プーリーでした。旧暦9月9日にあたります。
2006年10月16日、仲筋の多良間村営ゲートボール場上を5羽あまりのサシバが舞っていました。13日にも、中学校の南あたりで数羽が見られました。サシバの渡りが本格化しています。宮古島市でのカウントでは、8日に伊良部で約3200羽、久松で200羽余りを数えました。サシバは1泊してから東南アジアへ向け旅立ちます。今月20日ごろまでにピークを迎えます。宮古島ではサシバ観察会も開かれました。15日の観察会で確認されたサシバは8羽。また、宮古島ではサシバ密猟防止合同パトロールも行われています。西表島でも、14日に環境省那覇自然環境事務所主催のサシバの森観察会が仲間川、大富林道で開かれました。西表と石垣からの参加者はサシバ、カンムリワシ、チョウゲンボウの3グループに分かれて植物や生き物を観察しました。
2006年10月15日、第33回宮古体育大会が陸上競技を行い、8月のバスケットボール競技で開幕した全日程を終了しました。同大会は27年ぶりに学区対抗で開催され、18学区からの参加がありました。多良間学区は、陸上競技男子で5位、同女子で5位でした。陸上競技以外では不参加ないし無得点で、総合成績は15位でした。
2006年10月8日、8時20分から多良間村陸上競技大会が行われました。
2006年10月7日、フジテレビ夕方5時30分から6時のスーパーウィークエンドで、出生率の話題が取り上げられました。沖縄県は出生率が高いが、日本一は多良間村であるとして紹介されました。子供4人の家庭が紹介され、おじいやおばあが保育園に迎えに行くようすが紹介されました。
2006年9月29日〜10月1日、八月踊りが行われました。29日は仲筋正日、30日は塩川正日、10月1日は各字の会場でワカレでした。
2006年9月23日、幼小中合同運動会が行われました。17日の予定でしたが、台風13号のために延期されたものです。
2006年9月22日、保育所運動会が行われました。15日の予定でしたが、台風13号のために延期されたものです。
2006年9月20日、老人福祉センターで敬老会が行われました。15日の予定でしたが、台風13号のために延期されたものです。
2006年9月15〜16日、台風13号が多良間島の西方沖を通過・接近しました。15日の雨量40mm、最大風速22m、日照時間1.1時間、16日の雨量89mm、最大風速42m、日照時間0時間でした。多良間村では住居、農業用倉庫や資材倉庫などに全半壊の被害が出ました。民家・牛舎・豚舎のトタン屋根がいたるところで飛ばされました(牛舎・豚舎の全壊とトタン破損で1545万円の損害)。また、村立図書館や村中央公民館・小学校のガラスが割れて屋内浸水しました。宮古製糖多良間工場でも工場の壁が数か所にわたり剥がれ落ち、数個ある換気扇の半分は姿もなく、窓枠が吹き飛ばされたり天井がはがれたりされてしまいました。サトウキビも一部の畑で折損茎がみられ、豊作を期待していた農民を落胆させています。ラッピングされた家畜用飼料はラップがはがれ畑の中まで吹き飛ばされました。漁船が台車から落下しスクリューが破損しました。給食運搬車が横転し、倒木や飛んだ屋根が道路をふさぎ、自動販売機が倒れ、ガジュマルが倒れ、御獄の樹木が倒れるなどの被害もありました。石垣島気象台では観測史上、1977年に大きな被害をもたらしたベラ台風以来、2番目に強い瞬間最大風速を記録しました。石垣市では36人が負傷、宮古島市では3人が負傷しました。八重山地域の港で16日計11隻の船舶が水没・転覆しました。この台風は、フィリピン東方沖から西進し、台湾東側沖で急に進路を変えて北上したものです。沖縄西方沖を通過した台風は、長崎県に上陸し、日本海の大陸寄りを北上、北海道北部に再上陸しました。九州中心に、死者10人、負傷約2000人の被害を出しました。
2006年9月12日、沖縄県立芸術大学のメンバーによるトロンボーンアンサンブルふれあいコンサートinたらまが、午後7時30分から行われました。ピアノをいれた5人編成でした。
2006年8月25日、毎日新聞が「特集ワールド」で多良間島の特殊出生率を取り上げ、記者の訪問記事を夕刊に掲載しました。
2006年8月22日、夕方のNHKローカル番組(沖縄)で、15年前に放送された『新日本探訪』の水納島の景色と生活が流されました。
2006年8月20日、テレビ朝日の番組「素敵な宇宙船地球号」(23時50分〜24時20分。夏休み特集エココロTVスペシャル)で、多良間島が取り上げられました。番組は、「3人のアーティストたちが衣・食・住をテーマに素敵な体験を」するものでした。1人目が「天然氷と天然のシロップで100%天然のかき氷を作り」、2人目が「涼しさを生む江戸の知恵を体験」しました。3人目の富田靖子さんは、「宮古島と石垣島の間に浮かぶ多良間島で、自然とともに生きる人々の暮らしに触れました。島では古くから、バナナに似た植物糸芭蕉の繊維を使って織り糸を作っています。この糸芭蕉は200本使ってようやく反物1反が織れるというもの。富田さんが島で出会ったおばあは、自分で大きな糸芭蕉の木を切り倒すところから始め、昔と変わらぬ手作業で、1つ1つ丁寧に反物を織っていきました」という内容でした。
2006年8月20日、「納涼夏まつり2006」が行われました。
2006年8月9日、ニサイガッサ定例会でした〈旧暦:7月16日〉。台風8号が、午後から未明にかけて宮古島の東方沖を通過しました。9日の降水量4mm、最大風速12m、日照時間3.8時間、10日の降水量2mm、最大風速10m、日照時間9.2時間で、被害はあまりありませんでした。変則的で、発生の早かった8号のほうが遅く接近しました。
2006年8月8日、秋払いでした〈旧暦:7月15日つちのとみ〉。台風9号が、石垣島西方沖を通過し、台湾南部を横断しました。この日の降水量42mm、最大風速14m、日照時間2.6時間で、被害はあまりありませんでした。
2006年8月6日、旧暦7月13日旧盆(ストゥガツ)入りの「ンカイビィ(迎え日)」でした。旧暦14日のナカビ、旧暦15日のウフィヴィまでのストゥガツの期間中は、先祖の霊が後世(グソー)から帰ってきます。
2006年8月1日、多良間村山羊生産組合設立総会が開かれました。規約の制定や役員の選出、今年度の事業計画などが承認されました。組合員相互の連絡協議を図りヤギ生産農家の経営安定を図るため、農家の飼養管理および流通の改善向上に努めることを目的とし、肉用ヤギの管理技術の向上や生産拡大、安定した販売体制の確立に取り組みます。会員は22人で、会長に諸見里朝仁さん、副会長に糸数英行さん、書記に石原寿一さん、会計に羽地敏哉さん、監事に西平郁夫さんと池間雅英さんが選出されました。多良間村におけるヤギの飼養(2005年12月末)は、農家数75戸飼養頭数812頭と、宮古全体の約30%を占めているが、ピーク時(1979年)の205戸2623頭に比べると大きく減少しています。8月5日には、この多良間村山羊生産組合による初出荷式が、宮古食肉センターで行われました。宮古食肉センターに解体処理を委託した多良間産ヤギ2頭を、那覇市のホテルと居酒屋に向け初出荷したものです。
