Boh! 桐青編2


ズルイ、と利央が怒鳴った。
準太はでかい声を出すなよと、教室中の視線が集まっているのを居たたまれなく思いながら利央を宥める。しかし、利央はそこが一学年上の教室だということもお構いなしにさらに、ズルイと言うばかりで周りの視線など気にもとめていない。
準太は気が短い方ではなかったけれども、利央の子供じみた抗議につい手が出てしまう。
黙れ、と一言言って頭を上から掴んで押さえつける。ギリギリと、ピッチャー仕込みの握力で少しづつ力を加えていくのだ。

「イタイイタイタイっ」

身を捩って必死に準太から逃れようとする利央に、面白くなったのか準太がさらに力を入れでついには羽交い締めにまでする。

「準さん酷いっ」
「お前がうるさいから。そしてこれは、愛情」

笑いを含んだ声で、準太は恨めしそうに見上げてくる利央に言い訳をした。
先程以上の視線を集めてしまっているのだが、準太は既にそんなことはどうでも良くなってしまっているようである。
普段ピッチャーとしてマウンドに立っているので、他人の視線にそこまで神経質にならないということもあるのかもしれない。そうなると逆に恥ずかしくなってくるのは利央の方だった。
まだいじめ足りないとでも言わんばかりに、にこにこと笑って利央の肩に腕を回したままの準太から隙を付いて抜け出すと、たっぷり三歩分距離を取った。
そして、

「準さん、ズルイ」

繰り返すのだから、まるで懲りていない。
準太は肩を竦めため息を吐いた。

「ズルイ、じゃぁないだろ」
「だってズルイよ。言ってたじゃん、廉に会わないって」
「休みだし、年末年始はそれぞれ家庭の中で忙しいだろうから、会わないと思うって言ったんだけど」
「でも会った!」
「だから、お、も、う、だって言ったんだよ」

したり顔で笑う準太に、利央が屁理屈だと反論した。しかし、そんなことを言われてもまるで気にした様子もなく準太は仕方がないんだってば、と言い訳を続けた。

「だって、クリスマスは廉から来てくれたんだもん。ほら、だから今お前に飴渡したろ。それ、廉からのプレゼント。正月も、いつだっけ二十九日あたりかなぁ。練習してたら廉が来たんだよ。おばさんも一緒で。お正月、もし良ければ来てくださいねーって。それじゃ、お邪魔しますってな感じになったんだよ、みんな」
「うわー、ズルイズルイ。何でオレだけ!」
「そりゃ、ブラジル行ってたからじゃないの?」
「そんなイベントあるって分かってたら、オレ一人で日本に残ったのに」

ふくれっ面をしてみせてもちっとも可愛くない。
げぇ、と内心舌を出して準太はしょうがないだろそっちの家庭の事情もあるんだろうから、と宥めるように言った。
準太にしてみれば、毎年のように海外でクリスマスと正月を過ごせるだなんて素敵じゃないかと思う。しかも、旅行じゃなくて里帰り。言葉も日常会話ぐらいなら困らないらしい。

「良いじゃないの、ブラジル」

全く、格好良すぎるにも程がある環境だと、準太は日本人離れした利央の容貌をまじまじと見た。
色素の薄い髪と瞳。彫りは深くて目鼻立ちははっきりしている。少し垂れた目尻だって、腫れぼったく見えるわけではなくて、それはそれで容貌に合った甘い雰囲気を醸し出すのに十分な効力を発揮している。
同じ垂れ目でも、まるきり日本人顔の純太とでは様々な箇所が違いすぎるのだ。
それに比べて、廉は純日本人であるにもかかわらず色素が薄い。純太は話の渦中にいる子供を思い出して、いつも頼りなさげで泣き出してしまいそうな表情を目の前の利央を比べた。どことなく利央と顔立ちの系統が似ているかもしれない、と純太はそんなことをふと思った。

「格好いいじゃん。廉に、お土産話しでもしてやれよ」

少しだけ悔しくなって(というのも、純太は利央は阿呆で馬鹿だと思っているけれども、その容貌にの良さについては認めざるを得ないからだ)皮肉るように言ってから、不意に手を差し出した。
何事かと、目を見開く利央にお土産、と単語だけを述べる。

