ブラッディーヘル!


 

もし世の中の人間全部が野球部だったら、いじめとかなくなると思う。
そうクラスメイトが言った時、俺は何を適当なことを言ってるんだよと視線すら上げずにあしらった。
いやいや本気さ、マジだよ。息がかかるほど近くに顔を寄せてこられて不快感に顔を上げると、ヤツはわざとらしく人差し指を立てて横に振っていた。
名探偵が推理の間違いを指摘している時にやるような仕草、とはいえ本物の探偵なんて見たことがないしあくまでもフィクションから培ったイメージの産物だ。
非常に浅はかな想像力だなとヤツのことを馬鹿にしかけて、実際にじゃぁ探偵って何なんだと自分が問われても多分答えられはしないだろう。
えぇっと不倫調査とか人捜しとか、推理じゃなくて調査が主で。
金田一耕助や浅見光彦などのドラマでも良く見る有名探偵のイメージを押しのけても、せいぜいがこの程度だ。
自分にがっかりしているとそれにはまるで気づいた様子もないまま、良いか市原考えても見ろよ、とやはり探偵ぶった態度で続けてくる。
顔が、近い。
俺はあからさまに顔をしかめてヤツを見てやったが、それでも顔は近いままだったので気持ち悪いんだよと悪態を吐いて、掌で思い切り押しのけた。
するとヤツは、野球部ってしょっちゅうこのぐらい顔近づけてんじゃん、などと巫山戯て茶化すような口調で言うのですぐさま否定した。
なんだその偏ったイメージ、円陣組む時ぐらいだよ顔近づけるのなんてーのは。そう言って、何故だか得意そうに探偵ぶるヤツの鼻を折ってやるぐらいのつもりで、適当なことばっか言ってんなよなとさらにたたみ掛けるように言う。
しかしそれもまた堪えた様子はなく、いいやもっと頻繁だよ。だって俺はその異常な仲間意識を思ったからこそ、みんなが野球部だったらいじめが無くなるんじゃないかって言ったんだものと笑う。
異常、とヤツは言った。
俺は異常とはどういう事かと聞いた。
ヤツは、ともすれば誤解してしまいそうなほどの、と答える。そして、だって野球部の連中って多分部活で会ってなければ、絶対に気が合わないだろうなって奴ら同士でも仲良いじゃない?そういうのって、なんかそうさせる独特のものが野球部にあるんじゃないかって俺は思ってるんだ、と言う。 自分の言うことに酔いしれているような表情を、俺は白けた気持ちで眺めていた。
野球部員が仲良しだって。そりゃチームワークがなければいけないスポーツだから多少は、意識して仲良くしてるって部分があるかもしれない。だけど別にそんなことをしなくたって、スポ根丸出しの縦社会ときつい練習を共にしていれば、少なくとも相手のことを軽んじて見るようなことは少なくなってくる。
まぁ、あくまでも俺がそう思っているだけで世の中の野球少年が揃って同じように思っているという保証はない。先輩が偉そうで気に入らないというヤツだって、練習について行けないと諦めるヤツだっているだろう。 第一、サッカーだってバスケだってスポーツで野球のようなチームワークを重視したものってたくさんあるだろうと、俺は言ってみた。
だけどヤツは、野球は特別だよ。異常だよ。と失礼なことを繰り返し言う。 異常ってのは、つまりお前にとって野球をやっている人間はホモくさく見えるってことなのか?と問いただす。ヤツは、別に悪い意味で言っちゃいないよとカラリと笑った。
人間関係の希薄な現代、そのぐらいでやっと仲良くなれる気が俺はする。
そう言うヤツは、妙に真面目な顔をしていたので、俺は思わずもしかしてお前っていじめられてるの?と聞いてしまった。
思い返せば、不躾なことだ。いや、不躾かそうでないかという問題ではない。他人の内面という庭に勝手にズカズカと入り込んでは、そこにある草花を踏み荒らしえぐり取るような行為だ。
しかし幸いにして、ヤツはそんなんじゃないよと否定をしてくれたので(それが嘘であれ本当であれ、とにかくその場は)俺は自分の良心を汚さずに済んだ。
そして考えてみる。
異常なほどの連帯感、仲間意識。確かに間違えてはいないだろう。ただ、ヤツの話すそれには想像の部分が大きくある。
ぼんやりと考えていると、ヤツはまだ話し足りないのかそもそもこの考えに至ったのはお前の交友関係見てからなんだよ、と一度俺に押しのけられたことを忘れたのか、それとも懲りていないのかまた顔を近づけて来て言った。 俺はね、市原と一年のなんだっけ?あの、ものすごい十割バッター、あいつとお前が割と仲良いってのも信じられなかったんだけどね。
ヤツは、俺はどちらかと言えば言いたいことを我慢するタイプだろうから、あいつ(つまり、大地だ)のようなすぐにすいませんと謝ってくるタイプの人間は苦手なんじゃないかと思っているらしい。
割と、するどいことを言う。
正直、大地を疎ましく思った事は一度や二度じゃない。それでも、仲良く見えるのであれば、それは大地が他人の感情に鈍いということと、俺がそう見えるように取り繕っているということが上手く混じり合って現れているという結果だ。
特に西浦戦が終わってから、俺は大地が何かと話題に出す西浦のエースの話をとても慎重に考えて返事を返している。その度に、ストレスが溜まるのだけれど、俺は絶対にそれを悟られないようにと気負ってきている。 もしも、と考えてみる。
もしも、仲良く見られるけれど本当は結構鬱陶しいと思っている大地が怪我をしたとして、死んでしまったとして、俺はそのときに泣くのだろうか、と。
そして結果は、ツンと収縮して痛む鼻の奥と、目頭から鼻の脇を伝う涙で証明された。
何泣いてんだよ、とヤツが慌てるので、俺はごめんよと謝って理由を説明した。
ちょっと、想像してみただけだよ、と。
もし大地のヤツが死んでしまったら、と考えてみたら泣けてきてしまったんだと告げるとやっぱり野球部は違うなぁと、ヤツは実に微笑ましそうに(若干、からかいが混じってもいたけれど)俺を見て拍手をしてきた。
俺は号泣するに違いないのだ。
大地が死んで、三橋がそれに対して心を痛めるのを見て号泣するに違いないのだ。
大地のことなんて気にするなよ、俺となんか話しをしてくれよ、と母親に相手にされない子供のような気分になって号泣するに違いないのだ。







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