2006年7月24〜25日、台風5号が石垣島の西方沖を通過・接近しました。しかし、24日の雨量8mm、24日の最大風速11m、25日の最大風速10m、両日とも日照時間5〜6時間と、かなりそれました。台風はその後、台湾南部を横断して中国大陸に向かいました。
2006年7月23日、三世代ゲートボール大会が行われました。
2006年7月20日、保育園のなつまつりが行われました。
2006年7月19日、多良間と宮古島を結ぶ航路に使われている「フェリーたらま」の後継船舶建造の契約が行われました。船は県離島海運振興株式会社が静岡県の三保造船所に発注し、多良間海運がリースします。新船建造費用は11億円で、就航は2007年7月上旬の予定です。新船は総トン数約450トン(現行船は324トン)、貨物積載容積約200トン(同127トン)、旅客は最大250人(同150人)です。全長は約65m(同54.3m)、型幅は11.60m(同10.40m)、航海速力約17.2ノット(時速32km)で現行船の14.0ノット(時速26km)よりも6km早く、多良間―宮古間の片道所要時間もこれまでの2時間30分から2時間に短縮されます。そのほか、フィンスタビライザー(横揺れ軽減装置)やエレベーター、可動甲板(干満調整用ランプウェイ)も装備されます。新船は現行船より波に強く、欠航の回数も減るものと期待されています。県離島海運振興株式会社と多良間海運とのリース契約は、14年間をめどに償還が予定されています。
2006年7月17日、第41回少年ソフトボール大会が小学校のグラウンドで開かれました。子ども達が7チームにわかれての各区こども会対抗戦でした。
2006年7月13日、台風4号が接近し、石垣島の西方沖を通過しました。13日の最大風速は秒速24メートル、雨量は52mmでした。台風はその後、台湾を横断して中国大陸に向かいました。
2006年7月8日〜9日、台風3号が宮古島東方を通過しました。大型台風が近くを通過した割に、被害があまりありませんでした。8日の最高風速19m、9日の最高風速15m、両日合わせての降水量32mmでした。航空機・船舶とも運休しました。葉たばこの収穫は終えていました。
2006年6月27日〜29日、村議会が開かれました。29日には、2006年度一般会計補正予算案など15議案を原案通りに可決しました。一般質問には6氏が登壇しました。一般会計補正は村営住宅建設費など1億1416万5000円でした。
2006年6月28日、日本郵政公社沖縄支社は、沖縄県内における「集配拠点、郵便貯金、簡易生命保険の外務営業拠点の再編計画」を発表しました。それによると、宮古地区は多良間郵便局と伊良部郵便局で郵便物の集配業務が廃止され、窓口業務のみを行うこととなりました。多良間の郵便物は宮古郵便局が統括します。来年3月からの実施です。この集配業務廃止について、サービス低下がおきないように、不在留置郵便物交付はこれまで郵便局窓口での受け渡しを基本としていたが届けることを基本とする、郵便・郵便貯金・簡易生命保険の外務業務が集約される郵便局などでは土日などの時間外窓口を開設しないが、サービスに影響を与えない対策として@不在留置は土日を含め届けることを基本とし、事前の連絡で土日を除いてどの郵便局窓口でも渡すA小包などは集荷する―としています。沖縄県における再編の基本は、郵便の集配をする現在64の郵便局を、郵便物の区分や集配作業を行う統括センター(宮古郵便局など)14と、配達を行う配達センター20に分離する。伊良部、多良間両郵便局を含むそれ以外の30局については無集配化し、窓口業務のみとなる。多良間島の集配業務は集配受託者が行います。郵便貯金・簡易生命保険の外務(セールスなど)営業拠点は、統括センターおよび配達センターと同一の郵便局に集約します。再編に伴うサービスのあり方について、郵便局窓口は残す、郵便・郵便貯金・簡易生命保険の外務業務はこれまで同様にする、送るスピードは現状を確保、現金自動預払機(ATM)の取扱時間は現状を維持―などを示しました。
2006年6月25日、在沖多良間郷友会の創立50周年記念祝賀会と、2006年度定期総会・敬老会が、那覇市内のホテルサザンプラザ海邦で行われました。会長挨拶では「1956年に発足した当時の会員は90世帯、400人だった。現在は50年の歴史を重ね700世帯、2000人余の会員となった。これも皆さんの団結とスマグクル(島心)によるもの」と述べました。式典後の敬老会では、村出身の246人の長寿を祝う各種余興が行われました。
2006年6月21日、フジテレビ系列が午後7時からの「クイズヘキサゴン」という番組で、多良間島を舞台にクイズ番組を放送しました。新聞のテレビ番組欄には「南の楽園・多良間島で爆笑クイズの旅」とありました。
2006年6月20日、沖縄気象台は、梅雨前線の北上により「沖縄地方は、梅雨明けしたとみられる」と発表しました。今年の梅雨明けは平年と比べ3日早く、昨年より7日早かったです。梅雨入りした5月14日から今月19日までの多良間の降水量は458_で、平年を大きく上まわりました。宮古島の降水量は533_で、平年(263.6_)の202%と2倍の降水量でした。
2006年6月16日、多良間中学校は、体育館で平和集会を行いました。生徒たちは集会を通して戦争についての関心を持ち、戦争の恐ろしさや平和の尊さを学びました。会では、戦場の幼子や戦後の苦難など人間ドキュメントを撮影したビデオ『戦場の童』を放映しました。また、生徒代表として仲間美稀さん(1年)、知念愛理さん(2年)、手登根唯さん(3年)がそれぞれ発表して、慰霊の日に向けて思うことや、長崎記念資料館を見学して感じた平和の尊さについて述べました。また、知念校長による「平和学習」授業も行われ、生徒たちは知識を深めていました。
2006年6月、大学合同の研究組織が多良間島と下地島で、台風に伴う豪雨と暴風の量的高精度予測を目指す観測プロジェクトを始めました。この研究は、台風に伴う降雨帯の構造とその形成メカニズムを調べ、台風の豪雨と暴風の量的高精度予測を行うことが目的です。研究組織は、名古屋大学・地球水循環研究センター、京都大学・防災研究所、沖縄亜熱帯計測技術センターの3団体6人の研究者が携わっており、名古屋大学・地球水循環研究センター助教授の坪木和久理学博士が代表を務めています。降雨観測用ドップラーレーダー(観測機器)を設置し、地域の雨の特性や台風の構造が明らかになる科学的成果が期待されるほか、台風に伴う豪雨災害の軽減への貢献につながるということです。2008年3月31日まで、多良間島と下地島の2台の観測機器を連動させて研究を行います。