「なんかあんだろ。その袋とか」
「ありますけど」

なんて図々しい先輩、と利央は呟いた。しかし、そうは言いながらも従順に手に持っていたビニル袋の中から、机の上にどんと大きな四角い包みを置いた。

「コーヒーです。一応、ブラジルったらこれなんで。でも、純さんコーヒー好きだったかどうか分かんなかったんで、色々買ってきてみました」

そう言って、次々に出てくるのは鮮やかな彩りのパッケージだ。

「お菓子です。そんでもなく甘いっす。しかも、物によっては美味くすらないです」
「んなもん、買ってくんなよ」
「お土産っていうのは、その土地の物のことでしょ?だからです」

それに、オレは美味いとも思わないけど、食べられますから。
随分と反抗的な態度だな、と思わなくもなかったけれども、冬休みのことを考えればそのぐらいの言動は見逃してやろうという気分になった。
準太は、コーヒーは嫌いじゃない。でもこっちも欲しいと、物珍しそうにいくつかの菓子の袋を手に取った。

「やー、ありがとうありがとう。海外の菓子なんて、滅多なことで見ないから新鮮だ」

軽い口調で言いながら、ローマ字の連なったパッケージをまじまじと見ている。それから、「廉には?」と唐突に聞いた。

「廉には、買ってきたの?」
「当たり前じゃないですか」
「ふーん。何買った?」
「お菓子です。おいしいやつ」
「オレらには外れもあるのに、廉ばっか特別扱いかよ」
「そんな、当たり前のことばっか聞かないでくださいよ。今年のおみくじだとでも思って選んでみたら良いんじゃないですか?」

あ、こいつやっぱり根に持ってるな。
大きな瞳を半眼にして、非難するような口調で言う利央に、準太はやれとため息を吐いた。

「そんなに拗ねるなよ。良いこと教えてやるから」
「なんですか」
「お前の土産、今日のうちに廉に渡せるぞ」
「え!廉、今日来るんですかっ?」
「というか」

準太は、そこで言葉を切って利央を通し越したところに視線を向けておうと声を掛けた。
利央が振り向くと、見せびらかして来ちゃったと高く細く声で言い合う女子生徒が五人。それから、その下にぐっと視線を下げると見慣れたふわふわの癖毛があった。

「廉っ」

利央は、女子がまだ廉と手を繋いでいることも気にしないで、勢いよく小さな体に抱きついた。

「わー、何で廉今日いるの?幼稚園は?」
「あ、っ・・・お、・」
「幼稚園は休園なんだってさ。創立記念日。で、廉とこのおばさん今日はおじさんもそろって法事行かないといけないんだってさ。お世話になったとかで、どうしても行かないといけないんだけど廉連れていくには小さすぎるし、向こうに迷惑かけたらどうしようってことでさ」
「で、何でここにいるんですか?」
「で、それは朝の話ね。お前、今日朝練は出てこなかっただろ」

利央はすいません、と素直に頭を下げた。

「それは良いよ。昨日の夜中に飛行機着いたんだろ。でさ、廉が来てたの。おばさんも一緒で。どうしようって悩んでるから、だったらオレ預かりますよって言ったんだよ。どうせ部活は遅くまでだし、そのぐらいの時間にはおばさん達も帰ってくるって言うからさ」

準太は言って、廉をおいでおいでと呼ぶ。利央が抱きついているのでどうにもならず、だからといって無理に利央から離れる気もないらしい廉は、顔を赤く染めて困惑の表情を浮かべている。
そんな廉を、可愛いなぁとそれこそ親ばかのような表情で見て、ひょいと利央の腕の中から抱き上げる。
おぉ、とか細い声が叫んだ。
きゃぁ可愛い、と女子らが悲鳴のような声を上げた。利央は、当たり前だよと血気盛んに言った。
すると、女子生徒はそんな後輩の様子にも、同じように可愛いと好意的な態度を示した。

「それは、あり得ない」

準太の言葉に、利央が分かってるけどそうまで言われるとなんだかなぁと、微妙な表情を浮かべていたが、しかしその腕の中にいる廉を見てすぐにそんなことはどうでも良くなったらしい。
ニマニマと、気味が悪いぐらいに表情を崩して久しぶりの廉だとはしゃぐ。
廉は、そんな利央に少し人見知りをした。大分会っていないからだろうか。
しかし利央がそれには気づかず、あぁ会いたかったよぅと廉を抱き上げている準太ごと抱きしめた。
きゃぁと、さっきとは比べ物にならない大きな悲鳴を女子があげた。
あぁ、女ってこういうの好きだよね。男と男が抱き合ってるの見て騒ぐよね。だけど気持ち悪いだけだっていうの。廉だけだよ、男で好きこのんで触りたいって思うのは。(だってまだ小さくて可愛らしい)
準太はそう思った。
思ったことを、そのまま利央に告げるとそんなもんオレだって同じですよ。
廉から離れてよと、押された。

