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「サンタはいるんだってさ」 朝一番、練習前に低血圧なんて存在しないとでも言わんばかりの覇気の良さで半ば叫ぶように言った田島の言葉に泉が、は?と口を開けて剣呑に聞き返した。 「だから、サンタだよ。サンタクロース」 「それは分かってるって。じゃなくて、だから何?」 上着を脱ぎながらくぐもった声で言いながら、やはり機嫌の悪そうな声の泉に仲裁するかのように栄口が「旬な話題ではあるよね」と割って入った。 田島がそれに、そうなんだよ!と一際嬉しそうに手を叩く。 「兄ちゃんが言ってたんだ。廉がサンタ信じてるって。だからお前ら下手なこと言うなよって」 「あぁ」 それで的を得たと、泉が低い声を吐いた。加えて、今までまるで田島の話に興味を示していなかった阿部がくるりと田島の方に向き直った。 素早く首を回して向き直るその動作は、あまりにも機敏すぎて気持ちが悪い、と栄口と泉がほぼ同時に思った。 しかし特に発言をする気はないらしい。ただ単に、廉の話題には反応せずにいられなかっただけのようだ。 気持ち悪いなぁ、変態っぽいなぁ。 散々失礼なことを内心で思いながら栄口は、それを表面にはおくびにも出さずに「ちょっと残念だな」と言う。 「オレ、廉には何かクリスマスプレゼントをあげたいと思ってたんだ」 「あげれば良いじゃん」 あっけらかんと言う田島に、栄口は眉を下げて苦笑しながらでもねぇと続けた。 「廉は素直だからさ。サンタからプレゼントをもらえて、どうしてオレからも別個でもらえるのかって混乱したりしたら、なんだか可哀想じゃない?」 「確かになぁ」 花井が賛同して、だけどオレも何かあげたかったなと言った。 そのやり取りを見て、阿部が一人ハンと馬鹿にしたように鼻を鳴らす。そして態度だけではなく実際に、「馬鹿じゃねぇの」と言い放った。 「あげれば良いだろ」 「阿部、人の話聞いてた?」 「聞いてた。馬鹿かと思いながら、聞いてた」 ケケ、と笑う阿部は明らかに悪人面だった。こいつめ、と栄口は奥歯を噛んで憎らしく思う。一度、廉の前でその表情をして嫌われてしまえば良いんだと花井が内心で毒づく。 その間に、阿部が再び馬鹿だと吐き捨てるように言った。 「プレゼントはサンタからだけなんだろ?だったら、自分の分も廉にプレゼントをあげてくださいってのが、サンタに頼んだプレゼントってことにすりゃ良いだけじゃん」 「あ、なるほど」 「っていうか、阿部って結構メルヘンだ」 素直に感心する花井の横で、いつの間に移動してきたのか田島がケラケラ阿部を指さして笑う。 「うちの兄ちゃんだって、そんなこと考えてないと思うよ」 今度、幼稚園で使うように教えてやろう。 言って、可笑しくて堪らないと言わんばかりに笑い続ける田島に、泉がつられたようにふっと吹き出す。 そうなるとあとは連鎖反応のようなもので、一人、また一人と笑い出してくる。 沸点の低い阿部の肩が小刻みに震えだし、怒鳴り出すのも時間の問題かと思われたその時だった。 「あれぇ、なんか楽しそう」 前触れなしに開かれた部室の扉。外の冷気と共に脳天気な声が入り込んできた。 「浜田」 「と、廉」 やぁやぁと片手を上げて大げさに挨拶をする浜田に、泉がお呼びじゃないんだよとでも言わんばかりに顔を顰めた。 それに続いて、栄口が浜田に手を引かれている小さな影を見て少し驚いたように小さく叫んだ。 別に、浜田と廉という組み合わせが珍しいわけではない。 野球部員の彼らが廉と知り合ってからしばらくして、廉の話を何の気なしに泉が浜田にした時のことだった。浜田は廉を知っているよと、あっけらかんと言って笑った。 あいつオレんちの近くに住んでんだぜ。すっげぇでかい家でさ。 ギリギリと、泉が歯を食いしばって悔しがったことを浜田は知らない。阿部が、完全犯罪のなんたるかを模索していたことも、浜田は知らない。知りたくもないだろうが。 とにかく、共働きの廉の家族からの信頼もある浜田が、放課後になると廉を引きつれて歩いていることは決して珍しいことではないのだ。 だから、その点においては誰も驚きはしなかった。 ただ、あまりにもタイミングが良すぎてたから、つい今し方までの会話を聞かれていやしないかという不安があったのだ。 (まぁ、もし聞かれてようもんなら、廉大泣きなんだろうけど) 栄口はそう考え直して、久しぶりだね寒いねぇ、と優しく廉に話しかける。 もこもこと着ぶくれをしている廉は、帽子にミトンの手袋までしている。それでも、寒さで鼻先と頬が赤く染まっている。 「ここ、あったかい、ね」 「そうだねぇ。暖かいよねぇ」 実は当初はすきま風の冷たい場所であった。それに耐えきれなくなった野球部員一同は、揃って一つの電気ストーブを買った。それから、火の元だから危ないだの我慢しろだのと部室にストーブを置くことを渋っていた教師軍をなんとか説得して、その結果晴れて暖かく安心して着替えの出来る部室となったのだ。 ダウンジャケットを浜田に脱がせてもらった廉は、好奇心の溢れる視線をストーブへと向けた。 勘良くそれにいち早く気づいた水谷は、ひょいとフットワークも軽く廉の後ろに立つと小さなからだを抱え込むようにして「危ないから、触っちゃだめだからね」と言う。 