2006年6月13日、プーリでした。
2006年6月12日、クムリウガンでした。
2006年6月8日、沖縄県議会の少子・高齢対策特別委員会が多良間村を視察しました。7日には宮古島市を、9日には石垣市を視察しました。
2006年5月30日、生後7か月から6歳の乳幼児・幼児20人が、DPTワクチンの予防接種を受けました。ところが、使用されたワクチンのうち1本が4月26日で期限の切れたワクチンで、2人に投与されていたことが、後日判明しました。乳幼児に健康被害などは出ていない。6月9日夜には、村中央公民館で、村、宮古福祉保健所、琉薬、医薬品メーカーの化学及血清療法研究所(化血研)の四者合同で住民説明会が開かれました。DPTワクチンは、ジフテリア・百日咳・破傷風のワクチン3種を混合したものです。
2006年5月26日、2005年度多良間村産業共進会並びに納税奨励式が行われ、大木区が農事納税総合成績で優勝しました。農事総合、納税総合でも大木区が優勝を飾りました。式辞で村長は、「保水力の弱い土壌での本村農業は、常襲する干ばつと台風の被害に年々悩まされてきた。そのような状況下においても農家の皆さんは、生産活動に励まれ農業生産の向上に取り組まれ、敬意を表したい。行政としてもさまざまな施設設備のための事業を進めている」と話しました。結果は次の通り(敬称略)。
【農事総合成績】@大木A宮良B大道
【納税総合成績】@大木A土原B嶺間
【農業個人別入賞者】■耕種部門▽サトウキビ多収穫@高江洲昭男(天川)A狩俣雅秀(吉川)B羽地隆憲(同)。▽サトウキビ甘蔗糖度(百d以上収穫)@村山肇(宮良)A吉本春正(大道)B亀山隆(大木)。▽サトウキビ反収(百d以上収穫)@運天弘幸(大道)A清村隆男(大木)B仲間精一(土原)。▽葉タバコ(多収納)@美里泰秀(大道)A羽地春正(大木)B仲筋常美(津川)。▽葉タバコ(品質)@知念三雄(大木)A嘉味田玄常(嶺間)B糸洲朝勇(同) ■カボチャ部門@洲鎌哲(天川)A石原朝英(大道)B知念正雄(津川) ■畜産部門@仲本正和(津川)A豊見城玄弘(嶺間)B仲筋保雄(津川)
【畜産共進会】■子牛の部第一類(生後6か月)▽最優秀=豊見城玄弘「きんすい1の1」▽一等一席=多良間恵信「なみこ」 ▼同第二類(生後7か月)▽最優秀=本村慧「みすず」▽一等一席=村山肇「さとみ」▽一等二席=仲本春一「ふくしげ」 ▼同第三類(生後8か月)▽最優秀=豊見城玄弘「みらい2」▽一等一席=羽地敏哉「みゆき」▽一等二席=多良間恵信「ふくこ」▽二等一席=宮平行夫「しげかみ」 ▼同第四類(生後9か月)▽最優秀=仲本春一「わかば」▽一等一席=村山肇「まどか」▽一等二席=村山肇「みつこ」▽二等一席=村山肇「ゆかこ」 ▼同第五類(生後10か月)▽最優秀=豊見城玄弘「ちびひみこ」 ▼同第六類(生後11か月)▽最優秀=大浜盛男「かなめ」 ■若雌の部第一類(生後14か月以上18か月未満)▽最優秀=浜川森吉「ちゃんぷる」▽一等一席=屋嘉比達佳「ひめこ」▽一等二席=本村慧「さかえ」▽二等一席=豊見城玄弘「さわひろ2」▽二等二席=豊見城玄弘「ななこ3の1」▽二等三席=本村慧「かな」 ▼同第二類(生後18か月以上24か月未満)▽最優秀=豊見城玄弘「はくりゅうの2」▽一等一席=石嶺幸男「みさき」▽一等二席=仲本春一「かつみ」▽二等一席=石嶺幸男「さりな」▽二等二席=糸数英行「しげふく」▽二等三席=本村恵真「しげこ」 ■成雌の部第一類(生後24か月以上48か月未満)▽最優秀=豊見城玄弘「びいなす」▽一等一席=島袋一雄「ふるうつ」▽一等二席=宮国文夫「しげいと」 ▼同第二類(生後48か月以上、2産以上)▽最優秀=島袋一雄「かつえ」▽一等一席=豊見城玄弘「しげさかえ」▽一等二席=本村慧「ふくじん」▽二等一席=大浜健市「たかもり」▽二等二席=宮国文夫「はるたか」▽二等三席=大浜健市「はなじろう」
【05〜06年期サトウキビ生産100トン以上農家】 ▼土原=石垣和弘、泉川春雄、伊良皆利光、仲間精一、仲間功、亀山恵二、浦崎朝宏、垣花剛、波平長市 ▼天川=伊良部朝功、大城久、垣花政一、洲鎌哲、高江洲昭男、高江洲政隆、西平幹、松川秀夫、垣花秀市、池間雅英、美里謙一、高江洲克一、仲間和盛 ▼津川=浦崎正夫、佐久本盛一、津嘉山春喜、津嘉山正克、豊見山登、森山実男、池城雅弘、徳嶺精一、名嘉真正夫、東風平薫、名嘉真好太郎、奥原博樹、手登根健市 ▼宮良=志堅原勝男、下地昌義、長嶺春雄、宮平行夫、村山肇、諸見里朝二、安里三喜男、伊良皆光夫、嘉味田新一 ▼嶺間=本村正夫、上地栄子 ▼大道=糸洲彦三、運天弘幸、親里春正、下地徳市、長崎一雄、下地秀次、上地正則、奥平聖明、吉本春正、石原雅幸、仲本朝勝、美里忠登、石原壽一、諸見里栄勇、照屋健市、垣花浩三 ▼北大木=東風平正夫、高江洲常功、高江洲常勝、多良間恵信、渡口繁男、大浜健市、桃原邦夫、豊見山徹夫 ▼南大木=垣花栄、亀山隆、清村隆男、渡口貞男、渡口直和、渡口成三、名嘉真康夫、花城保夫、東風平勝男、島袋雅、渡口逸雄、垣花隆、伊良皆正勝、西筋米吉、知念三雄、塩川英幸 ▼吉川=兼本勝正、来間春誠、西原輝、宮城行雄、山城春忠、前里正夫、狩俣雅秀、羽地隆憲、兼濱雅和
【サトウキビ生産量10位】 @高江洲昭男、A狩俣雅秀、B羽地隆憲、C兼濱雅和、D渡口直和、E大城久、F渡口繁男、G渡口成三、H西原輝、I泉川春夫
【区別農事成績】▽サトウキビ多収穫=@宮良A土原B吉川C大木D大道E天川F津川G嶺間 ▽農産品評会=@大道A大木B津川C天川D宮良E吉川F土原G嶺間 ▽畜産共進会=@嶺間A大木B宮良C吉川D津川E大道
2006年5月25日、多良間村が県内外へ広くPRしようとガイドマップと初のオリジナルポスターを作りましたが、この日の宮古毎日新聞がそれを報じました。ポスターでは青い海や空など自然豊かな多良間島をアピールし、ガイドマップでは人々の暮らしの様子や伝統行事などゆったりとした島の雰囲気を紹介しています。初めて作成したポスターは200枚で、ガイドマップは1万部を作りました。
2006年5月20日、第13回多良間村・各郷友会交流グラウンドゴルフ大会(主催・在宮古郷友会)が、宮古島市カママ嶺公園多目的広場で開催され、209人が参加しました。郷友会長挨拶や選手代表による多良間方言の選手宣誓で開会式が行われました。参加者は在多良間が52人、在宮古が97人、在八重山が33人、在沖縄本島が25人、県外からが2人でした。午後6時から宮古島市中央公民館で交流会が開催されて、200人以上の多良間島出身者が故郷の友人との再会を喜びあいました。同大会は「ばっすらいん めぇーく大会」と題し、毎年、多良間、宮古、八重山、沖縄本島のいずれかで開催されています。
