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今日という日に君は生まれ、僕はビジョンのない神に感謝する
三橋が必死に土を掘り返しているので、どうしたのかと訪ねた。 汗で顔中を湿らせて、土埃に汚れてまで何を必死に掘り出そうとしているのかと尋ねる。 淀みなく動かされるシャベルを持つ手は、問いかけに対しても止まることはなくひたすら掘り進む。湿った土は、腐葉土の匂いがした。 三橋、三橋。 名前を呼ぶ。 返事はなかった。 無視をされたことが悲しいというよりも、その必死な態度が気になって仕方がない。一体何をそんなに一生懸命になって探しているのだろうかと思って、邪険に思われることを覚悟の上で横からのぞき込んでみる。 深く掘られているのだと思った穴は、思った程ではなかった。 それでも人一人が中で立てるだけの幅と高さがあり、そうするとやはり何か目的があってのことなのだろうなと思う。 シャッシャッと土が掘り返される音は、鉛筆で文字を書く音に似ている。だから、静かな場所でこの音ばかりを聞いていると授業の時の同じあの独特の緩慢な眠気に襲われてしまいそうになるのだ。 何を掘っているの。 もう一度、眠気を振り払う為もあって訪ねた。 やはり返事はない。 不思議と苛立ちも悲しみもなく、ただ少しでも良いからこっちを見てくれたら良いのにとまるで他人事のように思えただけだった。 ぼんやりと三橋を眺めていると、不意にその動きがぴたりと止まった。 良かったぁ、と心底安堵したような三橋の声。 「見つけたの?」 声がして振り向くと、田島が肩に三橋のものよりも年期の入って土まみれのシャベルを担いで立っていた。 家にあったものを持ってきたのだろう。そのシャベルと田島という組み合わせを見たのは始めてだというのに、それはとてもしっくりときていて「それでこそ田島だよ」なんて言葉が頭の中を過ぎる。 田島はシャベルを地面に突き刺して、三橋のもとへと駆け寄った。 あぁ、見つけたね。と歯茎を見せる彼特有の大胆で大げさな笑みを浮かべる。 「深く埋めすぎたね。珍しいことして、驚かせたくってさ」 田島は笑って、ごめんよと三橋の肩を叩く。三橋の体が大きく揺れて、危うく掘った穴に落ちそうになる。 おいおい気を付けろよ、と笑いながら俺は言った。 三橋がびっくりした、と小さく笑う。それはそれは、可愛らしい笑みで土に汚れていたとしても、その魅力はちっとも衰えない。 きっと田島もそう思っているんだろう。いや田島だから、そんな風にきちんと頭の中で言葉に出来ているかは分からないけれども、同じことを感じていることに間違いはないはずだ。 珍しく繊細な動きで三橋に触れる田島は、そのままそっと穴の中のものを取り出すように促す。大きすぎて無理だよと、三橋が頼りなく言って田島がそれもそうだねと今度は穴の中に入ることを勧めた。 もしかして三橋のことを埋めるつもりじゃあるまいな、と俺が思ったことは決して大げさなことではない。田島の三橋へと気持ちは誰もが知る、とても強い執着心のかたまりだ。独り占めにしたくて、三橋を殺してしまったとして誰がそれを予想出来なかったと嘆くだろうか。その逆で、きっと俺らは予想出来ていたことなのに、と嘆くのだろう。 そんなことを思ったから、俺はさりげなく三橋の横に立って田島を牽制するようにちらりと一瞬睨んだ。 田島はそれに気づかず、早く早くと先を促す。 穴の中には大きな箱が一つ入っていた。 三橋は穴の中で屈んで、丁寧にその箱に掛かった土を払う。 とても、とても大きな箱を指さして、田島は三橋が一番欲しがってるものを選んだつもりだよと言った。 「誕生日おめでとう」 箱の蓋は周りの土を削りながら、しかし思ったよりもすんなり開いた。 「結構苦労したんだ。でも、三橋が一番欲しいものだって言ったら、分かってくれたよ」 田島はニコニコと笑う。 三橋は喉を引きつらせて、穴の中から田島を見上げた。目には涙が浮かんでいた。 そして箱の中には、俺がいた。 俺が、死んでいた。 水谷くん、と三橋が名前を呼んでくれる。ようやく呼んでくれたなという嬉しい気持ちと、どうして喜んでくれないのだろうという悲しい気持ちが入り混じる。 「嫌だっ。や、だっ・・!」 「なんで?三橋は水谷が一番欲しいんでしょ?俺だったら喜んであげたのに、三橋は水谷じゃなきゃ嫌なんだろ?だから、三橋だけの物にしてあげたいと思ったのに」 田島があっけらかんとした口調で言う。少し怪訝そうな表情に、人を一人殺したことへの罪悪感などは微塵も感じられない。 最も、俺とて喜んで田島に殺されてやったのだ。 田島に殺されるということは癪だったけれども、三橋の為だと思うと我慢出来た。俺自身、三橋を独占したいとずっと思っていたから、三橋がそう思うのであればその気持ちは良く分かったし喜ばしいことだった。狂喜乱舞、俺はじゃぁ殺してくれよと田島を見据えて急かした。 「あのさ、今泣いてるのは、嬉しいからじゃないんだよね?」 「ころした、の?田島くんが?」 「水谷だって望んだことだよ」 「そんなの、わからない。わかんない、ほんとに、み、水谷くんが、い言ったかどうかなんて・・っ」 「ホントだよ。なんで疑うの。そういうこと言われても、本当かどうかを証明する方法なんてないのに、なんでそんな意地悪なことを三橋は言うの?」 俺頑張ったのに、と田島が涙声で言う。 三橋は、ほぼ条件反射なのだろう、そんな田島の様子に慌てたように謝った。 というか、謝るなら俺に謝ってくれよと思った。 俺は一体何のために殺されたというのだ。 「なぁ、三橋。水谷は本当にお前のことが好きなんだよ。お前だって、そうなんだろ?だから俺はシットという感情を覚えながらも、一生懸命二人の為、それから三橋の誕生日プレゼントの為にがんばったワケデスヨ?」 田島は穴の中にするりと飛び降りて、土に汚れた手で無遠慮に俺の顔を掴んだ。 手早くポケットから取り出されたナイフ。その動作は、いつもどこからか油性マジックを取り出す、あの動作に酷似していた。 そのぐらい自然に、田島はナイフの刃を俺の耳に当てて勢いよく切り落とした。 当然のことだが、死んでいるので血は出ない。今ここにいる俺も、死んでいるので痛みは感じない。 けれど、視覚的に痛い、と思った。 「ほら、これ持ってろよ。ずっと一緒だぜ?三橋の大好きな水谷の一部をずっと、一生持ってられるなんて、そんな最高の贅沢ってないと俺は思うよ?」 無理矢理三橋の手に俺の耳を握らせる。指が良かったかな、と聞いているが返事はない。 俯く三橋は、泣きじゃくっている。 嬉しくなかったのかぁ。 平凡に、ケーキでもあげていたらそっちの方が三橋は喜んでくれたのだろうかと思うと、泣けてくる。 田島が三橋の名前を呼んだ。 三橋の手の中に俺の耳を握らせたまま、田島は顔の位置を少し下げて上目遣いの状態で三橋にキスをする。 「誕生日、おめでとう」 顔を赤くしている三橋。 泣いているからなのか、照れたからなのかは分からない。 だけど、田島の不意打ちに俺の耳を落とさずにいてくれたことがとても嬉しかった。 |