フェイクで付き合う傲慢さ。


  待ち合わせに15分遅れた。
借りたCDを持ってくるのを忘れた。
見る映画を決めていたのに、やっぱこっちにしない?と、恋愛映画からアクション映画に変更した。

「本当に、水谷は適当だね」

映画が終わってから彼女にそう言われて、水谷は怒ってるの?と聞いた。
このくらいじゃ怒らない、なんて笑っていたのに話題が髪型のことになった時に、彼女の態度は豹変した。

「なんで忘れちゃうの!?」

ファミレスのボックス席で向かいに座る彼女は、真顔で言って、手元にあった水の入ったグラスを掴んだ。

「髪切ったのって、水谷があたしにショートのが似合うって言ったからなのに」
「忘れたなんて言ってないじゃん。言ったかもなぁって言ったんだよ」

困惑から少し上擦った声で水谷が言うと、彼女は信じられないものを見るかのように、ぱっちりとした二重の瞼を見開いた。
はぁーあと、苛立ったため息を吐かれる。

「最低だよ。髪って切っちゃったらすぐには伸びないんだよ?」
「別に似合ってるんだから良いじゃん。うん、似合ってるよ」
「何その適当な言い方」

彼女の苛立ちは、水谷が髪型を誉めてもちっとも収まらない。面倒だなぁ、と水谷は表情には出さず思った。人間だもの、言ったことを忘れることぐらいあるさ。
それに、何かと水谷ばかりが責められるのだが、彼女にしたって大分好き勝手にやっているのだ。
部活のない日はほぼ強制でデート。
花井たちと買い物にでも行きたいなぁなんて思ってるんだけど、と断ったとしよう。
彼女は、甘えたようにえーっと声を上げてだっていつも遊べるわけじゃないんだよ花井たちとはいつだって行けるじゃん。と言われて、挙げ句のはてには、服ならあたしが一緒に見てあげるしと意気揚々と言われる。別に服くらい自分で選べる。水谷がそう思っても言わずに、まじで?じゃぁ頼みますとおどけて言ったことは、随分と彼女のことを考えているではないかと水谷は思っている。

「朝は遅刻してくるしさ。行動も適当だし」

グチグチ言う彼女に、水谷は苛立つよりも煩わしさを感じた。ただ、水谷はどんな時だって、真剣に言い返したりなどはしない。
苦笑してみせて、ごめんと謝る。
言い争いをしても、向こうに譲歩する気がないのなら、それに終わりはない。水谷にしてみれば、そんな無駄な時間を過ごすぐらいなら、適当でも自分が折れてしまった方が楽なのだ。

「ごめん。もう、これは俺が悪いね。本当に、ごめんなさい」

顔の高さで手を合わせて謝った。本当に悪いと思ってるの?と彼女が、意地悪に聞いてくる。

「思っていますとも」
「じゃあ、今度買い物に付き合って」
「もちろん良いけど。でも、休みまた当分ないよ?」

別に嘘を言ったわけでもないのに、彼女はまた不機嫌になった。

「当分ってどのぐらい?」
「少なくとも、週末はホントしばらく無理。放課後ミーティングだけの時があるかもだけど」
「一回ぐらいサボっちゃえば良いじゃん」

そうくるか。水谷は、ほんのコンマ秒の間に考えた。無理だと言えば、また不機嫌になるんだろうな。一回ぐらいサボると言うことが嫌なのではない。(そのぐらいのこと、思ったことは山ほどある)ただ、彼女のためにということが、嫌だった。
本当に成り行きで付き合ってるなと、水谷はしみじみ思う。告白されたから、なんとなく。
嫌いじゃないけど、最優先の存在ではない。

「サボるのはちょっと」

うちバリバリ体育会系だし、とちょっと笑って言う。

「大丈夫だよ。水谷、うまいじゃん」
「え。見たことあったっけ?」
「水谷、俺へたれだからとか言って、全然教えてくれないから千代ちゃんに頼んでさ。一回だけ練習試合見に行ったことあるよ」
「マジで?」

へたれだってことも、あながち嘘じゃないけれど、野球というカテゴリーに彼女を入れたくなくて試合の日程を教えていなかった。
というか、当初は付き合っているんだし一度ぐらい見てもらってもと思っていたのだが、彼女があたし野球って良く分かんない。サッカーの方が臨場感あるよねぇなんて言ったものだから、彼女に対してはなんだか妙に心の狭い水谷はそんな奴に見て欲しくねぇよと酷くささくれた気持ちで、だけど表情はへらへら笑って「俺、へたれだからさ」という言い訳を言い続けていたのだ。

「怒らないでね?でも、自分の彼氏のだもん。見たいと思ったんだよ」

あはは、と水谷は笑った。

「俺、あんま良いことないでしょ」
「カッコイイよ。上手いよ。もっと下手な人いたしさ」

オイオイ、それは失礼だろと内心呆れた。しかし、彼女は気付かずに話を一人で進めていく。

「えっと、ほら、ミハシくん?キャッチャーの?」
「や。三橋はピッチャーだよ。投げるほうね」

心底呆れた。
野球知らずにもほどがある。というか、野球を知らなくてもキャッチで和訳はつかむ、捕獲する、だ。そこから察してくれ、と水谷は表面上の笑みは保ったままで内心ため息を吐いた。

「ばっかだなぁ。野球しらなすぎ」

俺悲しいわ、と冗談めかすことも忘れない。
面倒だけど、なんて簡単に扱えちゃうんだろうなんて思って愉快になる。

「で、三橋がなに?」
「失礼だけど、三振ばっかりだったじゃない?水谷が下手って言うからさ、全然それよりも、さ。ね?いるじゃんって」
「そりゃ失礼だ」

対彼女の口調も忘れて、平坦な声で水谷が言う。

「三橋の投げてるとこ見た?あいつはすごいんだよ。下手なんかじゃないよ」

怒ってるの?と彼女が今日初めて下手な態度で聞いてきた。水谷は怒っちゃいないよと返したけれど、その声はやっぱり平坦で素っ気なかった。

「怒ってるじゃないの」
「怒ってないよ」

気分が悪いだけだ、と心中で吐き捨てる。不安がっているから、思いきりニコニコ笑ってやる。

「怒りはしてないけどさ、そういうの絶対に三橋の耳に入らないようにしてね。あいつ、そういうのすごい気にするから」

あは、と彼女もようやく笑う。

「気にしちゃうんだ」
「うん」
「水谷くらい明るくて、逆境乗り越えられれば良いのにね」

あ、この馬鹿。
水谷は笑顔を張り付けながら思った。
あいつはすごく頑張ってるの。自分が出来ない部分だってすごく良く知ってるの。逆境だって乗り越えようとして、頑張ってきたの。卑屈で泣き虫だけど、根性あるやつなの。ほんと、健気で。

(お前なんかとは違って、俺の優先順位のトップ独走中なの)

ニコニコ、水谷は笑う。
ところでその髪型、やっぱ似合うね。今、ちょっとした瞬間に俺超思っちゃったよ。
そう調子良く言って、彼女の機嫌を取っておくことは、もちろん忘れない。







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