2006年5月15日、第26回ゲートボール大会が開催されました。優勝は土原Aチーム、準優勝は宮良Bチーム、3位は大木Aチームでした。
2006年5月14日、宮古島地方気象台が「宮古島地方は梅雨入りしたとみられる」と発表しました。今年の梅雨入りは平年より6日、昨年より12日それぞれ遅かったです。なお、宮古島地方の梅雨明けは平年が6月23日で、昨年は6月27日でした。梅雨の期間中の平年降水量は386.1ミリです。
このころ、多良間では海亀の産卵シーズンです。海亀は保護対象になっており、卵も亀も捕獲はできません。
2006年5月11日、多良間村の下地昌明村長は宮古島市長と面談し、5月臨時村議会で水道事業を宮古島市と広域化する方針を提案することについて、打診しました。多良間村長は広域化の理由を「水道事業の広域化でより安全・安心な水が供給できる」としています。これに対し宮古島市長は「国、県も広域化を進めていることを踏まえ勉強をしながら検討したい」と述べ一定の理解を示しました。また、3月27日の宮古島市議会でも、下地秀一議員の一般質問に対し市長は「国も広域化を推進しており、多良間村から正式に要請があれば、検討したい」と前向きな姿勢を示しています。多良間村では、水道事業が年間約3000万円の赤字で、水道事業の赤字運営が村財政を圧迫しており、こうした財政的負担を軽減させることも広域化方針の要因とみられています。しかし、広域化に伴う行政手続き、経営体系など課題点も多く、当面は市水道局を通して広域化や同村水道事業の受託など各種運営方式を検討することになるとみられます。
2006年5月3日・4日、スツウプナカでした。今年も、イム(海)座が追い込み漁でたくさんの魚を捕りました。ダツやブダイ、カワハギなど多種類の水揚げがありました。司母や宮古支庁長、宮古島市長、同市市議会議長、多良間村長、多良間小中学校の校長らが招待されて訪れました。『宮古毎日新聞』は5月4日号、5日号で、『沖縄タイムス』は4日号で、『琉球新報』は4日号で、それぞれスツウプナカを紹介していました。
2006年4月24日、粟プーリでした。
2006年4月12日、前泊港にマンタがあらわれたそうです。多良間島でブログを書いている方が、次の趣旨のことを書いています。「昨年も前泊港にいた子どものマンタが、先月再び現れたという話を聞いた。今日、そのマンタがいました。服を着たまま海に入りゆっくり斜めに近寄ると、水中でもうっすらと姿が見えました。コバンザメが2匹、カイワリも一匹下に付いています。子マンタの進路に入ると、口を開けて正面からやって来ました。気づくと私の周りの水面にはたくさんのアミがいました。子マンタはこのプランクトンを食べているのでしょう。ゆっくり手を広げて浮かんでいれば、怖がって逃げたりすることもありません。脅かしたり怖がらせたりしなければ、きっと今年もずっといてくれるでしょう」。(ブログは、「子マンタ・コマ太」で検索できます)(このマンタの話は、5月7日の宮古毎日新聞にも取り上げられました。記事によると、このマンタは今年の冬から見られるようになり、沖合と同港を行き来しているようで、体長は目測で150cm以上)
2006年4月11日、多良間幼稚園の入園式がありました。年少に入った新入園児は16人でした。
2006年4月10日、午前9時30分から多良間小学校の入学式がありました。新入児童は16人でした。
2006年4月7日、午前10時から多良間中学校の入学式がありました。新入生徒は16人でした。
2006年4月5日、清明祭でした。清明祭(シーミー祭)は重要な宗教行事で、門中墓にそろってお参りをして供え物をします。
2006年4月3日、宮古製糖多良間工場が、今期の原料搬入を終了しました。原料搬入量は2万3866トンで、当初予想を1866トン上まわりました。今期の好成績については、必要な時期に順調な降雨があったこと、台風はあったが風向きが一定で折損がほとんどなかったこと、バッタなど害虫被害が軽微だったこと、村役場を中心にして従来の農林9号から黒穂病に強い農林19号への転換がスムーズに進んだことが原因と考えられています。
2006年4月2日、宮古観光協会が午前10時から下地の与那覇前浜ビーチで、「サンゴの楽園未来まで 集まれ遊ぼう 宮古島の海びらき」を開催しました。「海びらき」共催者として宮古島市と並んで多良間村も名前を出しているので、多良間の海開きでもあります。
2006年3月31日、多良間島―石垣島間航空路がこの日をもって同航空路は廃止されました。石垣島から多良間島への便はJTA744便で、11時5分石垣空港発、11時30分多良間空港着でした。多良間空港からはこれが折り返しになって、JTA745便、12時5分多良間空港発、12時30分石垣空港着でした。機種は〈BN2〉で、普通片道運賃6920円、往復割引片道運賃6280円でした。この日の「多良間―石垣」「慶良間―那覇」間の最終フライトを報じた『沖縄タイムス』によると、「多良間―石垣路線は1974年7月に19人乗りのDHC6型が就航。2002年1月には9人乗りのBN2B型アイランダーに切り替わり、現在1日1往復が続いていた」。ついでながら、2005年度(2005年4月1日〜2006年3月31日)の利用者数は次の通りでした。多良間−宮古便は3万3621人で、前年比マイナス2.6%、利用率60.5%、多良間−石垣便は1804人で、前年比マイナス0.1%、利用率32.3%でした。なお、多良間−石垣便の3月の利用者は、路線廃止直前だったので、244人と前年を約20%上まわりました。
2006年3月29日、多良間保育所の卒園式が行われました。
2006年3月28日、阪急交通社による「12島めぐり」の一行21人(添乗員別)が宮古島からの1便で多良間島に来ました。午前の1便で来て、午後の2便で帰る予定でしたが、機材不良のため午後の便が欠航となったので、多良間で1泊し翌朝の臨時便で帰りました。4月4日にも同じツアーが多良間島に来ました。(28日のものは久しぶりに多良間島訪れた私が、島を出る際にたまたま実見したもので、他にもこのようなツアーが来ているのかも知れません)
2006年3月18日。多良間ではありませんが、宮古島と伊良部島とを結ぶ「伊良部大橋」の起工式が伊良部島側の大橋建設現場で行われました。伊良部大橋は事業延長6500メートル(本橋部3540メートル、海中道路部600メートル、取付け橋梁170メートル、取付道路2190メートル)の宮古島と周辺離島を結ぶ3本目の離島架橋です。2006年度から海中道路部分の護岸工事や環境影響評価が実施され、同年度後半から07年度にかけて橋本体部分の工事を開始、2012年度完成です。総事業費約320億円は、国が9割、県が1割を負担します。
