繊細な制度は落ち目だ
繊細な制度は落ち目だ
そうだ

MARILYN MANSON "DISASSOCIATIVE"


how do u do?






放課後のまだうるさい教室で、寝ぼけ眼のままこじんまりと所在なさげに座っている三橋。癖毛なんだと思っていた奔放に飛び回っている髪は、実はねぐせが6割らしい。
まぁ、始終ぼんやりしている様子に似合っているおかげで、そこまで見苦しくはない。
というか、それはあくまでも一般論というよりは私的論なわけなんだけれども。
後ろから肩に手を置いて声をかけたら、三橋は至極驚いたように振り返って水面から顔を出す金魚のように口をぱくぱくと開閉した。

「さ、栄口く・・・ん」
「なんだよー。そんなに驚くなよぉ」
「ご、ごめ・・・」

謝ることじゃないよ。
そう軽く言ったのだけれども、三橋はさらに小さな声で恐縮したように「ごめん」と言った。
まぁ、それでこそ三橋らしいのだけれど。
俺は、三橋の髪の毛をぐちゃぐちゃにかき混ぜるみたいにして頭を撫でた。
猫っ毛が、指の股を通るたびに、なんだかこそばゆくて気持ちが良い。

「三橋の髪の毛、気持ちいいなぁ」
「えぇ?」
「癖毛って、固いのもあるじゃんか。でも、お前のやーらかくて、俺スキだよ」
「う、ぉ、」

身を引いて、真っ赤に顔を染める。
その頭を引き寄せて、耳元で「好き好き好きですよぉ」と唱えるように言ったら、どうなるだろうか。
もっと顔を赤くして、必死に目線は合わせないように下に向けて。
落ちつきなく、口が開閉するのかな。
想像して、そんな姿を見てみたいなと、思った。
どこかひねくれた愛情表現を持つことは、俺にとっては珍しいことだ。
意地悪で冗談を言ったりすることは、友達同士でよくあることだけれども。
相手が、三橋のようなタイプでそういった冗談のやり取りに長けていないと分かっていれば、そういう内容は振ったりしない。
良く、いい人だと言われることがあるけれど、確かにそうかもなんて自分で思ってしまうことがあったりするぐらいに、俺は相手のことを考えて行動する。
もっともそれだって、逆を帰れば至極打算的な人間だってことになるのだけれど。他人にそう思わせないことも、一種の才能なのかもしれない。
なーんて、ネガティブ。
改めて思う程のことじゃない。こんなことで、悩んだことなんてないし。
ただなんとなく、三橋の他人への非常識過ぎるぐらいの距離の取り方なんかを毎日見ていると、ふと自分はどうしてこんなに自然に他人とコミュニケーションが取れるのかなと思うようになったってだけのことだ。

(それは、他人にあまり興味がないからですよ)

と、なにやら、自分の本性に気が付いてしまったらしい部分からのお達しはその感情に気づくたびに軽く流してなかったことにする。

「今日さ、部活ないだろ?一緒に、帰ろうよ」

言うと、下を向いたままだった三橋はぱっと顔を上げて、でも、と口ごもる。

「田島くん、が」
「あぁうん、約束してた?」
「じゃ、ないけど。いつも、なんとなく一緒に教室出る、から」
「でも、もう田島帰っちゃったよ」
「うええ?」

慌てて田島の席を見て、俺の言葉が正しいことを確認した三橋は途端にしょんぼりと眉を下げた。
三橋はすぐに落ち込む。被害妄想が、誇大だ。
大方今も、田島が自分に黙って帰ったことを悪い方悪い方へと考えているのだろう。
このまま黙って見ていれば、泣き出すかもしれない。
泣き出すかもしれないから、田島が居眠りをしていた三橋を起こすのは忍びないからと、教室を訪れた俺にすれ違いざま先に帰ることを告げていたことを教えてやった。
他のヤツのことで、泣く三橋を慰めるのは御免だったからだ。

