ちりちりちり


  良い感じだよね。唐突に栄口が言った。
オレは着替えをしている最中だったから、ゲッこいつオレの体見て言ってんのかと、一歩後ろに引いた。

「何、その嫌そうな顔」
「だって栄口、オレの体見て良い感じだって言うから」
「いや、言ってないし」

意外と辛辣に返されてしまう。
それは大層自惚れの過ぎたことでした申し訳ありません、と恭しく頭を下げた。

「本気じゃないくせに」
「うんまぁ、そうだけど」

そう言ったものの、体のことか謝罪か、どちらに対して言われた言葉なのかがいまいち分からない。普段なら、まず間違いなく前者が冗談の部類だ。
オレだって、男に体見て言われたからといって、そうそうそれを同性愛者の視線だとは思わない。
だけど、栄口はその同性愛者だ。
本人に言わせれば、好きになった奴が男だと言うだけで、本来は普通らしい。本人が普通という言葉をそこで使うのだから、自分の性癖を異常だと思っているんだろう。
だから、打ち明けられた時も少し安心した。それでも、やっぱり今まで通りに栄口に対してスキンシップをすることが出来なくなったし、あっちからもあまり前ほどオレに触れてこないようになった。(もともと、栄口はそこまでスキンシップの激しい方ではなかったけれど)

「警戒すんなよ。間違っても、お前じゃないから」

今度は目的語がなくても、なんのことかすぐに分かる。
案外ケロリと、冗談めかして言える度胸はすごいと感心してしまう。オレは上着を半端に脱ぎかけた格好のまま、ついと栄口に近づいて「じゃ、誰なの?」て耳打ちで聞いた。
ここでオレに欲情されたらどうしようだなんて、失礼極まりないことを思って、だけどいつまでも思い人の名前を明かさないでいる栄口をからかってやろうという悪戯心が湧き上がってくる。

「聞いてどうすんの」
「へーって思う」
「じゃ、嫌だよ」

素っ気なく答えられた。もっと慌てるとか怒るとか恥ずかしがるとか(いや、最後のは見ていて気持ち悪い)リアクションがあると思っていたから拍子抜けだ。栄口が口元だけで笑って、ペチリとオレの腰を撫でるように叩く。
わぁ、と思わずのけぞってしまうと、周りが何事かとこちらを見てくる。
そうだ、そういえばここは部室だった。田島がふざけるならオレもと言い出さんばかりの、好奇心に溢れた丸い目を向けていてくる。オレは気恥ずかしくて、こっそり目線を下げた。正直なところ、自分までホモだとか嫌疑をかけられたらどうしようと思ったのだ。栄口がその性癖を打ち明けているのは今のところはオレにだけのようだけれど、火のないところに煙は立たない。
高校生なんて、まだ狭い社会の中でしか生きていないからアウトサイダーには辛辣だ。いつか、栄口のことも噂になるに違いない。その時に友達としてかばうことはしたいと思うが、それはあくまでも自分に火の粉がかからないということが前提だ。

「水谷、脇弱いみたいだよ」

栄口がからかった口調で田島に進言している。ちょっと止めてよホントにやばいから笑い死ぬから、とオレもその流れに慌てて乗る。田島がそんなオレを見て、一層輝かせた瞳で歯茎が見えるほどにニヤけた。

「それを聞いたら、止めらんないよねー」

指をわきわきと動かして、ニシシと笑う。
とっさの言い訳とは言え、脇が弱いのは本当なのだ。くすぐられなくても、ちょっと他人に触られるだけで内蔵が浮き上がるような感覚に身をよじらずにはいられない。くすぐったいというよりは、不安定な感覚に居心地が悪くなる。

「ヤメヤメ、まじで無理だって」

必死なのに、周りは揃ってニヤニヤと成り行きを傍観しているだけで助ける気はないようだ。阿部に至ってはざまあみろと言わんばかりに、邪悪な笑みすら向けてくる。そんな中で、三橋だけはきょとんと立ち尽くしていた。

「三橋、ちょ、助けてっ」

本気で言ったわけではない。味方になってくれるとすら思っていない。ただ、一人だけ敵(大げさな言い方)(笑ってしまうね)でもなかったからだ。田島が三橋に頼るなよ、とがなる。

「三橋はぁ、九組なんだからオレよりじゃなくちゃ」

田島が三橋の肩に腕を回して、ぐいと引き寄せる。
それから、ドンと勢い良くオレの方へ押した。「田島っ」阿部の苛立った声と、オレが三橋を受け取めたのは同時だった。
大丈夫?と聞いて、うんとか細く返されて、大丈夫だったかと阿部が繰り返して二回聞いて。三橋はそれに慌てて大丈夫だ、よ、と返す。やっぱ阿部は三橋の特別なんだなと思った。ふと、栄口が言った「良い感じだよね」の一言を思い出して、三橋を支えたままウチのバッテリーは良い感じだよねとなんとなくで言ってみた。
もしかして、栄口が言ったのも部活のことだったのかなと、無駄に騒いだ自分を少し反省した。それから、栄口が一瞬、けれど確実に嫌悪を露に表情を浮かべたのを見て、自分の軽い口を責めた。
そういうことですか、そうですか。
栄口はきっと三橋が好きなんだ、とピンと来た。
そしたら、ムカッと来た。良く分からないけれど、栄口が三橋を好きなのだと思ったらとにかくムカついたのだ。

「栄口さ。さっきの良い感じって、結局何だったわけ?」

栄口は、小さく笑った。

「いっそお前が、オレのこと軽蔑してくれりゃ良かったのに」
「なんだそれ」
「オレがお前に言ったことを、受け止めずに気持ち悪いって軽蔑してくれてたら、オレはとっても良い感じでいられたよ」

それから、三橋が訳分からない顔してるから離してあげたらと一言。
あぁ、そっかごめんごめんとオレは掴んでいた三橋の肩から手を離した。それから、田島には気を付けろよと、田島がしたように肩に腕を回して言った。
オレは同性愛者ではないから、やましい気持ちはないわけであって、だからそれで三橋にはこうして触れることが出来るんだよどうだ!
と、栄口にちょっと優越感を感じたオレは、もうとっくに友情に厚い男ではないのかもしれない。







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