2006年3月12日、多良間中学校第58回卒業式が行われました。20人の卒業生が羽ばたきました。3月14日に行われた高校の入学試験合格者発表では、20人全員が志望校に合格しました。
2006年3月11日〜17日、多良間村議会2006年第一回定例会が開かれました。3月13日には、村長など特別職の給与や議会議員報酬などを削減する条例改正12議案を可決しました。職員定数も2人削減して51人にしました。村長給与は68万円から7.5%減の62万9000円に、助役給与は55万円を50万3000円(8.5%減)に、教育長は48万2000円を43万8000円(9%減)に、議長報酬は24万1000円を21万9000円(9%減)に、副議長は20万1000円を18万1000円(10%減)、議員は18万8000円を16万9000円(10%減)にしました。夢パティオたらまの使用料もシングル、ダブルそれぞれ500円ずつ値上げしました。
2006年3月9日、山止めでした。山止めでは、海からの害虫を駆除祈願するために、小さなイカダに虫を乗せて海に流します。(参考:2006年の年中行事は以下の通りです。ニサイガッサ定例会;2月14日〈旧暦:1月17日〉、スツウプナカ予算会;3月5日〈旧暦:2月6日みずのとみ〉、山止め;3月9日〈旧暦:2月10日ひのととり〉、ウプリ;3月19日〈旧暦:2月20日ひのとひつじ〉、麦プーリ;4月6日〈旧暦:3月9日きのとうし〉、粟プーリ;4月24日〈旧暦:3月27日みずのとひつじ〉、スツウプナカ;5月4日〈旧暦:4月7日みずのとみ〉、クムリウガン;6月12日〈旧暦:5月17日みずのえさる〉、プーリ;6月13日〈旧暦:5月18日みずのととり〉、秋払い;8月8日〈旧暦:7月15日つちのとみ〉、ニサイガッサ定例会;8月9日〈旧暦:7月16日〉、8月御願手始め;9月11日〈旧暦:7月19日みずのとう〉、山止め;9月15日〈旧暦:7月23日〉、8月御願;9月29日〈旧暦:8月8日〉、9月プーリ;10月30日〈旧暦:9月9日みずのえたつ〉、ウガンプトキ;11月20日〈旧暦:9月30日みずのとうし〉、マッツー;11月28日〈旧暦:10月8日かのととり〉)
2006年3月4日、多良間村文化協会により中央公民館で「第9回サンシンの集い」が行われました。この「サンシンの集い」で、徳嶺春洋さん(91歳)、妹の池城トミさん(84歳)、池城さんの息子の池城三千雄さん(50歳)の3人合わせて225歳が息の合った演奏を披露したことが、3月10日の『宮古毎日新聞』で紹介されました。3人は『守礼の邦』『なりやまあやぐ』『祝節』の3曲を演奏しました。
2006年3月3日、多良間村は2006年度当初予算案を発表しました。一般会計は14億6212万8000円で、前年度比3億9828万1000円(21.4%)の大幅減少です。歳入は、地方交付税が前年度比2.2%減の7億4600万円、国庫支出金が同25.6%減の2億4372万9000円、県支出金が同14.2%減の1億4545万3000円と減少し、さらに村債と基金充当などの繰入金がいずれも1億円単位での大幅減になりました。歳入の大幅減に伴い、歳出は教育費が前年度比65.4%減の1億3036万8000円にされるなど大幅にカットされ、主要事業は基盤整備促進事業(2億6404万9000円)、体験滞在交流促進事業(693万9000円)や離島地域資源活用産業育成事業(855万円)など継続5事業にとどまりました。
2006年2月26日、中央公民館で「トゥイ会(戌年合同生年祝賀会)」が行われました。
2006年2月22日、多良間村たらまピンダ島興し事業検討委員会が、「たらまピンダのレシピを味わう交流会」を「かりゆしアーバンリゾート・ナハ」で開きました。交流会には同委員会や県職員など約60人が参加しました。同ホテルの料理スタッフが腕を振るった料理は和・洋・中とアレンジされた25品で、参加者はピンダの珍味を堪能していました。沖縄のヤギ料理といえば汁や刺し身が一般的ですが、この日振る舞われた料理は観光客にも食べてもらえるように、スシやシュウマイ、カレー、赤ワイン煮など、幅広いメニューに仕立ててありました。
2006年2月16日、多良間村行財政改革委員会は、課の統廃合や議員報酬・特別職の給与カット、助役廃止などを盛り込んだ行財政改革の基本方針をまとめました。行財政改革委員会は、05年8月に発足し、自立に向けた改革案を協議してきました。基本方針では、課の統廃合、教育長の非常勤化、職員の昇給停止年齢引き下げ、議員報酬・特別職の給与カット、助役の2009年度までの廃止、期末手当の役職加算分見直しなどを具体的に提言しています。宮古島市に参加せず単独で自立を目指す多良間村が取り組む最初の具体的な改革案です。課の統廃合では現在の7課(総務、経済、民生、空港、税務、観光商工、建設)、3委員会(教育委員会、農業委員会、選挙管理委員会)、1局(議会事務局)を2009年度までに4課1委員会1局に統廃合します。職員定数は現在の53人を新年度で2人削減し、5年後には45人まで減らします。また課長以外の役職を廃止して組織のフラット化を図り、年功序列制度も廃止します。財政支出の削減を図るために村内施設の民間委託も進めます。対象とされているのは宿泊施設のゆがぷーランドと夢パティオ、ごみ処理場とごみ回収業務、村立図書館、学校共同調理場、堆肥センターです。このうちゆがぷーランドは遊休化していることから2006年度中に実施します。組織の統廃合に関連し、保育所を教育委員会管轄に移して幼稚園と一体的に運営します。幼稚園の延長保育を可能とすることで、働く母親を支援することも提言しました。村長は「厳しい内容ではあるが、職員にも浸透させながら早期に取り組みたい。自らに厳しくすることで、自主財源の確保など、自立の道は開けると考えている」と述べました。
2006年2月13日、旧暦1月16日に当たる「旧十六日祭(ジュウルクニツ)」でした。この日は、後生(グソー)の正月と言われ、先祖を供養します。ジュウルクニツに備え、各家庭では前日から墓の掃除をしたり、ごちそうをつくったりして準備をしました。当日は、墓参りをする人が見られました。ジュウルクニツは、沖縄のうちでも八重山・宮古地方の習俗です。(沖縄本島では、那覇市の三重城の浜に、毎年、宮古や八重山出身で島に帰らない人たちが朝早くから豚肉やかまぼこなどを詰めた重箱や酒を持って訪れ、八重山・宮古に向けて焼香します。)
2006年2月6日、多良間からの交流団が岩手県宮古市を訪れ、12日に帰りました。