すると後ろから羽交い締めのようにされたことが廉には楽しいことのように思えたらしく、子供特有の喉の奥を思い切り震わせるような笑い方をして水谷に向き直ると抱きついてくる。 大分慣れてきてくれたな、と水谷は嬉しくなった。それからすぐに、周りからの視線の痛さを感じて、これで二人きりだったらなぁと落胆のため息を吐く。 抱きしめようとした腕をそっと降参の形で挙げて、水谷はオレは無害ですよと無言で周りに知らせる。 そんな中、廉はまるでそんな雰囲気には無頓着で、水谷の腰元に抱きついたまま離れようとはしない。こういう時の廉を無理に離そうとすれば泣き出すことを、その場にいつ誰もが知っていたので出来ることはせいぜい「こっちにおいで」と優しく声をかけるぐらいなものだ。 実際に、栄口がそう言った。 しかし、廉は「いいの」と首を勢いよく左右に振る。まだ頭の重さを支えきれないバランスの悪い体躯が、一瞬ぐらりとゆれたのを水谷が慌てて起こしたものだから結局は抱きしめるような形になってしまう。当然、周りからの視線は痛い。とても、痛い。 それなのに、抱きついてくる廉はとても可愛らしくてたまらない。 その矛盾に悶々として、半ば硬直してしまっている水谷を尻目に阿部が「何かあって来たのか?」と通常ではあり得ない穏やかな声で問う。 当然のことのように一同が顔を見合わせて「気持ち悪い」と思ったということは、本人だけが知らないことだ。 知らないからこそ、阿部はさらにゆっくりとした口調で廉に話しかけていた。 「クリスマスも近いし。最近は廉に会えなかったから、サンタさんに廉に会えますようにってお願いしようと思ってたよ」 阿部にあるまじきその夢見がちな発言に、田島がメルヘン!と叫んだ。 廉がその声にびっくりして、目を瞬かせたが、次の瞬間にはそれを何かのゲームの一環だとでも思ったようでにっこりと笑いながら「メルヘン!」と田島を真似て叫ぶ。 田島の言葉にひくりと片頬を引きつらせかけていた阿部だが、廉の言動によって打ち消されたようである。 そうかそうか、廉はメルヘンが好きなのかぁ。と満足げに言う。 (廉って最強だ) 浜田はそんなやり取りを見ていて、小さくて愛らしい存在の廉が少しだけ脅威に思えた。 今この場にいる人間全員を組み込んだヒエラルキーを作ったとして、その最高位には間違いなく廉がいるであろう。 だとすると、廉からある程度の信頼と好意を寄せられている(はず)の自分は、まぁまぁ上位の部分にいるのだろうか。本当は、自分が一番廉に好かれていると断言したいところだが、水谷にくっついて離れない様子を見ているとなんだかその自信もなくなってきてしまう。 「廉は、水谷が好きなんだなぁ」 思わずポロリと口にしてしまった一言に、廉だけではなく周り全ての視線が浜田に集まった。 しまったと慌てて口を手で覆うが、既に出してしまった言葉に取り返しはつかない。 「今のなし!なし!」 悪あがきでそんなことを言っても、意味などはない。 廉が、大きな目を見開いて浜田を見てくる。 「れん、ふみきくんだけ、が、すきなの、じゃ、ないっ・・」 頬を染めて、チテテと擬音が聞こえてきそうな可愛らしくおぼつかない足取りで浜田の元へと駆けてくる。 「すきなの、みんな、ね?」 首を傾げる。 全員に戦慄が走った。 阿部などは、興奮のあまりすぐ横にいた花井の坊主頭をバシンと平手打ちにした程だ。 廉はジャケットを掴むと、そのポケットに手を入れた。 「く、クリスマス会、したの」 小さな手一杯に掴まれたのは、いくつもの飴玉だった。よくもまぁこんな小さなポケットに、と思える程次々に出てくるキャンディーの数はぴったり野球部員全員プラス浜田の十個。 「プレゼント、って、たじませんせいがれんたちに、ちょこ、くれたの。うれしかったから、みんなにも、ぷれぜんとってしてみたいっておもったの」 うふふとはにかむ廉に、全員がどうしようもない程の愛おしさを感じた。 手のひらから落っことしそうになるキャンディーを、廉がゆっくり、たどたどしく一人一人に渡していく。 めりーくりすます、と言い慣れないであろうことを舌っ足らずに言って、ことしもよろしくおねがいしますと続ける。 後者は間違ってるよ、とは誰も言わなかった。 そんなことよりも、本当にサンタがいたとしてもプレゼントはオレの分も廉にやってくださいと誰もが思った。 「でも、浜田がオレのこと好きなんだなぁって言ってた時、頷いてもらえなかったのは、ちょっと残念だ」 水谷が、こっそり栄口に耳打ちした。 栄口はにこりと笑って、それは分不相応ってもんだよと辛辣に言った。 「水谷は酷いなぁ。オレなんて、廉がこうしてプレゼントをくれただけですごく嬉しいのに」 「あ、ちょっと!オレもオレだって!ねぇ、ホントだって」 廉には聞こえないように会話をしていたのに、慌てて言い訳めいたことを廉に向かってまくし立てる。 阿部がうるせぇよと、鬱陶しげに言って眉を顰める。田島はさっそくもらった飴を口に含みながらギャハハと笑う。 廉は、びっくりして、それから田島につられたように笑い出した。 きゅーんと、胸が高鳴る。 はい、これだけで幸せです。 水谷は、心の中でそっと言った。 それは、全員に共通した想いでもあった。 |