「お前、先輩に向かって」
「先輩だから、後輩に譲ってやってくれても良いじゃないですか」

おどおどと、廉が二人の顔を見上げる。
泣き出す、と思ったのは二人同時だった。久しぶりに廉を挟んでのやり取りだったものだから、二人ともすっかりその加減を忘れて普段と同じように責め立て合ってしまったのだ。

「ぅ、あ・・ご、ごめんなさいっ」

泣き出す廉は、途切れ途切れに謝罪を口にする。

「何で、廉が謝るの。廉は悪くないよ」

利央は廉のふっくらとした頬を、両手で包み込むようにして涙を拭ってやった。えっえっと、喉を痙攣させて廉は、大きな目で利央を見上げる。

「でも、れ、れんがわるくないよって、りおにーもじゅんにーも、み、みんな、い、つもいうのね。おかあさんが、それは、みんながやさしいからよってちゃんと、わるいともったらあやまるのよっていうの」

きゅんと、胸が締め付けられるほどの愛しさを利央も準太も同時に感じた。

「もうそんなこと気にしないで良いんだよ。オレ、会えない間すっごく寂しくて。お土産も、廉のこと考えて考えて、それで買ってきたんだよ。そのぐらい、廉のこと好きなんだから、泣かないの」
「オレもね、お正月に会った時、廉はおみくじで中吉で、オレが凶だったの見て変えてくれたでしょ?すごく優しい子だなって思って、もっと好きになったんだよ」
「え、準さん凶?」
「廉が交換してくれたから、それでもう大大吉ぐらいだね」
「でも、準さん自身の運は凶なんだ」

ギャハハと笑った。
それに廉が身を竦ませて、また泣き出してしまう。
馬鹿、と呟く準太にさすがに利央も素直にすいませんと謝る。

「大丈夫大丈夫。ほら、利央がお菓子のお土産あるってよ」

よしよしと、赤ん坊にするように抱き上げて背中を優しく叩いて宥める。
そんな準太は、クラスメイトが一度も見たことのない姿だった。利央はすっかり慣れてしまって、相変わらず気持ち悪いなぁとこっそり心の中で思うぐらいだったが、教室の中は静かな、しかし大きな動揺に襲われていた。
利央が手渡した菓子の袋を廉の前にぶら下げて、準太は廉の顔をのぞき込むようにして「ほら」とにっこり笑う。

「き」

気持ち悪い、と利央が言いかけた声はすんでの所で飲み込んだ。

「あのさ、(キモイ/ここは心の中でのみ付け足して)準さん。オレにも、廉のことだっこさせてよ」
「嫌だ」
「ズルイ!」
「おっまえ、ボキャブラリーの貧困なやつだな」
馬鹿にしきった笑みは、明らかに廉に向けられたものと異なる。
もうオレずっと会ってなかったのに。ズルイズルイと叫ぶ利央の目尻には、涙すらうっすらと滲んでいる。
それに廉が気が付いて、自身の涙もまだ乾かぬというのにおたおたともどかしく身を捩って準太に降ろしてくれるように無言で訴えると、そのまま利央の足下に抱きついた。

「な、なかないで?」
「廉っ」
「おかしも、ありがとうございます。おれ、いっぱいたべる、から。でも、だいじにたべるね?ね、な、なかないで?」

この子可愛いお嫁にする!親戚にもお披露目したい!
利央が叫んだ。
準太が、その後頭部を平手で勢いよくひっぱたいた。

「テメェは、一人でブラジルの熱帯雨林の中にでも行けよ」
「そしたら無理にでも準さん連れてって、ピラニアいっぱいの川に落としてやります」

オレは先輩だぞとか、一人でって言っただろとか、ピラニアは実際には人食いじゃねぇよとか、色々思うところはあったし怒鳴ってやろうとも思ったが、廉がぴったりと利央とくっついてしまっているのを見て、また泣かせたくはないなとそれらは全て心中に押さえ込まれた。
まぁ、確かに利央と廉が会うのは久しぶりだし。今日ぐらいは、と思いつつも微笑ましいやり取りをしている二人を見ていると、どうしても苛々としてしまって仕方がなかった。
まるで恋してるみたいだ、と冗談のつもりで考えたら実は洒落にならないんじゃないかと思えて、準太は多いに慌てた。
とにかく、今はまだ可愛い弟のような存在の廉、と思っていたいと思いながら。





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