2006年1月27日、役場の「たらまピンダ島興し事業検討委員会」が発足し、中央公民館で初会合を開きました。ヤギを活用し多良間村の自立と活性化を目指すもので、委員はヤギの専門家や行政・地元代表ら18人です。ヤギ乳やヤギ肉を使った製品で多良間ブランドの確立を図り、旧空港跡地利用計画審議会から答申のあったヤギ牧場構想とも合わせ、ヤギと触れ合うアニマルセラピーなど新たな観光産業の掘り起こしをしようというものです。2005年度離島地域資源活用・産業育成事業として、2年間かけて、先進地視察やヤギ乳チーズやヨーグルトなど乳製品の試作品作り、市場調査などを行います。また乳用ヤギを長野県から導入し試験的に飼育します。委員長=多良間朝時(OAS航空社長)◇副委員長=平川宗隆(県中央食肉衛生検査所長)◇委員=新城明久(琉球大学教授)、新城将秀(はごろも牧場代表)、西大八重子(西大学院学院長)、福嶺勝公(在沖多良間郷友会長)、諸見里強(JAおきなわ多良間支店長)、本村健次(村議会議員)、野原清美(村婦人会)、多良間洋子(村農業生活改善研究会長)、山城憲三(村青年会長)、垣花ゆかり(村青年会副会長)、知念貴明(郷土マリンサービス)、石川春寿(宮古支庁総務・観光振興課長)、長間孝(同農林水産振興課長)、根間恵勇(同農業水産整備課長)、本村隆信(宮古農業改良普及センター所長)、松川善昌(宮古家畜保健衛生所長)
2006年1月26日、この頃、桜が開花しました。
2006年1月26日、中央公民館で「自然観察ガイド養成講座」が開かれました。18人が出席しました。
2006年1月22日、岩手県宮古市のライオンズクラブ員15名が、サトウキビの刈取りを体験しに多良間に来ました。
2006年1月14日頃、JTA(日本トランスオーシャン航空)の機内誌『コーラルウエイ』の取材が多良間に来ました。3〜4月号に記事が掲載されるようです。
2006年1月10日、岩手県宮古市から小中学生の交流団8人(児童生徒6人)が多良間に来ました。13日まで、ホームステイしながら、三線やサトウキビ収穫、熱帯魚観察などを行い、授業にも参加しました。多良間村と宮古市の交流は1975年から始まり、96年に姉妹市村になりました。多良間小学校と宮古市愛宕小学校は姉妹校となっています。
2006年1月6日、多良間小学校・中学校の始業式が行われ、3学期の授業が始まりました。なお、終業式は12月22日でした。
2006年1月6日、多良間村消防出初め式が役場前で行われました。式典終了後に放水実演が行われて、団員が日ごろの訓練の成果を披露しました。
2006年1月4日、中央公民館で、成人式が行われました。34人の新成人が集まりました。
2006年1月1日、この日の『宮古毎日新聞』に、ノニ栽培を手がけている農業法人グリーンヘルスの美里泰秀代表(63歳)と、妻の絹代さん(58歳)が紹介されました。美里さんがノニ栽培を始めたきっかけは、生命力が強く、多良間島にも自生し、健康補助食品として注目を集めているノニを多良間ブランドとして確立すれば「島全体の農家所得が向上するのでは」と考えた結果だそうです。現在は2500本以上を畑に植え付けています。ノニは約8か月で実をつけますが、本格的な収穫は1〜2年後を見込んでいます。美里さんは、「本土の市場は沖縄県産のノニを求めている。現在は需要に供給が追い付いていない」「ノニ栽培が成功すれば私が青年のころから愛した島の経済活性化につながる。責任は重大だが、ぜひ成功させたい」と普及に意欲を見せています。
2005年12月26日、宮古製糖多良間工場の今季製糖作業が始まりました。そのためのキビ刈りは24日から始まりました。
2005年12月26日、この日の多良間の最低気温は7.9度と、前日の8.1度に続いて記録的に冷え込みました。冬とはいえ、多良間の最低気温が10度を切るのは珍しいことです。昨シーズンの最低気温は、2005年1月18日の10.6度でした。
2005年12月10日と11日に、第17回公民館まつりが中央公民館で開催されました。児童生徒作品展をはじめ、各種団体による踊りや三線演奏などの舞台発表を楽しみました。またバザーコーナーも人気を集めました。10日は児童生徒を中心とした催しが行われ、作品展示、各区子ども会による舞台発表会、ペープサート、意見発表会などが行われ、父母らを楽しませました。11日は「クリーン・グリーン・グレイシャス運動」と名づけた清掃作業で始まり、参加者は草むらや道端に落ちているごみを拾い集め、環境美化に努めました。このほか、グラウンドゴルフ大会、素潜り愛好会によるバザー、島フツ・エーグ大会なども行われ、発表者と観客が一体となり楽しいひとときを過ごしました。
2005年12月3日、多良間村各区対抗子ども駅伝大会が行われました。
2005年11月21日、姉妹都市提携をしている岩手県宮古市の市長と議長が多良間に来島しました。
2005年11月20日、第8回たらま島一周マラソン大会が行われました。エントリーがあったのは、23.3km85人、10km36人、5km89人、3km126人でした。宮古島から船でも参加できるように、この日のフェリー多良間は臨時ダイヤで、午前7時に平良港を出て9時半に多良間に着きました。
2005年11月15日、多良間中学校校内音楽発表会が行われました。優秀チームが23日に行われる全宮古中学校音楽発表会に出場します。
2005年11月13日、沖縄県芸術文化祭の民俗芸能祭「琉宮伝説〜結いの祭り〜」が読谷村文化センターで開催され、在沖多良間郷友会の会員26人が多良間に古くから伝わる男ヨーンシーを披露しました。「ヨーンシー」は、塩川字の八月踊りの「総引き」の中で演じられています。歌の合間にはさむ「アハハ」という豪快な笑いの所作が大受けしました。出演者は手にノコギリや斧・鎌などの小道具を持ち、シュロの幹の繊維で作った円錐形の帽子をかぶり顔には墨を塗るこっけいないでたち、「ハイルレー ハララ アーハリガヨンシー アハハ・・・」などと、囃子や笑いを入れながらにぎやかに踊りました。
2005年11月13日、多良間村駅伝大会が行われました。
2005年11月12日、多良間村三世代ゲートボール大会が行われました。
2005年11月6日、宮古島市平良のカママ嶺公園多目的広場で「第4回クイチャーフェスティバル2005―宮古ぴてぃーつ(宮古はひとつ)―」が行われました。伝統クイチャーの部に11団体、創作クイチャーの部に9団体が出演し、多良間村文化協会(代表者・本村恵真さん)も伝統クイチャーの部に出場しました。また仲間精一さんらが「多良間シュンカニ」などを熱唱して花を添えました。
2005年11月6日、多良間村青年駅伝大会が行われました。午後3時から、各区対抗7区間で競われました。1区間は1kmから4kmでした。大木区が優勝しました。
2005年11月5日、多良間幼小学校PTA学年対抗ソフトバレーボール大会が行われました。8チームが作られ、子どもが多い親は学年かけもちで複数チームに参加しました。