「ごめんごめん。なんか、家の用事だって伝言」
「そ、そっか」

見るからに安堵してみせる三橋。
泣かれるよりも、こっちの方が少しタチが悪い。

「ほら、だから一緒に帰ろう?」
「あ。う、うん」
「なんだよ、歯切れ悪いな」
「そうか、な?」

小首を傾げる。
のほほんとした雰囲気は、愚鈍との境界線上にある。多分、こういった三橋の煮え切らない態度は、相手を苛つかせるものなのだろうし事実短気な阿部なんかは(本当は可愛くて仕方がないくせに)、何度も三橋の言葉が言い終わる前に辛抱が切れて怒鳴り声をあげている。
そんなことしたって三橋が怯える一方だと、高をくくっていたのだけれど、気が付いたら三橋は阿部に前ほど怯える様子を見せなくなった。それは、そうして怯えているとまた怒鳴られるからだといかそういったことじゃなくて、ただ単に懐いたということ。怯えたとしても、三橋は必死で阿部に嫌われないようにと気を張るのだから。
我が道を突き進む阿部と、一生懸命三橋に気を遣う俺。懐かれているのは、同じだけれども、ぶっちゃけた気持ちをはき出せる阿部が時々無償にうらやましくてねたましい。
きっと俺なんかが怒鳴ったら、三橋はもう俺に近づきもしなくなるだろう。

(うわ、そりゃ寂しいことこの上ないね)

自分を見て怯える三橋を想像してみて、悲しくなる。

「栄口、くん?」

どうしたの?と訪ねられて、初めて自分が情けない表情をしていたことに気が付いた。
強張った顔の筋肉を慌てて解したけれど、三橋は視線を不安定にさまよわせて落ち着かない様子だ。
悪い方に誤解している。おそらく、いや九割九分。(まぁ、十割ではないから確実ではないことにに変わりはないんだけれども)
得意の人当たりの良い笑みを作って、俺は三橋の名前を優しく呼んでやる。
あまり泣きそうな顔をするなよ、と飴玉を握らせた。
粗目の砂糖粒が表面を覆っている昔ながらの大きく丸い飴玉を、三橋の手に乗せてさぁ舐めると良いよ。と勧めた。
三橋は打って変わった嬉しそうな表情で、目尻を下げて笑うと「これ、おいしい、ん、だ」と良いながら口に頬ばった。
大きな飴玉を、三橋は難儀そうに口の中で転がすが舌に広がる甘さは十分に三橋を満足させているようで、その表情は明るい。
昔良くシュウちゃんと食べたんだ、と三橋が言う。

「シュウちゃんて、あれだよな三星の、つり目の」
「そう!」

さも嬉しそうに笑う。
俺はニコニコと笑いながらそりゃ懐かしいねなんて同調してやりながら、もしも、と思う。
もしもあの口に入っている飴玉が実は小型爆弾だったとしたら。かちんと歯に当たったその瞬間にドカン、顎は爆風で飛び散るだろう。肉と血が細切れになって散乱する。
涎のようにだらしなく血を滴らせて泣き声も悲鳴もあげることの出来ない三橋を、俺はきっと笑うだろう。
あまり俺を嫉妬させるなよ、と笑うのだ。
もちろん、それは身勝手な想像であって実際には爆弾などを手に入れられるはずもなく、ましてや好きなはずの三橋を痛めつけるだなんて出来るはずもない。
出来るはずもないのだけれど。

(あちこち目移りされて、自分だけを見てもらえないってんなら痛めつけて、恐怖で支配してでもオレだけを見てもらうっていうのもありなんじゃないのかな。愛情なんてどこまでいったって思い込みだ。でも、恐怖は違う。恐怖は自分の危機を知るための感覚だから、それは愛情のように上辺を滑るだけじゃなくて中側にまで突き刺さってくる感覚だ)

俺がそんな酷いことを考えるはずはない。俺じゃない。
だけど、オレなのだ。
今までに無いほどの爽快感。
感情を押し込めることの無意味さを思い知る。
自由に思った通りにすやば良いんじゃないか、と弾け飛んだテンションの高さに思わず叫び声をあげて駆け出したくなる。

「栄口くん、なんかう、嬉しそ、」
「うん。とても嬉しい」

やっと会えたね三橋はじめまして・・・・・・









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