2005年11月3日、多良間村村民運動会が小学校グラウンドで9時半から行われました。村民運動会は、スポーツを通して村民の健康増進と心の触れ合いを大事に、明るい平和で豊かな地域づくりと活性化を図る目的で開催されています。子どもから大人まで大勢の住民が参加し、土原、天川、津川、宮良、嶺間、大道、大木、吉川、水納の各区対抗で行われました。児童・生徒・各区の代表らによる竹馬競争、婦人会の団体演技、年代別リレー、綱引きなどがあり、最後には会場も一体となってクイチャーを踊りました。土原区が優勝しました。
2005年10月30日、多良間村老人運動会が行われました。この日の最大風速は11メートルで、強風下の老人運動会という感じでした。日中は降りませんでしたが、ずっと曇っていました。1日を通すと4ミリ程度の降雨もあり、最高気温は24.0度でした。このところ、天気が悪いと最高気温24度台、26度台の日もありました。しかし、天気がよいと28〜29度台だったわけで、10月に入ってからはこの日がいちばん最高気温が低かったのです。
2005年10月24日午後、子ども映画鑑賞会が中央公民館で行われました。主催は教育委員会でした。
2005年10月23日、多良間島に物資輸送する「フェリーたらま」がこの日から11月5日までドック入りの予定で運休しました。「フェリーたらま」のドック入りに当たっては、代船として「フェリーよなくに」が運航されることが多かったのですが、今回はその「フェリーよなくに」もドック入りするため、代船がありません。そのため、約2週間は、運送手段が飛行機だけになります。運行再開第1便は11月4日に運航されました。
2005年10月17日、宮古の水資源を考える会が沖縄県宮古支庁で開催され、内閣府沖縄総合事務局農林水産部土地改良課の職員が宮古島市城辺の保良、仲原における新規地下ダムの計画や同市伊良部地区、多良間村の水源確保計画の概要が説明されました。多良間では農業用水の不足が営農上の支障になっていることから、かんがい排水事業を2006年度予算で「地域整備方向検討調査要求」として新規計上します。調査期間は06年度からの3年間で、事業構想策定は08年度を予定しています。受益面積954ha、受益戸数250戸とされています。
2005年10月16日00時51分に、震源地が与那国島近海(北緯25.3度、東経123.4度)で、地震の規模(マグニチュード)6.5の地震があり、多良間村でも震度3を観測しました。この地震で観測された震度は最高が震度3で、ほかに震度3が観測されたのは、宮古島市平良西仲宗根、石垣市登野城、竹富町大原、竹富町黒島などでした。
2005年10月8日、多良間村陸上競技大会が行われました。
2005年10月1日、非常に強い台風19号が石垣島地方を午後7時ごろ暴風域に巻き込んで通過しました。当初は多良間島・宮古島方面に向かう恐れがありましたが、台湾を横断して中国大陸に向かいました。多良間島では、10月1日の降水量5mm、1時間最大雨量3mm、最大風速19メートル、日照時間2.3時間でした。10月2日は降水量7mm、1時間最大雨量6mm、最大風速16メートル、日照時間5.5時間でした。
2005年10月1日、平良市、城辺町、上野村、下地町、伊良部町の5市町村が合併し、宮古島市が発足しました。「宮古郡」の町村は多良間村だけになりました。宮古島市は人口約5万6000人で、これは県内8番目です。新市誕生を前に、9月16日には伊良部町で閉町式が、9月21日には城辺町・下地町・上野村で閉町式・閉村式が、9月25日には平良市の閉市式が行われました。
2005年9月25日、多良間出身者による「第72回郷友会総会・懇親会」が、東京の大田区産業プラザ大ホ−ルで午後1時半から行われました。主催は東京多良間郷友会事務局でした。リニューアルされた獅子舞の衣装が披露されました。
2005年9月25日、多良間村農業委員会委員選挙の投票と開票が行われました。
2005年9月24日午後5時から、国立劇場おきなわ(浦添市勢理客四丁目)で「仲筋八月踊り公演」が初めて行われました。演目は「総引き」「獅子舞」「棒踊」「福禄寿座踊り」「端踊」「組踊・忠臣仲宗根豊見親組」など15演目でした。中学生を含む仲筋字の住民約60人が出演しました。
2005年9月22日、幼小中合同運動会が行われました。
2005年9月17日・18日、小・中学校は登校日でした。児童生徒が8月踊りに出るなどのため12日と13日を休日にしたので、その振替登校でした。
2005年9月16日、多良間村敬老会が午後3時から老人福祉センターで行われました。名簿では269人の該当者がいました。
2005年9月11日〜13日、「八月踊り」が行われました。旧暦8月8日にあたる11日は、字仲筋の正日(しょうにつ)(初日)が土原御願所で行われました。アカギやフクギなどの大木に囲まれた土原御願所では、例年は午前10時ごろから始まる踊りも、この日は台風15号の影響で、午後零時30分ころから始まりました。あでやかな衣装をまとった島民たちが組踊の「忠臣仲宗根豊見親組」と「忠孝婦人村原組」の二番を中心に、女踊や若衆踊、二才踊、コミカルな掛け合いを繰り広げる狂言など、多様な演目を相次いで熱演しました。2日目の字塩川ではピトゥマタ御願所で「忠臣公之組」と「多田名組」の組踊二番をはじめ、島で創作された民俗踊りや狂言、二才踊りなど多彩な演目を披露し、島の代表的な民謡「多良間世」などに乗せた色彩豊かな踊りの数々が舞台を飾りました。地元の観客や訪れた観光客からは終始、惜しみない拍手がわき起こりました。13日の「ワカレ」では両字の芸能が同時に行われました。
2005年9月10日、台風15号が多良間島を通過し中国方面に抜けました。多良間島では、9月10日の降水量100mm、1時間最大雨量28mm、最大風速32メートル、日照時間0時間でした。この日、午後7時のニュース番組で、宮古6市町村での11日の衆議院選挙投票は開始を2時間遅らせて9時からにすると報道していました。また、テレビの天気図からは7時時点で多良間に台風の目がかかっていると思えたのですが、6時10分くらいには台風の目にいて、午後6時55分時点では、「先ほど台風の目にいて、今は吹き返しの風が吹き始めました。めちゃ強い。台風は島のすぐ東を通ったようで、ずっと西寄りの風」という状態だったそうです。9月11日は降水量6mm、1時間最大雨量6mm、最大風速15メートル、日照時間4.4時間でした。
2005年9月9日、保育所の運動会が行われました。
2005年8月31日から9月1日にかけて、台風13号が石垣島南方を通過し、台湾・台湾海峡・中国へと移動しました。多良間島では、8月31日の降水量26mm、1時間最大雨量5mm、最大風速26メートル、日照時間0時間でした。9月1日の降水量は17mm、1時間最大雨量16mm、最大風速17メートル、日照時間6.3時間でした。9月1日は、台風の影響は早暁で終わりました。8月の総降水量は319mmでした。
2005年8月23日、多良間村行財政改革推進委員会が発足しました。事務的経費を削減し、効率的な行政運営を目指すもので、自立に向け組織機構や補助金の見直しなど、村の行財政全般にわたり調査し、行財政改革案を取りまとめ、下地村長に答申します。推進委員は13名で、正副村議会議長、元議長、前副議長、現元助役、前収入役、教育委員、農業委員、JA支店長、宮古製糖多良間工場長、婦人会副会長、前婦人会長が委嘱されました。
2005年8月17日〜19日は、旧盆(ストゥガツ)でした。17日は、先祖の霊を後世から迎える「ンカイビィ(迎え日)」です。この日は門前や墓前で線香をたき、先祖を家に迎え入れました。18日は「ナカビ(中日)」、19日は「ウフィビィ(送り日)」で紙銭を焼き先祖を送りました。
2005年8月13日午後6時30分から、第2回夏祭りが小学校グラウンドで行われました。
2005年8月3〜4日、台湾東方沖にあった台風9号が、石垣島上空から多良間上空を通り中国上陸の方向に抜けて行きました。多良間島では、3日の降水量46mm、1時間最大雨量21mm、最大風速14メートルでした。4日の降水量は91mm、1時間最大雨量18mm、最大風速25メートルでした。5日の降水量は130mm、1時間最大雨量28mm、最大風速29メートルでした。3日の日照時間は2.3時間、4〜5日はいずれも日照時間がゼロでした。農業被害はあまりなく、サトウキビの夏植えを前にしての恵みの雨といった感じだったようです。ただし、大型で強い台風だったので、宮古島は約27時間にわたって暴風域にまきこまれ、最大風速40.3メートルでした。宮古島地方では負傷者が出て、最大で延べ4400世帯が停電、空・海の交通路線が大幅に乱れました。宮古―多良間は、3日第2便と4日と5日の全便が、石垣―多良間は3日から5日の全便が欠航しました。宮古空港発着の路線だけで4、5の両日を合わせ計70便が欠航、5814人に影響が出ました。
2005年8月2日〜3日、多良間村の2005年産葉タバコの買い入れが日本たばこ産業(JT)宮古葉たばこ取扱所により行われました。乾燥された葉は、上葉(うわば)、本葉(ほんば)、合葉(あいば)、下葉(したば)などに分けられ、鑑定員らは念入りに品質をチェックしていました。
2005年7月23日、多良間村長に就任した下地昌明村長の就任激励会と交流会が多良間小学校体育館で開催されました。下地村長は6月19日の村長選で初当選し、7月8日に27代多良間村長として就任しています。
2005年7月17〜18日、台風5号が台湾北部を横断し、先島諸島・宮古諸島も暴風圏に入りました。多良間島では、17日の降水量28mm、1時間最大雨量6mm、最大風速28メートルでした。18日の降水量は90mm、1時間最大雨量28mm、最大風速26メートルでした。19日の降水量は14mm、1時間最大雨量10mm、最大風速13メートルでした。17〜20日はいずれも日照時間がゼロでした。このところ最低気温が27〜28度でしたが、17日は25.4度、18日は23.9度まで下がりました。サトウキビの倒伏はあったけど、サトウキビはある程度成長したら横になった方がもっと成長するそうです。またサトウキビの梢頭部折損はあまりなかったそうなので、多良間島にとってはおおむね恵みの台風だったといえるのでしょうか。
2005年7月15日、夕方6時集合で保育所のなつまつりが行われました。園児と園児の親兄弟がたくさん参加して、魚釣りゲームなどをしました。
2005年7月14日、多良間村議会臨時会が開かれ、助役にJAおきなわ多良間支店金融共済課長の伊良皆光夫氏(50歳)を、監査委員に野里清氏(70歳)を選任しました。助役、監査役の人事案件は採決の結果、いずれも賛成3、反対3となったため議長裁決で可決しました。村助役は前村長の兼濱朝徳氏が就任した01年7月、当時の助役が辞表を提出し辞任し、人事案件が議会へ提案されましたが、否決が続き、助役は4年間不在となっていました。
2005年7月3日、下地郷友会懇親会が、東京の新宿エステック情報ビル4階で行われました。連絡先は渡真利さんでした。
2005年6月29日、多良間村議会は、村職員定数を37人から34人とする議員提案の「多良間村職員定数条例の一部を改正する条例案」を可決しました。同条例案は賛成3・反対3の同数となり、議長裁決で可決されました。これ以前に議員提案で定数を35人に減らす条例案が出されいったん可決されましたが、兼濱村長が「行政運営上、支障を来たす」と異議を申し立て再議に付しました。その結果、35人への削減案は廃案となりましたが、職員定数を37人から34人に減らす条例案が再び議員提案され可決されたものです。
2005年6月27日午前、沖縄気象台は「沖縄地方は梅雨明けしたとみられる」と発表しました。平年(6月23日)より4日遅い梅雨明けでした。今年の梅雨期間中(5月2日から56日間)の各地の降水量(速報値)は、宮古島571.0ミリ(同369.4ミリ)、石垣島693.0ミリ(同385.9ミリ)、那覇市1033.5ミリ(平年値424.2ミリ)で、那覇が6月の降水量が観測史上1位を記録するなど、大東島地方を除くと平年の降水量を大幅に上まわりました。ただしこの梅雨明けにもかかわらず、多良間では27日午後3時半からスコールのような大雨が降りました。
2005年6月23日、戦後60年の節目の年の「慰霊の日」を迎え、役場主催の多良間村慰霊祭が、午前10時から慰霊の塔前広場で遺族を中心に行われました。
2005年6月21日、クムリ゜ウガンとプーリ゜が行われました。これは、御嶽に夕方から翌朝までこもって、豊作祈願をするものです。
2005年6月21日、琉球エアーコミューター(RAC)は取締役会で、慶良間―那覇、多良間―石垣両路線の廃止計画を承認しました。申請手続きを経て、来年4月から廃止の方針です。同じく廃止が検討されていた波照間―石垣線は、竹富町が補助金を上積みする意向を示していることから、結論を9月の取締役会まで先送りしました。9人乗りのBN2B型(アイランダー)を使用する3路線の座席利用率は3〜5割にとどまり、路線収支は合計で約1億2000万円の赤字でした。赤字の約2割を補助金で同額負担する県と3町村は、存続に向けて対策を検討していました。補助割合を約3割まで引き上げる方針を提示しましたが、9割以上の補助を求める同社の考えと大きな開きがありました。竹富町は補助金の増額に前向きで「日本最南端の波照間島は大きな観光資源。県と調